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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山田二郎,同小池信行,同井上康一の上告理由について
1本件は,平成16年法律第14号(以下「改正法」という。)による租税特
別措置法(以下「措置法」という。)31条の改正により,同条1項所定の長期譲
渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除する損益通
算を認めないこととされ,上記改正後の同条の規定は平成16年1月1日以後に行
う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされたこと(改正法附則27条
1項)につき,同月30日にその所有する土地の売買契約を締結するなどして同年
分の長期譲渡所得の金額の計算上損失を生じた上告人が,改正法がその施行日であ
る同年4月1日より前にされた土地等又は建物等の譲渡についても上記損益通算を
認めないこととしたのは納税者に不利益な遡及立法であって憲法84条に違反する
等と主張し,所轄税務署長が上告人に生じた上記損失について上記損益通算を認め
ず上告人の同年分の所得税に係る更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の通
知処分をしたのは違法であるとして,その取消しを求める事案である。
2改正法による改正前の措置法(以下「改正前措置法」という。)31条にお
いては,個人がその有する土地等又は建物等でその年1月1日において所有期間が
5年を超えるものの譲渡(以下「長期譲渡」という。)をした場合には,これによ
る譲渡所得については他の所得と区分し,その年中の長期譲渡所得の金額から同条
4項に定める特別控除額を控除した金額に対して所得税を課する分離課税を行うこ
ととされ(同条1項),長期譲渡が平成10年1月1日から同15年12月31日
までの間にされた場合の長期譲渡所得に係る所得税の税率は20%とされていた
(同条2項)。他方,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合に
は,当該金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算が認められていた(同条
5項2号,所得税法69条1項。以下,この損益通算を「長期譲渡所得に係る損益
通算」という。)。
これに対し,上記改正後の措置法(以下「改正後措置法」という。)31条にお
いては,長期譲渡所得に係る所得税の税率が15%に軽減される一方で,上記特別
控除額の控除が廃止され,また,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額が
ある場合に,所得税法その他所得税に関する法令の規定の適用については,当該損
失の金額は生じなかったものとみなすものとされ,長期譲渡所得に係る損益通算を
認めないこととされた(同条1項,3項2号。以下,この損益通算の廃止を「本件
損益通算廃止」という。)。そして,改正法は平成16年4月1日から施行された
が,上記改正後の同条の規定は同年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡に
ついて適用するものとされた(改正法附則27条1項。以下,同項の規定のうち本
件損益通算廃止に係る部分を「本件改正附則」という。)。
3原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)平成12年以降,政府税制調査会や国土交通省の「今後の土地税制のあり
方に関する研究会」等において,操作性の高い投資活動等から生じた損失と事業活
動等から生じた所得との損益通算の制限,地価下落等の土地をめぐる環境の変化を
踏まえた税制及び他の資産との均衡を失しない市場中立的な税体系の構築等につい
て検討の必要性が指摘されていたところ,平成15年12月17日に取りまとめら
れた与党の平成16年度税制改正大綱では,平成16年分以降の所得税につき長期
譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針が決定され,翌日の新聞で上記方針を
含む上記大綱の内容が報道された。そして,平成16年1月16日には上記大綱の
方針に沿った政府の平成16年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて
本件損益通算廃止を改正事項に含む法案として立案された所得税法等の一部を改正
する法律案が,同年2月3日に国会に提出された後,同年3月26日に成立して同
月31日に改正法として公布され,同年4月1日から施行された。
なお,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する
旨の方針を含む上記大綱の内容について上記の新聞報道がされた直後から,資産運
用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等が開設するホームページ上に次々
と,値下がり不動産の平成15年中の売却を勧める記事が掲載されるなどした。
(2)上告人は,平成5年4月以来所有する土地を譲渡する旨の売買契約を同1
6年1月30日に締結し,これを同年3月1日に買主に引き渡した。
上告人は,平成17年9月,平成16年分の所得税の確定申告書を所轄税務署長
に提出したが,その後,上記譲渡によって長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失
の金額については他の各種所得との損益通算が認められるべきであり,これに基づ
いて税額の計算をすると還付がされることになるとして,更正の請求をした。これ
に対し,所轄税務署長は,平成18年2月,更正をすべき理由がない旨の通知処分
をし,上告人からの異議申立て及び審査請求はいずれも棄却された。
4(1)所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法1
5条2項1号),措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16
年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないか
ら,本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月
31日までの間にされた長期譲渡に適用しても,所得税の納税義務自体が事後的に
変更されることにはならない。しかしながら,長期譲渡は既存の租税法規の内容を
前提としてされるのが通常と考えられ,また,所得税が1暦年に累積する個々の所
得を基礎として課税されるものであることに鑑みると,改正法施行前にされた上記
長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用すること
は,これにより,所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更さ
れ,課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。
(2)憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定めら
れるべきことを規定するものであるが,これにより課税関係における法的安定が保
たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第
62号,同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号58
7頁参照)。そして,法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更
されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性
については,当該財産権の性質,その内容を変更する程度及びこれを変更すること
によって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し,その変更が当該財
