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平成24年8月31日判決言渡同日原本領収裁判所書記官塙義和
平成22年(ワ)第13776号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成24年5月21日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
目次
主文..................................................4
事実及び理由..................................................4
第1請求..............................................................4
第2事案の概要........................................................4
1概要..............................................................4
2前提事実..........................................................4
3争点.............................................................13
第3争点に関する当事者の主張.........................................15
1本件特許発明1に係る侵害の成否...................................15
1-1構成要件1Aの充足性(争点1-1)...........................15
1-2構成要件1Bの充足性(争点1-2)...........................22
1-3構成要件1Cの充足性(争点1-3)...........................34
1-4均等侵害の成否(争点1-4).................................51
1-5道具理論の成否(争点1-5).................................58
1-6乙11号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-6)...........61
1-7乙8号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-7).............88
2本件特許発明2に係る侵害の成否...................................96
2-1構成要件2Aの充足性(争点2-1)...........................96
2-2構成要件2B~2Cの充足性(争点2-2)....................103
2-3構成要件2D~2Fの充足性(争点2-3)....................108
2-4構成要件2Gの充足性(争点2-4)..........................115
2-5間接侵害の成否(争点2-5)................................116
2-6均等侵害の成否(争点2-6)................................117
3本件特許発明3に係る侵害の成否..................................123
3-1構成要件3Aの充足性(争点3-1)..........................123
3-2構成要件3B~3C及び3Eの充足性(争点3-2)............127
3-3構成要件3Dの充足性(争点3-3)..........................139
3-4構成要件3F及び3Hの充足性(争点3-4)..................140
3-5構成要件3Iの充足性(争点3-5)..........................146
3-6サポート要件違反の有無(争点3-6)........................147
3-7明確性要件違反の有無(争点3-7)..........................159
3-8実施可能要件違反の有無(争点3-8)........................163
3-9乙13号証を主引例とする進歩性の欠如(争点3-9)..........164
4原告の損害額(争点4)..........................................182
第4当裁判所の判断..................................................183
1本件特許発明1に係る侵害の成否について..........................183
1-1構成要件1Aの充足性(争点1-1)について..................183
1-2構成要件1Bの充足性(争点1-2)について..................190
1-3構成要件1Cの充足性(争点1-3)について..................207
1-4まとめ......................................................217
2本件特許発明2に係る侵害の成否について..........................217
2-1構成要件2Aの充足性(争点2-1)について..................217
2-2構成要件2B~2Cの充足性(争点2-2)について............225
2-3構成要件2D~2Fの充足性(争点2-3)について............234
2-4構成要件2Gの充足性(争点2-4)について..................236
2-5まとめ......................................................237
3本件特許発明3に係る侵害の成否について..........................237
3-1構成要件3Aの充足性(争点3-1)について..................237
3-2構成要件3B~3C及び3Eの充足性(争点3-2)について....247
3-3構成要件3Dの充足性(争点3-3)について..................256
3-4構成要件3F及び3Hの充足性(争点3-4)について..........257
3-5構成要件3Iの充足性(争点3-5)について..................258
3-6まとめ......................................................260
第5結論............................................................260
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙被告製品目録記載の各製品を,製造し,譲渡し,貸渡し,譲渡
若しくは貸渡しの申出をし,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはなら
ない。
2被告は,原告に対し,金2億5000万円およびこれに対する平成22年4
月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1概要
本件は,発明の名称を「信号処理装置」「電子楽器の音源装置」「楽音デー
タ再生装置」とする3つの特許権を有する原告が,被告が製造・販売するLS
Iが原告の特許権を侵害する旨主張して,被告に対し,特許法100条1項に
基づく差止請求として当該LSIの製造,譲渡等の禁止と不法行為に基づく損
害賠償請求として4億8000万円の一部である2億5000万円(附帯請求
として訴状送達の日の翌日である平成22年4月24日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。
2前提事実
以下の各事実は,当事者間に争いがない。
(1)当事者
原告は,楽器,音楽機器,半導体等を製造販売する会社である。
被告は,半導体集積回路等を製造販売する会社である。
(2)特許第2943636号
ア概要
原告は,次の特許権を有している(以下,【請求項1】に係る特許発明
を「本件特許発明1」といい,これに係る特許を「本件特許1」という。
また,当該特許権に係る特許公報〔甲1の2〕を末尾に添付し,これを
「本件特許1明細書」という。)。
発明の名称信号処理装置
出願日平成6年11月22日
出願番号特願平6-288474
公開日平成8年6月7日
公開番号特開平8-147883
登録日平成11年6月25日
特許番号特許第2943636号
特許請求の範囲
【請求項1】
データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録するとと
もに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によ
って元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処
理装置において,
発音指示を発生する発音指示手段と,
該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所定の部
分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定
の記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に
記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所
定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記先頭データに
基づく音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧縮データのデコー
ド処理を行い,前記先頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて前記
所定の部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成された元のデータ
に基づいて音信号を生成する演算手段とを具備することを特徴とする信号
処理装置
イ本件特許発明1の構成要件の分説
本件特許発明1の構成要件は,次のとおり分説することができる(以下
「構成要件1A」などという。)。
1Aデータを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録する
とともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード
処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生
成する信号処理装置において,
1B発音指示を発生する発音指示手段と,
1C該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所定
の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データと
して所定の記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記所定
の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始す
るとともに前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始し
て,前記先頭データに基づく音信号の発生と平行して前記所定の部分
以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに基づいた
音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコー
ド処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する演算
手段と
1Dを具備することを特徴とする信号処理装置。
ウ本件特許発明1の目的・効果
本件特許発明1は,「従来より,デジタルデータを記録する際には,そ
の記憶容量を小さくするために,各種のデジタルデータ圧縮技術が用いら
れてきた」(本件特許1明細書【0002】)が,「再生するためのデー
タ処理に時間がかかるため,頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないと
いう問題を生じる」(同明細書【0004】)という課題解決を目的とす
るものであり,本件特許発明1の構成により,「圧縮データのデコード時
における時間遅れが生ぜず,このため高圧縮率の圧縮法を効果的に用いる
ことができるという利点が得られる」(同明細書【0052】)ようにな
ったものである。
(3)特許第2734323号
ア概要
原告は,次の特許権を有している(以下,【請求項2】に係る特許発明
を「本件特許発明2」といい,これに係る特許を「本件特許2」という。
また,当該特許権に係る特許公報〔甲2の2〕を末尾に添付し,これを
「本件特許2明細書」という。)。
発明の名称電子楽器の音源装置
出願日平成4年11月30日
公開日平成6年6月14日
公開番号特開平6-167978
登録日平成10年1月9日
特許番号特許第2734323号
特許請求の範囲
【請求項2】
楽音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を
施したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間までの部分をディジ
タル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分をデ
ィジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する記憶手段
と,
発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶されたディジタル・データお
よび圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する読出手段と,
前記読出手段によって読み出された,圧縮処理を施したデータに展開処
理を施して元のディジタル・データに展開するデータ展開手段と,
前記読出手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したか
否かを判別する第2の判別手段と,
前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了
していないと判別された場合には前記読出手段によって読み出されたディ
ジタル・データを選択し,前記第2の判別手段によって前記ディジタル・
データの読み出しが終了したと判別された場合には前記データ展開手段に
よって展開されたディジタル・データを選択する第2の選択手段とを具備
し,
前記第2の選択手段によって選択されたディジタル・データに基づいて
発音することを特徴とする電子楽器の音源装置。
イ本件特許発明2の構成要件の分説
本件特許発明2の構成要件は,次のとおり分説することができる(以下
「構成要件2A」などという。)。
2A楽音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処
理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間までの部分
をディジタル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以
降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて
記憶する記憶手段と,
2B発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶されたディジタル・デー
タおよび圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する読出手段と,
2C前記読出手段によって読み出された,圧縮処理を施したデータに展
開処理を施して元のディジタル・データに展開するデータ展開手段と,
2D前記読出手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了し
たか否かを判別する第2の判別手段と,
2E前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが
終了していないと判別された場合には前記読出手段によって読み出さ
れたディジタル・データを選択し,前記第2の判別手段によって前記
ディジタル・データの読み出しが終了したと判別された場合には前記
データ展開手段によって展開されたディジタル・データを選択する第
2の選択手段とを具備し,
2F前記第2の選択手段によって選択されたディジタル・データに基づ
いて発音する
2Gことを特徴とする電子楽器の音源装置。
ウ本件特許発明2の目的・効果
本件特許発明2は,「特に圧縮効率の高いデータのデコード処理にはあ
る程度の時間が必要である」ことに鑑み,「発音指示後,時間遅れを極め
て少なくして,直ちに楽音を発生することができる電子楽器の音源装置を
提供する」(本件特許2明細書【0003】)ことを目的とし,本件特許
発明2の構成により,「時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生
することができる(請求項2)」(同明細書【0062】)。
(4)特許第3918826号
ア原告は,次の特許権を有している(以下,【請求項4】に係る特許発明
を「本件特許発明3」といい,これに係る特許を「本件特許3」という。
また,当該特許権に係る特許公報〔甲3の2〕を末尾に添付し,これを
「本件特許3明細書」という。)。
発明の名称楽音データ再生装置
出願日平成16年3月30日
公開日平成17年10月13日
公開番号特開2005-283944
登録日平成19年2月23日
特許番号特許第3918826号
特許請求の範囲
【請求項1】
圧縮楽音データと非圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶
された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,非圧縮楽音データ
の順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,
前記記憶媒体から前記非圧縮楽音データを読み出すとともに,前記非圧
縮楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第
1の読出手段と,
前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,
前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張して出
力するデコーダと,
前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手
段と,
前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を制御
する制御手段とを具備し,
前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位
の整数倍のデータサイズを有し,
前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第2の読出手段へ前記
圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記デ
コーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダによる前記圧縮楽音デ
ータの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ前記非圧縮
楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の
読出手段の出力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手
段から出力される前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行
することにより,前記楽音データをループ再生させる
ことを特徴とする楽音データ再生装置。
【請求項4】
前記非圧縮楽音データに代えてADPCM方式によって圧縮された圧縮
楽音データを用いることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかの
項に記載の楽音データ再生装置。
イ本件特許発明3の構成要件の分説
本件特許発明3の構成要件は,次のとおり分説することができる(以下
「構成要件3A」などという。)。
3A圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音デー
タとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音デ
ータを圧縮楽音データ,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音
データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,
3B前記記憶媒体から前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音
データを読み出すとともに,前記ADPCM方式によって圧縮された
圧縮楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力
する第1の読出手段と,
3C前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,
3D前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張し
て出力するデコーダと,
3E前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切
換手段と,
3F前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を
制御する制御手段とを具備し,
3G前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理
単位の整数倍のデータサイズを有し,
3H前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第2の読出手段へ
前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段
を前記デコーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダによる前
記圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出
手段へ前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み
出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出
力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手段から出
力される前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行する
ことにより,前記楽音データをループ再生させる
3Iことを特徴とする楽音データ再生装置。
ウ本件特許発明3の目的・効果
本件特許発明3は,「パチンコ等のゲーム機の分野においては,同じ楽
曲を続けて繰り返し再生するループ再生がしばしば行われる。しかしなが
ら,上述した圧縮楽音データをゲーム機において使用する場合,例えばM
PEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,
このフレーム単位で再生処理を行うようになっているので,曲の最後のフ
レームが規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無音部分が
含まれることになる。このため,繰り返し再生において曲の終端部と先頭
部との間に無音部分が生じてしまう問題があった。」(本件特許3明細書
【0002】)という課題に鑑み,「無音部分を作ることなくループ再生
を行うことができる楽音データ再生装置を提供する」(同明細書【000
3】)ことを目的とするものであり,「この発明によれば,楽音データの
終了部に非圧縮データを配置したので,圧縮楽音データを,無音部分を作
ることなく任意の箇所でループ再生することができる効果が得られる」
(同明細書【0008】)。
(5)被告の行為
被告は,別紙被告製品目録記載の各製品(以下,同目録記載の番号に従っ
て「被告製品1」などという。)を製造・販売している。
被告製品1~4の概要は,別紙被告製品1~4説明書記載のとおりである
(ただし,別紙被告製品1説明書3機能のうち,下線及び二重取消線を付し
た箇所を除く。)。
なお,被告は,被告製品2~4の構成要件3G充足性については,クレー
ムが記載不備であると主張するほか,その充足性について積極的に争うもの
ではない。
3争点
(1)本件特許発明1に係る侵害の成否
ア被告製品1が本件特許発明1の技術的範囲に属するか。
(ア)構成要件1Aの充足性(争点1-1)
「外部記憶手段に記録する」の意義
(イ)構成要件1Bの充足性(争点1-2)
a「発音指示を発生する発音指示手段」の意義
b被告製品1が「発音指示手段」を備えているか。
(ウ)構成要件1Cの充足性(争点1-3)
a「所定の開始位置から所定の部分まで」の意義
b構成要件1Cにおける①「デコード処理」の開始と「音信号の発
生」の開始の同時性②「デコード処理」と「音信号の発生」の平行性
の程度
c被告製品1が構成要件1Cを処理する演算手段を備えているか。
(エ)均等侵害の成否(争点1-4)
(オ)道具理論の成否(争点1-5)
イ本件特許1が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。
(ア)乙11号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-6)
(イ)乙8号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-7)
(2)本件特許発明2に係る侵害の成否
被告製品2~4が本件特許発明2の技術的範囲に属するか。
ア構成要件2Aの充足性(争点2-1)
構成要件2Aの「ディジタル・データ」の意義
イ構成要件2B~2Cの充足性(争点2-2)
(ア)構成要件2B~2Cにおいて,①「ディジタル・データ」の読み出
し開始と「圧縮処理を施したデータ」の読み出し開始の同時性,②「デ
ィジタル・データ」の読み出しと「圧縮処理を施したデータ」のデコー
ド処理の同時平行性が要求されているか。
(イ)被告製品2~4が「読出手段」「データ展開手段」を備えているか。
ウ構成要件2D~2Fの充足性(争点2-3)
(ア)構成要件2Dの「第2の判別手段」の意義
(イ)被告製品2~4が「第2の判別手段」「第2の選択手段」を備えて
いるか。
エ構成要件2Gの充足性(争点2-4)
被告製品2~4が「電子楽器の音源装置」に該当するか。
オ間接侵害の成否(争点2-5)
カ均等侵害の成否(争点2-6)
(3)本件特許発明3に係る侵害の成否
ア被告製品2~4が本件特許発明3の技術的範囲に属するか。
(ア)構成要件3Aの充足性(争点3-1)
構成要件3Aには楽音データの先頭部がADPCM方式によって圧縮
された楽音データである場合が含まれるか。
(イ)構成要件3B~3C及び3Eの充足性(争点3-2)
被告製品2~4が「第1の読出手段」「第2の読出手段」「切換手
段」を備えているか。
(ウ)構成要件3Dの充足性(争点3-3)
被告製品2~4が「デコーダ」を備えているか。
(エ)構成要件3F及び3Hの充足性(争点3-4)
a被告製品2~4が「制御手段」を備えているか。
b被告製品2~4が「第1手順」「第2手順」を実行するか。
(オ)構成要件3Iの充足性(争点3-5)
被告製品2~4が「楽音データ再生装置」に該当するか。
イ本件特許3が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。
(ア)サポート要件違反の有無(争点3-6)
(イ)明確性要件違反の有無(争点3-7)
(ウ)実施可能要件違反の有無(争点3-8)
(エ)乙13号証を主引例とする進歩性の欠如(争点3-9)
(4)原告の損害額(争点4)
第3争点に関する当事者の主張
以下,本件特許1~3明細書の図面は末尾に添付したものを参照することと
し,本文中には掲載しない。
1本件特許発明1に係る侵害の成否
1-1構成要件1Aの充足性(争点1-1)
「外部記憶手段に記録する」の意義
(原告の主張)
(1)「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録すると
ともに」というのは,外部記憶手段に記録されたものが,所定の圧縮手段で
データを圧縮したものであるという趣旨である。
(2)被告は,構成要件1Aには,デコード処理機能だけでなく,「データを
所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録する」という機能(エ
ンコード処理機能)も含まれていると解されるところ,被告製品1はエンコ
ード処理機能の方は有しないので要件不充足である旨主張しているが,以下
のとおり,そのような解釈は失当である。
本件特許発明1が,専らデコード処理機能に関するものであり,何らエン
コード処理機能に関する内容を含んでいないことは,構成要件1B以下のク
レーム文言,ないしは本件特許1明細書記載の発明の課題,目的,効果等よ
り明らかである。
すなわち,本件特許発明1は,「信号処理装置」に関する発明である(同
明細書【発明の名称】及び構成要件1D)が,クレーム文言上,当該「信号
処理装置」が具備すべき構成として限定されているのは,いずれもデコード
処理機能に関わる,発音指示手段(構成要件1B)と,音信号を生成する演
算手段(構成要件1C)のみであり,エンコード処理機能ないしは圧縮処理
に関わる文言は一切ない。
そもそも,構成要件1Aのような「おいて」書きによって示された構成は,
当該発明の前提部分または上位概念であるから,当然,構成要件1Aにおい
て限定された権利範囲は,その他の構成要件1B~1Dにおいて限定された
権利範囲よりも広くなるはずである。したがって,構成要件1B~1Dにお
いて広くデコード処理機能を有する信号処理装置を対象にしているにもかか
わらず,その上位概念であるべき構成要件1Aにおいて,デコード処理機能
と併せてエンコード処理機能まで有する信号処理装置にまで狭く権利範囲を
限定しているなどと解する余地は,概念的にあり得ない。
このことは,技術的意義を考えれば,より一層明確になる。すなわち,本
件特許発明1の目的は,「再生するためのデータ処理に時間がかかるため,
頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないという問題を生じる」(同明細書
段落【0004】)という具体的な課題の解決,すなわち,発音遅延の解消
この1点にある。
かかる課題を解決するために,本件特許発明1では,先頭楽音データの一
部を予め先行してデコード処理しておき(構成要件1C前段),発音指示
(構成要件1B)に応じて当該先頭楽音データを遅延なく発音させている間
に,続きのデータのデコード処理を開始して追いつき,先行デコードデータ
に基づく発音と発音指示後のデコードデータに基づく発音との間で途切れな
く発音を継続させる(構成要件1C後段)という解決原理を採用したのであ
る。専らデコード処理に係る工夫で解決を図っていることは明らかである。
したがって,本件特許発明1の課題解決原理の実現のために,対象装置が
デコード処理機能に加えてエンコード処理機能まで具備している技術的必要
性など全く認められないのであるから,そもそも上位概念として,構成要件
1Aでエンコード処理機能付きにまで対象装置の範囲を限定する解釈は採り
得ないのである。
(3)本件特許1当初明細書(特開平8-147883〔甲23〕)には,デ
コード機能に関する発明である請求項1~3に加え,【請求項4】として,
エンコード機能に関する発明も記載されていたが,審査の過程(乙5拒絶理
由通知書)で完全に削除したという経緯がある。
該【請求項4】をサポートしていた,エンコード機能の説明部分(同当初
明細書段落【0014】【0015】【図3】等)は,特に削除するまでの
必要もないために,本件特許1明細書においてもそのまま実施例のエンコー
ド機能部分に対する説明として残されたものである。
本件特許1当初明細書の請求項1~3で示されたデコード機能に関する発
明と,請求項4で示されたエンコード機能に関する発明とを,併せて1つの
実施例を用いて効率的に説明するために,エンコード機能とデコード機能,
ないしは,録音機能と再生機能とを併せ持つ装置を対象にしたにすぎないの
であり,上記請求項4の構成に当該実施例のデコード機能が直接関係しない
のと同様に,本件特許発明1(請求項1)の構成には当該実施例のエンコー
ド機能は直接関係しないのである。
したがって,エンコード機能に関する発明削除後も本件特許1明細書の実
施例に残存して示されているにすぎないエンコード機能部分を殊更に採り上
げて,これが別のデコード機能に関する発明である本件特許発明1(請求項
1)の技術的課題に深く関わるものと捉えたり,対象装置に必須の構成であ
ると捉えたりすることは,審査経過に照らしても誤りであることは明らかと
いうべきである。
(4)ア構成要件1Aのクレーム文言解釈の問題は,文言の分析からは,「と
ともに」の意義の解釈の問題と,その直前の「記録する」の意義の解釈の
問題とに分かれる。
被告の主張は,「記録する」「とともに」「生成する」信号処理装置に
ついて,「記録する」と「生成する」の両方を兼ね備える信号処理装置と
読み,すなわち,「とともに」を「and(アンド)」の意味で解釈し,
かつ,「記録する」について,文字通りそのまま「信号処理装置」が記録
する動作を行うと読むものである。
したがって,被告主張に完全に従えば,当該「信号処理装置」は,「記
録する」=エンコード機能と,「生成する」=デコード機能との両方を兼
ね備える装置ということになる。
イこれに対し,原告の主張は,「とともに」を「and(アンド)」の意
ではなく,「(~した)状態下で」あるいは「(~した)条件のもとで」
(英語で言えば,「with(ウィズ)」)というように,先行の前提条
件と後続の本文とをつなぐものとして解釈するものである。
本件では,「とともに」で結ばれた前後の事柄の関連性と時間的先後を
示す意味で使われているにすぎない。すなわち,「ともに」の後に記され
たデコード処理の対象となる圧縮データが,当該デコード処理よりも時間
的に先行し,かつ当該デコード処理とは対になる演算を用いる圧縮処理に
よって予め「外部記憶手段に記録」されたものであることを明確にするた
めに,「とともに」の前に,「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して
外部記憶手段に記録する」という前提条件を確認的に配置したにすぎない
のである。このような前提条件と本文との関係は,まさに「とも-に【共
に・倶に】①ひとつになって。いっしょに。相連れて。」(広辞苑【第五
版】),すなわち英語で言えば,「with(ウィズ)」に当たるもので
ある。
特に本件では,発明のスタートとなる圧縮データが,構成要件上,必要
な装置の中に含まれていない「外部記憶手段」に記録されていることもあ
り,発明の前提部分にすぎない圧縮処理ないしはエンコード処理にまでク
レームで言及する必要があったのである。
ウ原告の主張は,「記録する」についても,その動作主体は「信号処理装
置」ではなく,構成要件に記載されていない動作主体が,当該「信号処理
装置」の外部記憶手段に「記録する」と読むものである。
したがって,このとき,仮に「とともに」を「and(アンド)」の意
に解釈するとしても,当該「信号処理装置」は,その外部記憶手段に,構
成要件に記載されていない動作主体(他のエンコーダでもよい)がデータ
を圧縮して「記録する」ことと,その圧縮データをデコードして音信号を
「生成する」ことの両方を兼ね備える装置と読むべきことは明らかであり,
当該「信号処理装置」にエンコード機能まで兼用させる限定解釈をする理
由はない。
被告の解釈は,「とともに」で結合される後半のデコード機能部分を抜
き去って,そのまま前半部分の「データを所定の圧縮処理によって圧縮し
て外部記憶手段に記録する」を「信号処理装置」に直結するという読み方
をするから,あたかも「信号処理装置」自身が「記録する」動作を行うよ
うに読めてしまうが,「とともに」で結ばれた文章の読み方としては適正
さを欠いているといわざるを得ない。
仮に,被告主張に完全に従って,「エンコード機能を有する信号処理装
置において」と読むとした場合,前提としてそのような機能をあえて掲げ
た以上,以降のクレームにはその機能について何らかの言及があって然る
べきである。しかるに,以降の構成にエンコード機能が全く登場しないこ
とはこれまで主張のとおりである。
原告主張のように,「その外部記憶手段にデータを圧縮して記録した信
号処理装置において」と読めば,構成要件1C等にデコード機能の対象な
いしは出発点としてその内容の言及がされ,無理なくクレーム解釈が行え
るのである。
このように,本件特許1明細書の【特許請求の範囲】の記載だけからも,
被告の主張する限定解釈が採り得ないことは明らかである。
(5)被告製品1は,圧縮オーディオデジタルデータ(最大1024曲のフレ
ーズデータ)が外部音声ROM内にOggVorbis方式にて圧縮済みの
デジタルデータとして格納されている(別紙被告製品1の機能説明3の5)
参照)から,「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記
録するとともに,」の構成に該当する。
また,被告製品1は,オーディオを構成する一連のフレーズを伸長変換
(デコード)演算して,バス部へ転送する機能(別紙被告製品1の機能説明
3の6)参照)が「所定のデコード処理によって元のデータに戻し,」に該
当し,バス部を経由してスピーカに対応する発音チャンネル単位で出力部へ
オーディオデータを出力する機能(別紙被告製品1の機能説明3の7)参
照)が「該元のデータに基づいて音信号を生成する」に該当するから,「信
号処理装置」に該当する。
したがって,被告製品1は構成要件1Aを充足する。
(被告の主張)
(1)本件特許発明1の信号処理装置は「データを所定の圧縮処理によって圧
縮して外部記憶手段に記録する」(下線は被告が付したものである。以下,
被告の主張について同じ。)とクレームされているのであるから,本件特許
発明1の信号処理装置は,その装置自体にエンコード機能・記録機能を有す
るものでなければならない。「おいて」書きであるからといって,クレーム
の文言を無視してよいことにはなり得ない。
(2)本件特許1明細書段落【0001】【0014】【0015】【図3】
には,以下の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は,高効率データ圧縮を採用したレコーダ
等に用いて好適な信号処理装置に関する。」
「【0014】次に,上述した構成による動作について,図4~図6に示す
タイムチャートを参照して説明する。
[RECタイムチャート]まず,図4において,RECキー1bが押下さ
れると,ADC11によってデジタル信号に変換されたデータがCPU5に
よって演算器10のバッファABUFにブロック(1024サンプル)単位
で順次格納される。まず,バッファABUF(0)に最初の1ブロック目
(以下,第0ブロックという)のデータが格納される。第0ブロックのデー
タが全て格納されると,該バッファABUF(0)のデータが演算器によっ
て圧縮が開始される。この圧縮時間を符号Dで示す。この圧縮時に,バッフ
ァABUF(1)に次の第2ブロック(「1」で示されている)のデータが
格納されていく。また,圧縮されたデータはバッファBBUF(0)に書き
込まれる。そして,第0ブロックのデータ圧縮が終了すると,バッファBB
UF(0)のデータを外部記憶装置9へ書き込む。この書き込みの時間を符
号Sで示す。この書き込みの間にも,バッファABUF(1)へは第1ブロ
ックのデータが格納されていく。
【0015】上記第1ブロックのデータの格納が終了すると,次に,該デ
ータの圧縮が行なわれ,圧縮データはバッファBBUF(1)に書き込まれ
る。そして,データ圧縮が終了すると,バッファBBUF(1)に書き込ま
れた圧縮データは外部記憶装置へ書き込まれる。この間に,バッファABU
F(0)には,第2ブロックのデータが格納されていく。以下,同様にして,
バッファABUF(0),(1)およびバッファBBUF(0),(1)を
交互に用いることで連続して圧縮を行なっていく。なお,この場合には,バ
ッファBBUFはシングルでもよい。あるいは,バッファABUF上で演算
を行なうようにすれば,バッファBBUFは1つも必要ない。」
このように,本件特許1明細書には,本件特許発明1の信号処理装置自体
がデータを所定の圧縮処理によって外部記憶手段に記録することが明確に記
載されている。
(3)被告製品1は,外部MPUからオーディオ再生命令を含む様々な実行命
令を受ける命令受取機能,オーディオ再生命令に従い,外部音声データRO
M内に格納された圧縮オーディオディジタル・データを伸張して出力をする
機能を備えるが,構成要件1Aの「データを所定の圧縮処理によって圧縮し
て外部記憶手段に記録する」ことはない。また,外部ROMに対して圧縮オ
ーディオディジタル・データを記録するのは,被告製品1が組み込まれた装
置(遊技機)ではない別の装置であり,オーディオディジタル・データを圧
縮する(エンコード)ことも別の装置が行う。
したがって,被告製品1は構成要件1Aを充足しない。
1-2構成要件1Bの充足性(争点1-2)
(1)「発音指示を発生する発音指示手段」の意義
(原告の主張)
ア本件特許発明1における,「発音指示」がいかなるものであるかを考え
るには,構成要件1Cとの関係が重要である。
構成要件1Cでは,構成要件1Bの「発音指示」について,「該発音指
示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づい
て音信号の発生を開始する」と明記されている。すなわち,発音が開始さ
れるまではいくつかの信号のやりとりが通常行われるであろうが,それら
の中でも,既にデコード済みの音信号の発生を開始させる信号が,「発音
指示」であり,したがってそれを発生させる手段が「発音指示手段」であ
る。
イ本件特許1明細書の実施例でいえば,段落【0041】【図6】に「同
期パルス」として示されているものがそれに関係する。
「【0040】[同期再生キー処理]そして,同期再生キー1gが押下
されると,図13に示す同期再生キー処理が実行される。まず,ステップ
SG1においてタイマ割込みを停止する。これにより,図5に示すタイマ
割込み処理が中断される。次に,ステップSG2において,演算器10を
圧縮データをデコードするためにデコーダに設定する。次に,ステップS
G3へ進み,モードフラグSCを「1」に設定し,その後,当該処理を終
了し,通常の処理へ戻る。以上の処理で,同期パルス待ち受け状態に設定
され,次に同期パルス(同期トリガ割り込み)を受信したタイミングで同
期再生がスタートする(下線は原告が付したものである。以下,原告の主
張について同じ。)。
【0041】[同期トリガ割込み処理]次に,図6に示す同期パルスが出
力されると,図14に示す同期トリガ割込み処理が実行される。まず,ス
テップSH1において,モードフラグSCが「1」であるか否かを判断す
る。この場合,上述した同期再生キー処理において,モードフラグSCが
「1」に設定されているため,ステップSH1における判断結果は「YE
S」となり,ステップSH2へ進む。ステップSH2では,モードフラグ
SCを「2」に設定する。次に,ステップSH3へ進み,マークポインタ
MPに基づいて,外部記憶装置9のトラック中の読み込み開始ブロック
(ステップSF4にて読み込んだブロックに続くブロック)を指定する。
そして,ステップSH4において,外部記憶装置9からのバッファBBU
F(0)への初めのブロック(上記ステップSH3において設定された読
み込み開始ブロック)のデータの読み込みを開始する。」
上記段落【0041】に示されるように,同期パルスが出力され,それ
が受信されると,そのタイミングで図14の「同期トリガ割込み処理」が
開始され,「モードフラグ」を判断して1から2に切り替えた上で,外部
記憶装置からのバッファBBUFの初めのブロックのデータの読み込みを
開始する。すなわち,BBUFにはエンコードされたデータが収納されて
いるため,デコードが開始される。
他方,モードフラグは1から2に切り替えられたので,段落【004
3】「モードフラグSCが「2」に設定されているので・・RAM8よ
り・・デコードされ,書き込まれたデータを・・読み出す。」すなわち,
発音が開始される。
以上から明らかなように,同期パルスを受けて,同期トリガ割り込み処
理が行われる,言い換えれば同期パルスを受けて,同期トリガ割り込み処
理をスタートさせるものがあることが示されているのであり,その同期ト
リガ割り込み処理をスタートさせるものが明細書実施例における発音指示
手段であり,図14の「スタート」にあたるものが,実施例上の発音指示
であり,これにより一方では発音の開始が,他方ではデコードの開始がさ
れている。
ウ被告は,発音指示手段という機能を実現するクレームの内容は,本件特
許1明細書に説明されている「同期再生キー」が備える機能と解する以外
にないなどと主張しているが,明らかに明細書を読み間違えているもので
失当である。
被告の引用する段落【0040】は「[同期再生キー処理]そして,同
期再生キー1gが押下されると,・・・以上の処理で,同期パルス待ち受
け状態に設定され,次に同期パルス(同期トリガ割り込み)を受信したタ
イミングで同期再生がスタートする。」である。
上記のように,「同期再生キー1g」が押下されると,装置としては,
待ち受け状態になるだけで,これだけでは何も起こらない,すなわちまだ
音信号の発生は開始されない。
次に,「同期パルス」が受信されて初めて再生がスタートするのである。
構成要件1Bの「発音指示」は構成要件1Cの「該発音指示の発生に応じ
て,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生
を開始する」ものでなければならないことは,構成要件文言上明らかであ
るから,待ち受け状態にするだけで,次に同期パルスが来ないと音信号が
発生しない場合における,待ち受けキーの押下が,発音指示にあたること
はあり得ない。
エ被告は,同期パルスは図6の途中再生指示と同時に発生することが記載
されている,図6の途中再生指示は途中再生開始点として任意の位置を予
め指定しておくもの,図6の記載からして「同期再生処理」の指示は同期
再生キー1gの押下によってされるものであると解さざるを得ないなどと
主張しているが,明らかな誤解である。
本件特許1明細書において,図6の説明は,段落【0018】[途中再
生タイムチャート]に記載されているが,ここには,「途中再生開始のタ
イミングを指示する同期パルスが供給されると,」と明記されているので
ある。すなわち,図6における「同期パルス」と「途中再生指示」との関
係は,「同期パルス」=「途中再生指示」と位置付けるものであるから,
「同時に発生することが記載されている。」のは当然である。
被告は,「同期再生キー1gの押下」を「途中再生指示」と同視してい
るようであるが,「同期再生キー1gの押下」は「同期再生の開始を指
示」(段落【0009】)というように,明細書は明らかに「途中再生指
示」(段落【0018】)とは文言上も区別しているから誤りである。
「同期再生キー1gの押下」は「同期パルス待ち受け状態」へのトリガ
ーとなるだけで,「途中再生開始のタイミングを指示する同期パルス」と
は直結してはいない(段落【0040】)のだから,そのような外部の操
作キーだけ捉えて,「発音指示手段」と呼べないことは明らかである。
本件特許1明細書の図6の「途中再生指示」は,図から明らかなように,
「パルス待ちSC=1」の状態で「同期パルス」を受信し,「HT再生
SC=2」にモードフラグを設定変更することで発行される(段落【00
41】【図14】)。敢えていえば,このようなモードフラグの切替えを
伴う内部の発信回路全体を捉えて「発音指示手段」というべきである。
オ本件特許発明1は,「レコーダ等に用いて好適な信号処理装置に関す
る」発明である(段落【0001】)から,組み込む先の外部の「レコー
ダ等」から命令を受けなければ何ら動作しない,部品としての信号処理装
置を対象としており,したがって,これが具備する「発音指示手段」も,
外部の操作キーなどではなく,内部にあって直接「演算手段」の動作開始
を指示する回路がこれに相当する。
(被告の主張)
ア本件特許1明細書には,「発音指示手段」に関する説明は全くされてい
ない。しかし,本件特許発明1の「指示」に関する記載としては,次のも
のがある。
「【0008】
【実施例】次に図面を参照してこの発明の実施例について説明する。図
1はこの発明の一実施例の構成を示すブロック図である。パネルスイッチ
1は,同期再生の開始,停止を指示,マークしたブロックの頭出しを指定,
また,同期再生するトラックを指定するためのキーなどから構成されてお
り,これらのキーの状態はCPU(中央処理装置)5へ供給される。また,
ディスプレイ2は上記パネルスイッチ1による指示等,当該装置の状態を
表示する。
【0009】ここで,パネルスイッチ1の一例を図2(a)に示す。こ
の図において,パネルスイッチ1は,テンキー,録音再生の開始するキー,
動作停止を指示するキー,再生トラックやデータ位置を指示するキー等か
ら構成されている。具体的には,再生の開始を指示する「PLAY」キー
1a,録音の開始を指示する「REC」キー1b,上記再生および録音を
停止させる「STOP」キー1c,どのトラックまたは位置から再生する
かを指示する「トラック」キー1dおよび「位置」キー1e,後述する同
期再生を行なう先頭位置を指示する(マークする)「マーク」キー1f,
そして,同期再生の開始を指示する「同期再生」キー1gからなる。また,
上述した各種キーに付帯して数値を入力するためのテンキー1hがあ
る。」
「【0016】[PLAYタイムチャート]まず,図5において,PLA
Yキー1aが押下されると,外部記憶装置9から第0ブロックの圧縮デー
タを読み込み,バッファBBUF(0)に格納する。圧縮データの格納が
終了すると,次に,演算器10によるデコードが開始される。このデコー
ドされた第0ブロックのデータはバッファABUF(0)に格納されてい
く。そして,デコードが終了すると,バッファABUF(0)に格納され
た第0ブロックのデータは順次DAC12に供給されてアナログ信号に変
換される。この間に,次の第1ブロックの圧縮データを外部記憶装置9か
ら読み込み,バッファBBUF(1)に格納していく。そして,圧縮デー
タの格納が終了すると,演算器によるデコードが行なわれ,デコードされ
た第1ブロックのデータはバッファABUF(1)に格納されていく。」
「【0040】[同期再生キー処理]そして,同期再生キー1gが押下さ
れると,図13に示す同期再生キー処理が実行される。まず,ステップS
G1においてタイマ割込みを停止する。これにより,図5に示すタイマ割
込み処理が中断される。次に,ステップSG2において,演算器10を圧
縮データをデコードするためにデコーダに設定する。次に,ステップSG
3へ進み,モードフラグSCを「1」に設定し,その後,当該処理を終了
し,通常の処理へ戻る。以上の処理で,同期パルス待ち受け状態に設定さ
れ,次に同期パルス(同期トリガ割り込み)を受信したタイミングで同期
再生がスタートする。
【0041】[同期トリガ割込み処理]次に,図6に示す同期パルスが
出力されると,図14に示す同期トリガ割込み処理が実行される。」
イ図2(a)に記載された「トラック」「位置」「マーク」「同期再生」
「STOP」「PLAY」「REC」「早戻し」「戻し」「早送り」と記
載されているものは,いずれも操作キーであり,操作者(オペレータ)が
これを押下して指示を発し,これらのキーの状態がCPU5に供給される
(段落【0008】参照)。「PLAY」キーは,これが押下されること
により,圧縮データの読み込み,デコード処理,アナログ信号変換が行わ
れて信号処理装置から発音する(再生機能)。
したがって,「発音指示を発生する発音指示手段」は,上記の再生機能
を動作させるための作用をする技術手段を意味し,当該指示手段によって
「発音指示」が発生する。つまり,「発音指示」は発音指示手段によって
CPU(中央演算処理手段)へ伝達される発音指示信号を意味する。
ウ実施例においては,「PLAY」キー(1a),「同期再生」キー(1
g)が「発音指示手段」に相当する。本件特許発明1の「発音指示(信
号)」は,これが発生することに先立って「前記圧縮データの所定の開始
位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭
データとして所定の記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記
所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始す
るとともに前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,
前記先頭データに基づく音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧
縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに基づいた音信号の発生
に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成
された元のデータに基づいて音信号を生成する」から,本件特許発明1の
「発音指示手段」は,明細書の説明によれば「同期再生」キー(1g)が
これに相当すると理解できる。
また,本件特許1明細書の図6の「途中再生指示(信号)」は,途中再
生開始点として任意の位置を予め指定して(マーク処理)から行うもので
あり,途中再生はマーク処理によっては自動的には開始しない。同明細書
の実施例における「同期再生処理」は,「同期再生キー1gの押下による
同期パルス待ち受け状態」にした後に,同期再生キー1gの押下とほぼ同
時刻に「同期パルスの出力による同期トリガ割込み処理」が開始すること
によって初めて実行することができる処理である。同明細書には,同期パ
ルスの出力の詳細は記載されていないが,「途中再生開始のタイミングを
指示する同期パルスが供給されると,」(段落【0018】)との記載及
び図6の記載からして,「同期再生処理」の指示(信号)(=同期パル
ス)は同期再生キー1gの押下によって発生するものであると解さざるを
得ない。
そして,同期パルス(発音指示信号)は,同期再生キー1gが押下され
ない限り発生(出力)することはない。したがって,本件特許発明1の
「発音指示手段」は,同期再生(途中再生)を開始する技術手段としての
「同期再生キー1g」のような物理的手段と解すべきである。そして,こ
れに基づき同期再生としての発音指示(信号)である同期パルスが発生す
る。
(2)被告製品1が「発音指示手段」を備えているか。
(原告の主張)
ア被告製品1は,レジスタマップが「発音指示手段」に該当し,当該レジ
スタマップがPCMバッファゲートに対して,その情報を伝達するととも
に,対象トラックのシーケンサに対しても,後続データのデコードを,そ
の後直ちに再開するように指示を発行する動作が「発音指示を発生する」
に該当するから(別紙被告製品1の機能説明3.3(4)(5)参照),構成要
件1Bに該当する。
イ(ア)被告は,オーディオ再生命令を「発音指示」に,外部MPUを「発
音指示手段」に対応付けようとすることで非侵害を主張しているようで
あるが,失当である。
(イ)オーディオ再生命令ないしはコマンドリストを構成するコマンドは,
アドレスビットとデータビットとの組合せから成るところ,レジスタマ
ップに書き込まれる際にはすでにデータビットだけになっており,当該
指示の受け手であるシーケンサに到達する前に,その形態が変更されて
いる。
外部MPUから入力された上記コマンドは,コマンド解析部の入り口
の128段FIFO(コマンドバッファ)で順番待ち状況に置かれる。
また,初期設定コマンドやコマンド解析休止コマンドの制御を受けるた
め,実行のタイミングも,外部MPUではなく,被告製品1内部に委ね
られている。
以上のとおり,外部MPUから入力された指示は,その形態もタイミ
ングも変更されているから,到底,被告が主張するように,何ら変更さ
れずにシーケンサに伝達されるものではない。
(ウ)また,仮に,その点をおいたとしても,シーケンサに対しレジスタ
マップから入力される指示は,外部MPUからの指示と同じものなどと
は到底いうことができない。
なぜなら,レジスタマップは1個設けられているにすぎないのに対し,
シーケンサは,トラック毎に各別に設けられているからである。すなわ
ち,外部MPUから上記共通のレジスタマップに書き込まれるときには,
対象トラックの情報もコマンドの内容として実行命令とともにデータビ
ットを構成しているが,それがトラック毎の各別のシーケンサに伝達さ
れるためには,そのデータビットの内容が解析され,対象トラックを認
識した上で,実行命令の内容をそのトラック用のシーケンサに伝達する
必要があるからである。
ウさらに,「発音指示」は,発音指示一般に対応付けられるものではなく,
先行デコード後の即時発音指示に特化して対応付けられるものであること
は,構成要件1Cの文言態様「該発音指示…」から明らかである。
したがって,「発音指示」は,シーケンサに対しデコード開始を指示す
るだけではなく,PCMバッファゲートに対し蓄積された先頭データの出
力開始を指示するものでもあるため,その発生のためには,レジスタマッ
プ内部のステータス系の状態表示を書き換えるという内部動作が必要不可
欠であるから,もはや外部MPUから入力された指示とは,完全に同一性
は失われている。
(被告の主張)
ア被告製品1は「発音指示(信号)」を発生させる物理的な操作手段を有
しておらず,構成要件1Bを充足しない。
イ原告は,レジスタマップが「発音指示手段」に該当し,レジスタマップ
がPCMバッファゲートに対して,その情報を伝達するとともに,対象ト
ラックのシーケンサに対しても,後続データのデコードを,その後直ちに
再開するように指示を発行する動作が「発音指示を発生する」に該当する
と主張する。
しかしながら,レジスタマップは,「発音指示(信号)」を伝達する
ものであって,「発音指示(信号)」を新たに発するものではないから
「発音指示手段」に該当しない。
ウ(ア)原告は,外部MPUから入力された指示は,その形態もタイミング
も変更されているのだから,到底,被告が主張するように,何ら変更さ
れずにシーケンサに伝達されるものではないと主張する。
しかし,被告製品1は,外部MPUからのオーディオ再生命令を受け
取らない限り,デコードや発音を開始することはない。すなわち,被告
製品1は,外部MPUからオーディオ再生命令(「発音指示(信
号)」)を受け取ると,コマンド解析部,レジスタマップへと,予め定
義された処理方法に基づいて,「発音指示(信号)」が順次伝達される
にすぎず,自ら「発音指示(信号)」を発生することはない。
なお,原告は,上記主張の根拠として,オーディオ再生命令ないしは
コマンドリストを構成するコマンドは,アドレスビットとデータビット
との組合せから成るところ,レジスタマップに書き込まれる際にはすで
にデータビットだけになっており,当該指示の受け手であるシーケンサ
に到達する前に,その形態が変更されていると主張する。
しかしながら,被告製品1のレジスタマップは,甲6号証(被告製品
1の仕様書)15頁に記載された表に該当するものである。同表の左欄
のアドレスに右端の命令が1バイト(8ビット)で示すフォーマットに
よるパラメータを伴って定義されている。
被告製品1では,トラック2に対するオーディオ再生命令は,4A8
1h(0100101010000001)で表記される信号で
ある(甲6の15頁レジスタマップ。24頁レジスタ名SEQCTR
L)。また,音量調整命令はこれとは異なる命令であり,トラック2に
対するフェード命令は,例えば現在のトラックボリュームからフェード
アウトしフェード終了時にはトラックボリュームを0に更新する命令は,
7101h(0111000100000001)である(甲6
の15頁レジスタマップ。25頁レジスタ名FADECTRL)。この
ように,オーディオ再生命令はアドレスビットとデータビットの組合せ
で意味をもつ情報(信号により伝達される情報)であり,個々に切り離
しては情報として無意味であって,実際の設計においても,レジスタマ
ップブロックにはアドレスとデータの両方の信号が入力される。
(イ)また,原告は,外部MPUから入力されたコマンドは,コマンド解
析部の128段FIFO(コマンドバッファ)で順番待ち状況に置かれ,
また,初期設定コマンドやコマンド解析休止コマンドの制御を受けるた
め,実行のタイミングも,外部MPUではなく,被告製品1内部に委ね
られているとも主張する。
しかし,タイミングの問題は,データの内容(発音指示(信号)とし
て伝達される情報の内容)とは全く別の問題である。
(ウ)さらに,原告は,仮に,その点をおいたとしても,シーケンサに対
しレジスタマップから入力される指示は,外部MPUからの指示とは全
く異なるものといわざるを得ないとして,レジスタマップは1個設けら
れているにすぎないのに対し,シーケンサは,トラック毎に各別に独立
に設けられているからであるなどと主張する。
しかしながら,被告製品1のレジスタマップは,予め定義された外部
MPUからの指令の組合せの値に応じた各種動作との対応関係に従って
シーケンサに対するオーディオ再生命令(発音指示(信号))であるこ
とを認識し,シーケンサにその情報を伝達するだけであって,オーディ
オ再生命令(発音指示(信号))との同一性は失われていないし,独自
に新たな発音指示(信号)を発行するものでもない。
原告は,シーケンサはトラック毎に各別に独立に設けられていると主
張するが,シーケンサは,登録したフレーズ番号がトラック毎に複数並
べられているもので,各トラック毎に独立して動作する。被告製品1の
シーケンサは,一種の表(テーブル)として記憶されたものにすぎず,
何らかの物理的な実体があるものではない。
1-3構成要件1Cの充足性(争点1-3)
(1)「所定の開始位置から所定の部分まで」の意義
(原告の主張)
ア「所定の開始位置から」は,先頭からでも途中からでも,いずれでもよ
く,適宜選択可能(本件特許1明細書段落【0009】では「(マークす
る)」と記載され,段落【0050】は「任意位置」「トラックの先頭か
ら・・にしても良い」と記載されている)という意味である。
「所定の部分」とは,このデコード処理された部分の発音に引き続いて
「所定の部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成された元のデー
タ」が途切れなく発音できることが必要なので,それを「所定の部分」と
表現したものである。「所定の部分」については,常に一つに固定されて
いなければならない理由はない。
したがって,「所定の部分」についても,一定の規則性,例えば「発音
指示」までの時間や解凍に要する時間等から定まるものであれば,「所定
の部分」である。
イ被告は,「所定」が「固定」を含まず,被告製品1は先頭位置に「固
定」だから非侵害だと主張しているようであるが,失当である。
「所定」=定まっていること,定めてあること,「固定」=ひと所に定
まって移動しないこと(広辞苑【第五版】)であるから,辞書的国語的に
も,「所定」⊃「固定」(「所定」は「固定」を含む上位概念)であり,
かつ,技術的にも明細書上も,「再生するトラックの先頭から」(本件特
許1明細書段落【0050】)の「固定」位置に適用することが想定され
ているのであるから,「固定」だから「所定」ではなく非侵害との主張が
容れられる余地はない。
ウ被告は,デコードする対象のデータ量が「PAUSE命令」と「PLA
Y命令」との両命令が発せられる時間差に応じて決定されることをもって
「所定」ではないと主張するが,失当である。
「所定の部分」とは「固定部分」を意味しない。「変化するから」「所
定」ではないということはできない。明細書に示された「ヘッドタイムH
T」についても,「ヘッドタイムHTの再生期間内に次ブロックの転送
(時間S)とデコード(時間D)が完了することが保証されていれば良
い」(本件特許1明細書段落【0051】)という幅のある値である。
本件特許発明1においても,被告製品1の「PAUSE命令」に相当す
る「マーク処理」により先行デコード(構成要件1C前段)が行われ,被
告製品1の「PLAY命令」に相当する「同期再生キー処理」~「同期ト
リガ割込み処理」により発音開始や後続デコード(本件構成要件1C後
段)が行われ(同明細書段落【0038】~【0043】),「バッフ
ァ」に相当する「テンポラリRAM8」の記憶容量によって「所定の部
