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平成30年3月29日判決言渡
平成29年(行ケ)第10127号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成30年3月13日
判決
原告財団法人工業技術研究院
訴訟代理人弁護士伊藤真
平井佑希
弁理士片山健一
被告日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士牧野知彦
加治梓子
弁理士鮫島睦
言上惠一
山尾憲人
田村啓
玄番佐奈恵
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が無効2015-800201号事件について平成29年2月3日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,明確
性要件及び実施可能要件に関する各判断の適否である。
1特許庁における手続の経緯
被告は,平成25年12月24日,名称を「発光装置と表示装置」とする発明に
つき,特許出願をし(特願2013-265770号。出願日を平成9年7月29
日(以下「本件原出願日」という。優先権主張優先権主張国:日本①第1優先
権出願:特願平8-198585号優先日:平成8年7月29日,②第2優先権
出願:特願平8-244339号優先日:平成8年9月17日,③第3優先権出
願:特願平8-245381号優先日:平成8年9月18日,④第4優先権出願:
特願平8-359004号優先日:平成8年12月27日,⑤第5優先権出願:
特願平9-81010号優先日:平成9年3月31日)とする特許出願(特願平
10-508693号。以下「本件原出願」という。)の分割出願。以下「本件出願」
という。),平成26年9月12日,設定の登録(特許第5610056号)を受け
た(甲21。請求項の数4。以下,この特許を「本件特許」という。)。
原告は,平成27年11月5日,本件特許の請求項1~4に係る発明について特
許無効審判請求(無効2015-800201号)をしたところ,特許庁は,平成
29年2月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,
同月13日,原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載(甲21)
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項に係る発
明を,それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,本件発明1~本
件発明4を併せて「本件発明」という。また,本件特許の明細書及び図面を「本件
明細書」という。)。
【請求項1】
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,該LEDチップを直接覆
うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって,
前記コーティング樹脂には,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を
吸収し,波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する,Y,L
u,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,
Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるC
eで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており,
前記LEDチップは,その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で,420
~490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり,
前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング
樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする
発光ダイオード。
【請求項2】
凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,前記
凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオ
ードであって,
前記コーティング樹脂には,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を
吸収し,波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する,Y,L
u,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,
Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるC
eで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており,
前記LEDチップは,その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で,420
~490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり,
前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング
樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする
発光ダイオード。
【請求項3】
前記コーティング樹脂の上に,モールド樹脂が形成されたことを特徴とする請求
項1または2に記載の発光ダイオード。
【請求項4】
前記モールド樹脂に,拡散剤が含有されたことを特徴とする請求項3に記載の発
光ダイオード。
3審決の理由の要点(本件訴訟の争点に関連する部分)
⑴原告が主張した無効理由
樹脂中における蛍光物質の沈降(沈殿)を回避することが困難であることは,本
件原出願日当時の技術常識であった。本件発明は,「前記コーティング樹脂中の前
記ガーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチ
