弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成27年11月13日宣告
平成24年(わ)第887号,第986号,平成25年(わ)第120号,第2
11号,第439号,第573号,第827号
死体遺棄,逮捕監禁,殺人,監禁,詐欺,生命身体加害略取,傷害致死被告事件
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数のうち90日を刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯等)
被告人は,平成14年頃に母の再婚相手の借金問題に介入してきたA(昭和2
3年10月生まれ,平成24年12月死亡。)と知り合い,Aが住んでいた兵庫
県尼崎市○○所在のマンション○○号室(以下「本件マンション」という。)に
出入りするようになり,やがてそこで生活するようになった。そこには,平成1
7年3月当時(後記第1の犯行頃),Aのほか,その幼なじみであり,平成10
年にAの母の養子となり,Aの義妹となったB(昭和28年4月生まれ),Aの
内縁の夫であるC(昭和25年1月生まれ),昭和61年12月にBが産んだが
Aの子として届け出られたE,平成11年にAの養子となったD(昭和57年5
月生まれ),平成13年にBと入籍したV1(昭和28年11月生まれ,平成1
7年7月1日死亡),被告人の義理のいとこであるF(昭和60年6月生まれ。
平成19年1月にEと入籍。),Fの姉であるV2(昭和57年11月生まれ,
平成20年12月死亡),A一家の家政婦的立場にあったV3(昭和16年8月
生まれ,平成20年11月死亡)が共同生活していたが,平成18年頃には,後
にV2と入籍するG(昭和44年11月生まれ)が,平成19年12月(後記第
2の1の犯行後)には,V2とFの母であるV4(昭和24年7月生まれ,平成
21年6月22日死亡)が,平成21年7月頃には,V1の弟であるV5(昭和
33年7月生まれ,平成23年7月27日死亡)がそれぞれこれに加わった(以
下「A一家」というときは,その時々におけるこれら共同生活体を指すことがあ
る。)。そして,A一家においては,Aが絶対的な権力を持ち,同居人に対して
自分に対する忠誠を要求し,逆らう者には容赦なく制裁を加える一方で,しばし
ば皆を観光旅行や外食に連れて行ったりもしていた。被告人らは,Aを恐れ,服
従していたが,中には耐えかねてA一家から逃げようとする者もいた。しかし,
一時的に逃亡した者も執拗な捜索により発見されて連れ戻され,再びA一家で生
活することを余儀なくされることが何度もあった。
(犯罪事実)
被告人は,
第1(V1を被害者とする殺人及びこれに関連する詐欺)
平成17年3月当時,Aが,A一家が多額の借金を抱えるなど金に困る状
況を打開するため,V1に加入させていた多額の生命保険金を得ようと考え
たことを契機に,A,B,C,D,E(当時18歳),F(当時19歳)ら
との間で,V1を事故死に見せかけて殺害した上,戸籍上の妻であるBに対
する保険金支払等の名目で保険会社から生命保険金をだまし取ることを共謀
し,
1同月上旬頃,本件マンションにおいて,かねてからAの意のままに従わざ
るを得ない状況に置かれていたV1(当時51歳)に対し,多額の生命保険
金に加えて事故の相手方からの損害賠償金をも得ようとして,自転車に乗っ
て対向車の前に飛び出して交通事故を装って死ぬように命じ,被告人がその
現場に同行するなどしたが,V1が実行しないため,制裁として,3日間に
わたって飲食させなかったり,あざができるほどに両腕をローテーブルに打
ち付けるなどの暴行を加えたり,両足首のくるぶしが化膿するほど正座を長
時間強制したりしたほか,被告人が「約束守らな。」などと繰り返し言い聞
かせるなどして,V1を徐々に死ぬことを拒むことができない状況に追い込
んだ。その上で,被告人らは,V1に,車の前に飛び出して死ぬことはでき
ないが高いところから飛び降りて死ぬことならできると言わせた上,沖縄県
の指定名勝Hの崖から飛び降りて死ぬように命じ,同年6月中旬頃,観光旅
行を装って沖縄県にV1を同行させ,同月30日頃,宿泊していた同県国頭
郡○○村字○○△△番地所在のロッジIにおいて,それぞれV1と死別の挨
拶を交わし,翌7月1日午前9時過ぎ頃,ロッジの1室で,Aが,V1に対
し,Hの崖から飛び降りて死ぬよう改めて命じつつ,形見分けと称して,V
1が身に着けていたネックレスを遺品として受け取るなどし,前記3月上旬
頃以降の一連の行為の結果,V1をHの崖から飛び降りて死ぬ以外に選択す
ることができない精神状態に陥らせた。そして,ロッジに居残ったAを除き,
被告人らは,同日午前10時20分頃,同村字○○△△番地所在のHの崖(高
さ約27.5メートル)の上までV1を連れて行き,V1を足場が不安定な
崖の縁に立たせ,記念写真の撮影を装い,撮影者役のBを除く被告人らがそ
の付近にV1に背を向けて立つなどしてV1に自ら崖から飛び降りさせ,V
1を頭部損傷により即死させて殺害した。(平成25年6月11日付け公訴
事実)
2平成17年7月上旬頃,○○保険株式会社と代理店委託契約を締結してい
る者らを介し,大阪市a区△△所在の同社□□第三課において,担当者に対
し,被告人らがV1を殺害した事実を隠し,V1がHの崖から誤って転落し
て事故死した旨のうその事故報告を行うとともに保険金支払事務を進めるよ
う依頼し,さらに,同年11月1日頃,代理店を介し,前記第三課において,
同社に対し,前同様のうその内容を記載した保険金請求書を提出するなどし
てBに対する保険金の支払を請求し,同社□□第一部長○○に,V1が同社
との契約条項にいう「急激かつ偶然な外来の事故」によって転落死したもの
で同社に保険金の支払義務があるものと信じ込ませ,Bの相続分に従った保
険金の支払を決意させて,同年11月4日及び平成18年12月29日の2
回にわたり,兵庫県尼崎市△△所在の○○銀行J支店に開設されたB名義の
普通預金口座に現金合計3000万円を振込送金させてだまし取るととも
に,同年12月下旬頃,同社□□第二課において,担当者に対し,保険金の
請求及び受領に関し,V1の実弟であるV5がその相続分に従った保険金の
請求及び受領をBに委ねた事実がないのに,Bを相続人の代表とすることに
V5が同意した旨の虚偽の書面を提出し,同社に対し,V5の相続分に従っ
た保険金についてもBに対して支払うよう請求し,前記第一部長にその旨信
じ込ませて同請求に係る支払を決意させ,同年12月29日,前記普通預金
口座に現金1000万円を振込送金させてだまし取った。(平成26年2月
27日付け訴因変更請求)
3平成17年7月8日頃,東京都墨田区△△所在の●●保険会社●●第一課
に電話をかけるなどし,同社社員や担当者に対し,被告人らがV1を殺害し
た事実を隠し,V1が前記Hの崖から誤って転落して事故死した旨のうその
事故報告を行うとともに保険金支払事務を進めるよう依頼し,さらに,同月
下旬から同年8月上旬頃,前記第一課において,同社と業務委託契約を締結
している調査会社のKの調査員らを介し,前記保険会社に対し,前同様のう
その内容を記載した保険金請求書を提出するなどして保険金の支払を請求
し,同社の●●第一課長らに,V1が同社との契約条項にいう「急激かつ偶
然な外来の事故」によって転落死したもので同社に保険金の支払義務がある
ものと信じ込ませ,同年11月7日及び平成18年11月6日の2回にわた
り,兵庫県尼崎市△△所在の●●銀行J支店に開設されたB名義の普通預金
口座に現金合計1000万円を振込送金させてだまし取った。(平成25年
7月17日付け公訴事実第2)
第2(V4を被害者とする生命身体加害略取,傷害致死)
1Aが,V4がAらの暴行等による虐待に耐えかねて行方をくらませたこと
に腹を立てて執拗に捜した末,和歌山県内のホテルに住み込みで働いている
ことを突き止めたことから,A,C,D,E,F,G及びV2と間で,V4
をら致して本件マンションに連れ去った上で暴行を加えるなどして虐待する
ことを共謀した。そして,被告人らは,加害の目的をもって,平成19年1
2月1日から同月3日までの間,前記ホテルにおいて,被告人らを畏怖する
V4(当時58歳)に対し,Aが,「何考えてんねん。」などと怒鳴りつけ,
前記ホテル社員寮○○号室で,被告人ら全員でV4を取り囲み,V4に対し
て,「なんで逃げたんや。」,「あんた,逃げ出せる立場やったんか。」,
「一人だけのんきに生活して。自分だけよう平和に生活できとったな。」,
「そういうのんきなところが腹立つねん。」,「無責任やな。」,「調子乗っ
てるな。」などと罵るなどし,これにより更に畏怖したV4が,「一旦,帰
ります。」などと言ったことに対し,更に同室又は前記ホテルにおいて,「一
旦って何やの。腰掛けではあかん。あんた,どのくらいで終われる思てんの。
1週間か2週間の話,違うで。何,甘いこと思てんの。」,「仕事場の人に
もちゃんとあいさつしときや。」と言うなど,生命,身体,自由等に危害を
加える態度を示して脅迫することによってV4の意思を抑制して,同月3日
頃,自動車にV4を乗せて本件マンションまで連れ去って身体に対する加害
目的をもって略取した。(平成25年10月16日付け公訴事実第1)
2平成20年3月1日,大阪市b区○○所在のパチンコ店駐車場において,
Aから,V4の態度が悪く腹が立つなどと言われ,Aとの間で,V4に暴行
を加える旨暗黙のうちに意思を相通じて共謀し,駐車中の普通乗用自動車の
運転席側後部座席に座っていたV4の頭髪を自ら両手でつかんで頭部を多数
回にわたって激しく振る暴行を加えて,V4に急性硬膜下血腫の傷害を負わ
せ,平成21年6月22日,入院先の兵庫県尼崎市○○所在の○○病院で,
V4を前記傷害に基づく遷延性意識障害に起因する肺炎により死亡させた。
(平成25年10月16日付け公訴事実第2)
第3(V2を被害者とする監禁,殺人及びV3を被害者とする監禁)
平成20年7月頃,A,B,C,D,E及びFとの間で,また,同年9月
