弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役3年及び罰金30万円に処する。
原審における未決勾留日数中170日をその懲役刑に算入
する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円
を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人高橋宏作成の控訴趣意書及び同訂正申立
書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
1訴訟手続の法令違反の論旨について
論旨は,入国管理当局の退去強制処分を受けたA,B,C,D,E
及びFの捜査官に対する各供述調書につき,刑訴法321条1項2号
ないし3号に基づいて証拠能力を認めた原判決には,訴訟手続の法令
違反があるというのである。
そこで検討すると,Aほか5名の各供述調書につき,刑訴法321
条1項2号ないし3号に基づいて証拠能力を認めた原判断に誤りはな
い。以下,所論にかんがみ,若干説明する。なお,証拠の引用に際し
ては,謄本又は写しについてもその旨の記載は省略する。
()最高裁平成7年6月20日第三小法廷判決・刑集49巻6号1
741頁(以下「平成7年判例」という)は,外国人が入国管理当。
局の退去強制処分を受けたため,公判期日等において供述することが
できない場合において,その検察官調書を刑訴法321条1項2号に
基づいて証拠能力を認めることに関し,次のとおり判示している。
「同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に
退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなるこ
とを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもち
ろん,裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をして
いるにもかかわらず強制送還が行われた場合など,当該外国人の検察
官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠く
と認められるときは,これを事実認定の証拠とすることが許容されな
いこともあり得るといわなければならない」。
上記判示の趣旨は,供述者が国外にいるため,刑訴法321条1項
2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても,供述者の
退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて,国家
機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって,その
程度が著しく,これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の
理念に反することとなる場合には,その供述調書を証拠として許容す
べきではないという点にあるものと解される。
()Aの供述調書について2
本件においては,原審裁判所がAについて証人尋問の決定をしてい
たにもかかわらず,同女が退去強制により出国したため,証人尋問が
実現しなかったという事情があり,平成7年判例が上記箇所で例示す
る第二の場合が問題となる。そこで,以上のような手続的正義の観点
から,刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を担当した入国管
理当局の双方について,Aの証人尋問と退去強制をめぐる経緯をみて
おくこととする。
記録及び当審における事実取調べの結果によれば,以下の事実が認
められる。
①被告人は,6月4日(平成19年,以下同様,麻薬及び向精)
神薬取締法違反に係る本件被告事件で起訴された。その公訴事実にお
いては,Aが共犯者の一人として摘示されていたが,同女はその公訴
事実では起訴されなかった。
②Aは,適法な在留資格を有しない中国籍の外国人であり,1月
23日,出入国管理及び難民認定法違反被告事件について懲役2年6
月,執行猶予4年の判決を受け,その後,東京入国管理局横浜支局に
収容されたが,退去強制について異議の申出をするとともに,子の養
育等を理由として仮放免の申請をして,2月26日,いったん仮放免
となった。しかし,異議の申出について理由がない旨の裁決があった
ことから,5月22日,退去強制令書が発付されて再収容され,6月
8日以降は,茨城県牛久市久野町1766所在の東日本入国管理セン
ターに収容されていた。
③Aは,旅券を所持しておらず,かつ,中国に送還されることを
拒否していたため,東日本入国管理センターに収容された後も,退去
強制の手続には進展がなかった。同女が中国への送還を拒否していた
