弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告は,原告に対し,10万円及びこれに対する平成9年10月25日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担と
する。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成9年10月25日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,弁護士である原告が,裁判所構内に留置されている被疑者の弁護人
になろうとする者として,被疑者へ文書を差し入れようとしたところ,裁判官から
文書の授受を違法に禁止されたなどとして,原告が,被告に対し,国家賠償法1条
1項に基づき,損害合計200万0001円の内金50万円及びこれに対する不法
行為の日の後である平成9年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
1 争いのない事実等(争いのない事実のほかは,各項に掲記の各証拠に弁論の全
趣旨を総合して認める。)
(1) 平成9年10月24日,検察官は,多治見簡易裁判所裁判官に対し,Aほか2
名(以下「本件被疑者ら」という。)について,暴力行為等処罰に関する法律違反
の被疑事実(「本件被疑者らは,共謀の上,平成9年8月20日午後9時50分こ
ろ,長野県a郡b町c番地d,スナック『B』店内において,被疑者Cが暴力団D
組若頭であることを利用し,被害者E(当34年),同F(当48年)の両名に対
し,被疑者C,同Gにおいて,共同し,こもごも『お前ら何やっとるんや。』,
『家族のことを考えろ。』,『大阪の本社へ行ったりしたら淀川に沈めるぞ。』,
『1人1000万で殺してやるぞ。』,『中津の極道全部を敵にまわすか。』と,
団体の威力を示すと共に,同人等及び同人等の家族の生命,身体,財産等に危害を
加えかねない気勢を示
して脅迫したものである。」旨の被疑事実)により,勾留請求及び接見等禁止の請
求をした。
(2) 上記勾留請求等事件を担当したのは,多治見簡易裁判所裁判官H(以下「本件
裁判官」という。)及び同裁判所主任書記官I(以下「本件書記官」という。)で
あった。
(3) 原告は,名古屋弁護士会所属の弁護士であるが,本件被疑者らの弁護人となろ
うとする者として,同日午前10時40分ころ,多治見簡易裁判所に電話し,同裁
判所の構内において本件被疑者らと接見することを申し入れたが,本件裁判官は,
本件書記官を介して,原告に対し,構内での接見については消極的である旨回答し
た。
(4) 原告は,本件書記官あてに,「裁判所庁内における勾留質問前の被疑者との接
見に関する大阪弁護士会の裁判所への要望書」と題する文書が記載された書面(甲
7)をファックス送信し,再考を求めたところ,本件裁判官は,本件書記官を介し
て,被疑者一人につき10分の接見を認める旨回答した。
(5) 本件裁判官は,本件被疑者らの勾留質問をし,本件被疑者らを,それぞれ岐阜
県中津川警察署,同県各務原警察署及び同県岐阜南警察署の各留置場に勾留し,本
件被疑者らと弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)以
外の者との接見及び書類(新聞・雑誌・書類を含む。)その他の物(食べ物及び衣
類その他の日用品を除く。)の授受をいずれも公訴提起に至るまでの間禁止した
(甲26)。
(6) 原告は,同日午後零時10分ころ,多治見簡易裁判所へ出向き,本件書記官に
対し,本件被疑者らとの接見時間について,「10分では短すぎる。20分はほし
い。」と申し入れたところ,本件書記官を介し,本件裁判官から,一人15分の接
見を認めるとの回答を得た。
(7) そこで,原告は,本件被疑者らについて,「本日,裁判所構内において15分
間の接見と『取調べを受けるにあたって』の書類の授受の許可をされたく申請いた
します。」旨を記載した裁判所構内接見申請書3通(乙4ないし6,以下「本件構
内接見申請書」という。)を提出し,本件裁判官に対し,裁判所構内での上記「取
調べを受けるにあたって」と題する文書(「取調べを受けるにあたって」との表題
の付された3頁にわたる文書と,「弁護人の立場からの連絡事項」との表題の付さ
れた6頁にわたる文書が綴じられたもので,刑事手続についての説明や被疑者の権
利等に関する事項が記載されており,本件被疑者らの「逃亡,罪証の隠滅又は戒護
に支障のある」ものではない。以下「本件文書」という。)の授受を申し入れた
(甲1の2)。
(8) 本件裁判官は,本件文書を見たが,本件書記官を介して,原告に対し,「接見
禁止決定が出ているから,本件文書の授受をするのなら,接見禁止の一部解除の申
立てが必要である。」旨伝えた。
(9) 原告は,本件文書の授受を認められないまま,同日午後零時33分ころから午
後1時37分ころまで本件被疑者らと接見した後,Aについて,「右の者に対し平
成9年10月24日,弁護人より,文書を差し入れたき旨裁判所に申し入れた所
