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判決言渡平成19年5月17日
平成18年(行ケ)第10357号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年4月19日
判決
アウシモントソチエタペルアツィオーニ承継人(吸収合併)
原告ソルベイソレクシスソチエタ
ペルアツィオーニ
(SolvaySolexisS.p.A)
訴訟代理人弁護士吉武賢次
同宮嶋学
同高田泰彦
訴訟代理人弁理士中村行孝
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人一色由美子
同福井美穂
同唐木以知良
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2002−7203号事件について平成18年3月22日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告に吸収合併されたアウシモントソチエタペルアツィオーニ
(以下「アウシモント社」という)が,後記特許の出願をしたところ,拒絶。
査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。しかし特許庁から平
成18年3月22日付けで請求不成立の審決を受けたことから,アウシモント
社がその取消しを求めた事案である。なお,訴状提出後の平成18年9月28
日付けで,原告をアウシモント社から同社を吸収合併したソルベイソレクシ
ス社に変更する訴状訂正が行われた。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
アウシモント社は,平成4年(1992年)7月24日,名称を「ペルフ
ルオロアルキルビニルエーテルで改質したフッ化ビニリデンを基剤とするフ
ルオロエラストマー性コポリマー」とする発明について,優先権主張日を平
成3年(1991年)7月24日(イタリア)とする出願(請求項の数6。
以下「本願」という。特願平4−218322号。公開特許公報は特開平6
−128334号〔甲3)をしたところ,平成12年5月12日付けで拒〕
絶理由通知を受けたので,平成12年11月20日付けで請求項の数を5と
する等の補正(甲4)をしたが,平成14年1月21日付けで拒絶査定を受
けた。
そこでアウシモント社は,平成14年4月25日付けで不服の審判請求を
したので,特許庁はこれを不服2002−7203号事件として審理するこ
ととしたが,同手続の中でアウシモント社は平成14年5月24日付けで特
許請求の範囲を補正した(請求項の数5。以下「本件補正」という〔甲
5)が,特許庁は,平成18年3月22日「本件審判の請求は,成り立〕。,
たない」との審決をし,その謄本は平成18年4月4日アウシモント社に。
送達された。
なおアウシモント社は,最終的には原告(ソルベイソレクシス社)に吸
収合併され,平成18年9月28日付けで原告をアウシモント社からソルベ
イソレクシス社に訂正する訴状訂正申立書が提出された。
(2)発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1∼5から成り,そ
のうち請求項1の記載は,次のとおりである(以下「本願発明」という。。)
【請求項1】
重量で
フッ化ビニリデン(VDF)48∼65%
ヘキサフルオロプロペン(HFP)21∼36%
ペルフルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)3∼9%
テトラフルオロエチレン(TFE)0∼17%
,を含んで成り,HFP+PAVEの最小値が27%であることを特徴とする
O−リングおよび一般製品の製造に好適な架橋されたフルオロエラストマー
性コポリマー。
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,本願発明は,下記刊行物に記載された発明(以下「引用発
明」という)であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受。
けることができない,としたものである。

米国特許第3235537号明細書(甲2。以下「引用文献3」と,
いう)。
イなお審決は,上記判断に当たり,引用発明の内容,及び本願発明との一
致点及び相違点を,次のとおり認定した。
<引用発明の内容>
「(a)2から50モルパーセントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテル,
(b)10から85モルパーセントのフッ化ビニリデン,(c)3から80モルパーセ
ントのヘキサフルオロプロペンを含んでなる,O−リングおよび一般製品
の製造に好適な架橋されたエラストマー性の共重合体」
<一致点>
「フッ化ビニリデン(VDF,ヘキサフルオロプロペン(HFP,ペル))
フルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)を含んで成り,O−リング
および一般製品の製造に好適な架橋されたフルオロエラストマー性コポリ
マー」。
<相違点>
「本願発明においては,各成分の割合は重量パーセントで示されており,さ
らにHFP+PAVEの最小値が27%と限定されているのに対し,引用
発明では各成分の割合はモルパーセントで示されており,HFPとPAV
Eの和については何ら限定されていない」点
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,引用発明の認定を誤り,その結果,本願発明と引
用発明との相違点を看過し,相違点についての判断も誤った違法があるから,
取消しを免れない。
ア取消事由1(引用発明の認定の誤り)
(ア)審決は,引用文献3には前記のとおり「2から50モルパーセ(a)
ントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテル,10から85モ(b)
ルパーセントのフッ化ビニリデン,3から80モルパーセントのヘ(c)
キサフルオロプロペンを含んでなる,O−リングおよび一般製品の製造
に好適な架橋されたエラストマー性の共重合体」の発明が記載されてい
ると認定する。
(イ)確かに,形式的にみると,引用文献3には上記内容が記載されてい
るといえるが,引用文献3に記載されている事項の一部を形式的に抜き
出して引用発明として認定し,それを本願発明と比較することは妥当で
ない。本願発明の新規性を判断するための前提となる引用発明の認定に
当たっては,引用文献3において共重合体の範囲をどの程度限定した記
載がなされているかを実質的に評価すべきである。
(ウ)引用文献3には,審決のいうとおり,成分としてヘキサフルオ(c)
ロプロペン(六フッ化プロペン,HFP)が例示されているものの,
多数の例示単量体のうちの一つとして挙げられているだけであり,そ
の使用が特に好ましい旨の記載は一切無いから,成分をヘキサフル(c)
オロプロペン(HFP)に限定したものを引用発明として認定するこ
とは妥当でない。
(エ)引用文献3には,審決の説示するとおり,架橋された共重合体が
開示されているといえるが,より厳格にいうと,ラジカル反応により
加硫された共重合体が開示されている。架橋には,一般に,ラジカル
反応による架橋とイオン反応による架橋(イオン加硫)がある。しか
るに,引用文献3において挙げられている硬化剤はすべてイオン加硫
ではなくラジカル反応による加硫において使用されるものであるから,
引用文献3に記載の共重合体は,イオン加硫ではなく,ラジカル反応
による加硫を前提としたものである。
