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19く414
東京高裁19.8.10棄却316条の20第1項
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,弁護人C作成の即時抗告申立書に記載されたおりであるから,これ
を引用する。
論旨は,要するに,原決定は,審理不尽の違法の結果,A及びBに関する各不起訴裁定
書には刑訴法316条の20第1項に基づき開示をすべき要件が認められるのに,これらに関す
る事実を誤認し,これらの証拠の開示を命じなかったのであり,不当であるから,その取
消しとこれらの証拠の開示を命じる決定を求めるというのである。そこで,所論にかんが
み,以下検討する。
1本件の概要及び審理の経緯
一件記録によると,本件公訴事実の要旨は,被告人が,A及び氏名不詳者らと共謀の上,
営利の目的で,覚せい剤を輸入しようと企て,覚せい剤3kg弱を隠匿したスーツケースをマ
レーシアの空港で機内預託手荷物として預け,成田空港に到着させて輸入したという覚せ
い剤取締法違反,関税法違反事件である。公判前整理手続において,検察官は,要旨,A
が,マレーシアにおいて,「D」というイラン人から,本件覚せい剤が隠匿されたスーツ
ケースを日本に運び,成田空港で合い言葉を告げてくるイラン人に渡すように指示され,
知人女性のBと共に航空機に搭乗して来日し,成田空港の到着ロビーでこのスーツケース
を携帯して待っていたところ,同じ航空機に搭乗して成田空港に到着したイラン人である
被告人が,Aに近づき,上記合い言葉を告げた上,同人らを空港駐車場に案内しようとし
たことなどを主張している。
これに対し,弁護人は,公判前整理手続において,要旨,①被告人は,空港内の立体駐
車場に車を停めていたが,駐車場に行く道が分からなかったため,Aらにこれを尋ねただ
けで,覚せい剤の密輸には関わっていないし,Aらが携帯していたスーツケースに覚せい
剤が隠匿されていたことも知らなかった旨主張するとともに,②検察官は,A及びBに対
する覚せい剤取締法違反の嫌疑が明白かつ十分であり,重大なものであったにもかかわら
ず,両名を釈放し不起訴処分としているが,両名を釈放すれば両名が早期に国外退去する
ことを十分に認識しながら,殊更そのような事態を利用しようとして,両名を釈放したも
のであるから,その各検察官面前調書は法321条1項2号前段書面として証拠請求することが
手続的正義の観点から公正さを欠くと認められ,証拠能力が認められず(最高裁平成7年6
月20日判決・刑集49巻6号741頁),両名の第1回公判期日前の各証人尋問調書も,この最高
裁判例の趣旨にかんがみ証拠能力が認められないと主張している。弁護人は,この②の主
張に関連して,A及びBに関する不起訴裁定書の開示を請求したが,検察官がこれを不開
示としたことから,裁判所に証拠開示命令を請求し,これを棄却した原決定に対して,本
件即時抗告を申し立てたものである。
なお,AとBは,本件当日である平成18年11月11日に,被告人との共謀による覚せい剤
の営利目的所持事実で緊急逮捕されて,その後勾留され,Aについては11月28日に,Bに
ついては同月27日に各検察官調書が作成され,さらに,両名について同月30日に第1回公判
期日前の証人尋問が行われた後,翌12月1日に釈放されて入国管理局に引き渡され,同月8
日に強制退去となり,同月28日に不起訴処分とされた。両名の各検察官調書と各証人尋問
調書は,本件において検察官から証拠請求され(甲31ないし34),弁護人にも開示されて
いる。また,弁護人は,AとBに関する不起訴裁定書のほかに,ア本件当日の被告人らの
成田空港内での行動を撮影したビデオテープ,イマレーシア当局からの本件に関与してい
る人物に関する情報についての証拠,ウA及びBの逮捕時の状況に関して記載された逮捕
手続書等,エA及びBが本件犯行時所持していた所持品に関する証拠の開示を検察官に求
め,既に検察官から該当する証拠の開示を受けている。
2刑訴法316条の20第1項の要件について
以上の経緯を前提として検討すると,AとBの各検察官調書と各証人尋問調書に証拠能
力が認められるかが,本件における検察官の立証及び被告人側の防御にとって重要な意味
を有することは明らかであり,両名が,3kg弱の覚せい剤の営利目的所持の事実で逮捕・勾
留されながら,起訴されることなく釈放され,退去強制となっていることからすると,検
察官が両名を釈放して入国管理局に引き渡しながら,両名の各検察官調書と各証人尋問調
書を証拠請求していることが,手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるかが問題
