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平成11年(行ケ)第388号 審決取消請求事件
平成13年2月20日口頭弁論終結
判          決
原      告    株式会社荏原製作所
代表者代表取締役    【A】
訴訟代理人弁護士   福田親男
同           近藤惠嗣
被      告    株式会社鶴見製作所
代表者代表取締役    【B】
訴訟代理人弁理士    本田紘一
同           豊田正雄
主          文
特許庁が平成10年審判第35161号事件について平成11年9月1
7日にした審決のうち「登録第2148998号実用新案の明細書の請求項第1項
に記載された考案についての登録を無効とする。」とした部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「水中モーターポンプ」とする実用新案登録第214
8998号の登録実用新案(平成元年12月26日出願、平成7年6月21日出願
公告、平成9年10月3日設定登録。以下「本件登録実用新案」といい、その考案
そのものを「本件考案」という。)の実用新案権者である。
被告は、平成10年4月15日、本件登録実用新案の請求項1及び同2の登
録を無効にすることにつき審判を請求し、特許庁は、これを平成10年審判第35
161号事件として審理した。原告は、この審理の過程で、願書に添付した明細書
(以下「本件明細書」という。)の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求し
た。特許庁は、訂正を認めず、平成11年9月17日、「登録第2148998号
実用新案の明細書の請求項第1項に記載された考案についての登録を無効とする。
登録第2148998号実用新案の明細書の請求項第2項に記載された考案につい
ての審判請求は、成り立たない。」との審決をし、同年10月29日にその謄本を
原告に送達した。
2 本件考案の実用新案登録請求の範囲の請求項1
(1) 本件訂正前(以下、この考案を「訂正前考案」という。)
下部側ケーシングが製造上の中子を不要とする上下分割型ケーシングを使
用する水中モーターポンプにおいて、上部側ケーシングに相当する中間ケーシング
の下面に、該中間ケーシングをモータに取付けるボルト部を水流から遮蔽するよう
に、ゴムのような耐摩耗性の弾性体からなる交換可能なリングを嵌め込んだことを
特徴とする水中モータポンプ。
(2) 本件訂正後(下線部が訂正に係る部分である。以下、この考案を「訂正考
案」という。)
下部側ケーシングが製造上の中子を不要とする上下分割型ケーシングを使
用する半側流型水中モータポンプにおいて、上部側ケーシングに相当する中間ケー
シングの下面に、該中間ケーシングをモータに取付けるボルト部を羽根車から吐出
される水流から遮蔽するように、ゴムのような耐摩耗性の弾性体からなる交換可能
なリングを嵌め込んだことを特徴とする半側流型水中モータポンプ。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、①訂正考案は、本件実
用新案登録の出願前に日本国内において刊行された刊行物である実願昭58-77
973号(実開昭59-182694号)の願書に添付された明細書及び図面のマ
イクロフィルム(以下「引用例1」という。)記載の考案(以下「引用考案1」と
いう。)及び特開昭59-110896号公報(以下「引用例2」という。)記載
の事項(以下「引用考案2」という。)に基づいて当業者がきわめて容易に考案を
することができたものであり、実用新案法3条2項の規定に該当し、実用新案登録
出願の際独立して実用新案登録を受けることができないから、本件訂正請求は、平
成5年法律第26号附則第4条1項の規定によりなおその効力を有するとされ、同
条2項の規定により読み替えられる実用新案法40条5項において準用する同法3
9条3項に違反するので、認められない、②訂正前考案は、引用考案1及び2に基
づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3
条2項の規定に該当し、実用新案登録を受けることができない、としたものであ
る。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、第1(手続の経緯)は認める。第2(訂正の適否についての
