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平成23年9月15日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ウ)第417号手続却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年7月7日
判決
中華人民共和国香港<以下略>
原告ガーディアンエンタープライジィズ
リミテッド
同訴訟代理人弁護士金哲敏
同李春煕
東京都千代田区<以下略>
被告国
処分行政庁特許庁長官
同指定代理人村尾和泰
同神田正廣
同佐藤一行
同大江摩弥子
同河原研治
同鈴木光彦
同住永剛
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁長官が,原告に対し,特願2007-541082号に関し,別紙文
書目録記載の文書について行った手続却下処分を,いずれも取り消す。
第2事案の概要
本件は,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)に居住する北
朝鮮国籍を有する者が,1970年6月19日にワシントンで作成された特許
協力条約(以下「PCT」という。)に基づいて行った国際特許出願について,
上記出願人から上記発明に係る日本における一切の権利を譲り受けた原告が,
日本の特許庁長官に対して国内書面等を提出したところ,特許庁長官から,上
記国際出願は日本がPCTの締約国と認めていない北朝鮮の国籍及び住所を有
する者によりされたものであることを理由に,上記国内書面等に係る手続(以
下「本件手続」という。)の却下処分を受けたことから,被告に対し,同処分
の取消しを求める事案である。
1争いのない事実等(末尾に証拠の掲記されていない事実は,当事者間に争い
のない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1)当事者
原告は,中華人民共和国香港特別行政区法に基づき設立された香港法人で
ある。
(2)本件手続却下処分
ア本件国際出願
(ア)「A」,「B」及び「C」(これら3名を併せて,以下「Aら」とい
う。)は,いずれも,北朝鮮に居住し,北朝鮮国籍を有する者である(な
お,Aらが大韓民国(以下「韓国」という。)と北朝鮮の二重国籍を有す
る者であるか否かについては,後記のとおり当事者間に争いがある。)。
(イ)Aらは,同人らがした発明(以下「本件発明」という。)について,
PCTに基づき,2004年(平成16年)11月10日を優先日とし,
日本国等を指定国として,2005年(平成17年)11月7日付けで,
朝鮮発明庁を受理官庁とする国際出願を行った(以下「本件国際出願」と
いう。)。
(ウ)本件発明についての国際出願番号は,「PCT/KP2005/0
00004」とされ,本件国際出願は,2006年(平成18年)5月1
8日,国際公開された。
(エ)北朝鮮は,PCTに加入しており,その加入発行日は,1980年(昭
和55年)7月8日である。
イ本件発明に係る日本における権利のAらから原告に対する譲渡
Aらは,本件国際出願が上記のとおり国際公開された後,本件発明に係る
日本における一切の権利を原告に譲渡した。
原告は,本件国際出願につき,国際事務局に対し,指定国を日本とする出
願人をAらから原告に変更するよう要請した。
国際事務局は,PCTに基づく規則92の2.1(a)(i)に基づき,願書
の出願人の名義について変更の記録を行い,2007年(平成19年)4月
26日付けの変更の記録を日本国に通知し,日本国特許庁は,同年5月10
日,同通知を受け付けた。
ウ日本国における書面の提出
原告は,本件国際出願を日本国の国内段階に移行するため,特許庁長官に
対し,PCT及び特許法に基づき,本件発明に係る別紙文書目録記載の文書
(これらを総称して,以下「本件書面」という。)を提出した。
エ特許庁長官による手続却下処分
(ア)特許庁長官は,本件国際出願は日本が国家として承認していない北朝
鮮に在住する北朝鮮の国民によって行われたものであることから,PCT
が適用されない出願であって,特許法184条の3第1項が規定する「そ
の国際出願日にされた特許出願とみなす」ことはできないとして,特許法
18条の2第2項に基づき,原告に対し,平成20年4月8日発送の書面
により,本件手続を却下すべき理由を通知した(甲11の1~5)。
(イ)原告は,平成20年5月8日,特許庁長官に対し,上記却下理由通知
はPCT及び特許法184条の3の解釈を誤ったものであり,却下処分と
することは失当である旨を記載した弁明書を提出した(甲12)。
(ウ)特許庁長官は,本件国際出願は日本が国家として承認していない北朝
鮮に在住する北朝鮮国民によって行われたものであることを理由として,
平成20年6月16日付けで,本件書面を手続却下する旨の処分(以下「本
件手続却下処分」という。)を行った。
(3)本件手続却下処分に対する異議申立て
ア原告は,平成20年8月22日付けで,本件手続却下処分に対する異議
申立てを行った(20行服特許第33号)。
イ特許庁長官は,平成21年2月23日付けで,上記申立てを棄却する旨
の決定を行い,同決定は,同月24日,原告に送達された。
ウ原告は,平成21年8月21日,当裁判所に対し,本件手続却下処分の
取消しを求める本件訴えを提起した。
2争点
(1)本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「国際出願」として,
