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平成14年9月25日判決言渡 
仙台高等裁判所 平成11年(ネ)第349号 損害賠償請求控訴事件
(原審・仙台地方裁判所 平成5年(ワ)第1387号)
口頭弁論終結日 平成14年5月20日
          主      文
     1 控訴人の被控訴人石巻地区広域行政事務組合に対する本件控訴をい
ずれも棄却する。
     2 控訴人が被控訴人日本赤十字社に対し金550万円及びこれに対す
る平成11年2月2日
      から支払いずみまで年5分の割合による金員の支払いを求める請求に
ついての、控訴人の本
      件控訴を棄却する。
     3 原判決中、控訴人の被控訴人日本赤十字社に対するその余の請求に
関する部分を次のとお
      り変更する。
      (1)被控訴人日本赤十字社は、控訴人に対し、金2497万333
3円及びこれに対する
        平成3年7月22日から支払いずみまで年5分の割合による金員
を支払え。
      (2)控訴人の同請求についての、その余の請求を棄却する。
     4 訴訟費用のうち、控訴人と被控訴人石巻地区行政事務組合との間で
生じた控訴費用は、控
      訴人の負担とし、控訴人と被控訴人日本赤十字社との間で生じた分
は、第1、2審を通じて、
      これを18分し、その13を控訴人の、その余を同被控訴人の各負担
とする。
     5 この判決は、主文第3項(1)につき、仮に執行することができ
る。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴の趣旨
  (1)原判決を取り消す。
  (2)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金8873万7777円及び内
金8323万7777
    円に対する平成3年7月22日から、内金550万円に対する平成11年
2月2日から各支払い
    ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
  (3)訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
   との判決、並びに仮執行宣言。
 2 控訴の趣旨に対する被控訴人らの答弁
  (1)本件控訴をいずれも棄却する。
  (2)控訴費用はいずれも控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 1 事案の概要
   本件は、控訴人が、(1)被控訴人石巻地区広域行政事務組合の設置する石
巻消防署の救急隊員か
  らシンナー吸入の疑いを掛けられて暴行を受け、左上肢の筋肉の挫滅等の傷害
を受け、かつ、(2)
  その後搬送された被控訴人日本赤十字社の設置運営する石巻日本赤十字病院に
おいて、同病院に勤務
  する医師らが、控訴人の左上肢筋肉挫滅及びこれに起因する循環障害又はコン
パートメント症候群の
  発症を看過し、その唯一の治療である筋膜切開を行わずに漫然と氷冷等による
保存的治療に専念した
  ことにより、コンパートメント症候群が増悪し、その後遺症のため左上肢の筋
肉・神経組織が壊死し、
  廃用手となったとして、控訴人の被った労働能力喪失による逸失利益6367
万7777円、慰謝料
  1200万円、弁護士費用756万円の合計8323万7777円について、
上記救急隊員及び医師
  らの各使用者である被控訴人らに対し、不法行為を理由に損害賠償を求めて提
訴し、その後、原審口
  頭弁論終結間近になって、控訴人は、被控訴人らが共謀のうえ、控訴人の後遺
障害に対する責任を隠
  蔽する目的で救急活動記録や診療録を改ざんし、控訴人に対しいわれなきシン
ナー中毒患者の汚名を
  着せ、その名誉を侵害したうえ、訴訟を故意に長期化させて控訴人の権利救済
を妨げたとして、慰謝
  料500万円、弁護士費用50万円の合計550万円につき、不法行為を理由
とする損害賠償請求を
  追加した事案であって、原審が、控訴人の当初の請求を全部棄却し、追加した
請求を時機に遅れたも
  のとして却下したので、控訴人がいずれの請求についても控訴したものであ
る。
   本件の主要な争点は、①石巻消防署の救急隊員による暴力行為の有無、②石
巻日赤病院の医師らの
  診療行為における過失の有無(同医師らは、控訴人についてコンパートメント
症候群発症の疑いを持
  ったとしても、重篤なトルエン中毒に罹患していた控訴人の症状に照らせば、
救命を第一に考えた医
  師らの治療は適切なものであった、また、同医師らがコンパートメント症候群
発症の疑いを持った時
  点では、その発症から時間が経過しており筋膜切開を実施する時機を失してい
たうえ、筋膜切開を行
  えば控訴人の全身状態からみて生命の危険があり、これを回避した同医師らの
措置は適切であった等
  主張する)である。
 2 当事者の主張
   本件における当事者の主張は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決の
事実摘示と同一である
  から、これを引用する。
  (1)原判決7頁7行目から9行目にかけての「シンナー吸引により意識朦朧
状態の患者がいる旨の
    情報を得て現場に臨場した」を「現場にやってきた」と、同9頁2行目の
「左腓骨を打撲し」を
    「左腓骨を蹴られ」と、同7行目の「充分な」を「一切」とそれぞれ改
め、同10行目、末行の
    「原告の左上肢には腫脹があり」を削り、同11頁2行目の「腫脹、浮腫
及び水疱」を「腫脹」
    と改め、同末行の「継続しており、」から同12頁2行目末尾までを「継
続していたが、控訴人
    の左上肢の症状がコンパートメント症候群によるものであることには気付
かないままであった。」
    と改め、同7行目の「被告医師らは」を「被控訴人病院医師は」と、同
7、8行目の「疑いをも
    ちながら」を「疑いなど持たなかったため」と、同末行の「放置した」を
「放置し、被控訴人病
    院医師が、その後コンパートメント症候群に気付いた時点では、手遅れと
