弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成29年3月17日判決言渡
平成25第5249号損害賠償請求事件
主文
1被告は,原告に対し,117万7330円及びこれに対する平成16年
7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを100分し,その99を原告の負担とし,その余を
被告の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億6012万3224円及びこれに対する平成16
年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,浮動性めまい(非回転性めまい)の症状を訴えて,被告が開設する
国立循環器病研究センター(以下「被告病院」という。)で通院治療を受けた
原告が,ベンゾジアゼピン系薬物依存となって重篤な離脱症状を生じたのは,
被告病院医師が,①ベンゾジアゼピン系薬物を適応のない症例に投与しない注
意義務に違反し,②ベンゾジアゼピン系薬物の総投与量を管理すべき注意義務
に違反し,③離脱症状を回避する適切な減薬・断薬方法を実施すべき注意義務
に違反し,④ベンゾジアゼピン系薬物の性質及び副作用等に関する説明義務に
違反したからであると主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診
療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償(遅延損害金の支払を含む。)を求
める事案である。
2前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容
易に認めることができる事実)
⑴当事者等
ア原告は,昭和33年○月○日生まれの男性である。
イ被告は,大阪府吹田市において被告病院を開設する法人である。なお,
平成27年4月1日変更前の被告の名称は,独立行政法人国立循環器病研
究センターであった。
⑵診療経過の概要
ア原告は,平成13年8月以降,浮動性めまいの症状を訴えて,A病院,
B病院,C病院,D病院,Eクリニック等の複数の医療機関を受診し,平
成15年1月からはF内科で,自律神経失調症・うつ状態の診断の下に抗
不安薬を処方されていたが,めまいの症状は消失しないでいたところ,被
告病院と日立製作所が共同で行っていためまい症の治療に関する研究の存
在を知った。
イ原告は,平成16年4月21日,浮動性のめまいを訴えて被告病院を受
診し,G医師から,慢性ふらつき症候群の疑い等とされた上で,同年7月
2日,デパケンRを処方され,また,同月14日以降平成17年10月2
7日まで,G医師からランドセンを継続的に処方された。
その後,G医師が被告病院から異動し,その治療方針をH医師が引き継
ぐこととなり,原告は,同年12月5日,H医師からランドセンを処方さ
れた。
G医師及びH医師がそれぞれ原告に処方したランドセンの量は,別紙の
とおりである(ただし,上記医師らが服用を指示した量につき,一部争い
がある。)。
ウ原告は,平成17年8月頃からランドセンの減薬を試みていたが,これ
によって生じた不安感・焦燥感・不眠の症状が,同年末頃の減薬で増悪し
たなどと訴えて,平成18年1月4日にD病院を,同月6日にA病院ここ
ろの医療センター(以下「こころの医療センター」という。)を各受診し,
同日以降,こころの医療センターにおいて通院及び入院(入院期間は同年
6月12日から同年9月17日まで)して治療を受けた。
3一般的医学的知見
⑴ベンゾジアゼピン系薬物(以下,ベンゾジアゼピンを「BZ」と表記す
る。)(甲B1)
ア抗不安薬,睡眠薬として1960年代から使用が開始され,日本国内に
おいて広く使用されている。
イ主な作用として,抗不安作用,鎮静・催眠作用,筋弛緩作用,抗けいれ
ん作用の4つがあり,いずれのBZ系薬物も上記4つの作用を持ち合わせ
ているが,その強弱は各誘導体によって異なっており,それらの薬力学的
特徴に基づいた使用法が選択される必要がある。
ウBZ系薬物の選択においては薬物動態が重要であり,そのポイントの一
つが効果の持続である。効果の持続は,BZの血中濃度の持続に依存する
と考えられ,半減期の長いBZは,投与間の反跳現象が少なく,離脱状態
が起こりにくいなどの長所が期待できるが,反面,蓄積しやすく,作用が
過剰となって持続する危険性もある。一方,半減期の短いものは,蓄積が
起こりにくいが,離脱状態,反跳現象が生じやすいため,頻回の服用が必
要となりやすく,依存症候群は短い半減期のBZの方が生じやすいとされ
る。
力価に関しては,高力価のものほど作用がはっきりと自覚され,おおむ
ねどのBZでも用量依存的に増強し,鎮静・催眠作用が出現するようにな
るが,薬物動態的に血中濃度のピークの時間的差異,受容体での親和性の
差異などの特徴により,各誘導体で違いがある。
⑵本件に関連のあるBZ系薬物(末尾記載のもののほか,甲B52,乙B2
4,26の1)
アクロナゼパム(商品名ランドセン,リボトリール)(甲B7,92)
小型(運動)発作,精神運動発作,自律神経発作に効能・効果があり,
抗てんかん剤として処方される。
成人に対しては,通常,1日0.5~1mgを初回量として1~3回
に分けて経口投与し,以後,症状に応じて至適効果が得られるまで徐々
に増量し,1日2~6mgを維持量として,1~3回に分けて経口投与
するものとされる。
血中半減期は約27時間であり,長時間作用型に分類される。また,
高力価に分類される。
イアルプラゾラム(商品名ソラナックス,コンスタン)(甲B2,5
4。)
心身症(自律神経失調症等)における身体症候及び不安,緊張,抑うつ,
睡眠障害に効能・効果があり,抗不安剤として処方される。
血中半減期は約14時間であり,短時間作用型ないし中時間作用型に分
類される。また,高力価であるとされる。
ウエチゾラム(商品名デパス)
半減期は約6時間であり,短時間作用型に分類される。また,高力価で
あるとされる。
エジアゼパム(商品名セルシン)(甲B4)
神経症における不安・緊張・抑うつ,うつ病における不安・緊張,心身
症における身体症候及び不安・緊張・抑うつ等に効能・効果があり,向精
神薬として処方される。
最も標準的なBZ系薬物とされる。
⑶その他の薬剤
バルプロ酸ナトリウム(商品名デパケンR)(乙B1)
各種てんかん及びてんかんに伴う性格行動障害の治療,躁病及び躁うつ病
の躁状態の治療,片頭痛発作の発症抑制に効能・効果がある。
4本件の争点
⑴G医師はBZ系薬物を適応のない症例に投与しない注意義務に違反したか
(平成16年7月14日)
⑵G医師はBZ系薬物の総投与量を管理すべき注意義務に違反したか(平成
16年9月17日)
⑶G医師及びH医師は離脱症状を回避する適切な減・断薬方法を実施すべき
注意義務に違反したか(G医師につき平成17年5月9日及び同年8月1日,
H医師につき同年12月21日及び同月22日)
⑷G医師はBZ系薬物の性質及び副作用等に関する説明義務に違反したか
(平成16年7月14日)
⑸各注意義務違反と原告に平成18年1月以降生じた症状ないし障害との因
果関係の有無
⑹原告の損害の有無及びその額
5争点に対する当事者の主張
⑴争点⑴(G医師はBZ系薬物を適応のない症例に投与しない注意義務に違
反したか(平成16年7月14日))について
(原告の主張)
ア医薬品の選択に関する医師の注意義務違反の有無を判断するには,当該
診断の確実性,当該治療法の有効性及び副作用のもたらす危険等を比較衡
量することが必要であり,診断の確実性・当該治療法の有効性に疑問があ
って,当該治療法を実施する必要が高くないと考えられる場合には,危険
性を伴う治療は避けるべきである。また,向精神薬を治療に用いる場合に
は,その副作用を常に念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の
副作用に関する医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,
必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な
限り最新の情報を収集する義務がある。
イ非回転性めまいの治療については,本件当時,確立した医療水準といい
得るものは存在しない状況にあったが,運動療法,薬物療法等,一定の評
価がなされた治療法は存在していた。しかし,非回転性めまいを含むめま
いに対し,抗てんかん薬やBZ系薬物が有効であることを裏付ける研究や
これらを投与した事例は医学文献上見当たらず,一般に使用されていなか
った。
ウBZ系薬物については,1970年代に入り,臨床用量の範囲内でも
長期服用のうちに身体依存が形成され(常用量依存ないし臨床用量依存
と呼ばれる。),退薬に伴って退薬症候(離脱症状)が現れるとの指摘
がなされ,1970年代後半に,欧米先進国を中心に,処方件数が激減
する動きがみられた。
BZ系薬物については,基準薬物のジアゼパムに等価換算して評価す
る方法が標準化しているところ,BZ系薬物の依存症発症の閾値は,ジ
アゼパム換算量で2700mgとされている。また,処方は急性期の二,
三週間程度に制限することとされ,長期連用を禁止するガイドラインも
出されていた。さらに,原則的に通常の治療用量で2か月以上処方され
た場合には,上記の閾値以下であっても,3人に1人は依存が形成され
るとの報告もされていた。
ランドセンは,他のBZ系薬物と比較して力価が格段に高いため,短
期間で依存閾値となり,また,半減期が長い長時間作動型であるため,
体内に滞留して蓄積されやすい。そのため,離脱症状が不可避といわれ,
ひとたび依存・離脱症状が発現した場合,その症状は激烈であり,治療
に難渋し,重篤な後遺障害が発生することとなる。離脱症状の発現は,
BZの血中濃度の急激な変化に起因するものであるため,高力価のラン
ドセンを高用量に処方すれば,離脱症状の危険性が高いことは薬物動態
からも明らかである。
抗てんかん薬には,認知機能障害などの多様な副作用が存在し,精神
症状を発症させる危険性がある。また,てんかん患者が抗てんかん薬の
服用漏れにより,重大な交通事故などを引き起こすことが知られている。
したがって,抗てんかん薬は,てんかん治療ガイドラインなどで警告
されているように,厳重な服薬コンプライアンスが求められる薬物であ
り,また,てんかんの確定診断なく診断的治療として処方することは戒
められているのである。
エ前記イのとおり,非回転性のめまいを訴えていた原告に対して,ランド
センを投与しても治療の有効性はおよそ望めない反面,前記ウのとおり,
BZ系薬物・抗てんかん薬による依存・離脱等の重篤な障害が発生する危
険性が高く,特にランドセンは力価が高いため,ひとたび依存・離脱等の
症状が発症すれば重篤となることが予期された。
そして,このようなBZ系薬物・抗てんかん薬の危険性については,G
医師が情報収集義務を尽くしていれば,その情報に接することは容易であ
ったから,てんかん類似めまい症という仮説の下にランドセンによる治療
を選択すべきではなかった。
ところが,G医師は,原告に対し,別紙のとおりランドセンを処方した
ものであり,その注意義務違反は明らかである。
オ被告は,原告に対するランドセンの処方が,当時被告病院で行われてい
たという「X研究」やG医師自身の臨床経験に基づく合理的かつ有効な治
療法である旨主張するが,上記の研究は,症例数が少なく,また,適切な
対照群が設定されておらず,医師の主観に基づく症例報告の域を出ないも
のであり,非回転性めまいに対する抗てんかん薬の有効性が確認されてい
たとはいえない。
また,上記の研究は,高齢の循環器病患者のうち脳磁計検査で異常が認
められた者という極めて限定的な適応条件下で一応の効果が認められたに
すぎない。
さらに,上記の研究においては,治療薬としてデパケンRが用いられ,
ランドセンに関しては,眠気,ふらつき,嘔気,骨髄抑制,肝機能障害な
どの副作用を伴いやすいため,保険適応外となる慢性めまい感の治療には
適さないとされていた。
このように原告に対するランドセンの処方は,上記の研究とも異なるも
のであって,G医師が,BZ系薬物を適応のない症例に投与しない注意義
務に違反したことは明らかである。なお,G医師が処方薬をランドセンに
変更したのは,デパケンRが効かない患者について他の抗てんかん薬の効
果を試すための薬物実験であったと推察される。
(被告の主張)
アG医師は,原告の症状をてんかん類似の電気的易刺激性活動に原因があ
ると考えて,抗てんかん薬を投与したのであり,当時の医学的知見に照ら
して合理的であり,適応のない症例に投与したものではない。
被告病院ではX医師の指導の下,G医師が中心となって,脳磁計を用
いた慢性ふらつき症の診断治療の研究(以下「X研究」という。)が行
われ,この研究によって,慢性ふらつき・めまいの症状を訴える患者の
中に,側頭頭頂葉の聴覚中枢から前庭中枢に放散するてんかんに類似し
た電気的易刺激性状態が認められることがあり,これに抗てんかん薬が
奏効する場合があることが確認された。
G医師は,平成16年4月21日の初診時,原告から自覚症状やこれ
までに受診した医療機関での診断履歴を聴き取り,前医の紹介状等も確
認した上で,X研究で得た知見及び自身の臨床経験に基づき,原告のめ
まいの症状の原因がてんかん類似の電気的易刺激性活動にある可能性が
あり,抗てんかん薬を投与することが検討に値すると判断した。そこで,
前医から処方され服用中のソラナックスの影響がない状態で脳波等を詳
細に検査するため,1週間程度の入院を勧めたが,原告は,仕事を理由
に入院検査を拒否し,また,同年7月2日の診察時,同日実施の脳磁図
検査の結果が出ていなかったが,一刻も早い投薬治療の開始を強く求め
てきた。そのため,G医師は,それまでの診察状況から,本件において
原告の症状はてんかんと共通する発生機序が存在する可能性があると考
え,原告の症状をてんかんの一種と仮定した上で,抗てんかん薬を処方
して症状が改善するか経過を観察することとしたのである(診断的治
療)。
また,同月14日には,前回の診察時に実施した脳磁計を用いた検査
で原告に脳波異常が認められなかったことが報告されたが,受診前に服
用していたソラナックスによって一時的に症状が抑えられていた可能性
があると考えられたことから,抗てんかん薬の処方を継続し,原告の症
状が改善するかどうかを確認することとした。
このようなG医師の治療は,目の前の困っている患者を治療する必要
に迫られている医師の合理的な裁量の範囲内のものといえる。
原告は,X研究について,高齢かつ循環器系の疾患を有するなど一定
の条件の下で抗てんかん薬の効果が認められたにすぎない旨主張するが,
対象者の年齢等が限定されているのは,研究の性質上やむを得ず,治療
の場面において上記のように限定された条件の下でしか投与が認められ
ないものではない。X医師はもとより,被告病院以外の医療機関におい
ても,てんかん性のふらつき・めまいの症状を訴える患者に対して抗て
んかん薬を投与する治療方法が用いられており,臨床レベルでは,ふら
つきやめまいの症状がてんかんに起因するものと認められる場合に,抗