ップ側に向かって高くなっていること」との発明特定事項(以下「本件構成」とい
う。)が技術的特徴であるために特許発明たり得るのであるから,本件原出願日当
時において到底実現しなかったもの,又は,その実現が当業者に容易ではなかった
必要がある。そうすると,本件構成は,前記技術常識とどのように相違するのか不
明である(特許法36条6項2号)。仮に,相違があるとしても,どのような相違
であって,どのように実現し得るのか不明である(同条4項1号)。また,「水分
から保護」されている「コーティング樹脂」中のフォトルミネセンス蛍光体を更に
「水分から保護」し得るコーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度分布とは
いかなるものであるのか,不明である(特許法36条4項1号,同条6項2号)。
審決の判断
本件特許は,以下のとおり,特許法36条4項1号及び同条6項2号に規定する
要件を満たしているから,無効とされるべきものではない。
ア本件明細書の記載によれば,従来の発光ダイオードは,発光素子を被覆
する樹脂モールド部材中に,(Cd,Zn)S蛍光体等の無機系の蛍光体,有機系の
蛍光体材料,あるいは,イオン性の有機染料を含有させていたところ,蛍光体の劣
化によって色調がずれたり,あるいは,蛍光体が黒ずみ光の外部取り出し効率が低
下する問題があること,蛍光体によっては,外部から侵入する水分や,製造時に内
部に含まれた水分と,光及び熱とによって,劣化が促進されるものもあること,直
流電界により電気泳動を起こし,色調が変化する場合があることが理解できる。
そして,長期間使用した場合においても,発光効率の低下や色ずれを少なくする
には,特性変化の少ない耐光性及び耐熱性等に優れている蛍光体が必要であること,
本件発明は,そのような蛍光体として,「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから
なる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInからなる群から
選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」
を用いたことが理解できる。
さらに,発明を実施するための最良の形態として,①コーティング部やモールド
部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く
した場合は,外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣
化を防止することができること,②発光素子からモールド部材等の表面側に向かっ
て分布濃度が高くなるように分布させると,外部環境からの水分の影響を受けやす
いが発光素子からの発熱,照射強度などの影響をより少なくでき,フォトルミネセ
ンス蛍光体の劣化を抑制することができること,③フォトルミネセンス蛍光体の分
布は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネ
センス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって,種々の分布を実現で
きることが開示されている。
そこで,検討すると,蛍光体の劣化を促進させる原因の1つである「外部から侵
入する水分」は,コーティング樹脂の表面からコーティング樹脂の内部に侵入し,
発光素子側に拡がっていくものと解されるから,コーティング樹脂の表面近傍には
侵入する水分が多く,発光素子側には外部から侵入する水分が少ないものと解され
る。そうすると,本件構成は,「外部から侵入する水分」が多いコーティング樹脂の
表面側は蛍光体の濃度を低くし,「外部から侵入する水分」が表面近傍に比べて少な
い発光素子近傍は蛍光体の濃度を高くすることにより,外部から侵入した水分によ
る影響を蛍光体が受けにくくし,水分による劣化を防止する技術的意義を有するも
のであり,コーティング樹脂の表面側の蛍光体の濃度とLEDチップ側の濃度は,
外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度に,コーティング樹
脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっていることを意味するものと解
される。そして,本件構成を,このように解釈することは,蛍光体の分布(沈降)
状態が異なるLEDパッケージの経時劣化に関する実験報告書(乙1)の記載にも
妥当する。
そうすると,本件構成は明確であり,本件構成を備える本件発明1~4は明確で
ある。
イ本件明細書の【実施例】の記載によれば,ガーネット系蛍光体を含有す
るコーティング樹脂は,蛍光体とエポキシ樹脂をよく混合してスラリーとし,カッ
プに注入した後,熱硬化することにより形成している。そして,上記の発明を実施
するための最良の形態の記載によれば,「フォトルミネセンス蛍光体の分布は,フォ
トルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光
体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現することができ」
ると説明されている。
一般に,蛍光体は樹脂より比重が大きいから,樹脂と混合したスラリー中の蛍光
体は,樹脂が硬化するまでの間に程度の差はあるものの沈降すると解され,樹脂中
の蛍光体の濃度分布は,蛍光体が沈降する速度とスラリーが熱硬化するまでの時間
で決まるものと解される。ここで,上記「フォトルミネセンス蛍光体を含有する部
材,形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布など」のパラメ
ータを調整することは,蛍光体が沈降する速度やスラリーが熱硬化するまでの時間
を調整するものであるから,上記パラメータを調整することにより,種々の濃度分
布,例えば,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度に,コ
ーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている濃度分布や,
そのようにはいえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布を実現できるであ
ろうことは,当業者が容易に理解し得るものである。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が「前記コーティング樹
脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記
LEDチップ側に向かって高くなっている」コーティング樹脂を,実施することが
できる程度に明確かつ十分に記載したものである。
よって,本件明細書は,当業者が本件発明1~4の実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載したものであり,実施可能要件を満たす。
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)
技術常識について
実施可能要件及び明確性要件のいずれの判断においても,単に明細書の記載を形
式的に見るのではなく,出願時の技術常識をも参酌して判断がされるべきものとさ
れる。
本件発明の技術的特徴は,「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の
濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くな
っている」(本件構成)ことにある。そして,本件構成は,例えば,数値などにより
客観的,一義的に定まっているものではないことにも照らせば,明細書のみから理
解できるようなものではなく,従来の蛍光体の分布がどのようなものであり,それ
に対し,本件発明の蛍光体の分布がどのようなものであるかを比較・検討しなけれ
ば,本件発明の技術的特徴を明らかにすることができないし,その結果,発明の特
許要件たる新規性や進歩性の有無等の判断もなし得ない。
換言すれば,本件原出願日当時の発光ダイオードにおける樹脂中での蛍光体の分
布状態(従来の分布状態)は,本件発明でいうところの「前記コーティング樹脂中
の前記ガーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LE
Dチップ側に向かって高くなって」いない態様のものであり,本件発明の分布状態
はこれとは明らかに異なる必要があり,その明らかな相違が,特許請求の範囲の記
載から明確に把握されなければならないことに他ならない。
ここで,本件原出願日当時の発光ダイオードにおける樹脂中での蛍光体の分布状
態(従来の分布状態)は,一般に,蛍光体は樹脂より比重が大きいために程度の差
はあっても沈降したものとならざるを得なかったというのが技術常識であった。す
なわち,従来の発光ダイオードでは,必然的に,「前記コーティング樹脂中の前記ガ
ーネット系蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ
側に向かって高くなっている」蛍光体の分布状態となっていたのであり,このよう
な分布は,本件構成とは異なるものと理解せざるを得ないのである。
審決は,樹脂中の蛍光体分布に関する出願時の技術常識について判断を一切しな
いまま,明確性要件及び実施可能要件について判断をしている点に問題がある。
審決は,本件構成に関し,コーティング樹脂の表面側の蛍光体の濃度とL
EDチップ側の濃度は,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる
程度に,コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている
ことを意味するものであると認定した。
しかしながら,審決の認定は,本件構成の記載を,外部から侵入した水分による
劣化を防止しているといえる程度という記載に読み替えているにすぎず,結局のと
ころその内容は全く明らかになっていない。
本件発明は,「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び発光光
率の低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供することを目的とする。」(段落【0
010】参照)ものである。
しかしながら,このうち,特に「色ずれ」について見ると顕著であるが,ロット
Aですら,時間の経過とともに大きな色ずれ(色度シフト)が生じているのであり,
どの程度の色ずれであれば「外部から侵入した水分による劣化を防止している」と
いえるのか,全く不明確である(乙1)。また,本件発明にいう蛍光体分布となって
いるのか否かを審決が判断していないロットBについて見ても,ロットAとロット
Cとの中間程度に光束維持度,色度シフトの劣化が生じているのであり,これが審
決のいう,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度に当たる
のか否か,その外縁は極めて不明確である。
しかも,「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び発光光率の
低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供する」という本件発明の目的を達成す
るためには,審決が指摘する外部環境からの水分などの影響のみならず,発光素子
からの発熱,照射強度などの影響をも考慮する必要がある。例えば,ロットBなど
を見た場合,その劣化が「外部環境からの水分などの影響」であるのか「発光素子
からの発熱,照射強度などの影響」であるのかは不明である。
このように,本件構成を,外部から侵入した水分による劣化を防止しているとい
える程度と読み替えたとしても,本件構成(蛍光体の分布状態)が具体的にどの範
囲のものまでを包含するのかは依然として不明なままである。
別事件(東京地方裁判所平成23年(ワ)第35168号特許権侵害行
為差止等請求事件)においては,本件構成について,「コーティング樹脂中の蛍光
体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコーティング樹脂の表
面側からLEDチップ側に有意に偏っており,表面側からLEDチップ側に向かっ
て蛍光体濃度が高くなることはあっても,有意に低くなることはない状態」の意味
に解するのが相当である旨判断されており,審決の認定は,この裁判所の認定と異
なるものである。
本件構成に関し,特許庁や裁判所における判断や解釈が定まらないことに照らし
ても,本件構成が不明確であることは明らかである。
また,ロットC(乙1)のサンプルの断面写真においてさえ,蛍光体の分布には,
コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かう偏りがあり,コーティング
樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている一方,有意に低くなっ
てはいないことが明らかであるといえる。この状態は,まさに,前記コーティング
樹脂中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコーティ
ング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,表面側からLEDチッ
プ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても,有意に低くなることはない
状態に他ならないから,仮に,「ロットC」のサンプルが本件発明の技術的範囲に
あるか否かが判断される局面においては,本件発明の技術的範囲にあると判断され
るであろうことを意味する。
これに対し,審決の発明の要旨認定によれば,この「ロットC」のサンプルの蛍
光体分布は,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度ではな
いから,「ロットC」のサンプルは本件発明の技術的範囲にはないと判断されるこ
とになる。つまり,審決の発明の要旨認定によれば,ロットCのサンプル(蛍光体
の分布は,目視によっても確認できる程度に有意に,コーティング樹脂の表面側か
らLEDチップ側に向かう偏りを有するものであるにもかかわらず)は,外部から
侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度ではないため,発明の要旨認
定の局面においては従来技術のものとされることになる一方で,特許発明の技術的
範囲の画定の局面では,本件発明の技術的範囲にあると判断されるという不合理を
生じることとなる。
以上によれば,本件構成は明確であり,本件構成を備える本件発明は明確である
とした審決の判断には誤りがある。
したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の明確
性の要件を満たすものではなく,これに反する審決の判断には誤りがあるから,取
り消されるべきである。
2取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)
審決は,単に,本件明細書の記載によれば,「フォトルミネセンス蛍光体の分布
は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネセ
ンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現するこ
とができ」ると説明されているので,上記パラメータを調整することにより種々の
濃度分布,例えば,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度
に,コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている濃度
分布や,そのようにはいえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布を実現で
きるであろうことは,当業者が容易に理解し得るものであると判断した。
しかしながら,当業者である松下電器産業株式会社の発明者らは,平成13年(2
001年)以降の時点において,当時の技術常識等に基づいては,外部から侵入し
た水分による劣化を防止しているとはいえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃
度分布を実現することが不可能であった。
この事実は,本件明細書の記載が,発明の実施の形態の記載において,請求項中
の発明特定事項に対応する技術的手段が単に抽象的又は機能的に記載してあるだけ
で,具現すべき材料,装置,工程等が不明瞭であり,その具現すべき材料,装置,
工程等が出願時の技術常識に基づいても当業者が理解できないため,当業者が請求
項に係る発明の実施をすることができない記載にすぎないことを意味するから,当
業者において本件発明を実施するのには,不十分であるといわざるを得ない。
以上のとおり,本件明細書は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載したものであると結論付けた審決には,明らかな違法がある。
以上によれば,実施可能要件違反がない旨の審決の判断には誤りがあるので,審
決は取り消されるべきである。
第4被告の主張
1取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について
本件発明について
本件発明は,発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で,420~490nm
の範囲にピーク波長を有するLEDチップを用いる点,特定のLEDチップからの
第1の光の少なくとも一部を吸収し,波長変換して第2の光を発光する蛍光体とし
て,Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つ
の元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含
んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体を用いる点,及び,特定組成のガー
ネット系蛍光体がコーティング樹脂に含有され,該蛍光体の濃度が,コーティング
樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている点に特徴を有する。
そして,これらの特徴により,本件発明は,次の作用効果を奏する。
ア高輝度の発光が可能な窒化物系化合物半導体である窒化ガリウム系化合
物半導体を有し,発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で,420~490n
mの範囲にピーク波長を有するLEDチップを用いているので,特定組成のガーネ
ット系蛍光体を効率良く励起させて,発光ダイオード全体の発光の輝度を高くする
ことができる。
イ特定組成のガーネット系蛍光体は,長時間,強い光にさらされても蛍光
特性の変化が少なく,また,熱及び水分にも強いから,長時間の使用に対して特性
劣化を少なくできる。
ウ特定組成のガーネット系蛍光体がLEDチップを直接覆うコーティング
樹脂中に含まれ,コーティング樹脂中の該蛍光体の濃度がコーティング樹脂の表面
側からLEDチップ側に向かって高くなっているので,外部環境からの水分による