(オ)引用文献3には,審決の説示するとおり,生成される共重合体の
用途の一つとしてO−リングが例示されている。しかし,引用文献3
において生成される共重合体の範囲は非常に広く,その全ての範囲に
おいてO−リングに好適な性質を示すわけではない。また,引用文献
3記載の共重合体は,上記(エ)のとおりラジカル反応による加硫を前
提としたものであるため,イオン加硫を前提とした本願発明と同等の
O−リングに好適な性質を示すことはない。そうすると,引用文献3
には「O−リング又は一般製品の製造に用いることのできるエラス,
トマー性の共重合体」が記載されているとはいえるが「O−リング,
および一般製品の製造に好適なエラストマー性の共重合体」が記載さ
れていると認定することはできない。
(カ)以上によれば,引用文献3には,以下の発明が記載されていると
いうべきであるから,審決の引用発明の前記認定は誤りである。
「2から50モルパーセントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエー(a)
テル,10から85モルパーセントのフッ化ビニリデン,3か(b)(c)
ら80モルパーセントのテトラフルオロエチレン(四フッ化エチレ
ン,一塩化三フッ化エチレン,ヘキサフルオロプロペン(六フッ化)
プロペン,過フッ化ブテン,過フッ化オクテン,過フッ化シク)-2--4-
ロペンテン又は過フッ化シクロヘプテンを含んでなる,O−リング又
は一般製品の製造に用いることのできるラジカル反応により架橋され
たエラストマー性の共重合体」
イ取消事由2(本願発明と引用発明との相違点の看過)
(ア)引用発明は,上記ア(カ)のとおり認定されるべきであるから,以
下の点も本願発明との相違点として認定すべきである。
「本願発明においては,ヘキサフルオロプロペン(HFP)が不可欠な
ものであるのに対し,引用発明においては,ヘキサフルオロプロペン
(HFP)は不可欠なものではなく,テトラフルオロエチレン(TF
E,一塩化三フッ化エチレン,ヘキサフルオロプロペン(HFP,))
過フッ化ブテン,過フッ化オクテン,過フッ化シクロペンテン-2--4-
又は過フッ化シクロヘプテンから選択される任意的なものである」点。
(イ)また,共重合体の各成分の割合についても,各成分の割合が重量
パーセント又はモルパーセントで示されているという違いだけでなく,
本願発明と引用発明とでは各成分の割合の範囲が大きく異なっている。
つまり,引用発明における各成分の割合の範囲は非常に広いものであ
るのに対し,本願発明における各成分の割合の範囲は極めて限定され
たものとなっている。
(ウ)本願発明における架橋については,本願明細書(甲3∼5)の段
落【0001】に「本発明は,フッ化ビニリデン(VDF,ヘキサ)
フルオロプロペン(HFP)および所望ならばテトラフルオロエチレ
ン(TFE)から誘導されたモノマー単位から成り,イオン的に加硫
可能であり,高温および低温の双方で良好なエラストマー特性を示し,
加硫後の金型からの離型性に関して良好な成形性を示す,O−リング
の製造に好適な新規なフルオロエラストマー性コポリマーに関す
る(下線付加)と記載されるように,イオン加硫を前提としたもの。」
である。しかるに,上記ア(エ)に記載したように,引用発明の架橋は
ラジカル反応による架橋を前提とするから,この点も相違点である。
(エ)また,本願発明はその範囲全てにおいてO−リングの製造に好適
なものであるのに対し,引用発明はそうではない点も相違点である。
ウ取消事由3(相違点についての判断の誤り)
(ア)本願発明はいわゆる選択発明でありその範囲において顕著な効果
を有するものであるのに対し,引用文献3には,本願発明の選択につ
いての記載及びその示唆がない。したがって,本願発明は,引用発明
と実質的に同一のものとはいえず,新規性が認められるべきものであ
る。
(イ)本願発明はいわゆる選択発明であり,その範囲において顕著な効
果を有する。
a引用文献3には「本発明に従って生成される共重合体は,最終,
産物中に存在する単量体の性質や比率によって,エラストマーある
いは屈曲性のプラスチックになりうる。一般的に,それらは以下の
性質のうちひとつあるいはそれ以上が顕著である:熱安定性,低温
における屈曲性,機械的強度,化学薬品や溶媒による浸食に対する
抵抗性(2欄66行∼3欄2行。訳文4頁8行∼11行)との記。」
載がある。
したがって,引用発明の共重合体は,低温での屈曲性,高温での
安定性,溶媒による浸食に対する抵抗力のすべての性質が顕著であ
るわけではなく,そのうちの1つ以上が顕著であるというものであ
る。このことは,引用発明の範囲は,フッ化ビニリデン,ペルフル
オロアルキルビニルエーテル及びヘキサフルオロプロペンからなる
共重合体の大部分がその範囲に含まれてしまうほどに非常に広いも
のであることからも当然のことである。
bこれに対し,本願明細書(甲3∼5)には以下の記載がある。
「本発明は…,高温および低温の双方で良好なエラストマー特性を
示し,加硫後の金型からの離型性に関して良好な成形性を示す,O
−リングの製造に好適な新規なフルオロエラストマー性コポリマー
に関する(段落【0001)。」】
「…前記のような欠点なしにイオン的方法によって加硫することが
でき,ファウリングの問題を示さず,驚くべき低温特性,特にTR
10の値に関する特性を示し,高温における圧縮永久歪みの値が十
分低く,20%程度以下の低さに保持されることを特徴とするフル
オロエラストマー性コポリマーが,意外にも見出された。特に,こ
のコポリマーは,200℃,70時間のO−リングの圧縮永久歪み
について最大値が20%であることを要求する「ミリタリー・スペ
シフィケイション(MIL−R−83248B」のような商業的)
仕様を満足させることができる(段落【0014)。」】
したがって,本願発明のコポリマーは,高温及び低温の双方にお
ける良好なエラストマー性,良好な加工性(特に加硫後の金型から
の良好な離型性,TR10,圧縮永久歪みのすべての性質が良好)
な組み合わせを有し,さらに,高温での圧縮永久歪みが20%(2
00℃,70時間)以下となり「ミリタリー・スペシフィケイシ,
ョン」のような商業的仕様を満足させるものとなる。このように,
本願発明は,引用発明と比較して顕著な効果を有している。
(ウ)一方,引用文献3には,本願発明の技術的問題を解決するために
本願発明の範囲を選択することについての示唆や動機づけが全くない。
a引用発明は,非常に範囲の広いものであり,その範囲において,
全ての特性が良好であるとするものではない。また,引用文献3に
は,本願発明の技術的問題を解決するために共重合体の各成分の割
合の範囲を限定することについての記載はなく又その示唆もない。
本願明細書(甲3∼5)の段落【0008】に「フリーラジカル
系由来のものに比較して一層良好な圧縮永久歪み値を示す容易に加
工し得る生成物を生じるといった一般的な利点を有するイオン加
硫」と記載されているとおり,一般に,フリーラジカルによる加硫
によっては,良好な圧縮永久歪み値を得ることはできない。しかる
に,上記ア(エ)記載のとおり,引用文献3にはフリーラジカル系に
よる加硫について記載されているのみで,一般に良好な圧縮永久歪
み値を示すイオン加硫についての記載は一切無い。そのため,引用
文献3では,圧縮永久歪み特性については全く意識されておらず,
圧縮永久歪み特性について何らの示唆もないといえる。
b引用文献3には,対象の単量体からなる共重合体の大部分がその
範囲に含まれてしまうほどに非常に広い抽象的な記載の他,本願発
明の構成を有する共重合体についての記載がない。
(a)引用文献3の発明の詳細な説明には,第3の単量体として,
本願発明に不可欠な単量体であるヘキサフルオロプロペン(HF