てんかん薬を処方することが普通に行われている。
脳波異常等の客観的な所見が得られない本件において,抗てんかん薬
を処方して効果を得られるかどうか確認することは診断的治療であり,
医師の合理的な裁量において実施し得るものである。
原告は,てんかんについて診断的治療は認められない旨主張するが,
診断的治療は,てんかんを含む多くの疾病・症状に対して一般的に広く
行われており,一律に禁止されるものではない。
G医師がランドセンを処方したのも合理的な根拠に基づくものである。
すなわち,G医師は抗てんかん薬を処方するこ
ととして,X研究で用いられたデパケンRを処方したが効果がみられな
かったところ,長期にわたって慢性ふらつき・めまいの症状に苦しんで
きた原告が,デパケンRに代わる薬の処方を強く希望したので,他の抗
てんかん薬を処方することとし,原告に慢性C型肝炎陽性の既往がある
ことや血液検査で白血球数の減少がみられたこと等を考慮して,肝機能
障害や白血球減少の副作用が出る可能性の高いテグレトール等を除外し,
前医で処方されて一定の効果のあったソラナックスと同様の薬理作用を
有するランドセンを選択した。そして,原告から,ランドセンの服用に
より症状の改善が認められた旨の報告を受けたため,効果があったもの
と判断し,処方を継続したのである。
X研究で用いられたのがデパケンRだけであったのは,研究の性格上,
治療薬を統一したにすぎず,研究成果がデパケンRに限定されるもので
はなく,実際の治療の場面でランドセンを投与することはあった。ラン
ドセンがBZ系薬物であることを理由に,抗てんかん薬として投与する
際に特別な注意が必要であるという見解は存在せず,何ら問題はない。
結果的にも,原告の症状は,ランドセンの服用により著しく改善して
いるのであって,医学的に合理的な根拠に基づくものであったといえる。
したがって,めまいの症状等を訴える原告に対して抗てんかん薬を処
方したことが,何ら適応のない症例への処方と評価されるべきでないこ
とは明らかである。
イまた,G医師は,原告に対して,抗てんかん薬であるランドセンを投与
する意味,すなわち,X研究やその後の臨床経験で得られた知見から,原
告の症状はてんかん類似の電気的易刺激性活動に原因がある可能性があり,
抗てんかん薬の服用によって改善する可能性があること,脳磁図検査で明
らかな脳波異常は確認できなかったが,服用中のソラナックスの影響で,
異常脳波が抑制されていた可能性があることに加え,ランドセンの副作用
を説明し,原告の同意を得た上で,ランドセンを処方した。
したがって,ランドセンを適応のない症例に投与しない義務違反自体が
問題とならない。
⑵争点⑵(G医師はBZ系薬物の総投与量を管理すべき注意義務に違反した
か(平成16年9月17日))について
(原告の主張)
アBZ系薬物の依存症発症の閾値として,ジアゼパム換算量で2700m
gが提唱されて,広く周知されている。そして,BZ系薬物の依存状態下
での急激な減薬又は中断によって離脱症状が生じ,幻覚,錯乱,せん妄等
の重度な精神症状が発現するとされる。離脱症状には用量依存性があると
される。これらの薬物依存及び離脱症状は,ランドセンの添付文書で重大
な副作用として警告されている。
したがって,BZ系薬物を投与する医師は,依存症発症の閾値とされる
累積投与量2700mgに到達する前の時点で,依存症を作出することが
ないように,BZ系薬物を減薬又は休薬すべき注意義務がある。
イG医師の注意義務違反
G医師は,平成16年7月14日以降,原告に対し,別紙のとおり,ラ
ンドセンを処方し,同年9月17日には,処方を継続すれば,依存症発症
の閾値であるジアゼパム換算で2700mgを超えることを認識し得たの
であるから,同時点において上記閾値を超えないように減薬して処方し,
暫時休薬すべき注意義務があった。
ところが,G医師は,上記のような減薬ないし休薬の措置をとることな
く,上記閾値を超える量を処方し,その後もランドセンの処方を継続した
ため,被告病院でのランドセンの累積投与量は2万mgを大きく超えるに
至った。よって,G医師がBZ系薬物の総投与量を管理すべき注意義務に
違反したことは明らかである。
(被告の主張)
アBZ系薬物の常用量依存発症の閾値がジアゼパム換算量で2700mg
であるという基準は,本件当時,BZ系薬物の添付文書や各種ガイドライ
ンに記載されておらず,確立した基準ではなかったし,現在においても確
立した基準にはなっていない。
抗てんかん薬は,症状が継続する限り服用を続ける必要があり,数年以
上の長期にわたって服用が必要となる患者も珍しくない。上記のような閾
値が存在するとすれば,ランドセンを服用するてんかん患者は,ほぼ全員
が閾値を超えて服用していることになるのであって,原告の主張は,不合
理かつ非現実的である。
イしたがって,原告の主張するような総投与量を管理すべき注意義務は認
められない。ランドセンの投与に当たっては,添付文書に記載の用量・用
法を遵守すれば足りるところ,G医師は,上記記載の用量・用法を遵守し
て処方していたから,注意義務違反は認められない。
⑶争点⑶(G医師及びH医師は離脱症状を回避する適切な減・断薬方法を実
施すべき注意義務に違反したか(G医師につき平成17年5月9日及び同年
8月1日,H医師につき同年12月21日及び同月22日))について
(原告の主張)
アBZ系薬物・抗てんかん薬の急激な中止は,けいれん発作,錯乱状態等
の重篤な離脱症状を生じさせる危険があるから,減薬時には漸減が原則で
あり,その用量はジアゼパム換算でみる必要がある。離脱症状を回避する
ためには,少量ずつ徐々に減量すること,ジアゼパム当量で1週間ごと0.
5~2.5mgずつ減量すること,さらに,減薬の途中で離脱症状が発現
した場合には,一旦,減薬を中断することが必要である。
ランドセンの添付文書にも,重要な基本的注意として,連用中における
投与量の急激な減少ないし投与の中止により,てんかん重積状態が現れる
ことがあるため,投与を中止する場合には,徐々に減量するなど慎重に行
うよう求めた記載がある。
したがって,医師がランドセンを処方していた患者への投与量を減量す
る際には,患者の症状を観察しながら,徐々に減量すべき注意義務がある。
イG医師の注意義務違反(平成17年5月9日及び同年8月1日)
原告に対しては,平成16年7月14日以降,別紙のとおりランドセ
ンが処方され,平成17年3月25日,その処方量はジアゼパム換算で
1日80mgにまで達していた。
ジアゼパム換算で1日80mgの用量を減量して断薬するのに必要な
期間は,BZ系薬物の減薬の速度に関する医学文献等に従えば,最低4
週間(甲B50の1),被告が提出するI医師の意見書(乙B19)の
基準に従えば2年,原告が提出するJ医師の意見書(甲B175)のよ
うにモーズレイ処方ガイドラインに従えば最短64週間である。
ところが,G医師は,同年5月9日の診察時,原告が体重減少を訴え
たことから,ジアゼパム換算量で1日20mgまで減量し,入院措置も
とることなく1日の服用量を突如4分の1まで急減させたのであるから,
ランドセンの減薬方法として不適切かつ危険であり,その注意義務違反
は明らかである。
また,G医師は,原告に送信した平成17年8月1日付けの電子メー
ルで,ふらつきの症状が改善すればランドセンを中止した上で,体重が
増加傾向に転じるか観察するよう指示した。これは,原告の症状を観察
することなく,いきなりランドセンの服用を中止するよう指示したもの
で,ランドセンの断薬方法の指示として不適切かつ危険であり,その注
意義務違反は明らかである。
ウH医師の注意義務違反(平成17年12月21日及び同月22日)
H医師は,原告に対するBZ系薬物の従前の処方量や投与期間,自身が
担当を引き継ぐまでの原告とG医師とのやり取り及びランドセン減量の経
緯について認識しないまま,直近の処方量だけを見て,常用量依存の可能
性を否定し,原告の症状を厳重に観察することもなく,平成17年12月
21日及び同月22日の電子メールで服薬量の漸減を指示した。よって,
H医師にも,離脱症状が生じないように適切な減薬・断薬を実施しなかっ
た注意義務違反が認められる。
(被告の主張)
アランドセンを減薬する場合に,患者の様子を見ながら服用量を漸減すべ
き注意義務があることは争わないが,原告が主張するような具体的な基準
やガイドライン等は存在せず,具体的な減量のペースに一律の基準はない。
イG医師の注意義務違反(平成17年5月9日及び同年8月1日)
G医師は,平成17年5月9日の診察時,原告が自己判断で服用量を
2mgに減らしていること,2mgを3週間継続しているがふらつきは
ないことを申告してきたため,そのまま2mgの服用を指示したにすぎ
ない。同日時点で,原告は既に2mgを3週間継続して問題なかったの
であるから,その用量を維持するようにとの指示が急激な減量の指示に
当たるはずがなく,注意義務違反は認められない。なお,同日以前に,
G医師が原告に対して服用量を調整してよい旨指示したことはない。
また,同年8月1日のメールは,中止を指示したものではなく,将来
的にふらつきの症状が改善した場合に,ランドセンを中止できることを
伝えたにすぎないから,注意義務違反は認められない。
ウH医師の注意義務違反(平成17年12月21日及び同月22日)
H医師は,原告から減量方法について教示を求めるメールを受け取った
平成17年12月21日時点での服用量がランドセン0.25mg,コン
スタン0.25mgと極めて少量であったことから,原告に対し,減量の
必要がないことを説いた上で,それでも減量したい場合には,二,三日に
1回内服するというスタンスで内服間隔を開けていき,頓服,更には翌年
2月末から3月初旬までに中止するようにと説明しているから,十分慎重
に減薬を指示していたということができ,注意義務違反は認められない。
⑷争点⑷(G医師はBZ系薬物の性質及び副作用等に関する説明義務に違反
したか(平成16年7月14日))について
(原告の主張)
ア非回転性のめまいについては複数の治療法が存在するところ,非回転性
のめまいに対しててんかん薬を投与する治療方法は,医療水準として確立
しておらず,試行的治療として行うものなのであるから,治療方法が医療
水準として確立している場合に比べて,厳格に説明義務が履践される必要
がある。
したがって,G医師は,一般的な非回転性めまいの治療方法の内容,適
応,治療効果・予後等について十分説明した上で,BZ系薬物で抗てんか
ん薬であるランドセン投与の危険性,治療効果・予後,ランドセンによる
治療の安全性・有効性が確立しておらず試行的治療であること,X研究と
原告に対して行おうとする処方の関係及び目的について正確な情報を提供
すべき注意義務があった。さらに,被告病院においては,非回転性めまい
について脳磁計等を使用して適応の評価を行うという独自の判断基準に基
づいて適応の評価が行われていたのであるから,脳磁計による適応判断の
内容について十分説明を行う必要があり,また,一般的な適応判断とは異
なるのであるから,脳磁計の検査結果によって,どのような評価で適応を
決定したかを明らかにする必要があった。
イところが,G医師は,原告に対し,一般的な非回転性めまいの治療法に
ついて十分説明せず,非回転性めまいに対する抗てんかん薬投与が試行的
医療であることやランドセン投与に危険が伴うことの説明を行わなかった
上,脳磁計に異常が見られない場合には,そもそも抗てんかん薬投与の適
応自体否定される可能性が高いことを説明しなかった。そればかりでなく,
有効性・安全性が確立し,治療実績が多数ある副作用の少ない処方である
などと不実の説明をして,ランドセンによる治療を強く迫った。
したがって,G医師の説明義務違反は明らかである。
(被告の主張)
ア前記⑴で主張したとおり,原告に対するランドセンの投与は,合理的な
根拠に基づくものであり,原告の主張するような実験目的の処方や試行的
治療とは異なることから,説明義務が加重されることはない。
依存や離脱症状については,添付文書の用量を超えて処方するような場
合でない限り,処方時にそれらが発生する可能性を説明する義務はなく,
減薬の段階で説明すれば足りる。G医師は,添付文書の用量を遵守するこ
とを前提としていたから,大量連用により生じることのある依存症の副作
用について説明する義務はない。また,急激な投与量の減少により生じう
る離脱症状については,一定期間薬を処方した後の減薬又は退薬時の問題
であり,減薬又は退薬の場面で医師が適切に対応すれば防げるものである。
ランドセンはBZ系薬物の中でも半減期が長い薬物に分類されるところ,
一般に半減期の長い薬物は半減期の短い薬物に比べて離脱症状は生じにく
いとされ,仮に離脱症状が生じたとしても,その程度は軽く済むと理解さ
れているのであるから,処方の開始時に殊更に離脱症状のリスクを説明し
て患者を不安にさせる必要はない。
イG医師は,最初の処方時に,抗てんかん薬の副作用である,眠気,ふら
つき,白血球減少,肝機能障害などの副作用が生じる場合があるので注意
して内服するよう説明した。また,ランドセンの効果が認められ,継続し
て処方することになった際には,服用中に身体・精神の不調を感じた場合
にはすぐに連絡をすること,継続的に服用して状態を見ていくこと,定期
的に通院することなどを指示した。このような説明・指示は,G医師によ
る継続的な観察が必要であることを原告に知らせるもので,定期的な通院
により原告が勝手に投薬量を調整することがないようにするとともに,不
調があればすぐに対応できるようにしており,減薬や退薬の場面でも医師
が適切に指導できることを担保するものであった。
したがって,G医師は十分に説明義務を果たしたというべきである。
⑸争点⑸(各注意義務違反と原告に平成18年1月以降生じた症状ないし障
害との因果関係の有無)について
(原告の主張)
争点⑴ないし⑷に係る被告病院医師らの各注意義務違反と平成18年1月
以降に原告に生じた症状ないし障害との間に相当因果関係が認められること
は,以下の事実から明らかである。
アランドセン投与による依存・離脱症状の発現に関する医学的知見
前記⑴で主張したとおり,BZ系薬物については,臨床用量内であ
っても,長期服用のうちに身体依存が形成され,退薬に伴い離脱症状が現
れることが指摘されている。この依存発症の閾値は,ジアゼパム換算量で
2700mgとされ,8か月以上の長期服用者については,離脱症状の出
現頻度の危険性が90%と高くなるとされる。
BZ系薬物の離脱症状は,BZ系薬物が不安感,けいれんなどを鎮める
物質を生成する人間の脳が本来有する機能を代償するため,その長期服用
によって,脳の本来の機能が退化し,その状態でBZ系薬物を減薬又は断
薬すると,不安感やけいれんを制御できなくなることが,その発症のメカ
ニズムであるとされ,減薬に際しては,この本来の機能を回復させる期間
が必要となることは確立した医学的知見である。
イランドセン投与と原告の症状発現との時間的関係
G医師が,平成17年8月1日,原告に対し,ランドセン断薬の指示を
行った直後,原告にはそれまで見られなかったけいれん等の重篤な症状が
発現し,自殺企図という行動に出ている。また,原告は,同年12月にラ
ンドセンの減薬を開始し,同月末に断薬したところ,断薬した直後に,不
