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平成13年(ネ)第602号 書籍発行差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成11年(ワ)第26366号)
平成14年6月20日口頭弁論終結
          判      決
    控訴人(原告)     A
    訴訟代理人弁護士    山 下 幸 夫
    被控訴人(被告)    B
    被控訴人(被告)    株式会社講談社
    両名訴訟代理人弁護士  美 勢 克 彦
    同復代理人弁護士    秋 山 佳 胤
          主      文
   本件控訴を棄却する。
   控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  原判決を取り消す。
  被控訴人らは,原判決別紙目録記載の書籍のうち,同別紙一覧表A欄記載部分
をすべて削除しない限り,同書籍を発行し,販売し又は頒布してはならない。
  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,金231万4431円及びこれに対
する平成10年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
  仮執行宣言
 2 被控訴人ら
  主文同旨
第2 事案の概要
 本件は,被控訴人B(以下「被控訴人B」という。)が執筆し,被控訴人株式会
社講談社が出版している原判決別紙目録記載の「ソニーの「出井」革命-リ・ジェ
ネレーションへの挑戦」と題する書籍(平成10年7月14日初版第1刷発行。以
下「被控訴人書籍」という。なお,同目録に発行者「山越通子」との記載がある
が,「野間佐和子」の誤記と認める(甲3)。)の一部分(本文230頁中の226
頁以下の「井深の死を悼む人々」と題するエピローグの一節)が,平成10年1月
28日発行(同月29日付け)の「夕刊フジ」における控訴人の執筆に係る連載記
事である「デジタル・ドリーム・キッズ ソニー燃ゆ」中の第65回「天才を送っ
た日」と題する記事(以下「控訴人著作物」という。)について控訴人が有する著
作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)を侵害したとし
て,控訴人が被控訴人らに対し,被控訴人書籍の出版の差止め及び損害賠償を求め
た事案であり,原判決は,これらの請求をいずれも棄却したものである。これに対
し,控訴人から本件控訴が提起された。なお,控訴人は,当審において,上記著作
権侵害の点に関し,複製権の侵害をいう主張に加え,予備的に翻案権の侵害をいう
主張を追加した。
 本件における「事案の概要」は,次のとおり当事者の主張の要点を付加するほ
か,原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のとおりであるから,こ
れを引用する。
 1 控訴人の主張の要点
 (1) 複製権侵害
ア 依拠性
(ア) 原判決には,法令の解釈適用の誤り,審理不尽の違法がある。
 原判決は,依拠の有無と著作物としての同一性の存否とを混同するという法令の
解釈適用を誤った違法があり,依拠について控訴人が立証する機会を奪い,その結
果,審理不尽となっている。
 (イ) 被控訴人書籍(226頁ないし230頁)には,控訴人著作物を利用せず
に作成したとは考えられないほど共通の内容,表現がある。原判決別紙一覧表に基
づいて具体的に指摘すると次のとおりである。
 原判決別紙一覧表2
 ・ 宮沢喜一氏が葬儀に出席していたという事実に反する記述
 ・ 「カラープロジェクション」「カラーモニター」という同一の表現
 ・ 葬儀出席者についてのほとんど同一の記述
 ・ 「隣室で・・葬儀に参加」という同一の表現
 原判決別紙一覧表3
 ・ 「敬虔なクリスチャンだった」という同一の表現
 ・ 「宗教色の・・強くない」という同一の表現
 ・ 「映像と音楽」という同一の表現
 原判決別紙一覧表4
 ・ 「午前十一時五十五分の献灯で式が開始された」とほぼ同一の表現
