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平成13年刑(わ)第4008号 強制わいせつ被告事件
          主      文
        被告人は無罪。
          理      由
第1 公訴事実
  被告人は,平成13年9月2日午前8時30分ころ,東京都足立区ab丁目c
番d号ef号室被告人方において,A(当時16歳)に対し,「俺が地元を歩けなく
したのは何人もいるんだ,お前分かってねえだろう,怒ると本当に怖いからな。」
などと申し向けて,同女の腹部に馬乗りになり,「手を動かすな,動かしたら手が
飛ぶぞ,俺をあんまり興奮させるなよ。」などと怒号し,同女の着衣をはぎ取って
全裸にし,同女の左頬を1回平手で殴打するなどの暴行脅迫を加えてその反抗を抑
圧した上,手指で同女の乳房や陰部を弄び,さらに,同女をして自己の陰茎を手
淫・口淫させ,もって,強いてわいせつな行為をしたものである。
第2 被告人の供述の要旨
   被告人は,Aに対して,公訴事実記載のような暴行脅迫を加えたことはな
く,同女の着衣をはぎ取って全裸にしたことや,手指で同女の陰部を弄んだことも
ない,手指で同女の乳房を弄んだこと,同女に自己の陰茎を手淫・口淫してもらっ
たことはあるが,それらは同女の同意を得てしたことであると供述し,弁護人も同
旨の主張をしている。
第3 以下,当裁判所が本件につき無罪を言い渡した理由を説明する。
 1 関係証拠により間違いのないところとして認められる経過の概略及び主な争
点は,  以下のとおりである。
  (1) Aは,平成13年8月30日(以下の月日は,全部平成13年である。)
午前1時過ぎころ,友人のBに電話をかけ,会って話をしようと約束し,自宅近く
のコンビニエンスストアC店前で待ち合わせをした。
    Aは,同店でキムチとご飯を買い,同店前に停めた自転車に乗って,これ
を食べながら,Bを待っていた。
    被告人は,同店に買物に来たところ,Aを見かけて,話しかけ,少し話を
した後,近くのDマンション前に移動した。しばらくしてやってきたBも含めてそ
こで3人でマリンスポーツなどの話をした。
    その後,被告人,A及びBは,被告人の住居である公訴事実記載のマンシ
ョン内居室に移動した。
    AとBは,朝方まで被告人方で過ごし,午前6時ころ,被告人方を出て,
Aはそのまま帰宅した。
    Bは,その後,被告人方に戻り,Bは,被告人に,髪につけていたエクス
テンションを取ってもらい,髪を少し切ってもらった。
    その後,2人は,性交をしたが,これが合意の上でのものであるか,強姦
であるかについて,被告人の供述とBの供述が全く食い違っている。
  (2) 9月2日午前6時ころ,被告人は,Aの携帯電話に電話をかけ,体調が悪
くて何も食べていないので,ヨーグルトを買ってきてほしいなどと話した。
    被告人は,渋っていたAに対し,「足代として1000円あげる。」など
と言った。
    Aは,被告人の頼みを承諾し,自宅を出て,被告人方近くの前記コンビニ
で被告人から頼まれたカップ麺とヨーグルトを買い,被告人方に行って,被告人に
それらを渡した。
    その後,Aは,被告人方のユニットバス内で髪を切ってもらった。
    その後,被告人は,被告人方寝室内で,Aから背中や腰を揉んでもらい,
次に,被告人がAの腰や背中を押し,スウェットを膝くらいまで下ろして,マッサ
ージをした。
    その後の状況については,被告人が公訴事実記載のような暴行脅迫を加え
たか,Aの着衣をはぎ取って全裸にしたか,無理矢理Aの乳房を弄んだのかにつき
被告人の供述とAの供述が全く食い違っており,Aが被告人の陰茎を手淫・口淫し
たことについては食い違いはないが,被告人が暴行脅迫を加えてこれを強制したか
につき食い違いがある。
  (3) Aは,9月4日から7日まで,高校の修学旅行に行った。
    Aは,同月8日午前2時ころ,スナックで働いている姉のEに電話をか
け,相談したいと伝え,午前3時前ころ,自宅アパート前でEに会って,被告人か
ら被害を受けたという状況を話した。その時には,友達のFも一緒にいた。
    Aの話を聞いて激怒したEは,Aの案内で被告人方に行ったが,被告人は
不在だった。その際,Fが郵便受けからコーヒーを玄関に流し込んだりした。