判断)のうち、1(訂正の内容)、2(訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無
及び拡張・変更の存否)は認める。第2の3(独立実用新案登録要件の判断)のう
ち、(1)(訂正明細書の請求項に係る考案)は認める。同(2)(引用例の記載内容)
のうち、「該中間ケーシング3をモータフレーム6に取付けるボルト8のボルト頭
を取扱液体から遮断するように」(11頁14行目~17行目)との部分を否認
し、その余は認める。同(3)(対比)のうち、「該中間ケーシングをモータに取付け
るボルト部を羽根車から吐出される水流から遮蔽するように」(13頁8行目~1
0行目)との部分を否認し、その余は認める。第2の4(判断)のうち、14頁7
行目から15頁1行目まで、及び15頁18行目から16頁12行目までは争い、
その余は認める。第3(実用新案登録無効請求についての判断)のうち、1(実用
新案登録無効請求の理由の概要)は認める。第3の2(請求人の主張の検討)のう
ち、(1)(本件考案)は争い、(2)は認め、(3)のうち22頁末行までは争う。第3の
3(むすび)のうち25頁11行目から15行目の「ある。」までは争う。
審決は、訂正考案と引用考案1との相違点を看過し(取消事由1)、訂正考
案と引用考案1との相違点についての判断を誤り(取消事由2)、その結果、訂正
請求の適否についての判断を誤ったものであり、違法であるから取り消されるべき
である。
1 取消事由1(訂正考案と引用考案1との相違点の看過)
(1) 審決は、訂正考案と引用考案1との相違点を看過し、訂正考案における
「遮蔽」と引用考案1のリング状保護材による「遮断」とを、同意義のものである
と誤認している。
訂正考案における「遮蔽」は、弾性体からなる交換可能なリング自体がボ
ルト部を覆うことを意味する。このため、下部側ケーシング(以下「ポンプケーシ
ング」ともいう。)が製造上の中子を不要とする形状をしているにもかかわらず、
上記リングによってボルトの頭部が水流から遮断されている。
これに対し、引用考案1においては、保護材にボルト頭部を挿通させる穴
7が開けられているため、ボルト頭部は、保護材によって遮断されていない。引用
考案1は、ポンプケーシングの上面と保護材が協動してボルト頭部を保護するもの
であって、訂正考案が解決した課題を示している従来例にすぎない。すなわち、引
用例1の第1図の左側のボルトの頭部は、ポンプケーシングの膨らみ部分(最大径
部分)の真上に位置しているにもかかわらず、ポンプケーシングが製造上の中子を
必要とする形状(上部の開口部よりも内部の空間の方が大きい形状)をしているた
めに、ポンプケーシングの上面が保護材2の穴7を塞いでいる。したがって、ボル
トを水流から遮断しているのは、保護材2そのものではなく、実際にはポンプケー
シングの上面である。
被告は、引用考案1において、ボルト頭部が弾性材(保護材)によって遮
断されていないことを認めながら、訂正考案における遮蔽の対象は「ボルト部」で
あって「ボルト頭部」ではないから、引用考案1においても「ボルト部」は弾性材
によって遮断されている、「ボルト頭部」は「ボルト部」の下位概念であって同義
ではない旨主張する。
しかしながら、「ボルト頭部」は、文字どおりボルトの頭の部分を意味す
るのに対し、「ボルト部」とは、ボルトの位置する場所を意味する。ボルトのねじ
を切ってある部分はモータフレームにねじ込まれているから、「ボルト部」とは、
結局、中間ケーシングを下から平面的に見た場合に、「ボルト頭部」が存在する位
置を意味する。「ボルト頭部」は、「ボルト部」の下位概念ではなく、これらを別
の場所として理解する理由はない。「ボルト頭部」は弾性材によって遮蔽されてい
ないが、「ボルト部」は弾性材によって遮蔽されているということはあり得ない。
したがって、審決は引用考案1を誤認している。
(2) 審決は、ボルトの位置が下部側ケーシングの開口部の周囲よりも外側にあ
る場合であっても、中間ケーシングの形状が引用例1に示される形状のものである
ときには、訂正考案におけると同じく、リングによってボルトが水流から遮蔽され
ることになると認定し、その理由として、訂正考案の請求項1が、同考案の中間ケ
ーシングの形状について格別言及していないことを挙げる(審決書15頁18行目
~16頁12行目)。
しかしながら、訂正考案の請求項1に明記されているとおり、同考案の下