P)ではなく,引用発明において好ましい単量体とされるテトラ
フルオロエチレン(TFE)を選択した共重合体について記載さ
れており,第3の単量体としてヘキサフルオロプロペン(HF
P)を選択した共重合体については,実施例7及び実施例9に記
載されているのみである。
(b)しかるに,引用文献3の実施例7及び実施例9は両者ともエ
ラストマーではない。実施例7は弾性プラスチックであり(9欄
26行,実施例9はプラスチックである(10欄14行。また,))
同実施例7及び実施例9の共重合体のフッ化ビニリデン(VD
F,ヘキサフルオロプロペン(HFP)及びペルフルオロアル)
キルビニルエーテル(PAVE)の成分割合は,重量比で下記の
とおりである(引用文献3,9欄21行,10欄8行。)
本願発明実施例7実施例9
VDF48−657141
HFP21−361727
PAVE3−91232
(c)すなわち,まず,これらの実施例によって製造される共重合
体はエラストマーではなく,これらの実施例は,本願発明が対象
とするフルオロエラストマー性共重合体ではない。また,実施例
7及び実施例9ともに,フッ化ビニリデン(VDF)及びペルフ
ルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)の重量割合が本願発
明の範囲外である。さらに,実施例7及び実施例9は,ペルフル
オロアルキルビニルエーテル(PAVE)をそれぞれ12%,3
2%含むものであるが,このような組成の共重合体の場合,本願
明細書(甲3∼5)の段落【0011】∼【0013】に記載さ
れるように,200℃における圧縮永久歪みは24%よりも大き
くなる。さらに,このような共重合体は,多孔性になり,又加硫
金型を汚染する気泡を生じさせるため,O−リングの製造には不
適である。
(d)したがって,引用文献3の実施例には,本願発明の選択につ
いての示唆はないものといえる。
確かに,審決が説示するとおり,引用発明は実施例に限定され
るものではないが,実施例は,引用文献3に記載されている発明
を具体化したものであり,引用文献3に記載されている技術思想
が現実化されたものである。そのため,引用文献3に開示されて
いる技術思想の検討に当たっては,実施例としてどのような例が
記載されているかが重要な意味を持つことになる。その意味で,
実施例に記載されている共重合体が本願発明の範囲内にないこと
は,引用文献3に本願発明の選択についての記載及び示唆がない
ことについての一つの証左となる。
c本願発明は,本願明細書(甲3∼5)の段落【0001】の記載
から分かるとおり,フッ化ビニリデン(VDF)及びヘキサフルオ
ロプロペン(HFP)を基本とする共重合体であるが,引用発明は,
引用文献3に「過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテルとフッ化
ビニリデンに加えて3つ目の単量体を用いると,思いがけなく,共
重合体の硬化性が改善することが判明した(4欄45行∼48行。。」
訳文7頁10行∼12行)とあることから分かるとおり,フッ化ビ
ニリデン(VDF)及び過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテル
(PAVE)を基本とする共重合体である。
このように,本願発明と引用発明は,共重合体の基本となる単量
体が異なっている。また,本願発明で不可欠な単量体とされている
ヘキサフルオロプロペン(HFP)は,引用発明においては選択的
なものである。さらに,引用発明において好ましい単量体とされて
いるテトラフルオロエチレン(TFE)が,本願発明においては選
択的なものとなっている。
したがって,引用文献3に接した当業者が本願発明の範囲を選択
することは適時なしうるものであるとはいえず,引用文献3に本願
発明の範囲についての示唆があるとは評価できない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
(1)取消事由1に対し
原告は,審決が引用発明の認定を誤った旨主張するが,失当である。
ア原告は,ヘキサフルオロプロペン(HFP)は多数の例示単量体のう
ちの一つとして挙げられているだけであると主張する。
しかし,引用文献3には,その特許請求の範囲の請求項1に「以下の,
単量体ユニットからなる,通常は固体の,硬化可能な共重合体;(a)2から
50モルパーセントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテル・ユニット。
このユニットにおいて,過フッ化アルキル基は1から3の炭素原子を含む。
22…(b)10から85モルパーセントのフッ化ビニリデン・ユニット(−CH−CF
−);及び(c)3から80モルパーセントの,次の構造式を含むモノマー・ユ
ニット;(−CFX−CFY−),ここでXとYはフッ素からなる原子団と,1から3
の炭素原子を含む過フッ化アルキル基から選択される;XとY両者であるい
は両者は2から5の炭素原子を含む過フッ化アルキレン基を形作りうる。そ
して,Yは塩素でありうる(審決2頁ア,甲2の訳文22頁5行∼14。」
行)と記載され,同請求項12に「クレーム1で定義された共重合体にお
いて(c)が六フッ化プロペン・ユニットであるもの。…(審決2頁,」
ア,甲2の訳文24頁下3行∼下2行)と記載されているから(c)成,
分としてヘキサフルオロプロペン(六フッ化プロペン,HFP)を用い。
る発明が明記されている。
すなわち,引用文献3(甲2)には(c)成分として「四フッ化エチ,
,レン,一塩化三フッ化エチレン,六フッ化プロペン,過フッ化-2-ブテン
過フッ化-4-オクテン,過フッ化シクロペンテン又は過フッ化シクロヘプ
テン(審決3頁ウ,甲2の2欄19行∼22行及び訳文3頁6行∼8」
行)からなる複数の選択肢を有する発明が記載されているのであって,そ
の選択肢のいずれか一つの選択肢のみを発明を特定するための事項とする
複数の発明が記載されているといえる。
しかも,実施例7及び実施例9には,具体的に(c)成分としてHFP
を用いた例が記載されているから(c)成分としてHFPを用いる発明,
が裏付けをもって記載されている。
したがって,引用文献3には「c)成分をHFPに限定した発明」,(
が記載されていることは明らかである。
イ引用文献3(甲2)には「従来のフッ化エラストマーと同じ方法で化,
合,合成,硬化した状態でも用いられ得る。適切な硬化剤は,…であ
る(審決3頁オ,甲2の4欄57行∼64行及び訳文7頁18行∼2。」
2行)と記載されているのであり,当該硬化(加硫)をラジカル反応によ
る加硫に限定しているものではない。
また,仮にラジカル反応による加硫としても,それによって生成される
ものは架橋された共重合体であることは明らかである。
したがって,引用文献3には「架橋された共重合体」が記載されてい,
るといえる。
ウ引用文献3(甲2)には「本発明の共重合体は,一般的に使われてい,
る既知のフッ化エラストマーの応用法のいずれにおいても使用しうる。こ
れは,O−リング,容器,シールなどの成型品,…といった使用法も含
む(審決3頁カ,甲2の4欄70行∼5欄2行及び訳文7頁下1行∼。」
8頁3行)と記載されているから,O−リングとして使用できることが記
載されている。使用できるということは,その用途にふさわしいというこ
とであるから,その用途に好適(広辞苑・第2版〈乙3)なものといえ〉
る。
したがって,引用文献3には「O−リング又は一般製品の製造に好適,
なエラストマー性共重合体」が記載されているといえる。
エ引用文献3には,上記のようにエラストマー性コポリマー(共重合体)
が記載されているが,仮に,エラストマー性コポリマーが記載されていな