    同日午前4時ころ,Aは被告人に電話をかけ,2度目の電話でAに替わっ
て電話を取ったEが,同人の証言によれば,「てめえ,このやろう,かわいい妹に
なんてことするんだ。」などと荒い口調で言った。
    その日の午前中,Eは,Aの実母Gに電話をかけて,Aから聞いたことを
話し,さらに,Gの露天商の仕事場に行って直接会い,その話をした。Gは,激怒
し,Eに被告人に電話をかけさせ,Eに替わって電話に出て,荒い口調で被告人と
話をした。Gは,その日の夜12時過ぎころ,自宅に帰宅して,A本人から事情を
聞いた。
    同月11日ころ,Gは,警察に事情を話した。
    同月29日,Gは,告訴状(罪名は強姦未遂罪)を提出した。
    被告人は,11月23日に通常逮捕された。
    被告人は,12月14日に起訴され,同日,A本人も告訴状(罪名は強制
わいせつ罪)を提出した。
 2 本件公訴事実中の被告人がAの陰部を弄んだという点について
   本件公訴事実中には,被告人がAに対してしたわいせつ行為の一つとして被
告人がAの陰部を弄んだとある。
   ところが,Aは,証人尋問において,被告人から,陰部を触らせてほしいと
言われたことはあったが,それには抵抗し,陰部は触られていないと証言し,検察
官から,「検察庁で作った調書の中では,陰部は触られたというような点が出てい
るんですが,それはあなたがそのように話したからなっているんではないんです
か。」と質問されても,「・・・いや・・・話してはないです。」と証言し,検察
官の再度の質問に対しても,陰部を触られていないことは確かであり,陰部を触ら
れたとの記載のある検察官に対する供述調書の内容は正しくないと証言した。
   その結果,検察官も,論告において,本件公訴事実は,陰部を弄んだ点を除
いて証明が十分であるとしており,この事実を認めるべき証拠はない。
   そして,陰部を触られたか否かという記憶に残りやすい重要な点について,
Aが捜査段階においては精神的に動揺していたからといって,陰部に触られていな
いにもかかわらず,触られたと供述したということはかなり考えにくく,Aも,弁
護人からの質問に対し,検察官から取調べを受けた時には動揺していたと思うとし
ながら,検察官から陰部を触られたかどうかといったことを聞かれた記憶はないと
証言している。Aのこの証言からすると,Aが検察官からのこの点に関する質問に
対して,肯定する返事をしたが,そのことを記憶していないということは考えられ
るが,Aが「陰部を触られた」という趣旨の言葉を直接口にしたとは考えにくい。
そして,なぜ,Aの記憶にないことが,検察官に対する供述調書中にAが供述した
ものとして記載され
ることになったのかは,Aの他の公判供述や捜査段階での供述の信用性を検討する
上でも重要な問題といえる。
   そこで,その理由について考えると,本件では,前記の経過からみて,Aの
取調べよりも先にGやEの取調べがされたとみられるところ,公判において,G
は,Aが被告人から陰部を触られたと思っていたと証言し,Eも,Aが被告人から
多分陰部を触られたと話していたと思うと証言していることからすれば,GやEか
らAが被告人に陰部を触られたといった供述がされたとみられるのであり,それを
下にしてAの取調べが行われたため,Aの取調べをした際にそのような内容の供述
調書が作成されてしまい,Aは,その供述調書を読み聞かせられても,訂正を申し
出ることのできる精神状態ではなかった,そして,その供述調書が検察官に送致さ
れ,検察官がAの取調べをした際にも,同様の内容の供述調書が作成されてしま
い,この段階においても
,Aは,その供述調書を読み聞かせられても,訂正を申し出ることのできる精神状
態ではなかったものと考えられる。そして,このことは,Aの捜査段階での供述の
信用性に疑問を生じさせるものといえる。
   他方,Aは,公判においては,記憶にあるとおり,被告人に陰部を触られた
ことはないと証言したのであり,Aは,被告人から自分の陰部を弄ばれたという事
実がないにもかかわらず,裁判でそのような事実があったとされることについて,
それをそのままにしておきたくないという気持ちがあったと認められる。
   そうすると,仮に,Aが虚偽の被害申告をし,警察官や検察官に対して虚偽