背景には,本邦内に子が滞在していることが関係していた。
④検察官は,7月中旬ころ,東日本入国管理センターに連絡をと
,,った際Aの退去強制に関する上記のような事情を把握するとともに
その退去強制に進展があればすぐに教えてほしい旨の申入れをした。
その時点では,Aは,積極的に旅券を申請する状況にはなく,退去強
制の時期は,依然として不明であった。
⑤検察官は,Aが東日本入国管理センターに収容されていたこと
から,平成7年判例を念頭に置いて,7月中旬ころ,原審裁判所と協
議し,その示唆に基づいて,直ちに弁護人に対し,もしAについて証
人尋問が必要であれば,速やかに証拠保全の手続を検討されたい旨の
連絡をした。これを受けて,弁護人は,被告人と協議したが,Aの供
述をその時点で保全することの当否について検討を要する点があった
ほか,同女が子の関係で直ちに国外に出る意向がないと判断されたこ
と等から,証拠保全の請求はしないこととされた。
⑥原審裁判所は,本件について,第1回公判期日を8月16日に
開いた。検察官から請求されたAの検察官調書(甲10)及び警察官
調書(甲8,9,11)について,弁護人から不同意の意見があった
のを受けて,検察官がAの証人尋問を請求したところ,これが採用さ
れ,10月11日水戸地裁土浦支部において所在尋問を行う旨決定さ
れた。証人尋問の場所が水戸地裁土浦支部になったのは,牛久市に近
い同支部であれば,東日本入国管理センターが証人喚問に対応してA
を押送することが可能とされていたからであった。また,証人尋問の
期日が10月11日になったのは,訴訟関係者が全1日の日程を確保
できる最も早い期日として一致したのが同日であったからであった。
なお,第2回公判期日は,9月3日午前に指定され,事件関係者の一
人であるGの証人尋問が行われているが,その日にGの証人尋問に代
えてAの所在尋問を実施することは,必要とされる全1日の日程を確
保できない訴訟関係者がいたため,不可能な実情にあった。
⑦検察官は,8月16日の第1回公判期日において,Aの水戸地
裁土浦支部における所在尋問が決まった際,即日,このことを東日本
入国管理センターに連絡した。
⑧Aの証人尋問については,9月11日,受命裁判官2名をして
行わせる旨の決定があり,9月12日,証人に対する召喚状が発送さ
れ,これが9月14日にAに送達された。
⑨他方,Aに対しては,この間,退去強制手続の進展があり,9
月12日に旅券が発給され,9月13日,東日本入国管理センターか
ら検察官に対し,Aが9月19日に退去強制として成田空港から中国
に向けて出国する予定である旨の連絡があった。検察官は,10月1
1日に予定されているAの所在尋問との関係上,退去強制の延期の可
否等を同センターに確認したが,旅券が発給されれば証人尋問の予定
があっても退去させるほかはない旨の回答であった。Aは,予定どお
り,9月19日に中国に向けて出国した。
⑩原審裁判所は,Aが出国したことを受けて,9月26日,所在
尋問を取り消し,その後,A証人については,請求が撤回され,採用
決定も取消しとなった。検察官は,Aの前記各供述調書を刑訴法32
1条1項2号(前段)ないし3号に基づいて取り調べるよう請求した
ところ,弁護人からは,特信性がない旨の意見があったが,原審裁判
,,。所は11月1日の第3回公判期日においてこれらを証拠採用した
以上のような事実関係に基づいて検討すると,本件は,Aの関係で
は,確かに,裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにも
かかわらず強制送還が行われた場合であるが,原審における裁判所及
び検察官は,それぞれの立場から,各時点における状況を踏まえて,
Aの証人尋問の実現に向けて相応の尽力をしてきたことが認められ
る。そうした尽力が実らなかったのは,(ア)訴訟関係者の間で証拠保
全としての証人尋問が検討の対象に上ったが,結果的には被告人側に
おいて証拠保全を請求しないことになったこと,(イ)所在尋問の日程
について,訴訟関係者の都合がなかなか合わなかったため,早期に期
日を設定することができなかったこと,さらには,(ウ)当初はAの出
国までに相当の日時を要するものと見込まれたが,退去強制手続が9
月中旬に急展開したこと等に起因するものと認められる。他方,入国
管理当局は,検察官の要請に基づき,Aの退去強制手続の実情を伝え
るとともに,その所在尋問についても,可能な限り協力するという態
勢を整えていたことが認められる。もとより,事後的にみれば,所在
尋問をより早期に実施すべきではなかったかなど,再検討を要する課
題もあろう。しかし,刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を
担当した入国管理当局の以上のような対応状況にかんがみると,本件
は,Aの退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについ
て,国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあっ
て,その程度が著しく,刑訴法321条1項2号ないし3号をそのま
ま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には,該
当しないというべきである。したがって,これらの規定に基づき,A
の前記各供述調書を証拠として採用した原審裁判所の決定は相当であ
り,そこに判例違反ないし訴訟手続の法令違反はない。
論旨は理由がない。
()B,C,D,E及びF(以下「Bほか4名」という)の各3。
供述調書について
Bほか4名は,いずれも本件起訴前に入国管理当局の退去強制処分
により出国しているため,平成7年判例が前記箇所で例示する第一の
場合が問題となるが,関係証拠によれば,以下の事実を認めることが
できる。
①平成18年10月2日朝,本件犯行現場であるダンス飲食店
「X(以下「本件飲食店」という)において,警察による捜索差」。
押えが実施された。
②被告人は,同月1日に本件飲食店に来ていたが,上記捜索差押
えの前に同店を離れていた。
③Bほか4名は,同年12月から平成19年3月までの間に,入
国管理当局の退去強制処分により出国した。
④被告人は,平成19年4月23日,別件である覚せい剤取締法
違反(譲渡)の被疑事実により逮捕され(同逮捕状の発付は同月12
日,勾留を経て同年5月14日に釈放されたが,同日,本件公訴事)
実と同一の被疑事実により逮捕され,勾留の上,前記のように,同年
6月4日に起訴された。
以上の事実に基づいて検討すると,確かに,Bほか4名は本件起訴
前に退去強制処分により出国しているが,関係証拠によれば,そのよ
うな事態に至ったのは,本件飲食店に対する捜索差押えの後,捜査官
において被告人の所在を容易に把握することができなかったこと,被
告人については,別件である覚せい剤取締法違反事件の嫌疑があり,
その捜査も行われたこと等の事情によるものであることが認められ,
検察官が本件について,あえて起訴の時期を遅らせたというような証
跡はない。そうしてみると,本件は,検察官において,Bほか4名が
いずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することがで
きなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用した場合に
は該当しないことが明らかである。したがって,刑訴法321条1項
2号(前段)ないし3号に基づき,Bほか4名(及びH)の捜査官に
対する各供述調書を証拠として採用した原審裁判所の決定に誤りはな
い。
論旨は理由がない。
2量刑不当の論旨について
論旨は,被告人は,Aと本件飲食店を共同経営していたが,積極的
に麻薬の販売を行っていたのはAであり,自らは消極的に関与してい
たに過ぎないのに,同飲食店の店長として麻薬の管理等を行い,犯行
の遂行上欠かすことのできない重要な役割を担っていた旨認定した原
判決には重要な情状に関する事実誤認がある上,被告人を懲役3年8
月及び罰金30万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるとい
うのである。
そこで,被告人の本件における役割について検討する。
()関係者の供述について1
①Bは,本件飲食店の従業員であり,本件の共犯者として原判示
第1ないし第5の麻薬譲渡の実行行為を行った者であるが,捜査官に
対する供述調書において,次のように供述している。すなわち「平,
成18年7月初めころ,被告人の面接を受けた後,本件飲食店の経営
者であるIから従業員として採用され,Iの指示により麻薬等の密売
に従事するようになった。Iは麻薬等の仕入れと売上金の管理を,同
店の店長である被告人は麻薬等の管理,小分け及び販売を,Iの彼女
であるAは麻薬等の小分けや販売を担当していた。常連客に対して麻
薬等の販売価格を値引きするときには,I,被告人あるいはAの承諾
が必要であった(甲1ないし6。。」)
②また,Aは,Iの交際相手で,本件の共犯者として麻薬等の密
売に関わっていた者であるが,捜査官に対する供述調書において,次
のように供述している。すなわち「麻薬等を密売していたのは社長,
のIであり,そして,Iの指示で店長の被告人,従業員のBや私も密
売していた。私は,恋人のIのために麻薬等を売っていたが,被告人
やBからも手伝ってほしいと頼まれていた。Iらが麻薬等をどこから
仕入れてくるのかを聞いたことはない。Iの方が被告人よりも上の立
場にあったが,Iが店に出ていないときは被告人が責任者であった。
店の捜索差押えが行われた平成18年10月2日,その直前に店を離
れた被告人から同日午前7時15分ころ電話があり,カウンターにあ
る封筒を破いてトイレに流すよう指示された(甲8ないし11。。」)
