弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,419万2570円及びこれに対する平成13年2月28
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告に雇用されていて退職した原告が,被告に対し,退職金432万
6200円及び特別退職金489万7770円の合計922万3970円から原告
が既に退職金として受領している503万1400円を控除した419万2570
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年2月28日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案であり,被告
は,原告に適用される退職金規定により計算した退職金は支払済みであるとして争
っている。
2 争いのない事実
(1) 被告は,土木一式工事,建築一式工事を業務目的とする株式会社であり,原告
は,平成2年1月5日,年俸制の給与で被告に雇用された。
(2) 被告の就業規則50条は,「従業員の退職金に関する事項は,別に定める退職
金規定による。」と規定しており,原告入社当時の退職金規定は,昭和49年7月
1日改正の「退職金支給規定」(以下「旧退職金規定」という。)であった。
(3)旧退職金規定3条は,退職金の計算方法について,「1.退職金は,退職又は解
雇された当時の基礎額に,別表1に定める支給乗率を乗じて算出する。2.前1項で
いう基礎額とは,月給社員の場合は基本給とする。但し,給与が年俸制で定められ
ている者の基礎額は別に定める。」と規定していた。
(4) 旧退職金規定を受けた「年俸制従業員の退職金算定基礎額に関する内規」(以
下「旧内規」という。)は,年俸者の退職金基礎額について,「年俸総額÷18×
0.8」とすると定めていた。
(5) 旧退職金規定8条は,特別退職金の支給について,「1.第5条第(1)項:甲欄
適用の事由により退職する者に対しては,第3条により算出した退職金のほか,特
別退職金を支給する。2.特別退職金は,退職当時における基礎額(略)に別表2に
定める支給乗率を乗じて算出した額とする。」と規定していた。
(6) 原告は,平成12年5月9日,満63歳の定年により,在職10年4か月で,
被告を退職した。
(7) 原告は,被告から,503万1400円を退職金として既に受領している。
3 争点
(1)新退職金規定及び新内規の適用の有無
ア 被告の主張
(ア) 被告は,平成3年10月1日,就業規則の定年条項について,従前の「第2
4条(定年) 従業員の定年は満58歳とし,定年に達した日の翌日から従業員と
しての身分を失う。但し,本人が希望した場合は定年後,改めて嘱託として雇用す
ることができる。」との規定を「第19条(定年) 従業員の定年は満60歳と
し,定年に達した日の翌日から従業員としての身分を失う。但し定年後改めて嘱託
として再雇用することがある。」と改正した。
 また,同改正に伴い,旧退職金規定の改正も行い,「第12条(定年延長に伴う
退職金の取扱い) 1.平成3年10月1日付定年が58歳から60歳に延長するこ
とに伴い,退職金は58歳時の基礎額,並びに勤続年数にて計算し,退職日まで据
置くものとする。2.措置に対する利率は年利5.5%で計算する。3.満58歳以上
で自己都合退職するときは定年扱いとする。」との規定を追加し,同時に,旧内規
を改正し,年俸者の退職金基礎額の算定について,「(基本給+資格給)×年倍率
÷(12ヶ月+5ヶ月)×0.9」の算式によることとした(以下「新内規」とい
う。)が,同改正の算式による金額が,平成3年9月30日現在の算定基礎額より
下回る場合は,その額を保障するとした。
 そして,以上の改正について,従業員の意見を聴取し,従業員代表A(当時被告
の全従業員が加入している工友会の会長職にあった者)による改正に異議のない旨
の意見書を添付して改正された就業規則を労働基準監督署に届け出,また,改正内
