弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
1 被告は原告に対し1550万円を支払え。
2 被告は原告に対しNTT会津若松支店への人事発令を速やかに履行せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 2項につき仮執行の宣言
第2 事案の概要等
 本件は,被告(以下,「被告会社」ということがある)に勤務する原告が,被告
会社に対し,①原告を被告会社会津若松支店に転勤させる約束があったとして,同
支店に転勤させるよう求めるとともに,②平成3年3月1日に被告会社に営業譲渡
される前の日本電信電話株式会社会津若松ネットワークセンタから宮城県仙台市内
の同社東北ネットワークセンタへの転勤を命じられ,同地に単身で赴任して以来,
単身赴任の早期解消を求めてきたにもかかわらず,7年1か月という長期にわたっ
て単身赴任を強いられたなどとして慰謝料等を請求した事案である。
1 基本的事実関係(当事者間に争いのない事実の他は,各文中の証拠による。)
(1) 当事者等
① 被告会社は,昭和27年8月に日本電信電話公社法の施行に伴い発足した日本
電信電話公社(以下「電電公社」という)が,分割民営化などの組織改編される中
で設立された会社である。電電公社は,昭和60年4月の日本電信電話株式会社法
の施行で民営化され,日本電信電話株式会社(以下,平成11年7月1日の再編成
以前の日本電信電話株式会社を「旧NTT」という)が,その時の電電公社の一切
の権利及び義務を承継した。旧NTTは,平成9年6月20日に公布された「日本
電信電話株式会社法の一部を改正する法律」による再編成により,その事業を,新
たに設立する東西地域会社及び長距離国際会社(以下「各事業会社」という)に営
業譲渡し,自らは各事業会社の株式の総数を保有する持株会社となることとなり,
平成11年7月1日,旧NTTは,持株会社である日本電信電話株式会社(現在の
NTT),被告会社(東日本電信電話株式会社),西日本電信電話株式会社,エ
ヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に再編成された(乙1)。
② 原告は,昭和41年3月31日,電電公社東北通信局に採用され,会津若松中
継所配属となったものであり,その後,上記の電電公社の分割民営化等の組織改編
に伴って,雇用主が,昭和60年4月から旧NTTに,平成11年7月から被告会
社に,順次承継されたものである。原告は,平成3年2月まで,会津若松市内の自
宅から通勤可能な旧NTT会津若松ネットワークセンタに勤務しており,職種も同
一であった。
(2) 転勤に係る就業規則,労働協約等の締結状況
① 旧NTTの就業規則は,電電公社時代からほぼ変わりがない。被告会社の就業
規則も同様である。配置転換については,「社員は,業務上必要があるときは,勤
務事業所又は担当する職務を変更されることがある」と定められている(乙3。被
告会社の社員就業規則60条,旧NTT社員就業規則55条,電電公社の職員就業
規則の第51条参照)。
② 旧NTTには,全国電気通信労働組合(以下「全電通」という)を前身とし,
平成10年12月に,その名称をNTT労働組合(以下,「NTT労組」という)
と改称したもののほか,5つの労働組合が組織されていたが,旧NTTの社員の大
半は,NTT労組に加入しており,NTT労組が多数組合であった。被告会社の社
員によって組織されている労働組合は,NTT労組のほか,3組合であるが,NT
T労組が,旧NTTの時代と同様,被告会社の多数組合となっている。なお,原告
は,電電公社に採用されてまもなく全電通の組合員となったものであって,平成1
0年12月以降は,NTT労組の組合員の地位にある。
 電電公社などの各経営主体と全電通やNTT労組との間で取り交わされた労働協
約等は,経営形態の変更に伴って修正等がなされた部分がないわけではないが,基
本部分に大きな変更はない。旧NTTは,昭和60年4月1日,全電通との間で,
「社員の配置転換に関する協約」を締結しており,これが,平成11年7月1日
に,被告会社とNTT労組との間で締結された「社員の配置転換に関する協約(1
1東中約第1号ー14)」に引き継がれている。
 それによれば,配置転換の対象者は,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事
情,経験,本人の希望,健康,通勤時間,住宅を総合的に勘案して選定することと
なっている(乙2,4)。
③ 電電公社,旧NTT及び被告会社は,また,多数組合に属さない社員も等しく
取り扱うため,各種の社内規定や通達を定めてきており,社員の配置転換について
も,それぞれ上記協約と同趣旨の通達により社内的に等しい取り扱いをしている
(乙5)。
(3) 原告に対する転勤命令
 原告は,平成3年3月1日,宮城県仙台市内に所在する東北ネットワーク技術セ
ンタに配置転換を命じられ(以下,上記命令を「本件配転命令」と,それによる転
勤を「本件転勤」という),会津若松市内の自宅に妻子を残して単身赴任して以
来,平成10年3月まで7年1か月間,同所で勤務していた。
2 主な争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 主な争点
① 配置転換請求
 原告を被告会社会津若松支店に配置転換するとの合意の有無,及び,上記合意に
基づく人事発令履行請求権の存否。
② 人事権の濫用
 被告会社の人事権濫用の有無。
③ 損害等
 原告が7年1か月間単身赴任を強いられたことを理由とする損害賠償請求権の存
否,及び,損害額。
(2) 原告の主張
① 配置転換請求について
 原告と旧NTT及び被告(以下,両者を併せて「被告会社等」ということがあ
る)との間には,原告を会津若松支店に配置転換させるとの合意があった。すなわ
ち,原告の本件転勤は,人材育成のための転勤であって,原告の所属する組合と旧
NTTとの間で,この時,人材育成のために配置転換された社員については,おお
むね3年の育成期間を経過すれば,希望の勤務地に戻す,「還流」という人事を行
う旨の合意がなされていたものであり,原告についても,おおむね3年の育成期間
を経過後は,原告の希望する勤務地へ転勤させることになっていたものである。労
使の間に,上記の合意があったことは,全電通東北地方本部(以下,(東北地本」
という)から配られた文書(甲6)に,技術センタ等へ異動した社員について,会
社側とイメージ合わせをしたとして,「育成メニューが終了した時点をとらえ,積
極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」とあったことからして明らかであ
る。
 原告は,旧NTTに対して,単身赴任はできないとの意向を表明し,ルールに従
