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平成14年12月13日判決言渡
仙台高等裁判所 平成13年(ネ)第206号 地役権設定登記手続等請求控訴事

(原審 福島地方裁判所会津若松支部 平成12年(ワ)第109号)
口頭弁論終結日 平成14年9月26日
          主    文
     1 原判決主文第1,2項を取り消す。
     2 被控訴人の地役権確認請求及び地役権設定登記手続請求(ただし,
後記のとおり,原判決記
      載の請求の趣旨を訂正する。)を,いずれも棄却する。
     3 控訴人らのその余の本件控訴をいずれも棄却する。
     4 原判決主文第3項を次のとおり更正する。
       被控訴人は,控訴人らに対し,別紙計画平面図記載のI町町道土町
スキー場線から原判決添
      付別紙土地目録1記載の土地への進入路造成工事費用の支払債務を有
しないことを確認する。
     5 訴訟費用は,1,2審を通じこれを4分し,その1を控訴人らの,
その余を被控訴人の各負
      担とする。
          
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人ら
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 (1) 本件控訴をいずれも棄却する。
 (2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
3 原判決記載の請求の趣旨の訂正
   原判決記載の被控訴人の主位的,予備的請求中,債務不存在確認請求につい
ては,いずれも当判決主
  文4項のとおり改める。同請求中,地役権確認請求及び地役権設定登記手続請
求の各請求の趣旨を次の
  とおり改める。
(1) 主位的請求
   ア 被控訴人が,原判決添付別紙土地目録1記載の土地のうち同目録2記載
の土地を承役地,同目録
    3記載の土地を要役地とする,昭和28年4月1日地役権設定契約に基づ
き,原判決添付別紙地役
    権目録記載の地役権を有することを確認する。
   イ 控訴人らは,被控訴人に対し,上記土地目録1記載の土地のうち同目録
2記載の土地を承役地,
    同目録3記載の土地を要役地とする,上記(1)ア記載の内容の地役権設定登
記手続をせよ。
(2) 予備的請求
   ア 被控訴人が,上記土地目録1記載の土地のうち同目録2記載の土地を承
役地,同目録3記載の土
    地を要役地とする,昭和35年10月(日不明)時効取得を原因として,
上記地役権目録記載の地
    役権を有することを確認する。
   イ 控訴人らは,被控訴人に対し,上記土地目録1記載の土地のうち同目録
2記載の土地を承役地,
    同目録3記載の土地を要役地とする,上記(2)ア記載の内容の地役権設定登
記手続をせよ。
第2 当事者の主張
 1 当事者の主張は,当審における当事者双方の主張を追加するほか,原判決当
該欄記載のとおりである
  から,これを引用する(ただし,原判決2頁25行目の「夫である」を「夫で
Fの養子である」と,同
  4頁22行目から同23行目にかけての「別紙物件目録2記載の土地(以下
『本件2の土地』という。)」
  を「原判決添付別紙物件目録3記載の土地(以下『本件3の土地』とい
う。)」とそれぞれ改め(以下,
  原判決中に「本件2の土地」とあるのを「本件3の土地」と改める。),同5
頁14行目の「範囲の土
  地」の次に「すなわち,原判決添付別紙土地目録2記載の土地(以下「本件2
の土地」という。)」を
  加え,同17行目,同20行目,同6頁23行目,同7頁14行目及び同18
行目の「本件1の土地」
  を「本件2の土地」と,同6頁1行目の「本件土地」を「本件2の土地」とそ
れぞれ改め,同7頁24
  行目の「撤去することや」の次に「I町町道土町スキー場線から」を加え
る。)。
 2 当審における当事者の追加主張
(控訴人ら)
