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平成11年(ワ)第10931号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年7月23日
         判     決
      原      告      日本臓器製薬株式会社
   訴訟代理人弁護士       新 堂幸 司
同              品 川澄 雄
同              吉 利靖 雄
      同              飯 塚卓 也
      同              野 口祐 子
同              小野寺 良 文
補佐人弁理士         村 山 佐武郎
被      告    株式会社フジモト・ダイアグノステ
ィックス
被      告    藤本製薬株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士  山 本忠 雄
同              安 部 朋 美
山本忠雄訴訟復代理人弁護士中 橋紅 美
主     文
1 被告株式会社フジモト・ダイアグノスティックスは、原告に対し、金5万
0129円及びこれに対する平成11年10月24日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
2 原告の被告株式会社フジモト・ダイアグノスティックスに対するその余の
請求及び被告藤本製薬株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用及び被告株式会社フジモト・ダイアグノス
ティックスに生じた費用の各50分の1を被告株式会社フジモト・ダイアグノステ
ィックスの負担とし、原告に生じたその余の費用及び被告株式会社フジモト・ダイ
アグノスティックスに生じたその余の費用並びに被告藤本製薬株式会社に生じた費
用を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して金17億6311万9960円及びこれに
対する平成11年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2 被告株式会社フジモト・ダイアグノスティックスは、原告に対し、金11億
9230万円及びこれに対する平成11年10月24日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、後記特許権(本件特許権)を有する原告が、医薬品を製造している
被告株式会社フジモト・ダイアグノスティックス(以下「被告フジモトD」とい
う。)と被告フジモトDから医薬品の譲渡を受けてこれを販売している被告藤本製
薬株式会社(以下「被告藤本製薬」という。)に対し、被告フジモトDが同医薬品
の品質規格の検定のために行ってきた確認試験の方法は本件特許権に係る発明を実
施するものであり、本件特許権(ただし、出願公告後登録までは仮保護の権利)を
侵害したとして、平成8年11月1日から平成11年3月31日までの被告藤本製
薬による販売分につき、共同不法行為に基づく損害賠償として連帯して17億63
11万9960円を支払うよう求めるとともに、被告フジモトDに対し、平成4年
3月11日(出願公告日)から平成8年10月31日までの被告藤本製薬による販
売分につき、不当利得の返還として実施料相当額11億9230万円の支払を求め
た事案である。
2 基礎となる事実 
(1) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許出願の願書に
添付された明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明を「本件発明」又は
「本件特許方法」という。)を有している(争いがない)。
特許番号     第1725747号
発明の名称  生理活性物質測定法
出願年月日  昭和62年9月8日(特願昭62-225959)
出願公告年月日平成4年3月11日(特公平4-14000)
登録年月日  平成5年1月19日
特許請求の範囲  別紙特許公報該当欄記載のとおり
(2) 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。
A 動物血漿、血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤、電解質、被検物質、から成る
溶液を混合反応させ、
B 次いで該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために、生成し
たカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性のみを特
異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係
が成立する時間内に加え、
C 生成したカリクレインを定量すること
D を特徴とする被検物質のカリクレイン生成阻害能測定法。
(3) 本件発明の概要は、明細書の記載(特許請求の範囲及び発明の詳細な説
明)によれば、次のようなものである(甲第2号証)。
ア カリクレインは、種々の動物の血漿中及び組織内に広汎に存在する蛋白質
酵素であって、カリクレイン・キニン系を構成することで知られており、カリクレ
イン・キニン系は、種々の酵素系に密接な関連を有し、様々な生体抑制機能にかか
わっている。
 血漿中に存在する血液凝固第ⅩⅡ因子(ハーゲマン因子、FⅩⅡ)は、
カオリン等の血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤が添加されると、活性化して活性型血液
凝固第ⅩⅡ因子(FⅩⅡa)に変化し、この血液凝固第ⅩⅡ因子(FⅩⅡa)は、
同じく血漿中に存在するプレカリクレインに作用して、これをカリクレインに変換
し、さらに、このカリクレインは血漿中の高分子キニノーゲンに作用して、ブラジ
キニンを遊離させ、この遊離されたブラジキニンが炎症、痛み及びアラキドン酸カ
スケードに対する作用を引き起こす。
イ 本件発明における反応は、2段階の反応で構成されており、第1次反応
は、血漿にカオリン等の血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤を添加することによって、血
液凝固第ⅩⅡ因子(FXⅡ)を活性型血液凝固第ⅩⅡ因子(FXⅡa)とすること
により、該血漿中のプレカリクレインをカリクレインに変化せしめてカリクレイン
を生成させる反応であり、第2次反応は、このようにして血漿中に生成したカリク
レインの量を定量する反応である。
 すなわち、動物血漿、血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤、電解質及び被検物
質から成る溶液を混合反応させてカリクレイン生成反応を開始せしめた後、該反応
におけるカリクレインの生成を停止させるために、カリクレインの生成と反応時間
の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に、言い換えれば、単位時間当たり
のカリクレイン生成量が一定の割合で進行している時間内に、活性型血液凝固第Ⅹ
Ⅱ因子(FXⅡa)の活性のみを特異的に阻害してカリクレインの生成を停止する
作用を有し、かつ、生成したカリクレインの活性には実質的に無影響である阻害剤
(例えばLBTI〔リマ豆由来のトリプシンインヒビター〕)を添加し(第1次反
応)、次いで、第1次反応液を、カリクレインに対する特異的基質及び緩衝液から
成る第2次反応液と混合反応させる(第2次反応)という、2段階の反応により構
成されている。
ウ 上記第1次反応及び第2次反応は、酵素反応であるから、これらの酵素反
応における酵素量は酵素そのものを物質量として測定するものではなく、単位時間
当たりに当該酵素によって生成される反応生成物の量の大きさ、すなわち、酵素活
性として測定される。
 このように、本件発明における被検物質のカリクレイン生成阻害能の測
定は、第1次反応で生成したカリクレイン活性の大きさを、第2次反応においてカ
リクレインとその特異的基質の反応によって生成する反応生成物(例えばp-ニト
ロアニリン)の量を定量することによって行われる。
(4) 被告フジモトDは、別紙物件目録1記載の抽出液(商品名「FN原液『フ
ジモト』」。以下「被告抽出液」という。)及びこれを有効成分とする別紙物件目
録2記載の製剤(商品名「ローズモルゲン注」。以下「被告製剤」といい、被告抽
出液と被告製剤をまとめて「被告医薬品」という。)を製造し、被告製剤を被告藤
本製薬に譲渡し、被告藤本製薬は、被告フジモトDから被告製剤を譲り受けてこれ
を販売してきた。そして、被告フジモトDは、薬事法に基づき、被告抽出液の各ロ
ットを製造する都度、また、被告抽出液を有効成分とする被告製剤の各ロットを製
造する都度、品質規格の検定のためにカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験
を行っていた(争いがない)。
(5) 原告が本訴において不法行為による損害賠償及び不当利得返還を求めてい
る対象期間である平成4年3月11日から平成11年3月31日までの間(以下
「本件請求期間」ということがある。)に被告フジモトDが被告医薬品の製造の際
に用いていた測定方法がどのようなものであったかについては争いがある。原告
は、別紙被告方法目録1記載の測定方法(以下「イ-1方法」という。)であった
と主張し、被告らは、イ-1方法とは異なる別紙被告方法目録2記載の測定方法
(以下「イ-2方法」という。)であったと主張する。
(6)ア イ-1方法を分説すると、次のとおりである。
1-ⅰ ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液又は同抽出液を
有効成分とする製剤を被検物質として、これに塩化ナトリウム等の電解質及びヒト
血漿を加え、次いでこれにカオリン懸濁液等の血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤を加え
て反応させた後、
1-ⅱ リマ豆トリプシンインヒビター(LBTI)等の活性型血液凝固
第ⅩⅡ因子に対する特異的阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直
線的な関係が成立する時間内に加えてカリクレインの生成を停止させ(以上、第1
次反応)、
1-ⅲ 生成したカリクレインを合成基質を用いて定量する(第2次反
応)
1-ⅳ 前記被検物質のカリクレイン産生阻害能測定法。
イ イ-2方法を分説すると、次のとおりである。
2-ⅰ 本品を減圧乾固させてエタノールで抽出し、乾固させ、塩化ナト
リウム溶液を加えて溶かし試料溶液とする。
 この試料溶液に生理食塩液で希釈したヒト正常血漿溶液を加えた
後、緩衝液で調製したカオリン懸濁液を加えて混和し、氷水中に20分間静置する
(以上、第1次反応)。
2-ⅱ 直ちに、この反応液を、水浴中で30℃に保温した緩衝液と合成
基質溶液との混液に加えて、20分間反応させた後、反応を停止させて遠心分離を
行い、その上澄液の吸光度を測定して試料吸光度(AT)を求める(以上、第2次
反応)。
2-ⅲ 一方、試料溶液の代わりに塩化ナトリウム溶液、カオリン懸濁液
の代わりに緩衝液を用いて、前記の場合と同様に操作して、吸光度を測定して試料
ブランク吸光度(ATB)を求める。
2-ⅳ 別に、カリジノゲナーゼ(別名、カリクレイン)標準品に緩衝液
を加えて溶かし標準溶液とする。この標準溶液を、水浴中で30℃に保温した緩衝
液と合成基質溶液との混液に加えて、以下前記の第2次反応と同様に操作して、吸
光度を測定して標準吸光度(AS)を求める。
2-ⅴ 一方、標準溶液の代わりに緩衝液を用いて、標準溶液の場合と同
様に操作して、吸光度を測定して標準ブランク吸光度(ASB)を求める。
2-ⅵ 前記各々の吸光度につき、試料吸光度(AT)から試料ブランク
吸光度(ATB)を引いた値と、標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(A
SB)を引いた値とを比較し、前者の値が後者の値より小さいときは、本品は規格
に適合とする。
2-ⅶ カリクレイン様物質産生阻害能測定法である。
(7) イ-1方法は、本件発明の構成要件をすべて充足し、本件発明の技術的範
囲に属する(弁論の全趣旨)。
一方、イ-2方法と本件発明とを対比すると、イ-2方法は、構成2-ⅱ
において、第1次反応後、直ちに、反応液を、水浴中で30℃に保温した緩衝液と
合成基質溶液との混液に加えて、20分間反応させた後、反応を停止させて遠心分
離を行い、その上澄液の吸光度を測定して試料吸光度(AT)を求めるという操作
(第2次反応)を行うものであり、構成要件Bの「該反応におけるカリクレインの
生成を停止させるために、生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型
血液凝固第ⅩⅡ因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応
時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え」という操作、すなわち
本件発明の阻害剤を加えることをしていない点で、構成要件Bを充足しない。した
がって、イ-2方法は本件発明の技術的範囲に属さない(弁論の全趣旨)。
(8) 医薬品の品質規格の検定のための確認試験については、次のとおり定めら
れている。
医薬品製造業者は、厚生大臣(本件発明に係る方法の実施の有無が問題と
なっているのは、薬事法本則(第44条を除く。)中の「厚生大臣」を「厚生労働
大臣」と読み替える旨の改正を内容とする平成11年法律第160号の施行日であ
る平成13年1月6日より前についてであるから、以下「厚生大臣」と記載す
る。)に対し医薬品の製造承認を申請する際には、薬事法14条1項、薬事法施行
規則17条に基づき、様式第十(一)による医薬品製造承認申請書に申請に係る医薬
品の「規格及び試験方法」を記載することが義務付けられており、厚生大臣から製
造承認が与えられるときは、医薬品製造承認書の一部として医薬品製造承認申請書
が添付される。この医薬品製造承認申請書の「規格及び試験方法」欄の記載方法に
ついては、「医薬品の製造又は輸入の承認申請に際し添付すべき資料の取扱い等に
ついて」(昭和55年5月30日薬審第718号・都道府県衛生主幹部〔局〕長あ
て・厚生省薬務局審査課長、同生物製剤課長通知)により、「確認試験」の項目が
設定されなければならないものとされている(なお、「医薬品の製造又は輸入の承
認申請に際し添付すべき資料の取扱い等について」は、平成7年6月30日薬審第
682号により一部改正された。)。(甲第64号証、弁論の全趣旨)
(9) 被告医薬品は、原告が製造販売する先発医薬品の後発医薬品であるとこ
ろ、先発医薬品及び被告医薬品の製造承認等の経過は、次のとおりである。
ア 先発医薬品の製造承認等
原告は、昭和28年9月5日、別紙物件目録1記載の抽出液及びそれを
有効成分とする別紙物件目録2記載の製剤(注射剤)につき、厚生大臣から製造承
認を受け、昭和51年9月1日、健康保険法に基づく薬価基準の収載を受け、同年
11月1日から、別紙物件目録1記載の抽出液の製造及び別紙物件目録2記載の製
剤(注射剤。商品名「ノイロトロピン特号3cc」)の製造販売を開始した(以
下、原告が製造する別紙物件目録1記載の抽出液を「原告抽出液」といい、原告が
製造販売する別紙物件目録2記載の製剤(注射剤)を「原告製剤」といい、原告抽
出液と原告製剤をまとめて「原告医薬品」という。)。(弁論の全趣旨)
原告は、昭和62年11月20日、厚生大臣に対し、原告医薬品の規格
試験中にカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験を追加する旨の製造承認事項一
部変更申請を行い、平成4年5月11日、製造承認事項一部変更承認を受けた。原
告が一部変更承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験は、本件発明
に係る方法であった。(弁論の全趣旨)
なお、原告は、昭和56年6月29日、別紙物件目録1記載の抽出液を
有効成分とする錠剤(ノイロトロピン錠)について製造承認申請を行い、昭和62
年10月2日、製造承認を受けた。(弁論の全趣旨)
イ 被告医薬品の製造承認等
被告フジモトDは、昭和62年1月10日、厚生大臣に対し、原告抽出
液の後発医薬品として、被告抽出液の製造承認申請を行い、同年11月13日、同
様に厚生大臣に対し、原告製剤の後発医薬品として、被告製剤の製造承認申請を行
った。被告フジモトDは、平成元年4月4日、厚生省から、被告医薬品の各製造承
認申請に、カリクレイン様物質産生阻害活性確認試験を追加するよう指導され、こ
れを各製造承認申請へ追加した。被告フジモトDは、平成4年2月21日、厚生大
臣から被告医薬品について各製造承認を受けた(以下、これらの製造承認を「原承
認」という。)。この各製造承認についての医薬品製造承認書(甲第3、第4号
証。以下、まとめて「原承認書」という。)の「規格及び試験方法」の欄に記載さ
れていた試験方法は別紙被告方法目録3記載のとおりであった(以下、この方法を
「イ-3方法」という。)。
イ-3方法方法は、試料吸光度(AT)、試料ブランク吸光度(ATB
)、標準吸光度(AS)及び標準ブランク吸光度(ASB)を測定し、(AT-A
TB)が(AS-ASB)より小さければ規格に適合とすることではイ-2方法と共
通するが、イ-2方法と異なり、第1次反応後、反応液に阻害剤であるLBTIを
加えて反応を停止させており、実質的にはイ-1方法と同じであり、本件発明の技
術的範囲に属するものであった(弁論の全趣旨)。
被告製剤については、平成4年7月10日、健康保険法に基づく薬価基
準への収載が官報に告示され、被告らは、同年10月1日、被告製剤の販売を開始
した(実際の出荷は同月8日からであった。)。(甲第3、第4号証、乙第28号
証、第29号証の1、第43号証、弁論の全趣旨)
被告フジモトDは、平成4年12月22日、厚生大臣に対し、被告医薬
品のカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験をイ-2方法に変更する旨の各製造
承認事項一部変更申請(以下、まとめて「一変申請」といい、一変申請のために提
出された各医薬品製造承認事項一部変更承認書をまとめて「一変申請書」とい
う。)を行い、平成11年4月13日、厚生大臣から各製造承認事項一部変更承認
(以下、まとめて「一変承認」という。)を受けた。この各製造承認事項一部変更
承認についての各医薬品製造承認事項一部変更承認書(乙第1、第2号証。以下、
まとめて「一変承認書」という。)添付の一変申請書の「規格及び試験方法」の欄
には、イ-2方法と同じ内容の方法が記載されていた。(乙第1、第2号証、弁論
の全趣旨)
(10) 原告と被告フジモトDの間では、本件特許権の侵害の有無をめぐって、
これまで訴訟等が行われてきた。その経過は、次のとおりである。
ア 原告は、平成4年8月20日、本件特許権の侵害を理由として、被告フ
ジモトDに対し、①被告抽出液の製造の差止め、被告製剤の製造販売の差止め及び
これらの宣伝広告の差止め、②被告医薬品の廃棄、③被告製剤について健康保険法
に基づき収載された薬価基準申請の取下げ、④被告医薬品について薬事法に基づき
取得した製造承認の申請の取下げ及びその製造承認によって得ている地位の第三者
への承継、譲渡の禁止を求めて、大阪地方裁判所に訴え(以下「前訴」ということ
がある。)を提起した(大阪地方裁判所平成4年(ワ)第7157号)。原告は、被
告フジモトDが、被告医薬品の確認試験にイ-1方法(ただし、前訴では、「被検
物質」を「別紙物件目録1記載のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出
液」とだけしていたが、実質的な内容はイ-1方法と同一である。)を用いている
と主張し、被告フジモトDは、これを争い、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性のみを
特異的に阻害する阻害剤を用いないイ-2方法を用いていると主張した。同裁判所
は、平成7年6月29日、(一)本件発明に係る方法は、ワクシニアウイルス接種家
兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定
のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知ら
れている唯一の方法であるとはいえない、(二)LBTIのような阻害剤を用いなく
とも実用に耐え得る生成カリクレイン定量の方法が存在する可能性があるから、L
BTIのような阻害剤を用いない被告主張の方法が生成カリクレインを定量するた
めの測定法とはなり得ないとまで断定することはできない、(三)原告が原告医薬品
の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生
阻害活性の確認試験の方法はLBTIを阻害剤として用いるものであると認められ
るものの、被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載
したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法については、証拠上不明と
いう外はない、(四)被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の
欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と、被告が現実に
業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認
試験の方法とは、必ずしも同じ方法であることを要しないものと認められる、(五)
被告が被告医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認
試験の方法としてイ-1方法を実施しているとの事実は、全証拠によるも認められ
ない、と判断し、請求棄却の判決を言い渡した(以下「前訴第一審判決」とい
う。)。(甲第23号証、弁論の全趣旨)
イ 原告は、大阪高等裁判所に控訴し(大阪高等裁判所平成7年(ネ)第174
3号)、同裁判所は、平成8年12月20日、口頭弁論を終結し、平成9年11月
18日、被告(被控訴人)フジモトDは、被告医薬品を製造するに際し、品質規格
の検定のために、イ-1方法を使用していると認定し、(一)イ-1方法は、本件発
明の技術的範囲に属する、(二)本件発明は、概念的には方法の発明であるが、イ-
1方法が被告医薬品の製造工程に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用い
られていることからすれば、実質的に物を生産する方法の発明と同視することがで
き、本件特許権は、本件発明を用いて製造された物の販売についても侵害としてそ
の停止を求め得る効力を有すると判断した。その上で、原判決を変更し、原告(控
訴人)の請求①のうち、イ-1方法を用いた被告抽出液の製造の差止め、イ-1方
法を用いた被告製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、②被告医薬品の廃棄、③被
告製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度で原告
