弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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「木古内保険金殺人事件」
主       文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中700日をその刑に算入する。
理       由
(犯罪事実)
被告人は,A(当時34歳)を被保険者とする生命保険金等を取得するため
に,同人を殺害しようと企て,
第1 B及びCと共謀の上,平成10年10月18日午後11時55分ころ,北
海道千歳市a道路上において,前記Bが,同所を歩行中の前記Aに対し,時
速約40キロメートルで走行中の普通貨物自動車を同人に衝突させて同人を
跳ね飛ばしたが,同人に加療約10日間を要する前胸部打撲,右上腕・左腰
部・右頭部・左下腿挫創,右顔面・背部挫傷の傷害を負わせたにとどまり,
その目的を遂げなかった
第2 D,E及びFと共謀の上,同年11月15日午前7時ころ,北海道上磯郡
木古内町字b林道脇に駐車中の自動車内において,前記Dらが,前記Aに対
し,その頸部にワイヤーロープを巻き付けて強く締め付け,よって,そのこ
ろ,同所において,同人を窒息により死亡させて殺害した
ものである。
(事実認定に関する主要な争点に関する判断)
第1 判示第1の事実(殺人未遂)について
被告人は,共犯者B及びCと共謀して,Aを被保険者とする企業保険金を
取得する目的で,同人を殺害しようとしたことは認めるものの,Aを被保険
者とする生命保険金を取得する目的はなく,また,C及びBが報酬欲しさに
積極的に本件犯行に荷担したものである旨弁解して,本件における関与の程
度,態様等を争っている。
当裁判所は,本件において,被告人は,企業保険金だけではなく,個人保
険金の取得も目的として,A殺害の具体的な方法を考え,犯行現場で殺害の
指示を出すなど,終始主導的な役割を果たしたと認めるものであるが,その
理由を補足して説明する(なお,以下の説示においては,公判廷における供
述が証拠となる場合も,公判調書中の供述部分が証拠となる場合も,単に
「○○の供述」と表記することとする。)。
1 争いのない事実
以下の事実は,関係証拠上明白であるか,被告人も自認しているものであ
る。
(1)被告人は,昭和51年ころから,洋服販売等を業とするcやdを経営す
る一方,同52年ころから,暴力団e組f会g組組員,同60年ころに
は,同g組h会会長となるなどして,暴力団員として活動していたとこ
ろ,同63年9月,Bら配下の暴力団員らと共謀して敢行した強盗致傷事
件で懲役9年の刑に処せられたことなどから,前記h会を解散して暴力団
を脱退したが,その後も,前記f会会長など暴力団幹部との交際は続いて
いた。
被告人は,服役後の平成9年6月ころ,輸入雑貨類や中古自動車等の販
売を業とする有限会社甲(同10年10月,株式会社に組織変更。以下
「甲」という。)を設立し,札幌市豊平区に事務所を設け,「会長」を名
乗って実質的に同社を経営していた。
(2)Bは,昭和61年5月ころ,前記dで稼働するようになるとともに,同
年8月ころからは,前記h会組員となって被告人の配下として活動してい
たが,被告人らと敢行した前記強盗致傷事件により懲役6年の刑に処せら
れて服役し,そのころ前記h会を脱退した。その後,Bは,平成5年10
月に仮出獄し,同8年夏ころから,自動車の美装等を業とするjを経営し
ていたが,同9年9月ころ,被告人と再会し,同10年6月ころから,店
舗を甲内に移転して営業するとともに,甲のガレージ長として稼働するよ
うになった。
Cは,平成9年ころ,当時稼働していた中古車販売店kにおいて,客と
して来店した被告人と知り合い,同10年4月ころから,甲において稼働
するようになった。
(3)Aは,平成3年11月ころから,北海道上磯郡木古内町の自宅におい
て,スナックkや熱帯魚店lを経営するとともに,同7年10月ころに
は,函館市内において熱帯魚店mを開業したが,事業資金等を捻出するた
め,被告人の甥で前記lの常連客であったGなどを連帯保証人として,同
年12月ころ,nから400万円の融資を受けたほか,同9年2月ころに
は,株式会社oから400万円,同年4月ころには,pから100万円の
融資を受けるなどしたものの,経営不振等のため,月々の利息返済等も滞
納するような状況で,同年10月ころには前記mの,翌11月ころには前
記lの,それぞれ閉店のやむなきに至った。
(4)この間,被告人は,同年9月ころ,実兄のHから,GがAの連帯保証人
となったが,Aが借入れ先のo等への返済を滞納しているため,Gの勤務
先にまで再三にわたって返済督促の電話がかかってくるような事態とな
り,Gが困惑しているなどとして善後策を相談された。そこで,被告人
は,Hに対し,Gに返済督促がこないようにo等と交渉に当たることを約
束し,同年10月ころ,A方を訪れ,Aや妻のIらと会い,同人らから,
今後一切Gに迷惑をかけない旨の念書を差し入れさせるとともに,oに対
しても,被告人がAの月々の返済の責任を持つことを条件にGに対する督
促を中止することを承諾させた。
(5)その後,被告人は,Aのo等への債務弁済に関し,同年11月ころ,A
に対し,その返済資金として,数百万円にも及ぶ現金を渡したほか,Gを
除くAの連帯保証人やその親戚等に対し,甲の商品を販売した旨装って架
空ローンを締結させて,ローン会社から甲に支払われる代金を返済資金と
してAに渡すなどする一方で,Aに前記自宅で甲の代理店を営ませ,その
売上金で同人に対する貸金の回収を図ろうとした。しかし,被告人は,A
が,案に相違して,被告人から渡された現金のうち,その一部を返済資金
に充てたのみで,残りを他に流用するなどした上,o等への返済も滞ら
せ,更には同人が支払うことになっていた,前記架空ローンに係る返済金
も支払わなかったことから,同人に替わってこれらを返済せざるを得ない
状況に陥った。
(6)ところで,Aは,同10年5月下旬ころ,自らを被保険者として,郵政
省管理の全期間払込30年養老保険10口(死亡保険金1000万円,受
取人I)及びqの生命保険(死亡保険金5000万円,受取人I)に加入
した(以下,Iを受取人とする生命保険を「個人保険」という。)が,被
告人は,同年9月1日付で,被保険者をA,受取人を甲とするqの企業保
険である「無配当新・定期保険」(死亡保険金3000万円)に加入した
(以下,甲を受取人とする生命保険を「企業保険」という。)。
(7)被告人は,同年6月ころ,甲の輸入雑貨部門と中古車販売部門を分ける
などして事業を拡大させたが,これに伴い,人件費や家賃等の経費が増加
し,次第に資金繰りに苦しむようになった。
この間,Aに対する立替金等は,総額で1000万円を超えるようにな
ったが,被告人は,同年10月初めころ,Cに対し,Aを殺害して同人に
かけられた保険金で同人の債務や自分の立替金等を清算したいなどと話し
たほか,Bに対しても同様の話を持ちかけた。その後,被告人は,C及び
Bと個別に,Aの殺害方法等を打ち合わせた結果,Aを酔わせて盗難車で
ひき殺すという計画を立てた。なお,被告人は,Cに対しては,BがA殺
害計画に加わっていることを伝えていなかった。
(8)被告人は,Aが同月16日から甲に研修のために来る機会を利用して,
同人を殺害しようと考え,同月17日ころ,犯行に使用するための自動車
の手配を,暴力団e組f会r組会長を介して同会組員のJに依頼するとと
もに,同月18日,CとBに対し,Aを同日夜殺害する旨伝えた上,被告
人とCが札幌市豊平区内にあるスナックsでAに酒を飲ませること,Cが
Aを自宅まで送り届けることを装って同人を車に乗せて支笏湖畔を通り美
笛峠へ向かい,その途中の適当な場所で車を止めること,BがAをひき殺
すことなどの役割分担の下にA殺害を実行することとした。なお,被告人