『弁護人に対し接見禁止となっているので文書差し入れは,接見禁止の一部解除申
請を出し許可されなければみとめられない』と言われたので,急を要する為,今般
『取調べを受けるにあたって』という文書(弁護人作成)を差し入れる為,接見禁
止を一部解除されたく申請します。(弁護人としては接見時間が短い為十分に話し
が出来ないので早急に差し入れが必要である)」と記載した接見一部解除申立書
(以下「本件解除申立書」という。)を作成し,提出したが,本件裁判官は,原告
に対し,本件書記官を介
して,検察官の意見を聞く必要がある旨伝えた。
(10) 本件被疑者らは,本件文書の授受が認められないまま,多治見簡易裁判所の
構内から,勾留場所である各警察署(岐阜県中津川警察署,同県各務原警察署,同
県岐阜南警察署)の留置場へ,それぞれ連行された。
(11) 本件裁判官は,検察官に対し,本件解除申立書による申立てについて求意見
し,同月27日,検察官から「否」という意見書が提出されたが,接見等禁止決定
の一部を解除して,本件文書の授受を許可する旨の決定をし,別紙として本件文書
が添付された同決定書がAに送付された。
2 争点
 (1) 本件裁判官の行為の違法性
  ア 原告の主張
 (ア) 本件裁判官による本件文書の授受についての禁止の裁判
   原告は,本件裁判官から,以下のとおり5回にわたり,本件文書の授受につ
いての禁止の裁判の告知を受けた。
  a 本件裁判官は,原告から本件構内接見申請書とともに本件文書の提出を受
け,本件文書を見てその記載事項を確認した上,本件書記官を介し,原告に対し,
「3名の者には接見禁止が出ているから,弁護人からの文書でも授受は認められま
せん。」と口頭ではっきり告知した。
  b そこで,原告は,本件書記官に対し,「何を言っておるんだ。接見禁止は
刑訴法81条で一般人を対象に出されたもので,弁護人は対象外だよ。」,「よく
調べてきちんと裁判官に伝えてくれ。」と述べて,本件裁判官に対し,再度文書授
受の許可を求めた。
    これに対し,数分後,本件裁判官は,本件書記官を介し,原告に対し,
「やはり文書の授受は認められないということです。」,「文書の授受は,接見の
一部解除をしてもらわなくてはなりません。」と,口頭で告知した。
  c その後,本件被疑者らに対する接見が終了した後,原告は,本件書記官に
対し,口頭で,「被疑者らが裁判所にいる間に,先ほどの文書を渡してやりた
い。」と述べて,本件裁判官に対し,本件文書の授受の許可を求めたが,本件裁判
官は,本件書記官を介し,「文書の授受は認められない。」,「一部解除の申請を
してほしい。」と,口頭で告知した。
  d 原告は,本件被疑者らが裁判所構内を退去する時間が迫ってきたので,A
にだけは本件文書を渡してやりたいと思い,仕方なく本件解除申立書を作成,提出
して,本件裁判官に対し,本件文書の授受を求めた。
    これに対し,本件裁判官は,本件書記官を介し,原告に対し,「検察官の
意見を聞く必要があるので,今日渡すのは無理です。」と告知した。
  e 以上のとおり,原告に対して4回にわたり,本件文書の授受についての禁
止の裁判の告知がなされたので,原告は,本件書記官に対し,「文書を渡したいか
ら裁判官を呼んできてほしい。」と要求し,書記官室に来た本件裁判官に対し,直
接,「弁護人は接見禁止の対象とはならないから,すぐに私の文書の差し入れを認
めてほしい。」と要請した。しかし,本件裁判官は,原告に対し,「接見禁止だか
ら弁護人でも文書は入れられない。」,「一部解除しかない。」と告知した。
    原告は,なおも,「一部解除の申請は提出したのだから,今すぐ解除して
文書を渡してほしい。」と要請したが,本件裁判官は,原告に対し,「検察官の意
見を聞く必要があるから今日は無理です。」と言って,本件文書の授受の禁止につ
いての裁判を告知した。
    これに対し,原告が,「準抗告でも何でも争いますよ。」と述べたとこ
ろ,本件裁判官は,「不服があれば,しかるべき手続をとってください。」と言っ
た。
  f 以上のとおり,本件裁判官は,原告に対し,5回にわたり裁判所構内にい
る本件被疑者らとの本件文書の授受についての禁止の裁判の告知をしたものであ
り,このため,本件被疑者らは,本件文書の授受を認められないまま,各警察署
(岐阜県中津川警察署,同県各務原警察署,同県岐阜南警察署)の留置場へ連行さ
れた。
 (イ) 本件裁判官の上記行為の違法性
 a 前記のとおり,本件裁判官は,本件被疑者らには接見等の禁止が出ているか
ら弁護人でも文書授受は認められないとして,5回にわたり本件文書の授受を禁止
した。
   しかし,現行法上,接見等の禁止決定が下されていても,弁護人の文書授受
は禁止されているわけではなく,上記禁止の裁判は,法令の不知による違法な裁判
である。
   仮に,本件裁判官が,刑訴規則30条に基づいて本件文書の授受についての
禁止の裁判をしたものとしても,本件文書は本件被疑者らの「逃亡,罪証の隠滅又
は戒護に支障がある物の授受」と何の関係もないものであり,本件文書は同条の禁
止対象に該当しないから,上記禁止の裁判は,法令の解釈を誤ったものであり違法
