弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
一 請求の趣旨
1 被告が昭和四九年二月二八日付でした原告の昭和四七年七月九日相続開始にか
かる相続税についての更正処分中課税価格三〇四九万七〇〇〇円を超える部分及び
過少申告加算税賦課決定(いずれも昭和四九年七月二四日付異議決定及び昭和五一
年五月二六日付裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 訴外Aが昭和四七年七月九日死亡し、右Aの妻である原告及び訴外人五名が右
A所有の財産を相続した。
2 そこで、原告は、その相続税について自己の分を次表申告欄記載のとおり申告
したところ、被告から同表更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決
定(以下一括して「本件課税処分」という。)を受けたので、これに対し異議申立
及び審査請求をしたが、同表異議決定欄及び審査裁決欄記載のとおりそれぞれ一部
取消しを受けたにとどまつた。
3 しかしながら、本件課税処分は、Aの相続財産に含まれている有限会社殖産堂
の出資の価額を過大に認定した違法があるから、請求の趣旨記載の限度で取り消さ
れるべきである。
二 請求原因に対する認否
請求原因1及び同2の各事実は認めるが、同3の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告は、相続人全員の取得した相続財産の価額を三三〇〇万三八一九円、課税
価格を三二四八万七〇〇〇円として申告したが、次に述べる(一)ないし(五)の
合計三六二万五九二〇円の脱漏があり、これを右相続財産の価額に加算すべきもの
であるから、正当な相続財産の価額は三六六二万九七三九円、課税価格は三六一一
万円である。
(一) 株式会社殖産堂の株式の価額の評価誤謬 一四万一〇四〇円
(二) 東京電力株式会社の株式の申告漏れ 一〇〇万一〇九六円
(三) 巣鴨信用金庫の出資の申告漏れ 五万円
(四) 定期預金の申告漏れ 八万二三四四円
(五) 有限会社殖産堂の出資の価額の評価誤謬 二三五万一四四〇円
2 右のうち、争いのある有限会社殖産堂(以下「殖産堂」という。)の出資の価
額の評価誤謬二三五万一四四〇円の算出根拠は、次のとおりである。
本件の相続財産のうちには、殖産堂の出資(以下「本件出資」という。)一八二〇
口が含まれていたところ、原告は、これにについて一口当たり一〇〇〇円、総額一
八二万円と評価して申告したが、その正当な価額は、一口当たり二二九二円、総額
四一七万一四四〇円とすべきものである。
すなわち、本件出資の価額の評価は、本件相続開始時において殖産堂に現実に存在
する総資産価額から同時期において確定している負債額を控除した純資産価額をも
つて評価するいわゆる純資産価額方式によるべきであり、その一口当たりの価額
は、右純資産価額を出資総数二五〇〇口で除した額であるが、殖産堂の本件相続開
始時における右総資産価額は三二二二万一二八五円、負債額は二六四八万九一八〇
円であつたから、これに基づいて右方式により本件出資の価額を計算すると、前記
のとおりの額となる。したがつて、原告の申告額と右正当な価額との差額二三五万
一四四〇円を本件出資の価額の評価誤謬と認めたものである。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の主張1のうち、原告が相続人全員の取得した相続財産の価額を二三〇〇
万三八一九円、課税価格を三二四八万七〇〇〇円として申告したこと、(一)ない
し(四)の各項目の額を右相続財産の価額に加算すべきことは認めるが、(五)の
本件出資の価額の評価誤謬があるとの点は争う。
2 同2の事実中、殖産堂の出資総数が二五〇〇口で、うち一八二〇口が本件相続
財産に含まれていたこと、原告が右出資につき一口当たり一〇〇〇円、総額一八二
万円と評価して申告したこと、右出資の価額の評価につき被告主張のいわゆる純資
産価額方式によることが合理的であること、本件相続開始時における殖産堂の総資
産価額が三二二二万一二八五円であつたことはいずれも認めるが、負債額が二六四
八万九一八〇円しかなかつたこと、したがつて本件出資の正当な評価額が被告主張
のとおりの額となることは争う。
3 右の負債額としては、被告の主張する二六四八万九一八〇円に次に述べる退職
金相当額四五六万六三九五円を加算した三一〇五万五五七五円とすることが正当で
ある。すなわち、殖産堂の就業規則二一条には、従業員が退職した際には退職金を
支給すべきことが定められており、右就業規則によつて従業員に対し本件相続開始
時に退職金を支給すると仮定すれば、その額は合計四五六万六三九五円となる。も
つとも、本件相続開始の時点では支給事由たる従業員の退職が現実化していたわけ
ではないが、従業員は将来必ず退職するものであつて、その退職金相当額は潜在的
債務として時の経過とともに累積していく確実な債務であり、その金額も前記就業
規則の定めにより正確に計算することができる。それゆえ、いまだ支給事由が生じ
ていないとしても債務の発生が確実なのであるから、本件出資の価額の評価にあた
つては、右退職金相当額を負債の額に算入すべきである。そもそも相続財産の評価
については時価による(相続税法二二条)ものとされ、右の時価とは通常の交換価
値を意味するところ、出資の売買にあたつて退職金相当額を考慮に入れないで取引
価額を決定することは通常の経済人の行動として考えられないものである。
被告は、後記通達を引用して、殖産堂では退職給与引当金勘定を設定していなかつ
たから、右退職金相当額を負債の額に算入することはできないと主張するが、右通
達は、被告の主張するところとは異なり、負債の額として算入することができる金
額の範囲を定めたものにすぎない。また、かりに被告主張のとおりであるとして