って,労使の配転協議の結果を不服とする苦情解決請求書を提出していたところ,
旧NTTは,原告を忌み嫌い,育成期間が終了した時点において,原告が会津若松
支店への配置転換を希望しているにもかかわらず,還流人事の対象から一方的に外
して,上記の合意を履行せず,被告会社に移行してからも,被告会社は,旧NTT
と同様に上記の合意を履行しなかった。
 よって,原告は,被告会社に対し,上記合意に基づいて,原告を速やかに被告会
社会津若松支店へ配置転換させる人事発令をなすよう求める権利を有する。
② 人事権の濫用について
 被告会社等は,本件転勤からおおむね3年が経過した時点で原告を希望の任地に
配置転換する義務があったにもかかわらず,本件転勤を不服としてきた原告に対す
る報復として,以下に指摘するような差別人事を強行し,原告を希望の任地に配置
転換せず,7年1か月という長期にわたって単身赴任を強いた。これは,被告会社
等による人事権の濫用である。
a 原告を還流人事から外す工作
 原告は,平成6年3月,所属する組合から,会社側より,現在の所属のままで営
業の研修を6か月間受けることを条件に前勤務地の支店に戻す,という人事の提示
があったので,会社側より原告へ意思確認があるはずだ,という連絡を受けた。そ
して,原告は,仙台ネットワーク技術センタ所長などから,5回にわたって,上記
研修に参加するよう求められたものの,その際に,会社側から,労使間の「平成6
年度還流実施にあたっての基本的な考え方」という合意に基づいて,上記の営業研
修が設定された(以下,この研修を「本件営業研修」という)と説明されなかっ
た。原告が,労使間の合意の下で,本件営業研修が設定されたことを知っていれ
ば,これを断るはずはなかった。なぜならば,原告の立場からしても,本件営業研
修を断れば,一般人事扱いとされ,単身赴任解消の見込みがなくなるのは明らかだ
からである。
 しかるに,旧NTTは,原告を還流人事からはずすべく策を弄し,原告が研修に
参加するか,その意思を確認するなどとして,その際,「研修期間は6か月を超え
るかも知れない。」,「支店に戻すにあたっては研修の成果如何による。」などと
言って,原告の本件営業研修受諾の意思表明を妨げるような挑発的,高圧的な態度
で臨み,しかも,本件営業研修が労使の合意の下に設定されたことを説明せず,原
告が一方的に本件営業研修への参加を拒否したと宣言して,原告を還流人事の対象
から外したものであって,これは,報復人事というに他ならない。
b 原告が行った人権擁護委員会への救済申立てに対する被告会社等の働きかけ
 原告は,単身赴任の解消の申し入れをしてきたが,単身赴任の解消に向けた人事
がなされなかったため,平成8年12月26日,仙台弁護士会の人権擁護委員会に
人権救済の申立てをした。原告は,平成9年2月1日,全電通会津若松分会委員長
から,会社より,「人事のテーブルにのった(会津若松支店長が了承した)ので,
仙台での動きは止めて欲しい。」という趣旨の情報を得たので,上記人権救済の申
立ての保留を願い出て,会社の出方を待ったが,同年3月期の人事異動はなく,さ
らに1年間,単身赴任を余儀なくされた。
 旧NTTは,組合を通じて,原告が,人権擁護委員会へ救済の申立てをしたこと
を知っていたはずであり,旧NTTが具体的に原告の人事異動に向けて動いていた
ことなどからすれば,旧NTTは,組合を通じて,原告に上記救済の申立てを取り
下げるように働きかけをしたものである。しかも,旧NTTは,単身赴任の解消に
向けた人事をせず,原告の期待を裏切った。
c 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令
 旧NTTは,原告に対して,7年1か月もの単身赴任を強要した後,本来,会津
若松支店に転勤されなければならない原告に対し,暗に,長距離通勤を強いられる
郡山支店への転勤を示唆しつつ,原告1名のみの研修を課し,「研修中の言動,態
度などによっては地域への発令は行わない。」などという原告の人格を踏みにじる
ような脅迫をして,見せしめのような研修を受けさせた上,郡山支店に配置転換す
るという懲罰的な人事を行った。
 旧NTTは,3か月の研修が主流になっていた当時に,原告のみを対象とした研
修を設定したものであるが,研修の内容は,これまでの人材育成期間中に知識技能
を身につけてきた原告にとってほとんど意味があるものではなかったもので,これ
は,見せしめというに他ならない。さらに,旧NTTは,人事は研修の成果いかん
によるという趣旨の文書を原告に突き付けて脅迫し,単身赴任の解消を優先的に考
えなければならぬ原告をして,この提示を受けざるを得ない状態にした。その上,
本来,会津若松支店への人事発令をすべき原告に対し,郡山支店への懲罰的な人事
発令をしたものである。
③ 損害等について
 原告は,上記②に述べたような旧NTTの人事権の濫用により,7年1か月もの
間,単身赴任を強いられ,妻や思春期にあった子らと長期間別居生活を強いられ,
二重生活により多大な経済的な損失を被るとともに,精神的にも苦痛を強いられ
た。原告は,妻との家事や育児の分担上,毎週末には自宅に帰っていたものであ
り,自宅との行き来にかかった費用,その他,二重生活に伴って増加した生活費等
は,月額にして10万円を下らない。原告は,旧NTTの本件配転命令自体を争う
ものではないが,人事権の濫用により,結果的に7年1か月間単身赴任を余儀なく
されたものであるから,85か月分の生活費相当額850万円,並びに,7年1か
月もの長期にわたって単身赴任を強いられたことによる慰謝料として700万円の
合計1550万円の支払を求めることができる。
(3) 被告会社の主張
① 配置転換請求について
 旧NTTは,社員の配置転換に関して,全電通との間で「社員の配置に関する協
約」と題する労働協約を締結する一方,「社員の配置転換について」という社内通
達を制定し,配置転換の対象者については,「本人の適性,業務の必要度,家庭の
事情,経験,本人の希望,健康,通勤時間,住宅等を総合的に勘案して選定する」
こととしている。
 原告に対する本件配転命令は,会津若松ネットワークセンタの廃止に伴う必要や
むを得ないものであり,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事情,経験,本人の
希望,健康等を総合的に勘案したものであって,上記労働協約等に沿った適正,妥
当なものである。
 旧NTT東北支社と東北地本との間では,会津若松ネットワークセンタ等から配
置転換される労働者につき,「本人の技術修得状況,出身地域等の希望,適性等を
見つつ受け入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,積極的に人事交流を図ってい
くこととする。」という合意をしたが,本人の希望する勤務地に転勤させるという
