弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中140日をその刑に算入する。
被告人から金2000万円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成15年7月27日施行の宮崎県知事選挙に当選して,同年8月
5日から同県知事に就任し,平成18年12月4日までの間,同県を統括して同
県職員を指揮・監督し,同県が発注する業務に関し,指名競争入札における指名
業者の選定,契約の締結等の職務に従事していたものであるが,
第1A1と共謀の上,平成15年7月30日,宮崎市a町b番地所在の被告人方に
おいて,測量設計業等を営むB1設計株式会社(以下「B1設計」という。)
の代表取締役A2から,宮崎県発注に係る測量設計業務等を同社が受注できる
よう有利便宜な取り計らいを受けたい旨の請託を受け,その報酬として供与さ
れるものであることを知りながら,同人から現金2000万円の供与を受け,
同年8月5日,同県知事に就任し,もって,被告人の将来担当すべき前記職務
に関し,請託を受けて賄賂を収受し,
第2平成15年10月4日,宮崎市c町de番地f所在の宮崎県知事公舎において,
前記A2から,同県発注に係る測量設計業務等をB1設計が受注できるよう有
利便宜な取り計らいを受けたい旨,また,同県発注に係る公共工事等を上記A
2が被告人に対して口利きした土木建設業者等が受注できるよう有利便宜な取
り計らいを受けたい旨の請託を受け,その報酬として,上記A2をして,平成
15年10月31日から平成17年5月24日までの間,20回にわたり,同
市gh丁目i番地j所在の株式会社B2銀行B3支店の前記A1名義の普通預金口
座に現金合計1026万円を振込入金させ,よって,同人に同額の利益を得さ
せ,もって,自己の前記職務に関し,請託を受けて第三者に賄賂を供与させ,
第3宮崎県が平成17年10月7日に施行した「平成17年度県橋維持第01−
01号橋梁維持事業」の指名競争入札に際し,あらかじめ指名業者間で落札予
定業者等を協定することにより,B1設計に上記委託業務を有利な価格で落札
させようと企て,前記A2,同県出納長であったA3,同県土木部次長であっ
たA4,B1設計宮崎支店長であったC1及び別紙1記載の指名業者の担当者
らと共謀の上,公正な価格を害する目的をもって,平成17年6月下旬ころか
ら同年10月6日までの間,宮崎市kl丁目m番n号所在の宮崎県庁1号館9階の
土木部次長室において,上記A4が,順次,上記C1及び別紙1記載のC3に
対し,B1設計が落札予定業者として適当である旨申し向けるなどし,同日及
び同月7日,同市op丁目q番r号所在のB8会議室及び上記県庁1号館7階第四
会議室に設置された入札会場において,上記C1及び別紙1記載のC4,同C
5,同C6及び同C7が,B1設計を上記委託業務の落札予定業者とし,B1
設計の入札価格よりも高い金額で入札する旨の協定をし,もって談合し,
第4宮崎県宮崎土木事務所が平成17年11月16日に施行した「平成17年度
災害委託第1−AC号災害復旧事業」の指名競争入札に際し,あらかじめ指名
業者間で落札予定業者等を協定することにより,B1設計に上記委託業務を有
利な価格で落札させようと企て,前記A2,同A1,同県出納長であったA3,
同県土木部次長であったA4,同県宮崎土木事務所所長であったA5,同土木
事務所次長であったC8,B1設計宮崎支店長であったC1及び別紙2記載の
指名業者の担当者らと共謀の上,公正な価格を害する目的をもって,平成17
年9月下旬ころから同年11月14日までの間,前記土木部次長室及び宮崎市
ks丁目t番u号所在の宮崎県庁4号館5階の同土木事務所において,上記A4,
A5及びC8が,順次,上記C1,別紙2記載のC10及び同C12らに対し,
B1設計が落札予定業者として適当である旨申し向けるなどし,同日,同市vw
丁目x番y号所在のビジネスホテルB13・1階会議室において,上記C1及び
別紙2記載のC9,同C11,同C13,同C14及び同C15が,B1設計
を上記委託業務の落札予定業者とし,B1設計の入札価格よりも高い金額で入
札する旨の協定をし,もって談合し,
第5宮崎県高岡土木事務所が平成18年7月20日に施行した「平成17年度河
川激特第2−L号麓川橋梁詳細設計業務」の指名競争入札に際し,あらかじめ
指名業者間で落札予定業者等を協定することにより,B1設計に上記委託業務
を有利な価格で落札させようと企て,前記A2,B1設計宮崎支店顧問であっ
たC1,同県環境森林部長であったA6,同県土木部次長であったA5及び別
紙3記載の指名業者の担当者らと共謀の上,公正な価格を害する目的をもって,
平成18年7月6日ころから同月10日ころまでの間,前記土木部次長室にお
いて,上記A5が,順次,上記C1及び別紙3記載のC17に対し,B1設計
が落札予定業者として適当である旨申し向けるなどし,同月11日及び同月1
8日,同市kz丁目α番β号所在のホテルB17会議室において,別紙3記載の
C16,同C9,同C11,同C18,同C20及び同C21が,B1設計を
上記委託業務の落札予定業者とし,B1設計の入札価格よりも高い金額で入札
する旨の協定をし,もって談合し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
【前提となる事実】
1被告人の経歴
被告人は,昭和39年4月,宮崎県庁に採用され,平成10年3月,宮崎県
商工労働部長を最後に退職し,平成11年7月施行の同県知事選挙に立候補し
たものの落選した。
その後,被告人は,平成15年7月施行の同県知事選挙に立候補して当選し,
同年8月5日から同県知事の職にあったが,平成18年12月4日,辞職した。
2被告人の職務権限
被告人は,宮崎県知事として,同県を統括して職員を指揮監督し,同県発注
の事業に関する指名競争入札の入札参加者資格の決定,入札参加者の指名,請
負契約の締結等の職務権限を有し,これらの事務を管理し執行していた。
3B1設計の概要
B1設計は,A2が昭和55年7月に設立した土木,建設設計及び測量等を
業務とする東京に本社を置く設計コンサルタント会社である。A2は,事業拡
大のため,宮崎県の企業誘致に応じ,平成2年10月,宮崎県児湯郡に同社宮
崎支店を開設し,同支店では,平成11年から宮崎県発注の測量・設計業務の
受注を開始した。
4被告人とA1の関係
昭和54年に元宮崎県知事が収賄で逮捕されたが,被告人は同知事の秘書,
A1は同知事の選挙の裏方として二人は知り合い,A1が国会議員の秘書をし
ていたとき,被告人がその事務所に出入りしていたことから交際するようにな
った。被告人は,平成11年7月施行の知事選挙に立候補したときから,A1
から選挙戦略に関する助言を受けるなどの支援を受けていた。被告人は,同選
挙に落選した後も,4年後の当選を期して政治活動を続けていたが,その間も
A1との関係は継続していた。
【事前収賄事件(判示第1)の争点と判断】
第1争点
A2が見返りを求めて提供する現金2000万円について,被告人に,A2
の意思に応じて受け取る意思があったか否か。
1検察官の主張
被告人は,平成15年7月施行の宮崎県知事選挙の終盤を迎えて,選挙活動
の終了に伴う諸費用の清算等のためのいわゆる終戦処理費用として2000万
円の調達をA1に依頼し,それを受けたA1がA2に話を持ち掛けて供与させ
たもので,被告人に,事前収賄に係る2000万円の現金を収受する意思があ
った。
2弁護人の主張
被告人がA1に,終戦処理のために2000万円の調達を依頼したことはな
い。また,被告人は,当選祝いに訪れたA2から提供された現金入り封筒の受
取を拒否した上,A2が置き去った現金入り封筒を,A2に対し,事後,直接
又はA1を介して全額返還している。以上の事実に照らし,被告人には200
0万円を収受する意思はなかった。
第2争点の前提となる事実についての当事者の主張及びそれに対する判断
1知事選前のA2からの現金供与
(1)検察官の主張
被告人は,平成14年以降,平成15年7月の知事選挙に至るまでの間,
A2から,少なくとも5回にわたり,合計1700万円の資金提供を受けて
おり,受領時においては,いずれも選挙活動費用に使う意思で受け取ってい
たもので,被告人は,知事選前,A2との間で資金的な依存関係にあった。
(2)弁護人の主張
平成15年知事選前におけるA2の被告人への金銭提供額は700万円で
ある。被告人は,A2から受領した現金は,当初から返還する意思で使わず
に預かっていただけであり,知事選前後を通じて全額返還したもので,A2
との間で資金的な依存関係はなかった。
(3)判断
ア当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,知事選前におけるA2から被告人への現金供与の
状況は,下記のとおりであったと認定できる。
(ア)被告人は,平成11年7月施行の知事選挙に落選後,次の平成15
年の知事選挙立候補のため,A1の協力を得ながら,県の誘致企業等を
回って支援を呼び掛けていた。
(イ)B1設計は,県の誘致企業でありながら,県内に本社を置かない県
外企業とみなされ,測量設計業界の談合母体である「宮崎県B18」か
ら入会を拒否されて談合から排除され,また,緊縮財政の影響で県発注
の公共事業は減少傾向にあったなどの事情から県発注の測量設計業務の
指名競争入札において,指名業者に入れても,本命業者として落札・受
注することは極めて困難な状況にあった。そのため,B1設計の宮崎支
店は赤字経営が続いていた。
(ウ)平成13年,A1は,A2を紹介されて知り合い,同年末か平成1
4年初めころ,A1が被告人と共に,B1設計東京本社を訪れてA2を
引き合わせた。被告人は,A2に選挙の支援を依頼し,A2は,B1設
計が県の誘致企業でありながら,県発注測量設計業務の受注が全然伸び
ない状況を訴えた。
(エ)被告人は,A1に,事務所経費や人件費等のための資金調達を依頼
し,これを受けて,A1が資金の提供をA2に要請した。その際,A1
は,A2に対し,「選挙にはいろいろ金が掛かる。被告人が知事になれ
ばB1設計の仕事は今より増える。」などと言った。A2は,B1設計
の現状を打破するために,被告人が知事になった後の受注増を期待して,
被告人に資金提供して支援をしようと考えた。
(オ)平成14年秋ころ,被告人は,上記要請を受けたA2から,200
万円の提供を受けた。その際,A2は,「我が社のような誘致企業も仕
事が取れるように考えてください。」と言い,被告人は,「私が当選し
たら,A2さんの会社についてはぴしゃっと対応していきます。」と言
った。また,同様に,被告人は,A2から,同年末に200万円,平成
15年初めころに300万円,5月下旬に500万円,7月上旬に50
0万円の提供を受けた。その際,A1は,「この間言われたものをお持
ちしました。」と言い,A2は,「当選されたら我が社をよろしくお願
いします。」,「会社も苦労してねん出したお金です。よろしくお願い
します。」,「我が社も被告人に社運を懸けています。」などと言い,
これに対し被告人は,「分かっています。ありがとうございます。無理
を掛けて申し訳ないです。」,「無理掛けていますね。お世話になって
います。」などと言って現金を受領した。上記5回の現金供与の際には,
いずれもA1が立ち会っていた。
イA1及びA2の各証言の信用性の検討
以上の事実は,A1及びA2の各証言に基づいて認定したものであるの
で,その部分に関係する同人らの証言の信用性を検討する。
(ア)A1証言の要旨
a被告人から,「いよいよ本格的な動きになってきましたので,選挙
事務所の経費とか人件費とかもろもろのことが予想以上に掛かります
ので何とか作ってください。」と選挙資金の調達を要請され,その要
請を受けてA2にお願いしていた。A2から被告人への資金提供は,
合計五,六回,総額にして2000万円を超えていたと思う。A2は,
平成15年5月と7月には各500万円を被告人に提供した。
b金銭授受のときに,A2が,「当選されたときはくれぐれも我が社
のことをよろしくお願いします。」と言い,これに対して被告人が,
「もちろん分かっています。いつもありがとうございます。自分が当
選しましたら,やはりぴしゃっと面倒見ていきますから。」などと言
っていた。
(イ)A2証言の要旨
a平成14年秋ころと同年終わりころに各200万円,平成15年に
入って間もなくのころに300万円,同年5月下旬ころと同年7月上
旬ころに各500万円の合計1700万円を,前後5回にわたり被告
人に供与した。
b現金授受の際には,A1が被告人に,「この間言われたものをお持
ちしました。」などと言っていた。私も,本当に会社が苦しかったの
で,苦しい中ねん出したお金ですということは声を大きくして被告人
に話した。被告人は,「無理をさせて申し訳ありませんね。」という
ようなことを言った。
c1回目の500万円のときも,2回目の500万円のときも,これ
を断れば,今まで提供した金が無駄になるという思いが強くあった。
次から次に短期間の中でいろいろな費用を言われたので,何か蟻地獄
にはまってしまったような感じだった。
(ウ)A1及びA2の各証言の信用性
a両名の証言は,いずれも具体的かつ詳細である上,その内容に特段
不自然,不合理な点はなく,反対尋問に対しても特に揺らぐところが
ない。A1が,被告人から要請がある都度A2に出資を求めた状況を
語る部分や,被告人の当選に懸けて資金提供を続けざるを得なかった
心情を語るA2の証言部分には,迫真性も認められる。また,両証言
は,現金を授受する際,被告人がA2に謝辞を述べていたことなど重
要な部分で合致している上,資金提供の回数やその金額についても,
概ね符合しており,相互に補強し合っている。加えて,A2の平成1
5年5月下旬ころと7月上旬ころに各500万円を提供した旨の証言
は,A1証言とも合致している上,B1設計東京本社管理部経理部長
であったA10の「平成15年5月23日と6月27日に,A2から,
『被告人に選挙資金として現金を出したい。旧札で500万円を用意
してくれ。』と言われて準備をした。」との証言にも裏付けられてい
る。
b弁護人は,A2がB19株式会社社長のC22に対し,「知事選挙
では,被告人に500万円の資金援助をした。」と話していることを
指摘して,A2証言の信用性を弾劾するが,その500万円という金
額は,そもそも被告人が供述するA2からの資金提供額とも異なって
いる上,A2が,どのような話題の場面で,どのような意図をもって
C22に上記のように話したのか判然としないことなどに照らせば,
A2の前記証言の信用性に影響を及ぼすものとは認められない。
また,弁護人は,A2が証言する2回の500万円の資金提供は,
保険をかける意味で,対立候補であるC23に提供されたものと考え
られるので,被告人に500万円を2回渡したとするA2及びA1の
各証言は信用できない旨主張するが,平成15年5月ころには,知事
選への出馬を断念したC24が被告人を支援する意向を示したため,
被告人に勝ち目が出たころであり,この選挙情勢を受けてA1から被
告人が間違いなく勝てる旨聞かされていた上,A2は,現状のままの
体制では受注増が望めず,被告人の当選に懸けて資金提供を続けてい
たものであることに照らせば,被告人が優勢となった選挙直前の時期
に,あえて保険の意味で対立候補に1000万円もの資金提供を行う
とは考え難く,上記弁護人の主張は採用できない。
(エ)以上に照らせば,前記のA1とA2の各証言は信用できるものであ
る。
ウ弁護人の主張に対する検討
(ア)知事選前のA2からの現金供与に関して,被告人は弁護人の主張に
沿って,A2から提供を受けた金額につき,平成15年5月下旬及び7
月上旬に各500万円を提供されたことはなく,A2から提供を受けた
のは合計700万円である旨供述するが,前記のA2とA1の各証言に
反するもので信用できない。
(イ)また,被告人は,「A2から受領した現金は,当初から返還する意
思で使わずに自宅で預かっていた。平成13年ころ,A1が200万円
を届けてきたときに受領を断ったら,今までの指導料を3000万円返