(控訴人)の請求を認容し、その余の請求を棄却する判決(以下「前訴控訴審判
決」という。)を言い渡した。(甲第5号証、弁論の全趣旨)
ウ 被告(被控訴人)フジモトDは、前訴控訴審判決を不服として最高裁判所
に上告した(平成10年(オ)第604号)。最高裁判所は、平成11年7月16
日、被告フジモトDがイ-1方法を使用しているとの原審の認定判断は正当として
是認できるとしたが、本件発明は方法の発明であって物を生産する方法の発明では
ないから、被告フジモトDが被告医薬品の製造工程において、イ-1方法を使用し
て品質規格の検定のための確認試験をしているとしても、その製造及びその後の販
売を本件特許権を侵害する行為に当たるということはできないなどとして、原判決
中被告(上告人)フジモトD敗訴部分を破棄し、その部分につき原告(被上告人)
の控訴を棄却する旨の判決(以下「前訴上告審判決」という。)を言い渡した。
(甲第6号証、弁論の全趣旨)
エ 原告は、前記本案訴訟と同時に、平成4年8月20日、被告フジモトDに
対し、被告抽出液の製造、被告製剤の製造販売の差止め等を求めて、大阪地方裁判
所に仮処分を申し立てた(大阪地方裁判所平成4年(ヨ)第2897号)。同裁判所
は、平成7年6月29日、却下の決定をした。原告(債権者)は、大阪高等裁判所
に即時抗告し(大阪高等裁判所平成7年(ラ)第438号)、同裁判所は、平成9年
11月18日、原決定を変更し、1億5000万円の担保を立てることを条件に、
イ-1方法を用いた被告抽出液の製造の差止め、イ-1方法を用いた被告製剤の製
造販売及び宣伝広告の差止め、被告製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載
申請の取下げ、被告医薬品の執行官保管を命ずる仮処分決定(以下「前訴控訴審仮
処分決定」という。)をした。被告(債務者)フジモトDは、平成9年11月21
日、保全異議を申し立て(平成9年(ウ)第1327号)、同裁判所は、平成10年
2月6日、同裁判所が平成9年11月18日にした仮処分決定を認可する旨の保全
異議決定をした。債務者(被告フジモトD)は、平成9年11月21日、特別の事
情による保全取消しを申し立てたが(平成9年(ウ)第1328号)、
同裁判所は、平成10年2月6日、棄却決定をした。(甲第308号証、第418
号証、乙第405号証、弁論の全趣旨)
3 争点
(1) 本訴において、被告らが、被告フジモトDによる被告医薬品の製造に当た
り、品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験方法として
イ-1方法を用いておらず、本件特許権を侵害していないと主張することは、前訴
の蒸し返しであって、信義則に反し許されないか。
(2) 被告フジモトDは、本件請求期間において、被告医薬品の製造に当たり、
品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験方法としてのイ
-1方法を実施したか((1)の信義則の主張が認められない場合の立証の有無)。
ア 被告医薬品の原承認書に記載がある確認試験方法が本件特許方法である
ことにより、一変承認前は本件特許方法を使用していたことが立証されたといえる
か。
イ イ-2方法は、確認試験方法としてイ-1方法と同等又はそれ以上か。
ウ Aは、被告フジモトDから平成4年7月ごろ相談を受ける前、LBTI
の問題点を認識していたか。
エ 被告フジモトDにおいて、平成4年8月1日に製品標準書及び標準作業
手順書が作成され、同年9月19日からイ-2方法が実施されたことが認められる
か。
オ 一変承認の合理性の有無
カ イ-2方法の実施を裏付ける証拠の信用性
(3) 損害額又は不当利得額
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(前訴判決の信義則上の拘束力)について
  (1) 原告の主張
ア 前記第2の2(10)のとおり、前訴においては、被告フジモトDが確認試
験に本件発明に係る方法を使用しているかどうかが争点となり、前訴控訴審判決は
被告フジモトDによる本件特許権侵害の事実を認定し、原告の請求を一部認容する
判決をした。被告フジモトDは、前訴控訴審判決を不服として上告し、上告理由第
一点ないし第四点において、原判決の事実認定には「理由不備、採証法則違反、経
験則違反の違法があ」ると主張したが、最高裁判所は、上告人(被告フジモトD)
の主張を退け、原審による本件特許権侵害の事実認定を是認した。前訴上告審判決
は、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、同部分につき被上告人の控訴を棄却してい
るが、これは、前訴第一審判決の事実認定を支持したものではなく、被告フジモト
Dの本件特許権侵害を認めた前訴控訴審判決の認定事実を確定した事実として是認
し、単に法令適用に関してのみ、判断を異にしたものにすぎない。このことは、次
の点から明らかである。すなわち、前訴上告審判決は、①上告理由第一点ないし第
四点において上告人(本訴被告)フジモトDが事実認定における理由不備、採証法
則違反、経験則違反を主張したのに対して、「所論の点に関する原審の認定判断
は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ」ると判示
し、②上告理由「第五点及び第六点について」一4及び三3において、「原審の適
法に確定した事実関係」によれば、「上告人は、上告人医薬品を製造するに際し、
品質規格の検定のために、カリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験として、原
判決別紙目録(三)記載の方法(本件方法)を使用している」ところ、「本件方法は
本件発明の技術的範囲に属するのであるから、上告人が上告人医薬品の製造工程に
おいて本件方法を使用することは、本件特許権を侵害する行為に当たる」と判示
し、③「上告理由第五点及び第六点について」四において、「被上告人の本件請求
はすべて理由がないとした第一審判決は、結論において正当である」と判示し、第
一審の結論(主文)のみを支持している趣旨を明示しているのである。また、前訴
上告審判決は、破棄自判したものであるから、民事訴訟法326条1号の規定に照
らしても、前訴控訴審判決の事実認定を前提としていることは明らかである。
 被告らは、緊急に最高裁の判断を得る必要のある特殊事情があったと主
張するが、前訴控訴審判決の事実認定が誤っていることにより被告フジモトDを救
済する必要があったのであれば、前訴上告審判決は、上告理由を認めて大阪高裁に
差し戻したはずであり、前訴上告審判決が破棄自判したことから、被告らの主張す
る特殊事情に基づいて被告フジモトDを救済したものでないことは明らかである。
イ 本訴において、被告フジモトDが、被告医薬品の製造に当たり、確認試
験方法としてイ-1方法を用いておらず、本件特許権を侵害していないと主張する
ことは、前訴の蒸し返しであって、信義則に反し許されない。
(ア) 最高裁判例の中には、後訴において前訴の判決理由中の判断と異な
る主張をすることを信義則に基づいて制限したものとして、次のような判例があ
る。
① 最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判
決・民集30巻8号799頁(第一判例)
② 最高裁昭和49年(オ)第163、164号同52年3月24日第一
小法廷判決・裁判集民事120号299頁(第二判例)
③ 最高裁平成9年(オ)第849号同10年6月12日第二小法廷判
決・民集52巻4号1147頁(第三判例)
 第一判例ないし第三判例を初めとする諸判例の判示するところによれ
ば、次の要件を満たす場合には、前訴において争われた争点(したがって、前訴の
事実審の口頭弁論終結時以前の事実に関する争点)について、前訴の判決理由中の
判断に反する主張を後訴においてすることは、信義則により、許されない。
① 当該争点が、前訴において主要な争点となり、両当事者により主張
立証が尽くされ、これにつき前訴判決理由中において裁判所により判断されている
こと
② 後訴の請求又は後訴における主張が、前訴における①記載の争点に
ついての前訴確定判決中の判断を再び争うものであり、その争点について紛争の蒸
し返しになること
③ このような蒸し返しにより、前訴の確定判決によって紛争が決着し
たと考える相手方当事者の合理的期待に反し、再び同じ争点について相手方に主張
立証活動を強いることとなること
(イ) 本件訴訟の争点は、前訴における争点と同様、被告フジモトDによ
る本件発明に係る方法の実施の有無、ひいては本件特許権の侵害の有無であり、被
告フジモトDによる非侵害の主張は、前記要件を次のとおり満たしている。
① 本件発明に係る方法の実施の有無は、前訴における主要な争点とし
て争われ、原告及び被告フジモトDの双方から主張立証が尽くされ、判決理由中に
おいて、裁判所により実質的に(自白などに基づくことなく)判断されている。
② 本件訴訟において、被告フジモトDが、本件発明に係る方法の実施
の有無について、前訴の判決理由中の判断に反する主張を繰り返すことは、前訴に
おける争点の蒸し返しにすぎない。
③ このような被告フジモトDの蒸し返しは、前訴の確定判決によっ
て、少なくとも前訴控訴審の口頭弁論終結時以前の部分について被告フジモトDが
本件特許権を侵害しているという判断が確定し、被告フジモトDによる本件特許権
侵害をめぐる紛争が決着したと考える原告の合理的期待に反し、再び同じ問題につ
いて原告に主張立証活動を強いることとなり、原告を不当に長く不安定な状態に置
くことになる。
(ウ) 本件において、被告フジモトDが、本件特許権を侵害していないと
主張することは、信義則に照らし許されないから、被告フジモトDによる本件特許
権の侵害は、証拠調べを行うことなく認められなければならない。なお、前訴控訴
審判決言渡し後に厚生省が被告フジモトDに対し一変申請を承認した事実は、前訴
事実審の口頭弁論終結後(基準時後)に生じた新たな事実ではなく、基準時後に作
成された新たな証拠にすぎないから、前訴判決の信義則上の拘束力に何らの影響も
与えるものではない。また、原告が本件特許権に基づく差止請求と損害賠償請求を
同一訴訟手続において行わなかったことは、非難されるべきことではない。
ウ 被告藤本製薬についても、本訴において被告フジモトDの本件特許権侵
害の事実を争うことは、やはり信義則上許されない。
(ア) すなわち、第一判例が、前訴の当事者ではなかった一部の上告人に
も前訴の判決理由中の判断について信義則による拘束力を及ぼしていることからす
ると、次の要件を満たす場合には、前訴の当事者ではなかった第三者に対しても、
信義則による拘束力を及ぼし得る。
① 前訴と後訴の間に紛争の実質的同一性があること
② 当該第三者が、前訴における主要な争点についての判断又は判決の
結果につき重大な利害関係を有する者であって、前訴において当該紛争が争われて
いる事実を知る立場にあり、このような紛争について自ら争うことが可能であった
にもかかわらず、自ら争わないことにより、当該紛争をめぐる自己の利益につき、
紛争当事者の解決に委ねる趣旨であると解されてもやむを得ないこと
③ 後訴において当該争点の審理を行うことが、相手方に生じた紛争の
決着に対する合理的期待に反し、相手方を不当に長く不安定な地位に置く結果とな
ること
(イ) 被告藤本製薬と被告フジモトDは、藤本医薬販売株式会社とともに
藤本製薬グループとして実質的に一つの企業体を形成しており、資本面での関連、
代表取締役の兼務、製造と販売での関連、本店及び製造工場の近接、技術的成果の
共有、営業活動での関連、信用供与面での関連があり、一体性がある。前訴と本件
訴訟の争点の共通性に加え、このような被告藤本製薬と被告フジモトDの一体性を
考えると、被告藤本製薬は、前記(ア)の①ないし③の要件を充足している。したが
って、被告藤本製薬は、前訴の当事者ではないが、被告フジモトDと同様に信義則
による拘束を受け、被告フジモトDが本件発明に係る方法を実施していた事実を争
うことは許されず、被告フジモトDが本件特許権を侵害していた事実は、被告藤本
製薬との関係においても、証拠調べを経ることなく認められなければならない。
  (2) 被告らの主張
   ア 大阪高裁は、平成9年11月18日、前訴控訴審判決及び前訴控訴審仮
処分決定をし、厚生省は、これらの判決及び決定の判断を尊重し、平成10年4月
1日、被告製剤を健康保険法に基づく薬価基準収載品目から削除して経過措置品目
に移行し、経過措置期限は平成11年3月31日とされた。被告フジモトDが厚生
省と交渉した結果、同年3月10日、経過措置期間は同年6月30日まで延長され
ることになったが、再延長は不可能となっていた。このような状況の下において、
被告フジモトDは、緊急に最高裁の判断を得る必要のある特殊事情があったもので
あり、このような特殊事情から、前訴上告審判決は、前訴第一審判決を支持したも
のと解される。
 前訴上告審判決は、その判示の内容から、被告フジモトDがイ-2方法
を実施していたか否かの実体的判断は避け、法律解釈のみで前訴控訴審判決を破棄
することを判断したものとみるべきである。
   イ 原告が挙げる第一判例ないし第三判例は、いずれも本件とは事案を異に
し、原告が前記(1)イにおいて主張する要件は、必ずしもこれらの判例から導き出さ
れるものであるとはいえない。本件訴訟において、被告フジモトDは、既判力の間
隙を利用して同一の自己の目的を達成するまで訴訟物を変えて何度でも訴訟制度を
利用しようとするものではなく、原告が訴訟を二回に分けて提起してきたのに対
し、特許権侵害の事実を争っているだけであり、原告を不当に長く不安定な状態に
置いているわけではない。したがって、被告フジモトDが本件特許権の非侵害を主
張することは、信義則に反することはない。
   ウ 第一判例の事案で信義則による拘束力が及ぶとされた第三者は、原告側
の者であるのに対し、本件において、被告藤本製薬は、前訴において被告とされな
かった者であり、このような第三者にまで信義則による拘束力を及ぼすのは不当で
ある。
2 争点(2)ア(被告医薬品の原承認書の記載に基づく一変承認前の確認試験方法
の立証の有無)について
(1) 原告の主張
被告医薬品の原承認書には、イ-3方法が記載されていたところ、これは
イ-1方法と実質的に同じであり、本件発明の技術的範囲に属するものである。薬
事法56条2号は、製造承認を受けた医薬品であって、その成分又は分量(成分が
不明のものにあっては、その本質又は製造方法)がその承認の内容と異なるものを
販売の目的で製造してはならない旨規定しており、同法56条に規定する医薬品
は、廃棄命令等の行政処分の対象とされており(同法70条1項)、同法56条違
反は刑事罰の対象とされている(同法84条13号)。製薬企業が薬事法を遵守す
ることは当然であるから、被告フジモトDが原承認を受けて被告抽出液を製造し被
告製剤を製造販売していたという事実のみで、被告フジモトDが原承認書に記載さ
れたイ-1方法により確認試験を実施していたこと、つまりは被告らが本件発明に
係る方法を実施していたことの立証は十分である。被告らが、原承認の存在にもか
かわらず、原承認に係るイ-1方法を一度も実施することなく、イ-2方法を被告
医薬品の製造当初より実施していたと主張するならば、イ-2方法を実施していた
ことは、被告らが立証しなければならないが、その立証は尽くされてい
ない。
(2) 被告らの主張
被告らは、一変承認前、被告医薬品の製造当初から、確認試験にイ-2方
法を使用してきた。そのことは、後記3ないし7の各被告らの主張のとおり主張立
証されている。
3 争点(2)イ(イ-2方法の確認試験方法としての同等性)について
(1) 原告の主張
イ-2方法は、次のとおり、被告医薬品の確認試験方法として機能せず、
原承認に係る確認試験方法と同等又はそれ以上とはいえない。したがって、一変承
認を受けずにイ-2方法を実施することはあり得ない。
ア 量的精度における同等性
後発医薬品の規格及び試験方法に含まれる確認試験については、先発医
薬品の確認試験と同一性を有することが要求される。カリクレイン様物質産生阻害
活性の確認試験は、原告抽出液については、被検物質の存在又は不存在下における
p-ニトロアリニンの吸光度差が0.1以上という基準の下に定量的に測定する方
法であるから、後発医薬品である被告医薬品の確認試験も、定量試験であることを
要するが、イ-2方法は定性試験であるから、先発医薬品の確認試験と同一性を有
せず、確認試験として機能しない。
イ エタノール抽出処理によるカリクレイン様物質産生阻害活性の失活
イ-2方法は、被検物質にエタノール抽出処理を行っているが、エタノ
ール抽出処理により、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレ
イン様物質産生阻害活性は失活し、測定することができないから、イ-2方法は、
被告医薬品の確認試験方法としておよそ機能し得ない(甲第30ないし第32号
証、第170号証、第174、第175号証)。
ウ カリクレイン産生反応の不停止
イ-2方法では、カリクレインを産生させる第1次反応を活性型血液凝
固第ⅩⅡ因子に対する特異的阻害剤(LBTI等)で停止しないとされている。し
かし、これでは、測定点における産生カリクレインと合成基質とを反応させて産生
カリクレインの量を測定する第2次反応中においてもカリクレインを産生する第1
次反応が継続して進行するため、測定点におけるカリクレイン産生量を特定するこ
とができず、これを正確に定量することができないから、イ-2方法は、精度が劣
り、本件特許方法に該当する原承認に係る確認試験方法と同等又はそれ以上という
ことはできない(甲第36号証、第183号証、第193号証、第195号証、第
198ないし第200号証、第206号証、第210号証、第214号証、第22
9号証)。
エ 被検物質非存在下の測定群の設定の有無
別紙被告方法目録2のイ-2方法の記載、並びにその実施の根拠とされ
る、実施の結果を記載した書面(乙第155号証)及び実施の現場を見た専門家の
報告書(乙第4ないし第6号証。乙第156ないし第158号証は、乙第4ないし
第6号証と同じである。)には、被検物質非添加群(通常「コントロール」とよば
れる。)の測定が記載されていない。被検物質非存在下の測定群が設定されていな
いと、被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性の測定はできない(甲第183
号証、第198号証、第206号証、第210号証、第215号証、第224ない
し第226号証)。
被告らは、試料溶液の代わりに0.25M塩化ナトリウム溶液を用いて
試料溶液の測定方法と同様に操作した場合の吸光度が0.4となるように血漿の希
釈倍率を決定する測定が、被検物質非添加群の測定に当たると主張する。しかし、
イ-2方法において、規格への適否の判定には、被検物質非添加群の吸光度は何ら
の役割を果たしていないから、血漿の希釈倍率を決定している測定は、被検物質非
添加群の測定に当たるとはいえない。
(2) 被告らの主張
イ-2方法は、次のとおり、確認試験方法として、原承認に係るイ-3方
法と同等又はそれ以上である。したがって、一変承認を受けずにイ-2方法を実施
することができる。
ア 量的精度における同等性
イ-2方法及びイ-3方法は、確認試験の方法であり、当該医薬品が目
的物であるか否かを確認するためのものであって、定量法ではないから、定量法に
おけるのと同じ意味での測定の精度は必要ない。被告フジモトDは、被告医薬品に
つき、確認試験とは別に、定量法としては、SARTストレスマウス鎮痛活性測定
法を実施している。
イ エタノール抽出処理によるカリクレイン様物質産生阻害活性の失活
被告製剤には、患者の体液と浸透圧を同じくするために多くの塩化ナト
リウムが含まれているが、塩化ナトリウムは、反応系におけるカリクレインの生成
の障害となるから、塩化ナトリウムを可能な限り除去するため、前処理が行われ
る。イ-2方法の前処理は、塩化ナトリウムがエタノールに極めて溶けにくい性質
であることを利用して行われるものであり、被告フジモトDは、エタノール抽出処
理を前処理とすることにより、カリクレイン様物質産生阻害活性を確認することが
できている。その過程は検乙第1、第2号証によっても明らかにされている。
ウ カリクレイン産生反応の不停止
イ-2方法は、第1次反応の後、直ちに第2次反応を行うものであり、
しかも、第2次反応中にカリクレインが産生されるとしても、その量はわずかであ
るから、第1次反応の後にカリクレイン産生反応を停止しなくても、イ-2方法に
より、カリクレイン様物質産生阻害活性を測定することができる(乙第21ないし
第23号証)。
エ 被検物質非存在下の測定群の設定の有無
イ-2方法を実施するに当たっては、一変承認書添付の一変申請書に記
載されたとおり、試料溶液の代わりに0.25M塩化ナトリウム溶液を用いて試料
溶液の測定方法と同様に操作した場合の吸光度が0.4となるように血漿の希釈倍
率を決定しており、これが、被検物質非添加群の測定に当たる(乙第160号証、
第171、第172号証)。また、被検物質非添加群を用いることは当業者にとっ
て日常的常識の範疇に属することであり、本件特許出願に係る明細書にも被検物質
非添加群の測定は記載されていないから、仮にこれが標準作業手順書等に記載され
ていないとしても、その測定が行われなかったとはいえない。なお、被告フジモト
Dは、平成10年1月28日、標準作業手順書の改訂を行うに当たり、被検物質非
添加群の測定のための実験手順等の記載を新たに追加した。
4 争点(2)ウ(AによるLBTIの問題点の認識)について
(1) 被告らの主張
被告藤本製薬医薬情報部部長Aは、昭和55年当時、被告フジモトDの職
員と大阪大学医学部第4内科の研究生を兼務し、血中のカリクレイン産生反応の活
性化について、各種阻害剤を用いて、活性化条件と活性化された酵素の性質を検討
しており、活性化後に阻害剤を加えて反応させた際、阻害剤としてLBTIを加え
ると、理論とは逆に活性が増加する場合があることを認識し、これはLBTIのロ
ットによるばらつきに起因する現象であると考えた。Aは、昭和55年10月20
日、27日及び30日に行った実験により、LBTIの阻害剤としての働きに問題
があることを認識したが、その結果等は実験記録(乙第44号証)に記録された。
そのころ、Aは、大阪大学医学部第4内科の研究室で血中カリクレイン測定法を確
立し、「血中カリクレインの簡易測定法」という論文(雑誌「臨床科学」第10巻
第2号所収、乙第119号証)を発表したが、LBTIに問題があることを認識し
ていたので、その論文では、EWTI等のデータを採用し(乙第119号証145
頁Table3、147頁左欄14行ないし21行)、血中カリクレインの活性化
について、カオリン懸濁希釈活性化法により、0℃で反応時間20分
間とすることが、多検体測定を行う場合に便利であること(同146頁右欄14行
ないし21行)を記述した。
被告フジモトDは、昭和62年に厚生大臣に対して被告医薬品の製造承認
申請を行ったが、平成元年に厚生省から確認試験の項目にカリクレイン様物質産生
阻害活性を設定するよう指導されたため、「血漿カリクレイン様物質産生阻害能を
評価するin vitro測定法」(原告生物活性科学研究所B他、基礎と臨床第
20巻第17号所収)という論文や、Aが確立した血中カリクレイン測定法とその
活性化条件等を参考にして、平成元年5月29日から同年6月23日にかけての約
1か月間に、被告医薬品のカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験を設定する