なっていた。」と、同
    18頁5行目の「同月2日になって」から同6行目末尾までを「コンパー
トメント症候群に気付
    かず、控訴人を手遅れのまま放置した責任を免れるためになされたもので
ある。」とそれぞれ改
    める。
  (2)原判決22頁1行目の「シンナー」から同2行目の「臨場し」までを削
る。
  (3)原判決26頁8行目の「継続していたこと、」から同27頁1行目末尾
までを「継続していた
    ことは認め、その余は否認する。被控訴人病院医師Aがコンパートメント
症候群の疑いがある旨
    の診断を行ったのは同月2日である。」と改める。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所は、控訴人の本訴請求のうち、控訴人が、被控訴人らに対し、金5
50万円及びこれに対
  する平成11年2月2日から支払いずみまで年5分の割合による金員の支払い
を求める請求について
  は、訴訟手続を遅延させる請求としてこれを却下すべきであり、その余の請求
のうち、被控訴人組合
  に対する請求については失当としてこれを棄却すべきであり、被控訴人日赤に
対する請求については、
  控訴人が、被控訴人日赤に対し、金2497万3333円及びこれに対する平
成3年7月22日から
  支払いずみまで年5分の割合による金員の支払いを求める限度でこれを認容す
べきであると判断する。
  その理由は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決の理由説示と同一であ
るから、これを引用す
  る。
  (1)原判決38頁4行目の「B」の次に「(原審及び当審)」を、同じ行の
「各証言」の次に「、
    当審証人Cの証言」を、同43頁7行目の「原告本人尋問の結果」の次に
「及び当審証人Dの証
    言」をそれぞれ加え、同44頁末行の末尾に続けて「また、当日現場に出
動した警察官Eも原審
    において、「当日の日時が後日問題となった際に、その日が自分の泊りの
日であったという記憶
    があったこと、当時は完全3交替制で3日に1回が泊りの日であったこ
と、泊りの日を記載して
    いた平成3年の手帳から逆算したところ、該当日が11月1日であること
が確認できた」旨証言
    しているところである。」を、同46頁7行目の「証拠はなく」の次に
「(Dの当審証言中には、
    控訴人が収容当日サンダルを覆いていたとする部分があるが、この証言だ
けでは控訴人の主張を
    認めるには不十分である)」をそれぞれ加え、同48頁8行目の「客観的
正確性」を「内容の客
    観的正確性」と改める。
  (2)原判決53頁末行から同80頁7行目までを次のとおり改める。
   「2 被控訴人病院における治療の経緯等
      証拠(甲7の2の6、8ないし10、甲8の2、丙14、15、原審
証人B、同F、同G、
     同Aの各証言)並びに弁論の全趣旨によると、控訴人が被控訴人病院に
収容されてから退院す
     るまでの症状及び治療の経緯の概略は次のとおりである。
     (一)平成2年11月1日17時27分(以下、平成2年については年
の記載を省略する)、
       控訴人が救急車により被控訴人隊員らによって被控訴人病院の救急
外来に搬送され、同日
       の当直医であったF医師、及び同医師からの要請により応援に駆け
つけたG医師がその診
       察、治療にあたった。
        F医師は、被控訴人隊員らから、控訴人は収容された当時、シン
ナー臭が充満していた
       車内で意識朦朧状態となっており、車内からはほとんど空になった
3.6リットル入りの
       シンナー缶が発見されたとの情報を得るとともに、被控訴人隊員ら
が持参した上記シンナ
       ー缶を受取り、その内容物たるシンナーの成分を分析したところ、
トルエンが主成分であ
       ることが判明した。
        被控訴人病院に搬送された直後の17時30分の控訴人の血圧
は、最高69㎜Hg、最
       低45㎜Hg、脈搏67回/分とショック状態にあって、呼気から
は強いシンナー臭がし
       ており、四肢にチアノーゼが認められ、呼びかけに反応がなく、意
識は混濁及び錯乱にあ
       り、「うーうー」とうなっていた(なお、直ちに実施された大量輸
液の結果、血圧は10
       分後には最高124㎜Hg、最低82㎜Hgに回復し、以後入院中
血圧の低下は認められ
       なかったが、脈搏は後記ICU入室後も140ないし160台の高
度頻脈が認められた)。
       瞳孔は縮瞳し、左眼が大きく、眼振がみられた。控訴人は、左腕の
痛みを訴え、左上腕関
       節部は腫脹し、水疱形成が認められ、前腕部にも腫脹が認められ
た。
        F医師及びG医師は、控訴人のショック状態及び錯乱状態の改善
をする目的で、酸素マ
       スクを着用させ、鎮静剤(セルシン)を投与し、大量の輸液(ラク
テック)を開始した。
       その結果、上記のとおり血圧が上昇し控訴人は一応ショック状態を
脱した。また、17時
       55分には、輸液の結果と考えられる普通尿1000ccが排出さ
れたので腎臓透析につ
       いては考慮外と判断された。また、トルエンを速やかに対外に排出
させるため、利尿剤
       (ラシックス)を投与した。18時50分には血尿1000ccの
排出があったこと、1
       8時14分ころ実施された血液ガス及び血液検査等(入院中の血液
検査の結果は原判決別
       紙記載のとおりである)により、筋肉内に存在する酵素であり、筋
肉が融解すると上昇す
       るGOT、GPT、LDH、CPKの各値が高値を示し、とりわけ
CPK値(クレアチン
       フォスフォキナーゼ値、CK値(クレアチンキナーゼ値)ともい
い、筋肉組織に障害が起
       こると上昇し、正常値は10ないし80とされている)が2万85
39と極度に上昇して
       いたこと、Cr値(クレアチニン値、腎機能を反映する数値で、1.