いとしても,本願発明は「コポリマー」という化学物質発明であるから,
その機能・特性はその物に固有の性質であって,その物を特定する事項と
はいえない。したがって「エラストマー性」という性質が本願発明の,
「コポリマー」を特定する事項とはいえない。
(2)取消事由2に対し
原告は,審決の本願発明と引用発明の対比は誤りである旨主張するが,失
当である。
ア原告は,本願発明においては,ヘキサフルオロプロペン(HFP)が不
可欠なものであるのに対し,引用発明においては,ヘキサフルオロプロペ
ン(HFP)は不可欠なものではなく,テトラフルオロエチレン(四フッ
化エチレン,一塩化三フッ化エチレン,ヘキサフルオロプロペン(六フ)
ッ化プロペン,過フッ化-2-ブテン,過フッ化-4-オクテン,過フッ化シ)
クロペンテン又は過フッ化シクロヘプテンから選択される任意的なもので
あると主張する。
しかし,上記(1)アに記載したように,引用文献3には「c)成分を,(
HFPに限定した発明」が記載されているのであって,当該発明において
HFPは不可欠なものである。
イ原告は,本願発明の架橋はイオン加硫を前提としたものであるのに対し,
引用発明の架橋はラジカル反応を前提としていると主張する。
しかし,上記(1)イに記載したように,引用文献3には,架橋された共
重合体が記載されているのであり,引用発明はラジカル反応による架橋さ
れた共重合体に限定されるものではない。一方,本願発明は「架橋され,
たフルオロエラストマー性コポリマー」であって,イオン加硫により架橋
されたものに限定される発明ではないから,原告の主張は特許請求の範囲
の記載に基づかない主張であり失当である。
ウ原告は,本願発明はその全範囲においてO−リングの製造に好適なもの
であるのに対し,引用発明ではそうでないと主張する。
しかし,上記(1)ウに記載したように,本願発明は「O−リングおよび
一般製品の製造に好適な架橋されたフルオロエラストマー性コポリマー」
であって,O−リングの製造以外の態様をも含むものである一方,引用文
献3には「O−リング又は一般製品の製造に好適なエラスマー性共重合,
体」が記載されている。
(3)取消事由3に対し
原告は,審決の相違点に対する判断は誤りである旨主張するが,失当であ
る。
ア本願発明は,引用文献3に記載された発明である。
(ア)原告は,引用発明の成分割合が本願発明の成分割合の範囲と重複一
致することは認めているが,引用発明は非常に範囲の広いものであり,
本願発明の構成を有する共重合体についての記載がない旨主張する。
しかし,引用発明が非常に範囲の広いものであって,しかも,本願発
明の特定成分割合の共重合体が具体的に明記されていないからといって,
それで直ちに,本願発明の特定成分割合の共重合体が開示されているこ
とが否定されるわけではない。
発明の詳細な説明における実施例とは,当該発明の構成を実際上どの
ように具体化したかを示すものであって,代表的なものが示されていれ
ば足り,当該発明が実施例に限定されるわけではない。
(イ)そして,引用文献3(甲2)には「本発明を例証する代表的な例,
は後述する(5欄9行∼10行,訳文8頁7行)と記載され,例1。」
∼例16の多数の例が記載されている。
さらに「前述の例は代表例を示したものであり,本質的に同じ結果,
を生み出すために本明細書に開示されている範囲内において変更するこ
とができる。本発明は,その技術思想及び技術範囲から離れることなく,
多くの異なる態様による具体化が可能であり,本発明は,付加クレーム
において定義されているような場合を除き,特定の具体例に限定される
ものではないということが理解されるべきである(12欄44行∼。」
51行,訳文21頁下3行∼22頁3行)と記載されており,実施例に
限定されるものではないことが明記されている。
そして,引用文献3に例示された例1∼例16についてみると,種々
の組成範囲のものが具体的に記載されており,引用文献3には,その特
許請求の範囲全体を裏付けるに足る例が記載されているといえる。
(ウ)また,本願発明の実施例1をモルパーセントに換算したものについ
てみても本願発明の特定成分割合の共重合体は引用文献3に記載された
共重合体の組成範囲に含まれており,例1∼16に比して格別特異的な
範囲とはいえないことが明らかである。
(エ)以上によれば,引用文献3には,本願発明の特定成分割合の共重合
体が実質的に記載されているというほかない。
イ上記のように,本願発明は引用文献3に記載された発明であるが,原告
は,本願発明は選択発明であると主張するので,検討する。
(ア)選択発明とは,特許庁の「審査基準(平成5年6月改訂」によれ)
ば,
「1)選択発明とは,引用文献において上位概念で表現された発明に(
対し,その上位概念に包含されている下位概念で表現された発明であっ
て,引用文献に開示されていない事項を発明の構成に欠くことができな
い事項として選択した発明をいう。
(2)公知のものの中から実験的に最適又は好適なものを選択すること
は,当業者の通常の創作能力の発揮であって,通常はこれに進歩性はな
いものと考えられる。しかし,
(3)選択発明が引用文献に記載されていない有利な効果であって,引
用文献において上位概念で表現された発明が有する効果とは異質な効果,
または同質の効果であるが際立って優れた効果を有し,これらが技術水
準から当業者が予測できたものでないときは,進歩性を有する」と定。
義されている。
そうすると,選択発明とは「引用文献に開示されていない事項を発明
の構成に欠くことができない事項として選択した発明」であることが前
提であるが,上記のとおり本願発明は引用文献3に開示された発明であ
り,そもそも上記審査基準で定義する選択発明であるということはでき
ない。
(イ)しかも,念のためさらに検討しても,次に述べるとおり,本願発明
は選択発明ともいえないものである。
①本願明細書(甲3∼5)には本願発明の実施例および比較例に関す
るデータが表1∼表6に記載されている。
ここで,例1,4,6は実施例であり,3,5,7は比較例である。
例2はそのHFPの量が36.9であり,本願発明のHFPの範囲外
であるから比較例と解される。
そして,実施例および比較例には,生成物の特性の評価のためにT
R試験および圧縮永久歪みの結果が示されている。
TR試験は,低温での引張り伸びの回復率を測る試験であり(特
開平2−196838号〈乙4,圧縮永久歪み試験は,圧縮装置〉)
に試験片を装入後,所定の条件で熱処理を行なった後に,圧縮装置
から試験片をはずし,その残留する圧縮歪みを測定するものであり
(日本ゴム協会「ゴム工業便覧」1245頁〈乙5,高温での圧〉)
縮永久歪みの測定は耐熱特性の指標となるものである。
すなわち,これらは,エラストマーの低温,高温での特性の指標と
なるものであり,ともに本願優先日(1991年7月24日)前に周
知の試験である。
これに対し,引用文献3には,低温での屈曲性,高温における安定
性等が優れた共重合体が得られることが記載されており,低温および
高温でのエラストマー性共重合体の特性の改良という点では,本願発
明と軌を一にする効果であって,本願発明の有する効果と引用発明の
有する効果とが異なる異質の効果であるということはできない。
また,その低温および高温でのエラストマー性共重合体の特性につ
いて,周知のTR試験,圧縮永久歪み試験によって,確認し,好適な
ものを選択することは当業者が適宜行う事項である。
②さらに,本願発明が際立って優れた効果を有するものであるか否か
について検討する。
TR試験の結果は,例えば,例1(実施例)では,TR10%,3
0%,50%がそれぞれ−20℃,−16℃,−13℃であるのに対
し,例2(比較例)は,それぞれ,−19℃,−15.0℃,−12.
