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平成21年5月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第8426号不当利得返還請求事件
口頭弁論終結日平成21年3月18日
判決
千葉市《以下省略》
原告セイコーインスツル株式会社
同訴訟代理人弁護士増井和夫
同訴訟復代理人弁護士齋藤誠二郎
同訴訟代理人弁護士橋口尚幸
同訴訟代理人弁理士松尾憲一郎
同補佐人弁理士鈴木光彌
東京都港区《以下省略》
被告日本サムスン株式会社
同訴訟代理人弁護士大武和夫
同田中昌利
同小原淳見
同上田一郎
同須藤希祥
同補佐人弁理士豊岡静男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対して,金30億円及びこれに対する平成19年4月10日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,薄膜トランジスタ装置に関する特許権を有していた原告が,被告に対
して,被告が輸入,販売した別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」とい
う。)が上記特許権に係る発明の技術的範囲に属し,上記特許権を侵害するとし
て,民法703条に基づき,不当利得103億円のうち30億円の返還及びこれ
に対する本訴状送達日の翌日である平成19年4月10日から支払済みに至るま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1争いのない事実等(争いのない事実以外は,証拠を末尾に記載する。)
(1)原告の特許権
原告は,次の特許(以下「本件特許」という。また,本件特許の請求項1
に係る発明を「本件発明」といい,本件発明に係る特許権を「本件特許権」
という。)を有している。
特許番号第2027929号
発明の名称薄膜トランジスタ装置
出願年月日昭和59年9月26日
登録年月日平成8年3月19日
特許請求の範囲請求項1
「絶縁基板上に少なくともゲート電極,ゲート絶縁膜,半導体薄膜,
ソース電極,ドレイン電極からなる薄膜トランジスタを搭載し,外部
取り出し端子を複数個有する薄膜トランジスタ装置において,前記外
部取り出し端子とこれに近接して設けられた共通浮遊電極との間には,
少なくともその一か所が,付加薄膜半導体からなる高圧保護用の2端
子薄膜半導体素子に接続されており,前記2端子薄膜半導体素子は,
前記付加薄膜半導体の表面に付加ゲート絶縁膜を介して設けられた付
加ゲート電極と,前記付加ゲート電極とは反対側の前記付加薄膜半導
体の表面に設けられた第1主電極及び第2主電極を有し,前記絶縁基
板上に形成されており,前記付加ゲート電極は,前記第1主電極及び
第2主電極と平面的に重畳するように設けられており,前記付加ゲー
ト電極及び前記第2主電極は前記外部取り出し端子に接続し,前記第
1主電極は前記共通浮遊電極に接続しており,前記共通浮遊電極は,
前記外部取り出し端子と同時に,または前記ゲート電極または前記ソ
ース電極及び前記ドレイン電極と同時に形成されており,また,前記
付加ゲート電極は前記ゲート電極と同時に形成されており,前記付加
ゲート絶縁膜は前記ゲート絶縁膜と同時に形成されており,前記付加
薄膜半導体は前記半導体薄膜と同時に形成されていることを特徴とす
る薄膜トランジスタ装置。」
(2)構成要件の分説
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A絶縁基板上に少なくともゲート電極,ゲート絶縁膜,半導体薄膜,ソ
ース電極,ドレイン電極からなる薄膜トランジスタを搭載し,外部取り
出し端子を複数個有する薄膜トランジスタ装置において,
B前記外部取り出し端子とこれに近接して設けられた共通浮遊電極との
間には,少なくともその1箇所が,付加薄膜半導体からなる高圧保護用
の2端子薄膜半導体素子に接続されており,
C前記2端子薄膜半導体素子は,前記付加薄膜半導体の表面に付加ゲー
ト絶縁膜を介して設けられた付加ゲート電極と,前記付加ゲート電極と
は反対側の前記付加薄膜半導体の表面に設けられた第1主電極及び第2
主電極を有し,前記絶縁基板上に形成されており,
D前記付加ゲート電極は,前記第1主電極及び第2主電極と平面的に重
畳するように設けられており,
E前記付加ゲート電極及び前記第2主電極は前記外部取り出し端子に接
続し,前記第1主電極は前記共通浮遊電極に接続しており,
F前記共通浮遊電極は,前記外部取り出し端子と同時に,または前記ゲ
ート電極または前記ソース電極及び前記ドレイン電極と同時に形成され
ており,
Gまた,前記付加ゲート電極は前記ゲート電極と同時に形成されており,
前記付加ゲート絶縁膜は前記ゲート絶縁膜と同時に形成されており,前
記付加薄膜半導体は前記半導体薄膜と同時に形成されていること
Hを特徴とする薄膜トランジスタ装置。
(3)被告の行為
被告は,業として,被告製品を輸入し,販売した。
(4)本件発明と被告製品との対比
ア被告製品は,本件発明の構成要件A,F,Hを充足する。
イ構成要件Bについて
被告製品に使用されている回路保護用TFT素子は,外部取り出し端子
と共通浮遊電極の間に存在する。
ウ構成要件Cについて
被告製品に使用されている回路保護用TFT素子は,ゲート絶縁膜,ゲ
ート電極,ソース電極(本件発明の「第1主電極」に相当),ドレイン電
極(本件発明の「第2主電極」に相当)を有しており,絶縁基板上に存在
する。
被告製品は,ゲート電極が薄膜半導体の基板側にある逆スタガー型であ
る。
エ構成要件Dについて
被告製品に使用されている回路保護用TFT素子のゲート電極は,ソー
ス電極(第1主電極)及びドレイン電極(第2主電極)と「平面的に重畳
するように」設けられている。
オ構成要件Eについて
被告製品に使用されている回路保護用TFT素子のうち,別紙物件目録
図1の下側の素子,及び同図2の下側2つの素子に対応する素子は,ゲー
ト電極及びドレイン電極(第2主電極)が「外部取り出し端子」に,ソー
ス電極(第1主電極)が「共通浮遊電極」に,それぞれ接続している。
カ構成要件Gについて
被告製品に使用されている回路保護用TFT素子のゲート電極等は,画
素用TFTのゲート電極等と同時に形成されている。
(5)本件特許の出願の経緯
ア原告は,昭和59年9月26日,本件特許の出願(以下「本件出願」と
いい,その願書に添付した明細書を「当初明細書」という。)をした。本
件出願は,平成5年8月20日に出願公告されたが,公告時の特許請求の
範囲請求項1は,別紙①のとおりである。
イ本件出願について,平成5年11月18日,異議申立て(以下「本件異
議申立て」という。)がされた(甲12,13)ため,原告は,補正(以
下「本件補正」という。)をし(甲19),異議決定,登録査定を経て,
平成8年3月19日,本件特許の設定登録がされた。本件補正により,当
初明細書の特許請求の範囲請求項1は,別紙②のとおり補正された(補正
箇所に下線を引いた。甲19)。
ウ原告は,平成17年3月30日,訂正審判請求をし,これに対して,同
年6月1日,訂正を認める旨の審決がされ(甲3。以下,この訂正を「本
件17年訂正」という。),本件特許の特許請求の範囲請求項1は,別紙
③のとおり訂正された(構成要件Dが追加された。)。
エ原告は,平成20年2月6日,本件特許について,訂正審判請求をし
(甲10),同年3月26日,訂正を認める旨の審決がされ,これにより,
本件特許の特許請求の範囲請求項1は,前記()で認定したとおりの記載1
に訂正された(甲10,11。以下,この訂正を「本件訂正」といい,本
件訂正後の本件特許に係る明細書(甲10添付)を「本件明細書」といい,
本件訂正前の発明を「本件訂正前発明」といい,本件訂正前の明細書(甲
3・6頁以下)を「本件訂正前明細書」という。)。なお,本件訂正によ
る訂正箇所を示すと,別紙④のとおりとなる(訂正箇所に下線を引い
た。)。
2争点
(1)侵害論
ア被告製品は,「2端子薄膜半導体素子」を有しているか(構成要件B,
C,Dの充足性)
イ「付加薄膜半導体における表面」の意味(構成要件Cの充足性)
ウ第1主電極延在部を有しない構成は,構成要件Eを充足しないか
(2)本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか
ア本件訂正の違法の有無
(ア)構成要件Cについての訂正の違法性の有無
(イ)構成要件Eについての訂正の違法性の有無
a順方向接続態様に限定したことについて
b「2端子素子」の解釈に影響を与えることについて
イ進歩性欠如の無効理由の有無
ウ平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「旧特許法」とい
う。)36条5項2号違反の有無
(3)被告の不当利得の額
3争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)ア(被告製品は,「2端子薄膜半導体素子」を有している
か)について
(原告)
ア「2端子薄膜半導体素子」の意味について
本件発明における「2端子薄膜半導体素子」とは,保護回路の両端にあ
って,外部取り出し端子と共通浮遊電極を繋いでいる第1主電極及び第2
主電極,これら2つの電極を有する素子のことである。理由は,以下のと
おりである。
(ア)請求項の記載
本件明細書の請求項1の記載における2端子薄膜半導体素子の規定の
要点は,①外部取り出し端子と共通浮遊電極との間を接続すること,②
付加薄膜半導体からなる高圧保護用の2端子薄膜半導体素子であること,
③付加薄膜半導体の表面に付加ゲート絶縁膜を介して設けられた付加ゲ
ート電極を有することの3点である。
「2端子」は,上記①と②の要件から,接続する対象2個と連結する
2つの端子を有することを意味すると解するのが合理的である。そして,
上記②から,2端子薄膜半導体素子の中心的な要素が「付加薄膜半導
体」であることが理解でき,付加薄膜半導体に2つだけ存在する端子が
ソース電極とドレイン電極(または第1主電極と第2主電極)である。
また,2端子薄膜半導体素子は,付加ゲート電極を有するが,付加ゲー
ト電極の接続態様については何ら限定していない。
(イ)発明の詳細な説明及び図面の参酌
本件明細書の発明の詳細な説明においては,「2端子素子」とは,T
FTと同じ構造で,TFTと同時に形成される付加半導体膜を有し,
「両端に第1及び第2主電極」が設けられたものであると説明されてお
り,この記載から,「2端子」とは,素子の「両端」の「第1及び第2
主電極」であると解釈される。実施例の説明についての記載及び第3図
ないし第7図を見ても,いずれの「2端子素子」にも「第1及び第2主
電極」が存在することがわかる。
また,「2端子素子」についての作用効果の記載から,「2端子素
子」とは,素子両端の「第1主電極」及び「第2主電極」によって,外
部取り出し端子間,又は外部取り出し端子と共通浮遊電極を繋ぎ,その
間に電流を流すことで静電気を分割し,TFTが静電気により破壊され
ることを防止する回路であることが理解される。
(ウ)本件発明において,第1主電極及び第2主電極の2端子間の電流の
オンとオフを制御する要素であるゲート電極の接続態様は,限定されて
おらず(浮遊するか,ソース電極と短絡するか,ドレイン電極と短絡す
るかのいずれでもよい),技術的に見て,素子の内部でゲート電極とド
レイン電極が短絡する必要性はない。
(エ)本件明細書に開示された「2端子素子」の実施例は,いずれも,画
素TFTと同様の構造を有し,第1主電極,第2主電極及び付加ゲート
電極の3つの電極を有しているが,そういうものを本件発明では「2端
子素子」と呼んでいる。
(オ)被告の親会社である三星電子株式会社の特許出願(特開平11−1
94368号公報)において,回路図上は外部と3箇所で接続されたT
FT素子(本件事件において被告が3端子であると主張する素子)につ
いて,「ダイオード」(本件事件において被告が2端子素子の典型とし
て説明する素子)という用語を使用している。
(カ)2端子薄膜半導体素子についての被告の解釈は,本件明細書には記
載されていない,素子の「内部」,「外部」という要素を検討するもの
であり,明細書に基づかない解釈であって,失当である。
そして,IC回路においては,配線部分と素子部分が融合しており,
素子の内部・外部という区別は技術的な意味に乏しいし,配線と素子を
明確に区別することは困難で意味がない。
(キ)被告は,本件明細書の実施例では,付加ゲート電極は,電気的に浮
いているか,第2主電極と素子内部で短絡しているかのいずれかである
と主張するが,上記実施例は,いずれも本件発明の実施例にすぎず,本
件発明を限定する意味はない。
また,被告は,本件特許の特許公報(甲2。以下「本件公報」とい
う。)の第4図を,第2主電極及び付加ゲート電極が各々独立した端子
として導体と接続されている例ではないと主張する。
しかしながら,本件公報の第4図ないし第6図においては,付加ゲー
ト電極と第2主電極とが短絡する短絡点よりも更に外側に,第2主電極
が延在しているが,この延在部が外部取り出し端子を構成する配線であ
るか,第2主電極を構成する配線であるかは,単に当該箇所をどう呼ぶ
か(どう見るか)という問題である。延在部は外部取り出し端子である
と見れば,第2主電極106と付加ゲート電極12が共に「外部取り出
し端子」に「独立」して接続していることになるし,延在部は第2主電
極を構成する配線であると見れば,その更に外側にある「外部取り出し
端子」と「独立」して接続しているのは,第2主電極だけ,ということ
になる。このように,同じ第4図でも,見方によって端子の数が変わる
のであり,第4図が被告のいうところの「3端子素子」なのか「2端子
素子」なのかは,明確には決められない。
イ対比
被告製品の保護回路の回路保護用TFT素子は,その両端に,外部取り
出し端子と共通浮遊電極を繋いでいる第1主電極及び第2主電極を有する
から,本件発明の「2端子薄膜半導体素子」に該当する。
したがって,被告製品は,本件発明の構成要件B,C,Dを充足する。
(被告)
ア「2端子薄膜半導体素子」の意味について
本件発明における「2端子薄膜半導体素子」とは,トランジスタ構造の
中から外へ接続されている出入口の数が2つであるものを意味し,ゲート
電極が,ソース電極及びドレイン電極とは独立して,外部と接触している
構成のものは,「2端子薄膜半導体素子」に含まれないと解すべきである。
理由は,以下のとおりである。
(ア)一般に,「端子」とは「電気回路の接続をするため設けた電流の出
入口」(新村出編岩波書店刊「広辞苑」第五版)とされており,本件に
おける「端子の数」が,素子自体として外部に接続するための出入口の
数(素子から出る配線の数)を意味することは,技術常識からも明らか
である。
(イ)本件訂正前明細書の特許請求の範囲第1項には,「2端子薄膜半導
体素子」は,外部取り出し端子間,又は,外部取り出し端子とこれに近
接して設けられた共通浮遊電極との間に接続されていること,及び「2
端子薄膜半導体素子」は,付加ゲート電極を有し,付加ゲート電極はT
FTのゲート電極と同時に形成されていることが示されている。また,
同第3項には,「2端子薄膜半導体素子」の一方の端子は,付加ゲート
電極と短絡されていること(すなわち,「2端子薄膜半導体素子」の一
方の端子は,付加ゲート電極そのものではないこと)が示されており,
同第5項には,「2端子薄膜半導体素子」の上面には,これを構成する
両端子及び付加薄膜半導体にかけて絶縁膜が形成され,かつ,前記絶縁
膜の表面には,両端子のうち,いずれか一方の端子が,他方の端子表面
の絶縁膜上部にまで延在されていること(すなわち,「2端子薄膜半導
体素子」の両端子は,両端子にかけて絶縁膜が形成できる位置関係にあ
ること)が示されている。
(ウ)本件発明の「2端子薄膜半導体素子」には,第1主電極,第2主電
極及び付加ゲート電極の3つの電極があるところ,これらの接続関係を
どのように構成するかで,端子の数が変わることになることは技術常識
であり,TFTなどのトランジスタは,ソース電極,ドレイン電極及び
ゲート電極の3つの電極を有し,それぞれ独立して外部に接続されてい
るために「3端子素子」と呼ばれていることも技術常識である。
そして,本来,ソース,ゲート及びドレインの3電極から外部に接続
する出入口が構成されていることから3端子素子というべきTFTを,
2端子素子とするためには,ゲート電極をフローティング状態にして外
部と接続させないか,ゲート電極とソース電極又はドレイン電極とをT
FT(素子)の内部で短絡させるかしかない。
そのため,本件明細書では,TFTのソース,ゲート及びドレインの
3電極に相当する第1主電極,付加ゲート電極及び第2主電極を有する
「2端子薄膜半導体素子」は,付加ゲート電極をフローティング状態に
した実施形態,又は,付加ゲート電極と第2主電極とを「2端子薄膜半
導体素子」の内部で短絡させる実施形態のみを採用しているのであり,
第2主電極及び付加ゲート電極が各々独立した端子として導体と接続さ
れ,素子の外部で導体を介して短絡された実施例の記載はない。
このように,実施例に素子の外部で導体を介して短絡された例が示さ
れていないことは,素子の内部で,第2主電極と付加ゲート電極とが接
触して短絡されると2端子素子といえるが,第2主電極及び付加ゲート
電極が各々独立した端子として導体と接続され,素子の外部で導体を介
して短絡されても,2端子素子とはいえないことを明確に示していると
いうべきである。
当業者としても,通常は,「3端子」となりそうなものを,本件明細
書においては「2端子」としているのは,上記の実施例の態様を前提と
しているものと理解する。
(エ)本件明細書の特許請求の範囲は,3つの電極を有する「薄膜半導体
素子」を,あえて「2端子」と規定したのであるから,付加ゲート電極
の接続態様がどのようなものであってもよいという解釈は明らかに誤り
であり,本件発明は,2つの電極によって外部に接続するという構成を
当然の前提としているといわざるを得ない。
(オ)原告は,本件公報の第4図ないし第6図について,延在部を外部取
り出し端子であると見れば,第2主電極106と付加ゲート電極12が
共に「外部取り出し端子」に「独立」して接続していることになる旨主
張する。
しかしながら,上記第4図ないし第6図では,「106第2主電極」
が明らかに1つの部材として記載されており,しかも,「12付加ゲー
ト電極」と短絡した部分から右方向(素子の外部方向)に向かって,
「106第2主電極」が延びているものとして明記されている。つまり,
短絡点よりも更に素子の外部方向に延びている部分は,第2主電極の一
部として記載されていることが明らかである。その第2主電極の延在部
がどこで外部取り出し端子と接続しているかは図示されていないが,少
なくとも,図示された範囲内にまで,外部取り出し端子を構成する配線
が延びてきていることは記載されていない。したがって,第4図ないし
第6図は,「106第2主電極」と「12付加ゲート電極」とが短絡し
た後,「106第2主電極」のみが素子の外部方向に向かって延在して
いることを明らかにしているのである。「延在部は外部取り出し端子で
あると見れば」という原告の主張は,明細書の記載に基づかないものと
して,失当である。
イ対比
被告製品においては,回路保護用TFT素子のゲート電極,ソース電極
及びドレイン電極は,互いに短絡したり,電気的に浮遊したりすることな
く,それぞれ独立して,外部取り出し端子又は共通浮遊電極と接続し,
「3端子」を構成している。
したがって,被告製品の回路保護用TFT素子は,本件発明の「2端子
薄膜半導体素子」には該当せず,被告製品は,本件発明の構成要件B,C,
Dを充足しない。
(2)争点(1)イ(「付加薄膜半導体における表面」の意味)について
(原告)
後記(3)で主張するとおり,「付加薄膜半導体における表面」とは,
「付加薄膜半導体」の「外側の面」のことであり,「基板とは反対側の面」
を意味するものではなく,したがって,本件発明の構成要件Cには,ゲート
電極が半導体薄膜の上側(基板と反対側)にあるスタガー型だけでなく,ゲ
ート電極が半導体薄膜の下側(基板側)にある逆スタガー型も含まれるから,
逆スタガー型である被告製品も構成要件Cを充足する。
(被告)
後記(3)で主張するとおり,構成要件Cの「付加薄膜半導体における表
面」とは,付加薄膜半導体における基板とは反対側にある面(半導体薄膜の
上側)と解すべきであり,したがって,ゲート電極が半導体薄膜の下側(基
板側)にある逆スタガー型は,本件発明の技術的範囲に含まれないと解すべ
きである。
そして,被告製品は,ゲート電極が,薄膜半導体の下側(基板側)にある
逆スタガーであるから,被告製品は,構成要件Cを充足しない。
(3)争点(1)ウ(第1主電極延在部を有しない構成は,構成要件Eを充足
しないか)について
(原告)
被告は,被告製品は,第1主電極延在部を有しないから,構成要件Eを充
足しない旨主張する。
しかしながら,構成要件Eは,「前記付加ゲート電極及び前記第2主電極
は前記外部取り出し端子に接続し,前記第1主電極は前記共通浮遊電極に接
続しており」というものであり,「第1主電極延在部」という要素は,構成
要件Eには含まれない。請求項の権利範囲は,実施例に具体的に開示された
態様のものに限定されるものではないことは,特許請求項解釈の基本である。
被告の主張は,何の理由もなく,本件明細書の請求項1の権利範囲を,実施
例の具体的態様に限定するものであり,請求項解釈の基本原則に反している。
(被告)
ア本件発明が,「両方向に電流を流しやすい構造」を有するとの原告の主
張が正しいと仮定しても,本件発明が,「両方向に電流を流しやすい構
造」を実現するすべての構成を含むものであるとはいえない。そのような
効果を発揮するのに不可欠の手段が複数存在する場合において,本件発明
がその複数の手段の構成をすべて含むというためには,特許請求の範囲に
記載された発明の範囲が,本件明細書にその複数の手段の構成を記載する
ことによってサポートされていなければならない。しかしながら,本件明
細書では,そのうち1つの方法が開示されているだけである。すなわち,
原告も認めるとおり,第7図(a),第6図のように,第2主電極と付加
ゲート電極を短絡させるとともに,第1主電極延在部を設けることによっ
て,「両方向に電流を流しやすい構造」となるのである。これ以外の「両
方向に電流を流しやすい構造」とする手段,つまり第1主電極延在部とい
う構成を使わない手段としては,被告製品のように,1個のTFTではな
く,ゲート電極を順方向に接続した2端子薄膜半導体素子と逆方向に接続
した2端子薄膜半導体素子の2個を並列に繋ぐことが考えられる。しかし
ながら,上記の2つの手段は,主電極に延在部を付加するか否か,TFT
を2個とするか否かにみられるように,全く異なる技術であり,前者が,
明細書に記載されているからといって,後者が,記載するまでもなく当業
者に自明な事項といえないことは明らかである。
したがって,仮に,本件発明が,「両方向に電流を流しやすい構造」を
有するものと解釈するならば,明細書に唯一開示されている「第1主電極
延在部」という構成によって「両方向に電流を流しやすい構造」としたも
のであると解釈するほかない。
イ被告製品は,ゲート電極を順方向に接続した2端子薄膜半導体素子と逆
方向に接続した2端子薄膜半導体素子の2個を並列に繋ぐことによって,
「両方向に電流を流しやすい構造」を実現しているのであるから,構成要
件Eを充足しない。
(4)争点(2)ア(ア)(構成要件Cについての訂正の違法性の有無)につ
いて
(被告)
ア構成要件Cの「付加薄膜半導体における表面」の意味
(ア)本件訂正前明細書(甲3)では,「表面」という用語は,①特許請
求の範囲第1項の「付加薄膜半導体の表面」,②特許請求の範囲第5項
の「絶縁膜の表面」,③同項の「他方の端子表面」,④〔問題点を解決