蛍光体の劣化をより少なくでき,その結果,発光ダイオードを長時間使用した場合
でも,色ずれおよび輝度低下が極めて少ないという効果が得られる。
上記の作用効果は,直接的には,本件構成に由来するものであるところ,本件構
成は,「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の
含有分布がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,表
面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても,有意に
低くなることはない状態」を意味する。
本件発明に関し記載不備があるか否かは,本件明細書の記載と技術常識に
基づいて,本件発明を理解することができるか否かによるのであって,審決が,技
術水準がどのようなものであったのかについて明示的に認定しなければならないも
のではない。もっとも,審決は,本件明細書の記載と技術水準を考慮して,本件発
明の構成と対比すべき実質的に均一な分布を含め,種々の分布を得ることができた
ことを認定しているから,審決が本件原出願日当時の技術水準の認定をしていない
ということもできない。
本件特許を含む一連の出願は,特定組成の蛍光体を用いることによって青
色LEDチップと蛍光体とを組み合わせた白色発光が可能な発光ダイオード(LE
D照明装置)を世界で初めて開示した出願であり(当該発明に基づきこれを初めて
実用化したのも被告である。),このような技術水準にあった本件原出願日当時に,
青色LEDチップと無機蛍光体とを組み合わせた発光ダイオードが世の中で広く製
造されていたなどという事実はないから,当然のことながら,本件原出願日当時に
LEDを覆う樹脂中に無機蛍光体を含有させた製品を作った場合に蛍光体がどのよ
うな分布を示すかについての技術常識はなかった。
したがって,審決が,本件原出願日当時に現にどのような蛍光体分布をしていた
かなる「技術常識」を明示的に認定していないのは当然である。
本件で提出された証拠の中で,本件原出願日当時に公知なものとしてLEDを覆
う樹脂中での蛍光体の分布を示す文献(甲3,5,6)は,いずれもLEDを覆う
樹脂中で蛍光体が均一に分散することが記載又は少なくとも示唆されている。
原告は,発光ダイオードにおける樹脂中での蛍光体の分布状態(従来の分
布状態)は,一般に,蛍光体は樹脂より比重が大きいために程度の差はあっても沈
降したものとならざるを得なかったというのが,本件原出願日当時の技術常識であ
ったなどと主張する。
しかしながら,本件発明以前には,本件発明の前提となるような技術常識が存在
しなかったのであるから,原告の主張はその前提において誤っている。
また,本件明細書の記載と技術水準を考慮して,本件発明の構成と対比すべき実
質的に均一な分布を含め種々の分布を得ることができることは,審決が認定したと
おりであり,例えば,本件発明の構成とは逆の「フォトルミネセンス蛍光体を,発
光素子からモールド部材等の表面側に向かって分布濃度が高くなる」分布(段落【0
047】)にすることも可能であった。
審決は,本件構成を,外部から侵入した水分による劣化を防止していると
いえる程度であると認定したところ,この審決の認定は,本件発明の作用効果に基
づいた認定であって,誤りはない。
原告は,審決の認定では,本件発明と具体的な物件とを対比する場面において,
曖昧さが残り得ることを問題としているようであるが,特許法の下では,発明を言
語で表現しなければならない以上,特許発明と具体的な物件との対比において個別
の検討が必要となることは当然のことであって,それは,特許発明の技術的範囲の
問題として処理されるべきである。
以上のとおり,本件構成は明確であって,審決の明確性要件に関する判断
に誤りはないから,原告が主張する取消事由1は理由がない。
2取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)について
原告は,審決が認定した「外部から侵入した水分による劣化を防止しているとは
いえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布」の実現は不可能であったから,
本件発明は実施可能要件に違反すると主張しているようである。
しかしながら,「外部から侵入した水分による劣化を防止しているとはいえない程
度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布」というのは,本件発明の権利範囲外の構
成である「均一な分布」のことであるところ,そもそも,本件発明の範囲外の構成
が実施できないことが本件発明の実施可能要件違反の理由になるはずがない。
さらにいうと,原告自身が均一分布を実現することは不可能であると主張してい
るから,原告の主張によれば,樹脂中に蛍光体を含有させれば必然的に本件発明を
実施することになるはずである。そうであるとすれば,原告自身が本件発明は実施
可能であると述べていることになる。
審決は,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が実施できる程度に明確かつ
十分に記載されていると判断したものであって,その判断に誤りはないから,原告
の主張する取消事由2は理由がない。
第5当裁判所の判断
1本件発明について
本件発明の概要
本件明細書(甲21)によれば,本件発明は,次のとおりのものと認められる。
ア本件発明は,LEDディスプレイ,バックライト光源,及び各種インジ
ケータなどに利用される発光ダイオードに関し,発光素子が発生する光の波長を変
換して発光するフォトルミネセンス蛍光体を備えた発光装置及びそれを用いた表示
装置に関する。
発光ダイオードは,小型で,効率が良く鮮やかな色の光の発光が可能で,半導体
素子であるため,球切れの心配がなく,初期駆動特性及び耐震性に優れ,ON/O
FF点灯の繰り返しに強い。最近では,超高輝度,高効率なRGB(赤,緑,青色)
の発光ダイオードがそれぞれ開発され,大画面のLEDディスプレイに使用される
ようになった。さらに,発光ダイオードを用いて,白色光源を構成する試みが種々
なされている。青色系の発光が可能な発光素子を用いて,該発光素子をその発光を
吸収して黄色系の光を発光する蛍光体を含有した樹脂によってモールドすることに
より,混色により白色系の光が発光可能な発光ダイオードを作製することができる。
(【0001】~【0006】)
イ従来の発光ダイオードは,蛍光体の劣化によって色調がずれたり,ある