容については,各部門長で構成された「事業本部会議」と各職場長で構成された
「職場連絡協議会」の席上で内容説明とともに関係書面が交付され,各職場ごとに
口頭伝達若しくは書面の写しを配布して,周知がなされた。
 なお,原告は,前記改正当時,開発部長であり,「事業本部会議」と「職場連絡
協議会」のメンバーとして,両方若しくは一方の会議において,改正内容につき書
面の交付と説明を受け,承知している。
(イ) 平成3年10月1日の旧退職金規定の改正は,58歳から60歳への定年延
長に伴うものであり,退職金の計算に当たり58歳時の基礎額並びに勤続年数で計
算することは,定年60歳までの2年間につき考慮しないことになり,一見不利益
であるが,58歳から2年間延長して在籍できる利益と比較すると,総体的に従業
員にとって利益である。しかも,定年延長を拒否し,従来の58歳定年で退職を希
望する従業員については,「満58歳以上で自己都合退職するときは定年扱いとす
る」としており,従業員にとって従前の利益は何ら損なわれていない。また,内規
による年俸社員の基礎額算定方式を変更したが,この変更は,従前の算定方式が,
基本給,資格給のほか,役職給と資格手当,通勤手当等の諸手当も含んだ年俸総額
を基にしたもので,
そもそも不合理であって,基本給のみを基礎額とする月給制従業員との間で不公平
な扱いとなっていたものを是正するためであり,全従業員の立場からして合理的で
かつ必要なものであったのであり,しかも,変更後の方式により基礎額が下回る従
業員には,従前の額が保障されており,この点からも不利益はない。
(ウ) 被告は,平成9年4月1日,就業規則の定年条項について,前記19条を
「第19条(定年) 従業員の定年は満60歳とし,定年に達した日の翌日から従
業員としての身分を失う。但し別の定めによりこれを延長することがある。2.定年
後改めて嘱託として再雇用することがある。」と改正した。
 また,退職金規定も,前記12条を「第12条(定年延長に伴う退職金の取扱
い) 1.平成3年10月1日付定年が58歳から60歳に延長することに伴い,退
職金は58歳時の基礎額,並びに勤続年数にて計算し,退職日まで据置くものとす
る。又,定年を延長し60歳を超えるときも同様とする。2.据置期間(満58歳に
達した日の属する月から定年に達する日の属する月の前月までの期間をいう)に対
する利率は別の定めによる。但し,60歳定年を延長する期間は適用しない。3.満
58歳以上で自己都合退職するときは定年扱いとする。」と改正した(以下「新退
職金規定」という。)。
 そして,以上の改正について,従業員の意見を聴取し,従業員代表C(当時の工
友会会長)から特に異議のない旨の意見書を取得し,それを添付して就業規則の届
出をし,また,周知については,各担当役員,各部門長で構成された「支店長会
議」の席上,改正内容の説明をして,出席者において各職場へ持ち帰り,従業員に
伝達周知されている。
 なお,原告は,前記改正当時,営業第2副本部長であり,「支店長会議」のメン
バーとして会議に出席し,改正内容の説明を受け,承知している。
(エ) 平成9年4月1日の改正は,更に定年を延長できるとした改正にすぎず,従
業員に何ら不利益を与えるものではない。なお,この改正の適用を受け,定年延長
の利益を受けたのは,現時点では原告のみである。新退職金規定においては,60
歳を超えた期間は据置期間に算入されないこととされた。この点一見不利益である
が,60歳を超えて定年が延長されることの条件にすぎず,従前と比べて不利益に
変更したものではなく,特に定年延長の利益を享受し得る従業員に対する制限であ
って,合理的なものである。しかも,この点において異論ある従業員は,定年延長
せず退職したとしても,従前の利益は守られるので,何ら不利益はない。
(オ) 以上によれば,平成12年5月9日に退職した原告に適用されるのは,平成
9年4月1日改正の新退職金規定である。
イ 原告の主張
(ア) 被告主張の退職金規定及び内規の改正については,被告において,従業員の
過半数を代表する者の意見聴取,労働基準監督署への届出,従業員に対する周知を
