弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する
     上告費用は上告人の負担とする
         理    由
 本件上告理由は別紙記載の通りであつて、これに対し当裁判所は次の通り判断す
る。
 上告理由第一点について、
 本件記録を精査すると本件の争点は被上告人の主張事実中売買物件たる亜炭の引
渡数量について十屯の不足があつたことその為さきに支払つた代金中その不足数量
に相当する金一万円の返還について当事者間に特約があつたことの二点である、本
件売買契約後そのものについては当事者は争つているのではない、このことは、特
に上告人本人訊問の結果などに徴すれば極めて明瞭である、而して前記争点につい
ては原判決は適法な証拠によつて、、これを認定しているのであるから、この点に
関しては原判決には審理不尽若しくは理由不備の違法はないので、所論は採用し難
い。
 上告理由第二点について
 <要旨>民法第七〇八条にいうところの「不法原因」については、社会の倫理観念
に基く公序良俗に違反することを意味するのか或はこれよりも広く国家の政
策的な禁止規定に反した場合をも包含するのかについては争のあるところである
が、同条の法意が自ら不正な行為をした者は、法の保護を受けることは出来ないと
いうにあるのであるから同条の不法原因は社会の倫理観念に反するとする前者の見
解が相当であると思料する。
 されば国家の強行法規に違反する無効な行為であつても当然には不法原因に当ら
ないのであるが、斯ような強行法規特に国家の政策的な規定である統制法規違反に
ついて考えると、その規定に違反することが、その当時の社会の倫理観念において
も許されない程度に達する行為であるときは前条の不法原因となるものと解する、
かかる状態は多くの場合強行法規の社会主法に対する規範化が無理なく極めて順調
に行われ、それが社会の倫理観念にまで高められた時であると思われるから、それ
にはその強行法規の目的や重要性の当否、その違反の社会に及ぼす影響等諸般の事
情を考慮して具体的に決定すべきものである
 これを本件配給統制物資である亜炭の売買契約についてみると、原審はこの点に
ついて審理を尽しているものとはいえないが記録を点検すれば本件売買契約は当時
石炭が極度に不足した為亜炭にまでその配給を統制して国民経済の安定をはかろう
としたのであるからその統制法規に違反して行われたものである以上無効であると
いわなければならない、しかしその違反行為がその当時の社会の倫理観念にそむき
民法第七〇八条の不法原因に該当するものであるとまでは認められない
 然しながら仮に原審に於て此の点に審理を尽した結果本件亜炭の売買契約が同条
の不法原因に当るものと認められるとしても、本件は直接不当利得の規定に基く返
還請求ではなく、不当利得に該当する前渡代金の返還について当事者間に前記のよ
うな特約があつてその特約に基いてこれを請求しているのである、さればその特約
が有効かどうかについて考えてみることにする。
 想うに民法第七〇八条の趣旨は不法な原因の為めに給付を受けた者はその給付行
為が無効であるからその受益は不当利得に当り、これを給付者に返還すべき義務が
ある、然るに給付者の方でその返還を請求するに於てはいきおい無効原因たる自己
の不正を主張しなければ法律上の保護を受けられないということになる、このよう
なことは法律の目的に反すること論ずるまでもないので同条はかかる給付者の返還
請求権を否認したのである、その反射的効果として給付を受けた方に於てもその返
還を拒絶し得ることになるのであつて法は不正な受益者の受益の留保を積極的に保
護しその返還義務までも免除したものとは到底認められない、そのことは同条但書
によつて不法原因が受益者側にのみあるときは、返還義務あることを明示している
ことによるも明かである、又不法受益者が任意にその受益を給付者に返還した場合
には、これにより返還義務が消滅したことになるのである、若しそうでなく受益者
には初めから返還義務がないのであるとするならば返還した受益を更に不当利得と
して不法受益者において返還を請求することが出来ることになる場合も考えられる
ことになる、かくては、何ら不法原因によらないで不当利得した者でもその利得を
返還する義務があるのに不法な受益者に受益の留保を認めたことになり不合理な結
果になること明かである、それであるから不法な受益者に於てその受益を給付者に
返還することを約する契約(この契約の性質は受益者に於て不当利得返還債務を承
認してこの債務額、支払期日について具体的の定めを為す特約である)が有効であ
ること極めて明白である。
 されば原判決が本件売渡代金返還契約の有効なことを認定して上告人の抗弁を排
斥したことは相当である。
 ただし原判決の此の点に関する判断は措辞妥当を欠き理解に苦しむところである
が結論に於ては正しいので上告人の所論は採用する限りではない。
 よつて民訴第四〇一条第九五条第八九条により主文の通り判決する。
 (裁判長判事 石丸友二郎 判事 萩原敏一 判事 呉屋愛永)

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