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平成30年3月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成29年(ワ)第672号損害賠償請求事件(本訴)
平成29年(ワ)第14943号同反訴事件(反訴)
口頭弁論終結日平成30年2月8日
判決5
本訴原告兼反訴被告ペイレスイメージズ株式会社
(以下「原告」という。)
本訴被告兼反訴原告A
(以下「被告」という。)
主文
1原告の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,本訴反訴を通じこれを7分し,その6を原告の負担とし,15
その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1本訴請求
被告は,原告に対し,62万3000円及びこれに対する平成28年10月20
1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2反訴請求
原告は,被告に対し,9万2200円及びこれに対する平成29年5月11
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要25
本件は,原告が,被告において原告の販売する写真素材を原告に無断でイラス
ト化して自らの作品に使用して販売した行為が,原告の当該写真素材に係る著作
権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害すると主張して,被告に対し,不法行為
に基づき,損害賠償金62万3000円及びこれに対する不法行為後である平成
28年10月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金
の支払を求める(本訴)のに対し,被告が,本件本訴の提起を含む原告による過5
大な損害賠償請求等が不法行為に当たると主張して,原告に対し,不法行為に基
づき,損害賠償金9万2200円及びこれに対する不法行為後である平成29年
5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める(反訴)事案である。
1前提事実10
以下の事実は,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められ
る。
(1)原告は,写真,CG,動画,イラスト等の映像コンテンツの販売,撮影業
務等を目的とする株式会社である。
(2)原告は,「Makunouchi043ChristmasCouple」という題名の写真素材集15
CD(以下「本件写真素材集CD」という。)を,訴外株式会社ジーアンド
イーコーポレーション(以下「訴外ジーアンドイー」という。)等のウェブ
サイトにおいて,定価4万1040円(税込み)で販売している。本件写真
素材集CDには合計75点の写真素材が収録されており,その一つに「コー
ヒーを飲む男性」という題名の別紙1の写真素材(以下「本件写真素材」と20
いう。)が収録されている。(甲14,15,乙39ないし44)
(3)被告は,平成27年10月頃,同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏
表紙を作成した際,インターネットで「コーヒーを飲む男性」の画像を検索
して出てきた本件写真素材のサンプル画像を参照してイラスト(以下「本件
イラスト」という。)を描き,別紙2のとおり,当該小説同人誌の裏表紙に25
掲載し,同月18日,同人誌イベントに当該小説同人誌を出品して,50冊
を販売した。(乙1)
(4)被告は,平成28年7月,訴外人物からの指摘を受けて,本件写真素材が
本件写真素材集CDに収録されて販売されているものであることを知り,訴
外ジーアンドイーに対し,本件イラストの作成にあたって本件写真素材のサ
ンプル画像を参照したことを謝罪し,使用料の支払を申し出るメールを送付5
したところ,訴外ジーアンドイーより,原告に連絡するよう指示された。そ
こで,被告は,原告に同趣旨のメールを送付したところ,原告は,被告に対
し,当初,損害賠償金として本件写真素材の販売価格の20倍に当たる54
万円の支払を求めた。その後,原告は,被告に対し,本件写真素材の販売価
格とアートリファレンス料(構図や表現方法を参照して新たな作品を制作す10
る際に著作者から許可を取得する代行手数料)の合計5万9400円の5倍
である29万7000円の支払を求めたが,被告がこれに応じなかったため,
本件本訴を提起した。(甲1ないし8,乙1ないし5,27)
2争点
(本訴について)15
(1)本件写真素材は著作物に当たるか
(2)原告は本件写真素材の著作権者か
(3)被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか
(4)著作権侵害による損害の有無及び額
(反訴について)20
(5)原告の請求が不法行為に当たるか
(6)原告の不法行為による損害の有無及び額
3争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件写真素材は著作物に当たるか)について
(原告の主張)25
本件写真素材は著作物に当たる。
(被告の主張)
本件写真素材は,背景(カフェの柱と白い窓枠,緑の植物がぼかして写り
