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裁判例


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主          文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
被告名古屋入国管理局主任審査官が,平成14年11月29日付けで原告に対して
行った退去強制令書発付処分を取り消す。
2 乙事件
被告名古屋入国管理局長が,平成14年11月27日付けで原告に対して行った出
入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取
り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,日本人の父とペルー共和国(以下「ペルー」ともいう。)国籍の母と
の間の子である原告(ペルー国籍)が,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」と
いう。)入国審査官によって出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)2
4条4号ロの不法残留に該当すると認定され,名古屋入管特別審理官による判定も
同様であったため,法務大臣に対して法49条1項に基づく異議を申し出たとこ
ろ,法務大臣から権限の委任を受けた乙事件被告名古屋入国管理局長(以下「被告
局長」という。)が同異議の申出は理由がない旨裁決し(以下「本件裁決」とい
う。),さらに,甲事件被告名古屋入管主任審査官(以下「被告主任審査官」とい
う。)が退去強制令書発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)をしたこと
から,原告が上記各処分
の取消しを求めた抗告訴訟である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告は,昭和35年(1960年)12月31日,日本人のAとペルー人のB
との間に生まれたペルー国籍を有する男性である(甲4,7,乙1)。
(2)原告は,平成2年8月29日,在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90
日」とする上陸許可を受けて本邦に入国したが,同年10月31日,名古屋入管に
おいて,在留資格変更申請をしたところ,同年12月25日,在留資格を「日本人
の配偶者等」,在留期間を「3年」とする在留資格変更許可を受けた。原告は,そ
の後,上記在留資格を前提とする5回の在留期間更新許可(在留期間は,①平成6
年1月31日,②同年9月29日,③平成7年2月21日の各許可においてそれぞ
れ6か月,④平成7年8月25日,⑤平成10年5月20日の各許可においてそれ
ぞれ3年間)を受けた(乙2)。
(3) 原告は,平成12年1月26日,愛知県豊橋市内のスーパーマーケットにおい
て,米4袋(時価合計1万4020円相当)を窃取したとの事実(以下「本件窃盗
事件」という。)で公訴を提起され(甲15),同年3月16日,豊橋簡易裁判所
において,懲役1年,執行猶予3年の判決を受け,同判決は確定した(甲36の
1,乙3)。
(4) 原告は,平成13年5月21日,名古屋入管において,在留期間更新許可申請
をしたところ(乙4),法務大臣は,同年12月3日,「あなたの在留状況が好ま
しいものとは認められ」なかったため,「在留期間の更新を適当と認めるに足りる
相当な理由があるとは認められ」ないとして,在留期間更新不許可処分(以下「本
件先行処分」という。)をなし,同日,原告に告知した(甲14,乙5)。原告
は,同告知に際して,名古屋入管入国審査官から,本国へ帰国するための2週間以
内の予約航空券を持参するのであれば,出国準備のための短期滞在の在留資格を付
与できる旨の説明を受けた。
原告は,同月10日,行政書士のCを伴って名古屋入管に出頭し,法務大臣あての
「短期滞在」資格への変更許可申請書,その更新許可申請書2通及び「日本人の配
偶者等」資格への変更許可申請書を提出したが,名古屋入管の係官は,帰国意思を
有することを証する書類を有していないことを理由にそれらの受理を拒絶するとと
もに,再度,上記内容の説明と,帰国の意思を示さなければ退去強制手続が執られ