は,その際,Cに対しては,「ひき役はその途のプロがやる。」などと話
し,Bが関与していることを伝えなかった。
(9)被告人は,同日夕方ころ,前記Jに,同人が用意してくれたトラックを
t銀行u支店駐車場にエンジンキー付きで停車させておくよう依頼した
上,Aを酩酊させるため,Jと愛人であるKとともに,Aを前記sに連れ
て行き,2時間余の間にAにブランデー約1本を飲ませた。その後,C
は,Kと被告人をKの自宅に送り届け,いったん甲に戻って自分の自動車
(以下「ボルボ」という。)にAを乗車させ,支笏湖方面へ向かったが,
被告人も,Kの自動車(以下「アウディ」という。)を運転し,C運転の
ボルボを追走した。この間,Bは,前記トラックを取りに行った後,被告
人の指示を待って待機していたが,被告人からCが支笏湖方面に向かった
との連絡を受け,トラックを運転して被告人と合流した。
(10)Bは,同日午後11時55分ころ,前記トラックを運転して支笏トンネ
ルを通過し,判示犯行現場で,時速約40キロメートルの速度で走行して
いる同トラック左前部をAに衝突させ,同人を跳ね飛ばしたが,同人に判
示のとおりの傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的は遂げなかった。
2 C及びBの供述の概要等
Cは,本件犯行に関与するに至った経緯及び犯行前後の状況等について,
公判廷において,概ね,次のように供述している。すなわち,
「平成10年4月ころから甲で働くようになったが,被告人が元暴力団員
で,日ごろから暴力団幹部とのつながりを誇示していたことから,被告人の
言うことに逆らえない状況にあった。同年10月初めころ,被告人と函館に
行った際の車中で,『Aは困ったものだ。借金ばかりして,甲で借金の立替
えが1000万円を超えていて,返済の目途も立たない。死んでもらって,
保険金でも出たら,それで払ってもらうしかないだろう。』などと,被告人
からAを殺害する話を聞かされ,そのころから,『Aが死んだら保険金30
00万円入る。1000万円以上借金に使ったとしても,お金は残るんで,
おまえに報酬として500万円やる。500万円あったら,おまえ,自分の
借金を返したり,車の1台でも買えるだろう。十分だろう。』などと,報酬
を条件にA殺害に協力を求められるようになった。被告人の求めを断りたか
ったが,面と向かって断ることができないので,その場その場で適当な返事
をしながら,のらりくらりとかわしていたところ,被告人から,『Aに酒を
飲ませて泥酔させて,意識不明の状態にして路上に放置する。それをおまえ
がどこかに運んで行って放置したら,おれがその道のプロに頼んで車を使っ
てAをひき殺す。』などという,A殺害計画を示され,犯行に使用する自動
車を用意するよう指示された。被告人には自動車を手配する旨返事したが,
車を探さないでいたところ,被告人自身が自動車を手配し,『おまえはAを
どこか人気のない所へ連れて行って,泥酔状態になったAを路上に放置して
くれ。』と指示された。断りたかったが,ここまで事件の内容を知りながら
断れば,自分の親兄弟が被告人から嫌がらせを受けるのではないかと思い,
被告人の指示に従うことにした。ひき殺す具体的な場所については,初め被
告人から,『中山峠はどうだい。』と話があったが,『車もたくさん走って
るんですぐ見つかりますよ。』と答えると,『支笏湖の奥の方にトラックと
か長距離便が夜中とか近道で走る道があるんだけど知ってるか。』と聞かれ
たので,『知っている。』と返事をした。同月18日昼ころ,被告人から
『今日やるぞ。今晩Aをべろべろに酔わす。おまえは,おまえの車にAを乗
せ,函館に行くふりをして現場に行けばいい。後からトラックがついて行く
ので,あとはそいつに任すから。』などと指示された。同日夜,被告人とス
ナックでAにブランデーをボトル1本分ほどストレートで飲ませた上,自分
が運転するボルボにAを乗せて札幌市内を出発した。その後,ボルボの後を
走行していた被告人と携帯電話で連絡をとりながら支笏湖方面に向かった
が,支笏湖の峠近くまで走行したところでトラックが後ろからついて来てい
ることが分かった。その後,いったん路肩にボルボを停車させたところ,追
い抜いて行った被告人から,携帯電話で『トンネルを越えた所に空き地があ
るから,そこに車を止めろ。』との指示を受けたので,被告人の指示に従っ
てその空き地にボルボを止め,被告人に携帯電話で報告した。車を止めると
Aがすぐに用便のために外に出たので,被告人に『結構元気ですよ。』なと
と報告して電話を切った。その後,再び被告人からAの様子を聞かれたの
で,『今はまだ外にいます。』『自分の足で歩いていますよ。』などと報告
していたところ,トラックが走ってきてAを跳ね飛ばした。Aが跳ね飛ばさ
れる瞬間を見て悲鳴を上げたところ,携帯電話を通じて悲鳴を聞いた被告人
から,『おっ,今当たったのか。ちゃんと当たったか。どうだい。見て確認
して来い。』と言われたが,恐怖のためAのそばまで行って確認することが
できず,被告人にはAの死亡を確認したと嘘の報告をした。被告人に救急車
を呼ぶと言ったところ,被告人から『ちょっと待て。30分くらい様子見
て,それから救急車を呼べ。』とか,警察等には『車を止めて仮眠をとって
いる間にAが車から出て行ったので,何が起こったのかは分からないと説明
しろ。』などと指示された。(A殺害に失敗し)翌日,甲に出社し,被告人
と事故の状況を話した際,被告人から『本当にがっちり当たったのか。』
『Aをやるのはもうしばらく無理だな。おまえも今回のことはもう忘れてお
け。』と言われた。ところが,同月26日深夜ころ,Bから『実はまた今回
Aをやれと言われた。酒を飲まして車に乗せて,小樽の港に一緒に飛び込ん
で,Aを車の中に閉じこめたまま,おまえだけ出て来いと言われた。』など
と打ち明けられ,自分の知らないところでBが被告人からAを殺すよう指示
されていたことを知った上,同月29日ころ,被告人からAと一緒にBの仕
事を手伝うよう言われたことから,自分もこのままでは殺されるのではない
かと危ぐし,札幌から逃げることを決めた。」などと供述している。
また,Bは,これらの点について,公判廷において,概ね,「平成10年
6月ころ,甲のガレージで仕事をするようになったが,被告人とは,かつて
暴力団組長と組員の関係にあったことから,次第に暴力団の親分子分のよう
な関係になっていった。同年9月初めころ,甲の会長室において,被告人か
ら『Aには1000万円以上の金を貸している。Aが個人でかけている保険
の月々の保険料まで全ておれが出している。Aが死んでくれたら企業保険で
1500万円出るから,それでおれは回収できる。2000万円やるから,
Aを殺してくれないか。その2000万円は,Aが個人でかけている生命保
険で,月々の保険料をおれが払っているから,おれに保険金をもらう権利が
ある。おまえの分は,おれがかみさんに言ってもらってやるから,やってく
れないか。』などと,2000万円の報酬と引換えにAを殺害するように依
頼されたが,『できません。』と言って断ったところ,『まあ,突然だか
ら,そんな話聞いたってびっくりもするだろうし,おれだって人なんか殺し
たことないし,何も今日明日やるわけじゃないんだから,やり方なんかもい
ろいろあるし,考えなきゃならないし,少し時間やるから考えてくれ。』と
言われた。その際,被告人から,CにもA殺害の話をしたが,同人にも断ら
れた旨聞かされた。2,3日後,被告人から,『どうだ,腹決まったか。お
れはきっちり腹決めているぞ。』と言われ,『自分にはやっぱり無理で
す。』と答えると,『もう少し時間やるからきっちり腹決めれ。』などと言
われた。10日ほど経過したころ,被告人から,『腹も決めてねえのか。何
のためにおれはこの10日間一言もおまえに触れなかった理由分からないの
か。何のためにおまえに時間やったんだ。きっちり腹決めれっていうことで