分」ないしは「ヘッドタイムHT」に示される先行デコードの範囲が規定
される(同明細書段落【0051】,【0018】)というように対応付
けられるのであるから,本件特許1明細書に示される構成が被告製品1の
構成と別異に解さなければならない理由は全くなく,かかる観点からも,
被告の「所定の部分」否認論が失当であることは明らかである。
(被告の主張)
ア原告は,「所定の部分」とは「固定部分」を意味しない,「変化するか
ら」「所定」ではないということはできないと主張しているが,これは
「所定」と「固定」とは意味が異なるものであると主張しているものであ
る。すなわち,少なくとも「固定の開始位置」と「所定の開始位置」は異
なるものであるという主張であり,「固定の開始位置」はある一定の開始
位置という意味であり,「所定の開始位置」というのはある一定の開始位
置のみのものは含まず,開始位置が変化することが含まれなければならな
いという主張と理解することができる。
しかるに,被告製品1は,先行デコードの開始位置が常にフレーズの先
頭という一定の開始位置であって,その他の開始位置はないから「所定の
開始位置」ではなく「固定の開始位置」である。
したがって,原告の主張を前提としても,被告製品1は構成要件1Cを
充足しない。
イ被告製品1は,上記のとおり,「所定の開始位置」からデコードも開始
しないし,全トラックが停止中であることを条件とし,仮に何らかの理由
により「PAUSE命令+PLAY命令」という組み合わせのプログラム
が存在したと仮定した場合には,「PAUSE命令」によって,先頭の圧
縮データから順次デコードを開始しバッファに格納し,続いて,「PLA
Y命令」を受けてバッファに格納したデコードデータを出力する。このと
き,バッファに余裕がある限り次の圧縮データのデコードを行うが,バッ
ファに空き領域が不足するとデコードは行わない。この場合の被告製品1
は,外部記憶手段に格納されたプログラムが規定する「PAUSE命令」
と「PLAY命令」との両命令が発せられる時間差に応じて,バッファに
余裕がある限り圧縮データを順次デコードするが,デコードする対象のデ
ータ量はこの時間差によって決定されるのである。
このような時間差によってデコードの対象となるデータ量が決定される
ことをもって「所定の部分」ということはできない。
したがって,仮に,「PAUSE命令+PLAY命令」という組み合わ
せのプログラムが存在し,「PAUSE命令+PLAY命令」が供給され
たとしても,被告製品1は,構成要件1Cを充足するように動作しない。
(2)構成要件1Cにおける①デコード処理の開始と音信号の発生の開始の同
時性②デコード処理と音信号の発生の平行性の程度
(原告の主張)
ア本件特許発明1の技術思想に即して解釈すれば,本件特許発明1で重要
なのは,予めデコードした先頭楽音データを遅延なく発音させるとともに,
当該先頭データが発音している間に,続きのデータのデコードを開始して
追いつき,先行デコードデータに基づく発音と,発音指示後のデコードデ
ータに基づく発音との間で途切れがないようにすることであるから,その
ような出力データの接続を可能にする程度の同時平行処理を要求するのが,
構成要件1Cにいう「とともに」の意味である。
イそもそも,「ともに」とは,一般に「①ひとつになって。いっしょに。
相連れて。同じく。…②同時に。」(広辞苑第5版)と説明されており,
本件における「ともに」とは,被告の主張する「②同時に」の意よりはむ
しろ,再生開始(発音)コマンドの発行を受けて,「先頭データの再生の
開始」という動作と,「デコードの再開」という動作とが連動すること,
すなわち「①ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく」の意で用
いられていると解するのが自然である。
被告は,構成要件1Cのクレーム文言「とともに」の語義だけを根拠に
上記「(厳密な意味での)同時性」への限定解釈を主張しているが,上記
のように,「とともに」は多義的な言葉であり,辞書的にさえ,そのよう
な「(厳密な意味での)同時性」に限定する理由がない上,「とともに」
は技術用語ではなく,日常用語であるから,その語義から本件特許発明1
における「とともに」の意義が直ちに明らかになるものではなく,本件特
許発明1の技術的特徴に照らして,技術的見地から確定されるべきもので
ある。
ウ構成要件1Cの技術的意義は,被告自身が,「予め行われるデコード処
理の対象部分である先頭の所定部分は,その先頭データに基づく音信号の
発生時間が所定部分以降の圧縮データのデコード処理時間以上になるよう
に設定される必要があり,したがって,先頭データに基づく音信号の発生
と所定部分以降の圧縮データのデコード処理とが平行して行われる必要が
あるからである。」(被告第6準備書面31頁)と述べるとおりであり,
そのように本件特許1明細書の詳細な説明でも記載されている。
そして,やはり被告自身が述べるように,まさに「この『平行性』は,
特許請求の範囲において,『前記先頭データに基づく音信号の発生と平行
して前記所定部分以降の圧縮データのデコード処理を行い』との規定に基
づくものである。」(被告第6準備書面31頁)のであり,当該構成要件
の技術的意義は,特許請求の範囲自体からも十分に解釈できるものである。
以上のとおりであるから,当該「とともに」の意味は,特許請求の範囲
及び明細書の記載により,先頭データに基づく音信号の発生と所定部分以
降の音信号の発生とが途切れなく接続する程度の同時平行性を指している
ことが容易に理解できるのであり,にもかかわらず,当該多義語を,被告
が主張するような,寸分の違いもなく正しく同時に,という意味に限定し
て解すべき合理的理由はない。
(被告の主張)
ア構成要件1Cとして,特許請求の範囲は次のように記載している。
「該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭デー
タに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所定の部分以降の圧縮
データのデコード処理を開始して,前記先頭データに基づく音信号の発生
と平行して前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記
先頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧
縮データのデコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を
生成する演算手段と」
上記の記載から,「音信号の発生の開始」と「デコード処理の開始」は,
「発音指示の発生」に応じて開始すること,その両者の開始が,「ととも
に」という用語で接続されているから,「発音指示の発生」に応じて同時
に開始することを意味している。また,「音信号の発生」と「デコード処
理」は,「平行して」行われることが明記されている。
したがって,特許請求の範囲の記載は,音信号の発生開始とデコード処
理の同時性と音信号発生とデコード処理の平行性を規定していることは明
らかである。
イ本件特許1明細書段落【0018】[途中再生タイムチャート]には,
「途中再生開始のタイミングを指示する同期パルスが供給されると,まず,
上述したテンポラリーRAM8に記憶されていたデータ(マークされた位
置のアドレス以降のデータ)を所定サンプリング速度で順次読み出したD
AC12へ供給し,サウンドシステムから出力する。また,これと同時に,
第3ブロックの圧縮データを外部記憶装置から読み込んでバッファBBU
F(0)へ格納する。」と記載し,これに続けて,段落【0019】では,
「上記格納が終了すると,演算器10によりバッファBBUF(0)の圧
縮データをデコードし」と記載している。
また,図6においては,「途中再生指示」により出力される同期パルス
に同期してリニア波形(予めデコードされてテンポラリーRAM8に記憶
されていたデータ〔マークされた位置のアドレス以降のデータ〕)はDA
Cに入力されて音信号の発生を開始するとともに,外部記憶圧縮波形が読
み出されてBBUFに格納され,順次デコードが行われる。予めデコード
されてテンポラリーRAM8に記憶されていたデータ(マークされた位置
のアドレス以降のデータ)による再生は「HT再生」として記載された時
間行われ,その間にこれと平行して圧縮波形の読み出し及びリニアデコー
ド演算が行われることが図示されている。さらに,発明の詳細な説明には,
音信号の発生開始とデコード処理開始の同時性と音信号発生とデコード処
理の平行性が記載されており,それ以外の態様の記載はない。
ウ本件特許1明細書の記載によれば,開始位置からヘッドタイムHT分以
上のデータ部分(所定部分)を予めデコード処理して元のデータに戻し,
先頭データとして所定の記憶手段に記憶しているから,発音指示の発生に
ともなってその先頭データから発音(再生)するに際して,デコードの時
間も記憶手段への書き込みの時間も不要であるため,当該発音指示の発生
と同時に発音することができることを規定し,当該所定部分がヘッドタイ
ムHT分以上のデータからなるために,当該所定部分以降の圧縮データの
デコードを同時に開始することによってデコード及び書き込みに要する時
間が存するものの,デコードに平行して予めデコードし先頭データとして
記憶された部分の発音が行われており(ヘッドタイムHT分以上のデータ
であるから),その間にデコード及び書き込みが行える。
以上,開始位置からヘッドタイムHT分以上のデータ部分は,
①所定部分以降の圧縮データのデコード処理に要する時間(=ヘッド
タイムHT)と同一の部分を所定の開始位置から所定部分を予めデコ
ード処理して先頭データとした場合,
②所定部分以降の圧縮データのデコード処理に要する時間(=ヘッド
タイムHT)を超えた部分を所定の開始位置から所定部分を予めデコ
ード処理して先頭データとした場合,
の2つ場合がある。
この①の場合において,先頭データに基づく音信号の発生開始と所定部
分以降のデコード処理の開始とが同時に行われ,先頭データに基づく音信
号の発生とデコード処理が平行して行われると,先頭データに基づく音信
号の発生終了と同時に所定部分以降の最初の部分のデコード処理が終了し
ているから(何らかの記憶手段にデコード後の波形データが保持されてい
る),先頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて所定部分以降の圧
縮データのデコード処理の結果生成された元のデータに基づいた音信号を
生成することができる。
次に,②の場合において,先頭データに基づく音信号の発生開始と所定
部分以降のデコード処理の開始とが同時に行われ,先頭データに基づく音
信号の発生とデコード処理が平行して行われると,先頭データに基づく音
信号の発生終了前に所定部分以降の最初の部分のデコード処理が終了して
いるから,先頭データに基づいた音信号の発生の終了までこれを待機させ,
先頭データの音信号発生終了に引き続いて所定部分以降の圧縮データのデ
コード処理の結果生成された元のデータに基づいた音信号を生成すること
ができる。もっとも,②の場合において,先頭部分の音信号の発生が終了
した時点で所定部分に続く部分のデコード処理が終了するように構成する
ことを条件にして先頭データに基づく音信号の発生開始から遅れて所定部
分以降のデコード処理を開始するようにすることは理論的には可能である。
この場合,先頭部分の音信号の発生が終了した時点で所定部分に続く部分
のデコード処理が終了していることは,必須の構成であって,これを欠く
時は所望の効果を得ることができない。しかし,特許請求の範囲の記載は
このような構成を全く記載せず,「該発音指示の発生に応じて,前記所定
の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始すると
ともに前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記
先頭データに基づく音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧縮デ
ータのデコード処理を行い,前記先頭データに基づいた音信号の発生に引
き続いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成され
た元のデータに基づいて音信号を生成する演算手段と」いうように一律に
規定している。したがって,①の場合を包含する「所定部分」を一律に対
象にする以上,すなわち,①②の場合を通じて切れ目なく音信号発生を行
うためには,デコード処理の開始時は先頭の所定部分に基づく音信号の発
生開始時でなければならない。上記の理論的可能性に基づく構成は,本件
特許発明1の技術的範囲からは除外されていると解さざるを得ない。
(3)被告製品1が構成要件1Cを処理する演算手段を備えているか。
(原告の主張)
ア被告製品1の構成要件1C前段(「該発音指示に先立って,前記圧縮デ
ータの所定の開始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデ
ータに戻し,先頭データとして所定の記憶手段に記憶し,」)の充足につ
いては,別紙被告製品1の機能説明3.3(1)ないし(3)の構成により実現
されている。
被告製品1の動作と構成要件との対比をより具体的に説明すれば,次の
とおりである。上記構成の「PLAY命令に先立って」が「該発音指示に
先立って,」に該当する。
上記構成の「先頭から」が「所定の開始位置から」に該当する。
上記構成の「通常,バスバッファの容量であるOggVorbis4フ
レーム分(サンプル数で言うと1024×4)が満杯になるまで」が「所
定の部分まで」に該当する。なお,「上記PAUSE命令と次項PLAY
命令との間隔…が,10ms以上で,4フレーム分満杯になるのに足りな
い場合には,圧縮データの種類やトラック数に応じて予め定まっているデ
コードスケジュールに従って,先頭から各トラック1フレーム以上4フレ
ーム未満の部分」が「所定の部分」である。
上記構成の「対象トラックに設定されているフレーズ番号のフレーズを
予めデコードし」が「予めデコード処理して元のデータに戻し」に該当す
る。
上記構成の被告製品1の「バスバッファ」が,「所定の記憶手段」に該
当する。
イ構成要件1C中段(「該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段
に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記
所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,」)については,
別紙被告製品1の機能説明3.3(4)(5)の構成により実現されている。
被告製品1の動作と構成要件との対比をより具体的に説明すれば,次の
とおりである。
上記構成の「…『PLAY命令』を受けると…その際,レジスタマップ
は,自身のステータス系の情報が,通常再生準備状態(RUNSTAT=
0,PAUSESTAT=1)であれば,即時発音開始を伴うPLAY命
令であることを認識し,上記ステータス系の情報を通常再生状態(RUN
STAT=1,PAUSESTAT=0)に変更することにより,「PC
Mバッファゲート」に対して,その情報を伝達する(図1)。」「ととも
に,対象トラックのシーケンサに対しても,後続データのデコードを,そ
の後直ちに再開するように指示を発行する。」ことが「該発音指示の発
生」に該当する。
上記構成の「PCMバッファゲートはこの情報に基づき,予めデコード
され,バスバッファに蓄積されていた先頭部分のフレーズデータを直ちに
出力して発音を開始するよう動作する」が「(該発音指示の発生)に応じ
て,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生
を開始する」に該当する。
上記構成の「他方,レジスタマップは,上記PCMバッファゲートへの
指示とともに,対象トラックのシーケンサに対しても,後続データのデコ
ードを,その後直ちに再開するように指示を発行する。このとき,予めデ
コードされた音データがバスバッファに格納された状態でPLAY命令が
発行された場合には,バスバッファに格納された音データがサンプリング
周波数(32kHz,44.1kHzまたは48kHz)に基づき,1サ
ンプルずつ順次読み出される。この1サンプルずつの読み出しの進行に伴
い,所定量の空きエリア(1024サンプル分以上)が確保できた時に,
後続のOggVorbisデータのデコードを再開する。」が「(該発音
指示の発生)に応じて,…とともに前記所定の部分以降の圧縮データのデ
コード処理を開始して,」に該当する。
上記構成の「所定量の空きエリア(1024サンプル以上)が確保で
き」るのは,「該発音指示」後,僅か約23.2msec.であり,後記
のとおり,その後,上記「後続データのデコード」動作と,上記「バスバ
ッファに格納された(予めデコードされた)音データがサンプリング周波
数(32kHz,44.1kHzまたは48kHz)に基づき,1サンプ
ルずつ順次読み出される」動作とは,同時平行的に行われるのだから,ま
さに,「(該発音指示の発生)に応じて,…とともに」に当たる。
被告製品1では,出力バッファの記憶量は,OggVorvisデコー
ド演算4フレーム分の読み出し時間に堪える容量が確保されており,この
うち1フレーム分の読み出しを待って続きのデコードを開始しても,次の
1フレーム分のデコードに要する時間10msに比べて,残り3フレーム
分の出力に費やす時間23.2×3=69.6msは十分に長いので,両
者のデータ間で途切れが生じることはない。被告製品の「とともに」要件
の充足は明らかである。
ウ構成要件1C後段(「前記先頭データに基づく音信号の発生と平行して
前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭データ
に基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データの
デコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する演
算手段」)については,被告製品1の機能説明3.3(5)の構成により実
現されている。
被告製品1の動作と構成要件との対比をより具体的に説明すれば,次の
とおりである。
上記構成の「バスバッファに格納された音データがサンプリング周波数
(略)に基づき,1サンプルずつ順次読み出される。」が「前記先頭デー
タに基づく音信号の発生」に該当する。
上記構成の「この1サンプルずつの読み出しの進行に伴い,所定量の空
きエリア(1024サンプル分以上)が確保できた時に,後続のOggV
orbisデータのデコードを再開する。この,OggVorbisデー
タのデコードは,サンプリング周波数より高速の基準クロック(図2)に
基づき1フレーム(1024サンプル分)単位で一括して行われバスバッ
ファに格納される。」が「音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の
圧縮データのデコード処理を行い,」に該当する。
上記構成の「このバスバッファへの格納が,予めデコードされてバスバ
ッファに格納されていた音データの未読サンプルが欠乏する前に行われる
ことにより,音切れのない連続再生が保証される。」が「前記先頭データ
に基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データの
デコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する」
に該当する。
エ以上のとおり,被告製品1は構成要件1Cを充足する。
被告は,被告製品1においては,そのような動作の命令を与えるプログ
ラムは存在せず,主張自体失当であるなどと主張する。
被告がいう「そのような動作の命令を与えるプログラム」とは,外部か
ら被告製品に対し,「PAUSE命令」に引き続き「PLAY命令」を送
り込むための部品があって,その部品に備えられているプログラムのこと
を指していると思われ,そのようなプログラムは被告製品内部にはないこ
とを主張していると理解されるが,本件特許発明1の構成要件1Cが要求
しているのは,そのような外部からの信号処理の要求があった場合におけ
る信号処理装置内部の処理についてであるから,外部からの信号処理を要
求する部品の操作の実施自体は,構成要件1Cの該当性とは無関係である。
オ本件構成要件1Cが要求しているのは,「該発音指示の発生に応じて,
前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開
始するとともに前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始」
する「演算手段」の具備だけである。
被告製品1は,外部からのコマンドを受け取ると,レジスタマップのス
テータス系の情報を分析した上で,その条件が一致すれば,バスバッファ
に蓄積されていた先頭部分のフレーズデータを直ちに出力して発音を開始
するよう指示し,他方,対象トラックのシーケンサに対しても,後続デー
タのデコードを,その後直ちに再開するように指示を発行するという内部
の演算手段により,これを完全に充足している。
(被告の主張)
ア被告製品1は,集積回路から成るサウンド用LSIである。このような
LSIは,コンピュータプログラムによって制御されて初めて所望の動作
をするものであるが,被告製品1は,「PAUSE命令+PLAY命令」
を含むようなコンピュータプログラムを内蔵していない。
構成要件1Cが規定する演算手段は,機能的クレームとして「該発音指
示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づい
て音信号の発生を開始するとともに前記所定の部分以降の圧縮データのデ
コード処理を開始して,前記先頭データに基づく音信号の発生と平行して
前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭データ
に基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データの
デコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する」
という機能を奏するものとして特定されている。
しかしながら,被告製品1単独では(たとえ電力が供給されても)何ら
の動作をしない。上記のとおり,被告製品1には「PAUSE命令+PL
AY命令」のプログラムを備えないからである。被告製品1を作動させる
ためには,被告製品1に対して何らかの処理を行うべきであるとする命令
が外部から供給されなければならない。このような機能を奏するための所
定の動作をする命令からなるコンピュータプログラムに基づき,当該動作
を命令する信号(命令をするための情報)が外部から供給された場合に,
被告製品1が初めて当該プログラムに応じた動作をするのである。仮に,
「PAUSE命令+PLAY命令」のプログラムが被告製品1にインスト
ールされるとするときは(このようなインストールをすることは実際にで
きないが),コンピュータプログラムという一種の部品が被告製品1に後
から結合されて(インストールされて),当該機能を奏する「~手段」が
そのときに初めて出現する(当該手段を有する装置が生産される)。プロ
グラムによって動作する装置においては,このような機能を奏するための
プログラムが(インストールされるなどして)存在しなければ,ただの箱
にすぎないことになる(被告製品1と異なり,このようなプログラムを内
蔵している装置(所望の動作をするような命令の組合せからなるプログラ
ムを内蔵しているメカトロニクス装置)は,当該プログラムが格納される
ことによって,これに関連する装置が出現する(生産されるといっても良
い)。そして,被告製品1はそのようなコンピュータプログラムを内部に
一切備えていないし,こうしたプログラムが被告製品1にインストールさ
れることもない。したがって,構成要件1Cが規定するような動作を行う
ためのプログラムも内部に一切備えていない。つまり,「PAUSE命
令」+「PLAY命令」を命ずるコンピュータプログラムが被告製品1に
は存在しない(内蔵していないし,インストールされることもない)から,
このようなプログラムを備えない被告製品1単独で,構成要件1Cの機能
を奏することはなく,被告製品1は構成要件1Cが規定する「演算手段」
(機能的に特定されている)を備えないから,本件特許発明1の直接侵害
はあり得ない。
イ「PAUSE命令」+「PLAY命令」が機能するための条件である全
部のトラックについてのオーディオ再生が行われていない場合に,仮に,
「PAUSE命令」及びこれに続く「PLAY命令」が外部MPUから発
せられると,次のように動作する。
被告製品1は,全トラックが停止中であることを条件とし,「PAUS
E命令」を受けると先頭の圧縮データから順次デコードを開始しバッファ
に格納していく。続いて,「PLAY命令」を受けるとバッファに格納し
たデコードデータを出力する。このとき,バッファに余裕がある限り次の
圧縮データのデコードを行うが,バッファの空き領域が不足するとデコー
ドは行わない。
ところで,「PAUSE命令+PLAY命令」の条件として,上記のよ
うに全てのトラック停止中であることを要求しているのは,いずれかのト
ラックが停止していないときに「PAUSE命令」を受けてバスバッファ
のゲートを閉じてしまうと,当該トラックについての発音までも停止して
しまうことになり不都合であるため,全部のトラックが停止中に限り「P
AUSE命令」の拡張をし,ゲートを閉じる命令として機能するようにな
っているという意味である。上記のように「PAUSE命令」が拡張され
たときの「PLAY命令」は同様に拡張され,閉じたゲートを開く命令を
伴うため,デコードが完了しているか否かに関係なく直ちにバスバッファ
からの出力を開始する。
換言すると,「PAUSE命令+PLAY命令」における「PAUSE
命令」は,バスバッファのゲートを閉じる命令である。そして,同様に
「PAUSE命令+PLAY命令」における「PLAY命令」は,バスバ
ッファのゲートを開ける命令である。つまり,ゲートスイッチ命令に相当
する。
ゲートスイッチ命令としての「PAUSE命令」に相当するコマンドは,
PAUSEコマンドである。レジスタマップのアドレス4Ahを指定しさ
らにバラメータとして,上位1バイト中の上位2ビット目に「1」,下位
1バイトに対象トラックを指定する。全トラックが休止中において,第3
トラックを指定してゲートを閉めるためのコマンドは,具体的には次のよ
うになる。
4A43h(0100101001000011)
このコマンドがプログラムにより外部MPUから送信されると,第3ト
ラックは再生準備状態になる。ゲートスイッチがOFF状態でデコードが
開始される。PCMバッファにデコード済みデータが蓄積される。次に,
外部MPUはプログラムに応じて上記で指定した再生準備中のトラックで
ある第3トラックを指定してPLAYコマンドを発行する。ゲートスイッ
チ命令としての「PLAY命令」に相当するコマンドは,PLAYコマン
ドである。レジスタマップのアドレス4Ahを指定し,さらにパラメータ
として,上位1バイト中の上位1ビット目に「1」,下位1バイトに対象
トラックを指定する。具体的には次のようになる。
4A83h(0100101010000011)
このコマンドがプログラムにより外部MPUから送信されると,第3ト
ラックは再生状態になる。ゲートスイッチがONになりPCMバッファに
準備された音データが出力される。
被告製品1は,外部記憶手段に格納されたプログラムが規定するPAU
SEコマンドとPLAYコマンドの発行時間差に応じて,バッファに余裕
がある限り圧縮データを順次デコードするが,デコードする対象のデータ
量はこの時間差によって決定される。PAUSEコマンドとPLAYコマ
ンドの発行時間差が十分でないときは,最初に再生すべきデータ(1ブロ
ック)のデコードを終了していない可能性があり,そのときは,当該デコ
ード終了までの間は無音状態となる。つまり,「PLAY命令」という発
音指示が発生したにもかかわらず無音となるから,構成要件1Cが規定す
る「該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭デ
ータに基づいて音信号の発生を開始」しない。さらに,先頭フレーズの圧
縮データのデコード中には,これに続く圧縮データ(所定の部分以降の圧
縮データに相当する)のデコードもしない。
これに対して,「PAUSE命令」と「PLAY命令」との時間差が十
分あるときは,「PLAY命令」を受けるまでの間にデコード処理を行い
元のPCMデータを格納していくが,バッファに空き領域がなくなること
がある。この空き領域がなくなると,デコード処理を中止する。その後
「PLAY命令」を受けて,元のPCMデータ(所定部分に相当する)に
基づく発音を開始し,バッファの空き領域ができると,再びデコード処理
を開始する(再開されたデコード対象は,所定部分以降の圧縮データに相
当する)。この場合は,構成要件1Cが規定する「前記所定の記憶手段に
記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所
定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,」という音信号の
発生開始とデコード処理の開始の同時性を備えないことになる。
このように,信号の発生の前に行われるデコード対象の圧縮データ(所
定部分)は,外部記憶手段に格納されたプログラムが規定する「PAUS
E命令」と「PLAY命令」との両命令が発せられる時間差に応じてバッ
ファに余裕がある限り圧縮データを順次デコードする。したがって,「所
定の部分」は,両者の時間差によって変化するものであり,また,ヘッド
タイムHT分以上のデータであることは何ら保証されず,「PAUSE命
令」と「PLAY命令」との時間差が十分でないときは,無音となってし
まう(本件特許発明1の課題を解決できない)。逆に,「PAUSE命
令」と「PLAY命令」との時間差が十分あるときは,バッファの余裕が
なくなり,音信号の発生とデコード処理の平行性を備えなくなるのである
(課題解決手段として重要な構成を欠くことになる。)。
構成要件1Cが規定する「所定の開始位置」は,予め操作者が指定する
任意の位置を意味するといわざるを得ない。被告製品1は,上記のように
外部MPUから「PAUSE命令」+「PLAY命令」が供給された場合
において,特殊な条件が成立した場合(全トラックが停止状態)にのみ,
先頭位置からのデータの読み込みを開始し,その後デコード処理を行うが,
操作者により任意の位置を指定することはできない。また,この場合のデ
コード対象は,「PAUSE命令」+「PLAY命令」の時間差に応じて
変化するから,HTで特定される「所定の部分」をデコードしない。
さらに,構成要件1Cが規定する「所定の記憶手段」は,予めデコード
処理して元のデータに戻し,先頭データとして記憶するための特別の記憶
手段(実施例では,テンポラリーRAM8)であり,通常の再生処理でデ
コード後データを記憶する記憶手段(実施例ではBBUF)とは異なるも
のである。被告製品1は,BBUFに相当する記憶手段のみを用い,所定
の部分はHT分ではなく,先頭データとして記憶するための特別の「所定
の記憶手段」を備えない。
ウ以上の次第であるから,外部MPUから「PAUSE命令」+「PLA
Y命令」が供給された場合であっても,被告製品1は構成要件1Cが規定
する動作をしない。
1-4均等侵害の成否(争点1-4)
(原告の主張)
(1)仮に,構成要件1Aの,「外部記憶手段に記録する」を「外部記憶手段
に記録された」場合は文言上含まれないと解釈したとしても,
ア「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録すると
ともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理に
よって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号
処理装置において,」について,「所定の圧縮処理によつて圧縮したデー
タが記録された外部記憶手段に記録された圧縮デー夕を所定のデコード処
理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する
信号処理装置において,」にすることは,特許発明1の本質的部分ではな
く(第1要件非本質的部分),
イ上記アのように置き換えることが可能なことは自明であり,そうしても
本件発明1の作用効果自体には全く影響がなく(第2要件置換可能性),
ウ上記アのように置き換えることは,当業者はもちろん,一般レベルでさ
えも,それが容易なことは理解されており(第3要件置換容易性),
エ上記アのように置き換えると,そのために公知技術に接近し,公知技術
から容易推考の範囲に含まれてくるという問題は全くなく(第4要件逆均
等ではないこと),
オ明細書の記載,出願経過における意見書・補正書等において,「所定の
圧縮処理によつて圧縮したデータが記録された外部記憶手段に記録された
圧縮データを所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデー
タに基づいて音信号を生成する信号処理装置において,」にすることは権
利対象から除外する旨の態度を表明したことは全くない(第5要件禁反
言)
ので,均等侵害が成立する。
(2)第1要件(非本質的部分)
本件特許発明1の本質的部分は,構成要件1C(特徴部分)に示された,
先行デコードよる発音遅延の解消にある。
本件特許1明細書に示された作用・効果,本件出願経過,被告から提出さ
れた出願前資料,どの観点から捉えても,本件特許発明1が,デコード処理
の工夫(先行デコード)によって,圧縮データのデコード時における時間遅
れをなくす効果をもたらした,デコード機能に関する発明であることは明ら
かである。
付加的に説明されている「マルチトラック・レコーダ」については後記ウ
で述べるが,同明細書の目的【0005】,効果【0052】として挙げら
れているのは,「圧縮データのデコード時における時間遅れが生ぜず,この
ため高圧縮率の圧縮法を効果的に用いることができる」ということであり,
付加的に説明されている「マルチトラック・レコーダ」についても,「録
音」と「再生」を「同期」させるために本件特許発明1を使うのは,あくま
で使用例の1つにすぎない。
「エンコード機能」の有無が本件特許発明1の本質的部分に当たらないこ
とは明らかである。
したがって,均等第1要件の充足に問題はない。
(3)第2要件(置換可能性)
本件特許発明1は,録音側ないしはエンコード機能に関する工夫は何も必
要とはしていない。単に,デコードする際の当然の前提として,外部記憶手
段(ROM)に予め,対となる形式で圧縮データを格納しておくことを確認
しているだけである。
したがって,外部記憶手段(ROM)に格納された所定の圧縮データさえ
あればよく,それが同じ信号処理装置に具備された演算器を用いて準備しよ
うが,信号処理装置外の別の演算器ないしは演算ソフトウェアを用いて準備
しようが,発明の効果に影響を及ぼさないことは明らかである。
この点,被告は,置換後の発明では所定の圧縮処理によりデータを圧縮し
て外部記憶手段に記録できないからマルチトラック・レコーダとして成立し
得ないことを理由に作用効果の同一性を否定し,均等第2要件(置換可能
性)非充足を主張しているが,失当である。
そもそも,均等第2要件にいう作用効果の同一性とは,明細書の発明の詳
細な説明の作用効果に関する記載を基礎とすべきとされてきたところ,本件
特許発明1の作用効果は,本件特許1明細書において,
「【0007】【作用】外部記憶手段に記録された圧縮データの任意の位置
からデコード処理を行う場合,該デコード処理に先立って,圧縮データのデ
コード開始位置から所定の部分までを演算手段によって予め元のデータに戻
した後,該データを所定の記憶手段に記憶する。そして,上記所定の部分以
降のデコード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に記憶したデコー
ドされたデータを出力するとともに,上記所定の部分以降の圧縮データを順
次デコード処理を行い,前記デコード処理されたデータの出力と並行して上
記所定の部分以降のデコード処理を行い,先にデコードされたデータの出力
に引き続いて上記所定の部分以降のデコード処理により生成されたデータを
出力する」
「【0052】【発明の効果】以上,説明したように,この発明によれば,
外部記憶手段に記録された圧縮データの任意の位置からデコード処理を行う
場合,該デコード処理に先立って,圧縮データのデコード開始位置から所定
の部分までを予め元のデータに戻して所定の記憶手段に記憶し,上記所定の
部分以降のデコード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に記憶した
デコードされたデータを出力するとともに,上記所定の部分以降の圧縮デー
タを順次デコード処理を行って,前記デコード処理されたデータの出力と並
行して上記所定の部分以降のデコード処理を行い,先にデコードされたデー
タの出力に引き続いて上記所定の部分以降のデコード処理により生成された
データを出力する演算手段を具備するようにしたため,圧縮データのデコー
ド時における時間遅れが生ぜず,このため高圧縮率の圧縮法を効果的に用い
ることができるという利点が得られる。」
と明記されている。
すなわち,均等第2要件にいう作用効果とは,あくまで,所定の部分の先
行デコードによって,圧縮データのデコード時における時間遅れが生じない
ようにする点が対象とされるべきことは,明細書の記載からも明らかである。
さらに,マルチトラック・レコーダは,同明細書において,「【004
7】なお,上述した実施例では,演算器,ADCおよびDACを1つとした
が,複数設けたり,時分割的な処理によってマルチトラックレコーダとして
もよい。」と明記されているとおり,実施例の応用形として,+αを加えた
ものとして,なお書きで紹介されている応用例の1つにすぎないものである。
本件特許発明1の実施例そのものでは,演算器等が1つであり,エンコー
ドとデコードを同時に行うことは記載されていないのであるから,被告の主
張する「マルチトラック・レコーダ」の作用効果を奏することなど,本件特
許発明1自体の実施例上の作用効果ですらない。到底,同一性を論ずる対象
ではないのである。
以上のとおり,均等第2要件(置換可能性)の充足にも問題はない。
(4)第3要件(置換容易性)
外部記憶手段(ROM)に格納する所定の圧縮データを,内蔵の演算器で
はなく,外部の演算器ないしは演算ソフトウェアを用いて準備しても同様の
効果を得られることは,特に追試等を行わなくても容易に想到できる設計事
項であることは,本件侵害時点の平成16年時点を問題にするまでもなく明
白である。
エンコードとデコードの対となる演算機能はもとより,一般にも,複数の
機能を1つにまとめるのは困難を伴うことがあるとしても,1つにまとまっ
ていた機能を元の複数に分けることには,経済性はともかく,技術的困難を
生じないことは明らかである。
したがって,均等第3要件の充足にも問題はない。
(5)第4要件(公知技術からの非容易推考性)
無効論で説明するように,被告提出に係る出願前資料は,いずれも本件特
許発明1の特徴部分の構成(構成要件1C)を欠くものであった。
したがって,構成要件1Aについて,エンコード機能+デコード機能を具
備する信号処理装置から,デコード機能だけを具備する信号処理装置に「置
換」し,エンコード機能は外部に委ねても,本件特許発明1の特徴部分の構
成(構成要件1C)を欠く公知技術からは容易推考性が認められないのであ
るから,均等第4要件(公知技術からの非容易推考性)の充足にも問題はな
い。
(6)第5要件(禁反言等の不存在)
本件出願経過を見ても,原告が,デコード機能だけを有する信号処理装置
への「置換」を排除してきた事情もない。原告が本件特許発明1について行
った補正は,構成要件1Cに関するデコード動作の明確化であり,何らエン
コード機能ないしは録音に関わるものではない。
むしろ,本件出願経過において,原告は,旧請求項4のエンコード機能に
関する発明を削除することにより,エンコード機能に依存しない,デコード
機能に特化した発明へと集約を図っているのであるから,その意味でもデコ
ード機能だけを有する信号処理装置を除外することなどあり得ない。
被告は,特許請求の範囲に含めなかったことを問題としているのではなく,
原告が限定を付したことを問題としているなどと主張するが,誤導的である。
「限定を付した」というのは,いわゆる除くクレームのような場合を指すの
であって,単に,「~において」と対象を示すだけのことが,どうして「限
定を付した」ことになるのか,理解不能である。対象外のものを消極的に
「特許請求の範囲に含めなかった」だけで,積極的に対象内のものに「限定
を付した」ことになるとすれば,およそ第5要件具備など成し得なくなって
しまう。
したがって,均等第5要件(意識的除外等の不存在)の充足にも,問題は
ない。
(被告の主張)
(1)第2要件(作用効果の同一性)
特許請求の範囲は,「該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開
始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭
データとして所定の記憶手段に記憶し,」と規定しており,「所定の開始位
置」すなわち,任意に指定した開始位置からの再生において発音遅れがない
ようにする作用効果を奏する構成を必須としている。指定した任意の開始位
置からの再生がデコード遅れなく行われる必要があるのは,マルチトラッ
ク・レコーダを代表とする機器においてである。したがって,本件特許発明
1の「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録すると
ともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によ
って元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処理
装置」を,原告が主張するように,「外部記憶手段に記録した圧縮データを
所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音
信号を生成する信号処理装置」というようにデータを所定の圧縮処理によっ
て圧縮して外部記憶手段に記録する構成を欠くものに置換すると,マルチト
ラック・レコーダに当該置換後の発明を適用することができなくなる。これ
では,本件特許発明1の産業上の利用分野としてレコーダに用いて好適であ
るとする本件特許1明細書段落【0001】の記載に反することになる。
したがって,第2要件を具備しないものである。
(2)第4要件(公知技術からの非容易推考性)
この点については,無効論において述べるが,公知技術から容易想到であ
るから,第4要件を具備しないものである。
(3)第5要件(意識的除外等の不存在)
原告があえて特許請求の範囲にエンコード機能・録音機能を有する信号処
理装置であるとの限定を付したことは意識的な限定に他ならない。エンコー
ド機能・録音機能を有しない信号処理装置を意識的に除外したことに他なら
ない。
したがって,第5要件も具備しない。
(4)第1要件(発明の本質部分ではないこと)
次の技術は本件特許発明1の出願日前に当業者に周知・慣用の技術であっ
た。
①デコードにある程度の時間がかかる技術的課題の解決手段として予め
デコードして記憶手段に格納しておきこれに基づき発音する技術
②デコード済みのデータを出力しながらこれに続く圧縮データのデコー
ドを同時平行して行う技術
このような周知技術のもとで,本件特許発明1が特許性を備えるとすれば,
例えば,マルチトラック・レコーダによる多重録音において予め録音したト
ラックにおける音楽を再生しながら演奏する場合に,正確な頭出し(所望の
タイミングで再生が正確に開始すること)をすることが要求される場合など
に適用することができることが必須であると解さざるを得ない。すなわち,
マルチトラック・レコーダ等が備えるべきエンコード機能及び外部記憶手段
に記録する機能を本件特許発明1の構成要素として無視することはできない
とともに発明の本質部分といわざるを得ない。このことは,本件特許発明1
の産業上の利用分野が,レコーダ等に用いて好適であるとする本件特許1明
細書段落【0001】の記載からも明らかである。
したがって,第1要件も具備しない。
1-5道具理論の成否(争点1-5)
(原告の主張)
(1)被告製品1には圧縮機能が備えられていないが,被告は被告製品1を購
入した者が圧縮データを作成するのに必要な圧縮ソフトを,「Astart
e」の商品名で購入者に提供する他,必要なライブラリーソフトを購入者に
提供している。
被告製品1に用いられている圧縮データの形式は,OggVorbis方
式に準拠した形式であるが,被告製品1で使用可能な圧縮データを作成する
圧縮ソフト,あるいは圧縮器は他に市販されておらず,購入者は事実上「A
starte」等被告提供のソフトを用いて圧縮されたデータを,購入者は
外部ROMに記憶させることによって,被告製品1の使用に供している。
このことは,圧縮することが要件であると解したとしても,被告は,「A
starte」等被告提供のソフトを手足,道具として圧縮させていること
に他ならないから,いわゆる道具理論として,構成要件の充足が行われてい
る。
(2)被告は,物の構成の一部を備えていない場合に,その欠如している部分
の構成を原告が主張するような道具で代替する余地はないなどと主張し,道
具理論適用を否定しているが失当である。
道具理論は,第三者に分担された問題の一部の構成が,商品の性質及び構
造に照らし,他の用途が考えられず,該第三者によって実施されることが,
当該商品の製造時点から,当然のこととして予定されていたことを要件に,
規範的に全部実施と同視できることを要件に認められるものであるから,何
ら物の発明への適用が排除されるものではない。一般に,方法発明について
は,結論の妥当性を確保するために,道具理論の構成を採る要請が物の発明
よりも強い(間接侵害を認めにくい事例が起こりやすいから)というにすぎ
ず,本件のように,物の発明であっても,規範的に全部実施と同視できれば,
道具理論は成立する。
本件では,被告製品1が,単に,本件特許発明1の物の構成の一部を備え
ていない場合に,その欠如している部分の構成を代替するものではなく,被
告製品1自体が,エンコード機能を有さずにデコード機能だけを有する信号
処理装置であっても,これに対応するエンコードデータを作成するソフトウ
ェアを同じユーザーに供給し,当該ユーザーの使用する一般のハードウェア
と組み合わせてエンコード機能を分担させることが当然のこととして予定さ
れている,そういう形でセット販売もされている(甲5プレスリリース)と
いう特殊な形態を捉えて,まさに結論の妥当性を確保するために,規範的に
全部実施と同視できると主張しているのである。
(3)したがって,本件において,原告の主張する道具理論が排斥される理由
はない。
(被告の主張)
(1)本件の「信号処理装置」という物の発明においては,信号処理装置自体
がエンコード機能・記録機能を備えていなければならない。物の構成の一部
を備えていない場合に,その欠如している部分の構成を原告が主張するよう
な道具で代替する余地はない。
「Astarte」などのエンコード用ツール(OggVorbisは,
音声データ圧縮方法の1つである)はソフトウエアであり,これがPCなど
の情報処理装置にインストールされることにより,PCMデータをエンコー
ドして外部音声データROMに格納すべき圧縮楽音データとすることができ
る機能を備えた信号処理装置となり,これは被告製品1とは別に生産される。
被告製品1は,LSIチップであり,一種の部品であって外部音声データR
OMも備えない。被告製品1とは全く別の情報処理装置がPCMデータをエ
ンコードして,これまた被告製品1とは全く別の外部音声データROMに記
憶させるべき圧縮楽音データとするのである。しかし,当該圧縮楽音データ
とする機能(エンコード機能)を備えた情報処理装置が同装置内で直接当該
外部音声データROMに記憶させることは行われていない。圧縮データを格
納した外部音声データROMは,エンコード機能を備える情報処理装置とは
別に,大量に製造されるものであり,,このようなROMの記録装置が,エ
ンコードされた圧縮データを大量の外部音声データとして記憶するのである
(このROMへの記憶は遊技機メーカ又は外注のメモリメーカが行う。)。
(2)本件特許発明1の「信号処理装置」における道具と評価するためには,
「Astarte」単体で,エンコード機能及び記憶機能を有するものであ
ることが必要であるというべきである。しかし,「Astarte」単体は
単なるソフトウエアであって,情報処理装置にこれがインストールされなけ
ればエンコード機能を奏することはできず,また,エンコード後のデータを
記憶させることは別途ROM記憶装置を用いる。
したがって,被告製品1とAstarteとをセットとしての組合せ物と
して把握しても,その組合せ物全体で本件特許発明1の発明物(信号処理装
置)を構成することはない。
(3)上記のとおりであるから,被告の手を離れたところを含めて,被告製品
1が使用される場面のすべてにおいて,本件特許発明1が規定する発明物
(信号処理装置)が生産される(現出する)ことはない。被告製品1の製造
販売行為が,遊技機メーカに対して,支配関係や道具としての利用関係を形
成することはない。
1-6乙11号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-6)
(被告の主張)
(1)乙11号証(特開平6-167978公報)の記載
乙11号証には,以下のような記載がある。
「【請求項1】入力されるディジタル楽音データに圧縮処理を施すデータ圧
縮手段と,録音すべきディジタル楽音データの入力から所定期間経過したか
否かを判別する第1の判別手段と,前記第1の判別手段によって所定期間経
過していないと判別された場合には,前記ディジタル楽音データを選択し,
前記第1の判別手段によって所定期間経過したと判別された場合には,前記
データ圧縮手段により圧縮処理が施されたデータを選択する第1の選択手段
と,書き込み可能な記憶手段と,前記選択手段によって選択されたデータを
前記記憶手段に書き込む書込手段とを具備することを特徴とする電子楽器の
音源装置。
【請求項2】楽音信号の先頭から所定期間までの部分をディジタル・デー
タの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分をディジタル・デ
ータに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する記憶手段と,発音指示が
あった場合に前記記憶手段に記憶されたディジタル・データおよび圧縮処理
を施したデータを読み出す読出手段と,前記読出手段によって読み出された,
圧縮処理を施したデータに展開処理を施して元のディジタル・データに展開
するデータ展開手段と,前記読出手段によって前記ディジタル・データの読
み出しが終了したか否かを判別する第2の判別手段と,前記第2の判別手段
によって前記ディジタル・データの読み出しが終了していないと判別された
場合には前記読出手段によって読み出されたディジタル・データを選択し,
前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了した
と判別された場合には前記データ展開手段によって展開されたディジタル・
データを選択する第2の選択手段とを具備し,前記第2の選択手段によって
選択されたディジタル・データに基づいて発音することを特徴とする電子楽
器の音源装置。」(2頁左欄2行~36行)
「【0002】
【従来の技術】従来より,楽音信号をPCM(パルス符号化変調)等を用
いてディジタルのPCM・データに変換し,さらに,圧縮処理を施して波形
メモリ内に記憶するとともに,再生(発音)時には,この波形メモリ内から
圧縮処理を施したデータ(エンコード・データ)を読み出し,このデータに
デコード(展開)処理を施して,元のPCM・データに戻し,楽音を発生さ
せる電子楽器の音源装置が知られている。圧縮処理には,例えば,ADPC
M(適応型差分PCM)や,さらに圧縮効率をあげたサブバンドコーディン
グを用いることできる。圧縮処理を施すことによって,波形メモリ内に記憶
する情報量を少なくすることができるので,より少ない容量の記憶装置を用
いて効率的に波形メモリを構成することができる。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述したような,特に圧縮効
率の高いデータのデコード処理にはある程度の時間が必要である。すなわち,
オペレータ(操作者)による発音指示によって読み出したエンコード・デー
タを,元のPCM・データへデコードする時間が必要である。このため,図
11に示すように,楽音発生が,発音指示後から,デコード処理に要する時
間Dだけ遅れるいう問題があった。この発明は,上記課題に鑑みなされたも
ので,その目的とするところは,発音指示後,時間遅れを極めて少なくして,
直ちに楽音を発生することができる電子楽器の音源装置を提供することにあ
る。
【0004】
【課題を解決するための手段】上述した課題を解決するために請求項1記
載の発明は,入力されるディジタル楽音データに圧縮処理を施すデータ圧縮
手段と,録音すべきディジタル楽音データの入力から所定期間経過したか否
かを判別する第1の判別手段と,前記第1の判別手段によって所定期間経過
していないと判別された場合には,前記ディジタル楽音データを選択し,前
記第1の判別手段によって所定期間経過したと判別された場合には,前記デ
ータ圧縮手段により圧縮処理が施されたデータを選択する第1の選択手段と,
書き込み可能な記憶手段と,前記選択手段によって選択されたデータを前記
記憶手段に書き込む書込手段とを具備することを特徴としている。
【0005】上述した課題を解決するために請求項2記載の発明は,楽音
信号の先頭から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶す
るとともに,前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの状態にて記憶する記憶手段と,発音指示があった場合に前記記
憶手段に記憶されたディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータを読
み出す読出手段と,前記読出手段によって読み出された,圧縮処理を施した
データに展開処理を施して元のディジタル・データに展開するデータ展開手
段と,前記読出手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了した
か否かを判別する第2の判別手段と,前記第2の判別手段によって前記ディ
ジタル・データの読み出しが終了していないと判別された場合には前記読出
手段によって読み出されたディジタル・データを選択し,前記第2の判別手
段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したと判別された場合
には前記データ展開手段によって展開されたディジタル・データを選択する
第2の選択手段とを具備し,前記第2の選択手段によって選択されたディジ
タル・データに基づいて発音することを特徴としている。」
「【0007】請求項2記載の発明によれば,発音指示があった場合に,記
憶手段からディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータが読み出され,
ディジタル・データは,第2の選択手段を介して出力される一方,圧縮処理
を施したデータは,さらにデータ展開手段によって元のディジタル・データ
に戻される。第2の選択手段は,発音指示後からディジタル・データを選択
して,すべてのディジタル・データを出力し,この後,データ展開手段によ
って戻されたディジタル・データを選択して,選択されたデータを出力する。
したがって,発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み出され,この
後に,元に戻されたディジタル・データが出力されるので,時間遅れを極め
て少なくして,直ちに楽音を発生することができる。」
「【0062】
【発明の効果】以上説明したように,この発明によれば,楽音信号の所定
期間までのディジタル・データの長さは,圧縮処理を施したデータの長さに
比べて充分短いので,圧縮効率を悪化させなくて済むという利点がある(請
求項1)。また,発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み出され,
この後に,元に戻されたディジタル・データが出力されるので,時間遅れを
極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる(請求項2)。」
(2)乙11号証に記載された発明
以上の記載によれば,次の発明が記載されている(以下「乙11発明」と
いう。)。
「データを先頭から所定期間までの所定部分をディジタル・データの状態に
て,前記所定部分以降のデータを所定の圧縮処理によって圧縮して外部記憶
手段に記録するとともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定の
デコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を
生成する信号処理装置において,
発音指示を発生する発音指示手段と,
該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データ
に基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所定の部分以降の圧縮デー
タのデコード処理を開始して,前記先頭データに基づく音信号の発生と平行
して前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭デー
タに基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データの
デコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する演算
手段とを具備することを特徴とする信号処理装置。」
(3)本件特許発明1と乙11発明との対比
本件特許発明1と乙11発明を対比すると,両者は次の点で一致し,次の
点で相違する。
【一致点】
データを所定の圧縮処理によって圧縮して外部記憶手段に記録するととも
に,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によって
元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処理装置
において,
発音指示を発生する発音指示手段と,
該発音指示の発生に応じて,記憶手段に記憶された所定の開始位置から所
定の部分までの先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記
所定部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記先頭データに基
づく音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処
理を行い,前記先頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の
部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成された元のデータに基づい
て音信号を生成する演算手段とを具備することを特徴とする信号処理装置。
【相違点】
先頭データについて,本件特許発明1では所定の圧縮処理によって圧縮し
て外部記憶手段に記録するとともに,発音指示に先立って予めデコード処理
して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記憶手段に記憶されるのに
対し,乙11発明では,圧縮処理せずにディジタル・データの状態にて外部
記憶手段に記録されている点。
(4)相違点の検討
ア相違点の技術的意味
本件特許1明細書の図6によると,「途中再生指示」が発行される段階
で,テンポラリーRAM8(図6では「TMP」と表示されている)には
リニア波形,すなわち非圧縮データが「所定部分」として(マーク処理に
よりマークされた位置(1の途中)から2の最後まで)記憶されている。
また,外部記憶手段には,所定部分以降の圧縮データが記憶されている。
すなわち,本件特許発明1において,途中再生指示がされる時点におい
ては,途中再生対象の先頭であるマーク位置からHT分の所定部分は,デ
ィジタル・データ(非圧縮データ)の状態にてテンポラリーRAM8に記
憶するととともに,前記所定部分以降の部分をディジタル・データの状態
にて記憶している。そして,HT分とは,所定部分以降のディジタル・デ
ータに圧縮処理を施したデータの展開処理(デコード処理)に要する時間
以上のものである。したがって,本件特許発明1において,途中再生指示
がされる時点においては,乙11発明の楽音信号のデータ記憶手段と同一
の状況となっている。
さらに,乙11発明の装置は,同請求項1が規定するように,楽音デー
タ(非圧縮データ)をエンコードして記憶する手段を備えており,楽音デ
ータの全部をエンコードすることを控えて,先頭の所定部分をHT分にな
るようにエンコードせずにディジタル・データのまま記憶する方法を具体
的に開示している。他方,本件特許発明1は,その信号処理装置はデータ
(楽音データ)をエンコードして外部記憶装置に記憶するものの,途中再
生の対象である先頭,すなわち所定の開始位置から所定の部分まで(HT
分)のディジタル・データを,途中再生指示が発行されるまでの間に予め
デコード処理してこれを得る構成を備えている。
このことを踏まえると,上記相違点は,途中再生の対象となる先頭デー
タとしての所定部分(HT分)のディジタル・データ(非圧縮データ)に
ついて,本件特許発明1は,予めデコード処理して得るものであるのに対
し,乙11発明では,エンコードせずに先頭部分(HT分)の楽音データ
をディジタル・データ(非圧縮データ)のまま記憶するかの相違であり,
その先頭部分(HT分)のディジタル・データの取得方法の相違にすぎな
いことがわかる。
イ乙8号証(特開平6-259088号公報)の記載
乙8号証には,次のような記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項10】音声データをディジタル圧縮形式で記憶した複数の圧縮
音声データファイルを有し,表示画面上の音声アイコンウインドウにおけ
る音声アイコンの操作によって選択された圧縮音声データファイルを処理
対象とし,編集コマンドの入力によって編集処理を行う音声編集装置にお
いて,圧縮音声データの伸長処理に関するデータを生成し,管理する伸長
音声データ管理部と,音声アイコンの入力を監視し,該音声アイコンに対
する操作が行われるたびに,前記伸長音声データ管理部から必要なデータ
を受け取り,決められた編集画面操作及び編集操作を行うと共に,操作受
け付けシグナルを生成する音声編集画面制御及び音声編集部と,前記操作
受け付けシグナルを受け取り,将来編集対象となり伸長処理の必要となる
音声データファイルを予測し,伸長優先順位管理テーブルに結果を記録す
る伸長優先順位判定部と,前記伸長優先順位管理テーブルの記録に基づい
て,前記圧縮音声データの伸長処理を行い,得られた伸長音声データを前
記伸長音声データ管理部に格納する伸長処理部とを備えたことを特徴とす
る音声デ-タ編集装置。」
「【0003】その中で,ディジタル音声データを対話的に編集する音声
データ編集装置は,映像表示装置上に波形等でグラフィカルに表示された
音声データを,マウス等の入力手段によって,対話的に操作することで音
声データの再生,複製,分割,結合等の編集操作を行うものである。オペ
レータは,編集可能な複数の音声データをアイコンとして表示した音声ア
イコンウインドから,編集対象となる音声アイコンを選択し,任意の編集
コマンドを入力することでその編集処理を行うことができる。
【0004】音声データ編集装置では,一般に圧縮音声データを用いて
いるので,編集処理を行うためには,圧縮音声データを伸長する必要があ
る。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】従来の音声データ編集装置では,オペ
レータが編集対象となる音声データを選択し,そのデータに対し
て″cut″,″波形表示″等の編集コマンドを入力して初めて,伸長処
理が始まるものであった。このため,コマンド入力後,伸長処理のための
時間待たされることが多く,操作の応答性の点で問題があった。
【0006】また,あらかじめすべての音声データを伸長して格納する
ことは,記録データ量が膨大になってしまう欠点を持ち,さらに編集装置
起動時にすべてのデータを伸長する方法では,起動時間が長くなってしま
う短所を持つ。
【0007】本発明の目的は,ディジタル圧縮音声データの編集におけ
る,上記のような欠点を最小限に押えた,音声データ編集方法及び装置を
提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の特徴は,音声データに対するオ
ペレータの一連の操作から,将来編集対象になるであろう可能性の高い音
声データを予測し,実際の編集コマンド入力以前に伸長処理を始めるもの
である。すなわち,オペレータの編集コマンド入力に対応する処理と並行
して,これから編集されるであろうデータを予測し,編集操作に先行して
予め伸長処理を行なう音声データ編集方法及び,予測される編集可能性の
程度に応じて各音声データに伸長優先順位を設定する手段と,その優先順
