弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告らは,連帯して,別紙認容額一覧表の「原告」欄記載の各原告に対
し,同表「認容額」欄中の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する平
成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告
らの負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,連帯して,各原告に対し,各3300万円及びこれに対する平成
26年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,被告らの所有管理する神岡鉱山において,被告ら又はその下請会社
との間の雇用契約に基づき稼働していた作業員又はその遺族が,被告らの安
全配慮義務違反によって当該作業員らがじん肺に罹患したなどと主張し,被
告らに対し,連帯して,債務不履行に基づく損害賠償(包括一律請求)とし
て,各3300万円及びこれに対する訴状送達の日である平成26年8月8
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る事案である。
なお,本件訴訟に先んじて,平成21年5月,同じく神岡鉱山において就労
していた元作業員らが被告らに対して提起した損害賠償請求訴訟事件(岐阜
陣訴訟」という。)が存
在する。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨に
より明らかに認められる事実)

⑴当事者等
ア被告三井金属鉱業株式会社(昭和27年商号変更前の旧商号は神岡鉱業
株式会社。以下「被告三井金属」という。)は,昭和25年に三井鉱山
株式会社の金属部門を分離する形で設立された株式会社である。同社は,
三井鉱山株式会社が所有管理していた神岡鉱山を引き継ぎ,昭和61年
6月30日までこれを所有管理していた。
イ被告神岡鉱業株式会社(以下「被告神岡鉱業」という。)は,昭和61
年に被告三井金属の完全子会社として設立された株式会社であり,同年6
月30日,被告三井金属から神岡鉱山の営業権一切を譲り受け,神岡鉱山
を所有管理している。
ウ別紙1「管理区分等一覧表」の「原告等」欄記載の者(以下「原告等」
と総称する。)は,いずれも,被告三井金属(その前身である三井鉱山株
式会社を含む。)又は被告神岡鉱業との雇用契約,あるいは,被告らの下
請会社との雇用契約に基づき,神岡鉱山で稼働していた者である。
なお,本件訴訟の提起後,原告等のうち,亡Bは平成27年11月29
日に,亡Eは平成28年12月28日に,亡Fは平成29年8月29日に,
それぞれ死亡した。原告Iは亡Bの妻であり,原告Jは亡Eの妻であり,
原告Kは亡Fの妻であり,いずれも,被告らに対する損害賠償請求権を
単独相続する旨の遺産分割協議を成立させた。
⑵神岡鉱山の概要(乙A1,2,6,7〔枝番を含む。以下,枝番のある証
拠については,特記ない限り同じ。〕)
神岡鉱山は,岐阜県飛騨市神岡町に所在し,飛騨高原の最北部に位置す
る銀,鉛,亜鉛のいわゆる金属鉱山である。栃洞,円山及び茂住の各鉱床群
よりなり,鉱山としては栃洞鉱(栃洞坑,円山坑)及び茂住鉱の二つがある。
神岡鉱山の岩盤中の遊離けい酸成分の平均値は約8%であり,遊離けい酸含
有率が比較的低い鉱山であるといえる。

神岡鉱山における被告らの正社員数は,昭和25年度には4354名在籍
していたが,その後減少を続け,昭和61年度時点では761名,平成20
年度時点では248名であった。
神岡鉱山における鉱石の採掘は,平成12年に茂住鉱の採掘が休止され,
平成13年には栃洞鉱の採掘が休止された。現在,栃洞鉱における石灰石の
採掘が継続され,茂住鉱内は宇宙線観測設備として使用されており,被告神
岡鉱業が両鉱の維持管理を行っている。
⑶原告等の職歴ないし神岡鉱山における就労歴は,別紙9「原告等の個別事
情」の各原告等欄に認定のとおりである(以下,個別の原告等については,
「原告A」のように略称する。)。
⑷じん肺とその特徴
アじん肺の意義等
じん肺とは,粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化
を主体とする疾病をいう(じん肺法2条1項1号)。また,同法及び同
法施行規則は,じん肺の合併症(じん肺と合併した肺結核その他のじん
肺の進展経過に応じてじん肺と密接な関係があると認められる疾病をい
う。以下同じ。)として,後述するじん肺管理区分が管理2又は3と決
定された者に係る肺結核,結核性胸膜炎,続発性気管支炎,続発性気管
支拡張症,続発性気胸,原発性肺がんを定めている(同法2条1項2号,
同条2項,同法施行規則1条)。
また,当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認め
られる作業は粉じん作業とされ,その範囲は厚生労働省令で定められて
いる(同法2条1項3号,同条3項,同法施行規則2条,別表)。
イじん肺発症のメカニズム(甲A51,70,乙A143,171,弁論
の全趣旨)
通常,体内に吸入された粉じんは,気管支腺や杯細胞が分泌する粘

液と繊毛の働きによって,その多くは痰として体外に排出される。また,
粉じんが体外に排出されずに肺胞まで進んだ場合でも,呼気に乗って体
外に排出される。しかしながら,残ったものについては,防御反応とし
て,粉じんを探し当てたマクロファージ(貪食細胞)がこれを取り込み,
そのまま気管支系に運ばれて体外に排出されるものもあるが,他のもの
は肺胞の毛細血管と空気の部分の間に網の目のように張り巡らされたリ
ンパ管に入り,リンパ内での免疫防御機構の働きと共にリンパ節(腺)
に貯められる(なお,肺のリンパは,外側に近い場所では胸膜〔肋膜〕
に沿って上方に流れ,深部では中央〔肺門〕に向かって流れている。)。
このように,人体には,粉じん除去機能や防御機能があり,通常,人
間が生活する場所における粉じん程度では,人間の体内に害を及ぼすこ
とはない。
ところが,粉じん除去機能や防御機能の限界を超えた多量の粉じん
が体内に吸入されると,吸入された粉じんは,肺胞腔内に蓄積して肺胞
壁を破壊し,そこから線維芽細胞が出現し,肺胞腔内に線維が形成され,
結節ができる。結節が形成されるということは,その領域の肺胞壁が閉
塞し,肺胞でのガス交換機能が失われることを意味する。
また,マクロファージによって貪食されリンパ管に入った粉じんは,
リンパ節に運ばれ蓄積されるが,リンパ節に溜まった粉じんはリンパ節
の細胞を増殖させ,その結果細胞が破壊されて膠原線維(線維状の一種
のタンパク質で固い。)が増加し,その部分の細胞を破壊してリンパ節
を閉塞させてしまう。そうなると,その後に吸入された粉じんは,肺胞
腔内に蓄積され,肺胞壁の破壊と線維の形成は更に加速され,肺胞のガ
ス交換機能は更に失われる。このようなじん肺の病変を線維増殖性変化
という。
そのほか,じん肺の基本的病変として,気道の慢性炎症性変化,肺の

気腫性変化(正常よりも気腔の大きさが異常に拡張している場合と肺胞
が破壊されている場合とがあるが,じん肺の場合には後者である。)も
生じる。
じん肺の症状は,咳,痰,労作時の息切れ,呼吸困難,動悸等が中
心となる。
じん肺には,吸入する粉じんによる分類があり,遊離けい酸(シリ
カ)を吸入することによって生じるけい肺,石綿を吸入することによっ
て生じる石綿肺などがある。
このような粉じんの種類のほか,粉じんの粒径,粉じんの吸入量
(濃度と曝露期間),性別,年齢,体重等の人体側の要因がじん肺発生
の主要な因子として指摘されている。
ウじん肺の特徴(甲A70,74,弁論の全趣旨)
一般的に,以下のような特徴が指摘されている。
現時点において,じん肺によっていったん肺に発生した線維増殖性変化,
気腫性変化等については,元の状態に戻す治療方法がない(不可逆性)。
また,じん肺の病像は,肺胞内に取り込まれた粉じんが,長期間にわたり
線維増殖性変化を進行させるものであり,粉じん職場を離れた後において
も,粉じん曝露の量や罹患したじん肺の程度に応じて,じん肺結節が拡大
融合するなどして病状が進行する(進行性)。さらに,じん肺によって肺
機能に障害を来すことにより,各種臓器にも慢性的な酸素不足を生じさせ
るなどして様々な影響や負担をもたらし,生命活動全体に多様な障害を及
ぼすため,呼吸器の合併症のみならず,他の疾病の治療を困難にさせるな
どの影響を及ぼす(全身性)ことを指摘する見解もある。
⑸関係法令
鉱山における保安に関する法令としては,鉱山保安法(昭和24年5月1
6日法律第70号により制定,平成16年法律第94号により改正。以下

「保安法」という。)が,鉱業権者は粉じん等の処理に伴う危害又は鉱害の
防止のため必要な措置を講じなければならない旨を定めるなどし,金属鉱山
等保安規則(昭和24年通商産業省令第33号。以下「保安規則」という。)
によって,鉱業権者が講ずべき具体的な保安措置が定められた。その後,鉱
山保安規則(平成6年通商産業省令第13号)が制定され,平成7年4月1
日に施行されたことにより,保安規則は廃止され,さらに平成16年に鉱山
保安法施行規則(同年経済産業省令第96号)が制定され,平成17年4月
1日に施行されたことにより,鉱山保安規則は廃止された。
じん肺に関する法令としては,昭和30年にけい肺及び外傷性せき髄障
害に関する特別保護法(同年7月29日法律第91号)が制定された後,昭
和35年に,石綿肺その他のじん肺も広く対象としたじん肺法(同年3月3
1日法律第30号)が制定され,昭和52年には「じん肺法の一部を改正す
る法律」(昭和52年7月1日法律第76号)が制定,昭和53年に施行さ
れたほか,粉じん障害防止規則(昭和54年労働省令第18号)などがある。
⑹じん肺管理区分(以下,単に「管理区分」という。)制度等
アじん肺法における管理区分制度及びじん肺健康診断の主な手続の流れは,
別紙2「じん肺健康診断の流れ及びじん肺法における健康管理の体系」
のとおりである。(なお,改正前のじん肺法においても,じん肺健康診
断の結果に基づいて「健康管理の区分」を決定するものとされているが,
同区分については,「労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法
律の一部の施行に伴う経過措置及び関係政令の整備に関する政令(昭和
53年政令第33号)」によって,対応関係にある現行のじん肺法上の
管理区分にみなす旨の経過措置(同令2条)が定められているため,以
下では,これに従って現行の管理区分で表記する。)
イ管理区分制度
じん肺法は,粉じん作業に従事する労働者等を,じん肺健康診断の結果

に基づき,エックス線写真画像の区分(じん肺法4条1項。別紙3「エ
ックス線写真像の分類」のとおり,粒状影又は不整形陰影の多寡及び大
陰影の有無により,第1型から第4型までに区分される。)と著しい肺
機能障害の有無の組合せに従って,以下のとおり,管理1から4までに
区分し,健康管理を行うものとしている(じん肺法4条)。
管理1:じん肺の所見がないと認められるもの
管理2:エックス線写真の像が第1型で,じん肺による著しい肺機能
の障害がないと認められるもの
管理3イ:エックス線写真の像が第2型で,じん肺による著しい肺機
能の障害がないと認められるもの
管理3ロ:エックス線写真の像が第3型又は第4型(大陰影の大きさ
が1側の肺野の3分の1以下のものに限る。)で,じん肺
による著しい肺機能の障害がないと認められるもの
管理4:⑴エックス線写真の像が第4型(大陰影の大きさが1側の
肺野の3分の1を超えるものに限る。)
⑵エックス線写真の像が第1型,第2型,第3型又は第4
型(大陰影の大きさが1側の肺野の3分の1以下のもの
に限る。)で,じん肺による著しい肺機能の障害がある
と認められるもの
ウじん肺健康診断(甲A1,71,)
事業者は,じん肺法の定める健康管理の一環として,常時粉じん作
業に従事する,あるいは,従事させたことのある労働者等に対して,就
業時健康診断,定期健康診断(常時粉じん作業に従事する管理区分が管
理1の労働者は3年ごと,管理2又は3の労働者は1年ごとに1回など
と定められている。),定期外健康診断,離職時健康診断の実施義務を
負っている(じん肺法7条ないし9条の2)。

じん肺健康診断は,次のaないしcの方法によって行うとされてい
る(じん肺法3条,同法施行規則4条ないし8条)。
a粉じん作業についての職歴の調査及びエックス線写真(直接撮影に
よる胸部全域のエックス線写真をいう。以下同じ。)による検査
b胸部に関する臨床検査及び肺機能検査
c結核精密検査その他厚労省令で定める検査(合併症に関する検査)
上記方法によるじん肺健康診断の具体的実施手法及び判定について
は,労働省労働基準局長が各都道府県労働基準局長に宛てて発出した通
達である昭和53年4月28日付け基発第250号「改正じん肺法の施
行について」(以下「基発第250号通達」という。甲A71)により,
労働省安全衛生部労働衛生課編「じん肺診査ハンドブック」(昭和54
年改訂部分を含む。以下,単に「じん肺診査ハンドブック」という。甲
A1)に記載された内容を基本として行うとされている。その具体的な
粉じん作業についての職歴の調査
粉じん作業の職歴の調査は,事業場の名称,従事している又は従事し
ていた作業の内容及び従事した期間を把握することによって行われる。
エックス線写真による検査
aじん肺のエックス線写真の像は,別紙3「エックス線写真像の分類」
の「1じん肺法によるエックス線写真像の区分」記載のとおり,第
1型から第4型までに区分される(じん肺法4条1項,甲A1)。
bエックス線写真像の区分の判定は,昭和57年増補版「じん肺標準
エックス線フィルム」(乙A64,177。以下「標準フィルム」と
いう。)並びに「じん肺標準エックス線写真集」(平成23年3月)
(乙A65,176の1,240,241。以下「標準写真集」とい
う。)を用い,どの型の標準フィルムないし標準写真集に近似してい

るかを比較読影して医師が判定することとされている。
標準フィルムは,第1型,第2型及び第3型の中央のものを示して
いるほか,じん肺の所見がないと判断するフィルムの上限のもの及び
第1型の下限のものを示している。型の区分を行う際には明確にある
型のものと判断できない場合があるため,別紙3「エックス線写真像
の分類」の「2エックス線写真像の区分に当たっての12階尺度」
記載の12階尺度(以下「12階尺度」という。)を用いることとさ
れている(じん肺診査ハンドブック)。
c標準フィルムの構成は別紙4「標準フィルム一覧表」のとおり,標
準写真集の構成は別紙5「標準写真集一覧表」のとおりである。
胸部に関する臨床検査(甲A1,乙A63)
胸部臨床検査は,①じん肺の経過の調査,②既往歴の調査,③自覚症
状の調査,④他覚所見の検査によって行われる。
①じん肺の経過の調査は,じん肺管理区分決定通知書等の書面の他,
事業上で作成している管理台帳,健康管理個人票等を利用し,②既往歴
の調査は,肺結核,胸膜炎,気管支炎,気管支拡張症,気管支喘息,肺
気腫,心臓疾患を対象に行われる。
③自覚症状の調査は,呼吸困難,咳と痰,心悸亢進その他の症状,喫
煙歴について行われるが,このなかでも呼吸困難が最も重要とされる。
④他覚所見の検査は,視診によるチアノーゼやばち状指の確認,聴診
による水泡音及び捻髪音等の副雑音の聴取の確認を行うとされている。
肺機能検査
肺機能検査は,スパイロメトリー及びフロー・ボリューム曲線による
検査(一次検査)並びに動脈血ガス測定(二次検査)により,それぞれ
行われる(じん肺法施行規則5条)。
合併症に関する検査
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じん肺の法定合併症(前記第2の2⑷ア)に該当するか否かの判定は,
じん肺診査ハンドブックに記載された判定の基準により行うとされてい
る(基発第250号通達。甲A71)。続発性気管支炎については別紙
6「続発性気管支炎に関する合併症の検査」に記載のとおりである(甲
A1)。
エ管理区分の決定手続等
じん肺健康診断の結果,じん肺の所見がないと診断された者の管理
区分は管理1とされる(じん肺法13条1項)。
事業者は,じん肺健康診断の結果,じん肺の所見があると診断され
た労働者について,エックス線写真及びじん肺健康診断の結果を証明す
る書面等を都道府県労働局長(以下「労働局長」という。)に提出する
(じん肺法12条)。
労働局長は,上記エックス線写真及びじん肺健康診断結果証明書等
が提出されたときは,これらを基礎として,地方じん肺診査医の診断又
は審査により,当該労働者について管理区分の決定をする(じん肺法1
3条2項)。労働局長が,上記決定を行うため必要があると認めるとき
は,事業者に対し,エックス線写真の撮影若しくは厚生労働省令で定め
る範囲内の検査を行うべきこと又はその指定する物件を提出すべきこと
を命じることができる(同条3項)。
なお,地方じん肺診査医とは,じん肺に関し相当な学識経験を有する
医師のうちから厚生労働大臣が任命した者である(同法39条4項)。
労働局長は,管理区分の決定をしたときは,事業者にその旨を通知
し,事業者は,当該労働者等に対し,その者について決定された管理区
分及びその者が留意すべき事項を通知しなければならない(じん肺法1
4条1項,2項)。
常時粉じん作業に従事する労働者又は常時粉じん作業に従事する労
11
働者であった者は,いつでも,じん肺健康診断を受けて,厚生労働省令
で定めるところにより,労働局長に管理区分を決定すべきことを申請す
ることができる(じん肺法15条1項)。
事業者は,じん肺健康診断の結果,労働者の健康を保持するため必
要があると認めるときは,就業上適切な措置を講じ,適切な保健指導を
受けることができるための配慮をする努力義務を負い(じん肺法20条
の2),管理区分が,管理2又は3イである労働者について,粉じんに
さらされる程度を低減させるため,就業場所の変更,粉じん作業に従事
する作業時間の短縮その他の適切な措置を講ずるように努める義務を負
う(同法20条の3)。また,労働局長は,管理3イである労働者が現
に常時粉じん作業に従事しているときには,事業者に対し,当該労働者
を粉じん作業以外の作業に常時従事させるべきことを勧奨することがで
き,管理3ロである労働者が現に常時粉じん作業に従事しているときに
は,地方じん肺診査医の意見により,当該労働者の健康を保持するため
必要があると認めるときは事業者に対し,当該労働者を粉じん作業以外
の作業に常時従事させるべきことを指示することができること等も規定
されている(同法21条,22条,22条の2)。そして,管理4と決
定された者及び合併症にかかっていると認められる者は,療養を要する
ものとされる(同法23条)。
⑺労災保険給付について
ア労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)7条1項1号所
定の業務災害に関する保険給付(以下「労災保険給付」という。)は,同
法12条の8第2項により,労働基準法75条等に規定する療養補償の事
由が生じた場合に支給するとされているところ,同条1項の「業務上の疾
病」には,「粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん
肺法に規定するじん肺と合併した同法施行規則1条各号に掲げる疾病」が
12
含まれている(労働基準法75条2項,同法施行規則35条別表第1の2
第5号)。じん肺法上,管理区分が管理4と決定された者及び合併症にか
かっていると認められる者は療養を要するものとされていることから(じ
ん肺法23条),これらの者のじん肺又は疾病は,原則として業務上の疾
病として認定されることとなる。
イ管理区分手続上,管理2又は3の決定を受け,法定合併症の認定を受け
ていない者から労災保険給付支給の請求があった場合,労働基準監督署
(以下「労基署」ということもある。)において,管理区分決定通知書又
はその写し,粉じん職歴,管理区分,決定の根拠となったじん肺健康診断
結果等を確認し,法定合併症に係る審査を行うとされ,この場合には,原
則として地方じん肺診査医の意見に基づいて判定することとされている。
また,管理区分手続上,管理2又は3とされ,法定合併症の認定を受け
ている者から請求があった場合は,上記と同様の事項を確認し,健康診
断を行った日に当該合併症が発病したものとみなすとされている(基発
第250号通達,各都道府県労働基準局長宛て労働省労働基準局補償課
長・安全衛生部労働衛生課長事務連絡「じん肺の合併症に係る療養等の
取扱いについて」〔甲A71,77〕)。
⑻原告等の管理区分決定及び合併症の認定
原告等は,別紙1「管理区分等一覧表」の「初回管理区分決定日」欄記載
の日に「初回管理区分」欄記載の管理区分決定を受け,「直近の管理区分決
定日」欄記載の日に「直近の管理区分」欄記載の管理区分決定を受けた。ま
た,「療養・休業補償給付等支給決定日(症状確認日)」欄に記載がある者
については,その記載された日ころ,「法定合併症」欄記載の合併症に罹患
したことを理由とする療養・休業補償給付の支給決定を受け,同給付を受け
始めた。
⑼第一陣訴訟
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ア平成21年5月,神岡鉱山でかつて就労していた作業員及びその遺族ら
が,被告らに対し,本件と同様,被告らの安全配慮義務違反によってじ
ん肺に罹患したとして,岐阜地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した

イ岐阜地方裁判所は,平成26年6月27日,請求権が時効消滅したと認
定した原告らを除き,原告らの請求を一部認容する判決を言い渡した。
これに対して,原告ら及び被告らの双方が名古屋高等裁判所に控訴した。
ウ名古屋高等裁判所は,平成28年1月21日,原告らのうち4名の認容
額を増額する以外は,概ね一審判決を維持する内容の判決を言い渡した
(甲A54)。これに対し,原告ら及び被告らの双方が上告受理申立て
をしたが,最高裁(第二小法廷)は,平成29年3月15日,いずれの
上告についても受理しない旨の決定をした。
第3争点
1安全配慮義務違反の有無
⑴被告らの従業員であった原告等に対する被告らの責任の有無
⑵下請会社の従業員であった原告Hに対する被告らの責任の有無
2損害の発生及びその額
⑴じん肺罹患の有無及びその程度
⑵じん肺による健康被害・合併症等の有無
⑶損害額
3被告らが連帯責任を負うかどうか
4過失相殺の有無
⑴喫煙による過失相殺の有無
⑵防じんマスク不着用による過失相殺の有無
5消滅時効の成否
⑴消滅時効の起算点はいつか
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⑵被告らによる消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか
第4争点に対する当事者の主張
1安全配慮義務違反の有無
⑴被告らの従業員であった原告等に対する被告らの責任の有無
(原告らの主張)
ア使用者は労働契約上の信義則に基づき,労働者に対し,安全配慮義務を
負っている。安全配慮義務は,労働者の生命・身体・健康という侵すこと
のできない絶対的価値を保持するものであることから,その内容は「万全
の措置を尽くす義務」(高度の絶対的義務)である。そして,被告らも,
被告らの従業員であった原告等との労働契約の成立により,原告等に対し,
原告等が労働力を提供する過程において,その生命と健康が破壊されない
ようにすべき高度の健康保持義務を負担していたのである。
原告等が従事した坑内・坑外作業は,いずれの工程においても,粉じん
を多量に発生させる粉じん職場であった。粉じんの吸入によりじん肺と
いう極めて悲惨な職業病が発生することは古くから知られていたし,実
際にも鉱山においてじん肺患者が発生することを,被告らは十分認識し
ていた。したがって,被告らは,じん肺の発生を予見しながらあえて労
働者に粉じん作業という危険な業務をさせるのであるから,絶えず実践
可能な最高の医学的・科学的・技術的水準に基づくじん肺防止対策を総
合的・体系的に尽くして,じん肺患者の発生を防止する義務があった。
被告らが負っていた具体的義務及びその義務違反は以下のとおりである。
イ作業環境の管理に関する義務
坑内では,進さく・採鉱,支柱,試錘などの作業ごとに大量の粉じ
んが発生しており,進さく・採鉱においてトラックレスマイニングが導
入された後も改善されず,むしろ規模が大きくなって1日に発生する粉
じんの量が増える状況になった。したがって,被告らは,このような粉
15
じんの発生を防止・抑制し,作業員が粉じんに曝露することを防止・抑
制し,安全性の向上を図る義務を負っていた。しかしながら,いずれの
坑内も通気や換気は悪く,定設扇風機等の設置も不十分だったし,散水
も短時間しか行われず,ウォータースプレーは使用方法の規定もなく,
切羽に届かない後方に設置されていて粉じん除去効果が得られず,ベル
トカーテンやウォーターカーテンも粉じん除去効果は不十分であった一
方,集じん機等の設置はなく,休憩所である食堂が栃洞・円山抗では昭
和62年まで,茂住鉱では平成4年まで坑内にあって,常に粉じんが存
在していた状態であった。このように,被告らには作業環境管理に関す
る義務違反があった。
また,被告らは,原告等が従事した作業の各過程において,有害か
つ吸入性の粉じんが大量に発生していたのであるから,定期的及び作業
環境に合わせて随時に粉じんの濃度を測定し,その測定結果に基づいて,
安全性の観点から当該作業環境の状態の評価を行うべきであったが,被
告らにおいては十分な測定をしていなかったものであり,個人サンプラ
ーを用いるなどの方法で現実に作業員の曝露するであろう粉じん濃度を
測定せず,許容濃度によって作業環境管理を行うこともなかった。
ウ作業条件の管理に関する義務
被告らは,粉じんにさらされる機会を少しでも減らすため,労働時
間を短縮し,休憩時間を十分確保し,粉じんから遮断された場所に休憩
所を設けるべき義務があった。また,被告らは,ノルマの達成率と連動
した能率給など,過度な労働を行うことにつながる刺激的賃金体系を採
っており,これを見直す義務があった。しかしながら,これらの措置を
取らなかった。
また,被告らは,発生を防止しあるいは飛散を抑制できなかった粉
じんを吸い込まぬよう,有効かつ装着に適した呼吸具(マスク)等の保
16
護具及びその付属品を支給することも,次善の策として行うべきであっ
たが,支給されたマスクは人によってはフィットせずすき間を生じるな
ど十分な性能等を有しないものであり,フィルター交換にも応じてもら
えないことがあった。さらに,マスク着用の指導も全く徹底されておら
ず,そもそも重労働の際や,指示,打合せの際などマスクの着用ができ
ない場面も多いなど,対策は十分に実施されていなかった。
エ健康の管理に関する義務
被告らは,労働者自身が,じん肺発生のメカニズム,危険性,有害性に
ついて十分認識するよう,定期的・計画的な安全衛生教育を行うべきで
あったが,昭和55年に1度,数時間のじん肺教育を実施しただけで,
他に行わなかった。
また,被告らは,じん肺発生を防止できず,労働者をじん肺に罹患させ
てしまったならば,軽症であっても,それ以上の粉じん吸入をしないよ