時間やったんだろう。おれがおまえの立場ならこの10日の間にもうAを殺
して終わりましたって報告してるころだ。それなのにおまえ,腹も決めてね
えで何もやってねえじゃないか。ふざけるのもいい加減にすれよ。』と怒鳴
られた。その後,被告人から,Aに酒を飲ませて盗難車でひき殺すという方
法を提示され,盗難車を手配するよう言われたが,これを断ると,『車の手
配から何から何まで全部おれか,少しは協力すれや。』『車の手配はこっち
でするから,おまえはひき殺す腹決めれ。』と言われた。その後,再び,被
告人から『Cも使って,Aを道路に寝かせ,CにAが起きあがれないように
足を押さえさせて,そこをおまえがトラックかなんかで頭を踏め。』などと
言われ,これを断ると,『おまえにも企業保険がかかっているんだぞ。そう
いうことよく考えろ。おまえも女房子供がかわいいだろう。東京じゃ,中国
人に頼めば5万円も出せば何でもやってくれるらしいぞ。』などと脅され,
そのころから執拗にA殺害に荷担するよう求められるようになった。自分に
はAを殺害する理由がなかったが,被告人が電話一本で現役の暴力団の人間
を自由自在に使えることなどから,被告人の要求を断れば自分が殺されると
思い,とても逃げられる状態ではなかったので,何らかの形でAを殺害する
ことに荷担しなければならないと思うようになった。同月15日ころ,被告
人から『明日Aを呼ぶ』旨言われたので,甲の自動車の展示場で,Cに『明
日Aを呼ぶらしいぞ。トラックでひくらしいぞ。』などと話すと,Cが『や
ばいですね。』などと言ったが,長話ができない状況だったので,それ以上
の話はしなかった。翌16日にAが札幌に来たが,午後6時ころ,会長室
で,被告人から『今日はトラックの手配がつきそうだから,Aを今晩薄野に
連れて行って,手一杯飲ませて,Cの住んでいる甲の寮付近の道路で,泥酔
状態になったAを車から降ろして,CがAを足の押さえて起き上がれないよ
うにしたところを,おまえがひき殺せ。』などと指示された。被告人に『そ
んなできないですよ。Cだって危ないじゃないですか。』『はねて怪我をさ
せる程度じゃ駄目ですか。』などと言うと,被告人から『Cも一緒にやっち
ゃえ。仮にCがけがで済んだとしても,トラックをBが運転していることは
Cには分からないんだから,心配するな。』『もう本人来てるんだから,後
戻りできないんだから,きっちり腹決めれ。』などと言われたが,結局,被
告人が自動車を手配することができなかったことから,その日は計画を実行
するには至らなかった。同月18日朝,被告人に会長室に呼ばれ,『今晩ト
ラックの手配が間違いなくできるはずだから,今晩薄野にまたAを連れて行
って例のごとく酔わせてひき殺すぞ。』と言われた。これまでに被告人から
『Cが腹くくったのは,自分の身が危ないと思ったからだ。』と言われてい
たことや,このときにも『Cは今回の件が終わったら消えてもらう。』など
と,Aを殺害した後にCも殺害することをほのめかしていたことかなどら,
被告人の指示に従わなければ自分が殺されると思い,仕方なくトラックでA
をひき殺す役を引き受けることにした。同日午後6時ころ,被告人から,ト
ラックを取りに行くよう言われ,『酔わせたAをCが木古内に送るという口
実で支笏湖回りで木古内に帰す。その途中で小便か何かでCがAを車外に出
し,道路に放置したところをおれが指示するから,おまえがトラックでひき
殺せ。』などと指示された。同日午後10時過ぎころ,被告人の手配したト
ラックで待機していたところ,被告人から指示を受けたので,トラックを運
転して支笏湖方面に向かい,同湖畔近辺で被告人やCの車に追いついた。そ
の後,Aを乗せたC運転のボルボを追走していると,Cが車を止めたので,
いったんボルボを通り過ぎて支笏トンネルを通り抜けてから,トラックをユ
ーターンさせて再び同トンネルを通過して戻り,被告人がアウディを止めた
駐車帯にトラックを止めた。すると,被告人から,『Cがトンネルを抜けた
先の左側にある空き地でAを車から降ろすので,そこでおまえがトラックで
ひき殺せ。』などと指示された。その後,Cがボルボを発進させトンネルの
方に入っていくと,被告人もCの車に続いてアウディを発進させトンネルの
中に入っていったが,10分か15分くらい経過したころ,被告人が戻って
きて,『おれが指示するから,今行けと指示するから。』と言って,再び車
を発進させてトンネルの中に入っていった。そして,被告人から携帯電話で
『今Aが外に出てる,今行け,おれも見てるからな。』と指示されたので,
トラックを発進させたところ,トンネルを抜けると,被告人の指示した場所
にAやCがいることや,その場所から100メートル以上離れた所にアウデ
ィが止まっているのを確認し,その直後にAをトラックで跳ね飛ばした。A
を跳ね飛ばした後,トラックを乗り捨て,被告人運転のアウディで札幌に戻
った。(A殺害に失敗し)翌19日,被告人から『おい,B,トラックで跳
ねて死なねえちゅうことあるんだな。運がいいというか,こっちはもう1回
やらなきゃならないのにな。何日も何日も飲み代使わせやがってとことん迷
惑かけるやつだ。少し様子を見てから改めてやるぞ。そのときはCはもう使
わない。交通事故を装うのもまずいからほかの方法を考えないと駄目だ。』
などと言われた。同月25日ころ,被告人から,自分のやっているロシア人
に車を売る仕事を手伝わせるという口実でAを札幌に呼び出し,小樽港で酔
わせたAを車ごと海に落とせなどと指示されたが,これ以上被告人の計画に
荷担したくないと思っていたことから,その場を取り繕ってAを小樽に連れ
て行くことまではしたものの,同人を海に落とすことはしなかった。同月2
7日ころ,被告人に『自分には無理です。1度実際にAを跳ねてます。自分
にはできません。』などと言うと,被告人から,『おれの計画つぶす気
か。』などと怒鳴られ,『しばらくしてほとぼりが冷めたらまたやらないと
ならない。』などと言われたことから,同年11月中旬ころ,被告人から逃
げた。」などと供述している。
3 C及びBの各供述の信用性
一般的に,共犯事件においては,自らの罪責を軽くするため,他の共犯者
に責任を転嫁する目的で,虚偽供述をするおそれがあることが指摘されてい
るが,本件においては,C及びBは,公判廷での供述当時,いずれも1審判
決の量刑等を不服として,控訴していたことをも勘案すると,その供述の信
用性は,慎重に検討されなければならない。しかし,両名の供述は,いずれ
も両名が被告人からA殺害を持ちかけられ,これに荷担することを決意する
までの状況,ことにその際の被告人とのやりとりの内容,その間の心情,そ
の後被告人から具体的な殺害方法や殺害場所等を指示された状況,犯行直前
及び犯行の具体的状況,犯行後の状況等について,具体的詳細で迫真性のあ
ること,弁護人からの反対尋問に対しても全く揺らぐことなく一貫している
こと,供述内容に不自然,不合理な点がないのはもちろん,被告人自らが犯
行に使用するためのトラックを知り合いの暴力団組長に依頼して手配した
り,犯行当日,Aを泥酔させるために同人をスナックに連れて行くなどの段
取りをしたことなど,前記1で認定した各事実との整合性もあること(な
お,Cが,犯行後,身の危険を感じて被告人の下から逃げ出したことは,同
人作成のメモによって裏付けられている。),A殺害に関し,それぞれが被
告人から告げられた殺害の理由や指示された殺害方法等が符合していること
などの事情に照らし,十分に信用できるというべきである。
弁護人は,BがAを跳ねたのは,被告人の具体的な指示に基づくものでは
なく,Bの判断だとして,同人の「被告人から携帯電話で『今Aが外に出て
る。今行け,おれも見てるからな。』と指示された」旨の公判供述は,Cの
「被告人に携帯電話でAの様子などを報告していたときにトラックが走って
きてAを跳ね飛ばした」旨の供述と矛盾し,信用性に欠けると主張する。し
かし,C供述によれば,同人は,犯行現場に着いた後,被告人に電話し,A
