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平成18年(行ケ)第10044号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年9月13日
判決
原告エヌパット株式会社
訴訟代理人弁理士小谷悦司
同樋口次郎
同小谷昌崇
被告Y
訴訟代理人弁理士西郷義美
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2005-80213号事件について平成17年12月27日にした審決を取り
消す。
第2事案の概要
本件は,被告が特許権者である後記特許に関し,原告が特許無効審判請求を
したところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを
求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
被告は,平成8年3月2日(優先日:平成7年3月4日),名称を「コン
クリート型枠保持方法およびその装置」とする発明について特許出願をし,
特許庁から,平成10年5月22日,特許第2782179号として設定登録を受けた
(甲6。請求項1~13。以下「本件特許」という。)。
これに対し原告は,本件特許の請求項1,2,8,9について,平成17年
7月8日付けで無効審判請求をし,同請求は無効2005-80213号事件として係
属したが,特許庁は,上記事件について審理の上,平成17年12月27日,「本
件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をし,その審決謄本は平成18年
1月10日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件特許のうち,無効審判請求がなされた請求項1,2,8,9に係る発
明(以下「本件発明1」等という。)の内容は,次のとおりである。
【請求項1】土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分に,連結金具の基端
部に設けられた連結部を取付けるとともに,連結金具の先端部にセパレータ
の一端側を螺入し,セパレータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠
保持方法において,前記連結部を,タッピングねじ状に形成するとともに,
前記連結金具の先端側の外周部に,連結金具回転用の工具を軸方向から装着
可能な工具装着部を設け,前記壁体の連結金具取付位置に,取付穴の穴加工
を施すとともに,前記連結部を連結金具とともに回転させ,連結部を取付穴
に強制的にねじ込んで,連結金具を壁体に取付けることを特徴とするコンク
リート型枠保持方法。
【請求項2】土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分に,連結金具の基端
部に設けられた連結部を取付けるとともに,連結金具の先端部にセパレータ
の一端側を螺入し,セパレータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠
保持方法において,前記連結部を,タッピングねじ状に形成するとともに,
連結金具に対し着脱可能に構成し,かつ前記連結金具の先端側の外周部に,
連結金具回転用の工具を軸方向から装着可能な工具装着部を設け,前記壁体
の連結金具取付位置に,取付穴の穴加工を施し,次いで前記連結部を,取付
穴に強制的にねじ込んで壁体に取付け,次いでこの連結部に連結金具を連結
して,連結金具を壁体に取付けることを特徴とするコンクリート型枠保持方
法。
【請求項8】土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分に,連結金具の基端
部に設けられた連結部を取付けるとともに,連結金具の先端部にセパレータ
の一端側を螺入し,セパレータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠
保持装置において,前記連結部を,タッピングねじ部で構成するとともに,
前記連結金具の先端側の外周部に,連結金具回転用の工具を軸方向から装着
可能な工具装着部を設け,前記連結部は,連結金具とともに回転させながら
前記壁体に押付けることにより,壁体の金属部分に予め設けられている取付
穴に強制的にねじ込まれて,壁体に取付けられることを特徴とするコンクリ
ート型枠保持装置。
【請求項9】土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分に,連結金具の基端
部に設けられた連結部を取付けるとともに,連結金具の先端部にセパレータ
の一端側を螺入し,セパレータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠
保持装置において,前記連結部を,タッピングねじ部で構成するとともに,
連結金具に対し着脱可能に構成し,かつ前記連結金具の先端側の外周部に,
連結金具回転用の工具を軸方向から装着可能な工具装着部を設け,連結金具
は,壁体の金属部分に予め設けた取付穴に強制的にねじ込まれているタッピ
ングねじ部に連結することにより,壁体に取付けられることを特徴とするコ
ンクリート型枠保持装置。
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件
