弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告は,原告Aに対して165万円,原告B,同C及び同Dに対してそれぞれ
55万円並びにこれらに対する平成13年4月27日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その余を被告の負
担とする。
4 本判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告Aに対して3503万0332円,原告B,同C及び同Dに対して
それぞれ1167万6777円並びにこれらに対する平成13年4月27日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告が開設し,運営している大阪市立総合医療センター(以下「被告セ
ンター」という。)において悪性リンパ腫の治療を受けていた訴外E(以下「本件
患者」という。)が,亜急性B型肝炎で死亡したことについて,同人の遺族らが,
被告に対し,被告には,診療契約上の債務不履行に基づく責任があるとして,損害
賠償を請求した事案である。
第3 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
1 当事者等
(1)本件患者は,平成8年11月19日,57歳で死亡した。
(2)原告Aは,本件患者の妻であり,その余の原告らは,本件患者の子である。
(3)被告は,被告センターを開設し,運営している地方公共団体である。
 同センターにおいて本件患者を担当したのは,F医師及びGであった。
2 本件患者は,平成8年4月,医療法人仁成会串田病院を受診し,同年5月,同
病院から,精密検査及び加療目的で,被告センターの紹介を受けた(乙A1の21
頁)。
3(1)被告センターにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表(ただし,太字・下
線部分を除く。)のとおりである。
(2)被告センターにおいて,本件患者に投与された薬剤及び投与期間は,別紙投与
薬剤一覧表のとおりである。
(3)被告センターで行われた検査の結果のうち,TK活性,sIR-2R,GOT,GPT及び
DNAポリメラーゼの値は,別紙検査結果グラフのとおりである(乙A1の217ない
し267頁)。
第4 争点
1 被告担当医が,平成8年8月26日,第5クールの薬剤投与を開始した点につ
き,債務不履行があったか。
2 被告担当医が,同年9月11日,第6クールの薬剤投与を開始した点につき,
債務不履行があったか。
3 B型肝炎ウイルス(以下「HBV」という。)に感染していることが判明した本件
患者に化学療法を行う場合に,被告担当医は,本件患者や原告らに対し,肝炎が劇
症化する危険性があること等について十分な説明をすべきであったか。
4 上記1ないし3の各債務不履行と本件患者の死亡との間に因果関係があるか。
5 原告らに生じた損害の有無及びその額
第5 争点に対する当事者の主張
1 争点1(第5クールの薬剤投与)について
(原告らの主張)
(1)本件患者に投与された薬剤には,副作用として肝機能の低下,肝障害の増悪を
もたらす可能性があり,薬剤投与に当たっては肝機能について十分に注意を払うべ
きであるから,薬剤投与中に肝機能の悪化が見られたならば,肝機能が回復するま
で投与を控えるべきであった。
 すなわち,被告センターが薬剤投与について定めていたプロトコールによれ
ば,GOT又はGPT値が300を超えた場合には,投与を中止ないし延期すべきものと
されており,また,平成8年当時一般化していた日本臨床腫瘍研究グループ(Japan
ClinicalOncologyGroup。以下「JCOG」という。)の副作用判定基準の
grade3(GOT又はGPT値が300を超えた場合はこれに該当する。)以上の非血液毒
性が出た場合はひとまず治療を見合わせるのが原則であるところ,第5クールが開
始された平成8年8月26日には,GPT値が300を越えていたのであるから,薬剤
投与を中止し,患者の安静,栄養療法,補液を行い,肝臓の状態によっては強力ネ
オミノファーゲンC等の肝庇護剤を静注するべきであった。
 被告は,第5クールを開始した当日(8月26日)に行った検査結果は判明して
おらず,同月23日に行った検査結果に基づいて第5クールの薬剤投与を開始した
と主張するが,そもそも肝機能検査は,患者の肝機能の状態を把握して治療方針を
決定するために行われるべきものであるし,第5クールの開始は,1日を争うよう
な緊急を要するものではなく,同月26日に行った検査結果は同日中には判明する
のであるから,被告担当医は,同日の検査結果を確認してから第5クールの開始の
可否を決定すべきであった。また,同日までの臨床検査値を見ても,肝機能障害は
次第に増悪し,好中球数の回復も順調ではなく,同日の検査値も化学療法開始の目
安となる1000を超えていなかったのであるから,同月26日からの第5クール
の薬剤投与の開始を
決定すべきではなかった。
(2)仮に,被告担当医が薬剤投与開始後に上記検査結果を知ったのであれば,その
時点で上記(1)の処置をすべきであった。
(3)仮に,悪性リンパ腫の状態により第5クールの薬剤投与を中止できない状況で
あったとしても,少なくとも被告担当医は,薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎
の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきで
あった。
(被告の主張)
(1)平成8年8月26日のGPTの値が300を超えていたこと(GOT:190,GPT:
324)は争わないが,第5クールの薬剤投与開始時点では,当日の検査結果は未
だ判明していなかったため,被告担当医は,直前の同月23日の検査結果(GOT:1
04,GPT:149)を確認して投与を開始したものである。
 同日の検査結果は,治療禁忌に触れるものではなかったのみならず,本件患者
は,同日以前にもGOTやGPTが高い値を示しても再び低下するという経過をとり,何
ら支障なく治療できていたのであるから,薬剤投与を中止又は減量すべき状況には
なかった。しかも,本件患者には,依然として顎下リンパ節の異常が残存してお
り,治療を中止すれば再燃・悪化の経過をたどることとなるため,治療を続行する
必要があった。 
 本件患者は,第3クールの治療終了後に薬剤性と思われる間質性肺炎の発症を見
たため,第4クールの治療開始が遅れ,また,同クール以降は,治療計画において
投与を予定していた主要薬剤の1つであるエンドキサンの投与を中止せざるを得な
かったという事情があったため,被告担当医は,投与間隔の遅延によって治療強度
が低下し,治療効果が低下することを危惧していた。このような状況下での第5ク
ールであったから,治療開始当日(同月26日)に改めて血液検査を行い,その結
果をまって治療を開始するという手順を踏むことなどあり得ないことである。もち
ろん,血液検査の結果を含む同月23日までの本件患者の全身状態が不良であった
り,本件化学療法継続の支障となるような肝障害の存在を疑わせるものであるよう
な場合には,検査を
実施してその検査結果をまって治療を開始することもあり得るであろうが,本件患
者の場合には,同月23日までの経過に,改めて血液検査を行う必要があると判断
しなければならないような問題は全くなかったのであるから,F医師が治療開始直
前のデータである同月23日の検査結果を見て,治療を開始してよいと判断したこ
とは,至極当然のことである。
(2) 被告センターで定めている中止基準は,1回でもその数値が見られたならば,