が用便を足しに行っている旨を報告してから一旦電話を切ったというのであ
るから,被告人がCから再度電話されるまでの間に,Bに対し「今行け。」
などと指示を出すことは十分可能である上,前記のとおり,Cは,Aが跳ね
飛ばされる瞬間を見て悲鳴を上げた際,被告人から,「おっ,今当たったの
か。ちゃんと当たったか。どうだい。見て確認してこい。」と言われた旨供
述しているが,このような被告人の応答は,Aがトラックにひかれることを
予想していたものと認めるのが相当であるから,弁護人の指摘する事情は,
B供述の信用性を左右するものではない。
4 被告人の弁解の不合理性
これに対して,被告人は,公判廷で,概ね,「平成9年9月ころからAの
債務整理に着手し,同人に対し,甲の代理店を営ませたほか,借金の返済資
金を渡したり,自ら借金の立替払いをするなどの援助を行っていたが,Aは
金の無心をするだけでまじめに働こうとしなかった。平成10年10月3日
ころ,函館に行き,Aと杯事を交わすまねごとなどをして,まじめに仕事を
することを約束させたにもかかわらず,その2日後ころに同人から金を無心
され,さらに,同月7日ころにAの仕事ぶりを確認しに行くと,同人の生活
態度が全く改まっていないことが分かった。同月7日過ぎころ,Cに対し,
『Aがあれだけの約束事をしても全然生活を改めない。関係者も困ってい
る。奥さんも殺してくれた方が助かると言っている。』などと愚痴の延長で
言ったところ,『それいいんじゃないですか。やりましょう。』『500万
円ぐらいもらえるんだったらおれも助かります。』などと言われたことか
ら,いったんは話に熱が帯び,CとA殺害の方法を相談するなどしたが,結
局,適当な方法が思いつかなかったので,それ以上話は進まなかった。とこ
ろが,同月10日ころ,Bに対し,会社の資金繰りでいかに苦労しているか
説明していた際に,Aを殺して保険金をねらおうかとまで考えているなどと
打ち明けると,Bから,『盗難車を使ってAをひき殺せばいい。』『自分に
やらせてください。』などと言われたことから,1000万円の報酬でAの
殺害を依頼することにした。その後,Aを殺すことをしゅん巡していたとこ
ろ,Cから,Aの研修態度がふまじめであるとの報告を受けたことから,同
月17日ころ,同人を殺害することを決心し,自分で犯行に使用する自動車
を手配することにした。翌18日,CやBと,Aに酒を飲ませた後に美笛峠
方面で実行する旨それぞれ打ち合わせ,その後,Cと一緒にAに酒を飲ませ
た上,同人を乗せたCのボルボを,自分の運転するアウディとBの運転する
トラックが追走した。支笏湖畔を走行している際,Cから『Aが大便したい
と言っている。』などと報告を受けたので,Cに適当な所で車を止めるよう
指示し,いったんCのボルボを追い抜き,それから,ユーターンして,支笏
トンネルを戻った先にある駐車場に車を止めた。Cに電話すると,『全然元
気ですよ。今の状態じゃ全然駄目ですよ。』などと言われたことから,ほか
の場所に移ろうと考えた。そこで,車を発進させ,電話でCに『Aを少し休
ませろ。』などと言いながらCのボルボの前を通過したところ,その直後に
BがAを跳ね飛ばした。」などと,C及びBがそれぞれ報酬目的からA殺害
に積極的に荷担した,ことに,BはA殺害の具体的な方法を考え,被告人の
指示に基づかず,自分の判断でAを跳ね飛ばした旨弁解する。
しかし,前記認定のとおり,被告人は,自ら犯行に使用するトラックを知
り合いの暴力団組長に依頼して手配した上,犯行当日もAを泥酔させるため
にスナックに連れて行くなどの段取りをしているのであって,こうした事実
自体本件犯行に対する被告人の積極的な関与をうかがわせるほか,CやB
が,殺人という重大犯罪に荷担することを約束しながら,被告人に対して何
ら報酬の一部前払等を要求していないのは,被告人の同人らに対する強い支
配関係を推認させるというべきであって,これらの点を勘案すると,被告人
の弁解はいささか不自然といわなければならない。また,被告人の弁解は,
①KやCの公判供述によれば,被告人が,平成10年10月7日ころ,A殺
害に使用しようとして,オレンジジュースの中に鎮痛剤等の薬物を砕いて混
入したものを函館に行く際に持って行ったことが認められるのに,被告人は
これを否定していること,②Bの供述によると,被告人からA殺害を持ちか
けられた際,個人保険として5000万円出ると聞いたことが認められる
(なお,関係証拠上,Bが,被告人以外の第三者からAにかけられた個人保
険のことを聞いたことをうかがわせる形跡はない。)のに,被告人は,Bに
個人保険の話をしたことはないなどと弁解していること,③本件犯行後,A
が入院先の病院を1日で退院した経緯について,関係証拠によれば,同病院
ではAを更に1,2日入院させる意向であったことが認められるのに,被告
人は,「病院の婦長らしき女性から,『ここはホテルじゃない。酔っ払いな
んか置いておけない。連れて帰りなさい。』などと言われた。翌日にも『こ
れ以上の入院は認めない。』などと言われた。」などと弁解していることな
ど,随所で客観的証拠や関係者の供述との整合性を欠いていることが指摘で
きる。さらに,被告人は,CにA殺害の話を持ちかけたことについて,犯行
当時,自分がノイローゼ気味であったことを強調する場合には,「本来はC
という人間はそこまでは私,信頼してないんですけれども,Cに相談するく
らいだからよっぽど私おかしかったんだと思います。」と供述する一方,本
件が愚痴の延長から始まったことを強調する場合には,「Cはよく働いてく
れたので,彼をナンバーツーと評価するほどに使っていた。愚痴をこぼすよ
うな間柄だった。」と供述するなど,自己の都合に従い,平然と矛盾する弁
解をしている。
以上のとおり,被告人の弁解は,不自然で,客観的証拠等との整合性を欠
き,自己の刑事責任を軽減しようとの目的からなされているとしか考えられ
ない部分が各所に見られることなどに照らせば,CやBの供述に対比して遥
かにその信用性は低いといわなければならず,これをそのまま信用すること
はできない。
5 まとめ
前記説示のとおり,信用性の高いC及びBの各供述によると,被告人が,
Cらに対し,積極的に働き掛けて本件犯行に巻き込んだ上,具体的なA殺害
方法等を発案して,これを両名に指示し,殺害の実行も,Bに指示して行な
わせたこと,すなわち,被告人は,本件犯行において終始主導的な役割を果
たしたものと優に認められる。また,Iの公判供述によれば,被告人が,平
成10年8月ころ,Iに対し,Aが死んで保険金が出たら,そこから立替金
を支払って欲しい旨申し渡していることが認められるほか,前記のとおり,
被告人が,Bに対し,Aにかけた個人保険についても自分がもらう権利があ
ると話していることをも併せ勘案すると,被告人がA殺害を企てたのは,同
人を被保険者とする企業保険金だけではなく,個人保険金をも取得するため
であったと認めるのが相当である。
6 ところで,検察官は,被告人は,悪化していた甲の資金繰りのためにA殺
害を企てたとした上,Aを個人保険に加入させたり,企業保険に加入した時
点では,すでに同人を殺害して生命保険金を取得することをもくろんでいた
などと主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告人が,平成10年6月ころから,事業拡
大に伴う人件費等の経費が増加し,次第に資金繰りに苦しむようになったこ
とは認められるものの,関係証拠によれば,甲が,本件犯行当時,借入金,
支払代金あるいは賃料等の支払を遅滞していたことはうかがわれない上,被
告人が,同年8月ころ,Aに対し,支店開設のための準備金として200万
円を交付していることを勘案すれば,被告人が甲の資金繰りのためにA殺害
を企てたと認めるには躊躇を覚えざるを得ず,結局,被告人は,Aに対する
多額の立替金等を一挙に回収するために本件犯行に及んだと認めるのが相当