供述をし,公判でも虚偽の証言をしているというのであれば,公判において,あえ
て陰部を触られたか否かという点についてだけ,供述調書の内容を訂正するという
ことはないのではないか,したがって,公判ではすべて記憶にあるとおりのことを
証言したとみることができるのではないかが問題となる。
   Aが,公判において,全体的には虚偽の多い証言をしながら,陰部を触られ
てはいないという点については真実を述べたとして,その心理を考えれば,被告人
から陰部を弄ばれたという事実がないにもかかわらず,裁判でそのような恥ずかし
いことをされたものとされることは嫌だったが,被告人の陰茎を手淫・口淫したこ
とは事実であり,同意の上でそれをしたのではなく,強制的にさせられたものとす
る方が恥ずかしくなく,心が落ち着くとか,その時点ではもう捜査段階での供述調
書の内容を全く否定するようなことはできないといったことではないかとでも推測
するしかなく,その心理を説明することが難しいことは確かであるが,前記のよう
な一応の説明が全く不合理であるとも思われず,その説明が難しいということか
ら,前記のように公判
ではすべて記憶にあるとおりのことを証言していると直ちに推認をすることは危険
であり,Aの公判での証言については,慎重にその信用性を検討することが必要と
考えられる。
   なお,Aがビデオリンク方式により証言した際の態度については,質問を受
けた後,かなり考えてから証言していたという部分が多く,このことは証人尋問調
書上も「・・・」という形で表現されているのであって,その証言態度自体から
は,検察官が論告で主張するように,「ごく自然に証言している」とか,「自己の
描いた虚偽の被害状況を思い出しながら,捜査段階での供述と矛盾しないように考
えながら証言しているという態度は全く窺われない」ということはできず,むしろ
その供述内容の信用性をより慎重に検討することが必要と考えられる。
 3 A供述の信用性
  (1) Aの公判での証言内容自体に存在する疑問点
   ア Aは,公判において,陰部を弄ばれた事実以外の点では,ほぼ公訴事実
に沿う内容の証言をし,被告人から髪を切ってもらい,バスルームを出た後に暴
行・脅迫を受け,わいせつ行為をされた状況について,次のような供述をした。
     私が髪を洗って,バスルームから出てきたところ,被告人から,「ちょ
っと腰揉んでくれない」と言われた。「時間ないから無理」と言ったところ,被告
人から,「お前性格悪くない。そんな性格してたらいろんなやつに嫌われるよ。」
などと言われた。私が,買物の足代の1000円をもらっていないという意味で
「言ってることと違うじゃん」と言ったら,被告人が「何が違うんだよ」と言った
ので,お金のことを言うと,「俺は渡すつもりだったよ」と言って,1000円を
渡された。
     その後,被告人から,「ちょっと座れよ」と言われ,ソファに座った。
     私がソファに座った後,被告人は,人が変わったように態度を変えて,
握った手を見せながら,「目を合わせないと飛ぶぞ。」「俺が地元を歩けなくした
やつがいっぱいいる。」「おまえなめてる。俺のことをなめてるんだろう。」と言
った。
     被告人から暴力を振るわれると思い,「ごめんなさい」と謝った。
     被告人は,私の肩を抱くように慰め,その後,「少し腰を揉んで」と言
われた。腰を揉まなかったら暴力を振るわれると思い,それを承諾すると,被告人
から「寝室に来て」と言われた。怖くて逆らうことができず,寝室までついていっ
た。
     寝室で被告人の腰を揉んだところ,被告人から,「じゃあ寝て」と言わ
れた。被告人が,アロエジェルを足首からお尻まで塗ろうとして,「スウェットを
脱いで」と言ってきた。怖くて逆らえず,スウェットを脱ぎ,マッサージをされ
た。
     マッサージをされた後,スウェットをはいて,「もう1回腰を揉んであ
げる。これやったらもう帰っていい。」と言ったら,「もう1回Aちゃんのことや
ったら」と言われた。
     被告人の腰を揉んでやってから,また,うつ伏せになると,被告人か
ら,「もう1度スウェットをちょっと脱いで」と言われ,「嫌だ」と答えたら,
「ちょっとだけ,お尻の下まで」と言われた。逆らえなかったので,「じゃあお尻
の下まで」と言い,スウェットを下げられた。その後,被告人から「膝まで」と言