するための手段〕の「付加半導体薄膜表面」,⑤〔実施例〕の「表面保
護膜」(3箇所)の7箇所に記載されるのみである(上記各記載部分を,
以下,末尾に上記の番号を付して,「本件記載部分①」などという。)。
上記の「表面」という用語が本件明細書でどのような意味で使われて
いるかについて,以下検討する。
(a)本件記載部分②について
本件記載部分②の「絶縁膜の表面」という用語は,請求項第5項に
おいて,「前記2端子薄膜半導体素子の上面には,これを構成する両
端子および付加薄膜半導体にかけて絶縁膜が形成され,かつ,前記絶
縁膜の表面には,両端子の内,いずれか一方の端子が,他方の端子表
面の絶縁膜上部にまで延在されている・・・」という記載の中で使わ
れている。これによれば,2端子薄膜半導体素子の上面に絶縁膜が形
成され,前記絶縁膜の表面にいずれか一方の端子が延在されているの
であるから,ここでいう「表面」とは,上記の上面,すなわち,「付
加薄膜半導体における基板とは反対側にある面」を意味することは明
らかである。
(b)本件記載部分③について
本件記載部分③の「他方の端子表面」という用語における「表面」
は,前記(a)の請求項5の記載にあるように,「他方の端子」の上面
に絶縁膜があり,その上に「一方の端子」が延在されているのである
から,「他方の端子表面」という場合の「表面」とは,「他方の端
子」の上面,すなわち,「付加薄膜半導体における基板とは反対側に
ある面」を意味することは明らかである。
(c)本件記載部分④について
本件記載部分④の「付加半導体薄膜表面」でいう「表面」も,「付
加薄膜半導体における基板とは反対側にある面」を意味することは明
らかである。
この点に関連して,本件訂正審決(甲11)は,次のように認定し
た(5頁下から3行ないし6頁8行)。
「本件特許明細書には,『付加薄膜半導体の表面』が,付加薄膜半
導体のどの部分を意味するのか,明確に定義されてはいないが,本件
特許明細書の[問題点を解決するための手段]の欄には「さらに,こ
の2端子素子が両方向に電流を流せる様に,付加半導体薄膜表面に絶
縁膜を介して延在し,第1主電極と同電位の第1主電極延在部を設け
る。」(本件特許公告公報第3欄第22行∼第25行)と記載されて
おり,この[問題点を解決するための手段]の記載はその後に説明さ
れる全ての実施例を対象としていると解されるから,上記第1主電極
延在部について説明する第6図及び第7図aを参照すると,本件特許
明細書及び図面には,付加半導体薄膜の“表面”として,基板に対し
て反対側の上面である場合と,基板側の下面である場合と,両方の場
合がそれぞれ記載されている。」
ⅰしかしながら,特許請求の範囲において,第1主電極延在部を規
定しているのは第5項のみである。ところで,第5項には前記のと
おり,「前記2端子薄膜半導体素子の上面には,これを構成する両
端子および付加薄膜半導体にかけて絶縁膜が形成され,かつ,前記
絶縁膜の表面には,両端子の内,いずれか一方の端子が,他方の端
子表面の絶縁膜上部にまで延在されている」と記載されており,2
端子薄膜半導体素子の上面に絶縁膜が形成され,その上に一方の端
子が延在されているというのであるから,第6図に対応しているも
のであり,第7図は関係のないものである。
ⅱまた,本件訂正前明細書(甲3)には,本件訂正審決が指摘する
[問題点を解決するための手段]の上記記載の直前に,「TFTの
ゲート電極及びゲート絶縁膜と同時に形成できる付加ゲート電極及
び付加ゲート絶縁膜を有し,遮光と場合によれば半導体薄膜にチャ
ンネルを形成する。このチャンネル形成は,付加ゲート電極と第2
主電極との短絡,または容量結合による。」と記載されている。
遮光に関して,本件訂正前明細書には,「第3図aは,本発明に
使用される2端子素子の実施例を,第3図bのTFTの構造と対応
して示す。TFTは逆スタガー構造例であり,基板1,ゲート電極
2,ゲート絶縁膜3,半導体薄膜4,ソース,ドレイン電極5,6
及び必要に応じ遮光膜も含む表面保護膜7から成る。このTFTに
対応し,同時作製可能な2端子素子は,ゲート電極2と同時に形成
される付加ゲート電極12,以下同様に付加ゲート絶縁膜13,付
加半導体薄膜14,第1及び第2主電極105,106及び表面保
護膜17より成る。この例では,付加ゲート電極12は電気的に浮
いており,遮光の役目を果たす。」(7頁下から3行ないし8頁3
行)と記載されており,第3図aの付加ゲート電極12が遮光の役
目を果たすことが記載されている。さらに,「第4図乃至第6図は,
第3図bの逆スタガー型TFTと同時に作成できる2端子素子の断
面例である。第4図は第3図aの2端子素子の付加ゲート電極12
と第2主電極106を短絡した例で,」(8頁7行ないし8行),
「第5図は,第4図の例において付加ゲート電極12と第1主電極
105の間に平面的重畳をなくし,いわゆるオフセットを設け,見
かけ上Vを高くした例である。第6図は,さらに第5図の例にTH
おいて遮光膜を第1主電極延在部27として第1主電極105に接
続した例で,両方向に電流を流しやすい構造を有している。」(8
頁12行ないし15行)と,第4図ないし第6図の付加ゲート電極
12は,第3図aの付加ゲート電極12と同じ,遮光の役目を果た
すことが記載されている。
これに対し,第7図aの付加ゲート電極12は遮光の役目を果た
すとは記載されていない。「必要に応じ遮光膜も含む表面保護膜7
から成る。」(7頁末行)と記載されているように,TFT上部に
遮光部を設けることは必要に応じなされることであり,第7図aの
付加ゲート電極12は遮光のために設けられているのではないので
ある。
そうすると,「TFTのゲート電極及びゲート絶縁膜と同時に形
成できる付加ゲート電極及び付加ゲート絶縁膜を有し,遮光と場合
によれば半導体薄膜にチャンネルを形成する。」とは,付加ゲート
電極12は遮光の役目を果たすことが明記されている第4図ないし
第6図に示された2端子素子を指していると解される。
よって,「さらに,この2端子素子が両方向に電流を流せる様に,
付加半導体薄膜表面に絶縁膜を介して延在し,第1主電極と同電位
の第1主電極延在部を設ける。」との記載は,第6図に対応するも
のである。
ⅲさらに,本件訂正前明細書(甲3)には,「第7図aには第4図
に対応する構造例を示した。・・・第7図aの2端子素子は,遮光
膜37と同時形成できる第1主電極延在部57,以下同様に絶縁膜
47,第1及び第2主電極105,106,付加半導体薄膜14,
付加ゲート絶縁膜13,付加ゲート電極12から成り,付加ゲート
電極12と第2主電極106とが短絡され,必要により第1が第2
主電極配線115,116が設けられている。」と記載されている。
これによれば,第4図には,第6図のような両方向に電流を流しや
すい構造の第1主電極延在部はないのであるから,第7図aは,第
4図に対応するとされる以上,「この2端子素子が両方向に電流を
流せる様に,付加半導体薄膜表面に絶縁膜を介して延在し,第1主
電極と同電位の第1主電極延在部を設ける」ものに相当しないと解
さざるを得ない。
ⅳなお,本件記載部分④の用語が含まれる[問題点を解決するため
の手段]の記載は,特許請求の範囲の記載に整合すればよいのであ
って,その後に説明されるすべての実施例を対象としていると解す
べき理由は全くない。
ⅴ以上のように,本件訂正審決が指摘する[問題点を解決するため
の手段]の上記記載は,第6図を根拠とすべきものであるから,本
件記載部分④の「付加半導体薄膜表面」でいう「表面」も,「付加
薄膜半導体における基板とは反対側にある面」を意味することにな
る。
(d)本件記載部分⑤について
本件記載部分⑤の「表面保護膜17」とは,基板上に形成された素
子の外気に接する面に設けられる保護膜であるから,ここでいう「表
面」とは,「付加薄膜半導体における基板とは反対側にある面」を意
味することは明らかである。
これに対し,原告は,本件記載部分⑤の「表面保護膜」は,「表
面」とは別の言葉であって,本件記載部分①の「表面」の解釈の参考
にならないと主張する。しかしながら,「表面保護膜」とは,文字ど
おり「表面」を保護する膜なのであり,本件記載部分①ないし④の
「表面」と異なる意義であることを正当化する理由はないから,原告
の上記主張は失当である。
(e)以上のとおり,本件訂正前明細書(甲3)に記載されている本件
記載部分②ないし⑤の「表面」という用語は,すべて「付加薄膜半導
体における基板とは反対側にある面」を意味していることに照らせば,
本件記載部分①の特許請求の範囲請求項1の「付加薄膜半導体の表
面」という用語の「表面」も,特に,「付加薄膜半導体における基板
とは反対側にある面」とは異なる意義付けをしていない以上,本件記
載部分②ないし⑤と同様に,「付加薄膜半導体における基板とは反対
側にある面」という意味に解すべきである。
これに対して,原告は,請求項1の「表面」の意味が,明細書のた
だ1箇所の記載にすぎない本件記載部分④の「表面」の意味に限定さ
れなければならない根拠が明らかでない旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,本件記載部分④のみが根拠であ
るかのような前提自体において誤りがある。また,明細書及び特許請
求の範囲における用語は,統一的に使用しなければならないものであ
る以上,請求項1における「表面」もまた,本件記載部分②から⑤ま
での「表面」と同様に,「上面」すなわち「付加薄膜半導体における
基板とは反対側の面」を指すものと解すべきである。
(イ)本件異議申立時の特許請求の範囲請求項1では,2端子素子がスタ
ガー型及び逆スタガー型の両者を含むかのような内容となっているのに
対し,請求項2では逆スタガー型のみの内容となっており,請求項3な
いし5は,請求項2及びこれを引用した請求項のみを引用しているから,
逆スタガー型のみが規定されていることになる。
そして,本件公報においては,「表面」という用語が使用されている
のは,本件記載部分①(本件補正で「表面」という限定が入れられ
た。)を除き,本件記載部分②ないし⑤の6箇所なのであるから(前記
のとおり,本件記載部分②ないし⑤の「表面」という用語は,すべて
「付加薄膜半導体における基板とは反対側にある面」を意味してい
る。),「表面」とは「付加薄膜半導体における基板とは反対側にある
面」であると解すべきである。そして,本件補正により,「C.前記2
端子薄膜半導体素子は,前記付加薄膜半導体の表面に付加ゲート絶縁膜
を介して設けられた付加ゲート電極を有し,前記絶縁基板上に形成され
ている」という記載が付加されたのであるから,結局,本件補正により,
請求項1においても,スタガー型に限定されることが明らかになったも
のと解すべきである。
なお,本件補正により,特許請求の範囲請求項1に記載された発明は
スタガー型であるが,請求項1を引用する請求項2ないし5に記載され
た発明は逆スタガー型という矛盾を含むことになるようにも思える。し
かしながら,本件発明は昭和59年に出願されたものであり,請求項2
ないし5は実施態様項にすぎないことから,本件異議申立てでは,本願
発明の認定の根拠として請求項1のみを引用しており,異議申立ての審
理においては,専ら請求項1のみが審理対象となり,請求項2ないし5
項の記載は考慮されることなく,特許が維持されたものと考えられる。
イ以上に説明したことに照らせば,本件訂正の構成要件Cに係る部分のう
ち,「前記付加ゲート電極とは反対側の前記付加薄膜半導体の表面に設け
られた第1主電極及び第2主電極を有し,」との部分は,「前記付加ゲー
ト電極とは反対側の」という修飾語を付したところで,付加薄膜半導体の
表面に,付加ゲート電極と第1主電極及び第2主電極とをどのように配置
するのか不明であるから,特許請求の範囲に記載された構成要件を不明瞭
にするものであって,「特許請求の範囲の減縮」,「誤記の訂正」又は
「明りょうでない記載の釈明」に該当するということはできず,旧特許法
126条1項ただし書に違反するものである。
また,訂正後の特許請求の範囲の記載が不明瞭であるから,特許を受け
ようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものとは
いえず,旧特許法36条5項2号の規定を満足しないものであり,独立特
許要件を満たさないものとして,旧特許法126条3項に違反する。
なお,仮に,「反対側の」という修飾語を付して特許請求の範囲の記載
が明瞭になったものであるとして,原告が主張するように,「表面」とい
う用語に「付加薄膜半導体における基板側」すなわち「付加半導体薄膜の
下面」をも含むようになったというのであれば,新規事項を追加するもの,
又は,実質上特許請求の範囲を拡張ないし変更するものであって,旧特許
法126条1項ただし書又は同条2項に違反することになる。
(原告)
ア被告は,本件記載部分②及び③の「表面」は,請求項5に使用されてい
るのであり,請求項5の記載から,これらの「表面」は「上面」を指すこ
とも明らかであり,したがって,本件記載部分①の「表面」も同じように
解釈すべきであると主張する。
しかしながら,本件訂正前明細書には,請求項1ないし5の5つの請求
項が規定されているが,請求項2以下はすべて請求項1を引用する従属請
求項であり,独立請求項は請求項1ただ1つである。つまり,請求項2以
下は,すべて請求項1の特定の実施態様にすぎず,請求項5についていえ
ば,第6図の実施態様に特定した記載となっている。請求項1は,第6図
のみならず,その他の実施例,すなわち,第3図a,第4ないし6図及び
第7図aをすべて包括する,本件特許の技術全体を規定する基本的な請求
項なのであり,他の請求項すべてを包含するのであるから,その請求項1
の権利範囲が,1実施態様にすぎない請求項5の記載により限定される解
釈など,請求項解釈としてあり得ない。言い換えれば,本件記載部分②及
び③の「表面」が「上面」の意味であるのは,請求項5が第6図の実施態
様を規定する実施態様項であるからにすぎないことは,本件訂正前明細書
を読んだ当業者ならば即座に理解できるのであり,そのような当業者が,
請求項1に使用されている「表面」の意味が請求項5の「表面」の意味と
同じく「上面」に限定されると解釈することなどあり得ない。
イまた,本件記載部分⑤の「表面」は,「表面保護膜」という,基板上の
1つの膜を指す言葉の一部分であり,「表面」の部分だけ取り出すべきで
はない。つまり,本件記載部分⑤の「表面保護膜」は,本件記載部分①の
「表面」とは別の言葉なのであり,本件記載部分①の「表面」の解釈につ
いて参考にはならない。
ウそして,本件記載部分④の「表面」の意味について,被告は,第6図の
みを参照して「上面」と解釈すべきであると主張するが,この解釈には無
理がある。
すなわち,被告は,「また,TFTのゲート電極及びゲート絶縁膜と同
時に形成できる付加ゲート電極及び付加ゲート絶縁膜を有し,遮光と場合
によれば半導体薄膜にチャンネルを形成する。」との記載の付加ゲート電
極12は,第4ないし6図の2端子素子を指すことを前提として,「さら
に,この2端子素子が両方向に電流を流せる様に,付加半導体薄膜表面に
絶縁膜を介して延在し,第1主電極と同電位の第1主電極延在部を設け
る。」という記載は,第6図にのみ対応し,第7図aを含まないと主張す
るが,これらは別個の文章であり,前半の文章が第4図ないし第6図のこ
とを指すとしても,後半の文章が第6図に限定されて第7図aを含まない
という理由にはならない。
また,被告は,第7図aは,第4図に対応するとされる以上,〔問題点
を解決するための手段〕に記載された,「この2端子素子が両方向に電流
を流せる様に,付加半導体薄膜表面に絶縁膜を介して延在し,第1主電極
と同電位の第1主電極延在部を設ける」ものに相当しないと解さざるを得
ないというが,第7図aには明確に第1主電極延在部が記載されており,
この図を見た当業者ならば,この第1主電極延在部は素子に両方向に電流
を流せるように設けられたものであることは即座に理解する。「第4図に
対応する」というただ1文により,当業者が第7図aに明記された第1主
電極延在部の存在と,そこから容易に読み取れる回路特性を否定して考え
ることなどあり得ない。
仮に,被告の主張のとおり,本件記載部分④の「表面」の意味が「上
面」であるとしても,なぜ請求項1の「表面」の意味が,明細書のただ1
箇所の記載にすぎない本件記載部分④の「表面」の意味に限定されなけれ
ばならないのか,その根拠が被告の主張では全く明らかではない。
エ前記アで主張したとおり,本件訂正前明細書には,請求項1ないし5の
5つの請求項が規定されているが,請求項2以下はすべて請求項1を引用
する従属請求項であり,独立請求項は請求項1ただ1つである。つまり,
請求項2以下は,すべて請求項1の特定の実施態様にすぎず,その権利範
囲は請求項1より狭くなる。本件訂正前明細書に接した当業者であれば,
請求項1こそが,本件発明の権利範囲を包括する,最も重要な請求項であ
ることを即座に理解する。
そして,本件訂正前明細書には,実施例として第3図a,第4図ないし
6図,第7図aの構成が開示されているところ,当業者であれば,これら
の実施例はすべて請求項1に包含されるものと理解する。そして,当業者
は,第3図a,第4図ないし第6図はすべて逆スタガー型であり,第7図
aはスタガー型のTFTであることを,容易に理解するから,請求項1は,
スタガー型及び逆スタガー型の双方のTFT構造を包含するものと理解す
る。つまり,当業者であれば,請求項1の「付加薄膜半導体の表面」とは,
単に,「付加薄膜半導体」の「外側の面」のことであり,それが「上面」
(基板と反対側)か「下面」(基板と同じ側)かは,スタガー型か逆スタ
ガー型かで変わるのであって,「表面」にはその両方が含まれると理解す
るのである。
オオーム社発行の「薄膜ハンドブック」(昭和58年12月10日第1版
第1刷発行)でも,薄膜半導体の「上側」及び「下側」の両面を「表面」
と説明している。
カ以上のとおり,本件訂正前明細書の請求項1の「付加薄膜半導体の表
面」とは,単に,「付加薄膜半導体」の「外側の面」のことであり,「基
板とは反対側の面」を意味するものではないから,本件発明の構成要件C
が不明瞭となることはなく,また,構成要件Cに係る本件訂正が新規事項
の追加となることもない。
(5)争点(2)ア(イ)a(構成要件Eについての訂正の違法の有無−順方
向接続態様に限定したことについて)について
(被告)
ア(ア)本件訂正前明細書及び図面の記載には,第4図の説明として,「第
4図は第3図aの2端子素子の付加ゲート電極12と第2主電極106
を短絡した例で,第2主電極106に電圧が印加されたときTFTのV
とほぼ同じ値で電流が流れる。そのため静電気保護素子と用いるとTH
きには,TFTよりチャンネル長を長く,またはチャンネル幅を狭くす
ることが望ましい。また,第2主電極106を共通浮遊電極に接続する
ことが好ましい。」と,第2図の説明として,「例えば,端子10に印
加された静電気は,2端子素子110,共通電極100,2端子素子1
20,130,140・・・を経て端子20,30,40・・・に放電
し,端子10に接続されたTFT等を保護する。そのため,この例での
2端子素子は,外部取り出し電極側から共通浮遊電極側へ電流が流れる
しきい値電圧より逆方向のしきい値電圧の方が低いことが望ましい。」
と,それぞれ記載されている。
上記各記載によれば,外部取り出し端子と共通浮遊電極とを接続する
2端子素子においては,ある外部取り出し端子に印加された静電気を,
2端子素子,共通浮遊電極,他の2端子素子を経て,他の外部取り出し
端子に放電すべく,外部取り出し端子から共通浮遊電極へ電流が流れる
しきい値電圧より逆方向のしきい値電圧の方が低いことが望ましいとし
ており,第4図に示す2端子素子では付加ゲート電極と第2主電極とを
短絡した上で,第2主電極を共通浮遊電極に接続することが好ましいと
しているものである。このようにすると,外部取り出し端子から共通浮
遊電極へ電流が流れるしきい値電圧は,逆方向しきい値電圧であり,共
通浮遊電極から外部取り出し端子へ電流が流れるしきい値電圧は,順方
向しきい値電圧であって,後者は前者より低くなり,外部取り出し端子
に静電気が印加され,電圧が上昇して逆方向しきい値電圧以上になると,
静電気は共通浮遊電極に流れ,更に順方向しきい値電圧分だけ電圧が上
昇すると,静電気は他の外部取り出し端子に放電されることになる。
以上を要するに,本件訂正前明細書においては,外部取り出し端子と
共通浮遊電極とを接続する2端子薄膜半導体素子であって,付加ゲート
電極を第1主電極及び第2主電極と平面的に重畳するように設け,付加
ゲート電極と第2主電極とを短絡したものに関しては,付加ゲート電極
と短絡した第2主電極を共通浮遊電極に接続し,外部取り出し端子から
共通浮遊電極へ電流が流れるしきい値電圧よりも逆方向のしきい値電圧
の方を低くすることにより,外部取り出し端子に印加された静電気が共
通浮遊電極に流れると,当該静電気を他の外部取り出し端子に放電しや
すくすることが記載されているものといえる。
(イ)これに対して,本件発明は,構成要件Eにおいて,「前記付加ゲー
ト電極及び前記第2主電極は前記外部取り出し端子に接続し,前記第1
主電極は前記共通浮遊電極に接続しており,」と規定しているから,外
部取り出し端子から共通浮遊電極へ電流が流れるしきい値電圧は,順方
向しきい値電圧であると解され,逆方向のしきい値電圧よりも低くなっ
ているから,外部取り出し端子に印加された静電気は共通浮遊電極に流
れやすいとしても,当該静電気を他の外部取り出し端子に放電するには,
更に逆方向しきい値電圧分だけ電圧が上昇する必要があり,放電しにく
くなっている。
そうすると,本件発明は,本件訂正前明細書及び図面に開示された発
明ということはできない。
少なくとも,本件訂正前発明は,外部取り出し端子と共通浮遊電極と
の間に2端子薄膜半導体素子が接続されるものにおいては,外部取り出
し端子に印加された静電気が共通浮遊電極に流れると,当該静電気を他
の外部取り出し端子に放電しやすくなる構成要件しか備えていないと解
されるのに対し,本件発明は,外部取り出し端子に印加された静電気は
共通浮遊電極に流れやすいとしても,当該静電気は他の外部取り出し端
子に放電しにくい構成要件を備えている以上,本件訂正は実質上特許請
求の範囲を変更するものであるといわざるを得ない。
イこれに対し,原告は,付加ゲート電極及び第2主電極を外部取り出し端
子に接続する接続態様(順方向接続態様)も,本件訂正前明細書の請求項
1に含まれていた旨主張する。
しかしながら,請求項に記載する発明は,少なくとも明細書の記載から
自明といえる範囲のものである必要があるところ,逆方向接続態様は,実
施例の「好ましい」あるいは「望ましい」態様として記載されているのに
対し,順方向接続態様については,明細書に一切記載されておらず,明細
書の記載から自明であるとは到底いえない。したがって,順方向接続態様
は,本件発明の範囲に含まれるものではない。
また,仮に,本件訂正前の請求項1に,形式的には,上記両接続態様が
含まれていたとしても,明細書に意味のあるものとして記載があったのは
逆方向接続態様のみである。
ウ次に,原告は,順方向接続態様の作用効果について,本件訂正前明細書
には,「第4図は第3図aの2端子素子の付加ゲート電極12と第2主電
極106を短絡した例で,第2主電極106に電圧が印加されたときTF
TのVとほぼ同じ値で電流が流れる。」(甲2・5欄34行ないし3TH
7行)との記載があり,これが順方向接続態様の作用効果であると主張す
る。
しかしながら,本件訂正前明細書の第4図の説明には,原告が指摘する
記載に続いて,「そのため静電気保護素子と用いるときには,TFTより
チャンネル長を長く,またはチャンネル幅を狭くすることが望ましい。ま
た,第2主電極106を共通浮遊電極に接続することが好ましい。」と記
載されている。この記載は,保護素子として用いるときには,画素用TF
Tと同じしきい値電圧では不都合なので,しきい値電圧を大きくすべきこ