ための実験を行い、イ-1方法を設定し、平成元年7月5日、イ-3方法を記載し
て厚生省へ回答書(乙第45号証)を提出した。イ-3方法を設定する際の実験等
で使用したLBTIによっては特に問題を生じず、前記回答書に記載されたとおり
の確認試験方法により、被告医薬品は、平成4年2月21日、各製造承認を受け
た。平成元年7月に厚生省に回答書を提出してから、平成4年2月21日に製造承
認を受けた後に被告製剤の発売準備を行うまでの約4年間、被告フジモトDは、イ
-3方法を実施することがなかったため、この期間に、LBTIにロットによるば
らつきがあることは十分に認識していなかった。
被告フジモトDは、平成4年2月21日の製造承認取得後、被告製剤の製
造準備を開始し、その準備が完了した同年7月ごろ、他の規格試験とともにイ-1
方法を実施したところ、原因不明の試料ブランクの吸光度の高まりやコントロール
のばらつきなどにより、イ-3方法を実施することができなかった。そこで、被告
フジモトDは、カリクレインの研究者であるAに相談した。Aは、昭和55年にL
BTIについてよく似たばらつき現象を経験していたことから、被告フジモトDに
対し、LBTIが原因である可能性が高いことを伝え、イ-1方法に代替する方法
としてイ-2方法を提案した。被告フジモトDは、LBTIを添加した場合の吸光
度の異常上昇等を確認し、LBTIに問題があることを認識した。被告フジモトD
は、乙第32号証の「ローズモルゲン注の規格及び試験方法」と題する書面部分
(以下「乙第32号証付属書面」という。)に記載された実験により、イ-2方法
がイ-3方法と同程度に有効であることを確認し、平成4年8月1日までの間にイ
-2方法を開発した。被告フジモトDは、平成4年12月22日、LBTIがカリ
クレイン産生反応を停止しない場合があることを変更理由として一変申請を行っ
た。
(2) 原告の主張
被告らは、Aが、昭和55年に、LBTIによりカリクレイン産生反応が
活性化するという異常反応を確認しており、被告フジモトDが、平成4年7月ごろ
にLBTIについてばらつき等の問題を認識してから同年8月1日までの間に、A
の助言によりイ-2方法を開発した旨主張する。しかしこれらの主張は、次のとお
りその裏付けとされる証拠の信用性に欠ける。
ア Aが昭和55年にLBTIにつき異常反応を確認したことの裏付けとさ
れる乙第44号証は、次のとおり信用性に欠ける。
乙第44号証の80頁ないし81頁の第2回実験は、(ア)日付けの年の
記載が訂正されており、それに関して合理的な説明がされていないこと、(イ)第2
回の実験は第1回の実験と蛍光基質の量の点で実験条件が異なること、(ウ)乙第6
3号証(Aの陳述書)に添付された乙第44号証のノートの78頁、79頁の部分
に記載された実験ではLBTIについて追試が行われていないことから、実際には
行われなかったものである。
乙第44号証の82頁ないし83頁に記載された第3回の実験結果は、
(ア)筆跡が第1回、第2回の実験と異なること、(イ)乙第44号証の77頁ないし
80頁には、豆を表す「bean」という単語のつづりを誤って「been」と記
載していたのに対し、82頁では正しく記載していることから、改ざんされたもの
であり、信用性がない。
乙第44号証は、(ア)LBTIに関する記載のみが鉛筆によって記載さ
れていること、(イ)筆跡の違う箇所があること、(ウ)もともとは100頁のノート
であるが現在は84頁しかなく、Aは頁の減少の理由を合理的に説明していないこ
と、(エ)Aは、頁の通し番号をいつ振ったか覚えていないと供述していること、
(オ)一度貼った紙をはがした形跡があること、(カ)加筆訂正の跡が認められること
(甲第71号証)から、改ざんされたものであり、信用性がない。
イ Aは、その証言において、イ-2方法の第2次反応において増加するカ
リクレインの量は誤差の範囲に納まる旨、そのような知見は、「血中カリクレイン
の簡易測定法」という論文(雑誌「臨床科学」第10巻第2号所収、乙第119号
証)から得られた旨供述するが、イ-2方法の第2次反応において増加するカリク
レインの量は誤差の範囲にとどまるものではないし、上記論文にはそのような知見
を導くことを可能とする記載はない。
ウ Aが昭和55年に確認し、平成4年7月ごろ被告フジモトDから相談さ
れたとされるLBTIの問題は、カリクレイン産生反応を活性化するということで
あったのに、一変申請の段階で、カリクレイン産生反応を停止しないという別の現
象を問題とするように変遷したことは、不自然である。
エ Aが平成6年に発表した論文である甲第74号証(「6 カリクレイン
-キニン系」、大阪大学教授C編「分子高血圧学」所収)によれば、Aは、同年の
時点においても、LBTIがカリクレイン産生反応の活性化に影響を与えるという
認識を有していなかったことが明らかであり、昭和55年又は平成4年当時にも、
そのような認識を有していなかった。
5 争点(2)エ(製品標準書等の作成日及びイ-2方法の実施日)について
(1) 被告らの主張
ア 被告フジモトDは、平成4年7月ごろ、LBTIの阻害剤としての効果
に問題があることを認識したため、LBTIを使用しないイ-2方法により確認試
験を行うこととし、同年8月1日、製品標準書(乙第32号証)のうちの「ローズ
モルゲン注の規格及び試験方法」(乙第32号証付属書面)以外の部分を作成する
とともに、イ-2方法を記載した標準作業手順書(乙第310号証)を作成した。
その時点では、イ-2方法を正式に採用するかどうか決まっていなかったが、同月
20日ころ、前訴の訴状の送達を受け、イ-2方法を採用することを決定し、乙第
32号証付属書面を作成し、同年9月19日からイ-2方法を実施することとし
た。
被告フジモトDは、被告製剤の最初の製品(ロット番号1208)につ
き、平成4年8月5日に調合、充填及び滅菌の製造工程を行い、同月7日に異物検
査及びピンホール検査を行い、同年9月19日、被告フジモトDの羽曳野研究所に
おいてイ-2方法によりカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験を行い、全試
験項目の結果を得た。被告フジモトDは、同年10月1日に被告製剤を発売し、同
月8日から実際の製品の出荷を始め、同ロットの合計4090本を同年12月5日
までに出荷した。平成4年9月19日に行われた確認試験に関する書類の保存期間
は4年であり、その確認試験を実施した被告フジモトDの羽曳野研究所は、平成1
0年4月16日に医薬品製造業を廃止したため、その確認試験に関する資料は、現
在では残っていない。
被告フジモトDは、確認試験方法のイ-2方法への変更はバリデーショ
ンの範囲内にあると考えていたが、イ-2方法への変更以外にも製造承認事項の一
部変更が好ましい事項が生じたこと及びイ-2方法を恒久的に試験方法として採用
する必要があることから、一変申請を行うこととし、被告フジモトD本社研究所に
おいて、一変申請に必要な試験をすることを平成4年9月1日に指示し、同月2
日、21日、24日に実験を行った(乙第33号証「プロトコール担当者承認指示
書」及びそれに基づく平成4年9月2日、21日及び24日付け実験報告書、乙第
34号証「カリクレイン様物質産生阻害試験方法に関する資料 LBTIのロット
間による違い-一部変更の補足実験-」)。さらに、被告フジモトDは、同月から
同年11月までの間に、被告医薬品の各3ロットを用いて各3回ずつの実験を行
い、実験データを得て一変申請の際に厚生省に提出した。
イ なお、被告フジモトDは、製品標準書(乙第32号証、第37ないし第
42号証)を毎年作成しており、別途、変更履歴をまとめたものを作成している。
また、標準作業手順書は、平成6年1月27日厚生省令第3号により改正された
「医薬品の製造管理及び品質管理規則」により作成が義務付けられたものであり、
それ以前は作成が義務付けられていなかった。
(2) 原告の主張
被告らは、平成4年8月1日に製品標準書(乙第32号証)及び標準作業
手順書(乙第310号証)が作成され、同年9月19日からイ-2方法が実施され
た旨主張するが、その裏付けとされる証拠は、次のとおり信用性に欠ける。
ア 乙第32号証、第37ないし第42号証は、被告フジモトDが毎年度作
成していると主張する製品標準書であるが、(ア)改訂事項がすべてワープロで記載
されていること、(イ)同じ改訂事項について、年度によって記載が異なる部分があ
ること、(ウ)平成7年度については定期改訂日が記載されていないこと、(エ)定期
改訂日として日曜日に当たる日が記載されていること、(オ)被告製剤の承認番号と
して誤った番号が記載されていること、(カ)確認試験の方法を原承認に係る確認試
験方法からイ-2方法へ変更したことが総括表に記載されていないこと、(キ)平成
6年7月21日及び平成7年6月1日の改訂理由欄には、一変承認を受けなければ
できない「pHの調整」が記載されていること、(ク)被告らは、被告フジモトDが
別途変更履歴をまとめたものを作成していると主張しつつ、それを提出していない
ことから、真に存在した製品標準書であるとはいえない。
イ 乙第32号証付属書面には、(ア)LBTIの品質にばらつきがあるとい
う結論が、2ロットにつき1回行われた実験により導かれていること、(イ)カリク
レイン様物質産生阻害活性の測定について、LBTIを用いなくても用いた場合と
同等の結果が得られるという結論を導くための実験が、1回しか行われていないこ
と、(ウ)カリジノゲナーゼ標準品の吸光度に、実験系Ⅰと実験系Ⅱとで0.14も
差異が生じていること、(エ)乙第32号証付属書面記載の変更理由は、「LBTI
のロットによってブランク吸光度(AB)の値が被告フジモトDの規格である0.
04以下にならないことがある」というものであるが、これは、LBTIがロット
によりカリクレイン産生反応を停止しない場合があるという、一変申請書の変更理
由(以下、一変申請書の変更理由欄に記載された理由を「一変申請理由」とい
う。)と異なること、(オ)ロット番号129F8235のLBTIによりカリクレ
インの生成が惹起されたといえるためには、ブランク群のみならず、カオリン懸濁
液を添加した群においても、正常なLBTIを添加した場合に比べて、カリクレイ
ンの生成が促進され、吸光度が高くなければならないが、カオリン懸濁液を添加し
た群においては、ロット番号129F8235のLBTIの方が吸光度が低く、L
BTIによってカリクレインの生成が惹起されたとはいえないことなどの問題があ
り、乙第32号証付属書面によって、LBTIを用いないイ-2方法への変更理由
が明らかにされているとはいえず、同書面は、乙第32号証の一部として真に存在
した書面であるとはいえない。
ウ 乙第33号証(「プロトコール担当者承認指示書」及びそれに基づく平
成4年9月2日、21日及び24日付け実験報告書)は、(ア)指示したプロトコー
ル(№H501)が添付されておらず、実験目的や実験内容が不明であること、
(イ)プロトコール担当者承認指示書と実験報告書の間に関連性や一体性がないこ
と、(ウ)実験報告書に添付された測定チャートに測定結果の打出日付が記載されて
いないこと、(エ)実験に用いたLBTIのロット番号が記載されていないこと、
(オ)LBTIの問題点を指摘するにとどまり、イ-2方法の完成やその実施を立証
するものでないことという不備があり、真に存在した書面であるとはいえない。
乙第34号証(「カリクレイン様物質産生阻害試験方法に関する資料 
LBTIのロット間による違い-一部変更の補足実験-」)は、(ア)原承認及び一
変承認において、試料溶液の代わりに0.25M塩化ナトリウム溶液を用いてヒト
通常血漿を試験方法と同様に操作した場合の吸光度を0.4にすべき旨が定められ
ているにもかかわらず、実験②(3頁1行ないし4行、表1)においては、LBT
Iのロット番号18F8080の吸光度が0.5369であり、実験が不正確であ
ると考えられること、(イ)活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性を阻害しないと指摘され
ているシグマ社製ロット番号129F8235のLBTIは、トリプシン阻害活性
が分析証明書で確認されており、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性の特異的阻害性も
トリプシン阻害活性と同視することができ、甲第214号証(原告生物活性科学研
究所生化学部D、E作成の実験報告書(Ⅲ))記載の実験において、同ロット番号
のLBTIは、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性を阻害しないという現象を生じてい
ないこと、(ウ)乙第34号証記載の実験は、LBTIの問題点を指摘するにとどま
り、イ-2方法の完成やその実施を立証するものではないことという不備があり、
真に存在した書面であるとはいえない。
エ 薬事法13条2項2号に基づき、医薬品の製造管理及び品質管理の基準
は、「医薬品の製造管理及び品質管理規則」(昭和55年8月16日厚生省令第3
1号。その後改正を経た上、平成11年3月12日号外厚生省令第16号により全
文改正され、「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理規則」とされた。)
により定められており、標準作業手順書は、医薬品の製造管理及び品質管理規則3
条(平成6年1月27日厚生省令第3号による改正後は4条)に規定された製品標
準書の一部として平成4年当時から作成を義務付けられていたものである。
医薬品の製造は、標準作業手順書の記載を遵守して行わなければならな
い。しかし、乙第310号証(標準作業手順書)には、(ア)イ-2方法において
は、生成カリクレインと合成基質との第2次反応を停止させるためにクエン酸溶液
(1→100)0.8mlを加えるものとされているが、乙第310号証によれ
ば、「操作10」の液(第1次反応液に緩衝液と合成基質を加えた液)は、第2次
反応の停止剤であるクエン酸溶液を添加されることはなく、「操作12」において
遠心分離され、その上澄みの吸光度が測定されることとなっており、この方法で
は、カリクレインと合成基質との反応は停止せず、測定実施中も吸光度が上昇し続
け、測定対象であるパラニトロアリニンの吸光度を測定することは技術上不可能で
あること、(イ)イ-2方法においては、試料ブランク(ATB)は、吸光度が0.
04以下を示すように生理食塩水で希釈することとされており、カリジノゲナーゼ
の標準ブランク(ASB)については何らの吸光度測定値も与えられていないが、
乙第310号証によれば、吸光度について、ATBのところには「(0.04以
下)」という記載はなく、ASBのところに「ASB:StandardBlan
k・・・・・(0.04以下)」という記載があること、という誤りがある。A
は、その証言において、本件の確認試験方法は複雑なので実際に試験をする者は標
準作業手順書が必要であると供述し、Fの陳述書(乙第316号証。乙第415号
証は乙第316号証と同じである。)には、上司から指導を受け、被告製剤のカリ
クレイン様物質産生阻害活性試験の標準作業手順書を作成し、標準作業手順書に従
って試験を行ってきたこと、部下にもカリクレイン様物質産生阻害活性の試験方法
を標準作業手順書に従って指導したことが記載されていることから、標準作業手順
書が、実際に日々使用されつつ、その作成されたと主張される日から5年もの間、
重大な欠陥を含んだまま訂正されずに放置されていることはあり得ず、乙第310
号証が標準作業手順書として存在していたということは、信用することができな
い。
オ 被告らは、平成4年9月19日に行った被告製剤の確認試験に関する書
類の保存期間が4年であり、その確認試験を実施した被告フジモトDの羽曳野研究
所は、平成10年4月16日に医薬品製造業を廃止したため、その確認試験に関す
る資料は、現在では残っていないと主張する。しかし、被告フジモトDは、平成4
年8月20日に前訴の提起を受け、平成10年4月16日の段階では、未だ上告審
が係属中であったから、その時点で、イ-2方法により実施した確認試験の資料を
廃棄するとは考えられず、被告らがこの確認試験の資料を提出しないのは、実際は
イ-2方法を実施していなかったからに他ならない。
6 争点(2)オ(一変承認の合理性)について
(1) 原告の主張
ア 一変申請理由は、(ア)阻害剤によって第1次反応を停止しなければ、産
生されたカリクレインの量を正確に測定できないこと、(イ)LBTIに不都合があ
ればLBTI以外の阻害剤を使用すれば済み、阻害剤を用いないのは論理の飛躍で
あること、(ウ)LBTIはトリプシン阻害活性が品質保証されており、活性型血液
凝固第ⅩⅡ因子はトリプシンとセリン・プロテアーゼ(蛋白分解酵素)である点で
共通することから、LBTIは活性型血液凝固第ⅩⅡ因子についても阻害活性があ
るはずであるにもかかわらず、一変申請理由では、LBTIに活性型血液凝固第Ⅹ
Ⅱ因子に対する阻害活性がないとされていること、という点で不合理である。
イ 一変承認は、品目の同一性を害しない軽微な変更についてなされる手続
であり、本件のような確認試験の変更の場合は、実測値を記載した資料について書
面審理が行われ、特段の疑義がなければ承認される。イ-2方法が原承認に係る確
認試験方法と同等又はそれ以上かという点に関し、対審によって主張立証を尽くし
た上でこれを否定した前訴控訴審判決に比べ、これを肯定した一変承認は、信用性
に乏しい。
ウ 一変申請の審査過程において、厚生省は、平成11年4月に一変承認が
される直前まで、原承認に係る確認試験方法とイ-2方法の同一性を明確に否定
し、確認試験方法を変更する必要性を認めず、被告フジモトDに対し、イ-3方法
を引き続き実施するよう指導して返送や指示などを行っていたものであり、そのた
め、一変申請から一変承認まで、通常であれば1年ほどであるのに対し、本件では
6年5か月を要した。
(2) 被告らの主張
ア 前記3(2)のとおり、イ-2方法は、確認試験方法として、イ-3方法と
同等又はそれ以上であり、LBTIなどの阻害剤を用いなくても、確認試験に必要
なカリクレイン様物質産生阻害活性を測定することができる。阻害剤を用いないこ
とは論理の飛躍ではない。LBTIは、トリプシン阻害活性における規格が保証さ
れているところ、イ-3方法においては、LBTIは、規格保証されているトリプ
シン阻害活性とは別の、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子の活性のみを特異的に阻害する
ために用いられており、LBTIが活性型血液凝固第ⅩⅡ因子の活性を阻害しない
としても、トリプシン阻害活性について規格保証されていることとは矛盾しない。
イ 一変承認がされたのは、厚生省が、イ-2方法を原承認に係るイ-3方
法と同等又はそれ以上と認めたからである。
ウ 一変申請の審査過程において、被告フジモトDは、厚生省から、LBT
I自体やLBTIを用いたイ-3方法の問題点について説明や資料の補充を求めら
れ、返送や指示を受けたが、それらに回答し、一変申請のとおりに一変承認を得
た。一変承認までに時間がかかったのは、厚生省の機構改革があったためであり、
イ-2方法に問題があったためではない。
7 争点(2)カ(イ-2方法の実施を裏付ける証拠の信用性)について
(1) 被告らの主張
被告フジモトDは、被告医薬品の製造販売の当初からイ-2方法を実施し
ており、そのことを裏付ける証拠は、これまで述べたもののほか、次のとおりであ
る。
乙第125号証(被告フジモトDのF、G作成の平成5年3月2日付け
「イ号方法による追試実験報告書」)は、被告医薬品のカリクレイン様物質産生阻
害活性試験の実際の作業担当者の報告書であり、そこにはイ-2方法が記載されて
いる。
乙第4号証(滋賀県立大学看護短期大学部教授H作成の平成8年6月13
日付け報告書)、乙第5号証(大阪薬科大学第二薬剤学室助教授I作成の平成8年
6月19日付け報告書)、乙第6号証(大阪市立大学工学部生物応用化学科助教授
J作成の平成8年6月21日付け報告書)は、確認試験の実施の現場を見た専門家
の報告書であり、イ-2方法が行われていたことが記載されている。これらの報告
書中の「分析手順書」とは、標準作業手順書(乙第310号証)を指す。
乙第7号証(滋賀県薬事指導所長作成の被告フジモトD宛の「依頼医薬品
の検査結果」)には、平成10年1月28日、イ-2方法を用いて被告製剤のカリ
クレイン様物質産生阻害活性が確認された旨記載されている。
乙第36号証の1(メモ、被告フジモトD作成の厚生大臣宛の平成6年1
1月21日付け「医薬品製造業許可更新申請書」)、乙第36号証の2(メモ)、
乙第36号証の3(厚生大臣作成の平成7年2月2日付けの「医薬品製造業許可
証」)によれば、被告フジモトDが、彦根工場について、平成6年11月21日、
滋賀県医務薬務課に厚生大臣宛の医薬品製造業許可更新申請書を提出し、同年12
月12日及び13日、同医務薬務課により、彦根工場の立ち入り調査が行われ、書
類の確認及び現場確認が行われ、その結果、厚生大臣作成の平成7年2月2日付け
医薬品製造業許可証の交付を受けたことが裏付けられる。
乙第35号証(「厚生省経済課訪問」と題する書面)は、平成10年10
月20日、被告フジモトDが厚生省に対して行った説明内容を記載した文書である
が、同書面には、平成7年の被告フジモトD彦根工場の医薬品製造業の許可の更新
の際、イ-2方法での確認試験による製造が認められ、平成7年2月に医薬品製造
業の許可を受けた旨が記載されている。
乙第8号証(被告フジモトD作成の厚生省健康政策局長宛の平成10年1
2月21日付け薬価基準本収載移行願及びその理由書)及び乙第10号証(被告フ
ジモトD作成の厚生省健康政策局長宛の平成11年2月17日付け薬価基準経過措
置期間の延長願及びその理由書)には、被告フジモトDが被告製剤のカリクレイン
様物質産生阻害活性の確認試験としてイ-2方法を実施していることが説明されて
いる。
(2) 原告の主張
乙第125号証は、被告フジモトD職員の報告書であり、信用性に乏し
い。
乙第4ないし第6号証は、(ア)その記載がいずれも同文であり、別の日時
に別の専門家が自ら作成した報告書であるとは信じ難いこと、(イ)標準作業手順書
という題名の文書を3名ともが「分析手順書」と誤認して記載したというのは不自
然であること、(ウ)カリクレイン様物質産生阻害活性を失活させるエタノール処理
が行われるという明白な誤りがある標準作業手順書に従い確認試験が行われていた
旨記載されていることから、信用性に乏しい。
乙第7号証は、滋賀県薬事指導所長がイ-2方法の検査結果を確認したと
いう結論だけが極めて簡略に記載されており、具体的な測定データ等が記載されて
いないこと、県の薬事指導所長は、厚生大臣が承認すべき試験方法の是非について
判断する権限を有していないことから、証拠価値は低い。
乙第36号証の1ないし3に記載された立ち入り調査は、薬事法12条に
定められた彦根工場の医薬品製造業としての業態許可の期間更新に伴うものであ
り、一変申請の審査とは無関係であるから、医薬品製造業許可が更新された事実
は、被告フジモトDがイ-2方法を実施していたこととは無関係であり、乙第36
号証の1ないし3により、被告フジモトDがイ-2方法を実施している旨を滋賀県
に報告したという事実を裏付けることはできない。
乙第35号証において、被告ら訴訟代理人山本忠雄らが訪問したと記載さ
れている厚生省の部署は、厚生省健康政策局経済課であり、一変申請に対する審査
承認権限を有する医薬安全局審査管理課とは別の部署であるから、健康政策局経済
課に対して何らかの説明が行われたとしても、被告フジモトDがイ-2方法の実施
を厚生省に報告したという事実は、裏付けることができない。