欠いており,有効な改正があったということはできない。工友会は,被告と関連グ
ループによって作られた,会員相互の親睦と互助並びに勤労の福祉を図るとともに
会社の福利厚生活動を担うことを目的とするいわゆる親睦団体であって,労働条件
の変更に関して労働者の意見を集約する機能を有していない。原告は,退職金規定
の交付はもちろん提示を受けたこともなく,説明を受けたこともない。以上によれ
ば,新退職金規定及び新内規への改正は有効になされておらず,原告に適用される
のは旧退職金規定及び旧内規である。
(イ)旧退職金規定及び旧内規を適用した結果と,新退職金規定及び新内規を適用
した結果を比較すると,被告主張と原告主張の退職金基礎額の差は8万7692円
であり,退職金金額は490万8381円もの大きな差を生じ,原告の既得権を著
しく奪うものであって,労働者に極めて不利益な内容となっている。原告が新退職
金規定の周知を受けていたならば,60歳以上は退職金がつかないから,定年延長
は望まず,60歳で退職していた。定年制の延長は,国の労働行政の推進の過程
で,公共職業安定所からの勧告でもあるが,これは,社会的経済的要請による経済
秩序全体の変化であり,企業及び労働者ともに変化するものであって,労働者に利
益というものではなく,利益を論ずるのであれば,企業にも利益である。したがっ
て,新退職金規定及び
新内規への改正は,一方的不利益変更として無効である。
(2) 原告が請求し得る退職金及び特別退職金の額
ア 原告の主張
(ア) 原告の退職金基礎額は,旧内規に基づき,「年俸総額÷18×0.8」で算
定されるものであり,原告が60歳から61歳であった平成10年4月1日から平
成11年3月31日までの年俸は1102万円であるから,原告の退職金基礎額
は,48万9777円(1102万円÷18×0.8)である。
 被告は,前職分勤続給の控除を主張するが,旧内規の文言からいって,前職分勤
続給を控除することが算式となっていないことは明白である。なお,被告は,被告
が中央信託銀行と締結した「適格年金事務手続きによる覚書」に基づく適格年金を
退職金支給の根拠とすべきと解釈しているが,同覚書は,被告と中央信託銀行との
間で退職金の原資について取り決めたものであって,労働者との合意を定めたもの
ではなく,労働者から見れば会社の内部文書にすぎないものである。労働者には退
職金が支払われるのであって,被告と中央信託銀行との間の覚書による退職金の原
資の運用とは関わりのないことである。
(イ) 退職金の支給乗率は,別紙の別表1の定年退職等の場合に適用される甲欄に
よれば,勤続年数満10年が8.4,満11年が9.7であるので,10年4か月
の場合は,8.833(8.4+(9.7-8.4)×4/12)となり,原告の
退職金は432万6200円(48万9777円×8.833)となる。
(ウ) 特別退職金の支給乗率は,別紙の別表2によれば,勤続年数が10年以上1
5年未満の者は,定年退職の5条①号の場合は10.0か月であるので,原告の特
別退職金は489万7770円(48万9777円×10.0)となる。
(エ)原告の退職金432万6200円及び特別退職金489万7770円の合計
922万3970円から原告が既に受領している503万1400円を控除すると
419万2570円が未払である。
(オ) 被告は,原告が平成10年10月1日以降は,月給社員となったのであるか
ら,年俸制従業員としての主張を維持できないと主張する。
 しかし,原告は,平成2年1月5日,被告に入社し,平成10年9月30日まで
の8年9か月を年俸制従業員として,同年10月1日から平成12年5月9日まで
1年7か月を月給社員として労働したものであり,身分変更があったとしても,少
なくとも年俸制従業員として勤務した期間は,既得権として保障されなければなら
ない。
 そうすると,平成2年1月5日から平成10年9月30日までの年俸制従業員と
して勤務した期間の退職金は,勤続年数が8年9か月,退職金基礎額は,前記48
万9777円,支給乗率は,別紙の別表1の定年退職等の場合に適用される甲欄に