中旬頃以降はGも加えて共謀の上,本件マンションでの生活に耐えかねてG
と共に沖縄県まで逃げたが発見されて連れ戻されたV2に制裁を加えること
を企て,同年12月8日頃までの間,V2(平成20年7月当時25歳)に
対し,全裸又は半袖シャツと七分丈ズボン姿にした上で,本件マンションの
ベランダに設置された物置内に監視カメラを取り付けた上で閉じ込めるなど
して逃亡防止用の防犯ブザーが設置された前記ベランダ内に閉じ込め,Aや
被告人らの監視の下に一時的に外出させたほかは,その様子を前記監視カメ
ラの映像及び直接の目視によって監視するなどし,夏は高温多湿,冬は低温
となる前記物置及び前記ベランダから脱出することを不可能にして不法に監
禁するとともに,その間,前記物置内を含む前記ベランダ等において,V2
に対し,顔面,頭部,身体等を多数回殴ったり蹴ったりするなどの暴行を加
えたり,栄養及び量の偏った食事を不規則に摂取させたり,睡眠を短時間に
制限したり,前記物置内のバケツに排泄させ,身体を洗う機会を多くても週
に1回程度に制限するなどして不衛生な環境下に置いたり,直立不動や正座
など特定の姿勢でいることをしばしば長時間強制したりする継続的な虐待行
為によって,その身体に,多数の外傷を生じさせたほか,下痢等の症状を生
じさせ,やせ細らせるなどして衰弱させる傷害を負わせた。さらに,被告人
は,同年11月中旬頃にはV2の衰弱が顕著になり,このまま前記のような
監禁や虐待を続ければ,V2を死亡させるかもしれないことを認識しながら,
A,B,C,D,E,F及びGと共謀の上,前記物置内を含む前記ベランダ
において,V2に対する前同様の監禁,暴行,飲食制限,睡眠制限等の虐待
を継続し,同年12月8日頃,前記物置内において,V2をこれら一連の虐
待行為によって惹起された低体温症により死亡させて殺害した。(平成26
年3月5日付け訴因変更請求)
また,被告人は,この間の平成20年11月8日深夜ないし9日未明頃,
D,E及びGとともに外出先から本件マンションに帰宅した際,既に,Aが,
V3の言動に腹を立て制裁を加えるため,B,C及びFと共謀して,V3(当
時67歳)をV2が監禁されていた監視カメラ付きの物置内に閉じ込め,物
置の扉を施錠したり,V3の動静を前記監視カメラの映像及び直接の目視に
よって監視したりして,V3が前記物置から脱出することを不可能にして不
法に監禁していたのを知り,Aの意向に従おうと考え,A,B,C,D,E,
F及びGとの間で,V3を監禁する旨暗黙のうちに意思を相通じて共謀し,
同月10日頃までの間,前同様の方法によって,V3が前記物置から脱出す
ることを不可能にして不法に監禁した。(平成25年3月27日付け公訴事
実)
第4(V5を被害者とする逮捕監禁,殺人及びこれに関連する死体遺棄)
1平成23年7月25日未明頃,本件マンションにおいて,Aが,財産目的
で介入していた家族から預かっていた女児の胸を触ったV5に激怒して制裁
を加えようと考えていることを知り,A,B,C,D,F及びGと共謀の上,
V5を死亡させるかもしれないことを認識しながら(B,C及びDは,傷害
の犯意の限度で),V5(当時53歳)に対し,その顔面を殴ったり下半身
を蹴ったりして,同所のベランダに設置された前記第3の物置とは別の高温
多湿の物置内にV5を閉じ込め,同月27日の日中までの間,その手足等を
手錠,丸太,ビニールひも等で緊縛し,その手錠をステンレス製重し(重量
約24キログラム)につなぎ,周囲に剣山様の金たわし(ブラシ)を多数配
置するなどして身動きできないようにした上,物置出入口につっかえ棒をし,
V5の様子を監視して物置から脱出することを不可能にして不法に逮捕監禁
するとともに,その間,V5に対し,前記のとおり緊縛するなどして身動き
できないようにする方法により正座のまま両腕を前記丸太等に固定させた
り,ガムテープもしくはタオルで口をふさいだり,飲み水や食事を与えない
方法により生存に必要な水分及び栄養を摂らせなかったり,被告人,A及び
Gが,かわるがわるV5の顔面,腕部,大腿部,下腿部,胸部等を多数回蹴
り,顔面,頭部等を拳やサンダルで多数回殴打し,喉をサンダルで多数回突
くなどの暴行を加え,これらの継続的な虐待行為により,V5が衰弱した状
態になったことを認識しながら,その後もなお,V5に対し,前同様の監禁
及び虐待行為を継続してV5をいっそう衰弱させて,同月27日の日中,前
記物置内において,これら一連の行為によって惹起された高カリウム血症に
基づく心停止又は肺塞栓症に基づく循環不全によりV5を死亡させて殺害し
た。(平成27年10月1日付け訴因変更請求)
2A,C,G,F,D及びBと共謀の上,平成23年7月27日頃,本件マ
ンションからV5の死体を搬出し,同マンション前に駐車中の普通乗用自動
車に積載して死体を兵庫県尼崎市内の倉庫に運び込み,その場で死体をドラ
ム缶に入れた上でセメントを流し込み,そのまま同年11月4日頃まで死体
をそこに放置し,引き続き,前記Aら6名に加えてEとも共謀の上,同年1
1月4日頃,前記倉庫からドラム缶にコンクリート詰めにしたV5の死体を
搬出して,同所前に駐車中の普通乗用自動車に積載して死体を同市内の民家
に運び込み,さらに,同月5日頃,前記民家から死体を搬出して,同所前に
駐車中の普通乗用自動車に積載して死体を岡山県備前市内の岸壁まで運び,
そこからドラム缶ごと死体を海中に投棄して遺棄した。(平成24年12月
26日付け訴因変更請求)
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1第1の各犯行(V1に対する殺人等)について
第1の1の犯行(殺人)に関する弁護人の主張等
Hの崖の高さや地形等からして,崖からの飛び降りは死亡の危険性の高い
行為であるが,自由意思か瑕疵ある意思かはともかく,V1が自らの意思で
飛び降りたことは証拠上明らかであり,争いがない。そこで,弁護人は,V
1はAから何度も死ぬよう命じられるたびに了承し,拒否・反論の態度を一
切示さず,死亡する方法が高所からの飛び降りに決まった際には「姉ちゃん,
それやったらできるわ。」と言って承諾し,沖縄到着後もロッジから逃亡す
るなど自殺を回避する機会があったのに何もせず,むしろ死ぬことについて
覚悟を決めている様子であったことからすると,Aから日々家族のために命
を捧げる覚悟を求められ,その価値観を受け入れて自殺を決意したものの,
車に飛び込む方法が怖くて実行できなかったが,Aに崖から飛び降りる方法
に変更してもらった結果,Hの崖から飛び降りることができたとみるべきで
あって,自らの意思で自殺を決意した合理的疑いが残る上,被告人らは,V
1をHの崖から飛び降りる以外の行為を選択することができない精神状態に
陥らせるような行為はしていないし,平成17年3月頃には既にV1が自殺
を決意していると思っていたのであるから,V1に対する殺意もなく,V1
を殺すことを共謀したこともないから,自殺幇助罪の刑事責任を負うにとど
まると主張する。
自殺関与罪,特に自殺教唆罪と殺人罪の区別について
他人に自殺するよう働き掛けた結果,実際にその者が自殺した場合は,一
般的には自殺関与罪(自殺教唆罪)が成立するにとどまるのに対し,逆に意
思決定の自由を完全に奪い,あるいは,絶対的強制下に置いて他人を自殺行
為に及ばせる場合は,被害者を利用する殺人(未遂)罪が成立するが,意思
決定の自由を完全に失わせるに至らない場合であっても,単なる働き掛けの
域を超え,暴行や脅迫,偽計等を用いて他人を自殺する以外の行為を選択す
ることができない精神状態に陥らせた結果,その者が自殺行為に及んだ場合
は,そのように陥らせた行為自体を,被害者の行為を利用して「人を殺す」
行為と評価することができ,刑法199条(203条)の構成要件に該当す
ると認めるのが相当である。
そこで,このような観点から,本件におけるAや被告人らの行為が,被害
者をして自殺する以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせる
行為,すなわち殺人の実行行為であるといえるかを検討する。
V1が崖から飛び降りて死ぬに至った経緯
関係証拠によれば,V1が,沖縄県の指定名勝Hの崖から飛び降りて死ぬ
に至った経緯については,次のとおりの①ないし⑨の事実を容易に認めるこ
とができ,特に検討した点を除けば概ね争いがない。
①V1は,姉と弟V5とともにA一家から一旦逃亡したこともあったが,
昭和57年頃に連れ戻された後はA一家でAらと同居し,その中で尼崎市
内の会社に20年以上勤務していた。V1は,A一家唯一の定職者であっ
たが,給料のほぼ全額をAらに渡し,自由に使える現金を持っていなかっ
た。また,V1は,Aの指示により,平成12年頃にA一家が本件マンショ
ンを購入した際にローンの契約名義人にされ,平成13年には夫婦として
の実態がないのにBと入籍させられた上に,次々に生命保険に加入させら
れ,その総額は前記ローンに伴う分を除きおよそ6850万円にもなって
いた。そして,Aは,日ごろから,A一家の者らに対し,自分は命を懸け
ても家族を守るから,皆も家のためなら命を捨てるつもりでいるべきであ
る旨くり返し口癖のように言い,A一家の家計を預かるBから意見されて
も,V1以外のA一家の者たちを働かせようとしないばかりか,派手な金
使いをやめようともしなかった。
②その結果,平成16年末には借金総額が4950万円を超えるほどにふ
くれあがるなどA一家の家計が苦しくなったため,AとBが相談し,当時
多額の生命保険に加入していたV1を交通事故を装って死亡させ,生命保
険金をだまし取ることを企て,Aは,V1に対し,自転車で走行中の自動
車の前に飛び込んで交通事故を装って死ぬよう命じ,V1はこれを了承し
た。
③しかし,V1は,それを実行しないまま平成17年(以下,平成17年
中は月日だけで示す。)2月19日頃から行方をくらませたため,被告人
らは,V1を探し,3月4日頃,本件マンションに程近い,以前A一家が
住んでいたマンションで発見するや本件マンションに連れ戻した。Aは,