いは,蛍光体が黒ずみ,光の外部取り出し効率が低下する場合があるという問題点
があった。特に,蛍光体の変換効率を向上させた場合,又は蛍光体の使用量を減ら
した場合,発光素子の発光強度を更に高め長期にわたって使用すると,蛍光体の劣
化が激しい。また,蛍光体は,発光素子の温度上昇や外部環境の熱,外部から侵入
する水分等によっても劣化する。
本件発明は,より高輝度で,長時間の使用においても発光光度及び発光光率の低
下や色ずれの少ない発光装置の提供を目的とする。(【0007】~【0010】)
ウ前記蛍光体は,YとAlを含むイットリウム・アルミニウム・ガーネッ
ト(YAG)系蛍光体を含むことが好ましい。(【0015】~【0020】)
【図1】
発光ダイオード(図1)は,マウント・リードのカップ部上に発光素子が設けら
れ,カップ部内に,発光素子を覆うように,所定のフォトルミネッセンス蛍光体を
含むコーティング樹脂が充填された後に,樹脂モールドされる。発光素子のn側電
極及びp側電極はそれぞれ,マウント・リードとインナーリードとにワイヤーで接
続される。このように構成された発光ダイオードでは,発光素子(LEDチップ)
によって発光された光(LED光)の一部が,コーティング樹脂に含まれたフォト
ルミネッセンス蛍光体を励起してLED光と異なる波長の蛍光を発生させて,フォ
トルミネッセンス蛍光体が発生する蛍光とLED光とが混色されて,LED光とは
波長の異なる光も出力する。(【0033】~【0034】)
エ本件発明の発光ダイオードにおいては,青色系の発光が可能な窒化ガリ
ウム系半導体発光素子を用いることが好ましい。窒化ガリウム系半導体発光素子と
組み合わせて用いるのに適したフォトルミネセンス蛍光体としては,1.耐光性に優
れていること,2.発光素子の発光(特に,青色系発光)で効率よく発光すること,
3.青色系の光と混色されて白色になるように,緑色系から赤色系の光が発光可能な
こと,4.温度特性が良好であること,5.色調を連続的に変化させることができる
こと,6.耐候性があることなどが要求される。(【0038】~【0042】)
オフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材
の表面側から発光素子に向かって蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環境か
らの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止することができ
る。他方,発光素子から表面側に向かって分布濃度が高くなるように分布させると,
発光素子からの発熱,照射による蛍光体の劣化を抑制することができる。蛍光体の
分布は,蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度や蛍光体の形状,粒度分布などを
調整することによって種々の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条
件などを考慮して分布状態が設定される。(【0047】)
カ【実施例】(実施例1)
(Y0.8Gd0.2)3Al5O12:Ce蛍光体80重量部,エポキシ樹脂100重
量部でコーティング部を形成し,コーティング部の発光素子に向かってフォトルミ
ネセンス蛍光体が徐々に多く分布するように構成した。各寿命試験において蛍光体
に起因する変化は観測されず,通常の青色発光ダイオードと寿命特性に差がないこ
とが確認できた。(【0105】~【0107】)
本件発明の特徴
本件発明は,外部環境からの水分による蛍光体の劣化をより少なくし,その結果,
発光ダイオードを長時間使用した場合でも,色ずれ及び輝度低下が極めて少ないと
いう上記効果を奏するために,LEDチップを直接覆うコーティング樹脂中の特定
組成のガーネット系蛍光体の濃度がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側
に向かって高くなっているとの本件構成を採用することを特徴とするものである。
2取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について
審決は,本件発明の「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体
の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高く
なっている」との本件構成について明確であると判断したのに対し,原告は,本件
構成について,数値などにより客観的に定まっているものではなく,蛍光体の濃度
がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かってどの程度高くなってい
るのかが明らかではないことなどから,明確であるとはいえない旨主張するので,
以下,検討する。
本件発明において,「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体
の濃度」は,「前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって
高くなっている」と特定されている(本件構成)。この「向かって高くなっている」
とは,「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が」,「前記コ
ーティング樹脂の表面側」と比較して,「前記LEDチップ側に向かって」,「高
くなっている」ことを示していることは明らかであり,通常,そのように理解され
るものといえるから,比較の程度が数値などにより明らかではないことをもって,
本件発明の特許請求の範囲の記載が直ちに明確性の要件を満たさないとはいえない。
そして,本件明細書の前記記載によれば,本件構成は,外部環境からの水分によ
る影響を蛍光体が受けにくくすることにより水分による蛍光体の劣化を防止すると
いう技術的意義を有するものであり,その結果,発光ダイオードを長時間使用した
場合でも,色ずれ及び輝度低下が極めて少ないという効果を奏するものであると認
められる。
また,本件明細書には,前記1オのとおり,「蛍光体の分布は,蛍光体を含有す
る部材,形成温度,粘度や蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々
の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条件などを考慮して分布状態
が設定される。」(段落【0047】)との記載があり,この記載に接した当業者であ