よれば,勤続年数満9年が7.4,満8年が6.4であるので,8年9か月の場合
は,7.15(6.4+(7.4-6.4)×9/12)となるので,350万1
905円(48万9777円×7.15)となる。
 また,特別退職金は,支給乗率が,別紙の別表2によれば,勤続年数が5年以上
10年未満の者は,定年退職の5条①号の場合は7.0か月であるので,342万
8439円(48万9777円×7.0)となる。
 したがって,原告の年俸制従業員としての退職金と特別退職金の合計は,693
万0344円(350万1905円+342万8439円)となる。
 また,平成10年10月1日から平成12年5月9日までの月給社員として勤務
した期間の退職金は,勤続年数が1年7か月,退職金基本給は,28万1650
円,支給乗率は,別紙の別表1の定年退職等の場合に適用される甲欄によれば,勤
続年数満2年が1.0,満1年が0.5であるので,1年7か月の場合は,0.7
92(0.5+(1.0-0.5)×7/12)となるので,22万3066円
(28万1650円×0.792)となる。
 また,特別退職金は,支給乗率が,別紙の別表2によれば,勤続年数が3年未満
の者は,定年退職の5条①号の場合は2.0か月であるので,56万3300円
(28万1650円×2.0)となる。
 したがって,原告の月給社員としての退職金と特別退職金の合計は,78万63
66円(22万3066円+56万3300円)となる。
以上によれば,原告の年俸制従業員としての退職金と特別退職金並びに月給社員
としての退職金と特別退職金の合計は771万6710円(693万0344円+
78万6366円)となり,旧退職金規定12条により,100円未満の端数は切
上げとなるので,少なくとも771万6800円が退職金として保障されるべきで
ある。
イ 被告の主張
(ア) 新退職金規定によれば,定年延長者である原告の退職金は,58歳時の基礎
額並びに勤続年数にて計算し,退職日まで据え置かれ,また,新内規により,退職
金算定基礎額については,「(基本給+資格給)×年倍率÷(12か月+5か月)
×0.9」により算定される。
(イ) 退職金は信託銀行と契約した退職年金規定によって支払われるものであり,
原告のような中途入社者については,「適格年金事務手続きによる覚書」にあるよ
うに,「基本給算定時に前職分の勤続給を基本給部分より控除し又,換算勤続年数
も除いて登録するものとする」扱いがされており,かかる扱いは,原告入社以前か
ら慣行として行われていたものであって,原告の前職分勤続給は,1年500円の
割合により,前職分在籍期間29年として,1万4500円(500円×29年)
となる。
(ウ) したがって,中途入社者について,「基本給」は前職分給与を控除した後の
金額を意味し,原告の58歳時の基本給(ただし,前職分の勤続給を控除)は,2
6万3300円(基本給27万7800円-前職分勤続給1万4500円)とな
る。
(エ) 被告の年俸制従業員の基本年俸は,基本給と資格給の計に人事考課によるラ
ンク倍率を乗じて算定することになっており,原告の退職金基礎額は,58歳時の
基本給(ただし,前職分の勤続給を控除)26万3300円,資格給19万700
0円,人事考課によるランクBのランク倍率16.5に基づき,新内規により算定
すると,40万2086円((26万3300円+19万7000円)×16.5
÷(12か月+5か月)×0.9)となる。
 なお,新内規によれば,新内規の方式による金額が旧内規の算定基礎額より下回
る場合は,その額を保障するとされているが,原告の前職分勤続給は,前記のとお
り1万4500円(500円×29年)であり,これを年俸換算すると,前記年倍
率16.5を掛けて23万9250円(1万4500円×16.5)となり,平成
3年9月時点での原告の年俸920万円から前職分勤続給23万9250円を控除
することになる。そうすると,原告の平成3年9月30日現在の旧内規による退職
金基礎額は,39万8256円((920万円-23万9250円)÷18×0.