うに速やかに非粉じん職場への配置転換を行い,療養の機会を保障する
べきであったが,これを実施しなかった。
(被告らの主張)
ア安全配慮義務とは,労働者の職場における安全と健康を確保するという
目標のために諸々の措置(手段)を講ずる債務であり,結果債務ではない。
原告らは,労働者の生命・身体・健康そのものを確保する義務として結果
債務を主張するものであり,失当である。
イ被告らは,神岡鉱山において,具体的な自然環境,就労環境に照らした
粉じん対策として,粉じん対策の関係法令に定める基準を遵守するだけで
なく,以下のとおり,他に先んじて粉じん対策の研究・開発を行い,その
時代における最高水準の対策を講じてきており,被告らが安全配慮義務に
違反した事実はない。
神岡鉱山は,豊富な地下水に恵まれており,早い時期から湿式さく岩
17
機を使用して粉じんの発生を防止し,発破後は,十分な退避時間を採っ
た上で,ウォータースプレーの使用により粉じんを沈降させ,さらに入
念な散水により粉じんを除去する作業を行った。鉱山の粉じん作業には
散水等による対策が最も有効であり,他にもウオーターカーテン,ベル
トカーテンなどの粉じん対策も講じた。
さらに,神岡鉱山は自然通気に有利な地形,形状であったが,通気が
不十分な部分や季節については,扇風機や風管等の強制通気によって補
完することも実施した。なお,坑内作業場においては,集じん機(集じ
ん装置)の設置は粉じん対策として有効ではない。
また,神岡鉱山では,昭和25年に防じんマスクの国家検定制度が整
備されるのに先駆けて,昭和22年から作業者に防じんマスクを使用さ
せてきたが,国家検定制度制定後は国家検定の改正に合わせて,これに
合格した防じんマスクを採用し,作業者全員に無償貸与するとともに,
作業者に対してマスクの重要性や必要性について教育し,管理職や監督
者は作業者にマスク着用を厳格に指導した。
神岡鉱山では,法的整備がなされる以前から,作業者の健康管理の
ため,粉じん防止の一環として粉じん測定に取り組み,本店技術陣も参
画して全社的な取組みを行ってきた。
被告らは,保安法等の法令に基づき,昭和25年に保安規程を定める
とともに,作業標準を定め,これらをまとめた必守項目集を作業者各人
に配布して遵守事項の周知徹底に努めた。また,保安技術職員や保安係
員等の選任,保安衛生委員会等の設置により,保安衛生の管理や指導を
徹底した。
被告らは,従業員に対し,じん肺予防のためのマスクの必要性や管
理等についての教育活動等として,就業時教育(新入社員教育,坑内作
業就業教育),在籍中の監督者等の日常巡視や保安係の専任担当者によ
18
る教育指導,保安週間及び衛生週間におけるじん肺教育,医師や衛生管
理者による指導,講演会などを実施したほか,昭和55年にはじん肺法
の改正に対応して粉じん作業特別教育を実施するなど,じん肺教育を間
断なく実施してきた。
神岡鉱山では,早くから,一般健康診断からじん肺健康診断に及ぶ
重層的な健康管理体制が整備確立されるとともに,管理区分認定が決定
された従業員の労災認定の手続,配置転換,退職者への支援等も十分な
配慮がなされてきた。
労働時間についても,被告らにおける坑内作業者の年間所定労働時
間は年を経過するごとに減少傾向にあった。また,被告らは坑内能率給
を設定していたが,その目的は作業の無駄や無理をできるだけ少なくし,
仕事を決められたとおりに行うことにあった。能率給の運用においては,
作業環境の変化等を加味し,作業者の不利,不公平にならないような鑑
定の仕組みを整えており,月々の能率給支給額に大きな変動はなかった。
原告らが主張するような,未達の場合のペナルティを伴うようなノルマ
などなかった。
⑵下請会社の従業員であった原告Hに対する被告らの責任の有無
(原告らの主張)
原告Hは,被告三井金属に昭和44年11月に入社し,主に進さく員とし
て稼働して昭和53年12月に退職した後,昭和54年6月から平成17年
まで,主に被告らの下請会社である岡田組及び吉澤組に勤務し,下請会社と
の間で締結された労働契約に基づき,被告らの所有する神岡鉱山において,
被告らの指揮命令・監督の下に作業に従事してきた。原告Hがじん肺に罹患
したのが,被告らの就業中か下請会社に就業中かを特定することは不可能で
あるが,上記のような関係からすれば,少なくとも被告らと下請会社は共同
して,同原告のじん肺罹患についての債務不履行責任を連帯して負うべきで
19
ある(民法719条1項類推)。
(被告らの主張)
原告らの主張は争う。下請会社でも保安係員が選任されており,被告らと
の間での打合せ・相談を踏まえ,下請会社の作業員に対する指示命令はすべ
て下請会社の保安係員から出されており,被告らの保安係員が直接下請会社
の社員に対して指示命令を行うことはなかった。たしかに,保安法の下では,
下請会社の社員も被告らの直轄従業員と同様の鉱山労働者と扱われるため,
保安衛生に関する認識を共有するようにはしていたものの,上記のとおり直
接指揮命令をしなかったのであるから,被告らは下請会社の従業員に対して
安全配慮義務を負わない。
したがって,被告らは,原告Hが昭和53年12月9日に被告三井金属を
退職して以後の就業について安全配慮義務を負うものではない。
2損害の発生及びその額
⑴じん肺罹患の有無及びその程度
(原告らの主張)
ア原告等は,いずれも管理2以上の管理区分の決定を受けている。じん肺
法等に基づく管理区分の決定は,公的な認定機関による厳格な手続を経
た,信用性の極めて高い判断であるから,これをもってじん肺の罹患が
立証されているものである。
すなわち,じん肺法及び管理区分制度は,長年の知見を積み重ねて安定
的に運用されてきたものであり,それ自体高度の信用性を有する。また,
管理区分の診査は,担当医の診断に加え,相当な学識経験を有する医師
の中から厚生労働大臣が任命する地方じん肺診査医らによる審査を経て
なされる。さらに,その診断方法や基準は,じん肺審査会等を経た長年
にわたる研究等の成果の蓄積である。
被告らは,低位変更の例があることから,管理区分決定の信用性がない
20
旨主張するが,低位変更されるのはごく例外的な事情に基づくものであ
り,それだけで管理区分決定の高度の信用性は揺るがない。
イまた,以下のように信用性を高める事情もある。
原告等のうち,被告ら在職中に管理2の決定を受けた者は,毎年の定
期健康診断を受診し,労働局に対して管理区分申請をし,改めて管理区
分決定を受けるが,管理2から管理1に低位変更された者はおらず,じ
ん肺有所見であることが繰り返し確認されてきた。また,退職後に法定
合併症の認定を受けている者は,主治医が毎年健康診断をしているが,
それにおいても,じん肺所見があるとの認定が繰り返しなされている。
原告等は全員,被告らにて就業していた当時,粉じん作業に従事した
経歴を有しており,じん肺罹患の原因があるといえる。
原告等には,現に,咳や痰,息切れ,呼吸困難など,じん肺の病理
に即した甚大な健康被害が発生している。
L医師は,原告等全員について,1型以上のじん肺有所見者であると
いう意見を述べている(同医師の意見は,別紙7「L医師の鑑定意見」
記載のとおり。甲A69)。L医師は,じん肺の診療につき豊富な経験
を有し,学術的研究実績も多数にのぼる医師であり,じん肺所見を適切
に読影・判定するための能力を習得している。L医師は,じん肺法制に
準拠した判定方法で適切かつ誠実に画像診断を行い,CT写真において
もじん肺所見を認めており,その鑑定意見及び証言の信用性は高い。
また,O医師は,亡Eの肺の標本を基に病理診断した結果,同人の肺
には複数のじん肺病変が認められる等との意見を述べる(甲A87,1
14)。これは,亡Eが受けていた管理区分決定や続発性気管支炎の認
定と整合する。O医師は,肺の病理専門医として長年の経験を積み,じ
ん肺に関する研究でも第一人者であって,本件について具体的かつ科学
的な根拠に基づく鑑定意見を述べるものであり,その鑑定意見及び証言
21
は極めて信用性が高いというべきである。
ウ被告らの主張に対する反論等
被告らは,M医師及びN医師の意見書等を根拠として,原告らのじん肺
罹患を否定する。しかしながら,以下のとおり,上記意見書等は信用す
ることができない。
原告等の罹患しているじん肺は主として非典型けい肺であるところ,
非典型けい肺は肺野結節の線維化が弱く,エックス線写真に粒状影が表
れにくいため,比較読影には,標準フィルム及び標準写真の「その他の
じん肺」を用いるべきであるが,M医師らは標準フィルムの「けい肺」
及び標準写真集の「粒状影」を用いるべきとしており,誤っている。
また,M医師らは,CT写真を重視してじん肺所見の判定を行ってい
るが,以下のとおりCTには限界があり,妥当でない。
aCTではピクセル以下の大きさの極めて微細な結節は検出できない。
スライス厚が厚い場合,部分容積効果を加味しても,粒状影が画像上
描出されるには,直径2~3㎜の大きさが必要である。
b非典型けい肺の粒状影は線維化が弱く,血管影との区別が困難な1
~2㎜の大きさであり,CTでの血管影との鑑別は困難である。
実際,O医師の意見書(甲A87,114)のとおり,亡Eの肺内
には線維化した結節が存在したが,M医師らはCTでこれを発見でき
なかった。
cCT読影の判断のばらつきをなくし,統一的な判断をするための標
準画像は未だ存在しない。標準写真集の胸部CT写真はあくまで典型
けい肺の患者のものであり,非典型けい肺が分類されるべき「その他
の陰影」には0/1や1/0のCT写真は収録されていない。
d非典型けい肺においては,エックス線写真における重積効果が重要
であるが,CT画像は部分容積効果により重なりが排除され,平均化
22
した情報しか提供しない(病像が消失する)ため,正確性に欠ける。
被告らは,重積効果により粒状影を読み取るには,多くの結節が同
一直線上に並ぶ必要があるがその可能性は低いなどと批判するが,重
積効果を得るのに同一直線上に並ぶ必要はないし,結節が重なる確率
は低くないから,被告らの批判は当たらない。
eじん肺法においてはそもそもCTによる判定を認めておらず,CT
によるじん肺判定については,未だ研究の途上である。管理区分決定
にCTを取り入れる目的でなされた厚生労働省のじん肺の診断基準及
び手法に関する調査研究(主任研究者:芦澤和人教授)の研究報告
(以下「芦澤報告」という。)では何ら見るべき成果を上げられず,
最新の検討結果を踏まえても,CTが必須であるとはされていない。
その他にも以下の事情によれば,M医師らの意見は信用できない。
aM医師らは,特に亡Bについて,当初の意見書(乙A166)では,
肺野の粒状影や線維化,所見の大きな変化を認識しながら故意に隠ぺ
いして記載せず,後から提出した意見書(乙A228)では,粒状影
等の所見を認めてはいるが,通常の過程と異なるからじん肺所見では
なく「何らかの炎症性疾患による線維化」であるなどと具体性に乏し
い意見を述べ,医学的な説明をしていない。
bM医師らは,当初の鑑定意見(乙A217)においては,粉じん斑
やマクロファージの集簇した状態については画像診断が可能と断言し
ていたが,亡Eの病理所見を突きつけられるや,画像診断が困難な場
合もあると意見を後退させている(乙A239)。
cその他のM医師の意見についても,意味不明な点や当初の意見を合
理的理由なく変遷させる点が散見される。
dM医師と連名で意見書を作成したN医師の意見についても,上記の
とおりM医師の意見が信用できない上,反対尋問を経ていないことか
23
らすると,独立した信用性を認めることはできない。
e被告らは,O医師の意見書に対し,P医師の意見書を提出し,その
中で,亡Eの肺組織にはけい肺結節や混合粉じん線維化巣(mixe
ddustfibrosis。以下「MDF」ということもあ
る。)は認められず,粉じん斑のみからなる極めて軽微又はごく初期
の病変であると述べるが,その具体的理由は一切示しておらず,不合
理である。上記意見書は,反対尋問を経たものでないことからも,信
用性は認められない。
(被告らの主張)
ア本件の原告等は,いずれもじん肺に罹患していない。その根拠は,別紙
8「M医師らの鑑定意見」のとおりである。M医師らは,開示を受けた
資料のうち,最新の胸部エックス線写真の読影結果を主体とし,最新の
胸部CT写真の読影結果を考慮に入れて総合的に鑑定しており,その鑑
定方法に不適切な点はない。
イ原告らは,じん肺法に基づくじん肺管理区分決定には高度の信用性があ
ることを前提として,原告等が全員管理区分2以上と認定されているから,
じん肺に罹患したことが立証されている旨主張する。しかしながら,管理
区分決定は低位変更されることが想定されており,実際に神岡鉱山で稼働
した者でも低位変更された者がいる等,絶対的なものではないから,管理
区分決定だけでは損害の立証として不十分である。原告等の直近における
じん肺所見の有無・程度を検討するには,管理区分決定に際してなされた
胸部エックス線写真の読影結果のみならず,胸部CT写真の読影結果も考
慮して診断すべきである。
ウじん肺画像診断におけるCT画像の有用性等
胸部エックス線写真では,多彩なじん肺の病変を表現するには限界
があるが,胸部CT写真は,胸部エックス線写真と比較して濃度分解能
24
が高く,肺内の線維化像及び気腫化が鮮明に描出されるため,精細な病
態への理解が得られる。特に,じん肺所見の有無,すなわち0/1と1
/0の境界領域の診断に威力を発揮することが学術的に立証されている。
また,胸部エックス線写真では,一方向からの撮影により重複像が
形成されるため,じん肺結節等による写真上の変化が修飾されたり打ち
消されたりすることがあるが,胸部CT写真では重複像が形成されるこ
とは少なく,陰影そのものがより具体的に表現される利点がある。
さらに,エックス線写真は濃度分解能に限界があり,一定の太さ以
上の血管影しか描出できず,細い血管については分岐の連続性を追うこ
と自体が難しいが,CT画像ならば,特定の一枚のスライスだけでなく
前後の周辺スライスとの比較が可能であり,血管影との鑑別が可能とな
る。
CT画像上で描出されない極めて微細な病変が,肺機能障害や咳・
痰,呼吸困難等の健康被害を起こすという可能性は低い。エックス線写
真及びCT画像のいずれも同じ原理に基づくから,CT画像上で粒状影
が認められないのに,エックス線写真上でのみ粒状影が描出されること
は通常あり得ない。
じん肺のCT画像診断法は医学的,学術的に確立しており,じん肺
の病理変化とCT画像上の描出状況に関する多くの研究もなされている。
しかも,現在の臨床医学において,胸部CTはあらゆる呼吸器疾患が適
応となっており,特に胸部エックス線写真で不明所見や疑問点等がある
場合の確認など,多くの呼吸器臨床場面で用いられている。
読影のばらつきについて,エックス線写真では,病変の有無や程度
の判断基準がCT写真と比較して明確でないため,ばらつきが大きく,
CT写真の方が読影結果のばらつきが圧倒的に少ない。実際,標準写真
集における候補画像の選定において,胸部エックス線写真だけでは医師
25
間の判断のばらつきが大きくなる可能性があるものについては,同一患
者の胸部CT写真も参考収録されている。
原告らは,CTには,部分容積効果等により,微細な結節を検出で
きない限界があると主張するが,直径1㎜前後の小結節は血管影と区別
して診断できないと述べるのであって,検出できない訳ではない。一方,
エックス線写真では,CTでは確実に区別できる直径2~3㎜の小結節
でさえ血管と区別するのは難しいから,原告らの主張は誤っている。
原告らは重積効果の利点を主張するが,1個では粒状影として確認
できない結節が,重なることにより読影者が確認できる濃度の粒状影を
形成するということは通常考え難い。
原告らは,じん肺の判定にCT画像を用いることは,厚生労働省の
検討会で未だ検討中であって法制度上も認められていないと主張するが,
現在検討中であるのは,放射線被ばく量や費用負担の問題など,社会制
度的に解決すべき問題に過ぎないから,原告らの批判は当たらない。
原告らは,亡Eの肺には多数のじん肺結節の存在が認められたから,
M医師らの鑑定意見は誤っている旨主張する。しかしながら,P医師に
よれば,亡Eには,病理所見でのみ捉えられる「混合粉じん性じん肺の
うち粉じん斑のみからなる極めて軽微又はごく初期のじん肺病変」が認
められたに過ぎず,M医師らの読影結果と何ら矛盾しない。
エL医師の鑑定意見に対する反論
L医師は,肺の辺縁部に多くの粒状影を指摘しており,その理由
として,肺の中心部には血管が多く,血管影か粒状影かの鑑別が困難で
あるから,辺縁部を中心に指摘したという。しかし,じん肺病変は肺の
中心部(肺内野層)に多くの密度で形成されるということは教科書的事
実であり,肺の中心部のじん肺病変を指摘できないことは通常考え難い。
L医師は,読影対象写真の撮影時期によって標準写真集と標準フィ
26
ルムを使い分けているようであるが,標準写真集は,じん肺所見の判断
基準を継続し,標準フィルムとの整合性の確保に留意して作成された経
緯がある。L医師の手法はかかる経緯を踏まえない誤ったものである。
L医師は,標準フィルムの「その他のじん肺」の写真を用いたこと
について,標準写真集の「その他の陰影」には第1型の症例が収録され
ておらず,第2型に至らない非典型けい肺の症例については標準写真集
によって比較読影するのは困難であるからとの理由を述べる。しかしな
がら,L医師は,画像の結果にこだわる余り,職歴調査の結果等を踏ま
えて比較読影の対象写真を選択するという基本的な手順を看過している。
また,本件のような「混合粉じん性じん肺」の画像は,標準写真集の
「粒状影」を用いるべきであり,L医師がこれを用いないのは不合理で
ある。
⑵じん肺による健康被害・合併症等の有無
(原告らの主張)
ア原告等がじん肺に罹患していること及び続発性気管支炎に罹患している
ことについては,そもそも行政により認定がなされていることから証明と
しては十分である上,L医師の意見書や証言,カルテやじん肺健康診断結
果証明書等の客観資料によっても裏付けられている。
イ肺機能障害
肺機能障害はじん肺の自覚症状として最も重要であり,患者が最初に意
識し,苦しめられるものである。肺機能障害の判定は肺機能検査の数値だ
けではなく,じん肺健康診断の諸検査の結果も含めて医師の総合判断によ
るべきである。
原告等は,全員F(+)以上の肺機能障害との診断を受けており,特に
亡Bは管理区分4の決定を受け,F(++)(著しい肺機能障害を負う)
とされているから,じん肺による肺機能障害が優に認められる。
27
これに対し,被告らは,M医師の意見書(乙A166,170)に基づ
き,原告等の肺機能障害を否定するが,M医師の判定は総合判断によるも
のではない上,同医師が依拠した通達(乙A75)等に照らせばF(-)
の判定をするのは不可解であり,かかるM医師の意見書に基づく被告らの
主張には理由がない。
ウ続発性気管支炎
続発性気管支炎は,じん肺法により,じん肺の法定合併症と定められた
法律上の概念であり,この認定を受けると,同法により療養を要するもの
として労災保険給付を受けられる。続発性気管支炎の認定においては,労
基署は,原則として地方じん肺診査医の意見を求め,その意見に基づいて
認定するという厳格な審査を行っている。また,主治医も,豊富な経験に
基づき,じん肺診査ハンドブックに則り,患者や保険機関に対する厳しい
責任を負う中で続発性気管支炎の検査や診断を行っている上,認定後も治
療状況について報告を求められるなど,継続的なチェックを受けること等
からすれば,その診断は十分信用に値する。
よって,続発性気管支炎の行政による認定は信用できるものであり,本
件において,原告等は労基署長の認定を受けている以上,続発性気管支
炎に罹患していると認められるというべきである。
これに対し,被告らは,M医師らの意見を基に,原告等の続発性気管支
炎の罹患を否定するが,前記のとおりM医師らの意見書は信用できず,
同医師が拠って立つ続発性気管支炎の判定基準は根拠のない独自のもの
である。
エ原発性肺がんとじん肺死
原発性肺がんに罹患すると死亡する可能性が極めて高く,被害は重篤で
ある。現在は単にじん肺に罹患しているに過ぎない原告等も,いずれじ
ん肺死に至るリスクを常に抱え,それを恐れながら生活している。
28
亡Fは,平成29年8月29日に死亡したが,その直接の死因は肺がん
であり,労基署の調査により業務上の疾病による死亡と判断され,遺族
補償年金の受給が決定した。よって,亡Fはじん肺が原因で死亡したと
認められ,じん肺死に当たる。富山大学付属病院の治療記録にじん肺所
見の具体的指摘はないが,亡Fがじん肺により飛騨市民病院に通院して
いたことを前提に検査がなされたものであるから,じん肺罹患に疑いは
ない。喫煙の影響についても,被告らの主張は抽象的な可能性の指摘に
止まり,亡Fについての具体的事情に係る主張立証はない。
(被告らの主張)
ア続発性気管支炎の認定要件を充たすような状態が長期間継続する場合に
は,通常,感染を起こしている起炎菌(起因菌)を確認することが可能で
あり,また画像(胸部X線写真,胸部CT写真)上も気管支壁の肥厚や拡
張,拡張した気管支内の喀痰の貯留などの所見が認められるようになる。
原告らは,長期間にわたって続発性気管支炎に罹患していると主張する
が,治療の開始当初から抗生剤の処方が全くされていないか,あるいは
より適切な抗生剤を選択・処方するための喀痰細菌検査が殆ど行われず,
抗生剤が処方されている者でも,異なる種類の抗生剤の上乗せ処方がわ
ずかな回数しかなされていない。しかも,原告等には,いずれも慢性の
気道感染を起こしていることを示す画像所見が認められない。
これらによれば,原告等には,実際には続発性気管支炎に相当する所
見・症状が認められず,単に,咳や痰(膿性痰とは考えられない)とい
った自覚症状の訴えに対し,去痰剤や鎮咳剤等の処方による対症療法が
行われたものと考えるのが妥当である。すなわち,原告等は,当初から
続発性気管支炎には罹患せず,又は続発性気管支炎に罹患した状態が継
続していないというべきである。
原告らは,続発性気管支炎に罹患したことや現に罹患していることにつ
29
いては,合併症認定がなされ,労災保険給付が継続していることで十分
に証明されている旨主張するが,労災制度には限界がある上,上記のと
おり原告等には続発性気管支炎の罹患及び継続の事実を否定する客観的
事実を指摘することができるから,上記主張は失当である。
イ亡Fの死亡について
原告らは,亡Fがじん肺に起因する原発性肺がんによりじん肺死した旨
主張するが,亡Fは,そもそも前記のとおりじん肺所見が存在しなかった
のであるから,同人の原発性肺がんとじん肺との関連性は否定される。喫
煙が肺がんの最大の危険因子であることはこれまでの疫学的研究等で明ら
かになっているところ,亡Fは,喫煙が人体に与える影響を調べるための
指数であるブリンクマン指数(1日の平均喫煙本数×喫煙年数)が少なく
とも約1060以上の重喫煙者だったのであるから,同人の肺がんは喫煙
によるものである可能性が高いというべきである。
ウ肺機能障害について
じん肺法に基づく肺機能検査の結果は,客観的な諸検査の結果を基本と
して,総合的に医師が判断して判定するものであり,主治医の個人的な裁
量に委ねられた曖昧で主観的なものでも,呼吸困難度などの主観的な自覚
症状のみに基づいて行うものでもない。肺機能検査の基準値としては,平
成22年7月1日から適用されている現行基準(乙A75)が医学的見地
において最も合理的かつ妥当であり,じん肺診査ハンドブックに記載され
ている「じん肺による著しい肺機能の障害があると認められる場合」を適
用するのは不適切である。M医師は,上記現行基準に則り,原告等の肺機
能障害について適正に判定を行ったものであり,係る判定の結果,肺機能
障害がないとされた原告等については,損害額の算定に当たって減額が考
慮されるべきである。
⑶損害額
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(原告らの主張)
ア前述のとおり,じん肺患者は現に発生した健康被害とともに,じん肺死
に至るリスクを常に抱えているものであり,原告等が被った精神的損害や
人生破壊ともいうべき深刻な被害回復のために支払われるべき慰謝料額は,
原告等一人当たり一律3000万円を下らず,この1割に相当する弁護士
費用300万円を合わせた3300万円を損害額とするのが相当である。
原告等は個別にみれば多種多様の損害を被っているが,その最下限をもっ
て請求するものである。
イ包括一律請求たる本件の慰謝料について,労災保険給付等は斟酌される
べきではない。原告等の損害を個別の費目で積み上げた場合,じん肺死に
至ることを前提とすると,慰謝料だけで3000万円を優に超えるもので
あり,その場合,かかる慰謝料部分について本来休業補償給付等が損益相
殺されることはない。仮に,斟酌されるとしても過大に評価されるべきで
はない。
(被告らの主張)
ア本件において,包括一律請求を根拠づける理由は一切認められず,各原
告等の身体の症状や状況に応じて個別に損害を認定すべきである。過去の
裁判例において包括一律請求が認められたのは,管理2でも,管理3や管
理4といったより重篤な症状へと必然的に進行する途中経過という位置付
けにおいて認められたものであるが,本件の原告等は,管理2の初回決定
から長期間そのままであるから,管理3や管理4を考慮することなく,そ
れぞれの状況に応じて個別に損害を認定すべきであって,一律に認定する
のは妥当でない。
イ仮に原告等に何らかの損害が認められるとしても,原告等は,労災保険
法に基づき,多額の労災保険給付等を受給しているのであるから,損害
額の算定に当たって十分に考慮されるべきである。
31
3被告らが連帯責任を負うかどうか
(原告らの主張)
被告三井金属は,昭和61年に被告神岡鉱業を分離し,神岡鉱山を経営させ
てきたが,両者の関係は,単に神岡鉱山を分離して子会社化しただけであり,
被告三井金属は被告神岡鉱業の株式を100%保有し,同社の役員には被告三
井金属の従業員が就任している。公開されたホームぺージにおいても,被告神
岡鉱業は独自のホームページを持たず,被告三井金属のホームページ上に同社
の一事業部としての扱いで紹介されている。すなわち,両社は実質的に同一の
存在である。
原告等が罹患したじん肺の原因が,いずれの被告(下請会社も含む)のもと
での粉じん作業によるものか特定不可能であるが,実質的に両社が同一である
ことからすれば,被告らは共同して原告等のじん肺罹患についての債務不履行
責任を負うべきである。あるいは,民法719条1項の類推適用により,原告
等のじん肺罹患についての債務不履行責任を連帯して負うべきである。
(被告らの主張)
争う。
4過失相殺の有無
⑴喫煙による過失相殺の有無
(被告らの主張)
原告等は全員喫煙歴を有するところ,喫煙は,じん肺の罹患それ自体にも,
原発性肺がん,肺機能障害及び現在の自覚症状(咳・痰)にも寄与している
ということができ,同人らも喫煙の身体への有害性を認識し又は認識するこ
とが可能であったことからすると,公平の観点から民法418条の適用若し
くは類推適用又は722条第2項の適用若しくは類推適用により,損害額に
ついて相当程度の減額がなされるべきである。
亡Fは,肺がんで死亡しているものの,ブリンクマン指数が約1060の
32
重喫煙者であるから,仮に同人の小細胞がん罹患による死亡について被告ら
に何らかの損害賠償責任が認められるとしても,同人の喫煙習慣の影響によ
る減額は9割を下回ることはない。
(原告らの主張)