乙第8号証及び第10号証は、いずれも平成10年11月以降の書類であ
り、イ-2方法を平成4年から実施していたことの根拠とはならない。
被告抽出液については、製品標準書、標準作業手順書などは提出されてい
ないから、被告抽出液についてイ-2方法を実施していたということの立証はな
い。
8 争点(3)(損害額又は不当利得額)について
(1) 原告の主張
ア 本件発明は、薬事法上の製造承認事項である確認試験方法として実施さ
れたものであるが、確認試験は、医薬品の品質を一定に保つための試験であり、製
造工程に組み込まれているから、確認試験方法として行われた本件発明は、被告医
薬品の製造工程と不即不離の関係にあるといえる。また、原告製剤と用法、用量、
効能、効果が同一である後発医薬品は被告製剤のみであり、被告藤本製薬が販売し
た被告製剤の販売量は、原告が販売することができたであろう原告製剤の販売量に
他ならない。したがって、原告の損害額は、原告が原告製剤の販売によって得られ
るであろう1アンプル当たりの利益額に、被告藤本製薬の被告製剤の販売量を乗じ
て得ることができる。
平成8年11月1日から平成11年3月31日までに原告が原告製剤の
販売によって得た利益は、1アンプル当たり56.84円を上回る。同期間に被告
フジモトDが製造し被告藤本製薬を通じて販売された被告製剤は、3101万90
00本を下らない。そこで、同期間に原告が受けた損害は、17億6311万99
60円を下らない(56.84円×3101万9000本=17億6311万99
60円)。
被告フジモトDと被告藤本製薬が密接な関連を有することから、被告フ
ジモトDによる本件発明に係る方法を用いた確認試験の実施と被告藤本製薬による
被告製剤の販売は、共同不法行為を構成し、被告らは、連帯して損害賠償義務を負
う。
イ 被告製剤の製造販売について実施料相当額を算定するに当たっては、本
件発明に係る方法を実施していたのは被告フジモトDであるが、同被告と被告藤本
製薬が実質的に一体の企業体であることに鑑み、被告藤本製薬の販売額によるべき
である。また、原告は本件発明の実施を許諾する意思はなく、許諾するとしても最
大限の実施料率によること、被告フジモトDは、被告抽出液と被告製剤の両方の確
認試験において本件特許権を侵害する方法を用いていることを、実施料率の算定に
当たって考慮すべきである。
本件特許権の出願公告日である平成4年3月11日から平成8年10月
31日までの被告藤本製薬による被告製剤の販売額は59億6150万円を下ら
ず、実施料率は20パーセントを下らないから、同期間の実施料相当額は、11億
9230万円を下らない(59億6150万円×20/100=11億9230万
円)。
ウしたがって、原告は、被告らに対し、本件特許権侵害の共同不法行為に
基づく損害賠償として、連帯して17億6311万9960円及びこれに対する不
法行為の後である平成11年10月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告フジモトDに対
し、不当利得として実施料相当額11億9230万円及びこれに対する請求の後で
ある平成11年10月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告らの主張
ア 被告らは、本件特許権又はその仮保護の権利を侵害したことはないが、
仮に一変申請前に本件発明に係る方法を実施したとしても、それによる実施料相当
の不当利得の額は、次のとおりである。
(ア) 本件特許権の出願公告日である平成4年3月11日から一変申請を
した平成4年12月22日までに被告フジモトDがカリクレイン様物質産生阻害活
性の確認試験を実施し、被告藤本製薬が販売した被告製剤は、ロット番号1208
のもの4090アンプル、ロット番号1211のもの8760アンプルの合計1万
2850アンプルである。なお、ロット番号1211のもののうち、出庫日平成5
年2月10日付けの50アンプル入り包装単位1個及び10アンプル入り包装単位
2個の合計70アンプルは、被告フジモトDから被告藤本製薬の研究所に研究用と
して譲渡されたものであり、販売されたものではないから、実施料相当額の算定に
当たっては算入しない。
被告製剤の被告藤本製薬による販売額は、1アンプル当たり194円
であり、被告フジモトDの被告藤本製薬に対する販売額は、これを上回らない。
そこで、被告フジモトDの販売額は、249万2900円(194円
×1万2850アンプル=249万2900円)を上回らない。
(イ) 医薬品その他の化学製品の分野の実施契約についての昭和63年か
ら平成3年までの年度別総件数累積の実施料率の最頻値及び平均値は売上額の5パ
ーセントである。そして、カリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験は、最終製
品について行われる17種類の規格及び確認試験の内の一つであること、カリクレ
イン様物質産生阻害活性の確認試験も、本件発明に係る方法のみでは実施できず、
それ以外に前処理等が必要であることから、本件発明に係る方法の実施料率は、売
上額の5パーセントの5分の1である。したがって、実施料相当額は、2万492
9円(249万2900円×5/100×1/5=2万4929円)である。
イ 被告フジモトDには少なくとも9名の従業員がおり、平成4年8月から
11月までの4か月間に被告フジモトDが製造し試験した製品は被告製剤の前記2
ロットだけであるから、これらの期間の従業員の賃金等はすべてこの2ロットの製
品の経費とされるところ、従業員1名の1か月の給料が10万円であるとしても、
360万円(10万円×9名×4か月=360万円)の経費がかかったものであ
り、これは、前記の実施料相当額2万4929円を上回るから、被告フジモトDに
利得はない。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(前訴判決の信義則上の拘束力)について
  (1)ア 前記第2の2(10)のとおり、前訴では、原告は、被告フジモトDに対
し、本件特許権の侵害を理由として、①被告抽出液の製造の差止め、被告製剤の製
造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め、②被告医薬品の廃棄、③被告製剤
について健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ、④被告医薬品につ
いて薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ及びその製造承認によって得
ている地位の第三者への承継、譲渡の禁止を求め、前訴第一審判決は原告の請求を
棄却したが、前訴控訴審判決は、被告フジモトDが被告医薬品の確認試験に本件特
許方法に該当するイ-1方法を使用していることを認定して、原判決を変更し、原
告(控訴人)の請求①のうち、イ-1方法を用いた被告抽出液の製造の差止め、イ
-1方法を用いた被告製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、②被告医薬品の廃
棄、③被告製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限
度で原告(控訴人)の請求を認容した。そして、被告フジモトDの上告に対し、前
訴上告審判決は、被告フジモトDがイ-1方法を使用しているとの原審の認定判断
は正当として是認できるとしたものの、本件発明は方法の発明であって物を生産す
る方法の発明ではないから、被告フジモトDが被告医薬品の製造工程において、イ
-1方法を使用して品質規格の検定のための確認試験をしているとしても、その製
造及びその後の販売を本件特許権を侵害する行為に当たるということはできないな
どとして、原判決中上告人(被告フジモトD)敗訴部分を破棄し、同部分につき、
被上告人(原告)の控訴を棄却したものである。この点につき前訴上告審判決の判
示内容を見ると、甲第6号証によれば、①被告(上告人)フジモトDは、上告理由
として、「第一点 イ号方法につき薬事取締法規上具備すべき要件を充足しないと
認定した誤り-薬事法規違反、理由不備、採証法則及び経験則違反」、「第二点 
上告人のイ号方法実施の事実を認めなかった誤り-理由不備、採証法則、経験則違
反」、「第三点 原判決が本件特許方法によらないカリクレイン様物質産生阻害活
性の定量方法の存在および存在の可能性を否定した誤り-採証法則違反、理由不
備、経験則違反」、「第四点 上告人医薬品は本件特許方法を用いて製造されてい
るとの認定の誤り-採証法則違反、理由不備、経験則違反」、「第五点 本件特許
権の効力として、上告人医薬品の製造、販売等の禁止、製剤の廃棄を認めたこと
は、特許法第一〇〇条二項に違反する」、「第六点 本件特許権の効力として、
「ローズモルゲン注」の健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを命じたこ
とは、健康保険法及び関連法令、特許法一〇〇条二項に違反する」との各点を主張
し、上記第一点ないし第四点において、被告フジモトDが「本件特許方法」を使用
しているものと認定した原審の認定判断を縷々攻撃したこと(甲第5、第6号証、
第23号証によれば、上告理由にいう「イ号方法」とは、LBTIを用いない本訴
のイ-2方法を指す。)②前訴上告審判決は、上告理由第一点ないし第四点につい
て、「所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当
として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に
属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができ
ない。」と判示したことが認められる。
     したがって、前訴上告審判決は、前訴控訴審判決の事実認定に関する被
告フジモトDの上告理由を退け、前訴控訴審判決の事実認定を是認したものである
ことが明らかである。
     この点につき被告らは、緊急に最高裁の判断を得る必要のある特殊事情
から、前訴上告審判決が前訴第一審判決を支持したものであり、前訴上告審判決は
被告フジモトDによるイ-2方法の実施の有無について実体的判断を避けて、法律
解釈のみで前訴控訴審判決を破棄することを判断したものとみるべきであると主張
するが、前訴上告審判決の理由は、同判決の判示するところによってその内容を把
握すべきである。
イ 前記のとおり、前訴上告審判決は、その理由中において、前訴控訴審判
決の事実認定に関する被告フジモトDの上告理由を退け、被告フジモトDがイ-1
方法を使用しているとの前訴控訴審判決の事実認定を是認したものである。しか
し、前訴上告審判決中のこのような判断は、判決理由中の判断である。民事訴訟法
114条1項によれば、判決の既判力は主文に包含される訴訟物とされた法律関係
の存否に関する判断だけについて生じ、その前提である法律事実に関する認定その
他理由中の判断に包含されるにとどまるものは、たとえそれが法律関係の存否に関
するものであっても、同条2項のような特別の規定のある場合を除いて、既判力を
有するものではない。当事者がその訴訟において争点として主張、立証を尽くし、
裁判所がその争点について実質的審理を遂げている場合であっても、既判力類似の
効力は認められないと解するのが相当である。そうすると、被告フジモトDが被告
医薬品の確認試験に本件特許方法に該当するイ-1方法を使用しているという認定
については、前訴上告審判決の既判力又はそれに類似する効力は生じないというべ
きである。
(2) 原告は、本訴において、被告フジモトDが被告医薬品の製造に当たり、確
認試験方法としてイ-1方法を用いておらず、本件特許権を侵害していないと主張
することは、前訴の蒸し返しであって、信義則に反し許されない旨主張する。
 そこで検討するに、権利の行使は信義に従い誠実にこれをしなければなら
ず(民法1条2項)、民事訴訟においても、「当事者は、信義に従い誠実に民事訴
訟を追行しなければならない」(民事訴訟法2条)ものである。民事訴訟におい
て、後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合に、
後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないと解すべき場合が
あることは、原告が挙示する判例に照らしても肯定することができる。信義則によ
って後訴の請求を許されないものとし、又は後訴において前訴の主張と同じ主張を
することが許されないものとするかどうかを判断するに当たっては、前訴と後訴の
内容、当事者が実際に行った訴訟活動、前訴において当事者がなし得たと認められ
る訴訟活動、後訴の提起又は後訴における主張をするに至った経緯、訴訟により当
事者が達成しようとした目的、訴訟をめぐる当事者双方の利害状況、当事者の公
平、前訴の判決によって紛争が決着したと当事者が抱く期待の合理性、裁判所の審
理の重複、時間の経過などを考慮して、後訴の提起又は後訴における主張を認める
ことが正義に反する結果を生じさせるような場合には、後訴の請求又は後訴におけ
る主張は信義則に反し許さないものと解するのが相当である。
 本件についてこれをみるに、前訴と同一の医薬品の製造についての確認試
験を対象とする同一の特許権に基づき、前訴で最終的に敗訴した原告が、前訴の判
決が確定するや、前訴とは異なる訴訟物で本訴を提起したのに対して、被告フジモ
トDは、前訴に続いて応訴する立場にあるものである。そして、前記第2の2(10)
の事実と甲第5、第6号証、第23号証及び弁論の全趣旨によれば、被告フジモト
Dは、前訴において、当初から一貫して、原告が主張するイ-1方法を使用してい
ることを否認し、イ-2方法を使用していると主張してきたこと、前訴において
は、第一審、控訴審を通じて、被告フジモトDが被告医薬品の品質規格検定のため
のカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として、本件特許方法に該当
する原告主張のイ号方法(本訴にいう「イ-1方法」)を実施しているか否かが主
要な争点として争われてきたこと(ただし、前訴においては、被告フジモトDは、
企業秘密を理由に、原承認書の「規格及び試験方法」欄に記載された確認試験方法
を開示せず、一変申請を行っている事実も明らかにしなかった。前訴上告審判決の
上告理由の記載からすると、上告理由書には、被告医薬品の原承認書及び一変申請
書が参考資料として添付されていたものと推認される。)が認められる。
 上記事実によれば、被告フジモトDが、本訴において、被告医薬品の製造
に当たり、確認試験方法として、本件特許方法に該当するイ-1方法を用いている
との原告の主張を争い、被告フジモトDが使用してきた方法はイ-2方法であると
主張することは、前訴で第一審以来争われた同じ争点を持ち出すものであり、前訴
控訴審判決において被告フジモトDの主張が否定され、その認定判断に対する上告
理由が前訴上告審判決で排斥されて、原審の認定判断が是認されたのであるから、
前訴で排斥された主張を繰り返しているという面があることは否定できない。しか
し、前訴上告審判決においては、原審の事実認定(被告フジモトDが本件特許方法
に該当するイ-1方法を使用していたこと)を是認しているものの、結局、本件発
明は方法の発明であって物を生産する方法の発明ではないから、被告フジモトDが
被告医薬品の製造工程において、イ-1方法を使用して品質規格の検定のための確
認試験をしているとしても、その製造及びその後の販売を本件特許権を侵害する行
為に当たるということはできないなどとして原告の請求は成り立たないと判断し、
原告の請求を棄却した一審判決は結論において正当であるとして、原判決中上告人
(被告フジモトD)敗訴部分を破棄し、同部分につき被上告人(原告)の控訴を棄
却しているのである。このような上告審の判断からすれば、被告フジモトDが本件
特許方法に該当するイ-1方法を使用していても、使用していなくても、結局前訴
における原告の請求は認容されない筋合いであるから、被告フジモトDが被告医薬
品の製造に当たり、確認試験方法として、原告主張のイ-1方法を使用している
か、あるいは被告フジモトD主張のイ-2方法を使用しているかという事実認定
は、前訴の判決を導くために不可欠とはいえなかったものである。このような状況
の下においては、原告が前訴において被告フジモトDがイ-1方法を使用して本件
特許権を侵害したとの点が決着済みであると考えることについて、その期待が法的
な保護に値するものとはいえないと解するのが相当である。さらに、本訴は、前訴
と主要な争点は同一であるが、争点についての当事者の主張を裏付ける重要な間接
事実(その評価も争点である。)として、前訴控訴審判決言渡し後の事情である一
変承認の事実が存在することを無視できない(なお、本訴においては、前訴の第
一、二審で提出された証拠が提出されたほか、前訴で明らかにされなかった被告医
薬品についての原承認書に記載された確認試験方法の内容が開示され、そのほか、
一変申請書、一変承認書、一変申請の過程で被告フジモトDが厚生省に提出した文
書等が提出されるに至っている。)。一変承認がなされたことにより、被告フジモ
トDは、一変承認後は、一変承認に係る確認試験方法(イ-2方法)を実施してい
ると事実上推定されるものというべきであるから、結局、本件における主張立証活
動上の焦点は、前訴とは異なり、一変承認前に被告フジモトDが原承認に係る確認
試験方法から一変申請に係る確認試験方法(イ-2方法)に実際に変更して実施し
ていたか否か、変更したとすればそれはいつかという点にあることになる。一変承
認の事実を、原告が主張するように単なる証拠としてとらえるのは相当ではない。
 これらの事情を総合して考慮すれば、本訴において、被告フジモトDが被
告医薬品の製造に当たり、確認試験方法としてイ-1方法を用いておらず、本件特
許権を侵害していないと主張することが、前訴の蒸し返しとして信義則に反し許さ
れないとはいえない。
 原告は、前訴において、前訴の事実審口頭弁論終結時までの損害につき損
害賠償請求をすることも可能であったといえるが、このこと自体は原告がその判断
で決めるべき訴訟追行の問題である。特許権等の知的財産権を侵害されたとする権
利者が相手方に対し、まず差止めのみを求めて訴訟を提起し、認容判決がされた場
合に(判決の確定を待って、あるいは待たないで)、損害賠償の訴訟を別途提起す
ることも、早期に差止めの判決を得たいという判断の下に、知的財産権訴訟では一
般に行われるところであって、被告の応訴の負担が増えるという面はあるが、原告
のそのような訴訟追行の仕方自体は非難されることではない。しかし、本件の前訴
のように、差止請求訴訟において、理由中では権利侵害の事実が認定されたにもか
かわらず結論として請求を棄却された者が訴訟物を異にする損害賠償請求の後訴を
提起したときに、前訴の判決の理由中の判断が信義則上の拘束力を持つものとは一
般的にいえない。
 原告は、その主張の根拠として第一ないし第三判例を挙示するが、これら
の判例は本件とは事案を異にするものであり、原告の主張の根拠とはならない。
 よって、原告の主張は採用することができない。
(3) 原告は、被告藤本製薬についても、(2)と同様の主張をするが、被告藤本
製薬は、前訴においては被告とされず、本訴において初めて被告とされたものであ
るから、前記(2)で述べたところに照らし、なおさら、被告藤本製薬が本訴で本件特
許権の侵害を争う旨の主張をすることが信義則に反し許されないとはいえない。
2 争点(2)ア(被告医薬品の原承認書の記載に基づく一変承認前の確認試験方法
の立証の有無)について
薬事法56条2号は、製造承認を受けた医薬品であって、その成分又は分量
(成分が不明のものにあっては、その本質又は製造方法)がその承認の内容と異な
るものを販売の目的で製造してはならない旨規定しており、同法56条に規定する
医薬品は、廃棄命令等の行政処分の対象とされており(同法70条1項)、同法5
6条違反は刑事罰の対象とされている(同法84条13号)。したがって、製造承
認を受けている医薬品については、製造承認に係る方法により製造していることが
事実上推定されるといえる。
被告医薬品の原承認書には確認試験方法としてイ-3方法が記載されてお
り、イ-3方法は実質的にイ-1方法と同じであり、本件発明の技術的範囲に属す
るものであることは前示のとおりである。したがって、被告フジモトDは、一変承
認を得るまでの間は、確認試験として本件特許方法(すなわちイ-1方法)を使用
していたことが事実上推定されるものというべきである。
しかし、甲第39号証、第60号証、乙第68号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、製造承認に係る確認試験方法と同等又はそれ以上の方法であれば、製造承認に
係る確認試験方法と異なる確認試験方法を採用し得ることが認められる。そして、
製造承認に係る方法により製造しているということは、事実上推定されるにとどま
り、製造承認に係る確認試験方法と同等又はそれ以上の確認試験方法を使用してい
ることが立証されれば、その事実上の推定が覆される可能性もある。本件では、以
下のとおり、被告らが、原承認に係るイ-1方法と異なるイ-2方法を用いていた
ことの主張立証を行い、原告も、それに対する主張立証を行っているから、それら
について検討する。
3 争点(2)イ(イ-2方法の確認試験方法としての同等性)について
(1) 量的精度における同等性
ア 前記第2の2(8)のとおり、医薬品製造業者が厚生大臣に対し医薬品の製
造承認を申請する際には、医薬品製造承認申請書に申請に係る医薬品の「規格及び
試験方法」を記載することが義務付けられているところ、甲第172号証(「医薬
品製造指針(1991年版)」日本公定書協会編)によれば、規格及び試験方法
は、医薬品の品質の確保にかかわるものであり、そのうちの確認試験については、
「確認試験は当該医薬品が目的物であるか否かを確認するために必要な試験で原則
として、すべての有効成分について、記載することが必要である。とりわけ、含有
規格を定められなかったり、定量法を記載することができなかった成分について
は、原則として、必ず記載することが必要である。」(同72頁29行ないし32
行)、「通例、無機化合物の場合は陽イオン及び陰イオンの反応を記載し、有機化
合物の場合はその反応基の反応(例:アミノ基又はフェノール性水酸基などの反
応)及び、その特異反応(例:呈色反応、誘導体又は塩類の融点等)を示す必要が
ある。」(同72頁35行ないし37行)とされており、定量法については、「定
量法は医薬品の有効成分の含量、力価などを物理的、化学的又は生物学的方法によ
って測定する試験法である」(同78頁38頁ないし39頁)とされていることが
認められる。乙第58号証(「製薬関係通知集」1999年版、薬事審査研究会監
修)によれば、「新医薬品の規格及び試験方法の設定に関するガイドラインについ
て」(平成6年9月1日薬審第586号 各都道府県衛生主管部(局)長あて 厚
生省薬務局審査課長通知)添付の「新医薬品の規格及び試験方法の設定に関するガ
イドライン」には、「確認試験は、当該医薬品が目的物であるか否かをその特性に
基づいて確認するための試験である。したがって、医薬品の化学構造上の特徴に基
づいた特異性のある試験である必要がある。」(同ガイドライン4.(7))、「定量
法は、当該医薬品の組成、有効成分の含量、力価又は含量単位を、物理的、化学的
又は生物学的方法により測定する試験である。相対的な試験方法を設定する場合に
は、定量試験に用いる標準物質について規格を設定する。」(同ガイドライン