意味の合意はしていない。上記合意につき,組合側は,「育成メニュが終了した時
点をとらえて積極的な人事交流を図り本人の希望充足を行う」という合意をしたと
いう文書を作成しているが,ここにいう本人の希望の充足とは,業務の都合を前提
として可能な範囲で本人の希望の充足を図るという趣旨と解すべきである。被告会
社等は,原告に対し,元の勤務地に戻すというような約束はしておらず,被告会社
会津若松支店に配置転換せよとの請求は認められない。
② 人事権の濫用について
 被告会社等は,原告に対し,労使間のルール及び旧NTTの人員配置の必要性に
基づき適法かつ適正に人事権を行使してきており,原告に対し,懲罰的な意図で差
別人事を行ったようなことは全くない。また,原告が,7年1か月間にわたって単
身赴任をしてきたのは事実であるが,被告会社等は,単身赴任者に対し,相応の手
当等を支給してきており,過酷な状況に置いたものではなく,人事権を濫用したと
いうような原告の主張は全く認められない
a 原告を還流人事から外す工作について
 旧NTTは,各種技術の修得等を中心とした人材の育成を図りつつ,事業部間交
流人事を含めた「還流」人事を実施しながら,健全な事業運営の確立及び社員の働
き甲斐の向上を図る事業運営を推進してきたものであって,平成6年度の「還流」
人事の実施にあたり,その対象者等を営業部門等へ配置するため,それらの者に対
し即戦力となり得るような本件営業研修を実施することは,業務運営上必要不可欠
であったものである。
 旧NTTは,還流予定の社員全員に対し,「平成6年度還流実施にあたっての基
本的考え方」を説明して,研修への参加を求めており,原告を還流人事の対象から
外すよう工作したというようなことは全くない。このことは,会社側で,原告に対
し,何度も本件営業研修に参加するよう働きかけをしていることからしても明らか
である。なお,原告は,本件営業研修が労使の合意に基づくものとは知らなかった
というが,原告は,組合側から本件営業研修への参加が求められるという情報を得
ていたものであるから,そのようなはずはない。
 そして,原告は,原告を還流人事の対象とするために会社側から本件営業研修に
参加するよう求められていることがわかっており,本件営業研修に参加しなけれ
ば,還流人事の対象から外されるというようなことを聞き及びながら,これに参加
しなかったものである。これは,原告自らが選択した結果であって,旧NTTに非
難される点はない。
 旧NTTは,原告が,本件営業研修に参加しなかったことから,還流人事の対象
から外さざるを得ず,一般の人事の対象とせざるを得なかったものであり,これ
は,会社の人員配置の必要に基づく一般的な人事の扱いであって,原告に対し懲罰
的な人事権を行使したことにはならない。
b 原告が行った人権擁護委員会に対する救済申立てに対する被告会社等の働きか
けについて
 旧NTTは,原告が人権擁護委員会に対し救済申立てをするといっているという
趣旨の情報を得ていたが,具体的な申立てをしたかどうかを知り得る立場になく,
組合を使って,申立ての取下げを慫慂したことなどは全くない。原告は,会社が,
組合とは違う立場に立つことを無視して,単に憶測で主張しているに過ぎない。
c 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令について
 旧NTTは,東北地本から原告の単身赴任の解消に向けた人事異動の要請を受け
て,業務上の必要性に基づく人員配置の必要性や原告の家庭の事情等も総合考慮し
て(単身赴任のみの解消を目的とする人事異動はあり得ない),原告に対し,配置
転換に伴って必要な営業関係業務の知識,技術修得に向けたスキル転換研修を実施
したものである。そして,上記の研修により,原告が営業関係の業務に従事し得る
状態になったことを踏まえ,郡山支店であれば,その市場性に照らし,業務上の必
要性もあるし,同支店であれば,原告が自宅から通勤することも可能と考え,平成
9年10月1日,原告に対し,郡山支店の営業部門(ヘルプデスク担当)勤務を命
ずる発令をしたものであり,原告に対する人事上の取扱いは,労使間のルール及び
旧NTTの人員配置の必要性に基づき適法かつ適正に行ってきたものであって,何
らの問題はない。
③ 損害等について
 上記のとおり,被告会社等は,原告に対し,労使間のルールや旧NTTの人員配
置の必要性等に基づいて,適法かつ適正に人事権を行使してきたものであって,人
事権の行使が濫用にわたるというようなことは全くない。原告が,7年1か月間に
わたって単身赴任をしてきたのは事実であるが,被告会社等は,単身赴任者に対し
ては,相応の手当等を支給してきており,過酷な状況に置いたものではないから,
原告の損害賠償の請求も棄却を免れない。
第3 争点に対する判断
1 本件の背景事情
 当事者間に争いのない事実に,各文中の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次
の事実が認められる。
(1) 旧NTTの経営状況等
① 旧NTTは,民営化以降,事業者間の競争が一層激しさを増す中で,財務基盤
を強化し,顧客に対しては低廉な価格でより良いサービスの提供を行うとともに,
株主に対しては安定的な配当を行う,そして,社員に対しても労働条件の向上を行
うことを目標に,様々な効率化施策,合理化施策を実施してきた。具体的には,営
業窓口の統廃合を実施したほか,ディジタル化の推進,新オペレーションシステム
等の導入など設備管理・保守業務の見直し,電子番号案内台の改良,広域受付体制
の拡大など番号案内業務の見直し及び番号案内業務の全面委託化などを行うととも
に,設備保守等業務のグループ会社への移管,社員の新規採用の抑制,希望退職の
募集などを進めてきた。
 また,マルチメディア時代に向け,NTTグループ全体としての成長・発展を目
指し,経営の人的・物的資源をマルチメディア分野・国際分野へシフトし,経営基
盤の確立と雇用の確保・創出を図ることを目的とし,マルチメディアに向けた業務
運営の変革にも取り組んできた。
② また,旧NTTは,昭和61年に,事業部制を導入し,地域通信事業部とネッ
トワーク事業部等を設け,東北地域においては,地域通信事業部を統括する東北支
社(東北6県の各支店・営業所を統括)とネットワーク事業部(平成4年に組織形
態の見直しが実施され,長距離通信事業部となった)を統括する東北ネットワーク
支社(後に,東北ネットワークセンタと改称)を置いた。
 そして,ネットワーク事業部においても,種々の合理化施策等を実施してきた
が,平成元年に,電気通信市場において,中継系他事業者が相次いでサービスを開
始した結果,競争が日増しに激しさを増すと同時に,通信利用の高度化・多様化の
ニーズが一段と高まり,通信網のディジタル化の一層の促進により,網のシンプル
化,信頼性の向上を図り,アナログ主体の事業運営からディジタル化に即した事業
