弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 債権者が債務者の従業員としての地位にあることを仮に定める。
2 債務者は債権者に対し、金九二万四、〇〇〇円及び昭和五二年一一月一日以降
本案訴訟の第一審判決言渡にいたるまで毎月末日限り金四万二、〇〇〇円を仮に支
払え。
3 債権者のその余の申請を却下する。
4 申請費用は債務者の負担とする。
       事   実
第一 当事者が求めた裁判
一 申請の趣旨
1 主文第一項同旨
2 債務者は債権者に対し、昭和五一年一月一日以降、毎月末日限り金四万七、五
〇〇円、毎年六月末日限り金四万五、〇〇〇円及び毎年一二月末日限り金六万七、
五〇〇円を仮に支払え。
3 申請費用は債務者の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
債権者の申請を却下する。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 債務者青森放送株式会社(以下、単に債務者会社という。)は肩書地に本社を
置く放送法上の一般放送事業者であり、債権者は、昭和五〇年五月六日以降同年一
一月二八日まで、債務者会社の素材部の部室においてテレビ用コマーシャルフイル
ムの編集業務に従事してきたものである。
2 債権者が債務者会社素材部において右労働に従事するに至つた経過は以下のと
おりである。
(一) 債務者会社は、ビルの清掃管理等の業務を営む申請外東洋建物管理株式会
社(以下、単に東洋建物という。)との間で、昭和五〇年五月、その素材部におけ
るフイルム編集作業につき、左記内容の請負契約(以下、本件請負契約という。)
を締結した。
(1) 東洋建物は、債務者会社素材部に労働者四名を派遣し、フイルム編集作業
に継続して従事させる。
(2) 債務者会社は東洋建物に対し、右四名の労務の対価(請負代金)として毎
月二八万一、〇〇〇円(その算出基準は、四名分の月額賃金一八万円、同通勤費計
一万円、同一時金月額相当分計三万七、五〇〇円及び管理費五万三、五〇〇円の合
計金額)を支払う。
(二) 東洋建物は本件請負契約上の作業を担当させるため労働者の募集広告を
し、債権者はこれに応募して、同年五月六日、債務者会社人事部部長らによる面接
を経て採用され、同日から債務者会社素材部においてフイルム編集業務に従事する
ようになつた。
3 債権者は、形式的には本件請負契約にもとづいて東洋建物から派遣されたもの
であるが、フイルム編集作業は債務者会社素材部の業務の一部としてこれに有機的
に組み込まれているばかりか、作業の指揮監督はすべて債務者会社によつてなさ
れ、勤務時間、休日等の労働条件は債務者会社がその就業規則にもとづいて定め、
出退勤の管理も債務者会社が行なつている。作業は素材部の部室内で正社員と何ら
の区別なくなされ、必要な機材備品はすべて債務者会社のものを使用しているほ
か、福利厚生施設の利用も正社員との間に区別はない。賃金は東洋建物から毎月末
日、月額四万二、〇〇〇円を支給されていたが、実態は東洋建物が、前述のとおり
債権者ら派遣労働者の賃金を基礎に定められた「請負代金」を債務者会社から受領
し、労働者供給手数料を差引いて債権者らに分配しているにすぎず、本来ならば債
務者会社から直接かつ、何らの差引なく全額を支給されるべきものである。
 右のとおり、実質的な使用従属関係は債務者会社との間に成立していたものであ
り、債務者会社と東洋建物との本件請負契約は労働者供給事業を禁止した職業安定
法四四条に違反し、債権者と東洋建物との労働契約は労働基準法六条の趣旨にてら
し公序良俗違反の契約であつて、いずれも無効であり、労働契約関係は、昭和五〇
年五月六日、債務者会社が債権者をフイルム編集作業に従事させ、かつ、債権者が
現に就労したことにより暗黙のうちに債権者と債務者会社との間において直接成立
したものである。
4 債務者会社は、昭和五〇年一一月二八日、東洋建物に対し本件請負契約を解除
する旨の意思表示をするとともに債権者に対し同日以降の就労を拒否した。
