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○放火未遂等事件について被告人の自白及び目撃者の証言の信用性に疑問があるとして一審の無罪
維持された事例
平成14年11月12日判決宣告
仙台高等裁判所 平成13年(う)第87号 現住建造物等放火未遂,器物損壊被告事件
(原審 仙台地方裁判所 平成11年(わ)第414,463号 平成13年4月24日判決宣告
          主     文
     本件控訴を棄却する。
          理     由
第1 控訴の趣意
   本件控訴の趣意は,仙台地方検察庁検察官北村道夫の作成の控訴趣意書に,それに対する答
  主任弁護人小関眞,弁護人阿部泰雄及び同阿部潔の連名作成の答弁書に,それぞれ記載のとお
  るから,これらを引用する。
   控訴趣意は,事実誤認を主張し,要するに,現住建造物等放火未遂及び器物損壊の両公訴事
  いて,原判決は,捜査段階における被告人の自白の任意性を認めながら,その信用性を否定し
  に,器物損壊の事実に関する目撃者のAの証言の信用性を否定して,いずれも証明が十分でな
  て無罪の言渡しをしたが,被告人の自白及びAの証言はいずれも信用性を肯定することができ
  原判決はそれら証拠の評価を誤り,その結果事実を誤認したものである,というのである。
第2 本件の争点
 1 本件各公訴事実の要旨は,「被告人は,平成11年4月下旬ころの午後7時30分ころ,宮
  郡b町所在の町営テニスコート南側駐車場内において,駐車中のB所有の普通乗用自動車の前
  イヤにライターで火をつけて燃え上がらせ,もって他人の器物を損壊した。」というもの(以
  件器物損壊事件」という。)と,「被告人は,収入が少ないなどとして実母に責められたこと
  るうっ憤を晴らすために,同年8月13日午前1時40分ころ,同郡c町d字ef丁目所在の
  木造2階建居宅に放火しようと企て,その西側壁面に横約5.95メートル,高さ約1.1メ
  に積み上げられた廃材の隙間に新聞紙を押し込み,それにライターで点火して火を放ったが,
  発見されて消火されたため,廃材の一部を焼損したに止まった。」というもの(以下「本件放
  事件」という。)である。
 2 原判決は,本件両事件に関して犯人が被告人であることを直接間接示す物的証拠は存在せず
  放火未遂事件を直接目撃した者もおらず,被告人と犯人を結びつける証拠は,両事件に関する
  の捜査段階での自白と本件器物損壊事件を目撃したとするAの原審公判での証言のみであるか
  事件の認定は,被告人の自白の任意性及び信用性,並びにAの証言の信用性にかかるとし,そ
  被告人の自白に関しては,任意性を肯定されるものの,合理的な疑いを否定できるほどの十分
  性が認められないとし,また,Aの証言に関しては,疑義を入れる事情が多く十分な信用性が
  れないとし,結局,本件両事件については犯罪の証明がないとして被告人に無罪を言い渡した
   このように,本件両事件については,両事件に関する被告人の捜査段階での自白及び本件器
  事件に関するAの原審公判での証言(以下,「Aの証言」という。),さらに,当審で取り調
  件器物損壊事件に関するAの妻Dの当審公判での証言(以下,「Dの証言」という。)が,犯
  告人であることを証明する証拠であるので,それら被告人の自白及びAとDの各証言の信用性
  が,事実認定を左右することになる。
第3 当裁判所の判断
   記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討し,以下のとおり判断する。
 1 本件各事件の捜査の経緯と被告人の自白の状況
 (1)Aは,平成11年1月31日(以下,年月日の表示については,特に記載しない限り暦年
   11年を指す。)に,シンナー吸引の毒物及び劇物取締法違反の容疑でE警察署F駐在所勤
   巡査長に検挙され,Gは,妻DからAのシンナー吸引をやめさせる方策について相談される
   ていた。Aは,5月7日,上記毒物及び劇物取締法違反について被疑者としてE警察署生活
   の警察官Hの取調べを受けたが,その際,4月ころパチンコ店I脇の駐車場で,男が車のタ
   火をつけるのを目撃した旨の話をし,犯人は病院に入院中同室であった者と言うに止まり,
   明らかにしなかった。そのため,Hは,取調官の歓心を買うためにしている話かと考えて,
   上深く聞かず,その話を上司ないし担当課に報告することもしなかった。
    Gは,7月初めころ,Aから,毒物及び劇物取締法違反の取調日時の問い合わせの電話を
   その際,Aが,「最近c町近辺で放火が多いのではないか。本署の方で犯人を把握している
   犯人はgからc町に家を建てて転居し,大工をしている若い男だ。」という趣旨の話をした
   駐在所に来て詳しい話を聞かせてほしい旨伝え,その二,三日後の午後7時ないし8時ころ
   Dが駐在所に来て,Dの勤務先の生協近くの駐車場で,男が駐車中の車の右前タイヤにライ
   火をつけるのを二人で目撃したこと,時期は寒い時期であったこと,犯人は入院中同室であ
   とから面識があることを話したが,Aは,男の氏名はその者に迷惑がかかるとして明らかに
   とを拒み,その際,その目撃情報をE警察署生活安全課の取調官にも告げたが本気にしても
   かったと述べた。Gは,その話から男はc町のeに住む被告人と認識し,直ちにAの情報を
   署であるE警察署刑事課に報告し,報告書も作成した。
 (2) E警察署刑事課のJ警部補は,上記報告を受け,7月19日,Aから事情聴取し,「4月
   か28日ころの午後7時30分ころから午後8時までの間に,町営テニスコートの駐車場で
   知りの男がニッサンの「ラシーン」という車の右前輪タイヤにライターで火をつけたのを目
   その車の持ち主は近くのKの従業員である。火をつけた男は,e地内に自宅があって型枠大
   ているL(26歳位)という者で,自分が去年8月病院に入院したとき同室であった者であ
   旨の供述を得,その2日後くらいに,Dからも同様の供述を得た。Jは,それら供述から車
   定し,その所有者のBに連絡を取り,Bが乗って来た車両のタイヤについて焼損の存否を確
   ところ,右前輪タイヤに焼損様の凹損が2か所認められた。Bは,7月21日,凹損の認め
   右前輪タイヤを外してE警察署に持参し,任意提出するとともに,告訴状と被害届を提出し
   は,正式な受理手続を失念し,後日検察官に送致する際にこれに気付いて手続を行ったため
   書類には9月20日付で受付日付印が押捺された。)。
    Jは,7月23日付で被告人を被疑者とする本件器物損壊事件に関する器物損壊被疑事件
   告書(甲68。以下,甲,乙の番号は原審検察官請求証拠番号を指す。)を作成するととも
   成9年にも放火事件に関連して事情聴取をしていることから,被告人を地域で連続して発生
   る放火事件の犯人と疑い(これは,Bの7月21日付警察官調書における,「このように手
   次第無差別に火をつけるという理由なき犯罪は住民にとっては,いつ自分が被害に遭うか分
   いと最も不安が募る犯罪だと思うのです。Lなる者については,二度とこのような犯罪を犯
   ように警察などで適正な措置を講じてもらいたいと思います。」との,取調官の考えを反映
   載や,本件放火未遂事件に関する現住建造物等放火未遂被疑事件認知報告書(甲67)の記
   表れている。),被告人宅周囲1キロメートル四方に被告人の犯行である疑いのある放火事
   数発生している旨の同月23日付捜査報告書(甲81)を作成した。
(3) 8月13日深夜本件放火未遂事件にかかる火災が発生し,C宅からの通報を受けて,Jは
   く現場に赴き,家人から説明を受けた。Jは,再びC宅に赴いて,同日午前9時から現場の
   分を行い,Mから事情聴取をした。Jは,同月23日付で実況見分調書を作成した。その後
   平成9年以降E警察署管内で発生した不審火による事件から,被告人が被疑者と疑われる放
   として10件を挙げて,一覧表(その内容は原判決の別表に記載)を作成した。
(4) E警察署は,8月26日,本件器物損壊事件についての被告人を被疑者とする逮捕状及び
   宅に対する捜索差押許可状の発付を得て,同月31日朝,警察官らが被告人宅に赴き,被告
   意同行を求めるとともに,被告人宅の捜索差押に着手した。Jは,E警察署に同行された被
   取り調べたが,取調べを始めて1時間ほど経過したころ,被告人は,本件放火未遂事件を認
   述をした。そのため,Jは,上記逮捕状を執行せずに本件放火未遂事件で逮捕することとし
   告人の供述調書を作成するなどした上,裁判所から本件放火未遂事件の逮捕状の発付を得,
   状で同日午後5時被告人を逮捕した。その間,本件放火未遂事件を被告人が自供したことか
   告人宅の捜索差押を行っていた警察官に対し,事件に関係あると思われる証拠の任意提出を
   よう指示がなされ,ポリタンク等の任意提出を受け,一方,Jは,上記10件の放火事件の
   を示しつつ被告人を尋問し,被告人が,本件放火未遂事件以外に本件器物損壊事件を含む6
   いても自分の犯行であることを認めたため,Jが下書きを作り,被告人によって7件に関す
   書が作成された。被告人は,警察官及び検察官による弁解録取,裁判官の勾留質問において
   放火未遂事件を認め,その後の警察官及び検察官の取調べにおいても,本件放火未遂事件及