直ちに治療を中止することを意味しているものではなく,その数値がどのように推
移するかを見て判断することになる。
  また,薬剤の投与量を減少すべき場合には当たらないが,第4クール以降はエ
ンドキサンの投与を中止しているので,実際には減量したのと同じ投薬内容となっ
ているし,標準的治療法に含まれるブレオマイシンの投与もしていない。したがっ
て,同月26日の検査結果が判明した時点で既に投与済みであったエピルビシン
(ファルモルビシン)とビンクリスチン(オンコビン)を除く他の薬剤投与を中止
するということは,第5クールの投与薬剤を大幅に減量することになり,極めて不
十分な治療になることから,F医師は,同月26日から肝庇護剤である強力ネオミ
ノファーゲンCの投与を開始し,本件患者の肝機能を検査しながら薬剤を継続して
投与することとしたのである。ちなみに,同月28日,30日の検査で,GPTの値は
下降している。
なお,原告らは,JCOGの副作用判定基準のgrade3以上の非血液毒性が出た場合
はひとまず治療を見合わせるのが原則であると主張するが,本件治療当時そのよう
な原則はなかった。すなわち,JCOGが平成8年に公表した臨床試験計画の作成に関
するガイドライン(乙B18)では,臨床試験研究の代表者が中心になってプロト
コールを作成すべきものとされており,JCOGの副作用判定基準を中止基準とするこ
とを定めたり,推奨していることを窺わせる記載は全くなく,現に,多剤併用療法
の臨床試験研究では,それぞれの研究グループが固形癌化学療法判定基準を採用し
ていたのである。
2 争点2(第6クールの投与)について
(原告らの主張)
(1)悪性リンパ腫患者がB型肝炎ウイルスのキャリアである場合,免疫抑制剤の投
与によりB型肝炎ウイルスの増殖が導かれ,投与が中止されることにより免疫能が
急速に回復し,劇症肝炎を発症することがある。
 被告担当医は,平成8年9月11日より第6クールの薬剤投与を行ったが,この
時点において,本件患者がHBVに感染している事実を認識していた。しかも,肝障害
が増悪傾向にあったことは,前記1の第5クール開始時と同様である。したがっ
て,被告担当医は,免疫抑制効果のある薬剤投与の継続によってHBVの爆発的増殖が
起こり,その後の免疫能の回復によって肝細胞障害が急激に進み,劇症肝炎に至る
可能性を予見できた。
 被告は,本件当時,本件患者のような潜在性HBV感染者の概念は知られておらず,
当時の医学水準では,化学療法によって重篤な肝障害を起こして死亡することを予
測することは困難であったと主張するが,たとえHBs抗原陽転の時期,感染原因が不
明であったとしても,第6クール開始時点で本件患者がHBV感染者であることは疑い
ないのであるから,入院時からHBs抗原が陽性である場合と比べて劇症化のリスクに
おいて何ら変わるものではなく,劇症肝炎に至る危険性を予見できたというべきで
ある。
 以上によれば,被告担当医は肝炎の治療を優先して行うべきであり,肝機能が回
復するまで薬剤の投与を控えるべきであった。肝炎の治療法は前記1で述べたのと
同様,患者の安静,栄養療法,補液,肝機能の状態によっては強力ネオミノファー
ゲンC等の肝庇護剤の静注である。さらに,肝臓の状態によっては抗ウイルス療法
等も検討されるべきであった。なお,被告は,一度間質性肺炎を起こした既往のあ
る患者には,インターフェロンは禁忌であると主張するが,インターフェロンの能
書には被告主張のごとき禁忌の記載はない。
(2)仮に,悪性リンパ腫の状態により薬剤投与を中止できない状況であったとして
も,少なくとも被告担当医は薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って
肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであった。
(3)なお,被告は,F医師は,第6クールを開始した当日(同年9月11日)に
は,本件患者がHBVに感染している事実を知らなかったと主張する。
  しかし,同事実に関する検査結果は同年8月30日に判明していたところ,病
院内において患者に関する情報は共有されるべきであるから,被告担当医が,第6
クールの投与開始時に,HBVの検査結果が陽性であることを知らなかったことは,債
務不履行の存否に影響しない。
(4) また,被告は,第5クール終了時点でも顎下リンパ節の腫脹が残存しており,
腫瘍マーカーも異常な高値を示していたので,引き続き化学療法を行う必要があっ
たと主張する。
しかし,本件患者の治療反応性は良好であり,悪性リンパ腫の治療は順調に進んで
いた。被告の主張する腫瘍マーカーTKとsIL-2Rは,肝炎によっても高値を示すもの
であり,これらの高値は,肝炎の活動性やHBVの増殖状態を反映しているものと考え
られる。
(被告の主張)
(1)第6クールの薬剤投与を開始した平成8年9月11日の時点では,F医師は本
件患者がHBVに感染している事実を知らなかった。なお,同医師が本件患者のHBV感
染を知っていたとしても,次に述べるとおり,治療を継続すべきとの判断に変わり
はなかった。
 すなわち,第6クール開始に先立つ検査結果(GOT:108,GPT:188)は,
治療禁忌に触れるものではなかったし,第5クール終了時点でも顎下リンパ節の腫
脹が残存しており,同月9日の腫瘍マーカーも異常な高値を示していたので,腫瘍
細胞が消褪していないことが明らかであったから,引き続き治療を行う必要があっ
た。
 本件当時,本件患者のような潜在性HBV感染者の概念は知られておらず,当時の医
学水準では,化学療法によって重篤な肝障害を起こして死亡することを予測するこ
とは困難であった。現在においても,潜在性HBV感染者の病的意義は不明であるが,
もともとHBs抗原陽性であったB型肝炎キャリアに比べると,肝不全への移行率は極
めて低率であるとされている(甲B第1号証及び第5号証の症例は,入院時から
HBs抗原が陽性のB型慢性肝炎を想定した記述であって,本件患者のような潜在性
HBV感染者には不適切な文献である。)。したがって,潜在性HBVキャリアの概念を
前提としても,化学療法によって肝炎の劇症化を予測することは誤りである。
(2)F医師は,肝庇護剤の投与を継続しながら,肝炎の経過を慎重に観察してい
た。なお,本件患者は,間質性肺炎に罹患しているところ,一度間質性肺炎を起こ
した既往のある患者には,インターフェロンは禁忌とされている。
 さらに,薬剤の投与量を減少すべき場合には当たらないが,第4クール以降はエ
ンドキサンの投与を中止しているので,実際には減量したのと同じ投薬内容となっ
ている。
3 争点3(説明義務違反)について
(原告らの主張)
 患者がHBVに感染していることが判明し,化学療法の続行により肝炎が劇症化する
危険がある場合に,そのような危険性がある治療を続けるか否かを決定するに当た
っては,その危険性を患者又は家族に十分説明した上,治療続行の同意を得ること
が必要不可欠である。
 しかるに,被告担当医は,本件患者や原告ら家族に対し,上記危険性について何
ら説明しなかった。
 仮に,被告が主張するように悪性リンパ腫の治療を優先するとの選択があり得た
としても,その選択は一義的ではないから,患者の同意が推定されるものではな
く,患者の十分な納得と同意を得た上で選択されるべきである。
(被告の主張)
 HBV感染が急性肝炎を惹起するのは,その約20~30%であり,劇症肝炎を発症
するのは,そのうちの約2%であるとされているから,劇症肝炎の致命率を約70
%としても,HBV感染から劇症肝炎を発症して死亡するに至る危険は約0.28~
0.42%でしかない。
 一方,本件患者の原疾患である悪性リンパ腫,なかでも末梢T細胞型は極めて予