被告らは,喫煙が各原告等の健康に個別具体的にどのような悪影響を与え
たのかについて全く主張立証をしていないし,原告等が勤務していた当時,
じん肺に関連した喫煙対策も禁煙に関する教育も行っていなかった。したが
って,喫煙を過失相殺の対象とすべきではない。
亡Fについても,同人の喫煙歴は遅くとも退職後5,6年ころまでであり
被告らの主張と異なるし,被告らは,喫煙が肺がん発生原因となり得る抽象
的可能性を主張するにすぎず,亡Fの肺がん発生に対する喫煙の具体的な影
響や,喫煙が肺がん発生リスクを増大させることの亡Fの具体的認識ないし
認識可能性を主張立証していない。したがって,過失相殺は認められない。
⑵防じんマスク不着用による過失相殺の有無
(被告らの主張)
保安法及びその関連省令や保安規程によると,作業中防じんマスクを着用
することが義務付けられていたのであるから,粉じん作業中に自己の判断で
防じんマスクを外したことを自認している原告等(原告A,亡B,原告D,
亡E,原告G,原告H)については自己保健義務違反が認められ,民法41
8条の適用若しくは類推適用又は722条第2項の適用若しくは類推適用に
より,過失相殺すべきである。また,原告等のうち,国家試験に合格して保
安技術職員の資格を取得した者(原告A,亡E,原告H)については,その
過失の程度はより大きいというべきである。
(原告らの主張)
原告等は,基本的にはマスクをしっかり着用していた。ただ,重労働で息
が苦しく,どうしてもマスクを着用できない作業もあったし,汗をかいてず
33
れたり,会話の際に外さざるを得ないこともあった。また,原告等は,過酷
なノルマを課され,これをこなすため,やむを得ずマスクを外して負担を軽
減し作業を進めるほかなかった。人によってはマスクの形状が合わなかった
り乾燥による変形を生じることがあるなど,適切なマスクが提供されていな
い場合もあった。さらに,被告らのじん肺教育が不十分であったことは,前
記のとおりであり,マスクについても,これをせずに作業していても,保安
係員が厳しく指導することはなかった。このような諸般の事情を考慮すれば,
防じんマスクの不着用を過失相殺として主張することは,公平ないし信義則
に著しく反するというべきであるし,過去の判例でも防じんマスクの不着用
を過失相殺の対象とすることは相当でないと判断されている。
5消滅時効の成否
⑴消滅時効の起算点はいつか
(被告らの主張)
仮に,原告等に,じん肺管理区分決定によって何らかの損害が生じている
としても,管理2を主張する原告等は,いずれも法定合併症である続発性気
管支炎の認定要件を満たしておらず,少なくともこれに相当する損害の発生
は認められない。したがって,原告等の損害賠償請求権は,法定合併症の認
定を受けた時からではなく,じん肺管理区分の管理2の初回決定時から消滅
時効が進行するというべきであり,いずれも10年が経過し,時効消滅して
いる。そして,被告らは,平成27年3月5日の第3回口頭弁論期日におい
て,消滅時効の援用の意思表示をした。
(原告らの主張)
原告等の損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,原告等の死亡時と解す
べきである。なぜなら,じん肺の損害は,それ以上被害の進行のしようがな
い死亡時に至って初めて,その全容を把握することが可能になるからである。
仮に,上記の見解が容れられないとしても,最終の行政上の決定日から消
34
滅時効が進行するというべきである。そして,判例によれば,法定合併症の
認定日も最終の行政上の決定日に含まれるから,最終の行政上の決定を受け
た後に法定合併症の認定を受けた場合は,その法定合併症の認定を受けた時
から消滅時効が進行すると解すべきである。
本件において,管理2の決定を受けた原告等が,その後いずれも法定合併
症である続発性気管支炎に罹患した旨の認定を受けており,認定を取り消さ
れることなく労災給付も継続されていることは前述のとおりである。
したがって,管理2の初回決定時を消滅時効の起算日とする被告らの主張
は失当である。
⑵被告らによる消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか
(原告らの主張)
被告らが劣悪な職場環境で原告等を酷使し,莫大な利益を上げた一方で,
原告等は肉体的・精神的被害を被ったものであり,その被害が救済されずに
損害賠償請求が認められないとすることは,著しく正義に反する。また,本
件訴訟提起に至るまで,原告らが被告らに対して損害賠償請求権を行使しな
かったことについて,責めに帰すべき事情はない。このような事実関係に照
らせば,被告らが原告らに対し,消滅時効を援用することは,著しく正義・
公平・条理等に反するものであって,権利の濫用に当たり,許されないとい
うべきである。
第5争点1⑴(被告らの従業員であった原告等に対する被告らの責任の有無)に
ついての当裁判所の判断
1被告らの安全配慮義務の有無について
⑴雇用契約は,労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする
双務有償契約であるが,通常の場合,労働者は,使用者の指定した場所に配
置され,使用者の供給する設備,器具等を用いて労務の提供を行うものであ
るから,使用者は,右の報酬支払義務にとどまらず,労働者が労務提供のた
35
め設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労
務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよ
う配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う(最高裁判所昭和59年4月10
日第三小法廷判決・民集38巻6号557頁)。
⑵粉じんを多量に吸入すると健康障害を引き起こすことについては戦前から
広く知られており,原告等が被告らにおける就業を開始するより前の昭和3
5年にはじん肺法が制定されるなど法律の整備も進められてきたことに加え,
証拠(甲A52の2,7ないし9,12,21,23など)及び弁論の全趣
旨によれば,被告三井金属においては,そのころ以前から,じん肺対策につ
いて労働組合と交渉していたことが認められるから,被告らとしては,原告
等が粉じん作業に従事することによってじん肺に罹患する危険性があること
を予見し又は予見し得たというべきである。
そして,以下において認定するとおり,原告等が従事した各作業は,粉じ
んが発生してこれに曝露したり,作業自体で粉じんが発生しない場合であっ
ても,粉じんが滞留する坑内で作業に従事したりするなど,粉じんに絶えず
さらされ得る環境にあり,原告等は労働時間の大部分をこの環境において過
ごす状況にあったこと,じん肺の基本的な病像として不可逆性,進行性等が
指摘され,じん肺罹患による生命,身体及び精神的被害が甚大であることか
らすると,被告らは,粉じんの発生・飛散の防止及び粉じん吸入の防止につ
いて必要かつ十分な措置を講じ,粉じん作業従事者のじん肺罹患やその増悪
を防止するべき安全配慮義務を負っていたと認めることができる。
そこで,以下において,原告らが安全配慮義務の具体的内容として主張す
る点(作業環境の管理,作業条件の管理,健康の管理)について,被告らの
安全配慮義務違反の有無を検討する。
2作業環境の管理に関する義務について(その1・認定事実)
作業環境の管理に関し,前記前提事実,証拠(以下に掲記のもの)及び弁論
36
の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴神岡鉱山の概要(乙A1,20,169及び弁論の全趣旨)
ア各鉱山の概要
神岡鉱山は,前記前提事実のとおり栃洞,円山,茂住の各鉱床群から成
り立っており,鉱山としては栃洞鉱(栃洞坑,円山坑),茂住鉱の二つ
がある。
神岡鉱山では,日本で初めて本格的にトラックレス(無軌条という意味)
マイニングが導入され,昭和43年に栃洞鉱(円山坑)で導入が始まり,
昭和45年には茂住鉱で導入が始まり,昭和58年にすべての鉱山で導
入が完了した。
従来の坑内作業では,鉱石等の運搬は,水平的には軌条により,また上
下方向には巻き上げ機により行われていたため,物の移動は軌条の敷設
により制約されていた。しかしながら,トラックレスマイニングの導入
により,重機類が斜坑を自走し,高低差のある作業レベル間を自由に自
走できるようなったことから,作業効率が向上した。
イ栃洞鉱(栃洞坑)
栃洞坑は,いわゆる「飛騨変成帯」の中央部に位置しており,鉱床は,
石灰岩が中生代の火成活動に伴って鉱化された「接触交代鉱床」である。
大部分の鉱石は「杢地」と呼ばれる接触交代性のスカルン鉱であり,こ
の中に閃亜鉛鉱,含銀方鉛鉱を含む。また,「杢地」鉱のほかに「白地」
鉱があるが,この中に高品位の鉛・亜鉛鉱石が含まれる。
昭和30年代は,+220M(海抜850m準を0Mとして設定した相
対高度を示す呼称である。以下同じ。)から-370M間を採掘範囲と
していたが,上部の鉱石を採掘し終わるにつれて採掘範囲は下がり,+
180Mから-370M間を採掘範囲として,+180Mから0M間を
上部トラックレス斜坑,0Mから-200M間を上盤斜坑及び下盤斜坑
37
の二つのトラックレス斜坑で連結し,さらに-200Mから-370M
間を上盤斜坑及び北西斜坑の二つのトラックレス斜坑で連結した構造に
なっている。
採掘された鉱石は,-370Mに集鉱され,主要運搬坑道のトロリー電
車及びグランビー鉱車で-370Mから-430M間の貯鉱洞に貯鉱さ
れ,-430Mの坑内破砕室で破砕された後,ベルトコンベアーで坑外
の選鉱場へ搬送される。
ウ栃洞鉱(円山坑)
円山鉱床群は,栃洞鉱床群の北方2㎞に位置し,10余の鉱体が存在す
る。鉱石はすべて杢地鉱であり,栃洞坑の鉱床に比べ柘榴石スカルンが
多い。円山坑は,+200Mから-250M間を採掘範囲とし,+20
0Mから0M間を1,2番斜坑と5番斜坑,0Mから-250M間を下
部大斜坑で連結した構造になっている。
採掘された鉱石は-370Mに集鉱され,主要運搬坑道をトロリー電車
及びグランビー鉱車で約2㎞離れた栃洞坑まで運ばれ,栃洞坑で採掘さ
れた鉱石と共に-370Mから-430M間の貯鉱洞に貯鉱され,-4
30Mの坑内破砕室で破砕された後,ベルトコンベアーで坑外の選鉱場
へ搬送される。
エ茂住鉱
茂住鉱は,石灰岩の接触交代により生成された「杢地」を主体とし,一
部「白地」を含み,主要な鉱石鉱物は,閃亜鉛鉱,方鉛鉱,黄銅鉱,銀
鉱物である。茂住鉱は,+200Mから0M間を中央斜坑,+75Mか
ら0M間をトラックレス斜坑,0Mから-500M間を下部ケージ立坑
及び下部大斜坑で連結した構造になっており,下部大斜坑は-500M
から-620Mまで伸張している。昭和30年代以降は,+310Mか
ら-500M間を採掘範囲としていた。
38
採掘された鉱石は-500Mに集鉱され,主要運搬坑道のトロリー電車
及びグランビー鉱車で-500M坑外の選鉱場に運ばれていた。
⑵神岡鉱山における作業の概要(乙A1)
神岡鉱山における作業部門は,大きく採鉱部門,選鉱部門及び製錬部門に
分けられる。そのうち,採鉱作業は,鉱山の坑内において亜鉛や鉛等の鉱石
を採掘する作業であり,選鉱作業(坑外の選鉱場において鉱石から有用鉱物
を選別する作業)及び製錬作業は,坑外の作業である。
なお,勤務形態は交代制勤務であり,被告らの正社員(本工)は2交代制
(拘束8時間,実働7時間)で,一の方は午前7時から午後3時まで,二の
方は午後2時30分から午後10時30分までの勤務であった。また,下請
会社の社員(請負工)は3交代制であり,拘束時間及び実働時間は本工より
も長かった。
⑶原告等の作業歴
原告等は,別紙9「原告等の個別事情」の各原告等の「1職歴」欄記載
のとおりの就労歴を有する(同欄の括弧内記載の証拠等)。すなわち,原告
Aは,昭和42年7月から昭和63年11月まで,亡Bは,昭和46年5月
から平成4年12月まで,原告Cは,昭和49年10月から平成8年2月ま
で,原告Dは,昭和39年8月から昭和63年3月まで(ただし,昭和53
年10月から6か月間の出向期間及び昭和55年4月の落盤事故後昭和56
年9月までの期間を除く。),亡Eは,昭和52年3月から平成14年8月
まで(ただし,他社への出向期間を除く。),亡Fは,昭和43年4月から
平成12年1月まで(ただし,1年弱程度の他社への出向期間を除く。),
原告Gは,昭和39年6月から平成8年3月まで,被告らにおいて神岡鉱山
の坑内作業に従事し,原告Hは,昭和44年11月から平成8年9月まで及
び平成15年から平成17年まで被告ら又はその下請会社の従業員として神
岡鉱山の坑内作業に従事した。
39
原告等の中に,被告らにおいて製錬作業に従事した者はいない。また,選
鉱作業については,原告Hが下請会社(岡田組)において一時従事していた
以外,従事した者はいない(甲B8の4)。
⑷坑内作業の概要(甲A37,38,53,乙A18,168,証人Q,原
告A,原告D,原告Hのほか,以下に掲記のもの)
坑内作業の概要は以下のとおりである。
ア掘進
掘進は,さく岩機によって穿孔した孔に火薬を入れ,これを発破するこ
とにより,坑道を掘り,坑道を伸長していく作業である。
穿孔作業
発破の際に必要となる自由面を形成するため,引立中心に心抜きと呼
ばれる大口径の孔を2ないし4本,さく岩機により開削する。昭和39
年当時は手持ち式さく岩機が主体であったが,時代の変遷により機械化
や大型化が進み,油圧さく岩機等に替わった。孔を開削する際,発生し
た繰り粉(岩粉や岩片)は,さく岩機の先端から出る水で孔の外に排出
され,残った繰り粉は圧縮空気でエアブローされる。
発破作業
穿孔終了後,各孔に火薬を装填し,起爆する。
追切り
坑道の拡幅や切羽(掘進する先端の現場,行き止まり)の側壁を採掘
するために穿孔,発破する作業である。装薬孔1本当たりの起砕される
土砂や鉱石の量・大きさは掘進よりもはるかに大きい。
採鉱
穿孔・発破により,採掘対象区画を起砕することをいう。
当初の採鉱は,カットアンドフィル採鉱法(レッグさく岩機により天
盤や側壁に穿孔し,発破する方法。乙A13)等で行っていたが,トラ
40
ックレスマイニング導入後は,大型さく岩機を搭載したモービルジャン
ボなどで自由に切羽を移動して穿孔した。また,装薬及び発破は,カッ
トアンドフィル採鉱法の場合は掘進・追切りと同様だが,それより大型
の採鉱法の場合は,より多くの火薬を用い,二の方が退業する際に発破
した。
イ運搬
掘進,追切り,採鉱によって発生した鉱石又は土砂を坑井または採掘後
の空間に運搬機械を使って運ぶ作業をいう。採掘した鉱石は各所の鉱石
立坑(OR)に投入され,移し替えられるなどして,最終的には,栃洞
坑,円山坑の場合は-370Mに,茂住鉱の場合は-500Mに設置さ
れた漏斗で抜き出す。
昭和50年にクルーシステム(機械の稼働率向上のため,穿孔を専門に
行う者,装薬・発破を専門に行う者,LHD(ロードホールダンプ。甲
A2等)でズリ取り又は鉱石取りを専門にする者の三者のクルーに分け,
それぞれが複数の切羽を受け持つ方法)が導入されるまでは,一人の作
業者がすべての作業を行っていた。
ウ立坑開削
立坑とは上下方向に開削した坑道であり,用途に応じて,鉱石坑井,土
砂坑井(それぞれ,鉱石及び土砂を投入する。),人道(作業者が通路
として使用する。),通気坑井(通気のための立坑)がある。立坑開削
には,切上り,長孔切上り,レイズボーラー開削がある。切上りは鉛直
上向きに掘進を行うものであり,オフセットストーパーというさく岩機
を用いて穿孔し,掘進と同様に装薬・発破を行う。圧縮空気とウォータ
ースプレーによる水の放出により,発破の後の有害な後ガスや粉じんを
排出させる。長孔切上りは,上部から下部に向かって下向きにさく岩機
で穿孔し,下から発破をかけて立坑を伸長させていく方法である。レイ
41
ズボーラー開削とは,大型のさく岩機(レイズボーラー)により,長い
距離の立坑を開削する方法であり,通常のさく岩機のように打撃はなく,
回転だけで穿孔し,発破作業はない。
トラックレスマイニング導入に伴い,立坑の開削数は減少した。
エ運鉱
鉱石を選鉱場まで運ぶ作業であり,具体的には,上記イの運搬で漏斗か
ら抜き出された鉱石をグランビー鉱車に積み,トロリー電車でけん引し
て選鉱場まで運ぶ作業である。鉱車への積み込みは,漏斗の開閉をコン
トローラーで遠隔操作するので,原則として手積み作業はない。
オ試錐
鉱床探査の一環として円柱状のコア(岩芯)を掘削回収する目的で行わ
れるコアボーリング作業である。コアボーリング機械は圧縮空気又は電
動を動力とし,打撃はなく,回転のみで岩石を掘削し,コアを回収する。
穿孔の際は,水を当てながら行い,アンカー孔の掘削には,湿式さく岩
機を用いる。水圧が弱い場合はポンプを設置して給水しながら行う。繰
り粉は水と共に孔口から流出する。
カ支柱
支保(留め付け)作業,扇風機設置,電灯線・エアー配管,給水配管な
どの施設の設置,修繕その他補修作業等など,坑内作業全般にわたり他
の職種を支援する作業である。この中には,廃さい充填作業(坑外の選
鉱工程で発生した廃さいを充填材として,採掘跡を充填する作業),ピ
ックを用いて根掘り(支保枠の安定度を高めるため,岩盤部分に支柱を
据えること)や当たり取り(支保枠の据え付けの際,岩盤の出っ張りを
削り取ること)を行う作業,ロックボルト打設等の作業がある。
キその他
測量(坑道や切羽を測量し,掘進の方向や傾斜,レベル等の測点指標を
42
つけ,図面化する作業),探査(地質調査やボーリングコア鑑定),工
作(坑内で使用する鉱山機械や設備,電気配線等の保守・修理)がある。
⑸坑内作業の作業者の職種(乙A168,169,証人Q)
神岡鉱山では,坑内作業を行う作業者を以下のように分けていた。
ア進さく員は,坑内にて掘進,追切り,採掘(レッグドリルやモービルジ
ャンボ〔乙A15等〕を使った採掘),切上り作業等に従事する。
イ採鉱員は,採掘切羽・坑道内で採鉱作業や長孔切上り作業等に従事する。
ウ運搬員は,運搬作業に従事する。また,充填用の土砂を土砂坑井から抜
き出し,切羽に連絡した土砂坑井に投入し,投入した土砂を採掘跡地に運
搬してならす作業にも従事する。
エ運鉱員は,運鉱作業に従事し,中段レベルでの鉱石中出し作業も行う。
オ試錐員は,試錐作業,レイズボーラー開削,簡単な岩石や鉱物鑑定作業
に従事する。
カ支柱員は,支柱作業に従事する。
キ測量員は,測量作業に従事し,採掘計画作成補助作業にも従事する。
ク探査員は,現場での探査業務と室内での地質構造解析,地質図作成など
の業務に従事する。
ケ工作員は,工作作業に従事する。
コこれらの作業員のほか,坑内,坑外にて作業者への作業指示や安全
管理を行う監督職がおり,鉱山保安法に基づく保安係員の資格を有し
ており,年代により,職員,1級員,主務職,作業長と呼称されてい
た。また,組長と呼称されるマネージャーもいた。
⑹各作業における粉じん対策及び粉じんの飛散状況等
ア穿孔作業(甲A38,乙A168,証人Q,原告Dのほか,以下に
掲記のもの)
穿孔作業は火薬を充填するための孔をさく岩機であける作業であり,岩
43
石及び鉱石等をさく岩機で削る際,粉じんが発生する。そこで,被告ら
は,以下のように,時代に応じて粉じん対策を行ってきた。
神岡鉱山では,当初乾式さく岩機を使用していたが,昭和25年に湿
式さく岩機を導入し,昭和29年ころには完全に湿式さく岩機に切り替
えられた。湿式さく岩機によって穿孔作業を行うことにより,繰り粉が
水と混合されて泥状になるため,乾式さく岩機を使用する場合と比べて,
粉じん発生量が大幅に減少した。
その後,昭和31年に手持ち式レッグさく岩機(乙A19)が導入さ
れ,昭和30年代後半の主体となった。レッグさく岩機を用いた作業に
おいては,さく岩機の先端が摩擦で熱くなるのを防ぐため水が使用され,
粉じんと共に削孔の土砂が繰り出されるので,削孔自体から粉じんは排
出されなかった。
昭和40年代にトラックレスマイニングが導入された後は,手持ち式
レッグさく岩機から,大型湿式さく岩機を搭載したクローラードリル,
ジャンボ及び油圧式さく岩機(湿式でのみ使用可能なさく岩機)等の大
型重機による穿孔作業に変わり,作業の湿式化が進められるとともに,
粉じん発生源と作業者との遠隔化(ジャンボの場合,穿孔箇所から運転
席まで,7ないし10m程度離れている。乙A15)も図られた。
また,立坑開削においても,オフセットストーパーという湿式さく岩
機を使用するようになり,昭和40年代以降は,クローラードリルを使
用した長孔切上り又はレイズボーラー開削に切り替えられた。
以上のように,湿式さく岩機の導入及びトラックレスマイニング導入
後の重機の大型化により,粉じん発生源と作業者との遠隔化が進められ,
基本的には作業者が粉じんにさらされる機会は減少した。
上記のようにレッグさく岩機を用いた作業においては,削孔自体か
らの粉じん発生はなかったものの,別の作業者にさく岩機の排気が当た
44
るのを避けるため,さく岩機のマフラーを土平(壁の部分)に向けて作
業することにより,土平に付着していた粉じんが,排気に煽られて切羽
の中に巻き上がることはあった。
イ発破作業(甲A38,乙A168,証人Q,原告Dのほか,以下に掲
記のもの)
発破作業は,穿孔作業終了後,削岩された各孔へ爆薬を充填し,岩盤を
爆破する作業であり,それ自体が岩石の破砕を行うものであるから,瞬
間的に相当量の粉じんが発生する。そこで,被告らは,以下のような粉
じん対策を行った。
ウォータースプレーによる粉じん沈降
発破によって発生する粉じんの飛散防止のため,昭和20年ころから,
圧縮空気によって水を噴霧するウォータースプレーが切羽ごとに設置さ
れ,使用された。これは,発破前に圧縮空気と水のホースを足場先端部
に固定し,発破後,バルブ操作して圧縮空気で水を噴霧させ,粉じんの
沈降を促し,併せて有害な後ガスを排出するというものである(乙A2
1,24,25)。
ウォータースプレーによる粉じん除去は,昭和30年代に,適切な使
用方法によって,発破後5分程度で,粉じんの90%程度の除去が可能
なレベルとなった旨の実験結果が報告されていた。なお,当該実験に使
用された噴霧用ノズルは,神岡鉱山で考案され,使用されたものであっ
た(乙A22,24)。また,昭和53年頃には,適切な条件下におい
て噴霧散水をすれば,坑道発破の場合5ないし15分程度で,更に切羽
発破の場合でも15ないし25分程度で,ほぼ作業前の環境状態にまで
粉じん濃度を低下させることができるとの実験結果が報告されていた
(乙A23)。そして,昭和60年ころには,さく岩機の大型化に対応
してウォータースプレーも大型化し,頑丈なものになった(乙A25)。
45
もっとも,被告らの保安規程(乙A17。昭和33年1月変更認可版)
には,「坑道掘進,切上作業等,多量の火薬類を使用し,ガス沈滞のお
それある箇所で発破を行い,引続き作業するときは,発破後スプレーに
より撒水したのちでなければ作業に就いてはならない。」との定め(7
2条)はあるものの,ウォータースプレーの設置場所,使用するノズル
の型,口径,個数,散水時間等を具体的に定めていたとは認められない。
また,被告らが作成した保安規則・規程・対策集の小冊子(乙A44。
昭和50年ころ)でも,「発破終了後の処置」の項の「規則」欄には
「有害ガスの除去」等,「対策」欄には「エアーを吹かし,有害ガスを
除去する。出来るだけスプレーを使う。」と記載されるに止まり,必守
項目集(作業標準)(乙A45。昭和60年ころ)でも,「〔1〕発破
作業,5結線」の項で「発破後のスプレーをセット」,「9発破終了
後の処置」の項で「スプレーを使って有害ガスを除去」との記載にとど
まっている。上記の各記載からすれば,発破後のウォータースプレーは,
粉じん沈降のためというよりも,主として有害ガス対策の観点から設置,
運用方法が定められたものであると考えられ,粉じん沈降の目的に沿っ
た設置や運用が実施されていたとは当然には認められず,他にこれを認
めるに足りる証拠もない。被告三井金属が昭和33年ころ特許申請をし
たスリット型スプレー(噴霧用ノズル)が粉じんの沈降を目的として開
発されるなどしたものであること(乙A22ないし24)は,以上の認
定,判断を左右するものではない。
散水
発破後,崩落・落石を防止するための天盤や側壁の浮石払い(脱落し
そうな状態で残った岩石を長尺の鑿で落とすこと),鉱石やずりの運搬
に先立ち,天盤,側壁,起砕鉱石に対し,散水が行われる。散水は,さ
く岩機用のホースを用いて行われた。
46
もっとも,粉じんの飛散を防止するためには,散水を一定程度の時間
継続する必要があったが,作業員らは次の工程に早く移動するため,あ
るいは,土砂の中まで浸潤してしまうと土砂取りの作業が重労働になる
ため,それを避ける目的等もあったことから,実際の散水は,3ないし
5分程度,土砂の表面を湿らせるくらいにとどまるなど,十分な散水が
行われているとはいえなかった。
この点,被告らの保安規程(乙A17)には,粉じん防止を目的とし
て,岩盤その他粉じんの発生し易い場所には注水,散水しなければなら
ないことが定められている(71条)ものの,それ以上詳細な定めはな
かった。さらに,被告らの保安計画(乙A46・もっとも平成10年の
もの)には坑内粉じん対策の項目が設けられ,散水の励行が規定されて
いるものの,保安日誌(乙A47,48)に掲げられた保安係員が各現
場を巡回する際の確認項目に,「散水」の項目はなかった。
このような規程や管理状況下にあって,親方や保安係員から,具体的
な散水時間や散水方法等についての指示や指導はなく,散水に関する被
告らの指示・指導も厳重なものではなく,その指導は徹底していなかっ
た。
退避時間の確保と粉じんの希釈・排除
作業員は,前記のウォータースプレーによる粉じんの沈降のほか,圧
縮空気によるエアーブローや局部扇風機による送風での後ガス排除の後,
発破箇所に入り,散水作業をした。
被告らの保安規則・規程・対策集(乙A44)においては,「発破終
了後の処置」として,坑道掘進の発破の場合,10m先が見通せないう
ちは発破箇所に近づかないように定められていた。また,トラックレス
マイニングやクルーシステムの導入により,進さく員が複数の切羽を担
当するようになってからは,発破後の退避時間をより長く取れるように
47
なり,また,新たな作業方法の導入などにより,長孔発破は二の方退業
時に実施し,無人となる夜間を排気時間として後ガスや粉じんを排除し
たり,本足場切上り等の場合は,発破後に昼食休憩又は次の方の作業者
と交替するなど,作業員の粉じん曝露を防止するため,作業内容の改善
が図られた。
もっとも,後述のように,進さくの作業員には「標準工程」が設定さ
れ,これに対する実際の実績作業量として「伸び」が測定され,これが
能率給に反映されるという実態があったこと,あるいは親方からの指示
もあり,上記退避時間を守らず,粉じんが収まりきらない内に切羽に戻
り,作業を継続することもあった。
以上のように,被告らは,散水・噴霧を行ったり,退避時間の確保
の規定を定めたり時代に応じて作業方法を工夫したりするなどして,発
破作業による粉じんの発生・飛散防止対策を図ったことは認められるも
のの,発破作業において粉じんが発生することはなお避けられない中で,
規程等による作業方法の運用,管理を徹底していたとはいえず,粉じん
が飛散する環境での作業が行われていたと認められる。
ウ運搬作業(甲A38,乙A168,証人Q,原告Dのほか,以下に掲記