れば,本件構成については,上記の技術的意義を有することを踏まえて,本件発明
の課題を解決することができる範囲内において,適宜,蛍光体の濃度の偏りの程度
を設定し得るものと理解することができる。そうすると,本件構成について,更に
数値などにより限定して具体的に特定していないからといって,本件発明が有する
上記技術的意義との関係において,構成が不明確となるものではないといえる。
さらに,本件原出願日当時,コーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度分
布を確認し又は測定することができたものと考えられるから,当業者であれば,特
定の発光ダイオードを想定した場合に,それが本件構成に係るガーネット系蛍光体
の濃度分布(蛍光体の濃度がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向か
って高くなっている傾向を示していること)を充足するものか否かを理解すること
は可能であるといえる(また,その結果として,上記効果を奏するものか否かを確
認することも可能であるといえ,このことは,蛍光体の濃度分布の相違によって水
分による劣化の程度が異なることが示された実験結果(乙1)とも整合するもので
ある。)。
以上によれば,本件構成は明確であるということができ,第三者に不測の不利益
を及ぼすことはないといえるから,本件構成は明確性の要件を満たすものと認めら
れる。
原告の主張について
ア原告は,審決は,本件構成の記載を,外部から侵入した水分による劣化
を防止しているといえる程度という記載に読み替えているにすぎず,結局のところ,
審決の認定によっても,その内容は全く明らかになっていないと主張する。
しかしながら,本件構成が明確性要件を満たすことは前記認定のとおりであ
り,原告の上記主張は,審決の結論を左右するものではない。
なお,本件明細書の記載によれば,本件構成は,外部から侵入した水分による影
響を蛍光体が受けにくくし,水分による劣化を防止するという技術的意義を有する
ものであることは前記認定のとおりであり,当業者は,本件明細書の記載から,「向
かって高くなっている」とは,このような技術的意義を有するものであり,適宜,
蛍光体の濃度の偏りの程度を設定し得るものと理解することができる。
審決は,本件構成の技術的意義を考慮して,本件構成の意味内容をより具体的に
判断しようとしたものと考えられる。
したがって,原告の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,採用するこ
とができない。
イ原告は,本件発明に係る蛍光体の濃度分布を従来のものと比較,検討し
なければ,本件発明の技術的特徴を明らかにできず,その結果,発明の特許要件で
ある新規性や進歩性の有無等も判断し得ないから,本件発明は明確でないなどと主
張する。
しかしながら,特許請求の範囲の記載の明確性の要件は,明細書等の記載及び出
願時の技術常識を考慮して判断されるべきものであって,本件発明の特許請求の範
囲の記載が明確性要件を満たすことは,前記に認定のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,審決は,明確性要件の判断の前提となる本件原出願日当時の技
術常識(発光ダイオードにおける樹脂中の蛍光体の分布状態は,一般に,蛍光体は
樹脂より比重が大きいために程度の差はあっても沈降したものとならざるを得なか
ったこと,すなわち,従来の発光ダイオードでは,必然的に本件構成のような蛍光
体の分布状態となっており,コーティング樹脂内の蛍光体の濃度分布を「均一」な
ものとすることは不可能であったこと)を,一切判断しないまま明確性要件を判断
している点に問題がある旨主張する。
しかしながら,仮に,本件原出願日当時の技術水準に照らし,原告が主張するよ
うな「均一」な蛍光体の濃度分布を実現することが困難であったとしても,このこ
とは,本件構成を有する特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすとの前記判断
を左右するものではない。
また,原告が提出した特開2006-80565号公報(甲2)は,本件原出願
日当時における公知文献ではなく(平成18年3月23日公開),本件原出願日当時
において,原告が主張するような上記事項が当業者の技術常識であったことを示す
具体的な証拠はないといわざるを得ない。さらに,「蛍光体の分布は,蛍光体を含有
する部材,形成温度,粘度や蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって
種々の分布を実現することができるものと認められ,発光ダイオードの使用条件な
どを考慮して分布状態が設定される」(本件明細書【0047】)ことを否定するに
足りる本件原出願日当時の的確な証拠もない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ原告は,本件構成について,審決の認定は,「コーティング樹脂中の蛍
光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコーティング樹脂の
表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,表面側からLEDチップ側に向か
って蛍光体濃度が高くなることはあっても,有意に低くなることはない状態」の意
味に解するのが相当であるとした別事件の裁判所の認定と異なるものであり,この
ように解釈が定まらないことに照らしても(蛍光体の分布が,コーティング樹脂の
表面側からLEDチップ側に向かって有意に偏りを有するものであるにもかかわら
ず,外部から侵入した水分による劣化を防止しているといえる程度ではない場合に
は,発明の要旨の認定の局面においては従来技術のものとされることになる一方で,
特許発明の技術的範囲の画定の局面では,本件発明の技術的範囲にあると判断され
るという不合理を生じることとなる。),本件構成が不明確であることは明らかであ
ると主張する。
しかしながら,外部環境からの水分による影響を蛍光体が受けにくくすることに
より水分による蛍光体の劣化を防止するという本件構成の技術的意義を考慮すれば,
均一とはいえない程度にガーネット系蛍光体の濃度分布に有意な傾向がみられれば,
「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が」,「前記コーティ
ング樹脂の表面側」と比較して,「前記LEDチップ側に向かって」,「高くなっ
