弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中遺言無効確認の請求に関する部分を破棄する。
     第一審判決中右請求に関する部分を取消し、被上告人の該請求につき訴
を却下する。
     抹消登記手続の請求につき本件上告を棄却する。
     訴訟の総費用は一〇分し、その一を被上告人の負担としその九を上告人
の負担とする。
         理    由
 職権をもつて按ずるに、確認の訴は原則として法律関係の存否を目的とするもの
に限り許されるのであつて、事実関係については訴訟法上特に認められた「法律関
係ヲ証スル書面ノ真否ヲ確定スル為ニ」する場合(民訴二二五条)の外はこれを提
起することはできない。それは法令を適用することによつて解決し得べき法律上の
争訟について裁判をなし以て法の権威を維持しようとする司法の本質に由来する。
すなわち法律関係の存否は法令を適用することによつて判断し得るところであるに
反し、事実関係の存否は経験則の適用によつて確定されるのであり、経験則の確認、
これが正当な適用というようなことは司法本来の使命とは直接的関係はなく法令適
用の前提問題たるに過ぎないからである。そしてまたその法律関係についてもただ
現在時における存否のみがこの訴の対象として許されるのであつて、ある過去の時
点におけるその存否、若くは将来時におけるその成否というようなことは確認の対
象とすることは許されない。民事訴訟法は現在の法律関係の確認を許すだけでこの
種の訴を認めた立法目的を達成するに必要にして十分であるとしたものと解せられ
る。けだし、過去の法律関係の存否は、たとえそれが現在の法律関係の存否に影響
を来たすべき場合においても、それは単に前提問題としての意義を有するに止まり、
当該現在の法律関係の存否につき確認の訴を認める外、かかる過去の法律関係の存
否についてまでこの種の訴を認める必要はないのであり、また将来の法律関係なる
ものは法律関係としては現在せず従つてこれに関して法律上の争訟はあり得ないの
であつて、仮りにある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があ
り将来争訟の起り得る可能性があるような場合においても、かかる争訟の発生は常
に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前予めこれに備えて未発生の法律関係に
関して抽象的に法律問題を解決するというが如き意味で確認の訴を認容すべきいわ
れはなく、むしろ現実に争訟の発生するを待つて現在の法律関係の存否につき確認
の訴を提起し得るものとすれば足ると解せられるからである。この事は現存する給
付請求権について、それが条件附又は期限付であるとき、「豫メ其ノ請求ヲ為ス必
要アル場合ニ限リ」将来の給付の訴を提起し得るものとした民訴二二六条の規定の
存在することに徴しても容易に理解し得るところであろう。
 本件において、遺言の無効確認を求める請求の原因の要旨は、被上告人は昭和二
六年一一月二一日東京法務局所属公証人D作成第一八六九一四号公正証書により遺
言者を被上告人、受遺者を上告人、遺言執行者をE、証人をE及びFとして本件係
争建物を上告人に遺贈する旨の遺言をしたが、昭和二七年九月二四日同公証人作成
第二〇二四二六号公正証書により遺言者を被上告人、遺言執行者をG、証人を同人
及びHとして前記遺贈を取消したので、該遺言の無効確認を求めるというのである。
(記録によれば、被上告人主張のとおりに遺贈がなされ、そしてそれが取消された
ことは、本訴当事者間に争はないのである。本件では遺言無効確認請求の外、上告
人が昭和二七年七月一〇日係争建物につきなした所有権取得登記の抹消登記手続を
求める請求が併合されているけれど、右所有権の取得登記は前示遺贈をその登記原
因とするものでないことは勿論である。)そしてその請求の趣旨は、これを字義通
りに理解するならば遺贈なる法律行為の無効なることの確認を求めるものの如くで
あるが、法律行為はその法律効果として発生する法律関係に対しては法律要件を構
成する前提事実に外ならないのであつて法律関係そのものではない。ある法律行為
が有効であるか無効であるかということは、もとより法律判断を包含してはいるけ
れども、かかる事項を確認の訴の対象とすることの許されないことは前段説示する
ところにより明瞭であろう。またその訴旨を本件遺贈による法律効果としての法律
関係の不存在の確認を訴求するものと理解しても、なおこの訴は不適法たるを免れ
ない。元来遺贈は死因行為であり遺言者の死亡によりはじめてその効果を発生する
ものであつて、その生前においては何等法律関係を発生せしめることはない。それ
は遺言が人の最終意思行為であることの本質にも相応するものであり、遺言者は何
時にても既になした遺言を任意取消し得るのである。従つて一旦遺贈がなされたと
しても、遺言者の生存中は受遺者においては何等の権利をも取得しない。すなわち
この場合受遺者は将来遺贈の目的物たる権利を取得することの期待権すら持つては
いないのである。それ故本件確認の訴は現在の法律関係の存否をその対象とするも
のではなく、将来被上告人が死亡した場合において発生するか否かが問題となり得
る本件遺贈に基ずく法律関係の不存在の確定を求めるに帰着する。しかし現在にお
いていまだ発生していない法律関係のある将来時における不成立ないし不存在の確
認を求めるというような訴が、訴訟上許されないものであることは前説示のとおり
であつて、本件確認の訴はその主張するところ自体において不適法として却下せざ
るを得ない。
 それ故、第一審裁判所が本件確認の訴を適法と認め本案につきその請求を認容し
たのは失当であり、原審は須らく第一審判決を取消し訴却下の裁判をなすべきであ
つたにも拘わらず、第一審と同一見地に立つて該判決を維持し上告人のなした控訴
を棄却したのは失当でありこの点に関する限り原判決は破棄を免れない。しかも事
件につき裁判をなすに熟すること勿論であるから、第一審判決をも取消し訴却下の
裁判をしなければならない。
 上告理由(イ)によるまでもなく、本件確認の訴が不適法なことは職権調査によ
る前説示により明白である。同(ロ)(ハ)は、原審の裁量に属する証拠の採否及
び事実認定を非難するに帰し、そして原審の判断は、その挙示の証拠に徴し、当審
においてもこれを是認することができる。それ故、これらの所論は採るを得ない。
 よつて民訴四〇八条、九五条、九六条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔

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