である。
 b さらに,前記のとおり,本件裁判官は,原告に対し,本件解除申立書を提出
させた。
   これは,上記の法令の不知又は法令解釈の誤りによるものであり,弁護人に
対して義務なきことを強要したものであって,強要罪にも該当する違法な行為であ
る。
   (ウ) 裁判官の行為についての国家賠償法上の違法性判断基準について
 a 最高裁昭和57年3月12日判決(民集36巻3号329頁。以下「最高裁
昭和57年判決」という。)は,「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の
救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても,これによって当然に国
家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の
問題が生ずるわけのものではなく,右責任が肯定されるためには,当該裁判官が違
法又は不当な目的をもって裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に
明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要
とすると解するのが相当である。」と判示している。
   しかし,本件においては,最高裁昭和57年判決の考え方は妥当しない。本
件で問題としているのは,5回にわたる本件文書授受の禁止の裁判の違法性であ
る。文書授受の禁止の決定に対しては,特別抗告ができる建前とはなっているが,
特別抗告審の裁判がされる時点では,日時経過により法律上の利益を失ったとして
不適法却下される場合がほとんどであり,事実上救済手段はないのである。
   このような裁判官の違法行為に対する救済手続は,国家賠償によるほかな
く,最高裁昭和57年判決のいわゆる違法性限定説は妥当せず,根拠法規違背がそ
のまま国家賠償法上の違法性を具備するものと解すべきである。
 b 仮に,最高裁昭和57年判決の考え方に依拠したとしても,本件において
は,裁判官の行為について違法性が認められる。
   すなわち,最高裁昭和57年判決は,国家賠償法1条1項の規定にいう違法
な行為があったというためには,特別の事情があることを必要とする旨を判示する
ところ,その趣旨は,裁判官が主観的に悪意を有している場合はもちろんのこと,
当該裁判官のした裁判が客観的に「ある程度」を超えて違法又は不当である場合に
は,国家賠償法にいう違法性が認められるという趣旨に解されるべきである。
   そして,この「ある程度」を超えた場合とは,裁判官が事実認定や法令の解
釈適用にあたって,「経験法則・採証法則・論理法則を著しく逸脱し,裁判官に要
求される良識を疑われるような非常識な過誤を犯したことが当該裁判の審理段階に
おいて明白」(広島高裁昭和61年10月16日判決・判例時報1217号36
頁)な程度にまで達していればもちろんのこと,この程度に至らないまでも,「著
しく経験則を逸脱し,通常の裁判官が合理的に判断すれば,当時の証拠資料・情況
のもとでは到底そのような事実認定をしなかったであろうと考えられるような重大
な過失がある場合」(東京地裁昭和59年6月25日判決・判例時報1122号5
2頁)も含むものである。
   すなわち,事実認定の資料として用いられた全資料や判例,学説の傾向など
を健全な良識を持った裁判官が事実認定や法律解釈をする場合,判断の相対性を前
提としても,最大限許容される範囲というものが存在するのであり,この範囲を超
えた非常識な,あるいは異常な事実認定・法律解釈が行われた場合には,上訴によ
って是正されるか否かに関わらず,国家賠償法1条1項にいう違法性が認められる
というべきである。
  イ 被告の主張
   (ア) 本件裁判官による本件文書の授受についての禁止の裁判(前記ア
(ア))について
    a 原告の主張aのうち,「弁護人からの文書でも」という部分は否認す
るが,その余は認める。
      本件裁判官は,「接見禁止決定が出ているので,文書の授受をするな
らば,接見禁止の一部解除の申請をしてもらう必要がある。」旨述べたものであ
る。
    b 同bについて
      第1段落のうち,原告が「接見禁止は刑訴法81条で一般人を対象に
出されたもので,弁護人は対象外だよ。」という趣旨の発言をしたことは認める
が,その余は否認する。
 第2段落のうち,本件書記官が,文書を授受するためには,接見禁止の一部解除
の申請が必要であるという趣旨の発言をしたことは認めるが,その余は否認する。
 原告の上記発言に対して,本件書記官は,上記aにおいて述べた趣旨の発言を繰
り返したものである。
    c 同cは否認する。
 原告が,接見終了後,再度本件文書の授受を申し入れた事実はなく,本件書記官
が,「文書の授受は認められない。」,「一部解除の申請をしてほしい。」と告げ
た事実もない。原告は,「出せということなので,一応出しておく。」旨述べて,
本件解除申請申立書を提出したものである。
    d 同dについて