とを示しており,かつ,前記のとおり,本件訂正前明細書には,逆方向接
続態様が好ましいと記載されているのである。
したがって,原告の指摘する記載が,画素用TFTと同じしきい値電圧
で共通浮遊電極に放電することを記載したものとは解されない。
(原告)
本件明細書に,被告が引用した箇所の記載が存在することは確かである
が,これらはいずれも,第2図及び第4図という実施例について,「好ま
しい」あるいは「望ましい」と説明されているものにすぎない。要するに,
それぞれ実施例の1態様にすぎないのであって,これらの記載により請求
項の権利範囲が制限されるものではない。実施例はあくまで,請求項に記
載された発明を実施する具体的な態様の1つにすぎず,実施例の記載によ
って請求項の権利範囲が制限されるものでないことは,請求項解釈の基本
である。
そして,本件訂正前明細書の特許請求の範囲請求項1は,別紙③のとお
りであり,付加ゲート電極及び第2主電極を,外部取り出し端子側に接続
する態様と,共通浮遊電極側に接続する態様の双方を含んでいる。
構成要件Eに係る本件訂正は,第4図ないし6図,第7図の実施例にa
おける付加ゲート電極・第2主電極を,外部取り出し端子側に接続する態
様を請求項1に明記したものであり,もともと請求項1に含まれていた実
施態様の一部を明記したものであるから,新規事項を盛り込んだ訂正など
ではない。
また,本件発明の作用効果である「比較的低い電圧で共通浮遊電極へ放
電され,TFT保護の面で有効」ということについても,本件訂正前明細
書には,「第4図は第3図の2端子素子の付加ゲート電極12と第2主a
電極106を短絡した例で,第2主電極106に電圧が印加されたときT
FTのVとほぼ同じ値で電流が流れる。」(甲2・5欄34行ないしTH
37行)との記載があり,当該箇所の記載を見た当業者であれば,第4図
の実施例のとおり,構成要件Eの接続方法(第2主電極及び付加ゲート電
極を外部取り出し端子側に,第1主電極を共通浮遊電極側に繋ぐ接続方
法)で繋げば,外部取り出し端子側から共通浮遊電極側へのしきい値電圧
が低くなり,その結果,低い電圧で静電気が放電されることは容易に理解
し得る。また,当業者であれば,第4図と同じく第7図についても,第a
2主電極・付加ゲート電極を外部取り出し端子側に,第1主電極を共通浮
遊電極側に接続すれば,同様に,外部取り出し端子側から共通浮遊電極側
へのしきい値電圧が低くなり,低い電圧で静電気が放電されることも容易
に理解し得る。
以上より,本件発明の構成要件E記載の構成は,本件訂正前明細書の記
載の事項の範囲内で行われたものであって,新規事項の追加ではない。
(6)争点(2)ア(イ)b(構成要件Eについての訂正の違法性の有無−
「2端子素子」の解釈に影響を与えることについて)について
(被告)
原告は,本件訂正により,請求項1において「付加ゲート電極及び前記第
2主電極は前記外部取り出し端子に接続し」とされ,付加ゲート電極を第2
主電極に短絡させる必要のないことが明確化された旨主張するところ,同主
張は,本件訂正は,付加ゲート電極が第2主電極に短絡せず,独立の端子を
構成して外部取り出し端子に接続する場合も,本件発明の技術的範囲に含ま
れるようにしたという主張であると解されるが,もしそうであれば,前記
()で主張したとおり,本件訂正前明細書には,付加ゲート電極が第2主電1
極に短絡せず,独立の端子を構成して外部取り出し端子に接続する場合を含
むことは開示されていないから,本件訂正によって新たな技術的事項が導入
されたことになる。
したがって,本件訂正は,新規事項を追加又は実質上特許請求の範囲を変
更したことになり,訂正の要件を欠く違法な訂正というべきである。
(原告)
争う。
(7)争点(2)イ(進歩性欠如の無効理由の有無)について
(被告)
ア特開昭59−16378号公報(以下「乙1文献」という。)を主引用
例とした場合の進歩性欠如
(ア)乙1文献に記載された発明(以下「乙1発明」という。)と本件発
明との相違点は,以下のとおりである。
a相違点1
2端子薄膜半導体素子が接続されている対象が,本件発明では「前
記外部取り出し端子とこれに近接して設けられた共通浮遊電極との
間」であるのに対し,乙1発明では,「外部取り出し端子と接地端子
との間」である点
b相違点2
本件発明では,「前記付加ゲート電極及び前記第2主電極は前記外
部取り出し端子に接続し,前記第1主電極は前記共通浮遊電極に接続
して」いるのに対し,乙1発明では,「ゲートバスラインの外部取り
出し端子がソース電極(第1主電極に相当)に接続され,ゲート電極
とドレイン電極(付加ゲート電極及び第2主電極に相当)とが接続さ
れてアースされる保護トランジスタを有し」ている点(換言すれば,
共通浮遊電極とアースとの違いをおけば,本件発明では順方向接続で
あるのに対し,乙1発明では逆方向接続である点)
c相違点3
本件発明では,「前記共通浮遊電極は,前記外部取り出し端子と同
時に,または前記ゲート電極または前記ソース電極及び前記ドレイン
電極と同時に形成されて」いるのに対し,乙1発明では,共通浮遊電
極はないから,その形成方法も開示されていない点
(イ)相違点についての検討
a相違点1について
(a)2端子薄膜半導体素子が設けられている理由は,薄膜トラⅰ
ンジスタを静電気から保護するためであるから,本件明細書の
〔作用〕の項に,「外部取り出し端子間,または外部取り出し端
子と共通浮遊電極の間に非線形特性を有する2端子素子を挿入す
ることにより,例えば1つの端子に静電気が印加されたとき2端
子素子を通して他の端子にも静電気を分割し,実質的な印加電圧
を低くする。共通浮遊電極を設けた場合には,静電気は2端子素
子から共通浮遊電極さらに2端子素子を通して他の複数の端子に
放電されるので,さらに印加電圧を低くすることができる。」と
記載されているとおり,一方の外部取り出し端子に発生した静電
気を,2端子薄膜半導体素子を導通させて,他に逃がす必要があ
る。そして,同じく本件明細書の〔作用〕の項に,「TFT装置
に外部取り出し端子として共通接地端子がある場合には,この端
子を共通浮遊電極と同様に利用することができる。」と記載され
ていることからも理解できるとおり,2端子薄膜半導体素子から
逃がした静電気は,他の端子や共通浮遊電極を介して他の複数の
端子に分割して流れるようにしてもよいし,接地端子に流しても
よいのである。
このことは,特開昭59−126663号公報(以下「乙2文
献」という。)に,「第2図のアクティブマトリックスが組立工
程の途上にある時は,配線Aはフローティングとなっている。従
って前記静電気が配線Aに流れる割合は,配線Aのフローティン
グ電位と該配線の容量によって決まる。」(2頁右下欄16行な
いし3頁左上欄1行)及び「アクティブマトリックスが周辺回路
などに接続されて組み立てが完了した時は,配線AもGND電位
に接続するとよい。この場合は静電気だけでなく,周辺回路を通
して入力するサージに対しても本発明の保護回路は役立つ。」
(3頁左上欄7行ないし12行)との記載があり,配線Aが,フ
ローティング電位であっても,GND電位であっても,静電気に
対する保護回路の保護機能につき何ら変わりがない旨記載されて
いることからも理解できる。
そして,本件発明では静電気が他の端子にも分割して流れるよ
うにしているところ,乙1発明では接地端子に流れるようにして
いるのであるが,機能としては何ら変わらない。したがって,上
記相違点は,実質的な相違点ではないといえる。
仮に,上記相違点が実質的な相違点であるとしても,次に示すⅱ
理由により,当業者ならば何ら困難なく推考し得る設計変更にす
ぎない。
すなわち,乙2文献には,絶縁基板上に形成され,TFTで構
成されるアクティブマトリックスを静電気から保護するために,
各TFTのゲートに接続され,両端に外部回路と接続するための
電極を備えるXラインが,前記アクティブマトリックスの周辺領
域で,直列に接続された2個のMOS型トランジスタを介してフ
ローティング電位である1つの配線に接続されるという保護回路
を備える発明が記載されている。そして,乙2文献における直列
に接続された2個のMOS型トランジスタは,Xライン(ゲート
配線)に生じた静電気を,当該トランジスタを介して配線に逃が
す機能を有するものである点で,乙1発明の保護用トランジスタ
と共通しているから,乙1発明と上記の乙2文献に記載された発
明(以下「乙2発明」という。)の技術とは,共に,絶縁基板上
に形成されるTFTを静電気から保護するために,TFTのゲー
ト配線と他の端子との間に保護用トランジスタを接続するもので
あるといえる。
そうすると,乙1発明の「保護用トランジスタは,外部取り出
し端子と接地端子とに接続されている」構成に,上記の乙2発明
の技術を適用し,本件発明の「外部取り出し端子とこれに近接し
て設けられた共通浮遊電極との間」に接続する構成に変更するこ
とは,当業者ならば何ら困難性なく推考し得る設計変更にすぎな
いことになる。
(b)この点,原告は,乙1文献には,1つのゲートバス(外部取り
出し端子)に印加された静電気を他のゲートバス(外部取り出し端
子)へ分散放電するという,本件発明の技術的思想は開示されてお
らず,また,乙2文献にも,1つのXラインに印加された静電気を
他のXラインに放電するという本件発明の技術的思想が記載されて
いるとはいえないから,静電気を逃がす先を,アースから,アース
接続しない共通浮遊電極に変更することは,当業者にとって容易に
想定し得ることではなかったと主張する。
ⅰしかしながら,そもそも,相違点1は,2端子薄膜半導体素子
が接続されている対象が,本件発明では「前記外部取り出し端子
とこれに近接して設けられた共通浮遊電極との間」であるのに対
し,乙1発明では,「外部取り出し端子と接地端子との間」であ
る点であって,外部取り出し端子に印加された静電気は,2端子
素子の保護回路を通じて共通浮遊電極へ,更に他の外部取り出し
端子へと分割されるか否かという点ではない。
また,原告は,「両方向に電流を流しやすい構造でないもの」
も本件発明に含まれることを自認しているのであるから,本件発
明の技術思想として,上記のような分散放電を挙げることは許さ
れない。
したがって,分散放電するという技術思想が乙1文献にも乙2
文献にも開示されていないことを理由として,容易想到性を否定
することはできない。
ⅱまた,前記(a)で主張したように,乙1発明において,アー
スを共通浮遊電極に変更することは何らの困難性もなく推考し得
る設計変更にすぎないのであるから,乙1文献に静電気を他の外
部取り出し端子へ分散放電するという技術的思想が開示されてい
ないことは,相違点1に関する判断には影響しない。
ⅲさらに,本件発明には,第1主電極延在部を備える旨の規定は
ないから,逆方向しきい値電圧以上にならなければ,共通浮遊電
極から他の外部取り出し端子に電流が流れるとはいえないのであ
り,したがって,本件発明においては,静電気は,ある外部取り
出し端子の電圧が順方向しきい値電圧以上になると,当該外部取
り出し端子から2端子素子を介して共通浮遊電極へ流れ,更に電
圧が上昇して共通浮遊電極の電圧が逆方向しきい値電圧以上にな
ると,共通浮遊電極から他の2端子素子を介して他の外部取り出
し端子に電流が流れるのである。
一方,乙1発明のアースを共通浮遊電極に変更したものでは,
静電気は,ある外部取り出し端子の電圧が逆方向しきい値電圧以
上になると,当該外部取り出し端子から2端子素子を介して共通
浮遊電極へ流れ,更に電圧が上昇して共通浮遊電極の電圧が順方
向しきい値電圧以上になると,共通浮遊電極から他の2端子素子
を介して他の外部取り出し端子に電流が流れるのであって,外部
取り出し端子に印加された静電気が,2端子素子の保護回路を通
じて共通浮遊電極へ,更に他の外部取り出し端子へと分割される
際に必要とされる電圧に差異はない。
また,乙2文献において,配線Aに蓄積された電荷が他のXラ
インへ流れるためには,大きな電圧上昇が必要であるとしても,
当該電圧上昇があれば,他のXラインに電荷が流れることは自明
である。さらに,乙2文献においては,Xラインから配線Aへ流
れるしきい値電圧と配線Aから他のXラインへ流れるしきい値電
圧とは同じである。そして,Xラインから配線Aへ流れるしきい
値電圧については,後記b(a)ⅲのとおり,本件出願当時の当
業者の技術常識を参酌すると,画素用TFTの動作電圧より高く,
破壊電圧より低い電圧,すなわち,画素用TFTの動作電圧の数
倍程度であると解され,本件発明の順方向しきい値電圧もこれと
同程度であり,本件発明の逆方向のしきい値電圧は,これよりも
大きいものと解されるから,乙2文献の配線Aから他のXライン
へ流れるしきい値電圧は,本件発明の逆方向しきい値電圧より小
さいと解するのが相当である。
以上のことと,本件明細書の特許請求の範囲には,順方向しき
い値電圧及び逆方向しきい値電圧の数値に関する規定はないこと
から,乙2文献には1つのXラインに印加された静電気を他のX
ラインに放電するという本件発明の技術的思想が記載されている
とはいえないとの原告の主張は誤りである。
ⅳ1つの端子に印加された静電気を他の端子に分散放電すること
は,特開昭59−143368号公報(以下「乙3文献」とい
う。)にも記載されている。また,保護回路を介してではないが,
特開昭58−116573号公報(以下「乙8文献」という。)
には,「この時列電極線3は基板周辺において,第2図のA,D
で示される様に互いに短絡して構成するとともに,さらに,E,
F,G,Hで示される様に周辺で行電極線ともコンタクトを取り,
すべての行電極線と列電極線が同電位となる様にする。以上の様
にマトリックスアレー基板を構成する事により,基板の以降の工
程において,いかなる静電気にさらされても,基板内は常に同電
位に保たれるので,静電気に対し,非常に強くなる。」(2頁左
下欄9行ないし17行)と記載されているし,特開昭58−79
219号公報(以下「乙9文献」という。)には,「電極パター
ン(1),(2)及びそのリード端子(3),(4)を形成する
とき同時に,各電極間の短絡部(6)を形成し,この状態でラビ
ングにより配向処理を行えば,各電極間が同電位に保たれるため
配向処理面の絶縁破壊は防止される。」(2頁右上欄3行ないし
8行)と記載されている。
このように,静電気による絶縁破壊を防止するために,1つの
端子に印加された静電気を他の端子に分散放電して実質的な印加
電圧を低くすることは,周知の技術であったのであり,この点に
何らの進歩性もない。
ⅴ原告は,乙2文献に分散放電の技術思想が開示されていないこ
との根拠として,配線Aの容量が大きい点を挙げている。
しかしながら,本件発明の共通浮遊電極にも一定の静電容量が
あることは,原告も認めるところであり,かつ,本件発明の請求
項には,共通浮遊電極の静電容量について何ら規定されていない
から,共通浮遊電極ないし配線Aの容量の違いを理由とする原告
の主張は,請求項の記載に基づくものではなく,失当である。
(c)また,原告は,乙2文献は,組立てが完了してからは,配線A
をGND電位に接続することを推奨しているのであり,配線Aがフ
ローティング電位であっても,静電気に対する保護回路の保護機能
につき何ら変わりがない旨は記載されていないと主張する。
しかしながら,乙2文献には,「アクティブマトリックスが周辺
回路などに接続されて組み立てが完了した時は,配線AもGND電
位に接続するとよい。この場合は静電気だけでなく,周辺回路を通
して入力するサージに対しても本発明の保護回路は役立つ。」(3
頁左上欄7行ないし12行)と記載されているのであって,配線A
をGND電位に接続したときの効果は,「周辺回路を通して入力す
るサージ」に対する効果である。したがって,静電気から保護する
ためにGND電位にすることを推奨しているとは解されず,むしろ,
静電気から保護するためには,配線Aをフローティング電位にする
こととGND電位にすることとの間に差はないことが記載されてい
ると解するのが相当である。
また,仮に,配線Aをフローティング電位にすることとGND電
位にすることとが同等でないとしても,組立工程においては,配線
Aをフローティング電位にすることにより,静電気から保護してい
ることは明らかであるから,乙2文献には,配線Aを,GND電位
に接続しても,フローティング電位に接続しても,静電気から保護
し得ることが記載されていることに変わりはない。なお,本件明細
書の「〔従来技術〕」の項には,「TFTは通常ガラス基板等の絶
縁基板上に設けられるため,製造プロセス中や実装工程中の静電気
で破壊しやすい問題を有していた。」と記載されており,「〔発明
の効果〕」の項には,「上述の如く,本発明によればTFT装置の
特に実装工程における静電気破壊をなくせるので最終的な歩留りが
向上し,コスト低減に役立つ。」と記載されている。このように,
本件発明の課題の主眼は,TFT装置の製造プロセス中や実装工程
中の静電気破壊を防止することにある。このことからも,乙2文献
記載の技術を乙1発明に適用する動機付けは十分にあるといえる。
b相違点2について
(a)静電気を逃がす先がアースか共通浮遊電極かは,実質的な相違
ではないか,あるいは,設計変更にすぎないことは既に示したとお
りであるから,相違点2の検討においては,付加ゲート電極及び第
2主電極を共通浮遊電極に接続し,第1主電極を外部取り出し端子
に接続することに換えて,付加ゲート電極及び第2主電極を外部取
り出し端子に接続し,第1主電極を共通浮遊電極に接続すること,
すなわち,逆方向接続を順方向接続に変更することが容易か否かを
検討する。
ⅰ前記aのとおり,外部取り出し端子に印加された静電気が,2
端子素子の保護回路を通じて共通浮遊電極へ,更に他の外部取り
出し端子へと分割される際に必要とされる電圧は,上記両者の接
続の仕方において差異はないから,両者の接続の仕方において差
異があるのは,静電気が外部取り出し端子から2端子素子を介し
て共通浮遊電極へ流れる際のしきい値電圧である。
ⅱまた,本件明細書(甲10添付)には,「以上の2端子素子は,
内部のTFT動作に影響を与えない様,チャンネル長,チャンネ
ル幅,Vの選択がされるが,さらに付加ゲート電極と第1主TH
電極の間,第1主電極延在部と第2主電極の間にオフセット領域
を設定することも可能である。」,「2端子素子は,それ故TF
T装置の動作電圧より高く,破壊電圧より低い電圧で電流が流れ
る様,寸法,構造が選ばれている。」,「第4図は第3図aの2
端子素子の付加ゲート電極12と第2主電極106を短絡した例
で,第2主電極106に電圧が印加されたときTFTのVとTH
ほぼ同じ値で電流が流れる。そのため静電気保護素子と用いると
きには,TFTよりチャンネル長を長く,またはチャンネル幅を
狭くすることが望ましい。また,第2主電極106を共通浮遊電
極に接続することが好ましい。第5図は,第4図の例において付
加ゲート電極12と第1主電極105の間に平面的重畳をなくし,
いわゆるオフセットを設け,見かけ上Vを高くした例であTH
る。」との記載がある。すなわち,2端子素子は,内部のTFT
動作に影響を与えないように,TFTのVTHより高く,破壊電
圧より低い電圧で電流が流れるようにするために,TFTよりチ
ャンネル長を長くすること,チャンネル幅を狭くすること,逆方
向接続すること,オフセットを設けることが記載されている。
しかしながら,本件明細書には,2端子素子を,画素TFTの
動作電圧とほぼ同じ電圧で電流が流れるようにすることや,当初,
共通浮遊電極に電流が流れるが,共通浮遊電極の電位が上昇して
電流を流さない方向に自動的に変化することなどは記載されてい
ないのみならず,画素TFTの動作電圧の数倍の逆方向しきい値
電圧以上とならなければ,2端子素子からの放電が開始しない接
続態様である,付加ゲート電極と第2主電極とを短絡した上で,
第2主電極を共通浮遊電極に接続する態様を推奨している。
ⅲ乙1文献には,「第4図に保護トランジスタTrのゲート電3
圧V対ドレイン電流i特性をn−チャンネル飽和ドレイン電GD
流iで規格化して示す。図に於いてV(+)側でiが急増DSGD
する電圧を閾値電圧Vとすれば,図の特性では3V程度のゲTT
ート電圧印加により,iはほぼ飽和電流に達する。保護トランD
ジスタを2段直列接続した第3図の構成では,Trのゲートに1
対する入力端2aから見た回路のインピーダンスはV=2VGT
までは大きいが,V>2Vとなると急激に低下し,ゲート電GT
極2に過大な電圧が印加されるのを防止することができた。第4
図の特性例を考慮すると,保護トランジスタを3段に接続すれば,
Trを十分に飽和電流まで駆動でき,且つ,飽和電流を与える1
ゲート電圧以上ではゲート回路の入力インピダンスは急激に減少
する。この様に保護トランジスタの接続段数は必要に応じて増減
すれば良い。」(2頁左下欄14行ないし右下欄11行)との記
載がある。すなわち,画素TFT(Tr)を十分に飽和電流ま1
で駆動でき,かつ,過大な電圧が印加するのを防止するために,
保護TFT(Tr)のしきい値電圧を画素TFTのしきい値電3
圧の3倍程度とすることが記載されている。
また,乙1文献には,「ゲートバスに加えられた正電圧が特に
高くない場合(0<V<20∼30V)保護トランジスタのpG
チャンネル電導は顕著でなく,ゲートバス51,52,53に加
えられたゲート電圧は減衰することなく各要素トランジスタ(3
1,32,41,42等)のゲートに印加され,各要素トランジ
スタを十分にオンすることができる。更に過大正電圧が印加され
れば,保護トランジスタ21,22,23のp−チャンネル電導
が動き,要素トランジスタのゲート電圧を低下させることができ
る。」(3頁左下欄5行ないし15行)との記載がある。これは,
第5図に示された実施例2に関する説明であるが,前記記載にか
んがみれば,保護TFTの逆方向しきい値電圧は,画素TFTを
十分に飽和電流まで駆動でき,かつ,過大な電圧が印加するのを
防止するために必要な,画素TFTのしきい値電圧の3倍程度に
相当するものとして記載されているものと解される。このことは,
乙1文献に,「最近ではゲート絶縁膜に窒化シリコン,窒化,酸
化シリコン,酸化シリコン等を用いたa・SiTFT素子では,
10V内外又はそれ以下のゲート電圧で十分にトランジスタのオ
ン・オフ制御が可能となり,その工業的応用の可能性が極めて濃
厚となって来た。」(2頁左上欄1行ないし7行)と記載されて
いることからも裏付けられる。
さらに,特開昭59−50559号公報(以下「乙5文献」と
いう。)には,「本発明の特徴は,上記目的を達成するために,
非晶質Siで形成される半導体素子を含む直列回路ごとに,その
ブレークダウン電圧よりは小さいが回路駆動用電圧よりは大きい
クランプ電圧値をもつクランプ回路を設けて,このクランプ回路
で静電気を放電させる構成とするにある。」(2頁右上欄11行
ないし16行),「本体の薄膜トランジスタ32と同一プロセス
でクランプ回路内の薄膜トランジスタを構成した場合,本体素子
をしきい値電圧以上で駆動させることが望ましく,そして第22
図実施例のように2個以上直列接続した薄膜トランジスタをクラ
ンプ回路内に使用することが望ましい。」(4頁左上欄2行ない
し8行)と,クランプ電圧値は,本体TFTのブレークダウン電
圧よりは小さいが駆動用電圧よりは大きい,本体TFTのしきい
値電圧の数倍程度が望ましいことが記載されている。
以上のことから,本件出願当時の当業者の技術常識としては,
保護用TFTの動作電圧は,画素用TFTの動作に影響を与えな
いようにするために,画素用TFTの動作電圧より高く,破壊電
圧より低い電圧,すなわち,画素用TFTの動作電圧の数倍程度
としていたのであり,本件明細書の記載や本件発明においても同
様と考えられる。
ⅳさらに,乙5文献の第5図及び第21図には,TFTを静電気
から保護するために,保護用TFTを1個だけ順方向に接続する
ことが示されている。
ⅴ以上のとおり,本件明細書には,2端子素子は,内部のTFT