部側ケーシングは、製造上の中子を不要とする形状をしている。もし、その開口部
の周囲よりも外側の位置にボルトがあった場合には、引用考案1のように弾性体の
リングにボルト頭部を挿通する穴があろうがなかろうが、ボルトの頭部は、下部側
ケーシング上面によって、水流から遮断される。そのような場合には、弾性体のリ
ングによって、ボルト頭部が遮蔽されているとはいえない。したがって、審決は訂
正考案を誤認している。
(3) 以上のとおり、訂正考案と引用考案1とは、訂正考案が弾性体リングによ
ってボルトを水流から「遮蔽」しているのに対し、引用考案1では保護材2と下部
側ケーシング上面との協動によってボルトを水流から「遮断」しているという点で
相違しているにもかかわらず、審決は、引用考案1及び訂正考案について誤認した
結果、この相違点を看過したものであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすこ
とは明らかである。
2 取消事由2(訂正考案と引用考案1との相違点についての判断の誤り)
(1) 出願前の当業者の技術水準
引用例1から明らかなように、本件出願前から、中間ケーシングをモータ
に取り付けるボルトを水流から保護するという技術課題は知られていた。しかし、
この課題を解決するための方策においては、ポンプケーシング(下部側ケーシン
グ)の上面がボルト頭部を覆うことが当然の前提となっていた。このことは、引用
考案1が、保護材を用いながら、わざわざ、保護材2に穴7を設け、これを塞ぐよ
うにポンプケーシングの上面に配置していることからも明らかである。
一方、ポンプケーシングの形状を製造上の中子を不要とするものとすれ
ば、材料が鋳物に限られなくなるなど、大きな利点があることも知られていた。し
かしながら、ポンプケーシングの上面が取付けボルトの頭部を覆うという前提にと
らわれていたために、このような場合には、取付けボルトの位置をポンプケーシン
グの上面の開口部の周囲よりも外側にすることが必須であると考えられていた。そ
して、ポンプケーシングの形状を製造上の中子を不要とするものとすることは、開
口部の大きさがケーシング内部の渦半径と同じになることを意味したから、ポンプ
ケーシングの形状を製造上の中子を不要とするものにできるのは、取付けボルトを
渦半径よりも外側に配置できる場合に限ってのことであると考えられていた。
引用例2のような全周流型のポンプにおいては、取付けボルトを渦半径の
外側に配置することは容易であった。しかし、取付けボルトを渦半径の外側に配置
すると、無駄なスペース(空間)ができてしまい、小型化の要請に反するため、こ
の考え方は、半側流型の水中ポンプに適用することができなかった。このため、引
用考案1のような半側流型の水中ポンプでは、ポンプケーシングの形状を製造上の
中子を必要とするものとすることが当業者の常識であった。
(2) 引用考案1では、保護材2を用いているにもかかわらず、わざわざ取付け
ボルトを挿通する穴を設けて、そのうえで、ポンプケーシングの形状を製造上の中
子を必要とするものにしている。これに対し、訂正考案においては、引用考案1と
同じ半側流型水中ポンプにおいて、弾性体リングが取付けボルトを水流から遮蔽す
ることにより、ポンプケーシングの形状を製造上の中子を不要とするものにしてい
る。
審決は、引用考案2のポンプケーシングの形状を引用考案1に適用するこ
とを妨げる特段の事由も見当たらないとする。しかしながら、引用考案1の弾性体
のリングには穴7があり、この穴がある限り、引用考案1に引用考案2のポンプケ
ーシングの形状を適用することはできない。
訂正考案では、弾性体のリングがボルトを水流から遮蔽しており、ボルト
の頭部を挿通する穴は存在しない。この穴をなくすということは、答えを知ってし
まってから考えると簡単なことのように見える。しかし、穴をなくすという発想
は、コロンブスの卵であり、これを容易と考えるのは、いわゆる後知恵である。こ
のことは、引用例1が証明している。
(3) 被告が引用する乙第1号証は、審判段階で被告が第一引用例として主張し
たにもかかわらず、特許庁により排斥され、無効理由とはされなかったものであ
る。
乙第1号証のポンプは、①上下分割型のケーシングを使用するものではな
いこと、②ねじ46は中間ケーシングをモータに取り付けるボルトではなく、ポン
プケーシングカバー26とポンプハウジング10を結合して上部側ケーシングを形