るが,その手続内で日本での在留を求めるアピールをすることができる旨教示した
(甲39,乙36)。
(5) 原告は,平成13年12月20日,名古屋空港発ロスアンゼルス行きヴァリ
グ・ブラジル航空機等の搭乗予約証明書(出発予定日は平成14年1月15日。乙
6)を提出した上,法務大臣に対し,出国準備を理由とする在留資格変更許可申請
及びこれを前提とする2回の在留期間更新許可申請をなしたところ(以下,前者を
「本件申請」といい,両申請を併せて「本件各申請」という。),法務大臣は,同
日,在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日(在留期限は平成13年8月2
5日)」とする在留資格変更許可処分をするとともに(以下「本件後行処分」とい
う。乙7),上記在留資格を前提とする在留期間更新許可処分を2回行った(在留
期限は同年11月23日と平成14年2月21日。乙8,9)。
(6) その後,原告は,本件後行処分による在留資格を前提とする2回の在留期
間更新許可処分の在留期限である平成14年2月21日経過後も,何らの手続を執
ることなく本邦に残留した上,平成14年3月4日,本件先行処分の取消しを求め
る訴えを名古屋地方裁判所に提起した(平成14年(行ウ)第16号事件)が,当
裁判所は,同年7月26日,原告の訴えを却下する判決を言い渡した(甲19,乙
34)。原告は,同年8月8日,同判決を不服として名古屋高等裁判所に控訴し
(平成14年(行コ)第50号事件。甲5),現在も係属中である(以下「別件訴
訟」という。)。
(7) 他方,名古屋入管入国警備官は,平成14年3月15日,原告を法24条4号
ロ(不法残留)該当容疑で立件した上(乙2),同年5月2日,原告について違反
調査を行った結果(乙11),原告が法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑
うに足りる相当の理由があると判断して,同年8月7日,名古屋入管主任審査官か
ら収容令書の発付を受けて,同月9日,同令書を執行し,原告を名古屋入管に収容
するとともに(乙12),同日,法24条4号ロ該当容疑者として名古屋入管入国
審査官に引き渡した(乙13)。
(8) 引渡しを受けた名古屋入管入国審査官は,平成14年8月9日及び同月15
日,原告について違反審査を行った上(乙14,15),同日,原告が法24条4
号ロ(不法残留)に該当する旨の認定を行い,原告に通知した(乙16)。
(9) これに対し,原告は,平成14年8月15日,名古屋入管特別審理官による口
頭審理を請求したため(乙15),同審理官は,同年10月2日,原告に係る口頭
審理を行い(乙17),上記不法在留に該当するとの認定に誤りはない旨判定し
て,原告に対しその旨告知したところ(乙18),原告は,同日,法務大臣に対
し,異議の申出をした(乙19)。
(10) 原告は,平成14年6月9日,愛知県豊田市内において,普通乗用自動
車を運転中,制限速度毎時50キロメートルであるにもかかわらず,前方を十分に
注視しないまま毎時約80キロメートルの速度で進行した過失により,自車前部を
当時75歳の女性の乗っていた自転車に衝突させて同女を死亡させたことにより逮
捕され(逮捕期間中は収容令書による収容が一時停止されている。),同年9月1
3日,岡崎簡易裁判所において,業務上過失致死罪で罰金50万円の略式命令を受
け,同命令は確定した(以下,判示に係る事実を「本件業過致死事件」という。甲
37の14,乙10)。
(11) 被告主任審査官は,平成14年10月8日,原告に対し,仮放免を許可した
(乙20)。
(12) 法69条の2,法施行規則61条の2第9項に基づいて,法務大臣から法4
9条3項の処分権限の委任を受けた被告局長は,平成14年11月27日,原告か
らの前記異議申出は理由がない旨の本件裁決をし,被告主任審査官に通知した(甲
1,乙21)。
その通知を受けた被告主任審査官は,同月29日,原告に対して本件裁決を告知す
るとともに(乙22),本件退令発付処分をした(乙23)。
(13) これを受けて,名古屋入管入国警備官は,平成14年11月29日,原
告を名古屋入管収容場に収容した。
3 本件における争点及びこれに関する当事者の主張
 本件裁決及び本件退令発付処分の違法性の有無
(1)原告
   ア 本件裁決について
下記の事情を総合すれば,本件裁決は,裁量権を逸脱したものであって,違法であ