 ・ 「祭壇の左隅に置かれたグランドピアノ」とほぼ同一の表現
 ・ 「ショパンの『葬送行進曲』」という同一の表現
 原判決別紙一覧表5
 ・ 「葬送行進曲とともに」という同一の表現
 ・ 「制服姿のボーイスカウト」という同一の表現
 ・ 「亮の胸に抱かれた」という同一の表現
 ・ 「祭壇一番上に安置された」とほぼ同一の表現
 ・ 「黒い布で覆われ,十字架をかけた遺骨を納めた箱」とほぼ同一の表現
 ・ 「それを見下ろすように飾られた大きな遺影・・」「飾られた井深の遺影
は,首を少し左側にかしげ,頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んでいる」
とほぼ同一の表現
 原判決別紙一覧表6
 ・ 「会葬者・・による黙祷が一分間」とほぼ同一の表現
 ・ 「ハワイで病気療養中」とほぼ同一の表現
 ・ 「夫人の良子が盛田のメッセージを代読することになった」とほぼ同一の表

 ・ 「今日,ここにいなくてはならない人,一番初めに葬儀委員長として弔辞を
読まなければならない人,それは私の夫である盛田昭夫でございます」という同一
の表現
 (ウ) 以上のほか,被控訴人Bは,前著である「井深大とソニースピリッツ」に
おいては,石川六郎氏と平岩外四氏の記述順序を控訴人著作物と同じ順序で記述し
ていたが,被控訴人書籍ではこれを逆に記述している。また,上記前著では,「正
午と同時に」「『葬送行進曲』が流された」と記述されていたが,被控訴人書籍で
は,この点が「つづいて」「『葬送行進曲』が流された」と変更されている。この
ような不自然な変更は,依拠したことを裏付ける間接事実である。
 また,控訴人は,平成9年10月13日から「夕刊フジ」誌上において,「デジ
タル・ドリーム・キッズ ソニー燃ゆ」の連載を開始したが,同年12月19日に
死亡した井深氏に対する追悼の意を込めて,同誌上に,同月23日付けから27日
付けまでの4回にわたって,上記連載の番外編として,「井深大追悼緊急特別編」
を執筆して掲載し,さらに,平成10年1月29日付けの同誌に掲載した控訴人著
作物の後にも,故井深大氏のソニーグループ葬(以下,「本件葬儀」という。)に
関する記事として同年1月30日付けから2月18日付けまでの合計13回に及ぶ
執筆をしている。このように控訴人は,本件葬儀に関して詳細な文章を明らかにし
ていた。当時,本件葬儀についてこのように詳細に記述した記事は,株式会社ソニ
ー(以下「ソニー」という。)の広報部門が作成した資料以外には皆無であった。
ソニー元従業員である控訴人による上記記事は,ソニー内部で大きな話題となって
おり,ソニー関係者の間では控訴人の連載記事のことは周知の事実であり,被控訴
人Bが,本件葬儀のことを執筆しようとする者であれば,控訴人著作物を参照する
のはむしろ通常である。「ソニーウオッチャー」を自称する被控訴人Bが,当時ソ
ニー関係者にとって周知であった「夕刊フジ」連載中の控訴人の記事を入手して閲
覧したであろうことは間違いない。
 (エ) 被控訴人Bは,ソニーの全面的協力を得て取材し,ビデオを入手したが,
本件葬儀自体には自らは参列できなかったことを認めている。しかしながら,被控
訴人Bが見たというソニー広報室作成のビデオ(乙5)は,本件葬儀場面の3分の
1程度の長さに大幅にカット,編集されたものであり,時間的推移を認識すること
は不可能である上,ソニー広報室からは詳細なタイムテーブルも公表されていな
い。ジャーナリストとしての執筆姿勢からすれば,自らが葬儀に出席しなかった以
上は,実際の葬儀の雰囲気等を知るためには,葬儀に関する記事はすべて収集した
上で執筆に臨むのが当然の姿勢であると考えられるのであり,独力で被控訴人書籍
の該当部分を記述することは困難であったと認められるのである。
 (オ) 以上のことから,被控訴人書籍が控訴人著作物に依拠して執筆されたこと
を優に認定することができる。
 イ 創作性,同一性
 (ア) 複製権侵害の検討においては,著作権侵害訴訟の原告の著作物における表
現形式と被告の作品における表現形式とを対比して,共通する表現形式と,異なる
表現形式とを把握した上で,この両者のそれぞれにおける創作的な表現形式として