われ,膝まで下ろすことは承諾した。その後,「もう全部脱いじゃって」と言わ
れ,「もう本当に無理だからやめて」と大きな声で言ったところ,少しの沈黙の後
にスウェットを全部脱がされた。被告人は,「せっかく揉んであげてるのに,もう
切れた。」などと言っていた。ショーツも脱がされた。自分がベッドに手をついて
軽く膝が上がっている状態の時に,被告人が馬乗りになってきた。Tシャツを脱が
され,ブラジャーも外され
て全裸にされた。「手動かすな。動かしたら手が飛ぶぞ。」「あんま興奮させる
な」などと言われた。被告人がトランクスを脱ぎ,「手でしこれ」と言われた。
「できないから」と言ったが,「やれ」と命令された。「口でやるか手でやるか選
べ」と言われた。「やらないと,じゃあ入れるぞ。」と言われた。両手で抵抗し続
けていたら,左頬を平手で叩かれた。その後,被告人から乳房を揉まれた。陰茎を
手淫する方がましだと思い,手淫をしていたが,被告人が「口か,入れるか」とい
うようなことを言って,両足を広げてセックスしようとするような動きをしてきた
ので,陰茎を口淫することにし,必死に起き上がった。被告人が仰向けになって,
自分が膝をついた状態で,口淫した。被告人が射精しそうになって頭を押さえてき
たので,嫌だったから離
れると,そのときに射精し,精液が被告人の顔にかかった。
   イ 以上のAの公判での証言について,その内容自体に次のような疑問な点
がある。
    (ア) Aは,第3回公判では,頬を叩かれたとの点について,弁護人の質
問に対して,一旦「手で右頬を叩かれました。」と答え,弁護人の質問後,裁判官
から,「どちらの頬だったですか。」と質問されると,「こっちです。右です。」
と答え,「あなたの右の頬ですか。」と質問されると,沈黙の後に「人から見て
右」(調書上は「・・・人から見て右」)と答え,「あなたの左頬ということでい
いですか。」との質問に対し,「はい」と答えたのである。しかし,証言の流れと
しては,一旦は「右頬」という趣旨で答えたものを,考え直して「左頬」と訂正し
たという流れになっており,真実左頬を叩かれたとすれば,これを右頬と間違える
というのはおかしいのではないかとの疑問が生じるところである。
      また,頬を叩かれた際の状況についても,第3回公判における検察官
からの「パシッという音がした瞬間,どういう感じがしましたか。」,「痛みなど
は感じましたか。」「どういう痛みでしたか。」との質問に対し,それぞれしばし
の沈黙の後に簡単に答えただけであり,詳しく述べていないのである。
      これらの点は,他にAの証言の信用性に疑問を生じさせる点がなけれ
ば,単に言い間違えたとか言葉で表現することが難しかったとみることができるで
あろうが,他にもAの証言の信用性に疑問を生じさせる点があれば,やはり問題と
なる点である。
    (イ) Aは,被告人が馬乗りになっている時に,「下を触らせてほしい,
指を入れさせてほしい。」などと言われたが,自分が抵抗したので,陰部を触られ
たことはないと証言し,同女のいう「抵抗した」とは拒否したということのようで
あるが,被告人がショーツを強引に脱がせたのであれば,Aから拒否されて,陰部
を触ることはあきらめたというのはやや違和感がある。
    (ウ) さらに,その点は,そういうこともあり得ると考えても,後述する
ように,本件では,被告人が左腕をどの程度使うことができたのかが問題となるの
であるが,仮に,被告人が不自由なく左腕を使うことができたとしても,Aの抵抗
を排除して,ショーツを脱がせ,Tシャツを脱がせ,ブラジャーを外し,全裸にす
るということはそれほどたやすくないと思われるところ,この点に関し,Aは,第
3回公判において,検察官からの「あなたのショーツは,あなたがどういう体勢の
時に被告人は脱がせてきましたか。」との質問に対し,「よく覚えていないんです
けど・・・やはり両手で脱がされました。」と答えるだけで,この質問に対して具
体的に答えることができなかったものであり,Tシャツを脱がされたり,ブラジャ
ーを外されたりした
状況についてもそれほど具体的には述べていない。しかし,これらの点はかなり重
要な問題であり,それを思い出して詳細にその状況を供述することは難しいとして
も,ある程度はその状況を説明できないとおかしいのではないかとの疑問を覚え
る。