動作に影響を与えないように,TFTのVTHより高く,破壊電
圧より低い電圧で電流が流れるようにすることが記載されており,
また,2端子素子のしきい値電圧は,チャンネル長やチャンネル
幅などで調整できるものであるから,本件発明の2端子素子が順
方向接続であるからといって,特許請求の範囲に2端子素子の順
方向しきい値電圧の数値が規定されていない以上,内部のTFT
と同程度のしきい値電圧であるとすることはできず,乙1発明の
2端子素子と同様,内部のTFTを十分に飽和電流まで駆動でき,
かつ,過大な電圧が印加するのを防止するためのしきい値電圧を
有するものと解すべきである。
また,乙1文献においては,第3図に2個の保護用TFTを順
方向接続することが示されており,「この様に保護トランジスタ
の接続段数は必要に応じて増減すれば良い。」(2頁右下欄10
行ないし11行)との記載は,保護用TFTを1個だけ順方向接
続することを示唆するものであり,乙5文献に具体的に保護用T
FTを1個だけ順方向に接続することが示されていることを考慮
すれば,乙1発明において,保護トランジスタを順方向接続とし,
かつ,1個のみとすることに何らの困難性もない。
したがって,乙1発明の保護回路の接続態様について,逆方向
接続を順方向接続に変更することは容易である。
(b)この点,原告は,本件発明は,2端子薄膜半導体素子の導通す
る電圧を,画素TFTの動作電圧と同程度にまで低下させて効果的
に静電破壊を防止することができるのに対して,乙1文献に開示さ
れた保護回路の接続態様では,しきい値電圧の2倍以上(乙1の第
3図),又は数倍の逆方向しきい値電圧以上(乙1の第5図)とな
らなければ,保護回路からの放電が開始しない旨主張する。また,
原告は,本件発明の構成においても,駆動時に外部取り出し端子に
要素トランジスタの動作電圧以上の駆動信号が印加されると,2端
子薄膜半導体素子から共通浮遊電極に当初電流が流れるが,その先
の共通浮遊電極が接地端子や電源端子に接続されていないため,共
通浮遊電極の電位が上昇する方向に変動し,このように,共通浮遊
電極の電位が上昇すると,駆動信号が印加された外部取り出し端子
と共通浮遊電極との間の電位差が減少し,そうすると,2端子薄膜
半導体素子は電流を流さない方向に自動的に変化し,その結果,駆
動信号の漏れ電流が減少し,電圧降下も回復し,要素トランジスタ
には正常な駆動信号が供給され,したがって,本件発明においては,
構成要件Eの接続態様を採用して,2端子薄膜半導体素子の動作電
圧を,保護すべき要素トランジスタ(画素TFT等)の動作電圧程
度まで低下させても問題は生じない旨主張する。
ⅰしかしながら,本件明細書の特許請求の範囲には,順方向しき
い値電圧及び逆方向しきい値電圧の数値に関する規定はなく,ま
た,本件明細書には,しきい値電圧を考慮すると,付加ゲート電
極及び第2主電極は共通浮遊電極に接続することが好ましいとし
か記載されておらず,付加ゲート電極及び第2主電極を外部取り
出し端子に接続することにより,2端子薄膜半導体素子の導通す
る電圧を,画素TFTの動作電圧と同程度にまで低下させること
ができ,TFTの保護の面でメリットがあるとは記載されていな
い。また,第1主電極を共通浮遊電極に接続することにより,2
端子薄膜半導体素子の動作電圧を,画素TFTの動作電圧程度ま
で低下させても問題は生じないことも記載されていない。
原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づかないのみならず,
本件明細書の記載に反するものであって,失当である。
また,順方向接続態様は,本件明細書に一切記載されておらず,
本件明細書から自明といえるものでもなく,順方向接続態様の作
用効果や技術的意義についても記載がないのであるから,構成要
件Eに係る本件訂正は,新規事項の追加に該当する。仮に,この
訂正が新規事項の追加に該当しないとすれば,順方向接続態様と
逆方向接続態様とは,適宜選択できる設計的事項にすぎないこと
になる。
ⅱ原告の上記主張は,保護回路の動作電圧を要素トランジスタの
動作電圧と同程度に設定すると,当初は,駆動信号が共通浮遊電
極に漏れるが,流れ込んだ静電気によって共通浮遊電極の電位が
上昇して,外部取り出し端子と共通浮遊電極との電位差が保護回
路の動作電圧以下となるから,それ以降は漏れ電流が減少し,要
素トランジスタの動作に支障が生じない,というものである。
そこで,原告が主張するように,「保護回路の動作電圧」(以
下「Vth」という。)と「要素トランジスタの動作電圧」を同
程度に設定した場合を想定する。上記の説明から,駆動信号の電
圧は,Vthより大きいことは明らかであるところ,これを,乙
1文献の記載を参考にして,仮に3Vthとする。3Vthの駆
動信号を外部取り出し端子に印加すると,保護回路はオンとなり,
共通浮遊電極に静電気が流れ込む。やがて,共通浮遊電極の電位
が2Vthになると,保護回路はオフとなり,静電気は共通浮遊
電極に流れることはなく,要素トランジスタが正常に動作するこ
とになる。そして,これ以降は,駆動信号が3Vthを超えた場
合にのみ保護回路がオンとなるのであり,3Vth以下ではオン
とならない。
すなわち,保護回路の動作電圧を要素トランジスタの動作電圧
と同程度に設定し,順方向接続態様とした作用効果とは,3Vt
hの駆動信号を印加した当初に,共通浮遊電極の電位が2Vth
になるまで,共通浮遊電極に駆動信号を漏れ続けさせるという効
果であり,共通浮遊電極の電位が2Vthになり,要素トランジ
スタが正常に動作する状態になって以降は,駆動信号が3Vth
を超えないと保護回路はオンとならないから,乙1文献のように,
しきい値電圧が3Vthの保護回路を使用したときと,保護回路
の導通電圧に差はないこととなる。
この説明は,駆動信号の電圧を3Vthと仮定した場合に限ら
ず,Vthを超えるすべての駆動信号の電圧について当てはまる
ものである。
したがって,原告の主張する,「本件発明は,乙1文献と比較
して,2端子素子の導通電圧を画素TFTの動作電圧まで低下さ
せることで,より有効に静電破壊を防止する」との作用効果は,
駆動信号を印加した当初のごく短時間には奏することができるが,
通常使用状態になって以降には奏することのできないものである。
(c)また,原告は,乙1発明では,保護回路のトランジスタが画素
TFTの動作電圧とほぼ同じ電圧で動作するときは,画素TFTの
駆動に障害が生ずるおそれがあるとともに,駆動時において駆動信
号が漏れ出して消費電流も増加するから,乙1発明の構成に,本件
発明の構成要件Eの接続態様のような低い動作電圧を有する保護回
路を組み合わせることについては,阻害要因がある旨主張する。
ⅰしかしながら,原告の上記主張は,本件発明について,特許請
求の範囲に順方向しきい値電圧が低いことを規定していることを
前提にしている点で誤っているのであるが,その点はおくとして
も,乙1発明の2端子素子がアースに接続されたことを前提とし
ている点で誤っている。すなわち,相違点1について主張したと
おり,乙1発明において,アースは共通浮遊電極と実質的に同等
なものであるか,又は,アースを共通浮遊電極に変更することは
何らの困難性もなく推考し得る設計変更にすぎないのであるから,
検討すべきは,アースを共通浮遊電極に置換した乙1発明につい
ての相違点2の容易推考性である。
そして,置換した乙1発明について,低い動作電圧を有する保
護回路を組み合わせることに阻害要因がないことは明らかである。
ⅱ原告の上記主張は,乙1文献において,保護用TFTと画素用
TFTを同時形成していることを理由に,保護用TFTの順方向
しきい値電圧が画素用TFTの順方向しきい値電圧と同程度とな
ることを前提としたものと解される。
しかしながら,本件明細書にも記載されているとおり,保護用
TFTと画素用TFTを同時形成しても,チャンネル長,チャン
ネル幅及びオフセット領域などを設定することにより,しきい値
電圧を調整することができることは技術常識であるから,保護回
路のトランジスタの順方向しきい値電圧は,画素用TFTの順方
向しきい値電圧と同程度であるとは限らない。
乙1文献において,上記技術常識を参酌して,トランジスタの
しきい値電圧をVthより大きな適宜の値にすれば,接続先が共
通浮遊電極であろうとアースであろうと,トランジスタを順方向
接続の1段にすることに何の問題もないことは明らかである。
そして,本件発明においても,2端子薄膜半導体素子と薄膜ト
ランジスタは同時形成されているが,2端子薄膜半導体素子の順
方向しきい値電圧の値は規定されておらず,また,本件明細書に
は,「以上の2端子素子は,内部のTFT動作に影響を与えない
様,チャンネル長,チャンネル幅,Vの選択がされるが,さTH
らに付加ゲート電極と第1主電極の間,第1主電極延在部と第2
主電極の間にオフセット領域を設定することも可能である。」,
「第4図は第3図aの2端子素子の付加ゲート電極12と第2主
電極106を短絡した例で,第2主電極106に電圧が印加され
たときTFTのVとほぼ同じ値で電流が流れる。そのため静TH
電気保護素子と用いるときには,TFTよりチャンネル長を長く,
またはチャンネル幅を狭くすることが望ましい。」との記載があ
るから,前記しきい値電圧は,画素用TFTの動作電圧より高い
と解すべきであり,同程度であるとはいえない。上記「内部のT
FT動作に影響を与えない様」とは,乙1の記載を参酌すれば,
内部のTFTを十分飽和電流まで駆動できる電圧以上のしきい値
電圧にすべきものと解される。
したがって,保護用TFTと画素用TFTが同時形成されるこ
とを理由に,保護用TFTの順方向しきい値電圧が,画素用TF
Tの順方向しきい値電圧と同程度となるという原告の議論の前提
は,乙1発明においても本件発明においても,誤っている。
(d)以上より,相違点2は当業者が容易に推考し得ることである。
c相違点3について
乙1文献には,「以上説明したように本発明では,保護トランジス
タの作製は各要素トランジスタの製作工程と全く同じ工程で同時に可
能であり,且つ各要素トランジスタの過大ゲート電圧が印加されるの
を防止できた。こうして特に工程数を増やすことなく,保護トランジ
スタをアレー中に作り込むことができ,アレーの各要素トランジスタ
のゲート絶縁膜破損を防止することができ,TFTを大規模に集積し
たTFTアレーを歩留り良く製作することが可能となった。」(3頁
左下欄16行ないし右下欄5行)と記載されている。
また,特開昭58−7874号公報(以下「乙4文献」という。)
には,「工程数の増加は必然的にコストの上昇と歩留りの低下に反映
するので工程数の増加を防ぎつつ保護ダイオードを内蔵させたMOS
トランジスタを得ることは極めて重要である。」(3頁左上欄10行
ないし14行)と記載されている。
これらの記載にあるように,TFTを静電気から保護するためのト
ランジスタやダイオードの作製において,工程数を増やさないように
することは周知の課題といえ,共通浮遊電極はソース・ドレイン電極,
ゲート電極やソースライン,ゲートラインなどと同じ材料で作製され
るものであるから,乙1発明に共通浮遊電極を形成する場合に,工程
数を増やさないようにするために,これらと同時に形成することは,
当業者が当然に採用する技術的手段にすぎない。
したがって,相違点3は当業者が容易に推考し得ることである。
(ウ)以上のとおり,本件発明は,乙1発明及び乙2発明の技術に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ乙3文献を主引用例とした場合の進歩性欠如
(ア)乙3文献に記載された発明(以下「乙3発明」という。)と本件発
明との相違点は,以下のとおりである。
a相違点1
2端子薄膜半導体素子が接続されている対象が,本件発明では,
「前記外部取り出し端子間とこれに近接して設けられた共通浮遊電極
との間」であるのに対し,乙3発明では,外部取り出し端子と共通G
ND電位(VSS)となる電源配線との間である点
b相違点2
本件発明では,2端子薄膜半導体素子は,薄膜トランジスタと同じ
絶縁基板上に形成されているのに対し,乙3発明では,保護回路用T
FTの形成方法は記載されていない点
c相違点3
本件発明では,「前記付加ゲート電極及び前記第2主電極は前記外
部取り出し端子に接続し,前記第1主電極は前記共通浮遊電極に接続
して」いるのに対し,乙3発明では,「ソース又はドレインのいずれ
か一方は入力端子に接続され,他方のソース又はドレインはゲートと
接続された後に電源配線に接続されている」点
d相違点4
本件発明では,「前記共通浮遊電極は,前記外部取り出し端子と同
時に,または前記ゲート電極または前記ソース電極及び前記ドレイン
電極と同時に形成されて」いるのに対し,乙3発明では,共通浮遊電
極はないから,その形成方法も記載されていない点
e相違点5
本件発明では,付加ゲート電極はゲート電極と同時に形成されてお
り,付加ゲート絶縁膜はゲート絶縁膜と同時に形成されており,付加
薄膜半導体は半導体薄膜と同時に形成されているのに対し,乙3発明
では,保護回路用TFTの形成方法は記載されていない点
(イ)相違点についての検討
a相違点1について
(a)前記ア(イ)aで主張したように,本件発明においては,一方
の外部取り出し端子に発生した静電気を,2端子薄膜半導体素子を
導通させて,他に逃がす必要があり,そして,2端子薄膜半導体素
子から逃がした静電気は,他の端子や共通浮遊電極を介して他の複
数の端子に分割して流れるようにしてもよいし,接地端子に流して
もよい。
そして,乙3文献には,「第1図に示す本発明による保護回路で
は,各入力端子がTFTを介してV乃至Vに接続されているSSDD
ため,基本的にTFTLSIの総ての端子がいくつかのPN接合を
介して接続されることになる。従っていづれかの端子に,静電気が
印加しても,PN接合乃至ソース・ドレインのブレイクダウンによ
り,TFTLSI回路全体に静電気が伝わり,TFTLSIの各部
分の間の電位差はあまり大きくならないため,静電気による破壊に
対して強くなる。」(2頁左下欄9行ないし18行)と記載されて
おり,各入力端子がTFTを介してVSSに接続されていると,い
づれかの端子に静電気が印加しても,PN接合のブレイクダウンに
より,TFTLSI回路全体に静電気が伝わると解されるところ,
この作用は上記の本件発明の作用と同じである。
したがって,相違点1は実質的な相違点ではない。
(b)仮に,相違点1が実質的な相違点であるとしても,前記ア
(イ)aで主張した乙2発明の構成からすれば,乙3発明の「保護
回路用TFTは,外部取り出し端子と共通GND電位(V)となSS
る電源配線とに接続されている」構成に,上記の乙2発明の技術を
適用し,本件発明の「外部取り出し端子とこれに近接して設けられ
た共通浮遊電極との間」に接続する構成に変更することは,当業者
ならば何ら困難性なく推考し得る設計変更にすぎない。
(c)原告は,乙3発明は,静電気を電源ラインに逃がすことを特徴
とする発明であり,入力配線に印加された静電気を他の入力ライン
に分散させるという技術的思想は開示されていないと主張する。
しかしながら,乙3文献には,「第1図に示す本発明による保護
回路では,各入力端子がTFTを介してV乃至Vに接続されSSDD
ているため,基本的にTFTLSIの総ての端子がいくつかのPN
接合を介して接続されることになる。したがっていずれかの端子に,
静電気が印加しても,PN接合乃至ソース・ドレインのブレイクダ
ウンにより,TFTLSI回路全体に静電気が伝わり,TFTLS
Iの各部分の間の電位差はあまり大きくならないため,静電気によ
る破壊に対して強くなる。」(2頁左下欄9行ないし18行)と記
載されており,具体的な接続経路を理解できるか否かとは関係なく,
入力配線に印加された静電気を他の入力ラインに分散させるという
技術的思想が記載されていることは明らかである。
b相違点2及び5について
乙1文献に,「以上説明したように本発明では,保護トランジスタ
の作製は各要素トランジスタの製作工程と全く同じ工程で同時に可能
であり,且つ各要素トランジスタの過大ゲート電圧が印加されるのを
防止できた。こうして特に工程数を増やすことなく,保護トランジス
タをアレー中に作り込むことができ,アレーの各要素トランジスタの
ゲート絶縁膜破損を防止することができ,TFTを大規模に集積した
TFTアレーを歩留り良く製作することが可能となった。」(3頁左
下欄16行ないし右下欄5行)と記載されているように,信号処理用
TFTと保護回路用TFTとを,工程数を増やすことのないように,
同じ絶縁基板上に同時に形成することは,当業者にとって周知の課題
についての解決手段にすぎない。
このような課題が周知であることは,乙4文献に,液晶画像表示装
置に用いられる絶縁性基板上に形成されたスイッチ用非晶質シリコン
MOSトランジスタにおいて,静電気などによる絶縁破壊からゲート
絶縁膜を保護するための保護ダイオードを,工程数の増加を防ぐべく
MOSトランジスタの作製と同時に作製する技術が記載されており,
また,乙5文献に,薄膜トランジスタをマトリクス状に接続してなる
半導体装置を静電気から保護するための,薄膜トランジスタで構成し
たクランプ回路を備える半導体装置保護回路において,保護されるべ
き薄膜トランジスタと同一プロセスで,前記クランプ回路の薄膜トラ
ンジスタを形成する技術が記載されていることからも明らかである。
したがって,乙3発明において,周知の課題を解決すべく,乙1文
献記載の技術を適用して,保護回路用TFTを,TFTLSIのTF
Tと同じ絶縁基板の上に同時に形成することは,当業者ならば,容易
に推考し得ることにすぎない。
c相違点3について
乙3文献の第4図のTFT(T2)と,乙1文献の第5図の保護T
FT21などの接続態様は同じであるから,相違点3は,前記ア(イ)
bでの主張と同じ理由により,当業者が容易に推考し得ることである。
d相違点4について
前記ア(イ)cで主張したように,TFTを静電気から保護するた
めのトランジスタやダイオードの作製に工程数を増やさないようにす
ることは周知の課題といえ,共通浮遊電極はソース・ドレイン電極,
ゲート電極やソースライン,ゲートラインなどと同じ材料で作製され
るものであるから,乙3発明に共通浮遊電極を形成する場合に,工程
数を増やさないようにするために,これらと同時に形成することは,
当業者が当然に採用する技術的手段にすぎない。
したがって,相違点4は,当業者が容易に推考し得ることである。
(ウ)以上のとおり,本件発明は,乙3発明及び乙1文献に記載された技
術に基づいて(又は,乙3発明並びに乙1発明の技術及び乙2発明の技
術に基づいて),当業者が容易に発明をすることができたものである。
この点,原告は,乙3発明に乙1発明の同時形成の技術的思想を適用
し,かつ,第2接続態様とした場合,通常,保護用TFTと画素TFT
のしきい値電圧は同様の特性となるから,駆動信号は保護用TFTから
VSSラインに漏れ出し,画素TFTに印加される駆動信号が減衰して
画素TFTが正常に駆動しなくなるおそれがあり,これは,乙3発明に
乙1発明を適用する際の阻害要因となると主張する。
しかしながら,そもそも,保護用TFTと画素TFTを同時形成をし
たとしても,これらのしきい値電圧は,必ずしも同様の特性となるとは
限らず,また,本件明細書には,チャンネル長,チャンネル幅及びオフ
セット領域などを設定することにより,しきい値電圧を調整することが
できることが記載されているから,原告の上記主張は理由がない。
(原告)
ア乙1文献を主引用例とした場合の進歩性
(ア)乙1発明と本件発明との相違点は,以下のとおりである。
a構成要件Bについて
2端子薄膜半導体素子が接続されている対象が,本件発明では「前
記端子とこれに近接して設けられた共通浮遊電極との間」であるのに
対し,乙1発明では,「外部取り出し端子と接地端子との間」である。
b構成要件Eについて
乙1文献の第5図には,保護トランジスタのソースがゲートバス5
1に接続され,保護トランジスタのドレイン及びゲートがアースに接
続された構成が記載されている。これに対して,本件発明は,ゲート
に相当する付加ゲート電極がゲートバスに相当する外部取り出し端子
に接続されている。
また,乙1の第3図には,直列接続する2つの保護トランジスタか
らなる保護回路が記載され,一方の保護トランジスタTrのゲート2
4とドレイン9が入力端2aに接続し,保護トランジスタTrのソ2
ースが他方の保護トランジスタTrのゲート及びドレインに接続し,3
保護トランジスタTrのソースがアースに接続する構成が記載され3
ている。つまり,保護トランジスタが2段階に接続されている。一方,
本件発明の構成要件Eは,1つのトランジスタ構造を有する2端子素
子を,外部取り出し端子と共通浮遊電極の間に接続する構成となって
いる。
c構成要件Fについて
乙1文献には共通浮遊電極に相当する浮遊電極が記載されておらず,
本件発明の構成要件Fを備えていない。
(イ)本件発明の特徴からの検討
a本件発明の特徴は,以下の3点である。
(a)特徴①
高圧保護用の2端子薄膜半導体素子と薄膜トランジスタを同時に
形成して,製造工程を増やすことなく静電気保護回路を構成するこ

(b)特徴②
付加ゲート電極が外部取り出し端子側に接続する単一の2端子薄
膜半導体素子を,外部取り出し端子と共通浮遊電極との間に挿入し,
外部取り出し端子から共通浮遊電極へ低電圧で,例えば,薄膜トラ
ンジスタ(保護回路によって静電気から保護されるトランジスタ)
の動作電圧とほぼ同じ電圧で電流が流れるようにして,放電が開始
されること
(c)特徴③
外部取り出し端子に印加された静電気は,2端子素子の保護回路
を通じて共通浮遊電極へ,更に他の外部取り出し端子へと分割され
るので,アース等の外部に繋がった固定電位に接続する必要がない
こと
b上記aの本件発明の各特徴の点から,本件発明と乙1発明との相違
を,以下で検討する。
(a)特徴①について
乙1文献には,保護トランジスタと要素トランジスタ(保護回路
により保護されるトランジスタ)を同時に形成することが記載され
ているが,保護回路の構成要素である配線まで同時に形成すること
は記載されていない。そして,乙1文献の第5図の回路図では,各
保護トランジスタ21,22,23を,それぞれアースに接続した
上で,絶縁基板上でどのようにして配線を設けるかについて,第1
図,第2図を参照しても理解することができない。
また,乙1文献は,2端子薄膜半導体素子と共通浮遊電極を共に
内部の薄膜トランジスタと同時に形成し,製造工程を増やさないと
いう本件発明の技術的思想を記載も示唆もしていない。
(b)特徴②について
ⅰ一般に,印加された静電気の電圧が高いほど,また,印加され
る時間が長いほど,静電破壊が発生しやすい。そのために,要素
トランジスタ(画素TFT)に印加される静電気の電圧及び電気
量は,可能な限り低減すべきである。
ⅱ乙1文献には,ゲートバスからアースに向けて,保護トランジ
スタのゲート電極をアース側に接続した逆方向接続の保護回路
(第5図)と,ゲート電極をゲートバス側に接続した順方向接続
の保護トランジスタを2個直列に接続した保護回路(第3図)が
記載されている。
ところで,保護トランジスタが逆方向接続であるときは,乙1
文献の3頁左下欄5行ないし7行に記載されるとおり,p−チャ
ンネル電導となって,電圧が20ないし30V以上に上がらない
とゲートバスからアースへの導通が顕著とならない。一方,乙1
文献の第6図に示されるように,保護トランジスタが「順方向接
続」(n−チャンネル電導)の場合は,ゲート電圧が約4Vでド
レイン電流はほぼ飽和する。つまり,順方向接続のしきい値電圧
は4V以下である。このように,逆方向接続のしきい値電圧(電
圧20ないし30V)は,順方向接続のしきい値電圧(4V)よ
りもはるかに高い。ちなみに,画素TFTのゲート線はすべてゲ
ートバスラインに接続されているため,画素TFTの動作電圧は,
順方向接続のしきい値電圧とほぼ同じになる。