各発明は下記刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたとはいえない,等としたものである。

①実願昭58-133219号(実開昭60-40747号)のマイクロフィルム
(甲1。以下「甲1刊行物」という。)
②実願昭54-126091号(実開昭56-45053号)のマイクロフィルム
(甲2。以下「甲2刊行物」という。)
③特開平5-86727号公報
(甲3。以下「甲3刊行物」という。)
④実願昭57-95609号(実開昭58-195737号)のマイクロフィルム
(甲4。以下「甲4刊行物」という。)
⑤実願昭59-57600号(実開昭60-168751号)のマイクロフィルム
(甲5。以下「甲5刊行物」という。)
イなお,審決は,甲1刊行物に記載された発明(以下「引用発明」とい
う。)を下記(ア)のとおり認定した上,本件発明1との一致点及び相違点を
下記(イ)のとおり認定した。
(ア)引用発明(以下「審決認定引用発明」という。)
「鉄板(1),螺棒(2)及び角パイプ(3)とからなるコンクリート型枠組用金
具を使用する土留工事や鉄筋鉄骨建造物の構築におけるコンクリート型
枠組の施工方法であって,
前記コンクリート型枠組用金具は,外周面に雄ネジ(5)が刻設された螺
棒(2)の一端部を,両側に取付孔(4)が穿設された鉄板(1)の一面中央部に
穿設した螺孔(6)に螺挿するか又は螺棒(2)の一端部を鉄板(1)の一面中央
部に溶着することにより螺棒(2)が鉄板(1)に固着されるとともに,両端
部の内周面に雌ネジが刻設されてその全長にわたる外周面が六角形,四
角形や他の多角形形状の角パイプ(3)の一端部を上記螺棒(2)に螺着して
形成され,
地中にH型鋼材(9)を打ち込み,土留工事や鉄筋鉄骨建造物のコンクリ
ート壁体側の土砂を取り除いた後,鉄板(1)の取付孔(4)にボルトを挿通
して鉄板(1)をH型鋼材(9)に固定し,次いで,角パイプ(3)の他端部にセ
パレータ(8)を螺挿し,さらに該セパレータ(8)の端部を型枠(10)に貫通
させて金具(11)で固定して型枠組を行い,角パイプ(3)の回動により,或
いは,セパレータ(8)の角パイプ(3)への螺挿状態により,H型鋼材(9)と
型枠(10)との間隔を調整することができる土留工事や鉄筋鉄骨建造物の
構築におけるコンクリート型枠組の施工方法。」
(イ)一致点及び相違点
(一致点)
「金属性連結対象物に,連結金具の基端部に設けられた連結部を取付け
るとともに,連結金具の先端部にセパレータの一端側を螺入し,セパ
レータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠保持方法におい
て,前記連結部を,ねじ状に形成するとともに,前記連結金具の先端
側の外周部に,連結金具回転用の工具を装着可能な工具装着部を設
け,連結金具を壁体に取付けるコンクリート型枠保持方法」である
点。
(相違点1)
連結部が直接に連結される「金属性連結対象物」が,本件発明1で
は,連結部とは別体の「土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分」
であるのに対して,引用発明では,予め一体に組み立てられたコンク
リート型枠組用金具の螺棒(2)に固着された「鉄板(1)」であって,そ
の「鉄板(1)」は,鉄板(1)の取付孔(4)にボルトを挿通してH型鋼材
(9)に固定されるものである点。
(相違点2)
本件発明1が,「連結部を,タッピングねじ状に形成し,前記壁体
の連結金具取付位置に,取付穴の穴加工を施すとともに,前記連結部
を連結金具とともに回転させ,連結部を取付穴に強制的にねじ込ん
で,連結金具を壁体に取付ける」のに対して,引用発明の螺棒(2)は,
その外周面に雄ネジ(5)が刻設されただけのものであり,また,角パイ
プ(3)をH型鋼材(9)に取付ける手段が,螺棒(2)を直接にH型鋼材(9)
に取付けるのではなく,鉄板(1)と螺棒(2)と角パイプ(3)とで予め一体
に組み立てておいたコンクリート型枠組用金具における螺棒(2)の固着
された鉄板(1)を,その鉄板(1)の取付孔(4)にボルトを挿通してH型鋼
材(9)に固定する方法により,螺棒(2)が鉄板(1)を介してH型鋼材(9)
にボルトで取付けられる点。
(相違点3)
工具装着部が,本件発明1では「連結金具回転用の工具を軸方向か
ら装着可能」であるのに対して,引用発明では単に「その全長にわた
る外周面が六角形,四角形や他の多角形形状の角パイプ(3)」であり,
連結金具回転用の工具を角パイプ(3)の軸方向から装着可能であるか否
かが不明である点。
ウまた審決は,本件発明2と引用発明とを対比し,一致点と相違点4~6
のうち,一致点及び相違点4,6は上記イの一致点及び相違点1,3とそ
れぞれ同一であり,相違点2に代わる相違点5は,次のとおりであるとし
た。
(相違点5)
本件発明2が,「連結部を,タッピングねじ状に形成するととも
に,前記壁体の連結金具取付位置に,取付穴の穴加工を施し,次いで
前記連結部を,取付穴に強制的にねじ込んで壁体に取付け,次いでこ
の連結部に連結金具を連結して,連結金具を壁体に取付ける」のに対
して,引用発明の螺棒(2)は,その外周面に雄ネジ(5)が刻設されただ
けのものであり,また,角パイプ(3)をH型鋼材(9)に取付ける手段
が,螺棒(2)を直接にH型鋼材(9)に取付けるのではなく,鉄板(1)と螺
棒(2)と角パイプ(3)とで予め一体に組み立てておいたコンクリート型
