弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人奥毅の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、こ
れを引用する。
 控訴趣意第一点について。
 論旨は要するに、原判示第二の公務執行妨害の事実について、同判示の道路にお
いて交通事犯(飲酒運転)取締りに従事していたA巡査らがなした被告人運転の普
通乗用自動車(以下、被告車という。)に対する自動車検問ないし職務質問は、そ
の前提要件を欠く違法なものであるのにかかわらず、同巡査らは進行中の被告車を
強制的に停車させようとし、引続きA巡査は強制的手段によつて職務質問をなし、
自動車の停止および自動車からの下車を要求したものであつて、A巡査が被告人に
自動車の停止および下車を求める行為も違法たるを免れず、仮りにA巡査らがなし
た自動車検問が職務質問の前提要件をみたし、正当なものと認められるとしても、
その後にとつたA巡査の行為は、明らかに被告人の意思を無視した強制的手段を用
いた違法なものであつて、到底適法な職務行為とは認めることができないから、公
務執行妨害罪は成立しないものというべく、従つてA巡査の右のような違法な職務
行為を適法なものとした原判決は法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判
決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
 しかし原判決の挙示した証拠を総合すれば、所論のA巡査らがなした被告車に対
する自動車検問などの適法性の点を含め、原判示第二の公務執行妨害の事実を肯認
するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても、右認定を左右する
に足るものはない。すなわち、右各証拠によれば、警視庁小岩警察署勤務のB巡査
部長、前記A巡査およびC巡査の三名は本件犯行当日である昭和四七年八月一七日
午後一一時二〇分ころから原判示道路付近で、酒酔い運転および無免許運転を主と
する交通取締を実施し、右道路付近にある交通整理の行なわれていない交差点を徐
行しないで進行する車両とか前照灯をつけていない車両または蛇行運転する車両な
どのいわゆる不審車両について停止を求めるなどして自動車検問をなし、職務質問
をしていたこと、右取締の場所は、D小岩駅前の繁華街に通ずる道路で酒酔い運転
の多いところであるため、それまでにも何回となく取締を実施していたこと、被告
人は当夜右小岩駅南口のキヤバレーなどでビール大瓶一本、中瓶二本位を飲んで午
後一一時四〇分ころ被告車を運転し、原判示道路を小岩駅前方向からE街道方向へ
時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで進行してきて、前記交通整理の
行なわれていない交差点を全然徐行することなく通過したので、被告車の右のよう
な走行状況を目撃した右B巡査部長らは、被告人が酒酔い運転をしているのではな
いかと判断して、被告人に対し赤色の懐中電灯を振り、または警笛を吹いて被告車
の停止を求める合図をしたが、被告人は右警察官らの合図を認めるや、酒気帯び運
転の発覚を怖れ、逃げようとして加速し、そのまま、検問実施中の右警察官らの前
を通過したこと、前記三名の警察官はバイクまたは自転車で被告車を追跡し、被告
車が同所からE街道方向へ約二〇〇メートル進行した際、付近にあつた交通整理の
行なわれている交差点の手前で赤色の停止信号に従い停車したので、バイクに乗つ
て被告車を追跡してきて間もなく同車に追い付いたB巡査部長が、先ず被告車の運
転席のところへ赴き、被告人の開けた運転席の窓側に寄り、被告人に対し、「何故
逃げたのか。」と質問したが、その際被告人には酒の臭いがし、顔面が赤くみえた
のだ、更に同巡査部長が「酒を飲んでいるな。」と聞いたところ、被告人は返事を
しなかつたこと、そのころ自転車に乗つて被告車を追跡してきて右現場に到着した
A巡査が被告車の前面へ自転車を停めようとしたところ、被告人が更に発進しよう
としたため、被告車がA巡査の自転車に接触し、同巡査がよろけたので、B巡査部
長は被告人に被告車のエンジンを止めて降車するように指示したが、被告人が降車
