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平成24年10月15日判決言渡
平成24年(行ケ)第10040号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年10月1日
判決
原告エボニックレームゲゼルシャフト
ミットベシュレンクテルハフツング
訴訟代理人弁護士木村育代
松永章吾
原澤敦美
弁理士来間清志
住吉秀一
篠良一
宮城康史
被告特許庁長官
指定代理人大島祥吾
松浦新司
田口昌浩
中島庸子
田村正明
主文
特許庁が不服2009-10855号事件について平成23年9月20
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
本件は,特許出願の拒絶審決の取消訴訟である。争点は,明確性及び手続違背の
有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,1997年(平成9年)12月5日,1998年(平成10年)3月2
5日の優先権(いずれもドイツ連邦共和国)を主張して,平成10年12月2日,
名称を「フィルムインサート成形方法において取り扱い可能な,両面高光沢の,ゲ
ル体不含の,表面硬化したPMMAフィルムの製造方法」とする発明について国際
特許出願(PCT/EP98/07749,日本における出願番号は特願2000
-524350号)をし,平成12年6月5日日本国特許庁に翻訳文(甲2)を提
出し(国内公表公報は特表2001‐525277号公報,甲1),平成20年6月
3日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする補正をしたが(請求項の数11,甲
7),拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした(不服2009-
10855号)。
その中で原告は平成21年6月9日付けで特許請求の範囲等の変更の補正(甲1
1)をしたが,特許庁は,平成23年9月20日,この補正を却下した上,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日附加),その謄
本は平成23年10月4日原告に送達された。
2本願発明の要旨
(平成20年6月3日付け補正後の請求項。原告は平成21年6月9日付け補正却
下の結論については争っていない。)
【請求項1】
「つや出し機がロールギャップ内の1500N/m以下の型締圧力のために構成
されていることを特徴とする,つや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ
範囲の熱可塑性プラスチックからなる両面光沢フィルムを製造する方法。」
【請求項2】
「最適な熱成形のためのプラスチックの温度範囲が少なくとも15Kであること
を特徴とする,請求項1記載のつや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ
範囲の熱可塑性プラスチックからなる両面光沢フィルムを製造する方法。」
【請求項3】
「凍結温度と最適な熱成形温度範囲の間の温度差が最高50Kであることを特徴
とする,請求項1記載のつや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ範囲の
熱可塑性プラスチックからなる両面高光沢フィルムを製造する方法。」
【請求項4】
「熱可塑性プラスチックがポリメチルメタクリレート又はポリカーボネートであ
ることを特徴とする,つや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ範囲の熱
可塑性プラスチックからなる両面高光沢フィルムを製造する方法。」
【請求項5】
「ロール(110)が反らされていることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項6】
「請求項1から5までのいずれか1項記載の方法に基づき製造されたフィルムの,
射出成形された成形品のための装飾フィルムとしての使用。」
【請求項7】
「請求項1から5までのいずれか1項記載の方法に基づき製造されたフィルムで
装飾されていることを特徴とする,射出成形された熱可塑性成形材料からなる対象
物。」
【請求項8】
「熱可塑性成形材料が透明な成形材料であることを特徴とする請求項7記載の対
象物。」
【請求項9】
「請求項1から5までのいずれか1項記載に基づき製造されたフィルムを射出成
形された成形品のための装飾フィルムとして使用する前に熱可塑性支持材料と積層
することを特徴とする請求項6から8までのいずれか1項記載の対象物。」
【請求項10】
「請求項1から5までのいずれか1項記載の製造方法に基づき製造されたフィル
ムの,押出成形された成形品のための装飾フィルムとしての使用。」
【請求項11】
「請求項1から5までのいずれか1項記載の製造方法に基づき製造されたフィル
ムの,押出成形され再変形される成形品のための装飾フィルムとしての使用。」
3審決の理由の要点(補正却下の判断は省略)
【請求項5】(判決注:審決は【請求項6】としているが,誤記である。)におけ
る「ロールが反らされている」との記載は,どのような形状を意味しているか分か
らず,明確ではない。したがって,本件出願に係る特許請求の範囲の記載は,特許
法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(明確性の判断の誤り)
審決のいうとおり,確かに特許請求の範囲の記載のみからはロールがどのように
反らされているかは不明であるが,発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,「反り」
がどのような形状をいうのかは,明確に把握することができる。
(1)本願発明の特徴
本願発明は,0.3mm(300μm)以下の厚さを有するフィルム,特にPM
MAフィルムを製造する場合において,良好な物性を実現するために,従来技術と
比較して高い型締め圧力をロールギャップ内に発生させることを特徴的な構成とし
ている。
(2)ロールの形状
ロールはプラスチックの成形に慣用に使用される部材であって,通常,略円柱状