  (1) 地役権確認及び地役権設定登記手続請求について
   ア 地役権設定契約が存在しないこと
    (ア)昭和28年4月1日付け鉄塔用地売買の不存在
      被控訴人は,昭和28年4月1日,Eから52号鉄塔の,E及びDか
ら53号鉄塔の各鉄塔
     用地を,それぞれ買い受けたと主張し,売買の証として甲8の1及び2
の各売渡証(以下,合
     わせて「本件売渡証」という。)を提出するが,上記売買を原因とする
所有権移転登記は存在
     せず,却って,53号鉄塔の鉄塔用地については,平成7年に当時の所
有者から被控訴人に対
     して所有権移転登記がなされている。また,通常,鉄塔用地の売買は鉄
塔建設に必要な範囲に
     限られるのに,本件売渡証では必要な範囲を遙かに越えた売買になって
いるだけでなく,1筆
の土地の一部としてもその範囲を図示していない不完全かつ不合理なも
のである。さらに,代
金支払の証拠(例えば領収書,支払伝票,帳簿など)が提出されていな
いし,売買契約書も作
成されていない。
以上の点からして,本件売渡証は有効に成立した書面とは到底認め難
い。
    (イ) 地役権設定合意の不存在
      地役権が設定される場合,地役権設定契約書が作成され,その登記が
なされるのが自然であ
     り,対価として使用料が支払われて当然である。しかるに,本件では地
役権設定契約を証する
     書面がないのみならず,その登記もなされていないし,上記各鉄塔用地
近隣の送電線下の土地
     所有者に対して,使用料が支払われた形跡はない。
したがって,送電線の通過を当然の前提として線下地を承役地とした
地役権設定の合意が存
在したとは推認し難い。
さらに,上記各鉄塔用地の近隣の送電線下の土地所有者も送電線の架
設当時,地役権設定の
承諾をしていないと明言し(乙3,4,6,7,8,9の1・2),現
在に至るも地役権設定
の事実はない。被控訴人は,平成8年ないし同10年当時ですら,送電
線の線下地について,
地役権を設定するのではなく,架線承諾等を中心とした無名契約によっ
て使用権を確保してい
る。
したがって,地役権設定の合意の存在は認められない。
イ 地役権の時効取得が成立しないこと
地役権の時効取得のためには,被控訴人が地役権行使の外形を有してい
なければならない。
被控訴人は,送電線の存在及び電気工作物規程から地役権行使の外形が
客観的に認識可能であ
ると主張するが,送電線の線下地所有者が事実上送電線の架設を承諾して
いるにすぎない場合も
あるので,送電線及び規程の存在から地役権行使の外形が認められるとは
いえない(乙24,2
6,27の1・2)。
また.送電線架設のための地役権は,土地所有者の土地利用を著しく制
限する強力な権利であ
るから,線下補償料,使用料などの対価が支払われるのが一般であるとこ
ろ,本件2の土地につ
いては何らの対価も支払われていない。
したがって,地役権行使の外形がなく,地役権の時効取得の要件を充た
さない。
ウ 控訴人らは,被控訴人に対し地役権設定登記が存在しないことを主張で
きる正当な利益を有す
ること
(ア) 控訴人らが本件1の土地を買い受けた当時,同所付近には道路がな
く,甲18,19の写真
     で見る如く一面樹木が生い茂り,送電線が樹木に隠されて送電線の存在
を容易に認識できる状
     況ではなかった。また,その購入時,現地で送電線が架設されていると
の説明もなかった。
 したがって,控訴人らは,購入当時,送電線の存在を認識することは
できなかった。
    (イ) そうした経緯事情があるから,控訴人らが,平成3年に至るまで撤去
を求めなかったことが,
     信義則に違反し,地役権設定登記の存在しないことを主張する正当な利
益がない理由とされる
いわれはない。また,電力事業の公共性は背信的悪意者性の根拠足りえ
ない。
  (ウ) したがって,控訴人らは,本件地役権の設定登記が存在しないことを
主張する正当な利益を
     有する第三者である。
(2) 進入路造成工事費用について(抗弁)