運営へ移行していくことが不可欠となっていた。
(なお,旧NTTは,上記のような経営の合理化を進めた結果,昭和60年度末の
時点で約1600あった支店が,平成9年度末で約90に,昭和60年度末の時点
で約1300あった交換機の有人保守拠点が,平成9年度末で約60にそれぞれ減
少したほか,社員数も民営化時点(昭和60年4月1日現在)の約31万4000
人から,平成9年度末で約14万5000人となっている。)
(2) 原告に配置転換を命ずるまでの経緯
① 旧NTT東北支社は,ネットワーク事業部制の見直しを図り,ZC(=中継交
換機が設置される交換局をいう)による管内一元管理体制を確立するため,東北地
本と協議を重ねた結果,平成元年12月26日,地方経営協議会(全電通との労働
協約に基づいて,地方支社等の長の権限に属する重要な課題について,地方支社等
の会社側委員と組合側委員とが論議する場をいう。)において,「ネットワーク事
業部における今後の施策の展開について」という業務運営改善施策(以下,「本件
施策」という)について合意した(乙8)。
 本件施策は,ZCによる管内一元管理体制を確立するというものであり,これに
より,非ZC交換局は廃止されることとなり,その当時,原告が勤務していた会津
若松ネットワークセンタは,いわき,郡山にあったネットワークセンタとともに廃
止され,福島ネットワークセンタに統合されることになった。
② 東北ネットワークセンタは,本件施策の実施に伴い,多数の社員の配置転換が
必要となることから,本件施策につき,社員の理解を得ることが必要と考え,廃止
予定のネットワークセンタなどに,東北ネットワークセンタ所長を派遣し,そこに
勤務する社員との対話集会などを開いた。会津若松ネットワークセンタでは,平成
元年5月と平成2年7月に対話集会が開かれた。
③ 旧NTT東北支社及び東北ネットワークセンタは,平成2年7月頃,東北地本
に対し,本件施策の実施に伴う配置転換スケジュールを具体的に説明し,その了解
を得た上で,廃止ネットワークセンタ等の社員に対する配置転換にかかる希望調査
を行い,配置転換計画の策定を行うことにした。東北地本と取り決めた配置転換の
スケジュール等は次のとおりである。
会社は,平成2年8月28日から8月31日までの間に,配置転換予定者に対し配
置転換にかかる希望調査を行って,配置転換計画を策定する。なお,会津若松ネッ
トワークセンタの社員の配置転換先は,福島ネットワークセンタ(所内・企画・総
務部門),東北ネットワーク技術センタ,東北ネットワークセンタ(所内部門)の
3か所とすることとし,希望先に順位を付した書面の提出を求めて希望調査を行
う。会社は,同年9月10日から9月28日までの間に,東北地本と配置転換協議
を実施し,その上で,配置転換予定者に対しては,同年10月上旬までに事前通知
を行う。
 東北ネットワークセンタは,上記スケジュールに基づき,平成2年8月22日,
会津若松ネットワークセンタにおいて,配置転換に伴う希望調書の記入方法に対す
る社員説明会を開いた。同説明会には,原告も出席した。
④ 同月28日から希望調査が行われたが,原告は,これまで単身赴任はできない
という意向を表明してきており,希望調書の配置転換先はいずれも単身赴任を余儀
なくされる場所であったことから,番号を付することはできないと考え,同月29
日,同人の上長である会津若松ネットワークセンタ回線運営課長に対し,配置転換
先の希望欄には何も記入しないまま,希望調書を提出した。そのため,同課長は,
上記希望調書を受理せず,原告に対し,希望欄に順位を付した希望調書を提出する
よう求めた。原告は,同年9月3日,やはり希望欄には順位を記入せず,余白欄に
配置転換先として指定されていない「福島ネットワークセンタ会津若松サービス担
当(仮称)(会津若松に事業所を置く)」などと記載し,備考欄に,「家庭の事情
により遠距離通勤,単身赴任は全く不可能です。従って,希望欄に記載した事業所
に職場を確保していただきたい。」と記入した希望調書(乙10)を提出した。
 会津若松ネットワークセンタ所長は,原告に対し,余白に記入した希望先は希望
として認められない,希望先はないものとして配置転換先を決定せざるを得ないと
伝え,希望調書を受け取ることとしたが,その際,原告は,分かったと答えた。
⑤ その後,東北支社と東北地本との間で,上記配置転換に関する協議が行われ,
会津若松ネットワークセンタ所属の社員のうち29名が協議の対象となった。協議
の結果,29名のうち配置転換先を東北ネットワーク技術センタと決定された者
は,原告を含め7名,東北ネットワークセンタと決定された者は1名,福島ネット
ワークセンタと決定された者は10名,山形ネットワークセンタと決定された者は
2名である。その余の9名については,各社員の人道上の理由が勘案されて配置転
換先に配慮がなされた。
⑥ 旧NTT東北支社は,東北地本との間で,本件施策の実施に伴う配置転換協議
を実施していた際,東北地本から,会津若松ネットワークセンタ及びいわきネット
ワークセンタの組織統合に伴い配置転換された人員に対する今後の取り扱いについ
てどのように考えているのか確認を求められ,その結果,同年9月28日,東北地
本との間で,以下の事項(地方交渉等記録書抜すい(2東記第2003号。乙1
1))について合意するに至った(以下,ここで確認された事項を「本件確認事
項」という)。
「〔流動後の扱いの基本的な考え方〕
 ネットワーク事業部における今回の施策実施に伴う人員流動は,業務移行,人材
育成などを勘案し,ZCネットワークセンタ,東北ネットワーク技術センタ等とし
ており,流動後においては,ネットワークセンタの自主的,自己完結的な業務運営
にふさわしい企画,戦略的業務への参画,ネットワーク事業活動の充実等を図ると
ともに,ディジタル化の進展に即した実践に強い各種技術者の育成を図っていくほ
か,NTTとして今後一層必要となるISDN関連技術者,システム技術者,シス
テム技術者及びネットワーク技術者等の育成を積極的に図っていく考えである。
 このため,別紙育成メニュー等のとおり,ネットワークセンタにおけるOJTの
充実に努めるとともに本社等への業務参加を積極的に推進していくほか,東北技術
センタにおいても一層の充実を図っていく考えである。
 また,その後において,本人の技術修得状況,出身地域等の希望,適性等を見つ
つ受入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,積極的に人事交流を図っていくこと
とする。(以下,略)」
⑦ 東北地本は,旧NTT東北支局との間で,上記の確認がなされたことにつき,
組合員らに対し,同年9月28日付け「地方本部NW連絡13号」という文書(甲
6)で報告した。同文書は,「地方労使間において,平成2年度施策に伴う配置転