の形状を有する。
(3)ロールの「反り」の方向
本願明細書の発明の段落【0037】,【0039】,【0069】の記載から,発
明の詳細な説明に記載されるつや出し機に用いられるロールは,以下の条件を満た
すものであることが特定される。
・所定のロールギャップを形成可能に配置されたものであること。すなわち,
2個のロール(ロール対)を構成する少なくとも1個のロールであること。
・反りを有していることにより,フィルムの全幅にわたり均一な厚さ分布を実
現するものであること。
本願発明により製造されるフィルムは,ロール対の間をフィルムの材料たる溶融
物が通過し,その際,高い型締め圧力を加えることにより成形される。上記のとお
り,ロールはロール対の少なくとも1個であって,ロールの反りはフィルムの全幅
にわたり均一な厚さ分布のために必要であることから,ロールの反りは,ロールの
長さ方向に持たせるものであると解釈するのが自然である。
(4)ロールの反りの形状
ア明細書記載の文献の内容
本願明細書【0040】には,反りに関する参考文献として,「Hensen,Knappe,
Patente,Kunststoff-ExtrusionstechnikII」(Hanser-Verlag,1986)が掲載されている。
当該文献の内容に基づいて,当業者であれば,「反り」を有するロールが,ロールの
長さ方向に凸面に成形されたロールであることが明確に把握できる。
(ア)文献に用いられている用語
「反り」のドイツ語に対応する「bombage」「bombieren」(動詞,なお,bombiert
はその活用形であり同じ単語である。)の名詞形であるところ,「bombage」,
「bombieren」という用語は英語の「convex」と同義語として,当業界において周知
であり,かつ慣用的に使用されている。そして,「convex」には,「凸状の」,「凸面
の」という意味がある。よって,当業者であれば,当該文献に用いられている用語
の本質的な意味内容に基づいて,「反り」が,凸面の形状をいうことを明確に把握す
ることができる。
(イ)文献に記載された定義
上記文献には,反りに関し,「ロールの反り,すなわちロールの縁部から中央に向
かっての放物線状の直径増加」という記載がある(甲18)。かかる記載を文言どお
りに解釈すれば,ロールの縁部(両端)から中央に向かって放物線状に直径が増加
していること,すなわち反りを有するロールとは下図に示されるロールであるとい
える。
イ本願発明の特徴的構成から想定されるロールの形状
本願明細書の段落【0069】の記載から,型締め圧力は,ロールの軸受を介し
て溶融物にもたらされるものであることがわかる。とすれば,本願発明のような高
い型締め圧力がかけられる場合,ロールの軸受を介してもたらされる型締め圧力及
び溶融物によってロールギャップに惹起される圧力(反力)により,ロールの湾曲
(たわみ)が生じることが当然に予測される。そして,このような場合に,ロール
の中心が凸面に成形された形状を有するロールを用いれば,ロールの変形によりロ
ールギャップの形状が線状となる(下図参照)。これにより,フィルムに対してその
全幅にわたって均一な線圧をかけることができ,その結果,フィルムの均一な厚さ
分布を実現できることがわかる。
一方で,ロールが上記の様な形状を有しておらず,通常の円柱状の形状を有して
いる場合,即ちロールの縁部から中心までの直径が同一の形状の場合には,ロール
の変形が生じるとロールギャップ内の形状は線状とはならず(下図参照),フィルム
の全幅に亘る均一な厚さ分布が実現できない。当然のことながら,縁部から中心ま
での直径が減少している形状のロール,すなわち,長さ方向が凹面に成形された形
状のロールの場合はなおさらである。
なお,ロールの湾曲を補償するためにロールの反りという技術的手段がとられる
ことは,前記文献にも言及されている。
ウ上記ア,イから読み取れるロールの「反り」
本願発明にかかる技術常識を有する当業者は,前記文献の内容及び明細書の記載
を総合的に考慮することにより,本願発明にかかるロールの「反り」とは,長さ方
向が凸面に形成された形状,すなわちロールの直径が中心に向かって増大すること
であると明確に特定することができる。
エ「反り」の定義に誤りがあること
本願明細書の詳細な説明の記載全体から読み取れるロールの「反り」の形状と,
「反り」の定義である「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」(段落【00
40】。却下された補正より前のもの)に従ったロールの形状は矛盾することになる。
この定義に従ったロールの形状は,ロールの長さ方向が凹面に成形された形状を指
すことになるからである。
しかし,前記のとおり,発明の詳細な説明の記載,文献の内容を始めとする当業
者の技術常識からすれば,本願発明にかかる「反り」は「ロール縁部から中心に向
かってロールの直径が放物線状に増大すること」であり,当該「反り」を持つロー
ルは,ロールの長さ方向が凸面形状に成形されたロールであることは明らかである。
特に,本願発明において,ロールの反りは,ロールに型締め圧力をかけたときに,
フィルムに対してその全幅にわたって均一な線圧をかけてフィルムの均一な厚さ分
布を実現する機能を果たすことに鑑みると,ロールの長さ方向が凹面に成形された
形状では当該機能を全く果たせないことは技術的に明らかであるから,本願発明に
かかる技術常識を有する当業者が,本願明細書の段落【0040】の「反り」を「中
央に対するロール縁部の放物線状直径増大」という定義のみに引きずられて,ロー
ルの長さ方向が凹面に成形されることと考えるとは到底考えられない。
原告は,補正手続の一体性に鑑みて,審決がした補正却下の結論自体は争わない。
しかし,却下された補正は,段落【0040】の上記定義を「ロール縁部から中心
に向かっての放物線状の直径増大」と補正する事項を含むところ,「反り」の定義を
本願発明の詳細な説明の記載から読み取れる「反り」の形状に合わせて訂正するも
のであって,新たな技術的事項の導入ではなく,したがって,この補正事項が新た
な技術的事項を導入するものとした審決の判断部分については誤りであると考える。
(5)小括
本願明細書【0040】に挙げられた文献の内容を始めとする技術常識及び本願