後不良の疾患であって死亡に至る危険が大きく,前記のとおり,HBV感染が劇症肝炎
を発症して死亡するに至る危険が低いことと比較した場合には,治療を中止すると
いう選択肢はあり得ない。
 したがって,このような場合に,患者が治療の継続を選択するであろうことは自
明であって,患者の推定的同意がある場合に該当するというべきものである。とす
れば,医師に説明義務はなく,説明をしなかったことが説明義務違反にはならな
い。
4 争点4(因果関係)について
(原告らの主張)
 本件患者は,化学療法による免疫抑制によってHBVの増殖が促進されることにより
肝炎が発症し,劇症化したというべきであるから,第5クール及び第6クールの薬
剤投与を延期ないし中止していれば,ウイルスの増殖が避けられた可能性が高い。
そうすると,本件患者の肝炎が劇症化したことによる死亡は避けることができた。
 また,悪性リンパ腫による生命予後は5年生存率で20%ないし46%であると
ころ,本件患者は第4クールまでに十分な治療効果が認められていたのであるか
ら,第5クール及び第6クールの薬剤投与を延期ないし中止し,肝炎の治療を優先
させていたならば,数か月単位の延命のみならず,中長期的に延命できた可能性が
ある。
 以上からすると,被告の債務不履行と本件患者の死亡との間の因果関係が認めら
れる。
(被告の主張)
(1)劇症肝炎が発症する機序については,HBVの増殖過程においてHBVが変異を起こ
し,その変異株(プレコア欠失ミュータント)によって劇症肝炎が起きることが明
らかにされていることからすると,必ずしも化学療法により劇症肝炎が起きるもの
ではなく,因果関係は認められない。
(2)仮に,第5クール及び第6クールの治療を行わなかったとしても,第4クール
の治療後に本件患者の肝炎が劇症化し死亡した可能性は否定できないし,肝炎の劇
症化を回避できたと断定しうる医学的根拠はない。
5 争点5(損害)について
(原告らの主張)
(1)逸失利益3756万0665円 
 本件患者は,死亡当時57歳で,一家の支柱として働いており,平成7年度の年
収は,694万9000円であった。そして,本件患者は,67歳まで就労可能で
あったから,生活費控除率を30%として,ライプニッツ係数により中間利息を控
除して算定すると,逸失利益は,下記の計算式のとおり,3756万0665円と
なる。
6,949,000×7.7217×(1.0-0.3)=37,560,665
(2)慰謝料2500万0000円 
(3)葬儀費用150万0000円 
(4)弁護士費用600万0000円 
原告Aは弁護士費用の2分の1を,その余の原告らは各6分の1をそれぞれ負担す
る。
(合計 7006万0665円)
(被告の主張)
損害は不知。
第6 当裁判所の判断
1 前記基礎となる事実に,証拠(後掲のとおり。)及び弁論の全趣旨を総合する
と,次の事実が認められる。
(1)本件患者の病態・予後
 本件患者は,被告センター入院当時,56歳で,悪性リンパ腫の一種である非ホ
ジキンリンパ腫(以下「NHL」という。)末梢T細胞型で,病期はⅢ期であった。
 これは,国際予後指標(年齢調整)に従うと,high-intermediaterisk群に相当
し,本件患者に標準的化学療法を実施した場合に予測される完全寛解率は57%,
完全寛解に至った場合の2年無再発生存率は62%,5年無再発生存率は53%,
完全寛解に至ったかどうかを考慮しない場合の2年生存率は59%,5年生存率は
46%である。
 また,本件患者は,治療前に多クローン性高ガンマグロブリン血症を来している
ことから血管免疫芽球性T細胞リンパ腫である可能性が高く,LCP分類による
と,highlyaggressiveに分類され,2年生存率は約40%,5年生存率は約20
%である。
 また,REAL分類によると,NHL末梢T細胞型は,無治療での生存期間が月単位とさ
れるAggressivelymphomaに分類される。
(乙B2,3,鑑定結果)
(2)NHLに対する標準的治療方法等
ア 本件患者に対する治療が行われた平成8年当時のNHLに対する標準的治療法
は,CHOP療法と呼ばれるものであり,以下のような投薬方法を21ないし28日ご
とに6回繰り返すことを内容とするものである。
│使用薬剤│商品名│投与量│投与期間│
│シクロフォスファミ│エンドキサン│750mg/㎡│1日目│
│ド││││
│アドリアマイシン│アドリアシン│50mg/㎡│1日目│
│ビンクリスチン│オンコビン│1.4mg/㎡│1日目│
│││(最大2mg)││
│プレドニソロン│プレドニン│100mg/body│1~5日目│
(甲B2,鑑定結果)
イ 本件当時から現在に至るまで,一定期間に多数の薬剤をできるだけ大量に投与し
て薬剤投与量強度(doseintensity)を高めることにより,治療効果が高まるとの
考え方が一般的であり,そのためには投与間隔を短縮することが必要である。
 これは,患者が,薬剤投与による骨髄抑制等の副作用から回復するということ
は,同時に,患者の体内にある悪性リンパ腫の腫瘍細胞も同様に回復してくること
を意味するため,治療間隔が開くほど,悪性リンパ腫の増大傾向が出現してしまう
ためである。
 投与間隔は,患者の全身状態等は勿論,患者が薬剤投与による白血球数減少とい
う副作用から回復したか否かが一つの目安とされ,白血球を増殖させるための支持
療法としてG-CSFの投与がある。
(甲B2,証人F医師,G医師)
ウ 雑誌「臨床血液」に平成6年3月17日に受理された「非Hodgkinリンパ腫に対
するMECHOP-BM療法の検討」と題する論文は,昭和52ないし54年度厚生省がん研
究助成金による研究班が報告した固形癌化学療法直接判定基準に準じて,同療法の
効果判定を行ったものである。
 同判定基準による副作用の記載様式(1)は以下のとおりである。
│grade│0│1│2│3│4│
│白血球│4.0│3.9-│2.9-│1.9-│0.9│
│(×103/μ│以上│3.0│2.0│1.0│以下│
│l)││││││
│好中球│2.0│1.9-│1.4-│0.9-│0.4│
│(×103/μ│以上│1.5│1.0│0.5│以下│
│l)││││││
│GOT(U)│ 40│ 41-│101-│501-│1001│
│ /GPT(U)│以下│100│500│1000│以上│
(乙B12,14)
エ JCOGによる副作用判定基準は以下のとおりである。
│grade│0│1│2│3│4│
│白血球│≧4.0│3.9-│2.9-│1.9-│<1.0│
│(×103/μ││3.0│2.0│1.0││
│l)││││││
│好中球│≧2.0│1.99│1.49│0.99│<0.5│
│(×103/μ││-1.5│-1.0│-0.5││
│l)││││││
│GOT/GPT│正常範囲│≦2.5│2.6-│5.1-│>30×│
│(Nuは正常値││×Nu│5.0×│30×│Nu│
│の上限)│││Nu│Nu││
 JCOGとは,厚生省がん研究助成金による指定研究「固形がんの集学的治療の研
究」班の臨床試験研究グループであり,平成元年(1989年)にJCOGと命名され
た。
 同研究班は,「臨床試験計画(プロトコール)の作成と実施,並びに結果の統計
解析とその評価に関するガイドライン」(以下「研究班ガイドライン」という。)
を発表しており,平成2年(1990年)にガイドライン改訂第2版を,平成8年
(1996年)2月ころ同改訂第3版を発表した。
 同ガイドラインは,JCOGが行う臨床試験研究のプロトコールを作成する際に,プ
ロトコールに記載すべき事項,守らなければならない基準や科学的方法,研究や倫
理の質を保つために必要な審査や評価の取決め等をまとめたものである。
 上記副作用判定基準は,研究班ガイドラインの一部をなすものである。