位に従って伸長処理を行う手段と,結果を記憶させる手段より構成され,
本来の編集制御とは独立して先行的に伸長処理を行う音声データ編集装置
に特徴がある。」
「【0020】アイコンウインドウでのアイコンのピック操作(704)
の時は,そのピック操作後,ワークエリアへの移動操作が行われる可能性
が高いと判断し,優先順位2を設定(712)する。この時の様子を示し
たものが図10である。マウスカーソル260によってピックされたアイ
コンに対応するvoice4には,優先順位2が付けられる。
【0021】アイコンウインドウからワークエリアへの音声アイコンの
移動操作(705)の時は,ワークエリアに移動される音声データが直後
に編集されるデータであることが確実なので,一番優先順位の高い1を設
定(713)する。この様子を示したものが図11である。この時,ワー
クエリア240のvoice4には一番優先順位の高い1が付けられる。この
後,playボタン等による再生や,cutボタン等によってvoice4データの
編集処理が行われる。」
「【0024】図12は,伸長処理部510が伸長処理を行う順番を決め
る過程を示すフローチャートである。一連の流れのなかで伸長処理部51
0がどのような作業を行っていようとも,優先順位管理テーブル1000
の優先順位が更新されたことを示す優先順位更新シグナルを受信すると
(511),割り込み動作として再スタートを行う(512)。スタート
するとまず,その時刻までの伸長処理済みデータサイズを優先順位管理テ
ーブル1000に記録する(513)。伸長処理が終了している場合には,
ステップ513を省略する。次に,優先順位管理テーブル1000を参照
して,完全に伸長処理の終っていない音声データの中で優先順位が一番高
く,かつ更新時刻の最も新しい音声データをピックアップする(514,
515,516)。そして,このデータの伸長処理を始める(517)。
伸長したデータは,伸長データ管理部430によって伸長データ格納領域
150に格納すると共に,優先順位管理テーブル1000の記録を更新す
る(518)。そして再び始めのステップ514に戻り,同じ動作を繰り
返す。なお,前に述べたように,伸長処理中に伸長優先順位管理テーブル
1000の優先順位が変更された場合は(優先順位更新シグナル受信),
伸長作業を中断し伸長された部分だけを記録し,新たな優先順位で作業を
始める。
【0025】伸長装置部510から伸長データ格納要求がされると,伸
長音声データ管理プログラム130は必要なメモリ領域を伸長データ格納
領域150に割り当てるが,もし容量が足りないときは伸長優先順位管理
テーブル1000を参照し,優先順位の最も低いデータを消去し,スペー
スを確保する。なお,伸長データ格納領域150は,できるだけ大きな記
憶容量をもたせる。多くの伸長データを蓄えられるようし,一度伸長した
データを記憶容量の不足のため削除し,その後必要となって再び伸長する
ことをなるべく避けるためである。音声編集画面制御及び音声編集部60
0は,ある音声伸長データが必要になったとき,伸長データ管理プログラ
ム130に問い合わせ,そのデータが格納されている伸長データ格納領域
150のアドレスを得る。もし,まだ伸長されていなければ,伸長データ
が作成されるまで待つ。しかし,音声編集画面制御及び音声編集部600
が実際に伸長データを必要とする以前に,その音声データに対しては高い
伸長優先順位が付けられている可能性が高いので,すでに伸長されている
かあるいは部分的に伸長済みである場合が多いと考えられ,新たに伸長し
なければならない量の期待値は低くなる。よって,編集の際に,データ伸
長のために待たされる時間は,全体的に少なくなる。」
【0026】図13は,本発明の実施例の効果を示す図である。…本発
明の方法によれば(b)に示すように,音声アイコンウインドウに対する
オペレータの操作の時点T1~T2,T3~T4で将来編集対象になるで
あろう音声データを予測し,時点T2,T4で各々先行的に伸張処理を始
めることができる。対話操作において,対象データの選択や編集コマンド
の入力には通常数秒ないし十数秒程度の時間を要する。本発明の方法にお
いて,T1~T2間の1次予測とT3~T4間の2次予測の結果最も優先
順位を高く設定した音声データが,その後の編集作業に実際に使われたと
すると,従来の方法に比べて最大2つの対話入力操作分,すなわち,十数
秒ないし数十秒コマンド入力後の伸張処理を早く終了させることができ
る。」
「【0034】また,以上の実施例では,音声データごとに伸長優先順位
を付け,優先順位の高いデータから,データ全体を伸長するものであった
が,ひとつのデータを幾つかに分割し,それぞれに優先順位を付けること
もできる。例えば,それぞれの音声データを10秒ごとに分割し,それぞ
れの先頭10秒間に高い優先順位を付ければ,音声データの先頭10秒間
だけの頭だし再生のとき,伸長待ち時間が少なくなる可能性が高くなる。
また,音声データの波形表示を行う際も,一画面に表示できる時間はたか
だか10秒程度なので,データ先頭の一画面を表示するだけの場合応答性
が早くなる可能性が高くなる。よってこの実施例によれば,音声データの
ブラウジングを行う時などに有効である。」
「【0036】
【発明の効果】以上述べたように,本発明によれば,編集中将来利用さ
れるであろう圧縮データに,その利用可能性に応じ優先順位を付け,優先
順位の高いものから先行的に伸長処理を行うことで,実際にその伸長デー
タが必要になったときの伸長処理時間を短縮あるいは省略することができ
る。」
図1及び図13は次のものである。
ウ乙8号証記載の技術(予めデコードしておく技術)事項
(ア)先頭の開始位置から所定の部分まで
上記の「ひとつのデータを幾つかに分割し,それぞれに優先順位を付
けることもできる。例えば,それぞれの音声データを10秒ごとに分割
し,それぞれの先頭10秒間に高い優先順位を付ければ,音声データの
先頭10秒間だけの頭だし再生のとき,伸長待ち時間が少なくなる可能
性が高くなる。」との記載によれば,それぞれの音声データを10秒ご
とに分割し,それぞれの先頭10秒間に高い優先順位を付けることがで
き,そのような場合において,当該各先頭データは先頭から10秒間は,
「先頭の開始位置から所定の部分まで」に相当する。
(イ)音声データの再生処理コマンドの入力に先立って,当該音声データ
の先頭部分を予めデコード処理すること
上記の各10秒間の先頭音声データに優先順位を付けた場合には,図
13の時刻T1~T2において対象データが選択されることにより優先
順位が一番高いものと認識されるから,当該選択された対象データであ
る音声データについて,時刻T2において当該データの伸長処理を始め
(517),伸長したデータは,伸長データ管理部430によって伸長
データ格納領域150に格納される。この伸張処理は,未だ,編集処理
が開始しないときに,編集処理対象である確率が高いものとして予測し
て実行されるものである。そして,実際に当該予測どおりに当該音声デ
ータが編集対象となり,編集処理として音声データの再生処理が選択さ
れたときは,先頭データとして10秒間の頭出し再生が実行される。つ
まり,この場合には,音声データの再生処理コマンドの入力に先立って,
当該音声データの先頭部分(先頭の10秒間)を予めデコード処理する
ことに相当する。
(ウ)先頭位置から所定部分までの圧縮データを予めデコードしておく技
術が本件特許発明1出願日前に周知・慣用技術であったこと
デコードにある程度の時間がかかる技術的課題の解決手段として先頭
位置から所定部分までの圧縮データを予めデコードしておく技術が本件
特許発明1出願日前に周知・慣用技術であった。
(エ)相違点と乙8号証,周知・慣用技術
相違点にかかる構成は,乙8号証にその全部が記載されているととも
に,その相違点は,本件特許発明1の出願日前に当業者に周知・慣用技
術であったことは明らかである。
(5)本件特許発明1は全体が圧縮されたデータからなること,乙11発明が
非圧縮データと圧縮データを混在させたものであること
乙11発明が「楽音信号の先頭から所定期間までの部分をディジタル・デ
ータの状態にて記憶」されているものであることは,本件特許発明1と同様,
発音指示時におけるデコード処理による楽音発生の時間遅れを解消するため
の解決手段を示している。つまり,もともと,本件特許発明1も乙11発明
も,圧縮データのデコードにある程度の時間がかかるため,所望のタイミン
グで再生できないという問題が生じるということが技術的課題であるから,
いずれにしても音信号発生の対象がすべて圧縮データであるための技術的課
題である。したがって,進歩性の判断の主引例として乙11号証発明を出発
点とすることは,原告が主張するように,従来技術に戻るなどと評価する必
要はない。
上記相違点は,技術的課題を有する従来技術の前提状況に関するものであ
り,本件特許発明1は,予めデコードして先頭の所定部分のディジタル・デ
ータを得る構成により,また,乙11発明は先頭部分をエンコードせずに楽
音データをそのままディジタル・データ(非圧縮データ)としてこれを得る
構成により,発音指示に応じて即時にDACから発音できるようにしている
ものであって,実質的な相違点ではないといわなければならない。
(6)乙11発明に乙8号証記載の発明(以下「乙8発明」という。)を適用
するということの意味
乙11発明及び乙8発明は,音(楽音)信号を生成演算する演算手段を具
備する信号処理装置であり,圧縮データのデコードに一定の時間がかかるた
め,所望のタイミングで再生できないという問題が生じるということを技術
的課題とし,その解決手段として,発音指示の発生時には音信号の発生を非
圧縮データ(ディジタル・データ。元のデータ)を先頭データとしてこれに
基づいて行うものである点において,本件特許発明1と同一である。乙11
発明は,この技術的課題の解決手段である「発音指示の発生時には音信号の
発生を非圧縮データ(ディジタル・データ。元のデータ)を先頭データとし
てこれに基づいて行う」ことを実現するために,先頭データをエンコードせ
ずに非圧縮データ(ディジタル・データ)としてそのまま記憶手段に記憶す
る構成としている。乙8号証は,この技術的課題の解決手段である「発音指
示の発生時には音信号の発生を非圧縮データ(ディジタル・データ。元のデ
ータ)を先頭データとしてこれに基づいて行う」ことを実現するために,本
件特許発明1と同様に圧縮データを予めデコード処理して先頭データとして
記憶手段に記憶する構成としている。
そして,上記相違点に関して,乙11発明に乙8発明を適用するとは,乙
11発明の技術的課題の解決手段である「発音指示の発生時には音信号の発
生を非圧縮データ(ディジタル・データ。元のデータ)を先頭データとして
これに基づいて行う」ことを実現するための構成である,乙11発明の先頭
データを非圧縮データ(ディジタル・データ)として記憶手段に記憶する構
成について,当該先頭データの非圧縮データを乙8発明に基づき圧縮データ
を予めデコード処理して先頭データとして記憶手段に記憶することとで得る
構成とすることをいうのである。決して,基本構成(前提構成)を変更する
とともに,新たな解決手段を付加するなどということではない。
(7)乙11発明に乙8発明を適用する動機
圧縮データのデコードに一定の時間がかかるため,所望のタイミングで再
生できないという問題が生じるということを技術的課題とし,その解決手段
として,発音指示の発生時には音信号の発生を非圧縮データ(ディジタル・
データ。元のデータ)を先頭データとしてこれに基づいて行うために,予め
デコード処理して先頭データとして記憶手段に記憶する構成とするという技
術思想を提供した本件特許発明1との相違点について,同じ解決のためのア
プローチをする乙11発明と乙8発明の親和性は極めて高いというべきであ
り,両発明を組み合わせる動機は十分に肯定されるべきである。ましてや,
そもそも,圧縮データを用いることを大前提とする以上,乙11発明の先頭
データのディジタル・データの代わりに圧縮データを用い,発音指示の発生
時点までにこれを予めデコードしてディジタル・データとすることは当業者
の技術常識上自然であり,乙11発明及び乙8発明に接した当業者は乙11
発明に乙8発明を適用して本件特許発明1に至るはずである。
本件特許発明1を初めとして乙11発明も乙8発明も,圧縮データのデコ
ードに一定の時間がかかるために,所望のタイミングで圧縮データに基づく
音信号の発生ができないことを共通の技術的課題にしているのであって,一
方で,いずれも非圧縮データではなく圧縮データを用いることが技術的に求
められている技術分野であり,乙11発明の課題解決手段が,その技術的に
求められたもの(できれば圧縮データを用いる方が良いというもの)である
以上,課題が一部残存している,あるいは不徹底なものと当業者が一般に理
解するべきものである。
(原告の主張)
(1)乙11号証について
乙11発明と本件特許発明1とでは,圧縮データのデコード時間遅れによ
る発音開始時間遅れの問題を解決するという課題においてのみ共通している
が,以下述べるように,課題解決のための技術的構成も技術思想も大きく相
違している。
(2)本件特許発明1と乙11発明の対比
ア一致点
「データを所定の圧縮処理によって圧縮して外部記憶手段に記録するとと
もに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によ
って元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処
理装置(電子楽器の音源装置)」が対象である点,及び「発音指示を発生
する発音指示手段」を具備する点で一致している。
イ相違点1
本件特許発明1が対象データを全て「所定の圧縮処理によって圧縮して
外部記憶手段」に記録しているのに対して,
乙11発明では,「楽音信号の先頭から所定期間までの部分をディジタ
ル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分をディ
ジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」点。
すなわち,本件特許発明1において,「外部記憶手段」に記録するデー
タは,「楽音信号の先頭から所定期間までの部分」はもちろん,それ以外
も含めてデータ全体が「所定の圧縮処理によって圧縮したデータ」である
点。
なお,同様に,「先頭データに基づく音信号の発生と平行して前記所定
の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに基づい
た音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコード
処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する」点の「先
頭データ」も異なる。
ウ相違点2
本件特許発明1が「該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開
始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先
頭データとして所定の記憶手段に記憶し,」という構成を具備しているの
に対して,乙11発明はそのような構成を具備していない点。
エ相違点3
本件特許発明1が「該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に
記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所
定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始」するのに対して,
乙11発明では,「発音指示があった場合に前記記憶手段に記憶された
ディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータを読み出す」点。
すなわち,本件特許発明1では,発音指示に先立って予めデコード処理
することで所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて,発音指示
の発生に応じて,音信号の発生を開始するのに対して,乙11発明では,
元々記憶手段に記憶されているディジタル・データを,発音指示があった
場合に,そのまま読み出す点が相違している。
オ課題及び効果について
「再生時の圧縮データのデコードの際に時間遅れを生じるという問題が
ある」という課題を解決することを意図している点は,本件特許発明1と
乙11発明は一致している。したがって,「圧縮データのデコード時にお
ける時間遅れが生ぜず」という効果を奏する点では,本件特許発明1と乙
11発明は一致している。
しかし,本件特許発明1では,上記相違点に係る構成を具備しているこ
とにより,「外部記憶手段」に記録するデータは圧縮データのみであって
よく,乙11発明のような「楽音信号の先頭から所定期間までの部分をデ
ィジタル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分
をディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」と
いう特殊なデータ記録構成を採用する必要がない,という乙11発明には
ない優れた効果を奏する。
これに伴い,本件特許発明1では,高圧縮率の圧縮法を効果的に用いる
ことができるのに対して,乙11発明では,記録するデータ中にPCM
等々のデジタルデータが不可避的に含まれてしまうので,高圧縮率の圧縮
法を本件特許発明1ほどに効果的に用いることができない。
また,これに伴い,本件特許発明1では,全ての範囲のデータを圧縮デ
ータで記録している通常の記録形態の圧縮データであれば,どのようなコ
ンテンツであっても,格別のコンテンツデータ改変の必要なしに,本件特
許発明1を適用することができるので,各種コンテンツに対する適応性が
高いという利点を持つのに対して,乙11発明では,全ての範囲のデータ
を圧縮データで記録している通常の記録形態の圧縮データからなるコンテ
ンツをそのまま適用することができず,各コンテンツを,「楽音信号の先
頭から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶するとと
もに,前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施した
データの状態にて記憶する」という特殊なデータ記録構成に一々変換しな
ければならない。
このように,本件特許発明1は,乙11発明に対して,相違点1~3を
有するのみならず,これらの相違点の故に,大きな効果上の相違を有する。
カ一致点,相違点の評価について
前述のとおり,本件特許発明1と乙11発明とでは,圧縮データのデコ
ード時間遅れによる発音開始時間遅れの問題を解決するという課題におい
ては共通しているが,その課題解決のための技術思想が180度異なると
いえるほど,大きく相違している。
すなわち,乙11発明の特徴は,その課題解決のためには,「楽音信号
の先頭から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶する
とともに,前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの状態にて記憶する」という記憶構成を採用することが必須で
あるところ,乙11発明に基づいて当業者が本件特許発明1を容易に推考
し得るという考え方は,乙11発明の課題解決のための最も重要な特徴部
分を放棄させ,先頭部分のデータを後続の重い圧縮形式に戻させたうえで,
再度予め発音指示に先立ってデコード演算させるための余分の構成を採用
させる,という大きな変形を強いるものである。このような無理な変形は,
到底,乙11発明に基づいて容易に発想し得るものではない。
乙11発明においては,課題解決のための手段として,「楽音信号の先
頭から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶するとと
もに,前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施した
データの状態にて記憶する」という,異なるタイプのデータに切り分けて
記憶する構成を採用することを必須のものとしているのであるから,かか
る必須の構成をあえて改変して,それ以前の「全てのディジタル・データ
に圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」という構成に戻すことに
なる本件特許発明1の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆
等が,乙11には全くない。
したがって,仮に,相違点に係る技術がそれ単独では被告主張のように
周知・公知だとしても,乙11発明からはそれらの周知・公知技術と組み
合わせる示唆・動機付けが認められないのみか,発想・技術思想・目のつ
けどころが全く逆なのであるから,他の引用例を検討するまでもなく,被
告の無効主張には理由がないというべきである。
(3)乙8号証について
ア乙8発明は,本件特許発明1が「音信号を生成する信号処理装置」であ
るのに対して,「音声データ編集方法及び編集装置」の発明であって,乙
8号証【要約】欄にも記載されているように「編集コマンド入力時の応答
を早め,操作性を向上させる。」ことを目的とするもので,段落【000
1】産業上の利用分野に記載されているように「複製,分割,結合」等の
編集作業を迅速に行えるようにする発明であって,「デコードにある程度
の時間がかかる技術的課題の解決手段として予めデコードして記憶手段に
格納しておきこれに基づき発音する技術」ではない。
すなわち,音声データを取り扱う点では共通でも,本件特許発明1が音
を出すこと自体を目的とする発明であるのに対し,乙8発明は「複製,分
割,結合」等の編集作業を行うことを目的とする発明であり,発明全体が
異なる。
このことは,以下説明するように,特に乙8発明においては,編集作業
のための各種操作が加わる点において,本件特許発明1との相違点として
浮かび上がってくる。
イ乙8号証の主な記載は次のとおりである。
「【0005】(発明が解決しようとする課題)従来の音声データ編集
装置では,オペレータが編集対象となる音声データを選択し,そのデータ
に対して″cut″,″波形表示″等の編集コマンドを入力して初め
て,伸長処理が始まるものであった。このため,コマンド入力後,伸長処
理のための時間待たされることが多く,操作の応答性の点で問題があっ
た。」
「【0008】(課題を解決するための手段)本発明の特徴は,音声デ
ータに対するオペレータの一連の操作から,将来編集対象になるであろう
可能性の高い音声データを予測し,実際の編集コマンド入力以前に伸長処
理を始めるものである。すなわち,オペレータの編集コマンド入力に対応
する処理と並行して,これから編集されるであろうデータを予測し,編集
操作に先行して予め伸長処理を行なう音声データ編集方法及び,予測され
る編集可能性の程度に応じて各音声データに伸長優先順位を設定する手段
と,その優先順位に従って伸長処理を行う手段と,結果を記憶させる手段
より構成され,本来の編集制御とは独立して先行的に伸長処理を行う音声
データ編集装置に特徴がある。」
段落【0010】~【0012】には,音声圧縮データファイル400
に複数の圧縮音声データvoice1~voice5を記録しておく一方
で,各圧縮音声データvoice1~voice5の伸長済データを伸長
音声データ格納領域150に順次格納することが示されている。
段落【0016】~【0025】には,図6に示すような「伸長優先順
位管理テーブル1000」によって,各圧縮音声データファイル毎に,そ
の優先順位と伸長済データサイズをリアルタイムで管理し,優先順位と伸
長済データサイズをリアルタイムに逐次更新することが示されている。
すなわち,ユーザの編集操作状況に応じて各圧縮音声データファイルの
優先順位が随時変更され,現在の最優先順位の圧縮音声データが伸長され,
その伸長済データが伸長音声データ格納領域150に格納され,伸長優先
順位管理テーブル1000には,各圧縮音声データvoice1~voi
ce5のファイル毎に,現時点までの伸長済データサイズがどれだけにな
ったかが記録される。そして,「音声編集画面制御及び音声編集部600
は,ある音声伸長データが必要になったとき,伸長データ管理プログラム
130に問い合わせ,そのデータが格納されている伸長データ格納領域1
50のアドレスを得る。もし,まだ伸長されていなければ,伸長データが
作成されるまで待つ。」(段落【0025】)
また,段落【0034】には,「また,以上の実施例では,音声データ
ごとに伸長優先順位を付け,優先順位の高いデータから,データ全体を伸
長するものであったが,ひとつのデータを幾つかに分割し,それぞれに優
先順位を付けることもできる。例えば,それぞれの音声データを10秒ご
とに分割し,それぞれの先頭10秒間に高い優先順位を付ければ,音声デ
ータの先頭10秒間だけの頭だし再生のとき,伸長待ち時間が少なくなる
可能性が高くなる。また,音声データの波形表示を行う際も,一画面に表
示できる時間はたかだか10秒程度なので,データ先頭の一画面を表示す
るだけの場合応答性が早くなる可能性が高くなる。よってこの実施例によ
れば,音声データのブラウジングを行う時などに有効である。」と記載さ
れている。
この段落【0034】に示された実施形態においては,先頭10秒間の
圧縮音声データを伸長し,この先頭10秒間分の伸長済データを再生発音
する又は画面表示する形態からなっている。このような実施形態において
は,再生又は画面表示する目的のデータ自体が先頭10秒間分であり,そ
れに引き続いて残りの圧縮音声データが再生又は表示されるものではない。
ウすなわち,段落【0034】に記載された実施形態において,先頭10
秒間分のデータは,記録されているデータの一部ではあり,「頭だし」と
いう言葉が使われているが,頭に引き続いて胴体が表示されるのではなく,
再生又は表示する目的のデータの全部を構成しているものである。
乙8発明において,本来のデータの全部を再生又は表示しようとする場
合は,主たる実施形態に示されているように,全部の伸長データが作成さ
れるまで待たなければならない(段落【0025】)。
すなわち,乙8発明においては,実際に使用されるかかどうか未定の再
生又は表示する目的のデータの全部を予め伸長するという技術思想しか示
されておらず,したがって,再生又は表示することが目的のデータである
が,その先頭の一部だけを発音指示に先立って予め伸長しておき,発音指
示に応じて先頭を再生している間に残りのデコード処理を開始して引き続
きすべての部分の再生を行うという技術思想は有していない。
そして,乙8発明は,段落【0026】に「対象データの選択や編集コ
マンドの入力には通常数秒ないし十数秒程度の時間を要する。本発明の方
法において・・優先順位を高く設定した音声データが,その後の編集作業
に実際に使われたとすると従来の方法に比べ最大2つの対話入力操作
分・・伸長処理を速く終了させることができる」と記載されているように,
本件特許発明1乙8発明
指定された圧縮データ(未定ではな
い)の一部を
何を編集=再生対象にするのか未
定(選択中)の間を利用し,
発音指示に先だって,指定されたデ
ータの一部をデコードしておく
編集に供されるかも知れない,さ
れないかも知れないデータを伸長
しておいて
選択による当たりはずれの問題はな
く,そのデータの一部のデコードさ
れた部分は使用されるが,それ以降
分は発音指示後デコードされて引き
続き発音に供される
もしそれが編集対象に選ばれたな
らば伸長されたデータでかつ目的
とする全部がそのまま伸長なしに
使用可能になる
選択的中か否かに関係なく,発音指
示後にデコードされた部分はすぐ発
音に供され,残部は引き続いてデコ
ードされる
当たれば編集=再生対象が決定さ
れてから伸長するよりも早くでき
る。
選択が外れるということはあり得な

選択が外れれば,通常通り全体が
伸長されるまで待つ
という違いがあり,早くできる場合がある点のみ共通していても,一部か
全体かということに関連して,本件特許発明1の「予め」と「発音指示
後」に対する乙8発明の「選択中」と「選択後」の関係の意味が異なり,
乙8発明は選択が的中した場合にのみ早くなり,そうでなければ早くなら
ないのに対し,本件特許発明1は必ず早くできる等の点で,両者はシステ
ム全体が大きく異なる。
特に,乙8発明の時間短縮は,本件特許発明1の圧縮データのデコード
時間遅れ(例えば数10ms)の改善とは性格を異にしている。
したがって,本件特許発明1と乙8発明を対比すると,発音の指示に先
だってデコード処理を行うこと,すなわち「データを所定の圧縮処理によ
って圧縮して外部記憶手段に記録するとともに,前記外部記憶手段に記録
した圧縮データを所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元の
データに基づいて音信号を生成する信号処理装置」及び何らかの「発音指
示手段」を具備する点では一致しているが,本件特許発明1における「該
発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所定の部分ま
でを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記
憶手段に記憶し,」(相違点2)という構成に関しては相違している。
以上は,乙8発明の主たる実施態様である段落【0026】以下との対
比であるが,被告の引用する,もう1つの実施態様である段落【003
4】についてもこれと同様の違いがある。
本件特許発明1における「先頭データ」とは発音指示に従って発音すべ
きデータの一部としての先頭データであり,この後に引き続いてデコード
すべきデータがデコードされるのに対して,乙8号証の段落【0034】
に記載された実施形態における「先頭10秒間分のデータ」は使用未定の
データであるのみならず「音声データのブラウジング」として発音すべき
「10秒間分のデータ」の全てであり,発音すべきデータの一部としての
先頭データではないからである。
エまた,本件特許発明1における「該発音指示の発生に応じて,前記所定
の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始すると
ともに前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始」する(相
違点3)という構成に関しても,乙8発明は相違している。
その理由は,乙8号証の段落【0034】に記載された実施形態におい
てはデコードした「先頭10秒間分のデータ」に基づいて音信号の発生を
開始したときは,それで処理が終わり,この音信号発生に平行してそれ以
降の圧縮データのデコード処理を開始するようにはなっていないからであ
る。
オしたがって,乙8発明は相違点2,3に係る構成を開示していない。
(4)乙11発明と乙8発明の組み合わせについて
ア乙11発明が「楽音発生が,発音指示後から,デコード処理に要する時
間Dだけ遅れるという問題があった」という課題を解決することを意図し
ているのに対して,乙8発明は「オペレータが編集対象となる音声データ
を選択し,そのデータに対して″cut″,″波形表示″等の編集コマン
ドを入力して初めて,伸長処理が始まるものであった。このため,コマン
ド入力後,伸長処理のための時間待たされることが多く,操作の応答性の
点で問題があった」という課題を解決することを意図しており,両者の解
決しようとする技術的課題は一致していない。
すなわち,乙11発明における「デコード処理に要する時間Dだけ遅れ
るという問題」は,乙11号証の図11に示されるように発音指示から発
音開始までの発音開始時間遅れの問題である。他方,乙8発明は,音声デ
ータ編集に係る発明であり,伸長済みのデータに対して編集処理が行われ
ることが明白である(乙8段落【0025】「音声編集画面制御及び音声
編集部600は,ある音声伸長データが必要になったとき,伸長データ管
理プログラム130に問い合わせ,そのデータが格納されている伸長デー
タ格納領域150のアドレスを得る。もし,まだ伸長されていなければ,
伸長データが作成されるまで待つ。」との記載から明らかである。)。
乙8発明は,乙11発明のように「発音指示から発音開始までの発音開
始時間遅れD」の問題を解決しようとするものではない。上記(3)ウで本
件発明1との違いを説明したように,本件発明1は「発音指示から」から
の時間遅れを解決しようとするもので,乙11発明もその点だけでは同様
であるが,乙8発明は「選択」を待たずに,かつ使用されるか否か未定の
段階で予想されるデータを多数伸長させ準備しておくもので,「発音指示
から」つまり乙8発明でいう選択して編集コマンド入力後の動作には何ら
の改良はなく,的中しなければ,「伸長データが作成されるまで待つ」の
である。
したがって,乙11発明と乙8発明には課題の一致がみられず,当業者
が乙11発明と乙8発明を結びつけることが容易であるということはでき
ない。
イこの点,被告は,これら技術的課題は,本件特許発明1の技術的課題で
ある圧縮データのデコード時における時間遅れが生じることと同一のもの
であると述べるが,誤りである。
本件においても,単に「予めデコード処理する」という大雑把な解決手
段ないし解決結果の一部の共通性から部分的かつ事後分析的に遡って,
「圧縮データのデコード時における時間遅れが生じること」が共通の課題
であるなどという思考が否定されるべきことはいうまでもない。
むしろ,特殊なフォーマットを用いる乙11発明の特徴は,その課題解
決のためには,「楽音信号の先頭から所定期間までの部分をディジタル・
データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分をディジタ
ル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」という記憶形
式を採用することが必須であるところ,乙8発明では,すべてのデータを
圧縮データとする記憶形式を採用しているものであり,このため乙11発
明では事前デコードという手段は不要であるのに対し,乙8発明では(本
件特許発明1とは異なるが)事前デコードを採用するというように,解決
手段が全く異なっているものであるから,このことは両者の組み合わせを
容易になすことの阻害要因となる。
また,仮に,乙11発明と乙8発明を無理にでもあれ結びつけることが
できたとしても,相違点2,3は乙8発明には示されておらず,相違点1
が示されているだけであるから,本件特許発明1を完成させることができ
ない。例えば,乙11発明に乙8発明を組み合わせたとすると,乙11発
明における記憶手段から,発音しようする圧縮処理を施したデータを一旦
全部読み出して伸張する構成となり,本件特許発明1とは大きく異なるも
のとなる。
1-7乙8号証を主引例とする進歩性の欠如(争点1-7)
(被告の主張)
(1)乙8発明
乙8号証には,音声圧縮データフィル400に記憶された収録済みのディ
ジタル圧縮音声データを伸張し,その再生などを行う音声データ編集装置が
記載されている。
この編集(再生)は,まず編集(再生)対象の音声データを選択するため,
アイコンウィンドウに表示された音声データに対応する音声アイコンをマウ
スポインタ等で選択し,これをワークエリア240に移動させて編集(再
生)対象として確定する。その後,編集の種類を選択するために編集コマン
ドボタン群230中に設けられた再生コマンドボタンを押下することにより,
編集(再生)コマンドを入力する(段落【0020】【0021】)。
この編集(再生)コマンドの入力に先立って,編集(再生)の音声データ
選択・確定による対象音声データの先頭から10秒分のデータについて最も
高い優先順位が与えられ,他の音声データの先頭から10秒分のデータとと
もに伸張部510により伸張が行われ,先頭データとして伸張音声データ格
納領域150に格納されている(段落【0034】【0024】)。
編集対象の音声データに対する編集(再生)コマンドの入力により,実際
に伸張データが必要となると,伸張データ管理プログラム130に問い合わ
せ,そのデータが格納されている伸張データ格納領域150のアドレスを得
る。これにより伸張データを読み出して編集(再生)が開始され音声出力装
置270から出音される。また,前記編集対象の音声データの先頭の10秒
分の伸張データに続く残部は伸張部510により伸張が行われ,伸張データ
が得られ編集(再生)に供される。このことは,乙8号証に次の記載がある
ことから明らかである。
「音声編集画面制御及び音声編集部600は,ある音声伸長データが必要に
なったとき,伸長データ管理プログラム130に問い合わせ,そのデータが
格納されている伸長データ格納領域150のアドレスを得る。もし,まだ伸
長されていなければ,伸長データが作成されるまで待つ。しかし,音声編集
画面制御及び音声編集部600が実際に伸長データを必要とする以前に,そ
の音声データに対しては高い伸長優先順位が付けられている可能性が高いの
で,すでに伸長されているかあるいは部分的に伸長済みである場合が多いと
考えられ,新たに伸長しなければならない量の期待値は低くなる。よって,
編集の際に,データ伸長のために待たされる時間は,全体的に少なくな
る。」(5頁左欄36行~49行)
すなわち,上記の各記載によれば,先頭の10秒分の伸張データが予め伸
張データ格納領域150に格納されていること,編集(再生)コマンドの入
力により編集(再生)が行われること,先頭の10秒分に続く部分の圧縮デ
ータが伸張部510によって伸張され伸張データ格納領域150に格納され,
これら伸張データに基づく編集(再生)が行われることが明らかであるから
である。
したがって,乙8号証には,以下の発明が記載されている。
「音声圧縮データフィル400に記憶された収録済みのディジタル圧縮音声
データを伸張し,その再生を行う音声データ編集装置において,
コマンドボタン群230中に設けられた再生を実行させるコマンドボタン
と,
該再生コマンドボタン押下に先立って,再生対象の音声アイコンをマウス
ポインタ等で選択しワークエリア240に移動させて再生対象音声データを
確定し,当該選択され移動された音声アイコンに対応する音声データの先頭
から10秒分は伸張部510によって予め伸張して伸張データ格納領域15
0に格納され,前記再生コマンドボタンの押下により前記確定した音声デー
タについて伸張部510において前記先頭の10秒分が読み出されて再生さ
れ,先頭の10秒分に続く残部の音声データを伸張して当該声データを再生
する音声データ編集装置。」
(2)本件特許発明1との対比
乙8発明の①音声データファイル400,②記憶,③ディジタル圧縮音声
データ,④伸張,⑤再生,⑥音声データ編集装置,⑦再生を実行させるコマ
ンドボタン,⑧再生コマンドボタンの押下,⑨音声データの先頭から10秒
分,⑩伸張部510,⑪伸張データ,⑫伸張データ格納領域150は,①本
件特許発明1の外部記憶手段,②記録,③データを所定の圧縮処理によって
圧縮した圧縮データ,④所定のデコード処理,⑤音信号を生成,⑥信号処理
装置,⑦発音指示を発生する発音指示手段,⑧発音指示,⑨所定の開始位置
から所定の部分まで,⑩演算手段,⑪先頭データ,⑫所定の記憶手段にそれ
ぞれ相当する。
したがって,本件特許発明1と乙8発明とは,次の点で一致するとともに
次の点で相違する。
【一致点】
外部記憶手段に記録したデータを所定の圧縮処理によって圧縮した圧縮デ
ータを所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づ
いて音信号を生成する信号処理装置において,
発音指示を発生する発音指示手段と,
該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所定の部分
までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記
憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶さ
れた先頭データに基づいて音信号の発生を開始し,前記所定の部分以降の圧
縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに基づく音信号の発生及び
前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに
基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコ
ード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する演算手段
とを具備することを特徴とする信号処理装置。
【相違点1】
圧縮データについて,本件特許発明1ではデータを所定の圧縮処理によっ
て圧縮して外部記憶手段に記録するものであるのに対し,乙8発明では圧縮
して記録するものではない点
【相違点2】
先頭データに基づいた音信号の発生と所定部分以降の圧縮データのデコー
ド処理について,本件特許発明1では発音指示の発生に応じて両者が同時に
開始し平行して行われるものであるのに対し,乙8発明ではこれが明確では
ない点
(3)相違点1の検討
信号処理装置において,エンコード機能によりデータを圧縮する機能をデ
コード機能と共に合わせ持つことは,本件特許発明1の出願前には当業者に
は公知(乙11)であったものであり,実質的な相違点ではない。
(4)相違点2の検討
乙11号証には,圧縮データのデコードに要する時間分の音信号の発生が
遅れるという技術的課題の解決手段として,楽音信号の先頭から,楽音信号
のディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以
上の所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶すること,発
音指示に応答して,記憶手段に記憶されたディジタル・データ及び圧縮処理
を施したデータの読み出しを開始すること,読み出されたディジタル・デー
タに基づいて発音し,読み出された圧縮処理を施したデータに展開処理を施
して元のディジタル・データに戻し,ディジタル・データの読み出し終了に
引き続いて展開されたディジタル・データに基づいて発音することが記載さ
れている。
乙8発明において,音声データの最初の10秒分を伸張データとして所定
の記憶手段に記憶し,他の残部を圧縮データとして未だ伸張されていない状
態で外部記憶手段に記憶していることは,乙11発明における楽音信号の先
頭から楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理
に要する時間以上の所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記
憶するとともに,所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの状態にて記憶していることに等しい。圧縮データのデコードに
要する時間分の音信号の発生が遅れるという技術的課題の解決手段として,
先行する所定部分のデータを発音開始の指示があるときまでに元のデータの
状態(非圧縮データ)にするという技術思想は同一である。
ところで,乙8発明は,発音指示を受けても圧縮楽音データのデコードに
要する時間分の音信号の発音が遅れる点を技術的課題とし,乙11発明も発
音指示後にデコードに要する時間分の遅れを生じることが技術的課題であり,
両者ともその技術的課題は同一である。そして,乙8発明では予め先頭の所
定部分の圧縮データをデコードして先頭データとして所定の記憶手段に記憶
しており,先頭データに続く残部のデータをデコードして,再生するように
構成することによってデコードに要する時間分発音が遅れる課題を解決して
いるものである。
この乙8発明の場合,最初の10秒分についてすでにディジタル・データ
(非圧縮データ)状態となっているから,当該10秒分について直ちに再生
を開始することが可能である。乙8発明の編集装置における編集の種類の1
つである再生は,編集(再生)対象の全部の再生を目的とするから(頭出し
再生ではなく),残部の圧縮データが伸張されてその10秒分の再生に引き
続いて再生される必要がある。乙8発明では,この残部の伸張をして引き続
いて残部の再生が可能になるまで待ってから先頭の10秒間の再生を開始す
るのか,先頭10秒分の再生の際に平行して残部の圧縮データの伸張を行い,
先頭10秒分の再生後引き続いて残部の再生を行うものであるのか明確では
ない。そこで,同様の技術的課題を解決している乙11発明を適用し,先頭
10秒分の再生の際に平行して残部の圧縮データの伸張を行い,先頭10秒
分の再生後引き続いて残部の再生を行うように構成することは当業者には容
易であるといわざるを得ない。
したがって,相違点2に関し,乙8発明における先頭データに基づく発音
と先頭データに続く残部のデコード処理を,乙11発明を適用して同時に開
始するように構成し,先頭データの発音とその先頭データに続く残部のデコ
ード処理を平行して行うようにして,本件特許発明1に至ることは当業者に
容易であるというべきである。
(5)以上より,本件特許発明1は,乙8発明に乙11発明を適用することに
より容易に想到することができる。
(原告の主張)
(1)乙8発明は「音声データ編集方法及び編集装置」の発明であって,本件
の楽音についての信号処理装置とは大幅に趣が異なる。
乙8発明においては,多数の編集対象になるかも知れない曲(ボイスと呼
ばれている)のどれかを選択して,編集を開始することになる。このとき,
どれかを選択してから,その圧縮データを解凍して,画面に音符等の形で表
示したり,テスト的に発音させるのに,いちいち何十秒も待たなければなら
ないのでは待ち時間が長すぎるであろう。
そこで,各ファイルについて「先頭10秒分」だけは,全部事前解凍して
おけば,この問題は解決できる。Aファイルであれ,Bファイルであれ,全
部先頭部分は事前解凍されているのであるから,Aファイルを開いて,目的
とするファイルではないと分かれば,次にBファイルを開くことにより,目
的とするファイル(乙8発明の場合ボイス)にすぐたどりつくことができる。
乙8発明における「先頭10秒分」というのは実施例レベルでの説明にす
ぎないが,「一画面に表示できる時間はたかだか10秒程度なので,データ
先頭の一画面を表示するだけの場合応答性が早くなる」(乙8段落【003
4】)ことを意図してそうしているものであり,逆にいえば,全てのデータ
を全部事前解凍してメモリに入れておくのは無理でも,「先頭10秒分」だ
けであれば,ほとんどのファイル(乙8ではボイス)を事前解凍してメモリ
に入れておくことが可能だということでそうしたのである。
すなわち,この「先頭10秒分」というのは,「先頭10秒分」が第一順
位で「次の10秒分」がその次の順位として事前に解凍されるのではなく,
例えば100ボイスある場合は,それぞれの「先頭10秒分」が,第一順位
から第100順位で事前解凍されることをいっているのである。
言い換えれば,この場合における「先頭10秒分」は,解凍目的の順位か
ら見れば,目的データの先頭部分ではなく,解凍目的のデータの全部を指し
ているのである。
(2)乙8発明は,限られた能力下でいかに工夫するかについて,二つのモー
ドを記載している。
分かりやすくするために,対象とするボイスが100で,1ボイスあたり
平均200秒づつの伸長されるべきデータがあるとし,他方事前に伸長して
記憶させるべき容量は1000秒分であるとする。
一つ目のモードは,優先度が高いと思われる5ボイス各200秒分は全部
事前解凍しておくモードである。この場合,的中すれば,1ボイスすべては
伸長済みで,続けて編集することが容易になるが,的中しない場合は,頭か
ら全部伸長しなければならない(乙8段落【0025】には「伸長データが
作成されるまで待つ」と明記されている。)。
二つ目のモードは,100ボイスの全てについて,先頭10秒分は伸長さ
せておくモードである。どれを選択しても,先頭10秒分は伸長されている
ので,頭出しは迅速に行える。したがって,選択が間違っていたと気付いて,
別のボイスを選択に移っても,その頭出しは迅速に行える。しかし,選択が
正しいということになり,次の10秒間に移るときは,次の10秒間を伸長
するようもう一度指示する必要がある。その場合は,「伸長データが作成さ
れるまで待つ」ことになる。当然ながら,既に伸長記憶されている100ボ
イス分のデータについては,容量の余裕にもよるが,全部又はどれかを消さ
なければならない。
この二つのモードは,少数精鋭か,薄いが手広くかという二律背反の関係
になる。被告の主張は,この二律背反の関係にあることを無視して,少数精
鋭と,薄いが手広くの両者が記載されているのなら,多数精鋭も当然想定で
きると主張するもので,無理な理屈である。
(3)なお,被告は,乙8発明において,先頭の10秒分が解凍されていて残
りは解凍されていないということは,その時点では先頭がデジタルデータで
あり,残りは圧縮データであるという乙11発明と同じことになるから,両
者の組合せは容易である旨も主張しているが,これは結局のところ,乙8発
明を乙11発明に戻すことに他ならない。
2本件特許発明2に係る侵害の成否
2-1構成要件2Aの充足性(争点2-1)
(原告の主張)
(1)構成要件2Aの「ディジタル・データ」の意義
ア本件特許発明2は,「特に圧縮効率の高いデータのデコード処理にはあ
る程度の時間が必要である」(本件特許2明細書段落【0003】)とい
う課題に鑑み,「発音指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音
を発生することができる電子楽器の音源装置を提供する」(同明細書段落
【0003】)ことを目的とし,「特に圧縮効率の高いデータ」の先頭部
分を「時間遅れ」を極めて少なく楽音を発生することができるデータとす
ることによって,「時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生する
ことができる(請求項2)」(同明細書段落【0062】)ものである。
楽音信号の「ディジタル・データ」をすべて,「(デコード処理にある
程度の時間が必要な)特に圧縮効率の高いデータ」としてしまうと,楽音
信号の先頭部分で,データの処理に時間がかかり,スムーズに発音開始が
されないことから,先頭部分については,その後の「特に圧縮効率の高い
データ」の部分と比べて処理に時間のかからないデータとしておき,先頭
部分の処理をスムーズにしつつ,その後の部分については,「特に圧縮効
率の高いデータ」を利用することによって,上記課題を解決し,「特に圧
縮効率の高いデータ」を利用するというものである。
イ構成要件2Aにおける「楽音信号」(X)は,以下に説明するとおり,
先頭部分の楽音信号(XA)とその後の部分の楽音信号(XB)とからな
る。
「楽音信号の先頭から」とは,「楽音信号」(X)の先頭部分であり,
具体的には,楽音信号の先頭部分である楽音信号(XA)の先頭を表す。
そして,「前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施したデータ
の展開処理に要する時間以上の所定期間」とは,楽音信号(XA)に続く
楽音信号(XB)のディジタル・データ(B)に圧縮処理を施したディジ
タル・データ(β)の展開処理に要する以上の所定期間を表す。
したがって,「楽音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタル・デー
タに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間まで
の部分をディジタル・データの状態にて記憶する」とは,楽音信号の先頭
から,「ディジタル・データ(A)の発音時間>ディジタル・データ
(B)の展開時間」となるまでの楽音信号(XA)の部分について,ディ
ジタル・データ(A)の状態にて記憶するということである。
また,「前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの状態にて記憶する」とは,楽音信号(XA)以降の楽音信号
(XB)の部分について,楽音信号(XB)のディジタル・データ(B)
に圧縮処理を施したディジタル・データ(β)の状態にて記憶するという
ことである。このディジタル・データ(β)は,「特に圧縮効率の高いデ
ータ」(本件特許2明細書段落【0003】)である。
ウ被告は,「ディジタル・データ」はPCMデータであり,圧縮データと
は,本件特許2明細書の従来の技術の説明において,「圧縮処理には,例
えば,ADPCM(適応型差分PCM)や,さらに圧縮効率をあげたサブ
バンドコーディングを用いることもできる。」とあることから,請求項2
の「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」にADPCMが含ま
れると主張する。
本件特許2明細書において,「【0003】【発明が解決しようとする
課題】…上述したような,特に圧縮効率の高いデータのデコード処理には
ある程度の時間が必要である」から,「この発明は,上記課題に鑑みなさ
れたもので,その目的とするところは,発音指示後,時間遅れを極めて少
なくして,直ちに楽音を発生することができる電子楽器の音源装置を提供
することにある。」と説明されている。すなわち,本件特許発明2におい
ては,「上述したような,特に圧縮効率の高いデータのデコード処理」に
ある程度の時間が必要であるという課題についてされたものであり,上述
した「デコード処理にはある程度の時間が必要である」特に圧縮効率の高
いデータとしては,「さらに圧縮効率をあげたサブバンドコーディング」
が含まれることは明らかである。
従来技術においてADPCMも1つの圧縮処理であるとされてはいても,
「データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間」が問題とな
るような「デコード処理にはある程度の時間が必要である」圧縮処理の例
として,本件特許2明細書は,特に圧縮効率の高いデータであるサブバン
ドコーディングを挙げているのである。このときには,データの先頭に,
圧縮されていないPCMデータや,圧縮効率が低く,すなわちデコード処
理時間の遅れが問題にならずに,すみやかにデータを読み出すことができ
るADPCMデータを設けることにより,圧縮データの読み出しをスムー
ズに行うことができるのである。
以上のとおり,楽音信号(XA)の部分について,ディジタル・データ
(A)の状態にて記憶する点については,ディジタル・データ(A)は,
「特に圧縮効率の高いデータ」(本件特許2明細書段落【0003】)で
あるディジタル・データ(β)よりも,デコード処理時間の遅れが問題に
ならない,圧縮効率の高くないディジタル・データの状態にて記憶されて
いるものである。
(2)被告製品2~4の構成要件2A充足性
ア以上のとおりであるから,「デコード処理にはある程度の時間が必要で
ある」(本件特許2明細書段落【0003】)圧縮データの先頭部分
(「楽音信号の先頭」)に付する「ディジタル・データ」に,被告製品2
~4の「ADPCM①」データが該当する。
イ被告製品2~4は,「各フレーズデータの圧縮オーディオデジタルデー
タの先頭部は2048サンプル分のADPCM①データで構成されており,
シーケンサは,まず,それらADPCM①データを読み出す。」(別紙被
告製品2~4の機能説明3.3)のであり,別紙被告製品2~4説明書の
図3及び5の「ADPCM①」が構成要件2Aにおける「ディジタル・デ
ータ」に該当し,図5の「MDCT」が構成要件2Aにおける「圧縮処理
を施したデータ」に該当する。
また,被告製品2~4は,「シーケンサから,読み出すべきフレーズ番
号が入力されると,音声データROMインターフェース(I/F)を介し
て,音声データROMのフレーズアドレス領域に格納されているフレーズ
番号のフレーズデータが格納された先頭のアドレスであるフレーズデータ
アドレスを読み出し,その後,これに対応する音声データROMのアドレ
スから,対応するフレーズのフレーズデータを読み出す。このフレーズデ
ータの読み込みは,シリアルに行われて1つのバッファに取り込まれ
る。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)のであるから,「ディジ
タル・データ」及び「圧縮処理を施されたデータ」は,音声データROM
に記憶されており,構成要件2Aを充足する。
ウ被告は,構成要件2Aの充足性について,間接侵害を主張するものであ
る(争点2-5間接侵害の成否)。
(被告の主張)
(1)構成要件2Aの「ディジタル・データ」の意義
ア特許請求の範囲は,「ディジタル・データの状態にて記憶するとともに,
前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施したデータ
の状態にて記憶する記憶手段」と規定しているから,記憶手段への記憶の
態様として,「ディジタル・データの状態」と「ディジタル・データに圧
縮処理を施したデータの状態」とが異なるものとして規定されていると解
すべきである。
そして,「発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶されたディジタ
ル・データおよび圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する」のであ
るから,読み出される「ディジタル・データ」は,記憶手段に「ディジタ
ル・データの状態」で記憶されていたものであり,読み出される圧縮処理
を施したデータは,記憶手段に「ディジタル・データに圧縮処理を施した
データの状態」で記憶されていたものであることが明らかである。
さらに,「圧縮処理を施したデータに展開処理を施して元のディジタ
ル・データに展開する展開手段」と規定しているから,圧縮処理を施した
データは展開手段によって元の「ディジタル・データ」になるものである
ことが分かる。
このように特許請求の範囲に複数個記載されている「ディジタル・デー
タ」を相互に区別する記載がないことから(区別するのであれば,例えば
「第1のディジタル・データ」,「第2のディジタル・データ」などと規
定するはずである),当該複数個の「ディジタル・データ」は,同一のデ
ータ形式を備えるものであると理解せざるを得ない。
つまり,「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態」が
「ディジタル・データの状態」を包含することはない(換言すると,ディ
ジタル・データに圧縮処理を施したADPCM(方式)圧縮データの状態
で記憶手段に記憶されたものは,「ディジタル・データの状態」で記憶手
段に記憶されたものとすることはできない)。
また,ADPCM(方式)で圧縮されたデータは,展開手段によって展
開処理を施されると元のディジタル・データに展開するから,ADPCM
(方式)で圧縮されたデータは,元のディジタル・データそのものではな
く,あくまでもその元のディジタル・データに圧縮処理を施したものであ
ることになる。
イ本件特許2明細書の実施例の記載中(段落【0008】~【006
1】)には,「ディジタル・データ」及び「ディジタル・データの状態」
並びに「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」及び「ディジタ
ル・データに圧縮処理を施したデータの状態」という用語は一切使用され
ていない。
実施例の記載中には,「ディジタル・データ」に相当するものとして,
「PCM・データ」が記載され,「ディジタル・データに圧縮処理を施し
たデータ」に相当するものとして,「圧縮処理されたエンコード・デー
タ」が記載されている。すなわち,明細書では,前記のとおり従来技術に
関して,「楽音信号をPCM(パルス符号化変調)等を用いてディジタル
のPCM・データに変換し,さらに,圧縮処理を施して波形メモリ内に記
憶するとともに,再生(発音)時には,この波形メモリ内から圧縮処理を
施したデータ(エンコード・データ)を読み出し,このデータにデコード
(展開)処理を施して,元のPCM・データに戻し,楽音を発生させる電
子楽器の音源装置が知られている。」とし,楽音発生が,発音指示後から,
その圧縮処理を施したデータ(エンコード・データ)のデコード処理に要
する時間Dだけ遅れるという技術的課題を解決するために本件特許発明2
があるとしている。
その解決手段は,発音指示に応答してまず圧縮していないPCM・デー
タに基づき楽音を発生させつつ,同時に,これに続く圧縮処理を施したデ
ータ(エンコード・データ)を当該PCM・データに基づく楽音の発生中
にデコード処理を完了して元のPCM・データに戻してこれに基づいて楽
音を引き続いて発生させるように構成したことを特徴としている。
したがって,特許請求の範囲に記載された「ディジタル・データ」は,
PCM・データに相当するものを指称し,当該PCM・データに相当する
ものに圧縮処理を施したデータ(エンコード・データ)は,特許請求の範
囲に記載された「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」を意味
していることは明らかである。
本件特許2明細書には,「【0022】15はラッチ回路であり,波形
メモリ10からストローブ信号ST1のタイミングで読み出されたPC
M・データを,本来のサンプリングクロックSCで供給するようにラッチ
する。16は,カウンタ14の制御信号SA2によって入力の選択切換を
行うセレクタであり,制御信号SA2のレベルが「L」の場合には入力端
Bを選択し,レベルが「H」の場合には入力端Aを選択して,選択された
入力端に供給されているPCM・データを出力する。そして,カウンタ1
6によって出力されたPCM・データは,図示せぬD/A変換部,サウン
ドシステム等を介し,この装置の発生楽音として出力される。」と記載さ
れており,PCM・データは,D/A変換部,サウンドシステム等を介し
て発生楽音として出力(楽音の発生)となるのである。つまり,PCM・
データは,D/A変換のみによって発音することができるものである。
特許請求の範囲において「前記ディジタル・データの読み出しが終了し
ていないと判別された場合には前記読出手段によって読み出されたディジ
タル・データを選択し,当該選択されたディジタル・データに基づいて発
音する」と規定しているのは,このディジタル・データが実施例のPC
M・データに相当するゆえに,これをD/A変換して楽音として発音する
ことができることを意味している。
このため,ADPCM(方式)の圧縮データのようなPCM・データに
圧縮処理を施したデータは,デコード処理を省略してD/A変換すること
は不可能であるから,ADPCM(方式)の圧縮データをもって,特許請
求の範囲が規定する「ディジタル・データ」とすることは到底できない。
ウ原告は,「圧縮効率の高いデータ」と「圧縮効率の高くないディジタ
ル・データ」とが,特許請求の範囲に記載されているかのような主張をし
ている。
しかし,特許請求の範囲の記載には,圧縮効率の高低に関しては何ら規
定されていない。また,明細書にも,「圧縮効率の高いデータ」の展開処
理に要する時間よりも長く「圧縮効率の高くないディジタル・データ」の
展開処理及び発音に時間がかかるように「圧縮効率の高くないディジタ
ル・データ」量を大きくして記憶する構成は,全く記載されていない。
本件特許発明2では,「ディジタル・データに圧縮処理を施したデー
タ」と規定されているのであるから,データの構成としては,「ディジタ
ル・データ」と「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」の2種
類である。そして,本件特許発明2においては,「圧縮データ」に「圧縮
処理」を施すことはありえない。
(2)被告製品2~4の構成要件2A充足性
本件特許2明細書段落【0002】【従来の技術】にも「圧縮処理には,
例えば,ADPCM(適応型差分PCM)」と記載されているとおり,「A
DPCM①」は「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」であって,
構成要件2Aの「ディジタル・データ」には該当しない。
被告製品2~4の先頭データは,ADPCM方式の圧縮楽音データである。
よって,被告製品2~4は構成要件2Aを充足しない。
2-2構成要件2B~2Cの充足性(争点2-2)
(1)構成要件2Bにおいて,①「ディジタル・データ」の読み出し開始と
「圧縮処理を施したデータ」の読み出し開始の同時性,②「ディジタル・デ
ータ」の読み出しと「圧縮処理を施したデータ」のデコード処理の同時平行
性が要求されているか。
(原告の主張)
ア特許請求の範囲には,「ディジタル・データ」と「圧縮処理を施したデ
ータ」の読み出しを「同時に」行うということは一切記載されていない。
構成要件2A~2Bから導かれることは,先頭部のディジタル・データ
の外への発音処理(外部への発音中ということであって,被告が述べるよ
うな「読出手段によるディジタル・データの出力中」ではない。)と,デ
ィジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開(伸張)とが平行して
行われるということにすぎない。
イ楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理に
要する時間と同一の期間までの部分をディジタル・データの状態とした場
合には両者の読み出しを同時に開始する必要があるとしても,圧縮処理を
施したデータの展開処理に要する時間より長い期間までの部分をディジタ
ル・データの状態とした場合には,その必要性は全くない。
特許請求の範囲の記載には,「ディジタル・データ」の状態で記憶する
所定期間は,圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所定
期間と明記されている。そして,「ディジタル・データに圧縮処理を施し
たデータ」の状態で記憶する所定期間以降の部分とは,特許請求の範囲の
記載において,圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所
定期間以降の部分である。