換協議を取り組む前段の論議を行い,以下のイメージ合わせを行った。」とするも
ので,「技術センタ等へ移動した社員の扱いについて-育成メニューが終了した時
点をとらえ,積極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」というイメージ合わ
せをした旨の報告がなされている。
⑧ 平成2年11月13日,原告は,「平成3年2月22日付で,下記のとおり発
令することに決定したから通知する。発令事項 平成3年3月1日 東北ネットワ
ーク技術センタ 職掌 機械 担務内容 別途説明会等を開催のうえ決定する」と
いう内容の事前通知書(乙13)を受領した。
(3) 事前通知に対する原告の対応
① 被告会社では,(a)労働協約及び就業規則の適用等の事項についての苦情に
関わる苦情処理制度,(b)配置転換の事前通知に関わる簡易苦情処理制度の2つ
を置いている。上記(a)の苦情処理制度は,電電公社の制度が引き続き適用され
ているものであり,当時電電公社に適用されていた公共企業体等労働関係法第12
条の「公共企業体等及び組合は職員の苦情を適当に解決するため公共企業体等を代
表する者及び職員を代表する者各同数をもって構成する苦情処理共同調整会議を設
けなければならない」との規定を受けて昭和28年に電電公社と全電通が締結した
「苦情処理に関する協約」に基づく制度が引き継がれ,現在に至っているものであ
る。
 簡易苦情処理制度については,昭和30年に電電公社と全電通との間で締結され
た「簡易苦情処理に関する協約」が元となっており,その後,昭和60年の民営化
の際には,昭和60年4月1日付をもって,旧NTTと全電通との間で「簡易苦情
処理に関する協約」が締結され,旧NTTの再編成後においても,その主旨が変わ
ることなく,被告会社とNTT労組との間の協約に引き継がれている。これも,前
同様,使用者側委員と労働者側委員で構成される(乙6,7)。
② 原告は,同年11月16日,事前通知に不服があるとして,東北支社と東北地
本との間に設置していた簡易苦情処理委員会に対し,「平成2年11月13日付事
前通知に関して」との件名で苦情申告書(乙14)を提出したが,同年12月21
日,同委員会において,「事前通知の内容を是とする」旨の苦情判定が出された
(乙15)。
 原告は,その後も数度にわたり,配置転換に伴う事前通知に対し,苦情申告書を
会津若松ネットワークセンタ職場苦情処理委員会に提出したが,いずれも受理され
なかった。
 原告は,平成3年1月21日,会津若松ネットワークセンタ所長に対し,本件施
策に伴う事前通知の撤回等を求める旨の要望書を送付した(甲1,乙16,17)
(4) 原告に対する配置転換命令
 会津若松ネットワークセンタ所長は,平成3年2月22日,原告に対し,平成2
年11月13日付事前通知に基づく人事発令を行い,原告は,平成3年3月1日宮
城県仙台市に所在する東北ネットワーク技術センタ,システム開発部門ソフト開発
担当勤務となり,主に,ソフトウェア技術の修得,支援業務等に従事することとな
った。本件配転命令の当時,原告の妻は,旧NTT会津若松支店に勤務しており,
二人の子どもは,中学校と高等学校に在学していた。原告は,本件配転命令によ
り,平成3年3月1日,福島県会津若松市内の自宅に妻子を残して,単身で,宮城
県仙台市の東北ネットワークセンタ技術センタに赴任して勤務することになった。
(5) 東北ネットワーク技術センタにおいて行われた還流人事について
① 東北ネットワーク技術センタは,ディジタル化の進展に即した実践に強い各種
技術者を養成するとともに,将来一層必要となるISDN関連技術者やネットワー
ク営業技術者として働けるよう人材の育成を行い,各種の技能を身につけた人材を
各地域のネットワークセンタに配置してネットワーク事業部の営業活動等を充実さ
せていくことを目的の一つとしていた。
 東北ネットワーク技術センタは,本件施策の実施に伴い,同センタに勤務するこ
とになった社員については,本件確認事項に沿って,本人の技術修得状況,出身地
域等の希望適性等を見つつ,受入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,東北6県
の各ネットワークセンタ及び地域支店等との人事交流を積極的に図っていくという
「還流」と称する人事交流を行っていくこととしていた。
② 平成5年当時,電気通信事業における競争は熾烈を極めており,旧NTTは,
度重なる料金値下げを実施したが,それでもシェアの低落傾向が続くという非常に
厳しい経営状況にあった。東北支社では,(a)多様な顧客ニーズに応えた販売・
保守面でのキメ細かなサービス提供によるシェアの確保・拡大,(b)市場動向・
競争状況の急速な変化や進展に対する機敏な対応,(c)業務運営体制の見直し・
改善など,積極的な攻めの事業運営により,経営基盤を確立したいと考え,具体的
には,営業・販売部門,設備運営部門,通信機器事業部門等,ほぼ全部門において
経営改善施策を実施し,販売拠点や営業窓口拠点の統廃合,「116」受付体制の
見直し,保守拠点の見直し等を含む諸施策を展開しようとしていた。
③ 平成6年3月17日,東北支社及び東北ネットワークセンタは,これまでに行
ってきた「還流」を含む人事交流の実施についての考え方を「平成6年度 還流実
施にあたっての基本的考え方」と題する書面(乙26)にまとめ,東北地本との間
で,確認した上,同書面に沿った合意をした。合意された内容は,(a)「還流」
の実施にあたっては,本人の技術修得状況(即戦力となり得る技術の修得状況),
出身地域,希望,適性等を見つつ,当該非ZCネットワークセンタが所在していた
商圏内の支店への人事交流を実施していく,(b)平成6年9月には新たな経営改
善施策の実施が予定されていることから,「還流」の実施時期については,同施策
実施以降,順次実施することとし,配置部門は営業(通信機器営業を含む)又はシ
ステム営業とする,(c)配置先支店等において戦力となり得るよう,必要な育成
について,計画的に実施する,というものであった。
 当時,東北ネットワーク技術センタは,同センタにおける人材の育成期間がおお
むね3年を経過していたことから,平成6年度末を,人材育成と「還流」の最終年
度と捉えていた。そして,新たな経営改善施策の実施との係わりから,還流人事の
対象者には,今後,従事することが予定されている営業業務について即戦力になる
力を身につけさせなければならないとの方針に立って,平成2年に締結した地方交
渉等記録書抜すい(乙11)に係る合意を完結する補完策として短期的な営業業務
研修を行うことにした。これは,「還流」対象者に対し,同年4月7日から同年8
月末日までの約5か月間に,3パターンの業務研修のいずれかを受けさせるという
ものであった(乙27の1,2,3)。
 東北ネットワーク技術センタにおいては,「還流」人事の対象者11名に対し,