4.(15))と規定されていることが認められる。乙第51号証(「医薬品製造指針
(1998年版)」厚生省医薬安全局審査研究会監修)によれば、確認試験の目的
等については、「確認試験は、試料中の分析対象物をその特性に基
づいて確認することを目的としている。通常、試料の特性(スペクトル、クロマト
グラフィーにおける挙動、化学的反応性等)を標準物質のそれと比較することによ
り行われる。」(同123頁17行ないし19行)とされ、定量法の目的等につい
ては、「定量法は、試料中に存在する分析対象物の量を正確に測定することを目的
としており、原薬の場合には主要成分を、また、製剤の場合には有効成分又は特定
成分を定量することを意味する。」(同123頁22行ないし24行)とされてお
り、確認試験に求められる分析能パラメータとしては特異性のみが挙げられており
(同124頁表)、「特異性とは、共存が予想される不純物、分解物、配合成分等
の存在下で、分析対象物を正確に測定できる能力のことである」(同124頁
3.(2)「特異性(Specificity)」の項1行ないし2行)とされ、確認
試験における特異性とは「分析対象物を誤りなく確認できる能力」(同項5行)で
あるとされ、定量法に求められる分析能パラメータとしては、真度、精度(併行精
度、室内再現精度)、特異性、直線性、範囲が挙げられている(同124頁表)こ
とが認められる。
そうすると、確認試験においては、対象物が目的物であるかどうかを判
別するための特定の反応等の有無が明らかにされれば足り、測定数値が問題とされ
る場合も、標準物質の測定値と比較して、基準となる一定の測定値以上(又は以
下)の数値を示すかどうかが問題とされるものと解され、定量法において試料中に
存在する分析対象物の量を正確に測定することとは異なるものと解される。
イ 甲第192号証(医薬品インタビューホーム「ノイロトロピン特号3c
c」)によれば、原告抽出液及び原告製剤について、「カリクレイン様物質産生阻
害活性(力価)試験」は確認試験法として記載され(同4頁6行、6頁16行)、
「SARTストレスマウスを用いて鎮痛係数を求める生物検定法による3-3用量
検定法」は定量法として記載されている(同4頁13行ないし14行、6頁18
行)。甲第192号証の「生物学的試験法」(同3頁「5」、6頁「6」)の欄に
は、「カリクレイン様物質産生阻害活性(力価)試験において、P-NA標準溶液
の示す吸光度0.1以上の阻害活性を有することを定量規定」と記載されている
が、この記載は、P-NA標準溶液の示す吸光度0.1以上の吸光度を有すること
をもってカリクレイン様物質産生阻害活性があることを認める趣旨と解され、定量
法におけるような測定値を要求するものではないと解される。したがって、原告抽
出液及び原告製剤においても、カリクレイン様物質産生阻害活性に関する試験は、
前記アのような確認試験として位置付けられていることが認められる。また、甲第
3、第4号証、乙第1、第2号証によれば、被告医薬品において、カリクレイン様
物質産生阻害活性についての試験は、確認試験とされており、弁論の全趣旨によれ
ば、被告医薬品について、定量法としては、SARTストレスマウス鎮痛活性測定
法が定められていることが認められる。
ウ 甲第3、第4号証及び弁論の全趣旨によれば、被告医薬品の原承認書の
「規格及び試験方法」欄に確認試験として記載されていたイ-3方法は、別紙被告
方法目録3記載のとおりであり、被検物質の生成カリクレイン量を第2次反応によ
り測定した吸光度ATと、被検物質の代わりに塩化ナトリウム溶液を、カオリン懸
濁液の代わりにトリス塩酸緩衝液を用いた非生成資料の同様の吸光度ATBとの差
(AT-ATB)と、第1次反応停止液の代わりにカリジノゲナーゼ標準溶液を用
いた標準資料の吸光度ASと標準溶液に代えてトリス塩酸緩衝液を用いた標準ブラ
ンク資料の吸光度ASBとの差(AS-ASB)を比較し、(AT-ATB)が(A
S-ASB)より小さい場合に被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性がある
と判定する方法であることが認められる。イ-2方法も、吸光度の測定対象資料及
び判定方法は同様の方法を用いている。前記アの確認試験の意義に照らせば、この
ような吸光度の差の比較によって、被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性の
有無を明らかにすることができ、確認試験の目的を達成し得るものと認められる。
そして、前記イのとおり、カリクレイン様物質産生阻害活性についての試験は、原
告医薬品、被告医薬品のいずれにおいても確認試験として位置付けられている。し
たがって、イ-3方法及びイ-2方法において、定量法におけるような測定がされ
ていないことをもって、確認試験として機能しないということはできず、この点に
関する原告の主張は、採用することができない。
(2) エタノール抽出処理によるカリクレイン様物質産生阻害活性の失活
ア 甲第170号証(神戸学院大学薬学部薬理学教室教授K作成の平成5年
9月2日付け実験報告書)には、「今回の実験結果から、試験方法Aにより処理・
測定した場合、ノイロトロピン群とコントロール群の吸光度差の大部分が、実際上
の対照群とも言える生理食塩液群でも認められた。従って、ノイロトロピンを試験
方法Aにより処理・測定した場合は、ノイロトロピン由来の血漿カリクレイン様物
質産生抑制作用がほとんど認められず、本抑制作用を評価するための試験法として
は、試験方法Aは適当ではないと判断できる。」(同3頁4行ないし8行)と記載
されている。甲第174号証(原告生物活性科学研究所第一天然有機部部長L作成
の平成5年12月17日付け陳述書)は、ノイロトロピン錠の医薬品製造承認申請
に際し原告が昭和61年9月8日厚生省に提出した「ノイロトロピン錠指示事項回
答概要(2)」(甲第175号証添付資料)に掲載したNSP(ワクシニアウイルス接
種家兎炎症皮膚組織抽出液)のエタノール分画実験の結果について説明したもので
あるが、その中には、「測定の結果、NSP中のKPI活性はエタノール易溶性の
T-3画分に移行せず、エタノール難溶性画分であるT-2画分に移行し、その間
にその活性(量)はNS画分に比べ顕著に低減していました(同23頁)。また、
「図3再混合による活性回収率の変動」(同23頁)に示す通りT-1、T-2及
びT-3画分を再混合しても元のNS画分のKPI活性に回復しなかった(同23
頁)ことから、NSPのKPI活性はエタノール抽出により失活すると結論づけま
した。「NSPのKPI活性はエタノール分画によって失活する」という私共の実
験結果は、カリクレイン-キニン系領域の研究で著名な神戸学院大学薬学部K教授
の「実験報告書」(甲第9号証)の実験結果によっても裏付けられています。」
(甲第174号証2頁17行ないし3頁3行)と記載されている(なお、ここにい
う「甲第9号証」とは、本件訴訟の甲第170号証を指す。)。
甲第30号証(サウスカロライナ医科大学医学部教授M作成の2000
年8月4日付け鑑定書)においては、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液
中に存在するカリクレイン産生阻害活性成分が含まれているはずのない生理食塩液
群の吸光度差(コントロール群に対する差。以下、同じ。)と、被告製剤群の吸光
度差に、有意差が認められず、イ-2方法を用いてカリクレイン様物質産生阻害活
性の測定を行うことは不可能であるとし、その理由として、エタノール処理によっ
て被験薬である被告製剤のカリクレイン様物質産生阻害活性が失活したことが挙げ
られている。甲第31号証(大阪市立大学大学院理学研究科教授N作成の平成12
年8月8日付け実験報告書)においては、生理食塩液、被告製剤及び原告製剤につ
いて、エタノール抽出処理を行った上でのカリクレイン産生阻害活性の測定結果が
示されており、生理食塩液群と被告製剤群ばかりでなく、生理食塩液群と原告製剤
群の吸光度にも有意の差が認められなかったとされており、その結果から、原告製
剤及び被告製剤のカリクレイン様物質産生阻害活性はエタノール処理によって失活
し、イ-2方法ではカリクレイン様物質産生阻害活性を測定することはできないと
されている。甲第32号証(前記K作成の平成12年8月9日付け実験報告書)に
おいては、生理食塩液と被告製剤について、エタノール抽出処理を行った上でのカ
リクレイン様物質産生阻害活性の測定結果が示されており、生理食塩液群と被告製
剤群の吸光度に有意の差が認められなかったとされており、その結果から、イ-2
方法は、被告製剤のカリクレイン様物質産生阻害活性を評価するための試験方法と
して適当ではないとされている。
イ(ア) 一方、乙第148号証(被告フジモトDのF、G作成の平成6年1
2月5日付け実験報告書〔脱塩操作の違いによるカリクレイン様物質産生阻害活性
の検討〕)には、エタノール抽出により脱塩した試料溶液とマイクロ・アシライザ
ーにより脱塩した試料溶液とにおいて同等のカリクレイン様物質産生阻害活性の存
在が確認された旨記載されている。
(イ) 甲第27号証(原告技術法務部O作成の平成12年6月6日付け報
告書)、乙第19号証(F作成に係る作成年月日平成10年1月28日の標準作業
手順書)、第310号証によれば、イ-2方法における被検物質の減圧乾固、エタ
ノール抽出処理の方法は、次のとおりであることが認められる。
1) 共栓付試験管(50ml)に、本品10mlをホールピペットで
採取し、エバポレーターで減圧乾固する。
エバポレーターの水槽の温度は37℃、回転数は80rpmとす
る。覆いをかけて遮光して行う。エバポレーターには試験管は直接セットできない
ので、アダプターを使用する。
2) 乾固した試料をエタノール(99.5%)5mlで3回抽出す
る。
以下、抽出操作及び減圧乾固は覆いをかけて遮光して行う。
抽出は、乾固した試料のはいった共栓付試験管にエタノール5m
lを自動ピペットで加え、超音波に10分間かける。この液を遠心分離(3500
rpm、5分間)し、上澄み液を自動ピペットを用いて別の共栓付試験管(50m
l)にとる。(1回目抽出液)
更に、残りの沈殿物にエタノール5mlを自動ピペットで加え、
超音波に5分間かけ、遠心分離(3500rpm、5分間)し、上澄み液を自動ピ
ペットを用いてとり、先の抽出液と合わせる。(2回目抽出液)
更に、残りの沈殿物にエタノール5mlを自動ピペットで加え、
超音波に5分間かけ、遠心分離(3500rpm、5分間)し、上澄み液を自動ピ
ペットを用いてとり、先の抽出液と合わせる。(3回目抽出液)
3回の抽出操作で得た全抽出液約15mlを減圧乾固する。(条
件は1)と同じ)
3) 乾固したものに、0.25M塩化ナトリウム溶液1.5mlを自
動ピペットで加え超音波に1分間以上かけて溶かしたものを試料溶液とする。
 そして、乙第1、第2号証、第19号証、第31号証の2、第125
号証、第310号証及び弁論の全趣旨によれば、イ-2方法により被告医薬品のカ
リクレイン様物質産生阻害活性が測定されていることが認められるから、上記の被
検物質の減圧乾固、エタノール抽出処理の方法によっても、カリクレイン様物質産
生阻害活性は失活しなかったものと推認される。
(ウ) 甲第170号証には、被検物質の減圧乾固、エタノール抽出処理の
方法として、「ノイロトロピン各ロット10mlを減圧下にて乾固した(ヤマト、
ロータリーエバポレーター、RE-46型)。乾固物にエタノール(99.5%)
10mlを加えてかき落し、超音波処理(日本精機製作所、NS超音波洗浄機)1
0分および振とう10分を行なった後、3000rpmで10分間遠心分離(TO
MY、RL-131型)した。上清を分離、保存し、沈渣にエタノール10mlを
加え、同様の抽出操作をさらに2回繰り返し、合計3回分の上清(エタノールによ
り抽出される画分)を得た。集めた上清を減圧下にて乾固し、残渣を0.25M塩
化ナトリウム溶液1.5mlで溶解し、測定用被験検体とした。また、後述した理
由により、参照用の検体として、生理食塩液10mlについて、同様のエタノール
による3回の抽出操作をほどこし、測定用の検体とした。」(同1頁24行ないし
32行)と記載されているが、減圧乾固の条件が不明であり、また、エタノール抽
出処理の条件が、前記(イ)のイ-2方法における条件と異なっている。したがっ
て、甲第170号証に、実験結果として、ノイロトロピン由来の血漿カ
リクレイン様物質産生抑制作用がほとんど認められない旨記載されていることをも
って、イ-2方法における減圧乾固及びエタノール抽出処理において、カリクレイ
ン様物質産生阻害活性が失活することの裏付けということはできない。
甲第174、第175号証にいうエタノール分画法(甲第174号証
図A、甲第175号証図1)は、前記(イ)のイ-2方法における減圧乾固及びエタ
ノール抽出処理とは異なるから、甲第174号証に、そのようなエタノール分画法
による実験の結果、カリクレイン様物質産生阻害活性が失活するという結論が導か
れた旨記載されていることをもって、イ-2方法における減圧乾固及びエタノール
抽出処理において、カリクレイン様物質産生阻害活性が失活することの裏付けとい
うことはできない。
(エ) 甲第30号証には、被検物質の減圧乾固、エタノール抽出処理の方
法として、「被検溶液10mlをとり、減圧乾固させたものをエタノール(99.
5%)5mlで3回抽出し、この抽出液を減圧乾固し、これに0.25M塩化ナト
リウム溶液1.5mlを加えて溶かし、試料溶液とする。この抽出操作及び減圧乾
固は遮光して行う。被検溶液としては、「ローズモルゲン注」および「生理食塩
液」を用いる。」(同号証別紙1「試験方法」訳文3行ないし6行)と記載されて
おり、甲第31号証には、被検物質の減圧乾固、エタノール抽出処理の方法とし
て、「別紙試験方法に基づき各検体10mlをロータリーエバポレーターを用いて
減圧乾固した後、エタノール(99.5%)5mlで3回抽出し、この抽出液を集
め減圧乾固した。得られた減圧乾固物を0.25M塩化ナトリウム溶液1.5ml
に溶解して試料溶液とした。」(同2頁「2.実験方法」「(2)検体のエタノールに
よる前処理」)、「検体10mlをとり、減圧乾固させたものをエタノール(9
9.5%)5mlで3回抽出し、この抽出液を減圧乾固し、これに0.25M塩化
ナトリウム溶液1.5mlを加えて溶かし、試料溶液とする。この抽出操作及び減
圧乾固は遮光して行う。検体としては、「ノイロトロピン特号3cc」、「ローズ
モルゲン注」および「生理食塩液」を用いる。」(同別紙1、3行ないし6行)と
記載されている。しかし、これらの記載によっては、減圧乾固及びエタノール抽出
処理の条件が、前記(イ)のイ-2方法における条件と同一かどうか不明である。
甲第32号証には、被検物質の減圧乾固、エタノール抽出処理の方法
として、「ローズモルゲン10mlを減圧下にて乾固した(ヤマト、ロータリーエ
バポレーター、RE-46型)。乾固物にエタノール(99.5%)5mlを加え
てかき落とし、超音波処理(日本精機製作所、NS超音波洗浄機)10分および振
とう10分行なった後、3000rpmで10分間遠心分離(TOMY、RL-1
31型)した。上清を分離、保存し、沈渣にエタノール5mlを加え、同様の抽出
操作をさらに2回繰り返し、合計3回分の上清(エタノールにより抽出される画
分)を得た。集めた上清を減圧下にて乾固し、残渣を0.25M塩化ナトリウム溶
液1.5mlで溶解し、測定用被験検体とした。また、後述した理由により、参照
用の検体として、生理食塩水10mlについて、同様のエタノールによる3回の抽
出操作をほどこし、測定用の検体とした。」(同1頁22行ないし30行)と記載
されているが、減圧乾固の条件が不明であり、また、エタノール抽出処理の条件
が、前記(イ)のイ-2方法における条件と異なっている。
したがって、甲第30ないし第32号証に、エタノール抽出処理によ
ってカリクレイン様物質産生阻害活性が失活することが記載されていることをもっ
て、イ-2方法においてもエタノール抽出処理によってカリクレイン様物質産生阻
害活性が失活することの裏付けということはできない。
ウ 以上によれば、イ-2方法における減圧乾固及びエタノール抽出処理に
よってカリクレイン様物質産生阻害活性が失活するとは認められないというべきで
ある。
(3) カリクレイン産生反応の不停止
ア 甲第183号証(大阪大学歯学部教授P作成の平成5年3月29日付け
「カリクレイン産生阻害能の測定方法に関するコメント」)、第193号証(前記
D、E作成の平成6年9月9日付け実験報告書(Ⅰ))、第195号証(同D作成
の平成6年9月10日付け陳述書(Ⅰ))、第198号証(九州大学名誉教授Q作
成の平成6年9月30日付け陳述書)、第199号証(前記K作成の平成6年10
月5日付け「コメント」)、第200号証(前記P作成の平成6年10月7日付け
「『実験報告書Ⅱ』に対するコメント」)、第206号証(前記Q作成の平成7年
10月9日付け陳述書)、第210号証(前記M作成の1996年5月22日付け
鑑定書)、第214号証(前記D、E作成の平成8年5月21日付け実験報告書
(Ⅲ))、第229号証(前記M作成の1996年10月17日付け鑑定書Ⅱ)に
は、LBTIの添加によってカリクレインの産生が抑えられること、カリクレイン
様物質産生阻害能を正確に測定するためには、LBTIの使用が不可欠であること
などが記載されている。確かに、第1次反応により産生されたカリクレインの量を
測定するに当たっては、阻害剤を添加して第1次反応を停止させること
ができるならば、第1次反応を停止させた方が、阻害剤を添加せず第1次反応が継
続し得る状態のままで測定するよりも、正確な測定値を求めることができるものと
考えられる。
しかし、イ-2方法は、第1次反応により産生されたカリクレインの絶
対量を直接測定するものではなく、標準試料(被検物質及びカオリン懸濁液が入っ
ておらず、代わりにカリジノゲナーゼ(腺性カリクレイン)標準溶液が用いられて
いる。)の吸光度(AS)と標準ブランク(カリジノゲナーゼ標準溶液の代わりに
緩衝液が入っている。)の吸光度(ASB)との差(AS-ASB)と、被検物質試
料の吸光度(AT)とブランク試料の吸光度(ATB)の差(AT-ATB)との大
小を比較すること、換言すれば、標準試料の吸光度を基準として被検物質試料の吸
光度との大小を比べることにより(いずれもブランクの吸光度が差し引かれてい
る。)、被検物質試料の吸光度が一定値以下であること、すなわち被検物質のカリ
クレイン様物質産生阻害活性が一定値以上あることを判定するものである。阻害剤
を用いない場合は、阻害剤を用いた場合に比べ、第1次反応の継続時間が長くなる
可能性はあっても、短くなることはない。そして、仮に第1次反応の継続時間が長
くなるとすれば、カリクレイン様物質が多く産出され、吸光度が大きくなり、カリ
クレイン活性が大きく測定されることとなる。しかるに、仮に被検物質の吸光度が
実際より大きく測定されたとしても、その吸光度(試料ブランクの吸光度を差し引
いたもの)が、標準溶液の吸光度(標準ブランクの吸光度を差し引いたもの)より
も小さいと判定されれば、その被検物質の真の吸光度は、標準溶液の吸光度よりも
優に小さいことは間違いないから、被検物質の吸光度が標準溶液の吸光度よりも小
さいこと、言い換えれば、被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性が所定の値
よりも大きいことを、確実に検査することができる。このように、イ-2方法は、
被検物質を添加した溶液の吸光度が標準溶液の吸光度よりも小さい場合に、被検物
質のカリクレイン様物質産生阻害活性があると判定するものであるから、標準溶液
の吸光度の値を適切に設定すれば、阻害剤を用いなくても、被検物質のカリクレイ
ン様物質産生阻害活性が一定値以上あることを正確に判定し得るといえる。
イ 甲第36号証(前記M作成の2000年8月25日付け鑑定書)には、
活性型血液凝固第ⅩⅡ因子に対する特異的阻害剤であるコーントリプシンインヒビ
ター(CTI)を用いてカリクレイン産生量を測定した実験の結果が記載されてお
り、3回の実験すべてにおいて、CTIを用いない場合の吸光度の値がCTIを用
いた場合の吸光度の値に比べて大きくなった旨記載されており、その原因として、
第2次反応の間に引き続きカリクレインが産生されることが指摘されている。
しかし、イ-2方法は、被検物質を添加した溶液の吸光度と標準溶液の
吸光度(ただし、いずれもブランクの吸光度を差し引いたもの)を比較し、一定の
水準以上のカリクレイン様物質産生阻害活性を有するかどうかを判定するものであ
る。このような方法を前提とすると、すべての実験でCTIを用いない場合の吸光
度の値の方が大きくなっているとしても、阻害活性を判断する上で、予めそのこと
を考慮に入れていれば、判定をすることは可能であると考えられる。CTIを用い
ない場合の吸光度の値の方が大きくなっていることをもって、このような方法によ
るカリクレイン様物質産生阻害活性の有無の判定ができないことの理由とすること
はできないというべきである。
(4) 被検物質非存在下の測定群の設定の有無
甲第183号証、第206号証、第210号証、第215号証(前記D作
成の平成8年5月20日付け陳述書(Ⅴ))、第224号証(前記K作成の平成8
年9月26日付け意見書)、第225号証(大阪大学蛋白質研究所教授R作成の平
成8年10月1日付け回答書)、第226号証(大阪市立大学理学部生物学科微生
物化学研究室S作成の平成8年10月1日付け意見書)には、カリクレイン様物質
産生阻害活性の測定には、被検物質非存在下の測定群の設定や被検物質非存在下の
測定値との対照が必要である旨、イ-2方法では被検物質非添加群の測定が行われ
ていない旨などが記載されている。
しかし、乙第1、第2号証、第160号証、第171号証によれば、イ-
2方法においては、試料溶液の代わりに0.25M塩化ナトリウム溶液を用いて操
作し、第2次反応後の吸光度が約0.4を示すように測定ごとにヒト血漿の希釈倍
率の決定を行い、その上で、カリジノゲナーゼ(腺性カリクレイン)添加群の吸光
度と被検物質添加群の吸光度を比較し(カリジノゲナーゼ添加群と被検物質添加群
については、いずれもブランクの吸光度が差し引かれる。)、被検物質添加群の吸
光度の方が低い場合に、カリクレイン様物質産生阻害活性があると判定されるこ
と、カリジノゲナーゼ添加群の吸光度は0.3前後であることが認められる。そこ
で、カリクレイン様物質産生阻害活性があると判定される場合は、常に、被検物質
添加群の吸光度は、カリジノゲナーゼ添加群の吸光度である0.3前後以下、すな
わち、0.4以下であることになる。そうすると、試料溶液の代わりに0.25M
塩化ナトリウム溶液を用いて操作し、第2次反応後の吸光度が約0.4を示すよう
にヒト血漿の希釈倍率の決定を行うという操作は、被検物質を添加しない場合の吸
光度の設定ということができ、そこで設定された0.4という吸光度は、カリクレ
イン様物質産生阻害活性があると判定されるためには常に被検物質添加群の吸光度
がそれより低くなければならないという意味で、被検物質添加群の吸光度と対照さ
れているということができる。したがって、吸光度が約0.4を示すようにヒト血
漿の希釈倍率の設定を行うという操作は、被検物質非添加群の設定ということがで
きる。そして、イ-2方法において、被検物質非存在下の測定がされていないとは
いえないし、イ-2方法によって、カリクレイン様物質産生阻害活性の有無は判定
できるものというべきである。
(5) したがって、イ-2方法は、確認試験方法として原承認に係る確認試験方
法(イ-3方法)と少なくとも同等であると認められる。
4 争点(2)ウ(AによるLBTIの問題点の認識)について