も、退職給与引当金勘定の設定に対する税務署長の承認は覊束行為であるところ、
殖産堂は青色申告の承認を受け、前記のとおり、就業規則に退職金支給の定めがあ
るのであるから、右勘定の設定は申請しさえすれば必ず承認が受けられるはずのも
のであつた。したがつて、本件は、形式的には退職給与引当金勘定が設定されてい
ない場合ではあるが、実質的にはこれが設定されている場合と何ら差異はなく、退
職金相当額を負債の額に算入すべきである。
以上のとおりであるから、本件出資一口当たりの価額は、総資産価額三二二二万一
二八五円から前記負債額三一〇五万五五七五円を控除した一一六万五七一〇円を基
礎とし、これを出資総数二五〇〇口で除した四六六円となり、本件出資一八二〇口
の合計額は五二万六五八〇円とすべきものである。
五 被告の反論
本件出資の価額を評価する際の負債額は、前記のとおり本件相続開始時において確
定しているもののみに限られるのであつて、原告の主張する退職金相当額は、いま
だその支給事由たる従業員の退職が実現していないのであるから、これを負債とみ
ることはできない。ただ、右のような将来の退職金であつても、法人税法五五条二
項に規定する退職給与引当金勘定が設定されている場合に限り、右引当金勘定の金
額に相当する金額を負債の額に算入することができることとされているが(相続税
財産評価通達一八八(五))、殖産堂は、本件相続開始時において右引当金勘定を
設定していなかつたのであるから、その適用を受ける余地もない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、また、本件相続財産の価額
として被告の主張1(一)ないし(四)の各項目の額を原告の申告額三三〇〇万三
八一九円に加算すべきであることも、当事者間に争いがない。そこで、同(五)の
本件出資の価額の評価誤謬の点について検討する。
二 本件出資の総数が二五〇〇口であり、うち一八二〇口が本件相続財産に含まれ
ていたこと、右出資の価額を評価するについては本件相続開始時における殖産堂の
総資産価額から負債額を控除した純資産価額を基礎とするいわゆる純資産価額方式
によることが合理的であること、殖産堂の右総資産価額が三二二二万一二八五円で
あつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、争点は、原告の主張する退職金相
当額四五六万六三九五円を右総資産価額から控除すべき殖産堂の負債とみることが
できるか否かの一点にある。そこで、これについて判断する。
三 相続税における相続財産の価額は取得時における時価により評価すべきもので
ある(相続税法二二条)が、相続財産として取引相場のない株式又は出資を取得し
た場合のその時価の評価は、当該法人等の清算を前提としてではなく、事業活動が
継続していくことを前提としてするものであるから、前記のいわゆる純資産価額方
式によるにあたつては、相続開始時において現実に当該法人に帰属していると認め
られる経済的価値のみを純資産として評価の基礎とすべきことは当然である。した
がつて、右方式にいう総資産のうちには、将来の得べかりし不確定な債権などのよ
うに、相続開始時に当該法人等が具体的な経済価値を現実に把握しているとはいい
がたいものを含まないというべきであると同時に、右総資産から控除すべき負債
も、相続開始時に現実に一定額の消極的経済価値をもつ具体的な債務として存在す
るもののみをいい、その時点では将来の債務負担の基礎となるべき法律関係が成立
しているだけで、その具体的な負担の時期や金額等を確定するに由ないようなもの
を含まないというべきである。
本件についてみるに、原告の主張する退職金相当額の債務なるものは、その主張自
体から明らかなとおり、殖産堂が本件相続開始時にその従業員に対し退職金を支給
すると仮定した場合のものであつて、現実にその具体的支給義務が発生しているわ
けではなく、その発生時期や発生金額等は本件相続開始時においては全く不確定で
あるというほかはない。したがつて、これが前述した意味の一定額の消極的経済価
値をもつ具体的な債務であるとはとうていいえないから、これを本件相続開始時に
おける殖産堂の負債とみることはできない。
もつとも、相続税財産評価通達によれば、当該法人が法人税法五五条二項に規定す
る退職給与引当金勘定を設定している場合には、右引当金勘定の金額に相当する金
額を負債の額に算入して評価するものとされているが、これは政策的な理由による
例外的な取扱とみるべきものであるから、殖産堂が右退職給与引当金勘定を設定し
ていなかつたことに争いがない本件の場合にまで、これを拡張適用すべきであると
いうことはできない。この点についての原告の主張も失当である。
四 そうすると、本件出資一口の価額は、前記総資産価額三二二二万一二八五円か
ら右退職金相当額を含まない負債額二六四八万九一八〇円を控除した五七三万二一
〇五円を基礎として、これを出資総数二五〇〇口で除した二二九二円となり、本件
相続財産に含まれている出資一八二〇口の合計額は四一七万一四四〇円となる。そ
れゆえ、当事者間に争いのない原告の申告額一八二万円との差額二三五万一四四〇
円は、相続財産の価額に加算されるべきである。
結局、本件相続財産の価額は、原告の申告額三三〇〇万三八一九円に被告の主張1
(一)ないし(五)の各項目の合計額三六二万五九二〇円を加算した三六六二万九
七三九円となり、本件課税処分がその範囲内で行われていることは明らかである。
五 以上の次第であるから、本件課税処分に原告主張の違法はない。
よつて、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担に
つき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤 繁 中根勝士 菊池洋一)

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