の価値(創作性)の存否及び程度をそれぞれ検討し,両者の創作的価値の相関関係
を考慮(比較衡量)して,既存の著作物としての創作的な表現形式(全体)の同一
性を判断することになる。そして,言語の著作物については,個々の用語や一文ご
とに,原告の著作物における表現形式を微視的に分析して検討すると,個性を表出
することができる表現形式の選択の幅(多様性)が極めて狭い場合であっても,あ
る程度の「まとまり」として総合評価すると,その表現形式の選択の幅は格段に拡
がっていき,著作者の個性が何らかの形で表れているとみられる場合が多くなるの
であるから,その創作性の認められるまとまりとして把握することのできる部分を
複製して利用する行為は著作権侵害を構成すると解すべきである。さらに,控訴人
著作物及び被控訴人書籍は,本件葬儀の模様を素材とするという意味において,歴
史的又は時事的な事実を素材とする作品である。このような著作物につき,個々の
文章に分離するなど微視的に評価すると,それぞれは,単なる事実について,あり
ふれた表現による文章であって,創作的な表現形式ではないとみられるおそれがあ
る。事実を素材とする著作物の表現形式の創作性の程度を評価するためには,素材
としての事実の中から選択した事項の内容,量,配列,組み合わせ,構成等を総合
して創作性の存否及び程度が評価され,創作的な表現形式やその特徴の同一性が判
断されるべきである。特に,著作者の当該事実に関する印象,評価,感想,憧憬,
見識等が込められた表現がされる場合には,これらも重要な創作性の評価の要素と
なり,独創性を具備する場合もあるというべきである。
 (イ) そこで,「まとまり」として把握すべき控訴人著作物(甲1)と被控訴人
書籍(乙1)の文章を比較したのが,【別表】(本判決末尾添付)である。なお,
別表中の下線部分は,両者を比較して,要旨,言い回し,用語が同一又は類似する
部分であり,太字(ゴシック体)部分は,用語が同一又は酷似する部分である。
 これにより,控訴人著作物の構成をみると,①本件葬儀の日時・場所等(別表
の(2),(3)),②会葬者の数(同(4)),③本件葬儀への主要な参加者名と所属
(同(5)),④隣室の状況(同(6)),⑤葬儀の形式(同(7)),⑥故井深氏の遺影の情景
(同(8)),⑦故井深氏の遺影の下の状況(同(9)),⑧故井深氏が文化勲章を授与さ
れていること(同(10),(11)),⑨本件葬儀の進行役(同(12)),⑩献灯で式が開始
されたこと(同(13)),⑪葬儀の冒頭の状況(同(14)),⑫「葬送行進曲」が流れ,
それを大賀会長の夫人が演奏したこと(同(15)~(17)),⑬故井深氏の遺骨の入場
の状況(同(18)),⑭遺骨を収めた箱の状況(同(19)),⑮黙祷の状況
(同(20),(21)),⑯盛田名誉会長のメッセージを良子夫人が代読したこと
(同(22),(23)),⑰メッセージの前置き部分の紹介(同(24)前半),⑱良子夫人の
メッセージの内容が会場の参列者と著者の涙を誘ったこと(同(24)後
半,(25),(26))というようになっている。本件葬儀の模様については,控訴人著
作物ほど詳細に記述した文章は,被控訴人書籍を除いては,後にも先にも発表され
ておらず,このような構成で記述した文章も被控訴人書籍を除いては存在していな
い。本件葬儀という事実の中から,①から⑱までの事項を選択したこと,特に,遺
影に関する⑥,⑦や遺骨に関する⑭を選択したことには,控訴人の独創性がある。
③の参加者として,誰をどういう配列で記述するかということも,他の選択と相ま
って控訴人の独創性の一部をなすものである。
原判決は,控訴人著作物につき「社葬の模様を記載した部分の表現は,葬儀とい
う歴史的事実をテーマとしてこれを客観的に表現するというその性質上,さほど執
筆者の個性を強く打ち出すことなく,事実をありのままに記載した叙述が多い」と
し,控訴人著作物と被控訴人書籍につき「いずれも井深大の葬儀という同一の歴史
的事実を対象として,これを客観的に記述するという内容・表現態様の論稿であ
る」としているが,事実誤認である。
 控訴人著作物は,必ずしも「執筆者の個性を強く打ち出すことなく,事実をあり
のままに記載」したものではないし,「客観的に記述」したものではない。控訴人
