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平成10年(行ケ)第380号 審決取消請求事件
平成11年8月3日口頭弁論終結
判決
原      告日本美容医学研究会
代  表  者A
原告代理人弁理士B
被      告財団法人日本美容医学研究会
代表者理事C
訴訟代理人弁理士D
同E
同F
主文
 特許庁が平成9年審判第7916号事件について平成10年10月16日にした
審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 被告は、漢字「財団」と「法人」を二段に表記し、その右に続けて漢字「日本美
容医学研究会」を横書きしたものからなり、指定商品を第26類「書籍、雑誌、新
聞」とする登録第2713135号商標(昭和52年3月10日出願、平成8年3
月29日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 原告は、平成9年5月14日、本件商標は原告の名称を含むから商標法4条1項
8号に該当するとして、本件商標の登録の無効の審判を請求し、特許庁は、これを
平成9年審判第7916号事件として審理した結果、平成10年10月16日に
「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審
決をし、平成10年11月9日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
 審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりであり、要するに、原告は、法
人格を有しない団体であって権利能力を有しないので、本件商標の登録を無効とす
る利益を享受することができないから、商標法4条1項8号の「他人」に当たら
ず、本件商標の登録を上記規定に該当するとして商標法46条1項1号により無効
とすることはできない、としたものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 現実の社会には、形式的には法人格を有しない団体であっても、法人格を有す
る者と同様に、その名をもって社会的、経済的に活動する者は数多く存在し、原告
もその一つである。このような団体は、形式的には法人格を有していないとはい
え、法人格を有する団体と同様の機能を有しているのであるから、その名称もま
た、法人格を有する団体と同様に尊重されなければならない。したがって、商標法
4条1項8号にいう「他人」には、このような団体も含まれると解すべきである。
 このことは、平成9年3月11日に言い渡された平成6年(オ)第1102号最高
裁判所第3小法廷判決において、「フランチャイズ契約により結合した企業グルー
プは共通の目的の下に一体として経済活動を行うものであるから、右のような企業
グループに属することの表示は、主体の同一性を認識させる機能を有するものとい
うべきである。したがって、右企業グループの名称もまた、商標法26条1項1号
にいう自己の名称に該当するものと解するのが相当である。」とされ、法人格を有
しない者の名称にも保護が与えられていることによっても、裏付けられるものとい
うべきである。商標法26条1項1号は、同法4条1項8号に該当するため本来な
ら商標登録を受けることができない商標が誤って登録されたときの救済規定であ
り、そこで保護の与えられる者に対しては、同法4条1項8号においても保護が与
えられるべきはむしろ当然というべきだからである。
2 審決は、商標法77条2項が準用する特許法6条が、法人格を有しない団体に
対して一定の手続に限って手続をする能力を認めていることを根拠に、そこで認め
られている手続をすること以外には、商標法上の保護が与えられず、したがって同
法4条1項8号の保護も与えられないとの結論に至っているが、はななだしい論理
の飛躍である。すなわち、商標法77条2項の準用する特許法6条は、手続能力に
ついての規定であって、商標法4条1項8号の適用による利益の享受が法人格を有
しない団体に認められないことを定めたものではなく、法人格を有しない団体にも
上記利益の享受が認められるべきことは、1で述べたとおりであるからである。
第4 被告の反論の要点
 法人格を有しない団体である原告は商標法4条1項8号の適用による利益を享受
し得ない、とした審決の判断は正当である。
1 法人格を有しない団体に対して認めるべきものとして商標法上規定されている
のは、商標法77条2項が準用する特許法6条に定められている特定の手続上の行
為に限られており、このことからすれば、商標の登録出願という手続上の行為を始
め、商標法上定められているそれ以外の行為も利益の享受も、法人格を有しない団
体に対しては認められていないと解すべきである。したがって、商標法4条1項8
号は、上記解釈からして法人格を有しない団体については適用されないと解すべき
である。
2 文理的にも、「他人」とは、他の「人」すなわち「自然人」又は「法人」であ
り、法人格を有しない団体が「人」に含まれないことは明らかであるから、法人格
を有しない団体を同号にいう「他人」とするのは無理である。