 研究班ガイドラインでは,臨床試験の中止基準として,上記副作用判定基準を用
いるべきである等の定めをしておらず,どのようにプロトコールや中止基準を定め
るかは,各研究者に委ねている。
(乙B18,鑑定結果〔添付資料7〕)
(3)被告センターにおけるNHLに対する治療方法
ア 本件当時,被告センターにおけるNHLに対する化学療法は,後記イ及びウのとおり
とされていた(以下「本件プロトコール」という。)。
 本件プロトコールは,前記CHOP療法を基本とし,これにエトポシド及びブレオマ
イシンを付加し,その後,漸次,改良されたものである。
 本件プロトコールの減量もしくは延期もしくは中止の規定(以下「本件中止基
準」という。)のうち,GOT及びGPTに関する規定は,被告センター内における検討
の結果,固形癌化学療法直接判定基準より厳しい基準を定めたものである。
(乙A4,B8,11,証人G医師)
イ 投与法及び投与スケジュール
 下記のスケジュールにて原則として3週毎,5コースを目標として投与を実施す
る。
 原則として3週毎の投与とするが,主治医の判断で間隔を短縮することは構わな
い。何らかの理由で6週以上治療間隔があいた場合は,次のコースより5コースを
目標として実施する。
│使用薬剤│商品名│投与量│期間│
││││(日目)│
│シクロフォスファミ│エンドキサン│750mg/㎡│1│
│ド││││
│エピルビシン│ファルモルビシン│60mg/㎡│1│
│ビンクリスチン│オンコビン│1.4mg/㎡│1│
│││(上限││
│││2mg/body)││
│プレドニゾロン│プレドニン│100mg/body/day│1~5│
│ブレオマイシン││5mg/day│2,3,5│
│エトポシド│ラステットS│100mg/body/day│1~5│
(乙A1の206頁,B4の1ないし5,8,11,15)
ウ 減量もしくは延期もしくは中止の規定
WBC(白血球数) G-CSF使用しても,3000/mm3以上に回復しない場合。
AST(GOT)  300以上
ALT(GPT)  300以上
 なお,好中球数については,規定をおいていない。
                       (乙A1の206頁)
エ 以上の被告センターにおける化学療法は,NHLに対する標準的治療方法である
CHOP療法と同等の治療である。(鑑定結果)
オ 別紙診療経過一覧表のとおり,本件患者に対する第1ないし第3クールの薬剤投
与は,本件プロトコールに定められた3週毎という期間より短い間隔で行われた。
カ 上記薬剤の投与により,間質性肺炎を発症する確率は,以下のとおりである。
シクロフォスファミド(エンドキサン)  0.1~5%未満
エトポシド(ラステットS)      0.2%
 なお,インターフェロンを投与すること(後記(4)ウ(イ)参照)により,副作用と
して間質性肺炎を発症する確率は,0.1ないし5%未満である。
   (乙B4の1,4の5,15)
(4)本件当時のB型肝炎に関する医療水準等
ア HBVの感染は,血液による感染,性感染が主な感染経路である。
 B型急性肝炎は,一部の劇症化例を除いて自然治癒する。しかし,約2%が劇症
肝炎となり,その場合の救命率は高くはなく,約70%は致死的である。
(乙B6)
イ 本件当時,被告センターで行われていた入院時のHBVに関する血液検査は,HBs抗
原(HBVのS遺伝子がコードする蛋白)及びHBs抗体が陽性か陰性かを調べるもので,
一般的な検査であった。
 HBVによる急性肝炎の場合の主な血中マーカーの推移は,別紙マーカーの推移のと
おりである。
 すなわち,感染のごく初期(肝炎の潜伏期。同別紙A)は,HBs抗原は陽性である
が,HBs抗体は陰性であり,GPTの上昇も見られない。その後,回復期(同別紙C)
に入ると,HBs抗原は消失し,HBs抗体は陽性となる。
 血清中のHBV量(感染力)を知る方法としては,DNAポリメラーゼ値の測定などが
ある。
(乙B6,17〔添付資料1〕,鑑定結果)
ウ HBVによる慢性肝炎の治療には以下の例がある。
(ア)強力ネオミノファーゲンC(グリチルリチンを主成分とする注射薬)の投与
 これは,免疫の反応過程の一部を抑えることによって,肝細胞の破壊が起こらな
いようにする薬品で,肝細胞を庇護するものである。
(イ)インターフェロンの投与
 インターフェロンの投与により,HBVの増殖が抑えられ,HBVの量は減少し,この
減少に遅れて肝炎も収まる。しかし,インターフェロンはHBV増殖の下になるウイル
ス遺伝子には作用しないため,インターフェロン中止後,ウイルスが増殖し,これ
に対する免疫反応が起き,一時的に肝炎が急激に悪くなるため,肝臓に余力のない
患者には使用できない。
 また,後記エ(オ)のとおり,化学療法中のインターフェロン投与は,患者の負担が
大きいとされる。
(乙B6)
エ 症例報告等
(ア)平成4年(1992年)に発表された症例報告によると,悪性リンパ腫の化学療
法中にB型肝炎を発症し,早期のインターフェロン使用により劇症化しなかったとい
う症例がある。同症例は,入院時,HBs抗原陽性,HBs抗体陰性の無症候性HBVキャリ
アであった。
(鑑定結果〔添付資料2〕)
(イ)平成5年(1993年)に発表された症例報告によると,HBV無症候性保因
者(HBVキャリア)が悪性リンパ腫に対する化学療法終了後,劇症肝炎で死亡した症
例がある。同症例は,入院時,HBs抗原陽性,HBs抗体陰性のHBVキャリアであった。
                    (鑑定結果〔添付資料3〕)
(ウ)平成5年(1993年)に発表された症例報告によると,NHL発症時には,HBs抗
原,HBs抗体とも陰性であったのが,HBs抗原が陽転した後に,肝炎を発症して劇症
化し,死亡するに至った症例があり,報告者は,NHL発症後にHBVキャリアとなり,
その後B型劇症肝炎を発症した症例と考えられるとしている。   
(甲B5)
(エ)平成7年(1995年)に発表された症例報告は,HBVキャリアの悪性リンパ腫
3例についてインターフェロンを併用した多剤併用化学療法を行ったところ,3例
全例について重症肝炎の併発を認めなかったというものである。  
(鑑定結果〔添付資料4〕)
(オ)平成7年(1995年)に公刊された論文は,HBVキャリアに対し,化学療法と
ともにインターフェロンを投与する治療方法を行った2症例の問題点として,①イ
ンターフェロンの投与による骨髄抑制の遷延,②化学療法の薬剤投与量強度(dose
intensity)の低下,③骨髄抑制時期のインターフェロン休薬がウイルスの急激な増
殖を惹起する危険性の3点を指摘する。
 また,同論文は,化学療法を施行すると,HBe抗原の有無,野生株,変異株にかか
わりなくウイルス増殖が起こり,化学療法終了後に宿主の免疫応答が回復すると肝
炎が増悪して劇症化の危険があるため,HBVキャリアに化学療法を施行する場合は,
ウイルス増殖をモニターしながら抗ウイルス療法を併用して慎重な態度で臨む必要
があることを結論づけている。
 また,同論文は,HBVキャリアに対し,化学療法とともにインターフェロンを投与
する治療方法について,現実には化学療法施行中の患者にインターフェロンを行う
ことは患者にとってかなりの負担になるので副作用のより少ないと考えられるラミ
ブジンの発売(発売されたのは平成12年11月である。)が待たれると指摘す
る。
(乙B17〔添付資料3・4〕,鑑定結果〔添付資料5)
(カ)日本において,HBs抗原陰性の悪性リンパ腫患者が,化学療法後にHBVによる劇症
肝炎を発症したとの報告がなされたのは,平成12年以降である。
(鑑定結果,同〔添付資料6〕)
オ G医師は,平成8年当時,NHLについての化学療法(ステロイド剤が含まれ