してくれなどと言われたことがあり,金については,A1の言うとおり
にしておかないといけないという思いが非常に強かった。A2から預か
った現金は,A1から要求される度にA1に返して,全額返還した。実
際に現金がA2に戻っているかは,A2に確認していない。」などとも
供述する。
しかし,使うつもりもないのに,多額の現金を実際に何度も受領した
上,A2に直接返還する機会は幾らでもあったのに,漫然と長期間自宅
で保管していたなどというのは,不自然というほかないし,A1の行動
としても,被告人の選挙資金のスポンサーとしてA2を引き合わせてお
きながら,提供を受けた資金を被告人から回収するなどというのは趣旨
が一貫せず,不合理である。また,A2から提供を受けた現金を全額返
還したという点についても,A2からの資金提供であるのに,A1から
要求されるままA1に返還した後,A2にその旨を確認していないとい
うことも不自然である。さらに,被告人がA1に返還したにもかかわら
ず,A1がこれをA2に返すことなく着服していたなどということも,
被告人がA2に確認すればすぐに判明する事柄であることなどに照らせ
ば,不合理で想定し難い。
以上によれば,前記弁護人の主張は採用できない。
エ小括
以上によれば,弁護人が主張するところを踏まえても,平成14年以降,
平成15年7月の知事選挙に至るまでの間,被告人は,A2から,少なく
とも5回にわたり,合計1700万円の資金提供を受けたこと及び被告人
は,上記資金を自らの選挙活動費用に使う意思で受領したことが認められ,
これらに照らせば,被告人は,知事選前,A2との間で,一定の資金的依
存関係にあったことが認められる。
2被告人の選挙活動資金の状況
(1)検察官の主張
被告人は,元来,経済的基盤がぜい弱であり,平成15年7月の知事選前
において,多額に必要となる選挙活動資金に恒常的に窮していた。
(2)弁護人の主張
被告人が,選挙活動資金に窮していたという事実はなく,B20銀行B2
1支店からの1000万円の借入れは,選挙費用についての予備費的な借入
れで,実際使ったのは500万円だけであり,500万円は手元に残ったも
のであるから,選挙の後始末のための費用が不足する状況にはなかった。
(3)判断
ア当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,平成15年7月の知事選前の被告人の選挙活動資
金等に関する状況については,下記のとおりであったと認定できる。
(ア)平成15年2月ころ,選挙に向けての後援会活動に関し,後援会内
で資金繰りの話がよく持ち上がる状況だった。被告人の兄弟や支援者の
間で,後援会の運営資金が不足していることで後援会や選挙運動がうま
く機能していないことから,被告人が借金をしたり,被告人が所有する
土地,建物を売却して資金をねん出しなければならない旨話合いがもた
れたこともあった。また,A11の提案で一口500円の個人寄附を集
めることを決めた。
(イ)後援会の資金調達や支払等については,被告人が一人で行い,事務
所の諸経費といった小口現金は,無くなる都度,出納係が被告人から用
意してもらっていた。そのため,兄のC25は,被告人に正式な経理担
当者を置くよう進言したが,被告人は応じなかった。
(ウ)被告人は,A1に,「いろいろお金が要ります。後援会組織も拡充
していかなければいけないので金が掛かりますからよろしくお願いしま
す。」,「お金が幾らあっても足りません。」などと言って,資金提供
を要請した。A1は,B1設計以外のスポンサーを五,六社被告人に紹
介し,被告人個人への寄附という形で,各社から合計二,三千万円の資
金提供を受けた。
(エ)平成15年8月11日受付の選挙運動費用収支報告書には記載され
ていない業者の被告人への出資金が存在した。また,選挙が終わった後,
各地の後援会支部等から諸費用等の支払請求が後援会本部にきたときに
は,後援会本部はその支払への対応が求められる立場にあった。
(オ)被告人は,平成15年7月15日,選挙終盤を迎えて,諸費用の支
払のため,B20銀行B21支店から1000万円を,返済期日平成1
6年1月30日,年利率1.875パーセントで借り入れた。被告人は,
平成16年1月29日,同銀行に元利金を一括返済した。
イ以上の事実は,A1証言,A11証言並びにC25及びC26の各供述
調書に基づくものであるところ,各証言部分及び供述は,いずれも具体的
であり,不合理な点や相互に矛盾する点もなく,いずれも信用できるもの
である。
ウ弁護人の主張に対する検討
弁護人は,被告人が選挙の費用に不足する状況ではなかったし,B20
銀行B21支店からの1000万円の借入れは,選挙費用についての予備
費的な借入れであり,実際に後援会に使用したのは500万円だけで,残
りの500万円は手元に残った旨主張する。
しかし,前記認定の事実によれば,選挙運動費用収支報告書に記載がな
いからといって,それが直ちに,記載された金銭以外の収支金が全く無か
ったとまでいうことはできない。
また,自己資金や寄附金等で選挙活動資金が賄えたというのであれば,
そもそも,選挙期間中に,金利の負担を負ってまで被告人自身が1000
万円もの多額の借入れをする必要性は全くなく,また,500万円を使用
せず手元に残ったのであれば,金利を負担することのないよう返済期限を
待たずに内入弁済するのが通常と考えられる。
したがって,上記弁護人の主張は採用できない。
エ小括
前記認定の事実に加えて,既に判断したとおり,被告人は,A1に度々
資金提供を要求し,A2から,選挙直前の時期である平成15年5月下旬
及び7月上旬の各500万円を含め,合計1700万円の資金提供を受け
ていることなどを併せ考えれば,弁護人が主張するところを踏まえても,
平成15年7月の知事選挙において,被告人は選挙活動資金に窮していた
ことが認められる。
3被告人による2000万円返還の経緯
(1)検察官の主張
被告人は,A2から事前収賄に係る2000万円を収受した後,平成15
年8月下旬ころから平成17年年末にかけて,A2に対して,3回にわたり
合計2000万円を返還したが,いずれも,知事就任後の事情変更によるも
のである。すなわち,知事当選後,今後長期にわたり県政を維持させるべく,
当選前には支援のなかった地元の業者を優遇する路線に軌道修正し,それま
でのA2に対する金銭的な依存関係を徐々に変えて距離を置こうとするため,
まず,余剰資金から1000万円を返還したが,その後,A2から資金の返
還要求が強くなされたことにより,やむを得ず平成17年中に2回にわたっ
て1000万円を返還したものである。
(2)弁護人の主張
被告人は,平成15年8月11日,知事公舎において,A2から渡された
2000万円をそのままA2に返還しようとしたが,A2が全額の受取を拒
否して一部しか受け取らなかったため,その場での返還額が1000万円に
なったものである。また,残りの1000万円は,その一,二日後にA1と
会い,A2に返還してほしい旨を依頼してA1に託した。
(3)判断
ア当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,被告人がA2に,合計2000万円を返還した経
緯は,下記のとおりであったと認定できる。
(ア)平成15年7月30日から一,二か月経ったころ,知事公舎で,被
告人がA2に,1000万円が入った茶封筒を差し出して,「これを持
って帰ってください。」と言った。A2が,「差し上げたものですか
ら。」と押し戻すと,被告人は,持って行ってもらわないと困るという
ような顔をした。A2は,被告人に提供した現金の一部をここで返還さ
れても,県発注の測量設計業務の受注に便宜を受けられることに変わり
はないとの思いや,被告人の気分を害してもまずいという思いから,
「分かりました。」と言って,茶封筒をそのまま受け取った。
(イ)平成17年8月ころ,B1設計の受注が増えないことやフィリピン
の事業の失敗で資金繰りに困ったことなどから,A2は,A1に対し,
対立候補への寝返りを示唆し,これまで被告人に提供した資金の返還を
要求した。A1は,「早まった行動を取ったらいけませんよ。仕事につ
いても長期的に見てください。」などと言ってA2をなだめた。
(ウ)A1は,A2の返還要求を被告人に伝え,「早急に2000万円に
ついてはお返ししましょう。」と言ったところ,被告人は,「一つにつ
いては直接A2さんに返しているんですよね。」と言った。A1は,被
告人が既に1000万円を返したことは初耳だったので,自分の知らな
いところでいろいろ動きがあるのかなと思ったが,「残りの1000万
円を返還しないといけない。」と言うと,被告人が,「一遍にはできな
い。」と言うので,A1は,「分割でもいいじゃないですか。」と答え
た。
(エ)被告人は,平成17年秋ころ,A1に500万円を持参し,A1は,
それをB1設計東京本社に持参してA2に返還し,年末ころ,被告人が
A1に,「これだけしかできなかったんですよね。」と言って300万
円を持参したので,A1が200万円を足して500万円にし,それを
東京に持参してA2に返還した。
イA1及びA2の各証言の信用性の検討
以上の事実は,主にA1及びA2の各証言に基づいて認定したものであ
るので,同人らの証言の信用性を検討する。
(ア)A1証言の信用性
aA1証言の要旨
平成17年8月ころ,A2から金を返還してくれないかという話が
あった。私は,A2に,『早まった行動を取ったらいけませんよ。仕
事についても長期的に見てください。』となだめた。A2は,C23
陣営と交友を深めていたことなどから,被告人にとってマイナス面の
動きを始めるのではないかという危惧を持った。私は,被告人に,一
連のA2の話をして,『早急に2000万円についてはお返ししまし
ょう。』と言った。これに対して,被告人は,『実は,一つについて
は直接A2に返しているんですよね。』と言った。私は,それは初耳
だったので,『あれ,私の知らないところでいろいろ動きがあるのか
な。』と思ったけれども,『じゃ残りの1000万円を返還しなけれ
ばいけないですわね。』と言った。被告人が,『一遍にはできないで
すものね。』と言うので,私は,『分割でもいいじゃないですか。』
と言った。平成17年の秋ころ,被告人から茶封筒に入った500万
円を受け取り,これを東京本社のA2に返しに行った。年末に,被告
人から,『これだけしかできなかったんですよね。』と言って,茶封
筒に入った300万円を出されたので,後の二つについては私に出し
ておいてくれということかなと思って了解し,私が200万円を足し
た500万円を東京本社のA2に返しに行った。その際,A2に対し,
『これで最後ですね。』と念を押したところ,A2は何も言わなかっ
た。
b信用性
前記A1証言は,被告人との会話内容等を極めて具体的かつ詳細に
述べるものである上,特段,不自然,不合理な点はない。また,被告
人から,平成15年中に1000万円をA2に返還していた旨聞かさ
れたときの心情についての証言には,迫真性も認められる。加えて,
その証言内容は,平成17年にA1に対して金銭の返還要求をしたこ
とや,2回にわたったものか,1回で一括返還されたかの違いはある
ものの,1000万円の返還を受けたことを述べるA2証言とも合致
する。
以上によれば,前記A1証言は信用できる。
(イ)A2証言の信用性
aA2証言の要旨
被告人がA3よりかちょっと小ぶりの茶封筒を持ってきて,『これ
を持って帰ってください。』と言った。私がそのとき茶封筒を持った
感じでは,約1000万円くらいの現金が入っていると思った。私は,
『差し上げたものですから。』というふうに押し戻したが,被告人が
持って行ってもらわないと困るというような顔をした。私は,その封
筒をそのまま持ち帰った。被告人が,『こんなものをもらっては困
る。』というようなことを言ったことはないし,私が茶封筒を開けて,
その一部だけを取り出して持ち帰ったということもない。
b信用性
前記A2証言は具体的かつ詳細である上,その述べる経緯に特段不
自然な点はない。また,被告人が差し出した現金の一部だけを取り出
して持ち帰ったことはない旨の証言は一貫しており,反対尋問におい
ても揺らぐところはない。
以上によれば,前記A2証言は信用できる。
なお,A2は,平成15年中の1000万円の返還時期につき,検
察官に対する供述調書で,「私が最後に現金を差し上げた平成15年
7月30日から一,二か月経ったころのことと記憶しております。」
と述べていたところ,公判廷で,平成15年9月19日ころである旨
供述を変えたものであるが,この点のA2証言は,第三者供賄事件の
「第2争点に対する判断」の3,(5),アで判示するとおり,自己
の独自の主張を説明するために日時を後になって設定したものであっ
て,信用することはできない。
ウ弁護人の主張に対する検討
(ア)2000万円の返還経緯について,被告人は弁護人の主張に沿って,
「知事公舎で,A2,A8,A7と酒食をともにした際,A2がトイレ
に立ったのを見て,書斎の机から大型封筒を取り出して,A2に,『こ
れは,この前持ってみえたんだけど返すと言いましたがね。こんなもの
もらえませんよ。持って帰ってください。』と言って,大型封筒を手渡
そうとした。A2は,最初拒んで全然手を付けようとしなかったが,私
が,『とにかくこんなことしてもらったら困る。』と言うと,『じ
ゃ。』と言って,自ら大型封筒を開けて,中から1つの小型の封筒を取
り上げた。それを片手に持って残りはふたの開いたまま,『これはいい
です。』と私の方にまた向けられたので,もう空になったのかなと思っ
て受け取ったら重かったので,『これも持って帰ってください。困りま
す。』と言ったが,A2は,『それは,もういいです。どうぞ。』と空
いている片手で制止して,会食をしていた部屋に戻ってしまったので,
また預からざるを得ない状況になってしまった。私としては,絶対にも
らってはいけない不正な金だと思っていた。残りの1000万円につい
ては,その翌日か翌々日,A1にA2への返還を依頼し,A1がこれを
承諾したので,A1に託した。」などと供述する。
しかし,A2から当選直後に提供され,受取を拒んだが自宅に置いて
行ったため,やむを得ずに手元に置いていたものの,絶対にもらっては
いけない不正な金であると認識していたのであるから,その日は200
0万円全額をA2に返す絶好の機会であるはずで,何としても全額を持
ち帰らせるのが自然と思われるのに,漫然と残りの1000万円を再び
預かったというのは,不自然かつ不合理である。
(イ)また,被告人及び弁護人は,返還時期について,当初8月中旬ころ
と主張していたところ,後に,これを8月11日と特定するに至ってい
るが,2000万円という大金であり,しかも賄賂性のある不正な現金
の返還時期がいつであるかは,被告人にとって重要な事実であって,そ
の記憶があいまいで変遷があるというのは不自然であり,被告人には,
収受の意思を否定するために,返還時期を早めたいとの思惑があって供
述を変遷させたとも考えられるところである。
(ウ)また,残りの1000万円をA1に託したとの点については,A1
がこの事実を明確に否定している上,弁護人が主張するように,A1が,
被告人からA2への返還を依頼された1000万円を着服したなどとい
うことは,被告人がA2に,返還の有無を確認すればすぐに発覚してし
まう事柄であって,被告人を知事にするため長年支援を続けてきたA1
が,被告人が知事に就任した直後の時期に,被告人との信頼関係を破壊
する行為に及ぶとは考え難い。
(エ)以上によれば,前記被告人の供述を信用することはできず,前記弁
護人の主張は採用できない。
エ小括
以上によれば,弁護人が主張するところを踏まえても,被告人は,A2
に対し,平成15年7月30日から一,二か月経ったころに1000万円
を,平成17年秋から年末にかけて,2回にわたり合計1000万円を返
還したこと,平成15年中の返還については,被告人が,当初から100
0万円のみが入った封筒をA2に渡す形で返還していること,平成17年
中に返還した1000万円については,A2からの強い返還要求に応じる
形で返還したことが認められる。