その晩から翌5日未明にかけ,本件マンションのリビングで,被告人ら共
犯者の前でV1を叱責した上で,V1に対し,改めて交通事故を装って死
ぬよう命じ,V1はこれを了承した。こうして,被告人らは,AがV1を
死亡させて保険金をだまし取る計画を立てていることを理解したが,特に
反対の意思を表明する者はいなかった。
④その後,V1は,4月下旬から5月中旬にかけて,3回程度,計画を実
行するため,被告人がAの指示により「見届け役」と称して同行する中,
交通量の多い道路に出かけて自転車で対向車の前に飛び出して衝突する偽
装交通事故を起こそうとしたが,距離がありすぎて対向車にかわされ衝突
できなかったり,実行する前に飲酒して気を大きくするために被告人と
入った居酒屋で酔いつぶれてしまったりして実行できなかった。
⑤被告人は,Aに対し,V1が実行しないことを報告したところ,Aから,
V1によく言って聞かせるように命じられ,その後10日間ほど,A一家
の者らが寝静まった後の本件マンションにおいて,V1に対し,露骨に「死
ね。」とは言い難いため,「約束守らな。」などと言い聞かせた。また,
Aは,V1が,怖くて実行できないと弁解するや激怒し,「今更何言って
んねん。」と怒鳴りながらV1の顔面を平手打ちしたり,自らもしくは共
犯者に命じて,V1の両前腕の内側辺りにあざができるほど両腕をローテ
ーブルに打ち付ける暴行を加えたりしたほか,長時間にわたり正座のまま
姿勢を崩さないことを強制し,両足首の傷が化膿してもレジャーシートを
敷いた上で正座を強制し続けたり,5月13日から5月15日まで飲食を
禁じたりするなどの制裁を加えた。なお,このうちV1の両腕に対する暴
行があったことについては,A一家で撮影されていた写真の中にV1の両
前腕内側に黒いあざのある写真によって裏付けられているが,それが被告
人の暴行によるものである旨のF証言については,暴行が行われた経緯や
状況を具体的に語る内容であり,作り話とは思われない臨場感があるもの
の,他にV1よりもひどい虐待を受けた人がいたので逮捕後に写真を見せ
られるまで忘れていたというのであり,Bが暴行自体を全く覚えていない
と証言し,被告人が自分はしていないと供述していることにも照らすと,
Fの記憶の正確性には,やや疑問が残るといわざるを得ない。したがって,
被告人ら共犯者のだれかがV1の腕に対する暴行を行ったと認定するにと
どめるのが相当である。
⑥Aは,V1の態度から,交通事故を装う方法では成功しないので自殺の
方法を変更する必要があると考え,A一家全員を集めて話し合い,被告人
から提案された高所からの転落事故を装う方法を採用し,V1に対し,そ
の旨持ち掛けたところ,V1が「姉ちゃん,それやったらできるわ。」と
言って了承したので,「分かった,そしたらうちがええ場所考えたるから
待っとき。」と言った。このとき,被告人らは,この話合いが,保険金を
だまし取る目的でV1に事故を装って死んでもらう前提で進んでいること
を認識したが,反対意見を述べる者はおらず,全員がAの意向に賛成する
態度を示していた。
⑦その後,Aは,Bと相談するなどして,V1が転落して自殺する場所を
沖縄県の指定名勝Hの崖に決めると,それをV1に伝えるとともにV1に
対する暴行等をやめ,足首の傷についても治療してやった。こうして,A
や被告人らは,6月19日,転落事故偽装の実行のため,V1も連れて共
犯者全員で観光を装って沖縄県へ行き,被告人らは,観光を楽しむ中,6
月28日,現場であるHの崖を下見した。そして,6月30日,Aは,宿
泊先のロッジで,被告人ら共犯者全員に対し,翌7月1日に計画を実行す
る旨決めたことを伝えるとともに,その夜,共犯者全員に対し,各々V1
と最後の別れの挨拶をするように命じた。V1は,その際,被告人らに対
して,最後に沖縄に連れてきてもらったことへの感謝の言葉等は口にした
が,Aらに対する恨みや死にたくない等の発言はしなかった。
⑧7月1日午前9時過ぎ頃,ロッジを出発する際になり,突然,Aは,「う
ちはここでお別れやからな,V1。」と,自分だけはHには行かないと決
めた上で,被告人らに対し,下見のときに決めた場所で写真撮影する間に
V1が足を滑らせて転落したことにするという計画内容を確認させるとと
もに,Hの崖では自然に振る舞うように指示する一方で,V1に対しては,
「分かってんな。チャンスは1回しかないからな。」と念を押した上で,
V1が身に着けていたネックレスを形見としてほしいと言い出し,授受の
場面をBに撮影させた。その後,Aを除く被告人ら共犯者全員は,V1と
共にHの崖に向かった。なお,この間も,V1は,静かにうなずくだけで,
Aらに対する恨みや死にたくない等の発言はしていない。
⑨こうしてHに到着したA以外の共犯者らは,少し散策した上で,同日午
前10時20分頃,Aに指示された場所に集まり,Bが写真を撮る役をし
て,被告人ら残りの共犯者がV1に背を向けて囲むように崖の縁に立ち,
観光客の記念撮影を装っている最中にV1が崖から飛び降り,崖下の岩場
に頭部を強く打つなどして即死した。なお,Fは,このとき,せっぱ詰まっ
て追い立てるような「はよせな。」という被告人のささやき声が真後ろか
ら聞こえたと証言したが,被告人が発言した場面を見たわけではない。ま
た,ささやき声から発言者を特定するのは難しいと思われる上,F自身も
含めその場にいた共犯者の誰もが,V1に早く飛び降りて欲しいという
焦った心境にあったと思われることからすると,聞き間違えた可能性も否
定できない。したがって,被告人ら共犯者がV1に早く飛び降りて死ぬよ
う命じた事実を認定することはできない。
殺人罪の成否等の検討
このように,弁護人が指摘するとおり,V1はAから何度も死ぬよう命じ
られるたびに了承し,拒否・反論の態度を一切明確にしていない。また,被
告人だけでなく,証人として出廷したFもBも,口をそろえて,V1は死ぬ
ことを覚悟しているように見えたと述べている。
しかし,①のとおり,V1が,長年A一家で生活し,自分の給料をA一家
の家計に提供し,本件マンション購入のためのローンの名義人になり,Bと
入籍し,次々に生命保険に加入したのは,すべてAから命じられるなどした
からであって,そこにV1自身の自発的な意思や行動は存在しない。したがっ
て,そもそもV1には,A一家の生活において,被告人や共犯者らと同様に,
Aに対する恨みや怒りを抱きながらも耐えていた可能性はあっても,AやA
一家に対して死んでまで報いる程の恩義等を感じていたとは到底思われな
い。しかも,V1が死ぬ計画の発端となったA一家の家計がひっ迫した主な
原因は,Aの無計画な経済観念にあり,V1には何の責任もないことからす
ると,V1自身に自殺する動機などなく,だからこそ,V1は,③のとおり,
自動車事故の偽装を実行できずに行方をくらませたり,④のとおり,自動車
事故の偽装を実行せずに酔いつぶれたりしているのであって,これらの行動
は,V1が,ささやかながらも死にたくないというAらに対する抵抗の意思
を表現したものと理解するのが合理的である。そして,このようなV1の性
格や言動,自動車事故の偽装を実行できない状況からすれば,V1に自殺す
る意思が全くないことは誰の目にも明らかであって,Aを始め被告人らもそ
れを容易に理解できたはずであり,実際,被告人らもそう理解していたから
こそ,⑤のとおり,V1に暴行や正座の強制,飲食制限等の虐待とも評すべ
き制裁を加えるとともに,わざわざ死ぬように言い聞かせるなどの言動に出
たと理解すべきである。すなわち,被告人らが,これら本心から自殺を決意
していた者には全く無用の言動に出ていること自体が,V1に自殺する意思
がないことを理解していたことを裏付けている。
また,被告人らは,V1が,Aから車に飛び込んで死ぬことを改めて命じ
られた後もなかなか実行しないため,V1に対し,⑤のとおりの制裁等を加
え続けたのであり,それが何も言い返せない性格のV1を徐々に精神的に追
い詰め,死ぬことを拒むことができない状況にまで追い込むに足りるもので
あることは明白である。そして,このような状況の下,更に,⑥のとおり,
AらA一家全員が集まる中,V1が死ぬという前提で実行可能な自殺方法を
検討する話合いが行われ,被告人の提案をきっかけに,V1も了解した上で
高所から飛び降りるという具体的な自殺の方法が決まった。こうした話し合
いの経緯は,V1にとってみれば,退路を断たれたことに等しく,この時点
で,死ぬことを拒むことができない精神状態にまで追い込まれたと認めるの
が相当である。
その後は⑦及び⑧のとおり,V1は,沖縄行きの日程,自殺までの具体的
段取り,自殺の実行日等の計画実行に関する重要事項の全てについて,自分
の意思とは無関係にAから一方的に決められて告げられた上,Aの命令に
よって,A一家の者らとの別れの挨拶やAへの形見分けの儀式といった,自
分が死ぬことを前提とした行事まで催されている。したがって,公訴事実は,
被告人が早く飛び降りて死ぬようV1に命じるなどした時点で,崖から飛び
降りる以外に選択することができない状態にしたと構成されているが,むし
ろ,形見分けの儀式の直後,すなわち,遅くとも7月1日午前9時過ぎにA
をロッジに残して被告人ら共犯者とともに出発した時点では,被告人らは,
V1を生きてロッジに戻ることが許されない状態にまで追い込んだ,すなわ
ち,V1をHの崖から飛び降りて死ぬ以外に選択することができない精神状
態に陥らせたと認めるのが相当である。
弁護人の前記主張は,もともとV1に自殺する動機がなかった点を無視す
るもので前提から相当ではない上,V1がAの要求を承諾するなどしたのは,
性格的に弱く,逃げたりすれば⑤で認定した以上の虐待を受けかねないと恐
れたからと考えるのが合理的であって,むしろ被告人らがそのようなV1の
性質を利用したことからすれば,弁護人の主張は失当というほかない。
そして,前記②ないし⑨のとおり認定した経緯のうち,(犯罪事実)第1
の1のとおり記載したAや被告人らのした行為は,前記の被害者をして自殺