8)となり,新内規の方式による金額40万2086円の方が上回るから,同額が
適用されることになる。
(オ) 原告の58歳時(平成7年5月9日)の勤続年数は5年4か月であり,定年
退職した原告の退職金の支給乗率は,別紙の別表1の甲欄によれば,勤続年数満5
年4か月の場合は,3.733(3.4+(4.4-3.4)×4/12)であっ
て,原告の退職金は150万0987円(40万2086円×3.733)とな
る。
(カ) 定年退職した原告の特別退職金の支給乗率は,別紙の別表2によれば,勤続
年数が5年4か月の場合は7.0か月であるので,原告の特別退職金は281万4
602円(40万2086円×7.0)となる。
(キ) したがって,原告の退職金150万0987円と特別退職金281万460
2円の合計額は431万5589円であり,原告が既に受領済みの額は503万1
400円であるから,全額支払済みである。
(ク) 旧退職金規定は,58歳定年を前提としたものであり,定年が延長されたか
らといって自動的に延長分も含め適用されるものではなく,原告の主張は根本的に
誤っているものであるが,仮に,原告が主張するとおり,旧退職金規定及び旧内規
が63歳の定年時において適用されるとすると,その退職金の額は以下のとおりと
なる。
 すなわち,原告は,退職時は役職者でなく,月給制の従業員で,その基礎額は基
本給となる(旧退職金規定3条)。ただし,前記のとおり,原告のような中途入社
者は,前職分にかかる勤続給を基本給から控除することになっているので,基礎額
は,26万7150円(基本給28万1650円-前職分勤続給1万4500円)
となる。
 そして,退職金の支給乗率は,勤続年数が10年4か月の場合,8.833
(8.4+(9.7-8.4)×4/12)であるから,原告の退職金は,235
万9735円(26万7150円×8.833)となる。
また,特別退職金の支給乗率は,勤続年数が10年4か月の場合,10.0か月
であるので,原告の特別退職金は,267万1500円(26万7150円×1
0.0)となる。
 したがって,仮に旧退職金規定及び旧内規が63歳の定年時において適用される
としても,原告の退職金235万9735円と特別退職金267万1500円の合
計額は503万1235円であり,原告が既に受領済みの額503万1400円の
方が上回っている。
第3 判断
1争点(1)(新退職金規定及び新内規の適用の有無)について
(1) 前記争いのない事実に後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認め
ることができる。
ア 被告の就業規則50条は,「従業員の退職金に関する事項は,別に定める退職
金規定による。」と規定しているところ(甲1,4の2,5の2,6の2),昭和
49年7月1日改正の原告入社当時の旧退職金規定3条は,退職金の計算方法につ
いて,「1.退職金は,退職又は解雇された当時の基礎額に,別表1に定める支給乗
率を乗じて算出する。2.前1項でいう基礎額とは,月給社員の場合は基本給とす
る。但し,給与が年俸制で定められている者の基礎額は別に定める。」と規定し
(乙2),旧退職金規定を受けた旧内規は,年俸者の退職金基礎額について,「年
俸総額÷18×0.8」の算式で算定した金額とすると定めていた。
イまた,旧退職金規定8条は,特別退職金の支給について,「1.第5条第(1)項:
甲欄適用の事由により退職する者に対しては,第3条により算出した退職金のほ
か,特別退職金を支給する。2.特別退職金は,退職当時における基礎額(略)に別
表2に定める支給乗率を乗じて算出した額とする。」と規定していた(乙2)。
ウ 被告は,平成3年10月1日,就業規則の定年条項について,従前の「第24
条(定年) 従業員の定年は満58歳とし,定年に達した日の翌日から従業員とし
ての身分を失う。但し,本人が希望した場合は定年後,改めて嘱託として雇用する
ことができる。」との規定を「第19条(定年) 従業員の定年は満60歳とし,