    (エ) 以上のとおり,Aは,被害を受けた経過についてはかなり詳細に証
言しているが,被告人から受けた直接的な暴行に関する点についての証言には,必
ずしも迫真性があるとはいえず,曖昧なものが含まれているのである。
  (2) 本件当時の被告人の左肩の状態について
   ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
     被告人は,8月1日,群馬県のモトクロスの練習場でモトクロスの練習
中に転倒し,左鎖骨を骨折した。肋骨も骨折したが,それはレントゲン上で明らか
に認められるほどのものではなかった。被告人は,同日,群馬県伊勢崎市所在のH
病院に入院したが,自宅の近くで手術をした方が良いと思い,同月2日に同病院を
退院し,同月3日に松戸市所在のI病院に入院した。
     同月7日,被告人は,同病院で,左鎖骨の骨折部分をプレートとスクリ
ューで固定する手術(観血的整復固定術)を受けた。
     なお,肋骨の骨折については,バストバンドで固定する処置がされただ
けだった。
     主治医はJ医師であり,前記手術は同医師とK医師が担当したが,入院
中の診察はほとんどK医師が担当した。
     被告人は,手術から約2週間の入院を必要とする旨の診断を受けていた
が,仕事の関係から,早期に退院することを希望し,同月14日に同病院を退院し
た。
     被告人は,同月15日と同月22日に同病院に通院し,同月22日に,
K医師から抜鉤をしてもらい,レントゲン撮影を受けた。
     被告人は,医師から,リハビリの計画を立てたり,回復状況を知るため
に,2週間に1回は通院するように言われたが,結局,その後は同病院に通院しな
かった。
   イ 被告人は,左肩の状態等について,次のように供述している。
    (ア) 8月30日にAに会った時には,三角巾で左腕を吊していた。
      鎖骨のほかに肋骨も折っていたので,胸にウェストベルトを巻き,腰
にコルセットをしていた。
    (イ) 9月2日にAに会った時にも,三角巾で左腕を吊していた。
      Aの髪を切る時には三角巾を外した。左手の指にくしをはさんだりは
したが,左手にくしを持って髪をとかしたりはしていない。ベッドに横になる時に
も三角巾を外した。Aの腰や背中を押した時には,右手だけを使い,左手は使って
いない。
    (ウ) 9月2日当時は,左腕を胸の高さくらいまで上げることはできた
が,室内で洗濯物を取る時にも,右手だけしか使えなかった。車のハンドルを左手
で握ることもできなかった。用がある時以外は三角巾で左腕を吊っていた。
    (エ) 病院の医師からは,三角巾を絶対に外すなと言われていた。
      同時多発テロ事件(これは9月11日に起きた事件である。)があっ
た日に,実家で友達に会ったが,その時も三角巾をしていたのをはっきり覚えてお
り,9月の中過ぎまでは三角巾をつけていた。
   ウ J医師は,次のような証言をしている。
    (ア) 前記のような手術後のリハビリは,手術後4週間後くらいから始
め,まず腕を90度上げられるようにし,6週間後くらいから肩全体を動かせるよ
うにするとの計画で行われるのが一般的である。
    (イ) 三角巾をすることによって,腕の重さが肩に掛からなくなり,痛み
が軽減されることと,それを人が見て,ぶつからないように注意してくれるといっ
た効用があるので,患者に対しては,手術後2ないし3週間,医師の診察を受けて
三角巾をしなくても良いと言われるまでは,三角巾をするようにと指導している。
ただし,外来に来ないで,勝手に取ってしまう患者もいる。
    (ウ)三角巾をしている時であっても,左手でご飯の茶碗を持ったり,コ
ーヒーカップを持つ程度のことは,痛みがなければしてもかまわない。
    (エ) 被告人が診察を受けた8月22日の時点では,まだ傷がちょっと痛
いというのが一般的である。茶碗を持ってご飯を食べたり,あるいは茶碗は持てな
くとも,茶碗を押さえることぐらいはある程度できたのではないかと思うが,まだ
腕を上げたりすることのできる状態ではなかったと思う。
    (オ) 本件犯行があったとされる手術後3週間と5日目くらいの時点で仮
に自分が診察したとすれば,その時の患者の状態により,もう三角巾を取っても良
