弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人の本訴請求のうち金一〇九一万一〇五九円及びこれに
対する昭和六一年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員請求につい
ての上告人の控訴を棄却した部分を破棄する。
     被上告人は、上告人に対し、金一〇九一万一〇五九円及びこれに対する
昭和六一年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
     上告人のその余の上告を棄却する。
     訴訟の総費用はこれを一〇分し、その一を上告人の、その余を被上告人
の各負担とする。
         理    由
 上告代理人山道昭彦、同魚野貴美夫、同中田明の上告理由第一について
 原審の適法に確定したところによると、(一) 上告人は、昭和五二年六月二八日、
訴外D商事株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、同会社所有の本件汽
船につき、同会社を被保険者とし、保険金額を七〇〇〇万円とする船体保険契約を
締結した、(二) 被上告人は、右同日ころ、訴外会社に対する本件汽船の売買残代
金債権を担保するため、右保険金請求権に質権を設定し、上告人がこれを異議を留
めずに承認した、(三) 同年九月一五日右汽船が航行中に沈没して全損となったた
め、上告人は、同年一二月二八日、質権者である被上告人に対し保険金一〇九一万
一〇五九円(以下「本件保険金」という。)を支払った、(四) ところが、右沈没
事故は訴外会社の代表取締役Eらが保険金騙取の目的で故意に引き起こしたもので
あることが発覚し、右Eらが昭和五九年七月一九日艦船覆没、詐欺の罪で有罪判決
を受け、右判決が確定した、というのである。
 原審は、右事実関係の下において、上告人の本件不当利得返還請求権は、商行為
たる船体保険契約及び質権設定契約に基づき保険者から質権者に支払われた保険金
が法律上の原因を欠くとされた場合におけるものであり、上告人の有する真実の財
産法秩序の回復の利益に対して、被上告人の有する表見的商事法律関係の迅速な終
結の利益が優越し、これを保護すべき合理的理由があるから、商行為によって生じ
た債権に準じ、商法五二二条の類推適用により消滅時効期間を五年と解すべきもの
として、右商事消滅時効を援用する被上告人の抗弁を採用し、上告人の本訴請求を
棄却すべきものとしている。
 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。すなわち、商法五二二
条の適用又は類推適用されるべき債権は商行為から生じたもの又はこれに準ずるも
のでなければならないところ、本件不当利得返還請求権は、商行為たる船体保険契
約及び質権設定契約に基づき保険者から質権者に支払われた保険金の返還に係るも
のではあっても、保険者に法定の免責事由があるため支払原因が失われ法律の規定
によって発生する債権であり、その支払の原因を欠くことによる法律関係の清算に
おいて商事取引関係の迅速な解決という要請を考慮すべき合理的根拠は乏しいから、
商行為から生じた債権に準ずるものということはできない。したがって、本件不当
利得返還請求権の消滅時効期間は、民事上の一般債権として、民法一六七条一項に
より一〇年と解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第一一二九号同五五
年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号六一頁参照)。これと異なる原審の
判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべく、右違法が判決の結
論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由がある。
 そして、上告人が本件訴えの提起により本件不当利得返還請求権を行使したのは
昭和六一年九月四日であって、本件保険金支払の日である昭和五二年一二月二八日
から起算して一〇年の時効期間内であることは記録上明らかであり、上告人が本訴
において商事消滅時効の適用を争うことは被上告人主張のように禁反言の法理に照
らして許されないものではないから、被上告人の消滅時効の抗弁は失当というほか
はない。また、前示事実及びその余の原審の適法に確定した事実関係の下において
は、現存利益の不存在及び民法七〇七条一項の類推適用をいう被上告人の各抗弁を
いずれも失当であるとし、かつ、本件保険金を返還する場合にその受領の日の翌日
からの遅延損害金を支払う旨の上告人主張の特約を肯認し難いものとした原審の判
断は首肯するに足りる。そうすると、上告人の本訴請求は、被上告人に対し本件保
険金一〇九一万一〇五九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録
上明らかな昭和六一年九月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅
延損害金の支払を求める限度で理由があり、これを認容すべきものである。したが
って、原判決中、上告人の本訴請求のうち右の金員請求についての上告人の控訴を
棄却した部分を破棄した上、右金員請求を認容することとし、上告人のその余の上
告を棄却すべきである。
 よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇八条、三九六条、三八
六条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官香川保一の補足意見があるほか、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官香川保一の補足意見は、次のとおりである。
 私は、本件不当利得返還請求権の消滅時効に関しては、商法五二二条を類推適用
すべきではなく、民法一六七条一頃によりその期間を一〇年と解する法廷意見に賛
成であるが、商法五二二条の適用範囲に関しては、判例、学説において争いのある
ところであることにかんがみ、次のとおり意見を補足することとする。
 同条の適用範囲に関しては、同条所定の「商行為ニ因リテ生シタル債権」のほか、
これに準ずる債権についても、同条を適用すべきものとするのが当審の判例である
が、同条所定の当該債権は、およそ多種多様な「商行為」なるものによって生ずれ
ば足り、当事者双方又は一方が商人であることを要せず、双方的商行為に限らず、
一方的商行為でも足り、また、債権者にとって商行為たると、債務者にとって商行
為たるとを問わないのであって、種々の性質、態様のものがあり、その共通的な特
質を捉えることは困難であって、かかる債権に準ずる債権の認定基準をそもそも定
立することができないように思われる。さらに、同条の立法趣旨とされる商事取引
関係の迅速な解決という要請を認定基準としても、その迅速な解決の要請の程度を
的確に定めることも困難である。そこに、この「準ずる債権」について判例、学説
が区々となっている所以があるものと思料される。本来「商行為ニ因リテ生シタル
債権」における「商行為」の内容の多様性から考えて、その多様な債権の消滅時効
についてこれを一律に律する同条の立法趣旨については、疑問なしとしないのであ
って、彼此考量すれば、同条の解釈としては、「商行為ニ因リテ生シタル債権」の
みに限定し、「これに準ずるもの」をむしろ同条の適用から除外すべきものとする
のが妥当のように思われる。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    中   島   敏 次 郎

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