る。
(ア) 別件訴訟の第一審判決は,自らの意思によって在留資格を「日本人の配偶者
等」から「短期滞在」に変更した上で在留期間の更新許可を求める旨の本件各申請
を行い,これに基づいて本件後行処分を受けたことにより,本件先行処分の取消し
を求める原告の訴えは,その利益を喪失したと判断して却下した。
しかしながら,①本件各申請は,「日本人の配偶者等」の在留資格の申請を再度行
うに当たって,いわゆるオーバーステイ状態を回避するため,やむなく行ったもの
であって,原告の真意に基づくものではなく,名古屋入管の係官によって強制ない
し一方的に押し付けられたものであるから無効であること,②仮に,本件各申請が
原告の真意の欠缺を理由として無効とされず,かつ一在留一資格の原則が存在する
としても,法務省入国管理局の「入国・在留審査要領」(以下「審査要領」とい
う。)は,瑕疵ある処分について2つの在留資格併存状態を是正する途を定めてい
るから,本件先行処分の取消しにより「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本
邦に適法に在留する地位を回復し得ることに照らせば,別件訴訟は訴えの利益があ
ると解すべきであり,
実体的には,原告の在留状況,本件窃盗事件の軽微性,原告とペルー在住の内妻と
の間の子D(1980年10月22日生。)との生活状況に照らせば,本件先行処
分は,裁量権を逸脱した違法があるというべきである。
現に,原告は,別件訴訟の控訴審において上記の主張をして訴訟を追行していると
ころ,仮に原告が強制退去されれば,通信手段の発達を勘案しても,代理人と意思
疎通を図ることは困難であるから,原告が本邦に在留する必要があるというべきで
ある。
(イ) 原告は,平成2年8月29日(当時30歳),本邦に入国して以来約12年
間にわたって何らの不行跡なく生活し,生活の基盤を築いてきた。原告の勤勉堅実
な生活は,衆目の一致するところであり,本件窃盗事件当時の勤務先であるE組合
で稼動していた外国人の中で最高額の年収を得ていたし,休日も含めて連日のよう
に出勤し,遅刻早退はほとんどなく,極めて真面目との評価を受けていた。
また,月収20万円の中から5,6万円をペルーの実母に送金した上,約2万円の
貯蓄もしていた。
(ウ) 本件先行処分は,本件窃盗事件の発生を理由としているが,米袋4袋をカー
トに積んだまま,レジを通らずに店外に持ち出したという犯行態様は,まま見受け
られるものであり,特に悪質というわけでもない。同事件は,酔いにも影響された
突発的・偶発的なもので,計画的なものではない。その被害品の合計価格は1万4
020円であって,多額ではないし,翌日には被害者に還付された結果,迷惑をか
けたことはともかく,実害を与えたわけではない。
そもそも,本件窃盗事件の動機は,Dとの生活を始めるに当たって生活費を節約す
る必要があったからであるが,このことは,酌量に値するというべきである。犯行
後も,原告は,いったんは狼狽して逃走したものの,知人に相談した結果,自首す
ることを決意し,被害品の積んであった自動車を運転して警察に出頭しようとした
ところを警察官に声をかけられたことから,素直に窃盗を認めて指示に従ってい
る。
以上の事実に,原告には前科がないことを考慮すると,再犯のおそれはなく,身元
の確かな日本人であれば起訴猶予を受けたと考えられるから,豊橋簡易裁判所の量
刑判断は重きに過ぎたというべきである。
(エ) 本件業過致死事件は,残念かつ重大な結果を招いたが,原告が本件窃盗事件
で執行猶予中であったにもかかわらず,罰金刑となり,執行猶予の取消しがなされ
なかったのは,高速道路を降りた自動車が走行する片側2車線,両側4車線の広い
道路を自転車で横断しようとする者を予測し,衝突を回避することは困難であった
と考えられたためである。
この点について,被告らは,本件業過致死事件に関する原告の供述が二転三転して
おり,真に反省しているとは評価できないと主張するが,当時の速度に関する司法
警察員面前調書と検察官面前調書の相違は大きくなく,制限速度の認識に関して
も,事故翌日に作成された前者に信用性があるのに対し,後者は副検事がきつい尋
問を行った結果作成されたもので,これらをもって反省していないとはいえない。
(オ) Dは,平成12年3月16日,原告を頼って来日し,原告と共同生活を送っ