である。また,被告人がA殺害を企てた時点についても,前記認定のとお
り,被告人が1000万円を超えるAの債務を立替払いしていたなどの事情
に照らせば,被告人としては,Aに万一のことがあった場合,その回収の途
を確保したいと考えるのが当然であるから,被告人が,Aに生命保険の加入
を勧めたり,企業保険に加入したとしても必ずしも不自然とはいえない上,
保険内容も保険金額が著しく高額であるなどの不自然な点はうかがわれない
こと,個人保険については,被告人がAに秘密裏に同人を生命保険に加入さ
せたなどの事情がないこと,また,企業保険についても,甲の従業員の大半
が被保険者とされていたことを勘案すると,被告人が,当初からAを殺害し
て保険金を取得する目的で,個人保険に加入させたり,企業保険に加入した
と認定するには合理的な疑いが残るといわなければならない。
第2 判示第2の事実(殺人)について  
弁護人は,被告人は,共犯者D,同F及び同E(以下,D,F及びEの3
人を指称する場合には,単に「Dら」という。)とA殺害を共謀したことは
ない旨主張し,被告人もDらにA殺害を依頼ないし指示したことはない旨弁
護人の主張に沿う供述をしている。
被告人とDらとの共謀を示す主たる証拠は,Dの供述のみであるので,以
下その信用性を中心に検討する。
1 争いのない事実
以下の事実は,関係証拠上明白であるか,被告人も自認しているものであ
る。
(1)被告人は,平成9年夏ころ,当時Dが実質的に経営していた石材販売店
vが入店するマンションに,甲が入店したことからDと知り合い,同10
年6月ころ,同人を甲のガレージ部門の営業部長として雇用した。
(2)Dは,元暴力団w会w一家x組組員であったが,甲で稼働していた当時
は暴力団を脱退していた。しかし,同人は,同年8月ころ,甲を退職し,
その後,同11年6月ころから,稼業名yを名乗り,暴力団w会z組若頭
y組組長として,再び暴力団組織に身を置くようになった。
Fは,平成2年ころ,Eは,平成10年4月ころ,それぞれDと知り合
い,その後,Dを兄貴と呼ぶなどして慕うようになり,同人がy組組長と
なった同11年6月からは同組構成員として活動していた。F及びEは,
いずれもDを介して被告人と面識を有していたが,個人的な付き合いはな
かった。
(3)Dらは,平成10年11月7日ころ,Aの自宅を確認したり,函館付近
の海岸沿いや港を見て回るなどの下見をした上,同月14日午後4時こ
ろ,Aを殺害するため,Dの自動車で函館に向かった。Dらは,函館に向
かう途中,公衆電話からAに電話して,午後11時ころに函館駅前で待ち
合わせた上,函館市内にあるスナックで,同人にウイスキーを飲ませるな
どした後,翌15日午前2時30分ころ,前記スナックから居酒屋に移
り,同所において,Aが席を離れたすきにEがAのビ-ルに睡眠薬を混入
し,同人にそのビールを飲ませて酩酊状態にさせた。なお,Aとの飲酒の
際,Fは「石橋」と名乗っていた。
その後,Dらは,同日午前4時30分ころ,前記居酒屋を出てから,A
を前記自動車に乗せた上,函館市内及びその周辺の港を見て回り,同日午
前7時ころ,上磯郡木古内町字b林道に至り,同所において,ワイヤーロ
ープをAの首に巻き付け,その両端をEとFが強く引っ張るなどしてAを
窒息死させた。Aを殺害した後,Dらは,iに移動し,同所で,Aの遺体
を車から降ろし,同人が身につけていたウエストポーチなどを取り外した
り,同人のジャンパーにEの持参した睡眠薬を入れるなどした上,向かい
の空き地にあったゴムマットを死体の上にかぶせた。
(5)平成11年4月25日,iにおいて,山菜を採りに来ていたLが人骨を
発見し,鑑定等の結果,その人骨がAのものであることが判明した。
2 D供述の概要
被告人と本件犯行を共謀した際の状況等に関するD供述の概要は以下のと
おりである。すなわち,Dは,
「平成10年7月ころから,甲の営業部長として稼働していたが,被告人が
暴力団幹部との交際を誇示したり,従業員などに対し現役の暴力団と変わら
ないような言動を取っていたことなどから,同年9月ころ同社を退職したも
のの,その後も被告人から何度も甲の会長室に呼び出された。同年10月末
ころ,被告人から会長室に呼びつけられ,『殺してほしいやつがいる。ほか
に殺してくれるやつを見付けてくれてもいいし,おまえがやってくれてもい
い。礼をするんで頼む。その人間に金を貸していたり,立替払いをしたり,
保証人になっていたりで困っているんだ。殺せばそれをしなくていいし楽に
なるし,家族の方に保険金も入ってそれをもらえる。殺してくれれば100
0万円の礼をする。交通事故か海へ落とすでも何でもいいんだが,とにかく
事故に見せかけて保険金が出るようにしてくれ。』などとAを殺害するよう
依頼された。最初のうちは『聞いてみます。』などとその場しのぎの返事を
していたが,同年11月上旬ころには,被告人から『急いでいる。11月1
5日までに殺してくれ。おまえができなければペナルティーとして3000
万円をもらうぞ。』などと強く迫られるようになった。以前甲の従業員の親
などが被告人から金をとられたなどと聞いていたことや,被告人が求めれば
暴力団が動くかもしれないと思っていたことなどから,被告人の要求に応じ
なければ,ペナルティー名目で知人や妻の父などが金員の支払を要求される
などし,自分の生活がめちゃくちゃにされると危ぐした。そこで,翌日夕方
ころ,札幌市豊平区内の書店駐車場にE及びFを呼び出し,『被告人から礼
金1000万円で保険金目当てで人を殺すよう頼まれた。おまえらやる
か。』と話を持ちかけたところ,両名からは『兄貴がやるんならやりま
す。』などと言われた。同月5日ころ,会長室で,被告人からどくろのネッ
クレスをもらった後,A殺害の話になったことから,『やってくれる人間が
近くにいない。札幌へ呼ぶには金がかかる。』などとでまかせを言ったとこ
ろ,被告人から,実行者を呼び寄せる費用として現金50万円を目の前に置
かれ,Aの名前や住所などを記したメモを渡された。その現金を帽子の中に
入れて会長室を出た後,一緒に来ていたFと札幌市豊平区内にある喫茶店に
行き,『被告人から経費として受け取ってきた。』と言って現金を見せ,そ
の中からFとEの分として20万円を渡した。同月6日ころ,FやEと,A
に酒を飲ませて酔わせて海に突き落とそうなどと殺害方法を話し合いなが
ら,Aの経営するスナックを確認したり,函館市内及びその周辺において同
人を殺害するのに適した場所を探すなどの下見をした上,同月14日,Aを
殺害するため,自分の自動車に乗って札幌を出発した。函館に向かう途中,
Eに指示し,振興会の用事だと言って電話でAを呼び出し,同日午後11時
ころ,函館駅前でAと会った。Aに自己紹介する際,3人とも偽名を使い,
自分とFは,車の中で聞いたラジオのニュースか何かを参考にして,石橋か
鈴木と名乗った。それから翌15日午前4時過ぎころまでの間,函館市内の
スナックや居酒屋で,Aに酒を飲ませたり,Eが準備してきた睡眠薬をビー
ルに混入してAに飲ませるなどした。その後,Aを車に乗せ,同人を海に落
とそうとして走行していたが,釣り人などが多く,適当な場所を見つけるこ
とができないでいるうちに夜が明け始めたため,ほかに事故死に見せかける
方法がないかと思案しながら,人目に付かない山の中に行くようEに指示し
た。結局,事故死に見せかける適当な方法を思いつかなかったが,被告人に
生活をめちゃくちゃにされることだけは絶対に阻止したいとの思いから,ペ
ナルティーを課せられない最低限の方法として,Aを行方不明にするという
形で同人を殺害し,被告人に対しては言い逃れようと思い,車のトランク内
で見付けたワイヤーロープをAの首に巻き付けて絞め殺した。その後,場所
を移動し,死体から携帯電話やポーチを取ったり,死体のポケットに睡眠薬
を入れるなどしてから,Aの死体を川の近くのくぼ地に捨てて札幌へ戻っ