る。)によってB型慢性肝炎が悪化したり,重症化したりすることがあること,まれ
に急激に悪化し,死亡に至る例があることの認識はあった。
 また,同医師は,当時,HBs抗原陽性者に対して化学療法を行う場合には,ステロ
イド剤を使用しない方がよいと言われていたとの認識があった。
(乙A4,6)
(5)本件患者の経過等
ア 本件患者についての被告センターにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表(太
字・下線部分を含む。)のとおりである。これによれば,HBV感染についての被告担
当医の認識は,以下のとおりである。
 G医師は,平成8年8月29日,本件患者の検査結果を経時的に検討した結果,
カルテに,HBV感染についての検査指示を記載した。
 同検査結果は,同月30日に判明した。
 F医師は,同月29日から取得していた夏期休暇を終えて,同年9月5日,出勤
したが,G医師が上記検査を指示したことや,検査結果が判明していることに気付
かなかった。
(乙A1ないし6,証人F医師,同G医師)
イ 本件患者は,第3クールの薬剤投与終了後には,顎下リンパ節を認めるのみであ
ったところ,同終了から20日程したころ,同リンパ節のやや増大を認め,第4ク
ールより縮小傾向となったものの,第6クール終了後まで残存していた。
 上記顎下リンパ節は,第6クール終了後に壊死組織であることが判明し,寛解に
至った。(乙A1,証人F医師)
ウ 本件患者は,治療前には測定感度以下の無症候性HBVキャリアであったところ,
無症候性キャリアにおいては,HBVは宿主の免疫監視機構によって増殖が抑制されて
いると考えられるが,悪性リンパ腫についての化学療法実施中は宿主の免疫監視機
構が抑制され,HBVが増殖する。そのため,化学療法を繰り返すことによって,ウイ
ルス感染肝細胞が増加し,化学療法の終了に伴って宿主の免疫力が回復すると,細
胞障害性T細胞によってウイルス感染肝細胞が一気に破壊されると考えられる。
 本件患者の肝機能の増悪の経過は,上記の化学療法による免疫抑制効果とHBVの増
殖との関係に合致しており,本件患者は,副腎皮質ステロイドホルモンを含む化学
療法を繰り返したことによってHBVが再活性化したため,肝炎が発症し,さらにこれ
が劇症化し,死亡するに至った。
(鑑定結果)
(6)検査結果の見方等
ア 別紙検査結果グラフ記載のsIL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)の基
準値は220から530u/mlであり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。
530から1000u/ml(軽度上昇)
〔高頻度〕T細胞性NHLの寛解期,肝炎
1000から2000u/ml(中等度上昇)
〔高頻度〕NHL
〔可能性〕肝炎
2000u/ml以上(高度上昇)
〔高頻度〕NHLの急性増悪期(甲B3の2)
イ 同TK活性(デオキシチミジンキナーゼ活性)の基準値は5u/l以下であり,高値
に上昇すると,以下の疾患が疑われる。
〔高頻度〕急性白血病(93%),その他の悪性腫瘍,急性ウイルス感染が疑われ
る。
〔可能性〕ウイルス疾患(甲B3の1)
ウ 別紙診療経過一覧表の検査結果等欄記載のLDH(乳酸脱水素酵素)の基準値は2
00ないし400IU/Lであり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。
400から600IU/L(軽度増加)
〔高頻度〕慢性肝炎,悪性腫瘍
600から1000IU/L(中等度増加)
〔高頻度〕NHL,悪性腫瘍
〔可能性〕急性肝炎
1000IU/L以上(高度増加)
〔高頻度〕急性肝炎,NHL(甲B4)
エ 別紙診療経過一覧表の検査結果等欄記載のDNAポリメラーゼは,前述したとお
り,血清中のHBV量(感染力)を知る方法の一つである。           
                  (乙B6)
オ 本件患者について繰り返し測定されたTK活性とsIL-2Rは,悪性リンパ腫に対する
治療効果の判定に頻用され,信頼性の高い検査である。
 ただし,検査の原理からすると,両者は必ずしも悪性リンパ腫の腫瘍細胞だけに
由来するとは限らず,HBVの増殖状態を反映することもある。
(鑑定結果)
2 争点1(第5クールの投与の過失)について
(1)医師は,患者の病状に十分注意しつつ,診療当時のいわゆる臨床医学の実践に
おける医療水準に基づき,治療方法の必要性や効果,副作用などすべての事情を考
慮し,万全の注意を払って,その治療を実施しなければならないと解される。
  これを本件について検討する。
(2)別紙診療経過一覧表及び同検査結果グラフに,証拠(乙A3,証人F医師,同
G医師)を総合すると,平成8年8月23日の検査で,肝機能を表すGOTが10
4,GPTが149,LDHが423と正常値より高く,同日以前の検査結果と比べ上昇
傾向にあったこと,被告担当医は,第3クール終了後,本件患者が上記値よりも高
い値を示していたものの,肝庇護剤の強力ネオミノファーゲンCを投与する等し
て,第4クールを開始したところ,全身状態が格別悪くなることもなく,終了した
ことから,引き続き検査の結果を見ながら,休み明けの同月26日から第5クール
を開始することにしたこと,第5クールの薬剤投与が開始された当日(同月26
日)の検査結果によると,GPTは324であり,本件中止基準に該当する肝機能障害
があったが,検査結果が判明し
た時点では,既にファルモルビシンとオンコビンの投与が終わり,残り2剤が投与
中であったので,強力ネオミノファーゲンCの投与を開始するとともに,頻回に検
査をする等して患者の状態を観察しながら,他の薬剤の投与を継続することにした
こと,同月28日の検査結果では,GOTが71,GPTが193,同月30日の検査結
果では,GOTが31,GPTが124と数値が低下する傾向を示したことが認められ
る。
(3)これに対し,原告らは,肝機能検査は,患者の肝機能の状態を把握して治療方
針を決定するために行われるべきものであるし,第5クールの開始は,1日を争う
ような緊急を要するものではなく,同月26日に行った検査結果は同日中には判明
するのであるから,被告担当医は,同日の検査結果を確認してから第5クールの開
始の可否を決定すべきであったと主張する。
  そこで検討するに,前記1(1),同(2)イからすると,本件患者が罹患していた
NHLの予後は極めて悪いものであったことから,本件患者を寛解に導き,また,長期
生存を可能とするためには,患者が前クールの骨髄抑制等の副作用から回復次第,
なるべく早期に次クールを開始する等,薬剤の投与間隔を短くし,薬剤投与量強
度(doseintensity)を高めた治療を行う必要があったことが認められる。
 ところで,前記1(3),(5)ア及び別紙投与薬剤一覧表に,証拠(乙A3,証人G
医師,鑑定結果)を総合すると,本件プロトコールは上記必要性を満たし,一定の
治療効果を挙げる一指標として被告センターにおいて定められたもので,NHLに対す
る標準的治療方法と同等のものであるところ,本件患者については,①肺換気能の
低下が疑われたため,第1クール開始当初からブレオマイシンを投与せず,②第3
クール終了後,間質性肺炎を発症したため,第4クールの投与開始が遷延し,さら
に,第4クールからはエンドキサンを投与していない等,本件プロトコールどおり
には実施できなかったことが認められる。
そして,前記1(5)ア・イ及び別紙検査結果グラフからすると,本件患者は,第5
クールの薬剤投与開始までに,顎下リンパ節以外のリンパ節の腫脹は消失するな
ど,一定の治療効果がみられたものの,①第4クール開始が遷延したことにより,