      第1段落のうち,原告の内心に関する部分は不知,その余は認める。
 第2段落のうち,本件裁判官が,本件書記官を介し,「今日渡すのは無理で
す。」と述べたことは否認し,その余は認める。
 本件裁判官は,検察官の意見を聞く必要があるので,「本日中に解除決定が出な
い場合があることを了承してほしい。」旨述べたのである。
    e 同eは否認する。
      同日,本件裁判官と原告とが直接対峙して会話したことはない。本件
裁判官が原告に「不服があれば,しかるべき手続をとってください。」と述べたの
は,本件被疑者らについての勾留理由開示が行われた際である。
f 同fのうち,本件文書の授受が認められないまま,本件被疑者らが各警察署留
置場へ連行されたことは認めるが,その余は否認ないし争う。
   (イ) 本件裁判官の行為の違法性について
 a 裁判所構内における弁護人等と被疑者との接見交通権については,刑訴法3
9条2項,刑訴規則302条,30条に基づく一定の制限が予定されており,裁判
所構内における文書授受を弁護人等が求めてきた場合,裁判官としては,当該文書
の内容を確認し,刑訴規則30条の各要件の有無を審査するという対応をとること
となる。
   そして,本件裁判官の原告に対する,「接見禁止決定が出ているから,本件
文書の授受をするのなら,接見禁止の一部解除の申立てが必要である。」旨の発言
は,本件被疑者らについてなされた刑訴法81条による接見等の禁止決定の効力を
前提としたものと考えなければならないが,本件の事実経過からすると,本件裁判
官には,上記のとおり刑訴規則30条に照らした対応が求められたことになり,本
件裁判官の上記発言は,同条と刑訴法81条の適用関係を誤ったものであるととも
に,求められた判断を行わなかったとの評価がされてもやむを得ないものである。
 しかし,そのことを理由として,当該裁判手続において上訴に基づいて取り消さ
れるという意味で瑕疵があるとの評価を受けることがあっても,これをもって直ち
に,国家賠償法1条1項にいう「違法」があったものとはいえない。
 b また,上記接見等の禁止決定の効力が弁護人等に及ばないことは刑訴法上明
らかであるから,本件裁判官が上記発言時にどのように認識したかを問うまでもな
く,本件裁判官が原告に対して上記接見等の禁止の一部解除の申立てを求める法律
上の根拠はないということになるし,原告もこれに応じるべき法律的根拠はないこ
とになる(仮に,原告主張のとおり,本件裁判官が「弁護人であっても」一部解除
が必要である旨述べたとすれば,本件裁判官は,接見禁止決定の法律上の効果につ
いて誤解していたという評価を受けることになろうが,そうであるとしても,上記
発言に原告が拘束されないことに変わりはない。)。
 したがって,本件裁判官の上記発言をもって,一部解除の申立てを強要したとい
うことはできないというべきである。
 また,仮に,本件裁判官が原告に対して接見等の禁止の一部解除の申立てを求め
たことが法の理解を誤ったものだったとしても,これをもって国家賠償法1条1項
にいう違法の評価を受けるものではない。
 (ウ) 違法性判断基準について
 a 原告は,本件においては,最高裁昭和57年判決は妥当せず,法令違背の違
法があれば,そのまま国家賠償法上の違法性を具備するものと解すべきである旨主
張し,その理由として,文書の授受についての禁止の裁判については,特別抗告が
できるものの,特別抗告審の裁判がされる時点では,日時経過により法律上の利益
を失ったとして不適法却下される場合がほとんどであって,事実上救済手段がない
ことを挙げる。
 しかしながら,最高裁昭和57年判決は,訴訟法上の根拠法規違背から直ちに国
家賠償法上の違法が導かれるものではないとの立場を明らかにしているというべき
である。国家賠償法上,裁判官の職務上の義務を限定する根拠は,訴訟法上の救済
手段である当該手続内での是正制度の存在のみに求められるものではなく,裁判官
の独立性や判断の相対性にも求められるものであって,仮に,裁判官が当該事件に
ついての事実認定上ないし法律適用上の判断を誤った場合,これが直ちに個別の国
民に対して負担する職務上の法的義務違背に該当すると解するときには,裁判官の
職権行使について独立性が保証されていることに反する結果となる。そして,争訟
の裁判ではなく,かつ,それに対する不服申立手続の有無についても争いのある法
廷警察権の行使につ
いても最高裁平成元年3月8日判決(民集43巻2号89頁。以下「最高裁平成元
年判決」という。)が最高裁昭和57年判決と同様の判示をしていることに照らせ
ば,最高裁昭和57年判決の考え方は,広く裁判官の職務行為一般に妥当するもの
というべきであり,上訴による救済が事実上困難であるとの理由をもって,最高裁
昭和57年判決の考え方が本件に妥当しないものであるとする原告の主張は相当で
はない。
 b また,原告は,本件においては,最高裁昭和57年判決にいう特別の事情が
ある場合に該当すると主張する。
 しかしながら,原告がその例示として挙げる各裁判例は,いわゆる誤審による再
審無罪の刑事事件について,有罪判決を行った裁判官の職務行為に関する国家賠償
