弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
1 被告らは,原告に対し,連帯して44万円及びこれに対する平成13年2
月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを6分し,その5を原告の,その余を被告らの各負担とす
る。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
          事    実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは,原告に対し,連帯して281万0571円及びこれに対す
る平成13年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする
(3) 仮執行宣言
2 被告らの答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告の負傷及び診療契約の締結
ア 原告は,平成3年10月15日,右手にグラスを持ったまま床に転倒
したところ,そのグラスが割れて,右手に切創を負った(以下「本件負
傷」という。)。
イ(ア) 被告Aは,医師であり,平成3年10月15日当時,札幌市中央
区a条b丁目c番d号において,Cを開設していた。
(イ) 被告Aは,平成3年10月15日,原告との間で,原告の右手切
創について適切な診療をする旨の診療契約を締結した。
ウ(ア) 被告Bは,平成3年10月16日当時,札幌市中央区e条f丁目
g番地hにおいて,Dを開設していた。
(イ) 被告Bは,平成3年10月16日,原告との間で,原告の右手切
創について適切な診療をする旨の診療契約を締結した。
(2) 被告らの開設する病院における診療経過
ア 原告は,平成3年10月15日,Cで受診し,同病院の医師Eは,原
告の右手拇指の切創及び第3指の切創(厳密には,第3指から第4指に
かけての切創であるが,以下,叙述の便宜上,「第3指」の切創とい
う。)を縫合した。
イ(ア) 原告は,平成3年10月16日,Dで受診し,同病院の医師F
は,原告の右手切創の処置をした。
(イ) Dの医師は,同月22日,原告の右手第3指の縫合部位の全抜糸
及び拇指の縫合部位の半抜糸をした。
(ウ) Dの医師は,同月25日,原告の右手拇指の縫合部位の全抜糸を
した。
(3) その後の経緯
ア(ア) 原告は,右手第2指に違和感や痛みがあったことから,平成12
年11月13日,Gの開設する医院(以下「H」という。)で受診
し,右手についてX線写真撮影を受け,これにより,右手第2指にガ
ラス片様のものがあることが発見された。
(イ) 原告は,同月18日,Hの医師Iから,原告の右手第2指に異物
(ガラス片)混入があり,同指深指屈筋腱癒着のため手術を要し,右
手第2指関節拘縮のためリハビリ治療を要するとの診断を受け,Jの
開設する病院(以下「K」という。)を紹介された。
イ 原告は,平成12年12月1日,Kで受診し,同外科の医師Lから,
原告の右手には,第2指UP関節部異物及び同指屈筋腱損傷があり,1
日の入院手術及び3週間の通院加療を要するとの診断を受け,同月4
日,同外科に入院し,手術を受けて右手第2指からガラス片を摘出し,
その後同月12日まで,通院して治療を受けた。
(4) 責任原因
ア 原告の本件負傷の際,原告の右手第2指にガラス片が刺さり,これが
皮下に入り込んだ。
イ 被告Aの開設するCのE医師は,平成3年10月15日に原告を診療
した際,原告の右手の切創が割れたグラスによるものであること及び右
手第2指に切創があることを認識していたのであるから,原告の右手に
ついてX線写真撮影をすべき注意義務があった。
しかるに,E医師は,原告の右手についてX線写真撮影をせず,これ
によって,原告の右手第2指にガラス片があることを発見しなかった。
ウ 被告Bの開設するDのF医師は,平成3年10月16日に原告を診療
した際,原告の右手の切創が割れたグラスによるものであること,右手