   器物損壊事件を認める内容の供述をした。
    9月20日に,本件放火未遂事件の起訴がなされ,10月21日に,本件器物損壊事件の
   がなされた。また,その間の同月7日に,被告人は,自らC方宛に謝罪の手紙を出した。
 2 被告人の自白について
(1) 原判決は,被告人の捜査段階における自白について,その任意性を肯定した上,信用性を
   自白で述べる犯行の状況等は,客観的状況と矛盾抵触するものではなく,犯行を否認する被
   公判供述は基本的に信を措き難く,それと対比すれば,自白は,整然と具体的に述べており
   的に信用性は高いと評することもできないではないとしながら,本件放火未遂事件に関する
   ついては,①媒介物である新聞紙の残焼物等が発見されたとの裏付けがないこと,②新聞紙
   が染み込んでいたとの点に関する供述が変更していること,③新聞紙に灯油が染み込んでい
   た可能性があるとすると,そうした新聞紙が媒介物として十分か検証されていないこと,④
   び犯意形成と媒介物選択についての説明の不自然さ,⑤動機自体の迫真性の欠如,⑥放火行
   についての供述の迫真性欠如,⑦明暗に関する供述の欠落,⑧犯行後の行動についての不自
   それぞれ指摘し,また,本件器物損壊事件に関する自白については,⑨記憶が存在しないと
   想起させたものであることを指摘し,その他として,⑩警察官調書と検察官調書間の相違,
   どに照らし,被告人の被暗示的ないし迎合的供述傾向の疑いを指摘して,被告人の自白の内
   合理的な疑義を入れる余地があるとして,十分な信用性がないとした。
    それに対し,所論は,被告人の自白について,その自白に至る心境を述べるところには真
   あり,犯人自身であるからこそ語れる内容であり,その内容自体も,本件放火未遂事件に関
   犯行現場の状況等客観的事実と整合し,秘密の暴露に近い供述が存し,逮捕される前から起
   至るまで一貫して認めており,被害者に謝罪の手紙も出しており,本件器物損壊事件に関し
   Aの証言と基本的部分において符合していることなどからすれば,十分信用性が認められる
   べきであるとし,一方で,原判決の疑義についての判断を論難する。
(2) そこで,当裁判所は,改めて自白の信用性に焦点を当てて検討することとするが,上記1
   事実によれば,被告人は,任意同行されて取調べを受け,取調べ開始から1時間ほどで本件
   遂事件を認め,引き続き本件器物損壊事件も認め,捜査段階においては一貫して両事件につ
   白していることが認められるのであって,こうした事情は,自白の信用性を高める一事由と
   る。しかしながら,被告人は,平成9年に連続放火事件が起こったとき警察官の事情聴取を
   指紋も採られているというのであり,今回も警察官が来て任意同行を求め,取調べの最初に
   警察官から「これまで犯した犯罪について話すように。」と言われたというのであるから,
   ついて取調べを受けようとしていることは容易に察知でき,そのため取調官に迎合しあるい
   されて自白をした可能性があることは否定できず,早期の自白であるからといって,直ちに
   が高いとはいえない事情があるといえる。その上,被告人の自白調書全部を通読しても,そ
   内容には見過ごすことのできない疑問点が少なからずあることが看取されるのであって,自
   を慎重に吟味する必要があるといわねばならない。
(3) 被告人の自白の状況を見ると,本件両事件に関する被告人の取調官に対する供述調書は9
   し,逮捕前に作成された8月31日付警察官調書(乙10)では,記憶にある過去の放火事
   て,平成11年になってからの放火事件を挙げ,本件放火未遂事件についてその方法,対象
   など概括的なことを供述し,同日付弁解録取(乙7),9月1日付検察官調書(乙8),同
   留質問調書(乙9)では,本件放火未遂事件の事実は間違いない旨供述し,9月3日付警察
   (乙2)では,平成9年夏以来,放火を繰り返してきた理由,動機について供述,9月5日
   官調書(乙11)では,任意同行を求められた日に本件放火未遂事件について自白した経過
   心境について供述し,9月7日付警察官調書(乙12)では,本件放火未遂事件の経過,方
   火後のことなどを具体的に供述し,9月8日付検察官調書(乙3)では,任意同行を求めら
   に自白した経過,心境について供述し,9月13日付警察官調書(乙13)では,本件器物
   件について,その経過,場所,方法等を記憶にあるという形で供述し,9月15日付検察官
   乙4)では,本件放火未遂事件の経過,方法等を具体的に供述し,9月15日付警察官調書
   4)では,本件器物損壊事件における被害タイヤの確認等について供述し,9月17日付検
   書(乙16)では,本件放火未遂事件におけるC方脇に積まれた材木を発見したときの状況
   いて供述し,9月17日付検察官調書(乙17)では,本件放火未遂事件以外の6件の放火
   ごく概略について供述し,9月17日付検察官調書(乙18)では,普段の飲酒量と本件放
   事件時の酩酊の程度について供述し,10月5日付検察官調書(乙19)では,本件器物損
   の犯行状況について供述し,10月8日付検察官調書(乙15)では,本件放火未遂事件と
   物損壊事件以外の5件の放火事件の概略について供述している。その外に,上記のとおり,
   7件の概要を記載した8月31日付上申書(乙6。その内容は原判決の別表に記載)と,被
   ら10月7日にC方宛に出された謝罪の手紙が存在する。
    このように被告人の捜査段階での自白調書を見ると,自白に至る経過や心境について詳し
   をしているのは,最初に自白した日から5日経った9月5日付警察官調書(乙11)におい
   てであり,それに9月8日付検察官調書(乙3)があるが,最初の日やその直近の日には調
   成されていない(逮捕後の8月31日には,身上関係の調書(乙1)が作成されたのみであ
   また,本件放火未遂事件に関する犯行の経過や方法など詳しい状況を具体的に供述している
   9月7日付警察官調書(乙12)と9月15日付検察官調書(乙4)においてであり,最初
   した日から1週間経過後であって,そのため,自白の初期の時点で本件放火未遂事件につい
   まで具体的な供述をしていたのか,それは逮捕前の8月31日付警察官調書(乙10)の程
   ったのか,明らかでない。
 3 本件放火未遂事件に関する自白について
   被告人と犯行を結びつける唯一の証拠が,被告人の自白であるので,改めて自白の信用性に
  て,その内容を事項毎に分けて検討する。
(1) 放火の手段である新聞紙について
    自白によれば,犯行には自宅から持ち出した新聞紙を使用したというのであるが,その新
   関する自白には,次のような疑問等がある。
   ① 新聞紙の性状に関して
     新聞紙について,最初の警察官調書(乙10。以下,供述調書の特定は原則として証拠
    示す。)では,「灯油ポリタンク下に敷いてあって,こぼれた灯油の染み込んでいる新聞
    あり,その後の警察官調書(乙11)でも,「灯油の染み込んだ新聞紙」とあり,警察官
    乙12)では,「新聞紙は,給油の際に溢れた灯油を染み込ませるためなどに敷いていた
    ずっと前から敷かれていたことから,給油の際などに何度も溢れた灯油が染み込んだ新聞
    た。」と説明している。しかし,検察官調書(乙4)では,「ポリタンク受けの下の新聞
    灯油がこぼれたときのために敷いていたのだと思うので,灯油が染み込んでいたかも知れ
    と,灯油が染み込んでいたと認識したのかあいまいな表現になっている。
     警察官調書において「灯油の染み込んだ新聞紙」と表現されるについては,新聞紙に灯
    み込んでいたとの認識が前提となるところ(9月7日付実況見分調書(甲8)によれば,
    も灯油の染みた新聞紙で燃焼実験をしている。),警察官調書では,新聞紙を持ち出す際
    染みているのを見たとか,手にした際臭いがしたなど,特に灯油が染み込んでいると認識
    情は述べられておらず,給油の際などにあふれた灯油が染み込んだとの説明がなされてい
    ぎない。さらに,検察官調書では,灯油が染み込んでいると認識した事情も不明であり,
    当時夏場で灯油の利用が稀で,給油の際にあふれて染み込んだという説明も説得力を欠く
    ら,灯油が染み込んでいたかもしれないとの後退した供述になったものと解されるのであ
    うすると,そもそも新聞紙に灯油が染み込んでいたとの認識が被告人に存在したのかはな
    問といわざるを得ず,むしろ認識のないことをあえて供述しているもので,それは,自白
    連の放火事件の中に,灯油が使用されたと客観的裏付けがあるものが4件あることから,
    と共通性を持たせようとした取調官の意図が働いたのではないかとも疑われ,いずれにし
    告人の記憶に基づかずに,取調官に迎合して供述がなされた疑いが濃いといえる。
   ② 新聞紙の存在場所に関して
     持ち出した新聞紙の存在場所について,最初の警察官調書(乙10)から9月7日付警
    書(乙12)の前半部分までは,「灯油ポリタンクの下の新聞紙」とあるところ,同調書
    部分から「灯油ポリタンク台の下の新聞紙」と変わり,検察官調書(乙4)でもそれが維
    ている。
    「灯油ポリタンクの下の新聞紙」との表現が,文字通り灯油ポリタンクの下の新聞紙を意