第3クール終了後,第4クール開始までに,顎下リンパ節がやや増大したり,腫瘍
マーカーであるsIL-2Rが増加するなど,病勢が悪化したこと,②第4クール終了
後,顎下リンパ節の腫脹は縮小傾向となったものの,第5クール開始当時,同リン
パ節の腫脹は残存し,sIL-2Rは正常化していなかったものである。
以上からすると,本件患者については,なるべく早期に次クールを開始して,治
療を続行すべき必要性が極めて高かったというべきである。
したがって,同月23日の検査結果を見て,休み明けの同月26日から第5クー
ルを開始することにした被告担当医の判断が不合理であるとはいえず,本件患者の
状態を観察するために頻回に行っていた検査の一環である同月26日の検査結果を
も見た上で,第5クールの開始を決定すべき義務があったとはいえない。
もっとも,原告らは,同月23日までの臨床検査値を見ても,肝機能障害は次第
に増悪し,好中球数の回復も順調ではなく,同日の検査値も化学療法開始の目安と
なる1000を超えていなかったのであるから,同月26日からの第5クールの薬
剤投与の開始を決定すべきではなかったと主張し,鑑定人Hの鑑定意見も同旨であ
る。
しかしながら,GOT,GPTの数値は,いまだJCOGの副作用判定基準のgrade3及び本
件中止基準に該当するものではないし,前述したとおり,頻回に検査を行って本件
患者の状態を観察し,状態によっては強力ネオミノファーゲンCの投与も考慮の上
で第5クールの開始を決定した被告担当医の判断が不合理であるとはいえない。ま
た,好中球数の回復が順調ではなかったという点についても,前示のとおり,骨髄
抑制からの回復は同時にNHLの腫瘍細胞の再活性化をもたらすものであることか
ら,NHLにおける化学療法は投与間隔をできる限り短縮することが重要視されている
ところ,本件においては,第4クールまで本件プロトコールどおりに実施できてい
ない状況であったことや,前記治療続行の必要性,本件患者の全身状態が悪くなか
ったこと(別紙診療経過一覧
表のとおり,本件患者は,第5クールの薬剤投与が開始された当日朝に,外泊から
帰院し,活気ある状態であった。),白血球数支持剤のGーCSFの投与も考えら
れること等を勘案すれば,被告担当医が,好中球数が1000を超えない状態で,
第5クールの薬剤投与の開始を決定したことに債務不履行があるとはいえない。
(4)次に,原告らは,同月26日の検査結果で,GPT値が300を越えていたのであ
るから,平成8年当時一般化していたJCOGの副作用判定基準のgrade3に相当し,ま
た,本件中止基準にも該当するから,被告担当医が薬剤投与開始後に同検査結果を
知ったのであれば,その時点で第5クールの薬剤投与を中止して肝臓の状態の維持
改善に努めるか,悪性リンパ腫の状態により薬剤投与を中止できない状況であった
としても,少なくとも薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の
状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであったと主張し,H鑑
定人の鑑定意見も,平成8年当時既に一般化していたJCOGの副作用判定基準におけ
るgrade3以上の非血液毒性が出た場合はひとまず治療を見合わせるのが原則であ
り,さらに,第3クール終
了後にもgrade3に相当する肝機能障害を起こしていることや,第4クールはエンド
キサンを省いたにもかかわらず,同等の肝障害をきたしていること等からすれば,
第5クールの薬剤投与を延期すべきであったとする。
なるほど,同月26日の検査結果により判明したGPT値が,JCOGの副作用判定基
準のgrade3に相当し,また,本件中止基準に該当することは,原告主張のとおりで
ある。さらに,第3クール終了後にgrade3に相当する肝機能障害が発生しているこ
とも前述したとおりである。
しかしながら,JCOGのガイドラインは,臨床試験計画(プロトコール)作成にあた
って,臨床試験の中止基準を明らかにするよう求めているものの,中止基準の設定
は個々の研究者の裁量に委ねているものと解されるところ(乙B18),乙A第4
号証(G医師の陳述書)によれば,JCOGの副作用判定基準におけるgrade3以上の非
血液毒性が中止基準として用いられるようになったのは,多剤併用療法では平成1
2年3月からで,それまで一般的に用いられていた判定基準は固形癌化学療法直接
判定基準であり,被告センターにおける本件中止基準も固形癌化学療法直接判定基
準にならいそれよりも厳しい基準を採用していたというのであるから,平成8年当
時JCOGの副作用判定基準は,未だ一般化するには至っていなかったといえるし,上
記JCOGのガイドラインの記
載に照らし,絶対的な中止基準という性格のものでもないというべきである。した
がって,JCOGの副作用判定基準に触れることをもって直ちに第5クールの薬剤投与
を中止ないし延期すべきであったとはいえない。
もっとも,被告センターが自ら定めた本件中止基準には,GPT値が300以上と
定められているのであるから,同月26日の検査結果は,これに該当するというべ
きである。
  ところで,平成6年当時に作成された被告センターのプロトコールには,副作
用等により本療法の継続が困難と判断された場合,投薬を直ちに中止することと定
められていたのであるが(乙B11),平成8年当時の被告センターのプロトコー
ルにある本件中止基準においては,前記認定のとおり,中止基準が具体化している
ことに照らせば,被告センターにおける化学療法の治療実績等を踏まえて,本件中
止基準において,中止基準をより明確化,具体化したものと推認される。そうする
と,もとより本件中止基準は尊重されるべきものではあるが,そこで定められた数
値等はあくまで投薬を中止等すべきかどうかを判断するための一指標であって,結
局のところ,治療を実施するか否かの決定は,医師が,本件中止基準のほか,当該
患者の体質,全身状
態等の臨床経過,薬剤投与の中止がNHLの病勢に及ぼす影響や予想される副作用の種
類,程度などを総合的に検討した上でなすべきであり,これらの検討の結果,医師
において,副作用等により化学療法の継続が困難と判断した場合に,投薬が中止等
されることになるものと解される。
以上によれば,本件中止基準に該当することをもって直ちに治療を実施すべき
でないとまではいえない(ちなみに,固形癌化学療法直接判定基準によれば,GPT値
はgrade2である〔前記1(2)ウ〕。)。そして,前述したとおり,8月26日の検査
結果が分かった時点では,既にファルモルビシンとオンコビンの投与が終わり,残
り2剤が投与中であったのであるから,この時点で投与を中止ないし減量するとし
ても,実際上,2日目から5日目にかけてのプレドニンとラステットSの投与だけと
いうことになる(乙A1の560頁ないし570頁)が,本件プロトコールが5ク
ールの投与を目標としていること(前記1(3)イ)からすれば,仮に,以降の薬剤投
与を中止ないし延期すれば,第4クール以前及び第5クールの上記薬剤投与が無に
帰して,NHLの病勢が
再び悪化する等,本件患者の予後が,本件プロトコールを貫徹した場合に得られる
予後よりも,相当厳しいものとなることが予想される状況にあったというべきであ
る(なお,一定期間に多数の薬剤をできるだけ大量に投与して薬剤投与量強
度(doseintensity)を高めることにより,治療効果が高まるとの考え方によれ
ば,投与薬剤の量を減量した場合においても,前述したとおり,ブレオマイシンや
エンドキサンの投与をしていないことや第4ク-ルの開始が遅れていた状況に鑑み
ると,同様の結果を招くおそれが十分にあるというべきである。)。
その上,以前,第3クール終了後に肝機能障害が起きた際,強力ネオミノファ