本件営業研修の趣旨を説明し,研修への参加確認を行うため,社員各自と話し合い
をした。
④ 原告は,本件営業研修に参加しなかった。
⑤ 平成6年5月16日,東北ネットワーク技術センタ所長は,本件営業研修に参
加しなかった原告を「還流」人事の対象として取り扱っていくことができないとい
う会社側の方針に基づき,原告に対しては,それまで行っていたソフトウェア技術
の育成等を継続するよりも,新たな還境のもとで,他業務の知識・技術を身に付け
させることが必要と考え,服務指定替をした。
 平成6年6月20日,原告は,東北ネットワーク技術センタ所長に対し,平成6
年度「還流」の人事実施にあたっての同所長らの対応経過等について説明を求める
旨の内容証明郵便(乙28)を送付した。これに対し,同所長等は,同月23日,
本件営業研修を企画した趣旨や本件営業研修への参加を求めた際の原告の対応経過
等について原告に説明し,会社としては,本件営業研修への参加を拒否したのは原
告だと判断していると伝えた。
 その後,同月24日,原告は,同所長に対し,上記内容証明(乙28)に対し文
書で回答を求める旨の内容証明郵便(乙29)を送付した。同所長等は,同月27
日,原告に対し,改めてこれまでの対応における同人の発言等から同人自身の意思
により「還流」人事の前提となる本件営業研修を拒否したと判断した経過を説明し
た。
⑥ 原告は,平成8年4月には,組織整備によって東北ネットワークセンタと東北
ネットワーク技術センタが統合されたことに伴い,東北ネットワークセンタデータ
ベース品質管理センタ勤務となった。
(6) 人権擁護委員会への救済申立て
 原告は,苦情処理委員会に対し,平成6年には,還流人事の実施に関する苦情解
決請求をしたほか,平成8年に入ってから,本人の意思を無視して長期の単身赴任
を強いるのは基本的人権の侵害ではないかという苦情解決請求をしてきたが,いず
れの申立てもすべて却下されてきたことから,平成8年12月26日,仙台弁護士
会の人権擁護委員会に対し,人権救済の申立てをした。しかし,その後,救済の申
立てを取り下げた(乙30ないし39,甲7,8)。
(7) 原告が郡山支店に転勤となった経過とその後の会社の対応について
① 原告の所属する東北地本は,平成9年初め頃,旧NTTに対し,原告等の要請
を受けて原告の単身赴任の解消を求め,東北支社及び東北ネットワークセンタに対
し,原告の自宅所在地(会津若松市)に所在する会津若松支店への人事異動を行っ
て欲しいとの要請をした。
② 東北支社及び東北ネットワークセンタは,原告一人について,営業関係業務の
知識・技術修得に向けたスキル転換研修を平成10年4月から郡山市に所在する福
島エキスパートセンタにおいて実施することを計画し,この間は,会津若松市内の
自宅から通勤してよいとしたところ,原告は,上記研修に参加した。
③ 上記研修が終了後の平成10年10月1日,原告は,郡山支店の営業部門(ヘ
ルプデスク担当)勤務を命じる人事発令を受け,現在も同支店で勤務している。原
告は,会津若松市内の自宅から同支店に通勤している。
(8) 単身赴任者に対する福利厚生
① 旧NTTにおいては,単身赴任者に対し,単身赴任手当(手当額は平成5年5
月に1万円から2万円に増額,平成9年4月に2万円から3万円に増額),帰郷実
費(単身赴任者の勤務事業所又は住所と帰郷地との間の往復に要する交通実費を支
給するもの,6か月に6回を限度とし支給)等を支給する制度を設けるとともに,
社宅希望者に対しては,単身者用社宅を提供するなどしていた。原告は,7年1か
月の単身赴任中は,仙台市内の単身者用の社宅を借りて生活していた。
2 争点1(配置転換請求)について
(1) 配置転換は,使用者の有する人事権の一つであって,被告会社のように長
期雇用システムを取っている会社において,配置転換という制度が,労働の調整,
職場の活性化,生産性の向上,人材の育成等の有用な機能を果たし,不可欠の人材
管理の施策となっていることは,公知の事実である。
 前記1(2)認定の事実によれば,原告は,会津若松ネットワークセンタの統廃
合に伴って,本件配転命令により平成3年3月1日仙台ネットワーク技術センタに
転勤となったものであるが,基本的事実関係の(2)①,②のとおり,旧NTTの
就業規則に,「社員は,業務上必要があるときは勤務事業所又は担当する職務を変
更されることがある」と規定がある上,「社員の配置転換に関する協約」にも,配
置転換の対象者は,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事情,経験,本人の希
望,健康,通勤時間,住宅を総合的に勘案して選定するとされていることからすれ
ば,被告会社等は,業務上の必要性があれば,個々の社員の同意なしに,社員に対
し,勤務地の変更を伴う配置転換を命じて,労務の提供を求める権限を有するもの
というべきである。原告も,本件配転命令そのものの有効性は争っていない。
(2) 以上を前提として,原告と被告会社等の間で,原告を被告会社会津若松支
店に配置転換するとの合意があったか否かについて検討する。
 前記1(1),(2)で認定したとおり,①会津若松ネットワークセンタ等の廃
止に伴う配置転換は,基本的に,技術革新の流れに対応した業務体制の確立策の一
貫として,技術の進展に即応した人材育成を目的とするものであって,配置転換に
先立って,会社側と組合側で配置転換された人のその後の処遇等について協議がな
され,協議の結果が本件確認事項としてまとめられ,②会社は,配置転換された社
員については,おおむね本件確認事項に沿った取り扱いをしてきており,平成6年
度に実施された本件営業研修を終えた者に対しては,本人の希望する勤務地に配置
転換しているものである。
 ところで,前記1(2)⑥認定のとおり,本件確認事項には,「本人の技術修得
状況,出身地域等の希望,適性等を見つつ,受け入れ先の要員状況等を総合勘案
し,積極的人事交流を図っていく」などと記載されているのみである。上記文書
が,会社側において,本人の希望に配慮しながらも,本人の技術の修得状況や適
性,受け入れ先の要員等も総合勘案して人事を行うという人事に関する会社の裁量
権を前提としていることは明らかである。本件確認事項のその他の記載部分を検討
しても,上記裁量権自体を否定することを示唆するような記載を見出すことはでき
ない。したがって,本件確認事項から,原告の主張するように,原告の所属する組
合と被告会社等の間で,おおむね3年の育成期間が経過すれば,原告の希望する勤
務地に転勤させる合意があったとの結論を導き出すことはできない。
(3) なお,原告は,東北地本から配られた文書(甲6)に,技術センタ等へ移
動した社員について,会社側とイメージ合わせをしたとし,「育成メニューが終了
した時点をとらえ,積極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」とあることか
