弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成21年5月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10394号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年4月23日
判決
原告X
同訴訟代理人弁護士吉澤敬夫
被告特許庁長官
同指定代理人上田正樹
紀本孝
江成克己
安達輝幸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−8167号事件について平成20年9月12日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの本件特許出願に対する拒絶査定不服審判の請
求について,特許庁が,下記2に係る本件補正を却下した上,同請求は成り立たな
いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,
下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)出願手続(甲1)及び拒絶査定
発明の名称:「押しピンおよびそのカートリッジ」
出願日:平成15年2月20日
出願番号:特願2003−42143号
手続補正日:平成17年6月15日(甲6)
拒絶査定日:平成18年3月22日(甲11)
(2)審判手続及び本件審決
審判請求日:平成18年4月27日(甲12)
手続補正日:平成18年5月26日(甲13。以下,同日付の補正を「本件補
正」という。)
審決日:平成20年9月12日
本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成20年9月29日
2本件補正前後の特許請求の範囲の記載
(1)本件補正前(平成17年6月15日付け手続補正書による補正後)の特許
請求の範囲の記載は次のとおりである。以下,請求項1に記載の発明を「本願発明
1」,同2に記載の発明を「本願発明2」という。
【請求項1】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使
用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の下部に設
けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピンにおいて,
前記ピン部は筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入
部材により押圧可能である,ことを特徴とする押しピン。
【請求項2】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使
用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設
けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設け
られた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピンを内部に収納しう
る空洞部と,該空洞部の一方の端部に設けられた前記筒状部の上部に設けられた押
入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部と,該
押圧部の対向部に設けられた開口部と,前記空洞部の他方の端部側に設けられ,押
しピンを前記一方の端部側に移動させる弾性部材を有する,押しピンのカートリッ
ジ。
(2)本件補正後の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。以下,本件補正
後の請求項1に記載の発明を「本件補正発明」という。
【請求項1】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使
用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用しないときには手でど
の部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時にロッドによって筒状部の上部
に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部
に突出する構造である押しピンと,該押しピンを内部に複数収納しうる空洞部と,
該空洞部の一方の端部に設けられた前記筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押
しピンを押圧するロッドと,該ロッドの対向部に設けられた開口部と,前記空洞部
の他方の端部側に設けられ,押しピンを前記一方の端部側に移動させる弾性部材を
有する,押しピンおよびそのカートリッジ。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,本件補正は,平成18年法律第55号による改正
前の特許法(以下,単に「法」という。)17条の2第4項4号に規定する「明り
ようでない記載の釈明」,2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする
ものではないから,いわゆる「目的要件」を欠き,また,仮に目的要件を満たすと
しても,同条5項において準用する法126条5項の規定に違反するので,独立特
許要件を欠くとして,これを却下した上,本件補正前の特許請求の範囲の記載に基
づいて本願発明の要旨を認定し,本願発明は,下記の各引用刊行物(以下「引用刊
行物1」及び「引用刊行物2」という。)に記載された各発明(以下,それぞれ
「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明する
ことができたものであるから,進歩性を欠く,というのである。
引用刊行物1:実願昭62−72282号(実開昭63−179197号)のマ
イクロフィルム
引用刊行物2:実願昭61−188466号(実開昭63−92796号)のマ
イクロフィルム
なお,本件補正は補正事項1ないし5からなるが,これらのうち本件訴訟の審理
判断の対象となるのは次の補正事項2及び同3である。
補正事項2:補正前の請求項2における「押しピンを内部に収納しうる空洞部
と」及び「押しピンのカートリッジ。」を,補正後の請求項1においては,「押し
ピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び「押しピンおよびそのカ
ートリッジ。」にする補正
補正事項3:補正前の請求項2における「使用時に…下部に設けられた孔部から
ピン部先端が外部に突出する構造である押しピン」に,補正後の請求項1において
は,「使用しないときには手でその部分に触れてもピン部が動くことはなく,」と
いう限定を付加する補正
また,本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との相違点は,次の相違点1
及び同2である。
相違点1:本件補正発明の「押しピン」が「筒状部と,筒状部に収容された弾性
部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容さ