発明にかかる詳細な説明の記載から,当業者はロールの「反り」がいかなる形状か
を明確に把握することができる。したがって,「ロールが反らされている」との文言
が,明確性を有することは明らかである。よって,請求項5(出願当初翻訳文の請
求項6)における「ロールが反らされている。」との記載について,これをどのよう
な形状を意味しているのか分からず明確でない,とした審決の判断は誤りである。
2取消事由2(手続上の瑕疵)
原告は,平成23年7月8日付で提出した回答書において,本願発明の記載不備
を解消することを目的とした補正案を添付した上で,被告に対して面接による釈明
の機会を与えるよう要請した(甲13)。それにもかかわらず,審判体は,一切の面
接の機会を与えることなく審決をした。
特許庁が公表している面接ガイドライン【審判編】によると,代理人等から面接
を要請された場合,例外的な場合を除き,審理期間中,少なくとも一度は面接を行
うこととされている(甲19,4頁1.2(1)(c))。したがって,請求人又は代理人
等は,例外的な場合を除き,少なくとも一度は面接を受ける機会を保証されている
ものといえる。よって,それにもかかわらず,面接の機会が与えられないことで,
出願人の利益が著しく侵害される場合には,審決を取り消すべき違法事由となるも
のである。
本件において,「ロールが反らされている」に関する技術的な説明は,簡単な釈明
で説明可能であり,面接における説明によって,十分解消可能であったものである。
また,本件は,特許庁の面接ガイドライン【審判編】5.に記載されている面接等
の要請に応じることができない事例のいずれにも該当しない。
原告は,少なくとも一度は行うことが保証されている面接を拒絶されたことによ
って,本件における拒絶理由を解消する機会を失った。このような手続上の瑕疵に
より,原告の利益は著しく侵害されたものであるから,審決は違法として取り消さ
れるべきである。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)「本願発明の特徴」につき
「良好な物性を実現するために従来技術と比較して高い型締め圧力をロールギャ
ップ内に発生させること」は,本願明細書の特許請求の範囲には記載されていない
事項であるから,本願発明の特徴的な構成であるとは認められない。
(2)「ロールの形状」につき
「ロールの形状」に関する原告の主張は,争わない。
(3)「ロールの『反り』の方向」につき
本願明細書の段落【0036】には,「本発明によるフィルムの製造は,特殊な型
締装置及び特殊に反らされ,鏡面高光沢研磨され,かつロールギャップ内で本発明
によるフィルムの成形が実施されるスチールロール対を使用して,つや出し技術を
基礎とする特殊な成形法で行う。」との記載があり,当該「反らされ」ているとの事
項が,一般的な形状ではなく特殊なものであることが強調されており,それに続く
段落【0040】に,わざわざ「”反り”の定義」として,「中心に対するロール縁
部の放物線状直径増大」という定義が記載されている。そして,その他の本願明細
書の記載をみても,具体的にどのように反らされているかを明示する記載は一切存
在していない。してみると,「本発明によるフィルムの製造は,特殊な型締装置及び
特殊に反らされ,・・・特殊な成形法で行う。」(段落【0036】)とされている以
上,通常の技術常識をもって「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」とい
う定義を解釈することはできないし,審決のいうとおり「中心とはロールのどの分
部(被告注:「分部」は「部分」の誤記。)をいうのかわからないし,『ロール縁部の
放物線状直径増大』の意味も明確でないことから,『中心に対するロール縁部の放物
線状直径増大』により定義される『反り』がどのような形状をいうのか明確には把
握できない。」(10頁2~6行)といわざるを得ない。
したがって,「ロールの反りは,ロールの長さ方向に持たせるものであると解釈す
るのが自然である。」との原告の主張は誤りである。
(4)「ロールの反りの形状」につき
ア「明細書記載の文献の内容」につき
(ア)特許請求の範囲の文言が一義的に明確とはいえない場合には明細書
の記載を参酌することが必要であるとしても,本願明細書には,「文献:Hensen,
Knappe,Patente,Kunststoff-ExtrusionstechnikII,Hanser-Verlag,1986」(段落【004
0】)と記載されているだけで,当該文献にどのような技術事項が記載されているの
かについては全く記載も示唆もされていないので,当該文献の記載事項に基づいて,
特許請求の範囲における「ロールが反らされていること」の意義を解釈することは
できない。
(イ)当該文献の記載事項に基づいて特許請求の範囲における「ロールが反
らされていること」の意義を解釈することができるとしても,当該文献から「ロー
ルが反らされていること」の意義を解釈することはできない。
前記のとおり,「本発明によるフィルムの製造は,特殊な型締装置及び特殊に反ら
され,・・・特殊な成形法で行う。」(段落【0036】)とされている以上,通常の
技術常識をもって「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」という定義を解
釈することはできない。しかも,審決のとおり,「中心とはロールのどの分部をいう
のかわからないし,『ロール縁部の放物線状直径増大』の意味も明確でない」のであ
るから,「『中心に対するロール縁部の放物線状直径増大』により定義される『反り』
がどのような形状をいうのか明確には把握できない。」(10頁2行~6行)といわ
ざるを得ない。
(ウ)原告が本願明細書の段落【0040】に記載された「Hensen,Knappe,
Patente,Kunststoff-ExtrusionstechnikII,Hanser-Verlag,1986」であるとして提示し
ている甲18の1は,「HandbuchderKunststoff-ExtrusionstechnikIIE
xtrusionsanlagen」であって,本願明細書の段落【0040】に記載の文献名とは異
なっている。
仮にローマ数字「II」に続く「Extrusionsanlagen」は副題であって,本の表題