 ア 被控訴人の損害賠償債務の存在
(ア)被控訴人は,控訴人らの承諾なく,無権限で,本件1の土地のうち本
件2の土地の上空に送
     電線を架設して同土地の利用を制限してきた。これは,控訴人らの本件
2の土地の所有権を侵
害するものであり,不法行為が成立する。
      したがって,被控訴人は,控訴人らに対し,現在に至るまでの土地使
用料相当額の損害を賠
     償すべき義務がある。
    (イ) 控訴人らは,平成5年に本件1の土地の進入路造成工事に着工した
が,当時の送電線の高さ
     が地上から低く接触の危険があったため工事を続行できなかった。新た
な工事には,約1億7
     000万円の工事費用を要する。被控訴人は,送電線を控訴人ら所有の
同土地上に無権限で架
     設した不法行為に基づき,控訴人らに対し,上記工事費用相当額の損害
を賠償すべき義務があ
     る。
 イ 被控訴人による損害賠償義務の自認
(ア)被控訴人は,控訴人らに対し,平成3年11月,本件送電線が本件1
の土地の開発に支障が
     あることを理解し,できるだけ早期に高鉄塔に建て替えると説明した。
また,同6年8月,送
電線撤去には応じられないが嵩上工事を早期に実施すると再度説明し
た。
  このように,被控訴人は,送電線によって本件1の土地への進入路造
成工事に支障が出てい
ることを十分に認識していた。
(イ) 被控訴人は,送電線の嵩上工事の早期実施のほかに,進入路造成工事
ができなかったことに
     対し,工事費用340万円を支払う旨の提案をし,低地上高の送電線の
ために進入路造成工事
     ができなかったことによる損害賠償義務が発生していることを認めてい
た。
ウ したがって,被控訴人は,控訴人らに対し,本件2の土地の所有権を侵
害した不法行為に基づ
き,上記各損害賠償義務がある。
(被控訴人)
(1) 地役権確認及び地役権設定登記手続請求について
 ア 地役権設定契約の存在
(ア) 昭和28年4月1日付け鉄塔用地売買の存在
  昭和28年当時は,一般的に本件売渡証と同様のものを売買契約書に
代わる証書としていた。
     売渡証には,契約当事者,売買目的物の表示,代金額及び売買の合意が
記入され,売主が作成
     するから,売買契約書の内容を十分に備えている。本件売渡証に記載さ
れた土地の表示も,鉄
塔用地の売買として何ら不自然な点はない。
被控訴人が,53号鉄塔用地について,平成7年に当時の土地所有者
との間で売買契約を締
結し,その旨の移転登記手続をしたことは認めるが,これは平成7年の
送電線嵩上工事の工期
が切迫していた等の事情があったためである。同様の理由から,52号
鉄塔用地については,
土地所有者と平成7年に賃貸借契約を締結している。
(イ) 被控訴人は,送電線架設に際しては,線下地所有者から架線について
の承諾(地役権設定)
     を受けて建設している。地役権は,設定契約によって成立するが,契約
書が作成されない場合
も少なからずある。また,未登記の地役権も数多く存在する。地役権の
対価は無償でも良く,
原野の上空を使用し,土地の利用を何ら制限しない場合には無償である
ことが多い。
   イ 地役権の時効取得について
(ア) 仮に,地役権を行使する意思が必要であるとしても,被控訴人は,本
件2の土地の上空に送
電線を架設し,これを維持管理してきたのであるから,上記意思は客観
的に表現されている。
  被控訴人は,送電線の架設に当たり,Dとの間で地役権設定契約を締
結し,送電線路として
継続使用してきたことは,その位置,形状,構造等の物理的状況から客
観的に明白であり,控
訴人らは認識または認識し得ることが可能であった。線下補償料の支払
がないことと地役権を
行使する意思がないこととは関係がない。
(イ) 送電線は,本件1の土地を北東方向から南西方向へ架設されているの
で,周辺の開墾状況か
らして,控訴人らは,同土地を購入した昭和39年当時,送電線を十分
確認できたはずである
(甲7)。
 (2) 進入路造成工事費用について