法上の違法性の有無が問われた事案に関するものであり,また,もっぱら裁判官に
おける事実認定の誤りに関して判示したものであるが,いずれも結論として請求を
棄却する旨の判決がされているものであって,一般論としては原告の指摘する判示
部分が最高裁昭和57年判決にいう特別の事情に該当する場合を例示したものと見
ることができるとしても,より具体的に,どのような場合にどのような事情があれ
ば,上記一般論に該当するかについては直ちに明らかとはならないというべきであ
るし,それは,再審で無罪となった当該元被告人との関係で判示されたものであっ
て,本件にそのまま
妥当するものとは解されない。
 しかるに,当然すべき商事留置権の要件判断を脱漏した事案について,最高裁昭
和57年判決が国家賠償法上の違法性を否定していることに鑑みると,原告の主張
を前提としても,刑訴規則30条の判断の脱漏ないし誤りに帰するといわざるを得
ない本件裁判官の発言をもって,国家賠償法上の違法性があるとの評価を受けるも
のではないというべきである。
 (エ) なお,本件文書は,黙秘権に関する事項を記載したものであり,指定され
た15分という時間内に(弁護人選任届の作成及び被疑事実等の認否に必要な時間
を除いても)十分伝え得る事項である。そして,原告は,本件被疑者らと15分の
接見をしている(特に,Aとは,事実上20分の接見をしている。)のであるか
ら,本件文書の授受が認められなかったことにより,原告が弁護権の行使を妨げら
れたと認めることはできないというべきである。
 (2) 損害
  ア 原告の主張
   (ア) 弁護権侵害
     原告が本件被疑者らに授受しようとした本件文書は,被疑者として取調
べを受ける際の具体的な防御の手法やその心構えなど,被疑者が自らの防御権を行
使するために必須の,捜査を受けるに当たっての基本的注意事項を記載したもの
で,原告が,刑事弁護を担当するときは必ず第1回の接見の際に渡していたもので
あって,このような文書の授受を禁止することは,弁護権行使に対する重大な侵害
である。
   (イ) 損害額
    a 原告は,本件裁判官から本件文書の授受を禁止されたことにより弁護
権を侵害されたものであり,これによる精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として
は,100万円が相当である。
    b また,本件解除申立書の提出という義務なき行為の強要による精神的
苦痛を慰謝するための慰謝料としては,100万円が相当である。
      さらに,本件解除申立書の用紙代は,少なくとも1円である。
  イ 被告の主張
     原告の主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件裁判官の行為の違法性)について
  (1) 前記争いのない事実等に,証拠(甲1の1及び2,2ないし4,6ないし
8,10,11,31,乙1ないし6,8(ただし,後記採用できない部分を除
く。),証人I(ただし,後記採用できない部分を除く。),原告本人)並びに弁
論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
   ア 原告は,平成9年10月24日午後零時10分ころ,多治見簡易裁判所
へ出向き,裁判所構内における本件被疑者らとの接見について,本件構内接見申請
書を本件文書とともに裁判所に提出し,本件文書の授受を申し入れた。
     これに対し,本件裁判官は,本件文書を一読した上で,本件書記官を介
して,原告に対し,本件被疑者らには接見禁止が出ているから文書の授受は認めら
れない旨を伝えた。
   イ このため,原告は,本件書記官に対し,「何を言っておるんだ。接見禁
止は刑訴法81条で一般人を対象に出されたもので,弁護人は対象外だよ。」,
「よく調べてきちっと裁判官に伝えてくれ。」と述べた。
     そこで,本件書記官は,本件裁判官に再度確認したが,本件裁判官は,
本件書記官に対し,本件文書の授受のためには接見禁止の一部解除の申請が必要で
ある旨を原告に伝えるよう言った。これを受け,本件書記官は,原告に対し,「や
はり,本件文書の授受は認められないということです。本件文書の授受は,接見禁
止の一部解除をしてもらわなくてはなりません。」と伝えた。
   ウ 原告は,本件被疑者らとの各15分余りの接見が終了した後,書記官室
に戻り,本件書記官を介して,本件裁判官に対し,本件被疑者らが裁判所構内にい
る間に本件文書を渡したい旨を伝えたが,本件裁判官は,本件書記官を介して,原
告に対し,本件文書の授受のためには接見禁止の一部解除の申請をしてほしい旨を
伝えた。
   エ そこで,原告は,Aについて,本件解除申立書を作成し,本件書記官を
介し,本件裁判官に提出した。
     これに対し,本件裁判官は,本件書記官を介して,原告に対し,検察官
の意見を聞く必要がある旨及び検察官の意見があるまでは本件文書の差し入れは認
められない旨を伝えた。
   オ 書記官室において,原告が,本件書記官に対し,裁判官を呼んできてほ