安と緊張が増強し,振戦,けいれんなどの症状が見られ,振戦せん妄の状
態となった。
ランドセンを断薬した直後に重篤な離脱症状が見られており,このよう
な時間的関係からすると,原告がランドセンの依存・離脱の状態に陥って
いたことは明らかであるといえる。
ウ原告には精神疾患が存在していなかったこと
被告は,平成18年1月以降の症状が,原告が被告病院を受診する以前
から有していた精神疾患が発現したものに過ぎない旨主張するが,原告は,
もともと精神疾患を有していない。
診療経過等
①B病院脳神経内科における診断等
同病院のK医師は,過換気症候群を疑っているものの,「緊張,不
安の背景が不明であり,その解明が必要」としているように,原告の
不安について,パニック障害が原因とはされておらず,過換気症候群
との確定診断もなされていない。実際,原告には過換気症候群に特徴
的な過呼吸などの症状,パニック障害に特徴的なパニック発作等の症
状はなく,同医師の意見は推測の域を出ず,精神科領域を専門としな
い同医師の診断を根拠として,原告に精神疾患が存在するとはいえな
い。
原告の主治医であったL医師は,めまい症治療のための治療薬を処
方しているに過ぎず,過換気症候群に対する治療は実施していない。
②C病院耳鼻咽喉科における診断等
原告は「前庭神経炎」と診断されているに過ぎない。診療録には
「自律神経失調の可能性orMental」との記載があるが,
めまいを主訴とし,長期間めまいの症状に悩まされる患者は,治療は
奏効するのか,仕事を続けられるのかというストレスを覚えることが
多く,このようなカルテの記載は,決して特異的なものではない。し
かも,後医として紹介されたのは,院内の漢方内科である。
③D病院心療内科での診断
原告は「心身症」と診断され,「身体表現性障害」と評価されてい
るが,心身症とは,身体疾患の中で,その発症や経過に心理社会的な
因子が密接に関与する器質的ないし機能的障害が認められる病態をい
い,神経症やうつ病など他の精神障害に伴う身体症状は除外するもの
とされ,身体疾患の診断が確定していることが必要条件である。
そして,原告の場合には,めまいという身体疾患に起因して不安な
どが惹起されたものであり,心身症との診断は,原告が精神疾患であ
ることを否定するものであっても,決して肯定するものではない。
こころの医療センターにおける原告の主治医であるM医師も,身体
表現性障害を否定している。
④F内科における診療経過
うつとの診断は,めまいの多発によるうつ状態という病者の一般的
な心理状態を示したにすぎず,原告のうつ状態はめまいという身体症
状に起因するものであり,精神疾患の存在を証明するものではない。
⑤被告病院における経過
原告は,被告病院において,平成16年4月から平成18年12月
までの受診期間中,離脱症状を発現するまでは,G医師らから精神科
を受診するように勧められたことは一切ない。また,現在,原告のめ
まいは治癒しているが,離脱症状発症以前には不安は存在しなかった
ため,原告の症状がめまいから来る不安と位置付けることはできない。
⑥こころの医療センターにおける経過
同センターのN医師は,初診時の診断名として,身体表現性障害を
挙げているが,想定する病名を挙げたにすぎない。なお,同医師が多
くの想定病名を上げなければならなかった原因は,ランドセンを長期
間処方していた経緯をH医師が情報提供しなかったことにある。
そして,身体表現性障害との評価は,その後,確定診断される過程
で除外されている。後任のM医師は,原告が身体表現性障害であった
ことを否定している。
めまいによって不安など症状が生じること
原告は被告病院受診前の医療機関において,不安等を訴えてデパス等
の抗不安薬を処方されている。
しかし,めまい症の患者は,めまいが様々な原因で生じることから原
因の特定が困難であるとされ,治療が長期化する過程で,治療が奏効す
るのか,仕事を辞めなければならないのではないだろうか等の不安が生
じるのであり,原告が被告病院受診前に訴えていた不安も同様である。
ところで,浮動性めまいの原因は,ストレス又は自律神経の乱れであ
ることが指摘されている。原告のめまい症は,休職した4年間に完全に
消失して残遺していないため,上記の原因であったと考えられる。
被告病院受診前の不安とBZ系薬物依存・離脱の症状とは全く異なる
ものであること
BZ系薬物の強い離脱症状は,常用量であっても,症例の20%の高
率において発現し,その症状として,てんかん発作,意識混濁,運動感
覚の異常,離人症状や非現実感,筋の搐搦(ちくじゃく,けいれんと同
義),知覚刺激への閾値低下,精神病態症状が発現するとされる。そし
て,幻覚,錯乱,せん妄などの精神病様症状や意識障害,全身けいれん
などの重度の症状にまで至ることがあり,特に,長期にわたる大量使用
の中断では,重度のうつ病などの症状が出現することがあり,遷延性の
長期離脱症候群に至ることも示されている。DMS-Ⅳ-TRにおいて
も,「物質が長期的に摂取されていればいるほど,より高用量が用いら
れれば用いられるほど,より重症の離脱がある可能性がある。しかし,
離脱は,数カ月間毎日摂取される場合,15mgのジアゼパムという少
量(または他のBZの等価量)でも報告されている。毎日約40mgの
ジアゼパム(またはその等価量)は,臨床的に意味ある離脱症状を産出
しやすく,より高用量(例:100mgのジアゼパム)は,離脱けいれ
ん,またはせん妄をより起こしやすい。」とされている。
原告の場合,BZ系薬物のランドセンが,高用量かつ長期間処方され
た上,極めて急激に減薬及び断薬をしたことから,離脱症状が重篤化し
たのである。
このようにBZ系薬物依存・離脱の症状としては,けいれんやせん妄
という重篤な症状が発現するのに対し,心身症や身体表現性障害で見ら
れる精神症状は不安等の軽度のものであり,性状において大きく異なる
ものであり,専ら心療内科が対象とする疾患である。
原告には,心身症や身体表現性障害としては説明できないけいれん他
の症状が認められているのであり,従前の精神疾患が顕在化したとする
ことはできない。
原告がこころの医療センターにおけるBZ離脱に対する治療に反応し
ていること
原告は,BZ系薬物離脱症状を発症して,こころの医療センターを受
診し,既往の精神疾患がないことを確認された上で,BZ系薬物依存離
脱と診断された後,BZの置換療法等が実施されたところ,この治療に
原告は反応し,BZ系薬物による離脱症状は軽減していった。同センタ
ーでは,BZ系薬物の減薬及び離脱症状の治療しか施行されていない。
M医師の診断
M医師は,原告に発症した精神病様症状のうつ病について,BZ系薬
物の離脱症状が発症に関与していたと推察される抑うつ状態として,B
Z系薬物離脱症状の際には,うつ状態が出現することが周知であり,原
告の病状の経過から離脱症状とうつ病は因果関係があるとの意見を述べ
ている。被告が主張する心身症,身体表現性障害,てんかん等の関与は
否定されている。
被告病院受診当時の原告の役職等
原告は,被告病院を受診した当時,ガス事業法で精神疾患が欠格事由
となるガス主任技術者の要職にあり,平成16年6月には,事業所長に
昇進し,地域社会の複数の公益法人の役員理事にも就任している。また,
平成17年には,技術士の国家試験に合格している。さらに,地方公共
団体の内部監査員を担ってもいた。
したがって,O診療所のJ医師が原告の健康管理記録より,既往の精
神疾患がないことを証明しているとおり,被告病院受診以前に原告が精
神疾患を有していたことはあり得ない。
以上のとおり,複数の医療機関が既往の精神疾患がないことを確認し
ており,原告には被告病院受診前に精神疾患は存在しておらず,被告が
主張する素因による精神疾患の発症は否定されるため,原告に発現した
症状はBZ依存・離脱によることは明白である。
エ原告の離婚問題・債務問題は精神疾患発症の原因ではないこと
原告と元妻との関係は,平成17年夏頃まで波風が立つような状態では
なかった。原告は,同年8月,G医師の指示に従ってランドセンの断薬を
行ったところ,希死念慮に襲われ突然刃物で自殺を図ろうとし,同年12
月末に断薬した際も,振戦,けいれん等の重篤な症状が発症した。
また,平成16年頃から,BZの副作用である奇異反応による脱抑制に
よって,不動産に係る不合理で過大な金員の消費行動があった。これらの
BZ系薬物に起因する奇異反応等や離脱症状による理解困難な原告の行
動・病状を,元妻らが恐れ,これらの出来事が契機となって婚姻関係が破
綻することになったものであって,離婚問題が原告の精神疾患を発症させ
たものではない。
また,不動産の債務問題についても,こころの医療センターの診療録に
記録されているような5億円もの多額な債務は現実には存在せず,これも
BZ系薬物依存のために,現実よりも過大な債務を負うことになるなどの
無根拠な不安を抱くようになったことによるのであって,債務問題が原告
の精神疾患を発症させたものではない。
オ原告のBZ系薬物依存離脱に被告病院受診前のBZ系薬物投与が関与し
ていないこと
原告が平成13年8月にめまい症を発症した後,複数の医療機関におい
てBZ系薬物を投与されていたことはあるが,低力価のBZが小用量,か
つ,間欠的に投与されていたに過ぎない(平成13年8月のBZ系薬物投
与開始後,平成13年12月,平成14年5月ないし同年7月,同年9月
ないし同年11月には処方されていない。)。
常用量依存がBZ系薬物の連用によって発症するとされていることから
すれば,かかる不連続の間欠的な投与によって依存・離脱が発症すること
はあり得ないもので,被告病院受診前のBZ系薬物の服用が依存・離脱の
原因であるとすることは薬理学上困難である。
カ後遺症について
原告は,平成18年から平成19年頃に逆行性健忘があり,現在も前向
性健忘と下痢が継続しており,離脱症状の残遺障害と思われる旨診断され
ているとおり,現在も,認知機能障害及び内臓機能障害の後遺障害があり,
精神障碍者手帳の交付を継続して受けている。
キ以上のとおり,G医師及びH医師の争点⑴ないし⑷に係る各注意義務違
反と原告の症状との間には優に因果関係が認められる。
争点⑷に係る説明義務違反との関係でも,G医師が,試行的医療である
こと及びBZ系薬物の危険性について適切な説明を行っていれば,原告は
あえて危険性の高いランドセンの投与による治療を選択するとは考え難く,
BZ依存が生じることはなかったといえる。
(被告の主張)
ア平成18年1月以降に原告に生じた症状は,原告がそれまで慢性ふらつ
き・めまい症状に対して効いていた薬を止めることへの不安をきっかけに,
原告が被告病院受診前から既に有していた精神症状が発現したものに過ぎ
ない。
前医での診断及び治療内容
以下の①ないし⑤のとおり,原告が被告病院を受診する前に各医療機
関で付された診断名は,いずれも原告の訴える様々な症状が精神的な要
素を多く含んだものであることを端的に示している。また,BZ系抗不
安薬であるデパスやコンスタン,ワイパックス,ソラナックスが処方さ
れて一定の効果がみられていたことからすると,原告は,被告病院受診
以前から,身体表現性障害,心身症又はうつ病といった不安感を主たる
要素とする精神疾患を有していたものといえる。
①B病院脳神経内科での診断及び治療内容
原告は,パニック障害の患者に多く見られる過換気症候群と診断さ
れ,その背景に神経質性の不安があるとカルテ上にも記載され,抗不
安薬のコンスタンが処方されている。当時面談を行った医師もその後
も原告の精神的な疾患を疑い,原告に対して,精神科医の意見を聴く
ことを勧めている。その上でBZ系抗不安薬のデパスが処方され,一
定の効果があった。
②C病院耳鼻咽喉科での診断及び治療内容
原告に対しては,初診時から抗不安薬であるデパスが処方され,約
5か月もの間,継続してデパスが処方され続け,一定の効果があった。
カルテ上にも「自律神経失調の可能性orMental(精神的
なもの)」との記載が認められる。
③D病院心療内科での診断及び治療内容
原告は自律神経失調症・心身症と診断され,身体表現性障害との評
価もなされている。また,その後の受診では神経症・ドクターショッ
ピングとの診断名が付されている。
④Eクリニック
原告は心身症と診断され,初診時の平成14年12月21日からB
Z系抗不安薬のワイパックスが投与され,同月28日からはワイパッ
クスに代わりBZ系抗不安薬コンスタンが投与され,翌平成15年1
月10日からはBZ系抗不安薬レキソタンが追加して処方されている。
⑤F内科
原告は自律神経失調症・うつ状態と診断され,神経症やうつ病など
の精神疾患に対する治療法である自律訓練法や森田療法の指導を受け
ている。そして,BZ系抗不安薬であるソラナックスが投与され,1
年以上通院を継続している。
後医における診断及び治療内容
こころの医療センターでの原告に対する治療は,抗うつ薬を中心とし
た薬物療法であり,うつ病に対する一般的な治療法である。
原告は,うつ病がBZ系薬物依存の離脱症状として発現したものであ
る旨主張するが,BZ系薬物の退薬によってうつ状態を呈する場合には
通常一過性であり,2~4週間で軽快するものであって,うつ状態が相
当長期間にわたって継続し,抗うつ薬を用いた治療がされている場合は,
BZ系薬物の離脱症状ではなく,もともとその患者が有していたうつ病
等の精神疾患の症状が発現したものと理解されるべきである。
イまた,争点⑷に係る説明義務違反に関していえば,G医師が副作用等を
説明したとしても,原告が服用を断った可能性はないから,原告の症状と
の間に因果関係が認められない。すなわち,原告は,慢性めまい・ふらつ
き症状を治療するために多数の病院を転々と受診するも満足のいく治療効
果を得られずにいる中で,慢性ふらつき症の診断治療の研究が被告病院で
行われていることを知り,藁にもすがる思いで名古屋からはるばる大阪に
ある被告病院まで足を運び,受診時には検査結果を待たずに投薬を希望し,
また,効果がみられなかったデパケンRに代わる薬を積極的に希望するな
ど,治療薬を切望していたものであり,仮にG医師がランドセンを長期間
服用した場合には急激な減薬・断薬によって離脱症状が現れることがあり
得ること等を説明したとしても,慢性めまい・ふらつき症に効果があるか
もしれない旨の説明を受けた薬の処方を拒否したとは考えられない。
ウ仮に原告の主張する注意義務違反と平成18年1月以降の症状の発現と
の間に因果関係があるとしても,BZ系薬物依存の離脱症状は2~4週間
で軽快するものであるから,相当因果関係が認められるのは,どんなに遅
くとも同年2月末までである。現に原告は同年2月には職場に復帰してい
る。その後の症状の悪化は,同年3月頃に離婚の話が出て妻と別居状態に
なったことや多額の借金の問題が顕在化したことによるものであって,原
告が主張する被告病院医師らの注意義務違反との間に因果関係はない。
⑹争点⑹(原告の損害の有無及びその額)について
(原告の主張)
原告は,被告病院医師らによる上記各注意義務違反によって以下のとおり
損害を被った。なお,原告の症状固定日は,平成21年12月24日である。
ア治療費合計90万9310円
原告は,BZ系薬物依存及び離脱症状の治療のために,平成18年1月
6日から平成21年12月24日(症状固定日)まで,こころの医療セン
ターへの入通院を余儀なくされた。また,上記症状固定日以降も,主治医