3 商標法26条1項1号に関する最高裁判所判決を挙げてする原告の主張は失当
である。法人格を有しない団体につき同号で問題となるのは、他人の商標権の行使
から自己の名称を守ることであるのに対し、商標法4条1項8号で問題になるの
は、自己の名称を根拠に他人の商標権取得を妨げることであり、発生する問題の状
況が全く異なるからである。法人格を有しない団体に対しては、自己の名称の使用
を認めるだけでその保護は十分と考えるべきである。
第5 当裁判所の判断
1 審決は、法人格を有しない団体には、たといそれが後に述べる「権利能力なき
社団」であったとしても、商標法4条1項8号の適用による利益の享受は認められ
ないとの前提で、本件商標の登録を商標法46条1項1号により無効とすることは
できないと判断しているが、失当である。
 商標法は、77条2項において特許法6条を準用しており、特許法6条は、「法
人でない社団又は財団であつて、代表者又は管理人の定めがあるものは、その名に
おいて次に掲げる手続をすることができる。」とし、その3号に「第123条第1
項又は第125条の2第1項の審判を請求すること。」を掲げており、同法123
条第1項には特許の無効の審判の請求が規定されているから、法人でない社団又は
財団で、代表者の定めがあるもの(以下「権利能力なき社団」ということがあ
る。)は、その名において、すなわち当事者として、商標法46条1項の商標登録
の無効の審判を請求することができることは明らかである。
 それでは、商標法は何のためにこのようにして権利能力なき社団に対して商標登
録の無効の審判を請求する能力を認めたのであろうか。手続上無効の審判によって
守られるべきものとされている類型の利益については、権利能力なき社団に対して
も権利能力のある社団(法人)と同一の保護を与えることが、その主な目的であっ
たと考える以外に、この問いに答えることはほとんど不可能であり、少なくとも、
そのように答えるのが最も合理的な解答というべきである。
 換言すれば、商標法が無効の審判の手続をする能力を権利能力なき社団に与えた
のは、無効の審判によって守られる類型の利益の範囲においては、権利能力なき社
団に対しても法人と同じ保護を与える旨を、保護を実現すべき手続の面から表明し
たものと理解する以上に合理的な解釈は、あり得ないのである。
 したがって、権利能力なき社団に対し商標法上どのような保護が与えられるべき
かという一般的問題はしばらくおくとして、少なくとも無効の審判により守られる
べきだとされている類型の利益については、それを無効の審判の手続で守ろうとす
る限りにおいては、権利能力なき社団も権利能力ある社団(法人)と同じに扱うべ
きものと解すべきである。
 このように考えた場合、商標登録の無効の審判により守られるべき利益の典型の
一つである自己の名称(商標権者から見れば他人の名称)に関し、権利能力なき社団
に対しては「他人」としての資格を認めないとの解釈は、権利能力なき社団に対して
も無効の審判の手続をすることを認めた出発点との間に、説明することの極めて困
難なずれを生じさせるものというべきであり、それを肯定すべき何か特別な根拠が
要求されるものというべきである。しかし、そのような根拠を見出すことはほとん
ど不可能である。
2 甲第4号証、甲第6号証ないし甲第10号証によれば、原告は、昭和34年1
1月に、「専門医師の指導と関与のもとに、医薬部外品クロロフィル化粧料の適切
なる使用法および正しい取り扱いを調査・研究し、これを広く普及し、以て日本美
容文化の向上に資する」ことを目的として設立された社団であり、そのとき以来、
法人格を有しないものの、定款を定め、代表者として理事から互選される会長を置
き、「日本美容医学研究会」との名称で、皮膚と化粧料の研究及びその助成等の事
業を営み、美顔教室を運営し、美容等に関する出版物を発行するなどし、社団とし
て独自の社会活動を営んできていることが認められ、上記認定事実によれば、原告
が、権利能力なき社団、すなわち、商標法77条2項により準用される特許法6条
にいう、「法人でない社団であって、代表者又は管理人の定めがあるもの」に該当
することは明らかである。そうすると、原告は、本件の無効審判の請求についてあ
たかも法人格を有するのと同じように扱われるべきであるから、これに対し、法人
格を有しない団体であることのみを理由として、商標法4条1項8号により本件商
標を無効とする利益の享受を否定した審決の判断は、誤りであり、この誤りが審決
の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。審決は違法であって取消し
を免れない。
2 以上によれば、本訴請求は理由がある。そこで、これを認容して審決を取り消
すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適
用して、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
  裁判長裁判官山  下  和  明
       裁判官山  田  知  司
       裁判官宍  戸      充

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