れ,使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時
にロッドによって筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けら
れた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」と特定されているのに対し,
引用発明1の「画鋲」は前記特定を有しない点
相違点2:本件補正発明は,ロッドが「筒状部の上部に設けられた孔部を通じて
押しピンを押圧する」と特定されているのに対し,引用発明1は前記特定を有しな
い点
4取消事由
(1)取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)
(2)取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件補正がいわゆる「目的要件」を欠き,また,独立特許要件を欠
くとして,これを却下しているが,その判断は誤りである。
(1)目的要件に関する判断
ア補正事項2について
(ア)本件審決は,補正事項2は,「明りようでない記載の釈明」を目的とする
ものではない,とした。
(イ)しかしながら,「押しピン」の構造については,本件補正前の請求項2に
おいて,「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時
にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けら
れた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられ
た孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピン」と記載されていたと
ころ,本願発明2は,そのような「押しピン」と「カートリッジ」とから成るもの
であることも記載されていたのであるから,「カートリッジ」だけでなく,上記構
造により特定される「押しピン」も本件補正前の請求項2における必須の構成要件
であった。
もっとも,本件審決は,本件補正前の請求項2における「押しピン」の記載は,
カートリッジの内部に収納しうる一例を記載したものであって,それ自体は本願発
明2である「押しピンのカートリッジ」の構成に含まれないとしているが,「内部
に収納しうる」との記載は,上記構造によって特定された「押しピン」も,「カー
トリッジ」と同様に,本願発明2の対象であることを前提に,当該押しピンが当該
カートリッジの内部に収納しうるものであることを意味するにすぎないのであり,
本件審決の判断は誤りである。仮に,本件審決が指摘するように,本願発明2にお
いて,上記構造によって特定された「押しピン」以外の構成を有するものも許容さ
れているとすれば,補正事項2は,そのようなものも収容しうるカートリッジにつ
いて,上記のとおり特定された「押しピン」のみを収納しうるものに減縮したこと
になり,同補正事項に係る補正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものとなるは
ずである。
(ウ)さらに,補正事項2は,拒絶理由通知が,引用刊行物1記載の画鋲刺入装
置において,引用刊行物2記載の画鋲を収容することにより,本願請求項2記載の
発明の如く構成することは当業者が容易になし得たものであると指摘したのに対し,
本願発明は引用刊行物2に記載された画鋲とは異なる特定の構成の押しピンとカー
トリッジの組合せに係るものであることを明瞭にすることを目的としたものである
から,同補正事項に係る補正は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項につい
てするもの」にほかならない。
(エ)したがって,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になっ
た「カートリッジ」とから成ることを明瞭にするための補正であり,法17条の2
第4項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とした補正であるから,
補正事項2に係る本件審決の判断は誤りである。
イ補正事項3について
(ア)本件審決は,補正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものでは
ない,とした。
(イ)しかしながら,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を「使用しない
ときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定するこ
とを内容とするものであり,これが特許請求の範囲の減縮を目的とするものである
ことは明白である。
本件補正発明の「押しピン」と引用発明2の「画鋲」は,非使用時にピンが筒状
部材(中空体)の内部に収納される点で一致しているが,引用発明2の画鋲は中空
体の上部に大きな押入孔6が開いており,ここに指を入れて針を押し出す構造であ
るのに対し,本件補正発明の「押しピン」は,補正事項3に係る補正によって「使
用しないときには手のどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限
定されるとともに,カートリッジのロッドでピン部を押し出すものである点で引用
発明2の「画鋲」と明確に区別されることになるのである。
(ウ)この点につき,被告は,補正事項3は「押しピン」を「作動」によって限
定したものであり,その具体的構成を限定するものではない旨主張する。
しかしながら,本件特許に係る出願明細書(以下,本件審決と同様に,「本願明
細書」という。)には,「図3は本発明の第1の実施例の構造を示す斜視図で,1
は筒状部,2はコイルスプリング,2はピン部,4は筒状部の下部に設けられた孔
部,5はその上部に設けられた孔部である。この例では,筒状部は円筒状に形成さ
れており,押しピンを使用しないときは,図1のようにピン部3のフランジ部と,
筒状部の底部との間に設けられているスプリング2によって,そのピンの先端が筒
状部内に収容されるようになっている。従って,この状態ではピンの尖った先端は
全く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部分に触れても,ピン部3
が動くことはないので,ピンの先端は外部に突出することがなく,極めて安全な状
態が保たれている。」(段落【0006】)との記載があり,このうち「この状態
ではピンの尖った先端は全く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部
分に触れても,ピン部3が動くことはない」との記載および図を参照すれば,筒状
部には全く指が入らない構造であって,筒状部の上部に設けられた孔5は,カート
リッジのロッドのみが入る構造であることは容易に理解できる。そして,「使用し
ないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との特定は,補正
前の特許請求の範囲中において特定されていなかった「押しピン」の構造を具体的
に限定するものであるから,被告の主張は失当である。
(エ)したがって,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を限定する補正で