5 しかし、本件請負契約は前述のとおり無効であるから、その解除は意味がな
く、債権者と債務者会社との労働契約関係に何らの消長を及ぼすものではない。
 仮に右解除及び就労拒否が債権者に対する解雇の意思表示であるとしても、右解
雇には何ら正当な理由がなく解雇権の濫用であつて無効である。
6 以上により、債権者は債務者会社の従業員たる地位にあり、これに対し、前記
「請負代金」中の賃金、通勤費及び一時金相当分を賃金として、毎月末日限り四万
七、五〇〇円、一時金は債務者会社の支払方法に準じて夏期及び年末に按分し毎年
六月末日限り四万五、〇〇〇円、毎年一二月末限り六万七、五〇〇円の各金員の支
払請求権を有する。
7 債権者は、債務者会社によつて就労を拒否され、毎月支給されるべき賃金を受
取ることができず、毎日の生活に困窮している状態である。
よつて、本申請に及ぶ。
二 申請の理由に対する答弁及び債務者会社の主張
1 申請の理由第1項は認める。ただし、債務者会社は東洋建物に対し、作業場所
として素材部の部屋の一隅の使用を許し、債権者は東洋建物の従業員として同所に
おいて勤務したものである。
 同第2項のうち、債務者会社と東洋建物との間に、テレビ用コマーシヤルフイル
ムのつなぎ合わせ作業について請負契約が締結されていたことは認めるが、その内
容を含め、その余の事実は否認する。
 同第3項は否認する。
 同第4項のうち、請負契約の解除及び就労拒否の事実は認める。ただし、請負契
約は昭和五〇年一一月三〇日まで存続し、また、解除は東洋建物との合意によるも
のである。
 同第5、6項は争う。
 同第7項は否認する。
2(一) 債務者会社は、昭和四八年一月、東洋建物に対し、債務者会社で使用す
るテレビ用コマーシヤルフイルムを放送順につなぎ合わせる作業につき、月間九、
〇〇〇本のフイルムをつなぎ合わせ、一か月分の放送用フイルムを完成させること
に対して代金として月額三二万円を支払う旨の請負契約(本件請負契約)を締結し
た。東洋建物は本件請負契約にもとづいて、債務者会社が使用を許した素材部室内
の作業所にその従業員を派遣し、右請負業務を遂行した。
(二) 債権者は東洋建物に採用され、右請負業務担当を命じられて素材部室内の
作業所で東洋建物の現場責任者の指揮命令及び監督の下に作業に従事していたもの
である。
(三) 債務者会社は都合により本件請負契約を昭和五〇年一一月三〇日限りで東
洋建物との協議により解約し同時に素材部室内の作業所使用も終了したので、部外
者である債権者の入室を禁じた。東洋建物は債権者に対し本社勤務を命じたが、債
権者はこれを拒否し、よつて東洋建物は債権者を解雇した。
3 以上のとおり、本件請負契約はなんら違法無効なものではないし、債権者は東
洋建物の従業員であつて、債務者会社と労働契約関係に立つものではないから、債
権者の本件仮処分申請は被保全権利を欠き、また、債権者は使用者である東洋建物
に対する就労を自ら拒否し、よつて労働契約を破棄されたのであるから保全の必要
性もない。
       理   由
一 申請の理由第1項の事実、同第2項の事実のうち、債務者会社と東洋建物との
間にフイルム編集作業につき本件請負契約が締結されていたこと、並びに同第4項
の事実のうち、本件請負契約が解除されたこと及び債務者会社が債権者の就労を拒
否したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と、成立に争いのない疎甲第一号証の二、同第一一号証の
一、二、同第一三、一四号証、同第二七号証、疎乙第二ないし第四号証、同第八号
証、同第一三号証の七、同第二一号証、同第二五号証、証人aの証言により真正に
成立したと認められる疎甲第一七号証、証人b、同c、同d、同e、同f及び同a
の各証言並びに債権者本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められ、この認
定に反する右各証人及び本人の供述部分は措信せず、他にこれを左右するに足りる
証拠はない。
1 債務者会社は肩書地に本社を置く放送法上の一般放送事業者であり、テレビ、