第3争点(2000万円の収受の意思)に対する判断
1当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,被告人が,2000万円の資金調達を依頼した経緯や,
同現金を受け取った状況は,下記のとおりであったと認定できる。
(1)平成15年7月20日ころ,被告人は,A1に,「選挙後の終戦処理に
いろいろ要りますので,2000万ほど用立てて頂けないでしょうか。」,
「選挙が終われば,今までお願いしていた各地区からいろんな請求が上がっ
てきますので,どうしてもお金が要りますのでよろしくお願いします。」な
どと言って,2000万円の資金調達を依頼した。
(2)その依頼を受けたA1は,金額が高額で,県内業者に依頼するのは無理
だと考え,これまで何度も出資してもらって信頼関係も構築されていると思
ったA2に出資を依頼することにした。そして,A2に,「選挙の後始末で
費用が掛かるんです。」,「被告人のために2000万円都合してもらえま
せんか。」などと言って,2000万円の提供を求めた。A2は,それまで
1700万円を選挙資金として提供していたので,2000万円という金額
に驚いたが,今までの分が無駄になっては困るとも思い,被告人の当落が判
明するまで返答を留保した。
(3)同月27日の知事選挙の開票日の夜,A1と共に被告人が知事に当選し
たことを見届けたA2は,被告人へ2000万円を提供することを承諾した。
A1は,翌28日,被告人に電話を入れ,同月30日午後6時ころにA2
と一緒に被告人方を訪問したい旨告げた。
(4)A2は,同月30日の午前中,経理部長のA10に命じて2000万円
を銀行から下ろして準備させて宮崎に持参し,A1と共に被告人方へ行った。
A2は,A1から目配せで合図を受けたので,現金2000万円の入った
茶封筒を取り出し,被告人に,「A1さんから言われたものをお持ちしまし
た。お使いください。」,「我が社も被告人に懸けてきましたので,今後も
ひとつよろしくお願いします。」,「新しい体制になりましたんで,うちも
一生懸命頑張ります。新しい流れの中で我が社も仕事が取れるようにしてく
ださい。よろしくお願いします。」などと言った。被告人は,「度々御無理
を言って申し訳ありません。ありがとうございます。有効に使わせていただ
きます。」,「自分も知事になったことですし,自分の体制ができあがれば
そういう配慮は十二分にしていきます。県の関係部署にも営業をずっと続け
てください。進出した県外企業なので,地元の企業とも仲良くやってくださ
い。今後ともご支援よろしくお願いします。」などと言って,拒むことなく
茶封筒を受け取った。
2A1及びA2の各証言の信用性の検討
以上の事実は,A1及びA2の各証言に基づいて認定したものであるので,
同人らの証言の信用性を検討する。
(1)A1及びA2の各証言の要旨
アA1証言の要旨
(ア)平成15年7月20日ころの早朝,被告人方へ選挙情勢の最終的な
分析の話をしに行った帰り際,被告人から,「選挙も終盤になりまして,
選挙後の終戦処理についていろいろ要りますので,2000万円ほど用
立てて頂けないでしょうか。」,「選挙が終われば,今までお願いして
いた各地区からいろんな請求が上がってきますので,どうしてもお金が
要りますので,よろしくお願いします。」と言われて,資金調達の依頼
を受けた。私も,今までに数多くの選挙にタッチしてきたので,被告人
からそのように頼まれて,特段予想外という感じはなかった。若干,来
るものが来たかなというような受け止め方をした。
(イ)私は,金額が高額で,県内業者に依頼するのは無理だと考え,これ
まで何度も出資してもらって信頼関係も構築されていると思ったA2に
出資を依頼することにした。そして,B22の事務所にやってきたA2
に,「選挙の後始末で費用が掛かるんです。」,「被告人のために20
00万円都合してもらえませんか。」と言って提供を求めた。
(ウ)7月30日,被告人方において,雑談が終わった後,私がA2に目
配せをして,2000万円を差し上げるサインを送った。すると,A2
は,かばんから2000万円の入った茶封筒を取り出し,「おめでとう
ございます。A1さんから言われたものをお持ちしました。お使いくだ
さい。」と言って,被告人に茶封筒を差し出した。被告人は「度々御無
理を言って申し訳ありません。ありがとうございます。有効に使わせて
いただきます。」と言って茶封筒を受け取った。A2が,「仕事を取れ
るようによろしくお願いします。」と頼むと,被告人は,「自分も知事
になったことですし,自分の体制ができあがればそういう配慮は十二分
にしていきます。県の関係部署にも営業をずっと続けてください。進出
した県外企業なので,地元の企業とも仲良くやってください。今後とも
御支援よろしくお願いします。」などと答えていた。
(エ)被告人自身が要請したお金なので,気持ち良く受け取った。被告人
とA2との間で,金を受け取る受け取らないの押し問答になったことは
全くない。
イA2証言の要旨
(ア)私は,A1から2000万円という高額の出資の依頼を受けて驚き,
それまで1700万円も選挙資金として提供した分が無駄になっては困
るとも思い,被告人の当落が判明するまでは返答を保留することにした。
(イ)私は,投票日である7月27日の夜,ホテルでA1と共にテレビの
開票速報を見ていたところ,被告人の当選確実が伝えられた。その後,
被告人からA1の携帯に電話があり,A1に代わって電話に出た私は,
被告人に祝いの言葉を述べた。電話の後,A1が,「この間の話の20
00万円お願いできますか。」と言ったので,私は,「分かりました。
お出しします。」と答えた。
(ウ)私は,A1から,7月30日の午後6時ころ,a町の被告人方で20
00万円を渡すことを聞き,7月30日の午前中に,経理部長のA10
に命じて2000万円を銀行から下ろして準備させて宮崎に持参し,A
1と共に被告人方へ向かった。
(エ)7月30日午後6時過ぎころ,被告人方において,A1がちょっと
目配せをしたので,「A1さんから言われたものをお持ちしました。」
と言って,かばんから茶封筒を取り出した。被告人に茶封筒が手渡され
る際,私が,「新しい体制になりましたんで,うちも一生懸命頑張りま
す。新しい流れの中で我が社も仕事が取れるようにしてください。」と
言ったのに対し,被告人は,「分かっています。」,「大分お世話にな
りました。」,「協力いろいろとありがとうございました。」などと答
えた。
(オ)被告人との間で,茶封筒を受け取る受け取らないの押し問答は全く
なかった。
(2)A1及びA2の各証言の信用性
ア前記A1及びA2の各証言は,いずれも具体的かつ詳細である上,被告
人が謝辞を述べながら拒むことなく2000万円を受領したことや,被告
人との間で押し問答になったことは全くなかったことなど,重要な部分で
合致しており,相互に補強し合っている。また,その核心部分において,
反対尋問に対しても何ら揺らぐところがない。
イA1が述べる,被告人から資金調達の依頼を受けた際の心情や,A2に
出資を依頼しようと決める心理過程等には,迫真性も認められる。
そして,被告人がA1に,選挙終盤に選挙活動費の清算等のいわゆる終
戦処理のために資金調達を依頼し,その依頼を受けたA1がA2に出資を
求めた旨述べるA1の証言は,平成15年7月の知事選挙において,被告
人が選挙活動資金に窮していたことや,A2との間で資金的依存関係にあ
ったこととも符合する。
また,A1は,本件証人尋問当時,事前収賄に係るA1自身の刑事裁判
において,収賄側ではなく,贈賄側として2000万円を仲介した旨主張
していたところ,被告人から資金提供を依頼されてA2にこれを頼んだ旨
の証言は,上記主張との関係で不利益に働きかねないものであるのに,あ
えてそのように証言していることに照らせば,A1は,自らの記憶のまま
を証言しているものと考えるのが自然である。
ウA2については,A1から2000万円の提供を要求されてから出資を
決意するまでの心理過程は迫真性が認められるし,A2は,公訴時効によ
り2000万円の贈賄については起訴されておらず,この点に関して殊更
に虚偽の証言をする理由はない。
エA1証言の信用性に関する弁護人の主張について
(ア)弁護人は,①被告人がA1に2000万円を依頼したとする時期に
つき,A1は,証言の中で,投票日の三,四日前と述べていたのを投票
日の1週間前ころかもしれないなどと,理由なく証言を変遷させている
と主張する。
しかし,この点は,A1証言の核心部分の信用性に影響を及ぼすよう
な供述の変遷とは認められない。
②A1が,当選直後に,A2から2000万円提供の承諾を受けなが
ら,被告人にそのことを一切伝えておらず,被告人もA1に,金策の首
尾を問い合わせていないというのは不自然であると主張する。
しかし,A1が,「被告人からの資金調達依頼に対して,自分は『分
かりました。』と了解した訳であるし,これまでA2から被告人へ度々
資金提供をしていたことからすれば,自分とA2が共に被告人宅へ伺う
と電話で言えば,被告人も,当然,2000万円を持って行く用件であ
ることが分かると思った。」と述べるところは,十分理解できるもので
あって,不自然ではない。
③被告人は,平成15年7月15日にB20銀行B21支店から借入
れした1000万円のうち,500万円を選挙用に使用したにすぎない
のであるから,被告人が選挙の後始末に2000万円を必要としていた
ことはないと主張するが,選挙活動の清算等の必要性から,金融機関か
らの借入れとは別に,被告人がA1に資金調達を依頼したとしても,不
自然,不合理とはいえない。
④A1は,被告人から依頼を受けていないのに,A2には終戦処理費
用として2000万円を被告人から頼まれたとうそをついて,A2に提
供させ,将来,これを被告人から取り上げる意図があったものであると
主張する。
しかし,突然,面前に2000万円を差し出された被告人が受取を拒
んだら,A1のもくろみはすぐに消えてしまうし,A2が被告人にいき
なり,「A1さんから言われたものをお持ちしました。」などと言えば,
被告人は,A1がA2に何を言ったのか,2000万円の趣旨が何なの
か疑問に思い,A1に質すことになると思われ,そうすると,A1の欺
罔行為が容易にばれることは想像に難くなく,A1が,被告人が当選し
た直後のこの時期に,被告人との信頼関係を無にするような行動に出る
とは考え難い。
(イ)また,弁護人は,被告人への2000万円の提供状況について,寿
司が出る前だったのか後だったのか,A2が被告人に直接手渡したのか
A1を介して手渡したのかといった点で,A1証言とA2証言には齟齬
がみられる上,捜査段階の供述からも変遷しており,両証言は,信用で
きない旨主張する。
しかし,両者の証言は,被告人が拒むことなく2000万円を受領し
たとの核心部分において揺らぐことなく一致しており,弁護人の指摘す
る齟齬や変遷は,その核心部分の信用性を左右するものではなく,実況
見分調書が作成されていないことも信用性に影響は及ぼさない。
オ以上によれば,前記A1及びA2の各証言は信用できる。
3請託の存在と内容
(1)知事選前のA2から被告人への現金供与の状況については前記(第2,
1,(3),ア)で,また,被告人が2000万円の資金調達を依頼した経緯
や現金を受け取った状況については前記(第3,1)で認定したとおりであ
る。
(2)それによれば,A2は,県発注業務を受注できない現状を打破しようと
考えて被告人に対し,平成15年選挙戦前に少なくとも1700万円を提供
し,被告人が知事に当選した直後に,更に2000万円もの資金提供をした
ものであるところ,単に「指名に入れてもらう」だけでは,売上げの上昇に
も被告人への投下資金の回収にもならないことから,「落札・受注」につい
て,B1設計に有利便宜な取り計らいをするよう依頼したものとみるのが自
然である。
また,投票前の合計1700万円の授受の際及び当選直後の本件2000
万円の授受の際など,A2は,「仕事が取れるようにしてほしい」旨を繰り
返し被告人に依頼している。
さらに,A2は,取調べ検察官に,「私は,これまでにも被告人へ現金を
差し上げてきましたが,その際にB1設計の宮崎県発注の測量設計業務等の
受注額が増えるように便宜を図ってくださいとお願いしてきましたし,当選
のお祝いの席でもありましたので,改めてくどくどと同じお願いを繰り返す
のもどうかと思っておりました。その一方で,私としても,これまでに差し
上げた1700万円に加え,更に2000万円も差し上げるわけですので,
被告人から宮崎県発注の測量設計業務等の受注額を確実に増やしてもらえる
よう改めて言質を取っておきたいという気持ちもありました。そのような思
いの中で,被告人が,前任のC27知事時代の慣習を変えていくと言ってく
れましたので,私は,それに合わせるように,『一生懸命頑張っていきます
ので,新しい流れの中で,我が社も仕事が取れるようにしてください。よろ
しくお願いします。』などと言って,業界内で疎外されてきたB1設計が,
これまで以上に宮崎県発注の測量設計業務等を受注できるように便宜を図っ
てもらいたいとお願いしました。」などと詳細かつ具体的に供述している。
(3)以上に照らせば,本件2000万円を提供した際,A2が被告人に対し,
その見返りとして,県発注に係る測量設計業務等をB1設計が受注できるよ
う有利便宜な取り計らいを受けたいという内容の請託をしたものと認められ
る。そして,A2からの請託を受けた際の被告人の返答内容を考えれば,被
告人は,その請託の趣旨を十分認識した上で,これを受諾したものと認めら
れる。
(4)なお,弁護人は,この請託につき,A2の「指名のお願いをしたもので,
受注割り振りまでは考えていなかった。」などとの証言に依拠して,指名を
増加してもらうことを依頼したにすぎない旨主張するが,採用できない。
4弁護人の主張に対する検討
(1)2000万円の授受の状況
弁護人は,2000万円の授受の状況につき,当選祝いに訪れたA2から
提供された現金入り封筒の受取を拒否したが,A2が無理矢理封筒を置いて
帰った旨主張し,被告人も,「A2が,帰り際に,『当選祝いです。』と言
って,かばんから茶封筒を出してテーブルの下から押しやった。私は,『現
金ですか,こんなの要りませんよ。迷惑です。持って帰ってください。』と
言って押し返した。迷惑な話で,受け取る気持ちは全くなかった。二人が帰
るということで立ったので,私も立って,A2に,『これは困る。持って帰
ってください。』と部屋の出口まで持って行ったが,『いやいやいいです,
お祝いですから。』と言って拒否し,A1も,『被告人,当選祝いじゃがな,
そんげ言わんで受け取っちょきない。』と言い,二人は,逃げるように私の
家を出た。」などと供述する。
しかし,被告人,A1,A2の3人しかいない被告人方の居室において,
わざわざテーブルの下から現金を渡そうとするなどということは不自然であ
るし,被告人に,真に受領の意思がないのであれば,どのようにでも,A2
に突き返す方法があったと考えられる上,A1及びA2の合致した証言内容
にも照らせば,上記被告人の供述を信用することはできず,上記弁護人の主
張は採用できない。
(2)収受意思について
弁護人は,被告人に2000万円を収受する意思がなかったことを裏付け
る事実として,①県知事に当選した直後の被告人が,大金が入っていると思
われる大型封筒を提供されて,ちゅうちょすることなくすんなりと受け取る
というのは経験則に反する,②被告人は,いきなり大金を出されて,突然の
成り行きにうまく対応できず,いったん預かるという中途半端な態度を取る
などしてしまったものである,③2000万円受領後間もなく,被告人は,
A2に直接1000万円を返還しているが,被告人がA1に,資金調達を要
求しながら,希望どおり2000万円を受領した後,一部でも返すというの
は理屈が通らず,被告人の収受意思の不存在を裏付けている旨主張する。
しかし,①及び②については,既に判断したとおり,被告人がA1に,2
000万円の資金調達を依頼したと認定できるのであって,その主張の前提
を欠く。③については,被告人がA2に2000万円を返還した経緯は,既