となる。このような本件の争点に照らせば,両名に対する不起訴処分の内容が記載された
不起訴裁定書が検察官が両名を釈放した措置の適正を検討する上で意味を有することは否
定し得ず,弁護人の上記②の主張と関連する証拠と認められる(検察官は,裁定請求に対
する意見書において,不起訴裁定書は刑事裁判における公訴事実や情状に関する事実等の
認定の基礎として用いられる「証拠」ではないから,証拠開示の対象とはならないと主張
するが,本件のように不起訴処分に関連する訴訟手続の適正が重要な争点となっている事
件等においては,不起訴裁定書も証拠開示の対象となり得るものと解される。)。
しかしながら,検察官は,被疑事実に関して捜査機関が収集した証拠資料や,両名に対
する捜査手続の経緯を明らかにする証拠資料を検討した上で,起訴・不起訴の判断を行う
のであるから,A及びBを釈放した措置の適正を検討するためには,むしろ原資料として
の証拠資料こそが重要であり,これが十分に開示されているのであれば,検察官が原資料
に基づき不起訴処分を相当と判断する理由を記載した不起訴裁定書を開示する必要性は乏
しい。この点,検察官は,両名の各検察官調書及び各証人尋問調書や,A及びBの捜査経
過等に関する報告書,被告人の成田空港における行動を現認した状況や緊急逮捕した状況
に関する数多くの報告書を含む検察官請求証拠を弁護人に開示するとともに,本件捜査に
関与した警察官3名と担当検察官の証人尋問を請求し(これらの者が公判期日においてする
と思料する内容が明らかになるような供述録取書等が弁護人に開示されていないのであれ
ば,その要旨を記載した書面が弁護人に開示されることになる。),さらに,弁護人の証
拠開示請求に応じて,上記アないしエに関する証拠を既に弁護人に開示しているのである
から,これに加えて不起訴裁定書を開示する必要性は乏しい。
これによれば,その余の点を考慮するまでもなく,A及びBに関する各不起訴裁定書は,
刑訴法316条の20第1項の要件を満たさないから,証拠開示を命じなかった原決定は相当で
ある。
3所論について
なお,所論は,即時抗告申立書において,「本件公訴は,氏名不詳の検察官の統括の下,
捜査開始当初から,違法な刑事免責の手法を捜査に活用するのみならず,その一連の違法
取引の結果,収集・作出,派生した証拠を,あたかも証拠能力を有する適法な証拠である
かのごとく装って証拠調べ請求を行い,裁判所をしてその旨誤信させ,当該各証拠の証拠
調べを行わせるとともに,当該証拠に基づいた有罪判決をへん取することを目的とした周
到かつ綿密な計画に基づいて組織的に敢行された公訴提起であり,高度の違法性を有する
から,公訴棄却されるべきである。」旨主張するに至り,この主張を前提として,証拠の
関連性と開示の必要性を判断すべきであるのに,これを考慮せずに証拠開示を命じなかっ
た原決定には,審理不尽の違法と事実誤認があると主張する。
しかし,刑事訴訟法316条の20第1項,316条の26第1項に基づく証拠開示命令は,公判前
整理手続において,弁護人が「証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定し
ている事実上及び法律上の主張」(同法316条の17第1項)を明らかにしたことを前提とし
て,これに関連すると認められる証拠について,開示の必要性の程度及び開示によって生
じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し,相当と認めるときに行うべきものである。
弁護人は,本案被告事件の公判前整理手続においては,所論のような主張をしていないの
であるから,原裁判所が,同手続及び証拠開示命令請求書における弁護人の主張内容を前
提として,証拠開示に関する裁定の判断を行ったのは当然のことであり,むしろ,公判前
整理手続で明らかにされていない主張を前提として判断することは許されない。したがっ
て,即時抗告申立てに際して新たな主張を追加し,これに基づき原決定の取消しと証拠開
示命令を求める所論は,それ自体失当である。
4結論
以上によれば,原決定に審理不尽の違法も事実誤認も認められない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法426条1項により,本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定
する。
(裁判長裁判官・池田修,裁判官・稗田雅洋,裁判官・兒島光夫)

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