に含める必要のないものであるとしても,「Handbuchder」がなく,表題が異なっ
ている。
また,本願明細書の段落【0040】における「Hensen,Knappe,Patente,」が3人
の著者としても,甲18の1の著者は,「Prof.Dr.F.HensenProf.Dr.W.Knappeund
Prof.Dr.H.Potente」であって,3人目の著者が「Patente」と「Potente」で異なって
いる。
そうすると,本願明細書の段落【0040】の「Hensen,Knappe,Patente,
Kunststoff-ExtrusionstechnikII,Hanser-Verlag,1986」の記載から,本件出願時に当業
者が当該文献を甲18の1であると特定することは不可能である。
しかも,本願明細書の段落【0040】に記載の文献が甲18の1として提示さ
れている文献名の本であるとしても,本願明細書の段落【0040】には,その文
献名のみが記載されているのであり,引用頁について記載がない上に,原告が提示
している甲18の1は,当該文献名の本の195頁のみであるところ,当該文献名
の本は,少なくとも195頁以上もの膨大な頁数を有していることは明らかであっ
て,しかも他の頁にどのような内容が記載されているのか不明であるから,甲18
の1の195頁に記載されている内容が,本願明細書の段落【0040】における
「反り」についての定義であると当業者が理解することは不可能である。そして,
甲18の1として原告が提示している195頁の記載が,本願明細書の段落【00
40】における「反り」の定義を示す部分であると当業者であれば当然に考えると
解すべき技術的根拠も見いだせない。
そうすると,甲18の1の195頁の記載部分が「反り」の定義を示すものであ
ることに基づく原告の主張は,その根拠を欠き,失当である。
(エ)そもそも,「bombage」なる文言は本願明細書に記載されていないので
あるから,かかる文言に基いて,本願明細書における「反り」が凸面の形状を言う
ことを明確に把握することができると結論づけることはできない。
また,技術独英辞典である甲15には「bombiert-curved,cambered,convex」と記
載されており,「bombiert」は必ずしも「convex」を意味するものではなく,基本的
には単に「curved」(湾曲した)を意味するものともいえるのであるから,この点か
らも,「反り」が凸面の形状を言うことを明確に把握することができると結論づける
ことはできない。
そうすると,甲18の1に記載された単語である「bombage」に基づく原告の主
張も,本願明細書の記載に基づくものではなく,その根拠を欠き,失当である。
イ「本願発明の特徴的構成から想定されるロールの形状」につき
原告は,本願明細書の段落【0069】の記載を根拠に,本願発明のような高い
型締め圧力がかけられる場合,ロールの軸受を介してもたらされる型締め圧力及び
溶融物によってロールギャップに惹起される圧力(反力)により,ロールの湾曲(た
わみ)が生じることが当然に予測されると主張しているが,当該実施例の記載箇所
である段落【0068】及び【0069】を含め,本願明細書には,ロールに湾曲
(たわみ)が生じることに関する言及は一切ないし,当該事項が予測されることを
確認することができる証拠もない。
また,原告は,ロールの中心が凸面に成形された形状を有するロールを用いれば,
ロールの変形によりロールギャップの形状が線状となり,フィルムに対してその全
幅にわたって均一な線圧をかけることができ,その結果,フィルムの均一な厚さ分
布を実現できることがわかると主張するが,2つの「ロールの一方又は両者は反っ
て・・・いる」(段落【0039】及び【0069】参照)ところ,本願明細書の段
落【0068】に記載のフィルムは,押出機により製造された樹脂は高温で柔らか
い溶融物であって,厚みはわずかに0.125mmにすぎないものである(段落【0
069】参照)から,ロールの一方をロールの中心が凸面に成形された形状を有す
るロールを用いた場合,下図のような状況となるのが通常であり,フィルムの中央
部分が薄く端部が厚くなって,その全幅にわたって「均一な厚さ分布」(段落【00
39】)を実現できなくなる。
さらに,実施例のロールは,押出機により製造された溶融物(当然に高温である。)
を押圧するものであることから,押し出された高温の溶融物と接触するロールの押
圧部分は高温となり,フィルムの接触していない縁部に比べてフィルムの接触する
ロールの押圧部分がより熱膨張することとなるはずである。そうすると,原告が主
張するように「ロールの縁部(両端)から中央に向かって放物線状に直径が増加し
ている」形状であるとすると,冷えているロールの縁部(両端)より,ロールの中
央部分がより熱膨張するために「反り」が増大し,ロールの形状は以下のような形
状となることが予想され,所期の「均一な厚さ分布」(段落【0039】)のフィル
ムが得られなくなることは明らかである。
してみると,原告の主張とは逆に,「ロールの中央部からロールの縁部(両端)に
向かって放物線状に直径が増加している」ような,ロールの中央部分がわずかに凹
状に形成されたロールを用いることにより,均一な厚さ分布のフィルムが実現でき
ることとなると解すべきである。
加えて,本願明細書の段落【0069】に記載の「反らされている」ロールとし
て,通常の円柱状のロールの一方が曲げられた以下の図面のようなロールが想定可
能である。
そうすると,本願発明が,「特殊な型締装置及び特殊に反らされ,・・・特殊な成
形法で行う。」(段落【0036】)ものであることをも考慮すると,本願明細書の段
落【0069】の記載から,反らされているロールの形状が「長さ方向が凸面に形
成された形状,即ちロールの直径が中心に向かって増大すること」であるとはいえ
ない。
なお,甲18の1は,その前後の内容について不明であるから,記載内容につい
て具体的に検討することができず,また,本願明細書の段落【0069】に記載の
実施例との関係も不明であるから,原告の主張の根拠とはなり得ない。
ウ「『反り』の定義に誤りがあること」につき
前記のとおり,「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」という定義を解釈