する以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせる行為,すなわ
ち本件における殺人の実行行為に該当するものと認められる。被告人は,見
届け役として同行する行為や言って聞かせる行為,当日崖まで同行した行為
をしたことは認めているところ,それら一つ一つを取り上げてみるとV1を
自殺に追い込む効果はさほど高いものではないかもしれないが,これら一連
の行為の積み重ねによりV1をして自殺する以外の行為を選択することがで
きない精神状態に陥らせているのであるから,これらの行為が殺人の実行行
為の一部に該当することは明らかであり,被告人は,V1にかけられていた
保険金を得るというAの意図を十分理解してそれらの行為に及んでいるか
ら,殺人の故意に欠けるところもない。また,前記③のとおり,3月4日頃
にAが被告人ら共犯者の前でV1を叱責した際に,被告人ら共犯者全員が,
AがV1を死亡させて保険金をだまし取る計画であることを理解した時点
で,V1を自殺まで追い込む旨の意思の連絡,すなわち殺人の共謀が成立し
たと認めるのが相当である。
第1の2,3の各犯行(詐欺)について
弁護人は,被告人は,詳しい事情を知らず,Aから言われて書類にV5の
名前を代署しただけで関与の程度がとても薄いので,せいぜい幇助犯の刑事
責任を負うにとどまると主張し,被告人もこれに沿う供述をする。しかし,
前記のとおり,被告人は,もともと保険金詐欺の目的でV1を殺害するとい
う事前共謀に基づき自ら殺人の実行行為の一部を担当し,その共同正犯の刑
事責任を負う以上,保険金を直接受け取らず,保険金請求の手続や入金状況
等の詳細を知らなかったとしても,保険金詐欺についての関与が薄いなどと
は到底いえず,殺人と一体となる詐欺の各犯行について共同正犯の刑事責任
を負うことは明らかである。しかも,被告人は,○○保険株式会社に対する
犯行(第1の2)において,請求書等にV5の名前を署名するなど犯行に不
可欠の行為を行っている。この点,被告人は,Aに言われるがまま,何の書
類か分からずに書類にV5の名前などを記入したと供述する。しかし,仮に
これが事実であっても,詐欺罪の共同正犯の成否に影響を及ぼさないことは
上記のとおりである上,そもそも,Aの計画を理解していたのであるから,
自分が記入する同意書及び封筒の体裁からしてV1の死亡保険金を詐取する
ための書面であることは容易に理解できたはずである。何も見なかったとい
う被告人の供述は,非常に不自然であって,到底採用できない。
2第2の各犯行(V4に対する生命身体加害略取,傷害致死)について
弁護人の主張等
V4が,平成20年3月1日,L店第1駐車場に駐車していた車内で急に
具合が悪くなり,病院に運ばれたところ,午後9時15分に撮影されたCT
画像により,脳の正中の構造にゆがみを生じさせるほどの,受傷後1時間な
いし数時間と思われる急性硬膜下血腫の傷害を負っていることが判明し,直
ちに脳神経外科の専門病院に転院して手術を受けたが,意識を回復すること
なく平成21年6月22日に急性硬膜下血腫の傷害に基づく遷延性意識障害
に起因する肺炎により死亡した事実は証拠上容易に認められ,特に争いはな
い。
そこで,問題は,V4が急性硬膜下血腫の傷害を負った原因が何かである
ところ,Fは,被告人が,駐車場に停まっていた車の運転席側後部座席ドア
を開け,開いたドアと車体の間に立って,車内のV4の髪の毛をつかんで引っ
張るように勢いよく頭を前後に10回から15回くらい連続で振っては一旦
止めるのを四,五回繰り返したところ,その二,三分後,V4が,ゆっくり
としたしゃべり方で「ちょっと頭がおかしいんです。」と言い,だんだん顎
を引いて下を向き,そのまま動かなくなり,異変に気付いたAの指示でV4
を病院に運んだ旨証言した。
これに対し,被告人は,V4に暴行を加えた事実を否定し,これに基づき
弁護人も,第2の2の犯行(傷害致死)については,F及びV2(もしくは
いずれか)が犯行に及んだ合理的疑いが残り,被告人は無罪であると主張す
る。
F証言の信用性
しかし,上記のF証言は,以下の理由から信用できるというべきである。
第1に,証言内容がM医師の証言に裏付けられている。すなわち,同医師
は,Fの供述を契機に捜査機関の求めに応じてV4の頭部CT写真や診療録
等の分析を求められた頭部外傷の専門家であるが,V4の頭部CT写真の画
像によれば,頭蓋内に二層に分かれた硬膜下血腫が認められ,外側の血腫は
V4の死亡とは関係がないが,内側の血腫は,出血から1時間ないし数時間
が経過した急性硬膜下血腫であり(以下,「血腫」というときは専ら内側の
ものを指す。),この血腫は,脳の表面と静脈洞を結ぶ架橋静脈のうちの太
い血管が切れたことによって脳の正中の構造にゆがみを生じさせるほどの出
血を招いたもので,遷延性意識障害の原因と考えられ,どの方向から力が加
わったかは不明であるが,少なくとも相当強い回旋力が加わったと考えられ
るところ,V4の頭部に骨折や打撲痕がないことに照らすと,頭を激しく振
る暴行によって架橋静脈が切れたと考えて矛盾がないと証言した。同医師の
証言は,専門家による客観的,中立的な証言として信用でき,その証言どお
りに死亡原因を認めるべきであるが(弁護人も,血腫の原因については争わ
ない。),これによりFが証言する被告人の暴行内容が裏付けられたとみる
ことができる。なお,同医師が,血腫による意識喪失等の症状が発生するに
は少なくとも受傷後30分以上かかると証言していること等関係者の供述も
併せれば,前記駐車場で具合が悪くなった直前にV4が受傷したと推認する
ことができる。
第2に,Fが被告人の犯行を捜査機関に告白した経緯・状況に作為性が感
じられず,被告人を陥れようとする意図がうかがわれない。すなわち,A一
家による一連の事件の捜査が開始され,AやFらが逮捕された後も,入院中
に病死したV4の死因について,Fらは全く追及されていなかった。ところ
が,Fは,それにもかかわらず,平成24年10月15日,捜査の対象になっ
ていなかったこの件について,他の関係者に先駆けて,被告人の犯行である
旨供述した。Fは,自供した理由として,自分の子どもたちのために本当の
ことを全て話したいと思ったなどと説明したが,これは十分心情的に理解で
きる。そもそも,この件はFが供述しなければ立件すらできなかったと思わ
れ,仮にFが真犯人であれば,被告人を陥れようと虚偽の申告をしても,す
ぐにA一家の他の者から真実が露見し,自分が処罰されてしまうのであるか
ら,あえて被告人を陥れる実益があったとも考えられない。この点,弁護人
は,Fが,自分の家庭を崩壊させた張本人である被告人を恨んで罪を押し付
けた可能性があると主張する。しかし,仮に家庭崩壊の原因が被告人にあっ
たとしても,Fは当時からV4ら自分の家族を嫌っていたと述べ,実際,A
一家におけるFは,V4やV2に対する虐待に加担していたことからすると,
むしろF自身が述べるように,被告人を恨む理由がないとみるのが自然であ
る。
第3に,誰がV4の頭部を振ったかという核心的な部分を除けば,Cの証
言と,暴行の際の状況やV4の頭部を振った回数等についてまで一致してい
る。すなわち,Cは,自分は犯行時に前記車内の運転席にいた旨証言し,同
乗者の顔ぶれや各人の着席位置等についてFと一致する証言をした上,被告
人が運転席側後部座席のドアを開けてドアと車体の間に立った後,車体が揺
れたので後ろを振り返ったら,V4が髪の毛をつかまれて頭を振られている
のを見たが,誰が振ったのかについては,捜査段階では被告人であると供述
したものの,その後,被告人が自分は振っていないと述べていると聞き,逮
捕後に事件について書いた便せんから書き写したノートのV4について記載
した箇所を確認したところ,被告人の名前がなかったのでV2とFがやった
のかもしれないと思うようになったので,被告人を疑っていたことを謝りた
いなどと証言した。Cの証言は,犯人がだれかという肝心の部分について供
述内容が揺れているので,検察官,弁護人が指摘するとおり,信用性を高く
評価することはできないが,被告人をかばおうとする証言態度にもかかわら
ず,犯行前の状況について被告人の供述と矛盾する一方でF証言とほぼ一致
していることからすると,その限度ではF証言の信用性を補強するものと認
めることができる。
なお,このCの証人尋問については,弁護人は,当裁判所が,Eの証人尋
問決定を伴わずに実施したことが違法であると主張するとともに,F及びC
証言の弾劾のため請求したEの証人尋問を,必要性がないとして却下したこ
とに異議を述べている。確かに,もともと公判前整理手続段階において,検
察官がCの証人尋問を請求した趣旨は,仮に弁護人請求のE証人が採用され
た場合にこれを弾劾することにあったと思われ,その時点では当裁判所も証
人尋問の必要性に疑問を持っていたが,被告人が,第7回公判期日に至って,
V4に異変が生じた際,Cが車内にいなかったと,弁護人が公判前整理手続
において明示的に主張していなかった内容の供述をし始め,F証言の信用性
を検討するために解明が必要である重要な争点が浮上したので,職権により,
Cの証人尋問を実施したものである。決して,弁護人が指摘するような検察
官立証の不備を補うことを目指したものではない。また,弁護人が請求する
E証人については,仮にEが,犯行時にCが車内にいなかったと被告人の供
述に沿う証言をしたとしても,その証言は,Eが直接犯行状況等を見聞きし
ていない以上,F証言の信用性を弾劾する関係にないから,いずれにせよ尋
問する必要性に乏しいというべきである。
第4に,Fが証言する犯行時の状況は自然である。すなわち,Fは,Cが
運転し,Aが助手席に乗る車の後部席にV4,V2とともに乗車し,Cがパ
チンコ店の立体駐車場に駐車したところ,被告人がやって来て運転席(右側)
の横から助手席のAと会話し,AがV4に腹を立てていると聞くや,運転席
の横からV4の座る運転席側後部座席の横まで移動して車のドアを開け,V
4に対し,「頭にうじわいとんちゃうか,おのれ。」と言いながら犯行に及
んだと証言したが,被告人がV4に対する怒りを表すAの歓心を買おうと暴