ラジオの広告放送による広告料を主要な収入源としている企業であるが、昭和四八
年一月、会社内部の機構整理改編にともない、従来その雇用する社員(以下、正社
員という。)に担当させていたテレビ放送用コマーシヤルフイルムを放送順につな
ぎ合わせる作業(以下、本件フイルム編集作業という。)を外部の請負業者から派
遣される作業員に行なわせることとし、当時債務者会社の本社社屋の清掃、警備、
電話交換等の作業を請負わせていた東洋建物にこれを依頼した。
 東洋建物は青森市内に本店を置き、「建物及びその付属品の総合管理委託業務、
建物の衛生清掃用機械器具用品全般の販売、荷扱作業の委託業務及び以上に附帯す
る一切の事業」を営業目的とする資本金一、〇〇〇万円(昭和四八年当時は三五〇
万円)の株式会社であつて、当時、債務者会社を含む諸企業、官公署等の清掃、警
備、電話交換、受付等の仕事を請負つていたが、本件のごときフイルム編集ないし
これに類する作業は定款の目的に含まれておらず、また現実にも従来取扱つたこと
がなく、したがつて右作業に必要な施設、設備等はもちろん、右作業に適する従業
員をも擁していなかつた。
 そこで東洋建物は、債務者会社と協議の結果、新たに中学卒業程度の女子作業員
三名を募集して債務者会社に派遣し、債務者会社の施設、器具備品等を無償で使用
して作業にあたらせ、月間九、〇〇〇本のフイルム接続を標準作業量とし、実績と
してこれを下回りあるいは上回つたかどうかにかかわりなく毎月一定額の対価の支
払を受けることなどを約した。これが本件請負契約であるが、これについて契約書
等の書類は作成されず、口頭による契約であつた。そして右約定において債務者会
社が東洋建物に支払うべき対価は、作業員一名あたりの賃金等相当分に作業員数を
乗じた額に「管理費」として東洋建物取得分を加算した額という内訳により算出さ
れ、昭和五〇年一一月当時においては、一名あたりの賃金を四万五、〇〇〇円、通
勤費を二、五〇〇円、年額一時金(賞与)を賃金月額の二・五か月分としこれを月
割にした額として三万七、五〇〇円などと定め、これらの四人分の合計額の二〇パ
ーセント程度の金額を東洋建物の取得すべき「管理費」として加算し、月額約三二
万二、〇〇〇円と決められ、これが債務者会社から東洋建物に支払われていた。
 右契約にもとづき、東洋建物はその名において、同年二月、日刊新聞紙上に「青
森放送TV・編集要員(女子、中卒程度)若干名」なる募集広告を出し、これに応
募した女子三名を採用して、債務者会社に派遣しフイルム編集等の作業にあたらせ
たが、一〇日間位後に、三名では要求作業量を十分に消化できないので、急遽もう
一名を採用派遣し、これにともなつて債務者会社から支払われる前記対価は作業員
一名分の賃金等に相当する額が増額された。
2 昭和五〇年五月退職による欠員一名を補充するため、債務者会社の要請を受け
て、東洋建物はその名において先と同趣旨の新聞広告により本件フイルム編集用の
作業員を募集し、債権者がこれに応募した。
 債権者は、同月四日、東洋建物社屋において東洋建物業務課長cと面接し、労働
内容、条件等についての説明を受け、同月六日午前九時ころ、東洋建物から呼出し
を受けて再度これを訪れ、直ちに右cに連れられて債務者会社へ行き、同社ロビー
において債務者会社庶務部長d及び同素材部長eに紹介され、そのさいcは債権者
が提出してあつた履歴書をdらに見せた。
 右面談が一五分ほど続いたのち、債権者はe素材部長によつて債務者会社内の素
材部の部室に案内され、勤務場所として同部室を指定され、即時勤務を開始した。
3 債権者は、本件フイルム編集作業についての経験知識がなかつたため、当初の
一週間位にわたつて素材部長や他の正社員、派遣作業員らから作業の手順等につい
ての指導を受けた。
 作業の概略は、債務者会社編成部が作成配布する運行表にもとづき、これに記載
されたフイルム、音声用カートリツジテープ、テロツプカード等の素材を収納棚か
ら取出してその指示する順序にしたがつて接続あるいは整理し、放映の済んだ分は
解体分離して収納棚に戻すというものであり、運行表の読解、フイルム接続技術等