あり,法17条の2第4項2号が規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする補正
であるから,補正事項3に係る本件審決の判断は誤りである。
ウ以上のとおり,本件補正は,いずれも目的要件を具備するものであったから,
本件補正を却下した本件審決は取り消されるべきものである。
(2)独立特許要件に係る判断
ア相違点1について
(ア)本件審決は,本件補正発明と引用発明1との相違点1について,引用発明
2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「使用しないときには手でどの部分
に触れてもピン部が動くことはなく,」を除いて「押しピン単体」として構造が同
一であることを前提として,引用発明2も,相違点1に係る「使用しないときには
手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時にロッドによって筒状部
の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端
が外部に突出する構造」をなすものといえるとし,危険回避を目的とする以上は,
使用を意図した時以外には,指をもって押入難い程度に前記押入孔の大きさをなす
ことは,当業者であれば適宜に設計し得る程度のことでしかないから,相違点1に
係る構成とすることは容易であると判断した。
(イ)しかしながら,引用発明2は,本件補正発明のようなカートリッジやロッ
ドの使用を考えておらず,押入孔6に指を入れて使用することを前提としているか
ら,押入孔6は,厳密な寸法こそ記載がないが,指の入る大きさであって,そのよ
うな大きさのものとして特定されているのに対して,本件補正発明の「使用しない
ときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との構成は,どの部分
にも指で触ることによってピンが動くことがないことを意味しており,本件補正発
明の「押しピン」には,そのような指の入るような大きな孔がなく,カートリッジ
に設けたロッドの作動によってのみピンが動くものである。
したがって,引用発明2における「押入孔6」は,「指で以って押圧」するため
の孔であり,本件補正発明における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入
れることなどはないものであるから,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押
しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっている。
(ウ)また,本件審決は,「危険回避を目的とする以上は,使用を意図した時以
外には,指をもって押入難い程度に前記押入孔の大きさをなすことは,当業者であ
れば適宜に設計しうる程度のこと(である)」と判断しているが,引用発明2にお
いて,指が入らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなく
なるのであり,引用発明2を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン
部が動くことはな(い)」ものとすることには阻害事由があるというべきである。
(エ)したがって,相違点1についての本件審決の判断は誤りである。
イ相違点2について
(ア)本件審決は,本件補正発明と引用発明1との相違点2について,引用発明
1における「押しピン」を引用発明2のものとする際に,「押しピン」として機能
させるべく,引用発明1の「ロッド」が引用発明2の上記孔部を通じて「ピン部」
を押圧させるようにして,引用発明2の「押しピン」を機能させるように構成する
ことは,当業者にとって自明であるとして,相違点2に係る構成とすることは容易
であると判断した。
(イ)しかしながら,引用発明1には,画鋲をカートリッジを用いて連続的に使
用する思想はあっても,用いる画鋲自体の安全性に対する思想はなく,引用発明2
には,安全性における配慮はあっても,カートリッジを用いることや,カートリッ
ジを用いるときにのみピン先端が突出させることによって安全性を図るという思想
はない。
そうすると,引用発明1と引用発明2とは,技術思想を異にしており,これらを
組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合せても,カートリッ
ジを用いるときにのみピン先端が突出させて高度の安全性を確保するという本件補
正発明の構成と作用効果を導くことはできないというべきである。
(ウ)したがって,相違点2についての本件審決の判断は誤りである。
(3)以上のとおり,本件補正は,目的要件を満たし,かつ,独立特許要件も満
たすものであるから,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであって,本件審
決は本願発明の要旨の認定を誤ったものとして,取消しを免れない。
〔被告の主張〕
原告は,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであると主張するが,以下の
とおり,原告の主張は失当である。
(1)目的要件に関する判断
ア補正事項2について
(ア)原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった
「カートリッジ」から成ることを明瞭にするための補正であり,法17条の2第4
項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とする補正であると主張す
る。
(イ)しかしながら,本件補正前の請求項2の記載に接した当業者は,本願発明
2について,「押しピンのカートリッジ」の発明として,「押しピンを内部に収納
しうる空洞部」,「押しピンを押圧する押圧部」,「開口部」及び「押しピンを一
方の端部側に移動させる弾性部材」との構成を有するものと理解するものである。
つまり,本件補正前の請求項2において,「押しピン」は,それ自体としてカー
トリッジを構成するものではなく,カートリッジの構成要素である「空洞部」,
「押圧部」及び「弾性部材」を特定する意味しか有しないのであり,本願発明2に
おいて,「押しピン」は必須構成要件ではないというべきである。
そして,本件補正前の請求項2において,「押しピン」の構成が具体的に記載さ
れているのは,「…押しピンを内部に収納しうる空洞部」との箇所であり,この
「収納しうる」との記載は「収納することが可能である」ことを意味するから,本
願発明2の「空洞部」は,他の構成の押しピンを収納することを排除するものでは
ないと解釈するのが自然である。
したがって,本件補正前の請求項2に開示された特定の構成の「押しピン」は,
「内部に収納しうる一例」であるとした本件審決の判断に誤りはない。
(ウ)また,「明りようでない記載の釈明」は,本来,拒絶理由通知において拒
絶の理由が示された事項についてのみ許容されるものであるところ,平成18年3
月22日付け拒絶査定の理由となる同17年8月22日付け拒絶理由通知及び同1
8年3月22日付け補正却下の決定のいずれにおいても,「押しピンのカートリッ
ジ」が「明りようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2が
