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主文
1原判決中,主文第2項を破棄する。
2前項の部分につき,被上告人らの控訴をいずれも棄
却する。
3上告人のその余の上告を棄却する。
4第1,2項に関する控訴費用及び上告費用は被上告
人らの負担とし,第3項の部分に関する附帯控訴費
用及び上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人菊池史憲ほかの上告受理申立て理由について
1本件は,預金保険法附則7条1項所定の整理回収業務を行う上告人が,経営
破たんしたA銀行(以下「A銀行」という。)の取締役であった被上告人らに対
し,A銀行の株式会社B不動産(以下「B不動産」という。)に対する融資の際に
被上告人らに忠実義務,善管注意義務違反があったと主張して,商法(平成17年
法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)266条1項5号に基づく損害賠
償の一部請求として10億円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める事案
である。
2原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)当事者等
被上告人Yは,平成元年4月から同6年6月までA銀行の代表取締役頭取の地1
位にあった。被上告人Yは,平成元年4月から同5年6月までA銀行の代表取締2
役副頭取の地位にあった。被上告人Yは,昭和63年4月にA銀行の代表取締役3
副頭取に就任し,後記の追加融資が決定された平成2年2月当時は東京に駐在して
本州地区の統括業務を担当していたが,同年6月に取締役を退任した。被上告人
Yは,昭和62年12月にA銀行の常務取締役に就任し,平成2年2月当時は東4
京業務本部長を務めていたが,同年6月に取締役を退任した。
A銀行は,平成9年11月に経営が破たんし,同10年11月11日,株式会社
整理回収銀行に対し,A銀行の役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を売り
渡した。A銀行は,同年12月,内容証明郵便をもって,同債権譲渡の事実を被上
告人らに通知した。
上告人は,その前身である株式会社住宅金融債権管理機構が,平成11年4月1
日に株式会社整理回収銀行を吸収合併し,その商号を株式会社整理回収機構(現商
号)に改めた会社である。
(2)過振りの発生
アA銀行千葉支店は,昭和63年7月ころ,Cとの間で取引を開始し,その
後,Cの紹介で,B不動産とも取引を開始した。
イCは,平成2年1月10日(以下,月日のみを記載するときは,いずれも平
成2年である。)以降,ほぼ連日,B不動産振出しの小切手をA銀行千葉支店に持
ち込んだ。千葉支店の副支店長は,その都度,Cの要請に応じ,支払可能残高を超
えて振り出された他行を支払銀行とする当該小切手について,これを交換に回す前
に即日入金の上払い戻す処理を行った(以下,上記のような処理を「当日他券過振
り」といい,B不動産振出しの小切手につき千葉支店の副支店長が行った一連の当
日他券過振りを併せて「本件過振り」という。)。この払戻金の大半はB不動産の
上記支払銀行の預金口座に送金され,Cがその前日に持ち込んだ同社振出しの小切
手の決済資金に充てられた。このようにして過振り金額は次第に増加していき,2
月21日の時点では48億4000万円に達していた。この過振り金は,実質的に
はB不動産に対する与信であるが,その保全のための措置は何ら採られていなかっ
た。当時,C及びB不動産は,D社の株式の大量売買(いわゆる仕手戦)を行って
おり,過振り金はこの株式売買資金等に用いられた。
被上告人Y及び同Yは,東京業務本部を通じて千葉支店の支店長であるE支店43
長(以下「E支店長」という。)から報告を受け,同日までに本件過振りについて
認識した。千葉支店は,その後も同月26日までの間,B不動産振出しの小切手が
資金不足により不渡りとなるのを避けるため,連日,同額の当日他券過振りを行っ
た。
(3)被上告人らの対応等
ア被上告人Yは,2月22日,B不動産の代表者であるFと面談した。F4
は,過振りにつき陳謝し,A銀行に担保を提供すると述べた。被上告人Yは,同4
日,不動産鑑定士であるG鑑定士(以下「G鑑定士」という。)に対し,B不動産
の所有する12件の不動産(以下「本件不動産」という。)を至急鑑定するよう電
話で依頼した。その際,被上告人Yは,机上鑑定でよいから2日程度で返答して4
ほしいこと,時間がないので地上げ途上の物件を含めすべて更地評価でよいことな
どを伝えた。
イ同月23日朝,被上告人らは,電話会議の方法で,今後の対応につき協議を
行った。その際,B不動産から担保の提供を受けて過振り金相当額を同社に融資す
ることについて異論は出なかった。
ウ同月24日,G鑑定士から被上告人Yに対し,電話で,本件不動産の評価4
額合計は約155億円であるとの鑑定結果の報告があった。
同日午後3時30分ころ,Fが千葉支店を訪れ,E支店長らに対し,資金繰りが
苦しいので同月中にB不動産に20億円の追加融資をしてほしい,A銀行で融資が