枠組用金具における螺棒(2)の固着された鉄板(1)を,その鉄板(1)の取
付孔(4)にボルトを挿通してH型鋼材(9)に固定する方法により,螺棒
(2)が鉄板(1)を介してH型鋼材(9)にボルトで取付けられる点。
エさらに審決は,本件発明8,9は,それぞれ,「方法の発明」である本
件発明1,2に対応する「物の発明」であるから,引用発明との一致点及
び相違点は,本件発明1,2と実質的に同一であるとした。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下に述べるとおり,引用発明の認定を誤り(取
消事由1),その結果,本件発明1,2,8,9について,いずれも引用発
明との一致点及び相違点の認定を誤っており(取消事由2),この誤りが審
決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法として取消し
を免れない。
ア取消事由1(引用発明の認定の誤り)
(ア)金具の取付け方法につき
a審決は,引用発明の認定において,コンクリート型枠用金具(以
下,単に「金具」という。)の取付け方法について,鉄板(1),螺棒
(2),角パイプ(3)を先に組み付けてから,H型鋼材(9)に取り付ける施
工方法のみが開示されているごとく認定しているが,誤りである。
確かに,甲1刊行物には,審決が認定した施工方法も記載されてい
るが,当業者の技術常識(取り付け勝手がよいかどうか)を勘案すれ
ば,鉄板(1)をまずH型鋼材(9)に取り付けてから,この鉄板(1)に螺棒
(2),角パイプ(3)を取り付ける施工方法も開示されていると解釈すべ
きである。従って,引用発明として,上記のような順序で取り付ける
施工方法に係る発明を認定すべきである。
bすなわち,甲1刊行物に記載された金具について審決で認定するよ
うな施工方法を実施すると,螺棒(2)を螺孔(6)にねじ込み過ぎて該螺
棒(2)の先端が鉄板(1)を突き抜けて突出し,この突出した螺棒(2)の先
端が邪魔になって鉄板(1)のH型鋼材(9)への取付不良が生じる場合が
あり,逆に,螺棒(2)のねじ込みが甘いと,作業中に螺棒(2)が鉄板(1)
から脱落する場合があるから,螺棒(2)の螺孔(6)へのねじ込みを適度
かつ慎重に行わなければならず,作業性が悪化する。また,螺棒(2)の
先端と鉄板(1)の裏面が面一となるようにする(甲1の第2図参照)た
めには,螺棒(2)の鉄板(1)への取り付けに当たって,慎重に螺棒(2)を
螺合するか,螺棒(2)を途中まで螺孔(6)にねじ込んで鉄板(1)をH型鋼
材(9)に取り付けてから再度螺棒(2)をねじ込むという二度手間を行う
必要がある。
さらに,甲1刊行物には,螺棒(2)が固着された鉄板(1)をH型鋼材
(9)に取り付けるに当たって,ボルトを鉄板(1)の取付孔(4)に挿通させ
ることが開示されているが(4頁13~14行),螺棒(2)を鉄板(1)に予
め固着させておくと,螺棒(2)が邪魔になって鉄板(1)の取り付け作業
性も悪くなる。甲1刊行物において,鉄板(1)に螺棒(2)を溶着する例
を図面記載の実施例とせずに,螺棒(2)を螺孔(6)に螺合させる例を図
面記載の実施例としたのも,この点を考慮したものと推測される。
このように,審決が認定した施工方法によると作業性が極めて悪く
なることから,当業者においてはそのような施工方法は採用せず,鉄
板(1)のみを先にH型鋼材(9)に取り付けてから,角パイプ(3)を螺着し
た螺棒(2)を該鉄板(1)に取り付けるのが常識である。したがって,甲
1刊行物の記載を,当業者の技術的常識を勘案して解釈すれば,上記
のような施工方法も開示されていると解釈するのが合理的である。
(イ)鉄板の中央部の孔及び螺棒の先端部の形状につき
a審決は,引用発明として,鉄板(1)の中央部に穿設される孔が螺孔
(6)である場合のみを認定しているが,これも誤りである。甲1刊行物
には,螺棒(2)についての変形例が記載されており,この変形例では鉄
板の中央部に穿設される孔の形状も螺孔(6)とは異なるところ,審決で
はこの変形例が全く考慮されていない。
すなわち,甲1刊行物には,第1図から第3図に開示された螺棒(2)
に代えて,第4図に示す螺棒をH型鋼材(9)に固着してもよいことが記
載されている(4頁5~8行)。
第4図に示された螺棒は,軸部の先端部が尖形に形成され,かつ,
雄ねじが尖形部分を含む軸部の全長にわたって形成されているととも
に,その先端部を除く全長にわたって同径に形成されていることか
ら,タッピングねじである。そして,タッピングねじは,木ねじとは
異なる。木ねじは,軸部の基端側に雄ねじが刻設されていない胴部を
もち,胴部を先細りのテーパー状に形成されたねじ部を持つねじであ
る。
そして,タッピングねじは,ねじ止め対象物に予め下穴を穿設して
用いられるものである。そうすると,甲1刊行物に記載された考案に
おいて,第4図に示される螺棒(タッピングねじ)が用いられる場合
には,鉄板(1)には,螺孔(6)ではなく下穴が形成されるものと当業者
は理解するから,甲1刊行物には,螺孔(6)に代えて下穴が形成された
鉄板が実質的に開示されているということができる。
したがって,審決は,引用発明として,甲1刊行物の第4図に示さ
れる螺棒(タッピングねじ)を用いる場合を念頭に置いて,下穴が形
成された鉄板を認定すべきであったものである。審決が,このことを
看過し,螺孔(6)が形成された鉄板(1)だけを認定したのは誤りであ
る。
「この螺棒を固着したものであると,木材等に固定bなお,甲1刊行物には,