成するためのものであること、③ねじ46は、羽根車の外径よりはるかに内側に存
在するから、ねじ46を羽根車から吐出される水流から遮蔽するという課題がない
こと、の点において、訂正考案と相違するものであり、同号証には、「取付けのた
めのボルト頭部をポンプケーシング上面の開口部より内側に設け、羽根車から吐出
される水流から遮断する技術」は、開示されていない。
(4) 以上のとおり、引用考案1の製造上の中子を必要とするポンプケーシング
の形状を引用考案2の中子を不要とするポンプケーシングの形状に置き換えること
が容易であるとした審決は、相違点についての判断を誤っている。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は、正当であり、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(訂正考案と引用考案1との相違点の看過)について
(1) 訂正考案に係る実用新案登録請求の範囲すなわち本件訂正後の請求項1
は、ボルト部は中間ケーシングの下面において羽根車から吐出される水流から遮蔽
されると定めるにとどまり、それを超えて、ボルト部が中間ケーシングのどこに設
けられるかということや、ボルト部と製造上の中子を不要とする下部側ケーシング
の開口部との位置関係については、何の限定もしていない。
請求項1の上記記載は、訂正考案の中間ケーシングに設けられるボルト部
が、羽根車から吐出される水流により摩耗することを防ぐために、羽根車から吐出
される水流にさらされないようにするとの意味であり、この意味において、訂正考
案と引用考案1との間に格別の差異はない。訂正考案においても、ボルト部が羽根
車から吐出される水流から遮断されるといい得る。
確かに、引用考案1の「ボルト頭部」が、弾性材(保護材)によって遮蔽
されていないことは、原告主張のとおりである。しかしながら、訂正考案に係る実
用新案登録請求の範囲(以下「訂正請求項1」という。)に記載されているのは
「ボルト部」を遮蔽することであって、「ボルト頭部」を遮蔽することではない。
「ボルト頭部」は、「ボルト部」よりも下位の狭義の概念であって同義ではない。
引用考案1においても、「ボルト部」自体は、羽根車から吐出される水流から弾性
体によって遮蔽されている。
原告の主張は、訂正請求項1に記載された「ボルト部」とではなく、訂正
考案の実施例の「ボルト頭部」と引用考案1の「ボルト頭部」とを比較したものに
すぎず、失当である。
原告は、引用考案1は、ポンプケーシングが製造上の中子を必要とする形
状をしているために、実際にボルトを水流から遮断しているのは、保護材そのもの
ではなく、ポンプケーシングの上面である点において、訂正考案と異なると主張す
る。しかし、引用例1の第4図に示されているように、引用考案1においても、も
し保護材がなければ、羽根車から吐出される水流によってボルト部は遮蔽されず羽
根車から吐出される流れにさらされる。原告の主張は失当である。
(2) 審決が述べるように、訂正請求項1は、中間ケーシングの形状や、ボルト
部を中間ケーシングのどこに設けるかについて限定していない。したがって、ボル
トが下部側ケーシングの開口部の周囲よりも外側にある場合も、引用例1に記載の
中間ケーシングの形状をとったときは、保護材によってボルトが水流から遮蔽され
ることになるから、訂正請求項1に含まれる。原告の主張は、訂正請求項1の記載
に基づかないものであって失当である。
2 取消事由2(訂正考案と引用考案1との相違点についての判断の誤り)につ
いて
(1) 原告の技術水準についての主張は、いずれも訂正請求項1に記載されてい
ない主張であって失当である。
訂正請求項1においては、ボルト部と中間ケーシング又は下部側ケーシン
グとの関係が限定されていないため、引用考案1も訂正請求項1に含まれる。原告
は、訂正考案の実施例と引用考案1とを比較した議論をしているものであり、ボル
ト部を遮蔽するという点に関し、後知恵うんぬんの問題は生じない。訂正考案の遮
蔽構成は、引用考案1に示されており、その遮蔽構成に引用例2における中子不要
の下部側ケーシングを設けることに、格別の困難性はない。
(2) なお、仮に、ボルトの位置が限定されているとしても、取付けのためのボ
ルト頭部をポンプケーシング上面の開口部より内側に設け、羽根車から吐出される
水流から、弾性材により遮蔽する技術は、既に、乙第1号証により、本件出願前に