4℃であって,両者の値に顕著な差異があるものとはいえない。他の
実施例,比較例についてみても,本願発明が格別顕著な効果を奏して
いるとはいえない。
また,圧縮永久歪みの結果は,例えば,例1(実施例)では[(2
00℃,70時間)/O−リング[23℃,7時間/O−リン],
グ[0℃,70時間/ディスク23℃で30分後の読み[0],],
℃,70時間/ディスク23℃で24時間後の読み]が,それぞれ,
18%,11%,5.8%,2.8%であるのに対し,例2(比較
例)で15%,11%,4.5%,2.2%であって,例2の方が圧
縮永久歪みにおいて優れてた効果を奏している(圧縮永久歪みの値は
小さい方が歪みが少ないということであり,特性が優れていることを
示す。他の実施例,比較例についてみても,むしろ比較例の方が。)
優れており,本願発明が顕著な効果を奏しているとはいえない。
さらに,その他の物性においても格別顕著な効果を奏するものと認
めるに足るデータは示されていない。
したがって,本願発明が特定の成分割合とすることにより際立って
優れた効果を有するものとはいえない。
ウ原告は,引用文献3に,本願発明の技術的な問題を解決するために本願
発明の範囲を選択することの示唆や動機づけがないと主張する。しかし,
本願発明は引用文献3に記載された発明であるから,これについて検討す
る必要はないが,念のため検討すると,以下のとおりである。
(ア)引用文献3には,圧縮永久歪み特性についての記載はないが,高温
における安定性等が優れた共重合体が得られることが記載されている
のであり,これを耐熱特性の指標として周知の圧縮永久歪みを測定し,
その特性を確認することは当業者が適宜なし得る事項であり,その特
性も上記イに記載したように格別顕著なものではない。
(イ)本願発明の特定成分割合の共重合体は引用文献3に記載された共重
合体に含まれており,例1∼16に比して格別特異的な範囲とはいえ
ないことが明らかであるから,引用文献3には,本願発明の特定成分
割合の共重合体が実質的に記載されているというほかはない。
また,引用文献3の実施例7には,弾性(elastic)プラスチックと
記載されており,弾性(elastic)プラスチックはエラストマーである
から(筏義人外5名共編「高分子事典」株式会社高分子刊行会,昭和4
6年(1971年)2月20日発行,20頁〔乙2,本願発明のエ〕)
ラストマー性コポリマーといえるものである。
さらに,本願明細書(甲3∼5)の段落【0011】∼【0013】
の記載はフランス国特許第2,259,849号明細書に関する記載であって,
これから直ちに,当該フランス国特許明細書とは異なる引用文献3に記
載された共重合体の特性を類推することはできない。しかも,先に指摘
したように,本願発明の特定割合の共重合体は引用文献3に記載された
共重合体に含まれており,その範囲も格別特異的なものではないのであ
るから,本願発明のごとく数値範囲を設定することは当業者が適宜なし
得る事項である。
エ原告は,本願発明はフッ化ビニリデン(VDF,及びヘキサフルオロ)
プロペン(HFP)を基本とする共重合体であることを前提として主張す
るが,そのようなことは特許請求の範囲に記載されておらず,その前提に
おいて誤っている。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審))
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決に取消事由があるかについて,以下判断する。
2本願発明の意味
(1)本願発明は,前記第3の1(2)記載のとおりの内容であるところ,本願明
細書(甲3∼5)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
ア従来の技術
本発明は,フッ化ビニリデン(VDF,ヘキサフルオロプロペン(H)
FP)および所望ならばテトラフルオロエチレン(TFE)から誘導され
たモノマー単位から成り,イオン的に加硫可能であり,高温および低温の
双方で良好なエラストマー特性を示し,加硫後の金型からの離型性に関し
て良好な成形性を示す,O−リングの製造に好適な新規なフルオロエラス
トマー性コポリマーに関する(段落【0001)。】
既知のO−リングの製造に有用なフルオロエラストマー性コポリマーは,
VDFおよびHFPから成っている。かかるコポリマーは,高温では良好
な特性を示すが,低温での特性はよくない(段落【0002)。】
良好な低温特性を示すフルオロエラストマーとして,少量の臭素含有オ
レフィンまたはブロモアルキルビニルエーテルを含み,ペルオキシドや架
橋剤を用いたフリーラジカルによって加硫可能であるVDF,PAVEお
よび場合によってはTFE単位をベースとするものが知られている(段。
落【0006)】
しかしながら,この種の架橋を用いることによって得られる生成物は,
圧縮永久歪み特性が良くなく,O−リングの生産に不適である(段落。
【0007)】
フリーラジカル系由来のものに比較して一層良好な圧縮永久歪み値を示
す容易に加工し得る生成物を生じるといった一般的な利点を有するイオン
加硫は,前記のフルオロエラストマーには用いることができない(段落。
【0008)】
フランス国特許第2,259,849号明細書には,VDF,HFP,
TFEおよびPAVE単位から成り,その中の後者が総モノマーに対して
17∼30重量%であるイオン的に加硫可能なフルオロエラストマー性コ
ポリマーが開示されている(段落【0011)。】
最後に,フランス国特許第2,343,389号明細書には,類似のエ
ラストマー性コポリマーであって,PAVE単位の含量が10∼17重量
%であるものが開示されている(段落【0012)。】
これらの特許明細書のフルオロエラストマーは,低温におけるTR10
および圧縮永久歪みに関して良好な特性を示す。しかしながら,高温での
その圧縮永久歪みは良くない。本発明者によって行われた試験によれば,
上記二つのフランス国特許明細書に例示されているモノマー組成を有する
コポリマーは,200℃では圧縮永久歪みが24%を上回る。更に,イオ
ン的方法によって行われる加硫の際に,コポリマーは多孔性になり易くな
り,即ちFCOおよびHFのような揮発性の分解生成物が形成されるた2
め表面に気泡を生じ易くなり,加硫金型を汚染する(ファウリング。こ)
れらの理由により,前記の特許明細書に記載されているポリマーは,O−
リングの製造に用いるには不適である(段落【0013)。】
イ本発明
VDF,HFP,PAVE単位を含んで成り,場合によってはTFE単
位をも含むことがあり,PAVE単位の量が総モノマー単位に対して3∼
9重量%,好ましくは4∼8重量%であり,前記のような欠点なしにイオ
ン的方法によって加硫することができ,ファウリングの問題を示さず,驚
くべき低温特性,特にTR10の値に関する特性を示し,高温における圧
縮永久歪みの値が十分低く,20%程度以下の低さに保持されることを特
徴とするフルオロエラストマー性コポリマーが,意外にも見出された。特
に,このコポリマーは,200℃,70時間のO−リングの圧縮永久歪み
について最大値が20%であることを要求する「ミリタリー・スペシフィ
ケイション(MIL−R−83248B」のような商業的仕様を満足さ)
せることができる(段落【0014)。】
本発明の目的であるコポリマーは,重量で下記のモノマー単位:
VDF48∼65%
HFP18∼36%
PAVE3∼9%
TFE0∼17%
の組成を有し,HFP+PAVEの和が最低でも27%であることを特徴
とする(段落【0015)。】
O−リングの外に,本発明のコポリマーは,高温で良好な圧縮永久歪み
を示す製品を製造するのに用いることもできる(段落【0034)。】
下記の例は,本発明の目的を説明するためのものであり,限定を目的と
するものではない(段落【0035)。】
170℃のプレス中で10分間処理した後のプラックのアルミニウムシ
ートからの離型性の値を,離型が良好であるときにはAで,離型が普通で
あるときにはBで表わす(段落【0036)。】
ウ例1
630rpmで作動する撹拌機を備えた5リットル反応装置を用いた。
(段落【0037)】
水3,500gを真空で反応装置に仕込んだ後,下記のモル組成
VDF48%
HFP39%
PMVE(ペルフルオロメチルビニルエーテル)13%
を有するモノマー混合物を用いて,反応装置を加圧する(段落【003。
8)】
