弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決を取消す。
被控訴人(附帯控訴人)の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
       事   実
一 申立
 控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人または控訴会社という)は主文同旨の判
決を求めた。
 被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)は「本件控訴を棄却する。控
訴人は被控訴人に対し、金三万〇四五〇円及び昭和五一年三月一日以降毎月末日限
り金八七〇円を支払え。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、仮に
原判決主文第一項の請求が認められないときは「被控訴人は控訴人に対し懲戒(け
ん責)処分の付着しない労働契約上の地位を有することを確認する。」との判決を
求めた。
二 主張及び証拠関係
 当事者双方の主張及び証拠の関係は次に付加するほか原判決事実摘示のとおりで
あるからこれを引用する。
1 被控訴人の主張
(一) 被控訴人は、控訴人の一般昇給基準に基き、昭和四八年四月一日付の定期
昇給において一ヵ月金一四二〇円が増額されるべきものであつたところ、本件懲戒
(けん責)処分のため右定期昇給において金五五〇円しか増額されなかつた。しか
し本件懲戒処分は無効であるから被控訴人は前記定期昇給において金一四二〇円昇
給したものとして取扱われるべきである。従つて被控訴人は控訴人に対し昭和四八
年四月一日以降一ヵ月につき金八七〇円の未払賃金の支払請求権を有する。よつて
被控訴人は控訴人に対し昭和四八年四月一日から同五一年二月末日までの合計額金
三万〇四五〇円と同五一年三月一日以降毎月末日限り金八七〇円の支払を求める。
(二) なお本件懲戒処分の無効確認を求める被控訴人の請求が法律上の理由で許
されないときは、被控訴人が控訴人に対し懲戒(けん責)処分の付着しない労働契
約上の地位を有することの確認を求める。
2 控訴人の主張
(一) 被控訴人の当審における賃金支払請求は従来の請求との間に請求の基礎に
つき同一性を欠き、また予備的請求は本位的請求と両立し得ない請求であるべきと
ころ、当審における予備的請求は被控訴人の満足度に応じて順位的に請求するもの
であるから、いずれも許すべきではない。
(二) 控訴人における定期昇給は、従業員賃金規則(第2)第二六条により、
「各人の能力、能率、勤怠その他を考慮して行ない、金額及び方法はそのつど定め
る」とされているのであるから、被控訴人は控訴人に対し現実に昇給した金五五〇
円をこえる金額についての定期昇給額請求権を取得しているものではない。従つて
被控訴人の賃金差額請求は理由がない。
3 証拠関係(省略)
       理   由
一 職権を以て本訴の適否について判断する。
 本訴請求の趣旨は控訴会社の被控訴人に対するけん責処分の無効確認を求めるも
のであるが、かようなけん責処分は過去の行為であり、しかも処分自体の内容とし
て何らかの権利義務ないしは法律関係を形成するものではないから、その無効を確
認するということが、現在の権利義務ないしは法律関係の存否を確認するという確
認訴訟の形態においてどのような意味を有するか、疑問がないではない。
 しかしながら、企業において懲戒処分としてけん責がなされた場合、被処分者で
ある従業員に対し、けん責処分を理由として給与その他の労働条件の上で不利益な
取扱いがなされることは通常予想されるところであり、その不利益取扱いの内容程
度如何は別として、けん責処分が不利益取扱いの原因となり得ることは企業社会に
おいて一般に承認されたところということができる。現に、本件けん責処分につい
ても、昭和四八年四月一日定期昇給において、被控訴人が、本件けん責処分の存在
を理由として、最低昇給額適用者として取扱われ給与の上で不利益を蒙つたこと
は、弁論の全趣旨に照らし明らかであり、しかも本件けん責処分による被控訴人に
対する不利益取扱いが、現在または将来においてこの範囲にとどまることは保し難
いのである。
 けん責処分の被処分者は一般にこのような不利益取扱いの危険を有しているので
あるが、もしそのけん責処分が違法無効のものであるとすれば、かような不利益取
扱いは許されない筈であるから、被処分者は企業に対して右けん責処分を理由とす