は,ソニーの元従業員であったもので,井深大氏に対してとりわけ深い思い入れが
あった。この思い入れや尊敬の念は,控訴人著作物にも色濃く反映しており,とり
わけ遺影や遺骨の描写に強く反映している。そのため,前記⑥,⑦,⑬,⑭(別
表(8),(9),(18),(19))などの記述は極めて独創性が強い。また,控訴人は,デ
ィテールを描写して映像的・主観的な表現を多用している。
 控訴人著作物には,別表(6)の「カラープロジェクションとカラーモニターを通し
て葬儀に参加した」,同(7)の「宗教色のさほど強くない「映像と音楽による葬儀」
だった」,同(8)の「遺影は,首を少し左側にかしげ,頬づえをつくように左手を頬
に添えて微笑んでいる」,同(13)の「献灯で式は開始された」,同(18)の「制服姿
のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守られて,子息の亮の胸に抱かれた井深の
遺骨が入場」,同(19)の「それを見下ろすように飾られた大きな遺影」という表現
は,控訴人の本件葬儀に関する印象,評価,感想等が込められた表現であり,独創
性がある。
 以上から,控訴人著作物は,1つの「まとまり」として総合的に考察すれば,そ
の全体につき創作性がある著作物と認められるべきである(ただし,別表(24)中の
盛田良子夫人のメッセージ部分を除く。)。
 (ウ) 控訴人著作物と被控訴人書籍とを比較すると,次のとおりである。
 被控訴人書籍のうち別表(カ)から(フ)までについてみると,控訴人著作物とその構
成は,控訴人著作物の別表(8)の遺影の描写が,被控訴人書籍の(ナ),(ニ)に移動され
ている点が異なるだけで,それ以外は,ほとんど同一である。
 被控訴人書籍のうち別表(カ)から(フ)までの部分で控訴人著作物と異なる部分もあ
るが,それはいずれも控訴人著作物にある事項について説明を付加しただけで,新
たな創作性は認められない。
 したがって,被控訴人書籍のうち別表(カ)から(フ)までについては,その構成だけ
でなく,その表現形式についても同一又は類似である。
 ところで,被控訴人書籍のうち,(イ)から(オ)までについては,一部を除き,控訴
人著作物にはない記述があるが,(イ),(オ)は客観的事実を記載したもの,(ウ)は病歴
と生活状況のほか,「大往生」という平凡な評価にすぎないもの,(エ)は公知の事実
であって,いずれも何ら創作性は認められない。また,(ヘ)から(ヨ)までは,盛田夫
人のメッセージをそのまま引用するものであり,被控訴人Bの著作物としての創作
性は認められない。
 以上のように,被控訴人書籍の別表(カ)から(フ)までの部分について,控訴人著作
物から多少の修正,増減,変更があるものの,控訴人著作物の創作的な表現形式全
体の同一性は損なわれずにこれが維持されているものである。
 (2) 翻案権侵害(予備的主張)
 被控訴人書籍中の控訴人著作物と異なる部分,すなわち,別表(イ)ないし(オ)並び
に(キ),(サ),(ソ),(チ),(ツ)及び(ノ)の記述には,前記のとおり創作性がないが,こ
の点につき,新たな創作性があると判断され,複製権侵害が認められない場合に
は,以下のとおり,従前の主張に加えて,予備的に翻案権侵害を主張する。
 翻案権侵害の検討においても,著作権侵害訴訟の原告の著作物における表現形式
と被告の作品における表現形式とを対比して,共通する表現形式と異なる表現形式
とを把握した上で,両者の創作的な表現形式としての価値(創作性)の存否及び程
度を検討し,両者の創作的価値の相関関係を考慮して,既存の著作物としての創作
的な表現形式の特徴の同一性の有無を判断するべきである。
 前記のとおり,控訴人著作物の創作的な表現形式は,被控訴人書籍の別表(カ),
(ク),(ケ),(コ),(シ),(ス),(セ),(タ),(テ),(ト),(ナ),(ニ),(ネ),(ハ),(ヒ)及び(フ)
(ただし,盛田夫人のメッセージの引用部分は除く。)においてみられ,既存の著
作物としての創作的な表現形式の特徴は控訴人著作物と被控訴人書籍とでは同一性
があると認められ,被控訴人書籍から控訴人著作物の表現上の本質的な特徴を直接
感得することができるから,翻案権侵害となる。