に判示したとおりであるところ,平成15年に,1000万円のみをA2に
返還した後,平成17年になってから,A2の強い要求に応じる形で残り1
000万円を返還したという返還の経緯は,被告人に2000万円を収受す
る意思がなかった旨の弁護人の主張と明らかに整合しない。
被告人が,平成15年中にA2に直接1000万円だけ返還したのは,被
告人が,収受の意思を持って2000万円を受領した後,余剰金が生じたり,
A2との関係について何らかの事後の事情が生じたりしたことから返還した
とも考えられるのであり,2000万円について被告人が収受の意思を有し
ていたとの判断に影響を及ぼすものではない。
(3)そのほか,弁護人が縷々主張する点を検討しても,いずれも採用できな
い。
5結論
よって,弁護人が主張するところを踏まえても,検察官が主張するとおり,
選挙終盤を迎えて,選挙活動費の清算等のいわゆる終戦処理費用のため,被告
人がA1に2000万円の調達を依頼し,これを受けてA1がA2に資金調達
を求めたこと,上記依頼により,A2が被告人に2000万円を提供し,その
際,被告人に対し,その見返りとして,県発注の測量設計業務等をB1設計が
受注できるよう有利便宜な取り計らいを受けたい旨の請託をし,被告人がその
請託を受諾して,謝辞を述べるなどしながら,これを拒むことなく受領したこ
とが認められ,被告人に,事前収賄に係る2000万円の現金を収受する意思
があったことが優に認められる。
【第三者供賄事件(判示第2)の争点と判断】
第1争点
①被告人が,A2に対し,A1への現金供与を依頼したか否か。
②その際の請託の有無とその内容
1争点①について
(1)検察官の主張
被告人は,知事選後,A1を後援会の統括事務局長に就任させたものの,
後援会幹部らによる反発からA1を辞任させることを余儀なくされ,A1に
対して金銭的清算として5000万円を提供したが,これのみではA1の意
趣返しを防ぐことができず,被告人において,A1への継続的な利益の供与
が必要であった。そこで,被告人は,平成15年10月4日に知事公舎にお
いて,A2に対し,A1を口止めする目的で,A1に対する顧問料あるいは
給与名目による継続的な現金の供与を依頼した。
(2)弁護人の主張
被告人は,A1の事務局長辞任問題については,A7らに善後処理を一任
したので,A7らとA1がどのような交渉をしたのか知らない。被告人は,
5000万円の決定過程に関与しておらず,A8やA7らがいる場でA1に
5000万円を供与することになったと知らされたものである。被告人がA
2に,A1への給与名目等の現金供与を頼んだことはないし,A2がA1に,
合計1026万円もの現金を支払ったことも知らない。A2は,自らの経営
判断によってA1を雇用したものである。
2争点②について
(1)検察官の主張
被告人から前記依頼を受けたA2は,その見返りとして,県発注に係る測
量設計業務等をB1設計が受注できるよう有利便宜な取り計らいを受けたい
旨及び,県発注に係る公共工事の入札に際し,A2が被告人に対して口利き
をするゼネコンが受注できるよう有利便宜な取り計らいをしてもらいたい旨
の請託をし,被告人はこれを受諾した。
(2)弁護人の主張
検察官が主張する10月4日の知事公舎におけるA2からの請託はなく,
被告人が受諾したこともない。
第2争点に対する判断
1当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,被告人がA2に対し,A1への現金供与を依頼した経
緯及びその状況等は,下記のとおりであったと認定できる(なお,月日につい
ては,特に記載がない限り,平成15年である。)。
(1)A1は,平成15年の知事選挙の際,自己資金から選挙活動費用として
現金を必要な都度被告人に提供し,同金額は千数百万円に上っていた。また,
A1が知人から借りた現金のうち合計約3000万円を被告人に提供した。
(2)平成15年の知事選挙の投票前から,被告人は,A1に対し,「今のA
11事務局長は選挙が終われば辞めていただくようになっていますので,そ
の後がまとして是非来てください。」と言っていた。
(3)知事選後,被告人は,A1に後援会の統括事務局長への就任を要請した。
A1は,知事の後援会事務局長といえば,スーパーゼネコンの幹部や地域
の有力者があいさつに来るし,県発注公共工事の指名受注の働き掛けの窓口
であり,業者から知事への賄賂の金を集める窓口でもあって,利益の一部が
懐に入ると考え承諾した。
一方,A2は,ゼネコンの仕切り役をしたいとの希望を持っていたことか
ら,8月ころ,株式会社B23九州支店のC28や株式会社B24九州支店
のC29らゼネコン関係者と接触し,公共工事でのゼネコンの仕切り役の知
識を得ていた。
(4)8月下旬,A1が被告人後援会事務所に行って,統括事務局長としての
仕事をしようとしたところ,後援会の幹部らから反発を受けた。被告人は,
後援会幹部から,A1を後援会から排除するよう強く求められた。
(5)9月上旬,被告人は,A1に対し,A1がこれまで被告人のために工面
して提供した資金の整理を行う旨話し,また,「裏でちゃんとつながっとれ
ばいいじゃないですか。」,「本来ならば事務局長として処遇していくつも
りでしたので,そのことについては辞めた後もいろいろ考えさせていただき
ます。」と述べて後援会から去るように説得し,A1もこれを了承した。
(6)9月上旬ころ,被告人は,A1に統括事務局長を辞任させるに際し,A
1との間で,これまでA1が被告人に提供してきた資金を清算する約束をし
たことから,B25社長のA8被告人後援会会長に電話をして,A1に統括
事務局長を辞めさせるためにどうしても5000万円要るので貸してほしい
旨述べて資金ねん出を依頼した。9月11日には,A7県議会議員もA8宅
を訪れて,A1に渡す5000万円の調達を依頼した。また,被告人は,A
7やA8とも協議して,A7を介するなどしてA2に,A1へ提供する50
00万円については,A8が銀行から借り入れた後,知事である被告人の名
前を出すことを避けるため,それをA2に貸したことにすることや,A2が
A1に5000万円を届けることを依頼した。
(7)9月19日ころ,知事公舎で,被告人,A7,A8とA2が会合し,5
000万円をA2がA8から借りることとし,その返済原資には,A2がゼ
ネコンに対して県発注の公共工事の口利きをし,その口利き料を充てること
にした。
9月25日,A2は,B1設計総務部長のC30に指示して,A&Nの事
務所を開設した。
(8)9月30日,A2がA1に5000万円を持参すると,A1は3000
万円だけを受け取った。A2は2000万円を持ち帰ったが,そのことを被
告人やA7に話さなかった。
(9)10月4日の知事公舎での出来事
ア10月4日,知事公舎で,A2は,被告人とA7に5000万円の借用
書の正副2通に署名させた。借用書によれば,4年間の利息総額は434
万3204円であり,元利総額を4回に分割し,平成16年9月30日か
ら平成19年9月30日まで毎年9月30日に,それぞれ1300万円な
いし1400万円余りを返済するというものであった。
イその後,同会合では,A1が被告人の対立候補であったC23に被告人
に不利な情報をリークするなどの意趣返しに及ぶ可能性等が話し合われ,
被告人が,「5000万円だけではA1のことがちょっと心配だな。」,
「C23の方と親しくなってもらっては困るな。」などと言い,A7が,
「A1は知事のことを知り抜いているからな。」などと言ったところ,被
告人がA2に,「重ね重ね申し訳ないけれども,あなたのところでA1さ
んの面倒を見てくれないですか。」と言った。
ウこれを聞いて,A2は,「A1は,技術面でも営業面でも会社の役に立
ちそうにない。本来は被告人が5000万円のほかに口止め料を払ってA
1の面倒を見なければならないにもかかわらず,B1設計がA1を雇う形
にするなどして被告人に代わってA1の面倒を見ることを頼んできた。」,
「また更に私と会社に頼んでくるのか。虫のいい,ずうずうしいお願い
だ。」などと思った。
エA2が被告人に,「そうであれば,我が社をこれまで以上に指名に入れ
ていただけますか。仕事が取れるようにお願いします。」などと言うと,
被告人は,「分かりました。そういうことはA1に任せてあるので,今後
はA1の方にしてください。」と言って了承したので,A2は,A1に金
を払うことを決めた。
オ被告人が,「B1では幾らぐらい給料をもらっている人間がいるの
か。」と尋ね,1か月80万円払うことを提案したのに対し,A2が難色
を示すと,被告人が,「80万円で頼みますよ。」と再度頼んできたので,
A2は承諾した。
カA2は,宮崎県が発注し,10月9日に実施された「平成15年度床上
浸水対策特別緊急事業」の条件付一般競争入札に先立ち,談合幹事役であ
るB23九州支店のC28から,同入札の本命業者としては,株式会社B
26が妥当であり,その旨被告人に口利きをしてほしいと依頼されていた
ことから,A2は,被告人に,「5000万円の返済の件もありますので,
今回,実際案件が動きますのでお願いします。」と言って,ゼネコン関係
者から問い合わせがあったらA&Nの電話番号を言うようになどと,ゼネ
コンへの口利きの具体的な対応方法を説明して,その対応を依頼した。被
告人は,その電話番号をメモして,「分かっていますよ。」と了承した。
(10)10月6日か7日ころ,C28は,A2から教示された電話番号に電
話を掛けて被告人と話し,被告人の天の声を確認できたことから,それを株
式会社B26の担当者らに伝えた。同事業は,同社が落札した。その後,A
2は,株式会社B26の担当者から,工事代金の約1パーセントに相当する
口利き料240万円をC30を通じて受け取った。
(11)A2は,宮崎県が発注し,10月15日に実施された「上岩戸大橋上
部工橋梁工事」の条件付一般競争入札に先立ち,株式会社B24九州支店の
C29及び談合幹事役であるB27株式会社九州支店のC31から,同入札
の本命業者としては株式会社B28が妥当である旨被告人に口利きをしてほ
しいと依頼され,被告人との間で,株式会社B28を本命業者とする旨の話
をした。
C31は,入札の数日前,被告人に電話を掛け,「福岡のC31と申しま
す。今回,県から上岩戸大橋の工事が出ているんですが,何か参考になる御
意見はありますか。」と話したところ,被告人は,「A&NのC30さんが
詳しいので,そちらに電話してください。」などと告げ,A&Nの電話番号
を教示した。C31は,同電話番号に電話を掛け,C30から,株式会社B
28が本命業者である旨の被告人の天の声を代弁されたことから,それを同
社の担当者に伝えた。同事業は,同社が落札した。その後,A2は,株式会
社B28の担当者から,口利き料1000万円をC30を通じて受け取った。
(12)10月中旬,A2は,A1を訪ね,「うちで雇うことになりました。
給料は80万円です。今月から支払います。」などと言った。
(13)その後,A2は,B1設計東京本社で,管理部経理部長のA10に,
「被告人知事が,A1という男に支払わなければならない金がある。被告人
の代わりにうちで面倒を見る。ほかの社員に知られたくないお金だ。毎月A
1に80万円を支払うが,どういう名目で振り込んだらいいか。」などと相
談したところ,A10が,B1設計が業務委託契約をA1と締結したという
体裁にして,業務委託名目で振り込むことを提案したので,A2は,承諾し
て10月分から振り込むようにA10に指示した。A10は,平成15年1
0月31日から平成17年5月24日まで,20回にわたりA1の口座に合
計1026万円を振り込んだ。その間の平成15年末か16年初めころ,A
2がA10に,「A1が自分で確定申告するのは面倒だろうから,社員に対
する給料という名目で振り込んだらどうか。」と提案したので,平成16年
1月分から「給料」とした。
(14)12月末,被告人は,地元業者から資金を得た上,A8に5000万
円と利息金を返還した。
(15)A2は,B1設計の県発注事業の受注が思うように増えないことなど
から,被告人やA1の了解等なく一方的に,A1への送金を平成16年12
月分から9万円に減額し,平成17年5月分を最後に振込みをやめた。
2上記の各証言及び供述調書の信用性の検討
(1)A1について
アA1の証言は,被告人からの依頼を受けて後援会事務局長に就任したも
のの,辞任することを余儀なくされた経緯等に関し,具体的かつ詳細に述
べている上,その内容は,A11,A12,A7,A8らの証言とも概ね
符合している。また,知事選挙の際の被告人に対する資金提供の内容につ
いても,詳細かつ具体的に証言しており,その金額を偽る理由や動機も特
に認められない。
イまた,A1が検察官調書において,統括事務局長の地位について述べる
ところは,A1が国会議員の秘書を務めたり,県政に係る政治活動に携わ
ってきたものであり,その経歴からすると国会議員や県知事の後援会の実
体を知っていたと認められ,その経験や知識に基づいて供述したものと考
えられる。
ウ弁護人は,A1は,知人から5000万円を借り,そのうち約3000
万円を数回に分けて被告人に融通した旨を証言しているが,5000万円
もの大金を借用書もなく,担保も取らず貸し付けるなどということはあり
得ないと主張するが,被告人自身が,平成15年の知事選前に,A1から,
今までの指導料として3000万円を返してくれと言われたことがある旨
供述していることや,事務局長辞任についての話し合いの際にも,A1か
ら3000万円を要求されたと供述していること,選挙の裏資金の貸し借
りであることからすれば,借用書や担保を取っていないことが必ずしも不
自然とはいえないことに照らせば,A1が知人から借り入れた分の300
0万円を,被告人へ融通したことがあったとみても不自然ではない。
また,A1は,自己資金からも約2000万円を被告人に提供した旨を
証言しているが,A1が事実,知人からの3000万円と自己資金からの
2000万円の合計5000万円を回収しなければならないなら,A2が
5000万円を持参した際に,そのうち2000万円をA2に与えること
はあり得ないと主張するが,A2がA1に5000万円を持参したころは,
事務局長を辞任に追い込まれるなど,A1と被告人との関係がぎくしゃく
した状況にあったことや,A1が,「後で考えてみると,5000万円は
縁切りという気持ちも含めたお金なのかなと思った。」などと証言してい
ることに照らせば,A1が,5000万円が提供されたとき,それを全額
受領した場合のその後の自己の立場に不安を感じて,とっさに,知人から
の借入れ分で特に返還を要する3000万円のみを受け取り,A2に20
00万円を渡すことによって,A2に対する何らかの影響力を残そうとし
たものともみることができるのであって,必ずしも不合理なものではない。
したがって,弁護人指摘の事実は,A1証言の信用性を揺るがせるもの
ではない。
エ以上によれば,A1の証言及び供述調書は信用できる。
(2)A2について
アA2の証言は,具体的かつ詳細であり,特にA1への現金供与を依頼さ
れた際の自らの心情を述べる部分には,体験した者のみが語る迫真性も認
められる上,その内容に不自然,不合理な点は見当たらない。また,被告
人とA7が,A1の今後の処遇を協議した後,A2に対して,A1への現
金供与を依頼した旨の証言は,A1の事務局長辞任の経緯や,A1の辞任
に際して被告人とA1との間で話し合われた内容とも符合する。
イA2が検察官調書において,請託の状況や振込金の趣旨について述べる
ところは,内容が具体的であり,事実関係の流れも自然である。また下記
で検討するA7の検察官調書とも,被告人がA2にA1の面倒を見てくれ
るよう頼んだことや,これを受けてA2が被告人に,仕事が欲しい旨やゼ
ネコンの口利きへの対応を頼み,被告人がこれを了承したことなど重要な
部分で合致している。さらに,被告人からA1への現金供与を依頼された
という点は,B1設計東京本社管理部経理部長のA10が「A2から,被
告人に代わってA1にお金を振り込むように被告人に頼まれて,うちで面
倒を見ることになった旨の話を聞き,どのような形で振り込んだらいいか