(1) 乙第43号証、第63号証、第118ないし第120号証、証人Aの証言
及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア A(現・被告藤本製薬医薬情報部部長)は、昭和46年に被告藤本製薬
に入社し、研究部に配属され、当初、豚膵臓抽出精製物製剤(主薬効成分は腺性カ
リクレイン)の改良方法の検討を研究テーマとしたことにより、カリクレインに関
して研究するようになった。Aは、昭和52年には月刊「薬理と治療」のカリクレ
イン特集号(第5巻臨時2号、乙第118号証)に「カリクレインの安全性に関す
る研究」等を共同で発表したが、一連のカリクレイン研究を通じて、医薬品中のカ
リクレイン活性の測定法に関する技術の蓄積をしていった。
イ Aは、昭和55年4月から大阪大学医学部第4内科に在籍し、カリクレ
イン-キニン-プロスタグランジン系の病態生理学の研究等に従事するようにな
り、その一環としてカリクレインの研究も続け、昭和56年には、「臨床化学」
(日本臨床化学研究会)10巻2号に「血中カリクレインの簡易測定法」(乙第1
19号証)と題する共同研究論文を発表した。また、昭和58年には「臨床科学」
19巻6号に「カリクレイン活性」(乙第120号証)と題する共同研究を発表し
たほか、平成2年にはカリクレイン-キニン系に関する論文により学位を取得し
た。
ウ Aは、大阪大学で研究を続けながら、被告藤本製薬の研究部でQAU
(品質保証部門)、薬理関係の責任者としての業務を兼務していた。平成元年に製
造承認申請に係る被告医薬品の確認試験に関し、厚生省から「カリクレイン様物質
産生阻害活性」の項目を設定するようにとの指摘があった際、被告藤本製薬の研究
部課長としてグループ会社の開発上の問題等を知り得る立場にあったAは、被告フ
ジモトDの担当者から、被告医薬品の確認試験に関して指導を依頼されたことがあ
った。
エ その後、Aは、大阪大学を離れ、平成4年4月に被告藤本製薬の研究体
制変更により、研究本部次長となったが、同年2月に被告医薬品について製造承認
になり、同年7月ころから被告フジモトDで確認試験の実施が開始されるに際し
て、担当者からの求めにより、これにかかわることになり、その後の一変申請にも
関与するところとなった。
(2) Aは、その陳述書(乙第43号証、第67号証)及び証人尋問において、
一変申請に至る経過等につき、次のように供述している。
ア Aは、前記のとおり、昭和55年から大阪大学医学部第4内科に在籍し
て、血漿カリクレイン活性の測定法の研究を行い、血漿カリクレインに特異性の高
い合成基質を用いて基質濃度、反応時間及び各種阻害剤の影響等を検討したが、そ
の際にAが自ら作成した実験記録(実験ノート)が乙第44号証であり、被告藤本
製薬に戻った後も同人が保管していた。
イ Aは、大阪大学在籍中に行った上記研究の際、阻害剤としてLBTIを
使用した実験で、理論とは逆にカリクレイン活性が増加するという異常な反応が生
じる場合があったことから、購入したLBTI試薬に問題があると考え、当時発表
した前記論文(乙第119号証)にはLBTIのデータを除外したが、その当時は
この問題をそれ以上追求しなかった。
ウ 被告フジモトDが行っていた被告医薬品の製造承認申請に対し、厚生省
からカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験を追加するように指摘を受けたこと
から、グループ会社である被告藤本製薬の薬理関係の責任者の立場にいたAは、被
告フジモトDの担当者から確認試験規格を設定したいので指導して欲しいとの申出
を受け、自己の研究成果である血中カリクレイン測定法とその活性化条件等の資料
を提供し、問題があれば相談にのる旨述べた。
エ その後、被告フジモトDは、平成4年2月21日に本件医薬品の製造承
認を獲得したが、Aは、同年7月ころ、被告フジモトD羽曳野研究所において原承
認書の方法に従って確認試験を実施しようとしたところ、試料ブランク吸光度値が
高かったり、コントロール吸光度値が大きく変動することがあるとの相談を受け
た。これに対し、Aは、大阪大学での実験の経験から、上記の原因はLBTIにあ
る可能性が高いと判断した。そして、Aの過去の経験から、阻害剤を用いなくて
も、反応条件を血漿の希釈倍率が適当な範囲内に設定すれば測定できると考えてい
たので、LBTIを用いないで、第1次反応を正確に20分間とする方法を用いる
試験方法を提言した。
オ 被告フジモトD羽曳野研究所でのその後の検討により、Aの意見のとお
り、測定を不能とする原因はLBTIにあり、阻害剤を用いないでも測定できるこ
とが確認された。当時、被告フジモトDでは、LBTIを用いない方法は、LBT
Iの問題が解決するまでの緊急的方法と位置づけ、別の阻害剤に変更することも考
慮の対象に入れていた。しかし、そのころ、原告が提起した前訴の訴状が送達され
てきて、被告フジモトDで検討した結果、阻害剤を使用すると本件特許権を侵害す
るものとされる可能性があることが判明し、LBTIを用いない方法を継続して採
用することになった。そして、原承認書と異なる確認試験方法を継続的に実施する
のであるから、一変申請をすることが望ましいとの考えに立って、被告フジモトD
は一変申請をした。
(3) 前記(2)によれば、乙第44号証は、Aが大阪大学に在籍して研究してい
た当時の実験の結果を記録したノートであり、その記載内容、体裁等のほか、乙第
43号証、第63号証、第67号証、第82号証(いずれもAの陳述書)及び証人
大出の証言に照らして、乙第44号証の記載は信用できるものと判断される。しか
し、原告は、乙第44号証について、後で改ざんされたものであるなどとして、そ
の信用性を争うので、検討する。
ア 乙第44号証には、日付けの年の記載に訂正された部分がある(80
頁、81頁)ことから、日付けのとおりの年月日(10月20日(75頁)、19
80年10月27日(80頁、81頁)、1980年10月30日(82頁、83
頁))にすべて記載されたものであるとは、直ちには認められない。しかし、基本
的に実験データ等が記載されており、筆跡は同一人によるもので、記載内容はおお
むね整合しており、記載された個々の数値も、そのばらつきの程度等に照らして、
実際の実験によるものと認められるから、日付けのとおりの年月日であるとは限ら
ないものの、いずれかの時点で、Aがカリクレイン様物質産生阻害活性を測定した
実験結果を記載したものであると推認される。そして、LBTIの添加によってブ
ランクよりも蛍光強度が増加したことを示す実験結果が得られ、その旨を示すチャ
ート(77頁及び83頁)が添付されていることが認められるから、Aは、実験に
より、LBTIの添加によってカリクレイン産生反応が活性化するという実験結果
を得ていたものと認められる。
乙第44号証は、原本の状態に鑑みると、記載された後相当程度の期間
が経過しているものと認められ、訂正された日付けの年の部分の記載(80頁、8
1頁)が、訂正以前は1981年であったとみられることも考慮に入れると、Aが
このような実験結果を得たのは、平成4年12月22日の一変申請の前であったと
推認される。
イ 乙第44号証の75頁の下部の「LBTIは0.5mg/ml」という
部分、76頁の「LBTI 500μg/ml 測定フリキレる」、「LBTIは
活性が上昇しておかしい反応あり」、「再度やりなおす」という部分は、同一頁の
その余の実験結果等の記載部分とは、筆記用具が異なり、鉛筆で記載され、80頁
の「今回LBTIはOK.前回の反応がおかしかったのか」という部分も、鉛筆で
記載されているが、いずれも、筆跡は、その余の実験結果等の記載部分と同一人に
よるものと認められる。そして、77頁のチャートの右端のグラフと500μgと
いう部分はペンで記載されているところ、EWTI以外で500μg/mlにより
測定された試料は、75頁ないし77頁において、LBTI(75頁、76頁)し
か示されていないから、77頁のチャートの右端のグラフはLBTIのものと認め
られる。77頁のチャートの右端のグラフについて、LBTIのものと解しなけれ
ば、該当する試料がないという矛盾を生ずることになってしまう。そうすると、7
5頁の下部の「LBTIは0.5mg/ml」という部分、76頁の「LBTI 
500μg/ml 測定フリキレる」、「LBTIは活性が上昇して
おかしい反応あり」、「再度やりなおす」という部分は、いずれも鉛筆書きである
が、77頁のチャートなどその余のペン書きの部分の記載と整合性があるものと認
められ、改ざんによる加筆ではなく、実験を行った時に記載されたものと考えられ
る。77頁のチャートの右端のグラフの「LBTI」という記載は、「L」の文字
が書き換えられているともみられるが、前記のとおり、500μg/mlの試料が
LBTIしかないことからすると、このグラフ自体は、当初からLBTIの測定値
によるものと解され、もともとはSBTIの測定値に基づくグラフであったものを
LBTIの測定値によるグラフに見せかけるためにグラフの「S」の頭文字を
「L」と書き換えたものであるとは認められない。
乙第44号証の80頁の「今回LBTIはOK.前回の反応がおかしか
ったのか」という部分は、鉛筆書きであるが、実験の評価にかかわる記載であり、
76頁ないし77頁、80頁ないし81頁の各実験結果の比較と整合しているか
ら、80頁ないし81頁記載の実験を行った際に記載したものと考えても不自然で
あるとはいえない。
乙第44号証の82頁の記載は、すべて鉛筆書きによるものであるが、
筆跡全体に同一性が認められ、実験結果の数値も記載されていることから、実験の
行われたときに記載されたものと推認される。83頁のチャートは、82頁に記載
された数字に基づくものであるから、83頁のチャートも82頁が記載されるのと
同時に作成されたものと推認される。
原告は、乙第44号証が改ざんされたことの根拠として、LBTIに関
する部分のみが鉛筆によって記載されていることを主張する。しかし、乙第44号
証は、その記載態様等から、実験を行いながらその結果を記載していったものであ
ると認められ、記載の途中で筆記用具を変えることが不自然であるとはいえない
し、前記のとおり、鉛筆書きの部分も、その余の記載と同一人の筆跡により書かれ
ており、記載内容も、ほぼ整合性を有していると認められるから、LBTIに関す
る部分が、鉛筆書きであるが故に加筆又は改ざんされたものであるとはいえない。
ウ 原告は、乙第44号証の80頁ないし81頁の第2回実験は、(ア)日付
けの年の記載が訂正されており、それに関して合理的な説明がされていないこと、
(イ)第2回の実験は第1回の実験と蛍光基質の量の点で実験条件が異なること、
(ウ)乙第63号証(Aの陳述書)に添付された乙第44号証のノートの78頁、7
9頁の部分に記載された実験ではLBTIについて追試が行われていないことか
ら、実際には行われなかったものであると主張する。日付けの年の記載が訂正され
ていることから、前記のとおり、日付けのとおりの年月日に実際に実験が行われ、
乙第44号証が記載されたとは、認められない。しかし、実験結果等の記載内容か
らすれば、日付けのとおりの年月日においてでなくとも、実験そのものは行われた
ものと認められ、第2回の実験が第1回の実験と蛍光基質の量の点で実験条件が異
なること、乙第63号証(Aの陳述書)に添付された乙第44号証のノートの78
頁、79頁の部分に記載された実験でLBTIについて追試が行われていないこと
などの点が認められたとしても、そのことの故に第2回の実験が実際に行われてい
ないとは認められない。
原告は、乙第44号証の82頁、83頁に記載された第3回の実験結果
は、(ア)筆跡が第1回、第2回の実験と異なること、(イ)乙第44号証の77頁な
いし80頁には、豆を表す「bean」という単語のつづりを誤って「been」
と記載していたのに対し、82頁では正しく記載していることから、改ざんされた
ものであり、信用性がないと主張する。しかし、82頁の記載は、第1回、第2回
の実験結果の記載と比較して、筆記用具に鉛筆を用いている点は異なるが、筆跡は
同一人によるものと認められる上、前記イのとおり、82頁ないし83頁の記載
は、実験の行われたときに記載されたものと認められる。確かに、乙第44号証の
77頁ないし80頁には、豆を表す「bean」という単語のつづりが誤って「b
een」と記載されているのに対し、82頁には正しく記載していることは認めら
れるが、実験室で実験をしながら記入していく実験ノートの性質からすれば、英単
語を誤ったつづりで記入することもあり勝ちなところであるし、同一人があるとこ
ろでは正しいつづりを書き、他の箇所では誤ったつづりを書くということもあり得
ないわけではないと考えられ、この点をとらえて、82頁ないし83頁の記載が改
ざんされたものであるとはいえない。
原告は、乙第44号証が改ざんされたものであるという主張を裏付ける
証拠として甲第71号証(T作成の鑑定書)を提出するが、甲第71号証の鑑定結
果は、筆記用具が異なる箇所や訂正された形跡のある箇所について加筆の可能性を
指摘するにとどまるものである。これまで述べたとおり、記載内容等をも合わせて
考えると、鉛筆で記載された箇所や記載が修正されている箇所についても、すべて
が改ざんされたものであるとは認められない。
エ 原告は、乙第44号証は、もともとは100頁のノートであるが現在は
84頁しかなく、Aは頁の減少の理由を合理的に説明していないこと、Aは、頁の
通し番号をいつ振ったか覚えていないと供述していること、一度貼った紙をはがし
た形跡があることをも改ざんの根拠として主張する。しかし、いつ振ったか覚えて
いないとしても、頁に通し番号が振られており、実験結果を記載した部分は、実験
結果をほぼそのまま記載したものと考えられるところから、乙第44号証は、実験
ごとに日を異にしたとしても、一連に作成されたものと認められる。そして、乙第
44号証は、その記載態様等から、実験を行いながらその結果を記載していったメ
モのような性質を有するものであったと認められ、後に外部へ提出したり、事実を
厳格に証明するために作成されたものとは考えられないから、これらの原告主張の
点が認められるとしても、その故に、その部分が改ざんされたものであるというこ
とはできない。
(4) 乙第67号証及び証人Aの証言によれば、Aがその証言において、イ-2
方法の第2次反応において増加するカリクレインの量が誤差の範囲に納まる旨供述
した趣旨は、増加するカリクレインの量が、カリクレイン様物質産生阻害活性の有
無を判定する確認試験を実施し得る条件の範囲内にあるという趣旨であったものと
認められる。そして、前記3(3)のとおり、阻害剤によって第1次反応を停止しない
イ-2方法によっても確認試験を行い得るから、Aのこの供述は、真実に反するも
のとはいえない。
また、乙第67号証によれば、Aが、誤差の範囲に納まるという知見を
「血中カリクレインの簡易測定法」という論文(雑誌「臨床科学」第10巻第2号
所収、乙第119号証)から得られた旨供述した趣旨は、反応成分の濃度が反応速
度に与える影響を考えるについて、成分濃度が上記論文に記載された実験よりどの
程度希釈されたかに着目したという趣旨であったと認められるから、この点につい
てのAの供述も、真実に反するものとはいえない。
(5) 前記(3)アのとおり、Aは、被告フジモトDが一変申請を行った平成4年
12月22日以前に、LBTIの添加によってカリクレイン産生反応が活性化する
という実験結果を得ていたことが認められる。他方、乙第1、第2号証によれば、
一変申請理由には、LBTIがカリクレイン産生反応を停止しないということが記
載されていたことが認められる。カリクレイン産生反応を活性化するということ
と、カリクレイン産生反応を停止しないということは、その文言上の表現に基づい
て厳密に比べれば異なるといえる。しかし、被告医薬品の確認試験において、LB
TI等の阻害剤に求められている役割は、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性を阻害
し、カリクレインの産生を阻害するということであり、仮にLBTIがカリクレイ
ンの産生を阻害せず、それ以上に、カリクレイン産生反応を促進したとしても、L
BTI等の阻害剤に求められている役割との関係に限っていえば、そのような阻害
剤としての役割を果たさない、すなわち、カリクレイン産生反応を停止しないとい
うこともできる。そして、LBTIに、カリクレインの産生を促進する作用がある
ことを認識していたとしても、阻害剤としてLBTIの使用をやめるとい
う趣旨の一変申請を行うに当たり、一変申請理由に、阻害剤としての役割を果たさ
ないということ、すなわちカリクレイン産生反応を停止しないということを記載す
ることは、格別不自然とはいえない。
(6) 被告らは、Aが、LBTIに問題があることを認識していたので、「血中
カリクレインの簡易測定法」という論文(乙第119号証)では、EWTI等のデ
ータを採用したと主張する。
「血中カリクレインの簡易測定法」という論文(乙第119号証)は、従
前開発されていた血中カリクレイン用蛍光合成基質(Z-phe-arg-MCA)を用いた簡易
血中カリクレイン測定法の検討を行ったものであり、同論文に記載された実験にお
いては、阻害剤としてSBTI、EWTI等を用いた成績が報告されているもの
の、LBTIの使用は記載されていない。この点に関し、Aは、LBTIについて
も阻害剤として検討したが、LBTIの添加によって理論とは逆にカリクレイン活
性が増加した場合があり、購入したLBTI試薬に問題があると考えて、同論文で
はデータとして採用しなかった旨述べている(乙第63号証、同証人の証言)。し
かし、同論文には、本件で問題とされているところの、LBTIが活性型血液凝固
第XⅡ因子の活性を阻害しないという点を指摘する記述はないから、同論文に記載
された実験にLBTIが使用されていないことをもって、直ちに、同論文が書かれ
た昭和56年の時点においてAがLBTIの問題点を認識していたと認めることは
できない。
(7) Aが平成6年に発表した甲第74号証の論文には、LBTIがカリクレイ
ン産生反応を停止しないということは記載されていない。しかし、甲第74号証
は、概説書の一部分であり、カリクレインキニン系について一般的な事項が記載さ
れているにとどまるから、そこに、LBTIがカリクレイン産生反応を停止しない
ということが記載されていなかったとしても、直ちに、Aが、甲第74号証が発表
された平成6年の時点においてLBTIの問題点を認識していなかったと認めるこ
とはできない。
(8) 以上によれば、Aは、いずれの時期であるかは必ずしも定かではないが、
昭和55年より後、一変申請前に、カリクレイン様物質産生阻害活性を測定する実
験を行い、それにより、LBTIの添加によってカリクレイン産生反応が活性化す
るという実験結果を得ていたものと認められる。そして、LBTIがカリクレイン
産生反応を停止せず逆に促進する性質を有するということを認識していたものと推
認される。
5 争点(2)エ(製品標準書等の作成日及びイ-2方法の実施日)について
(1) 乙第32号証、第37ないし第42号証について検討する。
ア 薬事法の規定に基づく「医薬品の製造管理及び品質管理規則」(昭和5
5年8月16日厚生省令第31号)3条には、「医薬品の製造業者は、製造所にお
ける医薬品の製造管理及び品質管理を適切に行うため、医薬品の品目ごとに、製造
承認事項、製造手順その他必要な事項について記載した製品標準書を当該医薬品の
製造に係る製造所ごとに作成しなければならない。」と規定されており、その施行
通知である「医薬品の製造管理及び品質管理規則並びに薬局等構造設備規則の一部
を改正する省令等の施行について」(昭和55年10月9日薬発第1332厚生省
薬務局長通知)には、「「製造承認事項、製造手順その他必要な事項」とは、次の
事項をいうものであること。(ア)医薬品の一般的名称及び販売名(イ)製造承認年月
日及び製造許可年月日(ウ)成分及び分量(成分が不明なものにあってはその本質)
(エ)原料、中間製品及び製品の規格及び試験方法・・・」、「なお、規格及び試験
方法に関しては、次の事項も製品標準書に記載しておくこと。ⅰ)製造承認書又は
公定書で定められている規格及び試験方法よりもより厳格な規格及びより精度の高
い試験方法を用いる場合には、その規格及び試験方法並びにその根拠」と規定され
ていた(甲第39号証、第60号証、乙第68号証、弁論の全趣旨)。
イ 甲第77号証、乙第32号証、第37ないし第42号証によれば、製品
標準書には、総括表(被告フジモトDの作成した製品標準書では統括表)が設けら
れ、工場、一般的名称及び販売名、剤型、承認年月日、承認番号、許可年月日、制
定者氏名、改訂年月日、改訂箇所、改訂理由、改訂者氏名等が記載されることが認
められる
乙第32号証、第37ないし第42号証によれば、被告フジモトDは、
毎年度、製品標準書を作成し、過去の年度の訂正箇所については、毎年度、訂正者
の検印を得て製品標準書を作成していたものと認められる。そして、平成8年8月
1日の定期改訂者が乙第39号証の製品標準書ではGであったのに乙第40ないし
第42号証の製品標準書ではUとされていること、制定者名の欄に検印がある年度
とない年度があること、平成7年2月の「他の試験検査設備の利用」という改訂事
項の改訂年月日欄の日にちが、乙第38ないし第40号証では空欄となっているの
に乙第41、第42号証では「1日」と記載されていること、平成7年については
定期改訂日が記載されていないことなど、各年度によって記載に食い違いが生じて
おり、定期改訂日として日曜日である平成11年8月1日が記載されており、乙第
32号証及び第37号証では、被告製剤の製造承認番号が、本来は「04AM第0
269号」(甲第4号証、乙第38ないし第42号証)であるのに、「04AM第
02705」と誤って記載されていることなどの不備が認められる。このような不
備があることからすると、乙第32号証、第37ないし第42号証には、製品標準
書としては、不十分な点があることは否定し得ない。
しかし、乙第32号証、第37ないし第42号証は、甲第77号証
(「GMP解説-改訂版-」厚生省薬務局監視指導課監修、昭和53年7月15日
発行)に示された製品標準書の様式に照らしても、全体として製品標準書としての
体裁をほぼ備えており、医薬品の製造管理及び品質管理規則並びにその施行通知に
規定された事項も記載されている。訂正箇所、訂正理由の記載内容も、詳細とはい
えないが、内容を推知し得る程度には記載されている。製品標準書の記載の仕方に
ついて、甲第77号証には、「総括表を各製品の見出しとして使用することとした
のは、取り扱い上の誤りを防止するためであり、承認事項の変更および自社規格の
変更があった場合、すでに改廃された製造方法や試験方法等によって誤った製造管
理、品質管理が行なわれることがないよう改訂事項、改訂年月日および改訂理由を
記載することになっている。」(同27頁①)と記載され、総括表に承認事項の変
更を記載することとされているのに対し、乙第68号証(「GMP解説1984年
版」厚生省薬務局監視指導課監修、昭和59年3月20日発行)、甲第39号証
(同書1987年版、昭和62年11月20日発行)には、総括表に承認事項の変
更を記載すべき旨書かれていないことから、平成4年当時には、承認事項の変更
は、必ずしも総括表に記載することとされていなかったものと認められる。
乙第32号証付属書面は、「ローズモルゲン注の規格及び試験方法」と
題する書面であり、「確認試験(5)の試験方法について、下記のとおり変更する。変
更年月日は平成4年9月19日からとする。」と記載され、品質管理責任者として
「G」の署名押印があり、「Ⅰ.変更事項」として、LBTIを加えて第1次反応