ている」と認められるのであって,「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全
体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコーティング樹脂の表面側からLEDチ
ップ側に有意に偏っており,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高
くなることはあっても,有意に低くなることはない状態」と,技術的にも整合する
ものであるといえる。
審決は,蛍光体の濃度がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かっ
てどの程度高くなっているのかが明らかではないという原告の主張に対し,本件構
成の技術的意義を考慮して,本件構成の意味内容をより具体的に判断しようとした
ものであり,直ちに,上記認定と異なる解釈をしたものということはできない。
したがって,原告の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,本件構成が
明確性要件を満たすとの審決の結論を左右するものではなく,採用することができ
ない。
以上によれば,本件構成は明確であるということができ,本件発明の特許
請求の範囲の記載は明確性の要件を満たすというべきである。
よって,原告の主張する取消事由1は理由がない。
3取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)について
原告は,平成13年(2001年)以降でさえ,先行技術(甲20)と
技術常識に基づいて,外部から侵入した水分による劣化を防止しているとはいえ
ない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布の実現は不可能であったのであり,
本件明細書の「フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフ
ォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分
布を実現することができ」(【0047】)との記載は,本件構成に対応する技
術的手段が単に抽象的に記載されているだけで,当業者が発明の実施をすること
ができない記載にすぎないことを意味するものに他ならないから,実施可能要件
を欠くというべきであって,審決の結論には明らかな違法がある旨主張する。
明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号)。
本件発明は,「発光装置と表示装置」(発光ダイオード)という物の発明であるとこ
ろ,物の発明における発明の「実施」とは,その物の生産,使用等をする行為をい
うから(特許法2条3項1号),物の発明について実施をすることができるとは,そ
の物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであると解
される。
本件明細書には,「蛍光体の分布は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,
形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整すること
によって種々の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条件などを考慮
して分布状態が設定される。」(【0047】)との記載があることから,蛍光体の濃
度分布を適宜調整することにより,本件発明の「コーティング樹脂中のガーネット
系蛍光体の濃度が,コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高く
なっている」発光ダイオードを生産することができ,かつ,使用することができる
ことは,本件明細書に接した当業者にとって明らかであると認められる。
したがって,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明を実施することがで
きる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められるから,その旨の審決の
判断に誤りはない。
これに対し,原告が主張する,外部から侵入した水分による劣化を防止している
とはいえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布とは,本件構成に係る「コ
ーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度が,コーティング樹脂の表面側から
LEDチップ側に向かって高くなっている」ものではない状態を示すものである。
そうすると,仮に,このような濃度分布について,発明の詳細な説明や出願時の
技術常識を考慮しても実現することができない,又は,その実現に過度の試行錯誤
を要するとしても,このことは,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が本件
発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとの前記認定を左右するも
のではない(発光ダイオードの製造工程において,蛍光体がコーティング樹脂中を
沈降することによって,本件構成を満足するものを製造することができることにつ
いては,当事者間に争いがないものと解される。)。
また,原告は,本件発明は明確でない(特許発明の外縁が明らかでない)から,
本件明細書の記載は当業者が実施できる程度に明確であるとはいえない旨主張する。
しかしながら,前記2のとおり,本件発明の特許請求の範囲の記載は明確性の要
件を満たすものであるから,原告の上記主張はその前提を欠くものであり,採用す
ることはできない。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明を実
施することができる程度に明確かつ十分に記載されていると認められる。
よって,原告が主張する取消事由2は理由がない。
第6結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は理由が
ないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中島基至
裁判官
岡田慎吾

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