と記載され,タッピングねじの相手するのに便利である」(4頁6~8行)
材としてH型鋼材(9)に代えて木材を使用することができ,この木材に
使用する場合には便利であることが開示されている。しかし,上記記
載を,鉄板(1)に代えて木製板が用いられていると解釈することはでき
ない。なぜなら,甲1刊行物の実用新案登録請求の範囲には「鉄板」
と特定されており,第4図の螺棒(タッピングねじ)を用いる場合で
も,鉄板を用いることを前提とした変形例だからである。
また,第4図に示す螺棒(タッピングねじ)を用いる場合でも,上
記(ア)で述べたように,まず,あらかじめ下穴が形成された鉄板をH型
鋼材(9)に取り付けるか,あるいは鉄板をH型鋼材(9)に取り付けてか
ら下穴を設け,次いで,螺棒を鉄板に取り付けることはいうまでもな
い。なぜなら,この場合でも,審決における解釈のように施工する
と,螺棒をまず鉄板にねじ込むことにより固着して,その後,鉄板を
H型鋼材(9)に取り付けた後,さらに螺棒をねじ込んでH型鋼材(9)に
取り付ける,という手順となり,作業性が悪化するからである。
(ウ)角パイプの螺棒への取付けのタイミングにつき
審決は,引用発明の認定において,鉄板(1),螺棒(2),角パイプ(3)を
組み付けて金具を形成してからコンクリート壁体側に取り付けるものと
しているが,誤りである。甲1刊行物に接した当業者は,螺棒(2)を鉄板
(1)に取り付ける前に角パイプ(3)を取り付けるか,または螺棒(2)を軽く
鉄板の下穴にねじ込んでから角パイプ(3)を螺棒に螺着し,この角パイプ
(3)とともに螺棒(2)を更にねじ込むという施工方法を想起するはずであ
る。
すなわち,甲1刊行物の第1図及び第2図に図示された螺棒(2)は全長
にわたって雄ねじ(5)が刻設されているので,この雄ねじ(5)部分を把持
して螺孔(6)にねじ込むのは難しい。したがって,螺棒(2)を鉄板(1)の螺
孔(6)にねじ込むには,角パイプ(3)を回転させて螺棒(2)を鉄板(1)に取
り付ける方が容易である。ましてや,第4図の螺棒(タッピングねじ)
を鉄板にねじ込む場合には,ねじ込みに相当の力を要するので,まず角
パイプ(3)を螺棒(2)に取り付け,外周面が六角形等である角パイプを回
転させてねじ込む方法をとるはずである。
(エ)小括
以上のとおり,甲1刊行物には,下記の発明(以下「原告主張引用発
明」という。)が実質的に記載されており,審決がこれを引用発明とし
て認定しなかったことは誤りである。

「鉄板(1),螺棒及び角パイプ(3)とからなるコンクリート型枠組用金具
を使用する土留工事や鉄筋鉄骨建造物の構築におけるコンクリート型
枠組の施工方法であって,
前記コンクリート型枠組用金具を,タッピングねじ状に形成された
螺棒と,この螺棒がねじ込まれる下穴が穿設された鉄板と,両端部の
内周面に雌ネジ(7)が刻設されてその全長にわたる外周面が六角形,四
角形や他の多角形に形成された角パイプ(3)とを有して形成し,
地中にH型鋼材(9)を打ち込み,土留工事や鉄筋鉄骨建造物のコンク
リート壁体側の土砂を取り除いた後,鉄板の取付孔(4)にボルトを挿通
して該鉄板をH型鋼材(9)に固定し,予めヘッド部に角パイプ(3)が螺
着された螺棒を鉄板の下穴にねじ込み,或いは螺棒を下穴に軽くねじ
込んでその後角パイプ(3)を介して更にねじ込み,これにより螺棒を鉄
板及びH型鋼材(9)に固着し,角パイプ(3)の回動により,或いは,セ
パレータ(8)の角パイプ(3)への螺挿状態により,H型鋼材(9)と型枠
(10)との間隔を調整することができる土留工事や鉄筋鉄骨建造物の構
築におけるコンクリート型枠組の施工方法」
イ取消事由2(一致点,相違点の認定の誤り)
(ア)本件発明1につき
a上記ア(エ)のとおり引用発明を正しく認定すれば,本件発明1と引用
発明との一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。
(一致点’)
「金属性連結対象物に,連結金具の基端部に設けられた連結部を取
付けるとともに,連結金具の先端部にセパレータの一端側を螺入
し,セパレータの他端側で型枠を保持するコンクリート型枠保持
方法において,前記連結部を,タッピングねじ状に形成するとと
もに,前記連結金具の先端側の外周部に,連結金具回転用の工具
を軸方向から装着可能な工具装着部を設け,前記金属製連結対象
物の連結金具取付位置に,穴加工を施すとともに,前記連結部を
連結金具とともに回転させ,連結部を連結金具に強制的にねじ込
んで,連結金具を壁体に取付けるコンクリート型枠保持方法」で
ある点。
(相違点1’)
連結部が直接に連結される「金属性連結対象物」が,本件発明
1では,「土留め壁や連続地中壁等の壁体の金属部分」であるの
に対して,引用発明では,螺棒(2)が固着される「鉄板(1)」であ
って,その「鉄板(1)」は,螺棒(2)の取付前において鉄板(1)の取
付孔(4)にボルトを挿通してH型鋼材(9)に固定されるものである
点。
(相違点2’)
本件発明1が,「前記壁体の連結金具取付位置に,連結金具を
直接壁体に取付ける」のに対して,引用発明の第4図に開示の螺
棒は,鉄板を介して間接的にH型鋼材(9)に取付ける点
(相違点3’)
(審決の認定した相違点3に同じ)
b上記相違点1’及び相違点2’は,ともに本件発明1の「土留め壁
や連続地中壁等の壁体」と,引用発明の「鉄板が取り付けられるH型
鋼材(9)」との相違に起因するものであり,この点について検討する
と,本件発明1の「土留め壁や連続地中壁等の壁体」は,本件明細書