いと言うこともあるし,まだつけておいた方がいいと言うこともある。
   エ Aは,当時の被告人の左腕の状態について,公判において,次のような
証言をした。
    (ア) 被告人と8月30日に会った時,被告人は,三角巾で左腕を吊って
はいなかった。
      その日,被告人から,事故で鎖骨を骨折した,入院していて,退院し
たばかりだという話は聞いた。
      腰と肩,背中が悪いといった話だったが,痛そうな素振りはなかっ
た。
      被告人から,歌手のLがサーフィンをしに海に来ていたという話を聞
き,興奮して被告人の胸を叩いてしまい,その時に被告人が痛がっていたのは覚え
ている。(ただし,この点も,弁護人からの質問に対し,かなり考えてから,「う
ーん・・・そうですね,はい」と答え,その後の関連する質問に対しても,かなり
考えてから答えたものである。)
    (イ) 9月2日に被告人方に行った時も,被告人は,三角巾で左腕を吊っ
てはいなかった。
      被告人は,私の髪を切る時に左手を使っていたが,痛がっている素振
りはなかった。
      被告人は,私の腰や背中をマッサージをする時に両手を使っていた
が,痛がっている素振りはなかった。
      被告人は,両手を使って,スウェットやショーツを脱がせた。
    (ウ) Aは,第3回公判において,被告人が,「馬乗り状態から下りて,
起き上がって,もう入れられそうになったんです。」と証言し,弁護人からの
「(両足を)つかまれそうな格好をされたんで,つかまれると思ったということで
すか。」との質問に対し,「いや,つかまれ,・・・つかまれさせられたと思いま
す。」と証言し,「じゃあ,両足首を両手でつかまれて,持ち上げられたというこ
とですか。」との質問に対し,「はい」と答えた。
   オ Aは上記のとおり証言したのであるが,J医師の前記証言からすれば,
被告人は,退院した際には,担当のK医師から,三角巾についての指導をされたも
のと推認することができ,8月30日や9月2日の時点では,被告人が供述するよ
うに,まだ三角巾をしていたとみる方が自然である。
     もっとも,その時点において,被告人が自分の判断でもう三角巾をして
いなかったとしてもおかしいとはいえないかもしれないが,同医師の証言によれ
ば,通常手術後4週間くらい経過してからリハビリを開始するというのであり,9
月2日の時点では,まだ通常リハビリを開始する時期にもなっていないのであるか
ら,被告人が供述するとおり,左腕は胸の高さくらいまで上げることはできたが,
まだ十分に動かせる状態ではなかったとみるのが自然であり,Aが証言するよう
に,被告人が左腕をほとんど自由に動かし,Aの髪を切り,マッサージをし,下着
を脱がせ,Aの足首をつかんで持ち上げるなどして,痛そうな素振りも見せなかっ
たとみるには重大な疑問がある。
  (3) 9月2日にAが被告人方に行った理由や髪の毛を切ってもらった経緯につ
いて
   ア Aは,9月2日に被告人の自宅に行った理由に関して,第2回公判にお
いて,まず,次のような証言をした。
     9月2日に被告人と電話で話をした時,美容室で髪を切った後で,髪型
がすごく納得いかず,気に入らなかったので,髪型が気に入らないというような話
を被告人にした。被告人から,「買物に行ってくれたら,髪の毛を切ってあげ
る。」と言われた。
     また,Aの11月28日付けの検察官調書にも,「髪をショートにした
けど気に入らない。」などと話したとか,被告人から「Aちゃんの髪を切ってあげ
てもいいし。」と言われたとの記載がある。
   イ Aは,第2回公判において,その後,被告人方に行った後,被告人が,
足代としてくれると言っていた1000円をくれなかったので,「お金をくれない
なら,髪を切ってもらおう。」と思って,髪を切ってくれるように被告人に言った
と証言した。
     また,Aの12月9日付けの検察官調書には,「被告人が1000円を
くれる様子がなかったので,被告人に私の髪を切ってもらおうと思い,被告人に頼
んだところ,髪を切ってもらうことになりました。」との記載がある。
   ウ Aは,第3回公判で,弁護人から,結果的に被告人方に行った理由につ
いて尋ねられ,「家が近いんで,10分から15分くらい,行ってすぐ買物して帰