産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断
すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日
大法廷判決・民集32巻5号946頁参照),上記(1)のような暦年途中の租税法
規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更さ
れ,課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても,これと同様に解
すべきものである。なぜなら,このような暦年途中の租税法規の変更にあっても,
その暦年当初からの適用がこれを通じて経済活動等に与える影響は,当該変更の具
体的な対象,内容,程度等によって様々に異なり得るものであるところ,上記のよ
うな租税法規の変更及び適用も,最終的には国民の財産上の利害に帰着するもので
あって,その合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものである
という点において,財産権の内容の事後の法律による変更の場合と同様というべき
だからである。
したがって,暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後
措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反
するか否かについては,上記の諸事情を総合的に勘案した上で,このような暦年途
中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定
への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべき
ものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。
(3)そこで,以下,本件における上記諸事情についてみることとする。
まず,改正法による本件に係る措置法の改正内容は前記2のとおりであるとこ
ろ,上記改正は,長期譲渡所得の金額の計算において所得が生じた場合には分離課
税がされる一方で,損失が生じた場合には損益通算がされることによる不均衡を解
消し,適正な租税負担の要請に応え得るようにするとともに,長期譲渡所得に係る
所得税の税率の引下げ等とあいまって,使用収益に応じた適切な価格による土地取
引を促進し,土地市場を活性化させて,我が国の経済に深刻な影響を及ぼしていた
長期間にわたる不動産価格の下落(資産デフレ)の進行に歯止めをかけることを立
法目的として立案され,これらを一体として早急に実施することが予定されたもの
であったと解される。また,本件改正附則において本件損益通算廃止に係る改正後
措置法の規定を平成16年の暦年当初から適用することとされたのは,その適用の
始期を遅らせた場合,損益通算による租税負担の軽減を目的として土地等又は建物
等を安価で売却する駆け込み売却が多数行われ,上記立法目的を阻害するおそれが
あったため,これを防止する目的によるものであったと解されるところ,平成16
年分以降の所得税に係る本件損益通算廃止の方針を決定した与党の平成16年度税
制改正大綱の内容が新聞で報道された直後から,資産運用コンサルタント,不動産
会社,税理士事務所等によって平成15年中の不動産の売却の勧奨が行われるなど
していたことをも考慮すると,上記のおそれは具体的なものであったというべきで
ある。そうすると,長期間にわたる不動産価格の下落により既に我が国の経済に深
刻な影響が生じていた状況の下において,本件改正附則が本件損益通算廃止に係る
改正後措置法の規定を暦年当初から適用することとしたことは,具体的な公益上の
要請に基づくものであったということができる。
そして,このような要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは,上記
(1)によると,納税者の納税義務それ自体ではなく,特定の譲渡に係る損失により
暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位
にとどまるものである。納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に
生ずるか否かは,当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであっ
て,当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯
びるものといわざるを得ない。また,租税法規は,財政・経済・社会政策等の国政
全般からの総合的な政策判断及び極めて専門技術的な判断を踏まえた立法府の裁量
的判断に基づき定立されるものであり,納税者の上記地位もこのような政策的,技
術的な判断を踏まえた裁量的判断に基づき設けられた性格を有するところ,本件損
益通算廃止を内容とする改正法の法案が立案された当時には,長期譲渡所得の金額
の計算において損失が生じた場合にのみ損益通算を認めることは不均衡であり,こ
れを解消することが適正な租税負担の要請に応えることになるとされるなど,上記
地位について政策的見地からの否定的評価がされるに至っていたものといえる。
以上のとおり,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適
用が具体的な公益上の要請に基づくものである一方で,これによる変更の対象とな
るのは上記のような性格等を有する地位にとどまるところ,本件改正附則は,平成
16年4月1日に施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の
規定を同年1月1日から同年3月31日までの間に行われた長期譲渡について適用
するというものであって,暦年の初日から改正法の施行日の前日までの期間をその
適用対象に含めることにより暦年の全体を通じた公平が図られる面があり,また,
その期間も暦年当初の3か月間に限られている。納税者においては,これによって
損益通算による租税負担の軽減に係る期待に沿った結果を得ることができなくなる
ものの,それ以上に一旦成立した納税義務を加重されるなどの不利益を受けるもの
ではない。
(4)これらの諸事情を総合的に勘案すると,本件改正附則が,本件損益通算廃
止に係る改正後措置法の規定を平成16年1月1日以後にされた長期譲渡に適用す
るものとしたことは,上記のような納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制
約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって,本件改正附則
が,憲法84条の趣旨に反するものということはできない。また,以上に述べたと
ころは,法律の定めるところによる納税の義務を定めた憲法30条との関係につい
ても等しくいえることであって,本件改正附則が,同条の趣旨に反するものという
こともできない。以上のことは,前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべ
きである。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認す
ることができる。論旨は採用することができない。
なお,論旨は,上告人がした長期譲渡につき,本件改正附則によって本件損益通
算廃止に係る改正後措置法の規定を適用することの違憲をもいうが,その実質は本
件改正附則自体の法令としての違憲をいうものにほかならず,それとは別に違憲を
いう前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいず
れにも該当しない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金築誠志裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
横田尤孝裁判官白木勇)

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