込んでいる。),照明・光量(被写体人物の左上方から柔らかな光線が照射
され,背後に配された窓からの逆光を取り入れて,背景が白く抜けている。),
絞り(被写界深度を浅くし,人物のみに焦点を合わせ,背景の事物の輪郭を5
柔らかくぼかしている。),色合い(被写体男性の着衣の赤いチェックとコ
ーヒーカップの白とが主体となって色彩が構成されている。)のいずれにお
いても,多くの類例がみられる平凡かつありふれた表現であり,創作的な表
現が存在しないため,本件写真素材は著作物とは認められない。
(2)争点(2)(原告は本件写真素材の著作権者か)について10
(原告の主張)
原告は本件写真素材を撮影したカメラマンと請負契約を締結しているとこ
ろ,請負契約書(甲20)12条では,「乙(判決注:カメラマン)は本契
約で撮影した作品の一切の権利を甲(判決注:原告)に譲渡する。」と規定
されており,これにより,原告が当該カメラマンから著作権を含むすべての15
権利を譲渡されたことが明らかである。
本件写真素材が撮影された平成19年当時,原告はまだ設立後間もなく,
販売素材の点数が少なかった。そのため,自社で企画・制作を行うオリジナ
ルの写真制作に注力しており,およそ月3回から4回の撮影を行っていた。
当時,自社オリジナル写真の制作は,平成19年5月頃に請負契約を締結し20
たカメラマン15名ほどの中から,案件ごとに適したカメラマンに依頼して
いた。請負契約書(甲20)を締結したカメラマンはそのうちの一人であり,
平成19年11月14日に本件写真素材の撮影を依頼したカメラマンにほか
ならない。当時,当該カメラマンには本件写真素材の撮影を含め,月1回か
ら2回程度の撮影を依頼していた。原告は,平成20年1月31日,当該カ25
メラマンに対して本件写真素材の撮影を含む報酬の支払を行っている。
(被告の主張)
ア本件写真素材の画像番号から推定されるカメラマンは,請負契約書(甲
20)が締結された平成19年4月27日以前にも写真素材を撮影して原
告に提供していたと思われ,原告が請負契約を締結したと主張するカメラ
マンとは別のカメラマンである可能性が高い。本件写真素材が撮影された5
平成19年11月14日当時,原告との間で請負契約を締結して写真素材
を提供していたカメラマンは17名程度いるものと思われ,原告が提出す
る請負契約書(甲20)だけでは,当該請負契約書上のカメラマンが本件
写真素材を撮影したカメラマンであることが特定されていない。したがっ
て,原告が本件写真素材の著作権者であると認めることはできない。10
イ原告は,原告を含むストックフォトサービス業界の全般的な商流を示す
ものとして,クリエイターや販売代理店との契約書(甲24,26,乙9
6(甲25として写しが提出されたが撤回され,被告から提出されたもの。))
を提出するが,これらの契約書では,原告は第三者に対する使用許諾権を
含む非独占的使用許諾を受けているだけで,著作権は原告に譲渡されてい15
ない。
(3)争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について
(原告の主張)
被告が本件写真素材を原告に無断でトレースし,小説同人誌の裏表紙のイ
ラストに使用して,当該小説同人誌を販売した行為は,原告の本件写真素材20
に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害している。
(被告の主張)
ア依拠
被告は,本件写真素材に依拠して本件イラストを作成したことは認める
が,被写体男性の頭部から肩までの部分と,コーヒーカップ及びそれを持25
つ手の輪郭を線でなぞったのみであり,線以外のいわゆる「塗り」に関し
ては,本件写真素材を参照せず,独自にモノクロ彩色を行った。
イ複製
本件イラストが本件写真素材の複製といえるためには,本件写真素材と
本件イラストとの差異がある部分に,創作性が認められないことが必要で
ある。本件写真素材と本件イラストでは,色彩,背景,毛髪や顔の各部位5
の具体的表現,光線,陰影など多くの点で表現形式上の差異がみられる。
これらの差異は,被告が本件イラストの線画を描く際及びモノクロ彩色を
施す際に,本件写真素材を一切参照せず,コミック風のイラストに仕立て
ようと意図して独自に工夫した結果生じたものであり,その部分に被告の
思想や感情が表現され有機的に改変されており,無機的な改変である複製10
とはいえない。
また,被告は本件写真素材の線画にのみ依拠し,色彩には依拠していな
いことから,本件写真素材の撮影者が撮影時に工夫した背景や照明,光量,
絞り等から生じる背景や人物の陰影等の各表現については類似性がない。
線画以外の部分では,被写体男性がチェック柄のシャツを着用している点15
で類似するものの,チェック柄は異なっている。また,「チェック柄のシ
ャツを着た男性がコーヒーを飲んでいる」というのは単なるアイデアにす
ぎず,仮にこれが表現に当たるとしても,平凡かつありふれたものであり,
本質的特徴とはいえない。
ウ翻案20
本件イラストが本件写真素材の翻案であるといえるためには,本件写真
素材の創作的表現が本件イラストに見出される必要があり,その創作的表
現とは,写真の場合には,撮影者が撮影時に工夫した背景,構図,照明,
光量,絞り等によって得られた個別的,具体的な表現のことであり,その
個別的,具体的な表現は,平凡かつありふれたものであってはならない。25
そうすると,本件写真素材と被告が依拠して描いた線画部分との間に類似