ってくるだけで,まあ近いし,時間もあるし,足代1000円もらえると言って
て,だから15分ぐらいですぐパッて帰ってきて1000円もらえるなら,いいん
じゃないかなと思って,じゃあ行ってあげようと思って。」と証言したが,この証
言によれば,髪を切ってもらうつもりで承諾したわけではないということになる。
   エ Aは,弁護人からの「あなたが被告人の部屋に行った時,被告人から,
その髪どうしたの,というふうに聞かれませんでしたか」との質問に対し,「聞か
れたと思います。」と答え,『そのとき,あなたが,「変,変」と。頭を指しなが
ら,「この髪,変」,という形で聞き返してきたと言うんですけども,間違いない
ですか。』との質問に対しても,「はい,すごい気に入らなくて」と答えた。
     さらに,その点に関する弁護人や裁判官からの質問に対し,Aは,次の
ような趣旨の証言をした。
     被告人の家に行く前に電話で被告人と話した時に,私が髪型がすごく気
に入らないという話をしたら,被告人が「じゃあ,髪も切ってやるよ」と言った。
電話で話した時に,髪を切ってもらおうとは思っていた。被告人の部屋に行ってか
ら,被告人が約束したお金をくれなかったので,被告人に「髪切って」と言った。
   オ Aは,公判では,美容院で髪を切ってもらったと証言し,検察官調書に
も,8月31日に美容院に行って髪を切ってもらっていたが,気に入らなかったと
の記載があるが,AのGの公判での証言等によれば,Aは,高校が夏休みに入って
から,Gに髪の毛を金髪に染めてもらい,被告人と初めて会った日から9月2日ま
での間に,Gに髪の毛を黒く染めてもらい,切ってもらったことが認められる。A
は,Gに髪を切ってもらったとは言いにくかったのか,前記のように美容院で切っ
てもらったという供述をしたものである。
   カ 被告人は,この点について,次のように供述している。
     Aと9月2日朝に電話で話したときに,髪を切ってあげるといった話は
していない。
     Aが自宅に来た時,髪の毛が真っ黒になっており,前髪もぴっちりそろ
っていて,初めて会った時のイメージと全然変わっていたので,「髪の毛変わって
いるけどどうしたの。」と聞いた。Aは,「私の髪の毛変じゃない,前髪もちょっ
と変だよね。」などと聞いてきた。Aは,前日に美容室に行って,髪の毛を黒く染
めて切ったと話していたが,前髪がぴっちりそろえて切ってあり,美容師が切った
ようには見えなかった。
     Aは,髪の毛を相当気にしているようだった。Aから,髪の毛を「どう
にかできない」と言われた。
   キ 以上を総合すると,AがGに黒く染めてもらい,切ってもらった髪が気
に入らず,相当気にしていたことは明らかである。
     そして,Aは,電話で被告人と話した時に,髪型が気に入らないという
話をして,髪を切ってもらおうと思ったと言いながら,他方において,被告人が足
代としてくれると言っていた1000円をくれなかったので,「お金をくれないな
ら,髪を切ってもらおう」と思ったとも証言するが,「お金をくれないなら,髪を
切ってもらおう」というのであれば,被告人が1000円をすぐにくれていれば,
髪を切ってもらわなくてもよかったということになり,そうであれば,1000円
をくれるように早く言って,それを受け取ってそのまま帰ればよかったのではない
かと思えるし,「お金をくれないなら,髪を切ってもらおう」と思ったといいなが
ら,髪を切ってもらった後で被告人がくれると言っていた1000円の話を持ち出
しており,不自然さ
は否めない。
     他方,被告人は,Aと電話で話している時点では,GがAの髪を切った
ために,Aが髪を相当気にしていることなど知っているはずはないのであるから,
被告人の方から,「髪を切ってあげる」といった話を持ち掛けることは考えにく
く,被告人の供述に不自然,不合理な点はない。
     この点に関するAの供述が全体として不自然であることは否めず,A
は,被告人が髪の毛を切ってあげるとの口実でAを誘ったということにするため
に,電話で話した時にそのような話が出ていたと供述したのではないか,また,被
告人に髪を切ってくれるように頼んだものの,自分から積極的に頼んだわけではな
いとするために,「1000円をすぐにくれなかったから」などと供述したのでは
ないかと疑わざるを得ないのであり,この点については,Aは,足代として100