することはできないので,審決のとおり,「中心とはロールのどの分部をいうのかわ
からないし,『ロール縁部の放物線状直径増大』の意味も明確でないことから,『中
心に対するロール縁部の放物線状直径増大』により定義される『反り』がどのよう
な形状をいうのか明確には把握できない。」(10頁2行~6行)といわざるを得な
い。
また,本願明細書の「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」(段落【00
40】)において,「中心」がロールの長さ方向の中央を意味し,全体として,「中心
からロール縁部(端部)に向かって放物線状にロール直径が増大すること」と解釈
できるとしても,原告の平成20年6月3日付け意見書(甲6)における「請求項
6(新しい請求項5)の『ロールが反らされている』,ドイツ語で『Walzebombiertist.』
とは,『ロールの縁が丸くなっている』ことを意味します」との主張,及び審判請求
書(甲11)における「請求項5(新しい請求項1)の『ロールが反らされている』
という意味は,実際には,放物線状のロールがロール縁部からロール中心部に向か
って放物線上の直径が増大していることを意味します」との主張とが矛盾すること
となり,結局,「反り」がどのような形状をいうのか明確には把握できないものであ
る。
2取消事由2(手続上の瑕疵)について
(1)拒絶査定不服審判は,書面審理により行われるものである(特許法145
条2項)ところ,審判手続において,審判合議体と請求人側との密な意思疎通を図
り,それにより審理の促進に役立てるために面接が実務上行われているとしても(ガ
イドライン1.1(甲19)参照),それは,特許法上規定された手続ではなく,請
求人に対するいわゆる行政サービスの性質を持つものである。そうすると,拒絶査
定不服審判の審理に際して面接を行うか否かは,個々の事案において審判合議体の
裁量に属する事項であり,特段の事情のない限り,面接を行わなかったことが審判
手続上の違法となるものではないところ(知財高裁平成22年(行ケ)第10263
号判決参照),本件においては,以下のとおり,特段の事情はない。
原告は,平成23年4月14日付け審尋に対する平成23年7月8日提出の回答
書(甲13)において,以下の補正案を提示するとともに,補正する機会及び口頭
の釈明の機会を要請した。
「[補正案]
【請求項1】つや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ範囲の熱可塑性
プラスチックからなる両面光沢フィルムを製造する方法において,
熱可塑性プラスチックの溶融物を,つや出し機内の2つのロールの間に形成され,
かつ,型締め圧力がかけられたロールギャップに供給し,該型締め圧力により,溶
融物により惹起される圧力によるロールギャップの開きが阻止されることを特徴と
する方法。」
上記補正案は,特許請求の範囲の内容を補正前の特許請求の範囲の内容から大き
く変更するものであった。具体的には,方法の発明において,補正前の特許請求の
範囲に存在した「ロールが反らされている」との事項を削除するとともに,まった
く存在していなかった「該型締め圧力により,溶融物により惹起される圧力による
ロールギャップの開きが阻止される」点をあらたに追加していることから,補正案
について進歩性及び新規性の判断を,これまでの審査経緯を踏まえて直ちには行う
ことができないものとなっており,当該補正案の補正を行ったとしても,特許法1
7条の2第4項に違反することとなる不適法なものである。そうすると,当該補正
案に基いても,本件審判請求が直ちに成立することにならないことは明らかである。
出願人が明細書の記載不備に関して補正によりその不備を解消するための手続に
ついては,特許法17条の2に規定されており,本件出願については,以下の(a)
~(c)の期間に,原文に基いて適正な誤訳の訂正を行う機会があった。
(a)拒絶理由通知を受ける前(特許法17条の2第1項柱書)
(b)拒絶理由通知を受けた後の指定された期間内(同項1号)
(c)拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日
以内(同項4号)
そして,その機会に補正(誤訳の訂正)を行うかどうかは,出願人(原告)の自
由な判断に委ねられたものである。そうすると,本件出願について度重なる補正(誤
訳の訂正)の機会があり,拒絶理由通知書及び拒絶査定において「反り」の意味に
ついて不備を指摘され,再三自らその不備を正すことができたにもかかわらず,適
切な補正(誤訳の訂正)を行わなかったのであるから,審決に際して改めて補正(又
は,誤訳の訂正)を行う機会を与えなかったことをもって直ちに手続上の瑕疵が存
することにはならない。
(2)審査・審判の経緯
平成19年12月25日付け拒絶理由通知書(甲5)において,審査官は本願発
明(請求項6)の「反らされている」に関し,「ロールが反らされている」とは,ど
の方向に反っているのか不明であり,特許法36条6項2号に規定する要件を満た
していないとの指摘をした。
この指摘に対し,原告は,請求項の該当箇所については補正することなく(甲7
参照),平成20年6月3日付け意見書(甲6)において,「請求項6(新しい請求
項5)の『ロールが反らされている』,ドイツ語で『Walzebombiertist.』とは,『ロ
ールの縁が丸くなっている』ことを意味します。」と回答した。
平成21年3月6日付け拒絶査定(甲8)において,審査官は,本願発明6の「反
らされている」に関して,「請求項6の『ロールが反らされている』の意味が不明で
ある。意見書では『ロールの縁が丸くなっている』としているが,日本語で『反ら
されている』と『縁が丸くなっている』とは全く別の意味である。」との指摘をした。
この指摘に対して,原告は,審判請求後の指定期間内になされた平成21年7月
9日付け手続補正書(甲11)において,「ロール(110)が反らされている」を
「ロール(110)の縁が丸くなっている」と補正するとともに,発明の詳細な説
明につき,「“反り”の定義中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」を「“反
り”の定義ロール縁部から中心に向かっての放物線上直径の増大」と補正し,平