行を加えることは,普段の行動からして自然であり,被告人やV4らその場
にいた各人の位置関係や体格から見ても,被告人が暴行を加えたと考えるの
が合理的である。
したがって,F証言に基づき,被告人がV4の頭部を振る暴行を加え,死
亡するに至らしめたと認めるのが相当である。
被告人の供述や弁護人の主張について
以上に対し,被告人は,D,E及びGとともに別の車でAらより先にこの
店に来てパチンコをしていたが,Aらが弁当を買ってきてくれたので,一旦
駐車場に戻り,別の車の中で弁当を食べたが,その後,D,E,Gとともに
Cもパチンコをしに行ったので,自分は別の車の中で携帯電話機をいじるな
どして休憩しつつ,Aの機嫌をうかがうためAらが乗る車との間を合計1時
間程度の間に5回往復したが,5回目に行ったとき,自分が最初にV4の様
子がおかしいことに気付き,Aにその旨伝えたところ,AがCを電話で呼び
戻し,Cの運転でV4を病院に運んだものであり,自分はV4に暴行を加え
ていないと供述する。
しかし,まず,V4に異変が生じるまでに特に印象深い出来事があったわ
けではなく,既に7年以上も経過しているのに,被告人の供述は,2台の車
の間を5回も往復したなど内容が詳しすぎて不自然な印象が否めない。また,
CがAを駐車場に置き去りにして自分だけパチンコに行ったとか,その後A
が車内で何をするでもなく長時間待たされていたとか,A一家で被告人より
序列が上であるDやEらが生活費を稼ぐためにパチンコをする中,被告人だ
けが悠長に休憩していたとか,A一家の特徴的な人間関係からみて不自然な
内容が含まれる。さらに,被告人の供述を前提にすると,被告人が5回目に
行くよりも前にV4に対する暴行が行われたはずであるのに,車内にいたA
らよりも先に被告人がV4の異変に気付いたというのも不自然である。
そうすると,被告人の供述は疑わしいといわざるを得ず,F証言やこれと
符合するM医師の証言によって認められる事実に合理的な疑いを生じさせる
ものではないというべきである。
また,弁護人は,F及びV2(もしくはいずれか)が犯行に及んだ合理的
疑いがあり,Fは自分がした犯行について犯人を被告人にすり替えて証言し
ただけであると主張する。しかし,被告人自身,FやV2がV4の頭部を振
る場面を目撃したわけではなく,Fらが犯行に及んだことを疑わせる証拠は
全く提出されていない。そもそも,FもV2も女性として小柄であり,特に
V4の隣に座っていたV2は非力であったことがうかがわれる上,前記のと
おりの後部座席の着席位置からしてV2やFが座ったままV4の頭を架橋静
脈が切れるほど激しく振ることができたとは到底思えない。弁護人の主張は
憶測の域を出るものではなく,採用できない。
第2の1の犯行(生命身体加害略取)について
これについては関係証拠により加害目的を含め優に認めることができ,被
告人,弁護人ともに争わないが,第6回公判期日で釈明したとおり,同罪は
状態犯と解するのが相当であるから,V4を本件マンションに連れ帰った時
点で既遂に達し,その後の事実経過は犯罪の成否には関係しない事情に過ぎ
ないため,あえて摘示する必要はないと判断した。
3第3の犯行(V2に対する監禁,殺人,V3に対する監禁)について
弁護人の主張等
弁護人は,①V2に対する監禁,殺人について,平成20年11月中旬頃
の時点で,V2が死亡する危険性までは認められず,被告人らも,V2が死
亡するとは考えておらず,V2を殺すことについて共謀もしていないから,
監禁致死罪ないし傷害致死罪の刑事責任を負うにとどまる,また,②V3に
対する監禁について,被告人は,監禁当初本件マンションにいなかったもの
で,その後も監禁に当たるような行為をしておらず,V3を監禁する意思も
なく,Aらと共謀してもいないから無罪であると主張し,被告人もこれらに
沿う供述をする。
前提事実
公訴事実における殺人の実行の着手時期である平成20年11月中旬頃の
時点で,V2が死亡する危険性がどの程度あったかを判断するにあたっては,
それまでに監禁が始まった同年7月頃からV2に加えられた虐待内容やその
結果を考慮しなければならないが,それについては,関係証拠上次のとおり
認めることができ,特に検討した点を除けば概ね争いがない。
ア監禁,虐待に至る経緯等
V2は,平成16年春頃に一人で本件マンションから逃げ出して連れ戻
されたことがあったが,平成20年(以下,平成20年中は月日だけで示
す。)6月頃,またも本件マンションでの生活に耐えられなくなり,Gと
ともに再び逃げ出して沖縄に隠れ住んだが,居場所をAらに突き止められ,
7月6日に本件マンションに連れ戻され,同月頃,Aらによって,Gとと
もに本件マンションのベランダの簡易物置(以下,本項で「物置」という
ときはこれを指す。)に閉じ込められ,Aらによる虐待が始まった。しか
し,Gは,9月中旬頃,A一家ないしAに対する忠誠を誓って許され,本
件マンションで普通に暮らすようになったが,V2には,死亡するまでの
間,そのような機会が与えられることはなかった。
なお,このようにGは,当初は監禁の被害者であるから,9月中旬頃ま
での間のGの行為が,V2の監禁行為の一部を構成するとしても,V2と
同じように監禁されている状態では,Aに意思を抑圧されていた合理的な
疑いが残るため,その間のV2の監禁について共同正犯の刑事責任を負わ
せることは相当ではない。したがって,Gに監禁の共謀が成立した時期に
ついては,(犯罪事実)第3のとおり認定した。
イV2に対する監禁及び虐待の内容
①監禁行為
7月頃から12月上旬頃までの間,A及び被告人らは,V2を物置の
中に閉じ込めたが,物置の内側は,床を発泡スチロールで,壁を段ボー
ルで囲われ,夏期は高温多湿,冬期は低温となり,夜間はAらによって,
外側から鍵がかけられていた。V2は,全ての監禁期間を通して,この
ような物置内で,全裸又は半袖Tシャツに七分丈のズボンで過ごすこと
を余儀なくされ,毛布が差し入れられることはあっても,それ以上に厚
着させてもらえなかった。また,7月下旬頃,被告人の提案で物置内に
防犯カメラが設置され,本件マンションのリビングには,その映像を映
すモニター1台が設置された(カメラやモニター設置場所は途中で変更
されたりした。)。また,Aは,V2に対し,本件マンションのベラン
ダ出口扉には防犯ブザーが2個取り付けられていることを告げていた。
こうして,A及び被告人らは,一時的に監視のもとにV2を外出させた
ほかは,V2を日常的にモニターの映像で監視したり直接目視したりし
て物置及びベランダから脱出することを不可能にしたほか,逃げても生
活できないようにするため,V2に運転免許証の返納手続をさせたり,
V2名義のクレジットカードや携帯電話の料金を滞納させてブラックリ
スト入りさせたりした。
なお,Fは,被告人もAから命じられてモニターで物置内のV2の様
子を見ていたと証言したが,被告人は,Aから命じられていないし,V
2をモニターで監視していないと供述する。しかし,Aが監視カメラや
モニターの設置を提案した被告人に監視の役割を担わせるのはごく自然
なことであるから,Fの証言が信用できるというべきである。
②継続的な暴行
Aは,監禁を始めた7月以降,V2に対し,毎日のように,サンダル
や棒状の物を使って顔や頭を多数回殴ったり突いたり,その身体を蹴っ
たり,顔や頭,身体を踏みつけたり,正座させた上から踏みつけたりす
る暴行を繰り返したほか,煙草やライターの火を身体に繰り返し押し当
てたりもした。また,Gも,Aから命じられ,V2を殴るなどの暴行を
繰り返し,被告人やFも,V2を殴るなどした。これらの継続的な暴行
の結果,V2は,生傷が絶えず,特にAから顔(目の周りを狙っていた)
を殴ったり突かれたりしたため,8月頃からは目がよく見えなくなって
いた。
③飲食制限
監禁中にV2に与える食事や水分については,Aが,与えるか否かを
含めて内容や量を決め,与えるときは主にFが運び,平均すると2日に
1回程度与えられていたが,徐々に与えられる回数が減り,飲み水につ
いても,当初は1日1リットル程度与えられていたが,徐々に与えられ
る頻度が減った。また,食事の内容は,卵かけご飯にカップ麺と少量の
おかずといった組合せが主であり,栄養及び量ともに偏っていたが,A
は,A一家のルールと称してV2に完食を強要していた。
④睡眠制限
Aは,夜,数時間程度しか寝ない習慣であったが,自分が寝ている時
間帯(午前2時頃から午前7時ないし8時頃)を除いて,V2が睡眠す
ることを許さず,V2が日中等に居眠りしているのを発見すると,殴る
などの暴行を振るうなどして,V2の睡眠を短時間に制限していた。
⑤排泄や入浴の制限による不衛生
Aは,V2を物置に閉じ込めてしばらく経つと,V2に物置内やベラ
ンダに置いたバケツ内に排泄するよう命じ,バケツに汚物がたまると,
被告人とGに,汚物を公園に捨てに行かせるなどして処理していた。ま
た,Aは,V2に入浴させず,多くても週に1回程度,被告人らに命じ
て,ベランダでホースの水をかけたり,被告人やG,Fらに監視させな
がら一時的に公園や墓地に連れ出して水道水をかけたりするだけで,V
2を非常に不衛生な環境に置いた。
⑥その他の虐待
Aは,V2に対し,しばしば直立不動や正座,足踏みなど特定の姿勢
や動作を長時間強制した。また,被告人らは,V2とGに対し,A一家
の者らの前での性行為を強要し,被告人が中心となってその様子をはや
し立てたり,物置内でV2に歌を歌わせたり,物まねをさせたりし,そ
れをリビングのモニターから見てV2に聞こえるように笑ったりするな
どして辱めた。さらに,Aは,V2に対し,毎日のように「生き死に」
の話,すなわち,V2に対し,「何のために生きているのか。死にたい
と思わないか。あんたが生きとっても誰もうれしくない。」などとしつ
こく尋ね,V2が「死にたいです。」と答えるや,「でも,できたらお
しゃれもしたいし御飯も食べたいじゃないか。」などと追及し,V2が
「はい。」と答えると,「どこが死ぬ気になってるんや。」と揚げ足を
取って暴力を振るうなどして責め立てた。