「明りようでない記載の釈明」であるとする原告の主張は,この点においても失当
である。
(エ)したがって,補正事項2については,「明りようでない記載の釈明」を目
的とするものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ補正事項3について
(ア)原告は,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を限定する補正であり,
法17条の2第4項2号が規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする補正である
と主張する。
(イ)しかしながら,補正事項3は,本件補正前の請求項2に記載されていた
「押しピン」の具体的な構成を限定するものではなく,「押しピン」をその作動に
よって限定しようとするものであり,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しな
い時には…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【0
006】)との記載があることから,少なくとも本願明細書の実施例中の「押しピ
ン」は補正事項3に対応する構成を有するものというべきである。
そして,上記段落【0006】には,「この例では筒状部は円筒状に形成されて
おり,押しピンを使用しないときには,図1のようにピン部3のフランジ部と,筒
状部の底部との間に設けられているスプリング2によって,そのピンの先端が筒状
部内に収容されるようになっている。従って,この状態ではピンの尖った先端は全
く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部分に触れても,ピン部3が
動くことはないので,ピンの先端は外部に突出することがなく,極めて安全な状態
が保たれている。」との記載があるから,当業者は,本願発明2の「押しピン」は
「使用しない時には手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」という補正
事項3に係る限定を加えられたものであると理解するというべきである。
そうすると,補正事項3によって,本願発明2の「押しピン」を具体的に限定す
るものであるということはできない。
そして,上記ア(イ)のとおり,本願発明2において,「押しピン」は,カートリ
ッジの構成要素である「収納部」,「押圧部」及び「弾性部材」を特定する意味し
か有しないものであるから,補正事項3により具体的な構成が明らかにされたもの
とはいえない「押しピン」によって,本願発明2の「押しピンのカートリッジ」の
構成に限定が加えられたものということもできない。
(ウ)したがって,補正事項3については,特許請求の範囲の減縮を目的とする
ものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
(2)独立特許要件に関する判断
ア相違点1について
(ア)原告は,本件補正発明における「押しピン」と引用発明2とは構成が異な
るものであり,引用発明2を引用発明1に適用することについて阻害事由があると
主張する。
(イ)しかしながら,原告が本件補正発明における「押しピン」が引用発明2と
異なる点として主張する「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動
くことはなく」との記載は,その文言からみて,「指の入らない大きさの挿入孔を
有するもの」と限定するものではない。そして,本願明細書の発明の詳細な説明に
おいて,ロッド15及び孔部4の大きさに関する記載は存在しないから,当業者は,
「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との記載
が,指の入るような大きな孔を有していないものであることを記載したものである
と直ちに認識することはできない。
また,原告は,引用発明2は,本件補正発明のようなカートリッジやロッドの使
用を考えておらず,押入孔6に指を入れて使用することを前提としており,本件補
正発明の「押しピン」にはそのような孔がないと主張するが,引用発明2の「押入
孔6」も本件補正発明の「孔部」も,ピン部を筒状体の外側から押圧するために設
けられた「孔部」であるという点では構成上の差異はなく,かつ,上記のとおり,
本願明細書にも孔部の大きさを具体的に限定する記載はない。
そうすると,引用発明2は,本件補正発明における「押しピン」とは,「使用し
ないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との箇所を除いて,
その構成が同一であるとした本件審決の認定に誤りはない。
(ウ)また,原告は,引用発明2において,指が入らない大きさの孔6とすれば,
引用発明2が所定の機能を発揮しなくなるから,引用発明2を「使用しないときに
は手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすることには阻害
事由があると主張する。
しかしながら,押しピンという技術分野において,不使用時の安全性を確保する
という課題はごく一般的なものであったものであるから,この課題を考慮して,引
用発明1と引用発明2とを組み合わせる際に,引用発明2の「孔部」を指が入らな
い程度のサイズとして,引用発明1の「ロッド」と対応させるように設計すること
は,当業者ならば容易になし得た程度のものに過ぎない。
(エ)したがって,相違点1についての本件審決の判断に誤りはなく,原告の主
張は失当である。
イ相違点2について
(ア)原告は,引用発明1と引用発明2とは,技術思想を異にしており,これら
を組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合せても,カートリ
ッジを用いるときにのみピン先端が突出させて高度の安全性を確保するという本件
補正発明の構成と作用効果を導くことはできないというべきであると主張する。
(イ)しかしながら,引用発明1は画鋲刺入装置,すなわち,押しピンのカート
リッジという技術分野に属し,引用発明2は画鋲,すなわち,押しピンという技術
分野に属するものであるから,これらの2つの技術分野の間に密接な関連性がある
ことは明らかである。
ここで,押しピンは,鋭利なピン先端によって印刷物を展示・掲示するために用
いられる道具であるから,不使用時の安全性を確保するという課題は,当該技術分
野においてはごく一般的であったということができる。
したがって,引用発明1である「押しピンのカートリッジ」に装填する「押しピ
ン」として,上記課題を考慮した「押しピン」である引用発明2を採用することは,
当業者ならば当然なし得たものである。
そして,引用発明1と引用発明2とを組み合わせて用いた場合に,さらに上記課
題を考慮することにより,引用発明1のカートリッジを用いてロッドにより引用発
明2の「押しピン」を押し込んだ場合にのみ押しピンの先端が突出される構成とな
るように設計することは,当業者ならば適宜なし得たものに過ぎないから,本願発
明の奏する作用効果も,当業者が予測することができた程度のものに過ぎない。
(ウ)したがって,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることによって,本