ア 被控訴人は,本件3の土地を要役地とする地役権に基づき送電線を架設
しているのであるから,
何ら違法ではなく,送電線の架設による同土地の利用制限が不法行為に当
たることはない。
イ 同様に,送電線の架設が不法行為に当たらないことから,進入路造成工
事を被控訴人が負担す
べき理由がない。
ウ 被控訴人が進入路造成工事費用として340万円を支払う旨控訴人らに
提案したのは,控訴人
らが,執拗に送電線の撤去要求並びに約1億7000万円という法外な工
事費用の支払等を要求
して頻繁に電話や面接要求を繰り返すため,被控訴人は,一切の支払義務
はないと認識したもの
の,事業用地の地権者であったこともあり,円満解決の解決金として提示
したものであって,支
払義務を認めて提案したものではない。 
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所は,本件請求のうち,地役権確認請求及び地役権設定登記手続請求
は棄却を免れないが,進
  入路造成工事費用支払債務不存在確認請求は認容されるべきものと判断する。
その理由は,次のとおり
  である。
 (地役権確認及び地役権設定登記手続請求の当否)
 (1)請求原因(1),(2)ア,イ,ウの各事実及び同(3)の事実については,原判決
8頁21行目冒頭から同
24行目末尾までの説示と同じであるから,これを引用する。
 (2) 本件地役権設定契約の存否について
ア 53号鉄塔用地の売買について
(ア) 証拠(甲6,7,8の1・2,14の1・2,18,19,証人Cの
証言)及び弁論の全趣旨
     によれば,被控訴人は,特別高圧送電線「第1福島線」(当時の名称は
「東北幹線2号線」)架
     設のための鉄塔用地を確保するため,昭和28年4月1日,52号鉄塔
用地をEから,同53号
     鉄塔用地をE及びDから,それぞれ買い受けたことが認められる。
   (イ)控訴人らは,本件売渡証は被控訴人主張の売買契約の成立を証する有
効な書面とは認められな
     いなどと主張するけれども,本件売渡証の不動産の表示の「歩」とは
「坪」と同義であると認め
     られるから,鉄塔用地の広さとして合理的な範囲の売買と認めることが
できるし,前記認定のと
     おり,昭和28年6月には52号鉄塔及び53号鉄塔が建設され,以後
本件売渡証記載の土地が
     鉄塔用地として使用されてきたが,被控訴人は,これまで鉄塔用地の所
有者から抗議を受けたり
     上記鉄塔の撤去を求められたことはなかったことが認められる。さら
に,本件売渡証の形式及び
     文面からすると,同書面は,売買契約書と領収証を兼ねていると認めら
れるから,支払伝票等が
     保存されていないとの被控訴人の主張も必ずしも不自然とはいえない。
また,本件売渡証に沿っ
     た所有権移転登記がなされず,却って平成7年に本件売渡証と整合しな
い処理がなされている事
     実が存するけれども,それは,後記のとおり,本件売渡証作成当時の送
電線架設事業が戦後工業
     化の急務の基盤事業として行われたことなどにより,被控訴人が本件売
渡証のみを保存するだけ
     で,分筆登記や所有権移転登記を怠るなど地権者との間の権利関係を明
確にする手段を講じない
     まま長年経過し,権利主張が困難であったことから,円満に解決するた
めにやむを得ず行った措
     置であったと認められるところであり,了解できないことではない。
   (ウ) 以上に加えて,本件売渡証の体裁及び証人Cの証言に照らすと,本件
売渡証は,いずれも真正
     に成立した,被控訴人主張の売買契約を証するに足りる書面というべき
である。
   イ 本件1の土地の上空に送電線を架設することの承諾の有無
   (ア) 上記認定の事実及び証拠(甲2の2・3,3,6,7,8の2,11
の4,13,18,19,
     22,証人Cの証言)によれば,被控訴人は,鉄塔用地を確保して直ち
に鉄塔工事及び送電線設
     置工事を開始し,Eから買い受けた52号鉄塔用地と,E及びDから買