性が認められる個別的,具体的な表現が,すべて平凡かつありふれたもの
である場合には,本件写真素材の翻案とはいえない。
本件写真素材と被告が依拠して描いた線画部分との類似点は,①人物の
ポーズ,髪型,写真の構図・アングル,②表情,③顔の輪郭や各部位の位
置と形状の3点である。これらの類似点が創作的表現といえるかについて5
検討する。①について,コーヒーカップを右手で持ち,顔の下に掲げるの
は,コーヒーを飲むときに誰もが自然にとる一般的なポーズであり,人物
のポーズは平凡かつありふれている。髪型,構図・アングルについても,
本件写真素材と同様の画像が多く存在しており,平凡かつありふれている。
②について,コーヒーを飲むときに,伏し目がちでうつむき加減に微笑む10
表情をした男性の写真は,多くの類例がみられ,平凡かつありふれている。
③について,面長で細面の男性が目を伏せ微笑んだ顔を同じ角度から線画
で描けば,その輪郭や耳,眉,目,鼻,口の位置や形状はほぼ同じものに
なる。そして,写真の本質的特徴とは,カメラマンが撮影の際に工夫した
背景,構図,照明,光量,絞り等によって生じる色合いや陰影,それによ15
って醸し出される画面の雰囲気等の具体的表現を指すため,線画だけでは
これらの表現は捨象されてしまい,本件写真素材の本質的特徴を直接感得
することはできない。なお,④チェック柄のシャツと白いコーヒーカップ
については依拠せずに彩色しており,意図せずに類似しているが,チェッ
ク柄のシャツを着た男性が白いコーヒーカップを手に持って座っている写20
真は多くの類例があり,平凡かつありふれている。
以上のとおり,本件写真素材と本件イラストが類似する①ないし④にお
ける本件写真素材の表現はいずれも平凡かつありふれており,創作的な表
現ではないため,本件イラストにおいて本件写真素材の表現上の本質的特
徴を直接感得することはできない。25
仮に,上記類似点に創作的表現といい得る何らかの表現が見出せるとし
ても,本件イラストは2.6センチメートル四方(判決注:被告は2.6
ミリメートル四方と主張するが,2.6センチメートル四方の誤記である
ことは明らかである。)しかないごく小さな画像であり,そこから本件写
真素材の創作的な表現を直接感得することはできない。
エ以上より,本件イラストは,本件写真素材の複製でも翻案でもなく,仮5
に本件写真素材の著作物性が認められたとしても,被告は著作権を侵害し
ていない。
(4)争点(4)(著作権侵害による損害の有無及び額)について
(原告の主張)
ア不正使用相当損害額10
ストックフォトサービス業界の標準的な利用規約では,不正使用の場合,
正規料金の10倍の金額が損害額となるとされており,本件写真素材の販
売価格2万7000円及びアートリファレンス料3万2400円の合計5
万9400円の10倍である59万4000円が不正使用相当損害額であ
る。15
イ弁護士相談費用
弁護士相談費用として1万6200円を要した。
ウ被告の得た利益額
被告は,小説同人誌の販売により1万2800円の利益を得ている。
エ小括20
よって,原告は,上記アないしウの合計額である62万3000円を損
害賠償として請求する。
(被告の主張)
ア不正使用相当損害額
争う。本件写真素材集CDは合計75点の写真素材が収録され,販売価25
格は4万1040円であるところ,写真素材1点当たりの単価は547円
である。
なお,本件写真素材の単品販売価格は2万7000円だけではなく,単
品ダウンロードの最安値帯は1850円や2000円である。また,アー
トリファレンス料は,被告が本件イラストを作成した当時,原告の規約に
は存在していなかったし,写真を参考にして撮影やイラストを描く場合の5
参照料であるため,写真料金(販売価格)と重複して支払う必要はないし,
その金額も固定料金が標準となっているわけではない。
イ弁護士相談費用
争う。
ウ被告の得た利益額10
争う。被告は本件イラストを掲載した同人誌の販売によって一切利益を
得ていない。また,本件イラストが同人誌の売上に貢献した度合いは10
0分の1以下である。
エ小括
以上より,著作権法114条2項による損害額は0円であり,同条3項15
による損害額は547円である。
(5)争点(5)(原告の請求が不法行為に当たるか)について
(被告の主張)
本件に関する以下の一連の原告の行為及びこれに伴う原告の説明等は,民
法90条によって禁止される暴利行為に当たる不当に高額な損害賠償金を,20
あたかも正当なものであるかのように被告に誤信させる欺罔行為であり,不
法行為に当たる。
ア平成28年7月11日,被告が低姿勢で謝罪したことに乗じ,被告に対
して54万円の損害賠償を請求したこと。
イ平成28年7月21日,請求額を29万7000円に変更し,被告に対25
して改めて損害賠償を請求したこと。
ウ平成28年8月1日,被告の代理人宛ての書面で,アートリファレンス
料3万2400円がストックフォトサービス業界の標準であるように説明
したこと。
エ平成28年9月12日,被告の代理人宛ての書面で,29万7000円
の請求金額算出の根拠として,被告には適用されない訴外株式会社アマナ5
イメージズや訴外株式会社アフロ等の利用規約等を列挙したこと。
オ平成28年10月4日,被告に対し,29万7000円の損害賠償を請
求する少額訴訟(本件本訴)を,東京簡易裁判所に提起したこと。
カ平成28年11月11日付け準備書面において,「過去に本件のトレー
スのような不正使用が発覚し,規約に準じて協議し,然るべき支払いをさ10