しないため、同巡査部長は危険を感じて被告車のエンジンを停めようとしてそのド
アを開けて右手を入れ、キーをひねつたところ、被告人が同巡査部長の右腕の肘を
一回殴打したこと、更に被告人の側へ寄つたA巡査も被告人に酒の臭いがしたとこ
ろから、酒酔い運転の疑いが濃厚であると判断し、同人に対し、「酒を飲んでいる
な、何故逃げるんだ。」と質問し、酒気の検知をする必要もあると認めて再三にわ
たつて降車を求めたが、被告人はこれを聞きいれないのみならず、急に被告車のエ
ンジンを入れギアに手をかけて発進しようとしたので、同巡査はこれを阻止すべ
く、そのエンジンを切ろうとして、被告車のドアから右手を差し入れたところ、被
告人は同巡査の右腕の肘の下辺を約三回殴打し、右襟首をつかんで前後にゆさぶ
り、更に被告車のハンドルの中に入つた同巡査の右手をハンドルに押さえつけたま
ま被告車を後退させて約一〇メートル同巡査を引きずるなどの暴行を加えたこと、
その際被告人から押さえられていた同巡査の手が離れたので、同巡査が被告人の肩
か頸部をつかんで外へ引出し、被告人を降車させたことがいずれも認められる。被
告人の原審、当時各公判供述のうち右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、
他に右認定を左右するに足る証拠はない。
 <要旨第一>以上のような事実関係によれば、前記A巡査らの被告人に対する自動
車検問ないし職務質問は、道路交通法第六七条第一項ないし警察官職務
執行法(以下、警職法と略称する。)第二条第一項に照らし適法な職務行為である
ことは明らかであり、従つて、右A巡査が、同巡査らの停車の合図に従わずにかえ
つて加速して検問場所を通過して逃げようとした被告車を追跡してこれに追い付
き、被告人の酒酔い運転について取調べる必要を認め、同人に対して降車を求め、
更に、発進しようとした被告車のエンジンを切るため手を同自動車内に差し入れた
こともまた、前記自動車検問ないし職務質問に関連する適法な職務行為として是認
することができる。そしてそうである以上、被告人の同巡査に対する前記のような
暴行は公務執行妨害に該当することは明白といわねばならない。
 ところで所論は、自動車検問ないし職務質問が是認されるためには警職法第二条
第一項の要件がそのままみたされねばならないと解すべきところ、被告車が徐行し
なかつたとされる本件交差点の客観的状況、その時刻が深夜であることなどに照ら
せば、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転等道路交通法に違反していると認知する
について合理的根拠となりうる徴表はなんら存しないし、被告人は徐行義務を免除
されると考えるのが相当であり、また仮りに被告人が徐行義務を免除されないとし
ても、右のような客観的諸状況のもとにおいては、いわゆる信頼の原則などから徐
行の程度は緩和されるものと考えるのが相当であるから、A巡査らが被告車を停車
させようとしたことは、自動車検問ないし職務質問の前提条件を欠く違法な職務行
為であり、従つて被告人が右検問を通過してもなんら責めらるべきいわれはないと
主張する。
 <要旨第二>しかし前記道路交通法第六七条第一項によれば、警察官は、自動車運
転者が酒気帯び運転をしていると認めるときは、当該自動車を停止させ
る権限を有することは明らかであり、また前記警職法第二条第一項は警察官に対
し、一定の要件のもとに、自動車運転者に対する検問ないし職務質問の権限を与え
ているものと解すべきであり、警察官が職務質問の要件の存否を確認するため、自
動車運転者に停車を求め、場合によつては停車を指示する権限をも合わせて与えた
ものというべく、もとよりそれは、すべての自動車に対し無制限にその停車を求め
る権限があるとは考えられないとしても、個々の自動車について検問の合理的必要
性があり、かつその方法が適切であつて、自動車運転者に対する自由の制限が最小
限度に止められる場合においては、職務質問の前提として自動車の停止を求め、場
合によつては停車を指示することも許容されるものということができる。
 そこで本件につきこれをみるのに、前認定のように取締の場所は往々飲酒運転の
行なわれる道路であるのみならず、被告人は前記交差点を徐行義務を尽さないで通