操作温度は85℃であり,圧は19相対圧である(段落【0039)。】
次いで,過硫酸アンモニウム(PSA)4.2gを水に溶解したもの,
連鎖移動剤としての酢酸エチル6.4gであって,その中の3.2gは5
%のモノマーが転換した時点で,残りはそれぞれ0.8gずつ4つに分け
て,それぞれ24%,43%,62%および81%が転換した時点で加え
るようにしたものを,順に加える(段落【0040)。】
圧は,下記のモル比
VDF78.5%
HFP17.5%
PMVE4.0%
のモノマーを供給することによって,重合中一定に保持する(段落【0。
041)】
66分後に,ポリマー1,413gが得られる。反応装置を冷却して,
エマルジョンを取り出し,硫酸アルミニウムの水性溶液を加えることによ
って凝固させる(段落【0042)。】
ポリマーを単離し,水で洗浄し,空気循環オーブン中で60℃で24時
間乾燥する(段落【0043)。】
表1に,ポリマー組成…の値に関するデーターを示す(段落【004。
4)】
表2に,ポリマーの加硫に用いられる処方に関するデーター,この処方
物の特性並びに230℃でオーブン中で24時間後加硫した後の加硫ポリ
マーの特性を示す。ポリマーの加硫は,170℃のプレス中で10分間行
った(段落【0045)。】
エ例2
例1と同じ反応装置を用いる(段落【0046)。】
下記のモル組成
VDF47%
HFP45%
PMVE7%
を有するモノマー混合物を用いて,反応装置を加圧する(段落【004。
7)】
操作温度は85℃であり,圧は19相対圧である(段落【0048)。】
PSAおよび酢酸エチルの供給は,例1と同様にして行う(段落【0。
049)】
圧は,下記のモル組成
VDF78.5%
HFP19.5%
PMVE2.0%
を有するモノマー混合物を供給することによって,重合中に一定に保持す
る(段落【0050)。】
65分間の重合の後に,ポリマー1,450gが得られる(段落【0。
051)】
表1および2に,得られたポリマーの特性,加硫処方および加硫生成物
に関するデーターを示す(段落【0052)。】
オ例3(比較例)
操作条件は,反応装置の圧を,下記のモル組成
VDF53.5%
HFP46.5%
を有するモノマー混合物を用いて得ることを除いて,例1と同様である。
(段落【0053)】
圧は,下記のモル組成
VDF78.5%
HFP21.5%
を有するモノマー混合物を供給することによって,重合中に一定に保持す
る(段落【0054)。】
70分間の重合の後,ポリマー1,560gが得られる(段落【00。
55)】
表1および2に,得られたポリマーの特性,加硫処方および加硫生成物
に関するデーターを示す(段落【0056)。】
カ(ア)段落【0076】
表1
123例
ポリマー組成(重量%)
58.358.660.7VDF
32.836.939.3HFP
8.94.50.0PMVE
000TFE
(イ)段落【0077】
表2
123例
………
(ASTMD1329)TR試験
10%-20-19-17TR(℃)
30%-16-15.0-13TR(℃)
50%-13-12.4-10.9TR(℃)
圧縮永久歪み
20070(ASTMD1414-78)(℃,時間)
(%)181514O−リング
2370(ASTMD395B)℃,時間
(%)111111O−リング
070(ASTMD395B)℃,時間
ディスク:(12.5x29mm)
2330(%)5.84.53.9℃で分後の読み
2324(%)2.82.22℃で時間後の読み
アルミニウム箔からのプラックの離型
17010AAA(℃のプレス中で分間処理した後)
………
(2)以上によれば,本願明細書(甲3∼5)には,VDF,HFP,PAV
E単位を含んで成り,場合によってはTFE単位をも含むことがあり,また
PAVE単位の量が総モノマー単位に対して3∼9重量%,好ましくは4∼
8重量%であり,イオン的方法によって加硫することができ,またファウリ
ングの問題を示さず,低温特性に優れ,特にTR10の値に関し優れた特性
を示し,高温における圧縮永久歪みの値が十分低いことを特徴とするフルオ
ロエラストマー性コポリマーが見出されたことに基づき本願発明が完成され
たことが記載されていると認められる。
3取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)引用文献3(甲2)には,以下の記載がある。
ア「1.以下の単量体ユニットからなる,通常は固体の,硬化可能な共重
合体;(a)2から50モルパーセントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエー
テル・ユニット。このユニットにおいて,過フッ化アルキル基は1から3の
炭素原子を含む。…(b)10から85モルパーセントのフッ化ビニリデン・ユ
ニット(−CH−CF−);及び(c)3から80モルパーセントの,次の構造式を22
含むモノマー・ユニット;(−CFX−CFY−),ここでXとYはフッ素からなる
原子団と,1から3の炭素原子を含む過フッ化アルキル基から選択される;
XとY両者であるいは両者は2から5の炭素原子を含む過フッ化アルキレン基
を形作りうる。そして,Yは塩素でありうる(特許請求の範囲の請求項。」
1,甲2の訳文22頁5行∼14行)
イ「クレーム1で定義された共重合体において(c)が六フッ化プロペ,
ン・ユニットであるもの。…(特許請求の範囲の請求項12,甲2の訳」
文24頁下3行∼下2行)
ウ「本発明は,特に低温での屈曲性,高温での安定性,及び溶媒による浸
食に対する抵抗性の面で顕著な性質を持つ,新規なフッ素含有共重合体に
関するものである。
フッ化単量体に由来する重合体は,その優れた物理的性質によって知ら
れるようになって来た。しかしながら,低温での屈曲性,高温での安定性,
及び化学薬品や溶媒による浸食に対する抵抗性において優れた改良を示す
重合体の必要性は未だ存在する。
それゆえ,過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテルの新規共重合体類
を提供することが本発明の目的である。さらに,フッ化ビニリデンを含む
共重合体を提供することも目的とする。その共重合体は改良された性質を
反映している(甲2の第1欄12行∼28行及び訳文1頁4行∼12。」
行)
エ「使用されうる第三の単量体の代表的な例は,四フッ化エチレン,一塩
化三フッ化エチレン,六フッ化プロペン,過フッ化-2-ブテン,過フッ化-
4-オクテン,過フッ化シクロペンテン,そして過フッ化シクロヘプテンで
ある。これらの中で,四フッ化エチレンは,好ましい単量体である。2つ
あるいはそれ以上の単量体の混合物も使用されうる(甲2の第2欄1。」
9行∼24行及び訳文3頁6行∼10行)
オ「本発明に従って生成される共重合体は,最終産物中に存在する単量体
の性質や比率によって,エラストマーあるいは屈曲性のプラスチックにな
りうる。一般的に,それらは以下の性質のうちひとつあるいはそれ以上が
顕著である:熱安定性,低温における屈曲性,機械的強度,化学薬品や溶
媒による浸食に対する抵抗性(甲2の第2欄66行∼第3欄2行及び。」
訳文4頁8行∼11行)
カ「本発明の共重合体は,広範囲のさまざまな応用法において非常に有用
である。それは,未処理の状態でも用いられ得るし,従来のフッ化エラス
トマーと同じ方法で化合,合成,硬化した状態でも用いられ得る。適切な
硬化剤は,カルバミン酸ヘキサメチレンジアミン,過酸化ベンゾイル,高
エネルギー放射線,N,N'-ビス(アリルアルキリデン)アルキレンジアミン,
脂肪・脂環式ジアミン,脂肪第三アミン結合有機ジメルカプタンである。
酸化マグネシウムや酸化亜鉛のような酸のアクセプターが,硬化剤ととも
に用いられる(甲2の第4欄56行∼66行及び訳文7頁17行∼2。」
3行)
キ「本発明の共重合体は,一般的に使われている既知のフッ化エラストマ
ーの応用法のいずれにおいても使用しうる。これは,O−リング,容器,
シールなどの成型品,…といった使用法も含む。…本発明の範囲内の共重
合体は,高温における安定性と,低温における屈曲性の,独特の組み合わ
せを有するので,両極端の温度にさらされるような応用法に特に適してい
る(甲2の第4欄70行∼第5欄8行及び訳文7頁下1行∼8頁6。」
行)
(2)以上の(1)ア∼キの各記載を総合すれば,引用発明は,(a)2から50モルパ
ーセントの過フッ化アルキル過フッ化ビニルエーテル,(b)10から85モルパ