のもの)
運搬作業は,鉱石やずりを運搬機械に積み込む作業,運搬機械でこれを
立坑まで運ぶ作業及び鉱石やずりを立坑に投入する作業に区別されると
ころ,それぞれの作業において粉じんが発生した。そこで,被告らは,
以下のような粉じん対策を行った。
散水
しやすい箇所に注水,散水しなければならないと定められており,作業
員は,鉱石やずり等を積み込む前,散水するように指導を受けていた。
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しかしながら,粉じんの発生・飛散を防止するために鉱石やずりを十
分湿潤状態にするには相当の時間を要する上,水分を多く含んだ鉱石や
ずりの積み込みや運搬の作業はその重量により相当な困難を伴うため,
実際には,土砂の表面は湿潤させるものの,内部は乾いた状態のまま運
搬され,その際に粉じんが発生することもあった。
また,大量に水分を含んだ土砂を立坑に落とすと,立坑の下に設置さ
れたじょうご(漏斗)から土砂が土石流のようにあふれて事故になる危
険があり,実際に死亡事故も起きたことがあった。そのため,親方は作
業員に対し,立坑に水を入れてはいけない旨指導していたが,現場では
この指導を,鉱石やずりに多量の散水をするなと理解していたことが窺
われる(原告D等)。このように,散水は作業効率と相反する面もあり,
保安係員が作業員に対し,各現場において散水するよう注意はしていた
ものの,粉じん対策として十分な散水を作業員に徹底させるような具体
的な散水方法の指導がされていたとはいえず,指導としては徹底してい
なかった。
大型重機の導入等
トラックレスマイニングの導入前,作業員は,手積み作業によって
鉱石やずりを掻き集めていたが,その後,ローダー(ずり積機)によ
って鉱車に積み込むようになった。その際,鉱車に積み込まれた鉱石
やずりを杓子で均す作業をしなければならなかったが,その作業時に
多くの粉じんが発生した。また,中段開坑の場合は鉱車が使用できな
いため,スクレーパーで土砂を立坑まで掻き寄せるが,ある程度距離
が延びるまでは,手作業で土砂を運ぶ必要があり,その際にも多くの
粉じんが発生していた。
トラックレスマイニングの導入に伴い,積込み機と運搬機の両方の
機能を併せ持った自走式のLHD(ロードホールダンプ)やスクープ
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トラム等による運搬が主流となった。その後,時代と共にこれらの重
機も大型化し,バケットの先端と運転席との距離が大きくなったり,
あるいはリモコン化の普及により,作業者は遠隔操作で鉱石等の積み
込みができるようになるなど,粉じん発生源と作業者との遠隔化がよ
り進んだ。また,トラックレスマイニングの導入により,主要坑道を
コンクリート舗装して運搬重機の走行時の揺れを抑え,鉱石等のこぼ
れ落ちを防ぐこともできるようになった(乙A18)。
もっとも,土砂をすくったスクープトラム等のバケットを揺すった
り,重機が走行する振動でも粉じんが発生することがあった。
ベルトカーテン
鉱石やずりを投入する坑井に,ベルトカーテンを取り付け,粉じん
が他のレベルの坑道や投入するレベルの坑道に拡散することを防止し
た。ベルトカーテンは,幅80cm程度のスチールベルト(1㎡当たり
17㎏)を縦型ブラインドのように8枚程度重ね合わせて坑井投入口
を塞ぐようにつり下げたものであり,LHD(ロードホールダンプ)
のバケットで押し込むと開き,投入後にバケットを引くと元に戻って
自然に閉じるものであり,これにより,投入する際の粉じんの発生や,
各レベルの坑道への粉じんの飛散の防止に一定程度の効果があった
(乙A18,27)。
もっとも,投入の開閉の際,スチールベルトの隙間から粉じんが漏
れることは避けられず,ベルトカーテンによる粉じんの遮断効果は必
ずしも十分とはいえなかった(甲A37,弁論の全趣旨)。
ウォーターカーテン
粉じんの飛散防止のため,坑道の途中に,ミストのスクリーンであ
るウォーターカーテンが設置された(乙A28)。栃洞鉱では昭和5
0年代から,茂住鉱では昭和63年頃から設置され,立坑付近でバル
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ブの開閉によって使用するなどして使用された。
もっとも,ウォーターカーテンは,粉じんの飛散防止として一定程
度の効果はあったものの,そもそも設置数が多くはなかった(乙A2
00,原告A,原告H)上,常時稼働せずに止まっていることもあり,
十分に効果を発揮していないこともあった。
以上のとおり,被告らは,散水やウォーターカーテン等の設置を行
ったり,大型重機の導入によって粉じん発生源からの遠隔化を図った
りするなどして,運搬作業による粉じんの発生・飛散防止対策を行っ
たものの,運搬作業において粉じんが発生することを防止するに足り
る設備の十分な設置や運用が実施されていたとはいえず,坑内に粉じ
んが飛散する状況であった。
エ支柱(甲A67,68,乙A168,証人Qのほか,以下に掲記のもの)
前記のとおり,支柱員は,坑道や切羽の維持を目的とした木枠や銅枠
等の留め付けを設置する支保作業や配管や電線の設置その他補修作業な
どを行い,その作業内容は広範である。
支柱員は,ピックハンマー(岩盤の岩目等の弱線部にタガネを当て,
振動で割る乾式の機械)を使用して,根掘り(支保枠を据え付ける岩盤
部分に穴を堀り込む)や当たり取り(支保枠の据え付けに支障が出る岩
盤の出っ張りを削り取る)作業を行った(乙A29)。
ピックハンマーでの作業においては,タガネの滑りを防止するため,
水を使用しなかった。また,作業時間は短いこともあれば,岩盤や場所
によっては半日程度を要することもあったため,多くの粉じんが発生す
ることもあった。また,ピックハンマーの全長が約80㎝と短く,掘る
場所に顔を近付けることになるため,防じんマスクの隙間があると粉じ
んを吸入してしまう状況であった。
鉄板坑井では,鉄板に付着した鉱石を削ぎ取り,新たな鉄板を溶接す
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る作業を行ったが,その際,鉱石を下に残した状態で作業を行っていた
ため,立坑の通気が遮断された。しかし,エアーを吹かすと粉じんが舞
い上がるため,あまりエアーを吹かすことはなく,結局,作業箇所周辺
に溶接の煙と粉じんが発生したままであることがあった。
さらに,打替(切上りにおいて,人道と鉱石立坑を隔てるための板)
外しの作業においては,楢板をハンマーでたたき割って外すという作業
をしていたが,その際にも粉じんが発生した。しかし,運搬作業の場合
と同じく,「立坑に水を入れるな」との指導があったことから,立坑内
で十分な散水はされていなかった(甲A67,68)。
なお,支柱作業は,基本的には進さく作業と同時に行うことはなく,
また,上記ピックハンマーを使用しない作業も多数あり,比較的粉じん
にさらされる機会の少ない作業も多かった。もっとも,上記のとおり,
粉じんが発生する作業もあった上,坑内作業であるため,進さく,採鉱,
運搬等その他の作業によって飛散した粉じんを吸入することもあった。
オ試錐(甲A37,乙168,証人Q,原告A)
前記のとおり,試錐作業では,さく岩機で打撃と回転で孔を穿つのとは
異なり,コアボーリング機械で回転によって岩石を掘削するため,機械
先端のタガネが焼けるのを防止すると共に,繰り粉の詰まりも防止する
ため,十分な水を使用する。よって,基本的に,試錐作業で粉じんが発
生することはなかった。
しかし,やはり坑内作業であったため,進さく,採鉱,運搬その他坑内
作業によって坑内に飛散した粉じんを試錐員が吸入することはあった。
カ工作(甲A38,弁論の全趣旨)
前記のとおり,工作は,坑内で使用する機器の製作や,機械の補修など
を行う作業である。トラックレスマイニングの導入前は,切羽で修理を
行っていたため,進さく,採鉱,運搬その他坑内作業によって坑内に飛
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散した粉じんを吸入する状況にあり,また,粉じんが付着した機械修理
を行う際にその粉じんを吸入することもあった。特に茂住鉱においては,
-500M付近にあるピット(重機等の点検・修理等をする場所)に粉
じんが集まり,多くの粉じんにさらされることもあった。
⑺通気について
ア保安規則によれば,「坑内作業場の気流及び通気量に関し,発破の煙及
び有毒ガスを薄めて運び去るために必要な速度と量でなければならない」
と規定されていたが(81条),その後,坑内を内燃機関が多く稼働する
ようになった事情を踏まえ,昭和51年通商産業省告示第54号により,
同条は「可燃性ガス,有毒ガス及び発破の煙を薄めて運び去るために必要
な速度と量でなければならない」と改訂され,併せて「坑内における車両
系鉱山機械又は自動車の作業箇所又は運転箇所の通気量は,別に告示で定
める量以上でなければならない」(81条の2)と規定された。
イ通気の方法には,坑内と坑外の温度差及び坑口間の標高差(気圧差)に
よって生じる空気の流れに基づいて,全坑道にわたる系統的な通気を考え
る自然通気と,自然通気の季節的変動や1日の気温変化に伴う通気の変動
を補い,さらに,自然通気だけでは十分な通気が得られない末端の坑道で
の通気を確保することをも目的として,各所に設置する大小扇風機及び圧
縮空気による補完的な強制通気がある。
被告らは,自然通気を基本とした上で,強制通気で補完するという通気
方法を採用していた(弁論の全趣旨)。
ウ自然通気(乙A20,168,証人Q,弁論の全趣旨)
神岡鉱山は,鉱山の上下に高低差のある坑口があるため,冬は冷えた外
気が下の坑口から入気し,坑内で温度が上昇して軽くなった空気が上の
坑口や立坑の開口部から排気され,夏はこの逆になる。
もっとも,神岡鉱山は,主要な坑道から多数の坑道(ブランチ)が複雑
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に枝分かれしており,主要な坑道は長く,曲がっているものもあり,坑
口の数も多くはなく,行き止まりが多かった。また,トラックレスマイ
ニング導入前に立坑は数本あったものの,通気立坑は存在しなかった。
よって,自然通気が十分には届かない場所があり,また,そもそも温度
差が少ない春季及び秋季の自然通気は,夏季及び冬季と比較すると弱く
なるなど,十分な通気量が確保できなかった。トラックレスマイニング
導入後は,斜坑の設置や坑道の径の拡大により,通気が改善したものの,
その後も,自然通気のみでは粉じんの除去という観点から十分な通気が
得られない状況であった。
エ強制通気(乙A20,168,証人Q,弁論の全趣旨)
被告らは,自然通気が不十分であることを前提として,昭和20年代か
ら局部扇風機(坑道の中に設置される小型扇風機で,風管により通気の
必要な箇所に送風するもの。乙A11)を,遅くとも昭和40年代には
主要扇風機(坑道全断面を塞ぐ定置式の大型扇風機)を,栃洞坑の-3
70Mに50馬力のもの,円山坑の+200Mに130馬力のもの,茂
住鉱の-320M増谷坑口に100馬力のもの,-320M跡津坑口に
130馬力のものをそれぞれ設置した。また,トラックレスマイニング
導入後は,大型重機の稼働頻度の高い場所などにおいて,コントラファ
ン(高圧力軸流ファン)を開発・採用し,風管は通気抵抗が小さく漏風
の少ない大口径の風管を使用するようになった(乙A168)。
もっとも,風管にせよ局部扇風機にせよ,いずれも風を送るだけであり,
集じん機能はなかった。また,主要扇風機の中には常時使用されていな
いものもあり,更に冬季は外気からの通気と同一の風向であったが,夏
季は逆の風向になり,効果が弱くなることもあった。
オ被告らは,昭和54年下期及び同55年上期に実施された栃洞坑,茂住
坑の自動車又は車両系鉱山機械の運転箇所の通気及びガス測定結果(乙A
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12の1・2)を提出し,これにつき,証人Qは,入気坑口,排気坑口の
風量を測定したものである旨説明する。しかし,かかる測定結果では,原
告等の従事した各作業環境において保安規則が必要とする通気が確保され
ていたと判断できるものではないし,定期報告されるものである(証人Q)
にもかかわらず,他の期の測定結果は明らかにされていないことからも,
原告等の坑内作業環境として通気が確保されていたことを裏付けるものと
は到底評価できない。
カ以上によれば,自然通気に加え,被告らは主要扇風機及び局部扇風機等
を設置して通気を図ったものと認められるものの,原告等が従事する粉じ
ん作業の現場において,粉じんの除去の観点から十分な通気量が確保され
ていたとは認められない。
⑻集じん及び廃じん
神岡鉱山の坑内においては,集じん機や廃じん機が設置されていたことを
認めるに足りる証拠はない。
⑼粉じんの有無・濃度の測定や環境状態の評価について
ア昭和63年の保安規則の改正により,坑内作業場における粉じん測定に
ついては,6月以内ごとに1回,定期に,作業場における空気中の粉じん
の濃度及び当該粉じん中の遊離けい酸の含有率を測定しなければならない
とされた(220条の6第1項)(弁論の全趣旨)。
イ証拠(乙A6,38,169)によれば,被告らは,昭和63年に坑内
作業場における粉じん測定が義務付けられる前から,粉じん測定器の開発
等に取り組んでいたことが窺われ,また,証拠(乙A40の1ないし26)
によれば,被告神岡鉱業は,平成2年以降,坑内における粉じん測定を,
年2回定期的に実施していたことが認められる。しかし,平成2年以前に,
坑内において定期的に粉じん量の測定を行ってきたことを認めるに足りる
証拠はなく,当該証拠を提出しない合理的な理由の説明もない。
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ウまた,被告らが提出した上記平成2年度以降の測定結果によっても,平
成2年下期に36箇所中2箇所,平成3年上期に34箇所中9箇所,平
成3年下期に45箇所中7箇所,平成4年上期に40箇所中16箇所,
平成4年下期に42箇所中8箇所,平成5年下期に28箇所中5箇所,
平成6年上期に20箇所中3箇所,平成6年下期に19箇所中3箇所,
平成7年上期に14箇所中1箇所,平成7年下期に12箇所中1箇所,
平成8年上期に9箇所中4箇所,平成8年下期に10箇所中2箇所,平
成9年下期に10箇所中3箇所,平成10年上期に6箇所中1箇所,平
成11年上期に11箇所中1箇所,平成12年上期に6箇所中2箇所に
おいて,測定値が管理濃度(行政通達〔乙A39〕によって作業場の粉
じん濃度を一定水準以下に保つための目標値として定められたもの)を
上回っていることが認められる上,平成に入ってもなお管理濃度以上の
測定結果である第2又は第3管理区分が存在し続けたことが認められる。
被告らは,測定方法に関する技術的限界等から,提出した測定結果につ
いて,信頼性は不十分であるとしつつも,その都度必要とされる措置を
講じ,粉じん濃度の改善に努めてきたことを表している旨主張するが,
法規制によって何らかの環境改善が必要とされる第3管理区分に至って
いる箇所は,平成2年下期6箇所,平成3年上期15箇所,平成3年下
期16箇所,平成4年上期20箇所,平成4年下期14箇所に上ること,
改善策として散水強化をした旨述べる(乙A40の1ないし26,16
9,証人R)ものの具体的な実施策の内容やその評価が明らかでないこ
となどからすれば,被告らの上記主張は採用することができない。
3作業環境の管理に関する義務について(その2・評価及び判断)
⑴各作業における粉じんの発生及び飛散の防止について,前記認定事実によ
れば,被告らは神岡鉱山において,比較的早い段階から湿式さく岩機を導入
して穿孔作業の湿式化を図ったことや,トラックレスマイニングの導入に伴
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った大型重機の導入が進み,穿孔,発破及び運搬の各作業について作業方法
そのものの改善も図られたため,粉じんの発生・飛散の抑止及び粉じん発生
源からの遠隔化が進み,作業員が粉じんにさらされる機会はたしかに減少し
ていったものといえる。しかしながら,昭和30年代から40年代にかけて
主体とされたレッグさく岩機の使用に伴って粉じんが巻き上がることもあっ
たものと認められ,トラックレスマイニング導入後も,発破作業や運搬作業
等において,なお相当量の粉じんが発生し,坑内に飛散することはあったと
認められる。
⑵粉じん発生源に対する散水や噴霧等について,前記認定事実によれば,
発破作業においては,浮石払い,鉱石やずりの運搬・移動あるいは残留火
薬の点検等の目的でそれぞれ散水が行われ,運搬作業においても,最初の
積み込みの際に鉱石やずりの表面を濡らす程度の散水は行われていたもの
の,粉じんの発生・飛散を防止するために必要な散水が十分に行われてい
るとはいえなかったと評価できる。
この点,たしかに,被告らにおいて,早い段階でウォータースプレーやウ
ォーターカーテン等を導入するなど,時代に応じて一定の対策を講じていた
ことは認められる。しかしながら,ウォータースプレーについては,被告ら
の保安規程にその設置場所,ノズルの様式や散水時間等について具体的に定
めた規定はないことから,十分な効果を上げられるように適切に使用されて
いたと認められることはできないし,ウォーターカーテンについてもその設
置箇所は限定的で,有効に使用されていないこともあった等,十分に効果を
発揮できていなかったというべきである。
そして,散水に関しては,指示に対する作業員の理解も不十分なままであ
ったり,作業効率の面から散水が適切に行われない実態があったにもかかわ
らず,保安係員の保安日誌等にも具体的なチェックを行っていたことなどの
記録はなく,厳重な指示,指導が行われていたとも認められないことは前記
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認定のとおりであり,散水に関する被告らの指導・監督は徹底していなかっ
たというほかなない。
⑶また,適切な通気の確保や集じん機等の設置という点について,前記認定
事実によれば,被告らは,自然通気に加え,主要扇風機や局部扇風機を設置
するなど,一定の対策を採ったことは認められるものの,十分な通気量が確
保されていたと認めるに足りるものではなく,他に強制通気や集じん等のた
めの措置が講じられたことも窺われないなど,通気対策は十分ではなかった
というべきである。
⑷加えて,粉じん濃度の測定についても,被告らは少なくとも保安規則が改
正された昭和63年以後平成2年より前の間,定期的な濃度測定を行ってい
たとは認められない。また,各作業環境における粉じん濃度を把握し,これ
を適切に評価することは,使用者が必要な粉じん対策を講ずるために要求さ
れるところというべきであるが,粉じん測定結果の経過をみても,被告らに
おいて対策として行った散水強化の方策や評価も不明であるなど,測定結果
を踏まえた粉じん対策,作業環境の改善が図られていたとは解されない。そ
うすると,被告らは,粉じん測定を適切に行い,これに基づいて有効適切な
粉じんの発生・飛散防止についての対策を取ったり,その効果を評価するな
どの作業環境の管理義務を尽くしていなかったというべきである。
⑸以上のとおりであるから,被告らは,作業環境の管理に関する安全配慮義
務を適切に果たしていなかったと評価せざるを得ない。
4作業条件の管理に関する義務について
⑴認定事実
前記前提事実,証拠(以下に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められる。
ア労働時間及び休憩所等の設置について
証拠(乙A58)及び弁論の全趣旨によれば,神岡鉱山において,坑内
58
作業者の年間所定内労働時間は,昭和48年度までは2086時間,昭
和49年度から平成3年度までは1918時間,平成4年度以降は18
99.5時間となり,労働時間は減少していることが認められる。
また,弁論の全趣旨によれば,作業員は坑口から坑内事務所まで移動し,
坑内に設置された事務所で更衣し,作業指示等を受けた後,作業現場ま
で移動していたこと,坑内事務所(食堂も含む)が全て坑外に移設され
たのは,栃洞坑・円山坑では昭和62年,茂住坑では平成4年であり,
坑外に事務所が移設された後は,作業員は坑外事務所で更衣・作業指示
を受けてから入坑するようになり,坑内での滞留時間は減少したことが
認められる。もっとも,証拠(甲A38,原告A,原告D)及び弁論の
全趣旨によれば,作業員は,休憩の際には食堂において食事や休憩を取
っていたが,上述のとおり食堂は昭和62年又は平成4年まで坑内に設
置されており,入室前に水場で泥を落としたり作業服に付着したほこり
を手で払い落す程度であり,粉じんを除去した状態で入室していたわけ
ではないこと,作業着を乾燥させたり保温したりするために食堂には電
熱器が設置されており,比較的乾燥して粉じんの飛散し易い状態であっ
たことなどが認められる。なお,証拠(乙A168)には食堂や更衣室
に散水して粉じんの二次飛散を防止した旨の部分もあるが,具体的な散
水状況を述べるものではなく,上記認定事実に照らしても,少なくとも
散水により室内全体が常時湿潤な状況に保たれていたとは認められない。
そうすると,各種の粉じん作業現場に対する防じん対策が十分といえな
い前述の状況下において,坑内に設置された食堂内での休憩中も,粉じ
んの飛散することのある状況だったと認められるというべきである。
なお,証拠(乙A169)及び弁論の全趣旨によれば,食堂には空気清
浄機が置かれていたが,これは粉じんの除去を目的としたものではなく,
煙草の煙対策であったことが認められる。
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イ能率給について
証拠(乙A59,60,169,212,証人R)及び弁論の全趣旨に
よれば,以下の事実が認められる。
神岡鉱山における賃金体系
坑内作業者の給与は,基準内給与と基準外給与によって構成され,基
準内給与には年齢に比例する本給と加給,職務遂行能力に応じた職能給
(坑内能率給等)等のほか,能率給(坑内)(以下「坑内能率給」とい
う。)が存在した。本給(月額)は年齢,勤続年数によって定められる
もの,職能給(月額)は技能の高さや年功に基づくもので,本給は給与
の30%,職能給は40%を占めていた。また,坑内能率給(日額)は
作業給に相当し,作業種ごとに定められ,給与の30%を占めていた。
坑内能率給について
坑内能率給は作業種に応じて標準額が定められていたが,中でも,労
働の成果が量的質的に直接把握できる掘進,切上り,採鉱,切羽運搬の
作業については,箇所ごとに標準工程が設定されていた。標準工程とは,
標準の能力を持つ作業者がすべての安全施策や遵守事項を励行して十分
達成できる作業能率のことであり,m/工,トン/工で表され,月初め
に「賃率表」として職場に掲示される。そして,月末に測量員が作業箇
所の「伸び」(実績作業量)を測定し,これを基に経理課が,実績工程
を標準工程で除した「伸び率」に能率給の標準額を乗じた「実績能率給」
を算定し,これに基づいて坑内能率給が支払われた。上記坑内能率給に
ついては労使協定により,坑内能率給支給細則として定められていた。
進さく員は,標準工程を大きく超えて新記録を達成すると社内表彰を
受け,金一封が支給されることもあった。また,標準工程の達成率は,
事実上,基本給の昇給や,作業員のみならず監督員の給料にも影響を及
ぼす場合もあった。
60
作業員は,上記のような標準工程の設定や坑内能率給の存在等により,
標準工程の達成や他の作業員との競争を意識して作業に従事することに
なりがちであり,休憩時間を惜しんで作業を継続したり,散水等の粉じ
ん対策の確実な実践を疎かにするなどの状況が生じていた。実際,証拠
(甲A52の3,18ないし20,27,33,39,50)及び弁論
の全趣旨によれば,少なくとも作業員は,標準工程をノルマとして捉え
ていたこと,労働組合は,坑内能率給や標準工程について繰り返し取り
上げ,問題として指摘していたことが認められる。
ウ防じんマスクの支給及びその適切な使用法の指導・監督
前記前提事実,証拠(以下に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
法令上,粉じん作業を行わせる事業主には防じんマスクを備え付け,
又は作業者に使用させる義務があり,作業者は防じんマスクを着用する
義務がある(労働安全衛生法22ないし24条,26条,27条,労働
安全衛生規則593条,597条,保安規則478条,480条等)。
そして,国は,じん肺対策には防じんマスクの高性能化が重要であると
して,昭和25年から防じんマスクの国家検定制度を導入し,作業者に
着用させるべき防じんマスクの基準を設け,技術の進歩に合わせて改正
していった。
被告らは,時代に応じ,国家検定制度に合格した防じんマスクを,
作業種に応じて導入し,全員に無償貸与してきた(乙A6,31ないし
36)。また,昭和58年には,LHDのオペレーターに対し,空気ボ
ンベを搭載し,粉じん及び排気ガスを完全に遮断するエアラインマスク
も導入した(乙A168)。
また,被告らは,マスクについて,坑内の各食堂にマスクの乾燥箱
を設けたり,不具合が生じれば,作業員の申し出に応じて交換したりし
61
ていた。被告らの保安係員は,勤務時間内に1回以上自分の担当してい
る作業箇所を巡視して保安日誌(乙A47,48)を付けることを義務
付けられていたが,保安日誌には「保護具」(マスクも含む)のチェッ
ク欄が設けられていたこともあって,作業員がマスクを着用していなけ
れば着用するように指導していた。さらに,親方が子方に対し,マスク
着用を指導することもあった(原告D)。
原告等を含む作業員は,基本的には防じんマスクを着用して作業を
行っていた。しかしながら,マスクの形状が個々の作業員の顔に十分フ
ィットせず隙間ができることがあり,その隙間から粉じんが入ることが
あったり,使用するにつれてゴムが伸びたり,乾燥室の熱でマスク本体
のプラスチック部分が変形したりして,顔に密着しないこともあった。
また,坑内作業は重労働であったため,息苦しくなったり,小休憩や水
を飲んだりする場合には,呼吸を整えるためマスクを外さざるを得ない
こともあった上,他の作業員と打合せ等をするためにマスクを外して会
話をするなど,坑内作業中にマスクを外すことも度々あった。
支柱員に対しては,進さく員や採鉱員などと異なるマスクが支給さ
れたが,やはり顔に密着せず,隙間から粉じんが入ってくることがあっ
た(甲A2,52の23・44等,A67,68,原告A,同D)。
⑵評価・判断
先に認定したとおり,被告らの粉じん対策により坑内の粉じんの発生は一
定程度抑えられていたものの,なお坑内の各作業において相当程度の量の粉
じんの発生が避けられない状況であったといえるところ,保安規則220条
において,著しく粉じんが飛散する坑内作業場に就業している鉱山労働者を
休憩させるときは,粉じんが飛散しない場所において休憩させなければなら
ない旨定められ(甲A65),これを受けた被告らの昭和55年8月当時の
保安規程29条2項も,鉱山労働者は休憩をする場合粉じんが発散しない場
62
所において,休憩しなければならない旨定めていることに照らしても,遅く