したがって,乙1文献の第5図に示された保護回路では,保護
トランジスタが逆方向接続であるため,ゲートバスに静電気が印
加されたとき,順方向しきい値電圧よりもはるかに高い逆方向し
きい値電圧にならなければ保護機能を発揮できない。また,乙1
文献の第3図に示す保護回路では,2個の保護トランジスタが順
方向接続で直列に接続されているため,順方向しきい値電圧の2
倍以上の電圧(8V以上)にならなければ,保護機能を発揮するこ
とができない。
これに対して,本件発明の2端子薄膜半導体素子は,構成要件
Eの接続態様であるため,順方向しきい値電圧,すなわち,保護
すべき画素TFTの動作電圧とほぼ同じ電圧で電流が流れ,より
低い電圧で静電気の放電が開始される。
ⅲ乙1文献に開示された構成では,本件発明のように保護トラン
ジスタの導通を画素TFTの動作電圧と同程度に低下させると,
画素TFTが十分には駆動しなくなるおそれがある。
例えば,第3図に示された回路において,ゲートバスに接続す
る順方向接続の保護トランジスタをTrの1個のみとした場合2
を考えてみる。端子2aに要素トランジスタTrの動作電圧V1
t以上,例えば電圧2Vtの駆動信号を与えてTrを駆動しよ1
うとすると,保護トランジスタTrのゲート電極4にも同じ電2
圧が印加され,保護トランジスタTrも導通してゲートバス22
に印加された駆動信号がアースに流れ出ることになる。そうなる
と,要素トランジスタTrのゲート電極に与えられるべき駆動1
信号が減衰して,要素トランジスタTrの駆動が阻害されるお1
それがある。また,保護トランジスタTrからアースに駆動信2
号が漏れ出して,消費電力も増加するおそれがある。
このように,乙1文献に記載された半導体装置においては,保
護回路の動作電圧を要素トランジスタの動作電圧と同程度に設定
すると,駆動信号が漏れ出して減衰し,要素トランジスタの動作
に支障をきたすおそれがある。乙1文献の第3図において,保護
トランジスタを2個直列接続するのは,上記のような駆動信号の
漏れや減衰を回避するためである。乙1文献に接した本件出願当
時の当業者ならば,上記の事情を容易に理解することができる。
これに対して,本件発明においては,構成要件Eの接続態様を
採用して,2端子薄膜半導体素子の動作電圧を,保護すべき要素
トランジスタの動作電圧程度まで低下させても問題は生じない。
本件発明の構成においても,駆動時に外部取り出し端子に要素ト
ランジスタの動作電圧以上の駆動信号が印加されると,2端子薄
膜半導体素子から共通浮遊電極に当初電流が流れるが,その先の
共通浮遊電極が接地端子や電源端子に接続されていないため,共
通浮遊電極の電位が上昇する方向に変動する。共通浮遊電極の電
位が上昇すると,駆動信号が印加された外部取り出し端子と共通
浮遊電極との間の電位差が減少する。すると,2端子薄膜半導体
素子は電流を流さない方向に自動的に変化する。その結果,駆動
信号の漏れ電流が減少し,電圧降下も回復し,要素トランジスタ
には正常な駆動信号が供給されるのである。
(c)特徴③について
乙1文献に記載される半導体装置においては,その第3図及び第
5図のいずれの実施例においても,ゲートバスに接続する保護回路
の2つの端子の一方はアースに接続している。したがって,乙1文
献には,1つのゲートバス(外部取り出し端子)に印加された静電
気を他のゲートバス(外部取り出し端子)へ分散放電するという,
本件発明の技術的思想は開示されていない。
c上記aの本件発明の各特徴の点から,本件発明と乙2発明との相違
を,以下で検討する。
(a)特徴①について
乙2文献では,絶縁基板上にTFTアクティブマトリックスを形
成するが,保護回路が2個の直列接続するMOS型トランジスタで
あること以外に構造や形成方法が何ら記載されておらず,乙2文献
に保護素子とTFTとを同時に形成するという技術的思想は存在し
ない。
(b)特徴②
乙2文献に記載される保護回路は,本件発明の構成要件Eの接続
態様と異なり,接続方向の異なる2つのトランジスタ(順方向接続
のMOS型トランジスタと逆方向接続のMOS型トランジスタ)が
直列に繋がっている。したがって,Xラインから配線Aに電流が流
れるためには,配線Aに対してXラインの電位が,1つのMOS型
トランジスタのソース・ドレイン間の逆方向しきい値電圧と他の1
つのMOS型トランジスタの順方向しきい値電圧の合計を超えなけ
ればならない。ソース・ドレイン間の逆方向しきい値電圧は,薄膜
トランジスタ(画素TFT)の動作電圧よりもはるかに高いから,
乙2文献の2つのMOS型トランジスタを接続した保護回路は,本
件発明の「薄膜トランジスタ(画素TFT)の動作電圧とほぼ同じ
電圧で2端子薄膜半導体素子が動作する保護回路」と比べて,はる
かに高い電圧の静電気に対してしか作動せず,薄膜トランジスタの
保護機能において劣っている。
したがって,乙2文献には,保護回路の2端子薄膜半導体素子に
ついて,薄膜トランジスタ(画素TFT)とほぼ同じ動作電圧で電
流が流れるようにするという技術的思想は開示されていない。
(c)特徴③
乙2文献の配線Aは,組立工程においてはフローティング(浮遊
電極)であるが,乙2文献の記載によると,組立てが完成した後は
接地端子に接続することが推奨されている。このように,乙2文献
では,接地することで静電気をアースに逃がして破壊防止効果を大
きくすることが推奨されているのである。
また,乙2文献に開示されている2つのMOS型トランジスタを
順方向と逆方向に直接に繋いだ保護回路では,配線Aから他のXラ
インへと静電気を分散することは難しい。配線Aから見た場合,配
線Aに蓄積された電荷が他のXラインへ流れるためには,配線Aの
電位が,1つのMOS型トランジスタの順方向しきい値電圧に,他
の1つのMOS型トランジスタのソース・ドレイン間の逆方向しき
い値電圧を加えた電圧よりも上昇しなければならない。しかしなが
ら,乙2文献には,「配線Aの容量は大きい方が静電気による破壊
防止の効果が大きい。具体的には配線Aの配線巾を大きくしたり,
第2図に示した配線Aはアクティブマトリックスの外周1/2に配
線されているが,全外周に配線することなどにより,配線Aの面積
をより大きくするとよい。」と記載されている(3頁左上欄2行な
いし7行)ように,配線Aの容量は大きいから,配線Aの電位は上
昇し難いのであり,したがって,配線Aから他のXラインへは電流
が流れ難い。
このように,乙2文献には,1つのXラインに印加された静電気
を他のXラインに放電するという本件発明の技術的思想が記載され
ているとはいえない。
d乙1文献と乙2文献との組合せ
前記b,cで主張したとおり,乙1文献及び乙2文献のいずれにも,
本件発明の構成要件Eの接続態様の保護回路を使用して,外部取り出
し端子から共通浮遊電極へ,保護すべき薄膜トランジスタ(画素TF
T等)の動作電圧とほぼ同じ電圧で電流が流れるようにする技術的思
想,及び他の外部取り出し端子へ静電気を分散させる技術的思想は,
記載も示唆もされていない。
また,前記bで主張したとおり,乙1発明では,保護回路のトラン
ジスタが画素TFTの動作電圧とほぼ同じ電圧で動作するときは,画
素TFTの駆動に障害が生ずるおそれがあるとともに,駆動時におい
て駆動信号が漏れ出して消費電流も増加する。したがって,乙1文献
に開示された構成に,本件発明の構成要件Eの接続態様のような低い
動作電圧を有する保護回路を組み合わせることについては,阻害要因
がある。
また,前記b,cで主張したとおり,乙2文献には,配線Aの製造
方法は何ら記載されておらず,乙1文献にも,保護回路とアースを結
ぶ配線の形状や製造工程は何ら記載も示唆もされていないから,乙2
文献の配線Aを乙1文献の保護回路とアース間の配線に適用しようと
しても,乙1文献のゲートバス51,52,53とソースバス55,
56,57に絶縁膜を介して交差させ,かつ,要素トランジスタ31,
32,41,42のゲート電極又はソース電極,ドレイン電極とどの
ようにして同時に形成するかについて,当業者といえども容易に想到
できるものではない。
したがって,当業者が,乙1文献及び乙2文献から本件発明を容易
に想到できるとはいえない。
(ウ)相違点についての検討における被告の主張に対する反論
a相違点1について
(a)被告は,乙2文献の「第2図のアクテイブマトリツクスが組立
工程の途上にある時は,配線Aはフローテイングとなっている。従
って前記静電気が配線Aに流れる割合は,配線Aのフローテイング
電位と該配線の容量によって決まる。」(2頁右下欄16行ないし
3頁左上欄1行),及び「アクテイブマトリツクスが周辺回路など
に接続されて組み立てが完了した時は,配線AもGND電位に接続
するとよい。この場合は静電気だけでなく,周辺回路を通して入力
するサージに対しても本発明の保護回路は役立つ。」(3頁左上欄
7行ないし12行)との記載について,配線Aがフローティング電
位であっても,GND電位であっても,静電気に対する保護回路の
保護機能につき何ら変わりがない旨記載されていると主張する。
しかしながら,乙2文献の上記各記載を続けて読めば,これは,
配線AをGND電位に接続することを推奨していることは明らかで
ある。組立工程の途上にあるときは,配線Aは,当然フローティン
グにならざるを得ない(組立工程の途上のライン上では,配線Aを
GND接続することは難しい。)。その場合には,配線Aの電気容
量によって静電気を配線Aにどれだけ流し込めるかが決まることを,
上記抜粋の前半の文章は説明している。そして後半の文章には,
「組み立てが完了した時は,配線AもGND電位に接続するとよ
い。」と,明らかに,組立てが終わって配線AをGND電位に接続
できるようになった状態では,そちらのほうが良いと推奨している
のである。
このように,乙2文献の被告が抜粋している箇所は,配線Aにつ
いてGND電位にすることを推奨しているのであり,配線Aがフロ
ーティング電位であってもGND電位であっても,静電気に対する
保護回路の保護機能につき何ら変わりがないということは記載され
ていない。
(b)被告は,本件発明には,第1主電極延在部を備える旨の規定は
ないから,逆方向しきい値電圧以上にならなければ,共通浮遊電極
から他の外部取り出し端子に電流が流れるとはいえず,したがって,
乙1発明のアースを共通浮遊電極に変更したものと,本件発明の保
護回路とでは,2端子素子の保護回路を通じて共通浮遊電極へ,更
に他の外部取り出し端子へと分割される際に必要とされる電圧に差
異はない旨主張する。
被告の上記主張は,「乙1発明のアースを共通浮遊電極に変更し
たもの」を,本件発明の保護回路と比較した議論であるが,そもそ
も,1つのゲートバス(外部取り出し端子)に印加された静電気を,
共通浮遊電極を通じて他のゲートバス(外部取り出し端子)に分散
放電するという本件発明の技術的思想は,乙1文献にも乙2文献に
も開示されていない以上,乙1発明のアースを共通浮遊電極に変更
した構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものではない。
(c)被告は,乙2文献においては,Xラインから配線Aへ流れるし
きい値電圧と配線Aから他のXラインへ流れるしきい値電圧は同じ
であること,本件発明において,特許請求の範囲には順方向しきい
値電圧及び逆方向しきい値電圧の数値に関する規定はないことから,
乙2文献には1つのXラインに印加された静電気を他のXラインへ
放電するという本件発明の技術的思想が記載されているとはいえな
いとの原告の主張は誤りである旨主張する。
しかしながら,「乙2文献においては,Xラインから配線Aへ流
れるしきい値電圧と配線Aから他のXラインへ流れるしきい値電圧
は同じであること」や,「本件発明において,特許請求の範囲には
順方向しきい値電圧及び逆方向しきい値電圧の数値に関する規定は
ない」ことから,なぜ「乙2文献には1つのXラインに印加された
静電気を他のXラインへ放電するという本件発明の技術的思想が記
載されているとはいえないとの主張は誤り」といえるのか,被告の
主張は理解できない。乙2文献に,「1つのXラインに印加された
静電気を他のXラインへ放電するという本件発明の技術的思想が記
載されていない」ことについては,前記(イ)のとおりである。
(d)被告は,乙2文献の配線AをGND電位に接続したときの効果
として,「この場合は静電気だけでなく,周辺回路を通して入力す
るサージに対しても本発明の保護回路は役立つ。」(3頁左上欄9
行ないし12行)と記載されていることを根拠として,静電気から
保護するためにGND電位にすることを推奨しているとは解されず,
むしろ,静電気から保護するためには,配線Aをフローティング電
位にすることとGND電位にすることとの間に差はない旨が記載さ
れていると主張する。
しかしながら,乙2文献の上記記載は,「この場合は静電気だけ
でなく・・・」という出だしになっており,GND電位にすること
が「静電気に対して役立つ」ことは当然の前提とされた上で,「サ
ージに対しても・・・役立つ」と続いているのである。
(e)被告は,乙2文献には,組立工程において配線Aをフローティ
ング電位にすることが記載されていることと,本件明細書の発明の
効果としてTFT装置の製造プロセス中や実装工程中の静電気破壊
防止があげられていることから,乙2文献記載の技術を乙1発明に
適用する動機付けは十分にあると結論付けている。
しかしながら,発明の課題が共通であるだけで,組み合わせる動
機が十分であるとはいえない。乙2文献の配線Aをフローティング
にしたものを,いかなる目的で乙1文献に組み合わせようと当業者
が発想するのか,その理由について被告は全く説明していない。
また,乙2文献記載の技術を乙1発明に適用する動機付けがあっ
たとしても,それのみでは,乙2発明と乙1発明を組み合わせて本
件発明へと想到することの困難性は相変わらずである。乙1発明の
構成に,乙2文献に開示された配線Aをフローティング電位にする
構成を組み合わせても,それだけでは保護回路の構成が異なるため
(乙1文献には構成要件Eの接続態様の保護回路は開示されていな
い。),本件発明には至らない。保護回路の接続先をGND電位に
することが前提の乙1発明や乙2発明では,構成要件Eの保護回路
を使用することは,通常,当業者が想到し得ることではない。
(f)被告は,原告は,「両方向に電流を流しやすい構造でないも
の」も本件発明に含まれることを自認しているのであるから,本件
発明の技術思想として,分散放電を挙げることは許されないと主張
する。
しかしながら,本件明細書には,分散放電という技術思想が開示
されているのは事実である。一方,乙1文献には保護回路が接地さ
れた構成しか開示されていないし,乙2文献においても保護回路の
接続先は,GND電位にすることが推奨されている。静電気は保護
回路を通じてアースに流されるのであり,両文献には,分散放電の
技術思想は開示されていない。
本件発明に,「両方向に電流を流しやすい構造ではないもの」,
すなわち,構成要件Eの接続態様のみから構成される保護回路を含
むからといって,そのことゆえに,乙1発明及び乙2発明と比較し
て,「本件発明には分散放電の技術思想が開示されている」という
相違がなくなるものではない。構成要件Eの接続態様のみの保護回
路でも,共通浮遊電極を介した分散放電は生じるからである。
この点について,被告は,乙2発明も,相応の電圧がかかれば分
散放電が可能な構造をしているので,本件発明を乙2発明と比較し
た場合の進歩性を裏付ける相違点とはならないと主張する。
しかしながら,乙2文献では,静電気からの保護のために,配線
AをGND電位とすることを推奨しているところ,配線AをGND
電位に接続すると,静電気は配線Aを通じてアースへと流れ出して
しまうため,分散放電は生じない。また,乙2文献では,組立工程
において配線Aがフローティング状態にある場合には,静電気保護
は配線Aの容量を大きくすることで図られると記載されており,や
はり,分散放電の技術思想は開示されていない。
また,乙2文献に開示されている保護回路は,いずれも,2つの
トランジスタを逆方向に接続した構成のものであり,Xライン(本
件発明の外部接続端子に相当)に印加された静電気が保護回路を通
過して配線Aに流れ,配線Aから再度保護回路を通って他のXライ
ンへと分散されるためには,逆方向接続のトランジスタを2回通過
しなければならない。一方,本件発明の場合,構成要件Eの接続態
様のみの保護回路であっても,再分散のためには逆方向接続のトラ
ンジスタは1回通過すればよいだけであり,乙2文献の構成に比較
すると,再分散が生じやすくなっている。
このように,本件発明が,構成要件Eの接続態様のみの保護回路
を含むとしても,本件明細書に分散放電という発明思想を利用する
ことが開示されており,本件発明の保護回路の構成が再分散が生じ
やすい接続態様となっている点は,乙2文献記載の技術との相違点
なのである。
(g)被告は,静電気による絶縁破壊を防止するために,1つの端子
に印加された静電気を他の端子に分散放電して実質的な印加電圧を
低くすることは周知の技術であったことの証拠として,乙8文献及
び乙9文献を提出する。
しかしながら,乙8文献は,静電気を逃すための保護回路が使用
されていない。乙8文献に記載された発明(以下「乙8発明」とい
う。)は,特許請求の範囲に,「前記列電極線及び行電極線を該基
板上に構成する工程においては,該電極線はすべて該基板周辺で短
絡接続されており,該基板の完成時に,上記列電極線及び行電極線
を個々に切りはなす事を特徴とする」と説明されているように,製
造工程においてのみ,列電極線・行電極線を基板周辺で繋いでおい
て製造工程における静電気の分散を行うが,完成時には,その繋い
だ線を全て切り離してしまう,というものである。このように,乙
8発明では,製造工程における静電気からの保護のみが問題とされ
ており,製品完成後の静電気対策のことは一切考慮されていない。
このように,乙8発明は,製品完成後も保護回路を通じた静電気
の分散を行って画素TFTを静電気から保護する本件発明とは,そ
の構成も作用効果も全く異なる。したがって,乙8文献の開示は,
本件発明の参考となるものではない。
乙9文献は,発明の名称を「液晶表示素子用電極板の配向処理方
法」というものであり,液晶を基板上にラビング法で配向処理(液
晶の配向方向をそろえる処理)を行う際に,電極間を短絡してラビ
ング時の静電気による配向膜の絶縁破壊を防止する,というもので
ある。本件発明との共通点は,「液晶表示装置」についての「静電
気防止」という点のみであり,その他は全く異なる。乙9文献は,
保護回路を使用した静電気防止のための構成ではないし,保護の対
象も全く異なる。
(h)被告は,乙2文献においては,Xラインから配線Aへ流れるし
きい値電圧と配線Aから他のXラインへ流れるしきい値電圧とは同
じであるから,乙2文献の配線Aから他のXラインへ流れるしきい
値電圧は,本件発明の逆方向しきい値電圧より小さい旨主張するが,
乙2文献の保護回路は,順方向接続と逆方向接続のトランジスタを
2個直列に接続したものであるから,配線Aから他のXラインへ流
れるしきい値電圧は,順方向しきい値電圧に逆方向しきい値電圧を
加えたものとなり,本件発明の場合の逆方向しきい値電圧(構成要
件Eの接続のみの保護回路の場合)と比べ,明らかに大きい値とな
る。
また,被告は上記結論の前提として,乙2文献の保護回路のしき
い値電圧は,TFTの動作電圧よりも高く,TFTの破壊電圧より
も低いことは自明であり,また,本件発明の順方向しきい値電圧も,
これと同程度であると説明しているが,この前提も誤りである。本
件発明の保護回路の動作電圧は,順方向しきい値電圧であって,こ
れは画素TFTと同程度にすることが可能であるが,乙2文献の保
護回路のしきい値電圧は,順方向しきい値に逆方向しきい値電圧を
加えたものであって,画素TFTと同程度に低い電圧とすることが
できないからである(逆方向しきい値電圧は,画素TFTの動作電
圧より相当に高い。)。
b相違点2について
(a)被告の主張は,静電気を逃がす先がアースか共通浮遊電極かは,
実質的な相違ではないか,又は設計変更にすぎないことを前提とし
ているが,前記のとおり,この前提が間違っている。
(b)被告は,①本件明細書の特許請求の範囲には,順方向しきい値
電圧及び逆方向しきい値電圧の数値に関する規定はなく,②本件明
細書には,しきい値電圧を考慮すると,付加ゲート電極及び第2主
電極は共通浮遊電極に接続することが好ましいとしか記載されてお
らず,付加ゲート電極及び第2主電極を外部取り出し端子に接続す
ることにより,2端子薄膜半導体素子の導通電圧を,画素TFTの
動作電圧と同程度にまで低下させることができ,TFTの保護の面
でメリットがあるとは記載されていない,③第1主電極を共通浮遊
電極に接続することにより,2端子薄膜半導体素子の動作電圧を,
画素TFTの動作電圧まで低下させても問題は生じないことも記載
されていない,したがって,原告の主張は明細書の記載に基づかず,
失当であると主張する。
しかしながら,上記の被告の①ないし③の主張は,以下のとおり,
いずれも本件明細書の誤った解釈に基づくものである。
ⅰ上記①の点について
しきい値電圧の数値に関する規定がなくとも,「付加ゲート電
極及び第2主電極は外部取り出し端子に,第1主電極は共通浮遊
電極に接続」した場合と,「ゲートバスラインの外部取り出し端
子がソース電極(第1主電極に相当)に接続され,ゲート電極
(付加ゲート電極に相当)とドレイン電極(第2主電極に相当)
とが接続」した場合を比較すると,前者は後者に比べて,より低
い電圧の静電気を外部取り出し端子側から共通浮遊電極側へ流し
やすいことは,当業者ならば容易に理解し得ることである。
ⅱ上記②の点について
本件明細書には,構成要件Eの接続による作用効果の明示的な
記載はなくとも,上記の作用効果は,本件明細書に接した当業者
であれば容易に理解し得る作用効果であり,明細書に記載されて
いるのも同然と理解する事項である。
ⅲ上記③の点について
「第1主電極を共通浮遊電極に接続することにより,2端子薄
膜半導体素子の動作電圧を,画素TFTの動作電圧まで低下させ
ても問題は生じないこと」も,本件明細書に明示的には記載され
ていないが,当業者であれば,保護回路の接続先の共通浮遊電極
を接地せず「浮遊電極」としておけば,この作用効果が生じるこ
とは容易に理解できる。
(c)被告は,「本件明細書には,2端子素子を,画素TFTの動作
電圧とほぼ同じ電圧で電流が流れるようにすること」や,「当初共
通浮遊電極に電流が流れるが,共通浮遊電極の電位が上昇して電流
を流さない方向に自動的に変化すること」などは記載されておらず,
むしろ,「画素TFTの動作電圧の数倍の逆方向しきい値電圧以上
とならなければ,2端子素子からの放電が開始しない接続態様であ
る,付加ゲート電極と第2主電極とを短絡した上で,第2主電極を
共通浮遊電極に接続する態様を推奨している」とも主張する。
しかしながら,以下のとおり,被告の上記主張も,本件明細書の
理解不足によるものである。
すなわち,本件明細書には,実施例に開示された2端子素子を接
続する方向についての限定はないが,本件明細書には「第4図は第
3図aの2端子素子の付加ゲート電極12と第2主電極106を短
絡した例で,第2主電極106に電圧が印加されたときTFTのV
とほぼ同じ値で電流が流れる。」との記載があり,この記載にTH
接した当業者であれば,第4図や第6図,第7図(a)の2端子素
子を,第2主電極・付加ゲート電極側を外部取り出し端子側に,第
1主電極を共通浮遊電極側に繋げば,「画素TFTの動作電圧とほ
ぼ同じ電圧で電流が流れる」2端子素子となることは容易に理解で
きる。
また,「当初共通浮遊電極に電流が流れるが,共通浮遊電極の電
位が上昇して電流を流さない方向に自動的に変化すること」につい
ては,接地されていない共通浮遊電極に静電気を流し続ければ,当
然そのようになることは当業者ならば容易に理解し得ることであり,
