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○犯行時情動性のもうろう状態にあったとの主張を排斥した事例
○殺害前に借金として交付を受けていた現金についてもいわゆる一項強盗による強盗殺人罪の成立
認めた事例
平成14年10月22日判決宣告
仙台高等裁判所 平成14年(う)第80号 強盗殺人,現住建造物等放火未遂,死体損壊被告事
(原審 山形地方裁判所 平成11年(わ)第173号 平成14年3月25日判決宣告)
          主     文
     本件控訴を棄却する。
     当審における未決勾留日数中150日を原判決の刑に算入する。
          
          理     由
第1 本件控訴の趣意は,弁護人坂野智憲作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引
   控訴趣意の第1は,事実誤認の主張であり,要するに,被告人は,本件当時心神喪失ないし
  の状態にあったのに,被告人に完全責任能力を認めた原判決には事実誤認がある,というので
   控訴趣意の第2は,量刑不当の主張であり,要するに,完全責任能力が認められるとしても
  は異常な精神状態の中で突発的に犯行に出たのであって,計画的で冷徹な犯行とはいえないこ
  については,積極的に公共の危険を惹起しようとしたのではなく,かつ,未遂にとどまってい
  強取金のうち25万円が遺族に還付されていること,贖罪寄附をしていることなどを考慮すれ
  人を無期懲役に処した原判決の量刑は重すぎる,というのである。
第2 そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
1 控訴趣意中事実誤認の主張について
   所論は,被告人が,小学生当時から現在に至るまで継続して発熱と頭痛に悩まされ,大学卒
  ら市販の頭痛薬「A」を常用し,実父の病気や仕事のことで悩み精神的に疲労しており,小学
  は養護学校に通うなど精神的にも発育が遅れ,身体,精神面ともに劣っており,それは本件時
  していたのであって,被告人に生物学的布置因子を認めるに十分であること,被告人に犯行時
  なく,犯行状況に関する捜査段階の供述は,捜査官の不当な誘導や理詰めの取調べにより記憶
  とを述べたものであること,犯行の動機が極めて薄弱であること,犯行後我に返って被害者が
  ることを知り,パニック状態に陥ったため逃走して証拠隠滅を図ったものであること,犯行後
  れた道を何度も間違え,異常な汗と喉の渇きを感じ,犯行を隠ぺいのため持ち出すべき書類を
  証拠隠滅のために奪った物を切り刻んで入れ捨てるはずの空き缶を捨てないでいる,という尋
  不合理な行動をとっていること,本件は被告人の人格からは想定し難い犯行であることなどか
  被告人は本件当時情動性意識障害により責任能力が喪失ないし減退していた,というのである
   しかしながら,被告人には,以下に述べるとおり,本件当時意識障害が存したとは認められ
  善悪を弁識しこれに従って行動を制御する能力が失われあるいは著しく減退していたといえな
  明らかである。
   すなわち,被告人の捜査官に対する供述調書をはじめ原審で取り調べた証拠によれば,被告
  害者が1万円札の束を数えているのを見て強盗殺人の犯行を企て,機会をうかがって被害者の
  り込み,傍らのこたつの電気コードを用いてその頸部を締めつけ,その後息を吹き返さないよ
  りにコードを結び,現金等の入ったバッグを奪い取り,その後犯跡隠ぺいのために,こたつの
  ライターで火をつけ,10センチメートルくらいまで炎が上がるのを確認してから逃走したこ
  られるのであり,こうした行為は周囲の状況に適合した合理的かつ合目的的なもので,被告人
  状況認識を有していたと認められ,意識障害を疑わせる状況は存しない。また,犯行前の状況
  被告人は,前日の約束に基づいて被害者方に借金をしに行き,その場で借金の上乗せを願って
  かなう状況にあったのであり,意識障害を引き起こすような心理的な葛藤や原因は見当たらな
  て,借金返済に窮していた被告人が,被害者が大金を所持しているのを見て,強盗殺人の犯行
  その後犯跡を隠ぺいするために火を放ったという動機,経緯は,十分に了解可能である。
   被告人は,原審及び当審公判において,被害者から20万円を受け取った後から炎の熱さを
  での間の記憶が全くなく,捜査段階での供述は捜査官の誘導によるものである旨供述する。し
  ら,被告人の捜査段階における供述を見ると,犯行前後の状況に関し相当程度に詳細かつ具体
  し,自ら犯行状況の再現までし,記憶のある点とない点とを区別して供述しており,それら供
  て捜査官から押しつけや誘導があった形跡はなく,他方で,捜査段階では記憶が全くないとの
  ておらず,かえって捜査段階の初期においては,被害者から殺害の嘱託があったなどと,記憶
  いうことと明らかに矛盾する供述をしているのである。被告人が原審及び当審公判で供述する
  気が付いたら被害者が倒れ火が出ており,殺害して現金を奪い火をつけたという自覚は全くな
  いうのであるならば,その気が付いた時点で,被害者の様子を確認し,救命や消火のための行
  のが当然と考えられるのに,そうしたことをすることなく逃走し,その上種々の隠ぺい工作を