とも昭和55年以降,被告らが坑内の食堂において原告等を休憩させていた
ことは不適切であり,安全配慮義務を尽くしたとはいえないものであったと
いうのが相当である。
また,被告らの賃金における坑内能率給が実績に応じた賃金であったこと
などから,少なくとも労働者たる作業員の意識として,実績評価の重視や競
争意識を強めさせることとなり,粉じん除去作業が軽視されがちな状況があ
ったと認められるが,その改善のために特段有効な見直しや対策がとられた
とも認められない。
さらに,防じんマスクについても,時代に応じて国家検定制度に合格した
防じんマスクを無償で支給し,その着用を義務付けてはいたものの,実際に
は,防じんマスクの構造上の問題や作業の際の息苦しさ等から十分に有効・
適切な着用がなされていたとはいえないところ,被告らにおいてかかる実態
が把握できなかったとは考え難い。坑内作業場において粉じんの発生,飛散
を防止し難い状況にあったことからすれば,粉じん対策としての防じんマス
クを常時着用する必要性は高かったというべきである。そうすると,被告ら
においては,マスクの着用による息苦しさ等の不具合や小休憩の取り方など
の実態の把握や適切な指導をした上で,十分に作業員らに粉じん対策として
のマスク着用について指導し,使用実態を監督すべき義務があったというべ
きである。しかるところ,被告らも防じんマスクの着用について指導,監督
をしていたことは後述の教育の点を含めて認められるものの,指導監督は徹
底されているとはいえない状況であったといわざるを得ない。
以上によれば,被告らは,作業条件の管理に関する安全配慮義務について
も,これを適切に果たしていなかったと評価されるというべきである。
5健康の管理に関する義務について
⑴認定事実
63
証拠(乙169,証人Rのほか,以下に掲記のもの)及び弁論の全趣旨に
よれば,以下の事実が認められる。
アじん肺教育について
神岡鉱山においては,新入作業員に対し,保安心得,作業概要,保安規
程や作業心得,工具や保護具の使用法について等,一般的な就業時教育
(保安規程付表第2表第10条の5)を実施しており,その際に,防じ
んマスクの着用についても教育が行われていた(乙A43)。また,在
籍中においても,ベテランの保安係員ら監督者等が,日常の巡視の際に
マスクの着用について教育・指導するほか,毎年7月の保安週間,10
月の労働衛生週間の際に,保安,衛生レベルの維持向上のための行事等
が実施されていた。
さらに,神岡鉱山では,中央衛生委員会が主導し,労働衛生週間の運動
の一環として,医師等による講演会なども実施したりした(乙A6)。
じん肺法の改正を受け,昭和55年6月には,粉じんとじん肺の関係や
じん肺防止のための保護具,関係法令等についての教育が実施された
(乙A54〔枝番を含む〕)。もっとも,この後に,継続的にじん肺を
テーマとした同様の教育が実施されたことを認めるに足りる的確な証拠
はなく,むしろ,証拠(証人Q,証人R)によれば,被告らの全社保安
衛生委員会(被告らにおける保安についての最高意思決定機関)におい
て,じん肺の患者数の報告がなされておらず,じん肺教育の講師役を担
ったり鉱長等の役職にあったQにおいても,じん肺患者数などの実態を
認識していなかったことが認められ,被告らにおいてじん肺の実態を踏
まえたじん肺教育が行われていたとはいえない。
イ健康診断・就業上の措置等
被告らは,神岡鉱山において,古くから医師による診察を実施し,昭和
26年には神岡鉱山病院を開設して,じん肺の治療や調査研究に取り組
64
んできた。また,昭和24年から集団検診方式での健康診断を実施する
とともに,粉じん作業従事者に対しては,毎年全員けい肺健康診断を実
施し,昭和51年から個人総合健診方式での健康診断も実施するように
なった。この健康診断の結果,じん肺罹患の管理区分決定を受けた場合,
本人と面談して意思確認をした上で職場を転換する措置を採り,更には
坑内から坑外への配置転換の場合,補償することもあった。
また,被告らは,労働組合との間でけい肺協定やじん肺協定を締結し,
配置転換後や退職時のじん肺検診の実施,自宅療養者への見舞金の送金
等を行った。
しかしながら,前述のとおり,被告らは,全社保安衛生委員会において
もじん肺患者数を把握せず,被告三井金属の鉱長などを務めた後,役員
となったQにおいても,管理区分のうち,管理3以上になって初めてじ
ん肺症に罹患したと認められ,管理2はじん肺症に至っていないので,
本人の希望があれば坑内勤務を続けさせるという認識だったと認められ
るところであり,被告らにおいて,じん肺患者,特に管理2となったが,
坑内作業を継続していた者に対し,具体的にどのような配慮ないし管理
指導をしていたかは不明である。
⑵評価・判断
上記認定事実によれば,被告らは,一応のじん肺教育を実施したことは認
められるものの,継続的かつ充実した教育が実施されていたとはいえないし,
じん肺罹患者に対する就業上の措置や配慮についても,そもそもじん肺管理
区分の管理2に対する問題意識が社内に周知されていたか大いに疑問がある。
じん肺法においては,管理2の場合粉じん曝露の低減措置として,より粉じ
ん濃度の低い作業場所への移動,粉じん作業の作業時間の短縮等の措置を採
るように努力すべきとされているところ,被告らは,本人の意思によるとは
いえ,管理区分決定を受けた後も坑内作業に従事させていた原告等を含む従
65
業員に対し,粉じん曝露の低減について具体的に働き掛けたことは窺われな
いし,粉じん曝露量の管理に対する適切な配慮や坑内作業を継続する場合の
個別の指導が行われていたとも認め難い。そうすると,健康診断等の仕組み
を設けても,従業員の健康管理に効果的に役立っていたとは認められず,被
告らのじん肺に対する意識やじん肺教育を含む健康管理対策は十分でなかっ
たというべきである。
よって,被告らは,健康の管理に関する安全配慮義務についても,これを
適切に果たしておらず,安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。
6まとめ
被告らにおいて,じん肺防止のためには粉じん曝露量を十分に低減させるこ
とが重要であることを原告等の就労時期当時から認識していたことは明らかで
ある。そして,以上の検討によれば,作業環境の管理,作業条件の管理及び従
業員の健康管理のいずれの点についても,被告らは,時代の進展に応じて一定
の対策を講じてきたことは認められる。しかし,労働者に粉じん作業場におい
て設備や器具等を使用させ,又は被告らの指示のもとに労務提供を行わせる以
上,被告らには,使用者として,じん肺防止のため,粉じん発生,飛散量を低
減させる対策をとった上,粉じん発生等を完全に防止できない以上は,労働者
の粉じん曝露量の把握に努めるとともに,粉じん曝露の危険性を十分に教育,
指導して,対策を実効化させる責務があるにもかかわらず,これらがいずれも
不十分なものであったというべきであるから,被告らには安全配慮義務違反が
あったと認められる。
第6争点1⑵(下請会社の従業員であった原告Hに対する被告らの責任の有無)
についての当裁判所の判断
1下請会社の従業員に対する安全配慮義務について
先に述べたとおり,労働契約においては,使用者及び労働者の双方が相手方
の利益に配慮して誠実に行動することが要請されており,その要請に基づく付
66
随的義務として,使用者は,労働者が労務提供のため設置する場所,設備もし
くは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,
労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべきであるという安全
配慮義務を負っていると解されるところ,元請会社と下請会社の労働者との間
には直接の労働契約はないものの,下請会社の労働者が労務を提供するに当た
って,いわゆる社外工として,元請会社の管理する設備,工具等を用い,事実
上元請会社の指揮,監督を受けて稼働し,その作業内容も元請会社の労働者と
ほとんど同じであるなど,元請会社と下請会社の労働者とが特別な社会的接触
関係に入ったと認められる場合には,労働契約に準ずる法律関係上の債務とし
て,元請会社は下請会社の労働者に対しても,安全配慮義務を負うというべき
である。
本件訴訟においては,そもそも原告Hは,後述のとおり昭和44年11月こ
ろから昭和53年12月まで被告三井金属の従業員として神岡鉱山の坑内作業
に従事したものであるが,その後,被告らの下請会社において勤務し,神岡鉱
山で稼働していた期間があることから,同原告が下請会社において勤務してい
た時期について,被告らが安全配慮義務を負うかが問題となる。
2認定事実
証拠(甲A53,甲B8の4,乙A169,証人R,原告Hのほか,以下に
掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴ア別紙9記載のとおり,原告Hは,昭和44年11月に被告三井金属に入
社し,栃洞鉱の進さく員や運搬員として昭和53年12月まで稼働し,合
理化のための退職勧奨を受けて同被告を退社したが,その後,昭和54年
6月から昭和56年1月まで同被告の下請会社である岡田組,昭和56年
4月から平成4年3月まで同じく下請会社である吉澤組,同年4月から平
成8年9月までは再び岡田組で稼働した後,別の職場を経て,平成15年
から17年まで再び岡田組で稼働し,同年に退職後は,平成20年3月ま
67
で,岡田組の下請けの個人事業主として神岡鉱山で稼働した。
イ原告Hは,岡田組では主に夜勤(三の方)で土砂の運搬作業等を担当し
た。また,原告Hは,吉澤組では,主に留め付け掘進の作業(崩落を起こ
した後の崩れ易い場所を掘る際に,鉄枠を組み,矢板を打ち込んで崩落を
防ぎながら少しずつ掘進する作業)に従事した。そして,再び岡田組に戻
ってからは,留め付けや選鉱に従事し,その後も岡田組で土砂の運搬補助
などの雑仕事等に従事した。
⑵ア本工(被告ら直属の作業員)の事務所と下請会社の作業員の事務所は,
従前,別の場所に設置されていたが,平成3年ころからは同じ場所に設置
されるようになった。
イ下請会社では,下請作業員の中から保安係員を選任しており,原告Hも,
岡田組に在籍していた昭和55年11月,保安係員の資格を取得した
(乙A49)。
ウ被告らと下請会社との間の業務内容についての打合せや相談等は,被告
らの保安係員と下請会社の保安係員との間で行い,上記打合せや相談を踏
まえ,下請会社の保安係員が下請作業員に対して作業指示を出していた。
また,作業が終了すると,下請会社の保安係員は被告らの事務所に行き,
被告らの保安係員に報告して,作業日報及び保安日誌を提出した。
エ被告らの保安係員は,下請会社の担当していた現場も巡回し,保安上の
注意や指導をしていた。もっとも,下請作業員が,被告らの保安係員から
防じんマスクの着用の指導を受けることは余りなかった。
オ下請作業員は,作業服や防じんマスク等の備品は,下請会社から支給を
受けるなどしていたが,坑内作業において,さく岩機などの機械や重機,
それらを動かすための道具や材料,燃料は被告らから支給されていた。
カ下請会社においては,少なくともその役員が,被告らの保安常会にオブ
ザーバーとして参加し,保安に関する事項やそれぞれの作業の進捗を確認
68
するなどしていた。また,昭和55年10月に被告三井金属が実施した粉
じん作業者特別教育は,下請作業員も対象とされていた(乙A54の2の
1,2)。
3判断
⑴鉱山保安法は,鉱山労働者に対する危害を防止することなどを目的として
制定され(1条),鉱業権者には,鉱山における人に対する危害を防止する
ため,粉じんの処理について必要な措置を講ずる義務並びに衛生に関する通
気の確保等のため必要な措置を講ずる義務がある旨規定しているところ(5
条。なお,改正前の同法4条),上記「鉱山における人」には下請作業員も
含まれると解されるから,同法及びその委任に基づいて制定された金属鉱山
等保安規則に規定された鉱業権者の鉱山労働者に対する保安義務は,下請会
社の労働者にも及ぶと解すべきである。
⑵前記前提事実及び上記認定事実によれば,原告Hをはじめとする下請作業
員は,被告らが所有管理する神岡鉱山で稼働しており,作業内容は本工とほ
ぼ同内容であり,下請会社の保安係員を通じて被告らから作業内容等につい
て指示・命令を受け,作業の結果等についても被告らに報告していたこと,
被告らの保安係員が下請作業員に対し,保安上の指示や指導・監督を直接す
ることもあり,作業のための機械や重機,それらを動かすための燃料は被告
らが支給していたこと,被告らの粉じん作業者特別教育に本工と一緒に参加
したことが認められる。
これらによれば,原告Hは,下請作業員として,被告らとの間で特別な社
会的接触関係に入っていたと認められ,被告らは,下請作業員としての原告
Hに対しても,労働契約に準ずる法律関係上の債務として,安全配慮義務を
負っていたというべきである。
⑶そして,上記認定事実及び第5の2で認定した事実によれば,被告らは,
原告Hが下請作業員であった時期について,下請作業員らに対する粉じんの
69
発生・飛散・吸入を防止するための措置やじん肺教育についても,安全配慮
義務を尽くしていたとはいえず,同義務違反があるものと認められる。
第7争点2(損害の発生及びその額)についての当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実,証拠(各項に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
⑴じん肺の種類及びエックス線写真上の陰影の特徴
アけい肺
遊離けい酸(シリカ)を吸入すると,肺胞マクロファージとの相互作用
が引き金となって,組織の線維化が進展し,膠原繊維を主体とする玉ね
ぎ状の層状構造の結節(けい肺結節)を形成する。このけい肺結節を主
体とするじん肺をけい肺という。
古典的けい肺結節は,3~6㎜までの境界明瞭な硬化した球形の結節で,
粉じんを混じ,層状同心円状及び内部の不規則に走行する硝子化した高
度の線維増生からなり,細胞成分は乏しい。この結節は線維起因性の強
い結晶質シリカ濃度が粉じん中に高度(肺内堆積全粉じんの約20%以
上)の場合に生じる。この定型的な結節が殆どを占める場合は古典的け
い肺といわれる。
けい肺が進展すると結節が増大し,あるいはいくつもの結節が融合して,
進行性線維化塊状巣(粉じんによる径1㎝以上の線維性結節)が形成さ
れる。このような場合には,塊状巣の周辺に局所的な気腫化を伴うこと
が多い。肺門リンパ節は線維化と共にリンパ節表面に石灰化が生じ,胸
部エックス線写真上卵殻状陰影を呈する(甲A70,乙A171,21
7)。
イ混合粉じん性じん肺
遊離けい酸を含む粉じんを少量ずつ長期間吸入した場合には,けい肺結
70
節と異なる形態の混合粉じん性線維化巣(MDF)を生じる。これを主
体とするじん肺を混合粉じん性じん肺(mixeddustpne
umoconiosis。以下「MDP」ということもある。)という。
MDFは,輪郭が不規則で星芒状を示す線維性小結節で,およそ6㎜ま
での様々な大きさを示す。粉じんを豊富に貪食した組織球や繊維芽細胞
の増生からなる細胞成分が目立ち,高度の線維化はなく,硝子化した像
はあっても程度は弱い。周囲の肺胞壁などの間質への波及像により星芒
状形態をとる。この小結節は結晶質シリカ濃度の低い(肺内堆積全粉じ
んの約20%未満)混合性のある粉じんによって引き起こされる。
混合粉じん性じん肺は,粉じん作業の環境が改善した今日のじん肺とさ
れ,じん肺の軽症化に伴い,けい肺に代わり増加している。
なお,原告らは,けい肺とは別に,その他のじん肺として「非典型けい
肺」という類型を設定し,原告等のうち一部がこれに該当する旨主張し,
じん肺診査ハンドブック(甲A1)にも「非典型けい肺」の記載が存在
する。もっとも,原告らの主張する非典型けい肺の定義は,けい酸の濃
度が低い粉じんを吸入して起こるじん肺とされ,線維化が弱く,結節の
大きさがせいぜい径1~2㎜程度であることが多いものである(甲A1,
70)し,原告等のじん肺罹患について鑑定意見を述べたL医師も「非
典型けい肺」と「混合粉じん性じん肺」をほぼ同義のものと考えている
ことが窺われること(甲A69)等からすれば,原告らの主張する「非
典型けい肺」は,「混合粉じん性じん肺」と同義のものと解するのが相
当である(甲A1,69,70,乙A217,233,261)。
ウじん肺陰影のエックス線写真上の特徴
陰影の種類など
前記前提事実2⑹ウ(別紙3「エックス線写真像の分類」)記載のと
おり,じん肺法ではエックス線写真像を第1型から第4型まで区分して
71
おり,じん肺による陰影を小陰影と大陰影に分け,さらに小陰影を粒状
影と不整形陰影(スリガラス陰影,粒状網状影,網状影,線状影)に区
別する。大陰影は,1つの陰影の長径が1㎝を超えるものをいう。
粒状影
粒状影を示すじん肺の代表がけい肺である。けい肺のエックス線写真
像は,その他のじん肺と同様,一般的に吸入粉じん量により異なり,必
ずしも一律ではない。初期の極めて線維化の弱い時期には,個々の結節
像は認めにくく,末梢の血管影が見えにくくなり,血管影と血管影との
間に異常陰影が出現し,次第に増加してくる。結節像は,一般には濃度
が高く,円形である。粒状影は,経過とともに次第に大きさと数を増し
てきて,全肺野に及ぶようになる。
混合粉じん性じん肺の粒状影
遊離けい酸含有率の低い粉じんによるじん肺における粒状影のエック
ス線写真像及びその経過は,けい肺の場合と多少異なる。一般には粒状
影であるが,その形は様々であり,小さく,濃度が低く,胸部エックス
線上も不鮮明な陰影と認められる。実際の症例では,けい肺結節とMD
Fが混在していることが多い。
粒状影の出現位置
けい肺及び混合粉じん性じん肺の粒状影は,一般的には上中肺野から
(特に上肺野を中心に)出現が始まり,上肺野優位で基本的には左肺・
右肺ほぼ均等(対称)に出現するが,左右不均一な場合には右肺優位に
出現し,また,腹側と背側の分布については,背側優位に出現すること
が多い。
不整形陰影及び大陰影について
不整形陰影は主として石綿肺に見られるが,その他のじん肺の場合で
も,粒状影のほかに様々な形の小さな濃度の低い陰影が認められ,進展
72
に伴ってその数を増してくる。
また,大陰影については,けい肺の場合,上肺野における粒状影がそ
の数と大きさを増してきて,次第に個々の粒状影が識別できない塊状影
になり,比較的鮮鋭な辺縁と濃厚な陰影を示す大陰影になるのが一般的
な経過である。その他のじん肺でも,吸入粉じん量の増加等により,大
陰影に発達することがある。
(甲A1,42,56,70,乙A121ないし124,170,17
2ないし175,181)
⑵標準フィルム及び標準写真集の内容及び取扱い
ア標準フィルムについて(甲A1,106,乙A64,177,262)
標準フィルムは,昭和53年に初めて作成され,昭和57年にその
増補版が作成された。標準フィルムは,「じん肺の種類」(けい肺,石
綿肺,その他のじん肺)に分類され,種類ごとに12階尺度に応じた胸
部エックス線写真のフィルムが21枚(ただし,12階尺度のすべてに
対応するフィルムが収録されているわけではない。)及び第0型から第
3型までの組合せフィルムが収録されている(別紙4「標準フィルム一
覧表」参照)。
じん肺診査ハンドブック(甲A1)には,標準フィルムを用いた読
影方法について,以下のとおり記載されている。
エックス線フィルムの読影に当たっては,粉じん作業についての職
歴調査の結果等により,どの種類のじん肺のフィルムを用いるかをまず
判断し,各型の標準フィルムの間に読影しようとするフィルムを置いて,
12階尺度を用いて判断する。
どこから第1型と判断するかについては,石綿肺とその他のじん肺
の場合には,第1型の下限(1/0)のフィルムを用い,また,けい肺
については,じん肺の所見がないと判断する上限(0/1)のフィルム
73
と第1型の中央(1/1)のフィルムとを用いて判断する。
実際には上記の作業は困難なものであるため,スクリーニング用と
して標準フィルムの中に組合せエックス線写真が収録されている。組合
せエックス線写真を用いる場合,まず読影する対象のフィルムをこの組
合せエックス線写真によって第0型ないし第3型にふるい分け,次に,
ふるい分けた型に相当する標準写真により,肺野全体の影を対象とした
最終診断を行う。
イ標準写真集について(甲A104,110ないし112,129,14
1,143,144,乙A65ないし68)
標準写真集は,アナログ写真で作成された標準フィルムが相当期間
を経て劣化している上,エックス線写真のデジタル撮影への移行が進ん
でいることから,厚生労働省において,厚生労働科学研究「じん肺健康
診断等におけるデジタル画像の標準化ならびにモニター診断および比較
読影方法の確立に関する研究」(主任研究者は,N医師)にて収集及び
選定された症例を基に,「デジタル撮影によるじん肺標準エックス線画
像に関する検討会」(この検討会にはM医師が参加している。以下「標
準写真集検討会」という。)において検討された結果を踏まえ,平成2
3年3月に作成された。標準写真集は,平成23年10月1日以降にじ
ん肺管理区分決定の申請を行うものについて使われるようになった。
標準写真集の内容については,標準フィルムにおける「じん肺の種
類」に代わり,「陰影の種類」(所見なし,粒状影,大陰影,不整形陰
影,その他の陰影)によって分類され,種類ごとに12階尺度に応じた
胸部エックス線写真が収録されている(ただし,12階尺度全てに対応
するものが収録されているわけではない。)。
上記分類方法の変更について,標準写真集検討会の報告書(乙A68)
によれば,胸部エックス線写真上では同様の所見であっても,種類の異
74
なる粉じんによって出現し得ること,じん肺患者数の減少により,特定
の粉じん作業歴を持つ症例のみで軽度から重度までの各段階の標準的画
像を揃えるのが困難であることから,分類方法を変更した旨説明されて
いる。
なお,「その他」と分類した3例については,粉じん作業歴から遊離
けい酸の少ない粉じんの吸入が想定されたものであり,画像所見は粒状
影に近いものの,粒状影の画像と比べ陰影が淡いし,遊離けい酸の少な
い粉じんは肺内で沈着しても炎症及び組織変化を起こしにくいため,標
準写真集では粒状影とは別の分類としたが,今後さらなる知見の収集に
努め,必要に応じて見直しを行うことが望ましいとされている。
標準写真集は,フィルム版と電子媒体版(DVD-ROM)の二種
類があり,一部の患者については,胸部CT写真が電子媒体版にのみ収
録されている(別紙5「標準写真集一覧表」参照)。フィルム版は,厚
生労働省本省及び各都道府県労働局に配布され,また,電子媒体版は,
厚生労働省本省,各都道府県労働局及びじん肺健康診断等を実施する医
療機関等の関係団体に配布された(平成23年9月26日付け基安労発
0926号第1号「じん肺標準エックス線写真集」(平成23年3月)
フィルム版及び電子媒体版の取扱いについて〔甲A104〕)。
使用方法について,電子媒体版については,使用する機器やその設定
によって画像の見え方が大きく変わること等があるため,上記通達別添
の「じん肺標準エックス線写真集」電子媒体版について」(乙A202)
に,使用する際の医療機器の必要要件やじん肺健康診断における使用方
法が定められている。
上記通達においては,アナログ写真によるじん肺のエックス線写真の
像の区分判定は,従来どおり標準フィルムを使用できるほか,電子媒体
版に収録された写真データを上記別添書面により示された適切な条件に
75
おいてフィルムに出力したものを使用しても差し支えないとされている。
も収録されているが,これは,標準写真集検討会において,症例の少な
い型等,胸部エックス線写真のみでは医師間の判断のばらつきが大きく
なる可能性が想定されるものについては,参考として同一患者の胸部C
T写真も収録するのが適当であるとされたことによる(乙A67,6
8)。
また,標準写真集検討会においては,標準画像の必要要件として「同
一人における胸部エックス線写真以外の情報(粉じん作業歴,胸部CT
写真等)を勘案し,じん肺の程度として妥当と認められること」が挙げ
られたことから,胸部CT写真も踏まえて候補画像が選定された。
なお,標準写真集の附属書(乙A65)において,写真番号3(0/
1)の「画像所見」欄には,胸部エックス線写真上はじん肺を疑う所見
はほとんど認められないとしながら,胸部CT写真では両側の肺上葉に
少数の粒状影が観察されるとあり,異なる観察結果の記載がある。
⑶じん肺の診断におけるCT写真の有用性及び問題点
アCTの仕組み及び特徴(甲A47,乙A170,弁論の全趣旨)
胸部エックス線写真は,人体の背面から胸部にかけてエックス線を照射
し,その透過像をレントゲンフィルム上に二次元的(平面的)に映し出
すものであるが,一方向からの撮影であるため,病変の重複像が形成さ
れやすい。
これに対し,CT(コンピュータ断層撮影・computedtom
ography)は,横臥した状態の患者に対し,エックス線を多方向
から照射し,その透過エックス線強度を計測し,断層面のエックス線吸
収値分布像を再構成するという方法である。最も一般的なデータ取得方
式は,層状の広がりをもったエックス線を出す線源と,それに対向し,
76
数百素子からなる高感度の検出器が人体周囲を回転しながら走査(スキ
ャン)するものであり,扇状エックス線の厚みを調節することにより,
断層面の厚さを変える。最近では,患者テーブルを体軸方向に移動させ
ながらエックス線管球と検出器が連続して回転し,人体をらせん状に走
査(スキャン)するヘリカルスキャンが主流となっている。
CT画像は,「ピクセル」という微小な画素である正方形の単位面積の
集合(マトリックス)上に再構成され,さらに,各ピクセルに断層厚を
乗じた単位面積(ボクセル)に含まれる平均エックス線吸収値の大小に
応じて,白黒濃淡をつけた画像として表示される。「ボクセル」という
直方体の組織の厚みを「スライス厚(断層厚)」といい,「スライス厚」
の中心の位置とそれに隣接する「スライス厚」の中心の位置との間の距
離を「スライス間隔(スライスピッチ)」という。
CTの画像表示に際しては,白黒濃淡の階調(グレースケール)を変え
るウィンドウ機能(任意に選んだCT値を中心として,表示しようとす
る任意の幅のCT値を濃淡像として表示するもの)があり,中心のCT
値をウィンドウレベル,CT値の表示範囲をウィンドウ幅といい,対象
臓器と目的疾患のCT値により,最適なウィンドウレベルとウィンドウ
幅を設定して表示する。なお,CT値とはボクセル内のエックス線吸収
値を表す単位であり,水を0,空気を-1000とした相対的な数値であ
り,CT値が高くなるにつれて白く表示され,空気は黒く表示される。
また,CTは,デジタルデータをコンピュータ処理しているため,エッ
クス線写真撮影とは異なり,診察目的に合わせて同一のデータの一部を
強調して出力することができ,胸部CT写真では「肺野条件」「縦隔条
件」の二種類で出力されるのが一般的である。じん肺の診断においては,
肺野の空気と血管や病変のコントラストを観察するのに適した「肺野条
件」が用いられ,粒状影や不整形陰影などの陰影は白色の変化として現
77
れる。
CTは,エックス線撮影よりも,小さなものを解像する能力(空間分解
能)では劣るが,マトリックス数を増やし(ピクセル数を増し),スラ
イス厚を薄くし,局所的に拡大して画像再構成をすることにより,0.