を習得するほかは特に専門的知識や技量は要しないが、その作業の性質上債務者会
社の放送業務の工程に直結し、そして作業の遅延や過誤は正常なテレビ放送及び広
告依頼主との契約の履行上重大な支障を及ぼすものであり、そのため遅れた場合に
は同部室の正社員も作業を応援することがあり、また、完成したフイルムが運行表
どおりかどうかの点検は素材部長が自らあるいは正社員に命じてこれを行なつてい
た。
 また、債権者ら派遣作業員は右のように素材部室において、債務者会社所有の器
具用品を用い、同部所属の正社員と混つて作業にあたつていたものであり、派遣作
業員中には東洋建物から命じられて他の作業員を指揮監督すべき地位にあつた者は
なく、派遣作業員を含め、同部室に配置されている全員が素材部を統括する素材部
長による指揮監督の下にあつた。
 東洋建物からはその従業員fが債務者会社に派遣された東洋建物の従業員を監督
し、東洋建物本社との連絡にあたる職責を有する現場主任として派遣されていた
が、同人の指揮監督はもつぱら清掃、警備等他の請負作業に従事している作業員に
対するものであつて素材部に配置された債権者らに関しては毎月の賃金を東洋建物
から運んで来て支給する程度の関与しかしていなかつた。
 債権者らの始業、終業時間、休憩時間等は、東洋建物の就業規則によらず、債務
者会社の職場規律に従つており、休日も同様であり東洋建物では採用していない週
休二日制によつていた。出退勤時間は債務者会社のタイムレコーダーにより正社員
と同様に記録され、休暇の届出も素材部長に対してなされていた。
 債権者の賃金は採用当初は月額四万円であり、その後四万二、〇〇〇円に増額さ
れ、東洋建物が社会保険料、税金等を控除したうえでこれを支給していた。
4 昭和五〇年一一月、青森公共職業安定所は債権者ら素材部作業員の派遣につき
職業安定法四四条違反の疑いで債務者会社及び東洋建物の各担当者から事情を聞く
などして調査し、是正を勧告した。そこで債務者会社は東洋建物と協議のうえ、同
月二八日、第1項記載の契約(本件請負契約)を同月末日限り解除し、債権者の素
材部における就労を拒否した。
 東洋建物は、同年一二月一三日ころ、債権者ら派遣作業員に対し清掃要員として
他の企業等の建物において就労するよう配転命令を出したが、いずれも拒否され、
翌昭和五一年一月八日付で債権者らを解雇する旨通知した。
三 前認定の事実によれば、債権者が労働契約の一方の当事者であることは明らか
である。
 そこで次に、本件における主要な争点である右労働契約における他方当事者すな
わち使用者が債務者会社であるかどうかにつき、当裁判所は、前認定の事実に基づ
き次のとおり判断する。
1 債務者会社と債権者との間に明示の労働契約が締結されたと認めることはでき
ない。
 しかし債権者の提供する労務は、その内容において機械的で単純な作業ではある
が、債務者会社にとつてはその営む放送事業の遂行上必要不可欠なものとして恒常
的に確保する必要があり、また右労務の性質上、放送に向けられた一連の作業の一
環としてそれに直結しているため、その企業組織に有機的に組み入れられて運用す
る必要があるものである。そして現に債権者は、債務者会社の構内施設においてそ
の所有の設備資材等の一切を使用し、かつ出退勤、休憩時間、休暇等は債務者会社
の職場規律に従い、債務者会社職制の指揮監督の下に拘束を受けて、直接債務者会
社に対し労務を提供し、債務者会社がこれを受領していて、両者間には使用従属関
係を本体とする事実上の労働関係が成立していること、そして債権者は右のように
して債務者会社に向けられた労務の堤供に対し賃金を支払われていたことが認めら
れる。
 以上のような事実関係の下においては、なお社会通念上債権者と債務者会社との
間に労働契約が成立することを妨げると認められる特段の事情がない限り、両者間
には少くとも暗黙のうちに意思の合致による労働契約が成立しているものといちお
う認むべきである。
2 ところで右の事情の有無に関し、債務者会社と東洋建物との間に、新たに東洋
建物がその名で募集採用する労働者を債務者会社に派遣させて本件フイルム編集作