れた方もいる。そのような方々との公平性を保つためにも,被告からの支
払いを強く求める。」と記載したこと。
キ平成28年11月24日の第1回弁論準備手続期日において,請求の理
由を「著作権侵害」から「原告の利用規約及び業界の標準的な規約違反に
よる不正使用の不法行為」に変更したこと。15
ク平成28年12月21日付け準備書面において,請求額が正規料金であ
ることの証明として「あるユーザー」の領収書を提出したこと。
ケ平成29年3月31日付け準備書面において,本件本訴の損害賠償請求
を62万3000円に拡張したこと。
(原告の主張)20
争う。そもそも料金を支払わず,本件写真素材を無断で使用したのは被告
であり,それに対して然るべき損害賠償を請求したまでである。過去の業界
経験の中では,不正使用時の対応として販売価格の20倍の請求が通例とな
っていたことも実際にある。アートリファレンス料3万2400円は,訴外
株式会社アマナイメージズの金額を参考にしたものであり,また,販売した25
後に別途アートリファレンス料を請求することもある。被告の行為が業界の
一般的な利用規約に違反し不法行為に当たることを立証するために,業界の
協力会社の利用規約や対応を参照しながら対応方針を示すことは何ら不自然
なことではない。以上から,原告は何ら欺罔行為を行っておらず,一連の行
為は不法行為には当たらない。
(6)争点(6)(原告の不法行為による損害の有無及び額)について5
(被告の主張)
被告の被った損害は,弁護士費用5万4000円,交通費4900円,休
業損害2万5500円及び慰謝料10万円の合計18万4400円であると
ころ,被告の無知・軽率による道義的責任を考慮して半減した9万2200
円を損害賠償として請求する。10
(原告の主張)
争う。
第3争点に対する判断
1争点(1)(本件写真素材は著作物に当たるか)について
(1)写真は,被写体の選択・組合せ・配置,構図・カメラアングルの設定,シ15
ャッターチャンスの捕捉,被写体と光線との関係(順光,逆光,斜光等),
陰影の付け方,色彩の配合,部分の強調・省略,背景等の諸要素を総合して
なる一つの表現であり,そこに撮影者等の個性が何らかの形で表れていれば
創作性が認められ,著作物に当たるというべきである。
(2)これを本件についてみると,本件写真素材は,別紙1のとおりであるとこ20
ろ,右手にコーヒーカップを持ち,やや左にうつむきながらコーヒーカップ
を口元付近に保持している男性を被写体とし,被写体に左前面上方から光を
当てつつ焦点を合わせ,背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として
白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調さ
れたカラー写真であり,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩の25
配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現において撮影者の個性
が表れているものといえる。したがって,本件写真素材は上記の総合的表現
を全体としてみれば創作性が認められ,著作物に当たる。
(3)これに対し,被告は,本件写真素材は,背景,照明・光量,色合いのいず
れにおいても多くの類例がみられる平凡かつありふれた表現であり,創作性
が存在しないため,著作物とは認められないと主張する。しかし,写真の創5
作性は,写真を構成する諸要素を総合して判断されるべきものであるところ,
背景,照明・光量,色合い等の各要素において,それぞれ似たような例が存
在するとしても,そのことは直ちに創作性を否定する理由とはならない。本
件写真素材の総合的表現を全体としてみればそこに創作性が認められること
は前記(2)のとおりであるから,被告の主張は採用できない。10
2争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について
(1)原告は,被告が本件写真素材を原告に無断でトレースし,小説同人誌の裏
表紙のイラストに使用して,当該小説同人誌を販売した行為は,原告の本件
写真素材に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害していると主張
する。15
(2)複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再
製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照),著作物の複製と
は,既存の著作物に依拠し,これと同一のものを作成し,又は,具体的表現
に修正,増減,変更等を加えても,新たに思想又は感情を創作的に表現する
ことなく,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者が20
既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作
成する行為をいうものと解すべきである。また,翻案とは,既存の著作物に
依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表
現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現する
ことにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接25
感得することができる別の著作物を創作する行為をいうものと解すべきであ
る(最高裁判所平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷
判決・民集55巻4号837頁参照)。
(3)本件イラストは,別紙2のとおりのものであり,A5版の小説同人誌の裏
表紙にある3つのイラストスペースのうちの一つにおいて,ある人物が持つ
雑誌の裏表紙として,2.6センチメートル四方のスペースに描かれている5
白黒のイラストであって,背景は無地の白ないし灰色となっており,薄い白
い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)
が人物の顔面中央部を縦断して加入され,また,文字も加入されているもの
である。
(4)前記1(2)で説示した本件写真素材の創作性を踏まえれば,本件写真素材10
の表現上の本質的特徴は,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩
の配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現に認められる。一方,
前記前提事実(3)のとおり,本件イラストは本件写真素材に依拠して作成さ
れているものの,本件イラストと本件写真素材を比較対照すると,両者が共
通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体15
の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分の
みであり,他方,本件イラストと本件写真素材の相違点としては,①本件イ
ラストはわずか2.6センチメートル四方のスペースに描かれているにすぎ
ないこともあって,本件写真素材における被写体と光線の関係(被写体に左
前面上方から光を当てつつ焦点を合わせるなど)は表現されておらず,かえ20
って,本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表
紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入され
ている,②本件イラストは白黒のイラストであることから,本件写真素材に
おける色彩の配合は表現されていない,③本件イラストはその背景が無地の
白ないし灰色となっており,本件写真素材における被写体と背景のコントラ25
スト(背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすこ
とで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されているなど)は
表現されていない,④本件イラストは上記のとおり小さなスペースに描かれ
ていることから,頭髪も全体が黒く塗られ,本件写真素材における被写体の
頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず,また,本件イラ
ストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されているこ5
とから,鼻が完全に隠れ,口もほとんどが隠れており,本件写真素材におけ
る被写体の鼻や口は再現されておらず,さらに,本件イラストでは本件写真
素材における被写体のシャツの柄も異なっていること等が認められる。これ
らの事実を踏まえると,本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体に
おける表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背10
景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真
素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。
(5)したがって,本件イラストは,本件写真素材の複製にも翻案にも当たらず,
被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したものとは認められない。なお,
原告は,譲渡権侵害も主張するが,本件イラストが本件写真素材の複製及び15
翻案には当たらないため,本件イラストを掲載した小説同人誌を頒布しても
譲渡権の侵害とはならない。
3争点(2)(原告は本件写真素材の著作権者か)について
以上から,その余の争点について判断するまでもなく原告の請求は理由がな
いが,以下,念のため争点(2)についても判断する。20
(1)各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア原告は,平成19年5月17日,(住所は省略)在住のカメラマンとの
間で,期間を1年とする撮影請負契約を締結した。同請負契約12条には,
「乙(判決注:カメラマン)は本契約で撮影した作品の一切の権利を甲(判
決注:原告)に譲渡する。」との記載がある。(甲20)25
イ本件写真素材は,原告の企画のもと,平成19年11月14日,(住所
は省略)で撮影された。(甲19)
ウ原告は,平成19年頃,写真素材等を自ら又は販売代理店を通して販売
等するため,カメラマンやイラストレーター等著作者との間で,当該著作