成21年7月9日付け手続補正書(甲10)により補正された審判請求書において,
「請求項5(新しい請求項1)の『ロールが反らされている』という意味は,実際
には,放物線状のロールがロール縁部からロール中心部に向かって放物線上の直径
が増大していることを意味します。」と主張している。なお,前記審判請求書におい
て,前記補正の根拠については全く言及されていない。
平成23年4月14日付け審尋(甲12)において,審判長は,平成21年8月
18日付け前置報告の下記の内容を原告に通知した。
「(1)新規事項について
(1-1)請求項1の『ロール(110)の縁が丸くなっている』は外国語書面の
翻訳文(以下『翻訳文』)に記載した事項ではない。
『ロール(110)の縁が丸くなっている』については文言上翻訳文には記載さ
れていない。
そして,関連すると考えられる記載として,補正前の請求項5では『ロール(1
10)が反らされている』とあり,また,【0039】,【0040】にも『反り』に
ついて記載されている。
しかし,これらの『反り』と『縁が丸い』とは明らかに異なる意味であり,しか
も,『反り』は【0039】にあるようにフィルムの全幅にわたり均一な厚さ分布を
与えるための形状として記載されていたのに対し,『ロール(110)の縁が丸くな
っている』には,ロールの縁部のみが丸くなっているようなものも含まれ,そのよ
うなものは,フィルムの全幅にわたり均一な厚さ分布を与えるという機能を果たさ
ないことは明らかであるから,『ロール(110)の縁が丸くなっている』は『ロー
ル(110)が反らされている』に含まれない範囲を含むものといえる。」
上記の指摘に対して,原告は,平成23年7月8日付け回答書(甲13)におい
て,原告主張のとおりの補正案を提示すると共に,補正する機会及び口頭の釈明の
機会を要請した。
以上の審査・審判経緯からみるに,本願発明5の「反らされている」に関して,
本願発明にかかる「反り」は「ロール縁部から中心に向かってロールの直径が放物
線状に増大すること」であり,当該「反り」を持つロールは,ロールの長さ方向が
凸面形状に成形されたロールであるとの主張が正しいとしても,原告は,平成19
年12月25日付け拒絶理由通知書(甲5)における「『ロールが反らされている』
とはどの方向に反っているか不明である」との拒絶理由の対応時,及び,平成21
年3月6日付け拒絶査定(甲8)において「『ロールが反らされている』の意味が不
明である」との指摘を受けた後の審判請求時において,当初翻訳文における“反り
の定義”について,原文に基づいて誤訳訂正書を提出することで不備を解消する機
会が2度にわたり存在していたにもかかわらず,原告はこれを行わず,適切な対応
を怠った。
さらに,審判長からの平成23年4月14日付け審尋において,「請求項1の『ロ
ール(110)の縁が丸くなっている』は外国語書面の翻訳文(以下『翻訳文』)に
記載した事項ではない。」との指摘を受けているのであるから,当該指摘事項につき
誤訳訂正書を提出し,原文に基いて補正を行うことで治癒可能であることを理解で
きたはずであるが,当該審尋に対する回答書において,誤訳訂正書を提出したい旨
は全く言及されることなく,特許法第17条の2第4項の規定を満足しない補正案
を提示したものである。
翻訳文ではなく原文に基づいて誤訳を訂正する補正を行う場合には,特許法17
条の2第2項において「誤訳訂正書」で行うとの規定がなされている以上,手続補
正書ではなく誤訳訂正書をもって行う必要があり,このことは,原告の代理人たる
弁理士は熟知している事項である。それにもかかわらず,上記拒絶理由通知時及び
審判請求時において,誤訳訂正書を提出して適切な対応をとることにより不備を是
正しなかったのであるから,これらの手続に従い特許庁が審決をしたことに何ら違
法性はない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張する取消事由1(明確性判断の誤り)には理由があると
判断する。その理由は以下のとおりである。
1本願発明の請求項の記載から明らかなとおり,本願発明は,つや出し圧延法
を用いて厚さ105~250μmの厚さ範囲の熱可塑性プラスチックからなる両面
光沢フィルムを製造する方法等に関する発明である。
本願明細書(甲2,7)の発明の詳細な説明には,両面光沢フィルムを製造する
方法について,①原料である溶融物は,フィルム押出のために構成されたダイを介
して成形工程に供給され,溶融物は,規定されたロールギャップ内で寸法規制され,
かつ温度調節される鏡面高光沢研磨されたロールの表面によりつや出しされ,冷却
されること(段落【0039】),②ロールの一方又は両者は反って研磨されている
が,その反り(ロールの直径に対して0.1~0.2mm)は,フィルムの全幅に
わたり均一な厚さ分布のために決定的に重要であること(段落【0039】),③従
来の厚さ(d>0.3mm)に対して,厚さ105~250μmのフィルムを製造
するためには,従来の型締装置では実現することができなかったロールギャップ内
の極端に高い型締圧力を必要とするが,そのような高い型締圧力は,以下のような
構造,すなわち,ロールのうちの一つは,フレーム内に移動不能に固定され,第2
の可動ロールは,ロールの軸受け位置で連接棒と結合されたスクリューギヤを有す
る平行配置された2つの駆動装置により位置決めされた構造により達成され,その
ような高い型締圧力により,放冷する溶融物により惹起される圧力によるロールギ
ャップの開きが阻止されることが記載されている(段落【0036】,【0037】,
【0069】)。
また,本願明細書には,「“反り”の定義」に関して,文献「Hensen,Knappe,Patente,
Kunststoff-ExtrusionstechnikII,Hanser-Verlag,1986」が挙げられているところ(段落
【0040】),この文献(甲18の1,18の2)には,
「カレンダスタックにおけるロールの比較的低い負荷変形により,通常,補償措
置は必要とされない。しかしながら,カレンダの場合には,シートプロフィールを,
限度を超えて変形するロールの湾曲を構造上の調整によって補償せねばならない。
それには3つの手法がある:
-ロールの反り,すなわちロールの縁から中央に向かっての放物線状直径増加