定年に達した日の翌日から従業員としての身分を失う。但し定年後改めて嘱託とし
て再雇用することがある。」と改正した(甲6の1,2,乙4,5,12)。
エ 被告は,上記改正に伴って,旧退職金規定の改正も行い,「第12条(定年延
長に伴う退職金の取扱い) 1.平成3年10月1日付定年が58歳から60歳に延
長することに伴い,退職金は58歳時の基礎額,並びに勤続年数にて計算し,退職
日まで据置くものとする。2.措置に対する利率は年利5.5%で計算する。3.満5
8歳以上で自己都合退職するときは定年扱いとする。」との規定を追加し,同時
に,旧内規を改正し,「年俸者の退職金基礎額は,平成3年9月30日現在「年俸
総額÷18×0.8」の算式で算定した金額となっているが,これには諸手当の総
額を含み不合理であるので,下記の算式に改正し,以降その金額が平成3年9月3
0日現在の算定基礎額により下廻る場合は,経過措置としてその額を保証する。」
と規定し,年俸者の退職
金基礎額について,「(基本給+資格給)×年倍率÷(12ヶ月+5ヶ月)×0.
9」の算式で算定するものとした(甲2)。
オ 旧退職金規定及び旧内規の上記改正については,当時工友会の代表であったA
が,平成3年9月27日,被告の従業員代表として,同意した(乙7)。
工友会は,被告並びに関連グループ各社に所属する社員を会員とし,会員相互の
親睦と互助,並びに勤労の福祉向上を図るとともに,会社の福利厚生活動を担うこ
とを目的とする会であり,入社した日をもって入会したものとされ,社員の身分を
喪失した日をもって退会とされるものである(甲11,12)。
 被告としては,被告には労働組合がないので,従業員の団体である工友会の代表
者の同意をもって従業員代表としての同意を得たものと考えたものである(証人
B,乙12)。
 そして,改正内容については,各部門長で構成された「事業本部会議」と各職場
長で構成された「職場連絡協議会」の席上で内容説明とともに関係書面が交付さ
れ,各職場ごとに口頭伝達若しくは書面の写しを配布して,周知がなされた。原告
は,前記改正当時,開発部長であり,「事業本部会議」と「職場連絡協議会」のメ
ンバーであり,両方若しくはいずれかの会議において,改正内容につき書面の交付
と説明を受け,承知している(証人B,乙12,17)。
カ 平成3年10月1日の旧退職金規定の改正は,58歳から60歳への定年延長
に伴うものであり,退職金の額が58歳時の基礎額並びに勤続年数で計算した額に
据え置かれることになるが,定年が2年間延長されるのであり,しかも,定年延長
を拒否し,従来の58歳定年で退職を希望する従業員については,「満58歳以上
で自己都合退職するときは定年扱いとする。」としており,従業員にとって従前の
利益は何ら損なわれておらず,また,内規による年俸社員の退職金基礎額の算定方
式も変更されているが,変更後の方式により基礎額が下回る従業員には,従前の額
が保障されているのであるから,これらの変更をもって不利益変更ということはで
きない。
キ 被告は,平成9年4月1日,就業規則の定年条項について,前記19条を「第
19条(定年) 従業員の定年は満60歳とし,定年に達した日の翌日から従業員
としての身分を失う。但し別の定めによりこれを延長することがある。2.定年後改
めて嘱託として再雇用することがある。」と改正した(甲4の1,2,乙9)。
ク 被告は,上記改正に伴って,前記退職金規定も改正し,前記12条を「第12
条(定年延長に伴う退職金の取扱い) 1.平成3年10月1日付定年が58歳から
60歳に延長することに伴い,退職金は58歳時の基礎額,並びに勤続年数にて計
算し,退職日まで据置くものとする。又,定年を延長し60歳を超えるときも同様
とする。2.据置期間(満58歳に達した日の属する月から定年に達する日の属する
月の前月までの期間をいう)に対する利率は別の定めによる。但し,60歳定年を
延長する期間は適用しない。3.満58歳以上で自己都合退職するときは定年扱いと
する。」と改正した(乙1)。