V2の死因に関するN医師の証言について
災害医療を専門分野の一つとするN医師は,V2に対する以上のような虐
待を前提に死因を検討し,最も可能性が高いのは低体温症であり,これは,
飲食制限やこれによる下痢により引き起こされた低栄養状態及び薄着を直接
の原因とするが,暴行,睡眠制限,不衛生な環境,正座等の強制によるスト
レスも下痢の原因となっており,V2の8月13日と11月24日の各写真
とを比較し,後者ではかなり痩せていることからすると,低栄養状態によっ
て,11月中旬頃にはかなり衰弱していたと推測することができ,それまで
と同様の虐待が加え続けられれば生命を害する危険が高く,特に11月末に
気温が下がることに加えて,低栄養状態の下で継続的な虐待を受けることに
よって気力も失っていれば,低体温症を発症して死ぬ高い危険性が認められ
ると証言した。N医師は,専門家として写真等の客観的資料に基づきその知
見を述べるもので,前提とする事実関係も前記認定に沿うもので,証言の信
用性に疑問を差し挟む余地はない。
したがって,平成20年11月中旬頃におけるV2の衰弱状態については,
N医師が証言したとおりに認めるのが相当である(なお,V2の死因につい
て,公訴事実には,低栄養・低体温等の複合による諸臓器の機能不全と記載
されているが,N医師が,低栄養・低体温等の複合による諸臓器の機能不全
とも矛盾しないと証言しているので,N医師の証言に基づき死因を認定し
た。)。
検討
ア殺人の実行行為性
前記のとおり認定したV2に対する監禁及び虐待の内容とN医師の証言
を併せれば,11月中旬頃の時点で,V2に対し,それまでと同様に監禁
下で虐待を継続する行為は,客観的にみて,V2の生命を大きな危険にさ
らす行為であり,殺人罪の実行行為に該当すると認めるのが相当である。
これに対し,弁護人は,物置内を発泡スチロール,段ボールで囲い,夜
には扉を閉めていたこと,V2に多めの食事を定期的に食べさせ,毛布を
与えていたことなどを指摘して,監禁を超える危険性までは認められない
と主張する。しかし,前記のとおり,V2が監禁期間中に相当痩せていっ
たことや,十分な食事が与えられなかったことは明白であるし,N医師は,
物置等が弁護人の指摘するとおりの状態であることを前提に低体温症の発
症の危険があると証言している。したがって,他にその点について特に有
効な反証がない以上,弁護人の主張を採用することはできない。
イ殺意及び共謀
また,以上のとおり認定した事実関係によれば,Aも被告人も,V2に
加えられた虐待の内容や,11月中旬頃の時点でV2が相当痩せているこ
とを認識し,それ以降,ますます気温が下がることも当然理解していたは
ずであるから,何ら殺意に欠けるところはないというべきである。被告人
は,V2には十分な食事が与えられていたから衰弱を認識できなかったし,
AはV2を嫌っておらず,そろそろV2を許すと思っていたから,このま
ま死ぬとは思わなかったなどと供述するが,現にV2がやせ細り衰弱して
いるという客観的事実や,GとDが,このままではV2が死んでしまうか
もしれないと思った旨証言したことと矛盾する。また,被告人が,仮に本
当にV2が死亡する危険性があるとは思わなかったとしても,それは単に
他人の生死に無頓着になっていたために,自分の行為の違法性について意
識を喚起できなかっただけであって,このような合理的根拠に基づかない
憶測をもって殺意を否定することなどできない。
そして,Aも被告人も,V3が11月5日から同10日までの監禁中に
死亡したことを直接見聞きしながら(なお,V3の死については,死因が
解明できないため,起訴もされていないから被告人らに刑事責任を問うこ
とはできない。),同月中旬頃以降も監禁を続けた上でそれ以前と同様の
虐待を加えただけでなく,FとDが一致して証言する限度で,すなわち少
なくとも1回はV2の死亡直前に顔を踏みつけるなどの激しい暴行を加え
た事実も認められる。
なお,被告人は,この最後の暴行について,そのような事実はなく,本
件マンションのリビングと物置の間のバルコニーの部分には冷蔵庫が置か
れ,その冷蔵庫を覆うようにラティスが立て掛けられ,更にそのラティス
とラティスの間にすだれが設置されるなどしていたから,リビングからは
物置内は見えないはずであって,FとDが嘘をついていると述べ,弁護人
も,両名の証言は目撃した時期に食い違いがあるから信用できず,Gが目
撃していない暴行の事実を認定することはできないなどと主張する。しか
し,両名の視認状況については,リビングの窓から物置の右端が見える写
真によって裏付けられている。また,時期に関する記憶が多少食い違うこ
とは不自然ではなく,むしろ死亡する直前に激しい暴行があったと一致し
て証言していることが重要であるから,目撃した記憶自体に疑問は生じな
い。さらに,Gは,Aから許されて以降,V2が監禁されている物置及び
その様子が映し出されるモニターから目を背けていたと証言しているか
ら,目撃しなかったとしても不自然ではない。
そうすると,Aと被告人が,11月中旬頃の時点で衰弱したV2が死ぬ
かもしれないことを認識しながら,それまでどおりの虐待を続けるととも
に,前記のとおりの激しい暴行に及んでいる以上,V2が死んでも構わな
いと思っていたことは明らかであり,殺意及び共謀が優に認められるとい
うべきである。
さらに,弁護人は,Aは,①V2をA一家の家族にしようとしていたか
ら殺害の動機がないとか,②V2に毛布を差し入れ,爪や舌の色を確認す
るなどV2の体調を気遣っていたから,殺意を認めるには合理的疑いが残
るなどと主張する。しかし,①既にAが死亡してしまったことから動機の
詳細は不明というほかないが,動機が乏しいからと直ちに殺意を否定する
のは相当ではないし,前記のとおり認定した虐待等の内容からすれば,A
がV2に対し死んでも構わないと思っていたとしても不思議ではない。ま
た,②そもそも,AがV2の体調を気遣っていたことは衰弱状態を認識し
ていたことの裏返しであるし,本当に体調等を気遣うのであれば,監禁を
やめて室内で生活させることも容易にできたはずであって,弁護人が主張
する程度の事情から,Aに殺意を認めることに合理的疑いは生じない。
V3に対する監禁について
V3が,EとFとの間の娘に暴言を吐いたことでAの怒りを買い,11月
5日未明頃,Aから命じられて,V2が監禁されていた物置に入れられたが,
その際,被告人は,D,E及びGとともに和歌山県までパチンコをしに出掛
けていたので本件マンションにおらず,その後,同月8日夜から翌9日未明
頃に本件マンションに戻ったものの,結局,V3が翌10日頃に物置内で死
亡した事実は証拠上明らかであり,争いはない。
しかし,前記のとおり,被告人は,Aから命じられてモニターで物置内の
様子を見ていたと認められるところ,Dは,8日深夜ないし9日未明に本件
マンションに戻った際,Aから,V3が勝手に通院したことから物置に入れ
た旨聞かされ,A一家では,Aに怒られている間は自分のためになる行為を
してはいけないというルールがあったので,「病院はあかんなあ。」と言っ
たところ,横で聞いていた被告人も「そやなあ。」と同調したと証言し,F
は,被告人が,物置の前で,Aから,「こんな人,おばはんいうていいで。」
と言われた際,V3に対し「ここまで落ちたらあかんわな,V3さん。」と
言ったりしたなどと証言した。いずれの証言も,V3の監禁について自分も
刑事責任を負うことを前提に証言しており,殊更被告人に不利な証言をして
おらず,信用できる。また,被告人自身も,仮にV3が物置から逃げようと
したならば,Aの意向に沿って逃がさないように捕まえていたなどと半ば監
禁の犯意や共謀を認める供述をしている。そうすると,被告人が,本件マン
ションに戻った時点で,AのV3を監禁するという意向に賛同し,以後これ
に協力したと認めることができ,その限度で監禁罪の共同正犯の刑事責任を
負うというべきである。
ただ,被告人が,それ以前のAらによる監禁行為を積極的に利用したこと
を認定するに足りる証拠もなく,検察官も,第18回公判前整理手続期日に
おいて,帰宅前の共犯者らによる監禁行為について,被告人がいわゆる承継
的共同正犯として責任を負うとまでは主張しない旨釈明した。そこで,公訴
事実においては,V3の監禁期間は11月5日未明頃から同月10日頃まで
と構成されているが,被告人に監禁の共同正犯が成立する始期は,被告人が
監禁を認識した同月8日夜ないし翌9日未明頃と認定した。
4第4の犯行(V5に対する逮捕監禁,殺人)について
弁護人の主張等
弁護人は,被告人らの行為は直ちにV5の生命の危険を生じさせるような
ものではなく,殺人の実行行為とはいえない上,被告人らにV5を殺害する
動機はなく,殺意もなく,共謀してもいないから,逮捕監禁致死罪ないし傷
害致死罪の刑事責任を負うにとどまると主張し,被告人もこれに沿う供述を
する。
認定事実
V5が死亡した経緯については,次のとおりの事実が関係証拠上容易に認
められ,特に検討した点を除けば概ね争いがない。
アAがV5に激怒した経緯等
平成23年7月(以下,平成23年7月中なので日だけ示す。)当時,
Aは,財産を巻き上げる目的で介入していた家族の女児を本件マンション
に預かっていたところ,V5がその女児の胸を触ったことを知って激怒し,
25日未明頃,被告人らをリビングに集め,その旨全員に告げ,その話を
聞いた被告人はV5の顔面を二,三発殴った。その場で,Aは,V5に対
し,「えらいことしてくれたわ,Oさんにどう言えばええんや。」,「覚
えてろよ。」,「今回は許さん。」などと言い,被告人とGに命じて,V
5をラティス等を組み合わせた手製の物置(以下,本項で「物置」という
ときはこれを指す。)に入れた。なお,物置の内部はプラスチック板など
で雨除けをしていたため風通しが悪く,また,当時は連日最高気温が30
度を超え,最高湿度は70%以上という気候もあいまって高温多湿状態に
あった。
イ物置内でV5を緊縛した状況
Aは,被告人とGに命じて,物置に入れたV5を荷造り用のビニールひ