公知の構成である。この構成は、半側流型、全周流型の区別なく、また、中子必要
のポンプケーシングであるか否かにかかわらず設けられるものである。
第5 当裁判所の判断
1 本件考案の概要
甲第2号証(実用新案公報。以下「本件公報」という。)によれば、本件公
報に記載された本件考案の概要は、次のとおりであると認められる。そして、本件
訂正の内容(審決書3頁2行~5頁13行)に照らすと、以下の事項は、そのまま
本件考案にも当てはまるものということができる。
(1) 技術的課題(目的)
本件考案は、「下部側ケーシングが上方に開放されていて製造上の中子を
不要とする上下分割型ケーシングを使用する水中モータポンプに関」するものであ
る(本件公報2頁左欄4行目~6行目)。
「従来、上下分割型ケーシングを使用する水中モータポンプには、・・・
外装型水中モータポンプと、ポンプケーシングから吐出された水が水中モータの外
側の半側を流れるように、該水中モータの外側に設けられたモータフレームとの間
に、半環状の吐出路を形成した半側流形水中モータポンプと、更にポンプケーシン
グから吐出された水が水中モータの外側全周を流れるように、該水中モータとその
外周を取り囲むように設けられた外胴との間に、環状の吐出流路を形成するように
した全周流形モータポンプとがある。」(本件公報2頁左欄9行目~21行目)。
従来の半側流型水中モータポンプ(本件公報の第5図)では、「下部ケー
シング3Bは、上部開口がボリュート渦型Rより小径に形成されているため、製作
時、中子を必要とする形状が多かった。そのため、この構造は、生産性が悪く、コ
スト高になるという問題点があった。」(本件公報2頁左欄42行目~46行
目)。「また、中間ケーシング3Aをモータ1に取付けるボルト6部は、水流にて
長時間さらされるとボルト頭部等が摩耗(腐食)して、保守(メンテナンス)時に
分解が不可能となる。ところが、下部ケーシング3Bが、第5図に示すように中子
を必要とする場合は、該下部ケーシング3Bの上面によって上記ボルト6部を、下
部ケーシングボリュート渦径Rとは無関係に、水流から遮閉することができる。一
方、下部ケーシング3Bが上方に開放されていて製造上の中子を必要としない場合
には、第6図に示すように、該下部ケーシング3Bの上面によって上記ボルト6部
を遮蔽しようとすると、常にボリュート渦型Rの制約を受ける。即ち、渦径Rが決
まると、ボルト6の平面方向の位置設定場所が制約される。その結果、ボルト座
は、必要以上に外周側に寄ってしまい、ポンプ部の最大外径が大きくなってしまう
という問題点があった。」(本件公報2頁左欄47行目~右欄12行目。)。
本件考案は、以上の課題を解決するため、「上部側ケーシングに相当する
中間ケーシングをモータに取付けるボルト座のためにポンプ最大外径を大きくする
ことなく、ボルト部を保護し、且つ下部ケーシングの生産性を向上できるようにし
た水中モータポンプを提供すること」を目的とする(本件公報2頁右欄13行目~
17行目)。
(2) 構成
上記の目的を達成するため、本件考案は、「下部ケーシングが製造上の中
子を不要とする上下分割型ケーシングを使用する水中モータポンプにおいて、上部
側ケーシングに相当する中間ケーシングの下面に、該中間ケーシングをモータに取
付けるボルト部を水流から遮蔽するように、ゴムのような耐摩耗性の弾性体からな
る交換可能なリングを嵌め込んだことを特徴とし」た(本件公報2頁右欄20行目
~25行目)構成を採用した。
(3) 作用効果
「中間ケーシングにモータを取付けるボルトは、中間ケーシングの下面に
交換可能に嵌め込まれた耐摩耗性の弾性体リングによって水流から遮蔽されてお
り、ポンプ運転時、羽根車から吐出された水流の中に、たとえ土砂などの異物が含
まれていても、該ボルト部が摩耗することはない。また、上記ボルトを該リングに
よって水流から遮蔽することによって、該ボルトの位置を、ポンプ最大外径を大き
くすることなく、ボリュート渦径Rとは無関係に設定することができる。また、上
記弾性体リングの材質を耐摩耗性に優れるゴム・・・で製作すれば、ポンプ運転
時、第9図に示すように、羽根車から吐出される水流によって構造上摩耗し易い羽
根車裏面に対向する中間ケーシング壁面(下面)部wの摩耗を防止することができ
る。更に、上記リングが摩耗した場合でも、該リングのみを交換すれば、他の部品
(中間ケーシング)を交換する必要がなく、保守(メンテナンス)作業が容易なば