また,例えば,第2の実施例(本件特許2明細書段落【0023】~
【0026】)において,ディジタル・データの読み出しを発音指示から
開始するとともに圧縮処理を施したデータの読み出しを(N-D)クロッ
ク後に開始することが示され,第3の実施例(同明細書段落【0028】
~【0036】)のとおり,「ディジタル・データ」と「ディジタル・デ
ータに圧縮処理を施したデータ」のシリアルな処理が明確に示されている
のであり,その場合に,当該構成に応じて必要な範囲で先頭部分の「ディ
ジタル・データ」の長さを調整すればよいことは,当業者にとっていかに
も自明である。
(被告の主張)
ア特許請求の範囲は,「発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶された
ディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する
読出手段と,」と規定しているから,発音指示信号をトリガ信号として,
ディジタル・データの読み出しと圧縮処理を施したデータの読み出しとが
同時に開始されることが規定されていることは明らかである。
先頭のディジタル・データについて,①圧縮処理を施したデータの展開
処理に要する時間と同一の期間までの部分とした場合,②圧縮処理を施し
たデータの展開処理に要する時間を超えた期間までの部分とした場合の2
つ場合がある。
原告は,①の場合には,ディジタル・データの読み出し開始と圧縮処理
を施したデータの読み出し開始の同時である必要があることを認めている。
原告が指摘する実施例(本件特許2明細書段落【0023】~【002
6】)は,圧縮処理を施したデータの読み出しを(N-D)クロック後に
開始する構成が記載されている。この場合にディジタル・データと展開処
理によって元のディジタル・データとなったものを切れ目なく出力するた
めの必須の構成は,遅くとも(N-D)クロック後に圧縮処理を施したデ
ータの読み出しを開始することである。この構成を欠いてしまっては,所
望の効果を上げることはできない。しかし,特許請求の範囲の記載はこの
ような構成を全く規定せず,①の場合も②の場合も,「発音指示に応答し
て,前記記憶手段に記憶されたディジタル・データおよび圧縮処理を施し
たデータの読み出しを開始する読出手段と,」というように一律に規定し
ているから,原告が指摘する実施例は本件特許発明2とは異なるものであ
り,発明の技術的範囲から除外されていると解さざるを得ない。
イ楽音発生が,発音指示後から,その圧縮処理を施したデータ(エンコー
ド・データ)のデコード処理に要する時間Dだけ遅れるという技術的課題
を解決するための本件特許発明2の構成において,「前記楽音信号のディ
ジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の
所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶する」こと,及
び,「発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶されたディジタル・デー
タおよび圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する読出手段」は,デ
ィジタル・データの読み出しと圧縮処理を施したデータのデコード処理が
同時平行に行われることを規定するものとして重要である(少なくとも,
デコード時間Dの間は同時平行でなければならない)。読み出された圧縮
処理を施したデータは展開処理を施してもとのディジタル・データに展開
されるのであるが,仮に,ディジタル・データの読み出しと圧縮処理を施
したデータのデコード処理が同時平行に行われなければ,すなわち,ディ
ジタル・データの読み出し完了後に圧縮処理を施したデータのデコード処
理を開始したのでは,デコードにD時間要する以上,ディジタル・データ
の読み出し完了(発音完了)後D時間だけ無音状態となってしまうからで
ある。
(2)被告製品2~4が「読出手段」「データ展開手段」を備えているか(被
告製品2~4の構成要件2B~2C充足性)。
(原告の主張)
ア被告製品2~4は,「各フレーズデータの圧縮オーディオデジタルデー
タの先頭部は2048サンプル分のADPCM①データで構成されており,
シーケンサは,まず,それらADPCM①データを読み出す。」,「読み
出されたADPCM①データは,ADPCMデコーダでPCMデータに伸
張され,2048サンプル分のPCMデータをRAMに順次格納する。R
AMに格納された2048サンプル分のPCMデータ(ADPCM①が伸
張されたデータ)は,音量調整後バスバッファに1サンプルずつ出力し,
デコード部においてRAMからバスバッファに出力するサンプル数をカウ
ントする。」,「RAMからバスバッファへのPCMデータ(ADPCM
①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシーケ
ンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通知する。」,「その
通知を受けて,シーケンサはADPCM①部分のデコード及びバスバッフ
ァへの出力が完了したことを確認し,次にMDCT部分のデコードが必要
なことを認識する。そして,バスバッファの空き容量を確認しながらデコ
ードを開始できる状態と判断すると,シーケンサはMDCTデータの読み
出しを開始する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)のであり,
これらを行うシーケンサ及びADPCMデコーダが,構成要件2Bの「読
出手段」に該当する。
したがって,被告製品2~4は,構成要件2Bを充足する。
イ被告製品2~4は,「MDCTデータは,ハフマンデコードと逆量子化
を施して復号化され,復号化された周波数領域のデータをRAMに順次格
納する。」,「RAMに格納された周波数領域のデータをIMDCTで時
間領域のPCMデータに変換後(フレーム単位の時間軸情報が得られる),
音量調整をして1サンプルずつバスバッファに格納する。」(被告製品2
~4の機能説明3.3)のであり,このハフマンデコードと逆量子化を施
して復号化する手段及びIMDCTが構成要件2Cにおける「データ展開
手段」に該当する。
したがって,被告製品2は,構成要件2Cを充足する。
(被告の主張)
本件特許発明2は,楽音信号が「『ディジタル・データ』+『ディジタ
ル・データに圧縮処理を施したデータ』」で構成されているのに対し,被告
製品2~4は,「圧縮データ(ADPCM方式)+圧縮データ(MDCT方
式)+圧縮データ(ADPCM方式)」で構成されている。したがって,被
告製品2~4は,読出手段によって本件特許発明2が規定する「ディジタ
ル・データ(非圧縮楽音データ)」に相当するものを読み出すことはない。
また,本件特許発明2の「読出手段」は,ディジタル・データ(非圧縮楽
音データ)の読み出し開始とディジタル・データに圧縮処理を施したデータ
(圧縮楽音データ)の読み出し開始を同時に行うものである。さらには,デ
ィジタル・データ(非圧縮楽音データ)の読み出しとディジタル・データに
圧縮処理を施したデータ(圧縮楽音データ)のデコード処理が同時平行的に
行われることが規定されている。
被告製品2~4は,ADPCM①データとMDCTデータとを同時に読み
出すこともなく,ADPCM①のデコード処理とMDCTデータのデコード
処理(IMDCT処理)とを同時平行して行うこともない。
したがって,被告製品2~4は,構成要件2Bを充足しない。
2-3構成要件2D~2Fの充足性(争点2-3)
(1)構成要件2Dの「第2の判別手段」の意義
(原告の主張)
構成要件2Dにおける「データの読み出しが終了したか否かを判別する」
目的は,先頭部分の「ディジタル」形式の「データ」のすべてが発音される
こととなる前に,後続の圧縮効率の高い「圧縮処理を施したデータ」の発音
がされることとなる等,データの混在・不整合が生じることを防ぐためであ
り,先頭部分の発音し残しとなるデータがないか否かを判別するためのもの
である。
(被告の主張)
本件特許発明2の第2の判別手段は,特許請求の範囲において,「前記読
出手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したか否かを判別
する第2の判別手段と,」(構成要件2D)と規定しているから,ディジタ
ル・データ及び圧縮処理を施したデータの読み出しをする際に,ディジタ
ル・データの読み出しが終了したか否かを判別する機能を有するものである。
そして,本件特許発明2の第2の選択手段は,特許請求の範囲において,
「前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了し
ていないと判別された場合には前記読出手段によって読み出されたディジタ
ル・データを選択し,前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データ
の読み出しが終了したと判別された場合には前記データ展開手段によって展
開されたディジタル・データを選択する第2の選択手段」(構成要件2E)
と規定しているから,第2の判別手段の判別結果に基づき,ディジタル・デ
ータ又は展開されたディジタル・データのどちらかを選択する機能を有する
ものである。
したがって,ディジタル・データ(PCMデータ)は,読み出されて第2
の選択手段によって選択されて,そのディジタル・データ(PCMデータ)
に基づき発音されるところ,データ展開手段によって展開されたデータは,
一旦,例えばデータ展開手段に設けられた記憶手段に保持され,第2の判別
手段によってディジタル・データ(PCMデータ)の読み出しが終了したと
判別されたときに第2の選択手段によって選択されて,その展開されたデー
タに基づき発音される。つまり,発音されるディジタル・データと展開され
たデータ(元のディジタル・データ)は2系統に分離されていることが分か
る。この2系統に分離されていることは,セレクタ16を備える本件特許2
明細書の図3等からも明らかである。
このような構成を備えるのは,前記のとおり,本件特許発明2において,
ディジタル・データの読み出しとこれに基づく発音と圧縮処理を施したデー
タのデコードが同時平行に行われるため,圧縮処理を施したデータのデコー
ド処理に基づく展開されたデータがディジタル・データに基づく発音中に
続々と生成されることとなり,ディジタル・データの読み出しとこれに基づ
く発音中は,デコードされた元のディジタル・データに基づく発音を待機さ
せなければならないからである。
(2)被告製品2~4が「第2の判別手段」「第2の選択手段」を備えている
か(被告製品2~4の構成要件2D~2F充足性)。
(原告の主張)
ア被告製品2~4について,RAMからIMDCTを通らないデータの通
り道(ADPCMデータを基とするデータの通り道)と,RAMからIM
DCTを経るデータの通り道(IMDCTデータを基とするデータの通り
道)の2つのデータの通り道があることは原告被告間に争いがない。
仮に,被告製品には,データラインを物理的に共通としないバスがある
ということだとしても,被告の主張によれば,被告製品2~4は,「ある
トラックのADPCM①の読み出し,デコード,バスバッファへの格納と
いう一連の動作が終了すると,シーケンサはデコード待ちのトラックを探
索し,他のトラックについてのデコードが可能であるときはこれを(AD
PCM方式による圧縮されたデータ又はMDCT方式による圧縮データの
いずれもありうる)デコードしてバスバッファに格納し,他のトラックに
ついてのデコードが必要でないときは,当該トラックのMDCT方式の圧
縮データ(前記デコードが終了したADPCM①に連続するフレーズデー
タである)をバスバッファの状況も判断しながらデコードしてバスバッフ
ァに格納する。」(被告第13準備書面9頁下から7行目以下)というの
であり,「ADPCM①」の読み出しが終了したことが確実な状態で,
「シーケンサ」がデコード待ちのトラックを探索し,他のトラックについ
てのデコードが必要でないときは,当該トラックの「MDCT方式の圧縮
データ」をバスバッファの状況も判断しながらデコードしてバスバッファ
に格納するものであるから,結局,「シーケンサ」が,「ADPCM①」
の読み出しの終了の有無を判別しているものである。
これを,被告製品2~4の構成,機能に即して見れば,被告製品2~4
において,先頭部分のデータが「ADPCMデータ」であることにより,
「RAMからバスバッファへのPCMデータ(ADPCM①が伸張された
データ)の出力が完了した時点で,デコード部からシーケンサへ上記バス
バッファへの出力が完了したことを通知する。」,「その通知を受けて,
シーケンサはADPCM①部分のデコード及びバスバッファへの出力が完
了したことを確認し,次にMDCT部分のデコードが必要なことを認識す
る。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)構成としていることは,
「読出手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したか否か
を判別する」ことに該当する。
したがって,被告製品2~4は,構成要件2Dを充足する。
イ被告製品2~4は,「各フレーズデータの圧縮オーディオデジタルデー
タの先頭部は2048サンプル分のADPCM①データで構成されており,
シーケンサは,まず,それらADPCM①データを読み出す。」,「読み
出されたADPCM①データは,ADPCMデコーダでPCMデータに伸
張され,2048サンプル分のPCMデータをRAMに順次格納する。R
AMに格納された2048サンプル分のPCMデータ(ADPCM①が伸
張されたデータ)は,音量調整後バスバッファに1サンプルずつ出力し,
デコード部においてRAMからバスバッファに出力するサンプル数をカウ
ントする。」,「RAMからバスバッファへのPCMデータ(ADPCM
①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシーケ
ンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通知する。」(別紙被
告製品2~4の機能説明3.3)のであり,構成要件2Eにおける「前記
第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了してい
ないと判別された場合には前記読出手段によって読み出されたディジタ
ル・データを選択し」に該当する。
被告製品2~4は,「読み出されたADPCM①データは,ADPCM
デコーダでPCMデータに伸張され,2048サンプル分のPCMデータ
をRAMに順次格納する。RAMに格納された2048サンプル分のPC
Mデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)は,音量調整後バスバッフ
ァに1サンプルずつ出力し,デコード部においてRAMからバスバッファ
に出力するサンプル数をカウントする。」,「RAMからバスバッファへ
のPCMデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時
点で,デコード部からシーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了した
ことを通知する。」,「その通知を受けて,シーケンサはADPCM①部
分のデコード及びバスバッファへの出力が完了したことを確認し,次にM
DCT部分のデコードが必要なことを認識する。そして,バスバッファの
空き容量を確認しながらデコードを開始できる状態と判断すると,シーケ
ンサはMDCTデータの読み出しを開始する。」,「MDCTデータは,
ハフマンデコードと逆量子化を施して復号化され,復号化された周波数領
域のデータをRAMに順次格納する。」,「RAMに格納された周波数領
域のデータをIMDCTで時間領域のPCMデータに変換後(フレーム単
位の時間軸情報が得られる),音量調整をして1サンプルずつバスバッフ
ァに格納する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)のであり,構
成要件2Eにおける「前記第2の判別手段によって前記ディジタル・デー
タの読み出しが終了したと判別された場合には前記データ展開手段によっ
て展開されたディジタル・データを選択する」に該当する。
そして,構成要件2Eにおける「選択」は,上記のとおり,「シーケン
サ」が行っている。
したがって,被告製品2~4は,構成要件2Eを充足する。
ウ被告製品2~4は,「例えばパチンコなどの遊技機では,上下左右など
複数スピーカ単位に,デコード演算後のオーディオデータを出力する。」
(別紙被告製品2~4の機能説明3.5)のであって,このようにオーデ
ィオデータを出力するものであり,それは,「シーケンサ」が選択したデ
ータである。
構成要件2Eにおいて述べたとおり,被告製品2~4においては,「あ
るトラックのADPCM①の読み出し,デコード,バスバッファへの格納
という一連の動作が終了する」までは,「ADPCM①」データを出力系
統へ入力するように選択が行なわれ,その後については,「ADPCM
①」データを選択することなく「MDCT方式の圧縮データ」を出力系統
へ入力するように選択が行なわれるということであり,これを「シーケン
サ」が行うものである。
被告製品2~4は,この「シーケンサ」の選択に基づき発音するもので
あるから,構成要件2Fを充足する。
(被告の主張)
ア被告製品2~4は,1系統のRAM及びバス部に時間順に格納されて,
順次出力されていくので,デコーダの出力側経路ではなんら出口調停とか,
終端検出は行わないので,第2の判別手段に相当するものはない。同様に,
被告製品2~4は,1系統のRAM及びバス部に時間順に格納されて,順
次出力されていくので,両者のいずれかを選択する第2の選択手段に相当
するものもない。これらの点で,被告製品2~4は,本件特許発明2と決
定的に異なる。
原告は,まず,ADPCM①データを,次にMDCTデータを順次読み
出し,出力するものであるから,ADPCM①データの読み出しの終了の
有無が判別される(第2の判別手段上それに応じて,異なる経路を通じた
データが選択されるものである(第2の選択手段))と主張する。
しかしながら,本件特許発明2の「第2の判別手段」は,「前記読出手
段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したか否かを判別す
る」手段であるところ,ディジタル・データをADPCM①と仮定した場
合において,前記のとおり,被告製品2~4では,ADPCM①データの
読み出しが完了したか否かは判別していない。被告製品2~4では,RA
Mに格納されたPCMデータ(ADPCM①が伸張された2048サンプ
ル分のデータ)がバスバッファに全て出力された後に,MDCTデータを
読み出しに行くものであって,ADPCM①データの読み出しが完了した
だけでは,MDCTデータを読み出しに行くことはない。上記決定的相違
点としたところであり,出力が1系統であるからである。
したがって,被告製品2~4は,「第2の判別手段」も「第2の選択手
段」も有しない。
イ被告製品2~4は,フレーズデータとして「ディジタル・データ(非圧
縮楽音データ)」に相当するものを有しないし,構成要件2Dの「第2の
判別手段」も有していないので,第2の判別手段によってディジタル・デ
ータ(非圧縮楽音データ)の読み出しが終了したか否かを判別することも
ないから,「第2の選択手段」も有することはない。
原告は,ADPCM①が伸張されたPCMデータがRAMからバスバッ
ファへ書き込みが完了した時点で,デコード部からシーケンサへ上記バス
バッファへの書き込みが完了したことを通知することをもって,「第2の
判別手段によって前記ディジタル・データの読み出しが終了したと判別さ
れた場合」に該当すると主張するようである。
しかしながら,読出終了の判別とバスバッファへの書き込み完了の通知
とは全く異なる手段である。特にADPCM①は,ディジタル・データに
圧縮処理を施したデータであるからこれを読み出してそのまま出力できる
ものではなく,必ずデコード処理が必要となるのであるから,読出終了の
判別とバスバッファへの書き込み完了の通知は全く異なる手段であって,
実質的にも同一の手段であるということはできない。
ウ被告製品2~4は,「第2の選択手段」を有しないし,ADPCM①の
読み出しを終了したからといって,MDCTデータが展開されたPCMデ
ータを選択するものではない。ディジタル・データに基づく発音もない。
したがって,構成要件2Fを充足しない。
2-4構成要件2Gの充足性(争点2-4)
被告製品2~4が「電子楽器の音源装置」に該当するか。
(原告の主張)
一般に,「楽音」とは,「音楽の音。音楽の素材になる音。」であるといわ
れている(広辞苑第5版)。「楽曲(BGM)」や人を楽しませる「効果音」
は,「楽音」に含まれるものである。
ミュージックシンセサイザにおいても,ノイズ混じりの自然界の音を記録再
生して使用すること,ユーザーにおいて自らの求める音を録音・記憶させて使
用することが行われている。例えば,甲16号証,甲17号証,甲33号証及
び甲34号証は,「デジタルミュージック」,「キーボードマガジン」,「キ
ーボードマガジンプロフェッショナル」といった雑誌記事であるが,原告を含
め各社のミュージックシンセサイザにユーザーが記録した音を演奏の際に再生
利用する技術が記載されている。
被告製品2~4は,複数の音(フレーズ)を個々独立に操作者の任意のタイ
ミングで発生するような多彩な演奏を可能にしており,単なる再生装置とはい
えないものである。
以上のとおり,「電子楽器の音源装置」について,限定的に解釈する理由は
なく,現代の遊技機の音声発生にかかる装置は,電子楽器の音源装置にほかな
らない。
(被告の主張)
被告製品2~4は,フレーズデータをデコードするなどして再生するためだ
けのサウンドLSIであり電子楽器の音源装置でもない。
原告は,あたかもCDプレイヤーや携帯型音楽プレイヤーなどの一般的な単
なるオーディオ信号の再生装置をもって「電子楽器」と称しているに等しく,
技術常識に欠けるものである。また,雑誌記事等は,執筆者が主観的に記載す
るものであり,本件特許発明2が規定する「電子楽器の音源装置」の意味を解
釈する場合には,証拠価値は全くないものといわざるを得ない。
2-5間接侵害の成否(争点2-5)
(原告の主張)
(1)被告製品2~4に接続される「外部の音声データROM」が構成要件2
Aを充足し,被告製品2~4は構成要件2A~2Gを満たす。被告製品2~
4は,「ADPCM①」,「MDCT」,「ADPCM②」というデータ構
造の「外部の音声データROM」と接続して使用される(別紙被告製品2~
4説明書図3)ほか,他の用途を有しない。したがって,被告製品2~4は,
本件特許発明2の装置の生産にのみ用いるものである。
したがって,被告製品2~4の製造,譲渡等又は譲渡等の申出をする行為
は,本件特許2にかかる原告の特許権を侵害するものとみなされる(特許法
101条1号)。
(2)被告製品3及び4は,「外部の音声データROM」と接続されることに
よって,本件特許発明2の装置となるものであるから,本件特許発明2の装
置の生産に用いる物であるとともに,本件特許発明2の課題の解決に不可欠
なものである。
被告は,原告からの平成21年5月20日付内容証明郵便により,被告製
品3が本件特許発明2の技術的範囲に属することを知っている。また,被告
製品4も,本件特許発明2とかかわりのある範囲で構成に何らの差異はない
から,被告は,被告製品4が本件特許発明2の技術的範囲に属することを知
っている。
したがって,特許法101条2号の要件を充足するから,被告が被告製品
3及び4の製造,譲渡等又は譲渡等の申出をする行為は,本件特許2にかか
る原告の特許権を侵害するものとみなされる。
(被告の主張)
外部音声データROMに記憶されるフレーズデータは,ADPCM①,アク
セル独自方式のMDCT及びADPCM②から構成されるから,ディジタル・
データの状態で記憶されていないため,構成要件2Aを充足しない。
2-6均等侵害の成否(争点2-6)
(原告の主張)
(1)被告製品2~4は,再生するデータの先頭部分がPCMデータではなく
ADPCM形式により軽圧縮されたデータであっても,均等論の適用により,
音声データROMと接続されたことにより,本件特許発明2の技術的範囲に
属する。
(2)第1要件(非本質的部分)
特許発明における本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明
のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分をい
う。
本件特許発明2は,「特に圧縮効率の高いデータのデコード処理にはある
程度の時間が必要である」(本件特許2明細書段落【0003】)という課
題に鑑み,「発音指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生
することができる電子楽器の音源装置を提供する」(同明細書段落【000
3】)ことを目的とし,「特に圧縮効率の高いデータ」の先頭部分を「時間
遅れ」を極めて少なく楽音を発生することができるデータとすることによっ
て,「時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる
(請求項2)」(同明細書段落【0062】)ものである。
被告製品2~4は,先頭部分を「MDCTデータ」よりも格段にデコード
に処理時間のかからない「ADPCMデータ」とし,その後の部分を「MD
CTデータ」としている。被告製品2~4は,先頭部分を時間遅れを極めて
少なく楽音を発生することができる「ADPCM」データとし,処理に時間
のかかる「特に圧縮効率の高い圧縮処理を施したデータ」である「MDCT
データ」のデコード処理をしない構成とした。このように,被告製品2~4
は,軽圧縮データであるADPCM形式のデータを用いることにより,先頭
部分以外の部分より処理に「時間遅れ」のない構成とすることにより,「時
間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる」構成であ
る。先頭部分のデータがまったく圧縮されていないデータであるか否かとい
うことは,上記の課題とも,目的とも,効果ともかかわりがないものであり,
本件特許発明2の本質的部分とはかかわりがないものである。
以上のとおり,被告製品2~4は,本件特許発明2における本質的部分の
うち,特許請求の範囲の前記の記載にかかわる部分において相違するもので
はない。
(3)第2要件(置換可能性)
被告製品2~4により読み出される先頭部分のデータが「ADPCMデー
タ」であるとしても,「発音指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに
楽音を発生することができる電子楽器の音源装置を提供する」(本件特許2
明細書段落【0003】)という本件特許発明の目的を達成することができ
るし,「発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み出されるとともに,
圧縮処理を施したデータの展開処理が前もって行われ,所定期間経過以降は
展開処理で元に戻されたディジタル・データが出力されるので,時間遅れを
極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる」(同明細書【00
62】)という本件特許発明と同一の作用効果を奏する。
また,先頭部分のデータを「ADPCMデータ」とすることに伴い,被告
製品2~4においては,「RAMからバスバッファへのPCMデータ(AD
PCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシ
ーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通知する。」,「そ
の通知を受けて,シーケンサはADPCM①部分のデコード及びバスバッフ
ァへの出力が完了したことを確認し,次にMDCT部分のデコードが必要な
ことを認識する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)ものであるが,
これによっても,本件特許2明細書段落【0003】記載の本件特許発明2
の目的を達成することができるし,同明細書段落【0062】記載の本件特
許発明2と同一の作用効果を奏する。
したがって,本件特許発明2の構成について,被告製品2~4における構
成と置き換えても,本件特許発明2の目的は達成され,同一の作用効果を奏
する。
(4)第3要件(置換容易性)
本件特許2明細書にも,「上述した実施例では,楽音信号の変換にPCM
を用いたが,本発明はこれに限定されない。例えば,PWM(パルス幅変
調)やPPM(パルス位置変調)を用いても良い。また,PCM・データと
デコード・データとの合成を,セレクタを用いて行ったが,クロスフェード
乗算器と加算器とを用いて行っても良い。この場合には,PCM・データと
デコード・データとが部分的に重なりあって合成される。」(段落【006
1】)と記載されているとおり,ディジタル・データには種々の形式がある
ことが予定されている。
そして,被告が被告製品2~4の製造販売を開始した時点において,「A
DPCMデータ」が,時間遅れを極めて少なく楽音を発生することができる
データ形式として周知であり,当業者が,データの先頭部を「ADPCMデ
ータ」とし,その後を「MDCTデータ」という被告製品2~4の構成とす
ることは,技術的にはもちろん製造コストの上からも容易であった。
少なくとも,被告製品2~4の製造・販売行為の開始時において,先頭部
分をADPCMとし,以降をより圧縮率の高いデータとする構成は,本件特
許発明3にかかわる公報のほか,WO/99/51933再公表特許公報
(甲47)(例えば,請求項1~4及び5頁「背景技術」欄)にも明確に示
され周知であったのであり,当業者が容易に行うことができたものである。
また,被告製品2~4の製造・販売行為の開始時において,先頭部分のデ
ータを「ADPCMデータ」とすることに伴い,被告製品2~4においては,
「RAMからバスバッファへのPCMデータ(ADPCM①が伸張されたデ
ータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシーケンサへ上記バスバッ
ファへの出力が完了したことを通知する。」,「その通知を受けて,シーケ
ンサはADPCM①部分のデコード及びバスバッファへの出力が完了したこ
とを確認し,次にMDCT部分のデコードが必要なことを認識する。」(別
紙被告製品2~4の機能説明3.3)構成とすることは,当業者にとって容
易であった。
以上のとおり,被告製品2~4の製造・販売行為の開始時において,当業
者は,本件特許発明2の構成を被告製品2~4の構成に置換することに容易
に想到することができたものである。
(5)第4要件(公知技術からの非容易推考性)
本件特許発明2自体,「特に圧縮効率の高いデータのデコード処理にはあ
る程度の時間が必要である」ことから,データの先頭部分について,データ
の先頭部分以外の後の部分において必要とされる,処理に時間のかかる「特
に圧縮効率の高いデータのデコード処理」をしない構成,言い換えると,先
頭部分以外の部分より処理に「時間遅れ」のない構成とすることにより,
「時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる」構成
としたまったく新たな発明である。
被告製品2~4は,この構成における先頭部分の「ディジタル・データ」
につき「ADPCMデータ」としてこの変更に伴う構成を採用したものにす
ぎないから,被告製品2~4の構成は,本件特許の出願時に容易に推考でき
たものではない。
(6)第5要件(禁反言の不存在)
原告は,被告製品2~4の構成を,本件特許2の出願手続において意識的
に除外したという事情は一切存在しない。
以上のとおり,音声データROMに接続された被告製品2~4は,均等侵
害のすべての要件を充足し,特許請求の範囲に記載された構成と均等なもの
として,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであり,被告製品2~4
の製造・販売等は本件特許権の侵害(間接侵害)に該当する。
(被告の主張)
(1)原告が主張する均等論は,「ディジタル・データ」を「ディジタル・デ
ータにADPCM方式により圧縮処理を施したデータ」に置換することに加
えて,「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」を「ディジタル・
データにADPCM方式によりも高圧縮とする圧縮処理を施したデータ」に
置換することを均等論の置換の内容とするものである。
この均等論は,本件特許発明2を特許請求の範囲の記載を離れて上位概念
化したものをもって均等であるとする原告独自のものであって,最高裁判所
が認める均等論ではない。
(2)第1要件(非本質的部分)
本件特許発明2は,「ディジタル・データに圧縮処理を施したデータ」の
楽音発生が,発音指示後から,デコード処理に要する時間分だけ遅れるとい
う課題があることに鑑み,「楽音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタ
ル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所定期
間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶するとともに,前記楽音
信号のディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時
間以上の所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施したデー
タの状態にて記憶する」構成としたものである。
すなわち,本件特許発明2は,解決手段として,所定期間までをデコード
処理が不要な圧縮処理を施さないディジタル・データ(非圧縮データ)を配
置することにより,発音指示後からの発音開始遅れを極めて少なくしたので
ある。
本件特許発明2は,「非圧縮データ」+「圧縮データ」というデータ構成
こそが本質的部分であり,先頭に圧縮処理が不要な「非圧縮データ」を配置
することが極めて重要であって,「非圧縮データ」を「圧縮データ」に置換
することは,本質的部分を変更することとなる。
したがって,先頭部分の「非圧縮データ」を「ADPCMデータ」に置換
することは,本質的部分の変更に該当する。
(3)第2要件(作用効果の同一性)
被告製品2~4の先頭データである「ADPCMデータ」もADPCM方
式で圧縮された「圧縮データ」である以上,デコード時間を要するものであ
る。これに続くディジタル・データに圧縮処理を施したデータには,ディジ
タル・データにADPCM方式により圧縮処理を施したデータを包含する。
そもそも本件発明2は,ディジタル・データにADPCM方式により圧縮処
理を施したデータの展開処理に時間がかかることを技術的課題とする発明で
ある。したがって,先頭から末尾まで全部がディジタル・データにADPC
M方式により圧縮処理を施したデータであるものは,本件発明2の技術的課
題を備えた従来技術そのものである。つまり,置換可能性はない。
(4)第3要件(置換容易性)
先頭データであるディジタル・データにADPCM方式により圧縮処理を
施したデータとこれに続くディジタル・データに圧縮処理を施したデータに
は,ディジタル・データにADPCM方式により圧縮処理を施したデータを
包含する。このときは,先頭から末尾まで全部がディジタル・データにAD
PCM方式により圧縮処理を施したデータであり,本件発明2の技術的課題
を備えた従来技術そのものである。つまり,置換可能性はなくその容易性を
論じる前提を欠くものである。
(5)第4要件(公知技術からの非容易推考性)
上記のとおり,置換したことによって包含することになる従来技術そのも
の(先頭から末尾まで全部がディジタル・データにADPCM方式により圧
縮処理を施したデータ)に均等論を適用することはできない。
(6)第5要件(意識的除外の不存在)
本件特許2明細書段落【0002】【従来技術】には,「圧縮処理には,
例えば,ADPCM(適応差分型PCM)」と記載されており,ADPCM
データが圧縮データであることは原告も認識していたものである。
さらに,段落【0003】【発明が解決しようとする課題】には「特に圧
縮効率の高いデータのデコード処理にはある程度の時間が必要である。」と
記載されており,原告が,圧縮効率の高低についても把握していたものであ
ったことは明らかである。
にもかかわらず,本件特許発明2の特許請求の範囲として「楽音信号の先
頭から,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展
開処理に要する時間以上の所定期間までの部分をディジタル・データの状態
にて記憶するとともに,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間以降の部分をディジタ
ル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」と記載し,所定
期間までの部分(先頭データ)について,圧縮処理を施さない非圧縮データ
としたのであるから,圧縮処理を施したデータを意識的に除外したことに他
ならない。
3本件特許発明3に係る侵害の成否
3-1構成要件3Aの充足性(争点3-1)
(1)構成要件3Aには楽音データの先頭部がADPCM方式によって圧縮さ
れた楽音データである場合が含まれるか。
(原告の主張)
ア本件特許発明3は,圧縮データの伸張後の終端部に不可避的に生じてし
まう無音部分について,ループ再生の際に,無音として再生されないよう
に(無音部分が生じないように),楽音データの終端部分に非(軽)圧縮
データを配置したものであり,圧縮データの前のデータ構成については何
ら限定が付加されていない。また,本件特許発明3では,主要な実施例と
して,非圧縮データ,圧縮データ,非圧縮データというデータ構成が示さ
れており,その変形例として,先頭の非圧縮データをなくしてもよいと記
載されているのであるから,この両者を包含するものであることは明らか
である。
したがって,本件特許発明3は楽音データの先頭部分に非(軽)圧縮デ
ータを配置するかどうかは問わないものである。
イ被告は,原告が拒絶理由を回避するために,補正前のものは始端に非圧
縮データを有していたのを,補正によりこれを削除したかのように主張す
る。しかし,始端のデータ構成の限定をはずせば技術的範囲は広くなるの
であるから,始端の限定をはずすことで,公知例による拒絶理由を回避が
できるわけではない。
原告の補正は,拒絶理由通知における公知例を理由として先頭部分に非
(軽)圧縮データを配置する構成を削除したものではない。
(被告の主張)
ア本件特許発明3が引用する請求項1は,「圧縮楽音データと非圧縮楽音
データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音デ
ータを圧縮楽音データ,非圧縮楽音データの順に読み出して再生する楽音
データ再生装置であって,」と規定しているから,ループ再生するときは,
圧縮楽音データ→非圧縮楽音データ→圧縮楽音データ・・・の
順に読み出すことが規定されている。したがって,本件特許発明3が引用
する請求項1の楽音データの先端部は圧縮楽音データであることが規定さ
れていることは明らかである。そうすると,本件特許発明3の先端部のデ
ータは,圧縮楽音データであることが規定されている。
イ本件特許発明3が引用する請求項1の他の記載は,
①「圧縮楽音データと非圧縮楽音データとから構成される楽音データが記
憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,非圧縮楽音デー
タの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,」とあるから,
楽音データ=圧縮楽音データ+非圧縮楽音データ
であること,及び,
楽音データの読み出し再生は,圧縮楽音データ,非圧縮楽音データ
の順
であることが明らかである。
②「ループ再生指示を受けて,前記第2の読出手段へ前記圧縮楽音データ
の読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記デコーダの出力に
切り換える第1手順,前記デコーダによる前記圧縮楽音データの伸張およ
び出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ前記非圧縮楽音データの読
み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力
に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手段から出力され
る前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行する」とあるか
ら,
ループ再生指示を受けて最初に第2の読出手段へ圧縮楽音データの
読み出し指令が出力されること
第2の読出手段は,「前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み
出す」ものであること
第2手順の終了時には,第1の読出手段から読み出し終了通知が出
力され,再び第1手順を実行すること
第1手順の最初では第2の読出手段へ圧縮楽音データの読み出し指
令が出力されること
が明らかである。
このことは,本件特許発明3が引用する「請求項1」に原告が変更補正
したことにより,始端部に非圧縮データを備える楽音データを除外したこ
とを意味する。この除外は,乙11号証に基づく進歩性欠如の拒絶理由回
避のためのものであり,始端部に非圧縮データを備える楽音データを除外
する補正をしておきながら,権利行使の段階に至って,始端部に非圧縮デ
ータを備える楽音データであっても技術的範囲に属すると主張することは,
特許請求の範囲の記載に反するとともに,禁反言の法理に照らしても許さ
れないというべきである。
本件特許発明3は,請求項1の非圧縮データがADPCM方式で圧縮さ
れた楽音データであるから,その先端部の楽音データは,請求項1の記載
に基づき,圧縮楽音データである。
(2)被告製品2~4の構成要件3A充足性
(原告の主張)
被告製品2~4は,「ADPCM①」,「MDCTデータ」,「ADPC
M②」の順で,「外部音声データROM」からデータを「順に読み出して再
生する」(別紙被告製品2~4説明書)。
この「MDCTデータ」が,構成要件3Aにおける「圧縮楽音データ」に
該当し,「ADPCM②」が,構成要件3Aにおける「ADPCM方式によ
って圧縮された圧縮楽音データ」に該当し,被告製品2~4はそれらの楽音
データを「順に読み出して再生する」。また,「当該オーディオを構成する
フレーズ(圧縮オーディオデジタルデータ)を外部音声ROMから順次取り
出し・・・スピーカーへ出力する」(別紙被告製品2~4の機能説明3)とあ
るように,被告製品2~4は「(楽音データを)再生する楽音データ再生装
置」に該当する。
先頭部分に非(軽)圧縮データを配置したとしても,本件特許発明3の技
術範囲に含まれることに変わりはない。
被告製品2~4は,構成要件3Aを充足する。
(被告の主張)
構成要件3Aの楽音データは,「圧縮楽音データ+ADPCM楽音デー
タ」とから構成される。これに対し,被告製品2~4の楽音データは,「A
DPCM楽音データ①+MDCT楽音データ(圧縮データ)+ADPCM②
楽音データ」とから構成されており,構成要件3Aを充足しない。
3-2構成要件3B~3C及び3Eの充足性(争点3-2)
(1)被告製品2~4が「第1の読出手段」「第2の読出手段」「切換手段」
を備えているか。
(原告の主張)
構成要件3Bの「第1の読出手段」について,簡単に図示すると以下のと
おりである。本件特許発明3のように非圧縮楽音データ(PCMデータ)に
代えてADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合,
「読出手段」は,PCMデータが読み出されて次のバッファに送られる手前
までであり,ADPCMデータのときには,ADPCMデコーダによって伸
長されたPCMデータを次のバッファに送る手前までをいうものである。
ROM
MDCTデコーダ
PCMデータ
PCMデータ
第1の読出手段
第2の読出手段
本件特許発明3の第1の読出手段における終了通知は,上記の対比のとお
り,終了通知の発信時が,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音デー
タの読み出し時ではなく,伸張及び出力が終了した時点に出力されるもので
ある。
(被告の主張)
本件特許発明3(請求項4)が引用する請求項1の楽音データ再生装置の
装置システムは,次のような技術要素を備える。
①第1の読出手段
②第2の読出手段
③圧縮楽音データを伸張して出力するデコーダ
④切換手段
そして,その相互の関係は,下図に示すとおりである(模式図。ただし,
非圧縮データと表示したものはADPCM方式によって圧縮された圧縮デー
タである。以下,この項において同じ。)。
ROM
ADPCMデコーダ
MDCTデコーダ
PCMデータ
PCMデータ
第1の読出手段
第2の読出手段
特許請求の範囲には,第1の読出手段と第2の読出手段とを備えること,
第1の読出手段,第2の読出手段および切換手段を制御する制御手段を備え
ること,制御手段はループ再生指示を受けて第2の読出手段へ読出指令を出
力し切換手段をデコーダの出力に切り換えること,制御手段は圧縮楽音デー
タの伸張および出力が終了した時点で第1の読出手段へ読出指令を出力し切
換手段を第1の読出手段に切り換えること,第1の読出手段の読み出し終了
通知を受けて,制御手段は再び第2の読出手段へ読出指令を出力データの出
力に切り換えることが規定されている。
第1の読出手段,第2の読出手段は,制御手段及び切換手段の処理対象で
あり,第1の読出手段は読み出し終了通知を発するなど,特許請求の範囲の
各特定事項と相互に強く関係している。つまり,本件特許発明3においては,
記録媒体からの2つの入力系統(第1及び第2の読出手段)からそれに応じ
た2つの出力系統(第1の読出手段からの出力及びデコーダからの出力)と
いう2つの系統を非圧縮データと圧縮データに対応して備え,この2つの系
統を制御手段が制御して,非圧縮データの読み出し開始はループ再生命令又
は圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で開始し,圧縮データの
読み出し開始は第1の読出手段の読み出し終了通知を受けて行う。そして2
系統の出力を切換手段が切り換え,非圧縮データの出力と圧縮データの伸張
したデータの出力が順次繰り返してされ,ループ再生が実行される。
この2系統の存在は,本件特許発明3が本来は先頭部分に由来する無音部
分の消去のために,非圧縮データの読み出し,これに基づく出力と圧縮デー
タの読み出しと伸張処理とを同時平行処理する必要があるためである。2系
統存在するからこそ,平行処理が可能になるのである。
すなわち,例えば,本件特許発明3と同じデータ状態を有する第1の実施
形態の変形例②(ただし,ADPCM方式による圧縮データではなく非圧縮
データ)について見ると,先頭部分に由来する無音部分の消去のために,終
端部のPCMデータの終了時点より一定時間前に圧縮データを読み出してデ
コードを開始するように構成している。一定時間は,発明の詳細な説明によ
ればMサンプル以上の出力時間に相当する。この状況を理解するため,図解
すると次のとおりである。
非圧縮データの読み出し処理と圧縮データの読み出し及びその伸張処理が
同時平行処理として行われるのは,上図の第2の読出手段による圧縮データ
の読み出し開始から第1の読出手段による非圧縮データの読出終了までの間
である。デコーダは,伸張済みのデータを保持しているから,切換手段によ
り選択されるのを待っている。その状況を模式的に図解すると次のとおりで
ある。
(2)被告製品2~4の構成要件3B~3C及び3E充足性
(原告の主張)
ア被告製品2~4は,「各フレーズデータの圧縮オーディオデジタルデー
タの終端部の所定サンプル分(0~1024サンプルの間。MDCTのフ
レーム余りを調整する部分)のADPCM②データで構成されており,シ
ーケンサは,まず,それらADPCM②データを読み出す」(別紙被告製
品2~4の機能説明3.3)から,「前記記憶媒体から前記ADPCM方
式によって圧縮された圧縮楽音データを読み出す」。そして,被告製品2
~4は,「読み出されたADPCM②データは,ADPCMデコーダでP
CMデータに伸張され,所定サンプル分のPCMデータをRAMに順次格
納する。RAMに格納された所定サンプル分のPCMデータ(ADPCM
②が伸張されたデータ)は,音量調整後バスバッファに1サンプルずつ出
力し,デコード部においてRAMからバスバッファに出力するサンプル数
をカウントする。RAMからバスバッファへのPCMデータ(ADPCM
②が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシーケ
ンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通知する。」のである
から,「前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み出
しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する」。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Bを充足する。
イ被告製品2~4は,「外部音声データROM(前記記憶媒体)」に記憶
された「MDCTデータ」(前記圧縮楽音データ)を読み出す「読出手
段」を有する(別紙被告製品2~4説明書図5参照)。また,被告製品2
~4は,「バスバッファの空き容量を確認しながらデコードを開始できる
状態と判断すると,シーケンサはMDCTデータの読み出しを開始する」
(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。この「読出手段」は「前記記
憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す」ものであり,構成要件3Cに
おける「前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手
段」に該当する。
被告は,第1の読出手段と第2の読出手段をあえて区別していることか
らすれば,ADPCM(方式)圧縮データの読出手段とMDCT(方式)
圧縮データの読出手段とは異なる読出手段であり,本件特許発明3には第
1の読出手段と第2の読出手段を共用することは含まれない旨主張する。
しかし,ADPCM(方式)圧縮データを読み出す読出手段が存在し,
またMDCT(方式)圧縮データを読み出す読出手段が存在すること自体
に争いがあるのではない。ADPCM(方式)圧縮データの「読出手段」
とMDCT(方式)圧縮データの「読出手段」とを読み出す手段は,これ
らが全く別個の装置でなければならないというわけではない。「第1の読
出手段」は,外部音声ROMに記憶されたADPCM②データ読み出しA
DPCMデコーダでPCMデータに伸張してバスバッファに出力する。こ
の読出し終了後を探知して(バスバッファの空き容量を確認しながらデコ
ードを開始できる状態と判断すると)「第2の読出手段」が外部音声RO
Mに記憶されたMDCTデータを読み出す。大きな圧縮がなされているM
DCTによる圧縮データを読み出す時と,ADPCMデータを読み出す時
とで,読出手段は回路部材としては同じものであっても,データによって
読み出しの動作が異なり,またデコードするデコーダーも異なるので出力
先も異なり,別の動作が行われている。このように1つの装置が共用され
る場合であっても,複数のデータを別々の時点で読み出すのであるから,
被告の主張は誤りである。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Cを充足する。
ウ被告製品2~4は,「MDCTデータの1フレーム分が伸張されてPC
Mデータとなり,バスバッファへの出力が完了した時点で,デコード部か
らシーケンサへMDCTデータのバスバッファへの出力が完了したことを
通知する。シーケンサは,全てのMDCTデータの伸長とPCMデータの
バスバッファへの出力が完了すると,次にADPCM②部分のデコードが
必要なことを認識する。そして,バスバッファの空き容量を確認しながら
デコードを開始できる状態と判断すると,ADPCM②の読み出しを開始
する。ADPCM②のデコードからバスバッファへの出力までの動作はA
DPCM①と同様である。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)か
ら,MDCTデータを外部音声ROMから読出し,(MDCTデータを伸
長した)PCMデータの「バスバッファへの出力が完了」したことが確実
な状態で,「シーケンサ」がADPCMデータのデコードが必要なことを
認識し,「バスバッファの空き容量を確認しながらデコードを開始できる
状態と判断」して,ADPCM②データの読出し,出力を行う。このよう
に,被告製品2~4では,MDCTデコーダ(前記デコーダ)を構成する
IMDCTの出力(=MDCTデータをデコードして得られたPCMデー
タ)を,ADPCM②の読出手段(前記第1の読出手段)の出力を一時記
憶したRAMの出力(=ADPCMデータをデコードして得られたPCM
データ)に,「シーケンサ」が切り換える。
また,被告製品2~4は,「後端部のADPCM②データを伸張してバ
スバッファへの出力が完了すると,次に,シーケンサに複数のフレーズが
登録されている場合には次のフレーズの先頭から上記の動作を行い,この
読み出しを登録されているすべてのフレーズの読み出しが終わるまで行い,
その後,先頭のフレーズの先頭に戻って上記の動作を繰り返す(リピート
再生が指定されていない場合は,登録されているすべてのフレーズのデコ
ードが完了した時点でデコードを停止する)。一方,シーケンサに1つの
フレーズしか登録されていない場合には,当該フレーズの先頭に戻って上
記の動作を繰り返す」(別紙被告製品2の機能説明3.3)。そして,被
告製品2~4は,フレーズの先頭にループすると,再び,「各フレーズデ
ータの圧縮オーディオデジタルデータの先頭部は2048サンプル分のA
DPCM①データで構成されており,シーケンサは,まず,それらADP
CM①データを読み出す。読み出されたADPCM①データは,ADPC
MデコーダでPCMデータに伸張され,2048サンプル分のPCMデー
タをRAMに順次格納する。RAMに格納された2048サンプル分のP
CMデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)は,音量調整後バスバッ
ファに1サンプルずつ出力し,デコード部においてRAMからバスバッフ
ァに出力するサンプル数をカウントする。RAMからバスバッファへのP
CMデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,
デコード部からシーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを
通知する。その通知を受けて,シーケンサはADPCM①部分のデコード
及びバスバッファへの出力が完了したことを確認し,次にMDCT部分の
デコードが必要なことを認識する。そして,バスバッファの空き容量を確
認しながらデコードを開始できる状態と判断すると,シーケンサはMDC
Tデータの読み出しを開始する。MDCTデータは,ハフマンデコードと
逆量子化を施して復号化され,復号化された周波数領域のデータをRAM
に順次格納する。RAMに格納された周波数領域のデータをIMDCTで
時間領域のPCMデータに変換後(フレーム単位の時間軸情報が得られ
る),音量調整をして1サンプルずつバスバッファに格納する。」(別紙
被告製品2~4の機能説明3.3)から,ADPCM②データを外部音声
ROMから読出し,(ADPCM②データを伸長した)PCMデータを出
力し,「シーケンサ」が「MDCT部分のデコードが必要なことを認識」
し,「バスバッファの空き容量を確認しながらデコードを開始できる状態
と判断」して,MDCTデータの読出し,デコード,出力を開始する。こ
のように,被告製品2~4では,ADPCM②の読出手段(前記第1の読
出手段)の出力を一時記憶したRAMの出力(=ADPCMデータをデコ
ードして得られたPCMデータ)を,MDCTデコーダ(前記デコーダ)
を構成するIMDCTの出力(=MDCTデータをデコードして得られた
PCMデータ)に,「シーケンサ」が切り換える。
以上のように,第1の読出手段の出力とMDCTデコーダの出力とをシ
ーケンサが切換えている。
したがって,「シーケンサ」が構成要件3Eにおける「切換手段」に該
当し,被告製品は構成要件3Eを充足する。
エ被告は,被告製品2~4においては,ADPCM方式による圧縮データ
もMDCT方式による圧縮データも平行処理されることなく,シリアルに
処理されるから1系統の入力と1系統の出力の構成となっているから,第
1及び第2の読出手段を読み出しの際に制御したり,読出手段の読み出し
による終了通知により第2の読出手段による圧縮データの読み出しを命令
したり,出力を切り替えたりする制御手段も切替手段も備えていない旨主
張する。
しかし,RAMからIMDCTを通らないデータの通り道(ADPCM
データを基とするデータの通り道)と,RAMからIMDCTを経るデー
タの通り道(IMDCTデータを基とするデータの通り道)の2つのデー
タの通り道があることは原告被告間に争いがない。そして,MDCTデー
タを外部音声ROMから読出し,(MDCTデータを伸長した)PCMデ
ータが2つのデータの通り道の一方からバスバッファへ出力され,「バス
バッファへの出力が完了」したことが確実な状態で,「シーケンサ」がA
DPCMデータのデコードが必要なことを認識し,「バスバッファの空き
容量を確認しながらデコードを開始できる状態と判断」して,ADPCM
②データの読出し,もう一方のデータの通り道からバスバッファへ出力を
行うのであるから,MDCTの出力とADPCMの出力の切換えが行われ
ている。
(被告の主張)
ア被告製品2~4を用いたシステムは,次の要素を備える。
①1つの読出手段
②ADPCM方式による圧縮楽音データを伸張するADPCMデコ
ーダ
③MDCT方式による圧縮楽音データを伸張するMDCTデコーダ
④1つのバスバッファ
ただし,本件特許発明3の第1及び第2の読出手段という2つの読出手
段並びに切換手段を備えない。
そして,その相互の関係は,下図に示すとおりである。
すなわち,読出手段が外部音声ROMから先頭のADPCM方式で圧縮
されたフレーズデータを読み出し,読み出されたADPCM方式で圧縮さ
れたフレーズデータをADPCMデコーダが伸張してバスバッファに蓄積
する。引き続いて,読出手段が外部音声ROMからMDCT方式で圧縮さ
れたフレーズデータを読み出し,読み出されたMDCT方式で圧縮された
フレーズデータをMDCTデコーダが伸張してバスバッファに蓄積する。
その後,読出手段が外部音声ROMから後部のADPCM方式で圧縮され
たフレーズデータを読み出し,読み出されたADPCM方式で圧縮された
フレーズデータをADPCMデコーダが伸張しバスバッファに蓄積する。
バスバッファに蓄積された伸張後のフレーズデータを順次出力する。
本件特許発明3と被告製品2~4のシステムとの決定的相違点を挙げる
と次のとおりである。
①第1及び第2の別個の読出手段を備えるか(本件特許発明3),同
一の読出手段を備えるか(被告製品システム)
②切換手段によって,ADPCMデータ又は圧縮楽音データの伸張後,
伸張後データの何れかを切り換えて出力するか(本件特許発明3),
あるいは,ADPCMデータがバスバッファに格納され,その後ディ
ジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開後(伸張後)データ
がバスバッファに格納されて,これが順次出力するか(被告製品シス
テム)
この決定的相違点に基づき,本件特許発明3では,読出手段の読出終了
通知が必須であるとともに,ループ再生指示を受けて第2の読出手段への
読出指令とデコーダへの出力への切り換え,並びに,デコーダの伸張およ
び出力終了時点での第1の読出手段への読出指令と第1の読出手段の出力
に切り換える制御手段が不可欠である。
被告製品2~4のシーケンサは,ADPCM①及び②データの読み出し
が終了したことを判別しないから,読出終了通知を出力することもない。
したがって,構成要件3Bを充足しない。
イ特許請求の範囲には,第1の読出手段と第2の読出手段とを備えること,
第1の読出手段,第2の読出手段および切換手段を制御する制御手段を備
えること,制御手段はループ再生指示を受けて第2の読出手段へ読出指令
を出力し切換手段をデコーダの出力に切り換えること,制御手段は圧縮楽
音データの伸張および出力が終了した時点で第1の読出手段へ読出指令を
出力し切換手段を第1の読出手段に切り換えること,第1の読出手段の読
み出し終了通知を受けて,制御手段は再び第2の読出手段へ読出指令を出
力データの出力に切り換えることが規定されているから,第1の読出手段
と第2の読出手段が同一の読出手段であるときは,制御手段は読出指令の
出力により読出手段を制御をすることはできず,また,切換手段による切
り換えもできないことになるから,共用されることは含まれていない。
第2の読出手段は,構成要件3Hによって,「ループ再生指示を受けて,
前記第2の読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力する」と
規定されているように,先端部の圧縮楽音データを読み出すものである。
被告製品2~4が取り扱う圧縮楽音データの先端部分は,圧縮楽音デー
タではなく,ADPCM方式で圧縮されたデータであるから,第2の読出
手段を備えない。
したがって,構成要件3Cを充足しない。
ウ被告製品2~4は,1系統の読出手段によりADPCMデータおよびM
DCTデータを順次読み出し,ADPCM①データがデコード処理された
PCMデータ,MDCTデータがデコード処理されたPCMデータ,AD
PCM②データがデコード処理されたPCMデータ,ADPCM①データ
がデコード処理されたPCMデータが順次(シリアルに)バスバッファに
対して出力される(PCMデータであるからデータが揃い次第これを順次
出力することによる不都合はない)。本件特許発明3のように2系統の読
出手段によりそれぞれ読み出され,ADPCMデータのデコード処理後デ
ータと圧縮楽音データのデコード処理後データを切換手段によって切り換
えない。
したがって,被告製品2~4は,「前記第1の読出手段の出力と前記デ
コーダの出力とを切り換える切換手段」は備えておらず,構成要件3Eを
充足しない。
3-3構成要件3Dの充足性(争点3-3)
被告製品2~4が「デコーダ」を備えているか。
(原告の主張)
被告製品2~4は,「MDCTデコーダ」を有している(別紙被告製品2~
4の機能説明3.4)。具体的には,「MDCTデータは,ハフマンデコード
と逆量子化を施して復号化され,復号化された周波数領域のデータをRAMに
順次格納する。RAMに格納された周波数領域のデータをIMDCTで時間領
域のPCMデータに変換後(フレーム単位の時間軸情報が得られる),音量調
整をして1サンプルずつバスバッファに格納する。」(別紙被告製品2~4の
機能説明3.3)。このように,「第2の読出手段」に読み出された「圧縮楽
音データ」(MDCTデータ)は「MDCTデコーダ」により伸長される。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Dを充足する。
(被告の主張)
被告製品2~4においては,外部音声データROMから,ADPCM①圧縮
データ及びMDCT圧縮データの両者を読み出し,それぞれの方式に応じた伸
張をするデコード機能を備えたデコード部(演算部)を有するが,ADPCM
①は「第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データ」ではないから,
これを伸張して出力するデコーダもない。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Dを充足しない。
3-4構成要件3F及び3Hの充足性(争点3-4)
(1)被告製品2~4が「制御手段」を備えているか(構成要件3Fの充足
性)。
(原告の主張)
被告製品2~4は,前記3-2(原告の主張)のとおり,「第1の読出手
段」「第2の読出手段」「切換手段」を有する。
そして,被告製品2~4は,「シーケンサは…再生を繰り返すようにフレ
ーズデータを読み出し,演算部にこれを出力する」ものであり,「先頭から
末尾までの再生が繰り返される」(別紙被告製品2~4の機能説明3.2)
ものである。具体的には,まず,ADPCM②の読出し(前記第1の読出手
段)において,「シーケンサは,・・・バスバッファの空き容量を確認しなが
らデコードを開始できる状態と判断すると,ADPCM②の読み出しを開始
する」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。このように,「シーケン
サ」は「第1の読出手段」を「制御」している。
次に,MDCTの読み出し(前記第2の読出手段)において,「バスバッ
ファの空き容量を確認しながらデコードを開始できる状態と判断すると,シ
ーケンサはMDCTデータの読み出しを開始する」(別紙被告製品2~4の
機能説明3.3)。このように,「シーケンサ」は「第2の読出手段」を
「制御」している。
さらに,「シーケンサ」が「バスバッファの空き容量を確認しながらデコ
ードを開始できる状態と判断すると」(別紙被告製品2~4の機能説明3.