を停止させる旨の変更前の記載が、LBTIを加えずに直ちに第2次反応に移行す
る旨の変更後の記載と対比して記載され、「Ⅱ.変更理由」として、LBTI(リ
ママメトリプシンンヒビター)の市販品はロットによって品質が安定しておらず、
カリクレイン様物質産生阻害活性の阻害剤として市販品の中で使用できるものと使
用できないものが存在すること、LBTIを入れて反応を進めた実験とLBTIを
入れないで第1次反応からすぐに第2次反応に反応を進めた実験とでデータがほぼ
同じであることが、実験の測定データとともに記載されている。そして、「Ⅱ.変
更理由」の結論として、LBTIの品質が一定でないこと及びLBTIを使用しな
くてもカリクレイン様物質産生阻害活性を測定できることから、試験方法をLBT
Iを使用しない方法に変更した旨記載されている。乙第32号証付属書面は、乙第
32号証中の統括表、最終製品試験記録〔1〕、最終製品試験記録〔2〕とともに
提出されており、その提出の態様、文書の体裁及び記載内容から、乙第32号証と
一体のものであると認められ、原承認に係るイ-3方法と異なるイ-2方法の内容
及びイ-2方法に変更した根拠が記載されているものと認められる。
そうすると、製品標準書の統括表に確認試験方法の変更が記載されてい
なくても、製品標準書全体としては、前記施行通知の定める「規格及び試験方法並
びにその根拠」が記載されているものと認められる。前記のような不備はあるもの
の、乙第32号証は、乙第32号証付属書面と一体をなし、真に存在した製品標準
書であると認められる。また、乙第37ないし第42号証も、真に存在した製品標
準書であると認められる。
乙第38ないし第42号証の平成6年7月21日の改訂箇所欄には「中
間製品試験規格」、改訂理由欄には「製造工程中にpHの上昇が認められるため規
格変更」と記載され、平成7年6月1日の改訂箇所欄には、「中間製品試験規
格」、改訂理由欄には「調合工程のpH規格を製品規格に合わせる」と記載されて
いるが、これらの記載及び弁論の全趣旨によれば、これらの改訂は、製造工程中の
pH値の規格を厳格にし、製品規格に合わせた趣旨であると認められるから、一変
承認を受けなければできない製品のpHの調整が記載されているという原告の主張
は、採用することができない。また、被告らは、被告フジモトDが別途変更履歴を
まとめたものを作成していると主張しつつ、それを提出していないが、乙第32号
証、第37ないし第42号証は、これまで述べたとおり、その記載態様や記載事項
により、真に存在した製品標準書であると認められ、被告らが、変更履歴をまとめ
たものを提出しないからといって、この認定が覆されるものではない。
(2) 前記(1)イのとおり、乙第32号証付属書面は、乙第32号証と一体であ
り、確認試験方法がイ-3方法からイ-2方法へ変更された事実及び根拠を明らか
にする趣旨で製品標準書の一部とされているものである。そうすると、確認試験方
法の変更の事実及び根拠を明らかにする実験結果が示されていれば、その趣旨を達
成することができ、必ずしも一変承認に必要な回数の実験を記載する必要はないも
のと解される。したがって、LBTIの品質にばらつきがあるということを裏付け
る実験と、カリクレイン様物質産生阻害活性の測定についてLBTIを用いなくて
も同等の結果が得られるということを裏付ける実験が各1回しか行われていないこ
とを不備とする原告の主張は、採用することができない。
また、カリジノゲナーゼ標準品の吸光度に実験系Ⅰと実験系Ⅱで0.14
の差が生じていることは、完璧な実験結果を求める観点からは好ましくないかもし
れないが、これによって確認試験の実施が不可能となるわけではないから、この点
をもって、乙第32号証付属書面記載の実験結果が信用できないとはいえない。
乙第32号証付属書面記載の変更理由は、LBTIのロットによって、カ
リクレイン活性が増加され、ブランク吸光度の値が0.04以下にならない場合が
あるという趣旨と解することができ、これは、前記4(5)のとおり、阻害剤としての
LBTIの役割という面からいえば、LBTIがロットによりカリクレイン活性を
停止しない場合があったと表現することもできると解されるから、乙第32号証付
属書面記載の変更理由と一変申請理由が異なるとしても、それによって乙第32号
証付属書面が真に存在したものではないとはいえない。
乙第32号証付属書面の実験においては、ブランク群(AB)の吸光度
は、ロット番号18F8080については0.0368、ロット番号129F82
35については0.1209であり、後者が前者の3倍以上であるのに対し、カオ
リン懸濁液を添加した群(A)の吸光度は、ロット番号18F8080については
0.4087、ロット番号129F8235については0.3885であり、ロッ
ト番号129F8235の吸光度の方が低いものの、その差はわずかにとどまる。
そして、カリクレインの生成に寄与する可能性のある物質としては、ブランク群で
はLBTIのみが考えられるのに対し、カオリン懸濁液を添加した群では、LBT
Iとともにカオリンが考えられ、ブランク群の方が、LBTIの働きを直接に反映
しているとみられる。そうすると、ブランク群の吸光度の著しい差から、LBTI
によりカリレインの生成が惹起されたという結論を導いても、不合理とはいえな
い。
したがって、乙第32号証付属書面が真に存在した書面であるとはいえな
いとする原告の主張は、採用することができない。
(3)ア 乙第33号証は、「プロトコール担当者承認指示書」と題する書面であ
り、「試験責任者氏名V H4年9月1日、信頼性保証ユニット氏名A H4年9
月1日」、「プロトコール№H-501 承認日 H4.9.1の担当者を上記の
通り指示する。」、「運営管理者氏名W H4年9月1日」と記載された表紙に、
平成4年9月2日、21日及び24日付けの、実験データを記載した実験報告書が
つづられたものである。
乙第33号証には、プロトコールNo.H501は添付されていない
が、乙第33号証に記載された実験結果によれば、同プロトコールによって指示さ
れた実験は、確認試験においてLBTIが活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性を阻害し
カリクレインの産生を停止する作用があるかどうかを確かめるものであったと認め
られ、プロトコールNo.H501が添付されていないことをもって、乙第33号
証が真に存在する書面でなかったとはいえない。
原告は、乙第33号証につき、プロトコール担当者承認指示書と実験報
告書の間に関連性や一体性がないことなどを主張するが、その趣旨は、乙第33号
証の1枚目の「プロトコール担当者承認指示書」とその余の実験報告書との間に契
印がないこと等を指摘する趣旨と解される。しかし、契印等がなくても、一つのま
とまった文書として保存されていれば、一体性が認められるものと解され、乙第3
3号証は、その体裁から、「プロトコール担当者承認指示書」とその余の実験報告
書が一つのまとまった文書として保存されていたものと認められるから、契印等が
ないことをもって、プロトコール担当者承認指示書と実験報告書の間に関連性や一
体性がないとはいえない。
乙第33号証の測定チャートは、実験日を記載した紙面に糊付けされて
実験者の契印が押されているから、測定チャートに実験日が記載されていなくて
も、不備があるとは認められない。
乙第33号証には、実験に用いたLBTIのロット番号が記載されてお
らず、その点では実験報告書として十分といえない余地もあるが、実験を行うに当
たり、わざわざ規格品以外のLBTIを用いたことをうかがわせる根拠はなく、規
格品のLBTIを用いたものと推認され、ロット番号が書かれていないことをもっ
て、乙第33号証が真に存在する書面でなかったとはいえない。
イ 乙第34号証は、「カリクレイン様物質産生阻害試験方法に関する資料
 LBTIのロット間による違い-一部変更の補足実験-」と題し、「会社名称:
株式会社フジモト・ダイアグノスティックス」、「試験責任者:A」、「試験担当
者:V」、「試験実施期間 自平成4年9月24日至平成4年9月24日」と記載
された表紙に、実験の経過、結果等を記載した書面がつづられたものである。
原承認及び一変承認においては、試料溶液の代わりに0.25M塩化ナ
トリウム溶液を用いてヒト正常血漿を試験方法と同様に操作した場合の吸光度を
0.4にすべき旨が定められているにもかかわらず、乙第34号証の実験②(乙第
34号証3頁1行ないし4行、表1)においては、ロット番号18F8080のL
BTIの吸光度が0.5369であり、その点では、実験が必ずしも正確に行われ
なかったといえる。しかし、この吸光度の数値は、実際に行った実験結果を記載し
たものと推認され、このような数値が記載されていることの故に、乙第34号証が
真に存在する書面でなかったとはいえない。
また、弁論の全趣旨によれば、LBTIの分析証明書で確認されている
トリプシン阻害活性は、活性型血液凝固第ⅩⅡ因子活性の特異的阻害性とは必ずし
も同視することができないことが認められる上、乙第34号証の実験において、甲
第214号証の実験と異なった結果が出たとしても、その故に乙第34号証が真に
存在する書面でなかったとはいえない。
ウ そうすると、乙第33、第34号証は、真に存在した書面であると認め
られる。そして、被告医薬品の確認試験の方法をイ-3方法からイ-2方法へ変更
することが必要とされた理由は、阻害剤であるLBTIがカリクレイン産生を阻害
しない場合があるという点にあったのであるから、LBTIがカリクレイン産生を
阻害しないかどうかという点を明らかにすることが重要であるといえる。乙第3
3、第34号証は、その点を確認しているから、イ-2方法への変更の必要性を裏
付けた文書であるということはできる。しかし、一変申請のためには、医薬品3ロ
ットにつき各3回の実験を行った結果を添付しなければならないところ、乙第3
3、第34号証には、そのような実験は記載されていないから、これらの書証のみ
に基づいて一変申請が行われたと認めることはできない。
(4) 甲第62号証(「英和和英GMP関連用語集」日本製薬工業協会GMP委
員会編、平成4年3月発行。甲第34、第35号証、第39号証、第61号証、乙
第3号証によれば、GMPとは、「医薬品の製造及び品質管理に関する基準」のこ
とであり、GoodManufacturingPracticeの略称である。)には、「Standar
d operating procedure(SOP) 標準操作手順書」とい
う記載があり、甲第63号証(「GMPセルフインスペクション-マニュアル-」
大阪医薬品協会GMP委員会編、平成4年10月発行)には、「SOP(Stan
dard Operating Procedure) 標準作業手順書」という
記載があり、甲第61号証(「医薬品の製造及び品質管理に関する基準(GMP)
について」、医薬品研究所収、昭和51年発行)には、「人為的なミスの発生を最
少限にとどめ、製品の汚染及び品質低下を防止して品質を確保するためには、最底
限次のような点が守られなければならない。すなわち①標準化した作業条件及び手
順を文書として作成し、そのとおりに全ての作業を行い、実施結果の記録を整備す
る。」(同97頁左欄下から2行ないし右欄上から4行)と記載されていることが
認められ、これらによれば、平成4年当時、規則によって作成を義務付けられてい
たものであるかどうかという点はともかく、標準作業手順書が、医薬品製造業者に
よって作成される場合があったものと認められる。
乙第310号証(標準作業手順書)には、(ア)「操作10」の液にクエン
酸溶液を添加するという操作が記載されていない点、及び(イ)「ATB」のところ
に吸光度「0.04以下」と記載されるべきところ、「ASB」のところに吸光度
「0.04以下」と記載されている点に不備がある。そして、Aは、その証言にお
いて、本件の確認試験を行うために標準作業手順書を使っていたと理解される旨供
述し、乙第316号証(Fの陳述書)には、被告フジモトD品質管理責任者・係長
Fが、上司から指導を受け、被告製剤のカリクレイン様物質産生阻害活性試験の標
準作業手順書を作成し、標準作業手順書に従って試験を行ってきたこと、部下にも
カリクレイン様物質産生阻害活性の試験方法を標準作業手順書に従って指導した旨
の記載がある。しかし、前記(ア)のクエン酸を添加する操作は、第2次反応を停止
するためのものであり、その操作が必要とされる理由は明確であること、乙第31
0号証には、「11) 9)の液を30°水浴中で正確に20分間静置した後、直
ちにクエン酸溶液(1→100)0.8mlを加えて反応を止める。」(この
「9)の液」とは、試料溶液にヒト正常血漿希釈液を加え(Test)更にカオリン懸
濁液を加えたもの、0.25M塩化ナトリウム溶液にヒト正常血漿希釈液を加
え(Control)更にカオリン懸濁液を加えたもの、0.25M塩化ナトリウム溶液に
ヒト正常血漿希釈液を加え(TestBlank)更に0.05Mトリス塩酸緩衝液を加えた
ものである。)と、クエン酸溶液を添加する操作が記載され、実際にそのような操
作が行われたはずであること、確認試験を行うのが専門技術者であることを考える
と、標準作業手順書に記載が欠落していても、実際に確認試験を実施する際には、
「操作10」の液にクエン酸溶液を添加する操作が行われたものと推認される。ま
た、最終的な判定は、(AT-ATB)と(AS-ASB)の比較によって行
われるので、吸光度について前記(イ)のような誤りが記載されていたとしても、直
ちに測定が不能となるわけではないから、このような記載の誤りがあっても、イ-
2方法が実施されていたと推認することの妨げとはならない。Aは、その証言にお
いて、本件の確認試験は、実験のやり方は難しくないが、複雑なので、実際に試験
を行う者は、それまで試験を行ってきた者に教わり、実際に試験を行って確認をす
る旨供述しており、標準作業手順書の細かな記載よりは、実際に確認試験を遂行す
ることができるかどうかという点が重視されていたものと解されるから、前記
(ア)、(イ)の記載不備の内容に照らすならば、これらの不備があったとしても、イ
-2方法が実施されたことを認めるにつき妨げはないと解される。乙第310号証
は、前記(ア)、(イ)以外の部分においては、イ-2方法による確認試験の方法が詳
細に記載されており、それらの記載に照らせば、前記(ア)、(イ)の記載不備は、比
較的軽微なものであるともいうことができ、これらの不備があることをもって、乙
第310号証が真に存在した標準作業手順書ではないとはいえず、むしろ、記載態
様や記載事項に照らして、乙第310号証が標準作業手順書として存在したことが
認められるといえる。
なお、乙第19号証及び弁論の全趣旨によれば、平成10年1月28日付
けで、標準作業手順書の改訂が行われ、乙第310号証の「10)の液」に該当す
る液にもクエン酸溶液を加え、ATBの吸光度について0.04とする旨の訂正を
加えた標準作業手順書が作成されたことが認められる。
(5) 被告らは、平成4年9月19日に行った被告製剤の確認試験に関する書類
の保存期間が4年であり、その確認試験を実施した被告フジモトDの羽曳野研究所
は、平成10年4月16日に医薬品製造業を廃止したため、その確認試験に関する
資料は、現在では残っていないと主張する。しかし、被告フジモトDは、平成4年
8月20日に前訴の提起を受け、前訴においては、イ-2方法を実施していたかど
うかが争点となっており、平成10年4月16日の段階では、未だ上告審が係属中
であったから、その時点で、イ-2方法により実施した確認試験の資料を廃棄する
ことは、通常考えられないところである。また、乙第30号証の2及び第155号
証によれば、平成4年12月10日にカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験
を行ったロット番号1211の被告製剤や、平成6年2月4日、同年3月9日、平
成7年9月26日にカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験を行った被告製剤
については、試験結果を示す書面が残されていることが認められ、平成10年4月
16日以前の資料がすべて廃棄されたわけではないことがうかがわれる。そうする
と、平成4年9月19日に行った被告製剤の確認試験に関する資料が存在しないと
いうことは、にわかに信用することができない(ただし、この点に関する被告らの
主張が信用することができなくても、直ちに、その他の被告らの主張がすべて信用
できないとされるわけではない。)。
(6) 以上によれば、乙第32号証、第37ないし第42号証は、製品標準書と
して作成されたものであり、乙第33、第34号証は、イ-2方法への変更を裏付
ける実験結果を記載した書面であり、乙第310号証は、若干の不備はあるもの
の、標準作業手順書として作成されたものであると認められる。前記4(8)のとお
り、Aが、LBTIについて問題があることを、一変申請前に認識していたと認め
られるから、平成4年7月に被告フジモトDがLBTIの問題点を見出したとすれ
ば、その後にAがイ-2方法を提案した可能性も、否定することはできないと解さ
れる。しかし、平成4年7月にLBTIの問題点を見出し、同年8月1日までにイ
-2方法による確認試験の有効性を確かめ、同日、乙第32号証及び乙第310号
証を作成したということについては、同年7月から8月1日までの1か月足らずの
短期間に、イ-2方法の有効性を確かめる実験等がなされたとは考えにくい上、そ
のような実験を行ったことの証拠が十分に提出されていないことから、にわかに信
用し難い(乙第32号証付属書面に記載された実験結果は、確認試験方法の変更の
内容及び根拠を示すには足りるものと解されるが、イ-2方法を実際に確認試験の
方法として実施することの可否を確かめる実験の記載としては不十分なものといわ
ざるを得ない。)。そうすると、乙第32号証、第37ないし第42号証には、制
定年月日、施行年月日として、乙第310号証には、発効年月日、作製年月日、承
認年月日として、いずれも平成4年8月1日の日付けが記載されているが、これら
の日付部分は信用することができず、同日の時点でこれらの書面が作成されていた
と認めることはできない。そして、乙第32号証付属書面には、確認試験の変更年
月日を平成4年9月19日とする旨記載されているが、この日付けのとおり同日か
ら確認試験の方法がイ-2方法に変更されたということも、にわかに信用し難い。
なお、被告らは、乙第33、第34号証の実験が、一変申請のためのもの
であると主張するが、一変申請のためには、被告製剤3ロットにつき各3回の実験
が必要であるから、これらの実験は、一変申請のためのものとしては不十分であ
り、イ-2方法を確認試験の方法として確立する過程での実験であったとも考えら
れる。
6 争点(2)オ(一変承認の合理性)について
(1) 前記3(3)のとおり、LBTIなどの阻害剤を用いなくても、確認試験に
必要なカリクレイン様物質産生阻害活性を測定することができ、乙第20号証によ
れば、阻害剤を用いないことは、操作段階を減らし、実施を容易にするという利点
もあるものと認められる。そして、このようなところからすると、阻害剤を用いな
いことは論理の飛躍であるとはいえない。また、弁論の全趣旨によれば、LBTI
はトリプシン阻害活性が品質保証されており、トリプシンも活性型血液凝固第ⅩⅡ
因子もセリン・プロテアーゼ(蛋白分解酵素)であることが認められるが、トリプ
シン阻害活性が品質保証されていることにより、直ちに活性型血液凝固第ⅩⅡ因子
の阻害活性も同程度に有していると認めるに足りる証拠はない。
(2) 一変承認は、専門機関である厚生大臣によって行われる処分であるから、
対審構造をとっていないとしても、一概に信用性に欠けるということはできない。
(3)ア 甲第80ないし第82号証、第85ないし第90号証、第91号証の1
ないし4、第92ないし第97号証、第98号証の1ないし4、乙第1、第2号
証、第8ないし第13号証、第43号証、第47ないし第50号証、第52号証、
第72、第73号証、第74号証の1ないし5、第75号証の1、2、第76ない
し第78号証、第79号証の1ないし5、第80号証の1、2、第81、第82号
証及び弁論の全趣旨によれば、一変承認の経過については、別紙経過表のとおりで
あることが認められる。
別紙経過表記載の認定事実によれば、被告フジモトDは、一変申請後、
一変承認が行われるまで、厚生省等の担当官から、返送や指示を受けたが、これら
の返送や指示は、主として、LBTIの問題点やイ-1方法とイ-2方法の同一性
を明確にするために、説明や資料の補充を求めたものであり、LBTIを使用しな
いイ-2方法自体について、その有効性を問題とするようなものではなかった。ま
た、これに対する被告フジモトDの回答は、必要な説明や資料を補足するものであ
り、LBTIがロットによりカリクレイン様物質産生阻害活性を有しない場合があ
るという趣旨は一貫していたといえる。
イ 乙第51号証及び弁論の全趣旨によれば、一変申請の内容について重大
な問題点がある場合は、返戻の措置が採られるものと認められ、返送の措置が採ら
れるのは、それ以外の検討又は訂正を要する場合であると認められる。そして、別
紙経過表記載のとおり、本件においては、一変申請に対して2回の返送が行われた
が、いずれに対しても被告フジモトDから回答が行われ、最終的に一変申請のとお
り一変承認が行われたものであって、別紙経過表記載の経緯に照らすと、一変申請
から一変承認まで時間がかかったことをもって、直ちにイ-2方法の同等性に問題
があったことの根拠とすることはできない。
ウ なお、本訴において、当裁判所は、原告の申立てに基づき、文書提出命
令により、被告フジモトDに対し、一変申請に関する他の文書とともに、「FN原
液『フジモト』」の一変申請に関する平成11年2月18日付け差換え理由書及び
差換え書類一式、「ローズモルゲン注」の一変申請に関する平成11年2月19日
付け差換え理由書及び差換え書類一式の提出を命じた。これに対し、被告フジモト
Dは、「FN原液『フジモト』」の一変申請に関する平成11年2月18日付け差
換え理由書(甲第91号証の1)と、差換え書類一式のうち「FN原液「フジモ
ト」の規格及び試験方法設定に関する資料〔確認試験(5)〕-各種濃度における同時
再現性及び5ロットでの変更前後の比較-」(甲第91号証の2)、「カリクレイ
ン様物質産生阻害能試験におけるLBTI添加の影響」(甲第91号証の3)、
「カリクレイン様物質産生阻害活性-第一反応液濃度の違いによる第二反応中のF
XⅡ活性化への影響-」(甲第91号証の4)の3点の資料を提出し、差換え書類
一式のうちその余の部分を提出しなかった。また、被告フジモトDは、「ローズモ
ルゲン注」の一変申請に関する平成11年2月19日付け差換え理由書(甲第98
号証の1)と、差換え書類一式のうち「ローズモルゲン注の規格及び試験方法設定
に関する資料〔確認試験(5)〕-各種濃度における同時再現性及び5ロットでの変更
前後の比較-」(甲第98号証の2)、「カリクレイン様物質産生阻害能試験にお
けるLBTI添加の影響」(甲第98号証の3)、「カリクレイン様物質産生阻害
活性-第一反応液濃度の違いによる第二反応中のFXⅡ活性化への影響-」(甲第
98号証の4)の3点の資料を提出し、差換え書類一式のうちその余の部分を提出
しなかった。
ところで、甲第91号証の1(差換え理由書)によれば、FN原液「フ
ジモト」の差換え書類一式のうち、本件で問題となっている確認試験(5)に関する資
料は、被告フジモトDが提出した3点の資料であると認められ(甲第91号証の1
に、資料名として「カリクレイン様物質産生阻害活性能試験におけるLBTI添加
の影響」と記載されているのは、「カリクレイン様物質産生阻害能試験におけるL