第2指に切創があること及び前医であるCにおいてX線写真撮影をして
いないことを認識していたのであるから,原告の右手についてX線写真
撮影をすべき注意義務があった。
しかるに,F医師は,原告の右手についてX線写真撮影をせず,これ
によって,原告の右手第2指にガラス片があることを発見しなかった。
エ E医師は被告Aの,F医師は被告Bの各履行補助者又は被用者である
から,被告らは,民法415条又は民法715条に基づき,上記医師ら
の注意義務違反行為(過失)によって原告が被った損害を賠償すべき義
務を負う。
(5) 損害
原告は,被告らの開設する病院の医師らの上記注意義務違反行為(過
失)によって,本件負傷日である平成3年10月15日から約9年後の平
成12年12月4日に右手第2指からガラス片を摘出する手術を受けるこ
となどを余儀なくされ,これによって,次のとおりの損害を被った。
ア 診療費        3万4085円
原告は,右手第2指にガラス片があったことによる障害について,平
成12年11月13日から同年12月12日までの間,H及びKに入院
又は通院して診療を受け,その診療費として3万4085円の支出を余
儀なくされた。
イ 通院費          2980円
原告は,平成12年12月4日,通院費として2980円を支出する
ことを余儀なくされた。
ウ 入院雑費         3000円
原告は,平成12年12月4日から同月5日にかけて,円山整形外科
に入院したところ,その2日間の入院雑費として,1日当たり1500
円,2日間で3000円の支出を余儀なくされた。
エ 休業損害      31万5000円
原告は,平成12年12月4日から15日間,休業を余儀なくされ,
その当時原告がしていた果物類の仕入れ及び配達の代行を第三者に依頼
し,その費用として31万5000円の支出を余儀なくされた。
オ 入通院慰謝料    20万0000円
原告は,右手第2指のガラス片の摘出のため,平成12年12月1日
から同月12日まで,Kに入通院することを余儀なくされたものであ
り,これによって被った原告の精神的な苦痛は,20万円をもって慰謝
するのが相当である。
カ 慰謝料      200万0000円
原告は,9年間にわたり,利き手である右手第2指に苦痛を覚え,こ
れを使用できないという不便を被ったばかりか,右手第2指に残存した
ガラス片の摘出手術を受けることを余儀なくされたものであるから,こ
れによって被った原告の精神的な苦痛は,200万円をもって慰謝する
のが相当である。
キ 弁護士費用     25万5506円
被告らが任意に損害を弁償しなかったため,原告は被告らに対して本
訴を提起・追行することを弁護士に委任することを余儀なくされたとこ
ろ,その弁護士費用は,上記アないしカの合計額である255万506
5円の1割である25万5506円とするのが相当である。
ク 合計       281万0571円
(6) 支払催告
原告は,平成13年2月22日配達の書面をもって,被告らに対し,上
記損害金を支払うように催告した。
(7) 結び
よって,原告は,被告らに対し,債務不履行又は不法行為による損害賠
償請求権に基づき,損害金281万0571円及びこれに対する支払催告
の日の翌日であり,不法行為以後の日である平成13年2月23日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うこ
とを求める。
2 請求原因に対する被告Aの認否反論
(1)ア 請求原因(1)アの事実は知らない。
イ 同イの事実は認める。
(2)ア 同(2)アの事実は認める。
イ 同イの事実は知らない。
(3) 同(3)の事実は知らない。
(4)ア 同(4)アの事実は否認する。
原告が被告Aの開設するCで受診した際にも,また,原告が被告Bの
開設するDで受診した際にも,原告の右手第2指に切創はなく,原告の
右手第2指にあったガラス片は,本件負傷の際に刺さって皮下に入り込
んだものではなく,その後の機会に刺さって入り込んだものである。
イ 同イ及びエの主張は争う。