0を超えると腎機能
       の障害の目安となり、正常値は0.5ないし1.3とされている)
が1.8と高値を示し
       ていたほか、血液の酸性度を示すPH値(正常値は7.35から7.
45)は7.262
       と顕著な代謝性アシドーシスを示していたことなどから、同医師ら
は、上記のような控訴
       人の症状等からトルエン中毒であると診断し、トルエン中毒を解消
し、控訴人を救命する
       ことを第一義とする診療方針をとることとし、また、トルエンの影
響による腎臓機能の障
       害やトルエンによる骨格筋(横紋筋)の融解に伴うミオグロビンの
増加による腎不全の発
       症を防止することに力を注ぐこととした。
        そのため、同医師らは、控訴人の左上肢の腫脹については、骨折
の有無を確認する目的
       で19時10分ころにレントゲン写真を撮影し、同部分に骨折のな
いことを確認すると、
       それ以上の検査はせずに、トルエン中毒の改善治療を優先させ、1
9時20分ころ控訴人
       をICU(集中治療室)に搬送して同室で治療を継続した。その
間、控訴人には輸液(ラ
       クテック)が大量投与されるとともに、鎮静剤(セルシン、レペタ
ン)、利尿剤(ラシッ
       クス)、PH値是正のためのメイロン等が投与された。
        控訴人は、そのころも強いシンナー臭が認められ、左上腕、関節
部の腫脹が強度で水疱
       も認められ、体動が激しく、抑制帯で固定しても押さえきれないな
どの不穏状態が断続的
       に続き、その後も導尿管により導尿されているにもかかわらず、再
々便所に立ちたいと訴
       え、看護婦から制止されるということがあった。このような状態は
翌朝8時ころまで続い
       た。
     (二)同月2日6時すぎころから、控訴人の左上肢に氷枕を貼用した
(その後氷冷は継続的に
       行われた)。控訴人の左上肢には浮腫、浸出液が認められるように
なった。また、控訴人
       は、同日午前中、挿入された導尿管について痛みを訴え、同日12
時ころに導尿管が抜去
       され、そのころ自然排尿があった。控訴人は、同日14時ころから
腫脹した左腕の強い痛
       みを訴えるようになり、浮腫がひどくなっていることが認められた
ので、レペタンが投与
       された。同日15時ころには看護婦に痛み止めの注射をしても痛み
がよくならないと訴え
       るようになり、体が震える状態や看護婦さん助けてと発言すること
もあった。また、左上
       肢患部のガーゼには浸出液がにじむようになった。同日16時にな
っても控訴人にはシン
       ナー臭が認められた。また、同日16時30分からは再び導尿管挿
入の措置がとられた。
       控訴人は、同日17時20分ころからしきりに左腕の強い痛みを訴
え、触覚がないとも訴
       えるようになり、同部分が強度に熱を帯びた状態となり、不穏状態
が増悪していった。控
       訴人は、同日19時20分ころ、舌をかんで口腔内が出血するとい
う行動をとったため、
       バイトブロック(舌をかむのを防ぐ装置)が装着された。控訴人の
痛みが強いため、同日
       20時45分ころから、ケタラール、ドルミカム(催眠・鎮痛剤)
等強力な鎮痛剤が投与
       されたが、控訴人の痛みはなかなか治まらず(G医師らの投与した
量では鎮痛効果がなか
       ったため、麻酔科のH医師に依頼して、その指示の下にこれらの薬
剤が多量に投与された)
       断続的に痛みによる不穏状態が繰り返され、このような状態が11
月4日ころまで続いた。
        11月2日朝の血液検査によると、GOT、GPT、LDH及び
CPKの数値は前日よ
       り上昇したが(特にCPK値は4万3470に上昇し、これが入院
期間中の最高値であっ
       た)、Cr値は前日と変わらなかった(原判決別表参照)。
        また、G医師は、同日、当時被控訴人病院の整形外科医であった
A医師(以下「A医師」
       という)に対し、控訴人の左上肢に認められる腫脹について診察を
依頼し、同日午後控訴
       人を診断したA医師からは、「コンパートメント症候群の疑い」と
の診断が示されたもの
       の、コンパートメント症候群の確定診断を得るための左上肢の腫脹
部の内圧測定を実施す
       ることはなく、患肢挙上及び氷冷による経過観察が相当であるとの
回答がなされた(A医
       師の診察した時間は特定できないが、同医師の原審証言によれば、
同医師の勤務時間帯か
       らみて同日午後1時ころから夕刻までの間と認められる)。
     (三)同月3日、GOT、GPT、LDHの数値は前日と変わらなかっ
たが、CPKの数値は
       3万4360に低下し、Cr値も低下して腎不全の危険性は減少し
た。
        左上肢の状態は変わらず、時々痛みを訴え、黄色の浸出液による
ガーゼの汚染が認めら
       れた。また、控訴人には前日に続きケタラールが投与された。
     (四)同月4日、控訴人の不穏状態は減少したが、左上肢の状態は変化
なく、肘に出血、膿汁
       があり、水疱が1か所破れるなどの状況が認められた。同日23
時、控訴人のバイトブロ
       ックがはずされた。また、控訴人には前日に続きケタラールが投与
された。
     (五)同月5日5時ころ、控訴人には、看護婦に対し、左手をもがなけ
ればならないのかとの
       言動が認められた。また、控訴人は、終日断続的に左腕の痛みを訴
え、水疱がところどこ
       ろで破れ浸出液が多量に発生した。控訴人の左上肢の治療として
は、引き続き左上肢患部
       の消毒と氷冷が実施された。