る不利益取扱いをしないことを求め得なければならない。従つて、形式上けん責処
分が存在する以上、被処分者が右けん責処分の無効を主張して包括的にこれに基づ
く不利益取扱いをしない義務が企業に存することの確認を求めることは、現在の権
利義務ないしは法律関係に関する確認訴訟として、その利益を肯定してよいものと
考える。そして、本件の如きけん責処分の無効確認を求める訴の本質は、右のよう
な包括的不作為義務の確認を求める趣旨と解されるから、その訴の適法性はこれを
否定すべきではない。(ちなみに、右のような理解の下では被控訴人が本訴におい
て予備的に申立てている「けん責処分の付着しない労働契約上の地位の確認」とい
うことも、表現に差はあれ、同一内容の請求とみるべきであろう。)もとより、こ
のような不利益取扱いが現実になされた場合には、その都度その内容に応じた救済
的訴の方法も可能であるが、このような方法は極めて迂遠であり煩さであつて、個
別的訴の可能であることを理由に包括的不作為義務の確認を許さないとするのは妥
当を欠く。
 更にまた、けん責処分は従業員に対する懲罰として被処分者の名誉権を侵害する
ものであるから、それが理由なくしてなされた場合不法行為としての一面を有する
と解される(通常故意過失の存在は推定される)が、民法七二三条に規定する名誉
回復措置として、けん責処分の無効確認を求めることも許されてよいのではないか
と考えられ(いわば観念的不法行為であるけん責処分による名誉棄損に対しては端
的にその処分の効力を否定することが、最も直接的な名誉回復となる。)こうした
点も側面からこの種けん責処分無効確認の訴の適法性を支えるものといえよう。
 よつて、本件訴は適法である。
二 当事者間に争いがない事実及び本件懲戒処分がなされるに至つた経緯について
は原判決理由一、二のとおりであるからこれを引用する。
三 そこで本件懲戒処分の適否について判断する。
1 本件規程の効力について
 本件規程二条一項四号は任意保険に加入していない者に対し、通動車輛の構内乗
入れを拒否するもの、すなわち構内通行を禁止し駐車場の利用を拒否するものであ
る。
 しかして控訴会社構内は控訴会社の各施設の存する場所であり、また駐車場は控
訴会社の施設であつて控訴会社の施設管理権の及ぶところであるが、本来控訴会社
において従業員に対し会社構内を通勤車輛で通行さすべき義務はもとより、通勤車
輛のため駐車場を設置する義務も、労働契約等により通勤車輛の構内通行、駐車場
の設置とその使用につき特段の定めがない限り、当然には負わないものと解される
から、使用者たる控訴会社が従業員の利用に供せんとして会社構内に駐車場を設置
した場合であつても、それは従業員に対する一の便宜供与に過ぎないというべきで
あり、控訴会社において自由にその使用に制限を加え得ることはいうまでもないと
ころである。もつとも、その制限の仕方が全く合理性を欠き、殊に従業員間の差別
待遇に連らなるとみられるような場合には、かような制限は許されないと解すべき
であろう。
 そこで本件規程の任意保険に加入しない者に対し構内通行を禁止し駐車場の利用
を拒否する定めが全く合理性を欠くものであるかどうかについて検討するに、
(イ)従業員の通勤途上の事故については、企業は特段の事由のない限り法的には
損害賠償責任は負うものでなく、賠償は従業員個人の問題というべきであるが、事
故の発生はもとより、事故が発生した場合の責任及び賠償をめぐつての被害者との
対立が、事実上の問題として被害者の多くが属する企業周辺の地域社会の企業に対
するイメージを損じ、その社会的評価に影響を与えることは否定しがたいところで
あり、(ロ)また原審証人A、同B、当審証人Cは加害従業員の損害賠償能力が乏
しいとそれが気になつて職務の専心度が低下し、作業能率を阻害し更には業務上の
災害を起す可能性もある旨供述しているが右供述内容は首肯し得るものであり賠償
問題が加害従業員の業務に与える影響は少なからぬものがあると考えられるし、更
には当該従業員のみならず、その属する職場の上司、同僚等にも、その業務遂行に
何らかの影響を及ぼさないとはいえないことが推測される。
 そうするとかような事故が発生した場合、企業は被害者に対し迅速かつ十分な被
害の弁償がなされることにつき利害関係を有するといわねばならない。そして資力
のない従業員はもとより資力のある従業員においても、迅速かつ十分な弁償を行う
ために任意保険に加入しておくことが緊要であることは多言を要しないところであ
るから控訴会社が任意保険に加入して損害賠償能力を高めた者に対し構内乗り入れ