3~0.4㎜程度の分解能が得られ,肺などの高コントラスト領域に有
用である。
イじん肺診断における胸部CT写真の有用性
現在の臨床医学の現場では,胸部エックス線写真によって胸部疾患
が疑われる場合,精密検査のための手段として胸部CT写真を利用する
ことが一般的に行われている。
胸部CT写真の有用性について,以下のような文献や論文がある。
a「産業保健ハンドブックⅣじん肺」(平成20年5月27日第2
版)(乙A171)
CTは,じん肺の診断においても不可欠の手段である。胸部エック
ス線写真と比較して重複像が少なく,解像力は低いがコントラスト分
解能が高く,じん肺の陰影の表現に優れており,陰影の病態が理解さ
れやすい画像を提供している。すなわち,胸部エックス線写真で表現
されない微細な粒状影,淡い粒状影,粒状影の融合,間質性肺線維化
影,気腫化,ブラ,ブレブ,蜂窩肺,胸膜斑,胸膜石灰化斑,大陰影
の周辺の変化,空洞形成などにおいては優れた検出能を有している。
しかし,微細な病変を表現するためには,高解像力,高速の装置が必
要であり,また肺野表現のフィルター関数の選択に留意する必要があ
る。現在のじん肺法では,胸部エックス線写真による判定が主であり,
CT画像のじん肺への適用は,胸部エックス線写真の短所を補足する
ものとしての見地から,参考的に認められている。なお,じん肺に合
併した肺がん及び中皮腫の早期発見等の必要から,厚生労働省は,平
78
成16年度より管理2以上のじん肺患者に対して,定期的にヘリカル
CTを年1回施行することを事業者に義務付けた。肺がんのみならず,
いわゆる境界領域のじん肺症に対して,診断の確度をあげるために,
CTの適用を積極的に活用することが望まれる。
b志田寿夫「塵肺のCT」(平成4年1月・乙A120)
CT画像は胸部エックス線写真と比較して,空間分解能は劣るが濃
度分解能は高く,このため,肺内の線維化像及び気腫化が鮮明に描出
され,それらの病態が理解されやすい画像となる。また,胸部エック
ス線写真のように重複像の形成が少なく,陰影そのものがより具体的
に表現されるという利点があり,特に,じん肺の存否についての境界
領域の診断に威力を発揮する。
胸部エックス線写真の表現の限界はCTで補足するのが,今後の診
断に必要であろう。粉じん吸入によって生じる肺の線維化は複雑な形
であり,それに伴う気腫化は,エックス線写真のみでの診断はほとん
ど不可能で,もはや胸部エックス線写真のみの分類は時代遅れといわ
ざるを得ない。
c加藤勝也「画像診断」(日胸平成21年10月増刊)(乙A124)
現状で,CT/HRCT(HighResolutionCT)
は呼吸器疾患診断において必要不可欠であることはいうまでもなく,
胸部エックス線写真において第1型といえるか境界域にあるような症
例においては,CT/HRCTを積極的に活用すべきである。国際的
には,じん肺標準画像とガイドラインを作る試みもなされており,今
後,さらにじん肺診療に大きな役割を果たすと考えられる。
d上田哲也ら「肺疾患をCTで診る-慢性閉塞性肺疾患(COP
D)・気管支喘息」(medicinaVol.44No.2)
(平成19年2月)(乙A125)
79
肺気腫病変が比較的重症の場合は,胸部エックス線像でも病変を検
出できるが,中等症以下の肺気腫ではCT画像でないと病変が判別で
きない場合が多い。
eJardinら「炭鉱夫じん肺症:曝露労働者のCT評価及びエッ
クス線所見との相関」(平成2年)(乙A181の1,2)
石炭粉じんに曝露した労働者170名に対し,エックス線検査と胸
部CTスキャンを実施し,比較解析を行った結果,単純けい肺症の評
価において,最適なCT検査が胸部エックス線に対して優れており,
CTの実質性小陰影を検出する感度が高いことがわかった。最適なC
T手法をCWP(炭鉱夫じん肺症)評価の参照標準とすべきであるが,
CTはコストがかかるため,定量的方法が利用できるようになるまで
推奨しない。しかし,胸部CTは,CWPの早期発見において,特に
肺機能不全がなければ,単純エックス線検査を補完するものであり,
高分解能CT検査を追加することは,実質性小陰影をより正確に評価
する上で有用である。
fBégin「珪肺症の早期発見におけるコンピューター断層撮影法」
(平成3年)(甲A48の1,2)
43名の患者を選出し,胸部CT検査及びヘリカルCT検査が初期
のけい肺症を検出する能力について評価した結果,けい肺症を示唆す
る肺実質の変化および肺の小陰影の初期集密を検出することにおいて,
従来の胸部エックス線検査のILO分類よりもCT検査のほうが高感
度であることが立証され,また,CT画像上の異常は,訓練を積んだ
観察者により,基準となるILO分類画像がなくても一貫した判断を
下すことができ,解読者間のばらつきも,エックス線画像での評価の
ばらつきよりも小さいとの結論を得た。
gJadynak「珪肺症および炭鉱夫じん肺症における撮像」(2
80
013年7月)(乙A182の1,2)
CT画像は,けい肺症と炭鉱夫じん肺症(CWP)の初期徴候を診
断するための撮像手段としては,エックス線よりも優れていると考え
られている。CTは胸部エックス線よりも感度ならびに特異度が高く,
がん,肺気腫及び無気肺等のじん肺のリスクがある患者に併発し得る
他の肺疾患を検出する上でより有用である。CTは,胸部エックス線
では検出できない結節を検出することができる。
有用性についての小括
上記文献等の記載に加え,同種の文献その他の証拠(乙A126,1
78,179の1及び2,証人M医師)によれば,胸部CT写真は胸部
エックス線写真と比べて濃度分解能が高い上,重複像の形成も少ないた
め,肺内の線維化像や微細な粒状影等がより具体的に検出されやすいと
いう利点があること,この利点から,特にじん肺の存否についての境界
域における診断に有益な検査方法であること,また,胸部エックス線検
査と比べ,胸部CT検査の方が,画像の解読者間の解読のばらつきが少
ないことについて,医学的には既に一般化しているということができる。
ウ胸部CT写真の限界等
前述のように,CTは,単位体積(ボクセル)に含まれる平均エッ
クス線吸収値(CT値)の大小に応じて白黒濃淡をつけた画像として表
示され,あるボクセル内に異なった組織が存在しても,それらのCT値
は平均化されて互いに識別できないから,画像上の病変組織濃度が本来
のCT値と異なったり,小構造が隠ぺいされたりする。これを部分容積
効果といい,これにより組織の境界でCT値が不正確になったり,組織
の周辺が不明瞭に表示されるおそれがある。この点は,M医師及びN医
師も意見書(乙A170)において,CTの分解能(0.5㎜)以下の
粒状影は描出できないこと,直径1㎜前後の粒状影は血管断面像との区
81
別が困難であり,直径2ないし3㎜の大きさがあれば,小血管影と区別
してじん肺の粒状影を認識できることを述べている。このため,部分容
積効果の影響を小さくするためには,スライス厚をより薄くして,単位
体積を小さくすることが考えられるが,やはり,血管断面像と粒状影と
の区別は困難である。
なお,平方敬子「塵肺病変の病理像とHRCT像の対比-伸展固定
肺を用いた検討-」(平成4年)には,以下のような報告がなされてい
る(甲A105)。
粉じん吸入歴を有する14剖検例(炭鉱夫肺13,けい肺1)の病理
組織学的所見とそれに対応するHRCT所見を同一断面で1対1で対比
検討した。細気管支や小葉間隔壁に沿う不規則な線維化は,HRCTで
は淡いdensityの上昇域,線状影あるいは網状影に相当し,線維
化が進むと粗い不規則な網状影として認められたが,軽度の線維化病変
はHRCTでは異常を指摘できなかった。じん肺結節のうち,71%は
HRCTで確認できたが,サイズの小さいp型の結節のうち,63%は
HRCTで同定困難であった。
もっとも,HRCTは,病理学的に確認されたじん肺病変の有無やそ
の程度ならびに局在をよく反映していたとも記載されている。
⑷原告等に対する管理区分の決定・労災保険給付の支給決定等
ア管理区分決定手続について
原告等は,別紙9「原告等の個別事情」における各「2管理区分
決定及び合併症等の認定」記載のとおり,管理区分決定を受けた。
原告等は,被告らにおいて粉じん作業に従事していた間,管理区分
が管理1の者は3年ごとに,管理2である者は毎年,定期健康診断を受
診しており,粉じん作業に従事しなくなっても,管理2である者は,被
告らを退職するまで3年ごとに定期健康診断を受診しており,さらに退
82
職時には,離職時健康診断を受診した。
上記健康診断が実施されると,その都度,エックス線写真及びじん
肺健康診断の結果を証明する書面等が労働局長に提出され,労働局長は
これらを基礎として,地方じん肺診査医の診断又は審査により,再度,
管理区分の決定を行っていた(じん肺法12条,13条2項)。
原告等の中で,一度,管理2以上の管理区分決定を受けた後,じん
肺罹患を否定されたり,より軽度の管理区分に変更されたりした者はい
ない。
イ合併症等の決定手続について(別紙9「原告等の個別事情」の各「2
管理区分決定及び合併症等の認定」欄記載の証拠及び弁論の全趣旨)
別紙9における各原告等の「2管理区分決定及び合併症等の認定」
記載のとおり,原告等のうち亡Bを除く原告等は,続発性気管支炎に罹
患したことを理由とする療養・休業補償給付の支給決定を受けた。
原告等のうち,法定合併症の罹患を理由とする休業補償給付等支給
決定を受けた者は,療養開始から1年6か月経過後は,所轄労働基準監
督署長に対し,毎年,傷病の名称,部位および状態を記載した報告書を,
これらの事項に関する医師の診断書を添えて提出している(労災保険法
施行規則19条の2)。
原告等の中で,法定合併症の罹患を理由とする休業補償給付等支給決
定を受けた後,その支給を中止された者はいない。
2争点2⑴(じん肺罹患の有無及びその程度)について
⑴じん肺罹患の有無及びその程度を判断するにあたっての管理区分決定の位
置づけ
じん肺法においては管理区分制度が設けられ,粉じん作業に従事する労
働者を,じん肺健康診断の結果に基づき,エックス線写真画像と肺機能障害
の組合せに従って管理1から4に区分し,健康管理を行うものとされている
83
(同法4条)。
管理区分決定手続においては,まず,一般の医師によるじん肺健康診断を
行うが,その実施方法(検査項目や手順,方法等)や判定方法(胸部エック
ス線の読影方法等)は,これまでの医学的な知見に基づき,じん肺法や同法
施行規則,あるいはじん肺診査ハンドブック(じん肺診査ハンドブックは,
医学的知見の進展や研究成果を踏まえ,数次の改訂を経ている〔最終改訂は
昭和62年10月〕。)にその詳細が定められている。そして,上記健康診
断においてじん肺所見があると認められた労働者については,じん肺に関し
相当な学識経験を有する医師の中から厚生労働大臣が任命した地方じん肺診
査医による診断又は審査が行われる(じん肺法39条4項)。
このように,上記のような管理区分制度の趣旨や運用の状況に加え,じん
肺健康診断医と地方じん肺診査医による二重の診断又は審査を受ける仕組み
であることからすれば,管理区分決定手続は,専門家による慎重な手続を経
ているということができ,じん肺罹患の有無及びその程度を判断する方法と
して合理性を有すると評価することができるから,このような手続に従って
決定された管理区分については,当該労働者のじん肺罹患の有無及びその程
度を示すものとして,高度の信用性を有するものと認められる。
したがって,粉じん作業に従事し又は従事していた労働者が,じん肺の所
見のある者として管理2以上の管理区分決定を受けた場合には,当該労働者
が当該管理区分に相当する程度のじん肺に罹患し,健康被害を受けている事
実が推認されるというべきであり,推認を覆すに足りる反証がされない限り,
上記事実を認めるのが相当である。
被告らは,一旦決定された管理区分決定が低位変更された例があるとして,
管理区分決定は絶対的なものではない等,管理区分決定による推認をするこ
とを論難する。たしかに,証拠(乙A88ないし101,103ないし11
8)によれば,一旦決定された管理区分が低位変更された事例が全国的に認
84
められる上,被告神岡鉱業の退職者のうち6名が低位変更されたことが認め
られる。しかしながら,証拠(乙A88)によれば,平成18年から平成2
2年の間における全国の管理区分決定件数に対する低位変更件数の割合は約
1.6%から約2.4%という低い割合で推移していることが認められるこ
とからすれば,低位変更は例外的な事象といえ,かかる例外的な事象をもっ
て,管理区分決定の信用性が否定されるものとはいえない。
⑵じん肺罹患の有無及びその程度の判断における胸部CT写真の位置づけに
ついて
アじん肺診断における胸部CT写真の位置づけについて検討するに,胸部
エックス線写真は,正面という一方向から撮影するものであるため,重
複像が形成され,結節や間質性変化,気腫性変化がお互い修飾されたり
打ち消し合ったりし,また,濃度分解能にも限界があるため,読影者間
の診断のばらつきがあることが指摘されている。これに対し,前記1⑶
で認定した事実によれば,胸部CT写真は,胸部エックス線写真と比べ
て空間分解能は劣るものの,胸部エックス線写真のような前後の重なり
合いがない上,濃度分解能が高いため,肺内の線維化や気腫化が鮮明に
描出され,それらの病態が理解しやすいという特徴があり,このことか
ら,じん肺の有無に関する境界領域,すなわち12階尺度における0/
1と1/0についての診断に特に有用であること,診断者間でのばらつ
きも少ないことが挙げられ,これらの特徴については,前記認定事実の
とおり多数の文献や論文でも同旨の指摘がなされている。
放射線被曝量や費用負担等の問題があり,検討の途上にあることから,
じん肺法に基づくじん肺診査において胸部CT検査の採用は未だなされ
ていないものの,じん肺の罹患の有無及びその程度の診断に際し,胸部
CT写真を利用することの有用性は,前記認定のとおり今日では医学上
一般的に肯定されているというべきである。特に,じん肺所見の有無の
85
判断(12階尺度で0/1か1/0かという境界領域)については,胸
部X線写真を補完するものとして胸部CT写真の読影結果を併用するこ
とにより,より確度の高い診断が可能とされている。したがって,胸部
CT写真を利用しなかった(できなかった)時期の管理区分決定につい
ては,胸部CT写真も利用して出された管理区分決定と比べて診断の確
度や精度に差があるとしても不自然ではない。そうすると,かかる事例
において,その後に撮影された胸部CT写真が存在する場合には,先に
された管理区分決定により推認されるじん肺罹患の有無及びその程度に
対する反証たり得るものと考えられる。
イこの点,原告らは,以下のとおり,CTの有用性について批判する。
原告らは,CTではピクセル以下の大きさの微細な結節は検出できな
いし,画像上粒状影が描出されるには直径2~3㎜の大きさが必要であ
るとか,非典型けい肺の粒状影は線維化が弱く,血管影との区別が困難
な1~2㎜の大きさであり,第1型,第2型に該当する程度の大きさの
粒状影では,血管影との鑑別はCTでは困難である等と主張する。
なるほど,CT画像には粒状影の大きさについて検出限界があること
自体は否定できないものの,血管の連続性の見易さなどを含めた小血管
の断面像との峻別の確度なども考慮すれば,単純にCT写真がエックス
線写真よりも病変の検出に劣るともいい難い。前記認定事実によれば,
CT画像で描出や鑑別のできないレベルの結節等を胸部エックス線写真
で通常検出・鑑別できるとは考えられず,初期の結節についての胸部C
T写真の診断感度の優位性が一般的な医学的知見として認められている
ものということができる。
また,原告らは,亡Eの肺内には線維化した結節が存在したが,M医
師らはCTでこれを発見できなかったとして,CTの有用性を批判する。
しかしながら,後述するとおり,少なくとも亡Eの病理診断に関する
86
O医師の鑑定意見は,それ自体MDFと評価するか否かに争いのある程
度の結節など初期の病変を認めるというものと解されるし,相反する専
門医師の意見もあるなど,直ちにM医師のCT読影に関する意見の信用
性を揺るがすほどのものとはいえないから,CTの有用性に関する一般
的な批判とするには足りない。
原告らは,CTでは,部分容積効果により,物体の形状をそのまま忠
実に反映しないとして,CTの有用性を批判する。
しかしながら,証拠(乙A239)及び弁論の全趣旨によれば,デジ
タル胸部エックス線写真においても0.1ないし0.2㎜の大きさのピ
クセルの集合体であるというべきところ,このピクセルの表す透過エッ
クス線量はエックス線方向の200㎜前後の胸部組織の透過エックス線
量積算値であり,0.2㎜×0.2㎜×200㎜のボクセルのエックス
線透過量を平均したものと考えることができ,これは部分容積効果と同
視できるから,CT画像であろうとデジタルエックス線写真であろうと,
三次元の物体を二次元の画像で捉える手法を取る限り,部分容積効果の
影響を受けることは避けられないことが認められる。
よって,原告らの上記主張は理由がない。
また,原告らは,非典型けい肺についてはエックス線写真における重
積効果が重要であるが,CT写真にはこれがないとして,CT写真の有
用性を批判し,これに沿う証拠(甲A55,56,63,89,106)
を提出する。
しかしながら,1個では胸部エックス線写真上で粒状影として確認し
にくいほどの淡い結節が,読影者に認識可能な濃度の粒状影を形成する
には,多くの結節がエックス線の方向と同一直線上に並ぶ必要があるが,
肺野において不均一に分布するじん肺結節の多くがエックス線の方向と
同一直線上に並ぶ確率は非常に低く,肺野全体として不均一な肺野濃度
87
(肺野の白黒の濃淡)を形成する可能性が大きいと考えられるし,結節
のうち重ならなかった部分は結節の形態が変化するため,辺縁の形態や
周囲の濃度は不均一となり,全体として胸部エックス線写真上で結節と
して認識することが難しくなるとの指摘もある(乙A239)。この点,
じん肺診査ハンドブックにおいても,「その他のじん肺」について,密
在する小結節の陰影が重なり合うと容易に粒状影としては認められない
ことがある旨の記載がある(甲A1)。
以上によれば,重積効果の点からエックス線写真の方が明らかに優れ
た診断ができるとも直ちにはいえない。したがって,この点からもCT
写真の有用性がないとはいえず,原告らの上記主張も採用することがで
きない。
原告らは,じん肺法においてはそもそもCT写真による判定を認めて
おらず,未だ研究の途上であるし,現在継続されている研究でも見るべ
き成果は上がっていないとして,CT写真の有用性を論難する。そして,
管理区分決定の手続やその前提となるじん肺健康診断の内容及び手法に
おいて,これが定められているじん肺法や同法施行規則,あるいはじん
肺診査ハンドブックには,胸部エックス線写真の画像診断によって管理
区分を決定すると記載され,胸部CT写真についての直接の言及はない。
しかしながら,厚生労働省の「じん肺法におけるじん肺健康診断等に
関する検討会」による報告書(平成22年5月13日)においても,胸
部CT写真の画像所見が有用であることや,CT検査の普及が進み,じ
ん肺にかかるCT写真の国際的なガイドラインが発刊されていること等
についての言及があること(甲A91,乙A183),平成26年度か
ら平成28年度にかけ,胸部CT検査の有用性の検証を目的として「じ
ん肺の診断基準及び手法に関する調査研究」が行われ,初期のじん肺診
断においては適切な評価や振り分けのためCTを用いることを推奨する
88
との研究結果が取りまとめられたこと(甲A100,101,乙A24
3),そもそも,参考として同一患者の胸部CT写真が収録された標準
写真集電子媒体版が医療機関等に配布され,平成23年10月1日以降
に申請される管理区分決定手続に用いられるようになっており,現在に
おいてもこの取扱いに変更はない(甲A90)こと,以上の事実によれ
ば,原告らの上記主張は採用することができない。
原告らは,CT写真の読影に関し,統一的判断をするための標準画
像は未だ存在しないとして,じん肺診断におけるCT写真の有用性を論
難する。
たしかに,現時点では,CT写真の読影に関する標準画像や統一的判
断基準等は公式には設けられていないが,前示のとおり,初期のじん肺
診断にはCT写真が有用であるとの調査研究の結論が出され,また,証
拠(乙A242)によれば,厚生労働省が平成30年度から,地方じん
肺診査医による診査に医療用モニターの導入を進めることを決めたこと
も認められる。これらによれば,現時点で標準画像が確定されていない
ことをもって,じん肺診断においてCTの有用性が否定されていること
を示すものとはいえない。
また,原告らは,上記のとおり,じん肺法上,じん肺の診断に用いる
画像はエックス線写真であり,「CT写真はじん肺健康診断の際に参考
資料として閲覧して,特にじん肺所見があると総合的に判断する場合に
利用して差し支えない」(平成30年2月9日付け厚生労働省労働基準
局長・基発0209第3号,乙A242)とされていることをもって,
CT写真はじん肺所見を肯定する場合にのみ利用することが許容される
とも主張するものと解される。
しかし,現時点でじん肺法3条に基づく画像の取扱いが上記のとおり
定められていることは,放射線被曝量や費用負担の問題等を含めた制度
89
設計上の問題もあることが窺われるところであり,医学的なCT写真の
有用性を否定するものとは解されないことは既に述べたとおりである。
そして,上記通達は,特に境界症例においてCT写真を総合的判断の資
料とすることができることをいうものと解され,じん肺所見を肯定する
方向でのみ利用できるとは解釈し難い。
ウ小括
以上のように,CT写真には限界も認められるものの,特に,12階尺
度の0/0,0/1,1/0のような境界領域においては,胸部エックス
線写真と共に胸部CT写真を利用することにより診断の確度が上がること
が多いということができる。そして,原告等が最新の管理区分決定を受け
たのは,別紙1「管理区分等一覧表」の「直近の管理区分決定日」のとお
りであり,亡Bを除き,いずれも平成23年3月に標準写真集が整備され
る前であり,その管理区分決定の際には,亡Bを除く原告等については,
胸部CT写真は利用されていなかった可能性が高いものといえる。
そうすると,これらの原告等の胸部CT写真は,肺野病変を観察するた
め,標準的かつ相当な条件によって撮影されたものといえる場合には,管
理区分決定によるじん肺罹患の有無及びその程度に関する推認に対する反
証として,相当程度の証明力を有するものと認められるというべきである。
そして,証拠(甲A42,乙B1の1の2及び3,乙B3の1の4,乙
B4の1の3,乙B5の1の2及び3,乙B6の1の2及び3,乙B7の
1の3及び4,乙B8の1の3)及び弁論の全趣旨によれば,本件におい
て証拠資料として提出されたCT写真については,スライス厚,スライス
間隔や,肺野条件のウィンドウレベル及びウィンドウ幅などにつき,肺野
病変に関する医学的に標準的かつ相当な条件によって撮影ないし読影され
たものということができる。
もっとも,上記のような胸部CT写真であっても,読影という評価が必
90
要であることは胸部エックス線写真と同様であり,結局のところ,原告等
の胸部CT写真をいかに読影,評価するかによることとなる。本件におい
ては,読影を行ったL医師及びM医師の意見が別紙7及び同8のとおり対
立していることから,以下,個々の原告等についてのじん肺罹患の有無及
びその程度の判断において,反証の成否を検討することとする。
⑶個々の原告等のじん肺罹患の有無及びその程度についての判断
ア原告A
原告Aは,別紙1のとおり,昭和60年10月に管理2の決定を受
け,それ以降の変更はない。そうすると,原告Aが管理2相当のじん肺
に罹患した事実が推認されるとも解される。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり鑑定意見書(乙A166)
において,初回認定時の胸部エックス線写真でも近時の胸部エックス線
写真でも明らかな粒状影は認められず,胸部CT写真でもじん肺に相応
する所見が認められないから,じん肺の所見は認められず,今後顕在化
する可能性は極めて低いと述べ,証人尋問においても同旨の証言(証人
M医師)をする。そこで,M医師の鑑定意見が原告Aのじん肺罹患の推
認を揺るがすかどうか検討するに,M医師が,胸部エックス線写真につ
いて,管理区分決定手続における読影結果と異なる読影をしているとい
うことだけでは,管理区分決定の高度の信用性に鑑みると,直ちにその
信用性を合理的に疑わせ,じん肺罹患の推認を覆すに足りるとはいえな
い。しかしながら,原告Aを含む原告等についてじん肺罹患の有無その
ものが争われている状況にあり,医師の見解が分かれていること自体か
らみても,いずれも胸部CT写真の有用性が生かされる境界事例といえ
る。そして,M医師は,胸部CT写真の読影において,標準写真集に収
録されている第0型及び第1型のCT写真と比較し,特に血管の走り方
を確認する等しながら,血管影と粒状影との区別を意識して読影したこ
91
とが認められる(証人M医師)。このような胸部CT写真の読影の仕方
は,前記で認定したCTの有用性に係る医学的知見に適合するものとい
える。また,M医師は,中央じん肺診査医を務め,厚生労働省の標準写
真集検討会の座長も歴任するなど,じん肺診断に関する知見を十分に有
する医師であり,じん肺診断に関する臨床経験も豊富である。
そうすると,M医師の胸部CT写真の読影結果には相応の信用性が認
められるというべきであるから,同医師の鑑定意見に照らせば,原告A
については,管理区分2に相当するじん肺に罹患していることについて
合理的な疑いを容れる余地があるといわざるを得ない。
これに対し,原告らは,M医師らは,いったんは粉じん斑等について
画像診断が可能と断言した(乙A217)が,亡Eの病理所見を見て画
像診断が困難な場合もあると意見を後退させる(乙A239)など不合
理に意見を変遷させている旨主張する。しかし,原告らが指摘する部分
は,1~2mmの粉じん斑等についての診断可能性を言ったり,小さな
病変の画像診断が困難なことを言うなど,文脈をみれば,矛盾等という
ほどのものとはいえず,その他の点を含め,本件において採用する範囲
において,M医師らの意見等が不合理とはいえず,その他信用性を否定
すべき点があるとは認められない。
一方,L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見(甲A69)において,
初回認定時の胸部エックス線写真で1/0相当の,近時の胸部エックス
線写真で1/1p相当の粒状影が認められ,胸部CT写真でもこれに相
応する所見が認められるから,1型相当のじん肺に罹患していると考え
られると述べ,証人尋問においても同旨の証言(証人L医師)をする。
そこで,L医師の上記鑑定意見について検討するに,L医師もM医師
と同様,職業性呼吸器疾患の専門的な医師として,主に主治医としてじ
ん肺診断に関わっており,長年にわたる豊富な臨床経験を有する。また,
92
L医師は,M医師と同じ胸部エックス線写真及び胸部CT写真を読影し,
鑑定意見を作成している。
もっとも,L医師は,標準写真集にCT画像が付加された理由は医学
的見地によるものではない等として,じん肺の診断におけるCT写真の
有用性を認めない見解に立つものと解される。しかしながら,前記認定
のとおり,胸部CT写真の有用性については医学的知見として確立して
いるということができる上,標準写真集において胸部CT写真が付加さ
れたのは,判断のばらつきが少ないなどのCTの有用性を理由とするも
のであることに照らすと,L医師の上記見解が一般的なものとは解し難
い。また,L医師は,胸部CT写真について,じん肺の存在を積極的に
裏付ける場合にだけ補完的に用いる旨を述べ,これは通達等(甲A90,
91,96)にも沿った姿勢である旨証言するが,通達等に対する上記
解釈は相当とは解されず,前示のとおりCTが境界事例の鑑別に有用で
ある旨の医学的知見があることに照らしても,同医師の上記意見は了解
し難い。このようなL医師の胸部CT写真に対する見解や姿勢(上記証
言のほか,甲A75)に加え,後述のとおりL医師の読影につき血管影
との区別の根拠が必ずしも明確でないことや,じん肺所見を指摘した部
位が意見書と証人尋問時とで一致しないことにつき,血管との区別など
の観点からわかりやすい粒状影を指摘したとの説明はあるものの,明ら
かな画像所見を指摘するのが望ましいという要請は意見書と証人尋問時
とで特に異なるとは思われないことなども考慮すれば,同医師の胸部C
T写真の読影結果については,直ちに採用し難い。
また,L医師の胸部エックス線写真の読影方法については,以下のよ
うな疑問がある。すなわち,L医師は,第1型の非典型けい肺と診断し
た者については,標準フィルムの「その他のじん肺」(主に活性炭)及
び標準写真集の「その他の陰影」(主に第2型のい草)を用いた旨述べ
93
るところ,本件で問題となる遊離けい酸濃度が低い鉱物等により生じる
混合粉じん性じん肺のエックス線写真像は,前述のとおり一般的に上肺
野優位の粒状影で,小さく濃度が低く,写真上,不鮮明な陰影と認めら
れるというものであり,濃度が低く,不鮮明な陰影となるなどの特徴を
有するとはいえ基本的には標準写真集の「粒状影」に該当するものと解
される。しかるに,本件とは明らかに吸入粉じん種類の異なる写真を用
いることには,粉じん作業についての職歴調査の結果等を踏まえた上で
適切な標準フィルムないし標準写真を選択するという手順(甲A1)に
整合しない疑いがある。これに対し,原告らは,い草染土の遊離けい酸
濃度が20%前後であり低濃度けい酸による非典型けい肺であるとして