    のであるならば,8月31日の捜索差押が行われた時に,灯油ポリタンクの下に当たるポ
    ク台の中には新聞紙は存在したので,客観的事実に反することになる。「灯油ポリタンク
    新聞紙」との表現が,「灯油ポリタンク台の下の新聞紙」を意味するとしたら,最初から
    た記憶にある正確な表現がなされてよく,また,8月31日の捜索差押後間もなく,取調
    油ポリタンクの下の新聞紙は使用されていないと知ったはずであるから,正確な表現を求
    よいと考えられるのに,そうしたことがなされず,「灯油ポリタンクの下の新聞紙」との
    まま経過したということは,「灯油ポリタンクの下の新聞紙」という表現が,「灯油ポリ
    台の下の新聞紙」を意味するのか,果たしていずれの新聞紙なのか被告人に明確な記憶が
    のか,疑問が生じるといわざるを得ない。しかも,「灯油ポリタンク台の下の新聞紙」と
    が,Jが被告人の供述を聞いた上自ら描いたという,警察官調書(乙12)添付の図面に
    以降に,使用されている事実からすると,「灯油ポリタンクの下の新聞紙」という従前の
    客観的事実とを符合させようとする,取調官の意図が働いたのではないかとの疑いが生じ
    うすると,新聞紙を取り出した状況について明確な供述が欠けること(この点は後記のと
    とも併せると,そもそも「灯油ポリタンク台の下の新聞紙」との記憶の存在について疑問
    ところである。
   ③ 新聞紙の扱いに関して
     新聞紙をポリタンク台の下から取り出した状況について,警察官調書では,警察官調書
    2)に「ポリタンク下に敷かれていた新聞紙を持って玄関から表に出たのです。」とある
    その取り出した方法については特に触れていないが,検察官調書(乙4)では,「キャス
    少し持ち上げて,キャスターの下に敷いてある新聞紙を取りました。」とある。犯行に使
    ため新聞紙を丸めた時期について,警察官調書では何ら記述がなく,ただ「クシャクシャ
    て持参していた新聞紙」とあるのみであり,検察官調書(乙4)では,「遊歩道を歩いて
    きだったと思いますが,私は,持っていた新聞紙を軽くひねって,丸めるようにしてまと
    た。」とある。
     犯行に使った新聞紙であり,それを取り出したことや丸めたことについては,記憶があ
    つ,取調べの過程でそれが質されたと当然考えられるのに,警察官調書では何ら触れられ
    ず,検察官調書においてようやく出てきているということは,新聞紙の使用について果た
    憶が存在するのか疑問とせざるを得ない。
   ④ 新聞紙の残焼物の不存在
     本件放火未遂事件について当初から捜査に当たったJは,E警察署管内で放火事件が重
    生しており,Aの供述から,被告人をそれら放火の犯人と疑い,被告人宅周囲の放火事件
    も作成しているのであるから,被告人宅の直ぐ裏で発生した火災について,当然放火と疑
    査を開始したと考えてよく,そのため,現場の見分の際,放火に使われた媒介物をうかが
    残焼物が存在すれば,当然その確保が図られたと考えられるのである。しかるところ,火
    の実況見分を行ったJの原審公判での証言及び同人作成の実況見分調書(甲5)によって
    件火災現場に新聞紙の燃えかすが存在した事実が認められないのである。この点について
    審で取り調べた燃焼実験に関する平成13年4月30日付実況見分調書(当審検察官請求
    号20)によれば,媒介物として2枚ないし3枚の新聞紙を使ったところ,木材が燃える
    て新聞紙が完全に燃焼炭化し,消火のためのホース等による撒水等で木材の炭化片と新聞
    化片が微粒の細片となって流出し,新聞紙の炭化片と木材の炭化片との判別が不可能であ
    うのであり,それと同様の理由から本件でも新聞紙の残焼物等が発見できなかった可能性
    られるものの,いずれにしても新聞紙の残焼物が発見されておらず,媒介物として新聞紙
    れたとの客観的な裏付けが存在しないのである。
   ⑤ 新聞紙の存在の不確実性
     自白によると,新聞紙は玄関内のポリタンク台の下に敷かれていたものを持ち出し,そ
    ポリタンク台には電動ポンプが差し込まれたままの灯油ポリタンクが置かれていたという
    る。しかし,本件犯行日とされる日から18日後の8月31日の捜索差押時には,被告人
    内には新聞紙1枚が中敷きされたポリタンク台のみが存在し,その台にはポリタンクは置
    おらず,ポリタンクは屋外の軒下に3個が無造作に置かれており,特に電動ポンプが差し
    たポリタンクは,横倒しにされてその上に段ボール箱が置かれた状態で発見されているの
    しかも,Nの検察官調書には,「平成11年8月10日にファンヒーターからポリタンク
    を移した際,ポリタンク受けの下にも中にも新聞紙があったのは覚えているが,その後盆
    前位に,来客に備えて玄関を掃除した際にポリタンクを茶の間の軒下に移動し,その時タ
    下に新聞紙があったかどうかはっきりした記憶はない。」という記載があり,それに,N
    公判での供述や給湯ボイラーの修理に当たったOの検察官調書(甲49)によれば,給湯
    ーの修理の際,ポリタンクを持ち出して屋外のスチール製灯油タンクに灯油を移し替えた
    事実が存在することが認められる。そうすると,自白にあるように犯行時にポリタンク台
    新聞紙が敷かれていたことが確実とはいえず,また,自白とは異なり犯行時には玄関内に
    ンクが存在しなかった可能性さえあるといえるのである。
    以上のとおり,自白における犯行に新聞紙を使用したという点については,客観的裏付け
   むしろ新聞紙の存在やその使用について疑問がわくのを否定できず,放火の手段,方法とい
   の記憶が残っているのが自然と考えられる事項について,その記憶がそもそも存在するのか
   否定しきれない。
(2) 放火の対象となった廃材について
   ① C方軒下の廃材に気付いた時点に関して
     火をつけた廃材に気付いた時点に関して,警察官調書(乙12)では,「自宅敷地西側
    遊歩道を北側,つまり表通りに向かって歩き出し,表通りに出たところで,Cさん宅西側
    材木が積み上げられているのを目にして,この材木なら直ぐに燃え上がるだろうと考えた
    ・・・(中略)・・・そして表通りに出たところで,Cさん宅の西側軒下にも木材が積み上げら
    るのに気が付き,この時,Cさん宅の表通り側,つまり,前庭に積み上げられている木材
    つけるとすれば,表通りに面しているので通行車両などに目撃される危険性もある,西側
    木材であれば,表通りから奥まっていて表通りの通行車両からは見えにくいので西側軒下
    に放火した方が安全だ,と考えたのです。このように考えたことから,Cさん宅前の表通
    断し,更に,そのまま住宅街の道路であるCさん宅西側の道路を真っ直ぐ進んで,木材が
    げられているCさん宅西側軒下に至ったのです。」と,自宅から歩いて表通りに出たとこ
    木を発見し,その後表通りを横断して,C宅西側道路を進み,材木が積んである西側軒下
    たことになっており,しかも,「Cさん宅の家の前の庭などに沢山の木材が積まれている
    以前から知って」いたが,発見される危険性を避けるため西側軒下の材木の方に向かった
    なっている。それに対し,検察官調書(乙4)では,「Cさんの家の脇に来たときに,そ
    軒下に沢山の材木が積んであるのが見えました。Cさんの家の周りには,他にも材木があ
    うな気がしますが,このときは,Cさんの家の軒下に積んである材木が目に入りました。
    燃えやすいものを探していたので,その材木を見つけたときに,これなら燃えやすいだろ
    い,今日はこの材木に火をつけることに決め,その材木の方に向かいました。」とあり,
    た材木の様子を見た上,「私は,その材木に火をつけたいという気持ちが大きくなってき
    火をつけようと思いました。」とあり,C方西側軒下に積まれた材木の近くに来て,その
    気づき,それに火をつけることを思い立ったようになっている。
     火をつけた対象である廃材を見つけた経過やそれに火をつける決意をした時期について
    火を実際に行った者としては相応の記憶があり,当時の行動を思い起こすなら,供述が変
    ようなことではないと考えられるのである。それにもかかわらず,上記のように,最初は
    供述をしていながら,それが変わったり,供述に食い違いが生じているということは,果
    自ら経験し記憶にあることを供述しているのか疑問を否定しきれない。
   ② 廃材の状況に関して
     警察官調書(乙12)では,「積み上げられている木材の高さは,私の胸の高さ辺りま
    ましたので,1メートル前後の高さまで積み上げられていたものと思うのです。」,「木
    には40センチメートル位の高さのコンクリート土留めが設けられており,その土留めの
    差し引いて大体1メートル位であると思うのです。」,「積み上げられている木材は,角
    との中間位の厚さに製材した木材であったと記憶している」と供述した上,新聞紙を突っ
    隙間の位置について,「たまたま,木材と木材の間に適当な隙間ができているのを目にし
    的に新聞紙を突っ込んだことから正確には記憶しておりませんが,図面にも書いたとおり