件補正発明の構成とすることは容易であるとの本件審決の判断に誤りはなく,原告
の主張は失当である。
(3)以上のとおり,本件補正は目的要件を満たすものではなく,かつ,本件補
正発明は独立特許要件を満たすものでもないから,本件補正を却下した本件審決の
判断に誤りはない。
2取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件審決は,本件補正を却下して発明の要旨を本願発明1及び同2のとお
りと認定した上,本願発明1は引用発明2と同一であり,本願発明2は,上記1
(2)イ(ア)と同様の理由により,引用発明1及び同2に基づいて当業者が容易に発
明することができたものであるとした。
(2)しかしながら,上記1(2)ア(イ)のとおり,引用発明2における「押入孔
6」は,「指で以って押圧」するための孔であり,指を入れることなどはなく「ロ
ッド」のみで押圧する本願発明1における孔部とは異なるから,「押しピン単体」
として既に構造が異なっているから,本願発明1と引用発明2は同一ではない。
また,上記1(2)イ(イ)のとおり,引用発明1と引用発明2とは互いに技術思想
が異なるから,これらを組み合わせることはできず,本願発明2はこれらの発明に
基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
(3)したがって,本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1)原告は,本願発明1と引用発明2とは同一ではなく,引用発明1と引用発
明2とは互いに技術思想が異なり,これらを組み合わせることはできないから,本
願発明2はこれらの発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものでは
ないと主張する。
(2)しかしながら,本願発明1は「押しピン」単体に関するものであり,この
「押しピン」が「押圧部材」を含むものではないことは,本件補正前の特許請求の
範囲の請求項1の記載から明らかである。そして,本件補正前の請求項1には「孔
部」に関し,「筒状部の上部に設けられた押圧部材が挿入される孔部」との記載が
あるのみであるから,本願発明1の「筒状部の上部」に設けられた「孔部」の構成
は,「押圧部材が挿入される」という以上に限定されるものであるということはで
きない。また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「押圧部材」及びこれに対応
する「ロッド14」に関する記載(段落【0007】,【0009】)があるもの
の,いずれもピン部材を押し込むという機能に関する記載であり,押圧部材の形状
や材質,サイズ等に関する記載は存在しない。
したがって,本願発明1と引用発明2の「孔部」の構成が相違するということは
できず,両発明が同一であるとした審決の認定に誤りはない。
また,上記1(2)イ(イ)のとおり,引用発明1と引用発明2とを組み合わせるこ
とは,当業者が容易に想到することができたものであり,それによる作用効果も,
当業者が予測可能なものである。
なお,仮に,原告が主張するように,本願発明2の「孔部」は,そのサイズが規
定されるものであるとしても,上記1(2)ア(ウ)のとおり,「孔部」のサイズを調
整することは当業者が容易になし得た程度のものに過ぎない。
(3)したがって,本願発明2は引用発明1と引用発明2とを組み合わせること
により,当業者が容易に発明することができたものであるとした本件審決の判断に
誤りはない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1)目的要件に関する判断
ア補正事項2について
原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カート
リッジ」から成ることを明りょうにするためのものであるとして,この補正が法1
7条の2第4項4号にいう「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではな
いとした本件審決の判断に誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(ア)本願発明2の理解
本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりであって,同
記載において,押しピンについては,「…構造である押しピンを内部に収容しうる
…」,「…により押しピンを押圧する…」と記載されているにとどまることから,
本件審決が判断し,また,被告も主張するように,押しピンは,本願発明2におけ
る発明の対象ではなく,発明の対象であるカートリッシが備える構成の1つとして
記載されているにすぎないと理解する余地もないわけではない。他方,請求項2
の記載において,押しピンは「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部
とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒
状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧さ
れ,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」ことが特
定されており,本願発明2は,このような押しピンと,「筒状部の上部に設けられ
た押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部」
を有するものであることによって特定されるカートリッジとによって構成されるも
のであると理解する余地もないわけではない。
そして,そのような理解を前提にすると,本件補正前の請求項2は,これとは反
対に,押しピンを発明の対象とせず,その対象であることが記載上明らかなカート
リッジの備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解されなくもない
記載となっていたということができるのであって,その意味で,当該記載は法17
条の2第4項にいう「明りようでない記載」に当たるといわなければならない。
(イ)補正事項2の位置付け
これに対し,補正事項2は,本件補正前の請求項2における「押しピンを内部に
収納しうる空洞部と」及び「押しピンのカートリッジ。」の記載を,補正後の請求
項1においては,「押しピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び
「押しピンおよびそのカートリッジ。」の記載に改めるものであり,その記載内容
から,本願発明2が「カートリッジ」だけでなく,「押しピン」も発明の対象とす
るものであることを明示しようとするものであることが明らかである。
そして,上記(ア)のとおり,本件補正前の請求項2の記載からは,「押しピン」
と「カートリッジ」と,その両者を本願発明2の対象とするものであったと解する
ことが可能であったところ,その反面,「押しピン」を当該発明の対象とするもの
ではなく,「カートリッジ」のみを対象とするものであったと解する余地もないわ
けではなく,明りょうでない記載といわざるを得ないものであったのであるから,
補正事項2は正にその明りょうでない記載を釈明するものであるということができ
る。
実際,補正事項2による補正前後の記載を比較してみれば,本件補正前の請求項