(甲A151),い草の標準写真を用いることの正当性を主張するが,
い草によるじん肺は通常のけい肺結節形成はなく,胸部画像上,肺野の
小葉中心性で小粒状陰影は辺縁が不明瞭でスリガラス様を呈し,淡く薄
いとの特徴を有するなど,金属鉱山の坑内作業による混合粉じん性じん
肺と異なることが窺われる(甲A153)ことからしても,L医師の上
記見解は採用し難い。他にも,L医師は,平成23年10月より前に撮
影されたものについては標準フィルムを,それより後のものは標準写真
集を用いたと述べるが,対象写真の撮影時期によって標準フィルムと標
準写真集を使い分ける根拠は明らかではない。
そうすると,L医師の胸部エックス線写真の読影結果についても,上
記の点を考慮せざるを得ず,第1型相当のじん肺罹患が認められるとの
L医師の意見を直ちに採用することはできない。すなわち,L医師の読
影結果をもって前記のM医師の読影結果を排斥することはできず,した
がって,原告Aにつき,管理2に相当するじん肺罹患との推認を動揺さ
せるに足る反証がなされているといわざるを得ない。
もっとも,管理区分決定は,本来,行政手続上,多数のじん肺罹患者
94
を分類して一律の処遇をするためのものであることを踏まえれば,かか
る反証により,管理2に相当するじん肺罹患とは認められないからとい
って,当然に粉じん曝露による病変やこれによる健康被害が存在しない
ことまでを意味するものではない。また,胸部レントゲン写真及びCT
写真による病変の検出にも限界があることからすれば,原告Aの肺内に
粉じん曝露による線維結節性変化などの病変が存在しないとまで認めら
れるものでもない。
そして,原告Aが長年管理2の認定を受け続けていることに加え,長
期間の粉じん職歴を有していること,証拠(甲B1の4)によれば,咳
や痰,息切れ等の症状が出ていると認められること,続発性気管支炎の
認定を受けており,長年の健康診断や受診等によっても,じん肺罹患に
関する管理区分の変更や労災保険給付支給の取消しをされていないこと
等に基づけば,およそじん肺及びこれに類する所見がなく,今後じん肺
症状が顕在化する危険性がないとはいい難い。そうすると,原告Aにつ
いては,管理2に相当するじん肺に罹患しているとは認められないもの
の,少なくとも,これに至らない程度の線維結節性変化が存在し,ある
いは今後線維結節性変化に進展する可能性のある病変が肺内に存在する
と認めるのが相当である。
イ亡B
亡Bは,別紙1のとおり,昭和56年9月に管理2,平成26年10
月に管理3ロ(甲B2の1),平成27年11月に管理4の決定を受け,
同月29日に死亡した。
亡Bについては,胸部CT写真の証拠提出がないため,じん肺罹患の
有無の判断は胸部エックス線写真のみによることになる。
この点,L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見において,初回認定時
(昭和56年7月撮影)の胸部エックス線写真では,若干見えにくいも
95
のの1/0ないし1/1相当の,近時(平成4年6月撮影)の胸部エッ
クス線写真では2/1p相当の粒状影が認められるから,2型相当のじ
ん肺に罹患していると考えられると述べ,証人尋問においても同旨の証
言(証人L医師)をする。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,初回
認定時の胸部エックス線写真でも直近の胸部エックス線写真でも,じん
肺に相応する所見が認められないから,じん肺の所見は認められず,今
後顕在化する可能性は極めて低いと述べる。
しかしながら,前記のとおり,M医師が胸部エックス線写真の読影に
おいてじん肺の所見が認められないと結論付けたことだけでは,管理区
分決定の信用性を疑わせ,じん肺罹患の推認を覆すに足りるものではな
い。また,そもそも亡Bの胸部エックス線写真は直近でも平成4年のも
のであるため,仮に同年当時のエックス線写真上じん肺所見の有無につ
いて問題があるとしても,亡Bが長年粉じん職場において勤務していた
ことに照らせば,その後じん肺罹患が顕在化し,悪化していった可能性
が高いというべきである。さらに,M医師は鑑定意見において,じん肺
所見ではないものの,両側上肺野に不整形の陰影が認められ,(肺の)
容量の減少が認められる旨述べているところ,この点に関し証人尋問に
おいて,何か炎症の痕だろうとは思うものの,はっきりとは分からず,
断定することはできない旨述べていることにも照らせば,M医師の上記
読影結果をもって,亡Bのじん肺罹患を否定することはできない。
以上の検討によれば,亡Bは,認定された管理区分のとおり,じん肺
に罹患し,その後進展して管理4相当の状態に至ったものと認めるのが
相当である。
ウ原告C
原告Cは,別紙1のとおり,昭和60年8月に管理2の決定を受けて
96
おり,以後,その変更はない。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,初回認
定時の胸部エックス線写真でも直近時の胸部エックス線写真でもじん肺
に相応する陰影は認められず,胸部CT写真でもじん肺に相応する陰影
は認められないから,じん肺の所見は認められず,今後顕在化する可能
性は極めて低いと述べる。
前記のとおり,M医師が胸部エックス線写真の読影においてじん肺所
見を否定しているだけでは,管理区分決定の信用性を合理的に疑わせる
に足りないものの,同医師の胸部CT写真の読影は相応の信用性が認め
られることに照らせば,原告Cについては,管理区分2に相当するじん
肺に罹患していることについて合理的な疑いを容れる余地があるといわ
ざるを得ない。
一方,L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見において,初回認定時
の胸部エックス線写真で1/0p相当の,直近時の胸部エックス線写真
で1/1p相当の粒状影が認められ,また,胸部CT写真でも右肺吻側
及び左肺中央部分に粒状影が多いという,上記直近時の胸部エックス線
写真と相応する所見が認められるから,1型相当のじん肺に罹患してい
ると考えられると述べ,証人尋問においても同旨の証言(証人L医師)
をする。
しかしながら,上記のとおり,L医師の胸部エックス線写真及び胸部
CT写真の読影結果は慎重に評価すべきである上,証人尋問において,
鑑定意見(甲A69)とは異なる位置に粒状影が認められると述べるな
ど,その信用性には若干疑問がある。そうすると,L医師の読影結果を
もって前記のM医師の読影結果を排斥することはできず,管理2に相当
するじん肺罹患との推認を動揺させる反証がなされているものといわざ
るを得ない。
97
もっとも,原告Cは,管理2の認定を受け続けてきた上,長期間の
粉じん職歴を有していること,証拠(甲B3の4)及び弁論の全趣旨に
よれば,同原告には息切れや咳,痰など,息切れなど,肺機能の低下を
示す症状が顕れていると認められること等に鑑みれば,原告Aに関して
述べたところと同様,およそじん肺及びこれに類する所見がなく,今後
じん肺症状が顕在化する危険性が全くないとはいい難い。
そうすると,原告Cについても,原告Aと同様,管理2に相当するじ
ん肺に罹患しているとは認められないものの,少なくとも,これに至ら
ない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線維結節性変化に進
展する可能性のある病変が肺内に存在すると認めるのが相当である。
エ原告D
原告Dは,別紙1のとおり,昭和54年2月に管理2の決定を受け
ており,以後,その変更はない。
L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見において1型相当であると結論
付け,その理由として,両中肺野に辺縁の明瞭な粒状影及び両肺門部に
卵殻上石灰化があるから典型けい肺であると述べると共に,胸部CT写
真において,両肺の吻側(腹側)に粒状影が認められること,右肺側の
線状影は不整形陰影の初期と思われ,また,石灰化所見が見られること
を指摘する。そして,L医師は,証人尋問においても同旨の証言をする。
一方,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,初回認定時
の胸部エックス線写真(乙B4の1の4)及び直近時の胸部エックス線
写真(乙B4の1の1)のいずれも0/1であり,両側上肺野にわずか
に粒状影の存在が疑われるが,明瞭ではないと述べ,胸部CT写真のう
ち平成26年5月に撮影したもの(乙B4の1の2)についても同様の
意見を述べる。また,胸部CT写真のうち,平成26年8月に撮影した
もの(乙B4の1の3)については,両側上肺野背側部にわずかに粒状
98
影が認められるとともに,右上肺野に胸膜肥厚,中下肺野右側背側に炎
症性変化が認められると述べる。これらを基に,M医師は,原告Dにつ
いては,0/1でわずかに粒状影は認められるが,第1型に至らず,第
0型である旨結論付けている。
そうすると,結論として第0型の意見を示すものとはいっても,M
医師においても,原告等のうち原告Dについては,わずかであれ粒状影
の存在に言及したり,炎症性変化や胸膜肥厚にも言及したりしているも
のであり,CT画像検査の読影においても読影者によりある程度のばら
つきが避けられないものであることを考慮すると,かかる読影結果は,
管理区分決定の信用性を動揺させるものとは評価し難い。
したがって,原告Dが長年粉じん職場において従事してきたこと,管
理2の決定を受け続けてきたことなども併せ考慮の上,原告Dは,管理
2相当のじん肺に罹患していると認めるのが相当である。
オ亡E
亡Eは,別紙1のとおり,昭和60年8月に管理2の決定を受け,以
後その変更はなく,平成28年12月28日に死亡した。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,胸部エ
ックス線写真及び胸部CT写真のいずれについてもじん肺に相応する陰
影は認められず,じん肺の所見は認められない(第0型)との意見を述
べている。
前記のとおり,M医師が胸部エックス線写真の読影においてじん肺所
見を否定しているだけでは,管理区分決定の信用性を合理的に疑わせる
に足りないものの,同医師の胸部CT写真の読影は相応の信用性が認め
られることに照らせば,亡Eについては,管理区分2に相当するじん肺
に罹患していたことについて合理的な疑いを容れる余地があるといわざ
るを得ない。
99
一方で,L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見において,胸部エッ
クス線写真でも胸部CT写真でも1/0p相当のじん肺陰影が認められ
るとして,1型のじん肺に罹患しているとの意見を述べるものの,L医
師の胸部エックス線写真及び胸部CT写真の読影結果は慎重に評価すべ
きであり,この点の証言等にも若干疑問があることなどから,L医師の
読影結果をもって前記のM医師の読影結果を排斥することはできないこ
とは,前述のとおりである。
原告らは,亡Eが管理2相当のじん肺に罹患したことを裏付けるもの
として,亡Eの残存肺について病理診断を行ったO医師の鑑定意見(甲
A87,114)を提出し,同医師の証言もこれに沿う。そこで,O医
師の鑑定意見について以下検討する。
aO医師は,まず,肺の表面及び割面の写真及び肺組織の顕微鏡標本
を観察し,健康な肺よりも黒色斑が多数かつ高密度に存在し,顕微鏡
標本でも黒色斑が確認でき,しかも線維化を伴っていたことから,軽
度な部類には属するものの,多数のじん肺結節(MDF)が存在する
とされると結論付けた(甲A87)。これに対し,P医師から反対の
見解(乙A238)が出されたことを受け,O医師は,改めてホルマ
リン固定肺を観察した上,新たに肺の一部を追加で切り出して顕微鏡
標本を作製し,じん肺病変の有無を確認したところ,触診で左肺上葉
に硬結を触れたと述べている。また,標本からは2㎜弱の結節病変が
認められ,これは静脈周囲結合織に隣接するリンパ装置に形成された
病変と判断すると共に,別の標本には2㎜弱の多数の黒色粉じん沈着
を伴う境界明瞭な線維性結節が見られ,MDFと判断している。さら
に,O医師は,亡Eの一部の気管支腺が軟骨外に及んでいる部位が見
られ,気管支腺の過形成が確認できたが,これは喫煙ではなくじん肺
の影響によるものであり,続発性気管支炎の罹患を否定できないと結
100
論付けている(甲A114)。
b上記のO医師の鑑定意見に対し,P医師は鑑定意見(乙A238,
260)において,以下のとおり反対意見を述べる。
すなわち,亡Eの両肺の実物について,触診では硬結に触れること
はなく,結節は認められないし,線維化のような硬い病変なども見ら
れないことから,じん肺結節は認められず,仮に存在するとしてもご
く初期段階のものである。また,顕微鏡標本について,いずれの部位
も粉じん斑の沈着がわずかに認められるものの,気道炎の所見は認め
られず,続発性気管支炎の存在を示唆する所見はない。最終的な鑑定
結果としては,MDPのうち粉じん斑のみからなる極めて軽微又はご
く初期のじん肺病変が認められるものの,それ以上のものは認められ
ないし,続発性気管支炎の存在を示唆する所見も認められない。軽度
の肺気腫は存在するが,これは粉じん及び喫煙の双方が原因と考えら
れ,じん肺に起因するものではない(乙A238)。
O医師の追加意見(甲A114)に対し,リンパ節における結節の
存在はじん肺病変とはみなされないし,線維性の結節は認められず,
また,気管支腺は正常なものでも軟骨の外にまで見られることがしば
しばあるから,これだけで気管支腺の過形成はいえず,同医師の追加
意見も誤っている(乙A260)。
c上記O医師の鑑定意見について検討するに,たしかに,証拠(甲A
87,証人O医師)によれば,同医師は,これまで豊富な病理医とし
ての経験を有し,肺の剖検も多数実施してきたことが認められる。
しかしながら,O医師は,じん肺そのものの剖検例はさほど多くは
ない上,最初の鑑定(甲A87)の際には,肺の触診をしていない点
で不十分な鑑定手法であったといわざるを得ない。また,O医師は,
鑑定意見では多数のじん肺結節が存在すると述べるものの,証人尋問
101
では,鑑定の対象とした標本に2個のMDF(線維化の弱い混合型粉
じん性線維化巣)を認めたことから,肺全体を評価すれば多数あった
だろうと推測されるという趣旨である,ただし,1個については線維
化を伴わない粉じん斑と診る医師もいるかもしれない旨述べたり,鑑
定意見では管理区分(管理2)とは矛盾しないと述べながら,証人尋
問では具体的なじん肺の判断基準は知らないと述べたりする等,内容
を後退させており,結局のところ,剖検の結果として管理2に相当す
るじん肺所見が存在したと直ちに認めるに足りるものではない。さら
に,O医師は鑑定意見(甲A114)において,リンパ装置に形成さ
れたけい肺結節病変が見られ,これは低濃度珪酸じん肺の病理所見が
認められるとした初回の鑑定結果(甲A87)を補強するとしている
が,証拠(乙A260)によれば,病理組織学上,じん肺結節は肺の
組織であり,リンパ装置とは別物であるため,リンパ装置の結節はじ
ん肺病変とはみなさないとされており,このことは証人尋問において
同医師も自認するところである(証人O医師)。
このように,O医師の鑑定意見(甲A87,114)は,健康な人
や通常の喫煙者と比べて強い粉じん斑が認められ,MDFか線維化を
伴う粉じん斑といえる所見が認められたというものと解されるが,線
維化所見についてはこれに反するP医師の意見があり,O医師の上記
意見は相反するP医師の意見を直ちに排斥するに足るものとはいえな
い。そうすると,上記の線維化所見や,これを基礎として,じん肺結
節などの線維化所見が多数認められるとして管理2に相当するじん肺
所見を認める旨のO医師の鑑定意見は,採用することができず,亡E
の管理2に相当するじん肺罹患を積極的に裏付けるものとは評価する
ことができない。
以上検討したところによれば,亡Eは,管理2に相当するじん肺に罹
102
患していたとの推認が及ぶとはいい難い。もっとも,原告Eの協力が得
られず,当初提供された肺標本のみに基づいて鑑定意見を提出したもの
ではあるものの,P医師の見解によっても粉じん斑が確認され,ごく初
期とはいえじん肺所見を認めるというのである。このことと,亡Eが管
理2の決定を受け続けていたことに加え,証拠(甲B5の5,原告E本
人)によれば,亡Eは,生前,咳や痰,息切れなどの肺機能の低下を示
す症状を呈していたことが認められること等からすれば,少なくとも,
管理2に至らない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線維結
節性変化に進展する可能性のある病変が肺内に存在していたと認めるの
が相当である。
なお,亡Eの死因についての医学的な証拠の提出はないが,証拠
(甲B5の5,原告J)によれば,亡Eは,胆石を取る手術をする予定
で入院していたところ,容体が急変して亡くなったものと認められるこ
と,証拠(乙A238)によれば,P医師は,亡Eの肺の標本を観察し
たところ,軽度ながら食物残渣の誤嚥が気道内に認められ,死亡直前の
出来事と思われる旨の意見を述べていることからすれば,少なくともじ
ん肺に起因する死亡ではなかったと認められるから,亡Eの死亡の事実
は上記認定評価を覆さない。
カ亡F
亡Fは,別紙1のとおり,昭和63年8月に管理2の決定を受け,以
後,その変更はなく,平成29年8月29日に死亡した。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,胸部エ
ックス線写真及び胸部CT写真のいずれについてもじん肺に相応する陰
影は認められず,じん肺の所見は認められない(第0型)との意見を述
べる。
前記のとおり,M医師が胸部エックス線写真の読影においてじん肺
103
所見を否定しているだけでは,管理区分決定の信用性を合理的に疑わ
せるに足りないものの,同医師の胸部CT写真の読影は相応の信用性
が認められることに照らせば,亡Fについては,最新の胸部CT写真
撮影時点である平成27年8月ころ,管理区分2に相当するじん肺に
罹患していたことについて合理的な疑いを容れる余地があるといわざ
るを得ない。
一方で,L医師は,別紙7のとおり,鑑定意見において,初回認定時
及び近時の胸部エックス線写真のいずれも1/0p相当のじん肺陰影が
認められ,胸部CT写真でも両肺に粒状影が認められるとして,1型の
じん肺に罹患しているとの意見を述べ,証人尋問においても概ね同旨の
証言をする。
しかしながら,L医師の読影結果をもって前記のM医師の読影結果を
排斥することはできないことは,前述のとおりである。
もっとも,亡Fは,管理2の決定を継続して受けていたこと,長期
間の粉じん職歴を有していること,平成23年1月に続発性気管支炎の
認定を受けていること,証拠(甲B6の4)及び弁論の全趣旨によれば,
陳述書作成当時(平成27年7月),亡Fには息切れや咳,痰など,息
切れなど,肺機能の低下を示す症状が顕れていたこと,後述するように,
亡Fは平成28年10月に原発性肺がんに罹患していることが判明した
こと等に鑑みれば,およそじん肺及びこれに類する所見がなく,今後じ
ん肺症状が顕在化する危険性がなかったとまではいい難い。
そうすると,亡Fについては,管理2に相当するじん肺に罹患してい
たとはいえないものの,遅くとも平成27年ころ,管理2に至らない程
度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線維結節性変化に進展する
可能性のある病変が既に肺内に存在したと認めるのが相当である。
なお,平成28年以降に肺がんの疑いやその治療の目的で検査,診断
104
された飛騨市民病院及び富山大学附属病院における亡Fの画像診断結果
に小陰影の記載がない(乙B6の12の2・1028頁,乙B6の1
1・39頁)ことは,その検査目的に照らし,いずれも上記の認定評価
を左右しない。
キ原告G
原告Gは,別紙1のとおり,昭和63年8月に管理2の決定を受けて
おり,以後その変更はない。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり鑑定意見において,胸部
エックス線写真及び胸部CT写真のいずれについても,じん肺に相応す
る陰影は認められないから,じん肺の所見は認められず,今後顕在化す
る可能性は極めて低いと述べる一方,L医師は,別紙7のとおり,鑑定
意見において,初回認定時の胸部エックス線写真で0/1p相当の,直
近時の胸部エックス線写真で1/0p相当の粒状影が認められ,また,
胸部CT写真では両肺の辺縁部に粒状影が認められ,特に右肺の辺縁部
に粒状影が多く認められるなどとして,1型相当のじん肺に罹患してい
ると考えられると述べ,証人尋問においても同旨の証言(証人L医師)
をする。
しかるところ,M医師の胸部CT写真の読影は相応の信用性が認めら
れることに照らせば,原告Gにおいて,管理区分2に相当するじん肺に
罹患していることについて合理的な疑いを容れる余地があり,L医師の
読影結果をもって前記のM医師の読影結果を排斥することはできないこ
とは,いずれも前述のとおりである。
もっとも,原告Gは管理2の認定を受け続けている上,長期間の粉じ
ん職歴を有していること,証拠(甲B7の4,原告G本人)及び弁論の
全趣旨によれば,同原告は,息切れや咳,痰など,肺機能の低下を示す
症状を呈していることが認められること等に鑑みれば,およそじん肺及
105
びこれに類する所見がなく,今後じん肺症状が顕在化する危険性がない
とまではいい難い。
そうすると,原告Gについても,管理2に相当するじん肺に罹患して
いるとはいえないものの,少なくとも,管理2に至らない程度の線維結
節性変化が存在し,あるいは今後線維結節性変化に進展する可能性のあ
る病変が肺内に存在すると認めるのが相当である。
ク原告H
原告Hは,別紙1のとおり,昭和46年3月に管理1(現行のじん
肺法の管理区分2に相当。以下,便宜上「管理2」と記載する。)の決
定を受けており,以後その変更はない。
これに対し,M医師は,別紙8のとおり,鑑定意見において,胸部
エックス線写真及び胸部CT写真のいずれについても,じん肺に相応す
る陰影は認められないから,じん肺の所見は認められず,今後顕在化す
る可能性は極めて低いと述べる一方,L医師は,別紙7のとおり,鑑定
意見において,初回認定時の胸部エックス線写真で0/1程度の粒状影
を認め,また,直近時の胸部エックス線写真では1/0p相当の粒状影
が認められ,また,胸部CT写真でも両肺に粒状影が認められるとして,
上記直近時の胸部エックス線写真と相応する所見が認められるから,1
型相当のじん肺に罹患していると考えられると述べ,証人尋問において
も同旨の証言(証人L医師)をする。
しかるところ,M医師の胸部CT写真の読影は相応の信用性が認めら
れることに照らせば,原告Gにおいて,管理区分2に相当するじん肺に
罹患していることについて合理的な疑いを容れる余地があり,L医師の
読影結果をもって前記のM医師の読影結果を排斥することはできないこ
とは,いずれも前述のとおりである。
もっとも,原告Hは管理2の認定を受け続けている上,長期間粉じ
106
ん職歴を有していること,証拠(甲B8の4)及び弁論の全趣旨によれ
ば,同原告は,息切れや咳,痰など,肺機能の低下を示す症状を呈して
いることが認められること等に鑑みれば,およそじん肺及びこれに類す
る所見がなく,今後じん肺症状が顕在化する危険性がないとまではいい
難い。
そうすると,原告Hについても,管理2に相当するじん肺に罹患して
いるとはいえないものの,少なくとも,管理2に至らない程度の線維結
節性変化が存在し,あるいは今後線維結節性変化に進展する可能性のあ
る病変が肺内に存在すると認めるのが相当である。
3争点2⑵(じん肺による健康被害・合併症等の有無)について
⑴続発性気管支炎の罹患について
ア続発性気管支炎について
続発性気管支炎の意義については別紙6のとおりであり,持続性のせき,
たんの症状を呈する気道の慢性炎症性変化はじん肺の病変として,一般的
には不可逆性の変化と考えられるが,上記の病変に細菌感染等が加わった
状態は一般に可逆性であり,積極的な治療を加える必要があるとして,こ
のような病態をじん肺法では,続発性気管支炎と呼称し,法定合併症に定
めたものである(甲A1)。
続発性気管支炎による咳,痰による症状は,じん肺の主要な症状の1つ
とされている。ただし,喀痰に常に多量の細菌を認める場合も,またほ
とんど常に認めない場合もあるとの指摘もある(乙A171)。
イ罹患の有無についての判断枠組みについて
前記前提事実2⑹イのとおり,管理区分手続において,労基署は,管理
2又は3の決定を受け,法定合併症の認定を受けていない者から労災保険
給付支給の請求があった場合,管理区分決定通知書又はその写し,粉じん
職歴,管理区分,決定の根拠となったじん肺健康診断結果等を確認し,合
107
併症に係る審査を行い,原則として地方じん肺診査医の意見に基づき法定
合併症についての認定をするとされている。また,法定合併症の認定を受
けた者から請求があった場合は,上記同様の事項を確認し,健康診断を行
った日に当該合併症が発病したものとみなすとされているが,この場合に
は,一般の医師と地方じん肺診査医による法定合併症への罹患の有無に係
る判断が示される。
このように,法定合併症による労災保険給付の支給決定には,その過程
に複数の医師が関与し,医学的な観点からの検討を経ている上,また,
上記判定に用いられるじん肺診査ハンドブックには,法定合併症の詳細
な要件・認定手続が定められ,度々,その当時の知見や研究成果を踏ま
えたものに改訂されていることからすれば,一般的に医学的な合理性を
有するものというべきである。
そして,法定合併症の認定を受けた者は,療養開始から1年6か月を経
過した後は,毎年の定時報告として,医師の診断書等を提出することに
なっている(労災保険法施行規則19条の2)。
また,法定合併症のうち続発性気管支炎及び続発性気管支拡張症は,そ
れらの発症の原因となるじん肺病変が不可逆性であることから,一般に
症状の消長が繰り返されることが予測されるので,症状の出現期におい
ては要療養とし,消退期においては療養の中断として取扱い,治癒の判
断には特に慎重を期することとされており(改正じん肺法の施行による
じん肺の合併症についての労災請求に係る事務処理につき発出された労
働省労働基準局補償課長及び労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長
の都道府県労働基準局長宛て「じん肺の合併症に係る療養等の取扱につ
いて」と題する事務連絡文書,甲A77),臨床現場においても6か月
ないし1年といった相当期間治療を打ち切って経過観察をした後に治癒
の判断がされていることが窺われる(甲A75,76)。
108
以上の事実に照らせば,管理2又は3の決定を受け,合併症による労災
保険給付の支給決定がされたという事実は,当該法定合併症の罹患を推
認させるというべきであり,法定合併症である続発性気管支炎の罹患に
ついても,上記推認を覆すに足りる反証がなされない限り,支給決定の
時点での罹患の事実を認めるのが相当である。また,続発性気管支炎の
認定を受けて労災保険給付の支給を受けた後,支給を中止されることな
く継続されている者については,支給決定を受けた時点から現在に至る
まで,継続的に続発性気管支炎に罹患していたか,少なくとも治癒には
至っていないこと,また,死亡した者については,死亡時まで罹患して
いたか,少なくとも治癒には至っていなかったことが,反証のない限り
推認されるというべきである。
ウ個々の原告等の罹患の有無について
別紙9のとおり,亡Bを除く原告等は,いずれも続発性気管支炎の認
定を受け,労災保険給付の支給決定を受けており,現在まであるいは死
亡時までに支給を中止された者がいるとは認められない。
これに対し,被告らは,原告等において,続発性気管支炎の根拠と
なる最近の喀痰検査の測定データが少なく,継続的に喀痰検査が実施さ
れていない例も多く,喀痰細菌検査も全く実施されておらず,医師が気
道感染のコントロールに苦慮する様子も確認できないとして,そもそも
いずれも続発性気管支炎に罹患していなかった旨主張し,M医師はこれ
に沿う鑑定意見(乙A166)を述べ,同旨の証言をする(証人M医
師)。
しかしながら,証拠(甲A74ないし76,122,証人L医師)及
び弁論の全趣旨によれば,続発性気管支炎の治療については統一的な治
療方針があるわけではなく,医師ごとに治療方針は異なり得ること,基
本的には対症療法が中心で,抗生剤の投与が必須とまではいえないこと,
109
マクロライド系の抗生剤の効果については評価が分かれることが認めら
れる。
しかも,前記認定のとおり,続発性気管支炎の認定を受けた原告等は
いずれも,毎年の定時報告として医師の診断書等の提出をしなければな
らないところ,その際に喀痰検査を受けていることが認められる(乙B
1の2,3の2,4の2の1及び2,5の2,6の2,7の2,8の2
の1及び2)上,いずれの原告等も労災保険給付が中止されていないこ
とも併せ鑑みれば,続発性気管支炎の診断基準を満たしているものとい
うべきである。
よって,被告らの上記主張は採用することができない。
原告Dについて
原告等のうち原告Dは,前記2⑶エで認定したとおり,管理2相当の
じん肺に罹患していると認められるところ,上記アの説示に照らせば,
労災保険給付の支給決定を受けた平成24年8月1日の時点において,
続発性気管支炎に罹患し,現在も罹患していると認めるのが相当である。
原告A,同C,亡E,原告G,同Hについて
他方で,上記原告等は,前記2⑶で認定説示したとおり,いずれも管
理2相当のじん肺に罹患しているとは認められないため,じん肺法上の