相談された。」と証言するところにも裏付けられている。
ウ以上によれば,A2の証言及び供述調書は信用できる。
(3)A7について
A7は,検察官調書において,請託の状況について前記認定した趣旨の供
述をしていたところ,公判廷で,これを翻し,「10月4日は,5000万
円を渡してその後の報告のときだから,被告人がA2に,A1のことをよろ
しく頼むと更に言う可能性は薄い。」,「この日,自分は酒に酔った状態で
あり,A2が被告人に,70万円払いますと唐突に言ったことは覚えている
が,それに対して被告人がどういう話をしたのか,どういう態度だったのか
全然記憶がない。A2がゼネコンの件の対応を被告人に頼んで,電話番号を
教えたという場面も記憶にない。」などと証言する。
しかし,A7は,5000万円問題の解決に当たって,中心的な役割を担
っており,A1に対する今後の処遇や5000万円の返済原資といった重要
な問題について,強い関心を有していたと考えられるところ,これらに関す
る協議についての記憶がないというのは大変不自然である。A7は,被告人
の選挙対策本部長を務めるなど,被告人と親密な関係にあったことから,公
判廷で,被告人に不利となる事実を殊更あいまいに証言したものと推認せざ
るを得ず,上記証言は信用できない。
一方,A7の検察官調書の内容は,不自然な点はない上,A2の証言とも
合致して相互にその信用性を補完し合っていることからすれば,その信用性
に関して弁護人が縷々主張する点を踏まえても,信用できるものである。
(4)A8について
A8は,検察官調書において,5000万円の返済協議の状況について前
記認定した趣旨の供述をしていたところ,公判廷でこれを翻し,5000万
円の返済協議の状況については詳しく覚えていない,口利き料という言葉は
聞いたことはない,被告人の権限でゼネコンに工事を受注させ,受注したゼ
ネコンからのリベートでA2が5000万円を返済していくという事実はな
かった旨述べた。
しかし,A8は,当時,被告人後援会宮崎県連合会の会長であり,自ら被
告人のために5000万円を用立てた者であるところ,その5000万円の
返済原資の話合いに直接関与したことや,そのねん出方法が知事自らがゼネ
コンの口利きに関与するという表に出せない重大な事柄であることからする
と,公判廷ではありのままの証言をためらったものと認められ,その信用性
は乏しい。
一方,検察官調書の内容は,話合いの流れとして自然であり具体的であっ
て,弁護人が主張する点を踏まえても,信用できるものである。
3弁護人の主張に対する検討
(1)弁護人は,A1の事務局長辞任問題について,被告人は,A7らに善後
処理を一任していた旨主張し,被告人もそれに沿って,「平成15年8月1
1日ころ,A1から,突然,後援会事務局を手伝おうという話が出た。私は,
『事務局長にはA11さんがいらっしゃいますから結構です。』などと断っ
たが,A1が,『じゃ,統括事務局長でどうだろうか。』と引かず,窮余の
一策と思って,『それじゃ顧問でどうですか。』と提案したが,A1は了承
せず,その場は,『後援会に了解を取らなければならない。』と言って別れ
た。その後,A1が勝手に事務所に乗り込んで後援会の事務局長の名刺を作
らせ,それを持ってあいさつ回りをしているなどと聞いてびっくりした。私
がA1と会って,『後援会も駄目だと言っている。』と言うと,A1から,
『3000万円ぐらいをもらわないと困る。』と言われた。その後,A7か
ら,A1問題は自分たちに任せるように言われたので,A7らに善後処理を
一任した。このとき,A7に対して,A1から3000万円を要求されたこ
とについては説明していない。」などと供述する。
しかし,被告人の了承もないまま,A1が勝手に後援会に乗り込んだ上,
事務局長の名刺を事務局員に作らせ,それを持ってあいさつ回りを始めるな
どということは,A1においても,当然に被告人や後援会とトラブルになる
ことが予想できるものであって,余りに不自然で考え難い。また,被告人自
身も,A1から3000万円を要求された旨供述するように,A1を辞任さ
せるに当たっては,それまでの相当期間にわたってA1が被告人を知事に当
選させるべく政治活動や選挙運動において協力してきた事情を踏まえて,被
告人とA1との間の金銭問題をも解決することが不可欠であったのに,これ
らの事情を説明することもなくA7らに善後処理を一任したというのも不自
然で不合理である。これらに加えて,A11やA12といった後援会関係者
の供述内容も併せ考えれば,上記被告人の供述を信用することはできず,上
記弁護人の主張は採用できない。
(2)弁護人は,被告人は5000万円の決定過程には関与しておらず,A7
らから事後報告を受けたものであり,ゼネコンの口利きをして5000万円
の返済に充てるとの計画にも関与していない旨主張し,被告人も,「A7ら
に,A1問題を一任したが,その際,A1に払う金額の交渉や金額の決定は
頼んでいない。その後,9月11日ころに,A7から電話があって,『A8
会長にお願いしてきたから,よろしくと一言言っておいてくれ。』と言われ
たので,A8に電話をして,『よろしくお願いします。』と言った。A7や
A8との電話の中で,金額の話が出たことはなかった。9月中旬くらいに,
知事公舎で,A8から,『5000万円で解決した。私とA2さんとがこう
いう関係になりましたので,あなたも承知しておいてください。』と,書類
を見せながら言われてびっくりした。A2がゼネコンへの口利きをして50
00万円を返済するなどという協議に,私が加わったことはない。その後,
A2から求められた5000万円の金銭借用書には,何の抵抗もなく署名し
た。」などと供述する。
しかし,A7やA2が,被告人とA1のそれまでの政治的,経済的な交際
問題の解決について,被告人を除いてA1と協議して5000万円で一切を
解決するなどということは,不自然である。かえって,被告人がA2から求
められるままに,5000万円もの大金の借用書に何の抵抗もなく署名した
のは,被告人が,5000万円という金額の決定過程にかかわっていたこと
を窺わせるものである。さらに,A8,A7,A2ら関係者の合致した供述
内容にも照らすと,上記被告人の供述を信用することはできず,上記弁護人
の主張は採用できない。
(3)また,弁護人は,A1の辞任問題は,A1に5000万円を支払うこと
ですべて清算されて解決しているのであるから,被告人が,A1の意趣返し
を恐れることはあり得ず,5000万円のほかに更にA1へ現金を提供する
必要はなかったので,A2に現金の提供を依頼することはあり得ないとも主
張する。
しかし,A1への5000万円の提供は,選挙戦以前のA1と被告人の金
銭関係を清算するものであり,他方,被告人がA1に,「本来ならば事務局
長として処遇していくつもりでしたので,そのことについては辞めた後もい
ろいろ考えさせていただきます。」と話したところの,事務局長のポストに
就いたならば得られたであろう,いわゆる「うま味」の点と,事務局長をわ
ずか1週間程度で無理矢理辞職させられたA1の屈辱感をなだめるという点
が清算されずに残っているのであり,5000万円でA1問題がすべて解決
したとの弁護人の主張は採用できない。この点,弁護人は,A1が被告人の
反対にもかかわらず,一方的に事務局長になろうと押し掛けたところ,反発
を食って辞めざるを得なかったのであるから自業自得であり,被告人が何ら
配慮する必要のない事柄であるとの立場と思われるが,その前提自体が採用
できないことは既に指摘したとおりである。
(4)請託の内容について
ア前記第2,1,(9)で認定した事実に基づいて,第三者供賄に係る請託
の内容について検討する。
(ア)B1設計の落札・受注について
A2は,被告人からA1への現金供与の依頼を受けた際,「我が社を
これまで以上に指名に入れていただけますか。仕事が取れるようにお願
いします。」などと被告人に依頼している。A2は,「指名」という言
葉を用いているものの,①既に判断しているとおり,A2は,受注増が
期待できない現状を打破するため,知事選前から,被告人に多額の資金
を提供してきたのであるから,指名に入れてもらうだけではその目的を
達することはできず,「落札・受注」について,B1設計に有利便宜な
取り計らいをするよう依頼したものとみるのが自然であること,②事前
収賄に係る2000万円の授受の際にも,A2は,県発注の業務を受注
できるようにしてほしい旨被告人に請託していること,③A2が,取調
べ検察官に対し,「新たにA1さんの面倒を見ることになるのであれば,
これまで以上に県発注の測量設計業務等をB1設計が受注できるように
便宜を図ってくれるように念押しをしておく必要があると思った。」な
どと詳細かつ具体的に供述をしていたことなどを併せ考えれば,上記A
2の依頼の趣旨は,現金供与の見返りとして,B1設計が確実に「落札
・受注」できるようにしてほしいというものにほかならない。また,A
2から請託を受けた際の被告人の返答内容も併せ考えれば,被告人も,
その請託の趣旨を十分認識した上で,これを受諾したものと認められる。
(イ)ゼネコンへの口利きについて
A2は,B1設計の「落札・受注」の請託を被告人が受諾した後,被
告人にゼネコンの口利き方法を教示してその対応を求めているところ,
これは,A1への現金供与の見返りとして,落札業者から口利き料を得
るために,A2が被告人に,ゼネコン業者間の談合において,A&Nを
介して落札業者に「天の声」を知らせる役を担うように依頼したもので
あり,ゼネコンへの口利きの便宜を被告人に求めた請託にほかならない。
そして,その際の被告人の言動に照らして,被告人もその趣旨を十分理
解した上で,これを受諾したものと認められる。
イ弁護人は,A2が5000万円の返済義務を負っているのなら,金利負
担を軽減するため,A1から渡された2000万円をA8に返還するはず
であると主張するが,A2は,2000万円はA1からもらったものと理
解した旨証言している上,5000万円の返済については,A2の自己資
金ではなく,金利も含めてゼネコンの口利きから充てると協議されていた
ことや,A2は,被告人とA7を保証人にする意図で,5000万円の借
用書に二人の署名を取っていたことに照らせば,A2が金利負担を深刻に
考える状況にはなく,また,A1からもらった2000万円を,A8への
返済に充てるという発想がA2になかったとしても不自然ではない。
また,被告人が5000万円をA8に返済しているが,そのようなこと
をせず,A2に元利を返済させるはずであると主張するが,被告人自身が,
A8に対し,5000万円を返済したことをA2に言わないように口止め
をした旨供述していることや,その5000万円が地元業者によって調達
されたものであることに照らせば,平成15年の年末の時期には,被告人
がA2との間に距離をおこうとした状況が窺えるので,A2に元利を返済
させていないことは不自然ではない。
さらに,A1排除とは無関係のA2が,5000万円もの支払義務を負
うというのは経験則に反すると主張するが,A2が,ゼネコンの口利きを
する大義名分を得ることをもくろんで,5000万円の返済債務を負うこ
とについて了承したと推認できるのであって,経験則に反するとはいえな
い。
弁護人は,被告人はA2からだまされて,その仕組みを知らされずに,
掛かってきた電話にはA2の言うとおりに応じて,あたかも「天の声」を
出したような外形を作出してしまったものであり,被告人は情を知らずに
利用されていただけである旨主張し,被告人も,「ゼネコンの口利きの仕
組みは一切知らなかった。A2から,『明日の朝7時に,C31さんから
電話があるので,東京のC30に電話するように言ってください。』と言
われて,電話番号を教えられた。電話が掛かってきたときに,それをおう
む返しで言っただけである。」などと供述する。
しかし,現職の知事が,意味も分からず,一業者からの指示を受けて言
われるがままに電話番号の取り次ぎを行うなどということは到底考えられ
ない上,B27のC31との電話での会話内容や,前記認定した5000
万円問題の事実経過等を併せ考えれば,被告人の供述は到底信用できず,
弁護人の主張は採用できない。
弁護人は,被告人がゼネコンの口利きの仕組みを知らなかった根拠とし
て,A2は,被告人に,どの工事でどの業者から幾らもらったかという重
要な事実を報告していないことも指摘するが,被告人らが意図したところ
は,ゼネコンからの口利き料を返済原資として,A2がA8に5000万
円を約定どおり返済するということであり,被告人が個別の工事内容や金
額まで熟知する必要性まではなかったものと認められる。
ウ以上のとおりであり,請託の存在を否定する被告人の供述や弁護人の主
張は採用できない。
(5)賄賂性の認識について
ア1026万円の原資について
(ア)A2は,公判廷で,1026万円の原資は被告人から,「これでA
1さんの面倒を見てください。」と言って渡された1000万円である
旨証言するが,被告人から渡された1000万円が原資であるなら,A
1への支払額につき,被告人が言うままの金額を月々A1に交付すれば
よく,被告人から当初毎月80万円という額の提示を受けたA2が,高
いと言って難色を示したというのは不自然であるし,被告人から,「重
ね重ね度々申し訳ないけれども,あなたのところでA1の面倒を見てく
れないですか。」と頼まれたときに,A2が,「虫のいい,ずうずうし
いお願いだ。どこまで私やB1設計を利用するんだ。」という気持ちに
なったというのは不合理である。
(イ)また,A1への振込において,実態のない「業務委託」や「給料」
の形を作ることは,B1設計の経理処理上必要なものであったからこそ
行ったものであり,それは,A2又はB1設計から金が出ていることを
示すものである。
(ウ)加えて,A2は,捜査段階の当初は,前記のような供述をしていな
かったことや,本件証人尋問の当時,被告人の対向犯として贈賄罪で起
訴されていた自己の公判において,賄賂性の認識を否認するなどして無
罪を主張していたもので,A2には,1026万円の原資に関して虚偽
の供述をする動機も認められる。
(エ)以上からすれば,被告人からA1の面倒を見るように言われて10
00万円を渡されたとのA2の証言は信用することができない。
イA2の自主的な経営判断との主張について
(ア)弁護人は,顧問契約はA2の自主的な経営判断である旨主張し,A
2もこれに沿った証言をするのであるが,そもそもA1の経歴に照らし,
橋梁の測量設計業に関する経験や知識を有するとは認め難く,また,実
際に営業活動をした経歴も皆無であることや,A1とB1設計の間に正
式な顧問契約や辞令交付,社員名簿の登載がなく,平成16年12月分
から振込額を減額し,平成17年5月分を最後に振込を停止したのは,
A2が被告人やA1と協議したり了承を得ることなく一方的にしたもの
であることなどに照らせば,A1がB1設計の顧問であったという実態
は認められない。
また,A2が被告人へ多額の資金提供を行っていたことや,5000
万円問題におけるA2の深いかかわり具合等に照らせば,A2は,A1
に被告人とのパイプ役を頼むなどという迂遠な方法を取らずとも,直接
自らの意向を被告人に伝えることができる関係にあったと考えられる。
これらを併せ考えれば,A1に対する顧問料の支払は単なる名目にす
ぎないものであったことは明らかである。
(イ)弁護人は,A1への顧問料支払が,被告人からの依頼でされたので
あれば,A2は,便宜供与を受けられない不満からA1への支払を減額,
停止する際に,その旨を被告人に伝えるはずであるとも主張するが,A
1への支払が被告人の依頼に基づくものであるがゆえに,A2は,便宜
供与と直接対価関係にあるA1への現金支払を一方的に減額,停止して,
受注が伸びない自らの不満を被告人にアピールし,便宜供与を促したも
のと推認できる。
(ウ)以上のほかに,①A1の意趣返しを防ぐために,被告人が,A1へ
の更なる現金供与が必要であると考えていたことをA2も認識していた
こと,②被告人から,A1への現金供与を依頼されたのを受けて,A2
が被告人に,B1設計の受注への便宜とゼネコン口利きへの便宜を依頼