     (六)同月6日、控訴人は断続的に左腕の痛みを訴えるとともに、左手
が麻痺して痛みを感じ
       ないとも訴える。患部からの浸出液が多量にあり、一部出血や表皮
の剥脱が認められる。
     (七)同月7日、控訴人は左上肢の痛みを断続的に訴え、患部からの浸
出液は多量で、ガーゼ
       がぐっしょり濡れている状態が認められた。
     (八)同月8日、外部の検査機関に委託していた同月2日採取された尿
中の馬尿酸値(トルエ
       ンの代謝物)の検査結果が送付され、その値が15.70g/lと極
めて高水準を示してい
       たことが判明した。この日、控訴人の左上肢の状態は変わらず、相
変わらず腫脹は強度で
       あり、痛みは軽度になった。浸出液でガーゼが汚染し、表皮が剥離
する。同日14時30
       分、控訴人はICUから一般治療室に移された。
     (九)同月9日、G医師は、控訴人を被控訴人病院の皮膚科で受診さ
せ、控訴人の左上肢の水
       疱、びらんについて一次刺激性接触性皮膚炎の疑いとの診断を得た
が、その原因としてト
       ルエンが衣服に染み込み浸透して刺激した可能性が指摘され、消毒
による処置を指示され
       た。また、コンパートメント症候群との関係には回答が留保され
た。
        その後も、控訴人の患部からの浸出液は多量に認められたが、痛
みは次第に軽減した。
       同月11日ころには腫脹もやや軽減した。しかし、同月15日にな
っても痛みは続き、肘
       関節の外側からの浸出液は多量で、悪臭があり、左手背の浮腫強
く、再び左手を挙上した。
       また、同月16、17日には一時強い痛みを訴え、患部からの浸出
液が認められたが、同
       月18日には痛みが軽減した。
        G医師は、同月13日には各種検査結果がほぼ正常値となり、同
月14日、内科的には
       回復しており整形外科への転科が可能と判断したのでA医師に相談
したところ、控訴人の
       左上肢の治療については外来通院で可能であるとの指示を得たた
め、同月19日控訴人を
       退院とした。
    3 被控訴人病院退院後の経過
      証拠(甲1の5、7の1の2)並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人
は、11月19日被控
     訴人病院を退院後、宮城県桃生郡I町のJ整形外科を訪れJ医師の診察
を受けた。同医院では、
     控訴人に対し、左肩関節の亜脱臼、左上肢全体に著明な浮腫及び腫脹が
みられ、左上肢の随意
     運動消失、腱反射消失、知覚消失が認められるとの診断をして、直ちに
入院の措置をとり、左
     上肢を挙上して固定する措置のとったことが認められる。
      その後、控訴人は、同月27日左化膿性肘関節炎に対する病巣掻爬
術、12月13日同部位
     に対する再度の病巣掻爬術、同月20日同部位に対する植皮術施行、平
成3年2月7日左手関
     節、左肩関節固定術、同年6月25日左手関節鋼線抜去術、左肩螺子鋼
線抜去術をそれぞれ受
     けた後、同年7月21日退院し、同月22日までには控訴人の症状は固
定した。
    4 控訴人の現在の症状
      証拠(当審鑑定人医師Kの鑑定の結果)によれば、控訴人の左上肢
は、右に比べ細く、肩甲、
     三角筋部に軽度の筋萎縮が認められ、前腕肘付近の筋は比較的よく残存
しているが、前腕遠位
     2/3(手首から15センチメートルまでの部分)は偏平となり強い筋
萎縮が認められる。そ
     して、手は、拇指は軽度だが、他の4指は指節が屈曲し、中手指節関節
は伸展したいわゆる鷲
     手の樣相を呈し、手内筋は拇指球に比して小指球の萎縮が目立ち、手掌
部はやわらかく偏平に
     なっている。関節等の可動域については、肩関節前方挙上、外転は強く
制限されているが、肘
     関節はほぼ正常の可動域を持ち、手首関節は正中位で固定されていて、
指節関節の他動的伸展
     には制限が認められる。
      肘部から前腕にいたる部分の諸筋は、一見よく保たれているが、鑑定
の際に撮影されたMR
     I画像(T2及び脂肪抑制画像)によると、回内諸筋から前腕の中心深
部に異常信号が広がっ
     ており、この部分の筋は一部軟化、一部結合織(組織が繊維化したも
の)に変化していること
     が認められ、また、前腕部遠位1/2の筋組織、中手骨近位から遠位部
の筋組織は拇指球の筋
     組織を除いて同定することが困難であり、一部は結合織に変化している
ことが認められる。
      結局のところ、控訴人の左手は、現在、屈曲した指節関節部分にもの
を引っ掛けて持ち上げ
     ることぐらいしか用をなさず、左手機能としては廃用に近い状態となっ
ている。
    5 控訴人に対する内科的治療の適否
    (一)前記認定のように、救急車に収容された前後の控訴人の状況、被控
訴人病院に搬送された
      当時の控訴人の症状等に照らせば、控訴人は被控訴人病院に入院した
当時、多量のトルエン
      を吸入し重いトルエン中毒によるショック状態にあり、生命の危険に
も瀕していたことが明
      らかである。そして、被控訴人病院のF医師及びG医師らが、控訴人
をトルエン中毒である
      と診断し、その錯乱あるいはショック状態に対処するために、酸素吸
入を行い、鎮静剤を投
      与し、大量の輸液によりショック状態の改善を図った措置は適切と認
められる。また、同医
      師らが、PH値が7.262と代謝性アシドーシスを示しているた
め、その改善のためにメ
      イロンを投与してPH値改善に努めたこと、CPKの数値が極度に高
値であることなどから、
      控訴人の骨格筋(横紋筋)がトルエンの影響により融解しているおそ