続発性気管支炎に罹患しているとはいえない。
もっとも,同原告等は,続発性気管支炎に係るそれ以外の診断基準は
満たしており,粉じん職場における長期間の粉じん曝露により,少なく
とも管理2に至らない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線
維結節性変化に進展する可能性のある病変が肺内に存在すると認められ
ることに加え,いずれも,咳や痰等の症状や労作時の息切れ等の症状を
訴えていることに照らせば,粉じんが相当程度関与して生じた気道の慢
性炎症性変化を生じているものと認めるのが相当であり,続発性気管支
110
炎に類する症状を生じている,あるいは死亡当時までに生じていたと認
めることができる。
⑵原発性肺がんの罹患及びじん肺死について(亡F)
ア亡Fは,前示のとおり,遅くとも平成27年ころには,少なくとも,管
理2に至らない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線維結節
性変化に進展する可能性のある病変が肺内に存在したものと認められる
上,証拠(甲B6の5ないし10,乙B6の2ないし13〔枝番を含む。
なお,乙B6の10は欠番〕)及び弁論の全趣旨によれば,亡Fは,平
成23年1月から,月1回程度の頻度で飛騨市民病院を受診していたこ
と,同月25日を療養開始日として続発性気管支炎の認定を受けたこと,
平成28年10月に同病院を受診した際に胸部CT写真を撮影したとこ
ろ,右肺門部に腫瘤影を認めたため,同月,富山大学付属病院を受診し
て検査を受けたところ,小細胞がんが判明したこと,その後,同病院へ
の入退院を繰り返しながら治療を続けていたが,徐々に肺がんの進行に
より全身状態が悪化し,平成29年8月29日に死亡したこと,亡Fの
直接の死因は原発性肺がんであったこと(富山市民病院S医師作成の意
見書・甲B6の7),高山労働基準監督署は調査を行い,亡Fの死亡と
じん肺及び肺がんには相当因果関係が認められ,業務上の疾病であると
判断し,死亡に関する労災保険(遺族補償年金等)の給付を決定したこ
とがそれぞれ認められる。
よって,上記の経過に照らせば,亡Fは,じん肺を基礎として原発性肺
がんを発症し,それを原因として死亡したと認めるのが相当である。
イ被告らは,亡Fはじん肺に罹患していないから,じん肺死とは認められ
ない旨主張する。たしかに,前記認定によっても,亡Fに認められるの
は管理2に至らない程度の線維結節性変化,あるいは今後線維結節性変
化に進展する可能性のある病変であり,亡Fの病状の進行がじん肺に罹
111
患した者の一般的な病状の進行に比べやや早いとも思われる。しかしな
がら,病状の進行は,個人の体質や体調,生活習慣や周囲の環境等に応
じて様々であると考えられるし,上記経過に照らせば,じん肺を原因と
して死亡に至るまでの経過が不自然とはいえない。
よって,被告らの上記主張は採用することができない。
ウまた,被告らは,亡Fの喫煙歴の影響を指摘するが,後述するとおり,
過失相殺等で考慮されるべき事情である。
⑶なお,肺機能障害について,原告らは,医師の総合判断の結果,原告等全
員がF(+)の結果だったのであるから,じん肺による肺機能障害があると
主張し,これを独自の健康被害として主張する。しかしながら,別紙8「M
医師の鑑定意見」(乙A166)によれば,M医師は,原告C,亡F及び原
告GのみF(+)であり,その余の原告等についてはいずれもF(-)で肺
機能障害はないと判定している上,肺機能検査が被験者や検査者の主観にも
左右されるものであることも併せれば,原告等が客観的にどの程度の肺機能
障害を負っているのか明確には判断できない。また,そもそも管理区分制度
においては,著しい肺機能障害があるとされて管理4とされる以外には,肺
機能障害の有無が管理区分の決定において考慮されないことも併せ鑑みれば,
肺機能検査結果により判定された肺機能障害があることのみを抽出して,じ
ん肺所見の進行程度に応じた管理区分やこれに伴う合併症等とは別に,独自
に健康被害として論じるのは相当ではないというべきである。
4争点2⑶(損害額)について
⑴包括一律請求について
ア原告らは,不可逆性や進行性等のじん肺の特性やじん肺患者の深刻な被
害状況等から,原告等の苦痛を慰謝するために必要な賠償額はそれぞれ
3000万円を下らないとして,原告等全員につき一律に同額の慰謝料
を請求する,いわゆる包括一律請求をしている。
112
これに対し,被告らは,各原告等の症状や状況に応じて個別に損害を認
定すべきであることを主張し,また,過去の裁判例において包括一律請
求が認められたのは,管理2であっても,管理3や管理4といったより
重篤な症状へと必然的に進行する途中経過という位置付けにある者であ
るところ,本件の原告等は管理2の初回決定から長期間不変であること
を指摘して,包括一律請求は妥当でない旨主張する。
イそこで,本件において,一切の損害を含むものとして類型化された慰謝
料をもって,包括一律請求をすることの当否をみるに,原告等はいずれ
も金属鉱山における長期間の粉じん曝露という同一原因によりじん肺を
発症したことに基づく損害を主張するという共通性を有し,被害内容は
ある程度類型化することができるものである。一方で,じん肺の病態の
性質上,被害が長期間にわたり継続するものであり,進行も想定される
ものであることから,個別の損害項目による損害を主張するときは,損
害立証が相当煩雑となることが考えられる。このような場合に,原告ら
が,原告等に生じた一切の損害を包括的に考慮した上で,類型化した慰
謝料額をいわゆる全部請求として請求することも,それが本来請求しう
るであろう損害の範囲に抑えられ,損害を増減しうる類型化し難い事情
については個別に主張しうるものとする限り,請求には合理性があり,
かつ被告らに不当な不利益を課すものでもない。
したがって,本件において,原告らが一切の損害を包括的に考慮した上
で,類型化した慰謝料額をもって,包括一律請求をすることは許される
というべきである。
ウさらに,原告らは,原告等全員につき一律同額の慰謝料額を請求すると
ころ,たしかに,原告らの主張するとおり,前記前提事実2⑶ウのとおり,
一般的なじん肺の特性として不可逆性や進行性が挙げられる。
しかし,他方で,証拠(乙A160,161)によれば,胸部エックス
113
線写真上,初回受診時のじん肺所見が第1型(PR1)の者については
相当多くの割合で進行が見られず,同型に止まっていること,また,離
職後15年以上経過してから観察を開始した者については,その内の僅
かにしか進行が見られなかったことが認められ,M医師らの鑑定意見
(乙A170・76頁)も考慮すれば,じん肺の進行性は一般的には認
められるものの,その進行の有無や度合いは,じん肺罹患の程度に応じ
て様々に異なるものと認められる。
そして,本件の原告等のうち,亡Fはじん肺死に至ったものと認定され,
亡Bは管理4に進行したことが認められるものの,その余の原告等につ
いては,管理2との決定の後,相当期間にわたり管理区分決定が変更さ
れていないことが認められる。また,原告Dについては管理2の健康被
害が認定できるものの,原告A,同C,亡E,原告G及び同Hについて
は,管理2に至らない程度の線維結節性変化,あるいは今後線維結節性
変化に進展する可能性のある病変が肺内に生じているとの限度で健康被
害が認められるものである。
これらを踏まえて,前記に認定,判断したような原告等に認定される健
康被害の内容及び管理区分制度の趣旨などに鑑みれば,原告等に生じた
損害の認定にあたっては,管理区分や法定合併症の罹患,あるいはじん
肺死といった,管理区分制度に照らしても質的に異なる事由であり,当
該原告に現に生じたと認められる健康被害の事由を損害額に反映させる
のが相当である。
したがって,前述のとおり原告等にそれぞれ認められる管理区分等に応
じた健康被害に従った類型的な慰謝料額を算定することとし,財産的損
害等その他一切の損害は,慰謝料額算定の一事情として斟酌するものと
する一方で,財産的損害の填補等の個別事情も,慰謝料額算定の一事情
として考慮するのが相当である。
114
エ以上の認定,判断に反する原告ら及び被告らの主張は,いずれも採用で
きない。
⑵被告らは,包括一律請求によるとしても,慰謝料額算定にあたっては,原
告等が労災保険給付等を相当程度受給していることを十分考慮すべきである
旨主張する。
ア証拠(乙B1の7,3の7,4の7,5の7,6の7,7の7,8の7)
及び弁論の全趣旨によれば,原告等のうち亡Bを除く原告等については,
少なくとも別紙10「労災保険給付等一覧表」のとおり,労災保険給付等
が支給されたものと認められる。
イ労災保険給付等は,労働災害による傷病によって療養のための医療費等
を要したり,稼働できなくなったことによる休業損害ないし逸失利益等
の財産的損害を填補する性質の給付である。そうすると,原告等は,じ
ん肺法による法定合併症に罹患したことを理由とする労災保険給付等を
支給されることによって,上記項目に相応する財産的損害を一定程度填
補されたものと認められる。
そして,原告らの本件における請求が一切の損害を考慮した慰謝料を請
求する包括一律請求であり,財産的損害も慰謝料算定の一事情として考
慮される一方で,財産的損害の填補も同様に一事情として考慮するのが
相当であることは,前述のとおりであるから,原告等が労災保険給付等
を受給したことは,その実額が原告らの請求額から控除される筋合いの
ものではないが,慰謝料を減額する一事情としての限度で考慮されるこ
ととなる。
⑶また,被告らは,原告等のうち,肺機能障害がないと判定された者につい
てはこれを考慮して損害額を減額すべき旨主張する。
しかしながら,前記3⑶で説示したとおり,管理区分制度上,単なる肺機
能障害は考慮されないものであり,本件において原告等の健康被害としても
115
評価しておらず,(著しい肺機能障害に至らない程度の)肺機能障害の有無
を損害額において考慮すべきものとは解されない。さらに,じん肺は進行性
のある疾患であり,進行の度合いには個体差が認められると考えられる。こ
の点は,現在管理2に相当するじん肺の罹患が認められなくとも,これに至
らない程度の線維結節性変化,あるいは今後線維結節性変化に進展する可能
性のある病変を肺内に生じている場合にも当てはまるものということができ
る。この点からも,現時点で肺機能障害が認められないことをもって,損害
額が減額されるとするのは相当ではない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
⑷以上に検討したところを含め,本件に顕れた一切の事情を考慮して,原告
等の損害額(慰謝料)は,以下のとおり評価するのが相当である。
ア管理2(原告D)1300万円
イ管理4(亡B)2200万円
ウじん肺死(亡F)2500万円
エまた,原告等のうち,原告A,同C,亡E,原告G及び同Hについては,
前示のとおり,管理2相当のじん肺に罹患しているとは認められないも
のの,管理2に至らない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後
線維結節性変化に進展する可能性のある病変が肺内に存在すると認めら
れるとともに,続発性気管支炎に類する症状が現に発現している。そう
すると,じん肺の一般的な進行性に鑑み,今後,上記原告等の症状がよ
り重篤になる可能性もあると考えられるから,このような人体への被害
や具体的な健康被害については損害が発生していると評価することがで
き,これを金銭に換算すると,500万円と認めるのが相当である。
第8争点3(被告らが連帯責任を負うか否か)についての当裁判所の判断
1原告Hを除く原告等はすべて,被告ら双方において粉じん作業に従事した者
であり,これらの原告等については,被告三井金属が昭和61年6月30日ま
116
での期間について,また,被告神岡鉱業が同年7月1日以降の期間について,
それぞれ安全配慮義務を負っており,これを尽くしていなかったものというべ
きである。一方,原告Hについては,昭和61年7月1日よりも前に被告三井
金属を退職しているものの,その後も被告らの下請会社に所属し,粉じん作業
に従事していたのであって,前示のとおり下請会社の従業員についても被告ら
は安全配慮義務違反を負っていたというべきであるから,その余の原告等と同
様に,被告三井金属が昭和61年6月30日までの期間について,被告神岡鉱
業が同年7月1日以降の期間について,それぞれ安全配慮義務を負っており,
これを尽くしていなかったものというべきである。
2原告らは,被告神岡鉱業は被告三井金属の100%子会社であり,役員も被
告三井金属の従業員が就任している等の実態からすれば,被告神岡鉱業は被告
三井金属と同一の存在であり,原告等のじん肺罹患についての債務不履行責任
を連帯して負うべきである旨主張する。
しかしながら,原告らの主張する上記諸事実をもって被告神岡鉱業の法人格
を否定することはできず,被告らが実質的に同一であるということはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
3原告らは,民法719条1項の類推適用により,原告等のじん肺罹患につい
て被告らが連帯して債務不履行責任を負うべきであるとも主張する。原告らの
主張の法的構成はやや判然としないが,同項前段の共同不法行為は,原則とし
て,各共同行為者の行為が独立して不法行為の要件を備えることが要件とされ
るところ,本件においては上記のとおり,原告等のじん肺罹患が被告三井金属
に在籍中のものなのか被告神岡鉱業に在籍中のものなのか判然としないことか
らすれば,同項後段の類推適用をいう趣旨と解することができる。
⑴民法719条1項後段は,被害者救済を目的として,複数の加害者につき,
それぞれ因果関係以外の点では独立の不法行為の要件が具備されている場合
において,被害者に生じた損害が加害者らの行為のいずれか又はこれが競合
117
して発生したことは明らかであるものの,現実に発生した損害の一部又は全
部がそのいずれによってもたらされたか特定できないときは,発生した損害
と加害者らの各行為との因果関係の存在を推定する規定であり,この場合に
は,加害者らが自己の行為と発生した損害との間の一部又は全部に因果関係
がないことを主張・立証しない限り,その責任の一部又は全部を免れないも
のとされる。
⑵本件は,雇用契約の付随義務たる安全配慮義務の不履行に基づく責任が問
題となっているところ,その債務は債権者の生命又は身体を保護することを
目的とし,因果関係以外の点で債務不履行に基づく損害賠償責任の要件を充
足する場合であって,かつ,債権者を救済する必要のあることは不法行為の
場合と異ならないから,債務不履行に基づく損害賠償責任についても,民法
719条1項後段を類推適用するのが相当である。
⑶本件についてみるに,前記説示のとおり,原告等は被告ら又はその下請会
社との間で雇用契約を締結して粉じん作業に従事したものであり,被告三井
金属が昭和61年6月30日まで,被告神岡鉱業が同年7月1日からの期間
について,それぞれ安全配慮義務を尽くしていなかったと評価される。そし
て,被告らの安全配慮義務違反は,原告等がじん肺に罹患したこと,続発性
気管支炎や原発性肺がんなどの合併症に罹患したことに関する損害を,単独
あるいは相互に影響しあってもたらし得るような危険性を有している。また,
前示のとおり,原告Hを除く原告等は,被告ら以外の使用者の下で粉じん作
業に従事した職歴はないし,原告Hについても,被告三井金属及び被告らの
下請会社において長期間粉じん作業に従事していたのであるから,原告等に
生じた損害が被告らの安全配慮義務違反のいずれか又はこれが競合して発生
したことは明らかであるものの,そのいずれによってもたらされたものか特
定することができないといえる。
したがって,民法719条1項後段の類推適用に基づき,原告等の被った
118
損害と,被告らの各安全配慮義務違反との間の因果関係が推定されるものと
いうべきである。そして,これに対し,被告らは,自らの債務不履行だけで
は症状が発現する客観的危険性があるとまではいえないことを基礎付ける事
実や自己の寄与の程度について,主張及び立証をしていない。
よって,被告らは,原告等の被った損害について連帯して賠償する責任を
負う。
第9争点4(過失相殺の有無)についての当裁判所の判断
1争点4⑴(喫煙による過失相殺の有無)について
⑴証拠(乙A76,141ないし157,159,170,198,199,
203ないし205,266ないし286〔枝番のあるものは枝番を含む〕)
及び弁論の全趣旨によれば,喫煙習慣は各種のがんや呼吸器疾患等,多くの
種類の疾病の罹患率を上げること,特に,肺がんについては喫煙により罹患
のリスクが増大することが一般的に知られており,これを裏付ける研究や文
献も多数存在していることからすれば,喫煙は肺がん罹患の危険性を高める
ものであるとの知見が確立しているということができる。
また,原告等はいずれも管理2以上の管理区分決定を受けているところ,
上記認定事実のとおりの喫煙に関する知見に加え,証拠(乙A63)によれ
ば,じん肺健康診断において,医師は喫煙者に対して喫煙の有害性を十分に
説明し,禁煙指導を行わねばならないとされていることが認められるから,
原告等も管理区分決定の前提となったじん肺健康診断において,医師から禁
煙指導を受けていたと認めるのが相当である。
⑵上記の諸事実によれば,管理2以上の管理区分決定を受けた後も,比較的
長期間にわたって多量に喫煙し,その後原発性肺がんを発症した場合は,そ
の損害を被告らに全部賠償させるのは公平の見地からして相当でなく,賠償
額の算定に当たっては,民法418条を類推適用して,当該発症者の喫煙歴
を考慮するのが相当である。
119
⑶以上を原告等にあてはめてみるに,前記認定説示のとおり,原告等のうち,
原発性肺がんを発症したと認められるのは亡Fのみであるところ,証拠(乙
B6の12の1及び2等)及び弁論の全趣旨によれば,亡Fは,遅くとも2
0歳ころから喫煙を始め,1日平均20本程度の喫煙を継続してきたこと,
前示のとおり,昭和63年8月以降,管理2の決定を受け続けてきた上,平
成23年1月には続発性気管支炎の認定も受けているが,それ以降も原発性
肺がんである小細胞がんに罹患していることが判明する71歳ころまで喫煙
を継続してきたことが認められる。
なお,原告らは,亡Fは退職後5,6年程度しか喫煙歴がない旨主張し,
これに沿う証拠(甲B6の4)もあるが,上記認定説示に照らし,採用する
ことはできない。
以上の認定事実によれば,亡Fは,管理2以上の管理区分決定を受けた後
も,比較的長期間にわたって相当程度喫煙し,原発性肺がんを発症した
ものということができ,慰謝料の減額事由に当たるというべきである。
もっとも,喫煙者それぞれの喫煙量や喫煙期間により,喫煙がどの程度肺
がん発症に影響を与えるかについては具体的には明らかでなく,この点の医
学的知見が確立しているとまではいえないから,喫煙歴による慰謝料の減額
については損害額の1割を減額するのが相当である。
よって,亡Fについては,民法418条類推により,損害額の1割(25
0万円)を減額するべきである。
これに対し,被告らは,ブリンクマン指数やシリカ曝露による肺がんの相
対リスクを指摘して,亡Fには長期間にわたる喫煙習慣の影響が大きく,少
なくとも9割の過失相殺をすべき旨主張する。しかし,喫煙習慣が肺がんに
与える影響には個人差があることは前述のとおりであり,被告らが指摘する
疫学調査に基づくリスク評価が医学的知見として確立していると認めるに足
りる証拠もない。したがって,かかる評価をもって,直ちに亡Fに発症した
120
肺がんへの寄与の程度を判断しうるものではない。さらには,被告らの主張
するところによっても,亡Fに対して飛騨市民病院医師等による禁煙指導の
形跡はなく(乙B6の11),喫煙習慣の社会的受容度や健康への影響に対
する認知の程度も時代とともに変遷していることなども考慮すると,損害の
公平な分担という趣旨に照らして,亡Fに大きな過失相殺をすべきものとも
断じ難く,被告らの主張は採用できない。
⑷被告らは,さらに,喫煙が,肺機能に影響を及ぼし,閉塞性肺機能障害や
現在の自覚症状(咳・痰)に寄与していると主張し,これに沿う証拠(乙A
142ないし159)を提出する。しかしながら,前示のとおり,慰謝料額
については管理区分及び法定合併症の罹患の有無,あるいはじん肺死かどう
かに基づき評価しており,単なる肺機能障害については損害額算定の要因と
しては考慮していないから,被告らの上記主張は採用しない。
2争点⑵(防じんマスク不着用による過失相殺の有無)について
前記説示のとおり,防じんマスクを着用して作業をすると,打合せ等に支障
を生ずるほか,作業中に息苦しくなるなど,常時着用するには困難な事情があ
ったことが認められる。また,原告等がじん肺罹患防止のために防じんマスク
を常時着用することが非常に重要であることについて,意識が十分でなかった
とはいえるものの,その要因として,被告らの防じんマスク着用の指導や安全
衛生教育の不徹底があったことからすれば,原告等が作業中に防じんマスクを
着用しなかったことがあるとしても,これをもって損害の減額事由として考量
することは相当ではない。
また,被告らは,原告等のうち,国家試験に合格して保安技術職員の資格を
取得した者(原告A,亡E,原告H)については,防じんマスク不着用におけ
る過失の程度がより一層大きいとも主張する。たしかに,保安技術職員の資格
を取得した者は防じんマスク着用の重要性を理解していたはずであるといえる
が,一方で,別紙9によれば,上記原告等は資格取得前から相当年数の粉じん
121
作業に従事していたのであるから,じん肺罹患が資格取得の前後のいずれかあ
るいは競合するものなのかを確定することはできない。そうすると,結局のと
ころ,上記原告等が保安技術職員の資格を取得したことを理由として過失相殺
をするのは相当でないから,被告らの上記主張は採用することができない。
第争点5(消滅時効の成否・争点5⑴〔消滅時効の起算点はいつか〕)につい
ての当裁判所の判断
1⑴雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請
求権の消滅時効期間は,民法167条1項により10年と解され,同法16
6条1項により,当該損害賠償請求権を行使し得る時から時効が進行するも
のと解される。そして,一般に,安全配慮義務違反による損害賠償請求権は,
その損害が発生した時に成立し,同時にその権利を行使することが法律上可
能となるというべきである。そこで,損害が発生したといえる時期について,
以下検討する。
⑵この点,じん肺に罹患した事実は,その旨の行政上の決定がなければ通常
認め難いから,じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けたときに
少なくとも損害の一端が発生したものということができる。
しかし,前記前提事実によれば,じん肺は,肺内に粉じんが存在する限り
進行するが,それは肺内の粉じんの量に対応する進行であるという特異な進
行性の疾患であって,しかもその進行の有無,程度,速度は患者によって多
様であり,現在の病状が今度どの程度まで進行するのかはもとより,そもそ
も進行しているのか,それとも固定しているのかも,現在の医学では確定す
ることができない。このようなじん肺の病変の特質に鑑みると,管理2ない
し管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には,質的に異な
るものがあるといわざるを得ず,重い決定に相当する病状に基づく損害は,
その決定を受けたときに発生し,その時点からその損害賠償請求権を行使す
ることが法律上可能になるというべきである。
122
したがって,雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理
由とする損害賠償請求権の消滅時効は,最終の行政上の決定を受けたときか
6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁参照)。
なお,じん肺によって死亡した場合の損害について,仮に管理区分決定を
受けているとしても,その者がじん肺による死亡にまで至るかどうかの蓋然
性は不明であるし,死亡による損害は,管理2ないし管理4に相当する病状
とは質的に異なるものであることからすれば,じん肺による死亡についての
損害賠償請求権の消滅時効は,死亡した時から進行すると解すべきである。
⑶そして,管理2などの行政上の決定を受け,その後,続発性気管支炎等の
法定合併症に罹患していると認められた者についての消滅時効の起算点につ
いて,管理区分決定を受けても,その後法定合併症に罹患するかどうかは不
明であるし,法定合併症の認定を受けると療養の対象とされ,労災保険の給
付を受けるなど,同じ管理区分でもじん肺法や労災保険法上の取扱いが異な
り,管理区分に相当する病状とは質的に異なることになるから,法定合併症
の罹患による損害については,その認定を受けた時(労災認定を受けた時又
はじん肺管理区分決定通知書において法定合併症の罹患が明らかにされた時
のいずれか早い時点)から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するの
が相当である。
⑷もっとも,原告等のうち,原告A,同C,亡E,原告G及び同Hについて
は,管理2相当のじん肺に罹患しているとまでは認めることができず,少な
くとも,これに至らない程度の線維結節性変化が存在し,あるいは今後線維
結節性変化に進展する可能性のある病変が肺内に生じているという限度で損
害が認められるのは前記説示のとおりである。
このような程度にとどまる線維結節性変化等についても,行政上の管理区
分決定を受けることによって,初めて粉じん吸入との関連性が認められたも
123
のであるから,上記決定を受けた時に損害が発生したものと解するのが相当
である。
また,続発性気管支炎に類する症状については,線維結節性変化に将来発
展する可能性のある肺内変化を生じているだけの状態と比べ,その健康被害
の程度が大きく,質的に異なっているということができる。そして,続発性
気管支炎に類する症状に基づく損害が発生したといえるのは,続発性気管支
炎の決定に相当する症状が発現したときであるが,これについては事後的な
行政上の決定(労災認定を受けた時又はじん肺管理区分決定通知書において
法定合併症の罹患が明らかにされた時のいずれか早い時点)がなければ通常
は認定し得ないから,係る決定を受けたときに損害が発生したと解するのが
相当である。
原告ら及び被告らは,上記と異なる主張をするが,いずれも採用すること
はできない。
2上記を基に原告等について見るに,原告等のうち,原告A,同C,同D,
亡E,原告G及び同Hについては,法定合併症の行政上の認定を受けた日は
別紙1「管理区分等一覧表」の「療養・休業補償給付等支給決定日〔症状確
認日〕」欄記載の日であるところ,これらの原告等はいずれも,最終の管理
区分決定もしくは法定合併症の行政上の認定を受けてから10年以内に本件
訴訟を提起しているから,消滅時効は完成していない。また,亡Bについて
は,最終の管理区分決定を受けたのが平成27年11月4日であり(同別紙
「直近の管理区分決定日」欄参照),やはり同日から10年以内に本件訴訟
を提起しているから,消滅時効は完成していないし,亡Fについても,じん
肺を原因とする死亡日が平成29年8月29日であるから,やはり消滅時効
は完成していない。
よって,被告らの消滅時効の主張は採用することができない。
第弁護士費用及び遅延損害金
124
1弁護士費用
原告らは,原告ら訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の提起,追行を委任したも
のであるところ,本件の事案の内容や審理の経過等の事情を考慮すると,被告
らの債務不履行と相当因果関係のある損害としては,本判決別紙認容額一覧表
「認容額」欄中の「弁護士費用」欄記載の金額が相当というべきである。
2遅延損害金
安全配慮義務違反を理由とする損害賠償債務は期限の定めのない債務である
から,民法412条3項により,債権者から履行の請求を受けたときに遅滞に
陥るというべきである。そうすると,遅延損害金の起算日は,被告らに本件訴
状が送達された日の翌日である平成26年8月9日となる。なお,原告等が,
本件訴訟係属中に上位の管理区分決定を受けた場合(亡B)やじん肺を原因と
して死亡したものと認められる場合(亡F)には,前述のとおり,それぞれそ
の時点において新たな損害が発生したものと評価されるが,一方で,原告らは
じん肺の進行性等を踏まえ,これらの損害も含めて包括一律請求をしていると
解されるから,本件訴訟係属中に上記の事実が発生しても,訴状送達日の翌日
から遅延損害金を起算するのが相当である。
第結論
よって,その余の争点については判断するまでもなく,原告らの請求は,本
判決別紙認容額一覧表の「認容額」欄中の「合計」記載の各金員及びこれに対
する平成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連
帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由が
ないから棄却することとし,仮執行の免脱宣言については相当ではないので付
さないこととして,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官池町知佐子
125
裁判官本松智
裁判官中村暢明
(別紙認容額一覧表及び別紙1~10は省略)

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