もや手錠等を用いて緊縛した。この点,最初に緊縛した際のV5の姿勢や
緊縛に用いた道具等について,Gの証言と被告人の供述とが食い違ってい
る。すなわち,Gが,正座させたV5をビニールひもで縛って,手錠やス
テンレス製重しを使って身動きが取れないようにしたと証言したのに対
し,被告人は,V5には正座させずに相撲の股割りのような姿勢をさせて
緊縛し,水がいっぱい入ったバケツを重しの代わりに首にくくりつけて身
動きできないようにしたと供述した。
しかし,本件の他の犯行で見られたように,Aが制裁を加える場合,い
ずれの被害者に対しても正座を強制することが多い上,被告人の供述に
よっても,V5は,物置に入る前にリビングで正座し,物置に入った後も
自分から正座したというのであるから,Gが証言する推移の方が自然であ
り,この点についてGがあえて虚偽供述をする理由も見当たらず,仮に正
座以外の特異な姿勢を強要したとすれば,Gがそれを忘れるとも考え難い。
これに対し,被告人の供述は,飲食を制限されていたV5に対し,重しと
してとはいえ,容易に飲むことができる水の入ったバケツを用いたのは不
合理であるし,自分の衣類の入ったタンス等の近くに,わざわざこぼれ易
い水の入ったバケツを置いたというのも不自然である。
したがって,V5を最初に緊縛した際の姿勢はG証言のとおりに認定す
るのが相当である。
ウその後の緊縛等の状況
25日朝,被告人やGは,V5がビニールひもを自ら緩めて姿勢を崩す
などしていたので,正座したV5の両足をビニールひもでひとくくりに縛
るとともに,両手を後ろ手にして手錠をかけ,更にビニールひもで手とス
テンレス製重しをつないで身動きできないようにした上で,口をタオルと
ビニールテープで猿ぐつわのようにした。また,被告人が提案し自ら用意
した剣山様の金たわし(ブラシ)をV5の周囲に置き,V5が身動きすれ
ばその針が刺さるようにしたが,その後V5がなおも緊縛をほどいて姿勢
を崩すため,同日夜には,やはり被告人が提案・準備した丸太を使って,
正座した状態で緊縛されたV5に丸太を地面に水平に背負わせ,これに左
右に伸ばした両腕をそれぞれビニールひもで緊縛し,いわゆる磔(はりつ
け)のような状態にした。しかし,それでもV5がビニールひもを緩める
ため,被告人とGは,その都度縛り直した。そして,Aは,その度ごとに,
被告人とGに対し,ビニールひもを巻く箇所及び回数を増やしたり,強く
巻いたりするように指示し,ほとんどGが緊縛の作業を担当した。被告人
は,物置内でV5を緊縛する際に丸太を支えるなどして手伝ったが,Fは
物置の入り口付近でこれを見ていることが多かった。また,この間,A,
G及び被告人が,V5にくり返し暴行を加えたが,特にAの暴行の程度が
激しく,殴る蹴るに加え,底の固いサンダルを使って殴るなどした。しか
も,被告人らは,A一家における過去の虐待の例と同様に,Aの許しを得
ずに勝手に飲食させることができないことを理解し,死亡するまでV5に
は飲み水や食事を一切与えなかった。
こうして,26日夜,被告人らが最後にV5を縛り直した際は,V5は,
顔中,体中にあざがあり,特にAや被告人がくり返し蹴っていた右太もも
は赤い腫れが目立つほど負傷し,だんだん声も小さくなり,ふらつくなど
弱っていたが,Aは,そのような状態のV5に対しても更に激しい暴行を
加えた。
なお,V5をどの程度強く縛ったかについて,被告人は,Gが,Aから
締め直すように命じられたにもかかわらず,V5からきついと言われてビ
ニールひもを緩めていたと供述する。しかし,Gが,Aの命令に反する行
動ができたか疑問がある上,作業を担当したG自身が強く縛ったと自認し
ていることからすると,Gが証言するとおり,縛り直すたびにAが縛り具
合を確認するため,だんだんと強くビニールひもが肉に食い込むほど縛り
直したと認めるのが相当である。
エV5の死亡
27日夜,Gがパチンコから帰ってきたときには,既にV5が死亡して
いたが,Aは,慌てる様子もなくGと被告人にV5の死体をシーツに入れ
て本件マンションから運び出すように命じた。V5の死因は,高カリウム
血症に基づく心停止と考えられるが,肺塞栓症に基づく循環不全の可能性
もある。
殺人罪の成否
アV5に対する行為の危険性
合意書面によると,暴行,長時間の正座強制,緊縛,飲食制限は,いず
れも身体に悪影響を及ぼし,程度がひどければ,どれもが単独でも高カリ
ウム血症ないし肺塞栓症(以下,両者を併せて「高カリウム血症等」とい
う。)の原因になり得る。つまり,これらの虐待行為は,単独でも死に至
る原因になり得るし,単独ではそれほどの程度でなかったとしても,それ
ら全てが繰り返されることによって生命の危険に与える影響は極めて高く
なるというのである。そして,検察官は,高カリウム血症等は一度発症す
れば死に直結するような疾病であることを前提に,V5の死因は高カリウ
ム血症等であると主張し,弁護人は,上記合意書面を共同作成したのみで,
特にV5の死因に関する検察官の主張に対して反論,反証していない。そ
うすると,被告人らがV5に対して行った監禁下における緊縛等の虐待行
為は,人が死ぬ危険性の高い行為といえ,殺人罪の実行行為と認めるのが
相当である。
イ殺意及び共謀の有無
Aや被告人が,V5が具体的に高カリウム血症等により死亡することま
で予測していたとは思われないが,およそ水分の補給が人間の生命維持に
極めて重要であることは一般常識であって,Aも被告人も,真夏の相当高
温になる物置に水分を与えずに2日以上にわたって監禁すれば,生命の危
険が生じるであろうことは当然分かっていたはずである。そして,前記の
とおり,AがV5に相当怒っていたことも併せると,V5を物置に逮捕監
禁した時点で,Aについては,少なくとも,V5が死んでも構わない程度
の殺意を有していたと認めるのが相当であるし,被告人についても,リビ
ングでのAのV5に対する言動からその怒りが相当強いことを容易に認識
し得たはずであるから,A同様に殺意を認めることができ,そのような意
思の連絡の上,A,被告人及びGは,客観的に殺人の実行行為と評価でき
る監禁,緊縛等をしているのであり,それらの事情や状況を了解していた
Fについても,殺人罪の共同正犯の刑事責任を負うというべきである。被
告人が,仮に本当にV5が死亡する危険性があると思っていなかったとし
ても,V2が死亡したときと同じく,単に人の生死に無頓着になって自分
の行為の危険性につき違法性の意識を喚起しなかったというに過ぎず,殺
意を否定する根拠にはならない。
以上に対し,弁護人は,①被告人は,Aが,以前にV5を物置に閉じ込
めた際,Dから頼まれて許したことがあり,26日,Dに対し,AにV5
を許してもらうよう頼んでほしい旨を伝えたし,当時留守にしていたEが
帰れば,同様にAに頼むはずだとも思っていたので,AがそのうちV5を
許すと思っていた,②Aや被告人らにはV5殺害の動機がないので,いず
れにせよ殺意や共謀を認めるには合理的疑いが残ると主張する。
しかし,①前記のとおり,Aは,V5に対して強く怒っていたのであり,
Dや被告人も,その様子を見てAの怒りの強さを容易に認識できたはずで
あり,当時女児の父親になっていたEが,女児の胸を触ったV5を簡単に
許してやるようAに進言したとは思われない。つまり,当時の状況からは,
Aが,DないしEから進言されてV5を許すことも,DやEがAにそのよ
うな進言をすることも期待できないと思われ,被告人の供述は根拠の乏し
い希望的観測に過ぎず,到底採用できない。また,②Aは,V5に対し相
当強く怒っていたのであるから,死んでも構わないといった程度の殺意を
抱いても不合理ではないし,被告人はAの意向に従っているのであるから,
被告人独自にV5殺害の動機がないからといって殺意を否定することはで
きない。したがって,いずれの弁護人の主張も採用できず,その他いろい
ろと主張する点を逐一検討しても結論は変わらない。
(累犯前科及び確定判決)
省略
(法令の適用)
1罰条
第1の1の事実刑法60条,199条
第1の2,3の各事実それぞれ包括して刑法60条,246条1項
第2の1の事実刑法60条,225条
第2の2の事実刑法60条,205条
第3の事実監禁の点は被害者ごとにそれぞれ刑法60条,22
0条,殺人の点は刑法60条,199条(傷害の点
は刑法204条に該当するが殺人罪に吸収)
第4の1の事実逮捕監禁の点は包括して刑法60条,220条,殺
人の点は刑法60条,199条
第4の2の事実包括して刑法60条,190条
2科刑上一罪の処理第3,第4の1の各所為について刑法54条1項前
段,10条(第3については,V3に対する監禁と
V2に対する殺人とがV2に対する監禁を介して1
個の行為が3個の罪名に触れる場合であり,第4の
1については,1個の行為が2個の罪名に触れる場
合であるから,いずれも最も重い殺人罪の刑で処断)
3刑種の選択第1の1,第3の各罪につきいずれも無期懲役刑,
第4の1の罪につき有期懲役刑
4累犯加重第1の2及び3の各罪につき刑法59条,56条1
項,57条(それぞれ前記①及び②の各前科がある
ので3犯の加重),第2の1及び2の各罪につき刑
法56条1項,57条(それぞれ前記②の前科があ
るので再犯の加重,なお第2の2の罪につき刑法1
4条2項の範囲で法定の加重)
5併合罪の処理刑法45条後段,50条(各罪と前記③の確定裁判
のあった死体遺棄,窃盗,強要罪とは併合罪である
から,まだ確定裁判を経ていない各罪について更に
処断),45条前段,46条2項本文,10条(刑
及び犯情の最も重い第1の1の罪の無期懲役刑で処
断し,他の刑を科さない)
6未決勾留日数の算入刑法21条
7訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1本件は,Aを頂点とするA一家という特殊な共同生活体における人間関係の
中で,被告人が,Aら共犯者と共謀の上,①Aの義妹であるBの戸籍上の夫で
あったV1を事故死を装って殺害し,生命保険金をだまし取ることを企て,暴
行や飲食制限等の虐待を加えるなど執ように追い詰めた末に自ら崖から飛び降