から定期的な通院を指示されており,今後も定期的な経過観察が必要とさ
れている。なお,金額には文書料を含む。
(内訳)平成21年12月24日(症状固定日)まで
56万8570円
平成22年1月から平成27年2月まで
8万7050円
将来分25万3690円
ただし,毎月1回通院し,1回の治療費を1500円として,
平均余命25年に対応するライプニッツ係数14.0939を
用いて算出した金額
イ入院雑費14万7000円
原告は,離脱症状の治療のために,平成18年6月12日から同年9月
17日までの98日間,こころの医療センターに入院したところ,入院雑
費は日額1500円が相当である。
ウ介護費用6万7652円
原告は,離脱症状により,身辺の世話をしてもらうために介護事業者に
依頼せざるを得ず,平成19年度から平成24年度まで,上記金額を支出
した。
エ通院交通費合計36万4922円
原告の自宅からA病院までの移動にかかる費用は,片道480円である。
下記括弧内の回数は,各期間における通院の回数である。
(内訳)症状固定日まで(107回)10万2720円
平成27年2月まで(104回)9万9840円
将来分16万2362円
ただし,毎月1回通院するものとし,前記ライプニッツ係数
14.0939を用いて算出した金額
オ診療記録開示費用4万8450円
カ文書謄写費用13万5000円
キ文書購入費用2万9154円
ク休業損害6274万4891円
原告は,離脱症状のために平成18年1月から平成21年12月までの
間,欠勤・休職を余儀なくされ
欠勤・休職による減収分4644万4891円
上記期間中に勤務先から支払われた給与等は,平成18年が1335
万8083円,平成19年が121万円7309円,平成20年が36
9万0584円,平成21年が805万3125円であるが,平成18
年及び平成19年の支払金額は,合計70日間の有給休暇を全て消費し
て得られたものであるから,平成18年及び平成19年の収入は0円と
みるべきであり,各年の収入と平成17年の収入1454万7150円
との差額の合計が減収による損害である。
昇給によって得られたはずの収入分200万円
原告に対する勤務先の評価は高く,平成17年までの過去6年間と同
様のペースで昇給した可能性が高かったところ,離脱症状による欠勤・
休職がなければ,休職期間に合計200万円の収入増があったはずであ
る。
退職金予定額の減額分1430万円
上記期間中,原告の勤務先では,欠勤及び有給休暇期間が1年,休職
期間が3年との扱いであるが,社内規程により,休職期間は勤続期間に
算入されないため,退職金予定額が減額となった。
また,原告の人事考課は,休職以前にはAランクであったが,復職後
には最低のDランクとなり,退職金予定金額が減額となった。
これらによる退職金予定金額の減額分は,上記金額であって,原告の
損害となる。
ケ逸失利益5912万0189円
原告が離脱症状を発症する前の平成17年の収入は1454万7150
円であり,離脱症状がなければ2年に1回のペースで昇給し,定年となる
平成30年には,1800万円になったはずである。したがって,逸失利
益の算定における原告の基礎収入は,上記各金額の平均値である1627
万3575円とすべきである。
そして,原告は,現在もBZ系薬物の離脱に起因する前向性健忘及び逆
行性健忘が残遺しているところ,復職した後,短時間勤務や軽作業主体の
勤務とされており,このような状態は,「神経系統の機能又は精神に障害
を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」(後遺
障害等級9級10号。労働能力喪失率0.35)に該当する。また,原告
の勤務先における定年後の再雇用の条件は「健康である者」と定められて
いるため,原告は,定年後の再雇用を望めず,収入の道は閉ざされる見込
みである。そこで,上記基礎収入に就労可能年数15年に相当するライプ
ニッツ係数10.3797を用いて逸失利益を算出すると,5912万0
189円となる。
コ傷害慰謝料500万円
原告は,平成18年1月6日から平成21年12月24日まで,離脱症
状の治療のために入通院を強いられたところ,入院期間は98日間,通院
期間はおよそ48か月である。また,原告は,激烈な離脱症状に苦しみ,
生命の危険を感じるほどの苦痛に耐えなければならなかった。
サ後遺障害慰謝料700万円
原告の後遺障害等級は,上記ケのとおり,9級10号に該当する。
シ本件固有の慰謝料1000万円
原告は,重篤な依存・離脱症状に苦しんだだけでなく,勤務先での評価
は落ち,妻子との関係も壊れて家庭が崩壊した。また,本件訴訟において,
被告が周知の医学的知見・医療倫理に反する主張をしたこと等によって,
一層の精神的苦痛を被った。
ス弁護士費用1455万6656円
セ合計1億6012万3224円
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に,証拠(甲A2~4,8,9,12~21,24~29,3
1~37,40~42,60~64,66,68,71,乙A1~4,8,9,
26,28,証人G。枝番のある書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨を総
合すれば,以下の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。
⑴被告病院受診前の診療経過の概略
ア原告は,平成13年8月頃以降,ふらつきや浮動性めまい等の症状を訴
えて,複数の医療機関を受診していた。
被告病院を受診するまでの原告の通院歴の概略は,次のとおりである。
O診療所(平成13年8月27日)(甲A60の1)
数日前からふらつきを感じると訴え,血液検査,心電図検査等を受け
たが異常なしとされた。
A病院耳鼻科(同年8月29日ないし同年10月2日)(甲A61の
1)
浮動性のめまいを訴え,頭部MRI検査で左椎骨動脈の蛇行による神
経圧迫の可能性を指摘された。
A病院脳神経外科(同年9月14日ないし同月21日)(甲A61の
2)
一過性脳虚血発作の可能性,前庭神経圧迫の可能性を指摘された。
B病院神経内科及び耳鼻咽喉科(同年10月13日ないし平成14年
3月2日)(甲A62)
初診時,内耳性めまいを否定できないとされ,デパスを処方された。
平成13年10月24日の診察時には,過換気症候群と診断され,背
景に神経質,不安があるように思う旨がカルテに記載され,コンスタン
等を処方された。同年11月14日には,めまいは回転性とは思われず,
積極的に神経血管圧迫ではないと考えられること,過換気症候群に近い
と考えられることがカルテに記載され,同日以降,アデホス,メリスロ
ン,デパス,メチコバール等を処方された。
C病院耳鼻咽喉科(同年11月29日ないし平成14年3月28日)
(甲A63の1)
初診時,顔面神経麻痺とされ,平成13年12月10日,前庭神経炎
疑いとされた。平成14年2月7日の受診時には,自律神経失調の可能
性又は精神的なものであり,検査が必要であるとされ,デパス,メリス
ロン,アデホスなどが処方されたが,同年3月7日,原告の希望により,
漢方外来へ紹介された。
P病院耳鼻科(平成13年12月18日)
C病院第2内科(漢方外来)(平成14年3月7日ないし同年8月5
日)(甲A63の2)
漢方薬,デパス等を処方された。
D病院心療内科(同年7月12日及び平成15年1月16日)(甲A
64)
初診時,自律神経失調症,心身症の診断名が付けられ,身体表現性障
害との記載もカルテになされた。
Q診療所(平成14年8月ないし同年12月)
Eクリニック(心療内科・精神科)(同年12月21日ないし平成1
5年1月10日)(甲A66)
めまい等で上記期間中に3回通院し,心身症の診断が付けられ,ワイ
パックス,コンスタン,レキソタンを処方された。
F内科(平成15年1月以降)(乙A2の1)
自律神経失調症及びうつ状態との診断を受け,ソラナックスを処方さ
れた。
イ原告は,被告病院と日立製作所が共同で行っていためまい症の研究に関
するウェブサイトを見て同研究を知り,日立製作所のR研究員に対して問
い合わせをし,平成16年4月15日,被告病院との共同研究によって投
薬でめまいが改善される可能性があることが判明していること,約6割程
度の者に改善がみられていること,受診を希望する場合には被告病院のG
医師に尋ねてほしいことなどの回答を得た。(甲A8,9)
⑵被告病院における診療経過(メールのやり取りを含む。)
ア平成16年4月21日
原告は,初めて被告病院を受診し,浮動性のめまいを訴えた。
G医師は,原告の診察を行い,カルテに仮面様顔貌,うつ状態の疑いな
どと記載した。また,総括として,うつ状態及び慢性ふらつき症候群疑い
などと記載した。
G医師は,原告に対して入院を勧めたが,原告は,1週間以上も会社を
休むとリストラにあうかもしれないなどと言って,外来での精査を希望し
た。(乙A3・5~8頁)
イ同年7月2日
脳磁図検査,脳波検査,頸部血管エコー検査が施行された。なお,原告
は,同日,ふらつきはましである旨述べていた。
原告が同日からの投薬を希望したため,G医師は,デパケンRの服用を
指示した。(乙A3・9頁)
ウ同年7月14日
原告は,G医師に対し,デパケンRを服用しても効果がなかった旨述べ
た。なお,血液検査の結果,白血球数が3600であり,少し低下がみら
れた。
G医師は,同月2日に実施した脳磁図及び脳波検査等の結果で異常は認
められなかったが,原告が上記検査までソラナックスを継続して服用して
おり,血中濃度が高く残っている可能性もあると考えた。そこで,G医師
は,原告に相談したところ,原告がデパケンRに代わる薬を試してほしい
旨述べたので,ランドセン1日0.5mgの服用を指示して同量を15日
分処方した。(乙A3・10,11頁)
エ同年7月29日
原告は,G医師に対し,ランドセンの服用開始3日目から,徐々に水平
方向の揺れがなくなってきたこと,ソラナックスも減量できたことを報告
した。
G医師は,ランドセンの効果があったものと判断し,ランドセン1日1
mgの服用を指示して同量を30日分処方した。(乙A3・11頁)
オ同年8月19日
原告は,G医師に対し,ランドセンの服用によって,ゆれが当初の3割
程度まで減少したこと,軽度の下痢がみられること,ソラナックスを飲ま
なくてもよくなったことなどを報告した。G医師は,ランドセンの効果が
あるものと判断し,ランドセン1日1.5mgの服用を指示して同量を3
0日分処方した。(乙A3・12頁)
カ同年9月17日
原告は,G医師に対し,ランドセンの服用によって,ゆれが当初の2割
程度になったことを報告した。1日4錠に増薬してみたいとの原告の希望
があり,G医師は,ランドセン1日2mgの服用を指示して同量を40日
分処方した。(乙A3・12,13頁)
キ同年10月21日
原告は,G医師に対し,当初の1割から3割程度のふらつきがあり,な
くなってはいないが,改善はしている旨報告した。原告から増量の希望が
あり,G医師は,原告の自覚的にはランドセンが効果的であり,副作用も
出ていなかったことから,増量して様子をみることとして,ランドセン1
日2.5mgを45日分処方した。(乙A3・13頁)
ク同年11月26日
原告は,G医師に対し,ふらつきは当初の一,二割程度残存している旨
報告した。G医師は,ランドセンが明らかに浮動感に対して効果があると
認められるものの消失まではしていないことから,原告と相談の上,ラン
ドセン1日3mgを30日分処方した。(乙A3・14頁)
ケ同年12月9日
原告は,G医師に対し,かなりよくなってきた旨報告した。
G医師は,しばらくランドセン1日3mgを維持することとし,同量を
45日分処方した。(乙A3・14頁)
また,脳磁図検査が施行された。(乙A3・14頁)
コ平成17年1月21日
原告は,G医師に対し,めまいは0から当初の1割程度に低下した旨報
告した。G医師は,原告と相談の上,ランドセンを1日3.5mgに増量
することとし,同量を35日分処方した。(乙A3・15,16頁)
サ同年2月25日
原告は,G医師に対し,ふらつきはほとんど消失した旨報告した。G医
師は,更に1か月間,ランドセン1日3.5mgを維持することとし,3
0日分を処方した。(乙A3・16,17頁)
シ同年3月25日
原告は,G医師に対し,仕事が忙しく,めまいが多い旨報告した。G医
師は,原告の希望によりランドセンを増量することとし,ランドセン1日
4mgとして40日分処方した。(乙A3・18頁)
ス同年5月9日
原告は,G医師に対し,ランドセンを1日4mg服用してから体がだる
いため,1日3mg,さらに,1日2mgに減量してそれを3週間続けて
いるが,ふらつきはないことのほか,4か月で体重が67kgから59k
gに減少したことを報告した。
G医師は,上記報告を踏まえ,ランドセン1日2mgの服用を指示した
上,薬の残量を考慮して,1日当たり1mgを42日分処方した。(乙A
3・19頁)
セ同年6月20日
原告は,G医師に対し,体重が57.2kgで減少傾向にあること,ラ
ンドセンの服用量を2週間前から1日0.5mgから1.5mgに増やし
て改善がみられたことを報告するとともに,1日1mgくらいにして徐々
に減量したい旨述べた。(乙A3・19頁)
G医師は,原告の減薬に対する希望を踏まえ,ランドセン1日1.5m
gを60日分処方し,また,体重減少に関しては勤務先の診療所で精査を
受けるよう話した。(乙A3・19,20頁)
なお,次回受診を,同年8月8日に予約した。(乙A3・19頁)
ソ同年7月28日(メール)
原告は,G医師に対し,勤務先の診療所で胃・腸のバリウム検査や腫瘍
マーカー検査を受けたが特に異常なかったこと,再度,他の病院で検査を
受けるよう言われて紹介状を書いてもらったこと,平成16年6月から体
重減少が始まっていること,同月から平成17年7月までの体重変化の推
移,特段の自覚症状はめまい以外にはないことなどを記載したメールを送
信した。(甲A12)
G医師は,体重減少に関しては広範囲の全身検索の必要があり,総合診
療が可能な医療機関が適切であると考えられる旨などを記載したメールを
返信した。(甲A13)
タ同年7月29日(メール)(甲A14ないし16)
原告は,G医師に対し,体重減少は,ランドセン投与の時期と一致して
おり,他の重篤な疾患をうかがわせる自覚症状もないことから,ランドセ
ン服用の影響が考えられるのではないかと問うメールを送信した。(甲A
14)
G医師は,ランドセンの添付文書には,副作用として体重減少の記載が
あるものの経験がないので製薬会社に問い合わせていること,副作用を疑
うなら,めまいが落ち着いているのであれば,ランドセンを中止して体重
が回復するのをみるのがよいと思う旨のメールを返信した。(甲A15)
原告は,ランドセンを中止して体重が回復するかをみることは了解した
旨,ただし,現状では服用を中止すると半日程度で浮動性のめまいが出現
することから,1日0.5mgを3錠服用していること,これを少しでも
減らすことができないか試しているが,症状が出るため減らせていないこ
となどを記載したメールを再返信した。(甲A16)
チ同年8月1日(メール)
G医師は,原告に対し,ランドセンの副作用として,発症頻度は0.