③そして,本件飲食店のDJをしていたC,同店の客であるD及
びFらも,捜査官に対する各供述調書において,被告人の本件飲食店
における地位や違法薬物の密売等について,BやAの供述に沿う供述
をしている。
④しかしながら,これらの関係者は,Aを除く全員が本件起訴前
の平成19年3月までに退去強制処分により出国しているため,被告
人側の反対尋問権が行使できなかったものであり,また,Aも,退去
強制処分により出国した時期は異なるものの,同様に被告人側が反対
尋問権を行使できなかったものであるから,これらの者の捜査官に対
する各供述調書の信用性については,慎重に吟味する必要がある。
これに加え,本件に深く関与し,その供述内容も具体的であるB及
びAについては,以下のような事情も認められる。すなわち,Bは,
退去強制処分により中国に帰国した後の平成20年3月26日付供述
書(当審弁3)において「Iは平成18年6月までに本件飲食店の,
経営から手を引いていた。同店の出資者がいったい何人いたかよく分
からないが,Aと被告人は出資者に間違いない。私は,Aから他のこ
とはしないで薬を売ればよいと指示され,薬を売っていた。薬を売っ
ていたのは専ら私だけであり,たまにAも売っていたが,Iと被告人
が同店で薬を売っているところを見たことはない。被告人は,接客や
クロークを担当していただけである」などと供述するとともに,捜。
査段階においてこれと異なる供述をした理由に関し「警察がIを主,
犯と考えており,当時母親の健康状態が芳しくなく,早く帰国したか
ったことなどから,警察の考えに沿って話をした」などと供述して。
いる。また,Aは,退去強制処分により出国する直前の平成19年9
月15日付供述書(当審弁1)において「Iが本件飲食店の経営者,
であったかどうか,被告人が店長であったかどうか分からない」と。
供述している。もとより,B及びAのこうした事後的供述は,被告人
をかばうために事実を脚色して述べている可能性も大きく,直ちに信
用し得るものではないが,いわゆる自己矛盾供述として,捜査段階の
各供述調書の信用性を一定の限度でそれぞれ減殺する効果を有するこ
とも否定できないところである。
さらに,B及びAを除く上記関係者の供述については,その供述者
が本件飲食店の従業員ではあっても直接麻薬等の密売に関与していな
かったり,単なる客であったりするため,BやAの各供述に比較し,
被告人の本件飲食店における地位や麻薬等の密売状況に関して,具体
性に欠けるところがある。
⑤次にGは,本件飲食店の客であり,本件の関係人の中で唯一原
審公判において証言したものであるところ,同女は,捜査官に対する
供述調書においては「被告人は,本件飲食店の店長という立場だっ,
た。被告人がカウンター内で,覚せい剤や麻薬を整理したり,売上金
を数えたり,ノートに書いたりしているのを何回も見た。また,被告
人が客に薬物を売っているところを4,5回見たことがある」など。
と供述していたが(甲14,原審公判においては「本件飲食店に),
おける被告人の立場は分からない。被告人がカウンター内で薬物の整
理をしたりしていたのを見たことはなく,薬物を客に売っているとこ
ろを見たこともない」などと証言するとともに,捜査段階の供述に。
ついては「調書を早く終わらせたいという気持ちが強く,知らない,
ことを知らないと言っていると,調べが長くなるので,いい加減な供
述をしてしまった」などと証言している。。
Gの原審公判における証言内容は,甚だ曖昧であることは否めず,
直ちにこれを信用し得るものではないが,捜査段階の供述調書の信用
性を一定の限度で減殺する効果を有することも否定できないところで
ある。
()被告人の供述について2
①被告人は,原審においては,自らは本件飲食店の客に過ぎず,
本件起訴にかかる麻薬の譲渡については知らないなどと供述し,本件
への関与を全面的に否定していた。しかし,当審においては,おおむ
ね以下のとおり供述している。
すなわち,平成18年6月ころ,被告人とAが150万円ずつ出し
合い,この店の権利をIから譲り受け,共同経営者となった。その後
の同年7月ころ,Jという客の示唆を受けてAが店で薬物を取り扱う
ことに乗り気となり,同女に押し切られる形で,店に薬物を置くこと
になった。薬物はBとAが売っており,自分が売ったことはないが,
店の利益は,薬物の売上げも含め,Aと自分が半分ずつ分けていた。
平成18年10月2日の捜索差押えの直後に自分からAに電話をかけ
たことはない。これまでは,店長ではないのに店長だと決め付けられ
たことに反発したことなどから,正直に真実を話すことができず,全
面否認をしていたが,店の共同経営者として薬物の売買を容認してい
たことは事実なので,その責任は認める。
被告人は,当審において,以上のように供述している。
②被告人の当審における供述は,捜索差押えの直後にAに電話を
かけたことがないとの点については,捜査報告書(甲57)の通話記