-ロールの対向曲げ(しばしばロールベンディングとも呼ばれる)
-ロールの軸の交差(軸交差としても知られる)」(195頁)
との記載がある。この記載によれば,圧延法を用いるフィルムの製造において,均
一な厚さのフィルムを製造するためにロールを反らせるとは,通常,ロールの縁か
ら中央に向かって放物線上に直径が増加させることを意味すると当業者に理解され
ていたと認めることができる。
2上記③の記載によれば,ロールギャップ内には高い型締圧力がかけられるが,
その際,型締装置として,可動ロールがロールの軸受け位置で連接棒と結合された
スクリューギヤを有する平行配置された2つの駆動装置により位置決めされたもの
を用いるため,型締圧力は,ロールの軸受けを介してロールギャップ内の溶融物に
もたらされることは明らかである。そうすると,そのようにして溶融物にもたらさ
れる高い型締圧力と,放冷する溶融物により惹起される圧力とにより,ロールに湾
曲が生じることは,当業者であれば容易に予測しうるところである。そして,ロー
ルは,上記のとおり,フィルムの全幅にわたって均一な厚さ分布とするために反ら
されているものである。
段落【0040】には「“反り”の定義」として,「中心に対するロール縁部の放
物線状直径増大」であるとの記載があるが,その「反らされている」の意味を,段
落【0040】の「“反り”の定義」のとおり,中心に対してロール縁部が放物線状
に直径が増大すると解したとすると,ロールが湾曲した状態では,ロールギャップ
内の形状は下記の【図1】に示すように線状とはならないため,フィルムの中央部
分の厚さが大きくなり,全幅にわたって均一な厚さ分布とすることができず,ロー
ルが「フィルムの全幅にわたって均一な厚さ分布とするために」反らされているこ
とと矛盾する。よって,「反らされている」の意味を,段落【0040】の「“反り”
の定義」のとおり解することは,不自然である。一方,「反らされている」の意味を,
上記技術常識のとおり,ロールの縁から中央に向かって放物線状に直径が増加する
と解したとすると,ロールが湾曲した状態では,ロールギャップ内の形状は下記の
【図2】に示すように線状となり,フィルムの全幅にわたって均一な厚さ分布とす
ることができ,上記のような矛盾を生じることがない。
【図1】
【図2】
3発明の詳細な説明を理解するに際しては,特定の段落の表現のみにこだわる
べきではなく,全体を通読して吟味する必要がある。「反らされている」との請求項
の文言において,これが技術的意味においてどのような限定をしているのかを特定
するに際しても,同様である。
上記2で分析したところによれば,請求項5における「ロール(110)が反ら
されている」について,特許請求の範囲の記載のみでは,具体的にどのように反ら
されているのか明らかでないものの,発明の詳細な説明の記載及び技術常識を考慮
すれば,その意味は明確であるというべきである。発明の詳細な説明に記載された
「“反り”の定義」が誤りであるとしても,当業者は,上記「“反り”の定義」が誤
りであることを理解し,その上で,本願発明5における「ロール(110)が反ら
されている」の意味を正しく理解すると解することができるというべきである。上
記「“反り”の定義」が誤りであるからといって,請求項5が明確でないということ
はできない。
4被告は,本願明細書の段落【0036】では,ロールが反らされているとの
事項に関し,一般的な形状ではなく特殊なものであることが強調され,それに続く
段落【0040】に,わざわざ「”反り”の定義」として,「中心に対するロール縁
部の放物線状直径増大」という定義が記載されているから,通常の技術常識をもっ
て「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」という定義を解釈することはで
きないし,しかも,中心とはロールのどの部分をいうのかわからないなどと主張す
る。
しかし,「特殊に反らされ」と記載されているとしても,ロールの形状が,必ずし
も,技術常識にも反するような特殊なものであるとまではいえない。その記載もな
い。また,本願明細書における「反り」の定義が誤りであることは,前記のとおり,
技術常識に照らせば,当業者にとって容易に理解できることである。また,ロール
は,通常,円柱状であるから,その直径はロールの軸方向のいずれの箇所でも一定
の値となることは自明であるが,その直径が放物線状に増大するというのであるか
ら,その増大(変化)の方向がロールの軸方向であり,「中心」がロールの軸方向の
中心であり,「縁部」がロールの軸方向の端を意味することは,当業者にとって明ら
かというべきである。
また,被告は,本願明細書には,ロールに湾曲(たわみ)が生じることに関する
言及は一切なく,当該事項が予測されることを確認することができる証拠は一切提
示されていないと主張するが,上記のとおり,ロールに湾曲が生じることは,当業
者であれば容易に予測しうることである。
さらに,被告は,フィルムは,押出機により製造された樹脂の高温で柔らかい溶
融物であって,厚みはわずかに0.125mmにすぎないものであるから,ロール
の一方をロールの中心が凸面に成形された形状を有するロールを用いた場合,フィ
ルムの中央部分が薄く端部が厚くなって,その全幅にわたって均一な厚さ分布を実
現できなくなると主張するが,被告の主張は,ロールに湾曲が生じないことを前提
とするものであるから,採用することができない。
加えて,被告は,原告が主張するようなロール形状であるとすると,冷えている
ロールの縁部(両端)より,高温の溶融物と接触するロールの中央部分がより熱膨
張するために「反り」が増大することが予想され,所期の「均一な厚さ分布」のフ
ィルムが得られなくなることは明らかであり,原告の主張とは逆に,「ロールの中央
部からロールの縁部(両端)に向かって放物線状に直径が増加している」ような,
ロールの中央部分がわずかに凹状に形成されたロールを用いることにより,均一な
厚さ分布のフィルムが実現できることとなると解すべきと主張する。しかし,被告
の主張は,ロールに湾曲が生じないことを前提とするものであるから,採用するこ
とができない。
被告は,「反らされている」ロールとして,通常の円柱状のロールの一方が曲げら
れたロールが想定可能であるとも主張するが,そのような形状のロールでは,そも