ケ 上記退職金規定の改正については,当時工友会の代表であったCが,平成9年
3月28日,被告の従業員代表として,同意した(乙11)。
そして,その改正内容については,各担当役員,各部門長で構成された「支店長
会議」の席上,改正内容の説明がされ,出席者において各職場へ持ち帰り,従業員
に伝達周知したものであり,原告は,当時,営業第2副本部長であり,「支店長会
議」のメンバーとして会議に出席しており,改正内容の説明を受けている(証人
B,乙12,17)。
コ 平成9年4月1日の改正は,60歳の定年を更に延長できるものとし,これに
伴い,60歳定年を更に延長する期間は,年5.5パーセントで利率を計算する据
置期間に算入しないこととしたものである(なお,据置期間に対する利率について
も,別の定めによるものと改められたが,この別の定めを認めるに足りる証拠はな
く,従前の据置期間に対する利率である年5.5パーセントがそのまま維持された
ものと認めるのが相当である。)が,60歳を超えて更に定年が延長されるという
利益を享受する者に対してのみ,定年延長を条件として定年延長期間を据置期間に
算入しないこととしたものにすぎず,従業員にとって従前の利益は何ら損なわれて
おらず,従前と比べて不利益に変更されたものということはできない。
サ 以上によれば,被告における旧退職金規定及び旧内規から新退職金規定及び新
内規への改正は,不利益変更ということはできず,従業員に対する周知も行われて
いると認めることができ,平成12年5月9日に退職した原告に適用されるのは,
平成9年4月1日改正の新退職金規定と平成3年10月1日改正の新内規であると
認めることができる。
シ これに対し,原告は,被告主張の退職金規定及び内規の改正については,被告
において,従業員の過半数を代表する者の意見聴取,労働基準監督署への届出,従
業員に対する周知を欠いており,有効な改正があったということはできない旨主張
し,原告本人は,就業規則の改正については,平成3年10月1日の改正の際には
「事業本部会議」及び「職場連絡協議会」で,平成9年4月1日の改正の際には
「支店長会議」で説明されたが,退職金規定の改正についてはそのような会議にお
いて説明されたことはない旨,その主張に沿った供述及び陳述(甲7ないし9)を
する。
 しかし,乙17の添付資料によれば,平成3年10月1日の改正の際,「事業本
部会議」で報告された定年延長に伴う退職金規定の改正について,その後の「職場
連絡協議会」で発表されたことが明らかであって,原告の供述及び陳述は,前掲証
拠に照らし採用することができない。
 そして,旧退職金規定及び旧内規から新退職金規定及び新内規への改正が不利益
変更ということができない以上,その改正内容の従業員に対する周知は,改正内容
が使用者の内部的取扱基準であることを超えて,労働者に対する客観的な準則たら
しめるための効力発生要件ということができるが,従業員の過半数を代表する者の
意見聴取及び労働基準監督署への届出は,効力発生要件と解することはできない。
 また,原告は,旧退職金規定及び旧内規を適用した結果と,新退職金規定及び新
内規を適用した結果を比較すると,被告主張と原告主張の退職金基礎額の差は8万
7692円であり,退職金金額は490万8381円もの大きな差を生じ,原告の
既得権を著しく奪うものであって,労働者に極めて不利益な内容となっている旨主
張する。
 しかし,原告が主張する既得権とは,旧退職金規定及び旧内規が前提としていた
58歳の定年が原告のように63歳まで延長された場合であっても,その延長期間
を含めた在職期間に基づいて,旧退職金規定及び旧内規によって退職金が計算され
ることが当然の権利であるとするものであるが,58歳の定年を前提とする旧退職
金規定及び旧内規によって,かかる計算方法による退職金受給権が既得権として保
障されていたものと認めることはできない。旧退職金規定及び旧内規から新退職金
規定及び新内規への改正が不利益変更ということができないことは既に説示したと
おりである。
 2争点(2)(原告が請求し得る退職金及び特別退職金の額)について