    に長く積み上げられている木材の真ん中あたりで,上下については,下の方の隙間であっ
    に記憶しているのです。」とあり,また,「木材は,母屋の外壁とは接しておらず,外壁
    との間に10ないし20センチメートル位の空間があったように記憶している。」とある
    し,検察官調書(乙4)では,「厚さ三,四センチ,長さ三,四メートルの材木が,Cさ
    の壁に沿って積まれていました。」,「材木の高さははっきり覚えていませんが,私の胸
    での高さだったと思います。」,「私は,その材木に火をつけたいと思う気持ちが大きく
    きたので,火をつけようと思いました。私は,火をつけたいと思うあまりか,特に周りを
    ともしませんでした。そして,材木を見ると,重ねた材木の間に隙間があったので,持っ
    新聞紙を差し込みました。」と,材木の厚さ,長さに触れる一方,新聞紙を突っ込んだ隙
    置については言及していない。さらに,検察官調書(乙17)では,材木と壁の間隔につ
    「その時は,材木が壁にぴったりとくっついて置かれているのかとも思ったが,普通は余
    を壁に付けておくことはないので,多少離して置いてあるのだろうと思った。」とある。
     新聞紙を突っ込んだ隙間の位置について,警察官調書では真ん中辺りで下の方と,端近
    の方という実際の位置とかなり異なる供述をし,更に検察官調書では何ら具体的に供述し
    いのであるが,一方で,積まれていた廃材の状況について,その高さや長さ,木材の厚さ
    観察したように具体的に述べながら,他方で,新聞紙を突っ込んだ隙間の位置について実
    なり違ったり,警察官調書と検察官調書の間で異なっているのは,自ら体験しているとい
    ら,やはり不自然といわざるを得ない。また,夜間で街灯から離れており,積んである材
    の外壁との距離という,格別注意を払う箇所でもないところについて,あたかも実際見た
    うに警察官調書で供述しているのは,かなり不自然であり,検察官調書では,この不自然
    めようとしてか,異なる表現となっている。このように,新聞紙と突っ込んだ隙間の位置
    と外壁との間隔に関する供述の状況は,自らの記憶にあることを述べているのか疑問とせ
    得ない。
    上記のとおり,火をつけた廃材を発見し,それに火をつける決意をした時点に関し供述の
   あり,また,火をつけた位置等に関する供述に不自然さがあり,原判決が第3の3の■にお
   告人の自白の信用性に対する疑義⑥(21頁ないし22頁)として指摘するように,放火行
   についての迫真性が欠けることと相まって,新聞紙を突っ込んで火をつけたという供述が,
   て記憶に基づく供述なのか疑問を否定しきれない。
(3) 現住建造物放火の故意について
    人が住んでいる家屋に対し放火することについて,警察官調書(乙12)では,「Cさん
   にある窓のカーテン越しに,カーテンの色が赤であったためか赤色の明かりが漏れていたこ
   家の人はまだ起きている,木材の量が相当な量なので木材が燃え上がれば当然母屋に延焼す
   うが,母家に延焼したところで,早い段階で気付いて逃げ出すか消火するなどして焼け死ぬ
   ないだろうと考えて火をつけたもので,」とあり,検察官調書(乙4)では,「このとき私
   の材木に火をつければ,Cさんの家にも火がついて,Cさんの家が燃えてしまうだろうとい
   は分かっていた。ただ,私はその材木に火をつけるのに夢中になっていたためか,材木に火
   たあとのことまでは深く考えませんでした。」とある。
    しかし,本件は,自宅すぐ裏の,自宅の窓からも直接見える家屋の軒下に積まれた材木に
   るものであり,その家屋に燃え移ることを認識し認容したというのなら,その燃え移ったと
   大性についてどのように認識したのか,そのため火をつけることを逡巡しなかったのか,あ
   火をつけたときの心境はどうであったのかなどについて,生々しい現実感をもった供述がな
   のが自然と考えられる。しかしながら,警察官調書では家人は焼け死ぬことはないと考えた
   検察官調書では家屋も燃えるであろうことは分かったとあるのみで,検察官調書では後のこ
   く考えなかったと取り繕ったような供述が付加されており,いずれにしても,自宅近くの人
   家屋に燃え移ることを認識したとしたら,当然なされてよい供述がなく,果たしてこれが人
   家に火をつけることを考えた犯人の供述であろうかと疑問を否定しきれない。
    さらに,放火後の行動としては,上記供述調書等によれば,新聞紙が燃え上がるのを見て
   立ち去り,そのまま家に帰って酒を飲んで寝てしまい,格別火災の様子を確かめることをし
   たというのであるが,自宅裏の家族が現に住んでいる家屋に燃え移る可能性があることを認
   というのであれば,果たしてそのように無関心でいられたのか疑問であり,原判決が上記自
   する疑義⑧(23頁ないし24頁)として指摘するところに加えて,不自然さが残るといわ
   得ない。その上,検察官調書(乙4)に,「私は,その後,時間が経つにつれ,Cさんの家
   してしまったという思いが強くなり,また放火してしまったという思いと,警察に捕まるか
   ないという不安でいっぱいでした。」とあるのも,上記犯行後の行動と必ずしも符合せず,
   さが増すことになっている。
 (4) 動機及び犯意形成の経緯について
    放火の動機や犯意形成の経緯について,警察官調書(乙12)では,「仕事が順調に入っ
   いことや,仕事が少なくて収入が不安定なことで家計を仕切っている母との間に摩擦が起き
   ため常に鬱憤が溜まり,その鬱憤を晴らすために毎晩のように酒を飲み,酔うと時々,大胆
   ちというか理性が無くなってしまい,他人がどのようになろうと自分には関係がない,人が
   うなことをしてやろうという悪い気持ちが起き,その気持ちを抑えきれなくなってしまうの
   そして,その時々,酒に酔うと自分で抑えきれなくなる悪い気持ちと言うのは,火付け,つ
   の家などに無差別に放火したくなることなのです。Cさん宅の放火事件を起こしたときも,
   略)・・・今夜も何処かに放火しようという,時々起きる悪い気持ちが起きてしまい,・・・(中略
   妻子が寝ている寝室から抜け出すときに,寝室で吸っていたマイルドセブンライトという銘
   草1箱とその煙草を吸うために使っていた百円ライター1個を持ち出し,更に,自宅玄関か
   出るときには,グレーのタイル張り玄関内タタキ北側にある下駄箱脇に置かれている灯油ポ
   ク下に敷かれていた新聞紙を持って表に出たのです。」とあり,警察官調書(乙2)では,
   の仕事や母親との関係からくる精神的なイライラ感から,ある程度酒を飲んで酔いが回ると
   どこかに火をつけてやろう,人の家などが燃えようとも自分は痛くも痒くもないという大胆
   ちになってしまうのです。・・・(中略)・・・材木に放火したときも,大した放火の動機,理由
   いうものはなく,・・・(中略)・・・酒を飲み続けているうちに,ある程度酔いが回り,仕事が
   とや母親との関係でムシャクシャしていた鬱憤が爆発し,今夜もどこかに火をつけてやろう
略)・・・という大胆な気持ちになって放火してしまった」とある。これに対し,検察官調書
   では,「仕事が無いということで,少し早いのですが10日からお盆休みに入りました。そ
   このとき,お盆明けの仕事はまだ決まっていないということでした。・・・(中略)・・・私は,
   けの仕事の予定がなかったので,いろんな会社に電話をかけては,型枠の仕事がないか聞い
   した。・・・(中略)・・・そして,昼間電話をかけた会社から仕事の依頼があれば,夜10時こ
   に電話で返事があるはずなのですが,結局,その日は,返事がきませんでした。そして,い
   ように一人で酒を飲んでいると,いくら仕事を探しても見つからないので,収入のあてがな
   う不安が頭をよぎり,また,母親から『金がない』などと愚痴をこぼされるかと思うと,何
   むしゃくしゃしてきました。私は散歩しようと思い,ライターとタバコを持って玄関に行く
   油の入ったポリタンクとそのタンクを乗せるキャスターを見つけました。私は,2年前くら
   ら,実際に何回か放火をしていたこともあり,何かに放火すればストレスを発散することが
   という気持ちになっていましたので,ポリタンクなどを見たときに,今日も,イライラした
   を発散するために,どこかに火をつけてやろうという気持ちになりました。そして,ポリタ
   キャスターの間には新聞紙が敷いてあり,キャスターと床の間にも新聞紙が敷いてありまし
   れを見て,私は,その新聞紙を使って,火をつけようと思いました。」とある。
    放火の動機や犯意形成の経緯について,警察官調書では,日頃のうっ憤を解消することが
   あって,直接の動機には言及されておらず,また,既に玄関に下りる前に放火を決意してい
   るが,検察官調書では,直接の動機として仕事が入らずうっ憤が高じたという事情が追加さ
   らに,散歩をしようと玄関に下りたところでポリタンクを目にしたことが契機となったとあ
   調書間で食い違っている。こうした食い違いは,警察官調書では,約2年前から放火を繰り
   きたためもあって,本件での直接の動機や契機について意識的に触れられなかったのに対し
   官が特にこの点に留意して取調べを行ったため,より詳しい供述となったとも見られないで