3),ADPCM②の読出手段(前記第1の読出手段)の出力を一時記憶し
たRAMの出力(=ADPCMデータをデコードして得られたPCMデー
タ)とMDCTデコーダ(前記デコーダ)を構成するIMDCTの出力(=
MDCTデータをデコードして得られたPCMデータ)との切り換えが行わ
れるので,「シーケンサ」は「切換手段」を「制御」している。
以上のように,「シーケンサ」が,「第1の読出手段」,「第2の読出手
段」および「切換手段」を制御する「制御手段」に該当する。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Fを充足する。
(被告の主張)
被告製品2~4は,「第1の読出手段」,「第2の読出手段」,「切換手
段」を有せず,これらを制御する「制御手段」も具備しないから,構成要件
3Fを充足しない。
(2)被告製品2~4が「第1手順」「第2手順」を実行するか(構成要件3
Hの充足性)。
(原告の主張)
ア上記(1)のとおり,被告製品2~4の「シーケンサ」が,「前記制御手
段」に該当する。
被告製品2~4は,「リピート再生指示が与えられたことを伝達された
シーケンサは,各トラック毎に登録されている先頭フレーズの最初から登
録されている最終フレーズの末尾までを再生を繰り返すようにフレーズデ
ータを読み出し,演算部にこれを出力する(・・・)。なお,シーケンサ
へのフレーズの登録を1曲(例えばフレーズ3のみ)としたときは,フレ
ーズ3の先頭から末尾までの再生が繰り返される。」(別紙被告製品2~
4の機能説明3.2)。このように,シーケンサは,「リピート再生指
示」を受けて,先頭フレーズの最初から登録されている最終フレーズの末
尾までを再生を繰り返すのであり,「リピート再生指示」が「ループ再生
指示」に当たる。
したがって,被告製品2~4は,「前記制御手段は,ループ再生指示を
受けて,」に該当する。
イ被告製品2~4は,「シーケンサは・・・,バスバッファの空き容量を確
認しながらデコードを開始できる状態と判断すると,シーケンサはMDC
Tデータの読み出しを開始する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.
3)。このように,シーケンサ(制御手段)は,「前記第2の読出手段」
(MDCTの読出手段)へ「前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力す
る」。
そして,被告製品2~4において,シーケンサの指令によって読出しの
開始された「MDCTデータは,ハフマンデコードと逆量子化を施して復
号化され,・・・IMDCTで時間領域のPCMデータに変換後(フレーム
単位の時間軸情報が得られる),音量調整をして1サンプルずつバスバッ
ファに格納する」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。このように,
シーケンサによって,バスバッファの空き容量を確認し,ADPCMデー
タの出力からMDCTデコーダによって伸長されたデータへの出力に切換
える(「前記切換手段を前記デコーダの出力に切り換える」)。
以上のとおり,被告製品2~4のシーケンサ(制御手段)は,「前記第
2の読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前
記切換手段を前記デコーダの出力に切り換える第1手順」を実行する。
ウ被告製品2~4は,「MDCTデータの1フレーム分が伸張されてPC
Mデータとなり,バスバッファへの出力が完了した時点で,デコード部か
らシーケンサへMDCTデータのバスバッファへの出力が完了したことを
通知する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。ここで,MDC
TデータをPCMデータに伸長するものが,構成要件3Hの第2手順にか
かわる「前記デコーダ」である。
また,伸長後のPCMデータが「バスバッファへの出力が完了した時
点」が構成要件の「前記圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時
点」に当たる。そして,被告製品2は,上記の「出力が完了した」「通
知」を受けると,「シーケンサは,全てのMDCTデータの伸長とPCM
データのバスバッファへの出力が完了すると,次にADPCM②部分のデ
コードが必要なことを認識する。そして,バスバッファの空き容量を確認
しながらデコードを開始できる状態と判断すると,ADPCM②の読み出
しを開始する。」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。
このように,シーケンサは,ADPCM②の読出手段(「第1の読出し
手段」)による読み出しを開始させるのであるから,構成要件の「前記第
1の読出手段へ前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの
読み出し指令を出力する」を充足する。
次に,被告製品2~4においては,「読み出されたADPCM②データ
は,ADPCMデコーダでPCMデータに伸張され,所定サンプル分のP
CMデータをRAMに順次格納する。RAMに格納された所定サンプル分
のPCMデータ(ADPCM②が伸張されたデータ)は,音量調整後バス
バッファに1サンプルずつ出力し,デコード部においてRAMからバスバ
ッファに出力するサンプル数をカウントする。」(別紙被告製品2~4の
機能説明3.3)。このように,MDCTデータの出力が終了した後に,
続けてADPCM②データの出力(第1の読出手段の出力)への切換が行
われる。
したがって,被告製品2~4は,「前記切換手段を前記第1の読出手段
の出力に切り換える」。
以上より,被告製品2~4のシーケンサは,「前記デコーダによる前記
圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ
前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み出し指令を
出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力に切り換える
第2手順」を行う。
エ以上のように,シーケンサは,「第1手順」と「第2手順」を,別紙被
告製品2~4の機能説明3.3に記載されている「順に実行」する。
オ第1の読出し手段(ADPCM②の読出し)から読出されたADPCM
②の出力については,以下のとおりである。
まず,ADPCM②に関する被告製品2~4の動作は,「読み出された
ADPCM②データは,ADPCMデコーダでPCMデータに伸張され,
所定サンプル分のPCMデータをRAMに順次格納する。RAMに格納さ
れた所定サンプル分のPCMデータ(ADPCM②が伸張されたデータ)
は,音量調整後バスバッファに1サンプルずつ出力し,デコード部におい
てRAMからバスバッファに出力するサンプル数をカウントする。RAM
からバスバッファへのPCMデータ(ADPCM②が伸張されたデータ)
の出力が完了した時点で,デコード部からシーケンサへ上記バスバッファ
への出力が完了したことを通知する。」(別紙被告製品2~4の機能説明
3.3)。このように,ADPCM②の読出手段(「第1の読出手段」)
により,記憶媒体から読出されたADPCMデータは,バスバッファに出
力され,「出力が完了した時点で,デコード部からシーケンサへ上記バス
バッファへの出力が完了したことを通知する」。記憶媒体から読出し完了
が判別された後にされるこのような通知が,「読み出し終了通知」に該当
する。
そして,「後端部のADPCM②データを伸張してバスバッファへの出
力が完了すると,次に,シーケンサに複数のフレーズが登録されている場
合には次のフレーズの先頭から上記の動作を行い,この読み出しを登録さ
れているすべてのフレーズの読み出しが終わるまで行い,その後,先頭の
フレーズの先頭に戻って上記の動作を繰り返す・・・。一方,シーケンサに
1つのフレーズしか登録されていない場合には,当該フレーズの先頭に戻
って上記の動作を繰り返す」(別紙被告製品2~4の機能説明3.3)。
すなわち,シーケンサは,後端部のADPCM②の出力後に,「その後,
先頭のフレーズの先頭に戻って上記の動作を繰り返す」あるいは「当該フ
レーズの先頭に戻って上記の動作を繰り返す」(別紙被告製品2~4の機
能説明3.3)とあるように,フレーズの先頭に戻って再生を行い「楽音
データをループ再生させる」。
以上のように,被告製品2~4は,「前記第1の読出手段から出力され
る前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行することにより,
前記楽音データをループ再生させる」。
カしたがって,被告製品2~4は,構成要件3Hを充足する。
(被告の主張)
被告製品2~4は,そもそも構成要件3Fの「制御手段」を有していない。
さらに,第1の読出手段及び第2の読出手段も有していない。また,被告製
品2~4は,「切換手段」も有していないから,「第1手順」及び「第2手
順」のいずれも有していない。
被告製品2~4は,フレーズの終端(ADPCM②)までデコードが完了
すると,その次は,唯一の読み出し手段によって再びフレーズの先端部のA
DPCM①,MDCTデータ,ADPCM②を順に読み出して順次デコード
する(シーケンサにフレーズデータが1つだけ登録されている場合)という
手順によってリピート再生をするものである。
被告製品2~4は,(a)リピート再生指令を受けて,ADPCM①の読
み出し・デコード指令を出力すること,(b)切換手段はなくADPCM①
のデコード後データをバスバッファに出力すること,(c)中間部のMDC
Tデータのデコードが終了したのちこれに続くADPCM②データの読み出
し・デコードがなされるが,その読み出し・デコードは,MDCTデータの
デコード後PCMデータに基づく発音が終了していない段階で行われること
(バスバッファにはMDCTデータのデコード後データが残存しているとこ
ろに引き続いてADPCM②データのデコード後データが書き込まれるこ
と),(d)ADPCM②のデコーダの出力に切り換える切換手段はないこ
と,(e)ADPCM②の読み出し終了通知はなく,また,ADPCM②の
デコードしたPCMデータがバスバッファに書き込まれると(バスバッファ
に空き容量があることを前提に)先端部のADPCM①を読み出してデコー
ドをするため,MDCTデータを読み出す指令は出力されないこと,という
点で全く異なる。
したがって,被告製品2~4は,構成要件3Hを充足しない。
3-5構成要件3Iの充足性(争点3-5)
被告製品が「楽音データ再生装置」に該当するか。
(原告の主張)
「楽音」とは,「音楽の音。音楽の素材になる音。」である(広辞苑第5
版)。被告製品が再生する「楽曲(BGM)」や人を楽しませる「効果音」は
「楽音」に含まれるものである。
これを再生する被告製品2~4は,「楽音データ再生装置」に該当し,構成
要件3Iを充足する。
(被告の主張)
被告製品2~4は,構成要件3A~3Hを充足しないから,「ことを特徴と
する楽音データ再生装置」にも該当せず,構成要件3Iを充足しない。
3-6サポート要件違反の有無(争点3-6)
(被告の主張)
(1)本件特許発明3は,ループ再生をする際に従来の技術は,
繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間に無音部分が生じて
しまう問題(段落【0002】)
があるため,
無音部分を作ることなくループ再生を行うことができる楽音データ再
生装置を提供すること(段落【0003】)
を目的にしたものである。
ループ再生を行うときは,ループ対象の楽音データの終端部と先端部が連
結して循環して再生するから,当該連結部分に無音データが存在するときは,
「繰り返し再生において曲の終端部と先端部との連結部に無音部分が生じて
しまう」ことになる。したがって,当該連結部分の無音データを一体不可分
に解消することが重要である。終端部に由来する無音部分を厳密に解消して
も,先端部に由来する無音部分が存在してはその努力は無に帰する(技術的
には無意味になる)。
本件特許3明細書の発明の詳細な説明においては,第1の実施形態,その
変形①②及び第2の実施形態のみが記載され,いずれも,連結部における終
端部に由来する無音部分および先端部に由来する無音部分の全部を一体不可
分に解消している。
(2)請求項1にかかる発明は,非圧縮楽音データの読み出し終了時点で出力
される読み出し終了通知に基づき圧縮楽音データの読み出しを開始するもの
であって,これでは,非圧縮楽音データの読み出し終了後,圧縮楽音データ
の伸長に要する時間分は圧縮楽音データに基づく楽音の出力ができないため
無音部分が生じてしまうことになる。すなわち,請求項1は,明細書の発明
の詳細な説明に開示された発明とは異なるものとなっている。
請求項4は,非圧縮データに代えてADPCM方式によって圧縮された圧
縮楽音データを用いるものであるが,請求項1を引用する発明において,A
DPCM方式により圧縮された圧縮楽音データの読み出し終了通知に基づき
圧縮楽音データを読み出したのでは,圧縮楽音データの伸長に要する時間分
は圧縮楽音データに基づく楽音の出力ができないため無音部分が生じてしま
い,明細書に記載された本件特許発明3が意図する作用効果を奏することが
できない。つまり,制御部17が後部のADPCMデータの再生終了時点よ
り一定時間前に圧縮楽音データ読出部13へ読み出し開始を指示する構成に
よって初めて所望の作用効果が生じる発明が明細書の発明の詳細な説明に記
載されているが,請求項4(請求項1を引用する)はかかる記載とは異なる
圧縮楽音データの読み出し開始時を特定しており,発明の詳細な説明に記載
した発明とは異なる発明を特定している。この点において,本件特許発明3
は特許法36条6項1号に反する。
(3)発明の詳細な説明の記載においては,圧縮楽音データの無音部分の存在
によるループ再生時の不都合が次のように記載されている。
「【0002】・・・上述した圧縮楽音データをゲーム機において使用する場
合,例えばMPEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フ
レームとし,このフレーム単位で再生処理を行うようになっているので,曲
の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無
音部分が含まれることになる。このため,繰り返し再生において曲の終端部
と先頭部との間に無音部分が生じてしまう問題があった」
そこで,このようなフレーム単位で圧縮・伸張・再生処理される圧縮楽音
データを含む楽音データを対象にして,ループ再生を行う際に不都合が生じ
ることとなる圧縮楽音データの無音部分を包含しないように圧縮楽音データ
を作成したり,包含する無音データを削除したりする発明が発明の詳細な説
明の項に記載されている。
ところが,原告が認めるように,「フレーム」は多義的である以上,「再
生処理単位」とは「フレーム」を意味すると認定することはできない。この
ため,本件特許発明3の特許請求の範囲の記載においては,フレーム単位で
圧縮処理・伸張処理・再生処理を行うものであるか否か特定をしていないこ
とに帰し,フレーム単位で圧縮処理・伸張処理・再生処理を行う圧縮楽音デ
ータ以外のものを対象とする発明を包含することとなり,このため明細書に
記載された以外の発明が記載されている。
この点において,本件特許発明3は特許法36条6項1号に反する。
(4)請求項4は,「前記非圧縮楽音データに代えてADPCM方式によって
圧縮された圧縮楽音データを用いることを特徴とする請求項1から請求項3
のいずれかの項に記載の楽音データ再生装置。」と規定するから,請求項1
を引用する請求項4記載に係る発明についてみると,請求項1の非圧縮楽音
データをADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データに置換する構成
の発明である旨規定されており,請求項1の他の構成要素は全て請求項4記
載に係る発明の構成要素である。
しかしながら,非圧縮楽音データをADPCM方式によって圧縮された圧
縮楽音データに置換して所望の効果を奏するように構成するためには,請求
項1の構成に対して次のような変更を施す必要があるといわざるを得ない
すなわち,
①ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを記憶媒体から読
み出すが,読み出し終了通知を発しない構成とすること,
②ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを伸張する第2の
デコーダを備える構成とすること,
③第2のデコーダがADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ
の伸張および出力が終了した時点で当該終了通知を発する構成とするこ
と,
④制御手段は,圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で第1
の読出手段の出力に切り換えるのではなく第2のデコーダの出力に切り
換える切り換え手段を設ける構成とすること
しかるに,請求項4に係る発明は,非圧縮楽音データに代えてADPCM
方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合に当業者が発明の詳細
な説明に記載された発明の効果を奏するために必須と思うはずの技術事項に
反する規定がされている。
逆にいうと,請求項1の非圧縮楽音データに代替させてADPCM方式に
よって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合において,請求項1が規定す
る事項をもってその余の特定事項とする本件特許発明3においては,その構
成のゆえに本件特許発明の作用効果を奏するどころか,現実に動作すること
もできない,すなわち,当業者が,請求項1を引用する請求項4の構成に従
って実施することは不可能である。
上記①~④のようにその構成を変更することが仮に容易であるとしても,
その容易性は,請求項1が規定する発明特定事項において非圧縮データの代
わりにADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合に当
業者が行うべき変更の容易性であって,現にそれ以外に何らの変更を施さな
い本件特許発明3の発明特定事項の構成のもとで,所望の効果を奏するよう
に実施することが容易であるわけではない(実は不可能である)。
このことは,すなわち,請求項1を引用する請求項4に係る発明(本件特
許発明3)は,発明の詳細な説明に記載された発明ではないことに帰する。
この点において,本件特許発明3は特許法36条6項1号に反する。
(5)本件特許発明3が規定するように,楽音データの末尾にADPCM方式
によって圧縮された圧縮楽音データを備え,当該ADPCM方式によって圧
縮された圧縮楽音データの読出終了時に先頭の圧縮楽音データの読み出し及
び伸張を開始したのでは(第2の実施形態のように,付加された無音部分の
出力を除外する構成を採用しない以上),窓関数の適用によって生じること
になる無音部分の付加は避けられず,圧縮楽音データの末尾に無音部分が挿
入されてしまう。
すなわち,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを,フレー
ムを構成するサンプル数で除した剰余数であると限定しない場合に生じる不
都合である。ところが,発明の詳細な説明においては,非圧縮楽音データを
フレームを構成するサンプル数で除した剰余数とするもの以外の開示はなく,
この点で,本件特許発明3は,発明の詳細な説明に開示された以外の発明を
包含しているから,特許法36条6項1号に反する。
(6)以上をまとめると,発明の詳細な説明に記載された発明と本件特許発明
3とは次の点で齟齬している。
①発明の詳細な説明に記載された発明では,ループ再生に生じる連結部
分において終端部に由来する無音部分及び先端部に由来する無音部分を
いずれも解消する発明であるのに対し,本件特許発明3は先端部に由来
する無音部分の解消ができないものである点
②発明の詳細な説明に記載された発明では,楽音データを圧縮する際に
MDCT方式を利用するなど複数のサンプルデータを単位に一括処理す
るために,その伸張処理によっても複数のサンプルデータを単位に一括
してデコードデータが得られるものを「フレーム」と説明して発明の特
定事項としているのに対し,本件特許発明3では,楽音データの圧縮方
式を何ら限定することなく技術用語ではなくその一義的意義が不明な
「再生処理単位」による発明の特定をしているものである点
③発明の詳細な説明に記載された発明では,楽音データを構成する非圧
縮楽音データ(ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ)の
サンプル数が,楽音データの総サンプル数(N)を1フレーム構成サン
プル数で除した剰余数であるのに対し,本件特許3発明ではそのサンプ
ル数の特定がない点
(7)以上のとおり,本件特許発明3は,発明の詳細な説明に記載した以外の
発明が記載されているというべきであるから,特許法36条6項1号に違反
するものであり,同法123条1項4号により無効とされるべきである。
(原告の主張)
(1)ア曲(楽音データ)の先端部に由来する無音部分とは,発音開始指示に
応じて圧縮楽音データの最初のフレームをデコードした場合に生じる「圧
縮データを読み始めるとき伸張処理に要する時間遅れ」に起因するもので
あり,再生すべき圧縮楽音データの中に無音データが含まれているわけで
はない。再生すべき圧縮楽音データの先頭がデコード出力されるまでの時
間がMサンプル分の再生時間だけ遅れるのである。このMサンプル分の遅
れ時間の間は無音状態であるが,この無音状態は,そこに再生すべき楽音
データとして「0データ」が存在していることに起因するのではなく,単
に,再生すべき楽音データのデコード出力が遅れているから音が出ないだ
けなのである。
これに対して,圧縮楽音データの終端部に由来する無音部分は,「曲の
最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無
音部分が含まれる」(本件特許3明細書段落【0002】)という理由に
よるものである。すなわち,この場合は,再生すべき圧縮楽音データの最
後のフレーム中に無音データが明確に存在しているのである。よって,該
最後のフレームをデコード出力すると,該最後のフレーム中に明確に存在
する無音データが再生すべき楽音データとして出力され,無音状態として
再生がされる。このような終端部に由来する無音部分は,元の楽音データ
には存在していなかったものであるが,フレーム単位で圧縮することによ
り,圧縮楽音データの末尾に否応なしに含まれてしまい,こうして,再生
すべき楽音データの一部として無音データが存在することとなる。
したがって,先端部に由来する無音部分(伸張処理に要する時間遅れ)
と,終端部に由来する無音部分(圧縮楽音データ中に明確に存在する「0
データ」(無音データ))は,技術的意義が全く異なっている。
イ上記のとおり,「終端部に無音部分がないようにする発明」と「先端部
に無音部分がないようにする発明」は,原因を異にする異なる課題を異な
る解決手段によって解決するものであり,両者は異なる発明として把握す
ることができるものである。
「終端部に無音部分がないようにする発明」に関する本件特許発明3
(請求項1に従属する請求項4)が,発明の詳細な説明においてどのよう
に記載されているのか,具体的に述べると次のとおりである。
本件特許3明細書及び図面に示された第1の実施形態においては,楽音
データは,「【0009】・・・図2(a)に示すように,この実施形態
においては,楽曲の先頭部と終了部が圧縮されていないPCM(Puls
eCodeModuration)楽音データ(以下,PCMデータ
という)であり,中央部が圧縮楽音データ(以下,圧縮データという)と
いう構成の楽音データが使用される。また,圧縮データはMPEG規格に
よって圧縮されている。」というデータ構造からなっている。
このような第1の実施形態は,本件特許発明3の実施形態に加えて,
「先端部に無音部分がないようにする発明」(伸張処理に要する時間遅れ
の問題を解決する発明)の一形態が組み合わされたものである。
すなわち,
①楽曲の終了部が圧縮されていないPCM楽音データであり,その
前の部分が「圧縮楽音データ」である点が本件特許発明3の実施形
態に相当し,
②楽曲の先頭部が圧縮されていないPCM楽音データであり,その
後の部分が「圧縮楽音データ」である点が公知の別発明の一形態に
相当する。
第1の実施形態における,「【0011】・・・先頭のMサンプルをP
CMデータによってハードディスク等の記憶媒体に記憶させる(ステップ
S4)。ここで,Mサンプルとは,図2(b),(c)に示すように,圧
縮データの伸張を開始してから第1番目の伸張済みサンプルを出力するま
でに要する時間に対応するサンプル数である。・・・」「【001
6】・・・ループ再生の指示を受けた制御部17は,まず,楽音データの
先頭アドレスをPCMデータ読出部12へ出力してPCMデータの読み出
しを指示し,次に,圧縮データの先頭アドレスを圧縮データ読出部13へ
出力して圧縮データの読み出しを指示し,次いで,切換部15をPCMデ
ータ読出部12の出力に切り換える(図7の時刻t1)。・・・PCMデ
ータ読出部12は,楽音データの先頭部のPCMデータを全て出力した時
点で,制御部17へ出力終了を通知する(時刻t2)。制御部17はこの
終了通知を受け,切換部15をデコーダ14の出力に切り換える(図7
(c)参照)。」「【0017】一方,圧縮データ読出部13は,制御部
17からの読み出し指示を受け,ROM11から圧縮データを順次読み出
し,デコーダ14へ出力する。デコーダ14はその圧縮データを伸張し,
伸張済みデータを切換部15へ出力する。ここで,前述したように,先頭
部のPCMデータのサンプル数Mは,その読み出し時間が,デコーダ14
が圧縮データ読出部13から最初のデータを受けた時点から第1番目の伸
張済みデータを出力するまでの時間に一致するように決められている。し
たがって,制御部17がPCMデータ読出部12から終了通知を受けて切
換部15を切り換えた時点に一致するタイミングで,デコーダ14から第
1番目の伸張済みデータが出力される。以後,デコーダ14から順次伸張
済みデータが出力される。・・・」等の記載から明らかなように,楽曲の
先頭部が圧縮されていないPCM楽音データであり,その後の部分が「圧
縮楽音データ」である」という公知の別発明の一形態とは,「圧縮楽音デ
ータ」の伸張・出力にあっては,デコーダ14が圧縮データ読出部13か
ら最初のデータを受けた時点から第1番目の伸張済みデータを出力するま
での時間に相当する時間遅れがあるため,それが発音開始時間遅れとなる
ことに鑑み(公知の別発明の課題),楽曲の先頭部に圧縮されていないP
CM楽音データを配置することにより(公知の別発明の解決手段),時間
遅れを生ずることなく発音開始させるようにしたものである(公知の別発
明の作用効果)。
これに対して,本件特許発明3は,「最後のフレームの後部にある無音
部分」を作ることなくループ再生を行うことを課題としており,そのため
の解決手段を具備し,それに対応する作用効果を奏するものであるから,
上記の公知の別発明の課題,解決手段,作用効果とは明らかに異なるもの
である。
ウ第1の実施形態における,「【0011】・・・次に,上記Mサンプル
に続くINT{(N-M)/1152}×1152サンプル,すなわち,1
フレームのサンプル数である1152で割り切れる数のサンプルを圧縮し
て記憶媒体に記憶させる(ステップS5;図4,図5参照)。次に,最後
に残ったMOD{(N-M)/1152}サンプルをPCMデータによっ
て記憶媒体に記憶させる。・・・」「【0018】次に,圧縮データ読出
部13は,ROM11内の圧縮データを全て読み出した時点で制御部17
へ読み出し終了を通知する(時刻t3)。制御部17はこの通知を受け,
予め設定されている一定時間Tが経過後,PCMデータ読出部12へ楽音
データの後部のPCMデータの先頭アドレスを出力してPCMデータの読
み出しを指示し,次いで,切換部15をPCMデータ読出部12の出力に
切り換える(時刻t4)。ここで,時間Tとは,圧縮データの最後のデー
タがROM11から読み出されデコーダ14へ入力された時点から,その
最後のデータが伸張されデコーダ14から出力されるまでの時間であ
る。」「【0019】制御部17から読み出し指示を受けたPCMデータ
読出部12は,ROM11から楽音データの終了部のPCMデータを順次
読み出し,切換部15を介してD/A変換器16へ出力する。これにより,
楽音データの終了部のPCMデータに基づく楽音が発生する。そして,P
CMデータ読出部12は,楽音データの終了部のPCMデータを全て出力
した時点で,制御部17へ出力終了を通知し(時刻t5),次いで,再び
楽音データの先頭部のPCMデータを順次読み出し,切換部15を介して
D/A変換器16へ出力する。これにより,楽音データの最後の音と最初
の音が連続した状態で楽音再生が再び行われる。」等の記載が本件特許発
明3の本質的部分の実施形態に対応している。すなわち,「1フレームの
サンプル数である1152で割り切れる数のサンプル」を「圧縮データ」
として記憶し,その後の残りのサンプル(MOD{(N-M)/115
2}サンプル)を「楽音データの終了部のPCMデータ」として記憶して
いることにより,「楽音データの終了部のPCMデータ」には無音部が存
在していないこととなり,楽音データの終了部から引き続いて,楽音デー
タの先頭部に移行するときに,終了部の無音部が介在することなく,楽音
データの先頭部に移行することができるように構成されている。
以上から理解できるように,第1の実施形態において,本件特許発明3
の本質的部分の実施形態は,「楽音データの終了部のPCMデータを全て
出力した時点で,制御部17へ出力終了を通知し(時刻t5),次いで,
再び楽音データの先頭部のPCMデータを順次読み出し」という形態から
なっており,これは,要するに,楽音データの終了部のPCMデータをす
べて出力し終えたとき,楽音データの先頭部に戻る形態であり,楽音デー
タの終了部のPCMデータには無音部がないため,楽音データの終了部か
ら楽音データの先頭部に戻るときに終了部の無音部が介在することがない,
という本件特許発明3の課題を解決する作用効果を奏する。
本件特許発明3の課題は,楽曲を続けて繰り返し再生する際に,最後の
フレームの後部に生じる無音部分を解消することにあるのであり,曲の先
頭部を発音開始するに当たって時間遅れが生じることとは無関係である。
その意味で,第1の実施形態においては,曲の先頭部を発音開始するにあ
たって,公知の別発明の考えを採用して,再生開始に時間遅れが出ないよ
うに工夫しているが,そのような再生開始に時間遅れが出ないようにする
工夫とは別に,最後のフレームの後部に生じる無音部分を解消するよう,
本件特許発明3に従う解決手段の一実施形態を上述のように開示している
ので,本件特許発明3に従う一実施形態を示すものである。
したがって,特許請求の範囲(請求項1に従属する請求項4)に記載さ
れた本件特許発明3は,第1の実施の形態として発明の詳細な説明に記載
された発明である。
(2)本件特許発明3においては,特許請求の範囲において「前記圧縮楽音デ
ータは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサ
イズを有し,」と記載されており,一方,明細書段落【0002】において
「例えばMPEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレ
ームとし,このフレーム単位で再生処理を行うようになっている」と記載さ
れている。このことから,特許請求の範囲における「所定の再生処理単位」
とは,発明の詳細な説明に記載された「フレーム単位で再生処理を行う」と
いう「再生処理」の「単位」(フレーム単位)に対応していることが明らか
である。このように,特許請求の範囲における「所定の再生処理単位」と,
発明の詳細な説明に記載された「フレーム単位で再生処理を行う」という
「再生処理」の「単位」(フレーム単位)との間には明確な対応があり,ど
ちらの側からでもその対応性を説明することができる。
また,本件特許2明細書においては,例えば,段落【0002】において
「例えばMPEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレ
ームとし,このフレーム単位で再生処理を行うようになっているので,」と
記載されており,段落【0009】~【0015】等の実施例においては,
サブバンド符号化方式に従う実施例が示されていることから明らかなように,
本件特許2明細書及び図面の記載においては,MDCT方式に従うフレーム
概念に限らず,サブバンド符号化方式に従うフレーム概念も示されている。
(3)ADPCM方式の圧縮は本件特許発明3以前から周知のものである。
「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽
音データ」を用いるということは,第1の実施態様における「PCMデー
タ」を「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」に置き換えれ
ばよいことであり,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」
を伸張して非圧縮のPCMデータにしたものを,第1の実施態様の「PCM
データ」と同じく再生するだけのことである。
例えば,再生しようとする楽曲データの全体のサンプル数がNサンプルで
あり,1フレームが1152サンプルであるとすると,本件特許発明3に従
えば,前が「圧縮楽音データ」,終端部が「ADPCM方式によって圧縮さ
れた圧縮楽音データ」となり,前にくる「圧縮楽音データ」においては,被
告も自認しているとおり必然的に1フレーム=1152サンプル単位で圧縮
され,かつ,まだ楽曲データ全体の終端部には至っていないから,最後の
「圧縮楽音データ」のフレームには無音部分が入り込む余地がない。そして,
全体のNサンプルから,「圧縮楽音データ」として圧縮された1フレーム=
1152サンプルの整数倍のサンプル数を引いた残りが,終端部の「ADP
CM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」となる。
3-7明確性要件違反の有無(争点3-7)
(被告の主張)
(1)本件特許発明3(請求項1を引用する請求項4)の特許請求の範囲に記
載された「楽音データの再生における所定の再生処理単位」について,明細
書の発明の詳細な説明の項には,請求項の記載を引用する形式で課題を解決
するための手段についての記載があるが(段落【0004】~【000
7】),他には,次の記載があるのみである。
「【0002】
上述した圧縮楽音データをゲーム機において使用する場合,例えばMPE
Gは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,この
フレーム単位で再生処理を行うようになっているので,曲の最後のフレーム
が規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無音部分が含まれる
ことになる。」
「フレーム」は多義的な概念であるが,,本件特許発明3の発明の詳細な説
明において用いられる「フレーム」は,楽音データを圧縮する際にMDCT
方式を利用するなど複数のサンプルデータを単位に一括処理するために,そ
の伸張処理によっても複数のサンプルデータを単位に一括してデコードデー
タが得られるものをもって限定的に「フレーム」と説明している。しかし,
この発明の詳細な説明において限定的な意味をもって使用される「フレー
ム」を「再生処理単位」であるとする定義がされているわけではなく,また,
特許請求の範囲において,圧縮楽音データがどのような方式によるものであ
るかも特定されていない。MPEG1-レイヤ2では「フレーム」を115
2サンプル単位としながら,PQMFは32個のデータを単位として行なっ
ており,1152サンプルを再生処理単位に相当するとすれば,同様に32
サンプルも再生処理単位に相当することとなり,原告のように「再生処理単
位」を適宜当てはめて読み替えてよいことにはならないというべきである。
したがって,「再生処理単位」について,これを楽音データを圧縮する際
にMDCT方式を利用するなど複数のサンプルデータを単位に一括処理する
ために,その伸張処理によっても複数のサンプルデータを単位に一括してデ
コードデータが得られる複数のサンプルデータ単位を意味するとすることは
到底できない。この点において,本件特許発明3は特許法36条6項2号に
反するものといわざるを得ない。
(2)上記のとおり,本件特許発明3の特許請求の範囲の記載には,ADPC
M方式によって圧縮された圧縮楽音データの読出手段及び同データの伸張処
理手段の記載がなく,引用する請求項1の第1の読出手段及び圧縮楽音デー
タのデコーダとの関係が不明であって,発明が明確であるとすることができ
ない。
さらに,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの取扱いが公
知でありその実施が当業者に自明であり,発明の詳細な説明における第1の
実施形態の変形例①において当業者が非圧縮楽音データの代わりにADPC
M方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合に所定の変更した構
成を採用することが容易にできるとしても,そのことと,本件特許発明3の
特定事項のもとにおいて請求項1の「非圧縮楽音データ」に代わった「AD
PCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」をその構成の一部に備える
楽音データのループ再生が可能であるかを混同してはならない(当業者が想
定する構成の変更を反映した特許請求の範囲が本来記載されるべきである。
この点で,発明の詳細な説明における第1の実施形態の変形例①に所定の変
更を加えることが当業者に想定されるとしても当該想定された発明との齟齬
は明らかである)。この点において,本件特許発明3は根本的な誤りをして
いる。
上記発明特定事項による発明は実施不可能であって,これによって所望の
効果を奏することができないのであるから,本件特許発明3の内容は不明に
帰し,記載不備であるといわざるを得ない。
(3)以上の次第であるから,本件特許発明3の特許請求の範囲の記載は,発
明を特定するものとして不明瞭であるから,特許法36条6第2号に反し,
同法123条1項4号により無効とされるべきである。
(原告の主張)
(1)本件特許3明細書の段落【0002】において「フレーム単位で再生処
理を行うようになっている」と記載されており,実施例においても「フレー
ム単位で再生処理を行う」構成が説明されているので,特許請求の範囲にお
ける「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単
位の整数倍のデータサイズを有し,」とは,発明の詳細な説明に記載された
「フレーム単位で再生処理を行うようになっている」という,そのような
「再生処理単位」の整数倍のデータサイズに相当することが明白である。
被告は,MPEG1-レイヤ2では「フレーム」を1152サンプル単位
としながら,PQMFは32個のデータを単位として行なっており,115
2サンプルを再生処理単位に相当するとすれば,同様に32サンプルも再生
処理単位に相当することになる旨主張する。しかし,PQMFにおける32
個のデータ単位とは,再生演算途中の中間的な形態であるにすぎない。この
ような再生演算途中の中間的な形態にかかわらず,MPEG1-レイヤ2に
おいては,本件発明が課題としているような終端部の無音部分は,1152
サンプルからなる再生処理単位においてしか問題とされない。したがって,
これをもって,本件特許発明3は明確でないということはできない。
(2)被告は,非圧縮データ(PCMデータ)に代えてADPCM方式によっ
て圧縮された圧縮楽音データを用いる際には,単に,前者を後者に置き換え
るだけでは足りず,後者を用いるための構成が必要であるところ,発明の詳
細な説明にはそのような構成は記載されていない旨主張する。
しかし,「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮さ
れた圧縮楽音データ」を用いるということは,第1の実施態様における「P
CMデータ」を「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」に置
き換えればよいことであり,発明の詳細な説明に明らかに記載されている。
また,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」それ自体及び
その読み出し方や伸張処理法などは本件特許出願前より周知である(例えば
甲3・5頁12行~6頁9行)から,特段の具体的記載が明示されていない
としても,当業者にとっては実施可能である。
また,請求項1に対する請求項4の当てはめも,すべて「非圧縮楽音デー
タ」を「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」に置き換えれ
ばよいので,不明瞭な点はない。被告が必要であると主張する「ADPCM
方式によって圧縮された圧縮楽音データ」をデコードするための構成は周知
であり,「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮され
た圧縮楽音データ」を用いる,という定義の中に当然に含まれている。すな
わち,「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮された
圧縮楽音データ」を用いた場合,請求項1の「第1の読出手段」における
「非圧縮楽音データを読み出す」という構成は,代替的に記憶した「ADP
CM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を読み出すことが「非圧縮楽
音データを読み出す」ことと等価となるものであるから,読み出した「AD
PCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」をデコードすることを当然
に含む構成となる。
なお,公知のように,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音デー
タ」の読み出し及び伸張に要する時間遅れは,フレーム単位で処理しなけれ
ばならない「圧縮楽音データ」の読み出し及び伸張に要する時間遅れとは比
べものにならないほど短いものであり,そのために,変形例②として,PC
Mデータに代替しうるものとして「ADPCM方式によって圧縮された圧縮
楽音データ」を挙げているのである。したがって,請求項1に対する請求項
4の当てはめにおいても,「第1の読出手段」が「前記記憶媒体から前記A
DPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを読み出す」ことが明らか
にされていれば,本件特許発明3にとって必須の構成が記載されているとい
えるのである。
3-8実施可能要件違反の有無(争点3-8)
(被告の主張)
本件特許発明3が引用する請求項1の「非圧縮データに代えてADPCM方
式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる」ことに関し,発明の詳細な説
明の項には,課題を解決しようとする課題の項を除き,唯一,段落【002
1】の次の記載があるだけである。
「【0021】
なお,上記の実施形態において,楽音データの先頭部および終了部にPCM
データ,すなわち圧縮されていないディジタル楽音データを配置したが,これ
に代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた,伸張が短時間で行えるデ
ィジタル楽音データを配置してもよい。」
もっとも,当業者は,この置換により所望の動作をして所望の効果を奏する
ように,その構成を変更することには容易に想到するかもしれない。しかし,
本件特許発明3は,請求項1の「非圧縮楽音データ」を「ADPCM方式によ
って圧縮された圧縮楽音データ」に代えることだけを規定したから,上記のよ
うな当業者が行うべき他の構成の変更を施すことのない構成において,発明の
詳細な説明において奏すべきものとされる「無音部分を作ることなくループ再
生を行うことができる」という作用効果をどのように達成できるのかは,発明
の詳細な説明には何らの開示がない。
したがって,「請求項1の非圧縮データに代えてADPCM方式によって圧
縮された圧縮楽音データを用いる」ことを規定した本件特許発明3(請求項1
を引用する請求項4)は,明細書の発明の詳細な説明の記載が不備であって,
当業者が実施することができないものであり,本件特許発明3は特許法36条
4項1号に反するから,同法123条1項4号により無効とされるべきである。
(原告の主張)
前記3-7(原告の主張)(2)のとおり,ADPCM方式の再生処理技術自
体は周知であるから,発明の詳細な説明に特段の具体的記載が明示されていな
いとしても,当業者にとっては実施可能である。
3-9乙13号証を主引例とする進歩性の欠如(争点3-9)
(被告の主張)
(1)乙13号証には,以下のような記載がある。
「2.特許請求の範囲
所定周期分のアナログ波形に対応するディジタル・データを,所定数のサ
ンプル毎のブロック単位で圧縮データ・ワードとその圧縮に関するパラメー
タとを生成し,所定数の圧縮データ・ワードとそのパラメータを含む1また
は複数の圧縮符号ブロックを構成して記憶媒体にストアするようにした音源
データ圧縮符号化方法であって,上記1または複数の圧縮符号ブロックのう
ち少なくとも始めのブロックの始めの所定数のワードはストレートPCMの
ワードがストアされるようにしたことを特徴とする音源データ圧縮符号化方
法。」
「〔課題を解決するための手段〕・・・すなわち第1図において,ルーピン
グ区間LPが上記アナログ波形の所定周期分に対応し,このルーピング区間
LP内の始めの圧縮符号ブロックBLの始めの所定数のワードをストレート
PCMワードWSTとしている。このストレートPCMワードWSTの個数は,
圧縮符号化の際のフィルタの次数以上とすればよい。」(2頁右下欄19行
~3頁左上欄6行)
「〔実施例〕・・・この繰り返し波形の所定のn周期分(nは整数)をルー
ピング区間LPとし,この区間LPの始点及び終点をそれぞれルーピング開
始点LPS及びルーピング終端点LPE(ルーピングポイント)と表してい
る。そして上記フォルマント部分FR及びルーピング区間LPのアナログ波
形に対応するディジタル・データを記憶媒体に記録し,再生時にはフォルマ
ント部分FRの再生に続いてルーピング区間LPを繰り返し再生することに
より,任意の長時間にわたって楽音を発生させることができる。ここで,
このようなルーピング区間LPを含む楽音データをメモリ等の記憶媒体にス
トアするに先立ってビット圧縮符号化することにより,データ量の低減を図
るわけであるが,本実施例においては,本件出願人が先に特開昭61-15
8217号公報,特開昭62-008629号公報あるいは特開昭62-0
03516号公報等において提案しているビット圧縮符号化方式,すなわち
波高値データの所定数のサンプル(hサンプル)毎にブロック化しこのブロ
ック単位で最適のビット圧縮を施すような高能率符号化方式を用いるものと
し,この高能率ビット圧縮符号化方式について,第3図を参照しながら概略
的に説明する。」(3頁右上欄16行~左下欄20行)
「このビット圧縮符号化システムにおいては,上記入力信号(波高値デー
タ)x(n)を,所定数のサンプル(hサンプル)毎にブロック化して,各
ブロック毎に最適の特性の上記エンコード・フィルタ74を選択するように
している。これは互いに異なる特性を有する複数の(例えば4個の)エンコ
ード・フィルタを予め設けておき,これらのフィルタのうち最適の特性の,
すなわち最も高い圧縮率を得ることのできるようなフィルタを選択すること
で実現し得るものである。」(3頁右下欄19行~4頁左上欄8行)
「ここで第4図は,このようなパラメータ情報および上記ビット圧縮(エン
コード)されたサンプル・データ(上記出力d(n))のlブロック分の一
具体例を示すものである。この第4図におけるlブロック分のデータとして
は,1バイトのヘッダ情報(パラメータ情報)RFと8バイトのサンプル用
データDA0~DB3で構成されている。」(4頁右下欄15行~5頁左上欄
1行)
「次に,再生側のデコーダ90の入力端子91には,上記エンコーダ70の
出力端子82からの出力d(n)が伝送され,あるいは記録,再生されるこ
とによって得られた信号d’(n)が供給されている。この入力信号d’
(n)は利得G-1のシフタ92を介し加算器93に送られている。加算器
93からの出力x’(n)は予測器94に送られて予測信号x’(n)とな
り,この予測信号x’(n)は上記加算器93に送られて上記シフタ92か
らの出力d”(n)と加算される。この加算出力がデコード出力x’(n)
として出力端子95より出力される。」(5頁左上欄13行~右上欄4行)
「このような構成のビット圧縮符号化システムにおいて,上記第2図のルー
ピング区間LPのルーピング開始点LPsから始まるブロック(ルーピング
開始ブロック)の最初の所定数のワードを,第1図に示すように,ストレー
トPCMデータのワードWSTとする。この所定数としては,上記エンコー
ド・フィルタ74の次数(予測フィルタの次数)の最大値と同じかあるいは
それ以上とすればよく,上記具体例ではエンコード・フィルタ74の最大次
数が2次であるから,2個以上のストレートPCMデータのワードWSTを
配置するようにすればよい。このためには,例えばエンコード出力端子82
の直前に切換スイッチを設け量子化器76からの圧縮データとストレートP
CMデータとを切換選択して出力可能と成し,上記ルーピング開始点LPS
からの上記所定数ワードの間は上記切換スイッチによりストレートPCMデ
ータを選択して出力するように構成すればよい。なお,レンジ情報はブロッ
クで独立であるから,元のサンプルのワード長の例えば16ビットのストレ
ートPCMデータをそのまま出力する代わりに,同じブロックのレンジ情報
に対応するビットだけ圧縮した例えば4ビットのストレートPCMデータを
出力するようにしてもよい。」(5頁左下欄2行~右下欄5行)
「この第5図において,メモリ1には,上記圧縮符号化されたサンプル・デ
ータやパラメータ情報(第4図のヘッダ情報RF,付属情報)等(音源デー
タ)が記憶されており,さらにルーピング開始アドレス(上記ルーピング開
始ブロックのメモリ内アドレス)等も例えばディレクトリ情報として記憶さ
れている。この少なくともルーピング開始アドレスは,メモリ1のデータバ
スを介してアドレス・レジスタ2に送られて一時記憶され,ルーピングの終
了直前にアドレス・カウンタ3にプリセットされるようになっている。デコ
ーダ4はアドレス・カウンタ3からの出力及び上記ループ・スタート・フラ
グLSFに応じて,上記ルーピング開始ブロック内の始めの上記所定数ワー
ドの間(ストレートPCMデータが出力される間)ストレートPCM切換制
御信号を出力するものである。」(5頁右下欄10行~6頁左上欄6行)
「このようにメモリ1から読み出される音源データの内,上記パラメータ情
報(第4図のヘッダ情報RF,付属情報)は,付属情報レジスタ5に送られ
て一時記憶され,上記圧縮符号化されて得られた4ビットの圧縮データ(第
4図のサンプル・データDA0H~DB3L)はデータ・レジスタ6に送られて
一時記憶される。また,メモリ1からの音源データの内の上記ルーピング開
始ブロックの始めの所定数ワードのストレートPCMデータは,マルチプレ
クサ8に送られる。」(6頁左上欄19行~右上欄8行)
「このような第5図中のデコーダ20において,上記4ビットの圧縮データ
については,前述した第3図のデコーダ70と同様なデコード処理が施され,
例えば16ビットの波高値データとなって出力レジスタ16を介してD/A
変換器17に送られ,アナログ楽音信号として出力端子18より取り出され
る。」(6頁左下欄15行~右下欄1行)
「ルーピング終端点を含むブロックの音源データを読み出している際には上
記付属情報のループ・エンド・フラグLEFが立ち,このループ・エンド・
フラグLEFに基づいてルーピング終端点に達した時点でアドレス・レジス
タ2からのルーピング開始アドレスをアドレス・カウンタ3にプリセットす
る。
従って,アドレス・カウンタ3はアドレスバスを介してメモリ1のルーピ
ング開始ブロックをアクセス開始し,上記始めの所定数のワードは上記スト
レートPCMデータを読み出す。このストレートPCMデータを読み出して
いる間は,デコーダ4が前記ストレートPCM切換制御信号を出力してマル
チプレクサ8及び係数発生回路9に送り,このストレートPCMデータをそ
のまま出力レジスタ16に送るような制御がなされる。すなわち,マルチプ
レクサ8はメモリ1からの上記ストレートPCMデータを選択して出力し,
係数発生回路9は0次のフィルタを構成するような乗算係数を係数乗算器1
2,13に送るから,加算器10からの出カには上記ストレートPCMデー
タがそのまま得られることになる。」(6頁右下欄4行~7頁左上欄5行)
第5図は次のものである。
(2)乙13号証に記載された発明
乙13号証では,波高値データの所定数のサンプル(hサンプル)毎にブ
ロック化しこのブロック単位で最適のビット圧縮を施すような高能率符号化
方式により楽音データが圧縮されている。そして,ルーピング開始点LPs
から始まるブロック(ルーピング開始ブロック)の最初の所定数のワードを,
第1図に示すように,ストレートPCMデータのワードWSTとするから,
非圧縮の楽音データとしてストレートPCMデータが設けられ,ストレート
PCMデータ及び圧縮データが楽音データとしてメモリ1に格納されている。
乙13号証では,第1図のようにルーピング期間では,ルーピング先頭部
分のストレートPCM,これに続く圧縮データがメモリ1に格納され,ルー
ピング期間に基づく発音をする際には,メモリ1に格納されたルーピング期
間の先頭部分のストレートPCM,これに続く圧縮データ,そして先頭のス
トレートPCMというように順次ルーピング期間の楽音データが繰り返し読
み出される。
乙13号証のデコーダ4はアドレス・カウンタ3からの出力及び上記ルー
プ・スタート・フラグLSFに応じて,上記ルーピング開始ブロック内の始
めの上記所定数ワードの間(ストレートPCMデータが出力される間)スト
レートPCM切換制御信号を出力する。したがって,ストレートPCMの読
み出しが終了すると,このストレートPCM切換制御信号の出力は停止する。
乙13号証では,メモリ1から読み出される音源データの内,パラメータ
情報(第4図のヘッダ情報RF,付属情報)は,付属情報レジスタ5に送ら
れて一時記憶され,上記圧縮符号化されて得られた4ビットの圧縮データ
(第4図のサンプル・データDA0H~DB3L)はデータ・レジスタ6に送ら
れて一時記憶されるから,圧縮楽音データが読み出されるものであることは
明らかである。
乙13号証のデコーダ20(第5図)において,4ビットの圧縮データは
第3図のデコーダ90と同様なデコード処理が施され,例えば16ビットの
波高値データとなって出力レジスタ16を介してD/A変換器17に送られ,
アナログ楽音信号として出力端子18より取り出される。
そして,ストレートPCMデータが出力される間,ストレートPCM切換
制御信号をマルチプレクサ8及び係数発生回路9に対して出力し,このスト
レートPCMデータをそのまま出力レジスタ16に送るような制御がなされ
る。
乙13号証では,波高値データの所定数のサンプル(hサンプル)毎にブ
ロック化しこのブロック単位で最適のビット圧縮を施すような高能率符号化
方式が採用されるから,ストレートPCMを含むものを含めて,楽音データ
は全てhサンプル毎にブロックされている。
乙13号証のメモリ1には,圧縮符号化されたサンプル・データやパラメ
ータ情報(第4図のヘッダ情報RF,付属情報)等(音源データ)が記憶さ
れており,さらにルーピング開始アドレス(上記ルーピング開始ブロックの
メモリ内アドレス)等も例えばディレクトリ情報として記憶され,ルーピン
グ開始アドレスは,メモリ1のデータバスを介してアドレス・レジスタ2に
送られて一時記憶され,ルーピングの終了直前にアドレス・カウンタ3にプ