を許し、然らざるものに対しこれを拒否することは決して合理性を欠くものとはい
えず、この点において本件規程を無効とすべき理由はない。
 被控訴人は本件規程は本来従業員の私生活に属し、その任意であるべき任意保険
の加入を強制するものであるから従業員の権利を侵害し無効であると主張する。既
に説示したところで明らかなとおり、本件規程は直接に自動車の通勤者に対し任意
保険への加入を命令し強制するものではないが、本件規程により自動車通勤者は他
に駐車の便を有しない限り結果として任意保険に加入せざるを得ないし、加入しな
い者は自動車通勤を断念せざるを得ないことになる。しかし通勤手段の選択は従業
員個人の自由に属するといえるにしても、その自由はあくまでも従業員側のみにお
ける自由であるに過ぎないのであつて、その選択が従業員の企業に対する権利とな
るものではないから、前記の意味で本件規程が従業員の通勤手段を制限する結果と
なるとしても、これをもつて従業員の権利を侵害するものということはできない。
もつとも企業の立地条件、従業員の住居の通常あるベき位置、交通機関の状況、従
業員の業務内容等諸条件の如何によつては、社会観念上自動車による通勤を相当と
すベき場合もないとはいえないし原審証人Bの証言及び原審における被控訴人本人
尋問の結果によれば、控訴会社長府工場においても三勤交替のため自動車通勤が必
要な従業員が存在することがうかがわれないではないが、このような例外的な存在
があることによつて、本件規程の一般的効力が否定されるべきであるとは解しがた
い。かような例外的存在について救済が必要であるとすれば、それは別個に考慮す
べき問題であろう。(成立に争いのない乙第二三号証の一、二と弁論の全趣旨によ
れば、控訴会社においては通勤交通費補助制度があり、また社宅の運用による遠距
離通勤の回避も考えられる。)これを被控訴人についていえば、被控訴人の居住す
る安養寺社宅から控訴会社長府工場までは約一・一キロメートルであり、徒歩また
は自転車通勤は十分に可能であるから、任意保険加入を欲しないならば徒歩または
自転車通勤を選ぶこととなるが、特段の支障があるとは考えられない。被控訴人の
右主張は採用し難い。
2 本件懲戒処分の適否について
 前記認定によれば、被控訴人は昭和四七年九月一日以降も警備員が実力で入構を
阻止するまで、任意保険に加入することなく、自動二輪車を控訴会社長府工場構内
に乗り入れ、入門の際警備員がこれを制止し更に同年九月一一日には右工場総務課
長Bが本件規程に従うよう説得したがこれに応じなかつたものであつて、被控訴人
の右行為は企業秩序を乱すものといわざるを得ず、本件規程二条一項四号に違反す
ること明らかであるから就業規則七〇条三号、六七条二項により被控訴人をけん責
に処した控訴会社の処分は有効である。
 被控訴人は就業規則七〇条三号にいわゆる「諸規則」とは労働基準法八九条に定
める就業規則に限るものと解すべきところ、本件規程は同条に定める就業規則とし
て制定されたものではないから右にいわゆる「諸規則」に該当しないと主張する
が、右「諸規則」が労働基準法八九条に定める就業規則に限るものと解すべき根拠
はなく、たとえ控訴会社において一方的に制定したものであつても企業秩序に関す
るものである以上右「諸規則」に該当するというべきところ、本件規程は通勤車輛
の構内乗り入れの許否について定めたもので企業秩序に関するものであり、成立に
争いのない乙第七号証、第一五号証、原審証人B、同Dの各証言によれば本件規程
は労働組合の意見を聴いて制定され、従業員一般に周知せしめられたものと認めら
れるから、右にいわゆる「諸規則」に該当するというべきであり、被控訴人の右主
張は採用し難い。
四 以上の説示によると被控訴人の原審における請求は理由がないからこれと結論
を異にする原判決は不当として取消を免れず、被控訴人の当審における賃金支払請
求も理由がないこととなる。なお、予備的請求については、前示のとおり主位的請
求と実質的に同一の請求と解されるから、特段の判断をする必要をみない。
 よつて原判決を取消し、被控訴人の原審における請求、並に附帯控訴に基き当審
で拡張された金員請求及び追加された予備的請求をいずれも棄却することとし、訴
訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 胡田勲 高山晨 下江一成)

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