過しており(この点について、被告車が時速約三〇キロメートルないし四〇キロメ
ートルで進行していたことは前認定のとおりであつて、所論のように本件交差点の
状況、当時交通量が特に少なかつたことなどの事情をもつて、被告人が徐行義務を
免除されるものとはいえないし、また本件においては信頼の原則を適用する余地は
ないのであるから、所論のように徐行の程度が緩和されるものともいえず、更に右
の速度が道路交通法第二条にいう徐行にあたらないことは論をまたないところであ
つて、時速三〇キロメートル程度の速度をもつて徐行義務に違反したとはいえない
とする所論の採ることをえないことは当然である。)、しかも警察官の停車の合図
を無視し検問を通過して逃げたものであるから、これらの場所的関係および被告人
の運転状況から、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転をしているのではないかとの
疑念を抱くに至つたことは、合理的に判断してけだし当然というべく、従つて同巡
査らが自らの疑念を確かめるため職務質問をすることは許さるべきであり、そのた
めには前記道路交通法第六七条第一項および警職法第二条第一項の各法意に従い、
逃走する被告車を停止させて質問することができるものと解すべきであると同時
に、またこれをなすことがその忠実な職務の遂行でもあるといいうるのである。し
てみれば、本件自動車検問ないし職務質問が前提条件を欠くことを根拠とする所論
の失当なることは明らかである。
 そして本件の自動車検問ないし職務質問が適法であると認むべきことは前説示の
とおりであるから、右検問に引続くA巡査の被告車の停止および下車を求める行為
も違法とはいえないし、この場合自動車の停止を求めるためにこれを追跡すること
は通常の手段方法であつて、これを停止させるために場合によつては多少の実力を
加えることもまた正当な職務執行の範囲内の行為であるといいうべく、もとより職
務質問にあたつては、任意になされることが要求されており、決して暴行にわたる
ような態度に出ることは許されないが、前認定のようにA巡査が被告人に酒の臭い
がしたのを知覚して降車を求めたのに、被告人は下車しないのみならず、かえつて
急に発進しようとしたのであるから、これを阻止しようとした同巡査の行為は、正
当な職務行為として是認されるものというべきである。しかるに被告人は同巡査に
対し前認定のような暴行を加えているのであるから、同巡査の以上の行為が違法で
あることを前提とし、公務執行妨害罪の成立を争う所論もまた失当といわねばなら
ない。(なお所論引用の各下級審判決はいずれも本件とは事案を異にしており、本
件については適切ではない。)
 以上の次第であつて、本件についてA巡査のなした行為は、警察官としての適法
な職務行為に該当することが明白であり、原判決が被告人の同巡査に対する原判示
第二のような暴行の所為につき、公務執行妨害罪を認定したのは正当として是認す
べきであつて、同所為につき、刑法第九五条第一項を適用処断した原判決にはなん
ら法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
 控訴趣意第二点について。
 しかし記録によれば、本件は、被告人が酒気帯び運転をしたという事案と、前記
のようにA巡査の職務の執行を妨害したという事案とであつて、右各犯行の罪質、
動機、態度などにてらせば、その犯情は決して軽視を許されず、被告人は無免許運
転(二回)、酒気帯び運転(一回)、業務上過失傷害等(一回)および傷害(二
回)の各罪による罰金刑の前科が六犯あるのにかかわらず、更に本件酒気帯び運転
の犯行に及び、加うるに交通取締の警察官に暴行を加え、同警察官の職務の執行を
妨害したものであつて、その刑責は重く、当審における事実取調の結果を合わせ、
所論指摘の被告人に有利な諸事情を参酌しても、原審の量刑はやむをえないもので
あると認められる。論旨は理由がない。
 よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとお
り判決する。
 (裁判長判事 石田一郎 判事 菅間英男 判事 柳原嘉藤)

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