弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人井出正敏の上告趣意一ないし三について。
 所論は違憲をいうが実質は単なる法令違反、事実誤認の主張で刑訴四〇五条の上
告理由に当らない。(所論の点に関する原判示の趣旨は次のとおりと解される。す
なわち、判示アパートaのなかの被告人と内妻Aとの居室は判示B方家族の居室と隣
り合せになつており、被告人らの居室の判示押入は、Bら居室の判示押入の上部に
重なるように存し、被告人方の右押入の床板(仕切板)は、そのままB方の右押入
の天井になつていて、双方の押入の襖はそれぞれ自室側からのみ開閉できるように
なつていた。そしてこの被告人方押入の床板、すなわちB方押入の天井板には二つ
の節穴が開いており、本件出火直前の昭和三四年三月の初旬から二一日午前五時頃
までの間には、被告人居室側より人がこの節穴から下方をのぞけば、B方押入にあ
る紙類、衣類、蓋の開いた行李などの可燃物があるのを見られる状態になつていた。
被告人はかねて秘かに買つておいた瓶に入れたガソリンを、判示の日時にこの節穴
から下方の前記B方押入内の紙類、衣類、行李などの上に流し込んだ後、火を節穴
から落して右B方押入内のガソリンに濡れ滲みている紙類、衣類に点火してこれを
燃え上らせ、右行李及び在中の衣類を焼いた、という趣旨であると解される。して
みれば右節穴から落された火は、燐寸に点火されたものであつたか、ガソリンに濡
れ滲みたボロ切れ、ガーゼ、紙又は蝋燭等に点火されたものであつたか或いはその
他の火であつたかというような更に詳細な事情は明らかでなくても、被告人が判示
住居に火を放つたという原判決の放火未遂罪の事実認定並びに罪となるべき事実の
判示としては何ら欠けるところはないといわねばならない。原判決が「火の点いた
マツチを落して点火したものかどうか、通常推測される方法であるとは言え、証拠
上ただちにこれを断定するわけにはゆかないにしても、何らかの方法によつて点火
の措置をとつたものと認めても経験則に反するものでない」といつたのは措辞妥当
でない点があるけれども、その結論は相当である。原判決には所論の違法なく、違
憲の主張も前提を欠く。)
 同四について。
 一つの判決において、認定にかかる被告人の窃盗と現住建造物放火未遂とが刑法
四五条前段の併合罪の関係に立ち、そのそれぞれにつき被告人を有期懲役に処すべ
きものとする場合には、同法四七条を適用し、よつて定まつた刑期範囲内において、
被告人に対し一個の有期懲役を言渡すべきものであつて、その各罪につきそれぞれ
の刑法各本条所定の刑期範囲内で各別の懲役刑を言渡すが如きは許されないところ
である。本件において、被告人に対し第一審は窃盗につき懲役一〇月、放火未遂に
つき無罪を言渡したところ、被告人は第一審判決中有罪言渡部分についてのみ控訴
し、検察官は第一審判決(無罪及び有罪の言渡)全部に対して控訴を申立てる旨の
控訴申立書を提出した(これによつて右放火未遂と窃盗との両事実につき事件は原
審に係属した)が、原判決は、窃盗については事実誤認等なしとして控訴を棄却し、
放火未遂についてはその事実を認定して第一審判決の無罪言渡部分を破棄しこれに
つき懲役三年を言渡した。しかしながら、原判決の認めたところによれば、原判示
の窃盗と放火未遂とは刑法四五条前段の併合罪の関係に立つものであり、かつ、原
審は、そのそれぞれにつき有期懲役に処すべきものとするのであるから、原審とし
ては、第一審判決中無罪部分を破棄して被告人の放火未遂罪につき懲役三年を言渡
す一方、窃盗有罪の部分についての控訴を棄却するが如きことはなすべきでなく、
すべからく第一審判決全部を破棄した上、原審の認めた放火未遂と窃盗との両罪に
つき刑法四五条、四七条を適用して、併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を一
個の有期懲役刑に処すべきであつた。しかるに原判決はこれをしなかつたのである
から、結局論旨引用の判例(東京高等裁判所昭和二八年(う)第一八八一号同年一
二月二二日言渡第四刑事部判決、高等裁判所刑事判決集六巻一三号一八九七頁)の
趣旨に反し、刑法四七条に違反するものというほかなく、この違法は判決に影響を
及ぼすこというまでもない。それゆえ論旨は理由があり、この点において原判決は
破棄、差戻を免かれない。
 よつて刑訴四〇五条三号、四一三条により原判決を破棄し、本件を原裁判所であ
る東京高等裁判所に差戻すべきものとし、裁判官垂水克己の補足意見あるほか裁判
官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
1 刑法四五条、四七条の立法趣旨は、裁判所が窃盗罪と現住建造物放火(既遂)
罪とにつきいずれも有期懲役に処すべきものと認めたときは、その各罪につき最高
限の刑を併せて言渡すべきでないのは勿論、例えば、窃盗につきその法定刑の最下
限ないし最高限(一月ないし一〇年)に処し、且つ、放火についても最下限ないし
最高限(五年ないし一五年)の懲役に処したり、または、三〇回の窃盗につきそれ
ぞれ最下限の懲役一月ずつ合計三〇月に処したり、或いは、そのうち、一回の窃盗
につき懲役一月に処し、他の二九回のそれにつき執行猶予を言い渡す如き等々のこ
とを、特別の犯罪は別として、不都合不合理であつて、有機的でないものとして禁
止しようとするにある。かような刑法四七条の規定が設けられている以上、前示の
設例ほど甚しく不合理でない場合でも、一律に、各罪につき有期懲役に処すべきと
きは刑法四七条による加重(五割増)をした範囲内で一個の有期懲役を言渡さない
ことは違法であるとするのである。
2 本件について、原審が放火未遂罪につき有期懲役に処すべきものと認めたこと
は事実審である原審の専権に属する事項であるから、当審ではこの事実を前提とし
て判断する訳であるが、この場合、原判決が、放火未遂による有期懲役と窃盗によ
る有期懲役とについて刑法四七条を適用して一個の有期懲役を言渡す方法をとらな
かつた点は刑法四七条不適用の違法あるものであつて、この点で原判決が破棄を免
かれないのは当然である。しからば、本件窃盗と放火未遂について刑法四七条を適
用した範囲内で、いかほどの刑期の一個の有期懲役刑に処すべきかの問題は、書面
審理審である上告審としては、一般の場合のように第二審ですでに是認又は言渡さ
れた刑の量定が「甚しく不当であつて第二審判決を破棄しなければ著しく正義に反
するものと認める」(刑訴四一一条二号)ことに比べて頗るむつかしいことである
から、当然本件を原審に差戻すほかない。
 検察官 岡嵜格公判出席
  昭和三八年一一月一二日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊

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