リセットされ,デコーダ4はアドレス・カウンタ3からの出力及びループ・
スタート・フラグLSFに応じて,ルーピング開始ブロック内の始めの所定
数ワードの間ストレートPCM切換制御信号を出力して,マルチプレクサ8
はストレートPCMの出力を選択する。そして,圧縮楽音データが読み出さ
れてデコードされると,マルチプレクサ8はこのデコードデータを選択して
出力するようになっていることは明らかである。
そして,ルーピング終端点を含むブロックの音源データを読み出している
際には上記付属情報のループ・エンド・フラグLEFが立ち,このループ・
エンド・フラグLEFに基づいてルーピング終端点に達した時点でアドレ
ス・レジスタ2からのルーピング開始アドレスをアドレス・カウンタ3にプ
リセットする。
したがって,アドレス・カウンタ3はアドレスバスを介してメモリ1のル
ーピング開始ブロックをアクセス開始し,上記始めの所定数のワードは上記
ストレートPCMデータを読み出す。
乙13号証は,以後これらを順次実行する。
乙13号証の第5図は,楽音データの再生装置を示している。
以上から,乙13号証には次の発明が記載されている(以下「乙13発
明」という)。
「ストレートPCMデータと圧縮楽音データとから構成される楽音データが
記憶されたメモリから前記楽音データをストレートPCMデータ,圧縮楽音
データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,
前記メモリから前記ストレートPCMデータを読み出すとともに,前記ス
トレートPCMデータの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力
する第1の読出手段と,
前記メモリから前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,
前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データをデコードして
出力するデコーダと,
前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段
と,
前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を制御す
る制御手段とを具備し,
前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における再生処理単位である1
サンプルのh倍のデータサイズを有し,
前記制御手段は,ルーピング期間において,前記第1の読出手段へ前記ス
トレートPCMデータの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前
記ストレートPCMの出力に切り換える第1手順,前記ストレートPCMの
出力が終了した時点で前記第2読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指
令を出力するとともに前記切換手段を前記第2の読出手段の出力に切り換え
る第2手順,を順に実行し,前記第2の読出手段から前記圧縮楽音データの
デコード及び出力が終了した通知を受けて再び前記第1手順を実行すること
により,前記楽音データをループ再生させることを特徴とする楽音データ再
生装置。」
(3)本件特許発明3と乙13発明とを対比すると,両者は次の一致点及び相
違点を有する。
【一致点】
「第2の状態の圧縮楽音データと第1の状態の楽音データとから構成される
楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを読み出して再生する
楽音データ再生装置であって,
前記記憶媒体から前記第1の状態の楽音データを読み出すとともに,前記
第1の状態の楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出
力する第1の読出手段と,
前記記憶媒体から前記第2の状態の圧縮楽音データを読み出す第2の読出
手段と,
前記第2の読出手段によって読み出された第2の状態の圧縮楽音データを
伸張して出力するデコーダと,
前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段
と,
前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を制御す
る制御手段とを具備し,
前記第2の状態の圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再
生処理単位の整数倍のデータサイズを有し,
前記制御手段は,前記第1の読出手段からの読み出し終了通知を受けて前
記第2の読出手段へ前記第2の状態の圧縮楽音データの読み出し指令を出力
するとともに前記切換手段を前記デコーダの出力に切り換えるA手順,前記
デコーダによる前記第2の状態の圧縮楽音データの伸張および出力が終了し
た時点で前記第1の読出手段へ前記第1の状態の楽音データの読み出し指令
を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力に切り換える
B手順,を有し,
前記第1の読出手段から出力される前記読み出し終了通知を受けて前記A
手順を実行し,その後B手順を実行することにより,前記楽音データをルー
プ再生させる
ことを特徴とする楽音データ再生装置。」である点で一致する。
【相違点1】
第1の状態の楽音データについて,本件特許発明3はADPCM方式によ
って圧縮された圧縮楽音データであるのに対し,乙13発明は,ストレート
PCM(非圧縮楽音データ)である点で異なる。
【相違点2】
楽音データの読み出しについて,本件特許発明3は,第2の状態の圧縮楽
音データ,第1の状態の楽音データの順に読み出すのに対し,乙13発明は,
第1の状態の楽音データ,第2の状態の圧縮楽音データの順に読み出す点で
異なる。ただし,第1の状態の楽音データの読み出し後は本件特許発明3と
同様に,第2の状態の圧縮楽音データ,第1の状態の楽音データの順に読み
出す点では一致する。
【相違点3】
ループ再生指示を受けた後の手順について,本件特許発明3は第1手順
(A手順相当)を実行するものであるのに対し,乙13発明では,B手順
(第2手順相当)を実行するものである点で異なる。ただし,第1の状態の
楽音データの読み出し後は本件特許発明3と同様に,A手順,B手順の順に
実行する点で一致する。
(4)ア乙15号証には,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
1.圧縮されていないか,または伸張処理に要する時間が短い第1の圧
縮方法により圧縮された第1のデータと,前記第1の圧縮方法より伸張処
理に要する時間が長い第2の圧縮方法により圧縮された第2のデータから
構成される楽音データを読み出す読み出し手段と,前記読み出し手段によ
り読み出されたデータのうち,前記第1のデータを必要に応じ伸張して出
力する第1の出力手段と,前記第2のデータを伸張して出力する第2の出
力手段と,を備えることを特徴とする楽音生成装置。
2.圧縮されていないか,または伸張処理に要する時間が短い第1の圧
縮方法により圧縮された第1のデータと,前記第1の圧縮方法より伸張処
理に要する時間が長い第2の圧縮方法により圧縮された第2のデータから
構成される楽音データを読み出す読み出しステップと,前記読み出しス
テップで読み出されたデータのうち,前記第1のデータを必要に応じ伸張
して出力する第1の出力ステップと,前記第2のデータを伸張して出力
する第2の出力ステップと,を含むことを特徴とする楽音生成方法。」
「背景技術
電子楽器やゲーム機などにおいては,ユーザの操作は無作為に行われこ
のため発音される楽音は予測しがたく,予めユーザの操作を予測して,発
音要求があるであろう楽音を生成しておくことは難しかった。また,電子
楽器やゲーム機などでは所定の楽音の発音要求があってから,即座に発音
されることも要求されている。このような予測しがたい即座の発音要求に
対処するため,電子楽器やゲーム機などに使われる楽音データは,非圧縮
としたりまたは伸張する際に処理時間が少ない圧縮方法,例えばADPC
M(AdaptiveDifferentiaIPulseCode
Modulation)が用いられて圧縮されていた。
例えばMD(MiniDisc)などにおいては,高効率符号化音声
圧縮方式として,ATRAC(AdaptiveTransformA
cousticCoding)やATRAC2などが開発されてきており,
かかる方式では,高音質が得られしかも,先のデータを予見して(ユーザ
の操作に左右されずに)データを先読みし,楽音を生成できる音楽再生装
置を実現しつつある。
ここで,ADPCMはデータを約4分の1に圧縮するのに対し,ATR
AC2は約10分の1乃至20分の1に圧縮することが可能である。また,
ATRAC2で圧縮されたデータを伸張した音声は,ADPCMで圧縮さ
れたデータを伸張した音よりも原音(圧縮前の音)に近い音となっている。
しかしながら,ATRAC2はADPCMに比べて圧縮,伸張にかかる
処理の負荷が重い(約20倍)ため,ユーザの発音要求に応じて即座に発
音しなければならないような電子楽器やゲーム機などにはやはり不向きと
されていた。
また,電子楽器やゲーム機などでは,同時に複数の楽音が発音要求され
る場合があり,そのような場合にATRAC2などの処理の負荷が重い圧
縮方法を用いられていた場合,即座に全ての楽音が生成できない(発音で
きない)という課題があった。
本発明は,このような状況に鑑みてなされたものであり,1つの楽音を
生成するためのデータのうち先頭部分とその他の部分とで,異なる圧縮方
法を用いて圧縮された楽音データを用いることにより,または,伸張処理
されたデータのうち,一部を記憶するようにすることにより,発音要求か
ら発音されるまでの遅延時間をなくし,かつ,高効率符号化音声圧方式を
用いることができるようにするものである。」
以上のように,乙15号証には,非圧縮楽音データと低圧縮楽音データ
とを同等に取り扱い,これよりも高圧縮の楽音データと組み合わせること
によって,ユーザの発音要求に応じて即座に発音する(即座に発音できな
いときは,最初の部分が無音となってしまうという意味である)ことがで
きる技術として開示されている。従って,相違点1にもかかわらず,本件
特許発明3は,乙15号証記載の発明に基づき,当業者は容易に想到する
ことができる。
イ乙13号証のルーピング開始期間LPのルーピング開始点LPsから始
まるブロックの始めの所定数ワードがストレートPCMのワードとなるか
ら,ルーピング開始点LPsから始まるブロックはこのストレートPCM
のワードWst分数だけ少なくなる。しかし,他の部分は全てhサンプル
の整数倍のサンプルからなるブロックを形成している。
所定数のストレートPCMのワードWSTをSサンプルとすると,ルー
ピング開始点LPsから始まるブロックは,SサンプルのストレートPC
M(非圧縮楽音データ)および(h-S)サンプル数の圧縮楽音データと
なる。しかしこれに続くブロックは,いずれもhサンプルからなるビット
圧縮楽音データである。この場合の,乙第13号証の圧縮楽音データのデ
ータサイズは,「楽音データの再生における再生処理単位である1サンプ
ルのh倍に分割したブロック数を乗じた数から先端部のストレートPCM
のサンプル数(S)を減じたサンプル数(h×k-S)に等しいデータサ
イズである(kは全体のブロック数)。(h×k-S)は整数であるから,
再生処理単位である1サンプルの整数倍であることに変わりはない。この
関係を乙13号証の第1図に書き込んで図示すると次のとおりである。
これを模式的に図示すると次のとおりである。
仮に,再生処理単位が所定の複数のサンプル単位であると解するとして
も,乙13号証のブロックは所定数(h)のサンプルからなる再生処理単
位に相当する。圧縮楽音データは再生処理単位の整数倍のサンプルに最初
のブロックの再生処理単位のサンプル数からストレートPCMサンプル数
を控除したサンプル数を加算したもの(h×k-S)となる。この点で,
圧縮楽音データの整数倍ではないが,最初のWSTについて,ブロック対
象から先端部に移動してしまうことは当業者には容易であることは明らか
である。
そうすると,PCMデータが先端部に位置するか終端部に位置するかの
相違にすぎないことになり,ループ再生の連結部にPCMデータが位置す
ることについては本件特許発明3も乙13発明においても変わりはない。
乙13発明は,ループ再生の無音部分を生じないようにする発明ではない
が,本件特許発明3もループ再生の無音部分を生じないようにすることが
できないのであるから,この点の相違は何ら問題にすべきではない。
(5)本件特許発明3は,乙13発明に乙15号証記載の発明を適用すること
によって容易に想到できるというべきであるから特許法29条2項に違反す
るものであり,同法123条1項2号により無効とされるべきである。
(原告の主張)
(1)本件特許発明3は,曲の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない
場合にフレームの後部に無音部分が含まれることになるので,繰り返し再生
において曲の終端部と先頭部との間に無音部分が生じてしまう問題があった
ことを解決しようとするものであるのに対して,乙13発明は,そもそも,
音源データの所定周期分(ルーピング区間)の始めの部分,特にルーピング
の折り返し点(ルーピングポイント)での悲連続性をなくすことができ,し
かも記憶容量の増大を防ぐことが可能な音源データ圧縮符号化方法の提供を
目的とするものであり,本件特許発明3が解決しようとする上記課題とは無
関係である。
本件特許発明3は,構成要件3A~3Hからなる構成を上記課題の解決手
段として具備していることにより,「圧縮楽音データ」は楽音データの終了
部に配置されないようにし,楽音データの終了部には「ADPCM方式によ
って圧縮された圧縮楽音データ」が配置されるようにしていることを特徴と
している。乙13発明は,「第2図のルーピング区間LPのルーピング開始
点LPSから始まるブロック(ルーピング開始ブロック)の最初の所定数の
ワードを,第1図に示すように,ストレートPCMデータのワードWSTと
する。」(乙13の5頁左下欄2行~6行)もので,ルーピング区間LPの
ルーピング終端点LPEを含むブロックは圧縮データからなっている。
したがって,乙13発明は,ルーピング区間LPのルーピング終端点LP
Eを含むブロックが圧縮データからなっている点において,本件特許発明3
とは明らかに相違している。詳しく述べると,本件特許発明3と乙13発明
とは,次の4点で相違する。
相違点①:乙13号証には構成要件3Aが示されていない点。
相違点②:乙13号証には構成要件3Bが示されていない点。
相違点③:乙13号証には構成要件3Gが示されていない点。
相違点④:乙13号証には構成要件3Hが示されていない点。
(2)ア構成要件3Aが,「圧縮楽音データと“ADPCM方式によって圧縮
された圧縮楽音データ”とから構成される楽音データが記憶された記憶媒
体から前記楽音データを圧縮楽音データ,“ADPCM方式によって圧縮
された圧縮楽音データ”の順に読み出して再生する楽音データ再生装置」
であるのに対して,乙13発明は,ルーピング区間LPについて着目する
と,ルーピング開始点LPSから始まる所定数のワードからなるストレー
トPCMデータのワードWSTをまず読み出し,次に圧縮データを読み出
すようになっている。
したがって,乙13号証の「ストレートPCMデータ」を本件特許発明
3の“ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ”に対応付け,
「圧縮データ」を「圧縮楽音データ」に対応付けたとしても,読み出しの
順序が一致しておらず,乙13号証は構成要件Aを開示していない(相違
点①)。
イ構成要件3Bが,「前記記憶媒体から前記“ADPCM方式によって圧
縮された圧縮楽音データ”を読み出すとともに,前記“ADPCM方式に
よって圧縮された圧縮楽音データ”の読み出しを終了した時点で読み出し
終了通知を出力する第1の読出手段」であるのに対して,乙13発明は,
ルーピング区間LPについて着目すると,メモリ1から圧縮データを読み
出してデコードしているときに,該圧縮データの最後部の「ルーピング終
端点を含むブロックの音源データを読み出している際には上記付属情報の
ループ・エンド・フラグLEFが立ち,このループ・エンド・フラグLE
Fに基づいてルーピング終端点に達した時点でアドレス・レジスタ2から
のルーピング開始アドレスをアドレス・カウンタ3にプリセットする」
(乙3の6頁右下欄4行~10行)ようになっている。
ここで,乙13号証の「ルーピング終端点に達した時点でアドレス・レ
ジスタ2からのルーピング開始アドレスをアドレス・カウンタ3にプリセ
ットする」を,本件特許発明3の「読み出しを終了した時点で読み出し終
了通知を出力する」に対応付けたとしても,乙13号証では「圧縮デー
タ」の読み出し終了に応答しているにすぎず,“ADPCM方式によって
圧縮された圧縮楽音データ”(非圧縮楽音データ)の読み出し終了に応答
する構成とはなっていないので,乙13号証は構成要件3Bを開示してい
ない。
一方,乙13号証に示された「アドレスカウンタ3」(第5図)は,メ
モリ1から「ストレートPCMデータ」を読み出すように機能するので,
これを一応,構成要件3Bの「第1の読出手段」に対応付けることができ
る。しかし,そうすると,「ストレートPCMデータ」の読み出しの終了
は,「ルーピング終端点」から「ルーピング開始点」に戻るときに生じる
ものではないので,構成要件3Bにおける「前記“ADPCM方式によっ
て圧縮された圧縮楽音データ”の読み出しを終了した時点で読み出し終了
通知を出力する」ものに該当しない。
本件特許発明3では,構成要件3Bが出力する「読み出し終了通知」は,
構成要件3Hにおいて「楽音データをループ再生させる」ために用いられ
ている。よって,乙13号証に示された「アドレスカウンタ3」(第5
図)を構成要件3Bの「第1の読出手段」に対応付けた場合,「ストレー
トPCMデータ」の読み出しの終了は,「ルーピング終端点」から「ルー
ピング開始点」に戻るときに生じるものではないので,結局,構成要件3
Bに該当しないことになる。
このように,乙13号証の構成をどのように当てはめても,構成要件3
Bに該当せず,構成要件Bを開示していない(相違点②)。
ウ構成要件3Gが,「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における
所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し,」であるのに対して,
乙13発明は,ルーピング区間LPにおいて再生される圧縮データのサン
プル数は1ブロックの整数倍とはなっていないので,「楽音データの再生
における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズ」に該当していない。
したがって,構成要件3Gを開示していない(相違点③)。
エ構成要件3Hが,「前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第
2の読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前
記切換手段を前記デコーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダに
よる前記圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読
出手段へ前記“ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ”の読
み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力
に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手段から出力され
る前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行することにより,
前記楽音データをループ再生させる」であるのに対して,乙13発明は,
ルーピング区間LPについて着目すると,ルーピング開始点LPSから始
まる所定数のワードからなるストレートPCMデータのワードWSTをま
ず読み出し,次に圧縮データを読み出すようになっている。
したがって,乙13号証の「ストレートPCMデータ」を本件特許発明
3の“ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ”に対応付け,
「圧縮データ」を「圧縮楽音データ」に対応付けたとしても,読み出しの
順序(第1手順と第2手順の順序)が一致しておらず,乙13号証は構成
要件3Hを開示していない(相違点④)。
(3)乙15号証においては,「1効果音を生成するデータの先頭部分が非圧
縮のデータであり,残りの部分が圧縮されたデータである音楽データ」が示
されており,また,非圧縮データと圧縮データの違いは,伸張処理に要する
時間の相対的な長短の相違で区別することが示されている。
このように,乙15号証においても,楽音データの終わりの部分が圧縮デ
ータとなっており,明らかに,本件特許発明3が特徴とする相違点①④に係
る構成要件3A及び3Hを開示していない。また,相違点②に係る構成要件
3Bも開示していない。
特に,相違点④に係る構成要件3Hは,本件特許発明3の課題を解決し,
所期の効果を奏するために重要な構成であるから,いずれの刊行物において
もこの点が開示されていないことを考慮すると,本件特許発明3は,これら
の刊行物(乙13,15)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に推
考し得たものではないことが明白である。
4原告の損害額(争点4)
(原告の主張)
(1)被告は,平成16年10月頃から,業として被告製品1を製造・販売し
ており,その売上高は平成22年3月末日現在において29億円を下らない。
また,被告製品1にかかる被告の利益率は,50%を下らず,本件特許発明
1の寄与率は20%を下らない。
したがって,被告による本件特許1にかかる特許権侵害行為により原告が
被った損害は,2億9000万円を下らない。
(2)被告は,平成19年10月頃から,業として被告製品2を製造・販売し
ており,その売上高は平成22年3月末日現在において2億円を下らない。
被告は,平成21年2月頃から,業として被告製品3を製造・販売しており,
その売上高は同月末日現在において15億円を下らない。また,被告製品2
にかかる被告の利益率は,50%を下らず,本件特許発明2及び3の寄与率
は40%を下らない。被告製品3にかかる被告の利益率は,50%を下らず,
本件特許発明2及び3の寄与率は20%を下らない。
したがって,被告による本件特許2及び3にかかる特許権侵害行為により
原告が被った損害は,1億9000万円を下らない。
(3)原告は,本件特許1の侵害による損害賠償金のうちの一部である金1億
5000万円,本件特許2及び3の侵害による損害賠償金のうちの一部であ
る金1億円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成22年4月
24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1本件特許発明1に係る侵害の成否について
1-1構成要件1Aの充足性(争点1-1)について
(1)被告製品1がデコード機能を有するものの,エンコード機能を有しない
ものであることは当事者間に争いがない(別紙被告製品1の機能説明参照)。
したがって,構成要件1Aの「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して
外部記憶手段に記録するとともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データ
を所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて
音信号を生成する信号処理装置において,」うちの前段,すなわち,「デー
タを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部手段に記憶する」という部分が,
本件特許発明1の「信号処理装置」においてデータの圧縮処理(エンコー
ド)が行われることを意味するものとすれば,被告製品1は構成要件1Aを
充足しないということになる。
そこで,まず,構成要件1Aの「外部記憶手段に記録する」の意義につい
て検討する。
(2)構成要件1Aの文言をみると,①「データを所定の圧縮処理によつて圧
縮して外部記憶手段に記録する」ことと②「前記外部記憶手段に記録した圧
縮データを所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに
基づいて音信号を生成する」ことが「とともに」で並列的に記載されている
のであるから,「とともに」は「かつ」又はこれに類似する意味であると解
される。加えて,上記①と②はいずれも「記録する」と「生成する」という
動詞であるから,上記①の「外部記憶手段に記録する」とは記録する動作
(機能)を意味すると解するのが自然である。
(3)続いて,本件特許1明細書の【発明の詳細な説明】の記載に基づいて検
討する。
ア本件特許1明細書の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は,高効率データ圧縮を採用したレコー
ダ等に用いられて好適な信号処理装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来より,デジタルデータを記録する際には,その記憶
容量を小さくするために,各種のデジタルデータ圧縮技術が用いられてき
た。ここでは,代表的な例として,帯域分割符号化(SBC;サブバンド
コーディング)および適応変換符号化(ATC)について説明する。帯域
分割符号化による圧縮法では,アナログ波形を帯域通過フィルタ(BP
F;BandPassFilter)群によって帯域分割して符号化
する。さらに,帯域分割された信号に,その重要さに応じて適切なビット
数を割当て,該割当てられたビット数で量子化する。すなわち,この方式
では,これまでの圧縮法のように単に波形の統計的な特性を考慮して圧縮
するのではなく,信号を受け取る人間の知覚処理過程に整合するようにし
て圧縮するようになっている。
【0003】また,適応変換符号化による圧縮法では,アナログ波形を
所定の区間毎に直交変換(例えば,フーリエ変換によるスペクトル変換)
し,その変換係数を適応符号化する。ここで,適応符号化とは量子化間隔
を適宜,状況に応じて変化させながら量子化することである。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述した圧縮技術を,例え
ば,マルチトラックのレコーダに適用して,性能/価格比を上げようとす
ると,十分な圧縮性能は得られるが,再生時の圧縮データのデコードの際
に時間遅れを生じるという問題がある。すなわち,マルチトラック・レコ
ーダでは,例えば,予め圧縮記録しておいた信号に同期させて,後から別
のトラックに他の信号を記録するという作業が行なわれる。この時,予め
圧縮記録しておいた信号を再生するのであるが,再生するためのデータ処
理に時間がかかるため,頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないという
問題を生じる。特に,上述した技術では,FFT等のブロックデータ処理
が含まれており,これが聴感上無視できないほどの再生時の立上がり遅れ
を生ずる。」
上記記載によれば,従来技術として,帯域分割符号化(SBC)による
圧縮法,適応変換符号化(ATC)による圧縮法が挙げられ,本件特許発
明1は,その改良技術として位置付けられている。したがって,このよう
な本件特許発明1の技術的な位置付けからみれば,本件特許発明1が圧縮
技術の部分を含まず,専らデコード処理技術に関わるものであると限定し
て解することは相当でない。
イまた,発明の詳細な説明の実施例については,次の記載がある。
「【0008】
【実施例】次に図面を参照してこの発明の実施例について説明する。図
1はこの発明の一実施例の構成を示すブロック図である。…(以下省
略)」
「【0009】ここで,パネルスイッチ1の一例を図2(a)に示す。…
(途中省略)…具体的には,再生の開始を指示する「PLAY」キー1a,
録音の開始を指示する「REC」キー1b,上記再生および録音を停止さ
せる「STOP」キー1c,どのトラックまたは位置から再生するかを指
示する「トラック」キー1dおよび「位置」キー1e,後述する同期再生
を行なう先頭位置を指示する(マークする)「マーク」キー1f,そして,
同期再生の開始を指示する「同期再生」キー1gからなる。…(以下省
略)」
「【0011】(前略)…また,テンポラリRAM8には圧縮データをデ
コートする際に,同期再生される最初の部分のデータが記憶される。外部
記憶装置は,圧縮データを記憶するものであり,例えば,ハードディスク,
あるいはDRAMやフラッシュメモリのような半導体メモリや光磁気ディ
スク等からなる。…(以下省略)」
「【0012】次に,演算器10はDFTベースのATC(Adaptive
TransformCorder)の方法に基づく,圧縮演算(エンコード)および再生
演算(デコード)を行なう。…(以下省略)」
「【0013】次に,ADC(アナログ/デジタル変換器)11はアナロ
グ信号をデジタル信号に変換する。このデジタル信号に対して圧縮が行な
われる。…(以下省略)」
「【0014】次に,上述した構成による動作について,図4~図6に示
すタイムチャートを参照して説明する。
[RECタイムチャート]まず,図4において,RECキー1bが押下
されると,ADC11によってデジタル信号に変換されたデータがCPU
5によって演算器10のバッファABUFにブロック(1024サンプ
ル)単位で順次格納される。…(以下省略)」
「【0015】上記第1ブロックのデータの格納が終了すると,次に,該
データの圧縮が行なわれ,圧縮データはバッファBBUF(1)に書き込
まれる。そして,データ圧縮が終了すると,バッファBBUF(1)に書
き込まれた圧縮データは外部記憶装置へ書き込まれる。…(以下省略)」
「【0021】次に,上述したタイムチャートにおける動作を図7~図1
4に示すフローチャートを参照して説明する。まず,RECキーオンイベ
ント処理について図7を参照して説明する。…(以下省略)」
「【0024】[タイマ割込み処理]…(途中省略)…ステップSB2で
は,ADC11により入力波形をデジタル変換し,このデジタルデータを
バッファABUF(i)に順次格納する(この場合,iは「0」であ
る)。」
「【0027】そして,上記ステップSB4において,バッファフラグi
を反転した時,すなわち,1ブロックのデータの格納が終了すると,演算
器10は,上記バッファABUF(i)に格納されたデータの圧縮を開始
し,所定時間D経過後,該圧縮データはバッファBBUF(i)へ格納さ
れる。」
「【0028】そして,上記圧縮が終了すると,タイマ13によってCP
U5に割込みがかかり,図9に示すエンコード終了割込み処理が実行され
る。
[エンコード終了割込み処理]…(途中省略)…ステップSC2では,
バッファBBUF(i)に格納された圧縮データを1ブロック分,外部記
憶装置9へ送出させるべく,DMAへ指示する。…(途中省略)…この
結果,DMAにより,バッファBBUF(i)のデータが,順次,外部記
憶装置9に転送される。…(途中省略)…以上の処理をSTOPキー1c
が押下されるまで繰り返し,外部記憶装置9へ順次圧縮データを書込
む。」
「【0046】(前略)…この装置によれば,聴感上の応答性能を損うこ
となく,データ量に対してその圧縮率がリニアなPCMに比べ,圧縮器の
性能に応じてデータ量を1/2あるいは1/4にすることができる圧縮技
術を効果的に利用することができ,結果として記憶装置(HDD,MOD,
MT等)の性能限界(アクセス速度,記憶容量)から決定される最大オー
ディオトラック数,最長録音時間を2倍あるいは4倍等に向上させ得る。
記憶装置は,エンコード,デコードに必要な処理装置に比べ,高価,大き
い,重いので2台,4台と複数の記憶装置を装備するよりも,本装置採用
による効果は大きい。」
「【0047】なお,上述した実施例では,演算器,ADCおよびDAC
を1つとしたが,複数設けたり,時分割的な処理によってマルチトラック
レコーダとしてもよい。マルチトラックレコーダとした場合のREC処理
を示すタイムチャートを図15に示す。図15においては,4トラックの
マルチトラックレコードを実現しており,トラックTr1,Tr2および
Tr3は録音トラック,トラックTr4は再生トラックとしている。図に
おいて,バッファABUFでの圧縮,バッファBBUF(0)に書き込み
処理は図4と同様にトラックTr1,Tr2およびTr3の各々に対して
行なわれる。シングルトラックの場合と異なる点は,外部記憶装置9へ書
き込む時間Sである。4トラックの場合には,次の圧縮が終了するまでに,
4トラック分の圧縮データを外部記憶装置9へ転送する必要があるため,
最長でも,1ブロックの時間Bの1/4以下にする。」
「【0048】また,図4に示したREC処理のタイムチャートにおいて,
圧縮時間Dと外部記憶装置への転送時間Sの和が1ブロックの時間Bより
大であるとき,すなわち,D+S>Bとなる時は,REC処理のタイムチ
ャートは図16に示すようになる。この場合,2つのバッファBBUFを
用いているため,外部記憶装置への書込みを次のブロックのエンコード開
始前までに終了しなくてもよい。言換えると,外部記憶装置への書込みは,
次の外部記憶装置への書込みの開始直前に終了していればよい。したがっ
て,例えば,マルチトラックでREC/PLAY(録音/再生)を行なう
場合に適用でき,符号S’で示す時間において他のトラックへの書込みや,
読み出しを行なうようにしてもよい。」
本件特許1明細書の実施例に関する上記記載及び図1~3の記載に照ら
すと,本件特許発明1の実施例である信号処理装置について,①RECキ
ー1bを有するパネルスイッチ1,②アナログ信号をデジタル信号に変換
するADC11,③ABUF,BBUFを有し圧縮演算(エンコード)を
行う演算器10,④ADC11によってデジタル信号に変換されたデータ
をABUFに格納するCPU5,⑤BBUFに格納された圧縮データを1
ブロック分,外部記憶装置9へ送出させる指示を出すDMA14が備えら
れていることが明らかである。そして,上記①~⑤の構成による圧縮(エ
ンコード)手順は,㋐RECキーが押下される,㋑ADC11によりアナ
ログ信号がデジタル信号に変換される,㋒ADC11により変換されたデ
ータがCPU5によりABUFに格納される,㋓演算器10によりABU
Fに格納されたデータが圧縮されBBUFに格納される,㋔DMA14に
よりBBUFに格納された圧縮データが外部記憶装置9に送出される,と
いうものである。
以上のとおり,実施例においても,本件特許発明1は,エンコード機能
を有するものとされている。
ウ以上の請求項の記載文言,発明の詳細な説明の記載に照らすと,本件特
許発明1の「信号処理装置」は,エンコード機能を有する技術として定め
られていると解するのが相当である。
エこれに対し,原告は,本件特許発明1の課題は発音遅延の解消にあり,
その課題解決のために,対象装置がデコード処理機能に加えてエンコード
処理機能まで具備している技術的必要性は認められないと主張する。確か
に,前記発明の詳細な説明の段落【0004】~【0005】の記載に照
らせば,本件特許発明1の課題解決手段はデコード処理の部分にあるとみ
られるが,そのことと,特許請求の範囲において,従来技術を踏まえてど
の範囲の技術が特許の内容とされているかは,別のことであり,特許請求
の範囲に定められた技術的範囲は,特許請求の範囲の記載文言と明細書の
発明の詳細な説明及び図面の記載内容に照らして判断されるべきことであ
る。原告が主張するように,課題解決手段の部分のみに特許請求の範囲を
限定して解釈すべき理由は認められない。
また,原告は,本件特許1の当初明細書(特開平8-147883〔甲
23〕)には,【請求項4】として,エンコード機能に関する発明も記載
されていたが,審査の過程で完全に削除したという経緯があるなどとして,
エンコード機能に関する発明削除後も本件特許1明細書の実施例に残存し
て示されているにすぎないエンコード機能部分を殊更に採り上げて,これ
が別のデコード機能に関する発明である本件特許発明1の技術的課題に深
く関わるものと捉えたり,対象装置に必須の構成であると捉えたりするこ
とは,審査経過に照らしても誤りである旨主張する。
しかしながら,本件特許1に係る出願の経過をみても,拒絶理由通知書
(乙5)に対する意見書(乙7)では,特許庁審査官の提示した引用文献
と本件特許発明1の目的,構成,効果が異なることを主張しているにとど
まり,本件発明1について圧縮(エンコード)の構成を除外したとの記載
は認められないから,原告の主張は採用できない。
(4)以上のとおり,構成要件1Aの「データを所定の圧縮処理によつて圧縮
して外部記憶手段に記憶する」とは,信号処理装置がデータをエンコード機
能によって圧縮して外部記憶手段に記憶させることをいうものと解すべきで
ある。これに対し,被告製品1は,別紙被告製品1説明書3の機能の項に記
載のとおり,データをエンコード機能によって圧縮して外部記憶手段に記憶
する構成を有しないから,被告製品1は構成要件1Aを充足しない。
1-2構成要件1Bの充足性(争点1-2)について
(1)「発音指示を発生する発音指示手段」の意義について
本件特許発明1の特許請求の範囲に記載された「発音指示」及び「発音指
示手段」の意義については,特許請求の範囲の文言の記載のみからは明らか
でなく,明細書や図面の記載を参照する必要があるというべきである。しか
し,明細書の発明の詳細な説明における実施例以外の記載で,「発音指示」
又は「発音指示手段」について触れているのは段落【0006】のみであり,
同段落の記載は特許請求の範囲の記載とほぼ同一であるから,実施例以外の
記載に基づいて「発音指示」及び「発音指示手段」の意義を確定することも
できない。そこで,以下では実施例及び図面の記載を参照しつつ,そこから
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の実施例以外の記載と整合するように,
「発音指示」及び「発音指示手段」の意義について解釈することとする。
ア本件特許1明細書の【発明の詳細な説明】には,実施例について以下の
記載がある。
「【0016】[PLAYタイムチャート]まず,図5において,PLA
Yキー1aが押下されると,外部記憶装置9から第0ブロックの圧縮デー
タを読み込み,バッファBBUF(0)に格納する。圧縮データの格納が
終了すると,次に,演算器10によるデコードが開始される。このデコー
ドされた第0ブロックのデータはバッファABUF(0)に格納されてい
く。そして,デコードが終了すると,バッファABUF(0)に格納され
た第0ブロックのデータは順次DAC12に供給されてアナログ信号に変
換される。この間に,次の第1ブロックの圧縮データを外部記憶装置9か
ら読み込み,バッファBBUF(1)に格納していく。そして,圧縮デー
タの格納が終了すると,演算器によるデコードが行なわれ,デコードされ
た第1ブロックのデータはバッファABUF(1)に格納されていく。
【0017】上記外部記憶装置9からの圧縮データをバッファBBUF
(i)に格納し,さらに,これをデコードする合計時間(S+D)は,バ
ッファABUF(i)からDAC12へデコードされたデータを供給する
(アナログ変換する)時間Eより必ずしも短い必要はなく,各々が時間E
より短ければよい。すなわち,上記第0ブロックのデコードされたデータ
がDAC12に全て供給されるまでには,上記第1ブロックの圧縮データ
の全ては既にデコードされてバッファABUF(1)に格納されている。
したがって,第0ブロックのデコードされたデータ(バッファABUF
(0))のDAC12への供給が終了すると,直ちに,第1ブロックのデ
コードされたデータ(バッファABUF(1))をDAC12へ供給し始
める。以下,同様にして,バッファABUF(0),(1)およびバッフ
ァBBUF(0),(1)を交互に用いることで,第2,第3ブロックの
圧縮データを順次デコードし,該デコードされたデータを連続してDAC
12へ供給する。
【0018】[途中再生タイムチャート]次に,図6において,マーク
された任意の位置から再生する場合について説明する。例えば,上述した
図5に示すタイムチャートにおいて,マークされた位置から再生する場合
には,まず,所定の時間分(HT;ヘッドタイム)のデータを予め演算器
10によってデコードしてテンポラリーRAM8に記憶しておく。この場
合には,第1ブロックのデータ(マークされた位置以降のデータ)と第2
ブロックのデータをデコードしテンポラリーRAM8に記憶しておく。そ
して,途中再生開始のタイミングを指示する同期パルスが供給されると,
まず,上述したテンポラリーRAM8に記憶されていたデータ(マークさ
れた位置のアドレス以降のデータ)を所定サンプリング速度で順次読み出
してDAC12へ供給し,サウンドシステムから出力する。また,これと
同時に,第3ブロックの圧縮データを外部記憶装置9から読み込んでバッ
ファBBUF(0)へ格納する。
【0019】そして,上記格納が終了すると,演算器10によりバッフ
ァBBUF(0)の圧縮データをデコードし,これをバッファABUF
(0)へ格納していく。この時間,上記第1ブロックのデータと第2ブロ
ックのデータは順次DAC12へ出力されている。そして,第2ブロック
のデータが出力し終えると,引き続き,バッファABUF(0)に格納さ
れた第3ブロックのデータをDAC12へ出力する。また,これと並行し
て,第4ブロックの圧縮データを外部記憶装置9から読み込み,バッファ
BBUF(1)へ格納する。以下,上述した通常のPLAY動作と同様に,
バッファABUF(0),(1)およびBBUF(0),(1)を交互に
用いることで,順次,第5,第6,……第nブロックのデータをデコード
し,DAC12へ出力する。なお,この場合,同期パルスが供給されるま
での処理をモードフラグSCを「1」(パルス待ち)とし,予めデコード
しておいたデータの再生処理をモードフラグSCを「2」とし,さらに,
通常の再生処理をモードフラグSCを「0」として表す。
【0020】ここで,ヘッドタイムHTの設定について説明する。通常,
ヘッドタイムHTは1フレーム以上,2フレーム以下となる。これは,例
えば,デコード演算を無限に速くすると,遅れ時間は外部記憶装置9から
の圧縮データの読み込みに要する時間のみとなる。しかしながら,デコー
ド演算を速くするには,当然のことながら高速な演算器が必要となり,こ
のため装置規模が大きくなるとともに,コストも大となる。したがって,
一般的には,最低必要な演算速度(S+D≦(1/50KHz)×102
4,すなわち,約20msec)程度で設計するのが望ましい。その場合,
S+Dが1フレーム分の再生時間Eに近付き,この結果,途中再生時の遅
れは1~2フレーム相当時間となる。」
「【0031】次に,PLAYキーオンイベント処理について図11に示
すフローチャートを参照して説明する。[PLAY処理]PLAYキー1
aが押下されると,ステップSE1において,タイマ13が動作中である
か否かを判断する。これは,前述したステップSA1と同様に,既にPL
AY処理またはREC処理が動作しているか否かを判断するためである。
ここで,既にPLAY処理またはREC処理が動作している場合には,ス
テップSE1における判断結果が「YES」となり,当該処理を終了する。
【0032】一方,PLAY処理またはREC処理がまだ動作していな
い場合には,ステップSE1における判断結果は「NO」となり,ステッ
プSE2へ進む。ステップSE2では,パネルスイッチ1によって設定さ
れたトラックおよび位置を外部記憶装置9のインターフェイスに設定する。
次に,ステップSE3へ進み,演算器10をデコーダとして動作するよう
に設定する。そして,ステップSE4において,フラグRECを「0」に,
バッファフラグiを「0」に設定する。次に,ステップSE5へ進み,タ
イマ割込みをスタートし,当該処理を終了する。
【0033】上記ステップSE5においてタイマがスタートすると,タ
イマ10が所定のタイミングでCPU5に割込みをかける。割込みがかか
ると,CPU5は図5に示すタイマ割込み処理を実行する。この図におい
て,まず,ステップSB1において,フラグRECが「1」であるか否か
を判断する。この場合,フラグRECは「0」であるので,ステップSB
1における判断結果は「NO」となり,ステップSB5へ進む。
【0034】[通常PLAY処理]ステップSB5ではモードフラグS
Cが0,1,または2のいずれであるかを判断する。ここで,現在のPL
AY動作が通常の再生動作であると,モードフラグSCは「0」であるた
め,ステップSB6へ進み,通常再生動作を行なう。ステップSB6では
バッファABUF(i)よりデコードされたデータを順次読み出す。次に,
ステップSB7において,上記ステップSB6において読み出されたデー
タのあったか否かを判断する。
【0035】ステップSB7における判断結果が「YES」の場合,す
なわち読み出されたデータがある場合にはステップSB8へ進む。ステッ
プSB8ではエンドマークが検出されたか否かを判断する。そして,ステ
ップSB8における判断結果が「NO」の場合にはステップSB9へ進む。
ステップSB9ではステップSB6において読み出したデータをDACへ
出力する。次に,ステップSB10に進み,バッファABUF(i)にデ
ータが残っているか否かを判断する。ここで,データが残っている場合に
は,ステップSB11における判断結果は「NO」となり,そのまま当該
処理を終了し,通常の処理へ戻る。そして,次のタイマ割込みにおいて,
前回,読み出されたデータの次のデータから順次読み出し,DAC12へ
出力する。この処理はバッファABUF(i)にデータがなくなるまで行
なわれる。
【0036】そして,ステップSB9においてデータをDACへ出力し
た後で,バッファABUF(i)にデータがなくなると,ステップSB1
1における判断結果は「YES」となり,ステップSB11へ進む。ステ
ップSB11ではバッファフラグiを反転する。なお,この時点(反転
前)でバッファABUF(N_i)(i=0ならばN_i=1,i=1な
らばN_i=0),すなわち1つ前のバッファABUFには,既にデコー
ドされた次のデータが格納されており,次回からのタイマ割り込みにおけ
る通常プレイ処理では,該バッファのデータが再生される。次に,ステッ
プSB12において,外部記憶装置9からバッファBBUF(N_i)へ
圧縮データの次のブロックの読み込みを開始する。この処理は,DMAに
指示することにより実行され,外部記憶装置9への書込み開始と同様に,
外部記憶装置9からの読み込み要求に応じて順次バッファBBUF(N_
i)へ圧縮データを取り込み,1ブロック分の圧縮データを読み込むとそ
の動作を終了する。
【0037】そして,次の割込みでは他方のバッファに対して同様の処
理が行なわれる。すなわち,バッファABUF(0),(1)およびBB
UF(0),(1)に対して交互に処理が行なわれる。そして,ステップ
SB6において,読み込んだデータがエンドマークの場合(データの最後
の場合)には,ステップSB8における判断結果が「YES」となり,ス
テップSB13へ進む。ステップSB13ではタイマ割込みを停止した後,
通常の処理へ戻る。また,読み込みデータがない場合にはステップSB7
における判断結果は「NO」となり,そのまま当該処理を終了し,通常の
処理へ戻る。
【0038】[マーク処理]上述した通常のPLAY処理において,図
5に示すMPの位置でマークキー1fが押下されると,図12に示すマー
ク処理が実行される。まず,ステップSF1において,フラグRECが
「0」であるか否かを判断する。ここで,REC処理が行なわれている場
合には,フラグRECが「1」となっているので,ステップSF1におけ
る判断結果は「NO」となり,そのまま当該処理を終了し,通常の処理へ
戻る。
【0039】一方,PLAY処理が行なわれている場合には,ステップ
SF1における判断結果は「YES」となり,ステップSF2へ進む。ス
テップSF2では,マークキー1fにより再生指定されたトラックの現在
読み出し位置を検出し,これをマークポインタMPに格納する。次に,ス
テップSF3において,レジスタMPに応じてヘッドタイムHTを設定す
る。そして,ステップSF4へ進み,MP~MP+HT分のフレームに対
応する2ブロック分のデータを予め外部記憶装置9から読み込み,デコー
ドした後,テンポラリRAM8へ書込む。そして,当該処理を終了し,通
常の処理へ戻る。
【0040】[同期再生キー処理]そして,同期再生キー1gが押下さ
れると,図13に示す同期再生キー処理が実行される。まず,ステップS
G1においてタイマ割込みを停止する。これにより,図5に示すタイマ割
込み処理が中断される。次に,ステップSG2において,演算器10を圧
縮データをデコードするためにデコーダに設定する。次に,ステップSG
3へ進み,モードフラグSCを「1」に設定し,その後,当該処理を終了
し,通常の処理へ戻る。以上の処理で,同期パルス待ち受け状態に設定さ
れ,次に同期パルス(同期トリガ割り込み)を受信したタイミングで同期
再生がスタートする。
【0041】[同期トリガ割込み処理]次に,図6に示す同期パルスが
出力されると,図14に示す同期トリガ割込み処理が実行される。まず,
ステップSH1において,モードフラグSCが「1」であるか否かを判断
する。この場合,上述した同期再生キー処理において,モードフラグSC
が「1」に設定されているため,ステップSH1における判断結果は「Y
ES」となり,ステップSH2へ進む。ステップSH2では,モードフラ
グSCを「2」に設定する。次に,ステップSH3へ進み,マークポイン
タMPに基づいて,外部記憶装置9のトラック中の読み込み開始ブロック
(ステップSF4にて読み込んだブロックに続くブロック)を指定する。
そして,ステップSH4において,外部記憶装置9からのバッファBBU
F(0)への初めのブロック(上記ステップSH3において設定された読
み込み開始ブロック)のデータの読み込みを開始する。
【0042】次に,ステップSH5において,ヘッドタイムHTをカウ
ントするカウンタWTを「0」に設定し,ステップSH6へ進む。ステッ
プSH6ではタイマを再びスタートする。これによって,図5に示すタイ
マ割込み処理が所定の時間間隔で実行される。なお,ステップSH1にお
いて,モードフラグSCが「1」以外の場合には,当該処理は実行されな
い。
【0043】そして,タイマ割込みにより図5に示す処理が実行される
と,この場合,REC処理でないため,ステップSB1における判断結果
は「NO」となり,ステップSB5へ進む。また,この場合,上述した処
理において,モードフラグSCが「2」に設定されているので,ステップ
SB5を経て,ステップSB15へ進む。ステップSB15ではテンポラ
リRAM8より予めステップSF4においてデコードされ,書き込まれた
データをタイマ割込毎に順次読み出す。
【0044】そして,ステップSB16において,上記データをDAC
12へ出力し,アナログ信号に変換した後,図示しないサウンドシステム
より出力する。次に,ステップSB17において,前述したカウンタWT
をインクリメントし,ステップSB18へ進む。ステップSB18ではカ
ウンタWTがヘッドタイムHT以上になったか否かを判断する。そして,
カウンタWTがヘッドタイムHTより小さい場合,すなわち,テンポラリ
RAM8に格納されたデータが全て再生されていない場合には,ステップ
SB18における判断結果は「NO」となり,そのまま当該処理を終了し,
通常の処理へ戻る。そして,タイマ割込みが発生する毎に,ステップSB
17においてカウンタWTをインクリメントし,ステップSB18におい
てカウンタWTがヘッドタイムHT以上になったか否かを判断する。
【0045】そして,テンポラリRAM8のデータが全て再生されると,
ステップSB18における判断結果が「YES」となりステップSB19
へ進む。ステップSB19ではバッファフラグiを「0」に,モードフラ
グSCを「0」(通常再生動作)に設定し,当該処理を終了して通常の処
理へ戻る。そして,次のタイマ割込みからは,モードフラグSCが「0」
に設定されているため,ステップSB6~SB13の通常再生の処理が行
なわれる。一方,モードフラグSCが「1」の場合にはステップSB14
におけるタイマ割込みエラー処理が行なわれる。(モードフラグSCに
「1」をセットする図13の同期再生キー処理では,ステップSG1でタ
イマを止めており,正常な動作ではSCが「1」の間にタイマ割込みは発
生しない。)
【0046】このように,本実施例では,頭出しのアドレス(あるいは
トラック上のタイミング)指示を受けた時点で,そのブロックのデコード
処理を予め済ませ,これをテンポラリRAM8に格納しておくことにより,
再生スタートの指示で直ちに音出しが可能となる。この装置によれば,聴
感上の応答性能を損うことなく,データ量に対してその圧縮率がリニアな
PCMに比べ,圧縮器の性能に応じてデータ量を1/2あるいは1/4に
することができる圧縮技術を効果的に利用することができ,結果として記
憶装置(HDD,MOD,MT等)の性能限界(アクセス速度,記憶容
量)から決定される最大オーディオトラック数,最長録音時間を2倍ある
いは4倍等に向上させ得る。記憶装置は,エンコード,デコードに必要な
処理装置に比べ,高価,大きい,重いので2台,4台と複数の記憶装置を
装備するよりも,本装置採用による効果は大きい。」
「【0049】また,図5に示したPLAY処理のタイムチャートにおけ
る各タイミングは図17に示すようにしてもよい。図においては,バッフ
ァBBUF(i)の圧縮データをデコード演算し,これをバッファABU
F(i)へ転送する開始タイミングを外部記憶装置から次の圧縮データを
読み込むタイミングに一致させるようにしている。これは,データを外部
記憶装置からバッファへ転送する際の転送時間が一定でない場合でも,影
響を受けないようにするためである。
【0050】また,本実施例では,同期パルスによる再生開始指示に応
じて直ちに再生を開始する”同期再生”は,再生しようとするトラック上
の任意位置を予めマークポインタMPに設定しておき,その位置から同期
再生を開始するという仕様であったが,マークポインタMPの設定をやめ
て,再生するトラックの先頭から同期再生が行われるような仕様にしても
良い。本実施例では,演算器の圧縮処理,及び,伸張処理に要する時間は
共に時間DでありバッファBBUFから外部記憶装置9へのデータ転送,
及び外部記憶装置9からバッファBBUFへのデータ転送に要する時間は
共に時間Sであるとしたが,これは,互いに異なる場合もあり得る。その
場合も,時間Eより短い(D<E,S<E)という条件は同じで,それぞ
れの時間D,時間Sがその条件を満たす必要がある。
【0051】図6の同期再生の説明では,ヘッドタイムHTの時間長に
関する条件は1フレーム以上,2フレーム以下であったが,これは時間S
と時間Dの和が時間E(=1フレーム)以下の場合の条件であり,時間S
と時間Dの和が1フレーム以上2フレーム以下の場合は,ヘッドタイムH
Tの条件は2フレーム以上,3フレーム以下となる。この条件の最大値よ
りも長いヘッドタイムを設定しても動作には問題が無いが,その分,テン
ポラリーRAM8の記憶容量が必要になり,効率が悪くなる。また,最小
値についてはさらに短縮が可能で,いずれの場合も,ヘッドタイムHTが
時間Sと時間Dの和より大きくなる,すなわち,ヘットタイムHTの再生
期間内に次ブロックの転送(時間S)とデコード(時間D)が完了するこ
とが保証されていれば良い。
【0052】
【発明の効果】以上,説明したように,この発明によれば,外部記憶手
段に記録された圧縮データの任意の位置からデコード処理を行う場合,該
デコード処理に先立って,圧縮データのデコード開始位置から所定の部分
までを予め元のデータに戻して所定の記憶手段に記憶し,上記所定の部分
以降のデコード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に記憶したデ
コードされたデータを出力するとともに,上記所定の部分以降の圧縮デー
タを順次デコード処理を行って,前記デコード処理されたデータの出力と