これも,明示的な記載はなくとも,本件明細書に記載されているの
と同然であると理解する事項である。
また,「付加ゲート電極と第2主電極とを短絡した上で,第2主
電極を共通浮遊電極に接続する態様を推奨している」という点につ
いては,第2図及び第4図という実施例について,「好ましい」あ
るいは「望ましい」と説明されているものにすぎず,それぞれ実施
例の1態様にすぎないのであって,これらの記載により明細書に開
示された事項の範囲が制限されるものではない。
(d)また,被告は,乙1文献においては,第3図に2個の保護用T
FTを順方向接続することが示されており,「この様に保護用トラ
ンジスタの接続段数は必要に応じて増減すれば良い。」との記載は,
保護用TFTを1個だけ順方向接続することを示唆するものであり,
乙5文献に具体的に保護用TFTを1個だけ順方向に接続すること
が示されていることを考慮すれば,乙1発明において,保護トラン
ジスタを順方向接続とし,かつ,1個のみとすることに何の困難性
もないと主張する。
しかしながら,乙1文献の第3図の保護回路は,その接続先がア
ースであるところ,保護回路の接続先を接地端子とすると,保護回
路の動作電圧を低くした場合,画素TFTの制御が不十分になり,
画像表示装置としての機能に支障をきたす可能性がある。したがっ
て,上記の第3図に示された回路において,順方向接続の保護トラ
ンジスタを1個のみとした場合,要素トランジスタTrの駆動が1
阻害されるおそれや,保護トランジスタTrからアースに駆動信2
号が漏れ出して消費電力も増加するおそれがある。乙1文献に接し
た当業者ならば,このことは容易に理解できるのであるから,「こ
の様に保護用トランジスタの接続段数は必要に応じて増減すれば良
い。」との記載に接しても,これが保護用TFTを1個だけ順方向
接続することを示唆するとは理解しない。乙1文献にも,「第4図
の特性例を考慮すると,保護トランジスタを3段にすれば,Tr1
を十分に飽和電流まで駆動でき,且つ,飽和電流を与えるゲート電
圧以上ではゲート回路の入力インピダンスは急激に減少する。」
(2頁右下欄6行ないし10行)との記載があり,Trの十分な1
駆動のためには3段のトランジスタが必要であることが明記されて
いる。
これに対して,本件発明では,保護回路の接続先がアースされて
いない共通浮遊電極であるため,保護回路の動作電圧を低くするこ
とが可能なのである。
したがって,当業者であれば,乙1文献の接地された保護回路に
おいて,保護回路のトランジスタを順方向接続の1段のみにするこ
となど,通常は考えもしないのである。
(e)さらに,被告は,乙5文献には,具体的に保護用TFTを1個
だけ順方向に接続することが示されていることを考慮すれば,乙1
発明において,保護トランジスタを順方向接続1個のみとすること
に困難性はないと主張するが,以下に説明するように,乙1文献及
び乙5文献には,共通浮遊電極については記載も示唆もされていな
いので,乙5文献の保護回路の構成を乙1発明に適用しても,本件
発明を想到することはできない。
乙5文献の請求項1は,半導体装置保護回路についての物の請求
項であるが,その中に,「一定電位に固定される共通配線と上記各
直列回路の各入出力端子との間に,・・・設けたことを特徴とす
る」という構成要件が含まれている。つまり,乙5文献の保護回路
は,「一定電位に固定される共通配線」と,「各入出力端子」の間
に設けられる。
被告は,乙5文献の第5図及び第21図について,「TFTを静
電気から保護するために,保護用TFTを1個だけ順方向に接続す
ることが示されている」と評価しているが,上記の第5図及び第2
1図の回路は,保護回路の接続先が一定電位に固定される共通配線
であり共通浮遊電極となっていない。また,乙1文献においても,
保護回路は接地されており,共通浮遊電極ではない。したがって,
乙1文献の保護回路と乙5文献の第21図を組み合わせても,本件
発明を想到できないのである。
(f)被告は,「本件発明は,乙1文献と比較して,2端子素子の導
通電圧を画素TFTの動作電圧まで低下させることで,より有効に
静電破壊を防止する」との作用効果は,駆動信号を印加した当初の
ごく短時間は奏することができるが,通常使用状態になって以降に
は奏することができない旨主張する。
しかしながら,以下のとおり,被告の上記主張は誤りである。
まず,本件明細書の〔従来技術〕に説明されているように,静電
気による破壊は,主に製造工程において大きな問題となる。製造工
程においては,外部取り出し端子に駆動電圧はかかっていないから,
被告が仮定する「外部取り出し端子に3Vth以上の電圧がかから
なければ保護回路が作動しない」状態は生じない。この状態では,
乙1文献の保護回路に比べて,本件発明の保護回路ははるかに低い
電圧から静電気を逃がすことができるのであり,静電気保護機能が
高いのである。
また,画素TFTに駆動電圧が掛けられている通常の使用状態の
ものでも,本件発明の構成により,より低い電圧から静電気に対す
る保護機能が働く,という作用効果は存在している。
すなわち,駆動電圧を3Vthとするというのは被告の仮定であ
り,実際の画素TFT装置における駆動電圧は,画素TFTの動作
電圧以上の適宜な電圧に設定されるので,以下,その設定した駆動
電圧をVgとすると,乙1文献の保護回路においては,保護回路の
しきい値電圧が3Vthであると,駆動電圧Vgをいかなる電圧に
設定しても,外部取り出し端子に3Vthより高い電圧がかからな
ければ保護回路は作動しないが,一方,本件発明の構成においては,
駆動電圧をVgとすると,画素TFTの動作中は共通浮遊電極の電
位はVg−Vthにおいて安定し,通常の動作状態ではそれ以上駆
動電流が共通浮遊電極に流出しないが,その状態で外部取り出し端
子に電圧がVg以上の静電気が加われば,保護回路は直ちに作動し
て静電気を共通浮遊電極に逃し,Vgを3Vthより低い電圧に設
定すれば,3Vthより低い電圧に対しても保護回路が作動するこ
とになる。つまり,本件発明の構成においては,Vgの設定によっ
て,より低い電圧でも保護回路が作動可能なように,装置を設計で
きるのである。
このように,本件発明の保護回路は,画素TFTの駆動中であっ
ても,駆動電圧Vgの設定によって3Vthより低い電圧に対して
も作動する設計が可能であり,乙1文献のしきい値電圧が3Vth
の保護回路と比較して,「より低い電圧から静電気に対する保護機
能が働くような設計が可能」という作用効果を奏しているのである。
(g)被告は,TFTのしきい値電圧は,チャンネル長,チャンネル
幅及びオフセット領域などを設定することにより,しきい値電圧を
調整できることを理由に,接地されている乙1文献の保護回路を順
方向接続にすることも,適宜なしきい値電圧さえ設定すれば可能で
あると主張する。
しかしながら,TFTは,順方向接続と逆方向接続で,しきい値
電圧が全く異なることは技術常識である。チャンネル長やチャンネ
ル幅によって若干のVthの調整は可能であっても,順方向接続と
逆方向接続では,明らかにしきい値電圧が異なり,当業者であれば,
乙1文献のように接地された保護回路について,しきい値電圧が低
くなる順方向接続を使用しようとは,通常は考えないのである。被
告の議論は,順方向接続と逆方向接続のしきい値電圧の相違という
技術常識を無視したものである。
c相違点3について
この相違点について,被告は,乙1文献に「保護トランジスタの作
成は各要素トランジスタの製作工程と全く同じ工程で同時に可能であ
り」という記載があることから,同時形成は当業者が当然に採用する
技術的手段にすぎないと主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,乙1発明では共通浮遊電極はな
いから,その形成方法も記載されていないという相違点についての反
論となっていない。
また,被告が引用している,乙4文献の「工程数の増加は必然的に
コストの上昇と歩留まりの低下に反映するので工程数の増加を防ぎつ
つ保護ダイオードを内蔵させたMOSトランジスタを得ることは極め
て重要である。」という記載は,工程数は減らしたほうが良いという
ごく一般的なことを述べているにすぎず,乙4文献には結局,「共通
浮遊電極と外部取り出し端子やゲート,ソース,ドレインの同時形
成」について,記載も示唆もされていない。
イ乙3文献を主引用例とした場合の進歩性
(ア)乙3発明と本件発明との相違点は,被告の主張のとおりである。
(イ)本件発明の特徴からの検討
前記ア(イ)aで主張した本件発明の各特徴の点から,本件発明と乙
3発明との相違を,以下で検討する。
a特徴①について
乙3文献には,絶縁基板上に内部TFT(画素TFT)が記載され,
これを保護するためのTFTからなる保護回路が記載されているが,
これらのTFTの構造や製造工程,VDDやVSSの配線の製造工程
が記載されていない。
保護回路を構成するTFTと内部TFTとを同時に製造するという
本件発明の技術的思想は,乙3文献に記載も示唆もされていない。
b特徴②について
乙3文献の第1図,第2図,又は第4図においては,入力端子とV
SSラインとの間に挿入される保護回路は,逆方向に直列接続する2
つの保護用TFT,又はゲートがVSSラインに接続する1つの保護
用TFTから構成されている。したがって,入力配線からVSSライ
ンへと静電気による電流が流れるためには,入力配線とVSSライン
間の電圧が,1つの保護用TFTの順方向しきい値電圧と他の1つの
保護用TFTのソース・ドレイン間の逆方向しきい値電圧(ブレイク
ダウン電圧),又は,1つの保護用TFTのソース・ドレイン間の逆
方向しきい値電圧(ブレイクダウン電圧)を超えなければならない。
一般的にトランジスタのソース・ドレイン間の逆方向しきい値電圧は,
順方向しきい値電圧よりもはるかに高いため,乙3文献に開示された
保護回路では,本件発明の「薄膜トランジスタの動作電圧とほぼ同じ
電圧で2端子薄膜半導体素子が動作する保護回路」と比べて,はるか
に高い電圧の静電気に対してしか作動せず,薄膜トランジスタ(画素
TFT)の保護機能において劣っている。
さらに,乙3文献には,「TFTLSIが通常動作する電圧範囲で
は,第1図においてTとTが常にOFFとなるため,本発明によ13
る保護回路を通して無駄な電流が流れることはなく,入力信号も初期
の信号レベルでLSI内部回路に伝達出来る。」(2頁右上欄9行な
いし13行)と記載されており,少なくとも保護回路を構成するTF
T(T)及びTFT(T)のしきい値電圧は,内部TFT(T13
)のしきい値電圧よりも高い。この記載に接した当業者であれば,5
内部TFTと保護用TFTとは電気特性を異にするものと推考すると
思われる。これに対して,本件発明の保護回路は,構成要件Eの接続
態様を備えた2端子素子であり,内部薄膜トランジスタ(画素TF
T)の動作電圧(しきい値電圧)とほぼ同じ低い電圧から静電気を放
電するので,外部取り出し端子の電位上昇を効果的に抑えることがで
きる。乙3文献には,このような保護回路の接続態様が記載も示唆も
されていない。
c特徴③について
乙3文献の第1図,第2図及び第4図のいずれの実施例においても,
入力配線に印加された静電気は,保護回路を通してVSS又はVDD
ラインの電位を有する配線に放電される。VSSラインやVDDライ
ンは,定電位を保持するから,静電気が放電されてもその配線の電位
は上昇しない。したがって,乙3文献の保護回路では,1つの入力配
線に印加された静電気を他の入力配線に分割して放電することがない。
なお,乙3文献には,「一方TFTLSIでは,前記単結晶シリコ
ンに相当する導電性の基板がないため,組立工程での静電気破壊には
特に弱い。第1図に示す本発明による保護回路では,各入力端子がT
FTを介してVライン乃至Vラインに接続されているため,基SSDD
本的にTFTLSIの総ての端子がいくつかのPN接合を介して接続
されることになる。」(2頁左下欄6行ないし13行)という趣旨が
記載されている。PN接合とは,半導体に形成されるP型領域とN型
領域が接する接合をいう。ここで,「基本的にTFTLSIの総ての
端子が」と記載されているから,入力配線やVSSライン,VDDラ
イン及び内部TFT(T)を含むすべての端子をいうものと考えら5
れるが,第1図にはPN接合が形成される場所が明示されていないの
で,どのような経路ですべての端子がPN接合を介して接続するもの
なのか不明である。したがって,その後段の「従っていずれかの端子
(に,)静電気が印加しても,PN接合乃至ソース・ドレインのブレ
イクダウンにより,TFTLSI回路全体に静電気が伝わり,TFT
LSIの各部分の間の電位差はあまり大きくならないため,静電気に
よる破壊に対して強くなる。」(2頁左下欄13行ないし18行)に
記載される具体的な接続経路を理解することができない。そして,乙
3文献に,「以上説明したように,本発明はTFTLSIの入力端子
から印加した静電気を,OFFしたTFTのソース・ドレイン間のブ
レイクダウン乃至PN接合の逆方向ブレイクダウンにより,配線容量
の大きな電源ライン(V,V)に逃がすことを特徴としている」SSDD
(3頁左上欄13行ないし18行)と記載されるように,乙3発明は,
静電気を電源ラインに逃がすことを特徴とする発明であり,乙3文献
には,入力配線に印加された静電気を他の入力ラインに分散させると
いう技術的思想は記載されていない。
仮に,上記引用箇所について,PN接合の説明が不明瞭であるとい
う点はさておき,乙3文献に,「組立工程時において,ソース・ドレ
インのブレイクダウンを介して入力配線とVラインやVラインSSDD
に静電気が伝わり,入力配線とVラインやVラインの電位差がSSDD
あまり大きくならない」ということが開示されていると解したとして
も,乙3文献の第1図,第2図及び第4図に開示された保護回路は,
本件発明の2端子素子の保護回路と比較して相当に高い電圧がかから
なければ作動しないため,静電気の分割がより困難な構成となってい
ることから,乙3文献には,本件発明の基本的な発明思想である「他
の外部取り出し端子への静電気の分散」という構成が記載又は示唆さ
れているとはいえない。
(ウ)乙3文献と乙1文献の組合せについて
乙1文献及び乙3文献のいずれにも,保護トランジスタのソース電極
(又はドレイン電極)とゲート電極を入力端子側に接続し,ドレイン電
極(又はソース電極)を静電気を逃がす側のラインに接続して,入力端
子から低電圧で静電気を逃がす保護回路の接続態様は記載されていない。
また,乙3文献に記載される保護回路では,製造時においてVSSラ
インやVDDラインがフローティングとなるとしても,製造後はVSS
ラインやVDDラインが電源などの固定電圧端子に接続される。仮に,
乙3文献の第4図に記載されるTFTLSIに乙1文献の同時形成の技
術的思想を適用し,かつ,保護用TFTのゲートを入力配線側に接続す
るとすれば,通常,保護用TFTと内部TFT(画素TFT)のしきい
値電圧は同様の特性となるから,入力配線に与えられる駆動信号は,保
護用TFTからVSSラインに漏れ出し,内部TFTに印加される駆動
信号が減衰して正常に駆動しなくなるおそれがある。このことは,本件
出願当時の当業者であれば容易に理解できる技術的事項であり,乙3文
献の第4図に記載される回路に乙1文献の同時形成の技術的思想を適用
する際の阻害要因となるから,これらの公知例から本件発明の構成要件
の接続態様を当業者が容易に想到できるものではない。E
さらに,乙3文献に記載されるVSSラインやVDDラインは,回路
構成であり,具体的な物理的構造が記載されておらず,また,乙1文献
のアースに接続する配線も,具体的な構造や製造方法が示されていない
から,保護トランジスタ及び内部トランジスタ以外の構成について,内
部トランジスタの形成と同時に形成することがいずれの刊行物において
も記載されていない。
したがって,2端子薄膜半導体素子以外の保護回路の構成である共通
浮遊電極を内部トランジスタ(画素TFT等)と同時に形成することを,
当業者が容易に想到することはできない。
(エ)乙1文献,乙2文献及び乙3文献の組合せについて
乙1発明及び乙3発明においては,保護回路から静電気を逃すライン
が接地端子(アース端子)や電源装置に接続されているため,保護回路
トランジスタのゲートを入力端子側に接続すると駆動時の駆動信号が保
護回路から漏れ出し,駆動信号が減衰して画素TFTの正常な駆動が阻
害されるおそれがある。
乙2文献の配線Aについては,「組立工程では」フローティングとな
ることが記載されてはいるが(組立後は接地端子に繋ぐことが推奨され
ている。),乙2文献の保護回路は逆方向接続する2つのMOS型トラ
ンジスタが直列接続する構成であるから,入力配線の静電気が,ソース
・ドレイン間の逆方向しきい値電圧(ブレイクダウン電圧)と順方向し
きい値電圧の合計の2倍を超える電圧でなければ,配線Aを通じて他の
外部取り出し端子に静電気が分割されない。
結局,乙1ないし乙3文献のいずれにも,保護回路トランジスタのソ
ース電極(又はドレイン電極)とゲート電極を入力端子側に接続し,ド
レイン電極(又はソース電極)を他の端子に接続して,入力端子から他
の端子に低電圧で静電気を逃がす技術的思想が記載も示唆もされていな
いから,当業者といえども本件発明を容易に想到できるとはいえない。
さらに,乙3文献に記載されるVSSラインやVDDライン,乙2文
献に記載される配線Aは,いずれも回路構成であり,具体的な物理的構
造が記載されておらず,また,乙1文献のアースに接続する配線も,具
体的な構造や製造方法が示されていないから,保護回路トランジスタ及
び薄膜トランジスタ(画素TFT等)以外の構成について,薄膜トラン
ジスタ(画素TFT等)の形成と同時に形成することがいずれの刊行物
においても記載されていない。
したがって,前記(ウ)と同様に,共通浮遊電極を薄膜トランジスタ
(画素TFT等)の構成要素のいずれかと同時に形成することを,当業
者が容易に想到することはできない。
(8)争点(2)ウ(旧特許法36条5項2号違反の有無)について
(被告)
本件発明は,以下のとおり,旧特許法36条5項2号に違反しており,本
件訂正は,独立特許要件を満たさないものとして,同法126条3項に違反
し,したがって,本件特許は,同法123条1項7号に該当し,無効とされ
るべきである。
ア本件発明がTFT装置を実施できない発明を含んでいること
(ア)以下においては,TFTのしきい値電圧をVth,破壊電圧をVb
d,2端子素子の順方向しきい値電圧をVf,逆方向しきい値電圧をV
bと表記する。なお,議論を簡単にするために,共通浮遊電極の容量に
ついては考慮しないことにする。
本件明細書(甲10添付)には,「2端子素子は,それ故TFT装置
の動作電圧より高く,破壊電圧より低い電圧で電流が流れる様,寸法,
構造が選ばれている。」と記載されているところ,この記載は,本件出
願当時の当業者の技術常識である,「保護用TFTの動作電圧は,画素
用TFTの動作に影響を与えないようにするために,画素用TFTの動
作電圧より高く,破壊電圧より低い電圧,すなわち,画素用TFTの動
作電圧の数倍程度としていた」ことを考慮すれば,外部取り出し端子か
ら共通浮遊電極に電流が流れるときの電圧を規定したものと解するのが
相当である。
そこで,本件出願当時の当業者の技術常識に従い,Vth<Vf<V
bdとした場合について検討する。
本件訂正後の発明では,特許請求の範囲にVf及びVbについての規
定はないから,Vth<Vf<Vbdとした場合に,VbはVfよりも
高いということしか特定のしようがない。そうすると,逆方向電圧は,
Vbdと同程度のものを含むということになる。
ところで,ある外部取り出し端子に静電気電圧V(>Vf)が印加さ
れたとき,そのラインにある2端子素子はオンとなり,共通浮遊電極へ
電流が流れてその電圧は(V−Vf)となる。
この電圧値はVが大きくなるに従って大きくなり,やがて(V−V
f)がVbを超えると,他のラインにある複数の2端子素子がオンし,
共通浮遊電極から他の外部取り出し端子に電流が流れる。
つまり,共通浮遊電極の電圧値(V−Vf)は,Vが大きくなるに従
ってVbまでは大きくなるが,それ以上になると,静電気が他のライン
にある2端子素子を通じて他のラインに流れるから,それ以降は,静電
気が漏れない限りVbのままである。
ここで,あるライン上で静電気電圧VがTFTの破壊電圧Vbdにま
で上昇したと仮定する。
そのラインの2端子素子は当然オンとなり,静電気は,外部取り出し
端子から2端子素子を介して共通浮遊電極に流れ,共通浮遊電極の電圧
は(Vbd−Vf)となる。
本件発明は,VbがVbdと同程度の場合を含むから,その場合には,
(Vbd−Vf)<Vbd≒Vb
となり,他のラインの2端子素子はオンしないから,静電気は,共通浮
遊電極から他の外部取り出し端子には流れない。
そのラインの静電気電圧VがTFTの破壊電圧Vbdを超えて更に上
昇すると,そのラインの2端子素子はオンし,共通浮遊電極の電圧も,
Vb≒Vbdに近くなるまでは更に上昇する。
共通浮遊電極の電圧は静電気が他に流れない限り減少しないから,そ
の電圧がVb≒Vbdに近い数値になっているとすると,ある外部取り
出し端子に静電気電圧Vが印加されたとき,V<Vbd+Vfであれば,
そのラインの2端子素子はオンしない。
要するに,ある外部取り出し端子にTFTの破壊電圧Vbd以上の静
電気電圧が印加されたのに,2端子素子がオンしない事態が生じ,静電
気は共通浮遊電極に放電されることはなく,TFTに印加されるのであ
る。このとき,TFTが破壊されることは自明であるから,TFT装置
の保護装置は機能しない。
このように,本件発明は,TFT装置を実施できない発明を含んでい
る。
したがって,本件発明の特許請求の範囲は,特許を受けようとする発
明の構成に欠くことがでいない事項のみを記載したものとはいえず,旧
特許法36条5項2号の規定を満足しない。
(イ)原告は,2端子素子の逆方向しきい値電圧Vbを,TFTの破壊電
圧Vbdとほぼ等しくなるような高い水準に設定することなどあり得な
いと主張する。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には,順方向しきい値電圧,
逆方向しきい値電圧,共通浮遊電極の静電容量などの値が何ら規定され
ていない以上,原告の上記主張は,請求項の記載に基づく主張ではない。
イ本件発明の特許請求の範囲に「両方向に電流を流しやすい構造」という
発明に必須の構成要件の記載がないこと
本件発明が,原告が主張するとおり,「両方向に電流を流しやすい構
造」の発明を含むものと仮定すると,本件発明の特許請求の範囲には,両
方向に電流を流しやすくするための構造(本件明細書には,その構造とし
て,第1主電極延在部を備えるという構造が開示されている。)が記載さ
れていなければならないが,本件発明の特許請求の範囲には,その記載が
ない。
したがって,本件発明の特許請求の範囲は,特許を受けようとする発明
の構成に欠くことがでいない事項のみを記載したものとはいえず,旧特許
法36条5項2号の規定を満足しない。
(原告)
アTFTが破壊される構成が含まれるという主張について
被告の主張は,VbがVbdと同程度のものも本件発明の範囲に含まれ
ることを前提としている。
しかしながら,本件明細書には,2端子素子の寸法,構造,チャンネル
長,チャンネル幅,オフセットなどにより,2端子素子のVthを調整す
ることが記載されている。本件明細書に接した当業者であれば,本件発明
の効果が十分発揮されるように,Vthを含む2端子素子の電気特性を適
宜調整する必要があることは,回路設計に際して当然に理解することであ
る。その際,2端子素子の逆方向しきい値電圧Vbを,TFTの破壊電圧
Vbdとほぼ等しくなるような高い水準に設定することなどあり得ない。
また,本件発明の中心となる技術思想は,外部取り出し端子に印加され
た静電気を,2端子素子を通じて共通浮遊電極へ,更にはもう一度2端子