れがあると判断し、横
      紋筋融解症の発症によるミオグロビンの増加による腎不全の発症を危
惧して、これを防止す
      るために利尿剤を投与し、輸液を継続し、控訴人をICUに移室し、
血圧、尿の管理をして
      全身状態の維持、回復及び腎不全の発症防止に努めた措置も適切であ
ったと認められる。な
      お、同医師らが控訴人の症状をトルエン原発の横紋筋融解症と判断し
ていたとすれば、その
      点は後記のとおり適正な診断とはいえないが、そのことによって上記
医師らの診療行為に不
      適切な点が生じたとは認められない。
       これに対して、控訴人は、控訴人がトルエン中毒であった事実を否
定し、控訴人の意識は
      被控訴人病院に搬送された当時から明瞭であった旨主張し、これに副
う証拠(甲1の5、6、
      原審における控訴人本人)が存在する。しかしながら、控訴人がトル
エン中毒の状態にあっ
      たことは、前記のとおり、救急車に収容された前後の控訴人の状況、
被控訴人病院に搬送さ
      れた当時の控訴人の症状等に照らして明白であるうえ、この点は、平
成2年11月2日に採
      取された控訴人の尿中の馬尿酸値が15.70g/lと極めて高水準を
示していたことによっ
      ても客観的に裏付けられているところであって、これに反する上記各
証拠は採用できない。
      また、控訴人は、上記馬尿酸値の数値が不当に高く不自然であると主
張し、これに副う証拠
      (甲14及び原審証人Lの証言)が存在するが、これらの証拠は丙1
8の1及び原審におけ
      る証人Gの証言と対比して、たやすく採用することはできない。
    (二)ところで、被控訴人病院のF医師及びG医師は、同月1日、控訴人
の左上肢の腫脹等につ
      いては、骨折の有無を確認する目的で19時10分ころに上腕、腕の
レントゲン写真を撮影
      して、骨折のないことを確認したのみで、控訴人の肩の状態を含め、
それ以上の検査等を実
      施していないが、この点についても、トルエン中毒によるショック状
態を改善して救命する
      こと及び腎不全の発症の防止を第一義とした結果というべきであり、
控訴人が被控訴人病院
      に搬送された当時の控訴人の症状に照らせば、同医師らのこのような
治療方針は救急医療の
      現場における診療方針として首肯できるものであって、同医師らに裁
量を逸脱した不当な医
      療行為があったと認めることはできない。
       また、被控訴人医師らのその後の控訴人に対する内科的治療に関し
て、不適切な点があっ
      たことを認めるに足りる証拠もない。
    6 控訴人の左上肢に対する治療の適否
      控訴人は、被控訴人医師らが、控訴人の左上肢のコンパートメント症
候群の発症に気付かず、
     内圧測定による確定診断も行わないまま漫然と放置して、その唯一の治
療方法である早期の筋
     膜切開手術をすべき機会を失し、かつ、何らの外科的治療を行わないま
ま11月19日に控訴
     人を退院させてしまい、このような被控訴人病院の不当な処置により控
訴人の左上肢が廃用手
     になったのであると主張する。
      よって検討するに、前記2に認定した事実及び証拠(甲10の1、3
ないし5、甲14、2
     1、原審証人L、当審鑑定人医師Kの鑑定の結果)によると、次のとお
り認めることができる。
    (一)コンパートメント症候群とは、筋膜という伸縮性の極めて乏しい強
靱な結合識性組織によ
      り囲まれた四肢の骨、筋膜、骨間膜、骨間中隔によって構成される閉
鎖空間であるコンパー
      トメント(隔室)内の内圧が各種原因で上昇して循環不全を起こし、
隔室内の筋、神経組織
      が壊死ないし機能障害をきたす疾患である。その原因としては、骨
折、脱臼、圧挫など多々
      存在する。そして、急性型のコンパートメント症候群は、発症原因が
起こってから数時間か
      ら48時間内に急激に発症し、発症部位が腫脹し、疼痛、知覚異常、
麻痺、蒼白という徴候
      を呈し、水疱を伴う著明な腫脹、鎮痛剤によっても制御できない激烈
な痛みが特徴である。
      確定診断は、コンパートメントの内圧を測定し、その内圧が健全なコ
ンパートメントの内圧
      と比較して有意に亢進していることにより証明される。その治療方針
としては、可及的速や
      かに筋膜を切開してコンパートメントの内圧を解放することに尽き
る。予後を左右する最も
      重要な因子は、内圧上昇による筋、神経組織に阻血を起こしている時
間の長さであるから、
      いかに早期に筋膜切開により内圧解放を行うかが極めて重要である。
また、意思疎通の困難
      な意識障害のある患者や幼児については、内圧測定による確定診断が
不可欠である。
       そして、急性コンパートメント症候群に対しての筋膜切開は、一般
には発症後24時間か
      ら48時間以内までが手術適応であるとされている。もっとも、発症
後2ないし4時間以内
      は予後が極めてよいが、4ないし12時間では何らかの機能障害を残
すともいわれており、
      また、発症後6ないし12時間を経過すると筋組織、神経組織に不可
逆的変性が生じるので、
      12時間以内に筋膜切開をすることが必要であるとする見解もあり、
時間が経過するほど余
      後が悪いとされる。なお、この点はコンパートメント内の内圧の強さ
とも関係していて、内
      圧が30mmHg以上あるいは55mmHg以上のときは手術の絶対
適応とする見解、内圧
      が50mmHg以上の場合と40mmHgの内圧が6時間以上続く場
合には手術適応とする
      見解もある。