仮に,原告が被告Aの開設するCで受診した際に,原告の右手第2指
にガラス片があったとしても,その存在を疑わせるような事情はなかっ
たから,このような場合に,CのE医師にX線写真撮影をする注意義務
はない。
ちなみに,異物の存在を疑わせるような事情がない場合にX線写真撮
影をすることは,国民健康保険連合会における診療報酬の査定におい
て,過剰診療と指摘されるものであって,E医師は,過剰診療と指摘さ
れないようにX線写真撮影をしなかった。
(5) 同(5)の事実は否認する。
3 請求原因に対する被告Bの認否反論
(1)ア 請求原因(1)アの事実は知らない。
イ 同ウの事実は認める。
ただし,原告と被告Bとの間の診療契約は,前医である被告Aの開設
するCの医師がした縫合部位の抜糸を内容とするものである。
(2)ア 同(2)アの事実は知らない。
イ 同イの事実は認める。
(3) 同(3)の事実は知らない。
(4)ア 同(4)アの事実は否認する。
原告が被告Aの開設するCで受診した際にも,また,原告が被告Bの
開設するDで受診した際にも,原告の右手第2指に切創はなく,原告の
右手第2指にあったガラス片は,本件負傷の際に刺さって皮下に入り込
んだものではなく,その後の機会に刺さって入り込んだものである。
イ 同ウ及びエの主張は争う。
仮に,原告が被告Bの開設するDで受診した際に,原告の右手第2指
にガラス片があったとしても,原告と被告Bとの間の診療契約は,前医
である被告Aの開設するCの医師がした縫合部位の抜糸を内容とするも
のであった上,原告は,DのF医師に対し,右手第2指について,何ら
かの症状(疼痛又は違和感)があることを訴えていなかったから,この
ような場合に,F医師にX線写真撮影をする注意義務はない。
(5) 同(5)の事実は否認する。
          理    由
1 請求原因(1)について
(1) 請求原因(1)アの事実(原告の負傷)は,甲第12号証及び原告本人尋問
の結果によって,これを認めることができる。
(2) 同イの事実(被告Aと原告との間の診療契約の締結)は,原告と被告A
との間で,当事者間に争いがない。
(3) 同ウの事実(被告Bと原告との間の診療契約の締結)は,原告と被告B
との間で,当事者間に争いがない。なお,被告Bと原告との間の診療契約の
具体的な内容については争いがあるところ,この点については,責任原因の
有無を判断する際に検討する。
2 請求原因(2)について
(1) 請求原因(2)アの事実(被告Aの開設する病院における診療経過)は,原
告と被告Aとの間で,当事者間に争いがなく,原告と被告Bとの間では,弁
論の全趣旨によってこれを認めることができる。
(2) 同イの事実(被告Bの開設する病院における診療経過)は,原告と被告
Bとの間で,当事者間に争いがなく,原告と被告Aとの間では,弁論の全趣
旨によってこれを認めることができる。
3 請求原因(3)について
 請求原因(3)の事実(その後の経緯)は,甲第2,第3号証,第12号証,
第13号証の1,2,第14ないし第26号証,乙ロ第4号証及び原告本人尋
問の結果によって,これを認めることができる。
4 請求原因(4)について
(1) 請求原因(4)アの事実(原告の本件負傷の際,原告の右手第2指にガラス
片が入り込んだこと)について
ア 原告は,本件負傷の際,原告の右手第2指にガラス片が刺さり,これが
皮下に入り込んだ旨主張し,被告らは,これを否認して,原告が被告Aの
開設するCで受診した際にも,また,原告が被告Bの開設するDで受診し
た際にも,原告の右手第2指に切創はなく,原告の右手第2指にあったガ
ラス片は,本件負傷の際に刺さって皮下に入り込んだものではなく,その
後の機会に刺さって入り込んだものである旨主張する。
イ そこで検討するに,甲第12号証,第14,第15号証,第19号証,
第24ないし第26号証,乙イ第1号証,乙ロ第2号証,第4,第5号
証,証人Eの証言,原告本人尋問の結果によれば,次の事実が認められ
る。
(ア) 原告は,平成3年10月15日の午前中の深夜,グラス(以下「本