しい旨大声で要求したところ,本件裁判官が隣接する裁判官室から書記官室に出て
きた。
     そこで,原告は,本件裁判官に対し,弁護人は接見禁止の対象とはなら
ないから本件文書の差し入れを認めてほしい旨を述べたが,本件裁判官は,原告に
対し,接見禁止であるから弁護人でも文書は差し入れられない旨を告知した。
     原告は,さらに,本件裁判官に対し,本件解除申立書を提出したのだか
ら今すぐ解除をして本件文書を差し入れさせてほしい旨を要請したが,本件裁判官
は,原告に対し,検察官の意見を聞く必要があるから,その日のうちに決定を出す
のは無理である旨を述べた。
   カ 原告は,本件裁判官に対し,「準抗告でも何でも争いますよ。」と述べ
たが,本件裁判官は,原告に対し,「不服があれば,しかるべき手続をとってくだ
さい。」と述べた。
     その後,原告は,書記官室から退室し,多治見簡易裁判所の構内を出た
が,それとほぼ同時に,本件被疑者らも,勾留場所の各警察署留置場へ向けて,同
裁判所の構内から連行された。
  (2) なお,被告は,以上の認定とは異なる旨を主張するので,以下,検討す
る。
ア すなわち,被告は,①本件文書の授受の申入れに対し,接見禁止が出ているか
ら認められないと伝えられた原告が,接見禁止は弁護人は対象外である旨を述べた
際,本件書記官が,本件文書を授受するためには,接見禁止の一部解除の申請が必
要であるとの発言を繰り返したにすぎず,原告が裁判官に伝えてほしいと発言した
事実もなく,本件書記官が,再度本件裁判官に確認した事実もない,②原告が本件
被疑者らとの接見を終了した後は,原告が,再度本件文書の授受の申入れをした事
実はなく,本件書記官が,「文書の授受は認められない。」,「一部解除の申請を
してほしい。」と告げた事実もない,③原告は,出せというので一応出しておく旨
述べて,本件解除申立書を提出した,④同日に,本件裁判官が原告と直接対峙して
会話したことはない
などと主張している。
  そして,本件書記官である証人Iも,証人尋問における供述及びその作成の陳
述書(乙8)において,被告の上記各主張に沿う旨の供述等をしている。
イ しかしながら,前記争いのない事実等に,証拠(甲6,8,10,31,原告
本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告は,本件被疑者らがそれぞれ別の警察
署留置場に勾留されるため,裁判所構内で順次接見することを強く希望し,本件書
記官がこれに対して難色を示すと,大阪弁護士会の裁判所への要望書をファックス
で送信するなどして,裁判所構内での接見を実現するための努力をし,本件書記官
から接見時間を1人当たり10分間とすると告げられると,10分間では短すぎる
と申し入れ,15分間に延長することを認めさせるなどしており,また,弁護人か
らの文書の差し入れについては接見禁止の効果が及ばないことを知りつつも,本件
文書を差し入れるために本件解除申立書を提出したことが認められ,このように,
原告が,本件被疑者
らの弁護人等として,本件被疑者らに対し早期に十分な助言を与えようと,接見の
申入れ段階から終始相当の努力をしていることからすれば,本件文書の授受につい
て,原告が,本件裁判官と一度協議しただけの本件書記官との対応のみに終始し,
接見終了後も,一応出しておくと言って本件解除申立書を出したのみで,本件裁判
官と直接話したことなどないとする証人Iの上記供述等は,不自然といわざるを得
ない。
ウ そもそも,被告は,本件文書を一見すれば,これが弁護人等が作成した書面で
あることは明白であるにもかかわらず,当初から,本件裁判官は,弁護人等以外の
第三者が本件文書の授受の申入れをしたものと認識して,接見禁止の一部解除の手
続を勧めた等との不自然不合理な主張を維持し,ようやく,本訴提起後2年を経過
した平成12年12月7日に,本件裁判官の上記発言は,規則30条と刑訴法81
条の適用関係を誤ったものであるとの評価がされてもやむを得ないなどと主張を変
更するに至ったものである。
  また,被告は,原告による本件解除申立書の提出は,本件被疑者らが裁判所構
内を出た後であるとの主張を維持しているところ,証人Iさえこれに反する旨の供
述をしているのであって,上記主張が事実に反することは事前に容易に把握できた
ものと思われる。
  さらに,被告は,平成9年10月24日当日,原告と本件裁判官とが直接話を
した事実を否認し,本件裁判官の「しかるべき措置を取ってください。」との発言
は,同日のものではなく,勾留理由開示の法廷であると主張しながら,この点につ
いての原告の求釈明には何ら応じようとせず,何らの立証もしない。
  以上に見られるとおり,被告は不十分かつ不誠実な主張立証態度に終始したと
いわざるを得ないのであって,これに比し,原告の主張やこれに沿う旨の原告の本
人尋問における供述及びその作成の陳述書(甲6,8,10,31)は,一貫性が
あり,信用性が高いと評価し得る。
エ 以上を併せ考慮すると,被告の上記主張に沿う旨の証人Iの供述及び陳述書
(乙8)の記載は採用することができないと言わざるを得ず,他に前記(1)の認定を