同項により,日本において「その国際出願日にされた特許出願とみなす」こ
とができるか(争点1)
(2)本件国際出願は,韓国の国籍を有する者によってされたものといえるか(争
点2)
3争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「国際出願」
として,同項により,日本において「その国際出願日にされた特許出願とみ
なす」ことができるか)について
[被告の主張]
ア我が国は北朝鮮を国家として承認していないこと
我が国が北朝鮮を国家として承認しているか否か,又は我が国と北朝鮮
との間にいかなる権利義務が存在するかという問題は,外交関係そのもの
に関わる問題であるところ,外交関係の処理及び条約の締結は,内閣の権
限に属する(憲法73条2号,3号)。
内閣を代表する内閣総理大臣(憲法72条)は,第164回通常国会に
おける鈴木宗男衆議院議員の質問主意書(質問番号322)「朝鮮民主主
義人民共和国を巡る国家承認,政府承認に関する再質問主意書」に対する
平成18年6月16日内閣衆質16第322号の答弁書において,「我が
国は,…これまで北朝鮮を国家承認していない。」と回答している。
したがって,我が国が北朝鮮を国家として承認していないことは,明ら
かである。
イ我が国と北朝鮮との間には,多数国間条約に基づく権利義務は発生しな
いこと
国は,国家として承認されることにより,承認をした国家との関係にお
いて,国際法上の主体である国家,すなわち,国際法上の権利義務が直接
帰属する国家と認められる。国家として承認されていない国(以下「未承
認国」という。)は,国際法上一定の権利を有することは否定されないも
のの,承認していない国家との間においては,国際法上の主体とは認めら
れず,国家間の権利義務関係は生じない。
そうすると,未承認国が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入
したとしても,同国を国家として承認していない国家との関係では,国際
法上の主体とは認められず,国家間の権利義務関係は生じない。したがっ
て,両国家の間においては,原則として,当該多数国間条約に基づく権利
義務も発生しない。
よって,北朝鮮がPCTの締約国となったとしても,我が国が国家とし
て承認していない北朝鮮に在住する北朝鮮の国民によって行われた本件国
際出願によっては,我が国と北朝鮮との間にPCTに基づく権利義務は生
じない。なお,どの国との関係で条約上の権利義務を生じさせるかという
ことも,当然外交関係に含まれるものであるから,裁判所は,日本国政府
の外交に関する解釈を尊重すべきである。
ウ本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「その国際出願日に
された特許出願とみなす」ことができず,本件手続却下処分は適法である
こと
(ア)本件国際出願は,北朝鮮に在住する北朝鮮の国民3名(Aら)によ
る出願であり,その後,指定国である日本についての出願人が,Aらか
ら原告に変更されたものである。
しかしながら,PCTに基づく規則92の2.1(a)(i)に基づく願
書の出願人の名義の変更は,変更の記録を発送した日から効力を生じる
とされており,本件国際出願の出願日に遡って,本件国際出願の出願人
を変更するものではない。
したがって,本件国際出願は,その国際出願日において,我が国が国
家として承認していない北朝鮮に在住する北朝鮮の国民によって行われ
たものであることに変わりはない。
(イ)一方,我が国と北朝鮮との間においてPCTの規定が適用されない
ことについては,前記イのとおりである。
したがって,我が国において,本件国際出願をPCTに基づく国際出
願とみる義務は生じないものであり,本件国際出願は,特許法184条
の3第1項所定の「その国際出願日にされた特許出願とみなす」ことは
できない。
(ウ)以上のとおり,我が国への特許出願とみなされない本件国際出願に
関する本件書面は,いずれもその提出の対象がないものであるから,こ
の意味において,本件手続は,不適法な手続である。そして,本件書面
が提出対象のないものである以上,本件手続について補正をすることが
できないことは,明らかである。
よって,本件手続却下処分は,適法である。
[原告の主張]
ア日本は北朝鮮を国家として承認していること
1991年(平成3年)9月17日に開催された第46回国連総会は,
北朝鮮の国連加盟を承認する決議を全会一致で採択した。その際,日本は,
同決議に参加し,賛成票を投じている。
国連は,加盟国の資格が国家に限られており(国連憲章4条),加盟国
の関係が一般国際法によって規律されることになっている。そうすると,
新国家が国連に加盟し,日本が当該新国家の国連加盟承認決議に賛成した
場合は,これによって,日本が新国家に黙示の承認を与えたとみなされる
ものであり,日本政府自身も,昭和37年8月30日の参議院法務委員会
において,モンゴル人民共和国(以下「モンゴル」という。)の国連加盟
承認決議に日本が賛成したことが日本のモンゴルに対する国家承認に当た
ると答弁している。同一の賛成行為をもって,モンゴルとの関係では国家
承認に当たるとし,北朝鮮との関係では国家承認に当たらないとする恣意
的な解釈は,国際法上許されない。
イ未承認国との間にも多数国間条約に基づく権利義務は発生すること
(ア)日本や北朝鮮が当事者となっている条約の中に,国家承認の国際法
上の効果について定めるものは存在しない。したがって,本件において
裁判所が適用すべきものは,慣習国際法であり,本件では,国家承認の
効力に係る慣習国際法の確定が,先決的な争点となる。