できないなら他社に依頼するのでA銀行には担保提供できないなどと述べて追加融
資を強く要請した。
エ同月26日午前9時ころ,被上告人らが全員参加して臨時の会議(以下「本
件会議」という。)が開催された。被上告人Yは,本件過振りの経緯を説明した4
上,東京業務本部の案として,B不動産から本件不動産の担保提供を受けて,本件
過振り相当額の48億4000万円を同社に対して手形貸付けの方法で融資し,併
せて20億円の追加融資を行うことを説明した。その際,本件不動産の担保価値に
ついて,G鑑定士による評価額が約155億円であり,B不動産自身による評価額
が200億円であること,先順位担保権100億円を控除しても55億円から10
0億円は残ることなどが説明されたが,担保評価に関する資料の作成は間に合わ
ず,同席上では口頭の説明のみにとどまった。また,20億円の具体的な使途や返
済の見通し等について詳細な説明や資料の提供はなかった。
会議の席上では,20億円の追加融資に応じなければA銀行が担保を取得でき
ず,48億4000万円の保全ができなくなる,B不動産は3月にも不渡りを出す
可能性があるなどの意見が出された。協議の結果,B不動産から本件不動産の担保
提供を受けることを条件に,同社振出しの小切手が資金不足により不渡りになるこ
とを避けるため,A銀行がB不動産に48億4000万円の手形貸付けを行うこ
と,併せて同社に上限20億円の追加融資を行うことが決定された。この決定に対
し,被上告人らの中で異論を述べた者はいなかった。
オ同月26日,A銀行からB不動産に対して48億4000万円の手形貸付け
(以下「本件手形貸付け」という。)が行われた。これにより同社振出しの小切手
は決済されて不渡りを免れ,同日以降,A銀行において同社振出しの小切手による
他券過振りが行われることはなくなった。
また,A銀行は,B不動産の要請に応じ,本件会議の当日に5億円,翌27日に
3億円,翌28日に3億円,3月1日に3億6000万円,翌2日に2億5000
万円,同月8日に1億4000万円,同月12日に1億5000万円の合計20億
円の追加融資(以下「本件追加融資」という。)を実行した。B不動産は,それ以
降もA銀行に融資を要請したが,A銀行はこれに応じなかった。
(4)その後の経過等
ア本件会議の後,東京第二支店部の次長兼審査役であったHは,本件不動産に
つき,時価にA銀行の評価基準による一定の掛け目を乗じた担保価格から先順位の
被担保債権額を控除した価格(以下「実効担保価格」という。)を,当初は24億
5000万円,次いで38億円とする担保明細表を起案したが,時価ベースで計算
するようにとの被上告人Yの指示を受け,最終的に,時価から先順位の被担保債4
権額を控除した担保余力を51億8700万円∼78億4900万円とする担保明
細表を作成して被上告人らの決裁を得た。
イその後に実施されたA銀行内部の担保評価では,平成2年3月当時の本件不
動産の実効担保価格は約25億円とされ,同年5月の時点における実効担保価格は
約28億円とされたが,一部弁済を受けて本件不動産の一部につき担保を解除した
後の7月には,本件不動産の実効担保価格(上記一部弁済による回収分相当額を担
保を解除した不動産の実効担保価格とみて,これを残存する担保不動産の実効担保
価格に加えた額)は約18億円∼22億円とされた。
ウ本件手形貸付けに係る48億4000万円はいまだ返済されていない。本件
追加融資に係る20億円については,担保の実行等により一部回収されたが,貸付
残高12億6816万4671円について回収が困難となっている。
3第1審は,本件追加融資を決定した被上告人らの判断に取締役としての忠実
義務,善管注意義務違反があると判断して,遅延損害金請求の一部を棄却したほ
か,上告人の請求を認容した。これに対し,原審は,本件追加融資につき次のとお
り判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
G鑑定士による本件不動産の評価内容は正確性に欠けるが,短期間のうちに全国
に散在する12件の不動産の担保価値を把握する必要に迫られていたことに照らす
と,そのすべてについて実地調査その他の精密な検討を加えなかったからといっ
て,評価方法がずさんであったということはできず,その評価内容が不当に高額な
ものであったとは認められない。したがって,被上告人らが,G鑑定士による調査
結果を基礎として本件不動産に20億円を上回る担保余力があると判断したことが
取締役としての忠実義務又は善管注意義務に違反するとはいえない。また,本件不
動産について,平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも約35億円の担保
価値が認められていたことに照らすと,同年2月当時において,被上告人らが本件
追加融資額である20億円を上回る担保余力を見込んだことをもって判断を誤った
ということはできない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係によれば,A銀行は,本件過振りの結果,B不動産に対して48億
4000万円の無担保債権を有することとなり,その保全を図る目的でB不動産か
ら本件不動産の担保提供を受けようとしたところ,担保を提供する条件としてB不