い受けた53号鉄塔用地
     にそれぞれ鉄塔を建設し,これらの鉄塔を経由して送電線を架設して,
本件1の土地をその送電
     線の線下地とし,昭和28年6月に,「第1福島線」を運用開始し現在
に至っていること,被控
     訴人は,53号鉄塔用地をDから買い受ける際に,当時本件1の土地の
所有者でもあったDに対
     し,会津変電所から仙台変電所に直接連係する特別高圧送電線の架設事
業と,本件1の土地はそ
     の送電線の線下地になることを説明したことが認められる(ただし,本
件送電線の線下地におい
     て,法令上所有者の受ける制限につき具体的な説明をなしたことを示す
的確な証拠はなく,当時,
     法令上の制限が一般に浸透する状況にあったかは疑問が残る。)。
   (イ)以上によれば,Dは,当時の電源事業の公共性及び本件1の土地の利
用状況等を考慮し,本件
1の土地が送電線の線下地となることを承諾したものと推認できる。
ウ 本件地役権設定契約の成否
(ア) 被控訴人は,ア,イの事情のもとで,Dが被控訴人に対して承諾した
内容は,本件3の土地に
     所在する会津変電所を要役地とし,上記各鉄塔間の送電線下地となった
本件1の土地(ただし,
     合理的な範囲である本件2の土地の範囲)を承役地とする本件地役権設
定契約の承諾であったと
     主張する。
  (イ)確かに,上記イの認定事実によれば,Dは,当時としては優に数十年
を超える長期間存続する
と認識したであろう本件送電線の説明を受け,本件送電線の公益性を認
識して,53号鉄塔用地
     の近隣地(甲3)である所有地が線下地となることを承諾したことなど
からすると,原判決が説
     示するように,本件地役権設定契約の成立を推認し得ないではない。
(ウ)しかしながら,本件地役権設定契約の成立を証する書類が存在しない
こと,送電線の線下補償
がなされてこなかったことは当事者間に争いがなく,証拠(甲3,乙5
ないし8,9の1・2,
     15,16,23ないし26,27の1・2,28ないし30,証人B
の証言)及び弁論の全趣
     旨によれば,① 本件訴え提起まで,本件2の土地を承役地とする地役
権の設定登記のために測
     量等の準備がされた形跡は全くないこと,② 本件1の土地近傍の本件
送電線下の土地所有者は,
     被控訴人との間で,地役権設定契約の成立を証する書面を作成したり,
線下補償料の支払を受け
     たことはなく,線下地を承役地とする地役権設定契約を締結していると
いう認識もないこと,③
     被控訴人は,高圧送電の送電線新設工事に際し,上空に送電線を架設す
ること及び送電線の設置
     や保守等のための線下地への一時立入並びに線下補償を別途協議するこ
とを内容とする(ただし,
     線下地の使用制限に関する記載はない。)「架線等承諾書」や「架線等
についての承諾」と題す
     る書面を作成し,線下地所有者から承諾を得る扱いをしている例が現在
においても相当数存する
     こと,④ 被控訴人は,大株主でもあるH県の県議会総務企画委員会に
よる高圧送電線の線下補
     償の実態についての照会に対し,線下補償をしている割合についての回
答をせず,計画的に線下
     補償を進めていると回答するに止まったことが認められる。そして,⑤
 52号及び53号鉄塔
     の各鉄塔用地の売買がなされた後も,鉄塔用地部分の分筆登記や所有権
移転登記すらなされない
     ままであり,⑥ その結果,平成7年になって,鉄塔用地につき新所有
者との間で売買契約を締
     結し,賃貸借契約を締結する事態となったほどで,鉄塔用地の売買です
ら,権利関係を明確にす
     る手段を講じたり,それを証明する十分な資料の作成等をしていないの
が実情であったことが認
     められるし,⑦ 昭和28年当時は,戦後工業化の基盤事業として電力
の需要に応えるべく水力
     電源開発と山間部から工業地帯や都市部への送電が国家的に緊急かつ重