ーセントのフッ化ビニリデン,(c)3から80モルパーセントのヘキサフルオ
ロプロペンを含んでなる共重合体であって,O−リングおよび一般製品の製
造に好適なものであり,架橋されたエラストマー性の共重合体であることを
内容とする発明であることが認められる。
(3)原告の主張に対する判断
ア原告は,形式的にみると,引用文献3には上記(2)の内容が記載されて
いるといえるが,本願発明の新規性を判断するための前提となる引用発明
の認定に当たっては,引用文献3において共重合体の範囲をどの程度限定
した記載がなされているかを実質的に評価すべきである,と主張する。
しかし,引用文献3に上記(2)の内容が記載されている以上,引用文献
3において共重合体の範囲をどの程度限定した記載がなされているかを実
質的に評価すべきであるという理由で,引用発明の内容として上記(2)の
とおり認定することが直ちに妨げられるものではないから,原告の上記主
張は採用することができない。
イ原告は,引用文献3には,成分としてヘキサフルオロプロペン(六(c)
フッ化プロペン,HFP)が例示されているものの,多数の例示単量体
のうちの一つとして挙げられているだけであり,その使用が特に好まし
い旨の記載は一切無いから,成分をヘキサフルオロプロペン(HF(c)
P)に限定したものを引用発明として認定することは妥当でない,と主
張する。
しかし,引用文献3に,成分としてヘキサフルオロプロペン(六フ(c)
ッ化プロペン,HFP)が例示されている以上,原告が上記で指摘する
ような理由で,成分をヘキサフルオロプロペン(HFP)に限定した(c)
ものを引用発明として認定することが直ちに妨げられるものではないか
ら,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,引用文献3において挙げられている硬化剤はすべてイオン加
硫ではなくラジカル反応による加硫において使用されるものであるから,
引用文献3に記載の共重合体は,イオン加硫ではなく,ラジカル反応に
よる加硫を前提としたものであると主張する。
しかし,引用文献3には架橋された共重合体が記載されているのであ
り,その加硫方法が限定されているものではなく,上記(1)カの記載を
見ても,挙げられている硬化剤の記載から直ちに当該硬化(加硫)をラ
ジカル反応による加硫に限定しているとはいえない。そうすると,原告
が上記で指摘するような理由で引用発明の共重合体をラジカル反応によ
る加硫を前提にしたものに限定することはできないから,原告の上記主
張は採用することができない。
エ原告は,引用文献3において生成される共重合体の範囲は非常に広く,
その全ての範囲においてO−リングに好適な性質を示すわけではないし,
引用文献3記載の共重合体は,上記ウのとおりラジカル反応による加硫
を前提としたものであるため,イオン加硫を前提とした本願発明と同等
のO−リングに好適な性質を示すことはない,そうすると,引用文献3
には「O−リング又は一般製品の製造に用いることのできるエラスト,
マー性の共重合体」が記載されているとはいえるが「O−リングおよ,
び一般製品の製造に好適なエラストマー性の共重合体」が記載されてい
ると認定することはできない,と主張する。
しかし,仮に引用文献3において生成される共重合体の範囲が非常に
広いとしても,上記(1)キ記載のように,引用発明が,O−リング,容
器,シールなどの成型品といった使用法を含むものと具体的に記載され
ていて,上記の広い範囲の中にO−リングに好適な性質を示すものが含
まれているのであるから,引用発明が,O−リングの製造に好適なエラ
ストマー性の共重合体を開示した本願発明と同一というを妨げないとい
うべきである。また,そもそも引用文献3記載の共重合体がラジカル反
応による加硫を前提としたものとすることはできないことは,上記ウに
説示したとおりである。
原告の上記主張は採用することができない。
(4)以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
4取消事由2(本願発明と引用発明との相違点の看過)について
(1)原告は,引用発明が第3の1の(4)ア(カ)のとおり認定されるべきであ
るから「本願発明においては,ヘキサフルオロプロペン(HFP)が不,
可欠なものであるのに対し,引用発明においては,ヘキサフルオロプロペ
ン(HFP)は不可欠なものではなく,テトラフルオロエチレン(TF
E,一塩化三フッ化エチレン,ヘキサフルオロプロペン(HFP,過フ))
ッ化ブテン,過フッ化オクテン,過フッ化シクロペンテン又は過フ-2--4-
ッ化シクロヘプテンから選択される任意的なものである」点も本願発明と
の相違点として認定すべきであると主張する。しかし,上記3(2)の説示
によれば,引用発明が上記のとおり認定されるべきであるという前提が既
に失当であることになるから,原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告は,引用発明における各成分の割合の範囲は非常に広いものであ
るのに対し,本願発明における各成分の割合の範囲は極めて限定されたも
,のになっていると主張する。しかし,上記3(1)オ,キに記載したとおり
引用文献3中には物質の構成のみならずO−リングやエラストマーについ
ても記載されているから,たとえ引用発明と本願発明における各成分の割
合の範囲に広狭があるとしても,極めて抽象的な構成のみが記載されてい
て技術思想の開示があるとすらいえないような場合とは異なるというべき
であって,後記5(1)∼(6)の説示に照らしても,上記の点をもって本願発
明と引用発明との実質的な相違点であるとすることはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告は,本願発明における架橋については,本願明細書(甲3∼5)
の段落【0001】に「本発明は,フッ化ビニリデン(VDF,ヘキサ)
フルオロプロペン(HFP)および所望ならばテトラフルオロエチレン
(TFE)から誘導されたモノマー単位から成り,イオン的に加硫可能で
あり,高温および低温の双方で良好なエラストマー特性を示し,加硫後の
金型からの離型性に関して良好な成形性を示す,O−リングの製造に好適
な新規なフルオロエラストマー性コポリマーに関する(下線付加)と記。」
載されているように,イオン加硫を前提としたものであるところ,引用発
明の架橋はラジカル反応による架橋を前提とするから,この点も相違点で
あると主張する。
しかし,上記3(3)ウに説示したように,引用発明の共重合体をラジカ
ル反応による加硫を前提にしたものに限定することはできないし,本願発
明についても,原告の指摘する本願明細書中の「…イオン的に加硫可能で
あり…」という記載から直ちにイオン加硫を前提にしたものに限定される
ともいえないから,原告の上記主張は採用することができない。
(4)原告は,本願発明はその範囲全てにおいてO−リングの製造に好適な
ものであるのに対し,引用発明はそうではない点も相違点であると主張す
るが,上記3(3)エの説示に照らし,かかる原告の主張を採用することは
できない。
(5)以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。
5取消事由3(相違点についての判断の誤り)について
(1)原告は,本願発明は引用発明と実質的に同一のものとはいえず,新規性
が認められるべきものであると主張する。
アそこで検討するに,上記2,3によれば,引用発明と本願発明との一致
点は「フッ化ビニリデン(VDF,ヘキサフルオロプロペン(HF,)
P,ペルフルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)を含んで成り,)
O−リングおよび一般製品の製造に好適な架橋されたフルオロエラストマ
,,ー性コポリマー」であることが認められ,両者は「本願発明においては
各成分の割合は重量パーセントで示されており,さらにHFP+PAVE
の最小値が27%と限定されているのに対し,引用発明では各成分の割合
はモルパーセントで示されており,HFPとPAVEの和については何ら
限定されていない」点において一応相違すると認められる。
イそこで,上記相違点について判断する。
(ア)本願発明の重量%は各成分の和をもって100%とするものとして,
引用発明のうち(a)成分(PAVEがPMVEの場合)が3モル%,
(b)成分(VDF)が80モル%,(c)成分(HFP)が17モル%の