かりでなく、高価な中間ケーシングの消耗度が低下するため、ランニングコストが
低減する。」(本件公報3頁左欄4行目~24行目)。
2 取消事由1(訂正考案と引用考案1との相違点の看過)について
(1) 引用考案1
甲第3号証によれば、引用例1の明細書には、次の記載があることが認め
られる。
① 技術的課題(目的)
引用考案1は、「水中ポンプ、就中土木用ポンプに関する。土木用ポン
プにおいて、取扱液は砂等を多く含むので摩耗に強いポンプが要求される。」(明
細書2頁6行目~9行目)。「この考案は羽根車前面の開放されたセミオープンの
羽根車を用いた水中ポンプにおいて羽根車主板背面と対向する中間ケーシング部分
及び該ケーシング部分に現われているボルトの摩耗を防止したものを提供すること
を目的とする。」(明細書3頁11行目~15行目)。
② 構成
上記の目的を達するため、引用考案1は、「1.羽根車前面が開放され
たセミオープンの羽根車を備えた水中ポンプにおいて、ポンプケーシングに接合固
定され且つポンプケーシングとモータフレームを中継してモータフレームとボルト
にて締結した中間ケーシングの羽根車の主板背面と対向する側に耐摩性部材からな
る保護材を設けた水中ポンプ。2.モータフレームと中間ケーシングを締結するボ
ルト部分を耐摩性部材からなる保護材で囲うようにした実用新案登録請求の範囲第
1項記載の水中ポンプ。(以下省略)」という構成を採用した(明細書1頁5行目
~15行目)。
そして、実施例として、「この考案は羽根車前面の開放されたセミオー
プンの羽根車を備えた水中ポンプの該羽根車主板背部にあり、ポンプケーシングと
モータフレームを中継して締結する中間ケーシングのポンプ側の面を耐摩性部材の
保護材で蔽ったものであり、実施の態様として、ポンプケーシングと中間ケーシン
グにより挟持されるように前記保護材被覆を設けたもので・・・ある。そして保護
材としては例えば硬質ゴムを用いたものである。」(明細書3頁16行目~4頁7
行目)。「以下、この考案の実施例を図面に従って説明する。・・・ポンプケーシ
ング1は保護材2を介して中間ケーシング3に接合しており、中間ケーシング3と
ポンプケーシング1の周縁部複数個所において中間ケーシング3、保護材2のボル
ト穴を挿通するボルト4をポンプケーシング1のめねじにねじ込み固定してある。
中間ケーシング3には密封輪5を介してモータフレーム6が嵌入して保護材2の穴
7を頭部まで挿通するボルト8によりモータフレーム6と中間ケーシング3が固定
されている。」(明細書4頁8行目~19行目)。「保護材2は中間ケーシング3
の羽根車26の主板26aの背面に対向する側に設けられる。・・・
保護材2の上面は中間ケーシング3に接している。ここで保護材2は砂等の研削作
用に抗して耐摩耗性のある材料、例えば硬質ゴムが好適であるが硬質合成樹脂でも
よい。・・・ポンプケーシング1に接する平面2cは二点鎖線Bで示される外側が
ポンプケーシング1と中間ケーシング3の水密を計るパッキン部31であり、内側
はボルト8の頭部の頭の嵌入する前述した穴7を備え穴7の周囲を形成するように
ポンプケーシング1面と接するボルト頭保護部32を形成している。」(明細書6
頁16行目~7頁16行目)。
引用考案1の水中モータポンプは、いわゆる半側流型のものであり、下
部側ケーシングに相当するポンプケーシングは、製造上の中子を必要とする形状を
している(引用例2の第1図参照)。
③ 作用効果
「取扱液中に砂、砂利のようなものが多いとか、水溜の残水が少なくな
ると大量の砂、砂利等が羽根車26の主板26aの背面にて流動する。そして保護
材2の面に作用するが保護材2が耐摩性材料を用いているために摩耗が少ない。中
間ケーシング3をモータフレーム6に固定するボルト8のボルト頭は穴7中に納め
られているので取扱液体中の砂等が流れ乍ら衝突するというようなことがないので
該ボルト頭は摩耗しない。」(明細書9頁12行目~20行目)。「(1)羽根車主板
と対向する面に保護材を設けたから、中間ケーシングの摩耗が防止できる。(2)中間
ケーシングとモータフレームを締結するボルトのボルト頭を保護材で取扱液体から
遮断するようにしたから、該ボルト頭の摩耗は生ぜず、中間ケーシングとモータフ
レームの分解は容易である。」(明細書11頁7行目~13行目)。
(2) 上記1及び2(1)の認定事実によれば、訂正考案と引用考案1とは、①と