そもロールの回転自体が困難であるから,被告の上記主張を採用することはできな
い。
5(1)なお,審査,審判の過程において,出願代理人が本願発明の技術的意味を
理解していなかったために,段落【0040】を正確に日本語化しなかった事情が
ある。
(2)すなわち,本件出願の審査・審判の過程につき,以下の事実を認めること
ができる。
ア平成19年12月25日付け拒絶理由通知書(甲5)において,審査官
から本願発明(請求項6)の「反らされている」に関し,「ロールが反らされている」
とは,どの方向に反っているのか不明であり,特許法36条6項2号に規定する要
件を満たしていないとの指摘がなされたのに対し,原告は,請求項の該当箇所につ
いては補正することなく(甲7),平成20年6月3日付け意見書(甲6)において,
「請求項6(新しい請求項5)の『ロールが反らされている』,ドイツ語で『Walze
bombiertist.』とは,『ロールの縁が丸くなっている』ことを意味します。」と回答し
た。
イ平成21年3月6日付け拒絶査定(甲8)において,「本願発明6の「反
らされている」に関して,「請求項6の『ロールが反らされている』の意味が不明で
ある。意見書では『ロールの縁が丸くなっている』としているが,日本語で『反ら
されている』と『縁が丸くなっている』とは全く別の意味である。」との指摘がなさ
れたのに対し,原告は,審判請求後の指定期間内になされた平成21年7月9日付
け手続補正書(甲11)において,請求項の「ロール(110)が反らされている」
を「ロール(110)の縁が丸くなっている」と補正するとともに,発明の詳細な
説明において「“反り”の定義中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」を「“反
り”の定義ロール縁部から中心に向かっての放物線上直径の増大」と補正し,平
成21年7月9日付け手続補正書(甲10)により補正された審判請求書において,
「請求項5(新しい請求項1)の『ロールが反らされている』という意味は,実際
には,放物線状のロールがロール縁部からロール中心部に向かって放物線上の直径
が増大していることを意味します。」と主張した。なお,審判請求書(甲9)におい
て,補正の根拠については言及されていない。
ウ平成23年4月14日付け審尋(甲12)において,審判長は,平成2
1年8月18日付け前置報告書の下記の内容を原告に通知した。
「(1)新規事項について
(1-1)請求項1の『ロール(110)の縁が丸くなっている』は外国語書面の
翻訳文(以下『翻訳文』)に記載した事項ではない。『ロール(110)の縁が丸く
なっている』については文言上翻訳文には記載されていない。そして,関連すると
考えられる記載として,補正前の請求項5では『ロール(110)が反らされてい
る』とあり,また,【0039】,【0040】にも『反り』について記載されている。
しかし,これらの『反り』と『縁が丸い』とは明らかに異なる意味であり,しかも,
『反り』は【0039】にあるようにフィルムの全幅にわたり均一な厚さ分布を与
えるための形状として記載されていたのに対し,『ロール(110)の縁が丸くなっ
ている』には,ロールの縁部のみが丸くなっているようなものも含まれ,そのよう
なものは,フィルムの全幅にわたり均一な厚さ分布を与えるという機能を果たさな
いことは明らかであるから,『ロール(110)の縁が丸くなっている』は『ロール
(110)が反らされている』に含まれない範囲を含むものといえる。」
上記の指摘に対して,原告は,平成23年7月8日付け回答書(甲13)におい
て,請求項1を
「つや出し圧延法を用いて105~250μmの厚さ範囲の熱可塑性プラスチッ
クからなる両面光沢フィルムを製造する方法において,
熱可塑性プラスチックの溶融物を,つや出し機内の2つのロールの間に形成され,
かつ,型締め圧力がかけられたロールギャップに供給し,該型締め圧力により,溶
融物により惹起される圧力によるロールギャップの開きが阻止されることを特徴と
する方法。」
とする補正案を提示した。
(3)上記の経緯によれば,原告は,平成21年7月9日付け手続補正書(甲1
1)及び平成21年7月9日付け手続補正書(甲10)により補正された審判請求
書においてようやく,「ロールが反らされている」の意味は,実際には,放物線状の
ロールがロール縁部からロール中心部に向かって放物線上の直径が増大しているこ
とを意味する旨を主張するに至ったものである。それまでにおいて,原告は,「ロー
ルが反らされている」の意味を平成20年6月3日付け意見書(甲6)において,
「ロールが反らされている」(ドイツ語で『Walzebombiertist.』)とは,「ロールの
縁が丸くなっている」ことを意味すると主張していたなど,その主張は一貫してい
なかった。
(4)このような出願代理人の対応の稚拙さが審査官,審判官の判断を正しい方
向に導かず,審決の判断を誤ったものと理解される。平成21年7月9日付けの補
正(甲11)に至って段落【0040】の記載を「“反り”の定義ロール縁部から
中心に向かっての放物線上直径の増大」とすることによって,明細書の記載が文言
上においても矛盾のないものとなったものである。このように出願代理人の対応の
稚拙さはあるにしても,請求項5における「ロール(110)が反らされている」
の技術的意味については上記2のとおりに解釈すべきであって,上記補正の前にあ
っても不明確な点はないというべきである。
被告は,原文に基づいて誤訳を訂正するには特許法17条の2第2項の誤訳訂正
書によらなければならないと主張するが,明細書における発明の詳細な説明を通読
して理解される技術的内容が前記3のとおりである以上,誤訳訂正がなくとも,請
求項5における「ロール10が反らされている」についての解釈が上記のとおりと
なることに変わりはない。被告の上記主張は理由がない。
第6結論
以上より,原告の主張する取消事由1(明確性の判断の誤り)には理由があり審
決は取消しを免れないから,原告主張のその余の点を判断するまでもなく,原告の
請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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