件グラス」という。)を右手に持ったまま,床に転倒し,右手に体重が
かかって本件グラスが割れ,右手に本件負傷をしたところ,本件グラス
は,もともと,直径約7センチメートル,高さ約8センチメートルのク
リスタル製のもので,下部は厚みがあるものの,上部は薄いもので,割
れた際には,下部は原型をとどめたものの,上部は粉々に壊れた(原告
本人調書1頁,2頁,39頁)。
(イ) 原告の右手からは相当な出血があり,原告は,同日,右手にタオル
を巻いて,タクシーでCに赴き,E医師の診療を受けた(甲第12号証
の2項,原告本人調書2頁)。
(ウ) F医師は,原告の右手のうち,拇指の下部及び第3指に切創を認
め,10数針の縫合をしたが,原告の右手のうちの第2指には縫合をし
なかった(乙イ第1号証)。
(エ) 原告は,同月16日,Dに赴き,F医師の診療を受けたが,その
際,F医師は,原告の右手のうち,拇指の下部及び第3指に縫合部位を
認めたが,原告から,右手第2指についての症状(疼痛又は違和感)が
ある旨の訴えを受けなかった(乙ロ第2号証,第5号証)。
(オ) 原告は,平成12年11月10日までは,右手第2指にひどい痛み
を覚えることはなかったが,同日,自動車を運転しようとしてハンドル
を握った際に右手の内側に何かが刺さったような感じがしたことから,
右手第2指の内側部分の付け根付近に堅いものがあり,そこに触れると
鋭い痛みが走ることが分かり,そこで,同月13日,Hで受診し,右手
についてX線写真撮影を受けた結果,右手第2指にガラス片様のものが
あることが発見され,同年12月4日,Kでその摘出手術を受け,その
ガラス片様のものが,幅約4mm,長さ約8mmのガラス片(以下「本件ガ
ラス片」という。)であることが確認された(甲第12号証,第14,
第15号証,第19号証,第24ないし第26号証,乙ロ第4号証)。
以上の事実が認められ,上記認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 以上の事実によれば,① 原告は,床に転倒した際,右手に体重がかか
って本件グラスが割れ,その割れた本件グラスの下部に右手が押しつけら
れることによって,右手拇指及び第3指に縫合を要する大きな切創を負
い,② 原告の右手第2指には,本件グラスの上部の破片である本件ガラ
ス片が刺さって入り込んだが,その切創は,少なくとも幅4mmはあるもの
の,右手拇指及び第3指の切創のように大きいものではなく,かつ,縫合
を要する状態のものでもなく,③ また,本件ガラス片は,原告の右手第
2指の神経に直接触れるものではなく,本件負傷直後はもちろんその後
も,耐え難い痛みを伴うものではなく,④ このため,原告は,本件負傷
直後は,右手拇指及び第3指の大きな切創及びその痛みから,右手第2指
の切創及びその痛みに大きな関心を払わず,E医師及びF医師に対して
も,右手第2指の切創及び痛みについて訴えず,E医師及びF医師も,原
告の右手第2指の切創について大きな関心を向けなかったとしても,不自
然ではないものと認めることができる。
そして,原告が,本件負傷後に,右手第2指に,本件ガラス片が刺さっ
て入り込むような受傷機会のあったことを認めるに足りる的確な証拠はな
い。
以上によれば,原告の本件負傷の際,原告の右手第2指に本件ガラス片
が刺さり,これが皮下に入り込んだものと推認するのが相当である。
エ なお,乙イ第1,第2号証及び乙ロ第2号証によれば,E医師が平成3
年10月15日に原告を診療した際に作成したカルテには,原告の右手第
2指に切創を認めた上,同切創部分に治療をした旨の記載がなく,また,
F医師が同月16日に原告を診療した際に作成したカルテにも,同様に,
その旨の記載がないことが認められるが,上記各カルテに上記の各記載が
ないことは,前記ウの認定と背反するものではなく,前記ウの認定を左右
するに足りるものではない。
(2) 請求原因(4)イの主張(E医師の過失)について
ア 原告は,E医師が平成3年10月15日に原告を診療した際,原告の右
手についてX線写真撮影をすべき注意義務があったのにこれをせず,原告