    (二)控訴人は、救急車に収容される前に、長時間にわたって、運転席側
から助手席側に、左側
      を下にしてギアチェンジレバーと助手席の椅子の間に挾まれるような
格好で倒れていたこと
      により左上肢が控訴人の体重により長時間圧迫されていたこと、この
ように左上肢に受けた
外傷(圧挫)が前腕への動脈血供給、静脈環流などに障害を与えやす
く、筋肉の虚血性変化、
又は外傷を受けた筋内からの浸出液が閉塞されたコンパートメント内
の内圧を上昇させたと
考えられること、控訴人の肘の部分の腫脹、水疱形成が著明であり、
控訴人の左上肢の痛み
は激烈で、ケタラール、ドルミカム等強力な鎮痛剤を多量に投与して
も制御不能であったこ
と等前記したコンパートメント症候群の症状と合致していることなど
を勘案すれば、控訴人
の左上肢に発症した疾患はコンパートメント症候群と解すべきもので
ある。
       なお、被控訴人日赤は、控訴人の症状はトルエン中毒による横紋筋
融解症であると主張し、
      コンパートメント症候群の発症を否認するごとくである。そして、ト
ルエン中毒により横紋
      筋融解症が発症することがあると主張する証拠(甲14添付の文献
2、丙14、1 8の1、
      3、19の1、20の1ないし3、原審証人G)がある。しかしなが
ら、横紋筋融解症とは、
      骨格筋の融解・壊死により筋細胞内成分が融出する病態であるところ
(甲14添付の文献2)
      前記鑑定の結果によると、トルエン原発性の横紋筋融解症は血清カリ
ウムの低下により生じ
      得るとする見解があるが、控訴人は高カリウム血症となっており、こ
れには該当しないこと、
      トルエン中毒症に伴う横紋筋融解症の発症例の報告はいずれもコンパ
ートメント症候群など
      を原因とする二次性のものと理解できること、トルエン中毒そのもの
を原因とする横紋筋融
      解症であるとするなら、左上肢のみに限局した融解が発症した原因が
解明できないこと等の
      諸事実が認められ、これらを勘案すると、控訴人の左上肢の障害がト
ルエン中毒そのものを
      原因とする横紋筋融解症であると解することはできない。被控訴人日
赤の主張は採用できな
      い。
    (三)ところで、前記2に認定した事実及び原審証人Gの証言によれば、
被控訴人病院の整形外
      科のA医師は、11月2日、G医師の依頼により控訴人の左上肢を診
察し、腫脹の原因につ
      きコンパートメント症候群の疑いがあるとの診断をしたが、腫脹部の
内圧測定を行わず、確
      定診断に至らないまま、患肢挙上と患肢の氷冷による経過観察を指示
し、この指示に基づき
      G医師らは控訴人の患肢を氷枕で氷冷し、氷枕の高さだけ患肢を持ち
上げる状態にして経過
      を観察することにしたことが認められる。しかしながら、コンパート
メント症候群の治療方
      針としては、可及的速やかに筋膜を切開してコンパートメントの内圧
を解放することに尽き
      るとされているのであるから、A医師としては、同月2日に控訴人の
左上肢にコンパートメ
      ント症候群の発症を疑った以上は、可及的速やかに控訴人のコンパー
トメント内の内圧測定
      を実施し、その確定診断を得たうえで、事情の許す限り速やかに筋膜
切開手術を行うべき診
      療上の注意義務があったものと解すべきである。
       しかるに、A医師は、控訴人の左上肢コンパートメント内の内圧測
定を実施せず、筋膜切
      開手術を検討した形跡も窺われない。したがって、被控訴人病院のA
医師には、控訴人の発
      症したコンパートメント症候群につき、その確定診断を得るための内
圧測定を速やかに実施
      すべき診療上の注意義務を怠り、かつ、その唯一の治療である筋膜切
開の機会を失した過失
      があり、この点についての不法行為責任を免れないものというべきで
ある。したがって、ま
      た、被控訴人日赤はA医師の使用者として民法715条の責任がある
といわざるを得ない。
       これに対して、被控訴人日赤は、A医師がコンパートメント症候群
の発症を疑った時点に
      おいては、控訴人の同病状はすでに発症から長時間が経過しており、
筋膜切開手術適応の黄
      金期を欠いていた、あるいは当時の控訴人の全身症状からみて外科的
手術の侵襲に耐え得な
      かったからその点においても手術適応がなかった、救急医療の現場で
は、患者の救命を第一
      義とし、外科的治療はその後の処置とすべきことが社会的要請であ
り、被控訴人日赤には義
      務違反はない等主張し、これに副う証拠(丙14、15、18の1、
21ないし24、25
      の1、原審証人F、同G、同A)が存在する。
     (1)手術適応の黄金期を経過していたとの主張について
        急性のコンパートメント症候群に対する筋膜切開術の適応期間
は、発症後24時間ない
       し48時間とされており、発症後2ないし4時間以内はその予後が
極めて良好であるが、
       4ないし12時間では何らかの障害を残すといわれており、発症後
12時間を経過すると
       筋組織、神経組織に不可逆性の組織変化が生じて余後の芳しくない
ことは前記のとおりで
       ある。
        ところで、前記2に認定した事実及び甲8の2によると、控訴人
が被控訴人病院に搬送
       された11月1日17時27分当時、既に左上肢に強度の腫脹があ
り、水疱が認められ、
       同所の痛みを訴えていたこと、発熱し白血球が増加し、CPK値が
2万8539と高値で
       あったこと、CPK値は同月2日には4万3470と上昇し(同日
朝採血した血液検査に
       よる)、これが最高値であり、翌3日には3万4360と減少に転