1%未満と低く発生機序も不明であるが,体重減少が生じる可能性がある
ので,ふらつきの症状が改善すればランドセンを中止していただければ幸
いです,などと記載したメールを送信した。(乙A4の2)
原告は,G医師に対し,現状でランドセンを中止するとめまいが出るた
め,さらに服用量を減らせるよう努める旨のメールを送信した。(甲A2
0)
ツ同年8月4日(メール)
原告は,G医師に対し,同月2日にA病院総合内科を受診し,体重減少
に関して診察を受け,採血検査及び胸部レントゲン検査も受けたこと,ラ
ンドセンの副作用に関しては服用時期が一致するものの,低率であるため
副作用かどうかは判断されなかったことなどをメールで報告した。(甲A
21)
テ同年8月12日(メール)
原告は,G医師に対し,同月5日から,1日にランドセン0.5mg錠
を3錠服用していたものを,1日1錠ずつ減量してみたところ,睡眠障害,
振戦,不安,焦燥感,気分の落ち込み,下痢の離脱症状とともにめまいが
出現したこと,3日目にランドセンの減量を諦め,現在は1日0.5mg
錠3錠を服用していること,とりあえずは0.25mg錠を1週間単位で
減量して6週間を目途に服薬を中止する方向で試してみようと考えている
こと,体重減少は横ばいになっていることなどを記載したメールを送信し
た。(甲A24)
G医師は,ランドセンの離脱症状が出現するのであれば,本当に少量ず
つ減量していくしか方法がないと思われること,1週間ないし2週間で0.
25mgずつ程度のゆっくりとした速度で可能であれば減量してもらいた
いことなどを記載したメールを返信した。(甲A25)
ト同年8月22日
原告は,被告病院を受診し,G医師に対し,現在ランドセンを1日1.
0mg服用しているが,ふらつきがあり,これ以上はどうしても減量でき
ない旨述べた。
G医師は,ランドセンを少し減量して以前服用していたソラナックス
(コンスタン)を併用して体重を戻す方針とし,コンスタン(0.4mg
錠を2錠)及びランドセン(0.5mg錠を1錠)を30日分処方した。
(乙A3・20頁)
ナ同年8月30日(メール)
原告は,G医師に対し,現在,1日にランドセン1錠及びコンスタン2
錠を服用しており,ランドセンを1錠に減らしてから,ふらつき感等に襲
われること,うつ病的な感覚があるが,これはコンスタンの服用によって
弱まること,しばらく上記の量の服用を継続して様子を見てみようと思っ
ていることなどを報告するメールを送信した。(甲A26)
ニ同年9月1日(メール)
G医師は,上記ナのメールに対する返信として,ランドセン1錠とコン
スタン2錠でうつ症状とめまい感と体重減少がコントロールできるのであ
れば,このままこれで体重の回復をみるのが良いと思われること,コンス
タン2錠に代えてドグマチールを試してみるのがよいかもしれないことな
どを記載したメールを送信した。(甲A27)
原告は,これに対する返信として,揺れや不安感の出現状況のほか,ラ
ンドセンやコンスタンの服用による効果の自覚症状を述べた上,急に出現
する不安感や揺れによって仕事や生活を維持することが難しく感じられる
場合には,ランドセンを1日2錠服用してもよいかを問うとともに,これ
までめまいの揺れ感覚のみで気分のふさぎ込みを経験したことがないので,
非常に不安であることなどを訴えるメールを送った。(甲A28)
G医師は,さらにこれに対する返信として,めまいの症状が強いときは
一時的にランドセン2錠の服用も仕方ないが,連用すると体重減少が気に
なるので注意すること,うつ状態が危険な状態にあると感じるのであれば,
精神科受診を考慮した方が良いことなどを記載したメールを送った。(甲
A29)
ヌ同年9月5日(メール)
原告は,G医師に対し,他院(F内科)で処方されたドグマチール(5
0mg)とともに,ランドセン(0.5mg),ソラナックス(0.4m
g)を1日3回服用していること,症状は改善し,ふさぎ込みやうつ感覚
は消失し,ふらつき感も弱くなっていること,それに伴い気分も改善して
いることなどを報告するメールを送信した。(甲A31)
G医師は,精神面とふらつきが両者ともコントロール可能であればよい
と思うこと,体重が少しでも増加傾向にあれば,しばらくこの処方で継続
してはどうかなどと記載したメールを返信した。(甲A32)
ネ同年9月20日(メール)
原告は,G医師に対し,現在は,1日ランドセン3錠のみを服用し,コ
ンスタン及びドグマチールについては服用を中止したこと,他院(F内
科)の医師から,体調が良ければ長く飲まずに減らすようにと指示され,
少しずつ減量し,服用しなくても,精神面及びめまいについて同年7月頃
の状態に戻って安定していることなどを報告するメールを送信した。(甲
A33)
ノ同年9月21日(メール)
原告は,G医師に対し,ランドセンの服用量は同年7月頃より増えてい
るので,再度少しずつ減量し,1日2錠に減らせるように努力してみる旨
を記載したメールを送信した。(甲A34)
G医師は,以前も服用していたランドセン3錠であれば,血液学的な副
作用はないと考えてよいと思われることを記載したメールを返信した。
(甲A35)
ハ同年9月28日
原告は,被告病院を受診し,G医師に対し,現在ランドセンを1日3錠
服用し,不安感はなく,ふらつきはないか少しある程度であるなどと述べ
た。
G医師は,しばらくランドセン1日1.25mg(0.5mgを2.5
錠)として様子をみることとし,その旨を指示した上で,ランドセン0.
5mg錠2錠を30日分処方した。(乙A3・21頁)
ヒ同年10月26日(メール)
原告は,G医師に対し,現在,前回診察時に指示された1日当たりラン
ドセン2.5錠の服用を継続しており,めまいの症状は安定しているが,
試しに2錠に減量した途端にめまい及び不安感が生じること,体重が復元
できない以上,ランドセンの服用継続にも不安があることなどを記載した
メールを送信した。(甲A36)
G医師は,ランドセンの服用はそれほど長期間ではないが,デパスやコ
ンスタンの服用期間を考えると,BZ系薬物としての離脱は,かなり長期
間をかけて行うことが通常であるなどと記載したメールを返信した。(甲
A37)
フ同年10月27日
原告は,被告病院を受診し,G医師に対し,ランドセンは2.5錠を服
用しないと,めまいや不安感が持続するなどと述べた。
G医師は,原告と相談の上,ランドセン2.5錠とドグマチールで体重
が増加するまで様子をみて,体重増加があればドグマチールは中止するこ
ととして,ランドセン0.5mg錠3錠及びドグマチール(50mg)2
錠を30日分処方した。
なお,同日は,G医師が原告を診察した最後の日であり,G医師は,同
日のカルテに,ランドセン2.5錠にドグマチールを加えていることや,
体重変化をみてほしいことなど,H医師に対する引継事項を記載した。
(以上,乙A3・21,22頁)
ヘ同年12月5日
原告は,被告病院を受診し,G医師の後任であるH医師に対し,ドグマ
チール及びランドセンの服用でうまくいっているが,やめようとすると禁
断症状が出ること,現在ランドセンを漸減しており,1日3回0.5mg
錠の2分の1を服用しているが,それ以上減らすとだるさが増強すること
などを訴えた。
H医師は,ドグマチール2カプセル,ランドセン0.5mg錠3錠及び
漸減用のランドセン細粒0.6mgを30日分処方した。(乙A3・22
頁)
ホ同年12月21日(メール)
原告は,H医師に対し,ランドセンを1日0.5mg錠の2分の1を3
回服用していたものを,一週間単位で少しずつ漸減し,現在は1日0.5
mg錠の2分の1を朝1回にまで減らしたが,不安感,焦燥感,不眠の症
状が出てきたため,コンスタン0.5mg錠の2分の1を1回服用し,ま
た,ドグマチールを1日1錠服用していること,これから先の減量の仕方
等について教示を求めるメールを送信した。(甲A40)
H医師は,現在の内服量は極めて少量であり,この量を年余に渡って内
服しても全く問題はなく,不安や焦り,不眠等の症状が出ない程度でこれ
以上の減量は不要と考えるなどと記載したメールを返信した。(甲A4
1)
マ同年12月22日(メール)
原告は,H医師に対し,ランドセンの服用によってめまいの症状は安定
してきたが,体重減少の副作用等があり,服用を継続することには恐怖が
あること,体調や体力・気力が急速に落ちていること,抗不安薬を一生飲
み続けるのは今後の服用量の増加などを考えると耐えられないこと,仕事
を続けながら減量を進めるには,長期間の休暇がとれる年末年始しかない
ので,薬を止められるように指導を願いたいことなどを記載したメールを
送信した。(甲A42)
H医師は,最終的に減量・中止を優先するか,現在の少量内服を継続す
るかは,本人が決めるのがよいと思うが,内服の中止を目指すのであれば,
二,三日に1回内服するというスタンスで,内服間隔をあけていき,頓服,
更には2月末から3月初旬までに中止をしてはどうかなどと記載したメー
ルを返信した。(甲A43)
⑶その後の診療経過等
アD病院
原告は,H医師から傷病名をめまい症候群及び全般性不安障害(GA
D)とするこころの医療センター宛紹介状の交付を受け,平成18年1月
4日,同紹介状の写しを持参し,めまい,不安感を訴えて,D病院を受診
し,全般性不安障害及び抑うつ状態との診断名で,パキシル,コンスタン,
ガスモチン及びデパスを処方された。原告は,同月11日及び同年6月1
日にも同病院を受診し,同日,抑うつ神経症と診断された。
イこころの医療センター
原告は,同年1月6日,上記紹介状を持参して,主として,めまい,
不安感等を訴えて,こころの医療センターを受診し,パキシル,テトラ
ミド,ソラナックスを処方された。担当は,N医師であった。
原告は,同月11日,家族とともに,同センターに来て,入院治療を
希望し,同センターの紹介を受けて,S病院に入院したが,すぐに退院
を希望し,入院の適応がないものとされて翌日には退院した。
原告は,引き続きこころの医療センターにおいて通院治療を受けるこ
ととし,同月17日以降,トレドミン,テトラミド,コンスタンを処方
され,同年2月14日頃には抑うつ,不安とも改善傾向を見せていた。
その後,原告は,同年4月3日の受診時,フルタイムで再開した仕事
の疲れ等のほか,妻から離婚の話が出て大変であること,家で一人にな
ったことを述べ,同年5月1日の受診時には,耳鳴りがひどいこと,そ
の原因は薬ではなく家族がバラバラになったことにあると思うこと,自
宅のローンや借金があることを述べ,同月29日の受診時にも,借金の
返済がつらいこと,妻から弁護士を介して離婚の話が出ていることなど
を述べ,同年6月12日に勤務先の部長の付添を受けて来院した際も,
金や仕事のことが頭から離れないこと,自宅のローンも心配であり,自
分ではどうしたらいいか分からないことなどを訴え,入院休養を勧めら
れてこれに同意した。
原告は,同日,こころの医療センターに入院した。担当はT医師とな
った。
原告は,入院中,度々,離婚問題に関する不安,1億円を超える借金
の返済に対する不安,抗不安薬の依存・離脱に対する不安を訴えた。
同センターのカルテには,T医師による次のような記載がある。
①同年6月14日
抑うつは妻の家出を契機→適応障害?離別反応?