並行して上記所定の部分以降のデコード処理を行い,先にデコードされた
データの出力に引き続いて上記所定の部分以降のデコード処理により生成
されたデータを出力する演算手段を具備するようにしたため,圧縮データ
のデコード時における時間遅れが生ぜず,このため高圧縮率の圧縮法を効
果的に用いることができるという利点が得られる。」
イ以上に照らすと,本件特許発明1の実施例である信号処理装置の再生処
理の概要等は,以下のとおりである。
(ア)通常PLAY再生(段落【0016】~【0017】,【003
1】~【0037】,【0043】~【0045】,【0049】)
PLAYキー1aを押下すると,圧縮データのデコードが開始される。
デコードされたデータはDACに供給される(段落【0016】~【0
017】)。
PLAYキー1aが押下されると,タイマ割込み処理が実行され(段
落【0033】),REC処理が動作していない(RECが「0」)と
きにSCの値を調べ,SC=0のとき通常再生動作(通常PLAY処
理)を行い(段落【0034】),SC=1のときタイマ割込みエラー
処理を行い(段落【0045】),SC=2のときテンポラリーRAM
8より予めデコードされたデータを読み出す(段落【0043】)。
バッファへ転送するタイミングを変えた変形例もある(段落【004
9】)。
(イ)途中再生,同期再生及びマーク処理(段落【0018】~【002
0】,【0038】~【0039】,【0040】~【0045】,
【0050】~【0051】)
aマーク処理
PLAY処理が行われている場合に,マークキー1fが押下される
と再生指定されたトラックの現在読み出し位置を検出し,マークポイ
ンタMPに格納する。MP~MP+HT分のフレームに対応する2ブ
ロック分のデータをあらかじめ外部記憶装置9から読み込み,デコー
ドした後,テンポラリーRAM8に書き込む(段落【0038】~
【0039】)。
マークポインタの設定をやめて,再生するトラックの先頭から同期
再生が行われるような仕様にしてもよい(段落【0050】~【00
51】)。
b途中再生・同期再生
マークされた任意の位置から再生する場合には,所定の時間分のデ
ータをデコードしてテンポラリーRAM8に記憶しておく。途中再生
開始のタイミングを指示する同期パルスが供給されると,テンポラリ
ーRAM8に記憶されたデータを所定のサンプリング速度で順次読み
出してDACへ供給し,サウンドシステムから出力する(段落【00
18】~【0020】)。
同期再生キー1gが押下されると,同期パルス待ち受け状態(SC
=1)に設定され,同期パルスを受信したタイミング(SC=2)で
同期再生がスタートする(段落【0040】)。
同期パルスが出力されると,マークポインタMPに基づいて外部記
憶装置9のトラック中の読み込み開始ブロックを指定し,外部記憶装
置9からバッファBBUF(0)へのデータの読み込みを開始する
(段落【0018】,【0041】~【0042】)。
cbの補足説明
段落【0018】~【0020】の「途中再生」は「同期再生」と
同じ意味であると解される。なぜなら,「そして,途中再生開始のタ
イミングを指示する同期パルスが供給されると,まず,上述したテン
ポラリーRAM8に記憶されていたデータ(括弧内省略)を所定サン
プリング速度で順次読み出して」(段落【0018】)と記載され,
「本実施例では,同期パルスによる再生開始指示に応じて直ちに再生
を開始する”同期再生”は,再生しようとするトラック上の任意位置
を予めマークポインタMPに設定しておき,その位置から同期再生を
開始するという仕様であったが」(段落【0050】)と記載されて
いるからである。
(ウ)効果(段落【0046】,【0052】)
デコード処理を予め済ませたデータをテンポラリーRAM8に格納し
ておくことで,再生スタートの指示で直ちに音出しが可能となる(段落
【0046】)。
圧縮データのデコード時における時間遅れが生じない(段落【005
2】)。
ウそこで,まず構成要件1Cの構成要件1Bと関連する記載について検討
するに,構成要件1Cの「該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定
の開始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,
先頭データとして所定の記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,
前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開
始する」との記載に照らすと,構成要件1Cは,発音指示の開始前に,こ
れに先だって所定の開始位置から所定の部分までのデコード処理が行われ
ていることを前提としているから,所定の開始位置が設定されている途中
再生・同期再生の場合を定めていると解するのが相当である。
そこで,この途中再生・同期再生に関する実施例の記載をみると,まず,
どこから再生するのかを示すための「マーク処理」が行われる。すなわち,
通常のPLAY処理において,図5に示すMPの位置でマークキー1fが
押下されると,図12に示すマーク処理が行われる。マーク処理において
は,マークキー1fにより再生指定されたトラックの現在読み出し位置を
検出し,これをマークポインタMPに格納し,レジスタMPに応じてヘッ
ドタイムHTを設定する。そして,MP~MP+HT分のフレームに対応
する2ブロック分のデータを予め外部記憶装置9から読み込み,デコード
した後,テンポラリRAM8へ書き込む(以上段落【0038】【003
9】)。このマーク処理におけるマークキー1fの押下げからデコードし
たデータのテンポラリRAM8への書き込みまでが,構成要件1Cの前段,
すなわち,発音指示に先立つ動作であると理解される(上記「2ブロック
分のデータ」が構成要件1Cの「先頭データ」に相当するものと理解され
る。)。
実施例においては,次に,発音指示の発生に応じて先頭データの音信号
が発生するようにするため,同期再生キー処理が行われる。すなわち,同
期再生処理キーの押下げにより,モードフラグSCが「1」に設定される
ことにより,後続の動作が可能であるようにする。同期パルスの受信によ
り,同期トリガ割込み処理が開始され,デコードされた先頭データの読み
出しが可能になるようにする(以上段落【0040】)。これは,構成要
件1C後段における「発音指示発生による音信号発生の開始」を可能にす
るための準備動作と解される。
そして,同期パルスの出力により同期トリガ割込み処理が開始されると
初めのブロック(段落【0039】の2ブロック)のデータの読み込みが
開始され(段落【0041】),DAC12を通じてサウンドシステムか
ら出力される(段落【0018】)。これは,構成要件1C後段の「該発
音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手段に記憶された先頭データに基
づいて音信号の発生を開始する。」に相当するものと理解される。
以上の実施例の記載と構成要件1Cとの関係を考慮しながら,構成要件
1Cの「発音指示」の意義を検討すると,同期再生キー1gが押下され同
期パルス待ち受け状態に設定された後に,同期パルスを受信したタイミン
グで同期トリガ割込み処理が行われ,同期再生がスタートするのであるか
ら(上記イ(イ)b),実施例における同期パルスは本件特許発明1の「発
音指示」に対応するものであるといえる。
そして,段落【0041】には,「次に,図6に示す同期パルスが出力
されると,図14に示す同期トリガ割込み処理が実行される。まず,ステ
ップSH1において,モードフラグSCが「1」であるか否かを判断す
る。」と記載されているから,同期トリガ割込み処理をスタートさせるも
のが発音指示手段であり,同期トリガ割り込み処理をスタートさせるため
には同期パルスを発生させることが必要であると解される。
本件特許1明細書には,特許請求の範囲における「発音指示」,「発音
指示手段」の技術的意義を直接説明した記載はないが,上記実施例の記載
を参考にして検討するならば,「発音指示」及び「発音指示手段」はいず
れも,一般的な技術として使用される同期パルスを念頭に置いたものであ
り,「発音指示手段」は同期パルスを発生させる手段であり,同期パルス
を「発音指示」と解するのが相当である。
エさらに,「発音指示手段」の構成について検討するに,上記実施例の記
載においても,本件構成要件1Cの「発音指示」と解される同期パルスを
発生させる「発音指示手段」の構成についての具体的な記載はない。
そして,段落【0004】には「マルチトラック・レコーダでは,例え
ば,予め圧縮記録しておいた信号に同期させて,後から別のトラックに他
の信号を記録するという作業が行なわれる。この時,予め圧縮記録してお
いた信号を再生するのであるが,再生するためのデータ処理に時間がかか
るため,頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないという問題を生じる。
特に,上述した技術では,FFT等のブロックデータ処理が含まれており,
これが聴感上無視できないほどの再生時の立上がり遅れを生ずる。」とあ
り,聴感上無視できないのは,利用者が再生をさせようとする行為と実際
の発音にズレが生じることが原因であることは明らかであるから,再生を
開始させるための何らかの動作は利用者が行っていると解される。
オ以上のとおり,明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,再生を開始
させるために利用者が何らかの動作を行っていると考えるのが合理的であ
ること,また【図1】【図2】で示されるものが主要な実施例であること
をも考慮すると,構成要件1Bの「発音指示手段」は,同期パルスを発生
させる手段であって,利用者の動作(例えばキーの押下げ等)を必要とす
る構成を有するものであると解するのが相当である。
この点,実施例におけるPLAYキー1aは,外部記憶装置から圧縮デ
ータを読み込み,これをデコードして読み出すための起点となるものであ
り(段落【0016】【0017】),同期再生キー1gは,前記のとお
り,その押下により同期パルス待ち受け状態(SC=1)を設定するもの
であって,いずれも同期再生をスタートさせる(SC=2)ものではない
から(上記イ(ア)及び(イ)b参照),同期パルスを発生させるものではな
く,「発音指示手段」には当たらない。
カこれに対し,原告は,本件特許発明1は,「レコーダ等に用いて好適な
信号処理装置に関する」発明である(段落【0001】)から,組み込む
先の外部の「レコーダ等」から命令を受けなければ何ら動作しない,部品
としての信号処理装置を対象としているから,これが具備する「発音指示
手段」も,外部の操作キーなどではなく,内部にあって直接「演算手段」
の動作開始を指示する回路がこれに相当する旨主張する。
しかしながら,上記オのとおり,「発音指示手段」は利用者の動作を必
要とする構成を有するものであって,原告の主張は採用できない。また,
原告の主張に沿って考えても,動作開始を指示する回路が「発音指示」を
発生させる契機が不明であって,このような契機を生じさせるものが「発
音指示手段」に当たると考えるのが相当である。
(2)被告製品1が「発音指示手段」を備えているかについて
原告は,被告製品1について,レジスタマップが「発音指示手段」に該当
し,当該レジスタマップがPCMバッファゲートに対して,その情報を伝達
するとともに,対象トラックのシーケンサに対しても,後続データのデコー
ドを,その後直ちに再開するように指示を発行する動作が「発音指示を発生
する」に該当する旨主張する。
しかしながら,上記(1)オのとおり,「発音指示手段」は,同期パルスを
発生させる手段であって,利用者の動作を必要とする構成を有するものであ
るから,原告の主張は失当である。また,上記(1)カのとおり,原告の主張
に沿って考えても,被告製品1のレジスタマップの動作の契機が不明であっ
て,このような契機を生じさせるものが「発音指示手段」に当たると考えら
れるが,この点についての主張・立証はない。
そうすると,被告製品1が「発音指示手段」を備えているとは認められな
い。
(3)以上のとおり,被告製品1は構成要件1Bを充足しない。
1-3構成要件1Cの充足性(争点1-3)について
(1)「所定の開始位置から所定の部分まで」の意義について
ア本件特許1明細書の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。
「【0007】
【作用】外部記憶手段に記録された圧縮データの任意の位置からデコ-
ド処理を行う場合,該デコード処理に先立って,圧縮データのデコード開
始位置から所定の部分までを演算手段によって予め元のデータに戻した後,
該データを所定の記憶手段に記憶する。そして,上記所定の部分以降のデ
コード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に記憶したデコードさ
れたデータを出力するとともに,上記所定の部分以降の圧縮データを順次
デコード処理を行い,前記デコード処理されたデータの出力と並行して上
記所定の部分以降のデコード処理を行い,先にデコードされたデータの出
力に引き続いて上記所定の部分以降のデコード処理により生成されたデー
タを出力する
【0008】
【実施例】次に図面を参照してこの発明の実施例について説明する。図
1はこの発明の一実施例の構成を示すブロック図である。パネルスイッチ
1は,同期再生の開始,停止を指示,マークしたブロックの頭出しを指定,
また,同期再生するトラックを指定するためのキーなどから構成されてお
り,これらのキーの状態はCPU(中央処理装置)5へ供給される。また,
ディスプレイ2は上記パネルスイッチ1による指示等,当該装置の状態を
表示する。
【0009】ここで,パネルスイッチ1の一例を図2(a)に示す。こ
の図において,パネルスイッチ1は,テンキー,録音再生の開始するキー,
動作停止を指示するキー,再生トラックやデータ位置を指示するキー等か
ら構成されている。具体的には,再生の開始を指示する「PLAY」キー
1a,録音の開始を指示する「REC」キー1b,上記再生および録音を
停止させる「STOP」キー1c,どのトラックまたは位置から再生する
かを指示する「トラック」キー1dおよび「位置」キー1e,後述する同
期再生を行なう先頭位置を指示する(マークする)「マーク」キー1f,
そして,同期再生の開始を指示する「同期再生」キー1gからなる。また,
上述した各種キーに付帯して数値を入力するためのテンキー1hがあ
る。」
「【0018】[途中再生タイムチャート]次に,図6において,マーク
された任意の位置から再生する場合について説明する。例えば,上述した
図5に示すタイムチャートにおいて,マークされた位置から再生する場合
には,まず,所定の時間分(HT;ヘッドタイム)のデータを予め演算器
10によってデコードしてテンポラリーRAM8に記憶しておく。この場
合には,第1ブロックのデータ(マークされた位置以降のデータ)と第2
ブロックのデータをデコードしテンポラリーRAM8に記憶しておく。そ
して,途中再生開始のタイミングを指示する同期パルスが供給されると,
まず,上述したテンポラリーRAM8に記憶されていたデータ(マークさ
れた位置のアドレス以降のデータ)を所定サンプリング速度で順次読み出
してDAC12へ供給し,サウンドシステムから出力する。また,これと
同時に,第3ブロックの圧縮データを外部記憶装置9から読み込んでバッ
ファBBUF(0)へ格納する。」
「【0038】[マーク処理]上述した通常のPLAY処理において,図
5に示すMPの位置でマークキー1fが押下されると,図12に示すマー
ク処理が実行される。まず,ステップSF1において,フラグRECが
「0」であるか否かを判断する。ここで,REC処理が行なわれている場
合には,フラグRECが「1」となっているので,ステップSF1におけ
る判断結果は「NO」となり,そのまま当該処理を終了し,通常の処理へ
戻る。
【0039】一方,PLAY処理が行なわれている場合には,ステップ
SF1における判断結果は「YES」となり,ステップSF2へ進む。ス
テップSF2では,マークキー1fにより再生指定されたトラックの現在
読み出し位置を検出し,これをマークポインタMPに格納する。次に,ス
テップSF3において,レジスタMPに応じてヘッドタイムHTを設定す
る。そして,ステップSF4へ進み,MP~MP+HT分のフレームに対
応する2ブロック分のデータを予め外部記憶装置9から読み込み,デコー
ドした後,テンポラリRAM8へ書込む。そして,当該処理を終了し,通
常の処理へ戻る。」
「【0041】[同期トリガ割込み処理]次に,図6に示す同期パルスが
出力されると,図14に示す同期トリガ割込み処理が実行される。まず,
ステップSH1において,モードフラグSCが「1」であるか否かを判断
する。この場合,上述した同期再生キー処理において,モードフラグSC
が「1」に設定されているため,ステップSH1における判断結果は「Y
ES」となり,ステップSH2へ進む。ステップSH2では,モードフラ
グSCを「2」に設定する。次に,ステップSH3へ進み,マークポイン
タMPに基づいて,外部記憶装置9のトラック中の読み込み開始ブロック
(ステップSF4にて読み込んだブロックに続くブロック)を指定する。
そして,ステップSH4において,外部記憶装置9からのバッファBBU
F(0)への初めのブロック(上記ステップSH3において設定された読
み込み開始ブロック)のデータの読み込みを開始する。」
「【0046】このように,本実施例では,頭出しのアドレス(あるいは
トラック上のタイミング)指示を受けた時点で,そのブロックのデコード
処理を予め済ませ,これをテンポラリRAM8に格納しておくことにより,
再生スタートの指示で直ちに音出しが可能となる。…(以下省略)」
「【0050】また,本実施例では,同期パルスによる再生開始指示に応
じて直ちに再生を開始する”同期再生”は,再生しようとするトラック上
の任意位置を予めマークポインタMPに設定しておき,その位置から同期
再生を開始するという仕様であったが,マークポインタMPの設定をやめ
て,再生するトラックの先頭から同期再生が行われるような仕様にしても
良い。本実施例では,演算器の圧縮処理,及び,伸張処理に要する時間は
共に時間DでありバッファBBUFから外部記憶装置9へのデータ転送,
及び外部記憶装置9からバッファBBUFへのデータ転送に要する時間は
共に時間Sであるとしたが,これは,互いに異なる場合もあり得る。その
場合も,時間Eより短い(D<E,S<E)という条件は同じで,それぞ
れの時間D,時間Sがその条件を満たす必要がある。」
「【0052】【発明の効果】以上,説明したように,この発明によれば,
外部記憶手段に記録された圧縮データの任意の位置からデコード処理を行
う場合,該デコード処理に先立って,圧縮データのデコード開始位置から
所定の部分までを予め元のデータに戻して所定の記憶手段に記憶し,上記
所定の部分以降のデコード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に
記憶したデコードされたデータを出力するとともに,上記所定の部分以降
の圧縮データを順次デコード処理を行って,前記デコード処理されたデー
タの出力と並行して上記所定の部分以降のデコード処理を行い,先にデコ
ードされたデータの出力に引き続いて上記所定の部分以降のデコード処理
により生成されたデータを出力する演算手段を具備するようにしたため,
圧縮データのデコード時における時間遅れが生ぜず,このため高圧縮率の
圧縮法を効果的に用いることができるという利点が得られる。」
イ以上に基づいて検討するに,前記1-2(1)ウのとおり,構成要件1C
は,発音指示の開始前に,これに先だって所定の開始位置から所定の部分
までのデコード処理が行われていることを前提としているから,所定の開
始位置が設定されている途中再生・同期再生の場合を定めていると解する
のが相当である。
そして,本件特許1明細書では,「圧縮データの任意の位置からデコ-
ド処理を行う場合」(段落【0007】,【0052】)と記載され,本
件特許発明1の実施例である信号処理装置について,「図5に示すMPの
位置でマークキー1fが押下されると,図12に示すマーク処理が実行さ
れる。」(段落【0038】),「マークキー1fにより再生指定された
トラックの現在読み出し位置を検出し,これをマークポインタMPに格納
する。」(段落【0039】),「マークポインタMPに基づいて,外部
記憶装置9のトラック中の読み込み開始ブロック(ステップSF4にて読
み込んだブロックに続くブロック)を指定する。」(段落【0041】),
「頭出しのアドレス(あるいはトラック上のタイミング)指示を受けた時
点で,そのブロックのデコード処理を予め済ませ,これをテンポラリRA
M8に格納しておくことにより,再生スタートの指示で直ちに音出しが可
能となる。」(段落【0046】),「本実施例では,同期パルスによる
再生開始指示に応じて直ちに再生を開始する”同期再生”は,再生しよう
とするトラック上の任意位置を予めマークポインタMPに設定しておき,
その位置から同期再生を開始するという仕様であった」(段落【005
0】)と記載されているから,実施例に即していえば,「所定の開始位
置」は,操作者がマークキー1fを押下することで指定された開始位置と
解される。もっとも,「マークポインタMPの設定をやめて,再生するト
ラックの先頭から同期再生が行われるような仕様にしても良い。」(段落
【0050】)と記載されており,これはマークポインタMPを設定する
実施例の変形例であることから,トラックの先頭が「所定の開始位置」に
含まれないとまではいえない。
そうすると,「所定の開始位置」は,操作者が指定する任意の位置だけ
でなく,固定されている場合も含むと解するのが相当である。
ウまた,「所定の部分」については,「マークされた位置から再生する場
合には,まず,所定の時間分(HT;ヘッドタイム)のデータを予め演算
器10によってデコードしてテンポラリーRAM8に記憶しておく。この
場合には,第1ブロックのデータ(マークされた位置以降のデータ)と第
2ブロックのデータをデコードしテンポラリーRAM8に記憶してお
く。」(段落【0018】)と記載されているように,例えば「ブロッ
ク」で特定される範囲を意味するのであり,圧縮データにおける一定の範
囲をいうものと解される。
(2)構成要件1Cにおける①「デコード処理」の開始と「音信号の発生」の
開始の同時性②「デコード処理」と「音信号の発生」の平行性の程度につい

ア本件特許1明細書の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述した圧縮技術を,例え
ば,マルチトラックのレコーダに適用して,性能/価格比を上げようとす
ると,十分な圧縮性能は得られるが,再生時の圧縮データのデコードの際
に時間遅れを生じるという問題がある。すなわち,マルチトラック・レコ
ーダでは,例えば,予め圧縮記録しておいた信号に同期させて,後から別
のトラックに他の信号を記録するという作業が行なわれる。この時,予め
圧縮記録しておいた信号を再生するのであるが,再生するためのデータ処
理に時間がかかるため,頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないという
問題を生じる。特に,上述した技術では,FFT等のブロックデータ処理
が含まれており,これが聴感上無視できないほどの再生時の立上がり遅れ
を生ずる。
【0005】この発明は上述した事情に鑑みてなされたもので,圧縮デ
ータのデコード時における時間遅れが生ぜず,このため高圧縮率の圧縮法
を効果的に用いることができる信号処理装置を提供することを目的として
いる。」
「【0018】[途中再生タイムチャート]次に,図6において,マーク
された任意の位置から再生する場合について説明する。例えば,上述した
図5に示すタイムチャートにおいて,マークされた位置から再生する場合
には,まず,所定の時間分(HT;ヘッドタイム)のデータを予め演算器
10によってデコードしてテンポラリーRAM8に記憶しておく。この場
合には,第1ブロックのデータ(マークされた位置以降のデータ)と第2
ブロックのデータをデコードしテンポラリーRAM8に記憶しておく。そ
して,途中再生開始のタイミングを指示する同期パルスが供給されると,
まず,上述したテンポラリーRAM8に記憶されていたデータ(マークさ
れた位置のアドレス以降のデータ)を所定サンプリング速度で順次読み出
してDAC12へ供給し,サウンドシステムから出力する。また,これと
同時に,第3ブロックの圧縮データを外部記憶装置9から読み込んでバッ
ファBBUF(0)へ格納する。
【0019】そして,上記格納が終了すると,演算器10によりバッフ
ァBBUF(0)の圧縮データをデコードし,これをバッファABUF
(0)へ格納していく。この時間,上記第1ブロックのデータと第2ブロ
ックのデータは順次DAC12へ出力されている。そして,第2ブロック
のデータが出力し終えると,引き続き,バッファABUF(0)に格納さ
れた第3ブロックのデータをDAC12へ出力する。…(以下省略)」
イ以上によれば,構成要件1Cの同時平行性は,先頭データに基づいた音
信号の発生に引き続いて所定の部分以降の圧縮データをデコード処理し,
その結果生成された元のデータに基づいた音信号の発生を先頭データに基
づいた音信号の発生に引き続いて行うことを可能にするために要求される
構成である。また,上記アの記載によると,本件特許発明1の実施例であ
る信号処理装置では,HT(ヘッドタイム)の間に圧縮データを読み込ん
でデコード処理をすればよいものであるといえる。
また,発明の詳細な説明における本件特許発明1の課題に関する記載を
みても,本件特許発明1の課題は,「再生するためのデータ処理に時間が
かかるため,頭出しにおいて直ちに再生音が出てこないという問題を生じ
る。・・・これが聴覚上無視できないほどの再生時の立上がり遅れを生じ
る」(段落【0004】),「圧縮データのデコード時における時間遅れ
が生ぜず,このため高圧縮率の圧縮法を効果的に用いることができる信号
装置を提供することを目的としている。」(段落【0005】)とされて
おり,再生時の立上がり遅れが課題とされているのであって,その課題解
決の達成手段としてのデコード処理の厳格な同時平行性までが技術的な課
題とされているものとは認められない。
そうすると,構成要件1Cの同時平行性は,先頭データに基づいた音信
号の発生に引き続いて所定の部分以降の圧縮データをデコード処理し,そ
の結果生成された元のデータに基づいた音信号の発生を先頭データに基づ
いた音信号の発生に引き続いて行うことを可能にする程度であれば許容さ
れると解するのが相当であって,厳格に同時平行性を要求する理由は見い
だせない。
構成要件1Cの同時平行性に対応する請求項の部分は,拒絶理由通知後
の手続補正において追加されたものであるが(乙5,6),原告の意見書
(乙7)をみても,この同時平行性について厳格に解することを前提とし
た記載は見当たらない。
ウ以上のとおり,構成要件1Cの同時平行性は,先頭データに基づいた音
信号の発生に引き続いて所定の部分以降の圧縮データをデコード処理し,
その結果生成された元のデータに基づいた音信号の発生を先頭データに基
づいた音信号の発生に引き続いて行うことを可能にするに足りる程度であ
ると解される。
(3)被告製品1が構成要件1Cを処理する演算手段を備えているかについて
ア甲6号証(被告製品1の仕様書43頁)には,「PCMバッファゲート
による発音遅延の制御」について,以下の記載がある。
「各トラックのデコーダ出力に設けられているPCMバッファには図6.
6に示すようなゲートスイッチが付属しており,このゲートスイッチを利
用することで場合によっては発音遅延時間を減少させることができます。
(PCMバッファに起因する最大10[ms]の遅延を1[us]以内に
できます。)
ゲートスイッチを有効に利用できるのは以下の2つの条件を共に満たせ
る状況です。
1.全トラックが発音していない状態からの再生であること。(ゲート
スイッチが全トラック共用のため。)
2.再生実行より10[ms]以上前に再生準備が開始できること。(音
データの準備に10[ms]必要なため。)
手順は以下の様になります。
1.停止中のトラックに対してPUSEコマンドを発行する。
→当該トラックは再生準備状態になります。
ゲートスイッチがOFF状態でデコードが開始され,PCMバッ
ファにデコード済み音データが蓄積されます。音データの準備には
最大10[ms]かかります。
2.再生準備中のトラックに対してPLAYコマンドを発行する。
→当該トラックは再生状態になります。
ゲートスイッチがONになりPCMバッファに準備された音デー
タが出力されます。このとき,PLAYコマンド発行から音データ
出力までの遅延は1[um]以内になります。」
イ以上によると,被告製品1には,①命令を適切に組み合わせることによ
って発音遅延時間を減少させることができる機能,②PUSEコマンドを
発行するとゲートスイッチをOFFにできる機能,③PLAYコマンドを
発行するとゲートスイッチをONにできる機能,④PUSEコマンド発行
からPLAYコマンドの発行まで10[ms]以上間が空くと遅延を1
[um]以内にできる機能があると認められる。
しかしながら,本件全証拠によっても,㋐被告製品1が構成要件1Cを
処理するためのプログラムを有していること,㋑予めデコードされる範囲
が所定の開始位置から所定の部分までと範囲が定められていること,㋒バ
ッファに蓄積された音データを再生中に圧縮されたデータをデコードして
いることなどは認められない。
原告は,甲49添付の「①特許関連の技術説明」22頁~41頁におい
て,被告製品1の仕様書(甲6)の5頁,15頁,24頁,29頁,36
頁の記載を引用して,これらの記載から上記㋐~㋒の事実が認められると
するが,これらの記載から上記㋐~㋒の事実を認めるには足りない。
そうすると,被告製品1は構成要件1Cを処理する演算手段を備えてい
るとは認められない。
ウさらにいうと,被告製品1は,PCMバッファのみで,予めデコードし
たデータとバッファに空き領域ができたときにデコードされるデータを記
憶するものであり(乙25〔技術説明会資料〕42~46頁),発音状況
によってデコードが一時停止する場合があり得るから(同67頁),構成
要件1Cの同時平行性を充足しない。
これに対し,本件特許発明1は,構成要件1Cに照らすと,発音指示が
あると所定の記憶手段の空き容量に関係なく圧縮データのデコードを行う
ものと解されるのであって,被告製品1と本件特許発明1とは技術思想に
おいても相違するものであるといえる。
1-4まとめ
以上のとおり,被告製品1は構成要件1A~1Cを充足しない。
そうすると,構成要件1Aに関する主張である均等侵害及び道具理論につい
て判断するまでもなく,被告製品1が本件特許発明1の技術的範囲に属すると
は認められないから,本件特許発明1に係る請求はいずれも理由がない。
2本件特許発明2に係る侵害の成否について
2-1構成要件2Aの充足性(争点2-1)について
(1)構成要件2Aの「ディジタル・データ」の意義について検討する。
原告は,本件特許発明2について,楽音信号の「ディジタル・データ」を
すべて,「(デコード処理にある程度の時間が必要な)特に圧縮効率の高い
データ」としてしまうと,楽音信号の先頭部分で,データの処理に時間がか
かり,スムーズに発音開始がされないことから,先頭部分については,その
後の「特に圧縮効率の高いデータ」の部分と比べて処理に時間のかからない
データとしておき,先頭部分の処理をスムーズにしつつ,その後の部分につ
いては,「特に圧縮効率の高いデータ」を利用することによって,上記課題
を解決しつつ「特に圧縮効率の高いデータ」を利用するというものであると
し,圧縮データの先頭部分(「楽音信号の先頭」)に付する「ディジタル・
データ」に,被告製品2~4の「ADPCM①」データが該当する旨主張す
る。
すなわち,原告の主張は,構成要件2Aの「ディジタル・データ」と「デ
ィジタル・データに圧縮処理を施したデータ」の区別の基準について,圧縮
処理を施したデータか否かという基準ではなく,特に圧縮効率が高くデータ
処理に時間がかかるか否かという基準を用いるべきであると主張するもので
ある。そして,原告は,その主張の根拠として,本件特許発明2の課題が,
「特に圧縮効率の高いデータ」を利用する際の「時間遅れ」を極めて少なく
することにあることを挙げているものと解される。
しかし,「特に圧縮効率の高いデータ」を利用する際の「時間遅れ」を極
めて少なくする方法として,先頭部分に圧縮しないディジタル・データを配
置して課題を解決するのか,それとも,ディジタル・データのほかADPC
Mデータのように圧縮効率の低いデータを配置することも含めて課題を解決
するのかは発明者の選択に係ることであって,圧縮しないディジタル・デー
タとADPCMデータのように圧縮効率の低いデータのいずれをも「ディジ
タル・データ」として取り扱っているか否かは,明細書の記載に基づいて定
められるべき事柄である。
(2)そこで,構成要件2Aの「ディジタル・データ」の意義について検討す
る。
ア本件特許2明細書の【請求項1】及び【発明の詳細な説明】には,以下
の記載がある。
「【請求項1】入力されるディジタル楽音データに圧縮処理を施すデータ
圧縮手段と,録音すべきディジタル楽音データの入力から,前記ディジタ
ル楽音データに圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間以上の所
定期間が経過したか否かを判別する第1の判別手段と,前記第1の判別手
段によって所定期間経過していないと判別された場合には,前記ディジタ
ル楽音データを選択し,前記第1の判別手段によって所定期間経過したと
判別された場合には,前記データ圧縮手段により圧縮処理が施されたデー
タを選択する第1の選択手段と,書き込み可能な記憶手段と,前記選択手
段によって選択されたデータを前記記憶手段に書き込む書込手段とを具備
することを特徴とする電子楽器の音源装置。」
「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は,圧縮処理を施した楽音信号に基づき
録音・発音する電子楽器の音源装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来より,楽音信号をPCM(パルス符号化変調)等を
用いてディジタルのPCM・データに変換し,さらに,圧縮処理を施して
波形メモリ内に記憶するとともに,再生(発音)時には,この波形メモリ
内から圧縮処理を施したデータ(エンコード・データ)を読み出し,この
データにデコード(展開)処理を施して,元のPCM・データに戻し,楽
音を発生させる電子楽器の音源装置が知られている。圧縮処理には,例え
ば,ADPCM(適応型差分PCM)や,さらに圧縮効率をあげたサブバ
ンドコーディングを用いることできる。圧縮処理を施すことによって,波
形メモリ内に記憶する情報量を少なくすることができるので,より少ない
容量の記憶装置を用いて効率的に波形メモリを構成することができる。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述したような,特に圧縮
効率の高いデータのデコード処理にはある程度の時間が必要である。すな
わち,オペレータ(操作者)による発音指示によって読み出したエンコー
ド・データを,元のPCM・データへデコードする時間が必要である。こ
のため,図11に示すように,楽音発生が,発音指示後から,デコード処
理に要する時間Dだけ遅れるいう(注:原文のまま)問題があった。この
発明は,上記課題に鑑みなされたもので,その目的とするところは,発音
指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができ
る電子楽器の音源装置を提供することにある。」
「【0005】上述した課題を解決するために請求項2記載の発明は,楽
音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施し
たデータの展開処理に要する時間以上の所定期間までの部分をディジタ
ル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部分をディ
ジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する記憶手段と,
発音指示に応答して,前記記憶手段に記憶されたディジタル・データおよ
び圧縮処理を施したデータの読み出しを開始する読出手段と,前記読出手
段によって読み出された,圧縮処理を施したデータに展開処理を施して元
のディジタル・データに展開するデータ展開手段と,前記読出手段によっ
て前記ディジタル・データの読み出しが終了したか否かを判別する第2の
判別手段と,前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データの読み
出しが終了していないと判別された場合には前記読出手段によって読み出
されたディジタル・データを選択し,前記第2の判別手段によって前記デ
ィジタル・データの読み出しが終了したと判別された場合には前記データ
展開手段によって展開されたディジタル・データを選択する第2の選択手
段とを具備し,前記第2の選択手段によって選択されたディジタル・デー
タに基づいて発音することを特徴としている。
【0006】
【作用】請求項1記載の発明によれば,第1の選択手段は,ディジタル
楽音信号の入力から,データ圧縮手段の圧縮処理で圧縮されるディジタル
楽音データの展開処理に要する時間以上の所定の時間まで,入力されるデ
ィジタル楽音データを選択し,所定期間以降では,データ圧縮手段により
圧縮処理が施されたデータを選択する。記憶手段には,第1の選択手段に
よって選択されたデータが書き込まれるので,録音すべき楽音信号は,そ
の先頭から所定期間までの部分がディジタル・データの状態にて,所定期
間以降の部分が圧縮処理されたディジタル・データの状態にて,それぞれ
記憶手段に記憶される。
【0007】請求項2記載の発明によれば,発音指示に応答して,記憶
手段からのディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータの読み出し
が開始され,ディジタル・データは,第2の選択手段を介して出力される
一方,圧縮処理を施したデータは,さらにデータ展開手段によって元のデ
ィジタル・データに戻される。第2の選択手段は,発音指示後からディジ
タル・データを選択して,すべてのディジタル・データを出力し,この後,
楽音信号の先頭から,当該楽音信号のディジタル・データに圧縮処理を施
したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間が経過した以降は,デ
ータ展開手段によって戻されたディジタル・データを選択して,選択され
たデータを出力する。したがって,発音指示後,直ちに,ディジタル・デ
ータが読み出されるとともに,圧縮処理を施したデータの展開処理が前も
って行われ,所定期間経過以降は展開処理で元に戻されたディジタル・デ
ータが出力されるので,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生
することができる。」
【0008】
【実施例】以下,図面を参照してこの発明の実施例について説明する。
<第1の実施例>図1は,この発明による第1の実施例の構成を示すブ
ロック図であり,楽音信号を録音するものである。この図に示すPCM・
データは,録音すべき楽音信号を図示せぬA/D変換部によってディジタ
ル信号に変換した2値データであり,エンコーダ1の入力端およびセレク
タ2の入力端Bに供給されている。エンコーダ1は,制御信号SA1にし
たがって,入力したPCM・データを圧縮処理を連続的に施すものであり,
圧縮したエンコード・データをセレクタ2の入力端Aに供給する。ここで,
エンコーダ1の圧縮能力は1/4であり,例えば,連続する4個のPC
M・データを,1個のエンコード・データに圧縮するものである。なお,
エンコーダ1は,圧縮すべきデータを入力後,時間遅れTをもってエンコ
ード・データを出力する。」
「【0016】かかる実施例によれば,波形メモリ4に記憶される波形デ
ータは,図2(5)にその構成を示すように,1~Nサンプルまでが,す
なわち,サンプリングクロックSCがNカウントされるまでがPCM・デ
ータであり,これ以降は圧縮処理されたエンコード・データである。PC
M・データの部分は,圧縮処理されないのでデータ量が増加するが,圧縮
処理されたエンコード・データの部分に比べて充分短いので,全体のデー
タ量にはほとんど影響を与えない。したがって,従来と比較して,圧縮効
率にほとんど差が生じない。」
「【0062】
【発明の効果】以上説明したように,この発明によれば,楽音信号の所
定期間までのディジタル・データの長さは,圧縮処理を施したデータの長
さに比べて充分短いので,圧縮効率を悪化させなくて済むという利点があ
る(請求項1)。また,発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み
出されるとともに,圧縮処理を施したデータの展開処理が前もって行われ,
所定期間経過以降は展開処理で元に戻されたディジタル・データが出力さ
れるので,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することがで
きる(請求項2)。」
イ上記発明の詳細な説明の段落【0002】によれば,「圧縮処理には,
例えば,ADPCM(適応型差分PCM)や,さらに圧縮効率をあげたサ
ブバンドコーディングを用いることができる。」とされ,ここでは,従来
技術の説明として,ADPCMが圧縮処理を施されたデータとして扱われ
ていることが明らかである。
そして,本件特許発明2の課題としては,従来技術の圧縮処理をされた
データのうち,「特に圧縮高率の高いデータ」のデコードに伴う時間遅れ
に焦点を当て,その「時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生す
る」ことを挙げている(段落【0003】)。
ところで,本件特許発明2の課題とされる「特に圧縮効率の高いデー
タ」との関係をみると,前記のとおり,本件特許2明細書の実施例(段落
【0008】)には,請求項1に係る実施例として,エンコーダの圧縮能
力が1/4である例が挙げられている。
そして,請求項1と本件特許発明2である請求項2との関係をみると,
段落【0006】~【0007】の記載によれば,請求項1の発明が段落
【0001】にいう「録音」の発明,すわなち「録音すべき音楽信号は,
その先頭から所定期間までの部分がディジタル・データの状態にて,所定
期間以降の部分が圧縮処理されたデータの状態にて,それぞれ記憶手段に
記憶される」発明であり(段落【0006】),本件特許発明2が「発
音」の発明,すなわち「発音指示後,直ちにディジタルデータが読み出さ
れるとともに,圧縮処理を施したデータの展開処理が前もって行われ,所
定期間経過以降は展開処理で元に戻されたディジタル・データが出力され
るので,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができ
る」発明であるものと解される(段落【0007】)。
このように,請求項1の発明と本件特許発明2とは,録音と発音という
一対を成す発明であって,そこで請求項を形成する「圧縮処理を施したデ
ータ」とは,同一内容のデータを意味するものと解するのが相当である。
そうすると,前記請求項1の実施例である圧縮能力1/4のエンコーダ
で圧縮されたデータとは,本件特許発明2の「圧縮処理を施したデータ」
にも該当するものということができる。
そこで,この1/4に圧縮されたデータの性質について検討する。本件
特許発明2の出願より約3年8か月ほど前の平成元年3月2日に出願され
たセイコー電子株式会社出願の公開特許公報(平2-230200〔乙2
2〕)には,「従来のADPCB方式(注記:ADPCM方式の誤記と認
められる。)では,符号化圧縮率が約1/2程度であり」との記載があり
(1頁右欄10行~11行),また,本件特許発明2の出願より後の平成
11年5月14日に国際特許出願されたソニー・コンピュータエンタテイ
ンメント出願の再公表特許公報(WO99/59133〔乙15〕)には,
「ADPCMはデータを約4分の1に圧縮する」との記載がある(5頁2
7行)。
これらの記載に照らせば,ADPCMは圧縮率が約1/2ないし1/4
のデータであって,上記実施例の圧縮されたデータと圧縮率が同程度であ
ると認められる。
ウそして,本件特許2明細書のその他の記載をみても,楽音信号の先頭部
分を「特に圧縮効率の高いデータ」の部分と比べて処理に時間のかからな
い圧縮処理されたデータとする構成を示す記載はない。かえって,本件特
許2明細書には,「PCM・データの部分は,圧縮処理されないのでデー
タ量が増加するが,圧縮処理されたエンコード・データの部分に比べて充
分短いので,全体のデータ量にはほとんど影響を与えない。したがって,
従来と比較して,圧縮効率にほとんど差が生じない。」(段落【001
6】)と記載されており,楽音信号の先頭部分をPCM・データとしても
課題が解決されたものと解されるから,楽音信号の先頭部分をPCM・デ
ータに代えてADPCM方式の圧縮処理を施したデータとする構成も本件
特許発明2に含まれると解することは困難である。
エ以上によれば,構成要件2Aの「ディジタル・データ」には,ADPC
M方式の圧縮処理を施したデータは含まれないと解するのが相当である。
(3)被告製品2~4の先頭部のデータがADPCM①データであることは当
事者間に争いがなく,前記(2)のとおり,被告製品2~4の「ADPCM
①」データは,「ディジタル・データ」に該当しないから,被告製品2~4
は構成要件2Aを充足しない。
2-2構成要件2B~2Cの充足性(争点2-2)について
(1)構成要件2B~2Cにおいて,①「ディジタル・データ」の読み出し開
始と「圧縮処理を施したデータ」の読み出し開始の同時性,②「ディジタ
ル・データ」の読み出しと「圧縮処理を施したデータ」のデコード処理の同
時平行性が要求されているかについて
ア本件特許発明2の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある。
「【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述したような,特に圧縮
効率の高いデータのデコード処理にはある程度の時間が必要である。すな
わち,オペレータ(操作者)による発音指示によって読み出したエンコー
ド・データを,元のPCM・データへデコードする時間が必要である。こ
のため,図11に示すように,楽音発生が,発音指示後から,デコード処
理に要する時間Dだけ遅れるいう(注:原文のまま)問題があった。この
発明は,上記課題に鑑みなされたもので,その目的とするところは,発音
指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができ
る電子楽器の音源装置を提供することにある。」
「【0023】次に,この実施例の動作について説明する。
①発音指示から(N-D)クロックまで
まず,オペレータが発音指示の旨のキーを押下すると,これに対応して
発音開始トリガーPTRGが各部に供給される。これによって,カウンタ
14がデータNのカウントダウンを行なうとともに,アドレスコントロー
ラ12は,ストローブ信号ST1によってPCM・データ読出用アドレス
のカウントアップを行なう。これによって,波形メモリ10からPCM・
データは,図4(2)の①に示すように,ストローブ信号ST1のタイミ
ングにて読み出され,ラッチ回路15によって,本来のサンプリングクロ
ックSCのタイミングに戻される。このとき,制御信号SA2のレベルは
「L」であり,これにより,セレクタ16は入力端Bを選択しているので,
セレクタ16の出力データは,PCM・データがサンプリングクロックS
Cのタイミングにて出力されることになる。
【0024】②(N-D)クロックからNクロックまで
サンプリングクロックSC(ストローブ信号ST1)を(N-D)カウ
ントすると,アドレスコントローラ12は,PCM・データ読出用アドレ
スとともに,ストローブ信号ST2によってエンコード・データ読出用ア
ドレスのカウントアップを行なう。すなわち,Nクロックからデコーダ1
3による時間遅れDの分だけ前に達すると,図4(2)の②に示すように,
波形メモリ10からPCM・データとエンコード・データとが,それぞれ
ストローブ信号ST1,ST2のタイミングにて読み出される。このとき,
PCM・データは①と同様に,ラッチ回路15によってサンプリングクロ
ックSCのタイミングにて出力される一方,エンコード・データはストロ
ーブ信号ST2のタイミングにてデコーダ13に取り込まれ,展開処理が
施される。
【0025】③Nカウント経過後
次に,カウンタ14によってサンプリングクロックSCがNカウントさ
れると,すなわち,波形メモリ10に記憶されているPCM・データの先
頭からNサンプルまでのすべてが読み出されると,カウンタ14による制
御信号SA2のレベルが「H」になるので,セレクタ16の入力端Aが選
択される。同時に,(N-D)クロックからDクロック経過したので,デ
コーダ13からは元に戻されたPCM・データが,サンプリングクロック
SCのタイミング毎に順次供給される。したがって,セレクタ16は,1
~NサンプルまでのPCM・データに引き続き,サンプリングクロックS
Cのタイミングで,元に戻された(N+1)以降のPCM・データを出力
することになる。
【0026】これと同時に,アドレスコントローラ12によるPCM・
データ読出用アドレスのカウントが停止する。これは,PCM・データ読
出用アドレスによってエンコード・データが読み出されるのを防止するた
めである。これによって,図4(2)のに示すように,波形メモリ10か
らは,エンコード・データだけが,ストローブ信号ST2のタイミングで
読み出される。すなわち,デコーダ13では,サンプリングクロックSC
の4クロックに対し,1個のエンコード・データが展開され,4個のPC
M・データに戻されるとともに,サンプリングクロックSC1クロックに
対し1個のPCM・データがセレクタ16を介して出力される。
【0027】上述した第2の実施例によれば,図4(3)に示すように,
発音指示後,まず,PCM・データが読み出され,サンプリングクロック
SCのタイミングで出力される。その後,(N-D)クロック経過すると,
PCM・データとエンコード・データとが読み出され,ラッチ回路15は
PCM・データをサンプリングクロックSCにてラッチして出力する一方,
デコーダ13はエンコード・データを順次取り込み,Nクロック経過した
時点で最初のPCM・データを供給すべく,展開処理を開始する。そして,
Nクロック経過すると,セレクタ16の選択は入力端Bから入力端Aへと
切り替わるとともに,デコーダ13は,時間遅れDを見越して展開処理を
していたPCM・データを,サンプリングクロックSCのタイミングにて
出力する。したがって,発音指示後,時間遅れを生じることなく,PC
M・データを連続して出力することができる。」
「【0049】次に,上述した実施例の動作について説明する。図9は,
この実施例の動作を示すタイミングチャートである。
①鍵盤装置30のキーが押鍵されてからタイミング発生部32がシス
テムクロックφを規定数カウントするまで,すなわち,ヘッダ信号HDの状
態が“H”である場合について説明する(図9において,①の期間に対応
する)。
【0050】まず,キーが押鍵されると,鍵盤装置30では,ノートオ
ンNONおよび押鍵されたキーに対応するノートコードNCDが生成され
る。このときの音色の種類は,すでに音色SW部31で選択されており,
音色コードTCが生成されているものとする。そして,タイミング発生部
32は,オン・パルス信号ONPをノートオン信号NONから,また,ノ
ートクロックをノートコードNCDからそれぞれ生成する。
【0051】さらに,アドレス発生部33は,アドレスデータの初期値
をノートコードNCDおよび音色コードTCによって決定し,さらに,ノ
ートクロックによるアドレスデータのカウントアップをオン・パルス信号
ONPによって開始する。このアドレスデータによって,第1波形メモリ
34から押鍵されたキーに対応するPCM・データが読み出され,セレク
タ37の入力端Aに供給される。そして,ヘッダ信号HDの状態は“H”
であるので,セレクタ37は入力端Aを選択する。すなわち,キーが押鍵
されてからヘッダ信号HDの状態が“H”である場合には,セレクタ37
は,第1波形メモリ34から読み出されたPCM・データを出力する。
【0052】一方,読み出し部39は,アドレスデータの初期値をノー
トコードNCDおよび音色コードTCによって決定し,さらに,このアド
レスデータのカウントアップをオン・パルス信号ONPによって開始する。
このアドレスデータによって第2波形メモリ40から,押鍵されたキーに
対応するエンコード・データが読み出される。さらに,読み出し部39は,
信号Sの状態(“H”)にしたがって1ブロック分のエンコードデータを
デコード・バッファB(0)に転送する。この転送が終了した場合には,
転送終了信号TEをデコーダ35に供給する。デコーダ35は,転送終了
信号TEを入力すると,読み出し部39から転送された1ブロック分のエ
ンコード・データのデコードをデコード・バッファB(0)に開始させ,
デコード・データをデコード・バッファB(0)に書き込む。
【0053】②次に,タイミング発生部32がシステムクロックφを
規定数カウントしてからAD10が反転するまで,すなわち,ヘッダ信号
HDの状態が“L”になってからアドレス発生部33が1024(21
0)をカウントするまでの期間について説明する(図9において,②の期
間に対応する)。
【0054】まず,タイミング発生部32は,ヘッダ信号HDを“H”
から“L”へ切り換えて,セレクタ37の選択を入力端Bに切り換えると
ともに,ヘッダ・エンド・パルス信号HEPを生成する。また,ヘッダ信
号HDにしたがって信号Sが反転するので,変化検出部38では1ショッ
トパルスが発生する。ヘッダ・エンド・パルス信号HEP信号により,ア
ドレス発生部33のアドレスデータは,オール0にリセットされて,ノー
トクロックによってカウントが再開される。このアドレスデータのAD0
~AD9の10ビットがデコード・バッファB(0)のアドレスを指定
する。これによって,1ブロック分のデコートデータが読み出され,セレ
クタ37の入力端Bに供給される。すなわち,ヘッダ信号HDが“L”に
なると,セレクタ37の出力データは,AD0~AD9で指定されたデコ
ード・データとなる。
【0055】一方,読み出し部39は,次の1ブロック分のエンコード
データを信号Sの状態(“L”)にしたがってデコード・バッファB
(1)に転送する。この転送が終了した場合には,転送終了信号TEがデコ
ーダ35に供給され,デコーダ35は,転送されたエンコード・データの
デコードをデコード・バッファB(1)に開始させ,デコード・データは
デコード・バッファB(1)に書き込まれる。」
「【0062】
【発明の効果】以上説明したように,この発明によれば,楽音信号の所
定期間までのディジタル・データの長さは,圧縮処理を施したデータの長
さに比べて充分短いので,圧縮効率を悪化させなくて済むという利点があ
る(請求項1)。また,発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み
出されるとともに,圧縮処理を施したデータの展開処理が前もって行われ,
所定期間経過以降は展開処理で元に戻されたディジタル・データが出力さ
れるので,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音を発生することがで
きる(請求項2)。」
イ以上に基づいて,①「ディジタル・データ」の読み出し開始と「圧縮処
理を施したデータ」の読み出し開始の同時性,②「ディジタル・データ」
の読み出しと「圧縮処理を施したデータ」のデコード処理の同時平行性に
ついて検討する。
(ア)まず,特許請求の範囲の記載について検討するに,構成要件2Bの
文言は,「ディジタル・データおよび圧縮処理を施したデータの読み出
しを開始する」であるから,「ディジタル・データ」と「圧縮処理を施
したデータ」との読み出し開始が同時であることが要求されているよう
にもみえる。
しかしながら,構成要件2Bに先立つ構成要件2Aの文言をみると
「楽音信号の先頭から,前記楽音信号のディジタル・データに圧縮処理
を施したデータの展開処理に要する時間以上の所定期間までの部分をデ