国家承認とは,「国際社会に新しい国家が成立した場合に,他の国が
それを承認すること」と解されており,その性質については,伝統的に,
創設的効果説(新国家は承認の結果誕生し,承認こそがその国家に,国
家としての存在又は少なくとも国際法主体としての資格,法人格を与え
るとみなされるとする説)と,宣言的効果説(国家が事実上存在すれば,
承認を受けなくとも,国際的に法関係を結び得る固有の性質を有するも
のとして存在し,承認は,新国家の存在を確認し,宣言するにすぎない
とする説)との対立がある。
しかしながら,諸国の国家実行及び国際裁判例は,いずれも,宣言的
効果説に立脚しており,世界的な学説も宣言的効果説を支持している(甲
33)。
(イ)宣言的効果説に立脚すれば,未承認国家との関係でも,PCTを始
めとする多数国間条約が適用されることは自明であり,諸国の国家実行
も,かかる立場を前提としている。
したがって,仮に,日本が北朝鮮に対して国家承認を与えていないと
しても,ひとり日本のみが,自己の都合のために任意に上記慣習国際法
の適用を一方的に排除して,日本と北朝鮮との間でPCTに基づく権利
義務が生じないと主張することはできない。
なお,被告が主張するように,日本が北朝鮮に国家承認を与えていな
いが故に北朝鮮は日本との関係においては国家ではなく,したがって日
本と北朝鮮との間に条約に基づく権利義務関係は生じないという立場に
立つのであれば,日本と北朝鮮との間には,一般国際法上の権利義務も
生じないはずである。しかしながら,日本政府は,一般国際法について
は北朝鮮との間で適用されることを認めている。すなわち,日本政府は,
国会答弁等において,再三にわたり,北朝鮮に一般国際法が適用される
ことを前提とする立場を表明しており,このような立場は,海洋法,空
法,国家責任,主権侵害,戦後補償など,広範な分野にわたって堅持さ
れている。
ウPCTの締約国が負っている義務は,全PCT同盟国に対して負う義務
であり,出願人の属する国と指定国との間の二国間の義務に解消されるも
のではないこと
(ア)PCTに基づく条約上の義務
PCT11条(3)は,「PCT11条(1)(i)から(iii)までに掲げる要件を
満たし,かつ,国際出願日の認められる国際出願は,国際出願日から各
指定国における正規の国内出願の効果を有するものとし,国際出願日は,
各指定国における実際の出願日とみなす。」と定める。また,PCT2
7条(1)は,「国内法令は,国際出願が,その形式又は内容について,こ
の条約及び規則に定める要件と異なる要件又はこれに追加する要件を満
たすことを要求してはならない。」と定める。
上記条項は,国際的な特許出願に係る方式統一条約であるPCTに基
づく統一的な国際出願手続を定めた手続規定であり,対北朝鮮との関係
でのみ履行(手続を遵守)せず,対他の同盟国との関係で履行(手続を
遵守)することが不可能な統合的条項である。そのため,日本は全PC
T同盟国に対し,PCT11条(3)の定める手続の遵守義務を負い,北朝
鮮に対する国家承認の有無ないしそれによる二国間の権利義務関係の存
否に関わらず,PCT11条(3)の適用を受ける。
したがって,日本は,PCTに基づき,「PCT11条(1)(i)から(iii)
までに掲げる要件を満たし,かつ,国際出願日の認められる国際出願」
については,正規の国内出願としての効果を付与し,国内手続を進めな
ければならないという,全PCT同盟国に対する条約上の義務を負って
いる。
(イ)PCTに基づき日本が負う手続的義務の性質
aPCTに基づく出願手続の概要は,次のとおりである。
(a)出願人の属する国における手続
国際出願の手続は,出願人が受理官庁としての自国の特許庁に国
際出願をする(PCT10条)ことによって始まる。
国際出願を受理した受理官庁は,その受理の時に国際出願日を認
めることができないほどの基本的欠陥がないかどうかをチェックす
る。そのような欠陥がないことが確認されると,その国際出願には,
その受理の日が国際出願日として認められ(PCT11条(1),PC
T規則20),国際出願の効果を生じる。受理官庁は,受理した国
際出願3通のうち1通(記録原本)を,国際事務局に送付する(P
CT12条,PCT規則22,24)。また,記録原本の送付と同
時に,国際出願の他の1通(調査用写し)は,管轄の国際調査機関
に送付され(PCT12条,PCT規則23,25),残りの1通
は,受理官庁用写しとして,受理官庁が保持する。国際調査機関で
は,国際調査が行われ,調査の結果作成された国際調査報告は,出
願人と国際事務局に送付される。
(b)国際事務局における手続
国際事務局は,国際出願の国際公開を行う。国際事務局は,国際
公開の作業と併行して,出願人の希望する指定国に国際出願の書類
を国際調査報告とともに送達するのが普通である。これは,国際出
願の国際段階における手続が終了したことを意味し,以後は各指定
国ごとにその国の特許法に基づく特許付与の手続に入ることを意味
する。
このように,国際出願や国際調査報告等の文書は,受理官庁から
指定国特許庁に送達されるのではなく,PCTの国際事務局から指
定国特許庁に直接送達される(PCT20条,PCT規則47)。
(c)指定国における手続
指定国特許庁は,上記の手続後,自国の特許法に従って,通常の
国内出願と同様の審査や処理を行う。
b以上のとおり,受理官庁は,出願人からの国際出願に対し,国際出
願日を認めることができないほどの基本的欠陥がないかどうか等の
形式的なチェックを行うのみであり,その後,記録原本等が国際事務
