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平成22年8月31日判決言渡
平成21年(行ケ)第10437号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年7月13日
判決
原告国立大学法人
奈良先端科学技術大学院大学
訴訟代理人弁理士小林良平
同中村泰弘
同市岡牧子
同谷口聡
同井上幸子
被告特許庁長官
指定代理人井上千弥子
同柳和子
同唐木以知良
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−17696号事件について,平成21年11月19
日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
関西ティー・エル・オー株式会社は,平成15年1月29日,発明の名称を
「発光ブロック」とする発明について,特許出願(特願2003−20635
号。以下「本願」という。)をしたが,平成18年3月6日付けで拒絶理由が
通知され,同年5月9日に手続補正書を提出したが,同年7月5日付けで拒絶
査定を受け,同年8月11日,拒絶査定不服審判(不服2006−17696
号事件)を請求した。原告は,関西ティー・エル・オー株式会社から,本願に
係る特許を受ける権利を承継し,平成20年12月12日付けで出願人名義変
更届を特許庁に提出した。特許庁は,平成21年11月19日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本
は,同年12月1日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,
この発明を「本願発明」という。)。なお,この請求項1の記載は,平成18
年5月9日付け手続補正書による補正後のものであり,本願明細書とは,この
補正後のものをいう(甲1,7)。
「【請求項1】所定の波長の励起光を照射することにより蛍光を発する希
土類錯体又は有機色素を少なくとも一部に分散させた透明又は半透明樹脂から
成ることを特徴とする発光ブロック。」
3審決の理由
(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に
頒布された刊行物である特開2000−169840号公報(甲5)に記載
された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたとして,特許法29条2項の規定により特許
を受けることができないと判断したものである。
(2)上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発
明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア引用発明の内容
光を照射し励起状態にすることにより蛍光を発する有機色素を塗布した
合成高分子,プラスチックからなる蛍光を楽しむ積み木
イ一致点
「所定の波長の励起光を照射することにより蛍光を発する有機色素を適
用した樹脂から成ることを特徴とする発光ブロック。」である点
ウ相違点
「蛍光を発する有機色素を適用した樹脂」が,本願発明では蛍光を発す
る有機色素を「少なくとも一部に分散させた透明又は半透明」なものであ
るのに対し,引用発明では蛍光を発する有機色素を「塗布した」ものであ
る点
第3当事者の主張
1審決の取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,相違点に関する容易想到性の判断の誤りがある。
すなわち,審決は,相違点について,「蛍光を発する有機色素等の蛍光体を
樹脂に分散させる方法は,塗布する方法とともに,樹脂に蛍光体を適用して樹
脂を発光させる方法として,いずれも周知慣用のもので適宜互換される方法で
あり(後者について,例えば,特開平9−120706号公報(周知例1),
前者について,先に挙げたもののほか,特開平4−134393号公報(周知
例2),特開昭63−43192号公報(周知例3)参照),前者の方法(分
散させる方法)によるものは,分散した蛍光体に励起光が樹脂を透過して到達
し,生じた蛍光が樹脂を透過してから発散する必要があることから,光が透過
する透明又は半透明の樹脂を使用することは当然のことである(必要ならば,
周知例1の段落【0013】,周知例2の3頁左上欄5行,周知例3の特許請
求の範囲等参照)。そうすると,引用発明の蛍光を楽しむ積み木において,蛍
光体を樹脂に適用するに当たり,蛍光体を『塗布』したものに代えて『少なく
とも一部に分散させた』『透明又は半透明』なものとすることに,格別の創意
を認めることはできない。」(審決書5頁25行∼6頁1行)として,「本願
発明は,引用発明及び周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものである。」と判断した。
しかし,審決の容易想到性の判断には,次のとおり誤りがある。
(1)周知例1(甲14)の段落【0013】には,「蛍光板1としては,アク
リル樹脂,ポリカーボネート,ポリ塩化ビニル等の透光性樹脂板に蛍光染料
を含有させたものや,上記の透光性樹脂板の少なくとも前面,好ましくは表
面全体に,蛍光塗料を塗布して蛍光塗膜を形成したものが使用される。」旨
記載される一方,周知例2(甲15)の特許請求の範囲(1),2頁右上欄
「産業上の利用分野」,同右下欄「課題を解決するための手段」等に,「透
光性プラスチックと蛍光染料とから形成された(装置用置物本体)」との記