2のように,本願発明2の対象である「押しピン」がもう1つの発明の対象である
「カートリッジ」が備える構成の1つにとどまるかのように記載されていることを
前提として,両者の構造を認識し,これらを対比して両者が発明の対象であると理
解する場合に比較して,本件補正後の請求項2の記載のように「押しピン」と「カ
ートリッジ」とを並列的に記載したほうが,その趣旨がより明りょうとなっている
ということができる。
この点について,被告は,本件審決の判断と同様に,本件補正前の請求項2に係
る発明が「カートリッジ」の発明であって,「押しピン」の発明ではないなどとる
る主張するが,本件補正前の請求項2が「カートリッジ」のみを対象とする発明と
して明りょうに記載されていた場合であれば格別,既に説示したとおり,当該記載
が「明りようでない記載」であった以上,被告の主張を採用することはできない。
(ウ)拒絶の理由について
法17条の2第4項4号は,「明りようでない記載の釈明」として補正が許され
るのは,「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」と
規定するところ,被告は,本件においては,「押しピンのカートリッジ」が「明り
ようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2は「拒絶理由通知
に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」ではないと主張するので,この点
についても検討する。
甲11によると,平成18年3月22日付け拒絶査定には,本件特許出願は平成
17年8月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶されるべきこと
が記載されていることが認められ,甲7によると,平成17年8月22日付け拒絶
理由通知書には,拒絶の理由として,請求項1及び同2に係る発明(本願発明1及
び同2)が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることがで
きない旨記載されるとともに,請求項2に係る発明(本願発明2)については,引
用発明1の画鋲刺入装置において,引用発明2の画鋲を収容することによって,本
願発明2のように構成することは容易である旨記載されていることが認められる。
これに対し,補正事項2は,前記認定の経緯からして,本願発明2が「押しピ
ン」と「カートリッジ」と,その両者を当該発明の対象とするものであることを明
示することにより,上記拒絶理由通知書において指摘された本願発明2に係る拒絶
の理由を回避しようとするものであると認められるから,補正事項2が「拒絶理由
通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」であるということが妨げられ
るものではなく,被告の主張を採用することはできない。
以上によると,補正事項2に係る補正は,法17条の2第4項4号が規定(エ)
する「明りようでない記載の釈明」を目的とするものというべきである。
イ補正事項3について
原告は,補正事項3に係る補正が本願発明2の「押しピン」を限定する補正であ
るとして,この補正が法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」を
目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがあると主張するので,以下,
検討する。
(ア)本願発明2の理解
本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりである。
(イ)補正事項3の位置付け
これに対し,補正事項3は,補正前の請求項2においては,「押しピン」の構造
が「使用時に…下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する」と記載さ
れていたところ,補正後の請求項1においては,その構造に「使用しないときには
手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」という限定を付加して記載さ
れているのであって,その記載内容を比較すると,本願発明2における「押しピ
ン」の構造に上記限定を付加するものであると認められる。
そして,本願発明2の「押しピン」が特定の構造を有するものであることは前記
で説示したところであるから,このような「押しピン」に上記限定が加えられるこ
とにより,使用しないときに手でいずれかの部分を触れればピン部が動く可能性が
あった本件補正前の「押しピン」が,本件補正後においては「使用しないときには
手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定されたというこ
とができ,本願発明2においては,「押しピン」も当該発明の対象となるものであ
ることも前記ア(ア)で説示したとおりであるから,その構成が限定されることによ
って,特許請求の範囲は減縮されるものと認めることができる。
この点について,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しない時には
…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【000
6】)との記載があることから,本件補正前の請求項2に記載されていた「押しピ
ン」はそのようなもの(補正事項3による補正後のもの)と理解されるから,補正
事項3は本願発明2の「押しピン」を具体的に限定するものではないと主張するが,
本件補正前の請求項2には,「押しピン」が「使用しないときには手でどの部分に
触れてもピン部が動くことはな(い)」ものであることを示す記載は存在しないか
ら,被告の主張は失当である。なお,被告は,本願発明2の対象は「カートリッ
ジ」のみであって,「押しピン」それ自体は本願発明2の対象ではないから,「押
しピン」の構造に上記制限が加えられたとしても,特許請求の範囲の減縮にはなら
ないとも主張するが,「押しピン」も「カートリッジ」と並んで本願発明2の対象
となることは前記アで説示したとおりであるから,この点に関する被告の主張は,
その前提において,失当といわなければならない。
(ウ)以上によると,補正事項3に係る補正は,法17条の2第4項2号が規定
する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものというべきである。
ウ以上によると,本件補正に係る補正事項2及び同3はいずれも目的要件を具
備するものであると認められるから,その要件を満たさないことを理由として本件
補正を却下することはできないというべきであり,これと異なる本件審決の判断は
この限りにおいて誤りといわざるを得ない。
(2)独立特許要件に関する判断
もっとも,本件補正が目的要件を具備するものであったとしても,特許請求の範
囲を減縮する補正を含むものであるから,法17条の2第5項で準用する法126
条5項の規定するいわゆる独立特許要件についても検討する必要があるところ,本
件審決も,仮定的にではあるが,この点について判断しているので,以下,本件審
決がその判断の対象としている相違点1,相違点2の順に検討することとする。
ア相違点1について
(ア)原告の主張の主旨
原告は,本件審決のこの点の判断につき,要するに,引用発明2の「画鋲」と本