しかし,それに伴い,自分の身体的な不安の訴えも大きくなってい
る。やはり,心気妄想・貧困妄想を伴った大うつ病性障害か
②同年7月27日
♯1抑うつ気分
病前性格が分からないが,入院時よりは若干改善
♯2不安
原因がはっきりしている。
①離婚問題,②借金,③抗不安薬の離脱,④休職状態
原告は,同年9月17日,こころの医療センターを退院し,引き続き,
同月27日から通院治療を受け,メチコバール,トレドミン,テトラミ
ド等を処方された。担当は,M医師になった。
平成24年1月4日,M医師により,BZ系薬物依存既往の診断名が
追加された。
⑷原告の就業状況等について
ア原告は,平成18年1月6日から勤務先に全く行くことができず,休ん
でいたが,同月末頃からは2週間に6日程度フレックスで出勤するように
なり,同年4月3日までには,フルタイムでの勤務を再開した。
イその後,原告は,前記⑶イのとおり,同年6月12日から同年9月17
日まで入院することとなったが,この入院期間中の7月2日以降,勤務先
において要療養につき欠勤扱いとなり,同年12月29日からは休職扱い
となった。
ウ原告は,平成21年11月1日に復職支援制度によるリハビリ出社を開
始し,同年12月24日に復職し,しばらくは,勤務時間制限の措置(平
成22年1月6日までは1日3時間勤務,同月21日までは1日5時間勤
務,同年2月25日までは時間外労働の禁止等)が取られたが,同年2月
25日以降,勤務時間等の制限はなくなり,定期的に医師の観察指導を必
要とするものとされ,月1回程度,勤務先の診療所において病状確認を行
うこととされている。
エ原告は,平成18年9月29日,精神保健及び精神障害者福祉に関する
法律45条に基づき,障害等級3級の保健福祉手帳の交付を受け,その後,
2年ごとに更新を受けている。
2本件に関する医学的知見
⑴ランドセンの添付文書(甲B7)
ア使用上の重要な基本的注意として,「連用中における投与量の急激な減
少ないし投与の中止により,てんかん重積状態があらわれることがあるの
で,投与を中止する場合には,徐々に減量するなど慎重に行うこと。」と
の記載がある。
イ重大な副作用の一つとして,「依存症(頻度不明)大量連用により薬
物依存を生じることがあるので,観察を十分に行い,用量を超えないよう
慎重に投与すること。また,大量投与又は連用中における投与量の急激な
減少ないし投与の中止により,けいれん発作,せん妄,振戦,不眠,不安,
幻覚,妄想等の禁断症状があらわれることがあるので,投与を中止する場
合には徐々に減量するなど慎重に行うこと。」との記載がされている。
⑵BZ系薬物の常用量依存に関する医学文献等の記載
アBZ系薬物は,臨床用量の範囲内でも長期服用のうちに身体依存が形成
され,退薬に伴って退薬症候が現れる場合があり,臨床用量依存又は常用
量依存と呼ばれる。(甲B1・207頁,213頁)
イBZ臨床用量依存については,1981年にHallstromらが低用量BZ
依存を「ジアゼパム30mg以下,あるいはこれと等価量のほかのBZを
継続的に使用し,断薬時に明らかな離脱症状がみられること」,1986
年にBustoらがBZ治療的長期使用を「少なくとも3か月間BZを毎日使
用し,累積量がジアゼパムに換算して2700mg以上を服薬したケー
ス」とした定義がある。(甲B74・802頁)
⑶BZ系薬物の離脱症状に関する医学文献等の記載
ア退薬症候の出現機序
BZは中枢神経系における主要な抑制性神経伝達物質であるGABAの
作用を増強することにより,抗不安,抗けいれん,筋弛緩,鎮静,催眠,
健忘などの薬理作用を発揮する。(甲B1,5)
BZ系薬物の服用によりBZが慢性に中枢型BZ受容体に作用し続ける
と,BZ受容体自体のダウン・レギュレーションが生じ,GABAの感受
性が低下する。この状態が維持されることにより,GABAによって抑制
されている他の部位の神経伝達系の感受性が代償性に亢進した状態となる。
この状態で,BZ系薬物の服用を突然中止すると,GABAの活動の急激
な低下による脱抑制が生じ,脳の他の部位での神経伝達物質の活動性が高
まり,退薬症候として種々の症状が出現すると考えられている。(甲B
5・1672頁)
イBZ長期服用患者の退薬時の症状は,再燃,反跳現象,退薬症候の3つ
のタイプに分けられる。
このうち退薬症候とは,元の症状とそれまでに認められなかった症状が
出現することをいい,いわゆる離脱症状と呼ばれるものである(以下では,
離脱症状という。)。(甲B1,5)
離脱症状は,心理,身体,知覚の3領域に現れるとされ,心理的症状と
しては,不安や焦燥,不眠,イライラ,抑うつ気分,記憶障害,集中力障
害などが,身体症状としては,発汗や心悸亢進,悪心,嘔吐,食欲低下,
体重減少,筋肉痛,振戦,けいれんなどが,知覚障害としては,知覚過敏
や味覚異常,身体動揺感などが挙げられる。(甲B5・1671頁)
離脱症状としては,出現頻度は高いが非特異的なもの(不眠,不安,気
分不快,筋肉痛,振戦,頭痛等)と,比較的頻度は低いが特異性が高いも
の(知覚障害(知覚過敏,知覚変容),離人感)があり,その他,稀にけ
いれんや精神病症状が現れることがあるとされる。(甲B222・67
頁)
長期的又は高用量の摂取であればより重度の離脱症状が出る可能性があ
る。毎日約40mgのジアゼパム又はその等価量の摂取は,臨床的に意味
ある離脱症状をより産出しやすく,より高用量(例えば100mgのジア
ゼパム)では,離脱けいれん又はせん妄をより起こしやすい。(甲B1
3・282頁)
ウBZ離脱症状の出現頻度は,BZの臨床力価,薬物動態の特徴,投与量,
投与期間に強く関係する。(甲B1,5)
高用量投与の場合や半減期の短いBZの場合は,その投与期間に関わら
ず出現頻度は高くなる。また,長期使用の場合は出現率が高くなる。(甲
B5)
エ離脱症状の出現時期は,血中半減期の短いものほど血中濃度の低下に伴
い早期に出現し,自覚的に気付かれやすい。半減期の長いものでは数日か
一,二週間後に遅延して生じる。程度も軽いため,自覚的な重症度は比較
的軽くなる。離脱症状の推移は,出現後約7日でピークとなり,時間の経
過とともに軽減する経過をとる。(甲B1・215頁)
オ一般に,離脱症状は,服薬中止後,二,三日で出現し,血中半減期が短
いほど,早期に症状が出現する。持続時間は,通常2~4週間であるが,
時に筋れん縮によって特徴づけられるような遷延性の離脱症状を長期にわ
たって呈することもある。(甲B222・67頁)
カ長い半減期をもつジアゼパムなどの場合,症状は1週間以上発現せず,
その強さは第2週にピークがあり,第3週又は第4週の間に著明に減少す
ることが予測される。(甲B177・179頁)
キ離脱症状は,1~6週間続き,その後よい状態が得られる患者と不安定
な状況になる患者がある。(甲B50の1・336頁)
⑷減薬方法等に関する医学文献等の記載
ア反跳現象と離脱症状を避けるために,漸減したうえでの中止が原則であ
る。元の症状の程度に応じて一,二週間ごとに,1日の4分の1~2分の
1ずつを減量し,4~8週以上かけて漸減した後に中止することが推奨さ
れる。半減期の短いBZでは中止による症状が早くかつ強く出現しうるの
で,半減期の長いBZに置き換えた後に漸減することが推奨される。(甲
B88・218頁)
イBZ系薬物の急激な中止は,重篤な離脱症状を生じさせる可能性を高め
るので,少量ずつ徐々に減量することが望ましい。中止までには最低4週
間,できれば16週間が必要であるとして,ジアゼパム当量で0.5~2.
5mgずつ減量することを薦める見解もある。(甲B50の1・338
頁)
ウ50%の減量までは離脱症状がほとんど出現しないとされていることか
ら,最初の50%までは2週間程度の比較的早い減量が可能であるが,そ
の後は症状に合わせて4~7日ごとに10~20%ずつ減量し,4~8週
間かけて減量すべきであるとされている。(甲B222・68頁)
エBZ系薬物の中断方法には,漸減法と隔日法の2つがある。超短時間型
ないし短時間型は漸減法が推奨されるが,うまくいかない場合には,いっ
たん中間型~長時間型に置換した後,漸減法又は隔日法を用いて減量・中
止する。また,非BZ系薬のゾピクロンやゾルピデム,鎮静作用がある抗
うつ薬のミアンセリンやトラゾドン等を併用しながら,BZ系薬を減量す
る方法も行われる。
ⅰ漸減法
2~4週間ごとに経過をみながら,1日量の4分の1ずつ漸減し,4
~8週間かけて減量し中止する。
50%の減量までは離脱症状がほとんど発現せず,その後の減量過程
で症状が現れるとされているので,最初の50%までは2週間程度の比
較的早い減量が可能であるが,その後は症状に合わせて,4~7日ごと
に10~20%ずつ減量し,4~8週間かけて減量する。
ⅱ隔日法
血中半減期が長い中間型~長時間型は,急に服用を中止しても血中濃
度は穏やかに下降するため,超短時間型~短時間型に比べると中断時症
候は起こりにくい。したがって,この場合は服用しない日を設けて,そ
れを1日,2日,3日と1~2か月ずつかけながら徐々に休薬期間を増
やして中止する。(乙B26の1)
オ抗てんかん薬の減量速度を推奨できる確かなエビデンスはない。薬物減
量の手順は漸減中止が原則であり,今まで服用していた抗てんかん薬を急
激に中止することは,思わぬ反跳発作やけいれん重積状態を引き起こす危
険がある。特にフェノバルビタールやクロナゼパムなどは慎重に減量した
方がよい。(甲B12・102頁)
カ抗てんかん薬漸減のスピードは十分には検討されていないが,参考とし
て,クロナゼパムは4~8週ごとに0.5mgである。(臨床神経学42
巻6号「てんかん治療ガイドライン2002」。乙B3・573頁)
⑸ジアゼパムを基準とする等価換算に関する医学文献等の記載(甲B38,
39)
アジアゼパムを基準薬物として,他の抗不安薬・睡眠薬についてジアゼパ
ム5mgと等価となる用量を示す等価換算の考え方が示されている。
イクロナゼパムに関しては,0.25mg説,0.5mg説,1mg説,
2mg説の4通りがあるが,離脱症状に関する等価換算では低力価とみな
される傾向があり,また,全体的にみて年代を経るごとに高力価とされる
傾向があるとされる。慶應義塾大学精神神経科臨床精神薬理研究班199
9版の等価換算表(クロナゼパムに関しては,従来の等価換算のデータを
参考として作成したとされている。)及び稲垣中・稲田俊也「第18回:
2006年版向精神薬等価換算」では,0.25mg説が採用されている。
ウまた,アルプラゾラムに関しては,上記2つの等価換算表では0.8m
gとされている。
3争点⑴(G医師はBZ系薬物を適応のない症例に投与しない注意義務に違反
したか(平成16年7月14日))について
⑴X研究について
証拠(甲B10,112,132,134,232,乙A28,乙B4,
8,20の1・2,21,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が
認められる。
ア平成13年頃,被告病院において,当時の内科脳血管部門部長であった
X医師を総括主任研究者とし,当時同部門所属のG医師や日立製作所研究
員のRら4名を分担研究者として,慢性ふらつき・めまいの症状に関する
研究が行われ,その研究成果が厚生労働科学研究費補助金効果的医療技術
の確立推進臨床研究事業として,平成15年3月,「脳磁図を用いた高齢
者平衡機能障害の診断と機序解明および転倒防止に関する研究(平成14
年度研究報告書)」と題する報告書(甲B10)により発表された。
イX研究のうち本件に関連する部分の概要は,次のとおりである。
平成13年度の研究により,慢性めまい感を訴える高齢者の約半数に,
聴覚刺激誘発脳磁計測において側頭葉電流の回旋性方向異常が認められ
ることが明らかとなった。
これと類似する側頭葉電流の回旋性方向異常が側頭葉てんかん症例で
も認められるところ,高齢者の慢性めまい感についても,側頭葉てんか
んと類似する機序,すなわち側頭葉の神経異常興奮によって生じる可能
性が高いと考えられたことから,慢性めまい感を訴える高齢者に対して
抗てんかん薬治療を行い,その効果を検討したところ,側頭葉電流方向
異常を有する症例では著明なふらつきの改善が認められた。
ウ上記報告書中のG医師らによる分担研究報告書「慢性めまい感に対する
抗てんかん薬治療の効果に関する検討」においては,要旨次のとおりの報
告がされている。
神経学的に異常がなく,耳科的疾患の既往のない慢性めまい症例18
例を対象として,抗けいれん薬のバルプロ酸ナトリウムを1か月から3
か月の間投与し,投与前と投与後の自覚的ふらつき度の評価(Grad
eⅠ~Ⅳの4段階で評価するもの)及び聴性刺激誘発脳磁界計測(側頭
葉電流の回旋性方向異常の程度がdIrot値という定量値で評価され
る。)を行ったところ,抗けいれん薬投与前のdIrot値が正常であ
った7例では,ふらつき度の改善がみられたものはなかったが,異常高
値を示した11例(前者に比べてふらつき度は高度であった。)では,
全例でふらつき度の改善がみられ,このうち4例でdIrot値の正常
化がみられた。
この研究結果から,慢性めまい感症例の約半数では抗けいれん薬が有
効であることが示唆され,抗けいれん薬は自覚的なふらつき度が高度の
めまい感症例に対して有効性を発揮する可能性が高く,その有効性を証
明するためには,プラセボを用いた無作為化二重盲検試験が必要である。
なお,治療薬の選択に関しては,従来,側頭葉てんかんやその他の部
分てんかん発作にはクロナゼパム,カルバマゼピン,フェニィトイン等
が使用されているが,これらの抗てんかん薬は,眠気,ふらつき,嘔気,
骨髄抑制,肝機能障害などの副作用を伴いやすく,保険適応外となる慢
性めまい感の治療には適していないことから,本研究では,比較的副作
用の少ないバルプロ酸ナトリウムを選択した。
エG医師がY医師と共同執筆した論文(医学雑誌エントーニ2008年4
月・増大号中の「高齢者の慢性ふらつき感について」。乙B4)には,
「慢性ふらつき症で側頭頭頂部に観察される回旋性電流成分は,てんかん
発作波に類似した電気的異常興奮であると考えた。そのため興奮性電流を
抑制する目的で,抗痙攣薬(バルプロ酸ナトリウム,カルマゼピン,クロ
ナゼパム)投与にて効果が認められた。」という記載がある。
オX研究の成果は,X医師やG医師らによって,前記の報告書等以外にも,
各種学会のセミナーや医学文献で発表されていた。また,脳波異常の認め
られるめまいの症状を有する患者に対し,抗てんかん薬を投与する治療方
法は,X医師及びG医師だけでなく,複数の医師によって臨床上実施され
たことがあった。
カ前プラセボを用いた無作為化二重盲検試験は,現在まで
行われていない。
⑵前記⑴のとおり,X研究によって,抗けいれん薬がふらつき度の高いめま
い感症例に対して有効性を発揮する可能性が高いという結果が得られ,また,
X研究の成果は,X医師やG医師らによって各種学会のセミナーや医学文献
で発表され,脳波異常の認められるめまいの症状を有する患者に対し,抗て
んかん薬を投与する治療方法は,X医師及びG医師以外の複数の医師によっ
ても実施されていたものである。
他方で,前記⑴のとおり,X研究の対象症例は18件にとどまり,X研究