の右手第2指にガラス片があることを発見しなかった過失がある旨主張
し,被告Aは,これを争う。
イ そこで,まず,事実関係について検討するに,甲第12号証,乙イ第1
ないし第3号証,証人Eの証言,原告本人尋問の結果によれば,①原告
は,平成3年10月15日の午前中の深夜,本件グラスを右手に持ったま
ま,床に転倒し,右手に体重がかかって本件グラスが割れ,右手に本件負
傷をし,右手から相当な出血があったため,救急当番病院で受診すること
とし,新聞を見てその日の救急当番病院がCであることを確認し,タクシ
ーでCに赴いたこと,②E医師は,同日午前4時40分ころ,原告を診察
し,原告から受傷経緯を聞き,カルテに,「H3.10.15 4:30
AM頃 仕事中右拇指基底部と右ⅢとⅣ指の間をガラスで切った。」と記
載したこと,③E医師は,原告の治療に当たって,まず,原告の右手全体
を消毒液で消毒し,次に,原告の右手を清潔な布の上に置き,そこで,原
告の右手拇指及び第3指に大きな切創があることを確認してその切創の縫
合をしたこと,その縫合は,10数針に及んだこと,④ しかし,E医師
は,原告の右手についてX線写真撮影をしなかったことが認められる。
ウ 次に,医学的な知見について検討するに,甲第4号証(順天堂大学教授
山内裕雄他1名の共訳に係るアメリカ手の外科学会編の「手の診察マニュ
アル」,昭和59年4月20日発行)によれば,手の切創の診察をする場
合には,「正面,側面,斜位のX線写真を必ずとっておく。ガラス片は,
X線に写り,みつかることがある。しかし,木片やプラスチックや,時に
はガラスも写らないことがあるので注意を要する。」と記載されているこ
とが認められ,また,証人Eの証言によれば,①骨折の疑いが強い場合,
②交通外傷の場合,③道路上で起こった切り傷など異物が入った可能性が
ある場合には,X線写真撮影をすることが認められる(同証人調書6
頁)。
エ 以上によれば,原告は,本件グラスが割れて右手に負傷したものであ
り,右手拇指及び第3指に10数針の縫合を要する大きな切創があったこ
とが明らかであったところ,E医師は,原告からその受傷経緯を聞き,か
つ,原告の右手のその負傷状態を見たのであるから,上記ウに掲記の文献
の記載に照らしても,また,上記ウの証人Eの証言(とりわけ③の場合に
関する証言)に照らしても,E医師は,原告の右手拇指及び第3指の大き
な切創部分にガラス片が入り込んでいる可能性があるほか,それ以外の部
分にも軽微な切創があってそこにガラス片が入り込んでいる可能性がある
ことを考慮して,原告の右手についてX線写真撮影をする注意義務があっ
たものと認めるのが相当である。
オ そして,本件ガラス片が幅約4mm,長さ約8mmのものであることは,前
記(1)イ(オ)で認定したとおりであるところ,甲第4号証,第15号証,
第27号証,証人Eの証言によれば,E医師が平成3年10月15日に原
告を診療した時点で原告の右手についてX線写真撮影をしていれば,原告
の右手第2指の本件ガラス片を発見できたものと認められる。
そうすると,E医師には,原告主張のとおりの過失があったものと認め
るのが相当である。
カ なお,被告Aは,異物の存在を疑わせるような事情がない場合にX線写
真撮影をすることは,国民健康保険連合会における診療報酬の査定におい
て,過剰診療と指摘されるものであって,E医師は,過剰診療と指摘され
ないようにX線写真撮影をしなかった旨主張するが,前記認定の事実によ
れば,本件は,異物であるガラス片の存在を疑わせるような事情がある場
合に該当するものであるから,その主張は採用できない。
(3) 請求原因(4)ウの主張(F医師の過失)について
ア 原告は,F医師が平成3年10月16日に原告を診療した際,原告の右
手についてX線写真撮影をすべき注意義務があったのにこれをせず,原告
の右手第2指にガラス片があることを発見しなかった過失がある旨主張
し,被告Bは,これを争い,原告と被告Bとの間の診療契約は,前医であ
る被告Aの開設するCの医師がした縫合部位の抜糸を内容とするものであ