ていた(在留資格は「定住者」)が,原告が収容された現在は,一人で暮らすこと
を余儀なくされている。同人は,菓子製造元に勤務して月約12万円の収入を得て
いるが,生活は苦しく,原告の援助が必要である。
また,原告の姉と3人の妹は,すべて永住者資格で愛知県内で暮らしており,弟
も,長姉の援助を得て来日の手続をしており,実現すれば,兄弟全員が協力しつつ
日本において生活の基盤を築くことになる。
仮に,原告が帰国することになれば,上記の生活設計が狂うばかりか,Dとの別離
を強いる結果を招来する。
   イ 本件退令発付処分について
本件退令発付処分は,本件裁決を前提とするところ,本件裁決は,上記のとおり違
法であるから,本件退令発付処分も違法である。
(2)被告ら
ア 本件裁決について
(ア) 原告は,本件後行処分及びこれによる在留資格を前提とする在留期間更新許
可処分によって定められた在留期限である平成14年2月21日を超えて本邦に不
法残留しているから,法24条4号ロに該当することは明らかであり,法務大臣に
対する異議の申出は理由はない。
この点につき,原告は,本件先行処分の違法性を争っている別件訴訟について,①
本件各申請は真意に基づくものではなく,名古屋入管の係官によって強制的に押し
付けられたもので無効であること,②審査要領が二つの在留資格が存する場合の是
正手続を定めていることなどの理由により,訴えの利益があり,かつ実体的にも同
処分には取消事由がある旨主張する。しかしながら,原告が自らの意思に基づいて
本件各申請をし,法務大臣がこれを許可したことはその経緯に照らして明らかであ
って,その過程に原告の自由な意思決定を妨げる状況があったとは認められない。
また,審査要領は,職権取消しに関する取扱いを定めたものであることは明らかで
あり,これによって訴えの利益の存否の判断が影響を受けるものではない。したが
って,訴えの利益を
欠くとして別件訴訟を却下した第一審判決は正当である。
(イ) もっとも,法50条1項3号は,法務大臣が異議の申出に理由がないと認め
た場合であっても,特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは,その者の
在留を特別に許可することができる旨規定している。
しかしながら,そもそも,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うも
のではなく,当該国家は,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に
受け入れるか否か,また,これを受け入れる場合にはいかなる条件を付するかを自
由に決することができるのであり,我が国の憲法も外国人の入国,在留の権利を保
障しておらず,実定法上も在留期間の更新事由の有無の判断は法務大臣の裁量に任
されている。まして,在留特別許可は,法律上退去強制事由が認められて退去させ
られるべき外国人に対し恩恵的に与え得るものにすぎず,申請権も認められていな
いことにかんがみれば,法務大臣がこれを付与するか否かを判断するに当たり,在
留期間更新についての裁量の範囲よりも質的に格段に広範な裁量が認められるべき
である。加えて,法
務大臣は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働事情の安定な
どの国益の保持の観点から,当該外国人の在留中の一切の行状等のみならず,国内
の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情
を総合的に考慮して,判断すべきものであるから,このことからも同許可に係る法
務大臣の裁量の範囲は極めて広範なものというべきである。
そうすると,法務大臣の在留特別許可の許否に関する判断は,当不当の問題を生ず
ることはあり得ても,違法の問題を生ずるのは,在留特別許可の制度を設けた法の
趣旨に明らかに反するなどの極めて特別な事情が認められる場合に限られると解す
べきである。
(ウ) これを本件についてみるに,下記のとおり,原告が本邦に在留することを認
めなければならない特別な理由は到底認めらず,本件裁決が裁量権を逸脱ないし濫
用した違法なものと評価される余地はない。
a 原告は,毎月約20万円の給与を得ており,車の代金支払を除けば借財はな
く,生活にも特段困っていたわけではないにもかかわらず,生活費を節約するとい
う安易な動機から本件窃盗事件を敢行したものである。