場合を重量%に換算すると,(a)成分は6.1%,(b)成分は62.7%,
,(c)成分は31.2%となり,HFP+PAVEは37.3%となるから
本願発明の範囲と重複一致する。また同様に,本願発明の実施例1を
モル%に換算した場合も,引用発明の範囲と重複一致する。
(イ)また,前記2(1)カによれば,本願明細書(甲3∼5)の発明の詳
細な説明には「表1」及び「表2」として,本願発明の実施例に当た,
る「例1」と,組成的にことが明らかな本願発明の範囲を外れる
(本願発明は,HFPの含有量が18∼36重量%であるのに「例2」
対し,例2のHFPは36.9重量%である)と「比較例」と表。,()
記された「例3」についての試験結果が記載されている。
そこで,上記「表1」及び「表2」に示された「例1」と「例2」,
と「例3」とを比較するため,例1∼3の示す値のうち,特に前記2
低温特性に優れ,特にTR10の値に関し優れた(2)に説示した「,
特性を示し,高温における圧縮永久歪みの値が十分低く,20%
,程度以下の低さに保持されること」に関するデータについて見ると
関連する主な項目は「TR試験(ASTMD1329」の「TR,)
10%(℃「TR30%(℃「TR50%(℃」の各値と,)」,)」,)
「圧縮永久歪み」の「200℃,70時間(ASTMD1414()
−78)O−リング(%「23℃,70時間(ASTMD395)」,
B)O−リング(%「0℃,70時間(ASTMD395B))」,
ディスク(12.5×29mm」の「23℃で30秒後の読み)
(%「23℃で24時間後の読み(%」の各値,及び「アルミニ)」,),
ウム箔からのブラックの離型(170℃のプレス中で10分間処理し
た後」の各評価であるが,そのいずれの項目に対応するデータ(上記)
2(1)カに記載)について見ても「例1」の値が「例2「例3」の,,」,
各値に比べて格別顕著な効果を奏することを裏付けているとまでは認
め難い。
したがって,そもそも本願発明は,本願明細書(甲3∼5)の記載
においてすら,その効果が格別顕著なものであることまでの裏付けが
なされていないのであるから,たとえ引用文献3中に記載された低温
特性,高温特性が上記3(1)ウ,オ,キのとおりであり,本願明細書に
記載されたそれとは厳密には異なる面があるとしても,低温・高温下
においてもO−リング等に好適なエラストマー性を有する架橋された
共重合体である引用発明の効果と対比した場合に,格別の差異がある
ということはできない。
ウ上記ア,イによれば,上記の一応の相違点は,実質的な相違点とはいう
ことはできず,本願発明は引用発明と実質的に同一のものというべきであ
るから,原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告は,本願発明はいわゆる選択発明であり,その範囲において顕著
な効果を有する,すなわち,引用発明の共重合体は,低温での屈曲性,高
温での安定性,溶媒による浸食に対する抵抗力のすべての性質が顕著であ
るわけではなく,そのうちの1つ以上が顕著であるというものであるのに
対し,本願発明は,高温及び低温の双方における良好なエラストマー性,
良好な加工性(特に加硫後の金型からの良好な離型性,TR10,圧縮)
永久歪みのすべての性質が良好な組み合わせを有し,さらに,高温での圧
縮永久歪みが20%(200℃,70時間)以下となり「ミリタリー・,
スペシフィケイション」のような商業的仕様を満足させるような,引用発
明と比較して顕著な効果を有していると主張する。
しかし,上記(1)イに説示したように,そもそも本願発明は,本願明細書
(甲3∼5)の記載においてすら,その効果が格別顕著なものであることま
での裏付けがなされていないのであり,さらに,原告の上記主張を前提とし
ても,上記3(1)オに照らせば,引用発明においても低温での屈曲性,高温
での安定性,溶媒による浸食に対する抵抗力等のうち「ひとつあるいはそ
れ以上」が顕著であるというのであるから,本願発明の効果がこれと比較
して顕著であるということもできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告は,一般に,フリーラジカルによる加硫によっては,良好な圧縮
永久歪み値を得ることはできないにもかかわらず,引用文献3にはフリー
ラジカル系による加硫について記載されているのみで,一般に良好な圧縮
永久歪み値を示すイオン加硫についての記載は一切無い,そのため,引用
文献3では,圧縮永久歪み特性については全く意識されておらず,圧縮永
久歪み特性について何らの示唆もないといえる,と主張する。
しかし,前記3(3)ウに説示したように,引用発明の共重合体をラジカル
反応による加硫を前提にしたものに限定することはできない上に,前記4
(3)に説示したように,本願発明についてもイオン加硫を前提としたもの
に限定されることはないことからすると,原告の上記主張を理由として本
願発明と引用発明との同一性を否定することはできない。したがって,原
告の上記主張は失当である。
(4)原告は,引用文献3の発明の詳細な説明には,第3の単量体として,
本願発明に不可欠な単量体であるヘキサフルオロプロペン(HFP)では
なく,引用発明において好ましい単量体とされるテトラフルオロエチレン
(TFE)を選択した共重合体について記載されており,第3の単量体と
してヘキサフルオロプロペン(HFP)を選択した共重合体については,
実施例7及び実施例9に記載されているのみである,しかるに,引用文献
3の実施例7及び実施例9は両者ともエラストマーではなく,本願発明が
対象とするフルオロエラストマー性共重合体でもないし,フッ化ビニリデ
ン(VDF)及びペルフルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)の重
量割合が本願発明の範囲外であり,O−リングの製造にも不適である,引
用文献3に開示されている技術思想の検討に当たっては,実施例としてど
のような例が記載されているかが重要な意味を持つことになるから,その
意味で,実施例に記載されている共重合体が本願発明の範囲内にないこと
は,引用文献3に本願発明の選択についての記載及び示唆がないことにつ
いての一つの証左となる,と主張する。
しかし,上記3(3)イに説示したように,引用文献3に,成分として(c)
ヘキサフルオロプロペン(六フッ化プロペン,HFP)が例示されている
以上,成分をヘキサフルオロプロペン(HFP)に限定したものを引用(c)
発明として認定することが妨げられるものではないし,第3の単量体とし
てヘキサフルオロプロペン(HFP)を選択した共重合体が実施例中にお
いては実施例7及び実施例9のみであるとしても,上記3(1)オ,キに記
載したとおり,物質の構成のみならずO−リングやエラストマーについて
も引用文献3中に記載されている本件において,原告の指摘するような理
由のみから当然に引用発明の内容が実施例7及び実施例9に限定されると
いうこともできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(5)原告は,本願発明と引用発明は共重合体の基本となる単量体が異なっ
ており,本願発明で不可欠な単量体とされているヘキサフルオロプロペン
(HFP)は,引用発明においては選択的なものであり,また引用発明に
おいて好ましい単量体とされているテトラフルオロエチレン(TFE)が,
本願発明においては選択的なものとなっていると主張する。しかし,引用
文献3中に複数の技術思想が開示されているとしても,そのうち引用発明
は上記3(2)のとおり認定できるものであるし,上記テトラフルオロエチ
レン(TFE)自体が引用発明を構成するものではないのであるから,上
記5(1)ア∼ウの説示に照らし,本願発明は引用発明と実質的に同一のもの
というべきであることは何ら左右されない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(6)そうすると,原告主張の取消事由3も理由がない。
6結語
以上によれば,原告の取消事由の主張はいずれも理由がないから,原告の
本訴請求は失当として棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官田中孝一

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