った上,原告は,DのF医師に対し,右手第2指について,何らかの症状
(疼痛又は違和感)があることを訴えていなかったから,このような場合
に,F医師にX線写真撮影をする注意義務はない旨主張する。
イ そこで,まず,事実関係について検討するに,乙ロ第2号証,第5号証
及び弁論の全趣旨によれば,①F医師は,平成3年10月16日,原告を
診察し,原告の右手を観察して,カルテに,原告の右手の縫合部位が拇指
及び第3指であることを絵に表示した上,原告から受傷経緯及び前医での
治療経緯を聞いて,カルテに,「14日夜中,グラスで M(注記:Cの
省略記載)にてNahtした(注記:縫合した)」と記載したこと,②そし
て,F医師は,原告の右手拇指及び第3指の縫合部位の消毒などの創部の
処置をし,抗生剤及び伸縮包帯を処方し,縫合部位の抜糸のために約6日
後に再度来院することを指示したこと,③しかし,F医師は,原告の右手
についてX線写真撮影をしなかったこと,④原告は,その際,F医師に対
し,右手第2指に症状(疼痛又は違和感)がある旨を訴えなかったことが
認められ,上記認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ そこで,次に,原告と被告Bとの間の診療契約の内容について検討する
に,被告Bは,その内容が,前医である被告Aの開設するCの医師がした
縫合部位の抜糸を内容とするものであった旨主張する。
しかし,原告とF医師との間で,診療契約の内容を上記のようなものに
限定する旨の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
むしろ,原告は平成3年10月15日の午前中の深夜に本件グラスが割
れることによって本件負傷をしたこと,原告が同日午前4時40分ころ救
急当番病院であるCで受診し,E医師によって原告の右手拇指及び第3指
の縫合をしてもらったことは,前記認定のとおりであるところ,これに,
上記イのカルテの記載を併せみると,原告は,同月16日,F医師に対
し,原告の受傷経緯及び前医での治療経緯を述べるとともに,原告の右手
の本件負傷について,前医での救急医療では対処できなかった事項を含め
て,改めて適切な診療をすることを求めたものであり,F医師も,その原
告の求めを承諾したものと認めるのが相当である。
エ 以上の事実に加えて,前記認定の医学的な知見をも勘案すると,F医師
は,既に縫合されている原告の右手拇指及び第3指の大きな切創部分にガ
ラス片が入り込んでいる可能性があるほか,それ以外の部分にも軽微な切
創があってそこにガラス片が入り込んでいる可能性があることを考慮し
て,前医において原告の右手についてX線写真撮影をしたことを確認した
場合を除いては,そのX線写真撮影をする注意義務があったものと認める
のが相当である。すなわち,本件のような場合に,後医であるF医師は,
前医において原告の右手についてX線写真撮影をしたことを確認した場合
には,念のため,改めてそのX線写真撮影をすることもでき(これによっ
て,前医では発見できなかったガラス片を発見できることもある。),ま
た,前医を信頼し,かつ,患者の負担を避けるため,改めてそのX線写真
撮影をしなくてもよいが,前医においてそのX線写真撮影をしたことを確
認しなかった場合には,そのX線写真撮影をする注意義務があるものと認
めるのが相当である。
そして,本件全証拠によるも,F医師が前医においてそのX線写真撮影
をしたことを確認したことはこれを認めるに足りないから(なお,E医師
が原告の右手についてX線写真撮影をしていないことは,前記認定のとお
りである。),F医師において,そのX線写真撮影をする注意義務があっ
たことになる。
オ 被告Bは,原告がF医師に対して原告の右手第2指について何らかの症
状(疼痛又は違和感)があることを訴えていなかったから,このような場
合に,F医師にX線写真撮影をする注意義務はない旨主張する。
確かに,原告がF医師に対して原告の右手第2指について何らかの症状
(疼痛又は違和感)があることを訴えていなかったことは,前記イで認定
したとおりである。