の有効性を証明するためのプラセボを用いた無作為化二重盲試験までは行わ
れていなかったものであり,原告に対しランドセンの投与が行われた当時,
X研究で得られた知見によって,抗けいれん薬の投与による慢性めまい症の
治療が医療水準として確立していたとまでは認められず,また,前記認定事
実⑵のとおり,原告については,脳磁計検査の結果,脳異常が認められなか
ったのであるから,原告に対する投与は診断的治療として行われたものとい
うことができる。
⑶ところで,医療水準として確立していない治療法であっても,それが医学
的に相応の合理性を有するのであれば,当該治療が違法であるとはいえず,
また,診断的治療は,一般的に,医師の合理的な裁量において行うことが許
容されると解されるところ,本件においても異なるところはないというべき
である。
この点につき,原告は,抗てんかん薬については診断的治療として処方す
ることが許されない旨主張し,原告が提出する医学文献(甲B187)には,
てんかんの診断の基本原則として,治療の開始前に十分な病歴の聴取と検査
による診断の確立が必要であること,診断が困難な症例に試験的に抗てんか
ん薬を投与し,薬物への反応性を診断の参考にすることがある(治療的診
断)が,離脱発作の危険性と誤診の可能性が生じるため,このような対処が
正当とされることは稀であるとの記載があるが,これ自体は一研究者の見解
として記載されているものにとどまり,抗てんかん薬の診断的処方を一切否
定するものとは解されず,本件全証拠によっても,抗てんかん薬の処方につ
いては診断的治療が許されないとは認められない。
⑷そこで,原告に対するランドセンの処方が,医学的に相応の合理性があっ
て,医師の合理的な裁量で行うことが許容されるものであったといえるかに
ついて,更に検討する。
アX研究で用いられた治療薬はデパケンRであって,ランドセンではない。
しかし,前記⑴のとおり,X研究の基本的な発想は,慢性のめまい症の患
者にみられる脳波異常がてんかん患者にみられるそれと類似するので,抗
てんかん薬が有効であると考えられたことから,そのような抗てんかん薬
の作用機序に着目したものであり,また,X研究でデパケンRが用いられ
たのは,他の抗てんかん薬について有効性が否定されたからではないこと
からすると,ランドセンを代替薬として考えることにも相応の理由がある。
そして,証拠(乙B4,証人G)によれば,臨床上,原告への投与以外に
も,デパケンR以外の抗てんかん薬(カルバマゼピン,クロナゼパム)が
使用されて効果が認められていた例があると認められ,このことも併せ考
えると,デパケンRに代えてランドセンを処方することには,医学的に相
応の合理性があったということができる。
イ前記2⑴のとおり,ランドセンの添付文書(甲B7)には,重大な副作
用として,頻度不明の依存症等の記載があるところ,依存症に関しては,
ランドセンの服用が原告の症例に有効であると判断された場合には長期に
わたって服用することも考えられたから,これを急激に減薬又は中止した
場合に生じる可能性があるとされる臨床用量依存の離脱症状についても考
慮するのが相当であるが,前記前提事実のとおり,ランドセン(クロナゼ
パム)は,長時間作用型のBZ系薬物であり,前記2の医学的知見によれ
ば,長時間作用型はその薬物動態から比較的離脱症状が出にくいとされて
いること,離脱症状は急激な減薬又は中断によって生じるものであること
が認められるから,上記のような副作用の可能性を考慮しても,めまい症
にランドセンを投与するという治療法を採用すること自体が,適応のない
症例への処方であるということはできない。
ウそして,前記1の認定事実に加え,証拠(証人G)によれば,G医師は,
原告に対し,初診日である平成16年4月21日,当時服用中であったソ
ラナックスの影響がない状態で脳磁計による脳波検査を実施するため,原
告に入院を勧めたが,仕事を理由に原告からの同意が得られなかったこと,
G医師は,同年7月2日,原告による投薬の希望を受けて,デパケンRを
投与することとしたこと,同日に実施された脳波検査等では異常が認めら
れなかったが,同月14日の受診時には,効果がみられないデパケンRに
代わる薬の投薬を原告が希望したことから,G医師は,原告にランドセン
を処方し,その次の受診時である同月29日には,原告からランドセンに
よってめまいの改善がみられた旨の申告を受けたため,それ以降もランド
センの処方を継続したことが認められる。
前記ア及びイに加え,上記の処方経過を総合すれば,診断的治療として
投与したことも含めて,G医師が原告に対しランドセンを投与したことは,
医師の合理的な裁量で行うことが許容されるものであったといえるから,
適応のない症例に対する処方であって違法であるということはできない。
⑸したがって,G医師がBZ系薬物を適応のない症例に投与しない注意義務
に違反したとは認められない。
4争点⑷(G医師はBZ系薬物の性質及び副作用等に関する説明義務に違反し
たか(平成16年7月14日))について
時的経過に従い,争点⑵及び⑶の検討に先立ち,争点⑷について判断する。
⑴証拠(乙A3,28,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,原告に対しラ
ンドセンが処方された平成16年7月14日までにG医師が原告に対して行
った説明に関して,以下の事実を認めることができ,この認定を左右するに
足りる証拠はない。
ア平成16年4月21日の説明
G医師は,同日,原告に対し,大脳皮質の電気活動異常であるてんかん
の一種である可能性があること,仮にそうであれば,抗てんかん薬で大脳
皮質の電気活動異常を抑制することで症状が改善されると思われること,
そのためには脳波検査や脳磁計を用いた検査を行う必要があること,これ
らの検査で確実な所見を得るためには,1週間程度の入院精査により服用
中のソラナックスの薬効を完全に排除する必要があることを説明した。
イ同年7月2日の説明
G医師は,同日,原告に対し,抗てんかん薬の中で副作用が少ないデパ
ケンRを服用し効果があるかどうかをみること,デパケンRにも,眠気,
ふらつき,白血球減少,肝機能障害等の副作用が生じる場合があること,
2週間服用した後,効果を確認するとともに,次回の外来受診時に血液検
査を行い,副作用の有無を確認することなどを説明した。
ウ同月14日の説明
G医師は,同日,原告に対し,抗てんかん薬であるランドセンを処方し
ようと考えていること,眠気,ふらつき,白血球減少,肝機能障害等の副
作用を生ずる場合があるので注意して服用するよう説明した上,服用中に
身体・精神の不調を感じた場合にはすぐに連絡をするよう伝えた。また,
原告は,同日,原告に対し,脳磁計検査で異常が認められなかったことも
伝えた。
⑵医師は,生命,身体に軽微ではない結果を発生させる可能性のある療法を
実施するに当たっては,特別の事情のない限り,患者が自らの意思で当該療
法を受けるか否かを決することができるようにするために必要な情報,すな
わち,当該疾患の診断,実施予定の療法の内容や危険性などを説明すべき義
務を負う。そして,医師が患者に対して行うべき説明の程度は実施される医
療行為の内容との関係でみるべきであり,一般に,医療水準として確立して
いない治療法を行う場合や診断的治療を行う場合には,患者が当該治療を受
けるかどうかについての選択の幅は大きいと考えられるから,医学水準とし
て確立した治療法を行う場合と比較して,提供されるべき情報も十分なもの
でなければならず,その意味において医師には高度の説明義務が課せられて
いると解するのが相当である。
⑶ア本件においては,前記3で説示したとおり,原告に対するランドセンの
処方は,医学的に相応の合理性がある治療法であったといい得るが,X研
究自体が,医療水準として確立した治療法であったというわけではなく,
ランドセンを用いて行われた研究でもない上,G医師の証言によれば,原
告に対する投与を行うまでにランドセンを投与して有効性を認めた症例が
あったとはいえ,その件数は10件程度にとどまり,脳波検査上は異常が
認められない症例においては,診断的治療として行う面もあったものであ
る。
これらの事情は,患者が当該治療を受けるか否かを選択するに当たって
重要な事項であるといえるから,G医師が原告に対するランドセン処方に
つき説明義務を果たしたといえるか否かを判断するに当たっては,①医療
水準として確立したものではないことも含めたX研究の概要,②X研究と
ランドセン投与との関係,③ランドセンがX研究において使用されたのと
は異なる治療薬であること,④原告には脳波異常が認められていないこと
から診断的治療として投与するものであることが説明されていたかについ
て検討しなければならず,また,原告に対するランドセンの投与は,有効
性が認められた場合には,長期服用となることも想定されていたところ,
投与開始後の時期によっては直ちに投与を中止することが難しくなること
も考えられるから,⑤ランドセンの副作用として,長期服用によって依存
(臨床容量依存)を形成し,急激な減薬・中断を行った場合に離脱症状が
生ずる可能性があることの説明がされていたかについても検討しなければ
ならない。
イなお,原告は,一般的な非回転性めまいの治療方法の内容,適応,治療
効果・予後等についても,説明義務がある旨主張するが,本件では,非回
転性めまいについて医療水準として確立した一般的な治療方法がなかった
ものであり,かつ,患者である原告は,従前からめまい症等を訴えて複数
の医療機関を受診したが治療が奏功しなかったところ,被告病院で行われ
た共同研究について知って被告病院を受診したものであり,他の治療方法
に関心を有しているなどの事情があったわけでもないから,G医師にこの
点に関する説明義務があったとは解されない。
また,原告は,脳磁計による適応判断の内容についても説明義務があっ
た旨主張するが,その詳細な説明が,ランドセンの投与を受けるかどうか
の選択にあたって重大な影響をもつとは考え難いから,これについて説明
義務があると認めることはできない。
⑷以上を前提にG医師に具体的説明義務違反があったか否かを検討すると,
前記⑴のとおり,G医師は,X研究で得られた知見については説明したもの
の,それが医療水準として確立したものでないこと(前記⑶アの①),原告
に処方を試みるランドセンはX研究で使用された抗てんかん薬ではないこと
(同③)及びランドセンの有効性はG医師自身が経験した10件程度の症例
で確認されたにとどまること(同②)を説明しておらず,また,脳磁計検査
で異常が認められなかったことは説明したものの,診断的治療として投与す
るものであること(同④)については説明してない。さらに,ランドセンの
副作用についても,G医師は,眠気,ふらつき,白血球減少,肝機能障害等
を説明したものの,長期服用によって依存を形成し,急激な減薬等によって
離脱症状が生ずる可能性があること(同⑤)については説明していない。こ
のようなG医師の説明状況によれば,G医師において,患者である原告が非
回転性めまいに対するランドセンの処方を受けるかどうかを決するのに十分
な情報を提供した,すなわち説明義務を尽くしたということはできないから,
G医師には説明義務違反があったと認められる。
5争点⑵(G医師はBZ系薬物の総投与量を管理すべき注意義務に違反したか
(平成16年9月17日))について
⑴原告は,BZ系薬物を投与する医師には,依存症発症の閾値とされる累積
投与量がジアゼパム換算で2700mgに到達する前の時点で,減薬又は休
薬すべき注意義務がある旨主張し,前記2⑵イで示した医学文献には,低用
量BZ依存を「ジアゼパム30mg以下,あるいはこれと等価量のほかのB
Zを継続的に使用し,断薬時に明らかな離脱症状がみられること」と,BZ
治療的長期使用を「少なくとも3か月間BZを毎日使用し,累積量がジアゼ
パムに換算して2700mg以上を服薬したケース」と定義した例が紹介さ
れている。
しかしながら,上記医学文献の記載は,常用量依存を呈した患者について
のBZ処方状況から後方視的に臨床用量依存を定義したものにすぎず,累積
投与量が2700mgに到達する前に減薬又は休薬することを提唱したもの
ではないと解されるから,これをもって原告の主張する注意義務の根拠とす
ることはできず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。むしろ,
BZ系薬物の添付文書(甲B2,7)には,総投与量を制限する趣旨の記載
はなく,用量に関しては,前記第2の3⑵アにとどま
ることや,I医師作成の意見書(乙B19の2・第4項),U医師作成の回
答書(乙B20の2・第5項),V医師作成の意見書(乙B29・第3項)
及びW医師作成の意見書(乙B30・第2項)のいずれにおいても,ジアゼ
パム換算により総投与量を管理することが一般的な医学的知見であることを
否定していることからすると,ジアゼパム換算で2700mgの用量を超え
るBZ系薬物を投与すべきでないということが,医療水準になっていたとは
いえないというべきである。
⑵したがって,G医師がBZ系薬物の総投与量を管理すべき注意義務に違反
した旨の原告の主張は理由がない。
6争点⑶(G医師及びH医師は離脱症状を回避する適切な減・断薬方法を実施
すべき注意義務に違反したか(G医師につき平成17年5月9日及び同年8月
1日,H医師につき同年12月21日及び同月22日))について
⑴前記2⑷で示したBZ系薬物の減薬方法等に関する医学文献等の各記載に
よれば,BZ系薬物を減薬するに当たっては漸減を原則とすることが一般的
な医学的知見となっていることが認められるが(そのこと自体は被告も争っ
ていない。),漸減の速度については,様々な速度,方法が提唱されており,
一般的に確立した基準といいうるものがあることを認めるに足りる証拠はな
く,また,ジアゼパム換算でみる必要があることが確立した知見になってい
ることを認めるに足りる証拠もない。
したがって,医師がBZ系薬物を減薬するに際しては,漸減すべき注意義
務があるものの,その速度については,医師の合理的な裁量に委ねられてい
ると考えるほかない。
⑵G医師の注意義務違反について
ア平成17年5月9日について
原告は,G医師が,平成17年5月9日,原告に対し,前回受診時に
処方した1日の服用量が4mgであったのを突如4分の1に当たる1m
gにまで急減させたとして,このランドセンの減薬方法は不適切かつ危
険であり,注意義務違反は明らかである旨主張する。
しかしながら,G医師が同日に1日の服薬量を1mgと指示したこと
を認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記1の認定事実⑵スのとお
り,G医師は,同日,原告から体がだるいので1日2mgまで減量し,
それを3週間継続してふらつきがないこと等の報告を受けたことから,
1日当たり2mgの服用を指示した上,薬の残量を考慮して1日当たり
1mgを42日分処方したことが認められる。この点に関するG医師の
証言及び同人作成の陳述書(乙A28)の記載は,同日のカルテ(乙A
3)に,上記のような前回受診以降の服用量の減量経過等について原告
が申告した内容のほか,「しばらくランドセン1.00.50.