   が,うっ憤やイライラを解消するためという従前からの理由に加えて,直接の動機となった
   あったとしたら,それは犯意形成上無視し得ないことであるのに,警察官調書で言及されず
   官調書で初めて出てきたり,犯行の決意をした時期という重要な事柄について,警察官調書
   官調書で食い違っているのは,やはり不自然といわざるを得ない。しかも,検察官調書にあ
   に,それまでも放火を繰り返していたというのに,散歩しようとして玄関に下りポリタンク
   放火を決意したというのも,なお不自然であり,原判決が上記自白に対する疑義⑤(20頁
   て指摘するように,本件の動機や犯意形成の経緯について迫真性が欠けるというのも是認で
    さらに,原判決も上記自白に対する疑義④(19頁ないし20頁)として指摘するように
   にも4回灯油を使って放火をしたことがあり,本件でも玄関に下りた際そこに置いてある灯
   タンクを目にしたというのであれば,何故本件ではそれまでと違い灯油を用いることなく,
   ンク台の下に敷かれた新聞紙を使うことになったのか,唐突で違和感があるのは否定できず
   ようにした理由や事情は,警察官調書及び検察官調書において全く言及されておらず,不自
   残るといえる。
(5) C方の明かりに関する裏付けの不十分性
    警察官調書(乙10,乙12)及び検察官調書(乙4,乙16)には,被告人はC方2階
   が点いているのに気付いたとあり,警察官が捜査したところ,当夜,C方の居間の電灯の明
   吹き抜けを通して2階の窓から見えた可能性があり,また,2階の部屋で娘が深夜まで起き
   ため,その電灯が窓から見えた可能性が高いというのである。
    しかしながら,居間の電灯と娘の部屋の電灯では,見える窓の箇所が異なってくるのに,
   調書ではその電気が見えた窓の箇所についてはっきり供述しておらず,また,両方が点いて
   が見えたとすれば,広範囲に明るくなるのに,そのような状況をうかがわせる供述はなく,
   にしても,当夜C方で点いていた電灯を見たことを踏まえた供述であるとの,客観的な裏付
   十分というべきであり,電灯を見たということも,当夜以外の経験を述べている可能性を否
   るものではない。また,電灯に気付いた時点について,警察官調書では電灯に気付いたと述
   ら,その気付いた時点について特に触れず,一方で検察官調書では,遊歩道を歩いている時
   に電気が点いているのが見えたとあり,さらに,見えた明かりについて,警察官調書(乙1
   は,「カーテン越しに赤色の明かり」とあるのに,検察官調書(乙4)では,明かりの色に
   ずに,「カーテン越しの明かりですが,その家に明かりが点いていたことは確かですので,
   に人がいたことは分かりました。」とあるのみであるが,電灯が点いているのに気が付いた
   ことは,上記のとおり,家屋に燃え移っても家人が逃げ出すと思ったので構わず火をつけた
   ことで,重要な意味を持つ事であるのに,その電灯に気付いた時点やそれがどのように見え
   について供述が変遷しているのは,真実電灯を見たのかどうか疑問を生じさせるといえる。
(6) 自宅に戻る際の出来事について
    警察官調書(乙12)では,「表通りから自宅方向に向かう遊歩道にはいるときに,表通
   歩道の間に段差があって,その段差に足をつまずき前のめりに転んだ。懐中電灯を持参して
   ったことから段差があるのに気が付かずにつまずいた。」とあるのに対し,検察官調書(乙
   は,「家に戻る途中,道路を渡ったところの段差で木の根っこのようなものにつまずいてし
   少しよろけてしまったのを覚えている。」と違っている。
    このように,両調書間では,つまずいた原因が違い,さらに,一方では「前のめりに転ん
   ありながら,他方では「つまずいた」とあり,もし実際に体験したのであれば,そのような
   生じることは考え難いといえる。その上,つまずいたとされる遊歩道と表通りとの間の段差
   は,直近に水銀ランプ2灯と歩行者用蛍光灯1灯の街路灯1組が設置されているなど,相当
   明るさがあり,しかも普段も通っているところであるから,暗さのためつまずくことがある
   問が生じる。さらに,警察官調書(乙12)添付の図面で被告人が転んだとされている場所
   え込みのあるところで通行する場所ではなく,通行するとしたら植え込みの切れ目まで迂回
   考えられるのに,そうした植え込みの存在について一切言及がないのも不自然である。いず
   ても,つまずいたとの供述は,それ自体に齟齬があるばかりか客観的状況と矛盾し,不自然
   ざるを得ず,犯行当日の行動の存在を強調しようとして虚構のことを述べている疑いが強い
   る。
(7) 自白に至る経過について
    被告人の自白の状況は,先に示したとおりであり,任意同行された8月31日に本件放火
   件を自白をしたが,その自白に至る経過について調書が作成されたのは,9月5日付警察官
   乙11)が最初であり,しかも,同調書や9月8日付検面調書(乙3)で自白に至る経過や
   ついて述べる供述は,詳しく整然としているものの,一方で,9月7日付警察官調書(乙1
   降の調書で犯行の経緯や状況に関して述べる供述が,上記検討のとおり,進んで自白した者
   としては整合性及び統一性,安定性に欠け,疑問点が少なくないことと比べ,均衡を欠いて
   果たして自白に至る経過がそれら調書にあるとおりであるのか疑問が生じるところである。
    また,Jの証言によれば,任意同行の後間もなくして自供したので,その自供に基づいて
   請求のために調書を作成したというのであるが,その作成された警察官調書(乙10)によ
   記憶ある事件として,本件器物損壊事件及び別表1,9と思われる3件ほどを挙げ,その後
   放火未遂事件について供述しており,本件放火未遂事件も他の事件も自ら自発的に思い出し
   した形態になっている。しかし,警察官調書(乙13)では,「タイヤへの放火については
   り忘れており,刑事さんからタイヤにも火をつけたことがないかと質問され,そういえば思
   た。」とあり,本件器物損壊事件は取調官の尋問により思い出したことになっている。この
   後の調書では取調官からの尋問で思い出したことになっている本件器物損壊事件が,それ以
   察官調書(乙10)では自発的に思い出し自供したことになっていることからすると,本件
   遂事件についても,自発的に自供したのではなく,取調官からの尋問によって自白した可能
   ることを,否定しきれないといわざるを得ない。
    そうすると,警察官調書(乙11),検察官調書(乙3)及びJの証言によれば,任意同
   疑事実が明らかにされていない取調べの状況下で,被告人は,「火付けのことですか。」
   家の火付けのことですか。」と述べて自供し始めたというのであるが,その自白に至る経過
   ては,最初に自白した直後の早い段階で調書化されず,後日詳しい調書が作成されているも
   それら調書の内容がそのまま信用できるのか疑問があり,また,自発的に自供したのではな
   調官からの尋問によって自白した可能性が否定しきれないのであって,自白に至る経過に関
   不明瞭なところがあるといわざるを得ない。その上,被告人は,以前に原判決添付別表番号
   し3の事件について,参考人として取調べを受け指紋も採られたという事情があり,また,
   行後の取調べにおいて自白を促す取調官の説得があったことを考えると,被告人において放
   についての取調べであることを察知し,取調官の示唆,誘導の下に自白し始め,事件に関す
   は,取調官の示唆や誘導に迎合して供述し,更に捜査の進展に伴って供述を変えるなどした
   あって,自白は被告人自らの記憶に基づくものではないのではないか,との疑いを払拭でき
(8) 自白の信用性に関するその他の事情
   ① 犯行時C宅の飼い犬に吠えられなかったと警察官調書(乙12)で供述している点は,
    C宅に行かなかったから吠えられる体験をしなかったともいえるのであって,当時の体験
    ものとは限らず,何ら自白の信用性を裏付ける事情となるものではない。
   ② 警察官Pの証言によれば,9月下旬ころ警察署留置場の警務に当たった際,被告人と会
    わしたが,その中で,「『早くここを出て,一生懸命やらなくてはならないのではないか
    言ったところ,被告人が『あの当時は,仕事も少なく,小遣いももらえないなど,むしゃ
    していて,酒を飲んでやってしまった。』と述べ,『むしゃくしゃしても,人の家に火を
    のはまずいんじゃないのか。』と言うと,被告人が二,三回頷いた。」というのであるが
    人の言葉自体が何を指して言っているのか具体性を欠き,その発言がどのような脈絡でな
    のかも明らかでなく,上記警察官が主観的に理解したというに止まるといわざるを得ず,
    信用性を裏付けるに足るものと評価することはできない。
     また,被告人は,本件放火未遂事件の起訴後,C家に対し謝罪の手紙を出しているが,
    動機や経緯,どこにどのように火をつけたのかの態様など,具体的な内容が記載されてお
    むしろ言い訳がましく,謝罪する手紙としては空虚に感じられ,真に謝罪する心情が読み
    ものではない。しかも,被告人は当時自白を維持しており,余罪の捜査も続行中であるこ
    0月8日付の警察官調書が作成されている。)からすると,身柄拘束中であることから家