(甲6)の段落【0048】の記載によれば,コンクリート壁とH型鋼材
等の金属支柱で構成され,複数の部材から構成されることを許容して
いると考えられる。してみれば,引用発明に係る金具の一部を構成す
る鉄板をH型鋼材に取り付けた状態でこのH型鋼材(9)と鉄板を含めて
土留め壁や連続地中壁等の壁体と解釈することができる。従って,こ
の点,本件発明1と引用発明とは実質的な相違はないと考えられる。
従って,上記相違点1’及び相違点2’は,実質的な相違点ではな
く,この点でも両者は一致している。
また,相違点3’については,審決はその評価を行っていないが,
相違点3’も,引用発明において連結金具を六角形等の角パイプ(3)と
したのは,軸方向からはパイプレンチを,周方向からはスパナを,各
々装着できるようにしたものであることは,当業者なら十分読みとれ
るものであり,相違点ではなく一致点である。
したがって,本件発明1は,引用発明と実質的に同一であるか,少
なくとも,甲1刊行物の記載に基づき,甲2~甲5刊行物に記載され
た技術的事項及び本件特許出願時の当業者の技術常識を勘案すれば,
当業者が容易に想到できた。このように,審決は,引用発明の認定を
誤った結果,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点の認定を誤
り,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(イ)本件発明2につき
引用発明を,甲1刊行物の第4図等に基づいて原告主張引用発明のと
おり認定すれば,本件発明2についても,審決の一致点及び相違点4~
6の認定はいずれも誤りとなる。
相違点4の評価については,審決では相違点1について検討したのと
同様であるとしているので,原告の主張も上記相違点1に関する主張と
同様である。また,審決では相違点6の評価を行っていない。そこで,
審決が相違点2に代わって新たに認定した相違点5に絞って述べると,
本件発明と原告主張引用発明との相違点5’は,以下のとおりである。
(相違点5’)
本件発明2が,壁体に直接下穴が形成されるのに対し,引用発明が
下穴を形成した鉄板をH型鋼材に取り付けることにより壁体に下穴を
構成する点,或いは引用発明が下穴を形成する前の鉄板をH型鋼材に
取り付け,その後,この鉄板に下穴を設けることにより壁体に下穴を
構成する点。
そして,相違点5’は,実質的な相違点ではないか,少なくとも,甲
2~甲5刊行物に記載された技術的事項及び本件特許出願時の当業者の
技術常識を勘案すれば,当業者が容易に想到できたものである。
したがって,審決の引用発明の認定の誤りは,本件発明2について
も,審決の結論に影響を及ぼすものである。
(ウ)本件発明8,9につき
本件発明8,9は,それぞれ本件発明1,2と単に発明のカテゴリー
が相違するだけで実質的な相違を認めることができない。したがって,
審決は,本件発明8,9と引用発明との間の一致点,相違点についても,
本件発明1,2と同様に誤っており,この誤りは審決の結果に影響を与
えるものである。
2請求原因に対する認否
請求の原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断が誤りであるとする原告の主張は,次のとおり,いずれも失
当である。
(1)取消事由1に対し
ア原告の主張(ア)につき
原告は,甲1刊行物記載の考案においては,鉄板(1)のみを先にH型鋼材
(9)に取り付けてから,角パイプ(3)を螺着した螺棒(2)を該鉄板(1)に取り
付けるのが,当業者(施工業者)の常識である,と主張する。
しかし,鉄板(1)のみを先にH型鋼材(9)に取り付けるのであれば,当業
者,特に一度でも施工経験が有る施工業者であれば,屋上屋を架すような
鉄板(1)を用いることは有り得ず(鉄板(1)を用いる意味が全くない),H
型鋼材(9)に直接螺孔(6)を設けたり,H型鋼材(9)に直接螺棒(2)の一端部
を溶着するのが常識である。
イ原告の主張(イ)につき
(ア)原告は,第4図に示された螺棒の先端部は,その外見上タッピングね
じであると主張する。
しかし,「木製矢板用セパレータ」の連結具に係る考案の公開実用新
案公報である甲4刊行物の第1図,第2図には,木製矢板にねじ込まれ
る連結具が示されており,その先端部の外見は,甲1刊行物の第4図の
螺棒と同一である。したがって,甲1刊行物の第4図の螺棒も,その先
端部の全体が木製部分にねじ込まれるものであって,タッピングねじで
はなく木ねじであると解される。
「この螺棒を固着したものであると,木材等に固定する(イ)原告は,甲1刊行物の
との記載にいう「木材等に固定する」とのに便利である」(4頁6~8行)
は,鉄板(1)に代えて木製板を用いるという意味ではなく,H型鋼材(9)
に代えて木製矢板を用いるという意味であると主張する。
しかし,H型鋼材(9)に代えて木製矢板を使用すると解した場合,螺棒
の先端部のねじ込み相手が鉄板(1)になってしまい,甲1刊行物の上記記
載内容に完全に反することになる。
なお,この点にについて原告は,甲1刊行物の実用新案請求の範囲で
は「鉄板」であることを前提にしているので,鉄板(1)に代えて木製板を
用いることはあり得ないと主張するが,甲1刊行物に係る実用新案登録
の出願人は,第4図に示す木材用のハンガーボルトについては,公開に
よって他人の権利化を阻止することを目的とするにとどめ,積極的に権
利化の意思がなかったと解することで,矛盾なく説明がつき,このよう
に解することが当業者の技術常識にも合致する。