業に従事させ、これについて債務者会社は東洋建物に対し対価を支払う旨の合意が
成立し、そして債権者は東洋建物の募集に応募し、東洋建物の従業員たる身分を有
するものとして、賃金も東洋建物から支給されていたことが認められる。したがつ
てこれによれば、債務者会社と東洋建物との間の右合意は、いちおう、本件フイル
ム編集を契約目的とする民法上の請負契約の形式をそなえ、これに伴い債権者との
雇傭契約は東洋建物との間に成立した形式をとつていることが認められるからし
て、右事実は債権者と債務者会社との間の前記労働契約の成立を否定する事情にあ
たるといえなくもない。
 しかしながら東洋建物は、成程、独立の企業体として活動しているが、その営業
目的はもつぱら建物及びその付属品の総合委託管理業務、建物の衛生、清掃用機械
器具用品等の販売であつて、右業務に適した人的物的施設をそなえていたに過ぎな
かつたものであり、本件のごときフイルム編集業務が右営業目的に含まれていない
のはもちろん、従来これを扱つた経験もなく、また現在に至るまで本件を除いて取
扱つていないのであるからして、東洋建物は本件フイルム編集の業務に関しては、
もともと、自主性を発揮し、自ら右成果に必要な人的物的施設を支配して、右業務
を遂行し得る能力を全くそなえていなかつたといえるし、他方本件フイルム編集作
業はその性質上債務者会社の企業組織に組み入れられて遂行される必要があつたの
である。
 したがつて、いかなる質の労働者を何人募集採用するかの点に関しても、本件フ
イルム編集作業内容が機械的単純であつたことから、債務者会社としては採用すべ
き労働者の質に細かく配慮をつくし、厳重な選考手続を経る必要がなく、この点に
ついては相当程度東洋建物に委ねたところがあつたとはいえ、東洋建物が全く独自
に決定し得る立場にあつたとは認め難く、採用人員を含めて、採用すべき労働者の
年齢、学歴、性別等前記募集広告に記載された基本的事項については債務者会社の
意向を受けていたものと推認されるし、債権者が採用の際債務者会社庶務部長らか
ら一五分間位面接されたことは、単なる儀礼的な紹介の域を越え、採否についての
実質上の権能を債務者会社が保有していたことを窺わせるものである。
 そして債権者は形式上東洋建物の従業員とされていたが、勤務の実態は前記のと
おりであつて、債権者が東洋建物の指揮監督の下に拘束を受けて就労する状態は全
くなかつたものであり、東洋建物は債権者に対し賃金を支給していたのみである。
そして賃金の直接の支給者が誰れであつたかというようなことは、その事柄の性質
上いかようにも操作し偽装し得ることであるから、労働契約における使用者が誰で
あるかを考慮するについて、債権者に対する賃金の直接の支給者が東洋建物であつ
たとの事実をさまで重要視することはできない。
 また東洋建物が債務者会社から本件フイルムの編集業務について支払われた毎月
の報酬額の算定の基礎は前認定のとおりであつて、その額は完成した仕事の多少に
かかわりなく毎月定額であり、その内訳は東洋建物が債権者ら派遣従業員に支給す
ベき賃金等を基礎とし、これに一定率を乗じて得た金額を管理費という名目で東洋
建物の利得分として加算するというものであつて、この点からしても東洋建物がそ
の計算によつて業務活動をしたことに対する報酬としての実質は希薄であつたとい
える。
 加えて債権者は本件フイルム編集という職種で応募しその合意の下で労働契約の
締結に応じたものである。そして派遣元である東洋建物には同種の職場はないか
ら、債権者が派遣元に戻つた場合に受け入れられる余地のある職場はせいぜい労働
契約の内容となつていない建物清掃作業の類いのものであり、したがつて債務者会
社から右就労を拒否されれば、結局解雇同然の結果を余儀なくされるに至るもので
ある。
3 以上の事情を考慮すると、債務者会社と東洋建物との間の本件請負契約やこれ
に基づき債権者が東洋建物の従業員として派遣されるという形式は名目に過ぎず、
かかる形式が存するからといつて、債務者会社と債権者との間の労働契約の成立を
くつがえすことはできず、他に右契約の成立を妨げるべき事実を肯認することがで