りさせて殺害し,2回にわたり生命保険金合計5000万円をだまし取った殺
人,詐欺(第1の各犯行),②Aらの虐待に耐えかねてA一家から行方をくら
ましていたV4の居場所を突き止めるや,その生命身体を加害する目的で拉致
し,その後,頭部を激しく振る暴行を加えて急性硬膜下血腫の傷害を負わせ,
植物状態にした末に死亡させた生命身体加害略取,傷害致死(第2の各犯行),
③やはりAらの虐待に耐えかねてA一家から行方をくらましていたV4の長女
V2をA一家に連れ帰った上で7月から12月にかけて約5か月間にもわたり
物置等ベランダに監禁する中で継続的に虐待し,衰弱死させて殺害するととも
に,その間の11月の数日間,Aの怒りを買ったA一家の家政婦的存在であっ
たV3をベランダの物置に一緒に閉じ込めた監禁,殺人(第3の犯行),④A
一家が財産目的で介入していた家族から預かっていた女児の胸を触ったとして
Aの怒りを買ったV5を,7月の暑い中,ベランダに設置した高温多湿の物置
内に手錠,丸太,ビニールひも等で手足等を緊縛して閉じ込めるとともに飲食
を制限し,暴行を加えて衰弱させ,更に監禁及び虐待を継続して殺害し,その
死体を本件マンションから運び出して倉庫内でドラム缶にコンクリート詰めす
るなどした末に海中に投棄した逮捕監禁,殺人,死体遺棄(第4の各犯行)か
らなる事件である。
2各犯行について
一連の犯行によって3人が殺害され,1人が死亡させられるという極めて重
大な結果が生じているが,まず,量刑上重視すべき殺人の犯行を含む第1,第
3及び第4の各犯行の主な事情についてみると,第1の各犯行については,A
らは,V1が働いて得た給料を全額Aらに渡すなど長年A一家で辛抱していた
のに,自分たちが浪費した結果家計が苦しくなったからと,V1が人に逆らえ
ない性格であることを利用して執ように追い詰め,自動車事故から転落事故に
方法を変えてまで殺害し,多額の保険金をだまし取った。非常に強い金銭欲に
基づく,命の重みを全く顧みない非道な動機や経緯に酌むべき点などなく,殺
人の中で最も重い類型の一つである保険金殺人に該当する極めて悪質な犯行で
あり,だまし取った金額の大きさも量刑上無視できない。
また,第3の犯行については,Aらは,平成15年頃からV2らをA一家に
同居させて虐待し,2度にわたり逃げ出したV2をその都度探し出して連れ戻
した挙げ句,数か月間にわたって監禁する中で暴行,飲食・睡眠制限,正座の
強制,排泄制限,入浴制限,性行為や物まねの強制等,ありとあらゆる虐待を
加え続けて衰弱死させた。動機は,逃げ出したことに対する制裁とA一家内で
の見せしめのためと思われるが,もとより酌むべき点などない。そして,ひと
つひとつの暴行等を取り出せば,死に直結するほど強いものはなく,不十分な
がらも一応食事も与えていたようであるから,強い殺意を認定することはでき
ないが,虐待によってV2の自尊心を徹底的に踏みにじり,生きる希望や意欲
すらも奪っていたと思われ,V2が絶命するまでの間に感じたであろう,想像
を絶する苦痛や無念さ等をも考慮すると,まさになぶり殺したと評するに相応
しい残酷な犯行である。
次に,第4のうち逮捕監禁・殺人の犯行については,V5の言動がきっかけ
になってはいるが,犯行の動機は,正義感というよりAの目論見という金銭欲
にあると認められるから,経緯においてV5の落ち度を指摘するのは相当では
なく,むしろ,虐待の上で殺害した経緯や動機に酌むべき事情などないという
べきである。強い殺意までは認定できないものの,数日で死亡させていること
からすると,真夏に水すら与えず物置に監禁したうえでの虐待が非常に厳しい
ものであったと認めるのが相当であり,V5が絶命するまでの間に感じたであ
ろう苦痛や無念さをも考慮すると,一般的な殺人罪の量刑傾向の中でも決して
軽視できない犯行である。
これらに加えて,第2の各犯行についても,V4が,被告人らの虐待等によっ
て家庭を破壊されながらもA一家から逃げ出し,ひっそりと暮らす中で取り戻
そうとしていた平和な生活を壊した上,その後V4を虐待する中で植物状態に
陥るほどの重傷を負わせた末に死亡させた動機や経緯に何ら酌むところなどな
く,暴行の内容についても,凶器等を使用したわけではないが,圧倒的に体格
が劣り,Aらの手前抵抗できない被害者の頭を激しく振るという危険なもので
あり,悪質である。
3被告人の果たした役割
前記の各犯行の犯情に加え,各遺族が一様に峻烈な被害感情を表しているこ
とにも照らすと,本件全体の犯情は極めて悪いというほかないが,被告人の刑
事責任を考えるに当たっては,各犯行における被告人の役割の大きさを検討し
なければならないところ,被告人は,(事実認定の補足説明)で認定したとお
り,殺人3件と傷害致死の各犯行いずれにおいても,主犯であるAに匹敵する
ほどの重要な役割を積極的に果たしたとみるのが相当である。すなわち,被告
人は,第1の各犯行のうち,詐欺への関与は薄いが,殺人については,Aの指
示に基づき「見届け役」や「言い聞かせ」をしてV1に自殺の実行を連日迫っ
た上,高所からの飛び降りという自殺の方法を提案し,死亡当日に崖でV1を
取り囲んだ際もV1のすぐ近くに立つなど終始他の共犯者よりも重要な役割を
果たし続けている。また,第2の各犯行のうち,生命身体加害略取への関与は
薄いが,傷害致死については,Aの意向を察し,特に指示されてもいないのに
自ら犯行を実行した。そして,第3の犯行については,自ら監視モニターの設
置をAに提案したほか,Aの指示によりV2に暴行を加えたり,性行為や物ま
ねを強要してからかったりするなど,他の共犯者がAに命じられるままに動い
たのとは異なり,積極的に被害者の虐待を楽しんでいた様子がうかがえる上,
虐待内容が酷くなったことに被告人が影響したことは否定できない。さらに,
第4の各犯行については,Aの指示を受けて自らあるいはGに命じてV5を緊
縛したが,GがAに命じられるままに機械的に関与したのとは異なり,丸太等
の道具の使用をAに提案して準備したほか,死体遺棄についてもAからいちい
ち指示を受けることなく積極的に関与した。
これに対し,弁護人は,被告人がこのように関与したのは,①A一家におけ
る地位が低く,いわゆる「汚れ役」を押しつけられていたからである,②Aの
背後に暴力団が存在すると信じ込まされたので従わざるを得なかったなどとし
て,その刑事責任を重くみるべきではないと主張する。
しかし,①確かにA一家における被告人の序列が高いものであったとは認め
られず,また,Aからすれば,かつて暴力団の世界にも関係し,スポーツや格
闘技の経験もあって体格にも優れる被告人を「汚れ役」として利用することで,
自分が意図する犯罪を実現したりA一家を統制したりする面があったことがう
かがわれるが,前記のとおり,被告人が各犯行で実際に果たした役割が重要で
あることに変わりはない。また,被告人は,A一家における序列が低いからこ
そ,Aの意向に沿うように自ら考えて行動してきたと認められ(そのような面
があったことは被告人自身も認めている。),進んで「汚れ役」を果たしてい
たのであるから,Aとの関係を除けば,地位の低さをもって刑事責任を軽くす
る理由とすることはできない。
また,②被告人も,暴力団の世界に関係した経験を持ち,長年A一家で生活
していたのであるから,Aが述べることを全く疑わずに信じ続けたというのは
不自然不合理で信用できない。
4量刑の検討
本件のような複数回殺人を犯す中に保険金目的の犯行を含み,特に死亡した
被害者が3名以上の事件については,その量刑傾向が表すとおり,基本的には
死刑の選択の是非を検討しなければならない相当重大な部類に属する事件であ
る。
そして,被告人の刑事責任を考えるに当たって特筆すべきは,被告人が,い
ずれの犯行についても,前記のとおりAに匹敵するほどの重要な役割を積極的
に果たし,一部には自ら犯行の方法を提案するなど単にAの指示に従って行動
していた他の共犯者らとは質的に異なる関与をしているという点である。すな
わち,本件各犯行は首謀者であるAがいなければ起こらなかったが,同時にA
の指示をその手足となって実行する被告人がいなければ,その実現が不可能な
いし非常に困難であったものであり,その意味で,被告人の刑事責任は極めて
重大であり,3人が殺害され,1人が死亡させられたというあまりにも重大な
結果を発生させている以上,複数の前科がいずれも重大事犯によるものではな
いこと,更生可能性がないとは断定できないこと,その他弁護人指摘の点を含
め被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮し,さらに,死刑が人間の生命を
奪う極刑であり,究極の刑罰であることに照らして,その適用は慎重に行われ
なければならないとの最高裁判決の趣旨を踏まえても(最高裁昭和56年(あ)
第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁参
照),死刑を選択する余地も含めて検討すべきであって,いくら長期であって
も有期懲役刑では軽すぎる。
しかし,いずれの犯行についても,Aを頂点とするA一家という特殊な人間
関係に基づく閉鎖的環境の中で起きた事件であり,既にAが死亡しているため
各犯行の帰趨を決した経緯に証拠上不明な点が残るが,本件審理に証人として
登場した各共犯者が口をそろえてAの存在の大きさを強調する以上,やはり被
告人がAに比べて従たる役割であったことは否定できず,そうである以上,被
告人をAと全く同列には論じられないといわざるを得ない。したがって,結論
的には,被告人に死刑を選択することには躊躇せざるを得ず,無期懲役刑をもっ
て処断するのが相当であると判断した。
(求刑無期懲役)
平成27年11月13日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官平島正道
裁判官畑口泰成
裁判官熊野祐介
(なお,仮名処理の都合上,一部記載を省略した部分がある。)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