もに、上下分割型の半側流型水中モータポンプにおいて、中間ケーシングをモータ
フレームに固定するボルトのボルト頭が、羽根車から吐出された土砂を含む水流に
よって摩耗することを防止するという技術的課題を有し、この課題を解決するた
め、水流を遮断する手段として、耐摩耗性を有する硬質のゴム等によってできた弾
性体リングないし保護材を用いている点において一致すること、②訂正考案におい
ては、弾性体からなるリング自体がボルト部を覆うことによって、すなわち、弾性
体からなるリングのみによって、ボルト頭を水流から遮蔽しているのに対し、引用
考案1においては、保護材にボルトを挿通する穴が開けられているため、保護材2
と下部側ケーシング上面との協動によってボルト頭を水流から遮蔽している点で相
違していることが認められる。
原告は、審決が上記②の相違点を看過したと主張する。
しかし、審決は、訂正考案と引用考案1との相違点として「下部側ケーシ
ングが、訂正明細書の請求項1に係る考案では、製造上の中子を不要とするもので
あるのに対して、引用例1記載の考案では、製造上の中子を必要とするものである
点。」(審決書13頁15行目~19行目)を記載しており、この記載は、審決が
看過したと原告の主張する相違点があることを前提とした記載であると解すること
ができる。すなわち、訂正考案では、弾性体からなるリングのみによってボルト頭
を水流から遮蔽しており、下部側ケーシングの形状が製造上の中子を不要とするも
のにできるのに対し、引用考案1においては、保護材にボルトを挿通する穴が開け
られているため、保護材のみではボルト頭を水流から遮蔽することができず、下部
側ケーシング上面もボルト頭を水流から遮蔽する役割を担わなければならないた
め、下部側ケーシングの形状が製造上の中子を必要とするものになっているのであ
るから、審決のいう下部側ケーシングの形状の相違は、原告主張の相違点を当然の
前提としているものというべきである。審決がこれを看過したとする原告の主張
は、採用することができない。
3 取消事由2(訂正考案と引用考案1との相違点についての判断の誤り)につ
いて
(1) 甲第4号証によれば、引用例2には、上下分割型の水中モーターポンプに
おいて、下部側ケーシングの形状が製造上の中子を不要とする形状をした引用考案
2が記載されていることが認められる。
審決は、引用考案2の製造上の中子を不要とする下部側ケーシングの形状
を引用考案1に適用することを妨げる特段の事由は見当たらないとする。
しかしながら、上記1で認定したとおり、訂正考案は、①下部側ケーシン
グの生産性を向上させるために、下部側ケーシングを製造上の中子を不要とする形
状とすること、及び②ポンプの最大外径を大きくすることなく、ボルト頭を保護す
ることという二つの課題を、同時に解決することを目的とした考案である。ところ
が、甲第4号証によれば、引用考案2は、中間ケーシングと下部プラケット(本件
考案のモータフレームに相当する)とを締結するボルトの位置が下部側ケーシング
の開口部よりも外側に設けられているものであること(引用例2の図3参照)、同
引用例には、ボルトの位置を下部側ケーシングの開口部よりも内側に設けることに
ついては、何らこれを示唆する記載がないことが認められる。前記のとおり、引用
考案1は、保護材にボルトを挿通する穴が開いていることから、ボルト頭を水流か
ら遮蔽するために、下部側ケーシングの形状が製造上の中子を必要とする形状をし
ているのであり、これに引用考案2の製造上の中子を不要とする下部側ケーシング
の形状をそのまま適用しても、下部側ケーシングから、これまでボルト頭を水流か
ら遮蔽してきた部分を取り除くだけであり、保護材に開けられた穴が露出してボル
ト頭が水流にさらされる結果を招くだけであって、訂正考案の目的を達成すること
はできないことが明らかである。
(2) 被告は、訂正請求項1においては、ボルト部と中間ケーシングの位置関係
について何ら限定がされておらず、ボルト部が下部側ケーシングの開口部よりも外
側に配置された場合も訂正考案に含まれる旨主張する。そして、この主張が正しい
との前提の下では、引用考案1に引用考案2を適用して、ボルト部の位置を下部側
ケーシングの外側に配置すれば、訂正請求項1の構成を充足するものが得られるこ
とになることは、明らかである。
しかしながら、上記前提を認めることはできない。まず、訂正請求項1を
みると、それは、「下部側ケーシングが製造上の中子を不要とする上下分割型ケー