動産に対する総額20億円の本件追加融資を求められたものであるが,B不動産
は,本件過振りによって得た48億4000万円を株の仕手戦等に費消していて,
過振りが継続されるか別途融資を受ける以外にはこれを返済する見通しがなかった
上,資金繰りが悪化して近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあったとい
うのである。本件追加融資は,このように健全な貸付先とは到底認められない債務
者に対する融資として新たな貸出リスクを生じさせるものであるから,本件過振り
の事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義に考えるべき被上告人らにとっ
て,原則として受け容れてはならない提案であったというべきである。それにもか
かわらず,本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば,それは,本件
追加融資の担保として提供される本件不動産について,仮に本件追加融資後にその
価格が下落したとしても,その下落が通常予測できないようなものでない限り,本
件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力
(以下,このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に
限られるというべきである。したがって,A銀行の取締役であった被上告人らとし
ては,本件不動産について,総額20億円の本件追加融資の担保として確実な担保
余力が見込まれるか否かを,客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があっ
たというべきである。
ところが,本件会議の席上で示された本件不動産の担保評価に関する判断資料と
しては,G鑑定士による評価額が約155億円であり,B不動産自身による評価額
が200億円であるとの口頭の報告があったにすぎない。しかも,G鑑定士による
評価額は,地上げ途上の物件も含めてすべてを更地として評価した場合の本件不動
産の時価であって,およそ実態とかけ離れたものであり,また,B不動産自身によ
る評価額についてもその根拠ないし裏付けとなる事実が示された形跡はうかがわれ
ない。それにもかかわらず,被上告人らは,他に客観的な資料等を一切検討するこ
となく,安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると
判断したものである。そして,前記認定事実によれば,本件追加融資の決定からわ
ずか5か月後には,本件不動産の実効担保価格は約18億円∼22億円程度にすぎ
なかったというのであり,この間,本件不動産について本件追加融資決定時には通
常予測できないような価格の下落があったこともうかがわれないので,本件追加融
資決定時において,本件不動産は,本件追加融資の担保として確実な担保余力を有
することが見込まれる状態にはなかったというべきである。なお,原審は,平成2
年6月に実施されたA銀行の内部調査でも本件不動産に約35億円の担保価値が認
められていたというが,上記2(4)の経緯に照らせば,これが客観的な実効担保価
格を示すものでないことは明らかである。
そうすると,B不動産に対し本件不動産を担保とすることを条件に本件追加融資
を行うことを決定した被上告人らの判断は,本件過振りが判明してから短期間のう
ちにその対処方針及び本件追加融資に応じるか否かを決定しなければならないとい
う時間的制約があったことを考慮しても,著しく不合理なものといわざるを得ず,
被上告人らには取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきで
ある。したがって,被上告人らは,商法266条1項5号に基づき,本件追加融資
によってA銀行に生じた損害を連帯して賠償すべき責任を負うところ,前記事実関
係によれば,本件追加融資により,回収困難となっている貸付残高相当額12億6
816万4671円の損害がA銀行に生じたことが明らかである。
5以上と異なる見解の下に,本件追加融資につき被上告人らの忠実義務,善管
注意義務違反を否定して上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判
決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中
被上告人らの控訴に基づいて第1審判決を変更した部分(主文第2項)は破棄を免
れない。そして,以上説示したところによれば,第1審判決中上告人の請求を認容
した部分は正当であり,上記部分についての被上告人らの控訴はいずれも棄却すべ
きである。
なお,その余の上告については,上告受理申立書及び上告受理申立て理由書に遅
延損害金の起算日に関する記載がなく,理由がないから棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中川了滋裁判官津野修裁判官今井功裁判官
古田佑紀)

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