じたこと、同月1日1
       8時30分ころミオグロビン尿と解される血尿1000ccが排出
されたことが認められ、
       これらの事実によれば、控訴人は被控訴人病院に搬送された当時急
性コンパートメント症
       候群を既に発症していたと認められる。もっとも、その発症時期を
確定するに足りる的確
       な証拠はない。しかし、コンパートメント症候群による横紋筋融解
症が発症した場合のC
       PK値は発症後24時間で最高値となること(甲14添付文献1参
照)、控訴人の場合に
       は血液検査によるCPK値の最高値が同月2日朝(同時に採血され
たと推認される血液ガ
       ス検査のための時刻である9時48分ころと思料される)の血液検
査から得られているこ
       とからみると、そのころ控訴人のコンパートメント症候群は発症後
24時間程度経過して
       いたものと推測でき、その発症時期は同月1日午前10時前後と推
認することができる。
        そうすると、A医師がコンパートメント症候群の疑いがあるとの
診断をした時点では、
       控訴人に同症候群は発症してから概ね25時間ないし32時間程度
経過していたと考える
       のが相当であり、その時点では一般的にコンパートメント症候群の
筋膜切開手術適応期間
       とされる発症後24時間ないし48時間という時間帯の中にあった
ものと認めることがで
       き、手術適応の黄金期を欠いていたとする被控訴人日赤の主張は採
用できない。
     (2)全身症状からみて手術適応がなかったとの主張について
        前記2に認定した事実及び証拠(前記鑑定の結果、甲8の2、甲
14及び添付の文献4)
       によると、控訴人は11月1日17時27分に被控訴人病院に搬送
された直後は、血圧が
       最高69㎜Hg、最低45㎜Hg、脈搏67/分とショック状態に
あったが、酸素吸入、
       大量の輸液等により血圧は10分後には最高124㎜Hg、最低8
2㎜Hgに回復し、以
       後入院中の血圧は安定していたこと、一方、脈搏はショック状態が
回復した後、130な
       いし160回/分の頻脈が認められ、それが同月2日午前6時ころ
まで続き、同日午前1
       0時以降は94ないし120回/分程度に若干低下して落ち着きを
取り戻していたが、同
       月3日4時以降、再び140ないし160回/分の頻脈が認められ
るようになり、それが
       同月4日2時ころまで続いたことが認められる。また、PH値が7.
262と顕著な代謝
       性アシドーシスを示していたこと、CPK値が同月1日2万853
9、同月2日4万34
       70と極度に上昇しており、左上肢患部の横紋筋融解によるミオグ
ロビンの増加に伴う腎
       不全の危険性が認められたこと、同月1日BUN値が18.8、C
r値が1.8と、同月
       2日BUN値が25、Cr値が1.8と高値を示し、何らかの腎機
能の障害が窺われる状
       態にあったことが認められる。もっとも、同月1日から2日にかけ
てのBUN値、Cr値
       の増加幅や控訴人の尿量は急性腎不全への移行を示すものではなか
った。また、脈搏数は
       かなり多かったとはいえ、その原因は、発熱、激烈な痛みによる不
穏状態、体動等が影響
       しているものと考えられ、心臓に心不全等の発症を窺わせる徴候は
認められなかったうえ、
       同月2日10時以降は脈搏数は比較的安定していたことが認められ
る。加えて、筋膜切開
       手術を実施すれば、左上肢患部の横紋筋融解が止まり、ミオグロビ
ンの早期減少が期待で
       きるのであり、これらの事実を総合して勘案すれば、控訴人の全身
状態が筋膜解放手術の
       侵襲に耐えられないほどに悪化していたと認めることはできない。
したがって、被控訴人
       日赤が主張するように、外科的侵襲がショック状態を助長し、一層
のミオグロビン遊離を
       進め、多臓器不全となり死に至る危険が大きかったと考えることに
は飛躍があるというべ
       きである。控訴人の全身症状からみて手術適応がなかったとする被
控訴人日赤の主張は採
       用できない。
     (3)また、被控訴人日赤は、救急医療の実態に照らして、救命を第一
義とし被控訴人医師ら
       の処置は社会的要請に適うものであって、その診療行為に義務違反
はないとも主張する。
       しかしながら、救急医療行為であるとしても、患者個人の各病態は
異なるものであり、患
       者の各症状に適った最適の医療がなされるべきは当然のことである
から、救命さえ図れば
       他の処置をとる必要がないとはいえず、被控訴人日赤の主張は独自
の見解というべきであ
       り、採用できない。
       以上のとおりであって、被控訴人医師らが控訴人の発症したコンパ
ートメント症候群につ
      き、その確定診断を得るための内圧測定を行わなかったこと、及びそ
の唯一の治療である筋
      膜切開手術を行わなかったことについて正当な理由があるということ
はできない。
    (四)次に、控訴人は、被控訴人医師らが控訴人に対する外科的治療を行
わないまま11月19
      日に控訴人を退院させてしまったことが不当な処置であると主張する
ので検討する。
       前記2に認定した事実によれば、被控訴人病院が控訴人を退院させ
た11月19日までに、
      控訴人の左上肢に対して外科的治療を行っていないこと、これに対す
る治療については外来
      治療で足りると判断して退院させたことが認められる。しかしなが
ら、同月15日の時点に
      おいて、控訴人の左上肢の関節部分の浸出液に悪臭があり、左手背に