 2 被控訴人らの主張の要点
 (1) 控訴人が別表のようにひとまとまりとして範囲を示し対比することによって
する複製権侵害,翻案権侵害の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であって,却下
すべきものである。
 (2) 控訴人は,原判決に法令の解釈適用の誤り,審理不尽の違法があるなどと主
張するが,複製権侵害の依拠の要件について認定した上でなければ,同一性の要件
を判断し得ないものではなく,同一性がなく,著作権侵害とならないときに,さら
に依拠の有無について独立して論じる必要性は皆無である。原審は,同一性がない
以上,依拠についてさらに主張,立証の機会を与える必要性がないとの判断の下で
訴訟指揮をしたものであり,控訴人の非難は当を得ない。
 被控訴人Bは,控訴人著作物に依拠してはおらず,控訴人の主張,立証は,いず
れも依拠を立証するものではない。
 (3) 控訴人著作物と被控訴人書籍についての別表(対比表)の記述は,葬儀とい
う事実を伝えるに当たって一般的に記述する事項について,いかなる者が記述して
も同様にならざるを得ないような慣用的表現やありふれた表現にほかならない。そ
もそも控訴人著作物中の創作性が認められるような特徴的表現部分は,たとえ存在
するとしてもごくごくわずかである上,被控訴人書籍中には,控訴人著作物の特徴
的表現部分など全く存在しない。すなわち,控訴人著作物と被控訴人書籍とで共通
するのは,本件葬儀を記述する以上共通せざるを得ない,共通しなければおかしい
葬儀の日時,場所,参列者の数,参列者の氏名,葬儀の模様等の何ら創作的表現に
関係しない記述や,その他は時系列に沿って葬儀の模様を記述する際の創作性のな
いありきたりの言い回しにすぎず,著作権法上の保護対象ではない語や句にすぎな
い。したがって,そもそも両者には,創作性のある表現の共通性などは存在しな
い。
 控訴人の主張は,著作権法上の保護対象でない上記記述をかき集めて主張してい
るにすぎず,選択,配列についてはもとより,内容についても,共通する部分には
何らの創作性など認められない。しかも,選択,配列についても同一でないし,共
通するのは井深大の葬儀という共通の対象を客観的に記述する以上避け得ない著作
権法の対象として控訴人に独占させることなどできない部分にすぎない。すなわ
ち,別表の具体的表現において,両者が共通する部分は,表現上の創作性ないし個
性が認められない部分のみであり,著作権性すら認められない。控訴人の主張する
ひとまとまり論についてみても,別表を全体としてみれば,著作物性を肯定し得る
が,表現上の創作性ないし個性は,本件葬儀という時事的,歴史的事実を正確に記
載している事実に関する著作物としての制約上,もともと高いものではない上に,
両者の間には相違部分もあることによって,両者の間で具体的表現における実質的
同一性が認められないのはもちろん,表現上の特徴を感得することもできない。
 よって,被控訴人書籍は,対比された個々の部分においてはもとより,別表を全
体としてみても,控訴人著作物を複製ないし翻案したものではあり得ない。
第3 当裁判所の判断
 1 複製権侵害について
 (1) 控訴人は,原審以来,原判決別紙一覧表に基づき,被控訴人書籍のうち,同
一覧表A欄の各記述部分は,控訴人著作物の同B欄の各記述部分と完全に同一であ
るか,ほとんど同一である旨を主張する。
 この点については,当裁判所も被控訴人書籍における原判決別紙一覧表A欄の各
記述部分は,控訴人著作物における同B欄の各記述部分を複製したものとは認めら
れないものと判断する。その理由は,原判決33頁5行目から37頁10行目ま
で,同38頁8行目から40頁8行目まで,及び同41頁8行目から42頁11行
目まで(ただし,同41頁8行目の「被告書籍中には,」から42頁1行目の「右
の点を含めて,」までの部分を除く。)の判示のとおりであるから,これを引用す
る。
 (2) 控訴人は,当審において,言語の著作物については,ある程度の「まとま
り」として総合評価すべきであるとした上,「まとまり」として把握すべき控訴人
著作物(甲1)と被控訴人書籍(乙1)の文章を比較した本判決末尾添付の別表に
基づいて主張をする。
