弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人弁護士佐藤武夫、同柏井義夫、同保津寛の上告理由第一点について。
 所論の点に関し原判決が当事者間に争ない事実及びその挙示の証拠によつて認定
した事実に基いて判示するところは次のとおりである。即ち、上告会社の使用人で
あるDは、昭和二六年九月二七日被上告人B自動車工業株式会社(以下B自動車と
略称する。)の事務室において同会社の代表取締役であつたEの娘Fに対し、甲第
二号証の一(本件係争延滞賃料の支払催告書)を交付したが、右EはB自動車を退
社する考えで自己の本業である映画撮影関係の仕事を捜していたため、同年八月頃
からB自動車に出社せず、右九月二七日当時も同様であつたこと、Fは、Dが前記
甲第二号証の一の催告書を持参した際たまたまB自動車に遊びに来ており、Dから
差出された右催告書を通常の請求書と思い、B自動車の使用人でもなく、またEか
ら命じられてもいないのに、Dの持参した送達簿に欠勤中のEの机上に在つた同人
の印を勝手に押して受け取り、B自動車の社員に告げることもなく、右机の抽斗に
入れておいたこと、次いで、同年一〇月五日上告会社から契約解除の書面が来り、
初めて社員等において右催告書の来ていることを知了したものであること、これら
の事実から見れば、右催告書はこれを受取る何らの権限のないFに交付されたもの
であつて、いまだ右会社がこれを了知することのできる状態におかれたものと言う
ことはできず、契約解除の意思表示がなされるまでこれを了知しなかつたことが明
らかであるから、右催告は契約解除の前提としての効力がなかつたものであるとい
うのである。
 しかしながら、思うに、隔地者間の意思表示に準ずべき右催告は民法九七条によ
りB自動車に到達することによつてその効力を生ずべき筋合のものであり、ここに
到達とは右会社の代表取締役であつたEないしは同人から受領の権限を付与されて
いた者によつて受領され或は了知されることを要するの謂ではなく、それらの者に
とつて了知可能の状態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思
表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足
るものと解すべきところ(昭和六年二月一四日、同九年一一月二六日、同一一年二
月一四日、同一七年一一月二八日の各大審院判決参照)、前示原判決の確定した事
実によれば、B自動車の事務室においてその代表取締役であつたEの娘であるFに
手交され且つ同人においてDの持参した送達簿にEの机の上に在つた同人の印を押
して受取り、これを右机の抽斗に入れておいたというのであるから、この事態の推
移にかんがみれば、Fはたまたま右事務室に居合わせた者で、右催告書を受領する
権限もなく、その内容も知らず且つB自動車の社員らに何ら告げることがなかつた
としても、右催告書はEの勢力範囲に入つたもの、すなわち同人の了知可能の状態
におかれたものと認めていささかも妨げなく、従つてこのような場合こそは民法九
七条にいう到達があつたものと解するを相当とする。
 然らば、右催告はこれを有効と解すべきところ、原判決はこれを無効と断じたの
であるから、原判決は右催告の効力に関し民法九七条の解釈適用を誤つたものとい
うの外なく、しかも右催告の有効であるか無効であるかは本事案全体の勝敗を決す
る要点であるから、本上告理由は理由あるに帰し、原判決は爾余の論点を審究する
までもなく、全部破棄を免れないものと言わざるを得ない。
 よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    高   木   常   七

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