大な案件とされた電力事
     情(昭和27年7月施行された電源開発促進法第1条は「この法律は,
すみやかに電源の開発及
     び送電変電施設の整備を行うことにより,電気の供給を増加し,もって
わが国産業の振興及び発
     展に寄与することを目的とする。」と定める。)にあったところ,被控
訴人も東北6県及び新潟
     県下に新たに大量の電力を供給する必要から,水力電源開発及び送電設
備工事に最重点をおいて
     経営しなければならないという社会情勢下において(裁判所に顕著な事
実),地役権設定まで考
     慮せずに送電線架設について地権者の承諾を得ることに傾注し,他方,
山間部の線下地所有者も,
     このような電源開発及び送電設備事業の公益性を理解し,当面利用する
予定がないなどの事情か
     ら,その所有地の上空に送電線が架設されることを安易に承諾したとい
うこともあり得たものと
     推認される。
   (エ) 被控訴人は,線下地所有者との間で地役権を設定した場合でも契約書
が作成されない場合も少
     なからずあり,未登記の地役権も数多く存在すると主張するが,控訴人
の再三の要請にもかかわ
     らず,本件送電線に関して,昭和28年当時に地役権を設定している具
体的な事例を何ら挙げて
     いない。
   (オ) 以上の諸事情を総合考慮すると,被控訴人は,昭和28年当時,高圧
電線である第1福島線の
     送電線建設事業に当たり,送電線下地の利用権として,その線下地を承
役地とする地役権を設定
     するという明確な方針をもって臨んでいたとは認め難く,却って送電線
建設の急務から,早急に
     鉄塔用地を確保し,送電線を架設するため,線下地所有者には上空架線
の承諾を得ることを第1
     とし,それ以上に地役権の範囲や内容等を具体的に説明し,設定契約締
結の意思を確認すること
     なく,送電線を架設して現在に至っていることが窺われるところであ
る。
      そうすると,被控訴人が送電線の架設について当時の線下地所有者で
あるDの承諾を得た事実
     は認められるとしても,それをもって地役権設定契約の成立を認めるに
は幾多の疑問が残るとい
     わざるを得ず,他に本件地役権設定契約の成立を認めるに足りる確たる
証拠はないから,本件地
     役権設定契約の成立を認めることはできないというほかない。
 (3) 地役権の時効取得について  
ア 被控訴人が,上記のとおり昭和28年に,当時の所有者であったDから
承諾を得て,本件1の土
    地の上空に送電線を架設し,以後今日まで送電線を維持管理していること
は,上記認定のとおりで
    ある。そして,証拠(甲7,13,14の1・2,18,19,22,証
人Cの証言)によれば,
    第1福島線及び第2福島線のいずれもが,送電線の電圧15万4000ボ
ルトで,送電線の中心線
    から片側5.75メートルの位置に最外側電線が架設されていることが認
められるところ,旧電気
    事業法(昭和6年法律第61号)下の電気工作物規程(昭和24年通産省
令第76号《85条1項
    第4号,92条》及び昭和29年通産省令第13号,電気事業法(昭和3
9年法律第170号)に
    基づく「電気設備に関する技術基準」を定める省令(昭和40年6月15
日通産省令第61号)に
    は,送電線から,建造物及び植物との離隔距離を5メートル以上保持しな
ければならず,線下地の
    所有者は一定の建造物の建築等禁止の不作為義務を負う旨定められ,証拠
(甲13)及び弁論の全
    趣旨によれば,本件送電線の最外側電線の5メートル外側の範囲は,本件
2の土地に当たることが
    認められる。
     そうすると,本件2の土地の範囲全部に及ぶかはともかく本件送電線の
線下地において,継続的
    に同土地上空に本件送電線が存在することにより同土地所有権に上記の一
定の制限を加えている外
    形的事実状態が客観的に表現されているといえるから,被控訴人主張の地