 被控訴人らは,この主張を時機に後れた攻撃防御方法として,却下すべきものと
主張するが,本件記録及び訴訟の経緯等に照らすと,時機に後れた主張として却下
すべきものとはいえず,上記被控訴人らの主張は採用しない。そこで,以下,控訴
人の上記主張の内容に沿って判断する。
 
 ア 控訴人は,控訴人著作物の構成が,①本件葬儀の日時・場所等(別表
の(2),(3)),②会葬者の数(同(4)),③本件葬儀への主要な参加者名と所属
(同(5)),④隣室の状況(同(6)),⑤葬儀の形式(同(7)),⑥故井深氏の遺影の情景
(同(8)),⑦故井深氏の遺影の下の状況(同(9)),⑧故井深氏が文化勲章を授与さ
れていること(同(10),(11)),⑨本件葬儀の進行役(同(12)),⑩献灯で式が開始
されたこと(同(13)),⑪葬儀の冒頭の状況(同(14)),⑫「葬送行進曲」が流れ,
それを大賀会長の夫人が演奏したこと(同(15)~(17)),⑬故井深氏の遺骨の入場
の状況(同(18)),⑭遺骨を収めた箱の状況(同(19)),⑮黙祷の状況
(同(20),(21)),⑯盛田名誉会長のメッセージを良子夫人が代読したこと
(同(22),(23)),⑰メッセージの前置き部分の紹介(同(24)前半),⑱良子夫人の
メッセージの内容が会場の参列者と著者の涙を誘ったこと(同(24)後
半,(25),(26))というようになっていること,本件葬儀という事実の中から,上
記①から⑱の事項を選択したこと,特に,遺影に関する⑥(同(8)),⑦(同(9))
や遺骨に関する⑭(同19))を選択したことには,控訴人の独創性があること,③
(同(5))の参加者として,誰
をどういう配列で記述するかということも,他の選択と相まって控訴人の独創性の
一部をなすものであること,他方,被控訴人書籍の構成(別表(カ)ないし(フ))は,
一部を除き,控訴人著作物の構成と同一又は類似である旨主張する(前記第2,
1(1)イ(イ)(ウ))。
 証拠(甲1,乙1)によれば,控訴人著作物及び被控訴人書籍の記述が別表の各
欄に記載されたとおりであることが認められ(もっとも,(1),(ア)などの分類番号
ないし記号,下線,ゴシック体の表示は,控訴人によるものである。),また,控
訴人著作物は,上記主張どおりの構成,流れで記述されており,被控訴人書籍も,
一部を除き,概ね同様の事項が取り上げられて構成されていることが認められる。
 しかしながら,控訴人著作物の上記構成をみても,表現上の創作性を認めるには
足りない。すなわち,その構成は,本件葬儀の日時・場所,会葬者数,参加者名な
どという葬儀の概況や式次第に沿った葬儀の状況などを記述したものであり,控訴
人著作物及び被控訴人書籍は,本件葬儀の模様を素材とするという意味で,歴史的
又は時事的な事実を素材とするノンフィクションの作品である(この点は,控訴人
も自認するところである。)ことからすれば,上記のような構成自体は,通常想定
し得るものの域を出ず,独創的なものとはいい難い。
 さらに,記述対象事項の選択という観点からみると,控訴人著作物と被控訴人書
籍で共通する部分はあるが,本件葬儀の模様を素材としたノンフィクションの作品
として,記述されることが通常想定されるものと認められる事項であるといわざる
を得ない。例えば,遺影,遺骨に関する記述がある点についても,掲載字数が極め
て限定されている新聞の報道記事では,遺影,遺骨にまで記述が及ばないことがあ
るとしても,葬儀を素材としたノンフィクションの作品としてある程度の字数が予
定される場合には,遺影,遺骨にまで記述が及ぶことは十分に想定されるところで
ある上,本件証拠(甲6~9,16,29,30,乙3の1~4,乙5,6)によ
って認められる本件葬儀における遺影,遺骨の状況,取り扱われ方,葬儀の演出な
どの事情に照らせば,遺影,遺骨について記述することはむしろ自然であるものと
認められ,記述対象事項の選択が独創的であるとはいえない。他方,控訴人著作物
に記述されながら,被控訴人書籍に記述がないものや(例えば,別表
の(9),(14),(21),(23),(24)後半部分,(26)),逆に,被控訴人書籍に記述されなが
ら,控訴人著作物に記述がないもの(例えば,別表の(ウ)の死因を除く部分,(エ),