していること,③既に述べたとおり,A2は自らの公判審理において賄
賂性の認識を否認して無罪を主張していたことなどを併せ考えれば,自
らの経営判断でA1に現金を提供したとの証言は信用することができな
い。
ウ以上によれば,弁護人が縷々主張する点を踏まえても,A1への102
6万円の現金供与については,被告人から依頼されたA2が,提供の見返
りとして,B1設計の受注とA2のゼネコン口利きに便宜を図ることを請
託し,被告人がそれを受諾したことに基づいて,A2が出資して提供した
ものであるので,A2が賄賂性の認識を有していたことは優に認められる。
なお,弁護人が指摘する,A2が,A1に対する振込金について税務処理
をしていた点については,A10が,「税務当局から指摘を受けたときに
説明できる形式的なものを工面する必要があった。」と証言するとおり,
B1設計からの振込入金を税務処理の外観上,妥当なものにするためのも
のと認めることができ,A2の賄賂性の認識の判断に影響を及ぼすもので
はない。
一方,被告人についても,被告人自身がA2にA1への現金供与を依頼
し,A2からその見返りとして,B1設計の受注とA2のゼネコン口利き
に便宜を図ることを求められたのに応じたことから,A2がA1への現金
供与を承諾したものであるので,A2からA1への支払が賄賂であること
を認識していたことは明らかである。
(6)A1の知情性について
ア弁護人は,A1を慰留するため,被告人がA2に,A1への顧問料の支
払を頼んだのであれば,A1が,その顧問料を実質的に支払っているのは
被告人であることを認識していること必要があるが,A1にその旨の告知
は何らされておらず,検察官が主張する第三者供賄の構成には,問題があ
る旨主張する。
イこの点,A1は,検察官調書では,「A2から,毎月80万円という高
額の金をもらう理由はなく,被告人が言っていた後援会事務局長の給料等
の待遇に代わる金であり,顧問料は事実を隠すための見せかけにすぎない
と分かっていた。」と供述していた。ところが,公判廷では,「振り込ま
れたお金は,自分の総合的なアドバイザーとしての対価であり,あくまで
顧問料だった。被告人から頼まれてA2が支払っている金との認識はなか
った。」などと供述を翻した。
ウしかし,統括事務局長を辞任するに際して,A1が被告人から,「本来
ならば事務局長として処遇していくつもりでしたので,そのことについて
は辞めた後もいろいろ考えさせていただきます。」と告げられていたとこ
ろ,程なくして,A2から,「うちで雇うことになりました。給料は80
万円です。今月から支払います。」との申し出があったとの事実経過や,
A1自身が,公判廷で,「月80万円というのは,顧問としては金額が大
きいと思った。A2から雇う旨の話をされた際,仕事内容の具体的な説明
はなかった。」などと述べていることからすれば,A1は,A2からの顧
問料の支払が名目上のものであることを十分理解していたと推認できる。
したがって,検察官調書で述べるところは信用できるが,これに反する前
記の公判での証言部分は信用できない。
エしたがって,弁護人が主張するところを踏まえても,A1は,A2から
の振込金について,被告人が払うべきものをA2が代わって払っている旨
の認識を有していたものと認められる。
(7)そのほか,弁護人が縷々主張する点を検討しても,前記第2,1の認定
を覆すものではない。
4結論
よって,弁護人が主張するところを踏まえても,検察官が主張するとおり,
①被告人は,A2に対し,A1に対する継続的な現金の供与を依頼したこと,
②被告人から上記依頼を受けたA2は,その見返りとして,県発注に係る測量
設計業務等をB1設計が受注できるよう有利便宜な取り計らいを受けたい旨及
び,県発注に係る公共工事の入札に際し,A2が被告人に対して口利きをする
ゼネコンが受注できるよう有利便宜な取り計らいをしてもらいたい旨の請託を
し,被告人がこれを受諾したことが認められる。
【競売入札妨害事件(判示第3ないし第5)の争点と判断】
第1争点
被告人が,出納長A3及び環境森林部長A6らに対し,B1設計に県発注の
公共工事を受注させるように指示したか否か。
1検察官の主張
被告人が,A3やA6に対し,B1設計に県発注の測量設計業務等を受注さ
せるように指示し,その結果,県の意向を知った指名業者間で談合が行われ,
平成17年度に施行された橋梁維持事業(判示第3),災害復旧事業(判示第
4)及び平成18年度に施行された麓川橋梁詳細設計業務(判示第5)をB1
設計が落札・受注したものである。
2弁護人の主張
被告人は,県の意向を示してB1設計に測量設計業務を落札・受注させるつ
もりは全くなかったし,A3やA6らに対し,その旨の指示をしたことも一切
ない。A3やA6らが出世したいために,被告人の意に反して,自ら進んで行
ったものである。
第2争点に対する判断
1当裁判所が認定した事実
関係各証拠によれば,被告人が部下職員に対して受注指示をした状況,判示
第3ないし第5の業務をB1設計が落札・受注した状況等は,下記のとおりで
あったと認定できる。
(1)平成15年
ア8月28日,被告人は,知事になって初めての刷新人事を行い,A13
を土木部長に,C32を土木部次長に任命し,9月上旬ころ,A13に対
し,「B1設計をよろしく頼む。」と告げた。A13は,あいさつに訪れ
たA2と面会した後,C32に対し,A2の名刺を見せながら,「知事か
らよろしくと言われた業者よね。頼んどくわ。」などと言った。C32は,
道路建設課課長補佐のC33に対し,B1設計を指名に入れるよう指示し
た。
イ11月20日,被告人は,A3を出納長に任命した。年末,被告人は,
知事公舎にA3を呼んでA2と引き合わせ,さらに,平成16年1月,A
3をB1設計東京本社に訪問させるなどした。
(2)平成16年
ア4月,被告人は,人事異動で,A14を土木部次長に任命した。平成1
6年の年度初め,A2は,A1に被告人との会食の設定を依頼し,その席
で被告人に対し,「県発注の測量設計業務の受注額を5000万円から1
億円は欲しい。」と言い,被告人は,「分かりました。」と答えた。
イ6月ころから,被告人は,A3に,「A2が仕事が欲しいと言ってい
る。」,「なんとかできんな。」などとB1設計の指名受注に便宜を図る
よう指示するようになった。
ウ6月上旬,被告人,A2,A7,A14の4人での会席の場で,被告人
がA14に,「A2社長は,いい人で刎頸の友だ。会社もいい会社なので
よろしく頼む。」などと言い,A2も,「誘致企業であるけれどもなかな
か受注ができない。力添えをお願いしたい。」と言った。
エ9月か10月ころ,A3は,被告人から,「A2が下田大橋の設計を取
りたがっているから指名に入れてやってくれ。」と指示された。A3は,
A14と協議した後,被告人に,B1設計を「下田大橋橋梁詳細設計業
務」の指名に入れることは難しい旨報告したが,被告人から,B14を外
して,B1設計を指名に入れればいい旨指示されたので,その旨をA14
に伝えた。A14は,当初の案ではB1設計は指名業者に入っていなかっ
たが,次長協議の結果,B14を落としてヤマト設計を指名業者に入れた。
オ下田大橋の業務については,A2が県の意向をちらつかせたために指名
業者がそれを嫌い,談合協議で落札業者の決定ができずにもめた。A2は,
A1を介し,又は直接電話などで被告人に受注できるように訴えた。11
月19日の入札日の直前,A3は,被告人から,「A2が取れるようにし
てやってくれ。」などと,下田大橋の業務をB1設計が落札できるように
してほしい旨の要請を受けたが,現場が混乱している上,知事とA2の関
係も疑われていると考えたA3は動かなかった。その結果,下田大橋の業
務は業者間のたたき合いとなり,B1設計は落札できなかった。その後,
被告人は,知事室にA3を呼び,「A2が,出納長と土木部が邪魔をした
から仕事が取れんかったと怒っている。」,「指名したからとか言ったっ
て結果がすべてよ。」と厳しい口調で責めた。
カ年の暮れころ,A2がA1に,被告人との2度目の会食の設定を依頼し,
その席で被告人に,「なかなか指名も受注も増えない。もっと仕事が取れ
るようよろしくお願いします。」と頼むと,被告人は,「出納長には言っ
てるんだがな。」,「分かりました。」などと言った。
キA2は,受注量の増えない情勢に不満を抱き,A1に対する振込額を,
12月分から一方的に毎月9万円に減額した。
(3)平成17年
ア4月,被告人は,人事異動で,A4を土木部次長に任命した。A4は,
A14前次長から,事務引継ぎのとき,「B1設計については,いろいろ
と上から無理な注文があって大変苦労した。今後もあるかもしれないので
気を付けた方がいいよ。」などと言われた。
イA2は,受注量が増えない不満から,A1への振込送金を5月分を最後
に停止した。
ウ6月ころ,A2は,被告人に対し,測量設計業者名と各業者の平成16
年度における県発注業務の受注実績等の一覧表を渡し,「平成16年度の
実績が中間くらいの業者で8000万円くらいです。当社もそのくらいの
実績が欲しいです。」と言った。
被告人は,A3出納長に,受注実績等の一覧表を示しながら,「A2が
今年度8000万円仕事が欲しいと言ってきたのよ。何とかしてくんな
い。」,「大手の業者の分を回せば8000万円ぐらい取らせられるが
な。」などと言い,同年度中に実施される入札では,B1設計に合計80
00万円程度の測量設計業務等を落札・受注させるよう指示した。A3は,
A4にその旨を話し,B1設計が受注可能な測量設計に関する事業量の調
査を行わせたところ,A4から,5000万円程度である旨の報告を受け,
これを被告人に報告した。被告人は,「とにかく仕事をやってくんな
い。」とA3に言い,A3もその旨をA4に伝えた。
エ6月23日,A4は,当時宮崎土木事務所所長のA5に,「出納長から
話があって,B1設計に5000万円くらい受注させてくれと言われた。
ほかの土木事務所にも言っているが,あんたのところでも橋梁の案件があ
ったらB1設計を指名に入れるよう頼んどくわ。のさんこっちゃけど。」
などと言った。A5は,B1設計に受注させるためには県の意向を示すこ
とも含むものと理解し,土木事務所次長のC8に,「A4次長から,橋梁
の件があったらB1設計を指名に入れておいてくれと言われたから頼むわ。
次長も上から言われているようだ。」などと指示した。
オ6月27日ころ,A4は,C1B1設計宮崎支店長に対し,「平成17
年度県橋維持第01−01号橋梁維持事業」(判示第3,以下「本件橋梁
維持事業」という。)について,「指名に入れておくから,しっかり見積
もりをして受注できるように頑張ってくださいよ。」と言い,具体的な発
注予定額も伝えた。
カ7月6日ころ,A4は,C34道路保全課課長補佐に対し,本件橋梁維
持事業の指名業者につき,B1設計を入れるよう指示した。
キ7月初旬ころ,被告人は,A3に,「A2が7月中に仕事を1本くれ,
早くくれんと暴れると言っている。B1設計の受注状況がどうなっている
のか調べてくれ。」とB1設計の受注状況についての報告を求めた。7月
末ころ,A3は,A4からB1設計の受注状況の第1回報告を受け,「二
つ取ってます。」などと聞いた。A3はその旨を被告人に報告した。
ク夏ころ,A2がA1に,「このまま仕事をもらえなければ困る。早く仕
事をもらえないか。このままいけばC23さんと相談する。」と言って,
対立候補者であるC23陣営への寝返りを示唆し,また,被告人にこれま
で提供した資金の返還を求めるなど,被告人にプレッシャーをかけてきた
ことから,A1は,被告人に,「A2に不穏な動きがあるので,A2の会
社についてはぴしゃっと対応していただきたい。」と忠告した。
ケ夏ころ,被告人がA3に,「実はね,A1に退職金5000万渡すのに
A8会長がB2銀行から借りて払うことにしたが,A2がA8会長から借
りることにして,A1に渡した。知事のサインの入った借用書を,仕事が
取れない腹いせにB29と警察とC23元出納長にばらまいたらしい。自
分は借用書は知らない,サインもしていない。」などと言った。
コ9月27日ころ,A4は,C1支店長に,本件橋梁維持事業につき,
「それはおたくで取ってもらわないといけないから頑張ってください。」
などと言い,また,台風14号による災害の話をする中で,「県北で大き
な災害が出ているので設計委託もかなり出る。頑張って仕事を取ってくだ
さい。あなたのところは上からも改めて言われている。8000万に向け
て努力してください。」と言った。
サ9月中旬ころから10月上旬ころ,A4は,A5に対し,「B1設計の
件だけど,災害で橋梁があったらB1設計を指名に入れておいて。」と指
示した。A5は,A4の指示を指名に入れた上で,県の意向を示してB1
設計に受注させる旨の指示であると理解し,C8に対し,「災害で橋梁が
出たらB1設計を指名に入れておいてくれ。」と指示した。
シ10月6日,A4は,本件橋梁維持事業につき,B1設計に天の声が出
ているとうわさされていることで,確認のために訪ねてきたB4九州支社
の技術部長C3(県土木部OB)に対し,B1設計に受注させるとの県の
意向を示した。
指名業者は,県の意向に逆らえば,指名競争入札制度の下で,次の業務
から指名に入れてもらえなくなるため,県の意向に逆らうことはできず,
本件橋梁維持事業でヤマト設計に受注させるとの県の意向を示された指名
業者たちは,B1設計を本命業者とする談合をした。
ス10月7日,本件橋梁維持事業の入札が施行され,他の指名業者がB1
設計よりも高い金額で入札した結果,B1設計が1400万円で落札した。
セ11月1日,宮崎土木事務所次長のC8は,「平成17年度災害委託第
1−AC号災害復旧事業」(判示第4,以下「本件災害復旧事業」とい
う。)につき,C1支店長にB1設計が受注できるか打診したがC1が断
った。C8はその旨を所長のA5に報告し,A5からA4へ,A4からA
3へ,A3から被告人へと伝わった。被告人が,「宮崎土木事務所が仕事
を用意したが,B1がそれを取らなかった。」とA1に伝えると,A1は,
「仕事を取れるようにという陳情をしながら,実際仕事を取らないという
ことはどういうことか。」とA2に電話で言った。これを聞いたA2は,
同月7日ころ,C1支店長を叱責し,A5の事務所に出向いて謝罪をさせ
るとともに,A2自ら11日にA5の事務所に出向いて直接謝罪をした後,
宮崎支店のC9に対し,この業務はB1設計が受注する旨業者へ根回しを
するよう指示した。B1設計が受注する意向であることを聞いたA5は,
C8に対し,B1設計を指名に入れるよう指示した。
ソ11月14日,A5は,本件災害復旧事業につき,宮崎土木事務所に事
情を聞きに来たB9の代表取締役C10とB10の代表取締役C12の二
人に対し,B1設計に受注させるとの県の意向を示した。その結果,B1
3に集まった指名業者にC10とC12が,B1設計が受注することが県
の意向であることを報告したため,B1設計を本命業者とする談合が成立
した。
タ11月16日,本件災害復旧事業の入札が施行され,他の指名業者がB
1設計よりも高い金額で入札した結果,B1設計が690万円で落札した。
チ11月ころ,A3は,被告人からB1設計の受注状況を尋ねられた。こ
の際,被告人は,「A2が,このままいくとまた去年並みでお茶を濁すこ
とになるんだろうと言っている。」などと話した。A3は,A4に,B1
設計の受注状況の第2回目の報告を求め,A4から,「3000万円くら
いは受注しました。」,「あと,高鍋に1本あります。日向にも一つあり
ます。」などとの報告を受けた。A3は,同内容を被告人に伝えると,被
告人は,「ああ,そうな。A2が心配しちょったもんだから。」と言った。
(4)平成18年
ア年の初めころ,被告人は,A2に,B1設計のことはA6を窓口とする
ことを連絡した。
イ2月か3月ころ,A3は,被告人から,B1設計はどの程度受注できた
のか尋ねられたことから,A4に対し,B1設計の受注状況についての第
3回目の報告を求めた。A4が,「5000万円くらいにしかなっていま
せん。」と報告し,A3がその旨を被告人に報告すると,被告人は,「8
000万円はいかんかったっちゃな。」と言った。