その犯行態様は,白昼堂々と米袋をカートに積めるだけ積んで店外に運び出し,窃
盗現場を現認した従業員に制止されるや,いきなり車を発進させて逃走するという
ものであって,一つ間違えば,車両が従業員に接触して傷害を負わせる可能性もあ
った極めて危険性の高い,大胆不敵なものであった。
さらに,逃走後,警察官に見つからないように洋服を着替えたりしており,友人と
相談の上,警察へ出頭しようと決心したのも,従業員に現認されたことが契機とな
っており,自ら積極的に自首し,被害品を還付しようとしたものではない。被害品
も,還付までに4日を要していることを考慮すると,実害がなかったとはいえな
い。
以上の事情を考慮すれば,原告を懲役1年,執行猶予3年に処した豊橋簡易裁判所
の判決は,何ら不当なものとはいえない。
b 本件業過致死事件は,制限速度が毎時50キロメートルであることを知りなが
ら,これを30キロメートルも上回る毎時80キロメートルの高速度で走行した
上,見通しのよい交差点を前方左右を注視することなく漫然と進行したことにより
惹起されたものであって,原告の過失は非常に重大であるとともに,被害者を死に
至らしめるという結果も重大である。
そして,原告は,事故後,被害者に対する救助行為等を一切取ることがなかった
し,豊田警察署警察官及び名古屋地検岡崎支部副検事による取調べの際,被害者を
発見したときの速度や速度規制の存在についての認識等について,供述を二転三転
させるなど,真に反省していたとは評価し難い。
しかも,本件業過致死事件は,本件窃盗事件による執行猶予期間中であり,退去強
制手続中に行われたことからすると,原告は,遵法精神を全く欠如しているといわ
ざるを得ない。
c 原告は,別件訴訟を遂行するために,本邦に在留する必要があると主張する
が,本件先行処分を取り消す訴えの利益が存しないことは前記のとおりである。ま
た,憲法32条は,裁判所に出廷して自ら訴訟を遂行する権利までも保障するもの
ではない上,別件訴訟及び本件訴訟についてはいずれも訴訟代理人が選任され,通
信手段が発達した現在においては,原告が訴訟代理人と連絡して両訴訟を追行する
ことは十分に可能であるから,別件訴訟の遂行の必要があることは,本邦に在留す
ることを認めなければならない特別な理由に当たらない。
d 原告は,送還されると本邦に在留するDを含む生活の基盤が失われるし,姉妹
4人が永住資格をもって在留し,弟も本邦に入国準備中であり,これらの予定が狂
う旨主張するが,原告は,収容されるまでは,アルバイトとして週に3,4回働い
ていただけであり,Dは豊橋市内のレストランでアルバイトをしていたことに照ら
すと,原告がDを扶養していたことは疑問であること,Dは原告が本邦に在留して
いたため入国したと考えられるところ,原告が送還された場合,原告との同居を望
むか否かは,Dの自由意思に委ねられており,父子の別離を強いる結果とはならな
いこと,原告は,ペルーで出生し,30歳になるまでペルーで生活しており,原告
の母,弟は,本邦に在留していないこと,姉妹や弟の在留状況や入国予定は,原告
の在留とは何ら関係
を有しないこと,これらを考慮すると,原告が本邦に在留することを認めなければ
ならない特別な理由は認められない。
イ 本件退令発付処分について
退去強制手続において,容疑者が法24条各号の一に該当するとの入国審査官の認
定若しくは特別審理官の判定に容疑者が服したとき,又は法務大臣から容疑者の異
議の申出は理由がない旨の裁決の通知を受けたときは,主任審査官は,当該容疑者
に対する退去強制令書を発付しなければならないと規定され(法49条5項),そ
の性質は羈束行為と解されているから,これを発付するか否かについて主任審査官
の裁量の余地は全くない。
しかるところ,前記のとおり,本件裁決は適法であるから,本件退令発付処分も適
法である。
第3 当裁判所の判断
1本件先行処分に係る違法性の判断の要否
 前記前提事実(5)ないし(9)記載のとおり,原告は,本件後行処分及びこれによる
在留資格を前提とする2回の在留期間更新許可処分による在留期限である平成14
年2月21日を超えて本邦に残留しているところ,名古屋入管入国審査官は,この
事実をもって,退去強制事由を定めた法24条4号ロに該当すると認定し,同特別
審理官も,同認定に誤りがない旨判定しているものである。
 ところで,仮に,原告が本件先行処分の取消しを求める別件訴訟において勝訴す