局に送付された後の手続は,すべて国際事務局において行われる。国
際出願の記録原本や国際調査報告等の文書の指定国への送達につい
ても,受理官庁は一切関与せず,国際事務局が直接行う。
そうすると,PCT上,指定国特許庁が負っている手続的義務は,
条約上の機関である国際事務局に対して(ひいてはPCTの全同盟国
に対して)負っているものととらえるべきである。なお,PCT国際
出願は,出願人が属する国の受理官庁に対してだけではなく,国際事
務局に対して直接行うこともできるものであり(PCT10条,PC
T規則19),このことは,指定国が国際事務局に対して直接手続的
義務を負っていることを示すものといえる。
(ウ)小括
このように,PCTの締約国は,PCTの国際事務局ないしPCTの
全同盟国に対して直接の手続的義務を負っているのであって,この義務
については,出願人が属する国と指定国との間の二国間の権利義務関係
を観念することができず,仮に観念することができても,二国間の権利
義務関係に解消されるものではない。
また,本件手続却下処分は,日本が北朝鮮を国家承認していないこと
を理由に,本件国際出願を特許出願と認めないものであるが,これは,
国際出願を特許出願とみなすための要件として,PCTが定める要件の
ほかに,「日本国が出願人の属する国を国家承認していること」という
要件を付加していることを意味する。
しかしながら,PCT27条(1)は,「国内法令は,国際出願が,その
形式又は内容について,この条約及び規則に定める要件と異なる要件又
はこれに追加する要件を満たすことを要求してはならない」と定め,国
際出願は,PCTに定められた要件を遵守してされる限り,指定国にお
いて,他の要件を斟酌してこれを拒絶することは許されないものとして
いる。したがって,本件手続却下処分は,PCT27条(1)に違反する。
エ本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「その国際出願日に
された特許出願とみなす」ことができること
(ア)特許法184条の3第1項は,「PCT11条(1)若しくは(2)(b)
又は14条(2)の規定に基づく国際出願日が認められた国際出願であっ
て,PCT4条(1)(ii)の指定国に日本国を含むもの(特許出願に係るも
のに限る。)は,その国際出願日にされた特許出願とみなす。」と規定
する。すなわち,同条項は,①PCT11条(1)に基づき,受理官庁が国
際出願日を認めた国際出願であること,②PCT4条(1)(ii)の願書の指
定国に日本国を含む国際出願であること,③特許出願に係る国際出願で
あること,の3要件を充たす国際出願について,「国際出願日にされた
特許出願とみなす」という効果を付与するものである。そして,同条項
は,「特許出願とみなす
...
」として,推定規定ではなく,反証を許さない
擬制規定の形式をとっている。
このような条文構造に照らせば,特許法が,上記①ないし③の要件を
充たす国際出願はすべて「特許出願とみなす」扱いをしなければならな
いと定めていることは,明らかである。
したがって,特許庁長官は,特許法184条の3第1項に係る審査に
おいては,当該国際出願が上記①ないし③の要件を充足するか否かのみ
を審査し,要件をすべて充足する場合には,日本においてされた特許出
願とみなさなければならない義務を負う。
(イ)本件国際出願は,受理官庁たる朝鮮発明庁により,PCT11条(1)
に基づき,国際出願日を平成17年11月7日と認められた国際出願で
あり,指定国に日本国を含むものであって,特許出願に関してされたも
のであるから,特許法184条の3第1項の定めるすべての要件を充た
す。
したがって,本件国際出願は,特許法184条の3第1項に基づき特
許法上の「特許出願」とみなされなければならない。
(ウ)これに対し,本件手続却下処分は,日本が国家承認していない北朝
鮮と日本との間には多数国間条約であるPCTに基づく権利義務関係は
基本的には生じないなどとして,北朝鮮に在住する北朝鮮の国民がPC
Tに基づく国際出願を行った場合,特許法184条の3第1項に規定す
る特許出願とみなすことはできないとする。
しかしながら,このような理由に基づく本件手続却下処分は,特許法
184条の3第1項の定める要件外の事項を,法律の根拠なく斟酌して
法定の擬制効果を否定するものというほかない。本件手続却下処分は,
法律による行政の原則に違反し,特許庁長官の権限を逸脱してされたも
のであり,明白な違法性を有する。
[原告の主張に対する被告の反論]
ア我が国は北朝鮮を国家として承認していないこと
北朝鮮の国連加盟は,無投票で承認されたものであり,我が国は,積極
的に賛成票を投じたものではない。原告の主張は,前提において誤りがあ
り,理由がない。
また,国連の加盟を容認することと,当該国を国家として承認すること
は別個のものであるから,当該国の国連加盟をもってして,当該国を国家
として承認したことにはならない。なお,国家承認は,国家の一定の裁量
の範囲内の行為であり,黙示の承認になるかどうかは,結局は,承認国側
の現実の意思にかかっているとされていることからすれば,当該未承認国
を国家承認するか否かは,承認をする国が承認するときの当該未承認国の
状況や政治的状況などを考慮して,どのような方法で承認するかも含めて
判断される。このことからすれば,未承認国を承認する方法が定まってい
るものではなく,未承認国を承認するときに,当該未承認国ごとに日本国
政府がどのような方法で承認するかを判断するものといえるから,日本国
政府が,モンゴルの国家承認については,同国の国連加盟承認決議に賛成