素子を通じて他の外部取り出し端子に分散することで,静電気の電圧を速
やかに低下させて静電気によるTFTの破壊を防止するということである。
本件発明の構成の2端子素子のみを使用した保護回路においては,静電気
が外部取り出し端子から共通浮遊電極,共通浮遊電極から他の外部取り出
し端子へと分散されるためには,その電圧がVf+Vb以上であることが
必要である。逆に言えば,Vf+Vb以上の静電気が印加されると,2端
子素子を通じた静電気の分割が生じ,電圧が速やかに低下するために,こ
れ以上高い電圧がTFTにかかることを防止し得るということである。T
FTを静電気から保護するための保護回路としての2端子素子は,TFT
の動作に支障を与えない範囲でなるべく低い電圧で静電気を分散させるよ
うに設計することは当然のことである。したがって,静電気の分散の生じ
る電圧であるVf+Vbは,TFTの動作に支障を与えない範囲でなるべ
く低く設計される。VbがVbdと同程度になるような設計をすると,静
電気の分散が十分に行われず,TFTが破壊される可能性が高くなってし
まうことは,当業者ならば当然に理解するから,当業者がそのような回路
設計を行うはずがない。本件発明においては,Vb+VfがVbdより十
分に低いことは,当然の前提となっているのである。
このように,被告の主張の前提は,誤りであって現実的とはいえない。
イ本件発明の特許請求の範囲に「両方向に電流を流しやすい構造」という
発明に必須の構成要件の記載がないという主張について
原告は,本件発明の請求の範囲に,「両方向に電流を流しやすい構造」
をも包含すると主張だけであり,「両方向に電流を流しやすい構造」が発
明に必須の要素であると主張するものではない。
(9)争点(3)(被告の不当利得の額)について
(原告)
被告は,大韓民国のサムスングループの日本における拠点として設立され
た会社であり,サムスン製の液晶パネルモジュールは,すべて被告を通じて
同国から日本に輸入され,販売されている。
平成11年から平成16年9月26日(本件特許満了日)までに,被告が
日本国内で販売したサムスン製液晶パネルモジュールの売上額は,以下のよ
うに推定される。
すなわち,公表されている被告の総売上高(全商品)を上記期間につき合
計すると4兆3013億円(平成16年は日割計算)であり,被告の売上げ
のうち,液晶パネルモジュールの占める割合は平均して8%(3441億
円)を下回らないと推定される。
この金額に通常の実施料率として3を乗ずると,実施料相当額としての%
不当利得額は,103億円を下回らない。原告は,本訴において,その一部
である30億円の支払を求める。
(被告)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点(2)イ(進歩性欠如の無効理由の有無)について
本件事案の性質にかんがみ,まず,争点()イ(進歩性欠如の無効理由の有2
無)について判断する。
(1)乙1発明の内容
ア乙1文献の記載
乙1文献には,以下のとおりの記載がある(乙1)。
(ア)「本発明は半導体装置更に詳しくは薄膜半導体を用いた薄膜トラン
ジスタ(以下TFTという)に関する。
TFTは例えばX−Yマトリックス駆動表示装置あるいは長尺イメー
ジセンサのスイッチ素子としてその実用化が長らく要望されて来た。近
年シランのグロー放電分解その他の方法により製膜される非晶質シリコ
ン(以下a・siという)は,ギャップ中の局在準位密度が小さく,且
つ比較的化学的に安定で,膜質の再現性,均一性が良いことから,例え
ば前記した用途等に用いるTFT素子用半導体材料として有望視されて
きた。最近ではゲート絶縁膜に窒化シリコン,窒化,酸化シリコン,酸
化シリコン等を用いたa・SiTFT素子では,10V内外又はそれ
以下のゲート電圧で十分にトランジスタのオン・オフ制御が可能となり,
その工業的応用の可能性が極めて濃厚となって来た。しかしながら,前
記した例えばX・Yマトリックス表示装置等には数千から数10万個の
TFTが集積して使用されねばならず,これら多数の素子のうち1ケで
も動作不良があれば,その装置は使用不能とされざるを得ない宿命を担
っている。
一方これらのTFTではゲート絶縁膜には気相からの堆積薄膜が用い
られる。これらの薄膜には基板上のゴミその他の原因により,平均的堆
積膜厚に比べて薄く電気的耐圧の低い部分が発生しがちである。この最
低のゲート耐圧を有する素子が設計値を満すならば装置は使用に供し得
る。しかし,設計値以上のゲート電圧が静電気その他の理由により印加
された場合,まず最低耐圧を有する素子が破壊され,装置全体が使用不
能となる。
本発明は前記したTFTに於て,ゲート絶縁膜の破壊を防止し得る構
造を容易に実現することを目的とするもので,信号処理用のTFTとゲ
ート保護用のTFTを簡便に一体化した構造を提供するものである。」
(1頁右欄10行ないし2頁右上欄5行)
(イ)「〔実施例1〕
第1図,第2図,第3図は本発明の半導体装置の第1の実施例の概略
を示す。第1図はその平面図を,第2図は第1図Ⅰ−Ⅰ’線断面図を,
第3図はその等価回路図を示す。本実施例の装置は以下のようにして製
作した。ガラス基板1の一主面上に蒸着されたCr薄膜よりゲート電極
2,3,4を選択的に形成する。その後ゲート電極2,3,4及び基板
1を被覆するように絶縁膜5として酸化シリコン膜を300nm,半導
体薄膜6としてa・Si膜を400nmプラズマCVD法により連続し
て堆積した。続いてAlを約500nm蒸着し,ソース又はドレインと
なる電極7,8,9,10,11を選択形成した。
第1図,第2図に於てゲート電極2,ソース電極7,ドレイン電極8
にて構成されるTFTがゲートに信号が入力されドレインより出力信号
がとり出される信号処理用の主トランジスタTrである。そしてその1
右方の部分が主ゲート電極2上のゲート絶縁膜の破損を防止するために
もうけられた保護用のトランジスタTr,Trである。第3図の回23
路図に示すように主トランジスタTrのゲート電極2と保護用トラン1
ジスタTrのゲート電極4及びドレイン電極9は接続されている。更2
にTrのソース電極10はTrのドレイン電極となり,このドレイ23
ン電極10とゲート電極3が接続されTrのソース電極11はアース3
されている。」(2頁右上欄7行ないし左下欄13行)
(ウ)「第4図に保護トランジスタTrのゲート電圧V対ドレイン電3G
流i特性をn−チャンネル飽和ドレイン電流iで規格化して示す。DDS
図に於いてV(+)側でiが急増する電圧を閾値電圧Vとすれば,GDT
図の特性では3V程度のゲート電圧印加により,iはほぼ飽和電流TD
に達する。保護トランジスタを2段直列接続した第3図の構成では,T
rのゲートに対する入力端2aから見た回路のインピーダンスはV1G
=2Vまでは大きいが,V>2Vとなると急激に低下し,ゲートTGT
電極2に過大な電圧が印加されるのを防止することができた。
第4図の特性例を考慮すると,保護トランジスタを3段に接続すれば,
Trを十分に飽和電流まで駆動でき,且つ,飽和電流を与えるゲート1
電圧以上ではゲート回路の入力インピダンスは急激に減少する。この様
に保護トランジスタの接続段数は必要に応じて増減すれば良い。」(2
頁左下欄14行ないし右下欄11行)
(エ)「〔実施例2〕
第5図は本発明の第2の実施例の装置,即ちa・SiTFTにより
X・Yマトリックス駆動液晶表示装置を製作した例の回路図を示す。図
に於て21,22,23はnチャンネル動作のみを示す保護トランジス
タ,31,32,41,42はマトリックスの各要素に配置されたTF
T,31a,32a,41a,42aは液晶を,51,52,53はゲ
ートバスラインを,55,56,57はソースバスラインを,60は電
源を示す。
本装置のトランジスタアレーは次のようにして製作した。先ずガラス
基板上に透明電導膜(酸化インジューム・錫)を蒸着しこれを所望の絵
素パターンに形成する。次にMoを蒸着し,これより各要素トランジス
タのゲート電極及びゲートバスラインを形成した。次にゲート絶縁膜と
して窒化シリコンを,半導体薄膜としてa・SiをプラズマCVD法に
より連続してそれぞれ400nm及び500nm堆積し,その後a・S
i膜を所望部位を除きフォトエッチング法により除去した。更に窒化シ
リコン膜の一部を同じく除去し,コンタクトウインドゥを形成した。そ
の後ソース・ドレイン電極及びゲートバスラインの取出し電極をAl蒸
着膜のパタニングにより形成することにより,保護トランジスタ21,
22,23を有するTFTアレーが完成する。このTFTアレーの付設
されたガラス基板と,対向する透明電極を付着させたガラス基板との間
に液晶を挟持して,マトリックス駆動液晶表示パネルが完成する。
・・・このトランジスタのゲートを第5図に示したように,ドレイン
(第5図の信号バスラインをソース・バスと呼んだので便宜上,このよ
うに定義する。)に接続した形で構成される保護トランジスタ21,2
2,23を各ゲートバス51,52,53に接続した場合,ゲートバス
ラインに印加された負の電圧は第6図のn−チャンネル電導特性により
減衰し,過大負電圧から各要素トランジスタを保護する。
一方ゲートバスに加えられた正電圧が特に高くない場合(0<V<G
20∼30V)保護トランジスタのpチャンネル電導は顕著でなく,ゲ
ートバス51,52,53に加えられたゲート電圧は減衰することなく
各要素トランジスタ(31,32,41,42等)のゲートに印加され,
各要素トランジスタを十分にオンすることができる。更に過大正電圧が
印加されれば,保護トランジスタ21,22,23のp−チャンネル電
導が動き,要素トランジスタのゲート電圧を低下させることができる。
以上説明したように本発明では,保護トランジスタの作製は各要素ト
ランジスタの製作工程と全く同じ工程で同時に可能であり,且つ各要素
トランジスタの過大ゲート電圧が印加されるのを防止できた。こうして
特に工程数を増やすことなく,保護トランジスタをアレー中に作り込む
ことができ,アレーの各要素トランジスタのゲート絶縁膜破損を防止す
ることができ,TFTを大規模に集積したTFTアレーを歩留り良く製
作することが可能となった。」(2頁右下欄19行ないし3頁右下欄5
行)
(オ)第1図は,乙1発明の第1実施例(前記(イ)の〔実施例1〕)に
係るTFTの概略平面図であり,ゲート電極4は,ソース又はドレイン
となる電極9,10と,ゲート電極3は,ソース又はドレインとなる電
極10,11と,それぞれ平面的にその両側が重なっていることが示さ
れている。
(カ)第2図は,第1図の断面図であり,保護用トランジスタTrは,2
ガラス基板1上に,ゲート電極4,絶縁膜5,半導体薄膜6が連続して
堆積し,半導体薄膜6の上面には,ソース又はドレインとなる電極9,
10が設けられ,保護用トランジスタTrは,ガラス基板1上に,ゲ3
ート電極3,絶縁膜5,半導体薄膜6が連続して堆積し,半導体薄膜6
の上面には,ソース又はドレインとなる電極10,11が設けられ,信
号用トランジスタTrは,ガラス基板1上に,ゲート電極2,絶縁膜1
5,半導体薄膜6が連続して堆積し,半導体薄膜6の上面には,ソース
又はドレインとなる電極7,8が設けられて形成されていること,ゲー
ト電極2,3,4はいずれも同一平面上に位置し,ソース電極又はドレ
インとなる電極7,8,9,10,11はいずれも同一平面上に位置し
ていることが示されている。
(キ)第3図は,前記(イ)で説明されている第1の実施例の概略回路図で
あるが,保護用トランジスタTrのゲート電極4及びドレイン電極92
は入力端2aに接続し,保護用トランジスタのソース電極10は,保護
用のトランジスタTrのドレイン電極9となるとともに,保護用のト3
ランジスタTrのゲート電極3と接続し,保護用のトランジスタTr3
のソース電極11は,アースに接続していることが示されている。3
(ク)第5図は,前記(ウ)で説明されている実施例2にかかるマトリッ
クス駆動液晶表示装置の概略回路図であるが,ゲートバスライン51,
52,53とソースバスライン55,56,57により形成された絵素
マトリックスの各々に信号処理用のTFT31,32,41,42が配
置されていること,及び絵素マトリックスの外部には,各々保護トラン
ジスタ21,22,23が配置され,各保護トランジスタは,ソースが
ゲートバスライン51,52,53に接続されると共に,ゲートとドレ
インとが接続されて,アースされていることが示されている。
イ乙1発明の内容
乙1文献には,前記アのとおりの記載があるところ,乙1発明は,外部
取り出し端子となる入力端2aを有する薄膜トランジスタを複数個集積化
して形成することにより,例えば,X−Yマトリックス駆動表示装置を構
成することを前提としたものであるから,外部取り出し端子である入力端
aを複数個有する半導体装置であることは明らかである。
また,第1図の平面図によれば,前記アのとおり,ゲート電極4は,ソ
ース又はドレインとなる電極9,10と,ゲート電極3は,ソース又はド
レインとなる電極10,11と,それぞれ平面的にその両側が重なってい
るから,ゲート電極4は,ソース又はドレインとなる電極9,10と,ゲ
ート電極3は,ソース又はドレインとなる電極10,11と,平面的に重
畳するように設けられているといえる。
したがって,前記アで認定した乙1文献の記載からすると,同文献に記
載された乙1発明は,以下のとおりのものと認められる。
「ガラス基板1の一主面上に,ゲート電極2,絶縁膜5,半導体薄膜6,
ソース電極7及びドレイン電極8から構成された薄膜トランジスタを設け,
外部取り出し端子となる入力端aを複数個有する薄膜半導体装置において,
同入力端2aとアースとの間には,半導体薄膜6からなる保護用トランジ
スタTr,Trが接続されており,前記保護用トランジスタTrは,232
ガラス基板1上に,ゲート電極4,絶縁膜5,半導体薄膜6が連続して堆
積し,半導体薄膜6の上面には,ソース又はドレインとなる電極9,10
が設けられて形成され,前記保護用トランジスタTrは,ガラス基板13
上に,ゲート電極3,絶縁膜5,半導体薄膜6が連続して堆積し,半導体
薄膜6の上面には,ソース又はドレインとなる電極10,11が設けられ
て形成されており,前記ゲート電極4は,前記ソース又はドレインとなる
電極9,10と,前記ゲート電極3は,前記ソース又はドレインとなる電
極10,11と,それぞれ平面的に重畳するように設けられており,前記
保護用のトランジスタTrの前記ゲート電極4及びドレイン電極9は入2
力端2aに接続し,前記保護用トランジスタのソース電極10は,前記保
護用のトランジスタTrのドレイン電極となるとともに,前記保護用ト3
ランジスタTr3の前記ゲート電極3と接続し,前記保護用トランジス3
タTrのソース電極11は,前記アースに接続しており,前記ゲート電3
極3,4は,前記ゲート電極2と同時に形成されており,前記ゲート電極
3,4上の前記絶縁膜5は,前記ゲート電極2上の前記絶縁膜5と同時に
形成されており,前記ゲート電極3,4の上方の前記半導体薄膜6は,前
記ゲート電極2の上方の前記半導体薄膜6と同時に形成されている半導体
装置」
(2)本件発明と乙1発明との対比
本件発明は,前記争いのない事実等で判示したとおりであり,これと乙1
発明とを,以下,対比する。
アまず,前記(1)アで認定した乙1文献の記載からすると,乙1発明の
「ガラス基板1」は本件発明の「絶縁基板」に,乙1発明の「ゲート電極
2」は本件発明の「ゲート電極」に,乙1発明の「絶縁膜5」は本件発明
の「ゲート絶縁膜」に,乙1発明の「ソース電極7」は本件発明の「ソー
ス電極」に,乙1発明の「ドレイン電極8」は本件発明の「ドレイン電
極」に,それぞれ相当することは明らかである。
また,前記(1)アで認定した乙1文献の記載からすると,乙1発明の
「半導体装置」は,薄膜トランジスタで構成されていることが認められる
から,本件発明の「薄膜トランジスタ装置」に相当し,乙1発明の「保護
用トランジスタTr,Tr」は本件発明の「高圧保護用の2端子薄膜23
半導体素子」に,乙1発明の保護用トランジスタを構成する「半導体薄膜
6」は本件発明の「付加薄膜半導体」に,乙1発明の「ゲート電極3,
4」は本件発明の「付加ゲート電極」に,乙1発明の保護用トランジスタ
を構成する「絶縁膜5」は本件発明の「付加ゲート絶縁膜」に,「ソース
又はドレインとなる電極9,10,11」は本件発明の「第1主電極,第
2主電極」に,それぞれ相当することは明らかである。
また,前記(1)アで認定した乙1文献の記載から,乙1発明の「アー
ス」は,入力端2aに印加された過大な静電気等を,保護用トランジスタ
Tr,Trを通じて,外部に逃がすためのものであることが認められ23
る。
イしたがって,本件発明と乙1発明とは,「絶縁基板上に少なくともゲー
ト電極,ゲート絶縁膜,半導体薄膜,ソース電極,ドレイン電極からなる
薄膜トランジスタを搭載し,外部取り出し端子を複数個有する薄膜トラン
ジスタ装置において,前記外部取り出し端子と,静電気等を外部に逃がす
ための端子ないし電極との間には,少なくともその1箇所が,付加薄膜半
導体からなる高圧保護用の2端子薄膜半導体素子に接続されており,前記
2端子薄膜半導体素子は,前記付加薄膜半導体の表面に付加ゲート絶縁膜
を介して設けられた付加ゲート電極と,前記付加ゲート電極とは反対側の
前記付加薄膜半導体の表面に設けられた第1主電極及び第2主電極を有し,
前記絶縁基板上に形成されており,前記付加ゲート電極は,前記第1主電
極及び第2主電極と平面的に重畳するように設けられており,前記付加ゲ
ート電極は前記ゲート電極と同時に形成されており,前記付加ゲート絶縁
膜は前記ゲート絶縁膜と同時に形成されており,前記付加薄膜半導体は前
記半導体薄膜と同時に形成されていることを特徴とする薄膜トランジスタ
装置」である点で共通し,以下の点で相違する。
(ア)相違点1
2端子薄膜半導体素子が接続されている対象が,本件発明では外部取
り出し端子とこれに近接して設けられた共通浮遊電極であるのに対し,
乙1発明では,外部取り出し端子と接地端子である点
(イ)相違点2
本件発明では,「前記付加ゲート電極及び前記第2主電極は前記外部
取り出し端子に接続し,前記第1主電極は前記共通浮遊電極に接続し
て」いるのに対し,乙1発明では,「保護用のトランジスタTrの前2
記ゲート電極4及びドレイン電極9は入力端2aに接続し,前記保護用
トランジスタのソース電極10は,前記保護用のトランジスタTrの3
ドレイン電極9となるとともに,前記保護用トランジスタTrの前記3
ゲート電極3と接続し,前記保護用トランジスタTrのソース電極13
1は,前記アースに接続して」いる点
換言すれば,本件発明においては,外部取り出し端子と共通浮遊電極
の間には,2端子薄膜半導体素子が,順方向接続態様で1個接続されて
いるのに対し,乙1発明においては,入力端子2a(外部取り出し端
子)とアースとの間には,Tr,Tr(2端子薄膜半導体素子)が,23
順方向接続態様で直列に2個接続されている点
(ウ)相違点3
本件発明では,「前記共通浮遊電極は,前記外部取り出し端子と同時
に,または前記ゲート電極または前記ソース電極及び前記ドレイン電極
と同時に形成されて」いるのに対し,乙1発明では,共通浮遊電極が存
在しないから,その形成方法も開示されていない点
(3)相違点の検討
ア乙2文献の記載
乙2文献には,以下のとおりの記載がある(乙2)。
(ア)「TFT(ThinFilmTrs)などで構成されるアクテ
イブマトリツクスにおいて,該マトリツクスの周辺領域で,前記マトリ
ツクスを構成する各Xラインが直列に接続された2個のMOS型トラン
ジスタを介して一つの配線に接続され,前記2個のMOS型トランジス
タは,前記Xラインに近い方のMOS型トランジスタのゲートは該MO
S型トランジスタが接続されるべき前記Xラインに接続され,前記直列
に接続された2個のMOS型トランジスタのうち,前記Xラインより遠
い方のMOS型トランジスタのゲートは,前記一つの配線に接続され,
前記マトリツクスを構成すると各Yラインが直列に接続された2個のM
OS型トランジスタを介して前記一つの配線に接続され,前記2個のM
OS型トランジスタのうち,Yラインに近い方のMOS型トランジスタ
のゲートは該MOS型トランジスタが接続されるべき前記Yラインに接
続され,前記2個のMOS型トランジスタのうちYラインに遠い方のM
OS型トランジスタのゲートは,前記一つの配線に接続される保護回路
を持つことを特徴とする半導体装置」(特許請求の範囲①)
(イ)「本発明はTFT(ThinFilmTrs)などで構成され
るアクテイブマトリツクス7において,静電気などによる前記マトリツ
クスを構成する素子の破壊を防止するための保護回路に関する。
TFTは絶縁基板上にトランジスタが形成されるため,静電気やノイ
ズなどによる素子破壊を防止する保護回路を,前記絶縁基板上にモノリ
シックに形成することが困難である。この理由は,TFTで構成される
回路の端子から静電気などが入った時,電流を吸わすべき共通の基板が
ないことによる。また,単結晶シリコン基板上に形成される通常のIC
やLSIで採用され,技術的に完成度が高く,実績もある保護回路がT
FTでは採用出来ないことも理由の1つである。従って本発明の目的は,
絶縁基板上に形成されるTFTなどで構成されるアクテイブマトリツク
スを,静電気などによる破壊から守る保護回路を提供することであ
る。」(1頁右欄11行ないし2頁左上欄9行)
(ウ)「Xラインに接続される2個のMOS型トランジスタのうち,Xラ
インに近い方のMOS型トランジスタ(TX11,TX21,・・・T
Xn1)のゲートは各Xラインに接続され,同様にYラインに接続され
る2個のMOS型トランジスタのうち,Yラインに近い方のMOS型ト
ランジスタ(TY11,TY21,・・・TYm1)のゲートは各Yラ
インに接続されている。一方Xライン及びYラインから遠い方に接続さ
れているMOS型トランジスタ(TX12,・・・TXn2,TY12,
・・・TYm2)のゲートはアクテイブマトリツクスの外側に設けられ
た配線Aに接続されている。従って本発明による保護回路は,第2図に
示すように配線Aと,該配線AとX乃至Yラインの間に挿入された2個
のMOS型トランジスタから成っている。」(2頁左下欄11行ないし
右下欄5行)
(エ)「第2図のアクテイブマトリツクスが組立工程の途上にある時は,
配線Aはフローテイングとなっている。従って前記静電気が配線Aに流
れる割合は,配線Aのフローテイング電位と該配線の容量によって決ま
る。」(2頁右下欄16行ないし3頁左上欄1行)
(オ)「配線Aの容量は大きい方が静電気による破壊防止の効果が大きい。
具体的には配線Aの配線巾を大きくしたり,第2図に示した配線Aはア
クテイブマトリツクスの外周1/2に配線されているが,全外周に配線
することなどにより,配線Aの面積をより大きくするとよい。」(3頁
左欄2行ないし7行)
(カ)「アクテイブマトリツクスが周辺回路などに接続されて組み立てが
完了した時は,配線AもGND電位に接続するとよい。この場合は静電
気だけでなく,周辺回路を通して入力するサージに対しても本発明の保
護回路は役立つ。」(3頁左上欄7行ないし12行)
(キ)第2図
第2図は,乙2発明による保護回路を持つアクティブマトリックスを
示した図であり,同アクティブマトリックスの外側に配線Aがあり,配
線Aと各Xライン及び各Yラインとの間に,それぞれ2個のMOS型ト
ランジスタが接続されている様子が示されている。同図では,上記のM
OS型トランジスタのうち,Xラインに接続されるMOS型トランジス
タは,Xラインに近い方のMOS型トランジスタのゲートが,同トラン
ジスタの1つの電極と短絡してXラインに接続し,もう一方の電極がX
ラインに遠い方のMOS型トランジスタの電極と直列で接続し,Xライ
ンに遠い方のMOS型トランジスタのゲートが,同トランジスタのもう
一方の電極と短絡して配線Aに接続しており,Yラインに接続している
MOS型トランジスタも上記と同様の接続態様となっている。