ウ4月,被告人は人事異動で,A4を土木部長に,A6を環境森林部長に,
A5を土木部次長に,A9を農政水産部次長に,C35を高岡土木事務所
所長にそれぞれ任命した。なお,B1設計の宮崎支店長はC1からC16
に代わり,C1は同支店の顧問となった。
エ4月10日ころ,被告人が環境森林部長のA6に,「B1設計がうるさ
く言ってきて困ってる。あんたは土木部の経験もあって土木の人も知って
いるだろうから,あんたからも土木の方には話をしとってよ。B1設計を
あんたのところにやるからよろしく頼むな。」と言った。
オ4月中に,土木部次長のA5は,A3から,「A4部長からも聞いてい
ると思うけど,B1設計を頼んどくね。」と言われた。4月18日,A5
は,就任あいさつに来たC35高岡土木事務所所長に,「橋梁設計の案件
があったらB1設計を指名に入れてくれ。上からも言われちょるからひと
つ頼むわ。」と指示した。
カ4月下旬ころ,A3は,被告人から,「A2の窓口はA6に代えたから
な。」と言われた。
キ5月上旬ころ,A2は,A6と面会し,「8000万円分の設計業務を
受注することができるようにしてほしい。」と言うと,A6は,「私も信
頼できる人からあなたのことは言われているので,できるだけあなたに協
力していきます。」と言った。
ク5月8日,被告人は,農政水産部次長のA9に電話をして,「B1設計
の社長が君にあいさつに行くかもしれないからそのときは丁寧親切に対応
してくれ。」と言った。
ケ5月19日,被告人は,A5に,知事室で,「出納長やA4さんからも
聞いていると思うけど,B1のことを頼んどくね。今後,A6部長から指
示があると思うから頼んどくよ。」と言い,B1設計に関する対応は,A
6からの指示に従うように指示した。
コ同日,A6とA5は,B1設計の受注に関して話し合い,A6が,「B
1設計のことで知事は困っている。B1設計の話では,前は8000万円
くらい取れていたけど,今は半分以下だというようなことを言っている。
土木部で半分くらいでも何とかならんのか。」と言った。また,A6は,
農政水産部のA9に対しても,「B1設計が知事のところに受注について
うるさく言ってきている。あんたのところでも指名に入れられるような仕
事はないかな。」と言った。
サ5月下旬,A6は,A2に,「高岡土木事務所,児湯農林振興局発注業
務の指名に入る。営業に行ってくれ。土木部のA5次長や農政水産部のA
9次長にも営業に行ってくれ。」と言い,これを受けて,A2は,C16
支店長に対し,A6から指示された箇所に営業に行くよう指示した。
シ6月ころ,A6が被告人に,「B1のことについては,土木部や農政の
方には話をしておきましたから。」と報告したところ,被告人は,「ああ,
そうな,頼んどくな。」と答えた。
ス7月初め,A5は,「平成17年度河川激特第2−L号麓川橋梁詳細設
計業務」(判示第5,以下「本件麓川橋梁詳細設計業務」という。)に関
し,次長協議でB1設計を指名業者に入れる指名の入替えをし,C35高
岡土木事務所所長に,「B1に6000万取らせないといかん。今回の1
400万円のをB1に取らせる。」と言った。その後,A5は,B1設計
のC1に,「近く高岡土木事務所から災害復旧関係の橋梁案件が出ます。
金額は2橋で1400万円くらいです。」と発注情報を伝え,併せて指名
業者も教えた。
セ7月10日,土木部次長室に,県の意向を確認するために来た県B18
のC17会長(B14社長)に対し,A5が,B1設計に本件麓川橋梁詳
細設計業務を受注させる旨の県の意向を示した。C17が,「どれくらい
を考えているのか。」とB1設計に年間総額幾らくらいの案件を受注させ
るつもりであるのか尋ねると,A5は,「5000万円から6000万円
くらいを考えている。」と答えた。
ソ7月11日,本件麓川橋梁詳細設計業務に関し,指名業者間で第1回の
談合協議が行われ,続いて18日に第2回の談合協議が行われ,県の意向
が示されていたことから,B1設計を本命業者とする談合が成立した。
タ7月20日,本件麓川橋梁詳細設計業務の指名競争入札が施行され,他
の指名業者がB1設計よりも高い金額で入札した結果,B1設計が128
0万円で落札した。
2各証言の信用性の検討
(1)被告人の指示内容に関するA3証言の信用性について
アA3証言の要旨
(ア)平成16年6月ころから,A2の要請を被告人から指示されるよう
になった。その言い方は,「A2が仕事が欲しいと言っている。」とか,
「大きな橋の設計はないか,何とかできんな。」というものであった。
その指示の中には,とにかく何とか取らせてやってくれという受注をさ
せる旨の指示もあった。このような指示は,二月に一度くらいとか,場
合によっては毎月とか,不定期的にあった。
(イ)下田大橋橋梁詳細設計業務については,被告人から,「A2さんが
下田大橋の設計を取りたがっているから指名に入れてやってくれ。」と
指示された。A14と協議した後,被告人に,B1設計を指名に入れる
のは難しいと報告すると,被告人から,B14を外してB1設計を指名
に入れればいいと言われたので,そのままA14次長に伝えた。
(ウ)下田大橋の入札日の直前,A2が被告人に泣きついたようで,被告
人から,「A2が困っている。取れそうにないと言っている。取れるよ
うにしてやってくれ。」との指示を受けた。これは,はっきり言えば
「天の声」を示せということなので,そこまで言うんですかという感じ
を受けた。被告人も切羽詰まったような顔をしていたので,私は,状況
を調べてみると答えた。
(エ)その後,A14次長に報告を求めると,指名業者間で調整がうまく
いかず,A2がはじき出されているとのことであり,現場が混乱してい
ることも分かったし,被告人とA2の関係も疑われているということも
あったので,県の意向を示すことはやめようということで動かなかった。
(オ)B1設計が,下田大橋の件を落札できなかった後,被告人から,私
をいかにも責める厳しい口調で,「A2が,出納長と土木部が邪魔をし
たから仕事が取れんかったと怒っている。」と言われた。私は,そのよ
うに言われることが心外で,「A2がみんなから嫌われてはじき飛ばさ
れたというのが本当ですよ。」と答えたが,被告人からは,「指名した
からとか言ったって結果がすべてよ。」と,また非常に強い口調で責め
られた。
(カ)平成17年6月初めころ,知事室で,被告人から,「A2がね,今
年度8000万円仕事が欲しいと言ってきたのよ。何とかしてくんな
い。」と言われた。これを聞いて,とにかく,17年度に何としてでも
8000万円を取らせてくれという指示だと思った。平成17年度の県
発注の測量設計業務の指名競争入札に際して,B1設計に,指名のみな
らず,県の意向を示して受注も与えるようにとの指示と受け取らざるを
得ない内容だった。被告人から,このように聞いて,年間目標額を示す
などという,かつて聞いたこともないような話で指示が出たのでびっく
りした。被告人は,私に年間受注実績の一覧表を示して,「ほら,80
00万円が平均だろう。」と話し,一覧表の一番上にランクされていた
B14を指して,「B14は何億も取っている。こんな大手の業者の分
を回せば8000万円ぐらい取らせられるがな。」と言った。
その後,A4土木部次長に知事からの話を伝え,B1設計が受注可能
な測量設計に関する事業量の調査を行わせたところ,A4から,500
0万円程度である旨の報告を受け,これを被告人に報告した。被告人は,
「ううん,5000万しかないな。まあ,だけどとにかく仕事をやって
くんない。」と言った。
(キ)平成17年7月初旬ころ,知事室で,被告人から,「A2が早く仕
事をくれと,7月中に1本くれと,早くくれんと暴れると言っている。
B1設計の受注状況はどうなっているのか調べてくれ。」と言われた。
被告人に,「もう動いているようですよ。」と報告すると,被告人は,
「ああ,そうな。そんならいいわ。」と言った。
10月か11月ころ,知事室で,被告人からB1設計の受注状況を尋
ねられた。被告人からは,「A2が,このままいくとまた去年並みでお
茶を濁すことになるんだろうと言っている。」と言われた。私は,その
言葉にちょっとかちんときて,被告人が,A2の言うことをいちいち私
に伝えてくることに憤りを感じた。その後,B1設計の受注額を被告人
に報告すると,被告人は,「ああ,そうな。A2さんが心配しちょった
もんだから。」と言った。
(ク)平成18年の2月か3月ころ,知事室で,B1設計の受注状況に関
して,被告人から,「果たしてどのくらいいったんだろうか。」と聞か
れた。被告人に「五千何百万とかいったそうですよ。」と報告した。私
としては,ご苦労さんという言葉を掛けてもらえると期待していたが,
被告人は,「五千何百万な。8000万はいかんかったっちゃな。」と
いった反応だったので,少し腹立たしく思った。
(ケ)その後,4月下旬ころ,被告人から,「A2の窓口はA6に代えた
からな。」と言われた。
イA3証言の信用性
(ア)A3の証言は,平成15年11月に被告人から出納長に任命された
以降,平成18年までの経緯を供述したものであるが,平成16年にな
って被告人からB1設計受注の便宜指示を受けた際の被告人の言葉や様
子,下田大橋でB1設計が落札できなかったときの被告人の態度,その
際の自らの心情,平成17年における被告人のB1設計受注に対する積
極的な姿勢とそれへの対応にA4ともども腐心する状況,平成18年に
なって被告人からA2の窓口をA6に代えられたことなど,その都度の
出来事を具体的かつ迫真的に述べるものである上,その内容に不合理な
点はない。また,その述べる事実経過は,A4,A14,A5,A2や
A1ら関係者の供述とも符合する。
また,自らが官製談合に関与したことなど自己にとって不利益な内容
をも証言しているし,反対尋問に対しても,被告人から指示を受けた内
容等,その核心部分において揺らぐところはない。
(イ)弁護人は,①A3は,被告人からB1設計への受注指示を受けた旨
証言するが,A2は,公判廷で,「指名がなければ受注はないので,被
告人にも指名を増やしてほしいとお願いしただけで,受注の割り振りま
でお願いしていない。」などとA3と反する証言をしていると主張する
が,既に判断したとおり,単に指名に入れてもらうだけでは,被告人に
多額の資金提供をしてきたA2の目的を達することはできず,A2が被
告人に,「落札・受注」を求めていたことは明らかであり,弁護人が指
摘する部分のA2証言は信用できない。
②A3は,被告人から,その時々において,B1設計の落札・受注結
果の報告を求められたと証言しているが,同社の受注実績は当のA2が
熟知していることであるから,その実績に関してA2が被告人に報告を
求め,これを受けて被告人がA3に報告を求めるはずがないと主張する
が,被告人がB1設計の受注状況が気になったことから,A2とは別に,
被告人自身の立場で報告を求めたとしても不合理ではないし,受注状況
を聞くことは,一方で受注を促す意味も有することから,被告人の姿勢
に照らしても不自然ではない。
③副知事就任の希望を持っていたA3は,被告人がB1設計に受注さ
せる腹積もりであると憶測し,被告人に対する功績作りのため,被告人
から指示もされていないのに,部下職員にB1設計への受注を指示した
ものであると主張する。しかしながら,A3はA2を嫌っており,特に
下田大橋の件以来二人の折り合いが悪く,被告人が平成18年度になる
と,A2の窓口をA3からA6に代えたほどであり,A3が,そのよう
な仲のA2のために知事である被告人の意に反してまで受注の便宜を図
ったとは考え難い。また,A4が,「A3出納長は,A2が被告人のと
ころに来て,こういう要求をしており,被告人がこう言っているなどと,
事細かに背景の事情を説明した上で,私に指示を伝えており,B1設計
への受注指示がA3出納長からの発想だとはとても思えない。」などと
証言するところに代表される部下職員の供述内容に照らせば,被告人か
らの明白な指示もないのに,A3が独自の判断で,B1設計の受注調整
に向けて種々手を尽くしてやったとは考え難い。
④A14が,「以前からA3に,大きな業務でB14を指名から外せ
るものがあれば外すように指示されていたので,下田大橋の指名業者選
定の際に外した。」と,A3と異なる証言をしていると主張するが,A
14は,「下田大橋のときにA3に相談すると,B14を外せとA3か
ら指示された。」旨証言しており,A3とA14が矛盾する証言をして
いるとは認められない。また,A14は,下田大橋のときに落札指示が
出なかった理由に関し,「A3から県の意向が出せないかと打診された
が,大問題になると考えその打診を断った。」と,A3と異なる証言を
しているとも主張するが,A3は,「被告人がB1設計に取らせろと言
っている旨をA14に伝えた。A14から現場の報告を受けた後,県の
意向を示すことはやめようということで自分は動かなかった。」と証言
し,A14は,「A3から下田大橋について県の意向を示せないかとい
う話があったが,それは被告人の指示によるもののようだった。そのよ
うに言われたときと,A3に現場の調査を報告したときの前後関係は,
はっきりしない。報告をした後,A3からは何も指示されなかった。」
と証言しているところをみれば,必ずしも,両者が相互に矛盾した証言
をしているものとは認められない。
(ウ)以上によれば,弁護人の主張する点はいずれも採用できず,前記A
3の証言は信用できる。
(2)A4証言の信用性について
A4は,当時土木部次長の立場にあり,A3出納長の下で,被告人の指示
を受けたA3から相談を持ち掛けられ,B1設計の受注便宜に県土木部次長
として関わるという苦々しい経験を述べており,その内容も具体的で迫真性
が認められる。また,不自然な誇張や不合理な点は見受けられず,十分信用
できるものである。
(3)被告人の指示内容に関するA6証言の信用性について
アA6証言の要旨
(ア)平成18年4月10日前後,知事室で,被告人から,「君も知って
いるだろうけど,B1設計がうるさく言ってきて困ってるのよな。あん
たは土木部の経験もあって土木の人も知っているだろうから,あんたか
らも土木の方には話をしとってよ。B1設計をあんたのところにやるか
らよろしく頼むな。」との話があった。私には土木部の経験があって土
木部に人脈があることから,県の意向を示すなどしてヤマト設計に関す
る受注調整をするように指示をしてきたのだと感じた。
(イ)それを聞いて,単に業者からの陳情の窓口としてヤマト設計からの
要求を聞くだけにとどめた対応をするようにという指示だとは思わなか
ったし,B1設計からコスト削減に関する意見を聞いて県の土木行政に
取り入れるようにという意味だとも感じなかった。被告人から,その指
示を受けて,嫌な仕事だなとゆううつな気持ちになった。
イこのA6の証言は,自らの心情を含め,詳細かつ具体的であり,また,
その述べる事実経過は,概ねA5,A9らの各証言とも符合する上,被告
人から土木部への調整についても指示を受けたことについては,当時土木
部次長であったA5が,「被告人から,『今後,A6部長から指示がある
と思うから頼んどくよ。』と言われた。」との証言にも裏付けられている。
加えて,自らが官製談合に関与したことなど自己にとって不利益な内容も
真摯に証言しているもので,本件事実経過に照らしても,不自然,不合理
な点は見当たらず,反対尋問に対しても,何ら揺らいでいない。
ウ以上によれば,A6の証言は信用できる。
(4)A5やA9の各証言も,当時,それぞれの立場で,B1設計の受注便宜
を指示されてその対応に腐心した状況を具体的に証言しており,相互に符合
して補完し合っている。また,特に不自然や不合理な点も見受けられない。
したがって,その各証言も信用できる。
(5)前記認定事実のうち,A1の証言部分についても,自ら関与し,経験し
た事柄についてありのままを述べているものと認められ,信用できるもので
ある。
A2証言は,前記のとおり,「指名」を受けることが目的であったとする
点は信用できないが,その目的以外の外形的な自己の行動状況に関する証言
は他の証拠とも符合するものであり,信用することができる。
3弁護人の主張に対する検討
(1)収賄事件と談合事件の間に因果関係が認められないとの主張について