5mgにて行く」との記載があることと整合しており,原告が申告した
服用量の減量経過からすれば,残量を考慮して処方したというのは自然
かつ合理的なものであって,信用することができる。
したがって,G医師が同日の診察時に,突如ランドセンの1日当たり
の服用量を前回受診時の4分の1である1mgに減量した旨の原告の主
張は採用することができず,また,M医師の診断書(甲B188)のう
ち,G医師による減薬方法が危険である旨の意見については,原告の主
張する上記のような事実関係を前提とするものであるから,採用するこ
とができない。
そして,BZ系薬物の減薬において漸減が原則とされるのは,急激な
減薬によって離脱症状が生じるおそれがあるからであるところ,同日に
G医師が原告に対し1日当たり2mgの服薬を指示したことは,原告か
ら1日当たり2mgの服用を3週間継続して問題がないとの申告を受け
てなされたものであることからすれば,前記2⑶エの離脱症状の出現時
期に関する医学的知見を踏まえても,上記指示が不適切であったとはい
えない。
したがって,G医師が同日にBZ系薬物の漸減に係る注意義務に違反
したとは認められない。
イ同年8月1日の注意義務違反について
原告は,G医師が,平成17年8月1日付けの電子メールで,原告の症
状を観察することなく,いきなりランドセンの服用を中止するよう指示し
たとして,このランドセンの断薬方法の指示は不適切かつ危険であり,そ
の注意義務違反は明らかである旨主張するところ,前記1の認定事実⑵チ
のとおり,G医師は,同日,原告に対し,ふらつきの症状が改善すればラ
ンドセンを中止していただければ幸いである旨のメール(乙A4の2)を
送っており,同メールの文面上は,直ちにランドセンの服用を中止するよ
う指示したようにも理解し得るところである。
しかしながら,前記1の認定事実⑵タのとおり,原告は,その3日前の
同年7月29日のメール(甲A16)で,G医師に対し,服用を中止する
とめまいの症状が出現する旨述べており,同年8月1日のG医師の前記メ
ールは,これを受けてのものであって,被告が主張するように,将来的に
ふらつきの症状が改善した場合に中止できることを伝える意図であったと
考えられること,同⑵チ及びツのとおり,原告は,上記メールを受けて直
ちに服用を中止したわけではなく,服用量を減らすよう努めることとして
いたところ,G医師は,原告から,1日1錠ずつ減量したことによって睡
眠障害,振戦,不安,焦燥感,気分の落ち込み,下痢の症状が出たことな
どの報告がされたことを受けて,同年8月12日には,離脱症状が出現す
るのであれば,本当に少量ずつ減量していくほかなく,1週間ないし2週
間に0.25mgずつの速度であれば減量してもらいたいとのメール(甲
A25)を送信していることからすれば,G医師が原告に対しランドセン
を漸減するのではなく直ちに中止することを指示したということはできず,
また,G医師が同日に指示した減薬速度も,前記2⑷で示した医学文献等
の記載に照らして不合理とはいえない。
したがって,G医師が同日にBZ系薬物の漸減に係る注意義務に違反し
たとは認められない。
⑶H医師の注意義務違反について
原告は,H医師が,直近の処方量だけを見て,常用量依存の可能性を否定
し,原告の症状を厳重に観察することもなく,平成17年12月21日及び
同月22日の電子メールで服薬量の漸減を指示したとして,H医師にも,離
脱症状が生じないように適切な減薬・断薬を実施しなかった注意義務違反が
認められる旨主張する。
しかしながら,前記1の認定事実⑵ホ及びマのとおり,H医師は,原告か
ら,現状の服用量や減量によって不安感等の症状が出たことなどの報告を受
けて,これ以上の減量は不要である旨述べ,それでもなお年末年始に減量を
進めたいとして減量方法の指導を依頼した原告の希望を受けて,中止を目指
すのであれば,二,三日に1回内服間隔をあけていき,頓服,更には2月末
から3月初旬までに中止してはどうかというメールを送ったものであるとこ
ろ,当時の服用量が1日0.25mgにまで減量されていたことに加え,前
記2⑷のとおり長時間作用型のBZ系薬物については隔日法を推奨する文献
も存在していたこと,H医師が指示した減薬方法は約2か月間かけて中止す
るという内容であったことなどからすれば,H医師の上記指示内容が不適切
であったということはできない。
したがって,H医師にも,BZ系薬物の漸減に係る注意義務違反があった
とは認められない。
7争点⑸(各注意義務違反と原告に平成18年1月以降に生じた症状ないし障
害との因果関係の有無)について
説明義務違反とランドセン投与との相当因果関係の有無
ア前記2⑶イで示した医学的知見によれば,BZ長期服用患者の離脱症状
は,心理,身体,知覚の3領域に現れるとされ,心理的症状としては,不
安や焦燥,不眠,イライラ,抑うつ気分,記憶障害,集中力障害などが,
身体症状としては,発汗や心悸亢進,悪心,嘔吐,食欲低下,体重減少,
筋肉痛,振戦,けいれんなどが,知覚障害としては,知覚過敏や味覚異常,
身体動揺感などが挙げられ,また,出現頻度は高いが非特異的なもの(不
眠,不安,気分不快,筋肉痛,振戦,頭痛等)と,比較的頻度は低いが特
異性が高いもの(知覚障害(知覚過敏,知覚変容),離人感)があり,そ
の他,稀にけいれんや精神病症状が現れることがあるとされている。
イ証拠(甲A85,甲C5)によれば,原告は,O株式会社に勤務する会
社員であるところ,被告病院を受診した当時,ガス事業法で精神疾患が欠
格事由とされるガス主任技術者の資格を有しており,平成17年6月には,
名古屋市内の事業所長に昇進していたところ,前記1の認定事実⑵アのと
おり,原告は,被告病院の初診時,G医師から入院を勧められても,仕事
を休むことによる勤務先での不利益を怖れて,外来治療を希望していたも
のである。そのような原告であれば,ふらつきやめまいを訴えて被告病院
受診前に多数の医療機関を受診していたことや被告病院でもBZ系薬物の
投与を受けることに積極的であったことを考慮しても,G医師が前記4⑶
アの①ないし⑤の事項について適切な説明を行っていれば,前記アのよう
な離脱症状の危険性を有するランドセンの投与を受けることを選択しなか
った高度の蓋然性があると認めることができるから,前記4⑷で認定した
G医師の説明義務違反と原告がランドセンの投与を受けたこととの間には
相当因果関係が認められるというべきである。
ランドセン投与と原告に平成18年1月以降に生じた症状ないし障害との
因果関係の有無
ア平成18年1月以降の診療経過に関する医師の診断書又は意見書の要旨
M医師の診断書(甲B188)
原告は,離脱症状の経過中にうつ病を発症しており,時間的経過から,
うつ病の発症には離脱症状が影響していると考えられる。
うつ病と離脱症状の治療も兼ねて入院治療を行い,BZの減薬期間を
短くできたので,4年間でうつ病も改善した。併発したうつ病が回復し
て就労まで4年かかったのは離脱症状の影響が主な理由である。
V医師の意見書(乙B29)
原告がこころの医療センターで受けた治療は,抗うつ薬を中心とした
薬物療法であり,うつ病に対する一般的な治療そのものと感じられる。
うつ病の症状は,BZの退薬症状という考え方もあり得るが,BZの
退薬でうつ状態を呈するのは通常一過性である。自身の臨床経験では,
ほとんどが2~4週間程度で自然軽快し,抗うつ薬を投与するほど重篤
な状態にならない。
原告の場合,うつ状態がかなり長期にわたって持続し,抗うつ薬に反
応している,このことは,原告のうつ状態がBZ離脱によるものではな
く,もともと潜在していたうつ病がBZ離脱によって顕在化したと捉え
るべきであることを示す。
なお,こころの医療センターでの治療において,原告に対して抗うつ
薬とともにコンスタンが処方されているが,一般にコンスタンのように
比較的力価が高く,作用時間の短いBZ系薬物は依存性が極めて強く,
その危険性はランドセンの比ではなく,薬物依存治療の専門家の立場か
ら疑問がある。
イ前記1の認定事実⑵及び⑶のとおり,原告は,被告病院において継続的
にランドセンを処方され,これを服用していたが,平成17年12月頃に,
ランドセン1日0.25mgまで減量し,その頃から,不安感,焦燥感,
不眠等の症状が出てくるなどし,平成18年1月頃にも,めまいのほか,
不安感等が生じていたことが認められる。
前記2⑶イで示した医学的知見によれば,このような不安感,焦燥感,
不眠等の症状は,BZ系薬物の離脱症状としてもみられるものであり,ラ
ンドセンの減量と時期を同じくして出現しているものであることからする
と,減薬に伴う離脱症状であると考えて矛盾しない。
被告は,これらの症状が,ランドセンを止めることに対する不安をきっ
かけとして,原告が被告病院受診前から有していた精神症状が発現したも
のにすぎない旨主張し,前記1の認定事実⑴によれば,原告は,被告病院
を受診する以前からめまい等の症状を訴えて複数の医療機関を受診し,そ
れらの医療機関において,過換気症候群,自律神経失調症,心身症,身体
表現性障害などと診断され,コンスタン,デパス,ワイパックス等の抗不
安薬を処方されてきたことが認められる。しかし,この頃の原告の主訴は
めまい症状であり,また,上記のような処方薬を服用しながらではあるも
のの継続的に勤務していたことからすると,前記1の⑶ア,イ及び⑷ア
で認定した平成18年1月頃の原告の症状は,その就業状況等に鑑みても,
相当悪化していることが認められる。そうすると,被告の上記主張は採用
することができず,平成18年1月以降に生じた原告の不安感,焦燥感,
不眠等の症状は,ランドセンの離脱症状であると認めるのが相当である。
ウ原告は,平成18年1月以降に原告に生じた症状は全てランドセンの離
脱症状によるものである旨主張する。
しかしながら,前記2⑶で示した医学的知見によれば,一般的に離脱症
状の持続期間は1か月程度とするものが多いところ,前記1の認定事実⑶
のとおり,原告は,同月6日からこころの医療センターでの通院治療を開
始した後,同年3月頃にかけては徐々に回復し,遅くとも同月末頃にはフ
ルタイムで仕事を再開したことが認められ,この事実は原告が離脱症状か
ら回復したことを示すものといえる。
一方で,前記1の認定事実⑶によれば,原告は,同年3月頃に妻から離
婚の話が出たことなどを契機として,その後,妻子との関係の悪化や自宅
のローンの返済や不動産の投資による多額の負債に対する不安等が増大し
ていたことが認められ,これらの事柄が原告の精神状態に深刻な影響を及
ぼし,原告の不安等の症状を増悪させたと推認することができる。
以上のような経過にV医師の意見書の記載を
併せ考慮すると,原告は,遅くとも同年3月末までにはランドセンの離脱
症状から脱したものと認めるのが相当である。これに対し,前記のM
医師の診断書では,4年に及ぶ治療の主たる要因が離脱症状によるもので
あるという趣旨の意見が述べられているが,上記のように原告の症状が一
度は回復傾向に見られたこと及び離婚や借金の問題など原告の不安等を増
悪させる身辺事情の変化等に対して適切な評価がされているか疑問があり,
これを採用することはできない。
エしたがって,ランドセン投与との間で相当因果関係があると認められる
原告の症状は,平成18年3月末までに生じたものに限られ,同年4月以
降に生じた症状との間に相当因果関係があると認めることはできない。
8争点⑹(原告の損害の有無及びその額)について
⑴前記4で説示したとおり,被告の被用者であるG医師には,争点⑷に係る
説明義務違反(過失)が認められるから,被告は,使用者責任に基づき,原
告に対し,上記説明義務違反と相当因果関係が認められる損害を賠償すべき
責任を負う。
⑵当裁判所は,被告が原告に対し賠償すべき損害の範囲及び額について,以
下のとおりであると認定,判断する。
ア治療費1万4170円
前記7⑵で説示したところによれば,被告が原告に対し損害賠償すべき
治療費は,原告が平成18年1月から同年3月までに受けた治療に係るも
のに限られるところ,証拠(甲C28)によれば,原告は,上記期間に,
こころの医療センターで受けた治療について1万4170円(文書料を含
む。)を負担したことが認められるから,上記金額の限度で,相当因果関
係のある損害と認める。
イ入院雑費0円
原告は,平成18年6月12日から同年9月17日までの間,こころの
医療センターに入院した際の入院雑費を請求するところ,前記7のとおり,
G医師の説明義務違反と平成18年4月以降の原告の症状との間には相当
因果関係が認められないから,入院雑費に係る損害は認められない。
ウ介護費用0円
原告は,平成19年ないし平成24年までの間に支払った介護費用を請
求するところ,上記イと同様の理由により,相当因果関係のある損害とは
認められない。
エ通院交通費7680円
証拠(甲C28)によれば,原告は,平成18年1月に5回,同年2月
に2回,同年3月に1回,こころの医療センターを受診したことが認めら
れるところ,弁論の全趣旨によれば,その通院に必要な交通費(往復)は,
960円であると認められるから,合計7680円をもって損害と認める。
オ診療記録開示費用4万8450円
弁論の全趣旨によれば,原告は,診療記録開示費用として4万8450
円を負担したことが認められるところ,本件事案の性質及び本件訴訟の経
過に照らし,上記金額を相当因果関係のある損害として認める。
カ文書謄写費用0円
本件事案の性質等を考慮しても,必要かつ相当な費用であるとはいい難
いから,相当因果関係のある損害とは認められない。
キ文書購入費用0円
上記カと同様の理由により,相当因果関係のある損害とは認められない。
ク休業損害0円
前記1の認定事実⑷に加え,弁論の全趣旨によれば,原告は,平成18
年1月から3月までの間に,原告が勤務先を相当日数休んだこと,上記期
間においては有給休暇が充てられたことが認められるものの,具体的欠勤
日数は証拠上明らかでなく,また,前記エで認定したこころの医療センタ
ーへの通院頻度に照らしても,欠勤日数全てがやむを得ないものであった
かどうか定かでないから,休業損害については,これを認めることができ
ない。ただし,原告が実際に欠勤し相当日数の有給休暇を消費したことは,
下記コの慰謝料の額を認定する際に考慮することとする。
なお,前記7⑵で説示したところによれば,G医師の説明義務違反と平
成18年4月以降の原告の欠勤及び休職との間には,相当因果関係が認め
られず,また同年1月から3月までの間の欠勤により退職金が減額される
とも認められない。
ケ逸失利益0円
前記7⑵で説示したところによれば,G医師の説明義務違反と平成18
年4月以降に原告に生じた症状及び障害との間に相当因果関係を認めるこ
とができないから,後遺障害による逸失利益は認められない。
コ傷害慰謝料100万円
原告は,G医師の説明義務違反に起因してランドセンの離脱症状を呈し,
平成18年1月から同年3月までの3か月間にわたり,不安感,焦燥感,
不眠等の離脱症状,その治療のための通院を余儀なくされ,精神的苦痛を
被ったものと認められるところ,前記クで説示した有給休暇の費消を含め
た本件に現れた一切の事情を考慮すると,その精神的苦痛を慰謝するため
の金額は,100万円をもって相当と認める。
サ後遺障害慰謝料0円
前記ケで説示したのと同様の理由により,後遺障害による慰謝料は認め
られない。
シ本件固有の慰謝料0円
原告の主張する本件固有の慰謝料が法的にいかなるものなのかは必ずし
も明らかでないが,本件全証拠によっても,G医師の説明義務違反と,原
告と家族との関係の悪化や原告の不動産投資による借金との間に相当因果
関係があると認めることはできず,また,被告の訴訟活動が別途原告に対
する不法行為を構成する,あるいは,慰謝料の増額事由になるとは認めら
れない。
ス弁護士費用10万7030円
上記アないしシの認容額107万0300円の1割をもって相当因果関
係のある損害と認める。
セ合計117万7330円
9結論
以上の次第で,原告の不法行為(使用者責任)に基づく請求は,主文第1項記
載の限度で理由があるが,その余は理由がない。なお,選択請求である債務不履
行に基づく請求については,不法行為に基づく請求の認容額を超えて認容される
ものでないことが明らかであるから,判断を要しない。また,仮執行免脱宣言に
ついては,これを付することは相当でない。
よって,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第4部
裁判長裁判官朝日貴浩
裁判官横山真通
裁判官黒木美帆
別紙
担当医師処方年月日ランドセン処方量原告の主張
ジアゼパ
ム換算量
ジアゼパム換算で
の累積投与量
mg/日日分mg/日mg
G医師平成16年7月14日0.51510150
7月29日1.03020750
8月19日1.530301650
9月17日2.040403250
10月21日2.545505500
11月26日3.030607300
12月9日3.0456010000
平成17年1月21日3.5357012450
2月25日3.5307014550
3月25日4.0408017750
5月9日1.0422018590
6月20日1.5603020390
8月22日0.5301020690
9月28日1.0302021290
10月27日1.5303022190
H医師12月5日2.1304223450

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