らすると,労使の合意内容は,基本的に,組合が配布した文書に従って認定される
べきであり,組合と会社との間で,原告の主張する合意がなされたと主張する。し
かし,組合と会社との間で,原告の主張する合意がなされたのであれば,「おおむ
ね3年の育成期間が経過後は,希望の職場に戻す」と記載されるはずであるのに,
上記文書は,そのようにはなっていない。また,原告は,これまでに何度も上記の
ような考えに立って苦情処理の申立てをしているが,組合側の委員においても,会
社との間で原告が主張する合意があったことを前提とした対応を取った形跡は全く
窺われない。その他,本件全証拠を検討しても,会社と組合との間に,原告が主張
するような合意があったと認めるに足りる証拠を見出すことができない。
(4) したがって,被告会社等は,社員の希望を充足するよう努めつつも,
(1)で述べた原則どおり,就業規則や労働協約に従い,当該社員の技術修得状況
や適性や受け入れ先の要員状況等を総合勘案して,人員の配置を決定していくこと
ができるものというべきである。
(5) また,そもそも,従業員には,就労義務はあっても,雇用主に対し就労さ
せるよう請求する権利はないから,会社に対し,特定の事業所へ配置転換せよとの
人事発令をするよう請求する権利がないことは明らかである。
 よって,被告会社に対し,原告を被告会社会津若松支店へ配置転換せよとの人事
発令をするよう求める原告の請求は,いずれにしても前提を欠くことが明らかであ
って,採用の限りではない。
3 争点2(人事権の濫用)について
(1) 前記のとおり,被告会社等は,業務上の必要に応じ,その裁量により労働
者の勤務場所を決定することができるというべきであるが,被告会社等の配転命令
権は無制約に行使できるものではなく,これを濫用することが許されないことはい
うまでもない。原告が問題としている人事権の不行使という場合にも,不当な動
機,目的をもって,あえて人事権を行使しなかったというような場合や当該人事権
の不行使により労働者に対し,通常甘受すべき程度を超える特別の不利益を負わせ
る時など,特段の事情が認められるときは,当該人事権の不行使が権利の濫用とな
る場合があるというべきである。ただ,使用者は,基本的に業務上の必要に応じ,
その裁量により労働者の勤務すべき場所を決定できるものであり,ここにいう業務
上の必要性については,余人をもってしては容易に替え難いといった高度の必要性
のある場合に限定すべきではなく,労働力の適正配置,業務の能率の増進,労働者
の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する
点があると認められる限りは業務上の必要性が認められると解されていることなど
に照らせば(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号2
81頁,判例時報1198号149頁参照),当該人事権の不行使が権利の濫用と
なるのは,使用者が,上記のような人事に関する裁量権を逸脱したと認められる場
合に限られるというべきである。
(2) 原告を還流人事から外す工作について
① 証拠(甲12,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認めら
れる。
 平成6年3月23日,原告は,分会長から,「会社から,研修参加の意思確認が
なされる。条件面などで言いたいこともあるだろうが会社と話した結果を教えて欲
しい。」という電話を受けた。東北ネットワーク技術センタ所長らは,同日の午
後,原告に対し,本件営業研修に参加するよう勧めたが,原告は,労使間の協定で
希望の勤務地に戻してくれることになっていたはずだなどと述べて,本件営業研修
に参加する旨の意思を表明しなかった。同所長らは,原告を「還流」人事の対象者
とするため,同月24日,同月30日,同月31日にも断続的に話し合いの機会を
持ち,原告に本件営業研修に参加するよう勧めたが,原告は,研修に参加する旨の
意思を表明しなかった。その後,間もなく,原告の身内に不幸があり,原告が忌引
休暇を取得したため,研修開始日の前日である同年4月6日,同所長は,もう一
度,原告に対し,電話で,研修に参加するよう呼びかけたが,原告は,本件営業研
修に参加するとは述べなかった。
 その後,同月14日,既に,本件営業研修は始まっていたが,同所長は,仏事等
も終わって,気持ちも落ち着いた頃ではないかと考え,原告に対し,途中からでも
よいから本件営業研修に参加する気持ちがあるかどうか意向の打診をしたが,原告
は,参加するとは述べなかった。なお,原告は,本件営業研修に参加を求められた
際,会社側としては原告を還流人事の対象とするために本件営業研修への参加を勧
めていること,また,本件営業研修への参加を拒否すれば,還流人事の対象から外
されることを承知していた。
② 上記認定の事実によれば,東北ネットワーク技術センタ所長らとしては,原告
に対し,何度も本件営業研修に参加するよう働きかけをしているものであり,原告
が研修に参加しないよう工作したなどというようなことは,およそあり得ないとい
うべきである。
③ なお,原告は,会社は,組合との間で,「平成6年度還流実施にあたっての基
本的考え方」に係る合意をしていたのであれば,本件営業研修に参加を求める際
に,それが,会社独自のものではなく,組合の了承も受けていると説明をする義務
があったという趣旨の主張をしている。しかし,被告会社等は,組合の了承とは無
関係に業務研修を実施することができるのであるから,原告の主張するような説明
義務があるとはいえない。
 そもそも,原告は,本件営業研修が入ったという情報を組合側から入手した後,
東北ネットワーク技術センタ所長らからの本件営業研修への参加のあっせんを通じ
て,還流人事との関係で本件営業研修がどのように位置付けられていたかを十分に
把握し得たのである。原告においては,本件営業研修に疑義があって,納得できな
いところがあったのであれば,組合とも相談して,自らの対応を検討する余地が十
分にあったのであって,会社側が誠意を尽くして本件営業研修に参加するよう求め
ているのに,その趣旨をくみ取ることもなく,その他何らの対応策をも講じなかっ
たのであるから,その全責任は,原告に帰するものというほかはない。
 原告を還流人事から外す工作をしたとの原告の主張は,採用できない。
(4) 原告が行った人権擁護委員会への救済申立てに対する被告会社等の働きか
けについて
 原告は,旧NTTは,組合を通じて,原告が,人権擁護委員会へ救済の申立てを
したことを知っていたはずであり,旧NTTが具体的に原告の人事異動に向けて動
いていたことなどからすれば,旧NTTは,組合を通じて,原告に上記救済の申立
てを取り下げるように働きかけをしたに違いないという趣旨の主張をしている