(ク)第3図
第3図は,第2図のうちの左隅の部分(Xライン,Yライン,配線A,
アクティブマトリックスを構成するTFT,Xラインと配線Aに接続し
た2個のMOS型トランジスタ,Yラインと配線Aに接続した2個のM
OS型トランジスタが記載されている。)を拡大して表示し,Xライン
及びYラインに,抵抗が挿入された図である。
イ相違点1について
(ア)前記(1)イで判示した乙1発明の内容及び前記(1)アで認定し
た乙1文献の記載からすれば,乙1発明は,TFTで構成されるマトリ
ックス駆動液晶表示装置において,静電気等により設計値以上の電圧が
印加された場合に,TFTのゲート絶縁膜の破壊を防ぐために,上記の
構成を採用したことが認められる。
そして,前記アで判示した乙2文献の記載によれば,乙2発明は,絶
縁基板上に形成され,TFTで構成されるアクティブマトリックスを,
静電気から保護するために,XラインないしYラインに生じた静電気を
同ラインから逃がすための構造として,各TFTのゲートに接続され,
両端に外部回路と接続するための電極を備えるXラインないしYライン
が,前記アクティブマトリックスの周辺領域で,順方向接続態様と逆方
向接続態様で直列に接続された2個のMOS型トランジスタを介してフ
ローティング電位である1つの共通の配線に接続されるという構造を有
する保護回路を備える発明であると認められる。このように,乙2発明
は,TFTで構成されるマトリックス駆動液晶表示装置において,絶縁
基板上に形成されるTFTを保護するために,XラインないしYライン
に生じた静電気を保護回路を介して他の電極に逃がすというものであり,
乙1発明とは,技術分野のみならず,技術課題及びそれを解決するため
に保護回路を設けるという手段を採用した点で共通しており,保護回路
の具体的構成が,静電気を逃がす先を,アースとするか,共通浮遊電極
とするかの点及び保護用トランジスタの接続態様の点で相違しているだ
けである。
したがって,乙1発明の,入力端a(外部取り出し端子)にゲート電
極とソース電極ないしドレイン電極によって接続された保護用トランジ
スタのもう一方の電極が接続される対象をアースとする構成に換えて,
乙2発明の,上記の接続対象を共通浮遊電極である配線Aとする構成と
することは,当業者が容易に推考できると解するのが相当である。
(イ)なお,前記ア(カ)のとおり,乙2文献には,「アクティブマトリ
ックスが周辺回路などに接続されて組み立てが完了した時は,配線Aも
GND電位に接続するとよい。この場合は静電気だけでなく,周辺回路
を通して入力するサージに対しても本発明の保護回路は役立つ。」(3
頁左上欄7行ないし12行)との記載があるが,前記のとおり,乙2文
献には,現に,配線Aがフローティングの状態の構成が開示されている
こと,組立てが完了した後に配線Aの接地を推奨する上記記載も,組立
て完了後の接地を推奨するだけであって,接地を必須の構成とするもの
ではないこと,乙2文献の上記記載は,配線AをGND電位に接続する
と,組立て途中に発生する静電気だけでなく,組立て完了後に発生する
サージからも,トランジスタを保護することができるという趣旨である
と解されるが,サージからのトランジスタの保護のためには,周辺回路
におけるサージ保護回路を採用するなどの方法により,十分対処できる
のであり,必ずしも,配線AをGND電位に接続する必要はないこと,
組立て完了後に,保護用トランジスタの一方の接続先として配線AをG
ND電位に接続するために要する費用と時間を考慮すると,当業者とし
ては,組立て完了後も,上記接続のための設計変更をせずに,保護用ト
ランジスタの接続先をフローティングの状態のままとすることも十分考
えられるところである。
したがって,乙2文献に上記の記載があっても,当業者であれば,組
立て完了後も,配線Aを接地せずに,フローティングの状態のままとす
る構成を維持することを,容易に想到できるというべきである。
(ウ)原告は,乙2文献は,組立てが完了した後は,配線Aを接地するこ
とを推奨していること,乙2文献に開示されている保護回路は,2つの
MOS型トランジスタを順方向接続態様と逆方向接続態様で直列に繋い
だものであるが,このような保護回路では,配線Aから他のXラインへ
と静電気を分散することは難しいこと,乙2文献は,配線Aの容量を大
きくすることを推奨していることから,乙1発明及び乙2発明のいずれ
にも,1つの外部取り出し端子に印加された静電気等を他の外部取り出
し端子に放電するという分散放電の技術思想が開示されておらず,した
がって,乙1発明に乙2発明の前記(ア)の構成(接続対象を共通浮遊
電極である配線Aとする構成)を適用することはできない旨主張する。
この原告主張の要旨は,分散放電の技術思想がない場合は,アースに換
えて共通浮遊電極を設置するという発想が生じないというものであると
解される。
この点,確かに,前記ア(エ)及び同(オ)で判示したとおり,乙2
文献には,「第2図のアクティブマトリックスが組立工程の途上にある
時は,配線Aはフローティングになっている。従って前記静電気が配線
Aに流れる割合は,配線Aのフローティング電位と該配線の容量によっ
て決まる。」,「配線Aの容量は大きい方が静電気による破壊防止の効
果が大きい。具体的には配線Aの配線巾を大きくしたり,第2図に示し
た配線Aはアクテイブマトリックスの外周1/2に配線されているが,
全外周に配線することなどにより,配線Aの面積をより大きくするとよ
い。」との記載があり,これらの記載によれば,乙2文献に記載された
保護回路において,配線Aは,静電気等の放出先として設置されたもの
であり,同配線Aを通じて,XラインないしYラインに生じた静電気等
を他のXラインないしYラインに分散することまでも目的として設けら
れたものではないと認められる。
しかしながら,前記(ア)のとおり,乙1発明と乙2発明とは,共に,
TFTで構成されるマトリックス駆動液晶表示装置において,絶縁基板
上に形成されるTFTを静電気から保護するために,TFTのゲート配
線と他の端子との間に保護用トランジスタを接続するというものであり,
技術分野及び解決すべき課題が共通している。また,外部取り出し端子
に印加された静電気等を放電する先を共通浮遊電極とするという構成を
採用することにより得られる効果は,その共通浮遊電極から他の外部取
り出し端子に静電気を分散できるということのみではなく,例えば,T
FTで構成されるアクティブマトリックスの製作途中においては,2端
子薄膜半導体素子(保護用トランジスタ)の一方の電極をアースに接続
せずに,フローティングの状態とすれば,組立作業が容易となり,この
点にも技術上の意義があるものと考えられるところ(なお,前記(イ)
のとおり,乙2文献には,組立て完了後に,保護用トランジスタの接続
先をフローティングの状態の配線からアースに変更することを推奨して
いるが,フローティングの状態のままにすることを禁止しているわけで
はなく,また,サージからのトランジスタの保護のためには,周辺回路
におけるサージ保護回路を採用する等の方法により対処でき,このこと
に,そのような変更のために要する費用,時間等を併せ考慮すると,組
立て完了後も,保護用トランジスタの接続先をフローティングの状態の
まま維持することも十分考えられるというべきである。),乙1文献に
「こうして特に工程数を増やすことなく,保護トランジスタをアレー中
に作り込むことができ,アレーの各要素トランジスタのゲート絶縁膜破
損を防止することができ,TFTを大規模に集積したTFTアレーを歩
留まり良く製作することが可能となった。」(3頁左下欄20行ないし
右下欄5行)との記載にあるように,乙1発明は,製作中のトランジス
タの破損防止を目的としているから,当業者にとって,乙1発明のアー
スを,乙2文献で記載されているフローティングの状態である配線Aと
することの,動機付けが認められるというべきである。
したがって,乙1発明及び乙2発明に,分散放電の技術思想が開示さ
れていないとしても,乙1発明に,MOS型トランジスタの接続先を配
線Aとする乙2発明の構成を適用することの動機付けが認められ,原告
の上記主張は理由がない。
(エ)また,原告は,乙2文献には,1つのXラインに印加された静電気
を他のXラインに放電するという本件発明の技術思想が記載されている
とはいえないから,乙1発明に乙2発明に開示された保護回路の構成を
適用しても,両発明には,本件発明の分散放電の技術思想が開示されて
おらず,本件発明を想到することはできないと主張する。
aしかしながら,そもそも,本件発明も,外部取り出し端子に印加さ
れた静電気が,2端子素子の保護回路及び共通浮遊電極を通じて,他
の外部取り出し端子へと分割されるという分散放電の技術思想をその
必須の内容とするものではないから,乙2文献が分散放電の技術思想
を開示していないことによって,相違点1についての前記(ア)の判
断が左右されるものではない。
すなわち,特許出願手続,無効審判手続及び審決取消訴訟における
発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われ,明細書
の発明の詳細な説明の記載や図面が参酌されるのは,特許請求の範囲
の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,
あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細
な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に
限られると解すべきところ(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3
年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照),侵害訴
訟において特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張
が行われた場合の当該特許発明の要旨認定においても,同条項が「特
許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは」と規定
されていることに照らし,特許無効審判手続及びその審決取消訴訟に
おける発明の要旨認定の場合と同じ認定手法によるのが相当と認めら
れる。したがって,上記権利行使の制限の主張が行われた場合の発明
の要旨認定は,原則として,特許請求の範囲の記載に基づいて行われ,
明細書の発明の詳細な説明の記載や図面が参酌されるのは,特許請求
の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない
とか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明
の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある
場合に限られると解すべきである。
ところで,本件明細書(甲10添付)には,発明の詳細な説明の欄
において,「共通浮遊電極を設けた場合には,静電気は2端子素子か
ら共通浮遊電極さらに2端子素子を通して他の複数の端子に放電され
るので,さらに印加電圧を低くすることができる。」,「第6図は,
さらに第5図の例において遮光膜を第1主電極延在部27として第1
主電極106に接続した例で,両方向に電流を流しやすい構造を有し
ている。」との記載があるが,特許請求の範囲の記載は,前記争いの
ない事実等の(1)で認定したとおりであり,同記載によれば,本件
発明においては,2端子薄膜半導体素子の付加ゲート電極及び第2主
電極は外部取り出し端子に接続し,第1主電極は共通浮遊電極に接続
するという順方向接続態様で接続する構成(構成要件E)であること
が明らかであり,この接続態様によれば,電流は,外部取り出し端子
から2端子薄膜半導体素子を介して共通浮遊電極へ流れる方向には流
れやすいが,共通浮遊電極から2端子薄膜半導体素子を介して他の外
部取り出し端子に流れる方向には流れにくくなっているものと認めら
れる。そうすると,本件特許の特許請求の範囲の記載からみて,分散
放電の技術思想ないしそれを実現する構成は,本件発明の必須の内容
とはされていないというべきである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
b仮に,原告の主張に係る分散放電を,本件発明の構成でも実現でき
る程度のものと解した場合でも,以下のとおり,原告の上記主張には
理由がない。
(a)乙2発明の構成,すなわち,保護用トランジスタであるMOS型
トランジスタの接続先を共通浮遊電極である配線Aとする構成を,
乙1発明に適用した構成(2個の保護用トランジスタが順方向接続
態様によって直列に接続し,その接続先を共通浮遊電極とした構
成)でも,入力端aに生じた静電気等が共通浮遊電極を介して他の
ラインに流れることもあり得るところであり,この構成による分散
放電と本件発明の構成によって実現できる分散放電との差は,程度
の差にすぎないというべきである。
したがって,乙2発明に記載されている,保護用トランジスタの
接続先を共通浮遊電極とするという技術を乙1発明に適用した場合
の構成は,原告の主張に係る分散放電を可能とするという点で,本
件発明の構成と実質的な差異はないというべきであり,原告の上記
主張は理由がない。
(b)また,本件発明は,第1主電極延在部を備える構成とはなってい
ない以上,本件発明が実現し得る分散放電の効果も,分散放電が可
能という程度にすぎず,この程度のものであれば,当業者は,通常,
保護用トランジスタの接続先を共通浮遊電極とする構成を採用する
ことにより,当然に,実現できるものであると予測するものと解さ
れる。
この点,乙8文献にも,「この時列電極線3は基板周辺において,
第2図のA,Dで示される様に互いに短絡して構成するとともに,
さらに,E,F,G,Hで示される様に周辺で行電極線ともコンタ
クトを取り,すべての行電極線と列電極線が同電位となる様にする。
以上の様にマトリックスアレー基板を構成する事により,基板の以
降の工程において,いかなる静電気にさらされても,基板内は常に
同電位に保たれるので,静電気に対し,非常に強くなる。」(2頁
左下欄9行ないし17行)と記載されており,マトリックスアレー
の製作時に,静電気による絶縁破壊を防止するために,1つの端子
に印加された静電気を他の端子に放電するという分散放電の思想自
体は,本件出願時に公知のものといえる。
このように,本件発明において実現できる程度の分散放電の効果
は,当業者が予測することのできない格別顕著な効果とは認められ
ないから,乙1発明及び乙2発明に,共通浮遊電極を通じて他の外
部取り出し端子に静電気を分散しやすいという分散放電の効果が開
示されていないとしても,そのことのみを理由として,本件発明に
進歩性が認められるものではないと解するのが相当である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(c)また,後記ウで判示するとおり,乙1発明における直列に接続し
た2個の保護用トランジスタを,1個の保護用トランジスタとする
ことは,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎないというべきで
あるから,このようにして設計変更をした構成に,保護用トランジ
スタであるMOS型トランジスタの接続先を共通浮遊電極である配
線Aとする乙2発明の構成を適用することにより,又は,乙1発明
に乙2発明の上記構成を適用した上で,上記の設計変更をすること
により,本件発明と同一の構成となり,上記の原告の主張に係る分
散放電の効果を実現できることになる。
したがって,この観点からも,原告の上記主張は理由がない。
(オ)以上のとおり,相違点1に係る本件発明の構成は,当業者が容易に推
考し得ることである。
ウ相違点2について
(ア)本件明細書には,「以上の2端子素子は,内部のTFT動作に影響を
与えない様,チャンネル長,チャンネル幅,Vの選択がされるが,TH
さらに付加ゲート電極と第1主電極の間,第1主電極延在部と第2主電
極の間にオフセット領域を設定することも可能である。」(甲10添付
・3頁8行ないし12行),「2端子素子は,それ故TFT装置の動作
電圧より高く,破壊電圧より低い電圧で電流が流れる様,寸法,構造が
選ばれている。」(同3頁20行ないし21行),「第4図は第3図a
の2端子素子の付加ゲート電極12と第2主電極106を短絡した例で,
第2主電極106に電圧が印加されたときTFTのVとほぼ同じ値TH
で電流が流れる。そのため静電気保護素子と用いるときには,TFTよ
りチャンネル長を長く,またはチャンネル幅を狭くすることが望ましい。
また,第2主電極106を共通浮遊電極に接続することが好ましい。第
5図は,第4図の例において付加ゲート電極12と第1主電極105の
間に平面的重畳をなくし,いわゆるオフセットを設け,見かけ上VTH
を高くした例である。」(同5頁21行ないし6頁1行)との記載があ
り,これらの記載によれば,2端子薄膜半導体素子のしきい値は,チャ
ンネル長,チャンネル幅,ゲート電極と主電極との平面的重畳部分の寸
法等によっても調整できるものと認められ,当業者としても,そのよう
な認識を有しているものと推測される。
そして,乙1文献にも,前記(1)ア(ウ)で判示したとおり,実施
例1の説明として,「第4図に保護トランジスタTrのゲート電圧V3
対ドレイン電流i特性をn−チャンネル飽和ドレイン電流iで規GDDS
格化して示す。図に於いてV(+)側でiが急増する電圧を閾値電GD
圧Vとすれば,図の特性では3V程度のゲート電圧印加により,iTTD
はほぼ飽和電流に達する。保護トランジスタを2段直列接続した第3図
の構成では,Trのゲートに対する入力端2aから見た回路のインピ1
ーダンスはV=2Vまでは大きいが,V>2Vとなると急激に低GTGT
下し,ゲート電極2に過大な電圧が印加されるのを防止することができ
た。第4図の特性例を考慮すると,保護トランジスタを3段に接続すれ
ば,Trを十分に飽和電流まで駆動でき,且つ,飽和電流を与えるゲ1
ート電圧以上ではゲート回路の入力インピダンスは急激に減少する。こ
の様に保護トランジスタの接続段数は必要に応じて増減すれば良い。」
(2頁左下欄14行ないし右下欄11行)との記載があり,同記載から
すれば,乙1発明において,設置すべき保護用トランジスタの個数は,
適宜増減できることが開示されているものと認められる。
(イ)この点,原告は,乙1発明では,保護用トランジスタの一方の電極
は,接地しているのであるから,保護用トランジスタを,乙1発明のよ
うに,順方向接続にしたまま,1個に減ずると,駆動時において,駆動
信号が漏れてしまい,要素トランジスタTrの駆動に支障が生じ,消1
費電力も増加するという問題が生じる旨主張し,また,上記の問題が生
じることを避けるために,乙1発明においては,保護用トランジスタを
2個直列に接続させた旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,保護用トランジスタのしきい値は,そ
のチャンネル長やチャンネル幅,ゲート電極と主電極との平面的重畳部
分の寸法等によって,調整が可能であり,保護用トランジスタを順方向
接続態様にしたままで,その個数を1個に減じても,チャンネル長やチ
ャンネル幅等を調整することにより,原告の指摘する上記問題点を回避
することができるものと解され,乙1文献が,「保護トランジスタの接
続段数は必要に応じて増減すれば良い」と,保護トランジスタを増加さ
せるだけでなく減少させることができること(保護用トランジスタを減
少させることは,同トランジスタを1個とすることを意味する。)を明
記しているのは,このことを前提にしたものであると解するのが相当で
ある。
また,前記イで判示したように,乙1発明の2端子薄膜半導体素子の
一方の電極が接続されている対象をアースとする構成に換えて,乙2文
献において開示されているフローティングの状態の配線A(共通浮遊電
極)とすることは,当業者が容易に推考できるのであるから,これを前
提に考えれば(アースを共通浮遊電極に換えた構成を前提とすれば),
原告が指摘する上記の問題は生じないこととなる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(ウ)以上のとおり,乙1発明における,順方向接続態様で直列に接続し
た2個の保護用トランジスタを,順方向接続態様の1個の保護用トラン
ジスタとすることは,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎないとい
うべきであり,相違点2に係る本件発明の構成は,当業者が容易に推考
し得ることである。
エ相違点3について
前記(1)ア(エ)で認定したとおり,乙1文献には,「以上説明した
ように本発明では,保護トランジスタの作製は各要素トランジスタの製作
工程と全く同じ工程で同時に可能であり,且つ各要素トランジスタの過大
ゲート電圧が印加されるのを防止できた。こうして特に工程数を増やすこ
となく,保護トランジスタをアレー中に作り込むことができ,アレーの各
要素トランジスタのゲート絶縁膜破損を防止することができ,TFTを大
規模に集積したTFTアレーを歩留り良く製作することが可能となっ
た。」(3頁左下欄16行ないし右下欄5行)と記載されており,また,
乙4文献には,「工程数の増加は必然的にコストの上昇と歩留りの低下に
反映するので工程数の増加を防ぎつつ保護ダイオードを内蔵させたMOS
トランジスタを得ることは極めて重要である。」(3頁左上欄10行ない
し14行)と記載されている。これらの記載にあるように,TFTを静電
気から保護するためのトランジスタやダイオードの作製において,工程数
を増やさないようにすることは周知の課題といえる。
そして,前記イで判示したとおり,乙1発明の2端子薄膜半導体素子の
一方の電極が接続されている対象をアースとする構成に換えて,フローテ
ィングの状態の配線A(共通浮遊電極)とすることは,当業者が容易に推
考できるというべきところ,2端子薄膜半導体素子の一方の電極の接続先
を共通浮遊電極とした場合,共通浮遊電極はソース・ドレイン電極,ゲー
ト電極やソースライン,ゲートラインなどと同じ材料で作製し,共通浮遊
電極を形成する場合に,工程数を増やさないようにするために,ソース・
ドレイン電極,ゲート電極やソースライン,ゲートラインなどとと同時に
形成することは,乙8文献に「これら短絡に用いる部材としては,電極部
材と同一である場合が最も簡単であり,A及びDは列電極線a1∼a6と,
又b及びcは行電極線b1∼b6と,それぞれ同一の部材を用い,各電極
線を構成する時に同じに作り込めば良い。」(2頁右上欄5行ないし9
行)と記載されているように,当業者が当然に採用する技術的手段にすぎ
ないというべきである。
したがって,相違点3に係る本件発明の構成は当業者が容易に推考し得
ることである。
オ以上によれば,本件発明は,乙1発明及び乙2発明の技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許無効審判によ
り無効にされるべきものと認められる。
2したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由が
ない。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主
文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官佐野信及び同國分隆文は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官清水節

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