(サ),(ソ),(チ),(ツ),(ヌ),(ノ),(ヘ)ないし(ヨ))も多い。したがって,記述対象事
項の選択においては,むしろ,両者は,相当の部分において相違するものと認めら
れるのであり,記述対象事項選択の独創性ということから同一性があるとは認める
に足りない。
 
イ 控訴人は,控訴人著作物は客観的に記述したものではなく,ソニーの元従業
員としての井深大氏に対する深い思い入れや尊敬の念があって,これが控訴人著作
物にも色濃く反映し,とりわけ遺影や遺骨の描写である前記⑥,⑦,⑬,⑭(別
表(8),(9),(18),(19))などの記述は極めて独創性が強いこと,また,控訴人は
ディテールを描写して映像的・主観的な表現を多用していること,控訴人著作物の
別表(6)の「カラープロジェクションとカラーモニターを通して葬儀に参加した」,
同(7)の「宗教色のさほど強くない「映像と音楽による葬儀」だった」,同(8)の
「遺影は,首を少し左側にかしげ,頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んで
いる」,同(13)の「献灯で式は開始された」,同(18)の「制服姿のボーイスカウト
日本連盟の隊員たちに守られて,子息の亮の胸に抱かれた井深の遺骨が入場」,
同(19)の「それを見下ろすように飾られた大きな遺影」という表現は,控訴人の本
件葬儀に関する印象,評価,感想等が込められた表現であり,独創性があること,
他方,被控訴人書籍の構成(別表(カ)ないし(フ))は,控訴人著作物から多少の修
正,増減,変更があるものの,控訴人著作物の創作的な表現形式全体の同一性は損
なわれずに維持されていることを主張する(前記第2,1(1)イ(イ)(ウ))。そこ
で,以下に検討する。
 (ア) まず,遺影や遺骨に関する控訴人著作物の前記⑥,⑦,⑬,⑭(別
表(8),(9),(18),(19))の表現と,これに対応する被控訴人書籍の表現についてみ
る。
 同一又は類似する表現としては,次のものが認められる。
・ 控訴人著作物で「首を少し左側にかしげ」(別表(8))とされているのに対
し,被控訴人書籍で「首を少し左に傾げ」(別表(ニ))とされている点,
 以下同様に,
 ・ 「左手を頬に添えて(微笑んで)」(同(8))に対し,「左手を頬に添えて」
(同(ニ))という点,
 ・ 「葬送行進曲とともに,制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守ら
れて,子息の亮の胸に抱かれた井深の遺骨が入場」(同(18))に対し,「葬送行進
曲とともに,制服姿のボーイスカウトの少年隊員に先導された格好で,長男・亮の
胸に抱かれた井深の遺骨が入場」(同(タ))という点,
 ・ 「祭壇一番上に安置された」(同(18))に対し,「祭壇のいちばん上に安置
された」(同(テ))という点,
 ・ 「黒い布で覆われ,十字架をかけた遺骨を収めた箱」(同(19))に対し,
「骨箱は黒い布で覆われ,十字架がかけられていた」(同(ト))という点,
 ・ 「それを見下ろすように飾られた大きな遺影」(同(19))に対し,「それを
見下ろすかのように(微笑む)井深の大きな遺影」(同(ナ))という点,
である。
 そして,控訴人は,ソニーの元従業員として,井深氏に対するとりわけ深い思い
入れがあり,この思い入れや尊敬の念が,控訴人著作物,とりわけ遺影や遺骨の描
写に強く反映しており,控訴人著作物中の上記の表現は,極めて独創性が強いなど
と主張する。
 しかしながら,著作権法上保護されるのは,思い入れや尊敬の念などではなく,
これらの表現における創作性であることは,いうまでもないところ,控訴人著作物
と被控訴人書籍は,いずれも本件葬儀という歴史的又は時事的な事実を対象とする
ノンフィクションの作品であることからすれば,上記の同一又は類似する表現は,
遺影,遺骨の状況等に関して一般的に用いられる語句や文章による客観的記述ない
しありふれた表現にとどまっており,著作権法上保護されるべき表現上の創作性を
認めるには足りない。
 むしろ,原判決(39頁4行,5行)が適切に指摘するとおり,控訴人著作物中
でも「(遺骨を収めた箱は)遺影のなかの井深自身の手のひらにすっぽり入る大き