    ばい,あるいは情状を有利にするための行動に過ぎないとも考えられ,この手紙の件をも
    白の信用性が裏付けられると評価することはできない。
(9) まとめ
    以上のとおりで,本件放火未遂事件に関する被告人の自白は,その内容について,客観的
   けがあるとはいえず,調書間でも変遷と不一致があり,一部が不自然に詳しかったり,肝心
   があいまいであるなど,整合性及び統一性,安定性に欠け,あるいは明らかに虚偽と思われ
   が含まれるなどしていて,疑問点が少なくなく,また,その自白に至る経過についても不明
   ころがあり,取調官に迎合したものであって,自らの記憶に基づくものではないのではない
   疑いがあり,信用性に疑問があるので,その自白をもって本件放火未遂事件の事実を認定す
   はできない。
 4 本件器物損壊事件に関する自白について
   本件器物損壊事件については,警察官調書(乙13)で具体的な供述をしているが,その内
  そもそも犯行自体すっかり忘れており,取調官から言われて思い出したというものであり,酔
  たため,タイヤに火をつけた車がRV車であったことを覚えているだけで,車名や色は覚えて
  4本のタイヤのうちどのタイヤに火をつけたのか,いかなる事情からどのような気持ちで火を
  のかも覚えておらず,犯行の場所に行った事情や犯行時の周囲の状況,犯行の動機,心境等は
  憶がないとし,犯行の時間も深夜という記憶であるとする。一方で,同調書では,記憶にある
  して,Kの北側斜め向かいにあるテニスコート前の駐車場の西側から二,三台目の駐車枠に駐
  た車のタイヤ1本にライターで火をつけたこと,タイヤの下の方の溝部分に火をつけようとし
  何度かライターの火が消えてしまい,再度点火してタイヤに火を当てたこと,ライターの炎と
  時はタイヤも燃えているが,ライターの炎が消えると消えてしまったこと,立ち去るときは火
  ていたことを供述している。検察官調書(乙19)でも,動機についてはよく覚えていません
  しながら,犯行日と犯行の状況についてある程度具体的に供述をしている。
   しかしながら,原判決も上記自白に対する疑義⑨(24頁)として指摘するとおり,一方で
  自体を忘れており,犯行に至った経緯や動機,その時の気持ち等は覚えていないとしながら,
  「私がやったことは間違いのない事実なのです」とし,ある程度具体的なことは記憶しており
  して供述していることは,不自然,不合理というほかなく,むしろ,記憶がないにもかかわら
  調官からの誘導によって記憶しておりますとして供述しているに過ぎないのであって,真に記
  ることを供述しているのかははなはだ疑問であり,この自白をもって事実認定に供することは
  い。
   なお,検察官調書(乙19)では,犯行日について,当時交際していた女性のアパートに職
  間の男性と共に行き,そこで3人で飲んだ後,自宅に帰る途中犯行に及んだもので,その日は
  旬ではないかといわれれば間違いないと思いますと供述し,警察官調書(乙13)でも,推測
  がらも,同旨の供述をする。しかし,上記女性及び男性の休みの状況及び車両の所有者Bの勤
  関係から導き出される,Bの車両が駐車場に駐車されていた可能性等を踏まえると,原判決も
  ているとおり,上記3人が一緒に飲んだ可能性があり,かつ,Bの車両が駐車されていた可能
  る日として一致するのは,4月18日ということになるが,それはAのいう4月下旬とは合わ
  いえる。のみならず,当審での事実取調べの結果からは,後にも判断するとおり,Bの車両に
  れていたタイヤは4月23日に購入され,それ以降に装着されたことが認められるので,4月
  に火をつけられた可能性は否定され,自白にあるように女性らと3人で飲んだ日に犯行を行っ
  性というのは全く否定される。そうすると,女性らと3人で飲んだ日という特定の日と結びつ
  件器物損壊事件を犯したと述べる被告人の自白は,その信用性が著しく低いといえる。
 5 A及びDの各証言の信用性
(1) 原判決は,Aの証言について,被害に遭ったとされるタイヤに存する凹損自体が本件放火
   ものと断じられず,裏付ける客観的証拠に乏しいこと,A自身の警察官調書との間に看過で
   いくつかの齟齬があること,捜査経緯に不自然さがあること,日にちに関する被告人の供述
   しないこと,目撃した被告人の服装について疑問があることなどから,被告人による本件器
   事件を認定できる信用性は認められないとした。
    それに対し,所論は,Aは,被告人と利害が相反したり感情的に対立するような関係にな
   更被告人に不利益な虚偽供述をすると疑うべき事情がないこと,Aが他人を被告人と見間違
   はなく,妻DもAと同旨の供述をしていること,Aの目撃情報から本件タイヤの焼損が発見
   おり,客観的裏付けがあること,Aの証言と捜査官に対する供述との齟齬は,時間の経過に
   憶の減退,変容によるものと見るべきこと,原判決のいう捜査経緯の不自然性は,単なる誤
   正等によるものであり,存在しないこと,日にちについては被告人はその可能性があるとし
   しているに過ぎず,Aの証言と整合性が欠けるものではないことなどから,原判決を論難し
   証言は十分に信用性があると主張する。
    そこで,当裁判所は,Aの証言の信用性を改めて検討し,併せて,Dの証言の信用性につ
   討することとする。
(2) Aの証言の要旨は,以下のとおりである。
    4月下旬ころ,弁当屋の裏の駐車場に車を止め,自分が運転席,妻が助手席に座って,買
   当を食べていた。この日は,5月の連休を取ることについて相談していたので,4月下旬こ
   ったと覚えている。このとき,車の右の方から歩道上を歩いてくる被告人に気が付いた。平
   年8月上旬に病院に入院中,10日間ほど同室であり話をするなどしていたので,すぐ被告
   かった。妻とも「Lさんだなぁ。」などと話した。被告人は,携帯電話で話ながら歩いてい
   を通過し,1台おいて左側に止められている「ラシーン」の前に急にしゃがみこんだ。そし
   告人は,左に携帯電話を持ったまま,右手でライターを持ち,ライターに火をつけて右前の
   に近づけた。ライターの火が消えると何度かつけ直していた。自分は,「何だ。いたずらし
   かな。」などと妻と話した。そのうち,タイヤから黒煙が上がり,立ち上がって元来た方向
   て行った。立ち去ったとき,オレンジ色の炎が上がっており,それが大きくなっていく感じ
   ので,自分が,飲みさしのウーロン茶をかけて消した。被告人が立ち去った時刻は,自動車
   を見ると,7時48分であり,妻と話して,時刻をメモした。
(3) Dの証言の要旨は,以下のとおりである。
    4月ころ,自分の勤務が終了した後の午後6時半以降,駐車場に車をテニスコートに向け
   し,車中で夕食のお弁当を食べた。自分の勤務先の5月の連休が決まっていてその過ごし方
   て話をしていたので,4月20日以降のことである。食事中か食べ終わった後かであるが,
   が自分たちの車の前を通り過ぎ,左側の二,三台分離れた駐車枠にテニスコートに向けて駐
   ていた「ラシーン」という車の右ボンネット前辺りに止まって,右手に携帯電話を持って電
   ながら,左手に持ったライターで,「ラシーン」の右前輪タイヤに火をつけた。夫が先に人
   てくることに気付き,何か言ったと思うが,内容は覚えていない。私は,被告人が自車の前
   た時点では被告人であることが分からず,「ラシーン」に火をつけた時点で分かった。被告
   何回か炎を消したり付けたりして,タイヤの半分より少し上の方に火をつけていた。その時
   被告人との距離は,1メートルちょっとはあったと思うが,覚えていない。止めようという
   たが,後で何をされるかわからないから放っておくように言った。被告人は,火をつけた後
   へ行ったか覚えていない。被告人が去った後,タイヤに火がついていたので,Aが飲みかけ
   ロン茶をかけて消した。赤い炎で,そんなに大きくはなかった。被告人を見てからいなくな
   の間は,五,六分だと思う。その時刻は,確認もしていないし,覚えていない。その時被告
   黒のジャスズボンに半袖のTシャツを着ており,寒い時期なのにちょっと変だなと思った。
(4) 各証言の信用性の検討
   ① 事件の存在等に関して
     ところで,原判決は,B所有の車両「ラシーン」の被害に遭ったとされるタイヤ(以下
    タイヤ」という。)に存する凹損自体が,Aが目撃したという犯行によるものと断じられ
    し,さらには,本件器物損壊事件に関する捜査関係書類において被害タイヤのサイズの書
    が存在することから,証拠の改変を疑い,事件の存在自体に疑念があるかのように判示す
    この点について考察しておく。
     原審で取調べ済みの証拠及び当審での事実取調べの結果によると,Bの実父であるQは
    23日にリサイクルセンターで,アルミホイール付き中古タイヤ4本のセットを合計2万
    入し,被害タイヤはその中の1本であり,同4本のタイヤは,その後間もなくBの車両
    ン」に装着されて走行に供され,本件器物損壊事件があったとされる4月下旬において,
    も装着された状態にあり,7月21日に被害タイヤ1本が外されて警察に任意提出され,
    成13年4月27日に,Q宅の作業場に保管されていた被害タイヤとセットの他の3本の