ウ原告の主張(ウ)につき
(ア)原告は,甲1刊行物の第4図の螺棒を使用した場合の施工手順とし
て,螺棒に角パイプ(3)の一端部を装着し,角パイプ(3)の他端部にボッ
クスレンチを装着して角パイプ(3)を回転させることによって,螺棒のタ
ッピングねじ状部分が鉄板(1)の下穴にねじ込まれる,と主張する。
しかし,仮に,甲1刊行物の第4図の螺棒の先端部がタッピングねじ
状であるとしても,原告が主張するような施工手順を採ることはあり得
ない。
すなわち,甲1刊行物の第3図から明らかなように,甲1刊行物のコ
ンクリート型枠組用金具は,螺棒(2)の角パイプ(3)への螺入量の調節に
より,コンクリート壁体の厚さ(H型鋼材と型枠との間隔)を調節する
構造になっている。しかるに,原告が主張するような施工方法による
と,下記(イ)のとおり,螺棒(2)の角パイプ(3)への螺入量を調節できない
ので,コンクリート厚さの調節もできなくなってしまうのである。
(イ)タッピングねじを角パイプ(3)に固定しない状態で,角パイプ(3)を回
転させると,最初は角パイプ(3)のみが回転してタッピングねじは全く回
転しない。そして,タッピングねじと角パイプ(3)とが,タッピングねじ
の螺入抵抗以上の力で強固に固定された後,初めてタッピングねじが回
転し始め,鉄板(1)の下穴にねじ込まれるのである。
ところが,この段階では既に,タッピングねじと角パイプ(3)とが強固
に固定されていて,角パイプ(3)のみを正逆回動させることが不可能であ
るので,角パイプ(3)の正逆回動による長さ調節が不可能となることは明
らかである。なお,角パイプ(3)とタッピングねじとの固定を解除するた
めに角パイプ(3)を逆転させても,タッピングねじが角パイプ(3)ととも
に逆転して下穴から抜け出してくるだけで,タッピングねじと角パイプ
(3)との固定を解除することはできない。
エ小括
以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,原告の主張する引用
発明を甲1刊行物から認定することはできず,審決の引用発明の認定に誤
りはない。
(2)取消事由2に対し
上記(1)のとおり,審決の引用発明の認定に誤りはないので,その誤りがあ
ることを前提とする原告の主張も失当である。
第4当裁判所の判断
1請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下,原告の主張する審決の取消事由について順次判断する。
2取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)特許法29条1項3号にいう「刊行物に記載された発明」(引用発明)は,
引用刊行物に記載されている事項から認定するが,記載事項の解釈に当たっ
ては技術常識を参酌することができ,出願時における技術常識を参酌するこ
とにより当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者)が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項(「刊行物に記
載されているに等しい事項」)も,引用発明の認定の基礎とすることができ
る。
そこで,以上の見地に立って,甲1刊行物に関し,審決が認定した審決認
定引用発明は誤りであって,原告主張引用発明が正しいのかどうかについて
検討する。
(2)金具の取付け方法につき
ア原告は,甲1刊行物には,鉄板(1)をまずH型鋼材(9)に取り付けてか
ら,この鉄板(1)に螺棒(2),角パイプ(3)を取り付ける施工方法も開示され
ているに等しい,と主張する。
しかし,原告の主張は採用できない。その理由は以下のとおりである。
イ甲1刊行物には,次の記載がある。
①「1.考案の名称
コンクリート型枠組用金具」
②「2.実用新案登録請求の範囲
取付孔を有する鉄板の一面中央部に,雄ネジを刻設した螺棒を固着し,両端部の
内周面に雌ネジを刻設した角パイプの一端部を上記螺棒に螺着したことを特徴とす
るコンクリート型枠組用金具。」(1頁4行~8行)
③「本考案は,雄ネジを刻設した螺棒を鉄板に固着し,該螺棒に雌ネジを有する角パイ
プの一端部を螺着してなり,上記鉄板をH型鋼材等に固定すると共に,角パイプの
他端部にボールトを螺着するようにして型枠組を行うことにより,コンクリ-ト壁
体等の厚さに応じて調整することができ,しかも,型枠組を容易,かつ,強固に行
えるようにしたコンクリート型枠組用金具である。」(2頁9行~16行)
④「本考案のコンクリート型枠組用金具は,第1図及び第2図に示す如く,鉄板(1),
螺棒(2)及び角パイプ(3)とからなる。鉄板(1)は,その両側に取付孔(4)を穿設して
あり,一面中央部に螺棒(2)を固着してある。螺棒(2)は外周面に雄ネジ(5)が刻設
されていて,鉄板(1)の中央部に穿設した螺孔(6)に一端部を螺挿して固着したもの
を例示してある。しかし,これに限定されない。螺棒(2)の一端部を鉄板(1)の一面
中央部に溶着したものであつてもよい。」(3頁2行~10行)
ウ甲1刊行物の上記記載③によれば,甲1刊行物が開示する考案におい
て,金具をH型鋼材に取り付ける手順は,鉄板,螺棒及び角パイプを先に
組み付けて金具を形成し,その後に,鉄板をH型鋼材等に固定するという
ものであると解釈するのが自然である。
金具の取付けがこのような手順で行われると解釈するのが自然であるこ
とは,記載④において,螺棒の鉄板への固着方法として,鉄板(1)中央部に