た。札幌に戻る途中,被告人から2回電話がかかってきてAを殺害したか確
認されたので,『今帯広にいるから正確なことは分からないがやったよう
だ。』『はっきりしたらまた電話します。』などと伝えた。札幌に戻った以
降も,被告人から何度もA殺害の件を確認されたが,『実行した犯人たちは
1か月たたないと現れない。』などと,その都度作り話をして言い逃れてい
た。」などと供述している。
3 D供述の信用性
D供述は,いわゆる共犯者の供述として,一般的に,自己の刑責の軽減を
図るため,あるいは真実の犯人をかばうため,被告人に罪を着せる虚偽供述
をするおそれがあるほか,本件においては,弁護人が指摘するように,D
が,被告人から事故死を装ってA殺害を依頼されたとしながら,絞殺とい
う,およそ事故死に見せかけるにはほど遠い方法によって殺害していること
などの事情を考慮すると,その供述の信用性は一層慎重に検討されなければ
ならない。しかし,こうした観点からD供述の信用性を検討したとしても,
Dが,公判廷での供述当時,既に自己の刑事責任が確定し,ことさら被告人
に不利益な供述をしなければならない理由はなかった上,被告人からA殺害
を依頼されたときの状況及びその際の心情等に関する供述内容が,具体的で
詳細であるという事情のほか,以下の点を勘案すると,D供述は,十分信用
できるというべきである。
(1)殺人未遂事件との類似性等
D供述によると,被告人から持ちかけられたA殺害計画は,同人にかけ
られた保険金を取得する目的で,事故に見せかけて同人を殺害するという
ものであるが,これは,前記認定のとおり,本件以前に被告人がC及びB
に持ちかけたA殺害計画に類似しているということができる。そして,B
供述によれば,被告人が,A殺害に1度失敗した後も,Bに対し,更にA
殺害を指示していたことが認められることに加え,関係証拠上,被告人
が,第1の犯行後,Aの債務の立替払い等の問題について,何らかの解決
策を見出したり,あるいは解決策を見出そうとして何らかの行動をとった
ことがうかがわれないことを勘案すれば,被告人には,第1の犯行後も,
Aを殺害して保険金を取得するという動機が継続していたものと認めるこ
とができる。D供述は,こうした事実に符合しているというべきである。
なお,被告人は,A殺害に失敗した後は同人を殺害する気持ちは消滅した
などと弁解しているが,未遂事件は,Aの負傷の原因が泥酔による転落事
故として処理され,犯罪として発覚するおそれがなかったことに照らせ
ば,被告人がAを殺害して保険金を取得する旨の計画を断念しなければな
らない客観的事情はなかったことのほか,前記のとおり,被告人が,未遂
事件後もBに対し,A殺害を指示していることに照らしても到底信用でき
ない。
(2)F等の供述に裏付けられていること
Fは,DからAを殺害する旨の話を持ちかけられた際の状況等につい
て,公判廷で,概ね,「平成10年10月末か11月初めころ,Dから呼
び出されて書店の駐車場に行ったところ,Eの車の中で,Dから『甲の代
理店をさせている函館の人間が借金を返さないで被告人が困っている。そ
の人間に被告人が企業保険をかけているので殺害するとその保険金が入
る。被告人から,保険金の中から報酬を払うので殺してくれないかと頼ま
れている。事故死に見せかけなければ保険金が出ないので,そういうふう
にして殺してほしいと頼まれている。やらないか。』などと言われた。1
1月初めころ,Dと一緒に甲に行き,Dと被告人が会長室で1時間くらい
話している間,下の事務所で待っていたが,Dが会長室から出てくると,
どくろのデザインのネックレスを持っていて,被告人が『こういうの好き
だべ。小樽で買ってきた。』などと言っていた。甲を出た後,喫茶店に行
ったが,Dが『被告人から金をもらってきた。函館の件の支度金だ。おま
えとEに10万円ずつだ。』などと言って,かぶっていた帽子の中から現
金50万円を取り出し,その中から20万円もらった。このとき,Dは,
被告人からもらったと言ってAの名前や電話番号などを書いたメモ用紙を
持っていた。」「(A殺害後)札幌に戻る車中で,Dの携帯電話に電話が
かかってきた。その際,Dは,『被告人からだ。』と言って電話に出た
が,『まだ,連絡とれてないんで分からない。自分も今地方にいるんで,
ちょっと連絡とれないんで分からない。』と答えていた。」などと供述し
ている。
また,Eも,これらの点について,「平成10年10月末か11月初め
ころ,Dに呼ばれて自動車で札幌市豊平区内にある書店の駐車場に行った
ところ,自分の車にFとDが乗り込み,Dから『被告人から人殺しを頼ま
れている。その人間に借金が一杯あり,その人間を殺してくれれば,その
人間が企業保険に入っているので,保険金からその借金を差し引いた残り
の1000万円をくれる。事故に見せかけて殺してほしい。相手は函館に
住んでいる。』などと言われ,Aを殺害する話を持ちかけられ,『やるん
ならやります。』と答えた。3人で函館方面に下見に行った際,Fから,
Dが被告人から支度金として受け取った50万円の一部であるとして10
万円を受け取った。」「同月14日,函館に向かう途中,DからAを電話
で呼び出すように指示されたが,その際,同人からAの名前や電話番号な
どを書いたメモを渡され,『被告人の名前を出して,○○会の仕事だと言
えば必ずAは出てくるからと被告人に言われている。』などと言われたこ
とから,その指示に従い,同日午後11時ころAを函館駅に呼び出し
た。」「(A殺害後)札幌に戻る途中,高速道路に乗る前と高速道路を走
っているときに,Dに電話があったが,Dは,『確認取ってみないと分か
らない。』『相手はやったと言ってるから。』などと話していた。」と供
述している。
F及びEの各供述,取り分け,DからA殺害を持ちかけられた際の状況
や犯行後札幌に戻る車中での状況に関する部分は,具体的かつ詳細で,そ
の内容も概ね符合し,相互にその信用性を補強しているから,その信用性
が高いというべきところ,これによれば,Dは,F及びEの両名にA殺害
に荷担するよう持ちかけた際,被告人から依頼されたと話していること,
A殺害後,札幌に戻る車中で,Dの携帯電話に電話があり,Dは,被告人
からの電話であるとFらに説明した上,「まだ,連絡とれてないんで分か
らない。自分も今地方にいるんで,ちょっと連絡とれないんで分からな
い。」などと話していたことが認められる。Dが被告人からの依頼がない
のにもかかわらず,Fらに対し,あたかも被告人から依頼されたように話
したとするならば,Dは,A殺害に着手する前から被告人に罪を着せるこ
とを企図し,Fらに敢えて虚偽の話をしていたことになるが,関係証拠
上,Dが,そのようなことを企てなければならない理由ないし必要性を見
出せないことに照らすと,これらの事実は,被告人がDにA殺害を指示な
いし依頼していたことを十分裏付けるということができる。また,Dが下
見に行く前に,被告人からどくろのネックレスとともに,支度金として5
0万円を受け取ったことは,F供述によって裏付けられているが,当時,
被告人がDのためにどくろのネックレスを買ったことは,Kが「10月4
日に被告人と小樽に行った際,被告人がDのためにどくろのネックレスを
購入した」旨供述していることによっても裏付けられている。
以上のとおり,D供述の枢要部分は,Fらの供述によって裏付けられて
いる。
(3)DにA殺害を企てる動機が存在しないこと
関係証拠上,DがA殺害を企てる動機ないし理由を見出すことができな
い。確かに,弁護人が指摘するように,Dの自宅からAの名刺が発見され
ているが,これについても,犯行前に,DがAと会い,同人から名刺をも
らったものの,その後失念していたとか,犯行前日にもらったとか(甲
は,平成10年10月に有限会社から株式会社に組織変更しているが,新
しい名刺を持ち合せなかったことから,古い名刺を使用するということも
ないわけではない。)とも考えることもできるから,DがAの名刺を所持