    が,警察に任意提出されたこと,被害タイヤ及び他の3本のタイヤは,いずれも,株式会
    造の「INTECH ORPHEUS 185/60R14」という種類のタイヤであり
    タイヤには,トレッド部(主溝)に縦2.2センチメートル,横5.5センチメートルの
    ショルダー部に縦1.0センチメートル,横3.5センチメートルの凹損があり,同各凹
    は,ゴムがスポンジ状の多孔質に変質し,ゴム高度が低下しており,走行時の急制動等に
    能性はなく,変質の状態からして,熱,薬品,油脂等の外的要因により生じたと考えられ
    が認められる。
     上記の各事実が認められ,「ラシーン」の右前輪のタイヤである被害タイヤには,Aが
    た放火行為と符合する凹損があり,それが燃焼によるものと考えても矛盾がないことから
    Aが目撃したという「ラシーン」の右前輪のタイヤへの放火行為は存在したと認められ,
    が言及する捜査関係書類におけるタイヤサイズの訂正や被害タイヤの時価の相違も,捜査
    しや誤解に基づく訂正ないし誤記と考えられる。
     そして,証言に相応する右前輪タイヤに焼損のある車両が存在し,A及びDの各証言は
    的であって概要で一致していることからすると,両名が全く架空の話を作出して供述して
    は考え難い。そこで問題は,Aらの目撃したという犯人が被告人と断定できるかであるの
    の点に焦点を当てて検討する。
   ② Aの証言に関して
     Aの証言に関して検討すると,以下のとおり,少なからぬ疑問があり,同証言からはそ
    した犯人が被告人であると断定することはできないといわねばならない。
   (ア) 目撃日時について
      Aは,本件器物損壊事件を目撃した日時について,原審公判での証言において,「平
     年4月下旬であり,明確な日にちは記憶していない。被告人が近づいてくるのが分かっ
     午後7時45分ころであり,それは,被告人が火をつけた後立ち去った時刻が午後7時
     であるからであり,この時刻は,推理小説をよく読むことから,後で人に聞かれたとき
     に覚えておこうと思い,車内の時計で時間を確認して,妻にも覚えておくように言い,
     記録したからである。日にちは記録しなかった。捜査段階でも同様の供述をした。」旨
     る。しかしながら,弾劾証拠として調べられた7月19日付警察官調書(原審弁護人請
     番号47。以下,弁47と表示する。)では,「犯行を目撃したのは,4月27日か2
     ろの午後7時30分ころから午後8時ころまでの間である。目撃したときに,車内です
     かの領収書の裏側にその日時をメモしたので,日時の記憶が残っている。」旨供述し,
     Aを取り調べたJが作成した上記器物損壊被疑事件認知報告書(甲68)においても,
     事情聴取した結果として,「4月27か28日ころの午後7時30分から午後8時ころ
     て」とされている。
      犯行を目撃した日にちに関して,Aの供述が上記のとおり,4月27か28日ころか
     下旬へと変わったことの不自然性については,原判決がAの証言の信用性の検討におい
     察官調書との供述の齟齬として判断しているところ(31頁ないし33頁)が是認でき
     人の自白等による犯行可能な日についての捜査結果との整合性を図るため,取調官の示
     し教示により証言では幅のある時期に変えた疑いが強い。しかも,その4月下旬という
     ついては,車内で5月の連休の予定についてDと話し合っていたからというのであるが
     証言によると,その連休というのは,4月下旬からの祝日及び休日が続く暦上の連休を
     いるわけではなく,生協に勤めるDが取ることを予定している連休を指しているのであ
     必ずしも4月下旬といえる根拠となるものではないといわなければならない。
      さらに,Aは,目撃をした直後にメモをしたと証言しながら,一方では日時をメモし
     い,他方では時間はメモしたが,日にちはメモしなかったと言うのであって,そのメモ
     いう内容及びそのメモに基づく供述に変遷がある。それは,最初にメモしたと言った日
     変えざるをえなくなったため,日にちはメモしなかったと言い,一方で,幅のある時間
     っていた時間を特定の時間に変えたためであると推測され,そのようにメモした内容が
     ていることは,そもそもメモしたこと自体があったのか疑わしいといえる。加えて,メ
     といった印象に残ることがあったならば,当然Dの記憶に残っていてもよいのに,Dの
     は,メモについての証言がなく,むしろ時刻は確認しなかったと証言しているのである
     すると,Aは,自己の目撃が間違いないことを強調するために,あえてメモをしたなど
     事を言っている可能性が否定できないのであって,それはその証言全体の信用性にも影
     ことになる。
   (イ) 目撃状況に関して
     a 被告人であることが分かった時点
       Aは,自分達の車に近づいて来る前に被告人と分かったと証言し,しかも,Dに声
      Dも「Lさんだぁ」と声を出したと証言するが,Dは,Aにそうした声を掛けられた
      ことは証言しておらず,むしろ,ライターの火をつけたので被告人と分かったと証言
      り,Aと食い違いがあり,もしAのいうように二人の間で会話がなされたとしたら,
      憶がないとは言い難く,Dの証言にそれについて何ら出てこないのはおかしいといえ
      た,Aから事情聴取をしたJの証言によると,Aは,「被告人の目はうつろな目をし
      酔っているようだった。」旨供述していたというのであるが,夜間にそのような目の
      で見えたのか疑問がある。これらのことから,Aは,被告人と分かったということを
      るため,あえて作為的に誇張して証言している疑いがあるといわざるを得ない。
     b ライターで火をつけた手
       Aの証言によると,被告人は携帯電話を左手に持ち,ライターを右手に持って火を
      というのであるが,警察官調書(弁47)では,被告人の行動がよく観察できた状況
      した上,明確に,右手に携帯電話を持ち,左手で火をつけたと供述しているのであっ
      い違いがあり,しかも,Aは,警察官の取調べに対しても証言と同じく供述したと思
      言し,また,Dは,右手に携帯電話を持ち,左手にライターを持っていたと証言して
      Aの証言と違っている。このようなAの供述状況は,時間の経過による記憶の混乱と
      れないものがあり,自己の目撃の正しいことを強調しようとして,明確な記憶にない
      あえて供述している疑いさえ生じるところである。
     c 火をつけた場所
       Aは,一段高い歩道上から火をつけたと証言し,警察官調書(弁47)でも同じ供
      同調書添付の図面においても,「ラシーン」とAらの乗用車が,前部車輪より前の車
      が歩道上にせり出す形で駐車しているように描いている。しかし,Dはそのように歩
      ら火をつけたとは証言しておらず,Aを立ち会わせた現場での検証も行われていない
      ら,果たしてAがそこまで実際に確認できたのか,その供述するとおり「ラシーン」
      ヤの箇所に火をつけることが可能なのか,疑問が残るところである。
     d 火をつけたタイヤの箇所
       Aの証言によると,タイヤの上半分の箇所に火をつけたという(Dの証言も同じで
      のであるが,タイヤの上半分の部分であるならば,フェンダーが被さり,タイヤの面
      ブし,しかもタイヤの外側端から少し内側に入った溝部分であることから,ライター
      上に伸びることからしても,ライターで火をつけることは難しい箇所と考えられるが
      点,捜査機関によるタイヤの燃焼実験でも,下半分の箇所に火をつけている。),実
      ラシーン」で検証をしておらず,Aの証言にあるように火をつけることが可能なのか
      残るところである。
     e 火をつけていた時間等
       Aは,「被告人がライターの火をタイヤに近づけていた時間は,正確に計っていな
      30秒から1分くらいだと思う。被告人が視界に入ってから立ち去るまでの時間は,
      そ3分くらいだと思う。警察官の取調べで,ライターの炎を五,六分近づけていたと
      た記憶はない。」旨証言するが,一方,警察官調書(弁47)には,「そのままLの
      注視していたところ,ライターの炎を五~六分位タイヤに近づけていたことからタイ
      真っ黒い煙とともに,タイヤ自体からも炎が上がり始めたのです。」とあり,Dは,
      が見えてからいなくなるまでの時間は,五,六分であると証言する。
       時間の感覚はあいまいなものであることを考慮しても,タイヤにライターの火を近
      いたという一定場面の時間が,30秒から1分くらいというのと,五,六分というの
      大幅に違いすぎ,しかも,そうした違いがあるのに,警察官の取調べに対しても証言
      供述をしていたというのであるから,果たしてどの程度目撃していたのかその正確性
      が生じ,Aは,自己の目撃が正確であることを強調するため,いささか過剰な供述を
      ころがあるのではないかと疑われる。