きない。
 かえつて以上の事実関係に即してみると、債権者を含む本件フイルム編集作業員
の派遣における東洋建物の地位ないし役割の実情は専ら債務者会社のために、か
つ、これに代つて、債務者会社の労務に服する労働者を募集し、これに対し賃金を
支払うというところにあつたに過ぎず、実質的には東洋建物は債務者会社の労働者
募集及び賃金支払の代行機関と同視し得るような立場にあつたというべきであり、
したがつて、前記の名目的な請負契約等の外形があるにもかかわらず、当初から、
債務者会社としては東洋建物をして派遣させた労働者を自ら直接支配し使用してそ
の労務の提供を受ける意思を有し、かつ、これに対し東洋建物を介して賃金を支払
う意思であり、また、債権者としても、債務者会社の指揮監督の下に拘束を受けて
労務を提供し、右労務の対価として賃金を受取る意思であつたと認めるべきであ
り、右のような両当事者の意思の合致がある以上労働契約の成立を肯定すべきであ
る。すなわち、債権者が東洋建物の募集広告に応募し、債務者会社においてその指
揮監督の下に前認定の状況下における労務の提供を開始したことは債務者会社に対
する黙示の労働契約の申込の意思表示であり、これに対して債務者会社が右労務を
受領したことは黙示的な承諾の意思表示と認めるのが相当である。よつて、昭和五
〇年五月六日、債権者と債務者会社との間に直接の労働契約が成立したものと認め
られる。
四 債務者会社が、同年一一月二八日、東洋建物との間の前記請負契約を合意解除
し、債権者に対して以後の就労を拒否したことは前認定のとおりであり、前掲証人
a及び同dの各証言によれば、右措置は違法の疑いのある東洋建物との請負契約名
下の作業員派遣に関する契約を合意のうえ解除して法律関係の是正を図つたものと
認められる。しかし右請負契約の解除は債権者と債務者会社との間に成立した労働
契約関係とは別個無関係であるからこれに何ら消長を及ぼすものでない。また、事
実上の就労拒否が債権者との労働契約の解除すなわち解雇の意思表示と認められな
いではないにしても、債権者との労働契約自体は何ら職業安定法、労働基準法の諸
規定に違反するものではなく、また職安法違反の状態を是正するのにかえつて労働
者に不利益にその地位の喪失を認めるのは同法の趣旨にもとることであるから、違
法状態の是正ということは解雇の正当な理由となるものではなく、結局解雇権を濫
用したものとして無効である。
 したがつて、債権者は債務者会社に対し、なお労働契約上の被用者たる地位及び
これにもとづく権利を有しているものである。
五 前認定事実及び債権者本人尋問の結果によれば、債権者は昭和五〇年一一月当
時毎月末日限り四万二、〇〇〇円の賃金を支払われており、右賃金収入を唯一の生
活の資としていた労働者であつて、債務者会社の従業員としての取扱いを受けず、
右賃金の支払を受けることができないとすれば、生活の困窮等回復し難い損害を受
けるおそれがあると認められ、右認定に反する証拠はない。
 よつて、仮処分の必要性は債務者会社の従業員たる地位を定め、前同額の金員の
支払を受ける限度においてこれを認めることができるが、その終期は本案の第一審
判決言渡までとすれば必要かつ十分であると認める。
六 以上により、本件仮処分申請は、債権者が債務者会社の従業員たる仮の地位を
定め、かつ、債務者会社に対し、昭和五一年一月から本件口頭弁論終結の前月であ
る昭和五二年一〇月まで毎月四万二、〇〇〇円の割合による金員の合計額九二万
四、〇〇〇円及び同年一一月一日以後本案の第一審判決言渡まで毎月末日限り四万
二、〇〇〇円の仮支払を求める限度において理由があるから保証を立てさせないで
これを認容し、その余は却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を
適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田辺康次 吉武克洋 池谷泉)

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