弁護人は,事前収賄及び第三者供賄の見返りとして,被告人が,部下職員
にB1設計の受注への便宜を指示したのであれば,被告人が知事に就任した
直後から,B1設計の指名・受注は大幅に増加するはずであるのに,そのよ
うな結果にはなっていないし,また,知事は,県庁では人事権を持つ絶対的
な権力者であるから,真実,被告人が落札・受注を指示したとすればこれが
実現しないはずはないのに,そのような結果にはなっておらず,これらは,
被告人が部下職員に,B1設計への落札・受注指示をしていないことの証左
である旨主張する。
この点,関係各証拠によれば,県発注の測量設計業務等の指名競争入札に
おけるB1設計の指名,受注結果は,平成13年度の指名件数は25件,受
注件数は3件,受注額は2478万円,平成14年度の指名件数は21件,
受注件数は4件,受注額は2415万円,平成15年度の指名件数は18件,
受注件数は0件,平成16年度の指名件数は18件,受注件数は3件,受注
額は約3160万円であったことが認められ,弁護人が指摘するとおり,被
告人が知事に就任した直後から,B1設計の指名・受注が大幅に増加したと
いうことはできない。
しかし,元々B1設計は,県外企業とみなされて,業界の談合から排除さ
れている状況にあった上,知事就任直後の県庁内は,一部前県政体制のまま
であったため,被告人が知事就任直後から,B1設計に対するあからさまな
優遇措置を取れば,地元業者や県庁内から大きな反発を受けるなどして問題
が表ざたになるおそれがあることは容易に想像できたところであるから,被
告人やA2が,知事就任直後の時期から,B1設計の大幅な受注増を意図し
ていたとは考え難く,県庁内を被告人の体制に変えていく中で,徐々に,B
1設計の受注を増やしていくことを考えていたとみるのが自然である。この
点,A2自身が,「2期,3期,被告人に知事を務めてもらい,B1設計も
その期間に受注を増やして,被告人に提供した資金を回収できればいいと思
っていた。」などと証言するところや,A1が,A2に対し,被告人体制が
できるまでは無理はできない旨述べていたところとも符合する。
また,A14が,「被告人が,B1設計に受注させる意向を持っていたこ
とは分かったが,県の意向を出すということは,指名業者間で反発が起こり,
それが公の知るところになるなど大きな混乱が生じるし,私自身,そういっ
た不正なことにかかわりたくないという思いから,県の意向を示すことはし
なかった。」と証言し,A13が,「被告人から,B1設計に仕事を取らせ
てやってほしいと頼まれたが,受注させるところまではできないと思い,B
1設計を指名に入れるようにという限度で指示を出した。」と証言し,A3
が下田大橋の件で,「これ以上やるとやはり被告人とA2の関係も疑われて
いるということもあったので,ここは被告人の指示に従うわけにはいかない
と思い,県の意向を示すことはやめようということで動かなかった。」と証
言するように,被告人の意向を認識しつつも,当時の部下職員が,「天の
声」の重大性を認識し,独自の判断で慎重な行動を取っていたことも認めら
れる。
以上のような事情に照らせば,知事就任直後の平成15年度及び平成16
年度において,B1設計の受注件数が大幅に増加していないことをもって,
被告人によるB1設計の受注指示があったとの認定が影響を受けるものでは
ない。なお,平成16年度は,B1設計は,受注件数は3件ながら,受注額
は平成13年度と平成14年度を上回っている。
(2)A2の脅しに屈する理由がないとの主張について
弁護人は,起訴されている3件の談合事件は,平成17年6月ころから始
まったA2の被告人に対する脅し行為後のものであるが,当時,被告人は,
A2からの選挙資金等を完済していたため,A2の脅しを気にも留めておら
ず,A2を懐柔すべく,部下職員にB1設計の受注への便宜を指示したこと
はない旨主張する。
しかし,既に判断したとおり,平成17年6月当時,被告人が,A2から
の選挙資金等を完済していたなどという事実は認められず,前記弁護人の主
張は,その前提を欠く。被告人は,A2からの事前収賄及び第三者供賄に係
る請託を受諾していた上,平成17年夏ころから,A2が,対立候補への寝
返りや被告人の署名が入った借用書をばらまくことを示唆したり,これまで
提供を受けた資金の返還を求めたり,年間8000万円という具体的な金額
を掲げた受注要請をしたりするなどのプレッシャーを被告人にかけてきてい
たことから,A2を懐柔する必要性に迫られていたのであって,被告人が,
B1設計の受注への便宜を図る理由や動機を有していたことは明らかである。
そして,平成17年7月以降,B1設計は9件受注し,受注額も5832万
円と急激に伸びた。
(3)部下職員が被告人の真意を誤解したとの主張について
ア弁護人は,B1設計に関して,被告人が部下職員に指示したのは,入札
制度の透明化・活性化を図るために,同社を指名に入れてやることだけで
あったのに,部下職員らは,人事上の厚遇を期待するなどして,自分なり
の解釈で,被告人の指示をB1設計に受注させる旨の指示であると読み間
違えて官製談合に及んだものである旨主張し,被告人も,「新規業者を参
入させ談合ではなくたたき合いになることによって,落札価格が低下する
ことを期待して,A3に,B1設計を指名に入れられるのであれば入れて
やってほしいということは話したが,受注指示をしたことはない。」,
「A6に,『A2は,土木の設計もできると言っているし,環境森林部の
所管で仕事があるか調べてくれ。』と言っただけで,受注指示をしたこと
はない。土木部などへ話をしてくれなどと頼んだこともない。」などと,
受注指示を否認する供述をしている。
しかし,被告人がA3に,平成16年6月ころから,「A2が仕事が欲
しいと言っている。なんとかできんな。」と指示したり,平成16年度の
下田大橋の業務の際,「A2が取れるようにしてやってくれ。」,「指名
したからと言ったって結果がすべてよ。」などと言ったり,平成17年6
月ころ,B1設計の受注実績等の一覧表を示しながら,「大手の業者の分
を回せば8000万円ぐらい取らせられるがな。」と言ったなどというそ
の言葉は,B1設計を指名に入れることにとどまる指示内容ではなく,B
1設計の受注調整を求めるものであることは明らかである。
なお,被告人は,上記のような言葉をA3に言ったことを否定する供述
をしているが,A3証言やこれを裏付ける各証言等に反するもので,信用
できない。
被告人は,A6に土木部との調整を指示したことはない旨供述するが,
A6証言やこれを裏付ける各証言等に反するものである上,A6が被告人
の指示もないのに,自分の所管である環境森林部を超えて,土木部のA5
や農政水産部のA9に対してまで,B1設計の受注へ向けての働き掛けを
行うなどというのは不自然であって,上記被告人供述は信用できない。そ
して,被告人がA6に,所管以外の公共事業担当部署との調整を指示した
という事実は,被告人が土木部にも精通しているA6に,B1設計の受注
調整の窓口となることを求めたものとみるのが自然で合理的である。
イまた,弁護人は,被告人は,A6,A9,A5に,「B1設計をよろし
く頼むな。」,「B1のことを頼んどくね。」,「社長があいさつに行く
かもしれないから親切丁寧に対応してくれ。」などと言ったにすぎず,落
札・受注させることを明言していない旨主張する。
しかし,A6が,「県庁のトップである知事が,一請負業者であるB1
設計をよろしく頼むなというのであるから,普通の意味とは違うと思っ
た。」と証言し,A9が,「知事が直接電話を掛けてきて,しかも個別の
業者名を挙げて親切丁寧に対応するようにと言うことは非常に特別なこと
だった。」と証言し,A5が,「名指しでB1設計を頼むと言われたので,
指名だけさせろというふうには受け止められない。」と証言しているよう
に,県政のトップである被告人が,わざわざ公共事業の担当職員らに対し,
直接,特定の請負業者名を挙げた上でその対応を依頼するなどということ
は不自然であり,その事実経過や状況等に照らして,被告人が,部下職員
にB1設計の落札・受注を指示したものとみるのが自然で合理的である。
ウまた,平成17年度,被告人は,3回にわたって,A3に指示してB1
設計の受注状況を報告させるなど,被告人が,B1設計の受注状況に強い
関心を有していたことは明らかである。
エこれに加えて,前記のとおり,被告人には,B1設計の受注への便宜を
図る強い動機があることを併せ考えれば,被告人の部下職員に対する指示
内容が,B1設計を指名に入れられるのであれば指名に入れるという程度
のものであったなどとは到底認められず,検察官主張のとおり,B1設計
に県発注の測量設計業務等を受注させるための指示内容であったことは明
らかである。
(4)そのほか,弁護人が縷々主張する点を検討しても,前記第2,1の認定
を覆すものではない。
4結論
よって,弁護人が主張するところを踏まえても,検察官が主張するとおり,
被告人が,A3及びA6らに対し,B1設計に県発注の測量設計業務等を受注
させるように指示し,その結果,平成17年度に施行された橋梁維持事業及び
災害復旧事業並びに平成18年度に施行された麓川橋梁詳細設計業務といった
判示各業務を,B1設計が談合により落札・受注したことが認められる。
(法令の適用)
罰条
第1につき刑法60条,平成15年法律第138号による改正前の刑法197
条2項
第2につき包括して刑法197条の2
第3ないし第5につきいずれも刑法60条,96条の3第2項
刑種の選択
第3ないし第5につきそれぞれ懲役刑
併合罪加重
刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い第1の罪の刑に
法定の加重)
未決勾留日数の算入
刑法21条
追徴
刑法197条の5後段
訴訟費用の不負担
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が,政治的指南役であったA1と共謀し,知事就任前,B1設計
のA2から,賄賂である現金2000万円を収受した事前収賄の事案(第1),知
事就任後,A2に依頼し,賄賂である顧問料等名目の現金を毎月A1へ振込入金さ
せて合計1026万円を供与させた第三者供賄の事案(第2)及び,A2や県の部
下職員らと共謀して,県発注業務の指名競争入札に際し,入札の公正な価格を害す
る目的で,予め落札予定業者をB1設計とする旨の談合をした競売入札妨害3件の
事案(第3ないし第5)である。
第1の事前収賄は,選挙戦のいわゆる終戦処理費用を清算する必要等から,被告
人がA1に2000万円の資金調達を要求し,これを受けて,A1がA2に資金提
供を依頼したところ,これに応じたA2が,その見返りとして,知事就任後に被告
人がB1設計の落札・受注についての有利便宜な取り計らいをすることを求めたの
に対し,被告人がこれを受諾したというものである。第2の第三者供賄は,被告人
が,A1に後援会の事務局長を辞任させるに際して5000万円を提供したものの,
5000万円だけではA1が意趣返しに及ぶのではないかと不安に感じ,A2にA
1への月々の現金供与を依頼し,これに応じたA2が,その見返りとして,B1設
計の落札・受注についての有利便宜な取り計らいと,ゼネコン口利きへの協力を求
めたのに対し,被告人がいずれも受諾したというものである。
被告人は,選挙戦前から,知事に就任した後の被告人からの便宜供与を期待する
A2から,多額の選挙資金の提供を継続的に受け,A1の事務局長辞任問題に際し
ても,A2に,A1へ提供する5000万円の債務を負担させた上,ゼネコンの口
利きをさせることによって返済原資を賄うことを企図するなど,本件の背景には,
被告人自ら積極的にA2と金銭的な癒着を深めてきたという事情がある。
第1及び第2では,いずれも,被告人から賄賂の提供を要求したものである上,
供与を受けた賄賂の金額も合計約3000万円と多額であり,悪質というほかない。
前知事による長期県政の後,クリーンな政治や県政の改革を掲げ,県民から期待
されて当選したにもかかわらず,特定業者との癒着を深めて旧態依然とした金権政
治を県政に持ち込んで,県民の期待や信頼を大きく裏切ったものであって,その責
任は大変大きい。
第3ないし第5の談合は,被告人がA2に対し,賄賂供与の見返りに県発注業務
をB1設計に落札・受注させることを約束したことなどから,被告人による主導の
もと,公共工事において指名業者らに県の意向が示されるなどした結果,本件3件
の官製談合が成立したものである。
被告人がB1設計の受注調整を部下職員に指示するに至った経緯の一つとして,
A2が被告人に,受注調整を求めて度々働きかけを行ったり,被告人の署名がある
5000万円の借用書を公表するなどとプレッシャーをかけたりしたなどの事情も
あったとはいえ,A2からの多額の選挙資金や賄賂の提供に対する見返りとして,
A2からの請託を受諾したことにより,被告人自らが不正を招くような事態を作り
出しているのであって,その経緯に酌量の余地はない。
また,本件3件の談合は,被告人が部下の県職員に対し,知事就任後,長期間に
わたって,B1設計に県発注業務を落札・受注させるように,積極的かつ主導的に
指示を繰り返す中で行われたもので,その犯情は悪質である。
談合により公共工事の公正な価格が大きく害された結果,県民の尊い血税が不当
に支払われ,財政難の宮崎県に損害を与えたものである上,公共工事から談合を排
することを信条として表明していた被告人に対する県民の信頼を裏切ったもので,
県民に与えた失望感も大きい。
本件各犯行により,被告人は,県政を大きな混乱に陥れた上,公職の廉潔性や公
務の公正に対する県民の信頼を失墜させたほか,知事が関与した汚職及び官製談合
事件として広く報道されたことにより,宮崎県に対する信用や評価を著しく損なわ
せたもので,その与えた社会的影響は大変大きい。
しかるに,被告人は,各犯行を否認して不自然,不合理な弁解に終始しており,
反省の態度は一切窺われない。各犯行の重さや自己の刑事責任から目を背け,他者
に責任を転嫁するその態度は厳しく非難されなければならない。
以上によれば,被告人の刑事責任には大変重いものがある。
一方,本件が広く報道されたことにより,知事を辞職するなどの社会的制裁を受
けていること,前科前歴がないこと,不安定狭心症の心臓疾患があることや被告人
の年齢等の酌むべき事情も認められる。
そこで,諸般の事情を総合考慮すると,本件の事案と犯情に照らせば,本件が刑
の執行を猶予するのを相当とする事案とは到底認め難く,酌むべき事情を十分に考
慮しても,主文の実刑は免れないものと思料する。
(検察官矢野隆史,私選弁護人前畑健一(主任),同佐藤俊司,同萩元重喜各出
席)
(求刑懲役4年6月,金2000万円の追徴)
平成21年3月27日
宮崎地方裁判所刑事部
裁判長裁判官高原正良
裁判官神谷厚毅
裁判官井上理
別紙1
共犯者
指名業者役職氏名
1B4株式会社宮崎営業所所長C2
2同上技術部長C3
3同上営業主任C4
4B5株式会社九州支店営業部次長C5
5株式会社B6九州支社業務部係長C6
6株式会社B7福岡支社営業部係長C7
別紙2
共犯者
指名業者役職氏名
1B1設計株式会社宮崎支店営業係長C9
2株式会社B9代表取締役C10
3同上営業部長C11
4株式会社B10代表取締役C12
5同上専務取締役C13
6株式会社B11営業課長C14
7有限会社B12代表取締役C15
別紙3
共犯者
指名業者役職氏名
1B1設計株式会社宮崎支店長C16
2同上宮崎支店営業課長C9
3株式会社B9代表取締役C10
4同上営業部長C11
5株式会社B14代表取締役C17
6同上常務取締役C18
7B15株式会社代表取締役C19
8同上取締役営業部長C20
9株式会社B16代表取締役C21

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◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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