者から提供される著作物の第三者への使用許諾を含む非独占的使用許諾契
約を締結することがあり,同契約では著作権は著作者に留保されていた。5
(甲24,26,乙96)
(2)前記1(2)のとおり,本件写真素材は創作性を有しており,著作物に当た
るところ,その創作性はカメラマンの撮影によって生じたものであるから,
本件写真素材の著作権は,原始的には本件写真素材を撮影したカメラマンに
帰属する。10
これに対し,原告は,本件写真素材を撮影したカメラマンと締結した請負
契約書において,当該カメラマンが当該契約で撮影した作品の一切の権利を
原告に譲渡する旨の規定があることにより,原告が当該カメラマンから著作
権を含むすべての権利を譲渡されたことが明らかであると主張する。
確かに,前記(1)アのとおり,原告が(住所は省略)在住のカメラマンとの15
間で締結した請負契約書(甲20)には同趣旨の規定の存在が認められる。
しかしながら,前記(1)イのとおり,本件写真素材が撮影されたのは平成19
年11月14日であるところ,上記カメラマンが同日に本件写真素材の撮影
をしたことを示す証拠は何ら存在しない(なお,この点については,被告か
ら何度も立証を求められたものの,原告から証拠が提出されなかったもので20
ある。)。一方で,前記(1)ウのとおり,原告は,写真素材の販売にあたって
は,カメラマン等の著作者との間で非独占的使用許諾契約を締結することが
あり,同契約では著作権は著作者に留保されていたものと認められる。そう
すると,本件写真素材についても,著作権はこれを撮影したカメラマンに留
保され,原告は非独占的使用許諾のみを受けていた可能性も否定できず,原25
告が本件写真素材の著作権を有しているものと認めるに足りる証拠はないと
いわざるを得ない。
(3)したがって,原告を本件写真素材の著作権者であると認めることはできず,
これに反する原告の主張は採用できない。なお,一般に,非独占的使用権者
は,使用許諾を受けた著作物に係る著作権の侵害者に対して,損害賠償を請
求することはできないことを念のため付言する。5
4争点(5)(原告の請求が不法行為に当たるか)について
(1)被告は,前記第2の3(5)(被告の主張)アないしケの一連の原告の行為
及びこれに伴う原告の説明等は,民法90条によって禁止される暴利行為に
当たる不当に高額な損害賠償金を,あたかも正当なものであるかのように被
告に誤信させる欺罔行為であり,不法行為に当たると主張する。これは,す10
なわち,本件本訴の提起に至るまでの原告の被告に対する請求や言動,本件
本訴提起自体,及び本件本訴での原告の主張立証活動が,被告に対する欺罔
行為であり,不法行為に当たると主張するものと解される。
(2)そこで,検討するに,民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえ
るのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法15
律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人で
あれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,
訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められ
るときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和60年(オ)
第122号同昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。20
(3)これを本件についてみると,前記2及び3のとおり,本訴において原告が
主張した著作権侵害は,結果として法律的根拠を欠くものではあった。もっ
とも,その判断は一定の法律的判断を要するものであるし,また,損害賠償
請求金額についても,その妥当性はさておき,写真素材の販売代理店等にお
いては不正使用があった場合に正規の使用料の数倍から10倍程度の金額を25
請求する旨の利用規約を定めていたものと認められる(甲18)から,原告
が代理人弁護士を選任することなく自ら一連の行為を行っていることも踏ま
えると,原告がその主張する著作権侵害やそれに基づく損害賠償請求金額に
ついて,根拠を欠くものであることを知りながら又は容易に知り得たといえ
るのにあえて訴えを提起したといった事情を認めるに足りる証拠はなく,原
告の訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと5
認めることはできない。同様に,原告の本件本訴の提起に至るまでの一連の
請求や言動,本件本訴での原告の主張立証活動が,被告に対する欺罔行為で
あり,不法行為に当たるものと認めることもできない。したがって,被告の
主張は採用できない。
5結論10
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の本訴請求
及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却すること
とし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官沖中康人
裁判官達人
裁判官髙櫻慎平

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