件補正発明の「押しピン」は「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部
が動くことはなく,」を除いて「押しピン単体」として構造が同一であることを前
提として相違点1について判断しているが,引用発明2における「押入孔6」は
「指で以って押圧」するための孔であるのに対し,本件補正発明における「孔部」
は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはないものであるから,引用発
明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として
構造が異なっており,その前提を誤っていると主張し,また,本件審決は,相違点
1に係る構成とすることは容易であるとしているが,引用発明2において,指が入
らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなるのであり,
引用発明2を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことは
な(い)」ものとすることには阻害事由があるから,この点の本件審決の判断も
誤りであると主張する。
(イ)引用刊行物2の記載
しかるところ,引用刊行物2には,次の各項目中にそれぞれ次の各記載がある。
a実用新案登録請求の範囲(1)
「皿状頭部に針部を植立した鋲体を中空本体に内装すると共に,針部側の中空体
底面板に針孔を穿設し,皿状頭部側の上面板に該頭部が外方に飛び出さない形状ま
たは大きさとした押入孔を形成し,鋲体を上面板方向に付勢せしめる発条を内装し
てなる画鋲。」
b問題点を解決するための手段
「そこで本案は不使用時に針部が突出しない画鋲を提供し,前記危険性を除去し
たものである。即ち本案画鋲は,皿状頭部に針部を植立した鋲体を中空本体に内装
すると共に,針部側の中空体底面板に針孔を穿設し,皿状頭部側の上面板に該頭部
が外方へ飛び出さない形状または大きさとした挿入孔を形成し,鋲体を上面板方向
に付勢せしめる発条を内装してなるものである。而して通常は針部が中空本体内に
収納されているため,床へ落としたとしても全く危険がなく,また押入孔より頭部
を中空本体内方へ押し込むと,針孔より針部が突出するので,壁面等への刺入が可
能な状態となるものである。」(第2頁5∼19行)
c実施例
「また画鋲として使用せんとする場合は押入孔6より指で以って皿状頭部1を中
空本体Aの内方に押し込むと,針孔より針部2が突出することになり,第2図に示
すように壁面Dに針部2を刺入し,画鋲としての機能を果たすものである。」(3
頁下4行∼4頁2行)
d考案の効果
「本案は以上のように中空本体内に鋲体を内装し,必要に応じて鋲体の針部を外
方へ突出せしめるようにしたものであるから,非使用時には鋲体が中空本体内に収
納され全く危険がなく,使用時には単に鋲体の針部を外方に突出せしめれば良く,
更に針部を壁面刺入した後の取り外しに際しても,中空本体が摘みとなるものであ
る。」(4頁18行∼5頁3行)
(ウ)引用発明2の内容
以上の引用刊行物2の記載によると,実施例の記載として,原告が主張するとお
り,「画鋲」について「指で以って皿状頭部1を…押し込む」方法によって使用す
ることが記載されているものの,他の部分においては,使用時に鋲体の針部を外方
に突出させる手段として,「指で以って押圧」することだけに限定した記載はなく
(実用新案登録請求の範囲(1),考案の効果),挿入孔については,皿状頭部側の
上面板に該頭部が外方へ飛び出さない形状または大きさとするものとされ,皿状頭
部の外径よりも小さいものであることが示されている(問題点を解決するための手
段)にすぎないということができる。
そうすると,引用刊行物2には,本件審決が認定するように,「中空本体Aと,
該中空本体Aに内装された発条C及び鋲体Bとを有し,非使用時に鋲体Bは発条に
よって中空本体A内に収納され,使用時に中空本体Aの上部に設けられた押入孔6
を通じて押圧され,下部に設けられた針孔4から針部2が外部に突出する構造であ
る画鋲。」(「引用発明2」)が記載されているということができるから,実施例
の記載を根拠として,引用刊行物2に記載された発明における「押入孔6」を「指
で以って押圧」するための孔に限定して把握しなければならない理由はなく,引用
発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であることを前提
として,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画
鋲)単体」として構造が異なっているとする原告の主張を採用することはできない。
なお,そもそも,本件補正発明における「押しピン」について,「使用しない
ときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすること
は,押入孔の大きさを指を入れることができない程度のものとすることのほか,
弾性部材の弾性係数やピン部の長さを適宜設定することによっても実現すること
ができると考えられるから,本件補正発明の「押しピン」の「孔部」が指の入ら
ない大きさのものに限定されるものであるということもできない。
(エ)引用発明2を適用する阻害事由の有無
原告は,引用発明2を適用する場合の阻害事由の主張において,「指が入らない
大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなる」ことを前提と
しているが,上記(ウ)のとおり,引用発明2における「押入孔6」を「指で以って
押圧」するための孔に限定して把握しなければならない理由はないのであり,引用
発明2の「画鋲」の「押入孔6」を「指が入らない大きさの孔6」としても,引用
発明2が機能を発揮しなくなるということもできないと解されるから,原告主張の
阻害事由はないといわなければならない。
(オ)したがって,相違点1についての本件審決の判断には原告主張の誤りはな
いというべきである。
イ相違点2について
(ア)原告の主張の主旨
原告は,要するに,引用発明1と引用発明2とは技術思想を異にしているから,
これらを組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合わせたとし
ても,カートリッジを用いるときにのみピン先端を突出させて高度の安全性を確保
するという本件補正発明の構成と作用効果を導くことはできないから,相違点2に
ついての本件審決の判断は誤りであると主張する。
(イ)引用発明1及び同2の内容
引用発明1は,画鋲刺入装置,すなわち,画鋲集合体をスタンドの内部空間に充
填し,押圧刺入部材により画鋲を押圧して刺入する装置であり,引用発明2は,中
空本体に内装した鋲体を,中空本体の押入孔から押し込んで刺入れする画鋲であり,
両者とも,押ピンを押圧して刺入する画鋲に関する点で共通するものであるから,
両発明は密接な関連性を有するものであるということができる。
そして,引用刊行物1には,「7は画鋲集合体で,画鋲刺入装置の装置本体1の
シュート12および案内溝121,121に装填され,シュート12,案内溝121,121及び案内
面211によって案内されつつ画鋲押圧部材53の押圧面533によってスタンド11の方向
に向けて押圧されている。画鋲集合体7は,複数の画鋲71を連結部72を介して互い