BTI添加の影響」(甲第91号証の3)の誤記であり、資料名として「カリクレ
イン様物質産生阻害活性試験-第一反応液濃度の違いによる第二反応中のFXⅡ活
性化への影響-」と記載されているのは、「カリクレイン様物質産生阻害活性-第
一反応液濃度の違いによる第二反応中のFXⅡ活性化への影響-」(甲第91号証
の4)の誤記であると認められる。)、差換え書類一式のうちその余の部分は、確
認試験(5)の資料ではないと推認される。そうすると、被告フジモトDが提出しなか
った差換え書類一式のその余の部分は、本件で問題となっている確認試験(5)の資料
ではないから、その不提出の故をもって民事訴訟法224条1項により当該文書の
記載に関する相手方の主張を真実と認めるのは、相当ではない。甲第98号証の1
(差換え理由書)によれば、同様に、「ローズモルゲン注」の差換え書類一式のう
ち、本件で問題となっている確認試験(5)に関する資料は、被告フジモトDが提出し
た3点の資料であると認められ(甲第98号証の1に、資料名として「カリクレイ
ン様物質産生阻害活性能試験におけるLBTI添加の影響」と記載されているの
は、「カリクレイン様物質産生阻害能試験におけるLBTI添加の影響」(甲第9
8号証の3)の誤記であり、資料名として「カリクレイン様物質産生阻害活性試験
-第一反応液濃度の違いによる第二反応中のFXⅡ活性化への影響-」と記載され
ているのは、「カリクレイン様物質産生阻害活性-第一反応液濃度の違いによる第
二反応中のFXⅡ活性化への影響-」(甲第98号証の4)の誤記であると認めら
れる。)、差換え書類一式のうちその余の部分は、確認試験(5)の資料ではないと推
認される。そうすると、被告フジモトDが提出しなかった差換え書類一式のその余
の部分は、本件で問題となっている確認試験(5)の資料ではないから、その不提出の
故をもって民事訴訟法224条1項により当該文書の記載に関する相手方の主張を
真実と認めるのは、相当ではない。
(4) 以上によれば、一変承認には合理性があるものと認められる。
7 争点(2)カ(イ-2方法の実施を裏付ける証拠の信用性)について
(1) 乙第125号証には、目的、試料、実験方法、試料の調整、測定方法、試
験結果、判定が書かれ、このうち試料の調整、測定方法としてイ-2方法が記載さ
れている。乙第125号証は、被告フジモトD職員の作成に係る書面であるが、試
料の調整、測定方法のみならず、試料のロット番号や使用機器、使用試薬も具体的
に記載されており、試験結果の測定値も、数字のばらつきの程度等に照らして、実
際に行われた試験結果の数値を記載したものと考えられることから、平成5年3月
当時、イ-2方法が実施されていたことを裏付ける証拠の一つとなり得ると解され
る。
(2) 乙第4ないし第6号証は、被告フジモトDにおいてイ-2方法が実施され
ていたとする報告書であるが、標準作業手順書が「分析手順書」と記載されており
その理由が明確にされていない点、標準作業手順書である乙第310号証に前記
5(4)のような不備があるにもかかわらず、乙第4号証には、その記載に従って測定
が行われた旨記載されている点で、信用性に全く問題がないわけではない。しか
し、乙第4ないし第6号証は、いずれも専門家の報告書であり、分析手順書の記載
が細かな点まで正しかったかどうかはともかく、少なくとも、実際の測定が乙第4
ないし第6号証に記載されたイ-2方法と同一の手順により行われたこと、及びL
BTIが測定の実施時に使用されなかったことを確認した上で署名押印がされたも
のと推認され、これらの報告書が記載された時点においてイ-2方法が実施されて
いたことの証拠の一つとはなり得るものと解される。
(3) 乙第7号証によれば、滋賀県薬事指導所長が、平成10年1月28日、イ
-2方法によりカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験を行い、その阻害活性
を認めたことが認められる。乙第7号証は、その体裁からして、検査結果のみが記
載されるべきものでり、測定データ等が記載されるべきものではないから、測定デ
ータ等が記載されていないからといって、直ちに信用できないとはいえないし、乙
第7号証は、一変申請に係る方法による確認試験の検査結果を通知したものにすぎ
ず、一変申請を承認するかどうかを記載したものではないから、一変承認の権限と
の抵触も、乙第7号証の信用性に関しては問題にならないと解される。
(4) 乙第36号証の1ないし3は、平成7年2月2日付けの被告フジモトD彦
根工場の医薬品製造業の許可の更新に関する書面であるが、これらの書面及び弁論
の全趣旨によれば、同許可(薬事法12条1項)は、製造設備や製造管理又は品質
管理等の点で基準に適合するかどうかという観点から許否が決せられ(同法13条
2項)、これらの基準を満たす限りにおいては、個々の確認試験の方法が製造承認
に係る方法と同じか又は同等若しくはそれ以上かという点は、許否の決定に当たっ
て重点が置かれないものと認められる。したがって、これらの書証により、確認試
験にイ-2方法が実施されたことが裏付けられるとはいえない。
(5) 乙第35号証には、被告フジモトD彦根工場の医薬品製造業の許可の更新
の際、イ-2方法での確認試験による製造が認められ、平成7年2月に医薬品製造
業の許可を受けた旨が記載されているが、前記(4)のとおり、医薬品製造業の許可に
当たっては、確認試験の方法が製造承認に係る方法と同じか又は同等若しくはそれ
以上かという点には重点が置かれていないから、この乙第35号証の記載をもっ
て、イ-2方法が実施されていたことを裏付けるものとすることはできない。
(6) 乙第8号証には、「ローズモルゲン注は現在も特許方法には抵触しない方
法を用いた確認試験を実施して製造を継続し」(乙第8号証理由書2枚目9行ない
し10行)と記載され、乙第10号証には、「高裁決定は、弊社が特許侵害にあた
る試験法を頭初から利用していない事実を、現場検証(証拠保全)を行えば、明確
になったところでしたが、防御方法上の弊社の錯誤により発生した誤認(冤罪)で
あり」(乙第10号証理由書1頁「Ⅰ.経過について」5行ないし7行)、「弊社
では、先発品の試験法特許の存在を知り得た後、直ちに一変申請を行うなど、認可
上の対応と共に、当該試験法はバリデーション範囲で変更可能であり、初めから特
許方法を使用せず今日に至っております」(同理由書2頁「Ⅱ.承認経過につい
て」11行ないし13行)と記載されている(なお、「バリデーション」につい
て、甲第26号証(X著「医薬品開発・製造におけるバリデーションの実際」薬業
時報社発行)には、「厚生省GMP(省令)の中では『バリデーション』は次のよ
うに定義されている。『製造所の構造設備並びに手順、工程その他の製造管理およ
び品質管理の方法・・・が期待される結果を与えることを検証し、これを文書とす
ることをいう。』」と記載されている。)。これらの書面は、厚生省健康政策局長
宛のものであり、健康政策局は医薬品の製造承認を所管する部署でないとはいえ、
厚生省の一部局であるから、これに対して提出する書面に、特許方法に抵触しない
方法を用いていると記載していることからすると、これらの書面は、その提出時期
である平成10年及び平成11年当時において、被告フジモトDがイ-2方法を実
施していたことを裏付ける一資料であるとはいえる。
 8 侵害論のまとめ
(1) 前記3のとおり、イ-2方法は、確認試験方法として原承認に係るイ-3
方法と少なくとも同等であり、一変承認前においても、イ-3方法に代えて使用す
ることができるものであった。前記4のとおり、Aは、時期がいずれかは定かでは
ないが、昭和55年より後、一変申請前、LBTIの問題点を認識していた。前記
5のとおり、被告フジモトDは、製品標準書として乙第32号証、第37ないし第
42号証を有しており、標準作業書として乙第310号証を有していたことは認め
られるが、これらの書面が平成4年8月1日に作成されたこと、同年9月19日か
らイ-2方法が実施されたということは、認めることができない。そして、前記第
2の2(10)の事実と、これまでに述べた認定事実によれば、被告フジモトDは、平
成4年8月20日ころ、前訴の訴状の送達を受け、原承認書に記載したイ-3方法
を使用すると本件特許権を侵害することになることを知ったこと、その後、イ-3
方法を用いずに確認試験を行う方法を真剣に検討したこと、同被告は、平成4年7
月ごろ、又は前訴の訴状の送達を受けた後、Aに相談し、Aが、以前に行った実験
でLBTIに問題点があった旨を述べ、LBTIを使用しない確認試験方法の検討
がされたこと、イ-2方法をもってイ-3方法に代えることができるかという点に
ついては、乙第32号証付属書面、乙第33、第34号証記載の実験を始め、何回
かの実験が行われたことが、推認される。実験を裏付ける資料は、乙第32号証付
属書面、乙第33、第34号証以外には提出されていないが、一変申請を行うため
には、医薬品3ロットにつき、各3回以上の実験が必要であるから、一変申請を行
った平成4年12月22日までには、これらの実験を終え、イ-2方法をもってイ
-3方法に代え得ることについて、実験データ等の相当程度の裏付けを得ていたも
のと推認される。そして、前訴の係属中であったから、イ-2方法をもってイ-3
方法に代え得ることについて相当程度の裏付けを得た後は、イ-2方法を実施して
いたものと推認される。
そうすると、イ-3方法による原承認を受けていたことにより、被告医薬
品の製造販売開始後は、原承認方法のとおりのイ-3方法による確認試験を実施し
ていたことが事実上推定され、イ-3方法(そして、これは実質的にはイ-1方法
と同じであり、本件発明の技術的範囲に属する。)の実施が認定されるが、前訴を
提起された後であり、かつイ-2方法の代替性について相当程度の裏付けを得たも
のと推認される一変申請後(平成4年12月22日の後)については、この事実上
の推定が覆され、原承認とは異なるイ-2方法を実施していたものと認められる。
なお、被告抽出液については、製品標準書、標準作業手順書などは提出されていな
いが、被告抽出液についても一変申請がされているから、被告製剤と同様に、製造
開始後はイ-3方法が実施されていたが、一変申請後は、原承認とは異なるイ-2
方法が実施されていたものと推認される。乙第310号証には不備な点があるが、
前記5(4)のとおり、その点を考慮しても、イ-2方法が実施されていたことは認め
ることができる。
したがって、被告フジモトDは、本件特許の出願公告後、一変申請の行わ
れた平成4年12月22日まで、イ-3方法を実施し、仮保護の権利を侵害してい
たものと認められる。
(2) 本件において、被告らが本件特許権又は仮保護の権利を侵害したことにつ
いての主張立証責任は、原告にあり、原告は、被告らが本件特許の出願公告から登
録までは仮保護の権利、登録から現在まで本件特許権を侵害しているとして主張立
証を行っている。これについて、当裁判所が、一変申請の行われた平成4年12月
22日まで仮保護の権利の侵害があったと認定することは、弁論主義に反するもの
ではない。また、被告らは、特許権(出願公告後登録までは仮保護の権利)の侵害
が当初からなかったとして主張立証を行い、当事者間において、前記第3の1ない
し7の原告の主張及び被告らの主張のとおり、イ-2方法のイ-1方法(イ-3方
法)に対する代替性の有無やイ-2方法を採用するに至った経緯等について主張立
証が行われている。したがって、それらの主張立証に基づいて、平成4年12月2
2日まで仮保護の権利の侵害があったと認定することは、当事者に何ら不意打ちを
与えるものではなく、実質的にみても弁論主義に反することはない。
9 争点(3)(損害額又は不当利得額)について
(1) 本件発明は、方法の発明であり、その侵害行為は、方法を使用することで
あって、その方法を用いて確認試験を実施した物を製造又は販売することは、本件
特許権の侵害行為とはならない。しかし、被告医薬品は、各ロットにつきカリクレ
イン様物質産生阻害活性確認試験を経た上で販売されることに鑑みると、本件発明
に係る方法を実施して本件特許権又は仮保護の権利を侵害した場合の実施料相当額
を算定するに当たって、確認試験を実施した被告製剤の販売額を参酌することは、
相当であると認められる。そして、甲第11、第12号証、第13号証の1、2の
各1ないし5、第14ないし第17号証、乙第29ないし第31号証の各1及び弁
論の全趣旨によれば、被告フジモトDは、被告製剤のみを製造販売しており、これ
をすべて被告藤本製薬に販売納入していること、被告らは藤本製薬グループを構成
し、役員人事や工場設備等において密接な関係を有していることが認められ、被告
製剤について、被告フジモトDが製造部門を担当し、被告藤本製薬が販売部門を担
当しているともいうことができる。このような事情に鑑みると、本件発明に係る方
法を実施して本件特許権又は仮保護の権利を侵害したのが被告フジモトDであると
しても、実施料相当額の算定に当たって、被告藤本製薬の1アンプル当たりの販売
額を参酌することは相当であると認められる。
(2) 乙第29、第30号証の各1及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の出願
公告(平成4年3月11日)後、平成4年12月22日までに被告フジモトDが本
件特許方法に該当するイ-3方法により確認試験を行った被告製剤は、ロット番号
1208のものとロット番号1211のものであったことが認められる。
弁論の全趣旨によれば、ロット番号1208及び1211の被告製剤につ
いての被告藤本製薬の販売額は、1アンプル当たり194円であったことが認めら
れる。
(3) 乙第29号証の1によれば、ロット番号1208の被告製剤の出荷日、出
荷数量は次のとおりであり、出荷数量は合計4090アンプルであったことが認め
られる。
 出荷日            出荷数量
 平成4年10月 8日 10アンプル入り包装単位×15個= 150アンプル
  50アンプル入り包装単位×16個= 800アンプル
 同年12月17日 10アンプル入り包装単位×40個= 400アンプル
  50アンプル入り包装単位×40個=2000アンプル
 同月25日 10アンプル入り包装単位× 4個=  40アンプル
  50アンプル入り包装単位×14個= 700アンプル
   合計4090アンプル
乙第30号証の1によれば、ロット番号1211の被告製剤の出荷日、出
荷数量は次のとおりであり、出荷数量は合計8830アンプルであったことが認め
られる。
 出荷日            出荷数量
 平成4年12月25日 10アンプル入り包装単位×100個=1000アンプル
  50アンプル入り包装単位×100個=5000アンプル
 平成5年 2月 3日 50アンプル入り包装単位× 40個=2000アンプル
  同月10日 50アンプル入り包装単位× 15個= 750アンプル
        10アンプル入り包装単位×  1個=  10アンプル
  50アンプル入り包装単位×  1個=  50アンプル
             10アンプル入り包装単位×  2個=  20アンプル
    合計8830アンプル
被告らは、ロット番号1211の被告製剤の出荷日平成5年2月10日付け
の50アンプル入り包装単位1個及び10アンプル入り包装単位2個の合計70ア
ンプルは、被告フジモトDから被告藤本製薬の研究所に研究用として譲渡されたも
のであり、販売されたものではないから、実施料相当額の算定に当たっては算入し
ないと主張する。しかし、これらについてもイ-1方法による確認試験が実施され
ており、どのような研究のために譲渡されたのか明らかでなく、特許法69条1項
により本件特許権の効力が及ばないともいえないから、実施料相当額算定のための
数量の計算に当たっては、これらも算入すべきである。
そうすると、イ-3方法を実施して確認試験を行った被告製剤の数量は、
合計1万2920アンプル(4090アンプル+8830アンプル=1万2920
アンプル)であると認められる。
(4) 乙第69号証によれば、医薬品その他の化学製品の分野の実施契約につい
ての昭和63年から平成3年までの年度別総件数累積の実施料率は、イニシャル・
ペイメント有りについての最頻値は5パーセント、平均値は5.93パーセントで
あり、イニシャル・ペイメント無しについての最頻値は5パーセント、平均値は
5.01パーセントであることが認められる。甲第4号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、被告製剤は、被告抽出液を成分とすることが認められ、被告製剤が最終製品と
して出荷されるまでに、被告抽出液及び被告製剤の双方の製造工程において、カリ
クレイン様物質産生阻害活性の確認試験が行われたものと認められる。乙第29号
証の2、3によれば、カリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験は、被告製剤の
最終製品について行われる規格及び試験方法17種のうちの1種であることが認め
られる。カリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験は、その内容及び効果に鑑み
ると、被告抽出液についても、複数種の規格及び試験方法のうちの1種であると推
認される。これらの事情を考慮すると、本件発明の実施についての実施料相当額
は、被告製剤についての実施と被告抽出液についての実施に対するものを
合わせ、被告藤本製薬による被告製剤の販売額の2パーセントとするのが相当であ
る。
(5) そうすると、ロット番号1208及び1211の被告製剤についての実施
料相当額は、5万0129円である(194円×1万2920アンプル×2/10
0=5万0129円)。
被告らは、被告フジモトDについて、人件費等の経費がかかっていること
から、利得はないと主張する。しかし、被告フジモトDは、仮保護の権利を侵害す
ることにより、本来支払うべき実施料を支払わないという利得を得たものであるか
ら、人件費等がかかったとしても、利得を否定することはできない。原告は、被告
フジモトDに対し、仮保護の権利の侵害を原因として、不当利得返還請求権に基づ
き、実施料相当額である5万0129円の返還を請求することができる。
 10 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告フジモトDに対して、不当利得とし
て、実施料相当額である5万0129円の返還を求め、それに対する請求の後であ
る平成11年10月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であ
る。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文(なお、本訴に
おいて被告らの訴訟活動が訴訟を遅滞させた面があることを考慮して、訴訟費用の
負担割合を定めた。)、仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して、主文の
とおり判決する。
   大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官  小  松  一  雄
裁判官  中  平     健
裁判官  田  中秀  幸
(別紙)
          物  件  目  録  1
 ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液
(別紙)
          物  件  目  録  2
 ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分とする製剤
(別紙)
被 告 方 法 目 録 1
 (イ-1方法)
 別紙物件目録1記載のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液又は別紙
被告物件目録2記載のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分
とする製剤を被検物質として、これに塩化ナトリウム等の電解質及びヒト血漿を加
え、次いでこれにカオリン懸濁液等の血液凝固第ⅩⅡ因子活性化剤を加えて反応さ
せた後、リマ豆トリプシンインヒビター(LBTI)等の活性型血液凝固第ⅩⅡ因
子に対する特異的阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関
係が成立する時間内に加えてカリクレインの生成を停止させ、生成したカリクレイ
ンを合成基質を用いて定量する前記被検物質のカリクレイン産生阻害能測定法。
(別紙)
被 告 方 法 目 録 2
 (イ-2方法)
A 本品を減圧乾固させてエタノールで抽出し、乾固させ、塩化ナトリウム溶液を
加えて溶かし試料溶液とする。
 この試料溶液に生理食塩液で希釈したヒト正常血漿溶液を加えた後、緩衝液で
調製したカオリン懸濁液を加えて混和し、氷水中に20分間静置する(以上、第1
次反応)。直ちに、この反応液を、水浴中で30℃に保温した緩衝液と合成基質溶
液との混液に加えて、20分間反応させた後、反応を停止させて遠心分離を行い、
その上澄液の吸光度を測定して試料吸光度(AT)を求める(以上、第2次反
応)。
B 一方、試料溶液の代わりに塩化ナトリウム溶液、カオリン懸濁液の代わりに緩
衝液を用いて、前記の場合と同様に操作して、吸光度を測定して試料ブランク吸光
度(ATB)を求める。
C 別に、カリジノゲナーゼ(別名、カリクレイン)標準品に緩衝液を加えて溶か
し標準溶液とする。この標準溶液を、水浴中で30℃に保温した緩衝液と合成基質
溶液との混液に加えて、以下前記の第2次反応と同様に操作して、吸光度を測定し
て標準吸光度(AS)を求める。
D 一方、標準溶液の代わりに緩衝液を用いて、標準溶液の場合と同様に操作し
て、吸光度を測定して標準ブランク吸光度(ASB)を求める。
E 前記各々の吸光度につき、試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB
)を引いた値と、標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた
値とを比較し、前者の値が後者の値より小さいときは、本品は規格に適合とする。
(別紙)
被 告 方 法 目 録 3
(イ-3方法)
 試料溶液0.2mlに生理食塩液で希釈したヒト正常血漿0.05mlを加え5
分間静置する。この液にカオリン懸濁液0.25mlを加えて混和し、氷水中に2
0分間静置する。この液0.2mlにLBTI溶液0.1mlを加え反応を停止さ
せ、これを第Ⅰ反応停止液とする。
 0.1Mトリス塩酸緩衝液0.2mlに合成基質溶液0.1mlを加えて混和し
た後、30°水浴中で保温する。この液に第Ⅰ反応停止液0.1mlを添加し、2
0分間反応させた後、クエン酸溶液(1→100)0.8mlを加えて第Ⅱ反応を
停止する。この液を遠心分離(2200×g,15分間)した後、その上澄を吸光
度測定法により波長405nmにおける吸光度(AT)を測定する。なお試料ブラ
ンク(ATB)として試料溶液のかわりに0.25M塩化ナトリウム溶液を、カオ
リン懸濁液のかわりに0.05Mトリス塩酸緩衝液を用いて同様に操作する。
 また標準溶液のカリジノゲナーゼ活性の測定は第Ⅱ反応において第Ⅰ反応停止液
のかわりに標準溶液を添加し同様に操作し吸光度(AS)を測定する。なお標準ブ
ランク(ASB)として標準溶液のかわりに0.05Mトリス塩酸緩衝液を用いて
同様に操作する。
 このとき(AT-ATB)は(AS-ASB)より小さい。

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