したことをもって事実上の国家承認と判断したものであると答弁したとし
ても,他の国との関係においても同様の判断がされたものとみるべきであ
るということにはならない。
イ国家承認の性質をどのようにとらえるかにかかわらず,未承認国との間
に多数国間条約に基づく権利義務は発生しないこと
国家承認の問題と,日本国政府がどの国との間で権利義務関係を生じさ
せるかという問題は,それぞれ別の問題であって,前者の問題と後者の問
題は,論理必然の関係にあるものではない。これらの問題は,いずれもそ
の時々の状況に照らして,日本国政府がその都度判断を行い,日本国政府
の有する広範な裁量の範囲で決めるべきものである(憲法73条2号)。
日本国政府は,朝鮮半島の非常に微妙な状況等,複雑な国際情勢に照ら
して,我が国が国家として承認していない北朝鮮と我が国との間には多数
国間条約であるPCTに基づく権利義務関係は生じない,という解釈をと
っているものである。
したがって,国家承認の性質をどのように解すべきかについての学術的
解釈は,未承認国との間の多数国間条約上の権利義務関係の有無の結論に
直接結び付かず,何ら意味を有しない。
ウPCTに基づく権利義務の主体は,国際事務局ではなく,締約国である
こと
(ア)PCTにおける国際出願制度は,従前のパリ条約(1900年12
月14日にブラッセルで,1911年6月2日にワシントンで,192
5年11月6日にヘーグで,1934年6月2日にロンドンで,195
8年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホ
ルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパ
リ条約。以下「パリ条約」という。)における外国特許の出願手続が煩
雑にすぎたことから,同手続を簡略にするために,パリ条約19条所定
の「特別の取極」として,新たに創設されたものである。
すなわち,PCTは,工業所有権の保護の範囲(パリ条約1条),内
国民待遇の原則(同2条),優先権(同4条),各国の特許の独立(同
4条の2)など,工業所有権の保護に必要な規定を定めるパリ条約の特
別協定の一つとして,国際出願に関する規定や特別の技術的業務の提供
のための規定を定めるものである。具体的には,PCTは,国際出願に
関する基本的な事項及び締約国の義務の限界や基本的権利の保障に関す
る事項を定めたものであり,国際出願の手続について,その手続の基本
骨格となる事項,出願人の基本的義務や基本的権利を保障する事項,国
際事務局,受理官庁,国際調査機関,国際予備審査機関の主な任務等を
定めている。
このようなPCTの性質に鑑み,PCTの管理は,世界知的所有権機
関の国際事務局が行うものとされ(PCT2条(xix),同55条,パリ条
約15条,同30条),国際事務局は,PCTの規定に基づく任務を行
う機関として,国際出願の記録原本の受理(PCT12条(1),(3)),国
際出願の指定国への送付(同13条),国際公開に関する業務(同21
条(1),(2)(b),(6)),国際出願の書類の送付(同25条(1)(a)(b))等の事
務手続を取り扱う。
そして,締約国は,PCT11条(3)に規定されている国際出願の効果
を始め,PCTに規定されている事項に拘束される。
(イ)一方,条約とは,その条約の目的を実現するために必要な事項を定
め,締約国がその定めに拘束されることについて同意することによって
成立するものであるから,条約の定めによる権利義務は,締約国に生じ
るものである。したがって,PCTのように手続を定める条約であって
も,そこに定められた規定は,締約国を拘束するものであり,締約国に,
当該条約の定めによる権利義務が生じる。条約の規定により設立された
機関である国際事務局がそれと独立した主体として,条約の定めによる
権利義務の主体となるとは解されない。
また,PCTの目的は,国際出願制度の創設により手続の簡素化を図
ることによって,最終的には基本条約であるパリ条約の目的である工業
所有権の保護を図ることにある(パリ条約1条,2条)。そうすると,
PCT上の権利義務は,いずれも,究極的には,締約国内国民の工業所
有権の保護を目的とするものであることは明らかである。
したがって,仮に,原告が主張するような国際事務局に対する手続的
義務なるものを観念し得たとしても,かかる手続的義務も,究極的には,
工業所有権の保護という権利義務にたどり着くことは自明である。よっ
て,原告の主張を前提としても,我が国と未承認国家である北朝鮮との
間に,工業所有権に係る権利義務は発生しない。
(2)争点2(本件国際出願は,韓国の国籍を有する者によってされたものとい
えるか)について
[原告の主張]
アAらの父親は,いずれも,1948年7月17日以前に,朝鮮半島にお
いて,朝鮮人を父として出生した者である。したがって,Aらの父親は,
韓国における「国籍に関する臨時条例」2条1号の規定によって朝鮮国籍
を取得し,1948年7月17日の韓国制憲憲法の公布と同時に韓国国籍
を取得している。
1997年12月13日改正前の韓国国籍法2条1項1号は,「出生当
時に父が大韓民国の国民である者」は出生と同時に韓国の国籍を取得する
と定めているから,Aらは,出生と同時に韓国の国籍を取得している。
イ北朝鮮に在住する,北朝鮮以外のPCT締約国の国民が,朝鮮発明庁に
対してPCTに基づく国際出願を行った場合,当該国際出願は,有効と取
り扱われるものである。そうすると,韓国国籍を有するAらによる本件国
際出願も,有効と取り扱われるべきである。