役権(正確な範囲はとも
    かく)の外形的事実状態が継続的に表現されているということができない
わけではない。
   イ ところで,地役権の時効取得が成立するためには,その外形的事実状態
の権原の性質上,地役権
    行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されていることが必要
であり,この要件は地役
    権の時効取得の成立を主張する者に立証責任があると解される。
     しかるところ,被控訴人が本件送電線架設工事をするに際し,本件1の
土地の当時の所有者であ
    るDとの間で,同土地を承役地とする地役権設定契約を締結した事実が認
められないことは上記説
    示のとおりであり,その契約締結のため交渉した形跡も窺うことができな
い。そして,被控訴人は,
    現在においても「架線等承諾書」等で線下地所有者から上空送電線架設の
承諾を得ている例が相当
    数あること,被控訴人の設置する送電線下地においてどの程度地役権が設
定されているのかについ
    ても明らかにしていないこと等上記認定の事情を合わせ勘案すると,本件
送電線の開設が,その後
    の維持管理を含めても,地役権行使の意思に基づくものとは認め難いとい
うべきである。
   ウ 以上の次第で,被控訴人主張の地役権の時効取得の成立も認めることは
できない。
(債務《進入路造成工事費用の支払義務》不存在確認請求の当否について)
(1) 控訴人らは,進入路造成工事費用の支払義務不存在確認請求に対する抗弁
として,当審における当
事者の追加的主張(2)アの(ア)と(イ)の被控訴人に対する債権を主張するが,そ
の訴訟物である債務は,
   平成5年に控訴人らが進入路造成工事に着工したところ,被控訴人が不法に
架線した本件送電線の高
   さが地上から低く接触の危険があったため工事を続行できず,新たに工事を
する必要が生じたことに
   よる工事費用相当額の損害賠償債務(上記(イ))であるから,上記(ア)主張の
債権はこれに当たらず,
   主張自体失当である。
(2) そこで,上記(イ)主張の債権の存否について判断する。
ア 証拠(甲2の2,17ないし21,乙12の1・2,13,18の1・
2,19,21,22,
    証人Bの証言)及び弁論の全趣旨によれば,I町は,昭和57年に控訴人A
及びFから本件1の土地
    の一部を道路敷として買収するなどして町道土町葉山線改良事業を行い,
昭和56年から同路線の
    供用開始をしたこと,平成4年5月,同町は,控訴人らから,同事業によ
り開設した別紙計画平面
    図記載の町道土町スキー場線と本件1の土地との落差が生じた補償として
進入路造成の要望を受け
    て検討したが,同道路開設により損失が生じたわけではないとして補償工
事はできないと回答した
    こと,その後の同年8月,控訴人A(控訴人らの長男Bが交渉に当たっ
た。)と同町との間で,近
    傍の工事から出る残土を利用して同控訴人が工事施工業者を手配し進入路
を造成することが合意さ
    れたが,残土搬出の時期が定まらず,しかも搬出期間が長期となる可能性
があったため,同控訴人
    の負担に配慮した同町が,工事施工業者に依頼して進入路造成のための盛
土工事をしたこと,とこ
    ろが本件送電線が低く,工事機械が本件送電線に接触する危険が生じたた
め,同年8月中旬ころ,
    同町は盛土工事を中止したこと,被控訴人は,同年秋ころ,Bから本件送
電線の移設や嵩上げの要
    求に基づき,本件送電線の下に「防御ゲート」と称する鉄パイプにゴムを
渡したゲートを設置した
    が,その状態ではやはり工事機械を搬入できず,同町は盛土工事を再開し
なかったこと,そこで,
    Bは,平成6年7月,被控訴人に対し,被控訴人において進入路造成工事
を完成するように要求し,
    同年8月以降,本件送電線の移設等を要求したこと,このような交渉の中
で,被控訴人は,道路工