ーゲンCを投与しながら第4クールを実施した結果,GOT,GPTの値が低下し,全身
状態も悪化しなかったこと,また,8月26日時点での好中球数は901にとどま
っているものの(鑑定結果),同日以前の検査結果と比較すると上昇傾向にある
上,白血球数は3110であって(別紙診療経過一覧表),固形癌化学療法直接判
定基準(前記1(2)ウ)やJCOGの副作用判定基準(前記1(2)エ)のgrade1であるか
ら,一概に前クールの薬剤投与による骨髄抑制からの回復が不十分であったとはい
えないし,白血球数支持剤のGーCSFの投与も考えられること等を併せ考慮する
と,被告担当医において,強力ネオミノファーゲンCの投与を開始するとともに,
頻回に検査をする等して経過
を観察しながら,プレドニンとラステットSの投与を継続することにした判断が不合
理であるとはいえない。したがって,被告担当医が,同月26日の検査結果が分か
った時点で,薬剤投与を中止ないし減量しなかったことにつき,債務不履行はない
というべきである。
なお,被告担当医は,上記肝機能障害が薬剤性のものであることを前提に第5
クールの薬剤投与を開始したものである(証人F医師)が,前記1(4)エ(カ)に鑑定
結果を考え併せると,本件患者について,一般診療において通例行われるものであ
る入院時の血液検査の結果はHBs抗原・抗体ともに陰性であり(別紙診療経過一覧
表),また,本件診療当時,HBs抗原陰性の悪性リンパ腫患者が化学療法後にB型肝
炎を発症した例は報告されているものの極めてまれであり,また,HBs抗原陰性の悪
性リンパ腫患者が化学療法後にB型肝炎ウィルスによる劇症肝炎を発症したとの報
告が我が国でなされたのは平成12年以降であるから(鑑定結果,同〔添付資料
1・6〕),同月30日の検査によりHBs抗原陽性であることが分かる(別紙診療経
過一覧表)までは,本件
患者についてHBV感染を疑うことは甚だ困難であり,被告担当医が,本件患者に生じ
ていた肝障害が薬剤性のものであると判断して対処したことはやむを得なかったと
いうべきであるから(この点は,H鑑定人も同旨である。),債務不履行はないと
いう上記判断に影響を及ぼすものではない。
(5)以上に対し,原告らは,被告担当医が先進医療を行う上で必要なデータを得る
ために治療を強行したかのように主張する。
 しかし,前記認定のとおり,被告担当医は,本件患者の状態に合わせて本件プロ
トコールを見直して,投与する薬を減量したり,投与間隔を延長したりしており,
本件全証拠を検討しても,原告らの主張するような事情は見出し難いから,原告ら
の上記主張は,採用できない。
3 争点2(第6クールの投与の過失)について
(1)前記1(5)ア・イ及び別紙検査結果グラフによれば,本件患者は,第5クールの
薬剤投与終了後,顎下リンパ節を除くリンパ節の腫大が消失していたので,被告担
当医は,縮小傾向にあった顎下リンパ節を外科的に切除し,地固めのため,白血球
数が薬剤投与を行うに足りる程度に回復次第,第6クールの薬剤投与を開始すると
の方針を立てたこと,そして,第5クール終了後,第6クールの薬剤投与開始まで
の間,本件患者の検査結果は,本件中止基準等に触れるものではなく,GOT及び
GPTに上昇傾向が認められた外は,本件患者の全身状態に問題はなかったので,被告
担当医は,GOT及びGPTの上昇については,第6クールの薬剤投与開始の前日から強
力ネオミノファーゲンCの投与を行うことにより対処することにし,第6クールの
薬剤投与を開始したことが
認められる。
(2)以上によれば,第6クールの開始にあたり,本件中止基準等に触れるものはな
かったのであるが,前記1(5)アからすると,平成8年8月30日の検査結果により
本件患者がHBVに感染していることが判明していたのであるから,この事実を前提と
して,第6クールの薬剤投与を開始することの是非が問題となる。
なお,前記1(5)アによると,HBV検査を指示したG医師と,第6クールの薬剤
投与を決定したF医師との間で引継ぎが不十分であったことから,F医師は本件患
者がHBVに感染していることを知らないまま,第6クールの薬剤投与を開始したもの
であるが,同事情によれば,被告担当医がHBV感染の事実を知らなかったことは,被
告側の責任であり,第6クールの薬剤投与開始時には被告担当医が本件患者のHBV感
染を知り得たはずというべきであるから,被告の債務不履行責任の有無を論ずる上
では,このことを前提にその責任の有無を検討するのが相当である。
(3)前記1(4)エ・オのとおり,本件治療当時,NHLの化学療法中にHBs抗原陽性のB型
慢性肝炎又はHBVキャリアが重症化して,死亡に至った例があることは既に報告され
おり,G医師は上記症例があることを知っていたものである。
ところで,本件患者は,入院時HBs抗原陰性であったが,化学療法実施中に
HBs抗原陽性となったことから,被告担当医は,B型急性肝炎を疑い,感染原因を調
査したものの特定できず,入院時の検査で陰性だったのは,陽性所見が出るまでの
いわゆるウィンドウピリオドと呼ばれている期間に検査を行ったのが原因である可
能性が高いと判断したものである(乙A3,証人F医師,同G医師)。これに対
し,大阪市立大学大学院医学研究科肝胆膵病態内科学助教授Iは,その意見書(乙
B17,20)において,現時点での最新の医療水準から解釈すると,本件患者
は,潜在性HBV感染者であり,繰り返し行われた化学療法により肝炎が顕性化と再燃
をきたし,最終的に劇症化して死亡したものと推認できるものの,平成8年当時は
潜在性HBV感染者の概念はなかっ
たし,現時点においてもその病的意義は不明とされているから,被告担当医が本件
患者が化学療法中に重篤な肝障害を起こして死亡する可能性があることを予見する
ことは困難であるとの意見を述べている。
しかしながら,本件患者がいわゆるウィンドウピリオドであるならば,検査時
たまたま検出できなかっただけであって,入院時にHBs抗原陽性であった場合と同じ
と見ることができる。また,本件患者が潜在性HBV感染者であり,被告担当医がその
概念を知らず,HBs抗原陽性となった原因が分からなかったとしても,HBs抗原陽性
の患者が化学療法中に劇症肝炎により死亡した例があることは既に報告されおり,
G医師も上記症例があることを知っていたのであるから,化学療法中にHBs抗原陽性
となった本件患者が重篤な肝障害を起こして死亡する可能性があることを予見する
ことはできたというべきである。したがって,上記乙A第17号証及び同第20号
証におけるI助教授の意見は採用できない。
そして,H鑑定人が,本件患者の治療反応性は良好であり,少なくとも第4クール
終了時には部分寛解以上の効果があり,短期的(数ヶ月単位)治療予後はそれ程悪
くないから,第5クール以降の化学療法を一時中止又は延期しても,少なくとも一
定期間は寛解状態を維持できたのではないかと推測するとの鑑定意見を出している
ことからすると,第6クールの薬剤投与を中止又は延期したことによるNHLの予後は
必ずしも明らかではなく,最終的にそれによる死亡が考えられるとしても,また,
後述するとおり,化学療法によりHBVに感染している患者が劇症肝炎になり死亡する
確率は低いとしても,その可能性が否定できない以上,重大な副作用が発生し,そ
れにより短期間で死亡することの方を重視し,第6クールの薬剤投与をひとまず中
止又は延期して,本
件患者の肝機能障害の推移を観察し,その治療を優先することも,選択肢の一つと
してあり得るというべきである。
被告は,このような選択肢はあり得ないと主張し,それに沿う乙A第6号証(G医
師の陳述書)の記載や証人F医師及び同G医師の各証言があるが,採用できない。
(4)しかしながら,他方,本件患者は,本件プロトコールが目標とする5回の薬剤