覆すに足りる証拠はない。
  (3) ところで,裁判官がした争訟の裁判に上訴,再審等の訴訟法上の救済方法
によって是正されるベき瑕疵が存在したとしても,これによって当然に国家賠償法
1条1項にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるも
のではなく,上記責任が肯定されるのは,当該裁判官が違法又は不当な目的をもっ
て裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行
使したものと認めうるような特別の事情がある場合に限られる(最高裁昭和57年
判決参照)。そして,この法理は,争訟の裁判に限らず,その他,裁判官が行う職
務行為一般に関しても同様と解すべきである(最高裁平成元年判決参照)。
    そこで,本件において,本件裁判官の前記(1)の行為について,裁判官がそ
の付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものとして,違法と評価
すべきかについて,以下検討する。
   ア 前記(1)に認定した事実によれば,本件裁判官は,刑訴法81条による接
見等の禁止の効力が弁護人等にも及ぶと誤解した結果,申立てにより,検察官の意
見を聞いた上,接見等の禁止の一部解除をしなければ,原告と本件被疑者らとの本
件文書の授受は認められない旨を原告に告知し,もって,原告と本件被疑者らとの
本件文書の授受についての禁止の裁判をしたものと認められる。
   イ ところで,弁護人等と被疑者との接見等の自由は,憲法上の保障に由来
するもので,身柄を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けるための刑事訴訟手続
上基本的かつ極めて重要な権利であるとともに,弁護人等としてもその固有権の最
も重要なものの一つであって,接見交通権が自由であることは刑事手続における大
原則である。したがって,弁護人等と被疑者との文書の授受が,接見等の禁止の有
無にかかわらず原則として自由であることは,裁判官として当然知っていなければ
ならない最も基本的な事項の一つである。
     また,弁護人等と被疑者との接見交通を刑訴法81条によって禁止する
ことができないことは,法律上,一義的に明白であり,それと異なる解釈の余地は
ない。
     しかるに,本件裁判官は,裁判官としてあってはならないともいうべき
基本的な法律の適用の誤りを犯したばかりでなく,前記認定事実のとおり,原告か
ら何度も法律の適用の誤りを指摘され,これにより何度も再検討の機会が与えら
れ,かつ,自らが法律の適用を誤っていることは刑訴法の条文を確認することで極
めて容易に知ることができたものであるのに,しかるべき検討もせず,憲法の保障
に由来する重要な権利である接見交通権を不法に制限したもので,その誤りは極め
て重大である。
   ウ また,裁判所は,弁護人等から被疑者への裁判所構内における書類等の
授受の申出があったときは,原則として授受の機会を与えなければならないのであ
り,これを禁止することができるのは,刑訴規則30条に規定する被疑者の逃亡,
罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐために必要があるときに限られ
る。したがって,上記申出を受けた裁判所としては,書類等の授受を禁止すべき要
件があるか否かを速やかに判断し,これを禁止する必要があると認められない限
り,裁判所の構内における書類等の授受をさせるようにしなければならず,合理的
な理由もないのに判断を留保するなどして書類等を授受する機会を失わせること
は,弁護人の円滑な職務の遂行を妨げるものといわなければならない。特に,弁護
人となろうとする者と被疑
者との逮捕後初回の接見及びその際の書類等の授受は,身体を拘束された被疑者に
とっては,弁護人を選任するとともに,弁護人から今後捜査機関の取調べを受ける
に当たっての助言等を得るための最初の機会であって,直ちに弁護人に依頼する権
利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障を実質化するもの
であるから,これが速やかに行われることが被疑者の防御の準備及び弁護人の弁護
権の行使のために特に重要である。
 しかるに,本件裁判官は,本件文書を一読し,その授受を禁止する必要がないこ
とを容易にかつ直ちに判断し得たはずであるのに,前記のような極めて重大な法律
の適用の誤りに基づき,原告に対し,本件文書の授受のためには,接見等の禁止の
一部解除が必要であり,その申立てに対しては検察官の意見を聞く必要があるとし
て,結局,裁判所の構内における原告から本件被疑者らへの初回の接見の際の本件
文書の授受の機会を失わせたもので,その結果も重大である。
 なお,裁判官による裁判所構内での文書等の授受の禁止の裁判に対しては,特別
抗告による不服申立てが可能であるが,弁護人と被疑者との接見等は,合理的期間
内に実現しなければ被疑者の権利を守ることができない性質のものであり,一定期