しかし,原告がF医師に対して原告の右手第2指について何らかの症状
(疼痛又は違和感)があることを訴えていれば,F医師が原告の右手につ
いてX線写真撮影をする注意義務があることはもちろんであるが,その訴
えがなければ,そのX線写真撮影をする注意義務がないとされるものでは
なく,本件においては,その訴えの有無にかかわらず,F医師にそのX線
写真撮影をする注意義務があったことは,前記エで説示したとおりであ
る。
カ そして,F医師が原告の右手についてX線写真撮影をしていれば,原告
の右手第2指の本件ガラス片を発見できたことは,前記(2)オで説示した
ところから,これを認めることができる。
そうすると,F医師には,原告主張のとおりの過失があったものと認め
るのが相当である。
(4) 請求原因(4)エの主張(被告らの責任)について
E医師は被告Aの,F医師は被告Bの各履行補助者又は被用者であること
は,前記2の事実及び弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。
そうすると,被告らは,民法415条又は民法715条に基づき,上記医
師らの注意義務違反行為(過失)によって原告が被った損害を賠償すべき義
務を負うことになる。
5 請求原因(5)について
(1) 治療費,通院費,入院雑費,休業損害及び入通院慰謝料について
ア 原告は,被告らの開設する病院の医師らの前記注意義務違反行為(過
失)によって,本件負傷日である平成3年10月15日から約9年後の平
成12年12月4日に右手第2指から本件ガラス片を摘出する手術を受け
ることを余儀なくされ,これによって,治療費,通院費,入院雑費を支出
し,休業による損害を被り,また,入通院によって精神的な苦痛を被った
旨主張する。
イ しかし,原告の右手第2指の本件ガラス片は,原告の本件負傷によって
入り込んだものであって,被告らの開設する病院の医師らの行為によって
入り込んだものではない(すなわち,本件は,医師が手術の際に,患者の
体内に鉗子やガーゼを残置したようなケースではない。)。そして,被告
らの開設する病院の医師であるE医師及びF医師が,平成3年10月15
日又は同月16日に,原告の右手についてX線写真撮影をして右手第2指
に本件ガラス片のあることを発見していたとしても,原告の右手第2指か
ら本件ガラス片を摘出する手術をすることになるであろうことには何らの
変わりがない。そうすると,被告らの開設する病院の医師らが原告の右手
についてX線写真撮影をして右手第2指に本件ガラス片のあることを発見
しなかったことによって,原告が,右手第2指から本件ガラス片を摘出す
る手術をすることを余儀なくされたとはいえない。
ウ そして,被告らの開設する病院の医師であるE医師及びF医師が,平成
3年10月15日又は同月16日に,原告の右手についてX線写真撮影を
して右手第2指に本件ガラス片のあることを発見し,原告がその後間もな
く原告の右手第2指から本件ガラス片を摘出する手術を受けていたとすれ
ば,原告が平成12年12月4日に右手第2指から本件ガラス片を摘出す
る手術を受けることによって発生した治療費,通院費,入院雑費の支出,
休業による損害及び入通院による精神的な苦痛が,より少なくなり得ると
しても,そのより少なくなる程度及び金額について,これを認めるに足り
る的確な証拠はない。
すなわち,甲第19号証,第21,第22号証,第24,第25号証及
び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成12年12月4日,Kにおいて,
右手第2指にあった本件ガラス片の摘出手術を受けたが,その手術は,L
医師が執刀を担当し,N医師が助手をし(甲第19号証),3人の介助者
と1人の記録者が立ち会い(甲第22号証),事前投薬をした上,局所麻
酔をし,血圧の推移を観察しながら,皮膚を切開し,屈筋腱の様子を確認
しつつ,本件ガラス片を摘出したというもの(甲第21,第22号証,第
24,第25号証)であったことが認められるところ,このような手術の