     f まとめ
       上記のとおり,Aの目撃状況に関する証言には,それ自体に不自然と考えられると
      あるいはDの証言と食い違って不自然,不合理なところがあり,自己の目撃や記憶に
      ないことを強調しようとする余り,故意にゆがめあるいは虚偽のことさえ供述してい
      疑いを否定できない。
   (ウ) 情報提供の経緯
      当審公判でのH及びGの各証言によると,Aは,「放火魔を知っている。」と切り出
     自ら本件を目撃したことを話し,また,自分の方から電話で,「本署の方で犯人分かっ
     という噂だよ。犯人はgからc町に家を建てて,若くて大工をやっているやつだという噂
     と話した上,Gの要請に応じて数日後駐在所に赴き,本件目撃の話をしたというのであ
     らに,A自身,その証言において,「放火の現場の多いのがeだったということを聞きま
     「結構あのころ本当に火事が昼間でも夜でも頻繁に多かったんです。」,「あのe辺り
     のは,・・・(中略)・・・いろんな人にお世話になってこう生きてきますからね,あの火事
     場所にも知り合いとか同業者が沢山いるんです。それでちょっと世間話して,知り合い
   のごろ半鐘というか,サイレン鳴ると,心配で寝られねえんだ。』って言う知り合いも
     ましたから,・・・(中略)・・・そういう放火とか,そういうものというの,私嫌いですか
     く解決してもらえばいいなと思って,言っただけです。」と,本件目撃を申告する考え
     た動機を語り,その上で,上記のように,あたかも連続放火犯を知っているかのような
     しているのである。
      しかし,Jが作成した一覧表によっても,平成11年4月ころ火事が昼でも夜でも頻
     かったといえる状況にあったとはうかがわれず,Aの証言はいささか誇張であり,また
     官調書(弁47)でも,手柄話をするような供述をし,被告人の性格,素行についても
     ままで行状がよくないと供述するなどしているのであって,こうした供述状況からは,
     も犯人検挙に一役買い,警察の歓心を買おうとしているのではないかと疑われるのであ
     の証言をそのまま信用できないところである。
   (エ) その他について
      Aは,F駐在所のGから直接事情を聞かれたことはないと証言する。しかし,Dは,
     に本件器物損壊事件を目撃したと話したが聞いてもらえず,平成11年夏ころにAとと
     駐在所に赴き,Gに目撃状況を話した旨証言しており,この証言は,H,G及びJの各
     も一致し,十分信用できるところ,Aは,わざわざF駐在所に赴いて警察官に目撃情報
     たという事実について,記憶がないとは考え難いのに,あえて隠していると考えられる
      Aは,犯行を目撃した翌日,車の持ち主と同じ職場に勤める女性従業員に,そのまま
     ないのでタイヤに火をつけられたことを伝えてくれるよう頼んだ旨証言している。しか
     ら,Aの証言によっても,タイヤにそれほど危険があると認識したとは認められず,車
     主を知っていながらわざわざ伝言を頼むというのも不自然であり,この証言は明らかに
     作り事といえる。
     以上のとおり,Aの証言には,少なくない疑問があり,証言に信憑性を持たせるために
    や作り事などを交えて誇張した証言していることが疑われ,それは,不確かな目撃やあい
    記憶しかないことを,あえて強弁しているためと考えることもできる。Aは,目撃情報を
    に申告した当時,毒物及び劇物取締法違反の被疑者の立場にあり,自己の罪の追及を緩や
    るため,犯罪捜査に一役買おうとして,必ずしも確かな目撃や記憶がないにもかかわらず
    の歓心を得るような供述をし,その目撃や記憶の正確性が問題とされると,あえて強弁し
    したり過剰な供述をしているものとの疑いを払拭できないのであり,Aの証言はその信用
    問があるといえる。 
   ③ Dの証言について
     Dの証言は,なるほどタイヤに火をつけることを目撃した状況については具体的である
    の目撃した人物が被告人であるという人物の特定については,Dの証言によると,Aの病
    中,被告人と五,六回くらい顔を会わせ挨拶をした程度であり,その後一度見掛けたこと
    というのであるから,Aの入院中の出会いから既に8か月経過した時点でも,被告人の容
    分に見分けがつくほど覚えていたのか,ましてや夜間に判別できるほど覚えていたのか,
    であって疑問が残るところである。そうすると,目撃した人物が被告人であることについ
    Dは,自らは必ずしも自信が持てずあやふやであったところ,Aからの吹聴によりそれに
    たり,そのように思い込んだ可能性や,妻としてAの言うことに従った可能性も否定でき
    の証言をもって十分な信用性があるとはいえない。
   ④ A,Dの各証言の信用性の評価
     以上検討したとおり,A及びDの各証言は,内容的に疑問点が少なくなく,いまだ信用
    は足りず,これらをもって本件器物損壊事件が被告人の犯行であると認定することはでき
 6 総括
   上記のとおり検討してきたが,本件各事件の捜査の端緒となったのは,Aの本件器物損壊事
  撃したとの情報提供であるが,警察当局は,A及びDからその目撃状況について事情聴取する
  途にAらの供述が信用できるものとして,被告人が本件器物損壊事件を行ったとみなし,それ
  でなく,それまで発生している他の連続放火事件(Jが作成した一覧表のC方への放火未遂事
  いた平成9年や平成11年7月までの事件)についても,被告人がその犯人であるとの見込み
  を持って捜査を進め,それより以前に,Aらの供述がどの程度信用できるものであるか,例え
  らの被告人の容貌に対する記憶の程度の検証,現場の夜間における照明や見通しの程度の検証
  車両に対する供述どおりの放火の可否の実験,目撃日時についての客観的な資料による裏付け
  するなどして,その目撃内容の信用性について改めて検証して確かめることがなかったもので
  連続放火事件の捜査を進めようとする捜査官の姿勢としては,安易でずさんとしかいいようが
  のである。さらに,Aに対して検察官による取調べがなされた状況もなく,その供述の信用性
  と確認が不十分であったことは明らかである。また,本件放火未遂事件が発生し,それが放火
  疑いは十分でありながら,現場の検証や証拠の収集は,連続放火事件の捜査に当たっている捜
  態度としてはおざなりといわざるを得ない。
   被告人の自白については,任意同行後間もなく自白したというのであるが,その自白に至る
  心境について,直ちに調書化する措置をとらず,また,その最初に自白した時点での事件に関
  体的供述も調書化して残さなかったものであり,そのため自白に至る経過やその最初の自白時
  る供述の程度について明らかでなく,取調官の示唆や誘導等の可能性について疑念が残ること
  たのである。さらに,その後に作成された自白調書においても,その内容に対する客観的な裏
  査が確実になされず,記憶が存在せずあるいはあいまいな記憶しかないことを取調官の示唆や
  よって供述しているのではないか,と疑われる内容となっているのである。一方,検察官調書
  ては,警察官調書では触れられなかった重要な事項について新たに供述がなされたり,警察官
  おける不自然性を払拭すべく供述が変更されているところが随所に見られ,しかも,そのよう
  な供述がされたり供述が変更された理由や事情について,何ら説明がなされず,ただ新たな供
  け加え,あるいは供述をあいまい漠然化させて警察官調書の供述を後退させているところが目
  であり,かえって検察官調書と警察官調書のいずれが信用できるのか不明となる結果を招き,
  は自白の前提となる記憶の存在自体に対する疑問が増す結果とさえなっている。さらに,器物
  件の自白に見られるように,記憶がないといいながら取調官の誘導をうかがわせる供述を得て
  って自白の信用性を失わせる結果となっており,本件以外の一連の放火事件についても自白が
  たとしながら,それら他の事件についての自白の信用性に関して,検証や裏付けのための捜査
  程度行われたのか不明であり,他の事件を含めた自白全体についての信用性の裏付け捜査も不
  あるといわざるを得ない。
   したがって,被告人の自白についてはその信用性に疑いがあり,また,A及びDの各証言も
  るに足りるものとはいえないので,自白及び各証言のいずれもそれをもって有罪の事実認定を
  とができず,他に積極的に本件各公訴にかかる事実が被告人による犯行であることを証明する
  存在しないから,本件各公訴事実についてその証明がないとして被告人に無罪を言い渡した原
  事実誤認はない。論旨は理由がない。
第4 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用につい
  訴法181条3項本文により被告人に負担させることができないので,主文のとおり判決する
  
平成14年11月12日
  仙台高等裁判所第1刑事部
    裁判長裁判官  松  浦     繁
       裁判官  根  本     渉
       裁判官  春  名  郁  子

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