浮腫が強かったこと、
      同月16、17日にも控訴人が強い痛みを訴え、依然として患部から
の浸出液が認められる
      ことなど症状がみられたこと、控訴人が被控訴人病院を退院すると直
ちにJ整形外科に入院
      し、各種手術を受けていること等の事実に照らすと、退院の時点で控
訴人の左上肢の症状が
      外来通院のみで治療可能であったと認めることはできない。したがっ
て、その時点において
      控訴人を退院させた被控訴人病院の処置も不適切であり、患者に対す
る適切な治療を実施す
      べき義務を怠った過失があるといわざるを得ない。
    7 被控訴人医師らの過失と控訴人の障害との因果関係について
      前記認定の事実及び鑑定の結果によると、控訴人の左上肢は、現在廃
用に近い状態となって
     いるところ、その筋萎縮の障害様式は単純な神経原性の所見と認めるこ
とはできず、一部に腕
     神経叢障害に起因するものがあるとしても、その主たる原因は急性コン
パートメント症候群の
     後遺症と解すべきものであり、現状はその結果としてのフォルクマン拘
縮と認められる。そう
     すると、控訴人の障害は被控訴人医師らが控訴人に発症したコンパート
メント症候群に対する
     対応を誤り、その唯一の有効な治療方法というべき筋膜切開手術を行わ
なかったことに起因し
     ているもの解すべきである。
      もっとも、控訴人の被った傷害のうち、左肩部分の障害等には上記の
とおりコンパートメン
     ト症候群自体に起因する後遺症と認め難い部分があり、その後遺症の範
囲と原因を明確に確定
     することはできない。また、前記のとおり、コンパートメント症候群は
その発症後24時間か
     ら48時間以内までが手術適応であるとされており、発症後4ないし1
2時間では何らかの機
     能障害を残すといわれていること及び発症後12時間を経過すると筋に
不可逆的変性が生じる
     と考えられているところ、被控訴人医師らが控訴人のコンパートメント
症候群の発症を疑った
     のは、11月2日の午後であり、その時点ではその発症から25時間な
いし32時間程度が既
     に経過していると認められ、その時点で筋膜切開をしても控訴人の左上
肢には相当高度に機能
     障害を発生したことが容易に推測できることに照らすと、本件における
被控訴人病院の医師ら
     の過失と控訴人の機能障害との間の因果関係については、控訴人の左上
肢に発生した全機能障
     害の30パーセントについてのみ因果関係を肯定すべきである。
      なお、被控訴人病院が11月19日に退院させた措置について不適切
な点があったことは前
     記認定のとおりであるが、そのことが原因となって控訴人に新たな障害
が発生したことを認め
     るに足りる証拠はない。
    8 控訴人の損害
    (一)逸失利益
       控訴人は、昭和33年10月**日生まれの男子であり、上記の左
上肢廃用の障害は障害
      等級第5級の6に該当し、労働能力喪失率は79パーセントである。
控訴人は症状固定時
      (平成3年7月21日)32歳であり、労働能力喪失期間は35年で
ある。そして、平成3
      年の賃金センサスによると、産業計・企業規模別計・男子労働者・学
歴計30歳から34歳
      までの平均年収額は492万2700円である。これを前提にライプ
ニッツ方式により中間
      利息を控除すると、逸失利益は6367万7777円となる。
       計算式 4,922,700×0.79×16.3741=63,677,777
    (二)慰謝料 1200万円
       後遺障害第5級に該当する後遺症が残ったことに対する慰謝料は1
200万円が相当であ
      る。
       以上の損害額のうち、被控訴人日赤の過失と因果関係の認められる
範囲はその30パーセ
      ントであるから、その金額は2270万3333円となる。
    (三)弁護士費用 227万円
       本件訴訟の弁護士費用としては、その事件の性質等に照らして、認
容額の1割が相当であ
      る。
    (四)以上の合計は2497万3333円である。」
 2 以上によれば、控訴人の本訴請求のうち、控訴人が、被控訴人両名に対し、
金550万円及びこれ
  に対する平成11年2月2日から支払いずみまで年5分の割合による金員の支
払いを求める請求につ
  いては、訴訟手続を遅延させる請求としてこれを却下すべきであり、また、控
訴人のその余の請求の
  うち、被控訴人組合に対する請求については失当としてこれを棄却すべきであ
るから、これらの請求
  に関する控訴人の本件控訴はいずれも棄却すべきである。
   一方、被控訴人日赤に対するその余の請求については、控訴人が、被控訴人
日赤に対し、金249
  7万3333円及びこれに対する平成3年7月22日から支払いずみまで年5
分の割合による金員の
  支払いを求める限度で、これを認容すべきであると判断する。そうすると、こ
れと一部異なる原判決
  は失当であるから、原判決を上記の趣旨に改めるべきである。
   よって、訴訟費用の負担について、民事訴訟法67条1、2項、64条、6
1条を、仮執行宣言に
  ついては同法310条を各適用して、主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第三民事部
    裁判長裁判官喜多村 治 雄
       裁判官  小 林   崇
裁判官  浦 木 厚 利 

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勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