  るのは,全く不合理であり,むしろ,被告人のその気が付いたという後の行動は,殺害と放火
  ことの自覚があったことをうかがわせるものである。そもそも犯行前後の記憶は鮮明であると
  犯行に関する部分の記憶が欠落しているというのは不自然であり,捜査段階で述べる,夢中で
  頸部を絞めたが,被害者がぐたっとしたのではっと我に返ったという供述の方が,自然である
  の事情に照らすと,犯行について記憶がないという原審及び当審公判における被告人の供述は
  できない。
   さらに,被告人は,成人後一定の職業に就き,対人関係において支障なく社会生活を送って
  その生活歴において精神遅滞の徴候や精神異常あるいは意識障害による特別の行動障害があっ
  められない(なお,被告人は,当審公判において,意識障害の経験がある旨供述するが,その
  程度の経験が,格別異常性をうかがわせるものとはいえず,また,所論の指摘する犯行後の行
  解さは,重大犯罪を行ったことによる興奮や狼狽によって理解可能な範囲内のものであり,精
  性を示すものとはいえない。)。
   以上のとおり,被告人が本件当時責任能力を喪失ないし著しく減退していたとは認められな
  完全責任能力を認めた原判決に事実誤認はない。論旨は理由がない。
 2 控訴趣意中量刑不当の主張について
   本件は,サラ金から多額の借金をしてその返済に追われていた被告人が,長年付き合いのあ
  に頼んで金を貸してもらうために赴いたところ,被害者が大金を所持していることを知って,
  殺害した上,その所持金を奪い,さらに,その犯跡を隠ぺいするために,被害者の死体ととも
  方住宅を燃やそうとしたが,建物放火については未遂に終わったという,強盗殺人,現住建造
  未遂,死体損壊の事案である。
   被告人は,自らの商売の客として長年にわたり付き合いがあり,私的にもその住まいを訪れ
  をするなど親しく交際をしており,借金の依頼にも嫌がらず応じてくれたのに,被害者が所持
  大金に目がくらみ,無情にも被害者を殺害して,その所持金を奪い,その上,その死体及び住
  そうとしたもので,被害者の信頼と好意に対し仇をもって報いた背信的で卑劣な犯行であり,
  量の余地はなく,犯行態様も,殺害の上金を奪うことを決意するや,殺害の機会をうかがい,
  気を許して何ら警戒していないのに乗じてその背後に回り込み,電気こたつのコードを手にす
  に巻き付けて力一杯締めつけ,さらに,息を吹き返さないように首に巻き付けたコードを念入
  でいるのであって,強い殺意に基づく冷酷非情で凶悪なものである。被害者は,長年の付き合
  していた被告人によって突然襲われ,無念の言葉を発するいとまもなく絞め殺されたものであ
  な死を遂げ,蓄えた財産を奪われ,更に遺体さえも焼かれた被害者の無念さ,悲痛の程はいか
  と察するに余りある。被害者の遺族は,母親を突然悲惨な形で失いその無惨な遺体を目の当た
  その悲嘆の情は大きく,心の痛手は容易に癒されない状態にある。これに対し,被害金の一部
  れているものの,被告人から被害弁償や慰謝の措置は全く講じられておらず,遺族の処罰感情
  厳しいものがある。現住建造物等放火未遂は,自ら消防団員を務め火事の恐ろしさを十分知っ
  ら,強盗殺人という重大犯罪の犯跡隠ぺいのため行われたもので,その動機は卑劣であり,本
  住宅街にある木造住宅で,近隣住宅にも延焼する危険性は高かったものであり,内部の什器備
  道具が焼損し,被害者遺族の居住が困難になって,多大の経済的損失を被っており,もたらし
  大きい。
   被告人は,本件後種々の罪証隠滅工作に及ぶなど犯行後の情状も芳しくなく,また,原審及
  判において,本件各犯行については記憶がないなど不合理な弁解に終始し,真に自己の罪責の
  省しているのか疑問である。
   これらの事情からすると,被告人の刑事責任は重大であり,強盗殺人についてはその場で衝
  行したものであり,計画的犯行とまでは認められないこと,現住建造物等放火の点については
  わっていること,前述のとおり被害金の一部が返還されていること,被告人には前科がないこ
  被告人にとって酌むべき事情を考慮しても,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が重すぎ
  ことはない。量刑不当の論旨は理由がない。
 3 なお,原判決について,以下の点について触れておく。
   原判決は,その(罪となるべき事実)第1において,被告人が,「同人(B)を絞頸に伴う
  り死亡させて殺害した上,同人所有の現金20万円並びに同人所有又は管理に係る現金80万
  期預金通帳等20点在中の黒色合皮製バッグ1個(時価1000円相当)を強取し」と認定し
  一方,(犯行に至る経緯)において,「そこで,被告人は,かなりの資産を保有しているであ
  ていたBから返済資金として10万円を借り入れることを思い立ち,同年4月17日,同人方
  借金を申し込んだところ,Bから,翌日同人方に来るよう告げられた。被告人は,Bから10
  付の承諾を取り付けたものの,同日夜になって,その後の返済資金のあてもなかったことから
  金の上乗せを申し込んでみようと考えた。被告人は,翌18日朝,B方に赴き,同人に対し,