に連結することにより作成されている。連結部72は,押圧刺入部材3によって画鋲
71を押圧したとき破断されるように適宜の肉厚とされている。また所望によっては
連結部72を,画鋲71とは異なる破断容易な材料によって形成してもよい。」(12
頁14行∼13頁4行)との記載及び「すなわち,拡大作用部30を復帰バネ32に抗
しつつ矢印E方向に向けて押圧し,押圧頭部33によって画鋲集合体7の先端部にあ
る画鋲71の頭部拡大部を押圧する(第1図および第3図参照)。これにより連結部
72が切断され,先端部の画鋲71が開口部112を介して押し出され,所望の刺入場所
に対して刺入される(第4図参照)。」(14頁19行∼15頁5行)との記載が
あるように,引用発明1においては,拡大作用部30を復帰バネ32に抗して押圧
し連結部を切断しないかぎり,画鋲はカバー部材2内から出てこないのであり,こ
れにより安全性を確保することが考慮されているものと認められる。
また,引用刊行物2には,「通常時は第1図に示すように発条Cの力によって皿
状頭部1が上面板5側に押し付けられ,これに併って針部2が底面板3より外方へ
突出していないので,針部2による怪我が生ずる危険が全くない。また,画鋲とし
て使用せんとする場合は押入孔6より指で以て皿状頭部1を中空本体Aの内方へ押
し込むと,針孔4より針部2が突出することになり,第2図に示すように壁面Dに
針部2を刺入し,画鋲としての機能を果たすものである。」(3頁14行∼4頁2
行)との記載があるように,引用発明2においては,非使用時に針部2が外方へ突
出して怪我が生ずる危険を防止しようとしているものと認められる。
そうすると,引用発明1及び同2は,いずれも画鋲を使用するときのみピン先端
が突出するようにして安全性を高めようとするものである点において共通している
のであり,両発明が技術思想を異にしているため,これらを組み合わせることは困
難である旨の原告の主張を採用することはできない。
(ウ)引用発明1及び同2の組合せ
引用発明1において,スタンドの内部空間に充填された画鋲集合体の画鋲は,押
圧刺入部材により押圧されて刺入されて使用されるものであるが,画鋲集合体又は
個々の画鋲単体の状態では,幼児が触って危険であることは自明の課題である。
そうすると,引用刊行物1の記載に接した当業者が,その課題を解決するために,
引用刊行物1に記載された画鋲として,引用刊行物2に記載された「画鋲」,すな
わち,「中空本体Aと,該中空本体Aに内装された発条C及び鋲体Bとを有し,非
使用時に鋲体Bは発条によって中空本体A内に収納され,使用時に中空本体Aの上
部に設けられた押入孔6を通じて押圧され,下部に設けられた針孔4から針部2が
外部に突出する構造である画鋲。」を採用し,更なる安全性を求めることは自然な
発想であり,当然なし得たことであるというべきである。
そして,引用発明2の「画鋲」は「指を以って押圧」することのみを想定したも
のでなく,その「押入孔6」を「指を以って押圧」するための孔に限定して把握し
なければならない理由はないことについては前記ア(ウ)及び(エ)のとおりであるか
ら,上記のとおり引用発明1と引用発明2とを組み合わせて用いようとする当業者
にとって,引用発明1のロッド31及び押圧頭部33によって引用発明2の「押し
ピン」を押し込んだときにのみ押しピンの先端が突出される構成となるように設計
することは,適宜なし得たことというほかないし,そのようにして構成された本件
補正発明の奏する作用効果についても,引用発明1及び同2のそれぞれから導かれ
る作用効果を組み合わせたものと異なる格別顕著なものであるとは認められず,当
業者が予想することができたものであるといわざるを得ない。
(エ)したがって,相違点2についての本件審決の判断にも原告主張の誤りはな
いというべきである。
(3)以上によると,本件補正が,目的要件を満たさないとした本件審決の判断
は誤りであるが,独立特許要件に違反するとして本件補正を却下した本件審決の結
論それ自体に誤りはないから,取消事由1は理由がないといわなければならない。
2取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)について
(1)原告は,引用発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するため
の孔であるのに対し,本願発明1における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,
指を入れることなどはないものであるから,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明
の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっていると主張する
とともに,引用発明1と引用発明2とは技術思想を異にしているから,これらを組
み合わせることは困難であるとも主張して,本願発明の進歩性を否定した本件審決
の判断に誤りがあると主張する。
(2)しかしながら,本件補正後の請求項1の記載と同補正前の請求項1の記載
とを比較すると,本願発明1は,本件補正発明から,「押しピン」以外の構成を省
き,「使用しないときには…動くことはなく,」という限定及び「ロッドによって
筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,」という限定をいずれも省き,
「前記ピン部は筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入
部材により押圧可能である」とする限定に代えたものであると認められる。
また,本件補正後の請求項1と同補正前の請求項2の記載を比較すると,本願発
明2は,本件補正発明から,「カートリッジ」以外の構成を省き,「カートリッ
ジ」に含まれない「押しピン」について「使用しないときには…動くことはな
く,」という限定,「空洞部」に「押しピン」を「複数」収納し得るという限定及
び「押入部材」が「ロッド」であるという限定をいずれも省くとともに,「押圧
部」を付加したものであると認められる。
そうすると,引用発明2の「画鋲」と本願発明1の「押しピン」とが,引用発明
2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であるのに対し,本願
発明1における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはない
ものであることを理由として,「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なってい
るということができるかどうかについては,上記1(2)ア(イ)及び(ウ)において説
示したところと同様ということができる。
また,引用発明1と引用発明2とが技術思想を異にし,これらを組み合わせるこ
とは困難であるということができるかどうかについても,上記1(2)イ(イ)におい
て説示したところと同様というべきである。
したがって,原告の主張については,既に説示したとおりであって,これを採用
することができない。
(3)以上によると,本願発明の進歩性を否定した本件審決の判断に原告主張の
誤りはなく,取消事由2も理由がない。
3結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