載はあるが,これが「蛍光体を樹脂に分散すること」,「蛍光体を樹脂に含
有させること」を意味するとしても,それが「蛍光体を透明樹脂に塗布する
方法」を記載したものとは理解できず,周知例3(甲16)の1頁左下欄に
も,「従来の技術」として「蛍光体を含有した蛍光板」が記載されているが,
「蛍光体を樹脂に塗布する方法」は記載されていない。
したがって,審決で,周知例として挙げられた3件のうち,「蛍光体を透
明樹脂に含有させる方法」と「蛍光体を透明樹脂に塗布する方法」の双方を
記載した文献は1件(周知例1)しかなく,両者が適宜互換される方法であ
るということはできない。
(2)周知例1∼3は,いずれも発光体が面発光体又は板材であって,本願発明
のような「ブロック」(立体)に関する発明ではない。
発光体が面発光体又は板材の場合,発光箇所が発光体の内部であるか表面
であるかは問題とならず,蛍光体の分散又は含有と,蛍光体の塗布とが,適
宜互換されることもあり得るが,体積を有する立体である本願発明の発光体
については,蛍光体の分散又は含有は立体の内部に均等に存在させること,
蛍光体の塗布は立体の表面に存在(付着)させることであって,両者は異な
る適用方法となり,適宜互換されることはない。
また,蛍光体が塗布されたものは,表面からのみ光を発するため,平板な
印象を与えるのに対し,透明又は半透明樹脂の内部に蛍光体が分散されたも
のは,立体の内部から3次元的に発光し,深さ方向の各部から光を発するた
め,深みのある印象を与えるのであり,「蛍光体を透明樹脂に含有させる方
法」と「蛍光体を透明樹脂に塗布する方法」では,視覚的効果が全く異なる。
このように,視覚的効果が全く異なる2つの方法が,適宜互換されることは
ない。
以上によれば,「蛍光体を透明樹脂に分散させる方法」と「蛍光体を透明樹
脂に塗布させる方法」とは,適宜互換される方法であることを前提として,相
違点に関する容易想到性を認めた審決の判断は誤りであり,審決は取り消され
るべきである。
2被告の反論
(1)原告は,周知例として挙げられた3件のうち,「蛍光体を透明樹脂に含有
させる方法」と「蛍光体を透明樹脂に塗布する方法」の双方を記載した文献
は1件(周知例1)しかなく,両者が適宜互換される方法であるということ
はできない旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
「蛍光体を樹脂に分散させる方法」と「蛍光体を樹脂に塗布する方法」が
周知慣用であれば,1つの文献に双方が記載されていなくても,当業者は,
これら2つの方法の製造条件や,得られる発光の性状等を考慮の上,所望の
製造条件や発光の性状等に応じて,両者を適用することは,当業者にとって
格別困難なこととはいえず,適宜互換することが可能であるというべきであ
る。この点は,素材が「透明樹脂」であっても「透明でない樹脂」であって
も,同様である。したがって,「蛍光体を樹脂に分散させる方法」と「蛍光
体を樹脂に塗布する方法」は適宜互換される方法であるとした審決の認定判
断に誤りはなく,2つの方法を記載した文献が1件しかないことは,認定判
断の誤りを主張する根拠にはならない。仮に,2つの方法を記載した文献が
複数必要であるとしても,2つの方法を記載した文献は,周知例1以外にも
存在する。周知例2には,「従来から蛍光塗料を使用した装飾装置等も考え
られていた」ことが記載された上で,「透光性プラスチックと蛍光染料とか
ら形成された装飾用置物本体」という,プラスチック(樹脂)に蛍光染料
(蛍光体)を分散させたものが記載されているから,従来の「蛍光塗料を使
用」した「蛍光体を樹脂の塗布する方法」と「蛍光体を樹脂に分散させる方
法」の双方が記載されているといえる。加えて,実願昭59−185210
号のマイクロフィルム(実開昭61−99881号)(乙1)及び登録実用
新案第3015299号(乙2)にも2つの方法が記載されている。
したがって,原告の主張は理由がない。
(2)原告は,「周知例1∼3は,いずれも発光体が面発光体又は板材であり,
本願発明のような「ブロック」(立体)に関する発明ではない。①発光体が
面発光体又は板材の場合,蛍光体の分散又は含有と,蛍光体の塗布とが,適
宜互換されることもあり得るが,体積を有する立体である本願発明の発光体
については,蛍光体の分散又は含有は立体の内部に均等に存在させること,
蛍光体の塗布は立体の表面に存在させることであって,両者は異なる適用方
法となり,適宜互換されることはない,②両者のいずれの方法を適用するか
によって,視覚的効果が全く異なるのであり,視覚的効果が全く異なる2つ
の方法が,適宜互換されることはない。」旨主張する。
しかし,原告のいう「立体」とは,立方体のような「厚みの大きい物品」
を指すものと解されるが,周知例2及び登録実用新案第3015299号
(乙2)には,厚みの大きい物品について「蛍光体を塗布する方法」を「蛍
光体を分散させる方法」に互換することが記載されているから,原告のいう
「立体」の場合も,これら2つの方法は適宜互換することができるというべ
きである。
また,樹脂に蛍光体を適用して厚みの大きい物品を発光させるときに,樹
脂に蛍光体を分散させると,蛍光体は,厚みの大きい物品の全体に分散して
存在する結果,厚みの大きい物品の全体から発光することは,自明の現象で
あり,周知例2,実願昭59−185210号のマイクロフィルム(実開昭
61−99881号)(乙1)及び登録実用新案第3015299号(乙
2)にも,厚みの大きい物品において,蛍光体を分散させることにより,表
面以外の全体から発光するという効果が記載されている。