さであった。」(別表(19))という表現は,創作性を認め得るものではあるが,被
控訴人書籍には,この表現に対応する表現は存在しないのである。
 
 (イ) 控訴人は,上記のほか,控訴人著作物中の「カラープロジェクションとカ
ラーモニターを通して葬儀に参加した」(別表(6)),「宗教色のさほど強くない
「映像と音楽による葬儀」だった」(同(7)),「献灯で式が開始された」
(同(13))という表現にも本件葬儀に関する印象,評価,感想等が込められた表現
であり,独創性があり,被控訴人書籍中に同一又は類似の表現があると主張する。
 証拠(甲1,乙1)によれば,控訴人著作物中に上記の記述があること,被控訴
人書籍中には,「カラープロジェクションやカラーモニターを通して葬儀に参加
し」(別表(ク)),「宗教色があまり強くなく,・・・「映像と音楽」で彩られた」
(同(ケ)),「献灯で式は始まった」(同(シ))との記述があること,そして,両者
の記述の間には,共通の用語や類似する部分などがあることが認められる。しかし
ながら,上記表現は,証拠(甲6~9,29,30,乙5,6,17~21等)に
照らしても,本件葬儀の状況や,本件葬儀から受ける印象ないし認識を記述したも
のと受けとめられるところ,その表現において格別の創作性を認めることはできな
い。
 (3) 以上によれば,控訴人著作物と被控訴人書籍について,各記述部分の対比に
おいても,別表のまとまりとしての対比においても,表現上の創作性のある部分に
おいて同一性があるものとは認めることはできず,表現上の創作性の認められない
部分において同一性を有するにすぎないのであって,被控訴人書籍の表現から控訴
人著作物の内容及び形式を覚知することはできない。そして,控訴人の種々主張す
るところを考慮しても,この認定を覆すに足りない。
 よって,依拠性の点について判断するまでもなく,また,被控訴人書籍の表現の
うち,控訴人著作物にない記述について,創作性がないか否かについて判断するま
でもなく,複製権侵害をいう控訴人の主張は,採用することができない。
 2 翻案権侵害について
控訴人は,被控訴人書籍中の控訴人著作物と異なる表現部分について,仮に,新
たな創作性があって複製権侵害が認められない場合には,予備的に翻案権侵害を主
張するとし,依拠性のほか,控訴人著作物と被控訴人書籍との表現の対比などにつ
き,複製権侵害の主張をほぼ援用している。
被控訴人らによる時機に後れた攻撃防御方法の主張が採用の限りでないことは,
複製権侵害についての項(前記1(2))で判示したとおりである。
そこで,控訴人の翻案権侵害の主張について検討するに,控訴人著作物と被控訴
人書籍について,各記述部分の対比においても,別表のまとまりとしての対比にお
いても,表現上の創作性のある部分において同一性があるものとは認めることはで
きず,表現上の創作性の認められない部分において同一性を有するにすぎないこと
は,前記1に判示したとおりである。そうすると,被控訴人書籍の表現から控訴人
著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないものと認められる。
 よって,依拠性の点について判断するまでもなく,また,被控訴人書籍の表現の
うち,控訴人著作物にない記述について,創作性があるか否かについて判断するま
でもなく,翻案権侵害をいう控訴人の主張も採用することができない。
 3 著作者人格権侵害について
 控訴人は,著作者人格権侵害の点も主張しているが,以上の判示に照らせば,そ
の主張は前提を欠き,理由がないことは明らかである。
 
 4 結論
 以上によれば,控訴人の被控訴人らに対する請求は理由がなく,これを棄却すべ
きものとした原判決の認定判断は相当である。よって,本件控訴は理由がないの
で,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第18民事部
      裁判長裁判官 永 井 紀 昭
        裁判官  塩 月 秀 平
        裁判官  田 中 昌 利
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