実態に照らすと,仮に,E医師が平成3年10月15日午前4時40分に
原告を診療した際に原告の右手についてX線写真撮影をして右手第2指に
本件ガラス片のあることを発見したとしても,本件ガラス片の摘出手術
は,原告の右手第2指の神経や屈筋腱を損傷しないように留意しながら行
うことが要請されるものであって,E医師において直ちに実行できるもの
ではなく,また,原告がその当時右手第2指について疼痛や違和感を訴え
ていなかったことも併せ考えると,本件ガラス片の摘出手術は,待機手術
となる可能性が高かったものと推認される。そして,E医師が平成3年1
0月15日午前4時40分に原告を診療した際に原告の右手についてX線
写真撮影をして右手第2指に本件ガラス片のあることを発見し,その後間
もなくその摘出手術がされたとしても,その摘出手術が,原告が平成12
年12月4日に受けたその摘出手術と比べてどの程度軽くなるものである
かについて,本件全証拠によっても,これを的確に確定することができな
い。以上のことは,F医師についても,同様である。
エ 以上によれば,原告の主張する治療費,通院費,入院雑費,休業損害及
び入通院慰謝料は,被告らの開設する病院の医師らの前記注意義務違反行
為(過失)と相当因果関係のある損害であるとは,直ちに認めることがで
きない。
 (2) 慰謝料について
甲第12号証,原告本人尋問の結果によれば,原告は,被告らの開設する
病院の医師らが原告の右手についてX線写真撮影をして右手第2指に本件ガ
ラス片のあることを発見しなかったことによって,本件負傷をした平成3年
10月から本件ガラス片を摘出した平成12年12月までの約9年間にわた
り,利き手である右手第2指にときおり電気が走るような苦痛を覚え,右手
第2指を十分に使用できないという不便を被ったことが認められる。
しかし,甲第12号証によれば,原告は,平成3年10月25日にDで受
診して,右手拇指及び第3指の抜糸がすべて終了した際,Dの医師から,
「今後何かあったらまた来てください。」と言われていたことも認められる
(甲第12号証3頁)。
以上の事実に加えて,本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると,原告が右手
第2指について上記のような期間にわたって上記のような苦痛を覚え,ま
た,十分に使用できないという不便を被ったことによって受けた原告の精神
的な苦痛は,40万円をもって慰謝するのが相当と認める。
(3) 弁護士費用について
弁論の全趣旨によれば,被告らが任意に損害を弁償しなかったため,原告
は被告らに対して本訴を提起・追行することを弁護士に委任することを余儀
なくされたことが認められるところ,本件の事案の内容,審理経過,認容額
などにかんがみると,本件と相当因果関係のある弁護士費用は,4万円と認
めるのが相当である。
6 請求原因(6)について
請求原因(6)の事実(支払催告)は,甲第10,第11号証によって,こ
れを認めることができる。
7 結論
以上によれば,原告の被告らに対する本訴請求は,債務不履行による損害賠
償請求権に基づき,損害金44万円及びこれに対する請求の日の翌日である平
成13年2月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害
金を連帯して支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余
は失当であるからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,
64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそ
れぞれ適用して,主文のとおり判決する。
   札幌地方裁判所民事第2部
       裁判長裁判官  橋 本 昇 二
          裁判官  岩 松 浩 之
          裁判官  石 川 真紀子

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