れば,その判決の拘束力により,法務大臣は「日本人の配偶者等」の資格に基づく
在留期間の更新許可処分を行うべきことになり,退去強制事由は解消されることに
なるが,現行法上,在留期間更新手続と退去強制手続とは,その判断機関や処分要
件などの点において全く別個の手続として構成されている上,両者間には,同一の
行政目的を追求する手段と結果として位置づけられ両者が相まって1つの効果を完
成させる関係があるとは考えられないので,前者における違法が後者に引き継がれ
ると解することはできず,結局,前者による在留更新不許可処分が適式に取り消さ
れるなどして効力を失うまでは,入国審査官又は特別審理官は,当該外国人に法2
4条4号ロに該当す
る事由が存するとの判断を前提にせざるを得ない(さもないと,入国審査官等とし
ては,退去強制手続において,再度在留許可事由の有無を判断しなければならなく
なり,在留許可の判断機関と退去強制の判断・実施機関とを分けて,各手続を迅速
に処理させようとした趣旨に反することになる。)。
 したがって,本件においても,本件先行処分が適式に取り消されるまでは,原告
が在留更新の許可を受けていないものとして扱わざるを得ないのであって,別件訴
訟において在留更新許可をすべき事由として主張されている事由は,同じ事由が本
件訴訟において在留特別許可をすべき事由として主張されている限りにおいて,本
件裁決固有の違法事由となる可能性がある(ただし,後述のとおり,この場合の法
務大臣の裁量はより広範囲なものになる。)にとどまるものである。そうすると,
仮に本件先行処分に違法が存在しても,それが直ちに本件裁決又はその基となった
認定又は判定の違法を招来するものとはいえない。
 この点につき,原告は,甲8(神戸大学大学院法学研究科教授Fの意見書写し)
等を提出して,別件訴訟に訴えの利益が存する旨を主張するが,その主張は,本件
訴訟との関係においては意味がないといわざるを得ず,本件訴訟は別件訴訟の結果
によって影響を受けないというべきである(仮に,別件訴訟において認容判決が言
い渡され,その拘束力(行訴法33条)により本件裁決の前提となる入国審査官の
認定が結果的に覆ることがあっても,それは本件裁決当時における同裁決の適否と
は無関係であると評するほかはない。)。
2 本件裁決の適否について
 そこで,本件裁決について,法務大臣から権限の委任を受けた被告局長がその裁
量権を逸脱し,在留特別許可をすべきであったのにこれをしなかった違法があるか
否かを検討する。
(1) 法50条1項3号は,49条1項所定の異議の申出を受理したときにおける同
条3項所定の裁決に当たって,「異議の申出が理由がないと認める場合でも」,法
務大臣は,「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」には「その者の在
留を特別に許可することができる。」旨定めている。しかして,そもそも外国人に
は我が国における在留を要求する権利が保障されているとはいえないこと(最高裁
判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁),在留特別許
可の対象となるのは,不法在留等により退去強制手続の対象とされた外国人である
こと,在留特別許可を与えるべき事情に係る法務大臣の判断を羈束する規定は何ら
設けられていないことなどからすると,特別在留許可を与えるか否かを判断するに
当たり,法務大臣は
極めて広範な裁量権を有すると解するのが相当である。したがって,特別在留許可
を認めない裁決が違法となるのは,本来は退去強制されるべき外国人についてなお
本邦に在留することを認めるべき特段の事情がある場合に限られるというべきであ
る。
(2) この点について,原告は,①別件訴訟の追行のために本邦に在留する必要があ
ること,②12年間にわたって真面目に生活,稼動してきたこと,③本件窃盗事件
は,特に悪質なものではなく,実害もなかったこと,④本件業過致死事件は,執行
猶予中であったにもかかわらず,罰金刑が選択されたこと,⑤帰国を余儀なくされ
ると,Dの生活基盤や兄弟全員の協力を前提とする生活設計が狂うことなどと主張
するところ,前記前提事実に証拠(甲12,13,33,35,36の11及び1
2,乙11,15,17,25)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,いわゆ