    事をすることはできないが,送電線の嵩上工事を計画の前倒しで早期に実
現し,線下補償や工事費
    補償を支払う用意があるとして提案したが,控訴人らは,G建設株式会社
作成の勾配8パーセント
    の擁壁を含めた進入路造成工事の見積書(見積金額約1億7000万円)
を前提に,この造成工事
    費用の補償を求め,これに対し,被控訴人は同工事費の補償として340
万円を限度と提案したこ
    とから交渉は平行線を辿り,翌平成7年3月,被控訴人は交渉を待たずに
嵩上げ工事を実施し完了
    させたこと,そして,被控訴人は,平成8年4月,I町で造成盛土工事を
しないため,被控訴人に
    おいて進入路造成工事を完成させることを提案したが(乙22),控訴人
らはその工事内容を不満
    として承諾せず,その後も進入路造成費用の補償額について交渉が続いた
が合意に至らなかったこ
    と,以上の事実が認められる。
   イ 以上の認定事実によれば,I町が,控訴人らの要望もあって,上記経緯
で本件1の土地への進入
    路造成のため盛土工事を始めたところ,本件送電線が低く工事機械がこれ
と接触する危険があった
    ことから同工事を中止し,以後同町による盛土工事の便宜を受けられなく
なったことにより,控訴
    人らが損害を被ったことを認めることができる。
     しかしながら,前記説示のとおり,被控訴人が,控訴人らに対し,地役
権を主張することができ
    ず,本件送電線を本件1の土地上空を通過させる利用権限を何ら有してい
ないとしても,上記アの
    認定事実に照らすと,上記盛土工事中止等による損害は,被控訴人が本件
送電線を設置し,維持管
    理していること自体から予測できた損害とは到底認め難いというべきであ
る。
     もっとも,控訴人らがI町から上記盛土工事の便宜を受けることを説明
し,その障害となる本件
    送電線の移設等を求めた時点以後,移設や嵩上工事が容易であるのに敢え
てこれを引き延ばしたた
    め,控訴人らが上記便宜を受けられなかったというような特別な事情があ
るならば,その不作為が
    違法となり,その場合に予測可能な同工事の中止による損害について,不
法行為に基づく損害請求
    を認める余地がないではない。しかしながら,上記アの認定事実によれ
ば,被控訴人もそれなりの
    対応をしたといえるから,上記不作為が違法となるような事情があるとま
では認めることができな
    い。
   ウ なお,上記アの認定事実によれば,被控訴人は,控訴人ら側と本件進入
路工事費用の補償交渉に
    おいて,340万円の補償をすると提案したことが認められる。しかし,
これは,本件送電線が存
    在するために,控訴人らがI町から上記盛土工事を受けられなくなった事
実を踏まえて,控訴人ら
    の抗議に対する解決策を提示したものであり,これをもって控訴人らの主
張を根拠付けるものとみ
    るのは相当でない。
   エ 以上検討の結果によれば,被控訴人が本件1の土地につき,地役権以外
の利用権限を有するか否
    かについて判断するまでもなく,被控訴人は,控訴人らに対し,進入路造
成工事費用の支払義務は
    ないというべきであるから,被控訴人の同費用支払債務不存在確認請求は
理由がある。
 2 よって,上記判断と結論を異にする原判決主文第1,2項を取り消して,被
控訴人の控訴人らに対す
  る地役権確認及び地役権設定登記手続請求をいずれも棄却することとし,債務
不存在確認請求について
  の原判決の判断は相当であるから(ただし,債務の特定において明白な誤謬があ
るから職権で更正する。),
  当該部分の本件控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第1民事部
  裁判長裁判官   佐々木  寅  男
裁判官阿  部  則  之
裁判官高  橋  光  雄

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