(1) 新退職金規定によれば,定年延長者である原告の退職金は,58歳時の基礎額
並びに勤続年数にて計算し,60歳までの据置期間は年5.5パーセントの利息を
付した上で,退職日まで据え置かれ,また,新内規によれば,年俸者の退職金基礎
額については,「(基本給+資格給)×年倍率÷(12か月+5か月)×0.9」
により算定される。
(2) ところで,基本給の計算において,被告は,中途入社者については,「適格年
金事務手続きによる覚書」(乙15)にあるように,「基本給算定時に前職分の勤
続給を基本給部分より控除し又,換算勤続年数も除いて登録するものとする」扱い
が,原告入社以前から慣行として行われていた旨主張する。
 しかし,乙15は,被告と中央信託銀行との間の覚書であり,これによって,被
告の退職金規定が定める「基本給」の内容を修正するような労使慣行があったとま
で認めるには足りず,証人Bの証言,乙18の1ないし3も,過去に被告を退職し
た者について,前職分の勤続給を基本給部分より控除して退職金を計算していたと
いうに留まり,かかる計算方法が労使慣行となっていたものとまで認めるには足り
ない。
(3)乙12ないし14,弁論の全趣旨によれば,原告の58歳時の前職分勤続給を
控除しない基本給は,27万7800円,資格給は,19万7000円,年倍率
は,人事考課によるランクBのランク倍率16.5であり,これに基づき算定する
と,原告の退職金基礎額は,41万4751円((27万7800円+19万70
00円)×16.5÷(12か月+5か月)×0.9)となる。
ところで,前記のとおり,新内規によれば,新内規の方式による算定基礎額が旧
内規の方式による算定基礎額より下回る場合は,旧内規による基礎額を保障すると
されているところ,旧内規によれば,年俸者の退職金基礎額は,「年俸総額÷18
×0.8」により算定されるのであり,乙19によれば,原告の平成3年9月30
日現在の年俸額は920万円と認めることができるから,これに基づき,同日現在
の旧内規による原告の退職金基礎額を算定すると,40万8888円(920万円
÷18×0.8)となる。
 そうすると,新内規による基礎額41万4751円の方が旧内規による基礎額4
0万8888円を上回るから,新内規による基礎額41万4751円が適用される
ことになる。
(4) 平成2年1月5日に雇用された原告の58歳時(平成7年5月10日)の勤続
年数は5年4か月であり,乙1によれば,定年退職した原告の退職金の支給乗率
は,別紙の別表1の甲欄により,勤続年数満5年4か月の場合は,3.733
(3.4+(4.4-3.4)×4/12)と認められるから,原告の退職金は1
54万8265円(41万4751円×3.733)となる。
(5) また,乙1によれば,定年退職した原告の特別退職金の支給乗率は,別紙の別
表2により,勤続年数が5年4か月の場合は7.0か月であると認められるから,
原告の特別退職金は290万3257円(41万4751円×7.0)となる。
(6) そして,原告の退職金154万8265円と特別退職金290万3257円の
合計額445万1522円につき,58歳から60歳までの2年間の据置期間につ
いての年5.5パーセントの複利による利息を付加すると,495万4655円
(445万1522円×1.055×1.055)となる。
(7) そうすると,原告が被告から退職金として既に受領済みの額が503万140
0円であることは当事者間に争いがないから,原告が受領すべき退職金及び特別退
職金は全額支払済みであると認めることができる。
第4 結論
 以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のと
おり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官橋本昌純
(別紙「別表1」省略)

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