していたことから,直ちに,DとAとが,DがA殺害を企てるほどの交際
をしていたと認めるのは相当ではない。かえって,犯行前日,DらがAと
飲酒した際,偽名を名乗っていたことは,スナック従業員の供述によって
裏付けられている(Fが「石橋」と名乗っていたことは捜査報告書謄本及
びMの検察官調書謄本によって裏付けられているところ,DとAが面識を
有しているのなら,Fがことさら偽名を用いる必要性がない。)ことに照
らせば,Dの「犯行前日にAと初めて会った」旨の供述は,少なくとも,
DがAと互いに顔を知っているほどの交際がなかったという限度で信用で
きるというべきである。
なお,弁護人は,あたかも本件にBが関与しているかのような主張をす
るが,単なる憶測の域を出るものではないから,到底これを採用すること
はできない。また,被告人は,「DがBと組んでAを殺し,その後自分を
ゆするなどして何とかお金にしようとしたのではないか。」などと弁解す
るが,Dは,当時,被告人がA殺害に失敗したことをCらから聞いて知っ
ていたのであるから,被告人を恐喝するために,敢えてAを殺害する必要
は全くないことに照らし,これを採用することはできない。
(4)弁護人の指摘するD供述の不合理性について
弁護人は,D供述が不合理である理由として,①Dは,本件犯行に荷担
した理由として,被告人からのペナルティーをおそれていたと供述してい
るが,他方で,D自身,それまで被告人からのペナルティーを危ぐするよ
うな具体的な経験をしていない上,犯行後も被告人からペナルティーを要
求されていないことを自認している,②被告人から保険金が出るように事
故死を装ってAを殺害してほしいと持ちかけられたとしながら,A殺害の
方法等について,ワイヤーロープで絞殺するという,およそ事故死に見せ
かけるにはほど遠い方法によって殺害している上,その後,死体にゴムマ
ットをかぶせ,無人の山中に放置するなど,死体が発見されないような工
作をしている,との事情を指摘する。
確かに,弁護人の指摘するとおり,Dは,本件犯行に荷担するに至った
理由として,「被告人の要求に応じなければ,被告人が,ペナルティー名
目で妻の父や知人らに金員の支払を要求するなどして自分の生活がめちゃ
くちゃにされると危ぐしていた」旨供述していながら,他方で,弁護人の
反対尋問に際しては,「本件犯行以前に,直接被告人からペナルティーと
して金員の支払等を要求されたことはなかった。」「犯行後,被告人から
ペナルティーを請求されたことはなかった。」などと供述している。しか
し,C及びBの各供述によれば,被告人が金銭に汚く,いろいろな口実を
もうけては,甲の従業員,あるいはその親族から金員を取り立てることが
あったと認められるが,こうしたことを見聞きしていたDが,A殺害に関
する被告人の依頼に応じなければ,被告人からペナルティーを求められる
と考えたとしても,必ずしも不合理とはいえない。また,Dは,犯行後に
被告人からペナルティーを請求されなかったことなどについて,「第三者
がAを殺害したように装っていたので,被告人に対しては,相手がAを殺
害したと言っているのであとは知らないと宣言していた」旨供述している
ところ,このように,Dが被告人に対し終始第三者にAを殺害させた旨装
っていたこと,現実にAが行方不明となっていたことなどの事情に照らせ
ば,被告人が,DがA殺害に失敗したとは断定できなかったために,Dに
ペナルティーを請求しなかったと考えることも可能であるから,この点に
関するD供述が不合理であると断定することもできない。
次に,Dが,被告人から事故死に見せかけてA殺害を依頼されたとしな
がら,Aを絞殺した上,その後身元が分からないようにしたり,死体が発
見されないように隠蔽工作をしたことも弁護人が指摘するとおりで,この
点でDらの行動に合理性を欠く面があることは否定できない。ところで,
これらの点について,Dは,「被告人から期限を切られ,11月15日ま
でにAを殺害しなければ,3000万円のペナルティーを請求されると思
った。Aを事故死に見せかけて殺害することが困難になったとき,Aを行
方不明という形にして,あとは言い逃れようと思った。」「ワイヤーロー
プで首を絞めれば跡が残るが,春まで死体が見つからないと思っていたの
で,腐乱などして,あるいは動物に食べられたりして,首を絞めたことは
分からなくなると思った。」「死体がすぐに見つからないように,ゴムマ
ットをかぶせ,せめて頭の部分だけでも隠そうと思ってかけた。」「睡眠
薬をAのポケットに入れたのは,睡眠薬を飲んで自殺したと判断されれば
いいと思った。自殺でも保険金が支払われると思ったので,そうなれば,
少しは被告人に対する言い訳になると思った。」「死体の身元が判明しな
いようにしたのは,動揺していたし,ここより先に進んでも死体を捨てる
ような場所はなくなることから,慌てていた。」などと供述している。
まず,Aを絞殺したことについては,Dらは,初めからAを絞殺しよう
と企てていたのではなく,初めは同人を海に突き落として事故死に見せか
けて殺害しようと考え,その機会をうかがったものの,釣り人等がいてで
きなかったために,絞殺という方法で殺害したものであることが指摘でき
るが,これに加え,被告人から3000万円のペナルティーを請求される
ことを恐れていたとのD供述を前提とすれば,事故に見せかけて殺害する
ことが不可能になったDが,酒の酔いも手伝い,取り敢えずAを殺害し,
行方不明という形にして言い逃れようと考えたとしても,必ずしも不合理
とはいえないであろう。また,A殺害後,Dが死体の発見を遅らせる工作
をしたことについては,Dが,死体がすぐに発見されれば,明らかに他殺
と分かる方法でAを殺害するに至ったことにかんがみれば,少しでも自殺
と間違われる可能性を残すように,できる限り死体の発見を遅らせるため
の工作を施したものと評価することも可能であるから,この点でも必ずし
も不合理ということはできない。さらに,DがAの身元が判明しないよう
に行った工作についても,当時,Dが初めて人を殺したことで動揺してい
たことは想像に難くなく,そのような心理状況に照らした場合,保険金を
取得するためには身元が容易に判明した方がよいとの考えに思い至らず,
結果的に保険金取得という目的との関係では合理性を欠く行動に及んだと
しても,不自然とまではいえない。
以上のとおり,弁護人の指摘する諸事情を考慮しても,なおD供述の信
用性は揺るがないというべきである。
4 被告人の関与を疑わせるその他の事情
(1)被告人にA殺害を企てる動機が存在すること
本件犯行当時,被告人にA殺害を企てる動機が存在したことは,前記説
示(第2・3(1))のとおりである。
(2)被告人が罪証隠滅行為を行っていること
Bは,「平成11年11月14日ころ,被告人と会ったところ,被告人
から『いいか,おれの立場分かるべ。Nの企業舎弟だ。wの人間通して,
Dの弁護士に言わして,Dの供述変えさせろ。あくまでもAとDの金銭ト
ラブルということで困って殺したんだという形にして,自分とは一切関係
ないことにすれ。そうすればおれにも関係ないことになるし,Dたちにし
ても,単純な殺人で,保険金絡みという殺人じゃなくなるから,刑も軽く
なるんだから,お互いに利益があるだろう。そういうふうに供述変えさせ
るようにすれ。もしそれができないんであれば,f会とwの全面戦争にな
るぞ。供述変えさせるようにおまえがきっちり話しすれ。』などと,Dに
対して供述を変更するよう働きかけることを指示された。」と供述してい
る。また,Kも,「平成11年11月,被告人から呼ばれてQと一緒に伊
東の別荘に行ったところ,被告人から,『Aから,Dのことで悩んでいる
と打ち明けられたことがある。』などと警察で虚偽供述をするように指示
されるとともに,Iに対して『生命保険を勧めたのは会長ではなく,自分
から入った。家族の勧めで入った。Aは会長に内緒で何かアルバイトをし
ていたようだ。』などと警察で強調して言うよう申し向けること,OとP