予め設けた螺孔(6)に螺着する方法に代えて,鉄板(1)中央部に溶着する方
法を開示していることからも明らかである。もし原告が主張するように,
まず鉄板(1)をH型鋼材(9)に固定し,その後に螺棒を鉄板(1)に固着させる
のであれば,螺着に代えて溶着の方法を取るとき,溶接作業を工事現場で
行わざるを得ないことになるが,甲1刊行物が開示しているのは,上記①
の考案の名称及び上記②の実用新案請求の範囲から明らかなように,「コ
ンクリート型枠組用金具」という物の考案であるところ,その「金具」を
形成するための溶接作業を工事現場で行うのでは,もはや物の考案とはい
い難いからである。
エ原告は,甲1刊行物には上記アの金具の取付け方法が開示されているに
等しいという主張の根拠として,そのような取付け方法が,審決の認定し
た取付け方法よりも作業性が良いことは,技術常識に照らして当業者にと
って明らかだからであると主張する。
しかし,原告の主張を裏付ける技術常識が存在することを認定するに足
る証拠はない。
かえって,もし原告主張のように,鉄板(1)のみを先にH型鋼材(9)に取
り付け,その後に鉄板(1)に螺棒(2)を螺着ないし溶着するのであれば,鉄
板(1)を用いることの技術的意義が不明となる。甲1刊行物の第1図によれ
ば,鉄板(1)は左右2個の取付孔(4)を利用してH型鋼材に固定されるもの
であるが,鉄板をH型鋼材とは別部材として用意すること自体がコストの
増加の要因となる上に,H型鋼材(9)に,鉄板(1)の2個の取付孔(4)に対応
するボルト孔を加工するとともに,2本のボルトを用いて鉄板(1)をH型鋼
材(9)に固定しなければならない。このようなコスト及び工程数の増加の要
因があるにもかかわらず,原告主張のような取付け方法を採用することに
よって何らかの積極的な作用効果等が得られると認めることはできない。
また,原告は,審決の認定した取付け方法の作業性が悪いことの理由と
して,螺棒(2)の先端の螺孔(6)へのねじ込みを慎重にしなければならない
ことを挙げる。しかし,その程度の事情によって,当業者が,甲1刊行物
に明記された審決認定の取付け方法に加えて,原告主張の取付け方法が甲
1刊行物に記載されているのと同然であると理解すると認めることはでき
ない。
(3)鉄板の中央部の孔及び螺棒の先端部の形状につき
ア原告は,甲1刊行物に上記の第4図として図示されている螺棒(「A」
「B」の符号は本判決で付した。)について,当業者は,A部分をタッピ
ングねじ状に形成したものであると理解することができ,当該螺棒を用い
る場合,鉄板の中央側にも,これに対応して,螺孔(6)に代えて下穴を穿設
することも,当業者には自明であると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は採用できない。
イ原告は,第4図の螺棒のA部分が外見上タッピングねじ状であることの
根拠として,いくつかのインターネットのウェブサイト上の記事及び写真
(甲7~9)を援用し,これらの記事等によれば,木ねじの軸部がテーパ
ー状であるのに対して,タッピングねじでは直線状であるとされていると
ころ,第4図の螺棒のA部分も軸部は直線状であることを挙げる。
しかし,「木製矢板用セパレーターの連結具」に係る考案の公開実用新
案公報である甲4刊行物の第1図,第2図には,木製矢板にねじ込まれる
連結具が示されており,その先端部の外見は,甲1刊行物の第4図の螺棒
のA部分と同一(軸部が直線状)である。そうすると,甲1刊行物の第4
図の螺棒も,A部分の全体が木製部分にねじ込まれるものであって,タッ
ピングねじ状ではなく木ねじ状であると解することにも十分な合理性があ
る。
ウまた,甲1刊行物の考案の詳細な説明において,第4図に図示された螺
「また,第4図に示すような螺棒を固着してもよい。この螺棒を棒の例については,
と記載固着したものであると,木材等に固定するのに便利である。」(4頁5~8行)
されている。
上記記載のうち「木材等に固定する」という点の意味を検討すると,こ
れを,鉄板(1)に代えて木製板を用いるという意味に解することはできな
い。なぜなら,甲1刊行物の実用新案請求の範囲において「鉄板」が考案
の構成要件として特定されていることと明らかに矛盾するからである。
一方,金具を固定する対象をH型鋼材ではなく木製矢板とするという意
味に解することも考えられるが,木製矢板に金具を固定するためには,螺
棒(6)のA部分を木ねじ状に形成し,直接に木製矢板にねじ込むようにすれ
ば足りるのであって,わざわざ鉄板(1)という別部材を用意し,これを取付
孔(4)を利用して木製矢板に固定することや,鉄板に電動ドリルで下穴を穿
設した上,螺棒のA部分が鉄板を貫通し木製矢板にまでねじ込まれるよう
にすることの技術的意義を理解することができない。むしろ,木製矢板に
第4図の螺棒をねじ込むのであれば,鉄板には第1図に示されるのと同様
の雌ねじを切った螺孔(6)を形成しておき,螺棒のうちB部分の外周に切ら
れた雄ねじを螺孔(6)の雌ねじに係合させ,A部分の全体を木製矢板にねじ
込むようにした方が合理的であるとも考えられる。
このように,甲1刊行物の第4図に図示される螺棒のA部分のねじ山
は,甲1刊行物自体の記載からも,タッピングねじであるのか,木ねじで
あるかが不明であるといわざるを得ない。したがって,原告主張のよう
に,A部分がタッピングねじ状に形成されており,これに対応する下穴が
鉄板(1)に穿設されるものであると当業者が理解すると認めることはできな
い。
(4)角パイプの螺棒への取付けのタイミングにつき