る日系二世の男性で,内妻や子供の生活費を送金すべく,平成2年8月29日に本
邦に入国したこと,以後約12年間にわたって,会話が少しできる程度という日本
語能力のハンディを
背負いつつ,自動車部品工場,プレス工場,建設作業現場,E組合の事業場などで
稼動し,給与の中から母国に居住する母親に送金を続けてきたこと,この間,特段
の不行跡を犯すことはなく,E組合での勤務状況は良好であったこと,本件窃盗事
件は,Dの来日の希望に協力すべく,生活費を節約する目的で起こされたこと,犯
行後,友人に相談し,自首すべく警察へ向かおうとした時点で逮捕されたこと,盗
品である米袋4袋は,数日後,被害店舗に還付されたこと,本件業過致死事件は,
罰金刑が宣告されたこと,原告は,7年前ほどから,本邦で暮らす日系ペルー人女
性と交際し,事実上の内縁関係にあること,本件窃盗事件の判決宣告日に来日した
Dは,原告及びその交際相手の家族と同居生活を送っていたが,現在は,愛知県豊
田市で単身で生活し
働いていること,原告の姉妹4人は,いずれも愛知県内で生活していること,以上
の事実が認められる。
(3) しかしながら,他方,前記前提事実並びに前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれ
ば,本件窃盗事件は,ショッピングセンターの店内において1袋10キログラム入
り米4袋をカートに積めるだけ積んで運び出し,店員が呼び止めるのを無視して車
を発進させて逃走したものであって,犯行態様は芳しいとはいえないこと,後日,
還付されたとはいうものの,被害が軽微であるとはいえないこと,自首の決意は,
犯行時に店員に自動車を現認されたことが動機となっていること,本件業過致死事
件は,被害者にも相応の過失が認められるとはいうものの,制限速度を大幅に超え
て自動車を運転した上,必要な注視を怠ったことが原因となって生じたものであ
り,その結果,自転車で通行中の被害者の死亡という重大な結果を招いたこと,D
は平成14年9月ころ
来日した成人であり,来日するまでの十数年間は原告と同居しておらず,現在は豊
田市に住んで働き自活能力を有していて,原告が送還される場合には,原告と共に
帰国することも日本において単身で生活することも可能であるから,Dの生活基盤
を脅かすとはいえないこと,原告は,30歳になるまではペルーで生活していたこ
と,以上の事実が認められ,これによれば,原告が,本邦に入国以来12年間にわ
たって平穏に生活してきたからといって,上記各犯行による責任が軽減されるもの
ではなく,また,原告の送還によってDらの生活に人道上無視し得ない重大な結果
を招くともいえない。そして,これらを総合すれば,在留資格を喪失したと判断す
べき原告について,別件訴訟が係属中であることを考慮しても,なお本邦に在留す
ることを認めるべき
特段の事情が存在するとはいえず,法務大臣が本件裁決をするに当たって,その裁
量権を濫用,逸脱したと認めることはできない。
よって,原告に在留特別許可を与えなかった本件裁決が違法であるとはいえない。
3 本件退令発付処分について
前記前提事実のとおり,本件退令発付処分は,法務大臣から権限の委任を受けた被
告局長による本件裁決を受けてなされたものであるところ,本件裁決が違法とは認
められないことは前記のとおりである。そして,主任審査官は,法務大臣(本件で
は法務大臣から権限の委任を受けた被告局長)から法49条1項に基づく異議の申
出は理由がない旨の裁決の通知を受けたときは,当該容疑者に対する退去強制令書
を発付しなければならないと定められており(法49条5項),その法的性質は羈
束行為と解するのが相当であるから,主任審査官に発付するか否かについて独自の
判断権を認める余地はないというべきである。そうすると,本件退令発付処分も違
法とはいえない。
4結論
以上の次第で,原告の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,訴
訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決す
る。
 名古屋地方裁判所民事第9部
    裁判長裁判官加  藤  幸  雄
   裁判官舟  橋  恭  子
   裁判官 平  山     馨

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