ィジタル・データの状態にて記憶するとともに,前記所定期間以降の部
分をディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する
記憶手段と,」であるから,「ディジタル・データ」の状態で記憶する
所定期間は,「圧縮処理を施したデータ」の展開処理に要する時間以上
の所定期間であり,「圧縮処理を施したデータ」の状態で記憶する所定
期間以降の部分とは,圧縮処理を施したデータの展開処理に要する時間
以上の所定期間以降の部分である。
そうすると,ディジタル・データに圧縮処理を施したデータの展開処
理に要する時間と同一の期間までの部分をディジタル・データの状態と
した場合には両者の読み出しを同時に開始する必要があるが,圧縮処理
を施したデータの展開処理に要する時間より長い期間までの部分をディ
ジタル・データの状態とした場合には,その必要は認められないのであ
って,構成要件2Bの文言のみを根拠として,「ディジタル・データ」
と「圧縮処理を施したデータ」との読み出し開始が同時であることが必
要であると解することはできない。
(イ)そこで,本件特許2明細書の【発明の詳細な説明】をみるに,本件
特許発明2の実施例(第2の実施例)では,「①発音指示から(N-
D)クロックまで」において,「オペレータが発音指示の旨のキーを押
下すると,…波形メモリ10からPCM・データは,図4(2)の①に
示すように,ストローブ信号ST1のタイミングにて読み出され」(段
落【0023】),「②(N-D)クロックからNクロックまで」に
おいて,「(N-D)カウントすると,…図4(2)の②に示すように,
波形メモリ10からPCM・データとエンコード・データとが,それぞ
れストローブ信号ST1,ST2のタイミングにて読み出される。…エ
ンコード・データはストローブ信号ST2のタイミングにてデコーダ1
3に取り込まれ,展開処理が施される。」(段落【0024】),「③
Nカウント経過後」において,「波形メモリ10に記憶されているPC
M・データの先頭からNサンプルまでのすべてが読み出されると」(段
落【0025】),「これと同時に,…PCM・データ読出用アドレス
のカウントが停止する。…これによって,図4(2)の③に示すように,
波形メモリ10からは,エンコード・データだけが,ストローブ信号S
T2のタイミングで読み出される。」(段落【0026】),「上述し
た第2の実施例によれば,図4(3)に示すように,発音指示後,まず,
PCM・データが読み出され,サンプリングクロックSCのタイミング
で出力される。その後,(N-D)クロック経過すると,PCM・デー
タとエンコード・データとが読み出され,…デコーダ13はエンコー
ド・データを順次取り込み,Nクロック経過した時点で最初のPCM・
データを供給すべく,展開処理を開始する。」,「Nクロック経過する
と,…デコーダ13は,時間遅れDを見越して展開処理をしていたPC
M・データを,サンプリングクロックSCのタイミングにて出力する。
したがって,発音指示後,時間遅れを生じることなく,PCM・データ
を連続して出力することができる。」(段落【0027】)とされてい
る。
以上の実施例に沿って考えると,PCM・データを読み出していると
きにエンコード・データを読み出すのであって,PCM・データとエン
コード・データの読み出し開始は同時である必要はないものと解される。
また,エンコード・データは,PCM・データの出力が終了した時点で,
連続して出力されるように,PCM・データに展開されるものと解され
る。
これに上記(ア)の構成要件2Aの文言を併せ考えれば,①「ディジタ
ル・データ」の読み出し開始と「圧縮処理を施したデータ」の読み出し
開始の同時性は必要がないと解される。また,②「ディジタル・デー
タ」の読み出しと「圧縮処理を施したデータ」のデコード処理の同時平
行性については,「圧縮処理を施したデータ」は,「ディジタル・デー
タ」の出力が終了した時点で,連続して出力されるように,デコード処
理される限度では平行性が必要であるといえるものの(段落【000
3】【0062】も参照),同時性は必要がないと解される。
(ウ)被告は,構成要件2Bが「ディジタル・データおよび圧縮処理を施
したデータの読み出しを開始する」としていることを根拠として,本件
特許2明細書の第2の実施例が本件特許発明2とは異なる旨主張する。
しかしながら,上記(ア)で述べたように,構成要件2Aの記載を踏まえ
ると,「ディジタル・データ」の読み出し開始と「圧縮処理を施したデ
ータ」の読み出し開始が同時である必要はないと解されるから,被告の
主張は採用できない。
ウ以上のとおり,構成要件2Cの解釈として,「圧縮処理を施したデー
タ」は,「ディジタル・データ」の出力が終了した時点で,連続して出力
されるように,デコード処理される限度では平行性が必要であるが,同時
性は要求されないものと解される。
(2)被告製品2~4が「読出手段」「データ展開手段」を備えているかにつ
いて
別紙被告製品2~4説明書によると,「オーディオ再生命令に従い,外部
音声ROM内に被告が独自に開発したMDCT方式(先頭と末尾は,ADP
CM方式)にて圧縮済みのデジタルデータとして格納されている圧縮オーデ
ィオデジタルデータ(最大2048曲のフレーズデータ)の中から当該オー
ディオ再生に必要な構成フレーズを順次読み出す機能(第3機能)」を有す
る。そうすると,被告製品2~4は,構成要件2Bの「読出手段」を備えて
いると認められ,「ADPCM①」データが「ディジタル・データ」である
かを除いて,構成要件2Bを充足する。しかし,被告製品2~4の「ADP
CM①」は,構成要件2Bの「ディジタル・データ」に該当しないのである
から,結局のところ,被告製品2~4は,構成要件2Bを充足しない。
次に,上記機能には,「MDCT方式」のデータの「展開手段」があり
(別紙被告製品2~4の機能説明3.3では,ハフマンデコードと逆量子化
を施して復号化され,IMDCTで時間領域のPCMデータに変換される
〔当事者間に争いはない。〕。),また,上記のとおり,「当該オーディオ
再生に必要な構成フレーズを順次読み出す機能」がある。そうすると,被告
製品2~4は,「MDCT方式」にて圧縮済みのデジタルデータが連続して
出力されるように,デコード処理されていると認められるから,構成要件2
Cを充足する。
(3)以上のとおり,被告製品2~4は,構成要件2Cを充足するが,構成要
件2Bを充足しない。
2-3構成要件2D~2Fの充足性(争点2-3)について
(1)まず,構成要件2E~2Fについて検討する。
構成要件2Eは,「前記第2の判別手段によって前記ディジタル・データ
の読み出しが終了していないと判別された場合には前記読出手段によって読
み出されたディジタル・データを選択し,前記第2の判別手段によって前記
ディジタル・データの読み出しが終了したと判別された場合には前記データ
展開手段によって展開されたディジタル・データを選択する第2の選択手段
とを具備し,」であり,構成要件2Fは,「前記第2の選択手段によって選
択されたディジタル・データに基づいて発音する」というものであるから,
構成要件2Fの「第2の選択手段」は,「第2の判別手段」の判別を前提と
して,「ディジタル・データ」又は「展開されたディジタル・データ」を選
択するものと解される。
また,本件特許2明細書の図3及び5をみるに,本件特許発明2の実施例
では,波形メモリから読み出されたデータはPCM・データの場合には,そ
のままセレクタに供給され,エンコード・データの場合には,デコーダでデ
コード処理されてセレクタに供給され,その後,セレクタは,PCM・デー
タとデコードされたエンコード・データのいずれかを選択するものと解され
る。
そうすると,本件特許発明2の実施例では,セレクタが「第2の選択手
段」に該当すると解するのが相当である。
(2)そこで,被告製品2~4において,セレクタに相当するような「第2の
選択手段」が備えられているかを検討する。
原告は,前記第3の2-3構成要件2D~2Fの充足性(2)(原告の主
張)のとおり,被告製品2~4について,「RAMからバスバッファへのP
CMデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,
デコード部からシーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通
知する。」,「その通知を受けて,シーケンサはADPCM①部分のデコー
ド及びバスバッファへの出力が完了したことを確認し,次にMDCT部分の
デコードが必要なことを認識する。そして,バスバッファの空き容量を確認
しながらデコードを開始できる状態と判断すると,シーケンサはMDCTデ
ータの読み出しを開始する。」,「MDCTデータは,ハフマンデコードと
逆量子化を施して復号化され,復号化された周波数領域のデータをRAMに
順次格納する。」,「RAMに格納された周波数領域のデータをIMDCT
で時間領域のPCMデータに変換後(フレーム単位の時間軸情報が得られ
る),音量調整をして1サンプルずつバスバッファに格納する。」と説明す
る。
また,原告は,被告製品2について,出力系統はシリアルに行われていて
も,「シーケンサはADPCM①部分のデコード及びバスバッファへの出力
が完了したことを確認し,」(別紙被告製品2の機能説明3.3)その出力
系統への入力の順序に従って出力されるデータが選択されている,より具体
的には,その選択は,「あるトラックのADPCM①の読み出し,デコード,
バスバッファへの格納という一連の動作が終了する」までは,「ADPCM
①」データを出力系統へ入力するように選択が行われ,その後については,
「ADPCM①」データを選択することなく「MDCT方式の圧縮データ」
を出力系統へ入力するように選択が行われるということであり,これを「シ
ーケンサ」が行うものであると説明する(甲50〔技術説明会資料〕・26
~27頁。これは,被告製品2についての説明であるが,被告製品3及び4
も製品の機能は同じであるとの説明と解される。)。
しかしながら,後者の説明が前者の説明を敷衍するものであることを踏ま
えると,以上の説明は,被告製品2~4について,シーケンサがADPCM
とMDCTデータの読み出しを切り換えることを特定するにとどまるという
べきであって,ADPCMデコーダの出力とMDCTデコーダの出力を選択
することを特定するものとはいい難い。
そして,その他の原告の説明に加え,本件全証拠をみても,被告製品2~
4について,セレクタ等の「第2の選択手段」に相当するものが存在すると
は認められない。
(3)そうすると,被告製品2~4は,「第2の選択手段」を備えないから,
構成要件2E~2Fを充足しないし,「第2の選択手段」を備えない以上,
「第2の判別手段」の存否も不明であるというほかなく,構成要件2Dを充
足しない。
2-4構成要件2Gの充足性(争点2-4)について
(1)被告製品2~4は,順にサウンドLSI,マルチ機能LSI,サウンド
LSIである。
この点,原告は,被告製品2~4は,複数の音(フレーズ)を個々独立に
操作者の任意のタイミングで発生するような多彩な演奏を可能にしており,
単なる再生装置とはいえないとして,「電子楽器の音源装置」に該当する旨
主張する。
(2)そこで,「電子楽器」の意義について検討するに,本件特許2明細書を
みても,これを特に定義した記載はないから,一般的な意義で使用されてい
るものと解される。
そして,「電子楽器」は,楽器であるから,操作者により演奏情報として
楽音の情報が入力され,当該情報に従って楽音として出力されるものである
と解される(例えば,電子ピアノでは,演奏者の鍵盤操作により楽音の情報
が入力され,当該情報に従った楽音が出力される。)。
そうすると,被告製品2~4は,オーディオ再生命令の契機が操作者の意
思に基づくものであったとしても,その後の楽音の進行は,操作者の意思と
は関係なくオーディオデータが出力されるものであるから(別紙被告製品2
~4説明書),構成要件2Gの「電子楽器」の音源装置に該当しない。
(3)したがって,被告製品2~4は,構成要件2Gを充足しない。
2-5まとめ
以上のとおり,被告製品2~4は,構成要件2A,2B,2D~2Gを充足
しない。
そうすると,構成要件2Aに関する主張である間接侵害及び均等侵害につい
て判断するまでもなく,被告製品2~4が本件特許発明2の技術的範囲に属す
るとは認められないから,本件特許発明2に係る請求はいずれも理由がない。
3本件特許発明3に係る侵害の成否について
3-1構成要件3Aの充足性(争点3-1)について
原告は,請求項4に係る特許発明を本件特許発明3と主張するところ,本来,
請求項4に係る発明は,請求項2,3も引用しているのであるが,原告による
請求項の記載の仕方及び構成要件の分説の内容からみると,原告は,本件特許
発明3としては,請求項1を引用する請求項4に係る発明に限定して請求する
ことが明らかであるところから,以下では,原告の請求をそのようなものであ
るとして判断する。
(1)まず,構成要件3Aには楽音データの先頭部がADPCM方式によって
圧縮された楽音データである場合が含まれるかについて検討する。
ア構成要件3Aは,「圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮され
た圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から
前記楽音データを圧縮楽音データ,ADPCM方式によって圧縮された圧
縮楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,」
というものであって,その文言上,楽音データの先頭部のデータの形式に
ついては必ずしも明らかではない。
イそこで,本件特許3明細書の【発明の詳細な説明】をみると,以下の記
載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,圧縮され記憶媒体に記憶された楽音データを再生する楽音デ
ータ再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,オーディオの分野においては,ディジタル楽音データを圧縮する
方式(規格)として,MPEG,MP3,AAC,WMA等種々の方式が
開発され,これに伴い,圧縮楽音データを再生する再生装置も種々実用化
されている(特許文献1参照)。
ところで,パチンコ等のゲーム機の分野においては,同じ楽曲を続けて
繰り返し再生するループ再生がしばしば行われる。しかしながら,上述し
た圧縮楽音データをゲーム機において使用する場合,例えばMPEGは1
152サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,このフレ
ーム単位で再生処理を行うようになっているので,曲の最後のフレームが
規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無音部分が含まれる
ことになる。このため,繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間
に無音部分が生じてしまう問題があった。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は上記事情を考慮してなされたもので,その目的は,無音部分を
作ることなくループ再生を行うことができる楽音データ再生装置を提供す
ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
この発明は上記の課題を解決するためになされたもので,請求項1に記
載の発明は,圧縮楽音データと非圧縮楽音データとから構成される楽音デ
ータが記憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,非圧縮
楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,前記
記憶媒体から前記非圧縮楽音データを読み出すとともに,前記非圧縮楽音
データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第1の読
出手段と,前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出
手段と,前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張
して出力するデコーダと,前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出
力とを切り換える切換手段と,前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,
および前記切換手段を制御する制御手段とを具備し,前記圧縮楽音データ
は,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイ
ズを有し,前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第2の読出
手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手
段を前記デコーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダによる前記
圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ
前記非圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を
前記第1の読出手段の出力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第
1の読出手段から出力される前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1
手順を実行することにより,前記楽音データをループ再生させることを特
徴とする楽音データ再生装置である。」
「【0007】
請求項4に記載の発明は,請求項1から請求項3のいずれかの項に記載
の楽音データ再生装置において,前記非圧縮楽音データに代えてADPC
M方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
この発明によれば,楽音データの終了部に非圧縮データを配置したので,
圧縮楽音データを,無音部分を作ることなく任意の箇所でループ再生する
ことができる効果が得られる。また,この発明によれば,楽音データの先
頭部に非圧縮データを配置したので,圧縮楽音データのデコードによる遅
れの影響を無くし,無音部分のないループ再生をすることができる効果が
ある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下,図面を参照し,この発明の実施の形態について説明する。図1は
この発明の第1の実施の形態による楽音データ再生装置の構成を示すブロ
ック図,図2は,(a)楽音データのフォーマット,(b)楽音データの
デコードタイミング,(c)楽音データの出力タイミングを各々示す図で
ある。図2(a)に示すように,この実施形態においては,楽曲の先頭部
と終了部が圧縮されていないPCM(PulseCodeModura
tion)楽音データ(以下,PCMデータという)であり,中央部が圧
縮楽音データ(以下,圧縮データという)という構成の楽音データが使用
される。また,圧縮データはMPEG規格によって圧縮されている。」
「【0021】
なお,上記の実施形態において,楽音データの先頭部および終了部にP
CMデータ,すなわち圧縮されていないディジタル楽音データを配置した
が,これに代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた,伸張が短時
間で行えるディジタル楽音データを配置してもよい。
また,上記実施形態は,圧縮データの先頭部および終了部にPCMデー
タを配置しているが,これに代えて,終了部にのみ配置してもよい。この
場合,ループ再生を行うには,制御部17が後部のPCMデータの再生終
了時点より一定時間前に圧縮データ読出部13へ読み出し開始を指示する
必要がある。」
以上のとおり,本件特許3明細書においては,楽曲の先頭部と終了部が
圧縮されていないPCM楽音データで,中央部が圧縮楽音データという構
成の楽音データが使用されたものが第1の実施の形態とされ(段落【00
09】),これに代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた伸張が
短時間で行えるディジタル楽音データを配置してもよいとされているから
(段落【0021】),実施例として,楽音データの先頭部がPCM楽音
データ又はADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データであるもの
が示されている。そして,上記実施例以外の記載において,楽音データの
先頭部がADPCM方式により圧縮された楽音データであることを排斥す
るような記載はない。
ウ次に,出願経過について検討する。
(ア)本件特許3の原出願に係る請求項3は「圧縮データと,その先端に
配置された第1の非圧縮データまたは伸張時間が短い圧縮データと,そ
の終端に配置された第2の非圧縮データまたは伸張時間が短い圧縮デー
タとからなる楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを読
み出して再生する楽音データ再生装置であって,」(乙1)とされてい
たのに対し,補正後の請求項4(請求項1を引用するもの)は「圧縮楽
音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとから構
成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽
音データ,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの順に読
み出して再生する楽音データ再生装置であって,」とされている。
(イ)上記補正の経緯は,次のとおりである。
a本件特許3を含む特願2004-97383については,拒絶理由
通知がされたが,その理由の1つは,特許法29条2項の規定により
特許を受けることができないとするものであり,拒絶理由通知書(乙
2)によれば,「刊行物1には,データの先頭の所定期間を非圧縮デ
ータとし,所定期間以降を圧縮データとした音源装置(楽音データ再
生装置)の発明が記載されている。これは両者を組み合わせて1つの
連続データとする技術思想であり,データ記憶部に余裕があるのであ
れば,圧縮データの終端部を非圧縮データとし,これらを切り換えて
出力再生することは設計的事項にすぎない。」というものであった。
また,他の拒絶理由として,特許法36条4項,同条6項2号の要
件を満たしていないことが挙げられ,「(1)・・・段落0003に
はループ再生における問題が課題である旨が記載されているが,各請
求項の構成には,その関係が存在せず,なぜ無音部分が生じるのか,
その前提も存在しない。(2)「読出手段の出力データを交互に(請
求項1),あるいは順次(請求項2)切り換えて出力する」というこ
とが,次のデータを含んでの意味であるのか,単に1つのデータセッ
トのみを意味するのか不明である。(3)請求項3の記載では,「先
端」「終端」という表現がなされているが,先端の前のデータ,ある
いは終端の次のデータとの処理の関係が不明である。」とされていた。
上記の拒絶理由通知における刊行物1とは特開平06-16797
8(乙11)であり,その明細書の発明の詳細な説明によれば,請求
項2の発明について,「請求項2記載の発明によれば,発音指示があ
った場合に,記憶手段からディジタル・データおよび圧縮処理を施し
たデータが読み出され,ディジタル・データは,第2の選択手段を介
して出力される一方,圧縮処理を施したデータは,さらにデータ展開
手段によって元のディジタル・データに戻される。第2の選択手段は,
発音指示後からディジタル・データを選択して,すべてのディジタ
ル・データを出力し,この後,データ展開手段によって戻されたディ
ジタル・データを選択して,選択されたデータを出力する。したがっ
て,発音指示後,直ちに,ディジタル・データが読み出され,この後
に,元に戻されたディジタル・データが出力されるので,時間遅れを
極めて少なくして,直ちに楽音を発生することができる。」とされて
いた。
上記の刊行物1の記載によれば,刊行物1に関する拒絶理由の趣旨
は,刊行物1にはデータの先頭の所定期間を非圧縮データとし,所定
期間以降を圧縮データとした音源装置の発明が記載されており,これ
は非圧縮データと圧縮データの両者を組み合わせて1つの連続データ
とする技術思想であり,本件特許3に係る発明も圧縮データと非圧縮
データを1つの連続データとする技術思想において同一であること,
データの連続のさせ方として,データの記憶部に余裕があるのであれ
ば,圧縮データの終端部を非圧縮データとすることは設計的事項にす
ぎないものであることを指摘したものであったと解される。
b上記拒絶理由通知を受けて,手続補正書とともに提出された意見書
(乙3)には,以下の記載がある。
「(1)補正について
別途提出する手続補正書により,元の請求項1および2を削除する
とともに,元の請求項3および4の要旨を明確にした請求項を新請求
項1および2とし,さらに新たな請求項を新請求項3および4として
追加しました。これらの補正は,明細書の段落0009,0014,
0016~0021,0024~0027などの記載を根拠とするも
のであり,新規事項の追加ではありません。
(2)本願発明
本願発明は,所定の再生処理単位(フレーム)の整数倍のデータサ
イズを有する圧縮楽音データを含む楽音データをループ再生する際に,
圧縮楽音データの終端部のフレームに含まれるサンプル数が上記所定
の再生処理単位とならず端数である場合,当該フレームのサンプルの
無い部分が無音として再生されてしまうことを防止することを目的と
してなされたものです。
そして請求項1に係る発明では,(A)上記終端部のフレームを圧
縮楽音データとせずに非圧縮楽音データとして楽音データを記憶する
ようにしたこと,(B)圧縮楽音データと非圧縮楽音データとを切り
換えて再生すること,を特徴的な構成としています。圧縮楽音データ
の終端部のフレーム内のサンプル数が端数であるにもかかわらず当該
フレーム全体を圧縮楽音データとしてしまうと,当該フレームのサン
プルの無い部分が無音として再生されてしまいますが,本願のように
当該フレームを非圧縮楽音データとすることによって,圧縮楽音デー
タの再生が終わると非圧縮楽音データを再生し,非圧縮楽音データの
再生が終わったらすぐに圧縮楽音データの再生に移ることができるの
で,無音のないループ再生を行うことが可能となります。」
「刊行物1や刊行物2には,引例として,圧縮部と非圧縮部の再生を
切り換える楽音再生装置の発明が開示されていますが,これらの引例
においては,本願発明のように楽音のループ再生での無音部分の発生
を防止するという課題は全く認識されていません。
また,審査官殿は,刊行物1記載の発明において記憶部に余裕があ
る場合に終端部を非圧縮データとすることは単なる設計的事項である,
と認定されましたが,本願請求項1の発明は,上記のとおり圧縮楽音
データとすると終端部のフレームに無音が生じる楽音データを非圧縮
データとすることによって無音部分の発生が防止可能となるという知
見に基づいてなされたものであり,単に記憶部の余裕具合に応じて終
端部に非圧縮データを配置しただけのものではありません。よって,
刊行物1に基づいて,当業者がループ再生における無音部分の発生を
防止するという課題を認識した上で,本願発明のようなデータ構造の
楽音データを読み出して該楽音データをループ再生させる楽音データ
再生装置を想到できたとは言えないと考えられます。
また,本願請求項1の発明では,楽音データが圧縮楽音データと終
端部の非圧縮楽音データからなるデータ構造を有し,各読出手段がこ
れら各データ(圧縮楽音データと非圧縮楽音データ)の読み出しを終
了した時に制御手段へその旨を通知して,制御手段が該通知を受ける
とそれに応じたデータを読み出すように各読出手段を制御することに
よって,ループ再生を行うことを可能としています。このような制御
手段の処理について,各刊行物には開示がありません。」
cそこで,上記拒絶理由通知及び意見書の内容に照らして,補正の趣
旨について検討するに,前記補正は,拒絶理由における刊行物1等を
理由とする特許法29条2項違反の指摘,同法36条6項2号の明確
性要件違反等と指摘を踏まえてされたものであり,その対応策として,
次のような方策を採用したものと考えられる。まず,刊行物1との技
術的相違点を明らかにするため,本件特許3に係る発明の技術的意義
が,圧縮楽音データの終端部のフレームに含まれるサンプル数が上記
所定の再生処理単位とならず端数である場合,当該フレームのサンプ
ルのない部分が無音として再生されてしまうことを防止することを目
的としてされたものであることを明確にした。また,明確でないと指
摘された請求項1,2を削除した。そして,同じく明確でないと指摘
された旧請求項3における「先端の前のデータ,あるいは終端の次の
データ処理との関係」については,新請求項1(旧請求項3)におい
ては,「圧縮楽音データ」と「非圧縮楽音データ」の記載のみとし,
「先頭の前のデータ,あるいは終端の次のデータ処理との関係」とい
う問題が顕在化しないようにするとともに,発明の技術的意義に即し
た記載になるようにした。
以上のとおり,原告は,補正の際の意見書において,楽音データの
終端部に非圧縮楽音データを配置したことが技術的に重要であること
を主張するのみであって,楽音データの先頭部に非圧縮楽音データを
配置することについて技術的な説明をしていない。
被告は,このことを捉えて,先端に非圧縮楽音データ(請求項1)
又はADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ(請求項4)
を配置する構成は除外されたと主張する。
しかし,原告による補正の趣旨は,楽音データの終端部に非圧縮楽
音データを配置することによる無音部分の発生の解消が技術的に重要
であることを指摘したものであり,意見書や補正後の請求項及び発明
の詳細な説明の記載をみても,先頭部分に非圧縮楽音データ(又はA
DPCM方式で圧縮された圧縮楽音データ)を配置することが排除さ
れているわけではない。楽音データの先頭部に非圧縮楽音データ(又
はADPCMデータ方式で圧縮された圧縮楽音データ)を配置するか
否かは本件特許発明3を含む発明において重要な事項ではなかったと
解されるし,そのことが本件特許3を含む発明の技術的意義を阻害す
るものではなく,また補正前(出願時)に記載されていなかった新規
事項の追加であるということもできない。
エ以上に照らすと,構成要件3Aは,楽音データの先頭部に非圧縮楽音デ
ータ(又はADPCMデータ方式で圧縮された圧縮楽音データ)を配置す
る構成を排除したものとはいえないから,構成要件3Aには楽音データの
先頭部がADPCM方式によって圧縮された楽音データである場合が含ま
れるものというべきである。
(2)被告製品2~4は,「ADPCM①」,「MDCTデータ」,「ADP
CM②」の順で,「外部音声データROM」からデータを「順に読み出して
再生する」(別紙被告製品2~4説明書)。
そして,「MDCTデータ」が構成要件3Aの「圧縮楽音データ」に,
「ADPCM②」が構成要件3Aの「ADPCM方式によって圧縮された圧
縮楽音データ」にそれぞれ該当する。
(3)したがって,被告製品2~4は,「楽音データ再生装置」に該当するか
否かを除いて,構成要件3Aを充足する(「楽音データ再生装置」に該当す
るか否かは,後記3-5において判断する。)。
3-2構成要件3B~3C及び3Eの充足性(争点3-2)について
(1)本件特許3明細書の【発明の詳細な説明】には,実施例以外の記載
(【0001】~【0008】,【00029】)においては,構成要件3
Bの「第1の読出手段」,構成要件3Cの「第2の読出手段」,構成要件3
Eの「切換手段」の技術的意義についての記載はなく,実施例について,以
下の記載がある。
「【0014】
次に,上述した楽音データを再生する再生装置について図1,図6,図7
を参照して説明する。
図1はこの発明の一実施形態による楽音データ再生装置の構成を示すブロ
ック図である。この図において,11は前述した楽音データが記憶されたR
OM,12はROM11から楽音データの先頭部および終了部に設けられた
PCMデータを読み出すPCMデータ読出部,13はROM11からMPE
G規格によって圧縮された圧縮データを読み出す圧縮データ読出部,14は
圧縮データ読出部13によって読み出された圧縮データを伸張(デコード)
するデコーダ,15はPCMデータ読出部12の出力と,デコーダ14の出
力のいずれか一方を選択して出力する切換部,16は切換部15の出力をア
ナログ信号に変換するD/A(ディジタル/アナログ)変換器,17は各部
を制御する制御部である。
【0015】
また,図6はデコーダ14の構成を示すブロック図である。この図におい
て,21は,逆フォーマット回路であり,圧縮データ読出部13から出力さ
れる圧縮データ(図5の符号B参照)から量子化されたサブバンドサンプル,
ビット割当情報およびスケールファクタを分離し,サブバンドサンプルを逆
量子化回路22へ出力すると共に,ビット割当情報を同じ逆量子化回路22
へ出力する。また,スケールファクタを逆スケーリング回路23へ出力する。
逆量子化回路22は,サブバンドサンプルをビット割当情報を用いて逆量子
化し,逆スケーリング回路23へ出力する。逆スケーリング回路23はスケ
ールファクタに基づいて逆量子化回路の出力データのスケールを元に戻し,
サブバンド合成フィルタバンク24へ出力する。サブバンド合成フィルタバ
ンク24は,逆スケーリング回路23から出力されるサブバンドデータを合
成して圧縮前のPCMデータに戻す。このPCMデータは出力バッファ25
に一時記憶された後,図1の切換部15へ出力される。
【0016】
次に,図1に示す楽音データ再生装置の動作を図7を参照して説明する。
ループ再生の指示を受けた制御部17は,まず,楽音データの先頭アドレ
スをPCMデータ読出部12へ出力してPCMデータの読み出しを指示し,
次に,圧縮データの先頭アドレスを圧縮データ読出部13へ出力して圧縮デ
ータの読み出しを指示し,次いで,切換部15をPCMデータ読出部12の
出力に切り換える(図7の時刻t1)。制御部17から読み出し指示を受け
たPCMデータ読出部12は,ROM11から楽音データの先頭部のPCM
データを順次読み出し,切換部15を介してD/A変換器16へ出力する。
D/A変換器16はそのPCMデータをアナログ楽音信号に変換し,スピー
カユニット(図示略)へ出力する。これにより,楽音データの先端部のPC
Mデータに基づく楽音が発生する。PCMデータ読出部12は,楽音データ
の先頭部のPCMデータを全て出力した時点で,制御部17へ出力終了を通
知する(時刻t2)。制御部17はこの終了通知を受け,切換部15をデコ
ーダ14の出力に切り換える(図7(c)参照)。
【0017】
一方,圧縮データ読出部13は,制御部17からの読み出し指示を受け,
ROM11から圧縮データを順次読み出し,デコーダ14へ出力する。デコ
ーダ14はその圧縮データを伸張し,伸張済みデータを切換部15へ出力す
る。ここで,前述したように,先頭部のPCMデータのサンプル数Mは,そ
の読み出し時間が,デコーダ14が圧縮データ読出部13から最初のデータ
を受けた時点から第1番目の伸張済みデータを出力するまでの時間に一致す
るように決められている。したがって,制御部17がPCMデータ読出部1
2から終了通知を受けて切換部15を切り換えた時点に一致するタイミング
で,デコーダ14から第1番目の伸張済みデータが出力される。以後,デコ
ーダ14から順次伸張済みデータが出力され,切換部15を介してD/A変
換器16へ出力される。D/A変換器16はその伸張済みデータをアナログ
楽音信号に変換し,スピーカユニットへ出力する。これにより,ROM11
内の圧縮データに基づく楽音が発生する。
【0018】
次に,圧縮データ読出部13は,ROM11内の圧縮データを全て読み出
した時点で制御部17へ読み出し終了を通知する(時刻t3)。制御部17
はこの通知を受け,予め設定されている一定時間Tが経過後,PCMデータ
読出部12へ楽音データの後部のPCMデータの先頭アドレスを出力してP
CMデータの読み出しを指示し,次いで,切換部15をPCMデータ読出部
12の出力に切り換える(時刻t4)。ここで,時間Tとは,圧縮データの
最後のデータがROM11から読み出されデコーダ14へ入力された時点か
ら,その最後のデータが伸張されデコーダ14から出力されるまでの時間で
ある。
【0019】
制御部17から読み出し指示を受けたPCMデータ読出部12は,ROM
11から楽音データの終了部のPCMデータを順次読み出し,切換部15を
介してD/A変換器16へ出力する。これにより,楽音データの終了部のP
CMデータに基づく楽音が発生する。そして,PCMデータ読出部12は,
楽音データの終了部のPCMデータを全て出力した時点で,制御部17へ出
力終了を通知し(時刻t5),次いで,再び楽音データの先頭部のPCMデ
ータを順次読み出し,切換部15を介してD/A変換器16へ出力する。こ
れにより,楽音データの最後の音と最初の音が連続した状態で楽音再生が再
び行われる。
【0020】
一方,PCMデータ読出部12から楽音データの終了部のPCMデータの
出力終了通知を受けた制御部17は,圧縮データ読出部13へ読み出し指令
を出力する。圧縮データ読出部13はこの指令を受け,再び圧縮データを順
次読み出し,デコーダ14へ出力する。そして,制御部17はPCMデータ
読出部12から楽音データの先頭部の読み出し終了通知を受けて切換部15
を切り換える(時刻t6)。以下,上述した動作と同様の動作が繰り返され,
ROM11の楽音データのループ再生が行われる。
【0021】
なお,上記の実施形態において,楽音データの先頭部および終了部にPC
Mデータ,すなわち圧縮されていないディジタル楽音データを配置したが,
これに代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた,伸張が短時間で行
えるディジタル楽音データを配置してもよい。
また,上記実施形態は,圧縮データの先頭部および終了部にPCMデータ
を配置しているが,これに代えて,終了部にのみ配置してもよい。この場合,
ループ再生を行うには,制御部17が後部のPCMデータの再生終了時点よ
り一定時間前に圧縮データ読出部13へ読み出し開始を指示する必要があ
る。」
「【0025】
次に,図8の楽音データ再生装置の動作を説明する。
制御部17aへループ再生指示が供給されると,制御部17はヘッダ読出
部33,PCMデータ読出部12および圧縮データ読出部13へ,順次,読
出指令を出力し,次いで,切換部15をPCMデータ読出部12側へ切り換
える。ヘッダ読出部33へ読出指令が出力されると,ヘッダ読出部33がR
OM31からヘッダHを読み出し,ヘッダHに含まれる総サンプル数Nをダ
ウンカウンタ34へプリセットする。以後,ダウンカウンタ34がクロック
パルスfsをダウンカウントする。
【0026】
また,PCMデータ読出部12および圧縮データ読出部13へ読出指令が
出力されると,上述した第1の実施形態と同様に,まず,ROM31内のP
CMデータに基づく楽音が発生し(図9の時刻t1~t2),次いで圧縮デ
ータに基づく楽音が発生する(時刻t2~t3)。そして,時刻t3におい
て,ROM31内の圧縮データの最後のサンプルに基づく楽音が発生すると,
同一タイミングで0検出回路35から検出信号が制御部17aへ出力される。
制御部17aはこの検出信号を受け,再び,ヘッダ読出部33,PCMデー
タ読出部12および圧縮データ読出部13へ,順次,読出指令を出力し,次
いで,切換部15をPCMデータ読出部12側へ切り換える。以後,再び上
記の過程で楽音再生が行われる。」
(2)以上に基づいて,まず,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音デ
ータのデコーダについて検討する。
構成要件3Bには,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データに
ついて,そのデコーダの記載がないし,本件特許3明細書の【発明の詳細な
説明】にも同様に記載がない。
しかしながら,本件特許3明細書の段落【0021】においては,楽曲の
先頭部と終了部が圧縮されていないPCM楽音データで,中央部が圧縮楽音
データという構成の楽音データが使用されたものが第1の実施の形態とされ,
これに代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた伸張が短時間で行え
るディジタル楽音データを配置してもよいとされている。また,圧縮楽音デ
ータの先頭部及び終了部にPCM楽音データを配置しているが,これに代え
て,終了部にのみ配置してもよいとされているから,これはADPCM方式
によって圧縮された圧縮楽音データでも同様であると解される。
このように,PCM楽音データをADPCM方式によって圧縮された圧縮
楽音データに代えることが変形例であることや,ADPCM方式によって圧
縮された圧縮楽音データにデコーダが必要であることは技術常識であると解
されることに照らすと,構成要件3Bの解釈として,ADPCM方式によっ
て圧縮された圧縮楽音データのデコーダが必要であると解される。
(3)上記(1)のとおり,本件特許3明細書には,実施例として,①PCMデー
タ読出部12は楽音データの先頭部及び終了部に設けられたPCMデータを
読み出すこと,②PCMデータ読出部12は楽音データの先頭部のPCMデ
ータを全て出力した時点で制御部17へ出力終了を通知すること,③PCM
データ読出部12は楽音データの終了部のPCMデータを全て出力した時点
で制御部17へ出力終了を通知すること,④圧縮データ読出部13はMPE
G規格によって圧縮された圧縮楽音データを読み出すこと,⑤圧縮データ読
出部13で読み出された圧縮楽音データは,デコーダ14に送られること,
⑥圧縮データ読出部13は圧縮楽音データを全て読み出した時点で制御部1
7へ読み出し終了を通知すること,⑦切換部15はPCMデータ読出部12
の出力と,デコーダ14(圧縮データ読出部13)の出力のいずれか一方を
選択して出力すること,⑧上記⑦の切換部15の動作は,PCMデータ読出
部12又は圧縮データ読出部13からの終了の通知を受けた制御部からの読
出指令に基づいて行われること,⑨終了通知は,PCMデータ又は圧縮楽音
データを全て出力した時点でPCMデータ読出部12又は圧縮データ読出部
13から制御部17へ通知されることが記載されている。
以上を前提として,まず,構成要件3Bの解釈として,ADPCM方式に
よって圧縮された圧縮楽音データの読み出し終了の判別が必要であるかにつ
いて検討する。上記(2)のとおり,構成要件3Bの解釈として,ADPCM
方式によって圧縮された圧縮楽音データのデコーダが必要であると解される
上,構成要件3Bにおいて読み出し終了通知が必要とされていることや,上
記①~③の実施例におけるPCMデータ読出部12の動作を考慮すると,A
DPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み出し終了の判別が必
要であると解される。本件特許3明細書の記載では,「第1の読出手段」及
び「第2の読出手段」について,読み出し終了を判別する態様が不明である
ものの,構成要件3Bの記載及び上記⑨からすると,「第1の読出手段」及
び「第2の読出手段」が読み出し終了の判別のため機能を有していると解す
るのが相当である。
続いて,構成要件3B~3Cの解釈として,「第1の読出手段」と「第2
の読出手段」が1つの手段である場合が含まれるかについて検討する。
請求項1,4の記載によれば,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽
音データを読み出す「第1の読出手段」(構成要件3B)と圧縮楽音データ
を読み出す「第2の読出手段」(構成要件3C)とが区別され,「第2の読
出手段」から読み出された圧縮楽音データはデコーダへ出力され(前記のと
おり,ADPCM方式の圧縮楽音データもデコーダへの出力が必要と解され
るが,請求項1の場合は非圧縮楽音データが使用されるので,非圧縮楽音デ
ータが「第1の読出手段」で読み出された後,デコーダへ出力する必要はな
い。),それぞれの読出手段から読み出されたデータの出力が切換手段で切
り換えられることとされている(構成要件3D)。また,そのような切り換
えを可能にするための制御手段が設けられている(構成要件3E)。このよ
うに,2つの読出系統とその切り換えが想定されているところからみて,
「第1の読出手段」と「第2の読出手段」とは別個の手段であると解するの
が自然である。
次に,発明の詳細な説明をみると,PCMデータ読出部12と圧縮データ
読出部13は,楽音データを読み出し,制御部に読み出しの終了を通知する
点で,機能は一致している。しかしながら,PCMデータ読出部12と圧縮
データ読出部13が1つの読出部により実現してもよいとの記載はない。ま
た,段落【0016】~【0017】の実施例の記載においても,制御部1
7は,PCMデータ読出部12,圧縮データ読出部13に読み出しを指示し
た後に,切換部15をPCMデータ読出部12の出力に切り換えるのである
から,2つの読出部は異なるものであると解される。
以上のような,特許請求の範囲,発明の詳細な説明の記載に照らすと,
「第1の読出手段」と「第2の読出手段」は,1つの手段ではなく,異なる
手段であると解するのが相当である。
そうすると,これが1つの手段でもよいとする原告の主張を採用すること
はできない。
(4)そこで,被告製品2~4が構成要件3Bの「第1の読出手段」を充足す
るかについて検討する。
前提として,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データに相当す
るADPCM②のデコーダを有することは当事者間に争いはない(別紙被告
製品2~4説明書)。
原告は,「第1の読出手段」について,ADPCMデコーダによって伸張
されたPCMデータを次のバッファに送る手前までである旨主張した上で,
被告製品2~4について,「読み出されたADPCM①データは,ADPC
MデコーダでPCMデータに伸張され,所定サンプル分のPCMデータをR
AMに順次格納する。RAMに格納された所定サンプル分のPCMデータ
(ADPCM①が伸張されたデータ)は,音量調整後バスバッファに1サン
プルずつ出力し,デコード部においてRAMからバスバッファに出力するサ
ンプル数をカウントする。RAMからバスバッファへのPCMデータ(AD
PCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時点で,デコード部からシ
ーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了したことを通知する。」とし,
「ADPCM②のデコードからバスバッファへの出力までの動作はADPC
M①と同様である。」とする。そして,「デコード部においてRAMからバ
スバッファに出力するサンプル数をカウントする。RAMからバスバッファ
へのPCMデータ(ADPCM①が伸張されたデータ)の出力が完了した時
点で,デコード部からシーケンサへ上記バスバッファへの出力が完了したこ
とを通知する。」とし,これが,読み出し終了を通知するものであると主張
する。
しかしながら,被告製品2~4において,「デコード部においてRAMか
らバスバッファに出力するサンプル数をカウントする」というLSIの機能
を説明するものの,読み出し終了の判別を説明するものとはいえないから,
ADPCM②データの読み出し終了を判別する態様は明らかではない。そし
て,この判別の態様が明らかでない以上,「デコード部からシーケンサへ上
記バスバッファへの出力が完了したことを通知する」ことが「読み出し終了
通知を出力する」に当たるともいい難い。
そうすると,被告製品2~4は「第1の読出手段」を備えていないから,
構成要件3Bを充足しない。
(5)続いて,被告製品2~4が構成要件3C及び3Eを充足するかについて
検討する。
上記(3)のとおり,「第1の読出手段」と「第2の読出手段」は異なる手
段であると解釈される。そして,被告製品2~4について,外部音声ROM
からADPCM②データとMDCTデータの読み出し系統が同一であること
(シリアルバスであること)に争いがなく,「第2の読出手段」を備えてい
るとはいえないから,被告製品2~4は構成要件3Cを充足しない。
また,被告製品2~4は,2つの「読出手段」を備えていない以上,「切
換手段」を備えているとはいえないから,構成要件3Eを充足しない。
3-3構成要件3Dの充足性(争点3-3)について
被告製品2~4は,MDCTデータのデコーダを備えている(別紙被告製品
2~4説明書)。しかしながら,前記3-2のとおり,被告製品2~4が「第
2の読出手段」を備えていないから,上記デコーダが「前記第2の読出手段に
よって読み出された圧縮楽音データを伸張して出力するデコーダ」であるとは
いえない。
そうすると,被告製品2~4は構成要件3Dを充足しない。
3-4構成要件3F及び3Hの充足性(争点3-4)について
(1)まず,「制御手段」について検討する。
ア前記3-1のとおり,本件特許発明3が引用する請求項1は,無音部分
を作ることなくループ再生を行うことができる楽音データ再生装置を提供
するために,楽音データを圧縮楽音データだけで構成するのではなく,圧
縮楽音データと非圧縮楽音データとから構成し,楽音データの終了部に非
圧縮楽音データを配置する構成を採用することにより,無音部分を作るこ
となくループ再生することができる効果を有するものである。また,本件
特許発明3は,非圧縮楽音データに代えてADPCM方式によって圧縮さ
れた圧縮楽音データを用いることにより同様の効果を有するものである。
このように,本件特許発明3は,楽音データを圧縮楽音データだけで構
成するのではなく,楽音データを圧縮楽音データとADPCM方式によっ
て圧縮された圧縮楽音データとから構成し,楽音データの終了部にADP
CM方式によって圧縮された圧縮楽音データを配置することに技術的意義
を有するものである。
しかしながら,本件特許発明3においては,楽音データの終了部にAD
PCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを配置するだけではなく,
圧縮楽音データのデコードによる時間の遅れを解消しないと,無音部分を
作ることなくループ再生することはできないことは明らかである。
構成要件3Hの「制御手段」の技術的意義はこの点にあると考えられる。
すなわち,構成要件3H中の「前記デコーダによる前記圧縮楽音データの
伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ前記ADPCM方
式によって圧縮された圧縮された圧縮楽音データの読み出し指令を出力す
る」というのはこのような時間遅れの解消も目的とするものと解される。
イこの点について,本件特許3明細書の【発明の詳細な説明】をみるに,
圧縮楽音データのデコードによる時間の遅れを解消する解決原理は,明示
的には説明されていないが,本件特許発明3の実施例(「第1の実施の形
態」)の動作(段落【0016】~【0020】及び図7)をみるに,切
換部15によって切り換えられて出力される信号がバッファに送られるこ
とは記載されていないから,バッファによって時間の遅れを調整している
とは認められない。そうすると,制御部17が切換部15による切り換え
のタイミングを制御することによって,圧縮楽音データのデコードによる
時間の遅れを解消するものと解するのが相当である。
ウ以上のとおり,構成要件3F及び3Hの「制御手段」は,圧縮楽音デー
タのデコードによる無音部分が生じないように「切換手段」の切り換えの
タイミングを制御する機能を有するものであると解される。
(2)これに対し,被告製品2~4は,前記3-2のとおり,「切換手段」を
備えていないから,ADPCM②データの再生に連続して,MDCTデータ
の再生を行ったときに(正確には,ADPCM②データとMDCTデータの
再生の間にADPCM①データが再生される。),そのデコードによって無
音部分が生じないのは,バスバッファにおいて,MDCTデータのデコード
による時間の遅れを調整しているからであると推測される。
このように,本件特許発明3と被告製品2~4とでは,圧縮楽音データの
デコードによって無音部分を生じないようにする解決手段が異なるのであり,
被告製品2~4について,本件特許発明3の「制御手段」を備えているとは
いえない。また,切換手段による切り換えの「第1手順」「第2手順」があ
るとはいえないし,前記3-2のとおり,「第1の読出手段」「第2の読出
手段」「切換手段」も備えていない。。
(3)したがって,被告製品2~4は構成要件3F及び3Hを充足しない。
3-5構成要件3Iの充足性(争点3-5)について
(1)まず「楽音」の意義について検討するに,本件特許3明細書の【発明の
詳細な説明】には,以下の記載がある。
「【背景技術】
【0002】
近年,オーディオの分野においては,ディジタル楽音データを圧縮する方
式(規格)として,MPEG,MP3,AAC,WMA等種々の方式が開発
され,これに伴い,圧縮楽音データを再生する再生装置も種々実用化されて
いる(特許文献1参照)。
ところで,パチンコ等のゲーム機の分野においては,同じ楽曲を続けて繰
り返し再生するループ再生がしばしば行われる。しかしながら,上述した圧
縮楽音データをゲーム機において使用する場合,例えばMPEGは1152
サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,このフレーム単位
で再生処理を行うようになっているので,曲の最後のフレームが規定数のサ
ンプルを含まない場合にフレームの後部に無音部分が含まれることになる。
このため,繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間に無音部分が生
じてしまう問題があった。」
以上のとおり,パチンコ等のゲーム機の分野においては,同じ楽曲を続け
て繰り返し再生するループ再生がしばしば行われ,パチンコ等のゲーム機に
おいて圧縮楽音データを再生することが記載されている。
そうすると,「楽音」とは,パチンコ等のゲーム機で再生される音楽・音
声その他人間の聴覚で認識できるデータであると解される。
(2)そこで,被告製品2~4が「楽音データ再生装置」に該当するかについ
て検討する。
原告の主張によっても,被告製品2~4では,バスバッファに書き込まれ
たPCMデータが読み出されて外部に出力されるから,外部のスピーカが最
終的な「楽音」の発生を行うこととなる(別紙被告製品2~4の機能説明3.
5)。このように,被告製品2~4は,外部のスピーカが「楽音」の発生を
行うために,非圧縮の楽音データを生成しているものの,最終的な「楽音」
の発生は外部で行われているのであるから,楽音データを「再生」する装置
であるとはいい難い。
(3)そうすると,被告製品2~4は構成要件3Iを充足しない。また,構成
要件3Aについても「楽音データ再生装置」に該当することが要件であるか
ら,同様に被告製品2~4は構成要件3Aを充足しない。
3-6まとめ
以上のとおり,被告製品2~4は,構成要件3A~3F,3H~3Iを充足
しない。
そうすると,被告製品2~4が本件特許発明3の技術的範囲に属するとは認
められないから,本件特許発明3に係る請求はいずれも理由がない。
第5結論
よって,原告の請求は,理由がないからいずれも棄却することとし,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官大須賀滋
裁判官小川雅敏
裁判官西村康夫
(別紙)
当事者目録
浜松市<以下略>
原告ヤマハ株式会社
同訴訟代理人弁護士内藤義三
同大橋厚志
同田中成志
同平出貴和
同板井典子
同山田徹
同森修一郎
同訴訟代理人弁理士飯塚義仁
同大場弘行
東京都千代田区<以下略>
被告株式会社アクセル
同訴訟代理人弁護士飯田秀郷
同栗宇一樹
同大友良浩
同隈部泰正
同和氣満美子
同戸谷由布子
同辻本恵太
同林由希子
同森山航洋
同船橋茂紀
同遠山光貴
同西山彩乃
同訴訟復代理人弁護士杉浦秀
同奥津啓太
以上

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