間が経過し捜査が進行した後は,その実質的意味がなくなってしまうものといわざ
るを得ない。
エ 以上のとおりであって,本件裁判官が裁判所の構内における本件文書の授受を
禁止する裁判をしたことは,憲法上保障された被疑者の弁護人に依頼する権利に由
来し,被疑者の防御の準備のため,また弁護人の弁護権の行使のために極めて重要
なものである弁護人等から被疑者への初回の接見の際の書類等の授受の権利を,上
記のような態様で侵害したもので,到底,裁判官による誠実な判断とは認めること
のできない不合理なものと評価すべきであり,その是正につき不服申立てによるべ
きものとすることも不相当であるというべきであるから,本件裁判官は,裁判官と
して,その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めら
れ,国家賠償法1条1項にいう違法な行為にも当たるといわざるを得ないのであ
り,これは裁判官として
遵守すべき注意義務に違反するものとして,本件裁判官に過失があることも明らか
というべきである。
オ なお,被告は,本件文書は,黙秘権に関する事項を記載したものであり,指定
された15分の時間内に,弁護人選任届の作成及び被疑事実等の認否に必要な時間
を除いても,十分伝え得る事項であるから,原告が,弁護権の行使を妨げられたと
認めることはできない旨主張する。
 しかしながら,本件文書(甲1の2)は,9頁(B5版の用紙で,1頁が1行4
7字・17行)にも及ぶもので,その内容も,被疑者の人権,黙秘権,捜査官にあ
りがちな見解及びこれに対する意見,現在の刑事訴訟法の考え方,被疑者としての
一般的な心構え,予想される身柄拘束の期間,面会の禁止,体調の悪いときの取調
べへの対処,無理な取調べがあった場合の対処,調書作成への対処,調書の訂正,
調書への署名,指印は拒否できること,弁護人との接見,無理に調書を取られてし
まったときの対処,嘘の言い訳はしないほうがよいこと等を具体例を挙げるなどし
て,具体的かつ詳細に記載しているもので,到底15分ないし20分程度の接見に
よっては伝えることができない内容であるし,仮に弁護人が指定された時間内に上
記内容を全て説明し
たとしても,逮捕,勾留により精神的にも動揺していることの多い被疑者にとっ
て,15分ないし20分程度の接見の際に弁護人から受けた説明を理解し,記憶に
留めておくことは通常困難であり,むしろ,本件文書は,被疑者が手元に置いて繰
り返して読むことによって,その目的が達せられるものである。
 したがって,被告の上記主張は,弁護人による接見及び書類等の授受等の重要性
を軽視したもので,到底採用することができない。
  (4) なお,原告は,本件裁判官が本件文書の差し入れのためには接見禁止の一
部解除申請が必要である旨述べた行為をもって,弁護人に対して義務無きことを強
要した違法な行為であると主張する。
    しかしながら,以上の認定事実によれば,本件裁判官は,本件文書の授受
を認めるためには,接見禁止の一部解除申請が必要であり,同申請に対しては,検
察官の意見を聞くことが必要であるとして,結局,原告に対し本件文書の授受をさ
せなかったものであって,その違法性については既に説示したとおりであるとこ
ろ,以上の行為のうち,一部解除申請が必要であると述べた行為のみをとらえて,
独立にその違法性を評価することは相当ではないというべきであるし,独立にその
違法性を評価すべきものとしても,一部解除申請が必要であると述べた行為をもっ
て,原告に対し,その意思に反して本件解除申立書を書くことを強制したものとい
うことはできないから,その余の点について判断するまでもなく,一部解除申請が
必要であると述べた行
為をもって,国家賠償法上違法と評価することはできない。
2 争点(2)(損害)について
   前記争いのない事実等及び前記認定事実によれば,原告は,本件裁判官が本
件文書の授受についての禁止の裁判をしたことによって,刑事事件の被疑者につい
ての弁護活動において最も重要であるともいえる初期段階のそれを十分に行うこと
ができず,このことにより精神的苦痛を被ったことが認められ,その外本件に現わ
れた一切の事情を総合考慮し,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は10万円をもっ
て相当と認める。
 3 結語
   以上によれば,原告の請求は,10万円及びこれに対する不法行為の日の後
である平成9年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないか
らこれを棄却し,仮執行宣言については必要がないからこれを付さないこととし,
主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第7部
裁判長裁判官   筏   津   順   子
   裁判官   長 谷 川   恭   弘
   裁判官   舟   橋   伸   行

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