投与を終えたものであるが,間質性肺炎のために薬剤を減らしたり,投与期間を延
ばすなどしており,その上,第6クールを中止又は延期すると,治療効果が減弱す
るおそれが十分にあり(鑑定結果),現に,第5クール終了時でも顎下リンパ節は
残存しており,同年9月2日のsIL-2Rは661であったが,TK活性は7.7と正常
値を超えており,同月9日にはsIL-2Rが860,TK活性は217(乙A1の261
頁)と数値が悪くなっていること等を考え併せると,NHLの予後は予断を許さない状
況にあったというべきであるから,第6クールの薬剤投与の必要性があったものと
認められる。なお,原告は,腫瘍マーカーTKとsIL-2Rは,肝炎によっても高値を示
すものであり,これらの高値
は,肝炎の活動性やHBVの増殖状態を反映していると考えられると主張し,H鑑定人
も同旨の鑑定意見であるところ,確かに,肝炎による影響は否定できないとして
も,顎下リンパ節が残存していたことやTKとsIL-2Rの両方が高値を示していること
等を考慮すると,NHLの病勢を表しているものと評価できるというべきであり(証人
G医師),NHLの予後が予断を許さない状況にあったとの前記認定に消長をきたすも
のではない。
そして,HBV感染は,その一部(約20ないし30パーセント)が急性肝炎を引き起
こし,そのうちの約2パーセントが劇症肝炎になり,劇症肝炎となった場合の致死
率が約70パーセントといわれており(乙B6),また,日本のHBV感染者は約20
パーセントとされているところ,化学療法によるHBV感染者の劇症化の報告は極めて
稀であるとされていること(乙B20,同〔添付資料1〕)等に照らすと,化学療
法によりHBV感染者が劇症肝炎になり死亡する確率は極めて低いというべきである。
そうすると,治療の必要性と副作用により死亡する危険性を比較衡量すれば,本件
患者のNHLの予後の厳しさを重視し,肝機能障害を強力ネオミノファーゲンCの投与
により管理し,第6クールの薬剤投与を行うとする判断が必ずしも不合理とはいえ
ないのであって,医師の裁量の範囲を超えた不相当な医療行為とはいえないという
べきである(もっとも,後に判断するとおり,説明義務違反の問題はある。)。
なお,原告は,NHLの状態により薬剤投与を中止できない状況であったとしても,少
なくとも被告担当医は薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の
状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであったと主張する。確
かに,原告主張のような選択肢もあり得るところではあるが,前述したとおり,薬
剤の投与量を減量した場合,治療効果が減弱するおそれは否定できないから,被告
担当医が上記方法を選択しなかったことをもって,裁量の範囲を超えた不相当な医
療行為とはいえない。
(5)以上からすると,被告担当医が第6クールの薬剤投与を行ったことが債務不履
行であるとは認められない。
4 争点3(説明義務違反)について
(1)医師は,治療を行う際,診療契約に基づき,患者に対し,当該疾患の診断,予
定している治療方法の内容,効果,副作用,当該治療方法に深刻な副作用が予想さ
れる場合には,他に採りうる手段,治療方法があれば,その内容と利害得失,予後
などについて説明する義務があるものと解される。
(2)これを本件についてみるに,別紙診療経過一覧表及び証拠(乙A3,証人F医
師)によれば,F医師は,平成8年9月11日第6クールの薬剤投与を開始した後
に初めて,本件患者がHBs抗原陽性であることを知ったものの,第6クールの薬剤投
与により肝炎が重症化する危険性があることを説明しないまま,薬剤投与を続行し
たことが認められる。
 しかしながら,前記3のとおり,第6クールの薬剤投与を実施するか,それとも
中止ないし延期又は投与薬剤の減量をするかは,本件患者の治療方針としていずれ
も選択肢になり得たものであり,しかも,第6クールの薬剤投与を選ぶのであれば
肝炎が重症化することにより,薬剤投与の中止ないし延期又は投与薬剤の減量を選
ぶのであればNHLの悪化により,いずれも死亡する危険性があったのであるから,被
告担当医は,本件患者や原告らに対し,その治療方法の内容,効果及び副作用,上
記各選択肢の利害得失,予後等について十分説明すべきであったというべきであ
る。
そして,本件患者や原告らが,被告担当医から上記説明を受けていれば,肝炎の
重症化による生命に対する危険を考え,その危険を回避するために,第6クールの
薬剤投与の中止ないし延期を選択して,肝炎の治療を行った上で,化学療法を再開
するか,薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行う選択もあり得たという
べきであるから,本件患者が治療方法を選択するについての自己決定権を侵害した
ものといわざるを得ず,被告担当医に説明義務違反があったと認められる。
5 争点4(因果関係)について
前記認定のとおり,被告担当医が十分な説明をしていたならば,第6クールの
薬剤投与の中止ないし延期又は投与薬剤の減量を選択した可能性は否定できない。
もっとも,上記の選択をしたとしても,被告が主張するとおり,劇症肝炎によ
る死亡を回避できたかという問題がある上,前述したとおり,第6クールの薬剤投
与をしなければNHLが再燃することにより,死亡する可能性も十分考えられたこと
や,劇症肝炎による死亡の確率が極めて低いことからすれば,上記説明義務が尽く
されていたとしても,本件患者が第6クールの薬剤投与を選択する可能性も十分あ
るから,いずれにせよ劇症肝炎による死亡が避けられた蓋然性が高いとは認められ
ない。したがって,被告担当医の説明義務違反と本件患者の死亡との間に相当因果
関係があると認めることはできない。
  そして,被告担当医が第5クール及び第6クールの薬剤投与を開始した点につ
いて債務不履行がないことは,前述したとおりであるから,結局,損害は,説明義
務違反により本件患者の人格権が侵害されたことによる損害のみということにな
る。
6 争点5(損害)について
(1)慰謝料
 前示のとおり,被告担当医が第6クールの薬剤投与に関する説明を怠ったことに
より,本件患者は,自己の疾患についての治療方法を決定する機会を奪われ,精神
的苦痛を被ったものであり,このことに,前記説明義務違反の態様,程度等諸般の
事情を総合考慮すると,慰謝料として300万円が相当である。
 そして,本件患者の慰謝料請求権を,原告Aは2分の1,その余の原告らはそれ
ぞれ6分の1ずつの割合で相続したものである。
(2)弁護士費用
 本件事案の内容等諸般の事情を考慮すると,被告の債務不履行と相当因果関係の
ある弁護士費用相当の損害額は,30万円(原告A15万円,その余の原告ら各5
万円)と認めるのが相当である。
第7 結語
 以上によれば,原告らの本件請求は,原告Aが165万円,原告B,同C及び同
Dがそれぞれ55万円並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成1
3年4月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却
することとし,主文のとおり判決する。
    大阪地方裁判所第19民事部
           裁判長裁判官 角   隆 博
              裁判官 三 島   琢
      裁判官進藤千絵は,転補につき,署名捺印することができない。
     裁判長裁判官 角   隆 博

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