 しかしながら,被告会社側は,原告の種々の申立てに対し,会社として人事権を
適切に行使しており濫用にわたることはないという姿勢を一貫して取ってきている
のであって,このような姿勢を取ってきた会社が,原告が主張するようなことをす
るとは考えにくい。結局,原告の主張するところは,組合側が円満に交渉をまとめ
るためには,穏便な方法を取った方が得策ではないかといった助言をしたのを,会
社と組合の立場の違いも考えずに,背後で会社が動いたに違いないと曲解した,根
拠のない憶測としかいえないものであり,その他,本件全証拠によっても,原告が
主張するような結論を裏付けるに足りる証拠を見出すことはできない。
 この点に関する原告の主張は採用できない。
(5) 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令について
 前記2(2)で認定したとおり,旧NTTは,労働組合との間で,本件施策の実
施に伴って配置転換された者について,配置転換の目的等に照らし,人材の育成が
ある程度進んだ配置転換後3年を過ぎた時点で,基本的に新たに修得した知識,技
術を生かして,希望任地で新たな業務に従事できるよう還流という人事政策を採用
して,還流人事の前には,短期の営業等の関係の研修プログラムを用意し,研修を
受け終わった者については,希望任地に配置転換するという方針で人事を行ってき
た,しかるに,原告は,会社の勧めにもかかわらず,この研修を受けなかったとい
うのであり,その結果,会社側は,原告を人材育成のメニューを終えた者として取
り扱うことができず,還流という人事の対象から外さざるを得ず,以後,会社は,
還流という特別の人事政策の外側で,個別に,原告の人事をなさざるを得なかった
のである。
 そして,前記1(7)認定の事実によれば,会社は,原告の要請を受けた東北地
本から,平成9年初め頃,原告の単身赴任の解消を求めて自宅所在地(会津若松
市)に所在する会津若松支店への人事異動を行うよう要請を受け,原告に対し,そ
のために必要な営業関係業務の知識・技術修得に向けたスキル転換研修を平成10
年4月から郡山市に所在する福島エキスパートセンタにおいて実施する旨の計画を
立てたところ,原告は,この研修には参加したこと,が認められる。
 この点,原告は,郡山支店への配置転換前に原告が受けた研修の内容は,これま
での人材育成期間中に知識技能を身につけてきた原告にとってほとんど意味のある
ものではなかったもので,これは見せしめというに他ならないと主張し,そもそ
も,人材育成を目的とした配置転換後,既に3年も経っている原告をはじめとする
還流人事の対象者は,実務の中で仕事を覚えれば十分であって,本件営業研修の必
要はなかったというような陳述もしている。
 しかし,会社としては,還流人事により,これまで営業の仕事に従事したことの
ない社員を営業職として配置していく人事計画を実行に移そうとしていたものであ
るから,実践に出る前に相応の技能を身につけて即戦力として稼働してもらいたい
と考えるのは,けだし当然であって,かような意味合いで設けられた研修が,会社
の人事政策上意味をなさないとは認められない。そして,原告は,会社側の度重な
る説得にもかかわらず,上記のような趣旨で設定された本件営業研修に参加しなか
ったのであるから,その後,営業の研修未了者と扱われてもやむを得ないというべ
きであるし,会社が,本件営業研修を受けた者との処遇の均衡等の配慮に照らし
て,営業職に配置転換する前の原告に対し,営業関係の研修への参加を求めたの
は,会社の人事上の措置としては合理的な裁量の範囲内のことであって,何ら相当
性を欠くとは認められない。
 原告は,会社の求めてきた研修が原告一人を対象としたものであることを捉え,
見せしめというに他ならないとしているようであるが,会社が,原告に対し,個別
の研修等を設けなければならなかったのは,還流人事の対象者として処遇してきた
原告が本件営業研修に参加しなかったためであり,会社側において,個別の処遇を
していかざるを得ない状態を招いたのは原告に他ならず,これを見せしめというこ
とはできない。
 また,会社側から,研修の成果を踏まえて人事を行う旨の書面が出されていたの
は,本来であれば,人事については,技能の修得状況等も踏まえて会社が決定でき
るというべきであるところ,これまでの原告の取ってきた対応などからして,研修
に参加しさえすれば人事異動がなされると誤解され,人事につき不服を申し立てら
れることを懸念して取られた措置と考えられなくもなく,いわば当然のことを指摘
したまでであって,これが脅迫になるはずがない。
 また,原告を郡山支店勤務としたのは,会社側において,単身赴任が7年1か月
続いている原告の家庭の事情等も配慮してのことと推察され,原告は,これにより
単身赴任を解消するに至っているのであるから,会社の合理的な人事権の範囲内で
行ったものであることは明らかであって,懲罰的な意図の下で行ったと認める余地
はない。
 したがって,原告の上記主張も採用できない。
(6) 最後に,原告が7年1か月にわたって単身赴任をしていたことは間違いな
く,旧NTTに報復の意図などがないとしても,このような人事権の不行使自体が
人事権の濫用となるか否かについて検討する。
 証拠(甲7,12,原告本人)によれば,原告は,単身赴任に伴って,家族が別
々に暮らすことを余儀なくされたものであるが,家事や育児の分担上,毎週末には
会津若松市内の自宅に帰っていたもので,二重生活に伴う生活費の負担増もさるこ
とながら,交通費の負担にも少なからぬものがあったこと,家族が別々に暮らすこ
とに伴う精神的負担も少なくなかったことが認められる。
 しかし,他方,前記1(8)認定の事実によれば,被告会社等においては,上記
のような単身赴任者に対する福利厚生の施策を実施していたことが認められ,それ
に,これまでみてきた原告に対する人事の経過などに照らせば,被告会社等が,人
事権の不行使により,原告に社会通念上甘受できないような著しい不利益を与えた
とまで認めることはできない。
4 争点3(損害等)について
 原告は,損害賠償を請求する根拠を明らかにしていないが,原告の主張内容から
して,会津若松支店に対する配置転換の合意があったことを前提として債務不履行
に,上記合意が認められないとしても人事権の濫用等を理由に不法行為に基づいて
損害の賠償を求めているものと解する。
 既に検討してきたところに照らせば,原告の損害賠償請求はいずれの構成を取る
としても理由がないことは明らかである。
5 結論
 そうすると,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
福島地方裁判所郡山支部
裁判長裁判官 宍戸充
裁判官 鈴木桂子
裁判官 志賀勝

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