録の内容に反しており,信用し難いが,その余の内容は,原審におい
て本件への関与を全面的に否定していた理由,当審において本件飲食
店の共同経営者として本件に関与していたことを供述するに至った事
情などを含め,一応の合理性が認められる。
()被告人の役割について3
本件における被告人の役割については,原判決が指摘するとおり,
本件飲食店の店長として薬物の管理等を行うなど犯行の遂行上欠かす
ことのできない重要な役割を担っていたとの疑いも,容易に払拭し難
いところがある。しかしながら,そうした疑いの根拠となる証拠は,
前記()で摘示した関係者の捜査段階における各供述調書であるとこ1
ろ,B,C,D,E,Fの5名は,被告人が別件の覚せい剤取締法違
反の被疑事実で逮捕された当時,いずれも退去強制処分により出国し
ていた。また,Aについては,証人尋問の手続が進められたが,前記
1()のような経緯により,証人尋問を実施する前に退去強制処分に2
より出国することとなった。これらの者については,反対尋問の機会
がなかったものである。その捜査段階における各供述調書が刑訴法3
21条1項2号ないし3号により証拠能力を有することは,前記のと
おりであり,また,これらの供述調書の内容が詳細かつ具体的で迫真
性を有することも認められるが,証人尋問による吟味を経由していな
,,いことにかんがみるとその内容をそのまま信用することについては
慎重にならざるを得ない。本件においては,共犯者とされるIが早期
に中国へ帰国しており,本件飲食店の経営実態を知る重要人物と目さ
れる同人の供述が全く得られていないという事情もある。Gについて
は,原審公判で証人尋問が行われているが,同人の捜査段階の供述の
みに依拠して被告人の役割を断定するのは,いかにも心許ない点が残
るものといわざるを得ない。また,Aは,捜査段階における検察官調
書(甲10)及び先の供述書(当審弁1)を通じ,被告人が客に違法
薬物を売っているところを見たことは一度もない旨供述しているとこ
ろである。他方,被告人の供述をみると,本件犯行への関与を全面的
に否定する原審までの供述は,関係証拠に照らして信用し難いが,本
件への関与を一定の限度で認める当審での供述については,前記のと
おり,一応の合理性を認めることができる。
以上のような証拠関係を総合すると,本件における被告人の役割に
ついては,被告人の当審における供述内容の限度で,これを認めるの
が相当である。
()被告人の刑事責任について4
本件は,被告人が他の者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,
平成18年10月1日から同月2日にかけて,横浜市内のダンス飲食
店「X」店内において,5名の客に対し,それぞれMDMAの錠剤1
錠又は2錠を代金2000円から6000円で譲り渡したという事案
である。その犯罪事実については,原判決の認定はおおむね相当であ
るが,被告人が本件で果たした役割を以上のように認定すると,被告
人が店長として薬物の管理等を行い,犯行遂行上欠かすことのできな
い重要な役割を担っていたとの量刑事情に関する原認定は,維持し難
い。被告人は,本件飲食店の共同経営者として,同店で麻薬を扱うこ
とを容認し,麻薬の譲渡による売上げの半分を取得していたものであ
るが,自らは麻薬の管理や譲渡に直接関与したとは認められないとい
う事情に照らすと,これと異なる前提の下でなされた原判決の量刑は
,。重過ぎて不当でありその懲役刑の刑期は若干減ずるのが相当である
論旨は理由がある。
よって,刑訴法397条1項により原判決を破棄し,同法400条
ただし書に従い,当裁判所において,更に判決する。
原判決が認定した犯罪事実については,証拠の標目中判示事実全部
の項に被告人の当審公判廷における供述を加えた上,共謀に関する点
を「被告人は,Aらと共謀の上」と訂正するほか,原判決と同一の事
実を認定し,これに原判決と同じ法条を適用し,上記諸事情のほか,
現在では被告人が本件に関与したことを反省していることを考慮し,
その刑期及び罰金額の範囲内で被告人を懲役3年及び罰金30万円に
処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中170日を
その懲役刑に算入し,その罰金を完納することができないときは,同
法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に
留置し,原審及び当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし
書を適用して被告人に負担させないこととする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官永井敏雄裁判官矢数昌雄裁判官兒島光夫)

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