ウよって,本件国際出願が北朝鮮に在住する北朝鮮国民によって行われた
ものであることを理由として本件書面を手続却下した本件手続却下処分
は,違法である。
[被告の主張]
ア本件国際出願については,Aらについて,本件国際出願の国籍に北朝鮮
以外の締約国の国名の記載がないこと及び韓国の国籍を有することを証明
する書面の提出がないことから,Aらを北朝鮮在住の北朝鮮国籍を有する
者であると判断し,PCTの適用がないと判断したものである。
イまた,韓国の法律の効力は,実質的には北朝鮮地域には及ばないもので
あり,朝鮮半島北部に在住する北朝鮮住民が韓国の家族関係登録の対象と
なるとしても,それは,保護対象者と決定された北朝鮮離脱住民について,
統一部長官の家族関係登録創設許可申請によって家族関係登録簿が創設さ
れる(北朝鮮離脱住民の保護及び定着支援に関する法律19条)というも
のであるから,朝鮮半島北部に在住する北朝鮮住民のすべてが韓国の国籍
を有するものとはいえないと解される。
ウ仮に,Aらが韓国の国籍を有するのであれば,Aらについて,韓国政府
が同国の国籍を有することを証して真正に発行した書面を提出して,これ
を証明する必要があるところ,原告は,このような書面を提出することな
く,同人らが韓国の国籍を有する旨主張しているにすぎない。したがって,
Aらが韓国の国籍を有するものとはおよそ認められない。
第3当裁判所の判断
1争点1(本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「国際出願」と
して,同項により,日本において「その国際出願日」にされた特許出願とみな
すことができるか)について
(1)我が国が北朝鮮を国家として承認しているかについて
ア国家の承認とは,新たに成立した国家に国際法上の主体性を認める一方
的行為を意味するものであるところ(乙9),証拠(乙6の1,2)及び
弁論の全趣旨によれば,我が国の政府は,我が国がこれまで北朝鮮を国家
承認しておらず,したがって,我が国と北朝鮮との間には国際法上の主体
である国家の間の関係は存在しない,との見解をとっていることが認めら
れる。また,本件全証拠によっても,我が国がこれまでに北朝鮮を明示又
は黙示に国家承認したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,我が国は北朝鮮を国家として承認していないものと認めら
れる。
イこれに対し,原告は,1991年9月17日に開催された第46回国連
総会は,北朝鮮の国連加盟を承認する決議を全会一致で採択しており,同
決議には日本も参加して賛成票を投じているのであるから,これによって,
日本が黙示に北朝鮮に国家承認を与えたものとみなされる,と主張する。
しかしながら,証拠(乙7の1,2)によれば,北朝鮮の国連加盟は無
投票で承認されたものであり,我が国は積極的に賛成票を投じたものでは
ないことが認められるから,原告の主張はその前提を欠くものである。ま
た,証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば,国連の加盟を容認するこ
とと当該国を国家として承認することとは別個のものであり,当該国の国
連加盟を容認することをもって当該国を国家として承認したことにはなら
ないものと一般に解されていることが認められるから,我が国が参加した
国連総会で上記決議が採択されたことにより北朝鮮の国連加盟を容認した
といえるとしても,そのことをもって直ちに,我が国が北朝鮮を国家とし
て承認したと認めることはできない。この点につき,原告は,日本国政府
が昭和37年にモンゴルの国連加盟承認決議に日本が賛成したことがモン
ゴルの国家承認に当たる旨の国会答弁を出していることから,北朝鮮につ
いても国連加盟承認決議に賛成したことが国家承認に当たると解すべきで
ある旨主張する。しかしながら,ある行為が国家承認に当たるかどうかは
承認国側の現実の意思によるものであるから,我が国がモンゴルを国家と
して承認する意思の下に,同国の国連加盟承認決議に賛成したことをもっ
て国家承認に当たるとの判断を表明したとしても,そのことによって他の
国についても,国連加盟承認決議に賛成したことによって直ちにその国を
国家承認したことになるとの見解を表明したものということはできない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(2)未承認国である北朝鮮と我が国との間で,多数国間条約であるPCT上の
権利義務関係が生じるかについて
アPCTは,我が国,北朝鮮その他の多数の国家が加盟する多数国間条約
であり,各国が所定の手続を踏むことにより当該条約に加入することが可
能な開放条約である(PCT62条,パリ条約21条)。
本件では,我が国と北朝鮮との間でPCT上の権利義務関係が生じるか
否かが問題となっているところ,ある国から国家承認を受けていない国(未
承認国)と上記承認を与えていない国との間において,その両国がいずれ
も当事国である多数国間条約上の権利義務関係が生じるかという問題につ
いては,これを定める条約及び確立した国際法規が存在するとは認められ
ない。
一方,証拠(乙6の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,我が国の政府
は,国家承認の意義について,ある主体を国際法上の国家として認めるこ
とをいうものと理解し,国際法上の主体とは,一般に国際法上の権利又は
義務の直接の帰属者をいい,その典型は国家であると理解していること,
また,我が国の政府は北朝鮮を国家承認していないから,我が国と北朝鮮