したがって,原告の主張は理由がない。
以上によれば,「蛍光体を樹脂に分散させる方法」と「蛍光体を樹脂に塗布
する方法」とは,適宜互換される方法であるというべきであり,これを前提と
して,相違点に関する容易想到性を認めた審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1相違点に関する容易想到性の判断の誤りについて
当裁判所は,原告の主張には理由がなく,審決には,取り消すべき誤りはな
いものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1)原告は,審決で周知例として挙げられた3件のうち,「蛍光体を透明樹脂
に含有させる方法」と「蛍光体を透明樹脂に塗布する方法」の双方を記載し
た文献は1件(周知例1)しかなく,両者が適宜互換される方法であるとい
うことはできない旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,
蛍光を発する有機色素等の蛍光体を樹脂に分散させる方法は,塗布する方
法とともに,樹脂に蛍光体を適用して樹脂を発光させる方法として周知慣用
である点は,原告も認めるところである。また,甲14(周知例1)には,
【請求項4】「蛍光板が,蛍光物質を分散させた透光性樹脂板から成ること
を特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の高輝度面発光
体。」と記載され,【請求項5】「蛍光板が,少なくとも前面に蛍光塗料の
塗膜を形成した透光性樹脂板から成ることを特徴とする請求項1ないし請求
項3のいずれかに記載の高輝度面発光体。」と記載され,段落【0013】
「蛍光板1としては,アクリル樹脂,ポリカーボネート,ポリ塩化ビニル等
の透光性樹脂板に蛍光染料を含有させたものや,上記の透光性樹脂板の少な
くとも前面,好ましくは表面全体に,蛍光塗料を塗布して蛍光塗膜を形成し
たものが使用される。」と記載されている。同記載によれば,透光性樹脂板
に蛍光物質を分散させたものと,少なくとも前面に蛍光塗料の塗膜を形成さ
せたもの,すなわち表面に塗布したものが,同等なものとして示されている
から,甲14に接した当業者は,透光性樹脂板に蛍光物質を分散させる方法
と,塗布する方法は互換可能なものと認識し得ると認められる。さらに,周
知例1の発明は,透光性樹脂から蛍光を発生させる技術である点において,
引用発明と技術分野が共通する。そうすると,引用発明との相違点に係る構
成は,当業者において,周知例1の発明から着想を得ることに格別の困難性
はない。
2つの方法の双方を同等なものとして記載した文献として,審決が1件の
み挙げていたからといって,それらの方法が互換可能な方法でないというこ
とはできない。
なお,周知例2には,「従来から蛍光塗料を使用した装飾装置等も考えら
れていた」ことが記載された上(甲15の2頁左下欄20行∼右下欄1行),
特許請求の範囲(1)において「透明性プラスチックと蛍光染料とから形成
された装飾用置物本体」という,プラスチック(樹脂)に蛍光染料(蛍光
体)を分散させたものが記載されているから,少なくとも,「蛍光体を樹脂
に塗布する方法」と「蛍光体を透明樹脂に分散させる方法」が示され,前者
に代えて後者を採用することが記載されているといえる。
以上によれば,引用発明,周知例1及び周知例2の発明に接した当業者が,
透光性樹脂に蛍光物質を「分散させる方法」が,「塗布する方法」と互換可
能であると認識し,蛍光体を樹脂に適用するに当たり,蛍光体を「塗布」し
たものに代えて「少なくとも一部に分散させた」「透明又は半透明」なもの
とすることに,格別の創意を要したものということはできない。
したがって,審決の相違点に関する容易想到性の判断に誤りは認められず,
原告の主張は失当である。
(2)原告は,周知例1∼3は,いずれも発光体が面発光体又は板材であって,
本願発明のような「ブロック」(立体)に関する発明ではないから,引用発
明に周知例を組み合わせることによって,本願発明の相違点に係る構成に至
ることは困難であると主張する。
しかし,面発光体又は板材であっても,ブロックと同様,体積を有する立
体であることに変わりはなく,蛍光体を樹脂に分散させる際,樹脂の硬化後
の形状が板かブロックかの違いによって何らかの影響を受けるとは認められ
ないから,審決が,蛍光体を透明樹脂に分散させた例として,板状の樹脂し
か挙げなかったとしても,このことが,ブロックの樹脂に蛍光体を分散させ
ることの阻害要因になるとはいえない。
また,原告は,「蛍光体を透明樹脂に分散させる方法」と「蛍光体を透明
樹脂に塗布する方法」では,視覚的効果が全く異なると主張する。しかし,
透明な樹脂に蛍光体を分散させれば,蛍光が立体の内部から3次元的に発光
し,深さ方向の各部から光を発するのは自明の理であって,予想外の効果と
はいえない。また,深みのある印象を与えるとの点も,蛍光が立体の内部か
ら発光することによる通常の効果であり,予想外の効果とはいえない。
したがって,審決の相違点に関する容易想到性の判断に誤りは認められず,
原告の主張は失当である。
(3)その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がなく,審決に取り消され
るべき誤りはない。
2結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
齊木教朗
裁判官
武宮英子

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