  万円を借り入れたい旨申し込んだところ,同人は,手元に置いた後記バッグ内の封筒から1万
  をのぞかせて数え始めた。その様子を見て,被告人は,封筒の中には五,六十万円はあると思
  てよりサラ金への返済に追われ,まとまった額の金が欲しいと熱望していたところ,まとまっ
  を目にして,とっさに,この場でBを殺害すれば,その所持金等を,既に受け取っていた20
  めて全て自分のものにできると考え,同人を殺害して,その金品を強取することを決意した。
  しているのである。原判決の認定によると,「既に受け取っていた20万円」を何時受け取っ
  ずしも明確でないが,いずれにしても強盗の手段としての殺害の実行に着手する前に20万円
  っていたというのであるから,この20万円について,果たして(罪となるべき事実)に判示
  に,殺害を手段としてこれを奪ったと認めることができるのか,すなわち,この20万円につ
  わゆる一項強盗による強盗殺人罪の成立を認めることができるのか,なお検討の余地があると
   そこで,原審で取り調べられた証拠によれば,事実関係として次のように認めることができ
   すなわち,被告人は,平成13年4月18日朝B方に赴き,その茶の間において,こたつに
  かいに座ったところ,Bは,前日貸してくれることを約束した10万円を取り出し,こたつの
  上に置いた。被告人は,それに手をつけず,前夜更に10万円を上積みして貸してもらおうと
  たことから,更に10万円を貸してくれるよう頭を下げながら頼んだところ,Bは「分かった
  って承諾した。そこで,Bは,こたつテーブル上に出していた10万円をいったん手元に戻し
  らに置いたバッグを引き寄せ,バッグから封筒を引き出し,その封筒から1万円札を出して数
  被告人は,Bが数えている1万円札の札束を目にして,にわかにその札束を奪って自分の物に
  り,とっさにBを殺害すれば,その札束も先に出された10万円も,Bが所持する目の前の金
  を獲得できると考え,目に付いたこたつの電気コードを使って首を絞め,殺害しようと決意し
  人は,更にBを殺害する手順等を考えていたが,Bは,封筒から10万円を数えて取り出すと
  し出した10万円と合わせて束にし,それをこたつのテーブル上に差し出したため,被告人は
  し出された20万円を手にして数えた上,自分のジャンパーのポケットに入れた。被告人は,
  襲う機会をうかがって,話し掛けるBに適当に相づちを打ちながら,何気ない振りをしてBの
  り,こたつから伸びた電気コードをつかむと,それを両手に持ってBの首に巻き付け,引き続
  引っ張ってBの首を締めつけ,そのうちBが倒れて動かなくなったことから,被告人は,Bが
  思い,現金80万円等が入ったバッグを自分のジャンパーのポケットにねじ込んだ。その後,
  自己の犯罪の犯跡隠ぺいのため,Bの遺体とともに建物を燃やそうと考え,持っていたライタ
  つカバーに火をつけ,カバーが燃え始めたのを確認して,B方から立ち去った。
   刑法236条1項の財物強取による強盗殺人罪が成立するためには,殺害が財物奪取の手段
  いることが必要と解されるところ(最高裁昭和61年11月18日第一小法廷決定・刑集40
  23頁参照),被告人は,殺害に着手する前に,Bが差し出した20万円を自分のジャンパー
  トに入れており,その後に殺害を行っているので,殺害が20万円を強取するための手段とな
  かについて検討を要する。
   上記の事実関係によれば,被告人がBから差し出された20万円を手にとってポケットに入
  により,被告人はその20万円の占有を取得したといえるのであるが,しかし,その時点にお
  告人は既にBを殺害してバッグ内の現金を含めてBの所持する全金員を奪う意思を有していた
  Bが20万円を差し出したのは,被告人のそうした意思を知らずに,依然正当に借りるものと
  いたからであり,Bが被告人の内心の意思を知ったならば,たちまちその返還を求めたであろ
  明白であるから,たとえ被告人が差し出された20万円をポケットに入れて,その占有を取得
  としても,その占有は確実なものとはいえず,被告人が殺害したのは,20万円を確実に確保
  であったといえるのである。そうすると,20万円については,不確実な占有状態にあるのを
  保するための手段として殺害が行われたと認めることができるので,いわゆる一項強盗による
  罪の成立を肯定できる。
   したがって,原判決が20万円についてもいわゆる一項強盗による強盗殺人罪の成立を認定
  に誤りはない。
第3よって,控訴の趣意は理由がないので,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審にお
  勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつ
  181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
平成14年10月22日
  仙台高等裁判所第1刑事部
    裁判長裁判官  松  浦     繁
       裁判官  根  本     渉
       裁判官  春  名  郁  子

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