との間には国際法上の主体である国家間の関係は存在せず,したがって,
未承認国(北朝鮮)が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入した
としても,同国を国家として承認していない国家(我が国)との関係では,
原則として当該多数国間条約に基づく権利義務は発生しないとの見解をと
っていること,が認められる。
そして,当裁判所は,日本国憲法上,外交関係の処理及び条約を締結す
ることが内閣の権限に属するものとされ(憲法73条2号,3号),我が
国及び未承認国を当事国とする多数国間条約上の権利義務関係を我が国と
未承認国との間で生じさせるかということも,外交関係の処理に含まれる
ものといえることに鑑み,上記の政府見解を尊重し,未承認国である北朝
鮮と我が国との間に両国を当事国とする多数国間条約に基づく権利義務関
係は原則として生じないと解するべきであり,PCTについても,原則ど
おり我が国と北朝鮮との間に同条約に基づく権利義務関係は生じないもの
と考える(知的財産高等裁判所平成20年12月24日判決参照)。
したがって,我が国が国家として承認していない北朝鮮に在住する,北
朝鮮の国民であるAらによって行われた,指定国に我が国を含む本件国際
出願によっては,我が国と北朝鮮との間に多数国間条約であるPCTに基
づく権利義務は生じず,我が国は,北朝鮮における発明の保護を図るため
に本件国際出願をPCT上の国際出願として取り扱うべき義務を負うもの
ではないというべきである。
そうすると,本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「その
国際出願日にされた特許出願とみなす」ことはできず,本件国際出願に関
する本件書面は,いずれもその提出の対象がないものであるから,本件手
続は,特許法上の根拠を欠く不適法な手続であるといえる。また,本件書
面が提出対象のないものである以上,本件手続について補正をすることが
できないことは明らかである。
よって,本件手続を却下した本件手続却下処分の判断は適法であると認
められる。
イこれに対し,原告は,仮に,我が国が北朝鮮を国家として承認していな
いとしても,諸国の国家実行及び国際裁判例は,いずれも,国家承認の効
果について宣言的効果説に立脚し,世界的な学説も宣言的効果説を支持す
るものであるとした上,宣言的効果説に立脚した場合は,未承認国であっ
ても,その国が国家として事実上存在する以上,国際的に法関係を結び得
る固有の性質を有するものといえるから,未承認国と同国を国家承認して
いない国家との関係でも,PCTを始めとする多数国間条約が適用される
ことは自明である,と主張する。
しかしながら,国家承認の効果をどう解するかという問題と,未承認国
と当該国を国家承認していない国との間で,両国を当時国とする多数国間
条約上の権利義務関係が生じるかという問題は,別個の問題であり,後者
は,国家間の文書による合意である条約が当事国に対してどのような効力
を生ずるかという,条約の解釈の問題に関係するものといえるから,国家
承認の効果についての解釈は,未承認国との間の多数国間条約上の権利義
務関係の有無の結論に直接結び付くものではないというべきである。
どの国との関係で条約上の権利義務を生じさせるかということは,外交
関係の処理に含まれるものであるところ,我が国の政府が,未承認国と我
が国との間では両国を当事国とする多数国間条約に基づく権利義務関係は
原則として生じないとの解釈をとっており,この解釈を尊重すべきである
ことについては既に説示したとおりであるから,原告の前記主張は採用す
ることができない。
ウ原告は,PCTは,国際的な特許出願に係る方式統一条約であり,PC
Tに基づく統一的な国際出願手続を定めた規定(PCT11条(3))は,対
北朝鮮との関係でのみ履行せず,対他の同盟国との関係でのみ履行するこ
とが不可能な統合的条項であるから,日本は,北朝鮮に対する国家承認の
有無ないしそれによる二国間の権利義務関係の存否にかかわらず,PCT
の国際事務局ないしPCTの全同盟国に対し,「PCT11条(1)(i)から(iii)
までに掲げる要件を充たし,かつ,国際出願日の認められる国際出願」に
ついては,正規の国内出願としての効果を付与し,国内手続を進めなけれ
ばならないという,PCT上の義務を負うものであり,この義務について
は,出願人が属する国と指定国との間の二国間の権利義務関係を観念する
ことができず,仮に観念することができても,二国間の権利義務関係に解
消されるものではないから,日本が北朝鮮を国家承認しておらず,両国間
にPCT上の権利義務関係が生じていないことを理由に,本件国際出願を
特許出願と認めないことは,上記の義務に違反し,また,国際出願を特許
出願とみなすための要件として,PCTが定める要件のほかに「日本国が
出願人の属する国を国家承認していること」という要件を付加することに
なって,PCT27条(1)に違反すると主張する。
しかしながら,PCTにおける国際出願制度は,パリ条約における外国
特許の出願手続を簡易かつ一層経済的にするために,パリ条約19条所定
の「特別の取極」として創設されたものであり,その最終的な目的は,基
本条約であるパリ条約の目的である工業所有権の保護,ないしPCT締約
国の内国民の工業所有権の保護を締約国が相互に図っていくことにあるも
のといえる。また,PCTにおける国際出願は,締約国の居住者及び国民
が,国際出願に基づいて発明の保護を求める1又は2以上の締約国を指定