シングを使用する半側流型水中モータポンプにおいて、上部側ケーシングに相当す
る中間ケーシングの下面に、該中間ケーシングをモータに取付けるボルト部を羽根
車から吐出される水流から遮蔽するように、ゴムのような耐摩耗性の弾性体からな
る交換可能なリングを嵌め込んだことを特徴とする半側流型水中モータポンプ。」
というものであり、その中の「下部側ケーシングが製造上の中子を不要とする上下
分割型ケーシングを使用する半側流型水中モータポンプにおいて」との、下部側ケ
ーシングの形状についての記載部分が、ボルト部を水流から遮蔽する構成との関係
で記載されていること自体は、訂正請求項1の記載自体から明らかである。もっと
も、上記記載部分の技術的意義は、訂正請求項1の記載のみからは、一義的には明
確に理解することができないというべきであるから、単に訂正請求項1の記載のみ
から判断するのではなく、考案の詳細な説明の記載をも参酌して解釈すべきであ
る。そして、前記認定のとおりの考案の詳細な説明の記載を参酌するならば、訂正
考案の技術的意義は、次のようなものとして一義的に理解することができる。
従来例においては、下部側ケーシングの形状を製造上の中子を不要と
する形状とした場合には、ボルト部の位置を下部側ケーシングの開口部よりも外周
側に寄せることによってボルト頭を水流から遮断しており、この場合にはポンプ部
の最大外径が大きくなってしまうという問題点があった。訂正考案は、中間ケーシ
ングの下面にゴムのような耐摩耗性の弾性体からなる交換可能なリングを嵌め込ん
でボルト部を塞いでしまい、下部側ケーシングの上部にボルト部を塞ぐという役割
を負わせないようにすることによって、その形状にかかわりなく、ボルト頭が水流
にさらされないようにし、このような構成をとることによって下部側ケーシングの
製造上の中子を不要とする形状としながら、ポンプの最大外径を大きくすることな
く、ボルト頭を水流から遮蔽するという課題を解決したものである。
このような、訂正考案の技術的意義に照らすと、ボルト部の位置が下部側
ケーシングの開口部よりも外側にある場合というのは、訂正考案が克服した従来例
にすぎず、このような場合は訂正考案には含まれないと解するのが相当である。
被告の主張は採用することができない。
(3) なお、被告は、仮に、ボルト部の位置が下部側ケーシングの開口部よりも
内側であっても、ボルト部を弾性材で遮蔽することは、乙第1号証によって公知で
あって、格別の困難性は認められない旨主張する。しかしながら、乙第1号証は、
審決において判断の対象とされなかった証拠であるから、本件訴訟において、これ
を根拠に公知技術による容易遂行性を主張することは、本件訴訟の審理の範囲外で
あって許されないものというべきである。
被告の主張は採用することができない。
(4) 以上に述べてきたところによれば、審決は、引用考案1に引用考案2の製
造上の中子を不要とする下部側ケーシングの形状を適用することによって生じる、
ボルト頭が水流にさらされることになるという問題点について、なすべき検討をし
ないまま結論を導いたものといわざるを得ない。
4 そうすると、訂正考案は、引用考案1及び2に基づいて当業者がきわめて容
易に考案をすることができたものであるとして、実用新案登録出願の際独立して実
用新案登録を受けることができず、本件訂正請求が認められないとした審決の判断
は誤っているというべきであり、この誤りが、審決のうち「登録第2148998
号実用新案の明細書の請求項第1項に記載された考案についての登録を無効とす
る。」とした部分の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
第6 よって、原告の本訴請求は理由があるので、審決のうち「登録第21489
98号実用新案の明細書の請求項第1項に記載された考案についての登録を無効と
する。」とした部分を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7
条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官   山   下   和   明
        
          裁判官    宍   戸       充
 
裁判官     阿   部   正   幸

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