ア原告は,審決は,引用発明の認定において,鉄板(1),螺棒(2),角パイ
プ(3)を組み付けて金具を形成してからコンクリート壁体側に取り付けるも
のとしているが,誤りであり,甲1刊行物に接した当業者は,螺棒(2)を鉄
板(1)に取り付ける前に角パイプ(3)を取り付けるか,または螺棒(2)を軽く
鉄板の下穴にねじ込んでから角パイプ(3)を螺棒に螺着し,この
角パイプ(3)とともに螺棒(2)を更にねじ込むという施工方法を想起するは
ずである,と主張する。
しかし,甲1刊行物の第1図のように,先端部全体に雄ねじを切った螺
棒を,雌ねじを切った螺孔を有する鉄板に螺着する場合であればともか
く,原告主張引用発明の構成において前提とするように,第4図に記載さ
れた螺棒を,下孔を有する鉄板にねじ込む場合においては,原告の主張す
るような施工方法を当業者が想起すると考えることはできない。その理由
は以下のとおりである。
イ(ア)甲1刊行物には,次の記載がある。
「本考案は,……ようにして型枠組を行うことにより,コンクリート壁体等の厚さに
応じて調整することができ……るようにしたコンクリート型枠組用金具である。」
(2頁9行~下5行)
「例えば,角パイプ(3)を時計方向に回動すると,螺棒(2)及びセパレータ(8)が角パ
イプ(3)の中央部に向かって螺入するので,その間隔を狭くすることができる。逆
に,角パイプ(3)を反時計方向に回動すれば,上述と反対に間隔を広くすることが
できる。」(4頁17行~5頁2行)
上記各記載によれば,甲1刊行物に記載された考案の目的とする作用
効果の一つとして,H型鋼材と型枠との間隔を調節できるようにするこ
とがあり,かかる作用効果を奏するために,螺棒(2)の外周の雄ねじ部と
角パイプ(3)の内周の雌ねじ部とは回動可能とし,正逆回動によって螺入
量が調節できるようにする構成を採用しているものと認められる。そう
すると,第4図に示される螺棒において,B部分の外周の雄ねじ部が角
パイプ(3)の内周の雌ねじ部に固定されてしまうと,甲1刊行物に記載さ
れた考案の目的の一つである,H型鋼材と型枠との間隔の調節が不可能
になってしまうのである。
(イ)しかるに,原告が主張するように,第4図の螺棒のタッピングねじ状
のA部分を鉄板にねじ込む前に,角パイプ(3)を同螺棒のB部分に取り付
けるとすると,以下に述べるとおり,まさに,B部分の外周の雄ねじ部
が角パイプ(3)の内周の雌ねじ部に固定されてしまうと考えられる。
第4図の螺棒のB部分に角パイプ(3)を回転させて取り付けてから螺棒
のA部分を鉄板に設けた下孔にねじ込こもうとする場合,螺棒のタッピ
ングねじ状の先端を鉄板の下孔にねじ込むためには強いトルクが必要と
されるので,螺棒のB部分の外周(雄ねじ)と角パイプ(3)の内周(雌ね
じ)とが強固に固定された後でないと,螺棒のA部分を鉄板の下孔にね
じ込むことはできない。そうすると,施工後には,螺棒のB部分の外周
(雄ねじ)と角パイプ(3)の内周(雌ねじ)とが強固に固定されてしまっ
ているので,角パイプ(3)の正逆回動による長さ調節が不可能となること
は明らかである。なお,角パイプ(3)と螺棒との固定を解除するために角
パイプ(3)を逆回動させても,螺棒が角パイプ(3)とともに逆転して下孔
から抜け出してくるだけで,螺棒と角パイプ(3)との固定を解除すること
はできないと考えられる。
(ウ)この点につき,原告は,螺棒と角パイプ(3)との相互の正逆回動がで
きない場合であっても,角パイプ(3)の他端部に螺入されるセパレータの
螺入量によってH型鋼材(9)と型枠(10)との間隔を調整することができ,
甲1刊行物の考案の効果を十分に達成することができると主張する。
しかし,原告主張のような,甲1刊行物に記載された発明の作用効果
(上記(ア))を低減する施工方法が,甲1刊行物に記載されているに等し
いと解釈することはできない。しかも,H型鋼材(9)に鉄板(1)と螺棒(2)
と共に,角パイプ(3)も取り付けてある場合には,角パイプ(3)はその後
行う鉄筋の配筋作業の空間に突出して存在することになるので,配筋作
業の妨げになるものと考えられる。
(エ)以上のとおり,甲1刊行物に接した当業者が,原告が主張するよう
に,「鉄板(1)をまずH型鋼材(9)に取り付けてから,この鉄板(1)に
螺棒(2),角パイプ(3)を取り付ける施工方法」が記載されていると解す
るとは認められない。
(5)小括
上記(1)~(4)のとおり,甲1刊行物に,原告の主張する内容の引用発明が
記載されているに等しいということはできない。したがって,審決が,その
一致点の認定において示したとおりの内容の引用発明(審決認定引用発明)
のみを認定したことに,原告主張の誤りはなく,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤り)について
原告の主張は,本件発明1,2,8,9のいずれについても,甲1刊行物に
記載された引用発明の認定に誤りがあることを前提とするものであるが,かか
る前提に理由がないことは上記2のとおりであるから,その余について判断す
るまでもなく,取消事由2も理由がない。
4結語
以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
く,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

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