に対しては『Aは誰かから金を引っ張られていたようだ。悩んでいたよう
だ。』などと警察で強調して言うよう申し向けることなどを指示された。
同月14日夜ころ,被告人は,札幌市豊平区内のカラオケボックスに甲の
従業員を集め,『DとAの間に金銭的トラブルがあった。そのいざこざか
らDがAを殺したらしいが,Dが自分に恨みを持っていたので,その責任
を押しつけている。』などと話した。翌15日,被告人から電話があり,
Nと会って泣き落として頼んでこい,と指示されたため,同日夜,Nと会
い,弁護士を通じて,圧力をかけてくれ,今の供述撤回させてくれ,と頼
んだ。」と供述している。両名の供述は,具体的かつ詳細で,迫真性に富
んでいる上,取り分け,Dの供述を変えさせるように工作するよう指示さ
れたとの部分は,それぞれ別の機会における指示であるのに,その内容が
符合していることなどに照らし,十分信用することができる。
そして,これらの供述によると,被告人は,本件発覚後,本件をAとD
の金銭トラブルによる殺人に装おうとしたことや,Dに対し,その弁護人
を介し,供述を変えさせようと企てたことが優に認められるほか,Aの生
命保険への加入も,被告人からの申し出ではないことを装おうとして関係
者に口裏合わせをしようとしたことも認められる。被告人の行った罪証隠
滅工作は,その程度,方法に照らしても,それ自体で,被告人がA殺害に
関与していることを強く推認させるということができる。
5 まとめ
以上説示したとおり,D供述が十分に信用できることのほか,被告人にA
殺害の動機が存すること,被告人が罪証隠滅行為を行っていることなど,被
告人がA殺害に関与していることを疑わせる事実が存在していることに照ら
せば,被告人がDに対し,A殺害を指示ないし依頼したことを優に認めるこ
とができる。
(累犯前科)
被告人は,昭和63年9月6日札幌地方裁判所で強盗致傷罪により懲役9年に
処せられ,平成9年5月8日その刑の執行を受け終わったものであって,この事
実は検察事務官作成の前科調書(乙8)によって認める。
(法令の適用)
被告人の第1の所為は刑法60条,203条,199条に,第2の所為は同法
60条,199条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中,第1の罪については
有期懲役刑を,第2の罪については無期懲役刑を選択し,前記の前科があるので
同法56条1項,57条により同法14条の制限内で第1の罪の刑に再犯の加重
をし,以上は同法45条前段の併合罪であるが,1つの罪について無期懲役に処
すべきときであるから,同法46条2項本文により他の刑を科さず,被告人を無
期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中700日をその刑に算入
し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に
負担させないこととする。
(量刑の事情)
本件は,被害者に多額の立替金債権を有していた被告人が,被害者を殺害し
て,その妻や被告人が営む会社を受取人とする保険金から前記立替金を回収する
ことをもくろみ,会社の従業員であった共犯者Cや同Bをその計画に引き入れ
て,泥酔させた被害者をトラックで跳ね飛ばして,事故死に見せかけて殺害しよ
うとしたが,これに失敗した(第1の犯行)ことから,さらに,元従業員の共犯
者Dに対し,被害者を事故死を装って殺害するよう働きかけ,ついには共犯者D
及び同人に心服する共犯者Fと同Eをして被害者を殺害させた(第2の犯行)と
いう事案である。
初めに,本件が,保険金目的の殺人という,凶悪であるばかりでなく,金のた
めには他人の生命さえも省みない冷酷,非道な犯行であって,厳しい非難に値す
ることを指摘しなければならない。被告人は,被害者の債務を整理する過程で,
その債務を立替払いするなどした結果,多額の出費を余儀なくされるようになっ
たことから,これらの金員を被害者にかけられた保険金によって一挙に回収しよ
うとして本件各犯行に及んだもので,その動機は甚だ短絡的,自己中心的であっ
て酌量の余地はない。犯行態様は,わずか1か月の間に2回も被害者の殺害を企
てたものであって,執拗で,強固な殺意に基づく悪質なものであるが,第1の犯
行にあっては,被害者に多量の酒を飲ませて人気のない犯行現場に連れ出した挙
げ句,被告人が手配したトラックを,共犯者Bが時速約40キロメートルで走行
させ被害者を跳ね飛ばしたというもので,計画的で危険極まりないものである。
また,第2の犯行にあっても,被告人は,共犯者Dらを計画に引き入れた上,自
らは直接手を汚すことなく,目的を遂げようとしたもので,誠に巧妙かつ狡猾で
ある。
本件により,何物にも代え難い,被害者の貴重な生命を奪ったもので,結果の
重大性はいうまでもない。被害者は,突如として,信頼していた被告人らの凶行
により非業の死を遂げたもので,その無念さは察するに余りある。遺族らに対す
る慰謝の措置も全く講じられておらず,遺族らは被告人の厳重処罰を望んでい
る。
被告人は,判示のとおり,被害者を殺害して保険金を手に入れる計画を企図す
るや,それに協力するよう執拗に共犯者に働きかけ,これに荷担することを渋る
共犯者らに対し,暴力団とのつながり等を背景に,共犯者自身や家族に危害を加
える旨ほのめかすなどして強く迫った挙げ句,共犯者らを自分の計画に引きずり
込み,ついには,共犯者らに本件各犯行を実行させたものであって,被告人が本
件各犯行の首謀者として主導的立場にあったことは明らかであり,共犯者を本件
各犯行に巻き込んだ責任も重いというべきである。
それにもかかわらず,被告人は,犯行後,自らの犯行であることの発覚を免れ
るため,愛人らに虚偽供述をするよう働きかけるなどして罪証隠滅工作に及び,
公判廷においても,自らの責任を認めて反省の態度を示すどころか,第2の犯行
では共犯者との共謀を否認し,第1の犯行にあっても,犯行自体は認めるもの
の,共犯者らが報酬目当てに先走って実行したかのような不合理な弁解を繰り返
すなどして,共犯者らに責任を転嫁しようとするなど,責任逃れの態度に終始し
ている。
さらに,被告人は,これまで多数の前科を有し,前刑では強盗致傷罪により9
年もの長期にわたる服役をして,その間十分反省する機会を与えられながら,出
所後わずか1年半足らずで保険金目的殺人という凶悪犯罪に及ぶなど遵法精神の
欠如も甚だしいといわざるを得ない。
こうした事情に加え,近時,保険金目当ての殺人事犯が増加し,社会的にもこ
の種事犯に対して厳しい対応が求められていることをも併せ勘案すれば,被告人
の刑事責任は誠に重大であるといわなければならない。
したがって,被告人が被害者の経済的な窮状を救うべく,これまで多額の援助
をしてきたものであること,被告人には養育すべき妻と2人の子供がいること,
妻が公判廷で被告人を監督する旨述べていること,被告人がこれまでボランティ
ア活動に励んできたこと,被告人が奉仕活動を行っていた知的障害者施設や親族
などから嘆願書が提出されていることなど,被告人に有利な事情も存するが,そ
の刑事責任の重大性に照らせば,被告人に対しては,主文掲記の刑に処してその
罪を償わせるのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官森脇尚史,国選弁護人薄木宏一〈主任〉,同中山博之各出席)
(求刑 無期懲役)
平成14年10月21日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官    小   池   勝   雅
             裁判官    中   山   大   行
             裁判官    河   畑       勇

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