弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役五月に処する。
     この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人入倉卓志及び被告人が差し出した各控訴趣意書に、こ
れに対する答弁は検察官難波治名義の答弁書に記載してあるとおりであるから、こ
れを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
 一、 弁護人の控訴趣意第一点及び被告人の控訴趣意(論旨明確でないが、弁護
人の第一点と同旨に帰するものと解する)について
 所論は、原審における被告人及び弁護人の主張の要旨は「被告人は、『A協議会
(A)はアジア太平洋における資本主義国家を擁護し、ベトナム戦争に協力するた
めのものであり、日本がこれに参加することはベトナム戦争に加担することであつ
て、平和主義に立つ憲法に違反する』との政治的信条に基いて、当面、Bホテルに
おいて開催される同協議会閣僚会議を阻止しなければならないと考え、本件行為に
及んだものである」というのであり、国民として憲法を尊重擁護することは当然の
義務であるから、右主張は刑法三五条の法令(憲法)により行つた行為として刑訴
法三三五条二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張に当るので、裁
判所はこれに対し判断を示さなければならないに拘らず、原判決にはその判断が示
されていない点において、判決に理由を付さない違法があると主張する。しかしな
がら、刑法三五条が「法令に因り為したる行為は之を罰せず」とするのは、形式上
は犯罪構成要件を充足する行為であつても法令の規定によつてそれが許される場合
には犯罪は成立しないとするものであつて、或る政治的社会事実に対し法令(憲
法)に違反するとの政治的信条を抱き、その信条に基いて行つた行為であれば、そ
の行為が犯罪構成要件に該当しても、法令(憲法)に因り為したる行為として犯罪
の成立を否定されるとするものではない。政治的信条は各個人の主観であり、その
信条に基く行為を、客観的な法令により許された行為とすることはできないからで
ある。従つて、原審における被告人、弁護人の主張は刑訴法三三五条二項に当る主
張ではないから、これに対し特に判断を示さなくとも、原判決に訴訟手続の法令違
反はなく、況や判決に理由を付さない違法があるとする論旨は失当である。所論は
いずれも理由がない。
 二、 弁護人の控訴趣意第二点について
 所論は、原判示第一の兇器準備集合罪と同第二の公務執行妨害罪とは刑法五四条
一項の牽連犯の関係にある<要旨>のに、これを同法四五条前段の併合罪として刑の
加重をした原判決には法令の適用を誤つた違法があると主張する。しかし、
兇器準備集合罪が個人の生命、身体、財産のみでなく、公共的な社会生活の平穏を
もその保護法益とするものであることは明らかであり、本件の兇器準備集合の所為
を公務執行妨害の所為に対する単なる手段としてのみ評価することはできない。ま
た両者は一般的にも通常手段結果の関係にあるといい得るものではないから、併合
罪の関係にあると解することが相当である(最高裁昭和四八年二月八日決定参
照)。原判決に法令適用の誤りはなく、所論は理由がない。
 三、 弁護人の控訴趣意第三点について
 所論は、原判決が被告人に懲役の実刑を科したことを不当とし、刑の執行を猶予
すべきであると主張する。
 記録によれば、原判示犯罪事実は明らかであり、原判決が有罪の認定をしたこと
に誤りはない。国民として政府の政治姿勢を批判し、自己の信条に反するとき、そ
の具体的政策に対し反対の所信を表明し、その手段として抗議の行動に出ることも
自由であり、正当な行為といい得るが、その目的のために採られる手段は全て正当
化されるものではない。手段とされた行為が現実の社会生活内において犯罪とされ
る限り、目的の正当性を理由に手段の正当性を主張することは、社会秩序を無視す
るもので失当である。被告人が本件行為につき罪責を問われることは当然である
が、記録に現れた犯行の動機、態様、集団中における地位、役割等よりみれば、集
団犯罪を指揮推進したものではなく、指導者の采配に従つて行動していたと認めら
れ、当審における事実取調の結果をも併せ考慮すれば、犯後の被告人の態度には、
自己の行動に対し冷静な批判を加えて自制する心境に至つたことを窺い得られ、今
後の処世態度につき近親の協力も期待し得るので、本件による処断としては実刑に
よらず、その執行を猶予することによつて処刑の目的を達し得るものと判断され
る。その意味において原判決を破棄すべく、所論は理由がある。
 右のとおり本件控訴はその理由があるので刑訴法三九七条一項三八一条により原
判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて更に自判する。
 原判決が適法に確定した罪となるべき事実に対し原判示のとおり法令を適用し、
刑を選択した処断刑の範囲内において被告人を懲役五月に処し、刑の執行猶予につ
き刑法二五条一項を、原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条
一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 高橋幹男 判事 寺内冬樹 判事 千葉裕)

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