して行うものであり(PCT9条(1),4条(1)(ii)),指定国の特許庁は,
PCT所定の出願手続が行われた後は,自国の特許法に従って通常の国内
出願と同様の審査や処理を行うものである。そうすると,国際出願手続に
関するPCT上の権利義務関係は,特定の締約国間の権利義務関係(出願
人の属する国が指定国に対し出願人の出願を指定国の出願と取り扱うこと
を求める権利及びこれに対応する指定国の義務)の集合体であるというこ
とができるから,PCT上,出願人が属する国と指定国との間に二国間の
権利義務関係を観念することができる。この二国間の権利義務関係の有無
にかかわらず,PCTの全同盟国に対する義務が存在すると解すべき根拠
はない。
また,PCT上,締約国のPCTの国際事務局に対する手続的義務を観
念することができるとしても,前記のPCTの国際出願制度の趣旨に照ら
すと,上記義務はPCTの締約国間の権利義務関係の存在を前提とするも
のであると解するのが相当であり,PCTの国際事務局に対する手続的義
務が,締約国間の権利義務関係の有無にかかわらず存在すると解すべき根
拠は見当たらない。
したがって,我が国と北朝鮮との間のPCT上の権利義務関係の有無を
検討し,このような条約上の権利義務関係が認められないことを根拠に本
件国際出願を特許出願(PCTに基づく国際出願)と認めないとした判断
はPCTに何ら違反するものではなく,誤りがあるということはできない
から,原告の主張は採用することができない。
エさらに,原告は,特許法184条の3第1項の条文構造に照らせば,同
項は,①PCT11条(1)に基づき,受理官庁が国際出願日を認めた国際出
願であること,②PCT4条(1)(ii)の願書の指定国に日本国を含む国際出
願であること,③特許出願に係る国際出願であること,の3要件を充たす
国際出願はすべて「特許出願とみなす」扱いをしなければならないと定め
ていることが明らかであるから,特許庁長官は,同項に係る審査において
は,当該国際出願が上記①ないし③の要件を充足するか否かのみを審査し,
要件をすべて充足する場合には,日本においてされた特許出願とみなさな
ければならない義務を負う,とも主張する。
しかしながら,特許法184条の3第1項所定の国際出願とは,PCT
に基づいてされた国際出願を意味するものであることが同項の文理上明ら
かであるところ,我が国と北朝鮮との間にはPCTに基づく権利義務は生
じず,我が国において,本件国際出願をPCTに基づく国際出願とみる義
務を負うものでないことは既に説示したとおりである。
したがって,本件国際出願をPCTに基づく国際出願とみることはでき
ない以上,特許法184条の3第1項に基づき本件国際出願を「その国際
出願日にされた特許出願とみなす」ことはできないことが明らかである。
原告の主張はその前提を欠くものであり,採用することができない。
2争点2(本件国際出願は,韓国の国籍を有する者によってされたものといえ
るか)について
証拠(乙1の1,2,乙2の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,本件国際
出願の出願人であるAらは,上記出願の際,自らを北朝鮮国籍を有し北朝鮮に
居住する者として,出願書類に記載していたことが認められる。また,本件に
おける他の証拠をみても,Aらが,本件国際出願の時点において北朝鮮国籍の
ほかに韓国国籍を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件国際出願の出願者であるAらを北朝鮮在住の北朝鮮国籍を
有する者であると判断し,PCTの適用がないとして特許庁が本件手続却下処
分をしたことは適法であるといえる。
これに対し,原告は,Aらの父親は1948年7月17日以前に朝鮮半島に
おいて朝鮮人を父として出生した者であり,韓国における「国籍に関する臨時
条例」2条1号の規定によって朝鮮国籍を取得し,1948年7月17日の韓
国制憲憲法の公布と同時に韓国国籍を取得しているものであるから,その子で
あるAらは出生と同時に韓国国籍を取得したものであると主張する。
しかしながら,Aらが本件国際出願の当時に韓国国籍を有していたとの事実
については,韓国の家族関係登録簿等,韓国政府から同事実を証明する旨の証
書は発行されていない。また,原告が同人の主張を裏付ける証拠として提出す
るピョンヤン市平川区域人民委員会委員長作成とされる証明書(甲31の1,
2,甲32の1,2)には,Aらの父について,その出生地の記載があるだけ
で,その父母についての記載はないから,同書面によってAらの父が朝鮮人を
父として出生したと認めることもできない。
したがって,Aらが本件国際出願の当時に韓国国籍を有していたとは認めら
れない。
3以上のとおりであるから,本件手続却下処分は,その取消しの理由となる違
法事由があるとは認められず,適法であると認められる。
よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主
文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官阿部正幸
裁判官山門優
裁判官志賀勝
別紙
文書目録
12007年(平成19年)5月9日提出の国内書面(特許法184条の5第
1項に規定する書面)
2同年5月9日提出の手続補足書
3同年6月21日提出の国際出願翻訳文提出書
4同年7月11日提出の出願審査請求書
5同年8月10日提出の早期審査に関する事情説明書
以上

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