0円くれるといった話があったから被告人の頼みを承諾し,被告人方に行った後,
髪のことが話題になり,ますます気になって,自分から被告人に髪を切ってほしい
と頼んだとみるのが自然である。
 4 B供述の信用性
(1) Aが検察官から取調べを受けて2通目の検察官調書が作成された翌日であ
る12月10日,Bが検察官から取調べを受け,検察官調書が作成されているが,
これには,Bが8月30日に被告人から強姦されたとの記載があり,検察官は,そ
の手口が本件と極めて類似していると主張する。
    この点について,被告人は,Bと性交したことは認めているが,合意の上
でのものと供述しており,Bの検察官調書の供述内容の大部分を否定している。
    そこで,Bの供述の信用性について検討する。
  (2) 被告人が加えたという暴行について
   ア Bの検察官調書には,次のような記載がある。
     被告人は左腕に三角巾をしていなかった。
     被告人が特に左腕をかばっていたという様子はなかった。髪を切る時
も,美容師さんが普通にやるように両手を使って髪を切ってくれた。
     被告人は,いきなり,私の両肩を両手で強く押して,私をベッドの上に
仰向けに倒し,私の両手首を両手で押さえながら,私の上に覆い被さってきた。
     被告人は,私が抵抗できないでいると,私が着ていたTシャツを脱が
せ,ブラジャーを外したが,その時,被告人は両手を使っていた。
     被告人は,私の両足を両手で開くようにして,性交をしてきた。
   イ これに対し,被告人は,これらの事実をすべて否定し,Bと2回性交し
たが,これはBと合意の上でのものであり,Bが供述するような体位でしたもので
はなく,被告人の左腕に負担のかからないBが上位になる体位などでしたものであ
ると供述する。
   ウ そして,前記のとおり,当時の被告人の左腕の状態からすれば,Bが供
述するように,被告人が左腕をほとんど自由に動かし,Bに暴行を加えて姦淫した
とみるには大きな疑問がある。
  (3) 被告人をヤクザだと思ったとの点について
   ア Bの検察官調書には,被告人に強姦される前のこととして,被告人が風
呂から出てきた時に背中に入れ墨があるのを見て,「この人はヤクザなのではない
かと思い,急に怖くなりました。」とあり,被告人から覆い被さられた時のことと
して,「私は,被告人の背中に入れ墨があったことからきっと被告人はヤクザだと
思いましたし,抵抗したりしたらヤクザの被告人を怒らせて殺されるのではない
か,後から家まで来て何かされるのではないかと思い,本当に怖かったのです。」
といった記載がある。
   イ 被告人は,入れ墨の点について,8月30日にA,BとDマンション前
で話した時に,背中に入れ墨があるという話をしたが,2人は驚いたりはしていな
かった,被告人方に2人がまだいた時に,背中の入れ墨を見せたが,そのとき,B
は,「格好いい,私も入れたい」などと言っており,おびえている様子は全然なか
った,自分は,趣味でサーフィンをやっているが,サーファーの間で入れ墨を入れ
るのがはやっていたので,ファッションで入れ墨をしたと供述している。
   ウ そこで,検討するに,ファッションで入れ墨をしたという被告人の供述
に疑問はなく,AやBの供述によっても,被告人とB及びAとの間でなされた会話
の話題は,マリンスポーツや日焼けサロンの話,芸能人の話といったものであり,
被告人の職業についても,美容師の仕事をしたことがあり,今は自動車販売の仕事
をしていると聞いていたというのであって,検証調書によって認められる被告人方
居室内の状況も,例えば,廊下の状況としては,「玄関側からサーフボードや衣類
在中の収納ボックス,たたまれた衣類等が整然と置かれている。」といったもので
あり,ヤクザを連想させるようなものは何もなく,ヤクザの雰囲気とはほど遠いも
のがある。また,9月8日以降のAやAから話を聞いたEの行動をみても,被告人
をヤクザと思って恐
れていたような様子は窺えないのであって,こうした点を総合すれば,Bが被告人
をヤクザだと思って恐怖を感じたとの供述は信用し難い。 
  (4) Bが9月1日の夜にも被告人方に行っていることについて
   ア Bと被告人の供述によれば,Bは,9月1日午後11時半ころ,被告人
方に行って,被告人に湿布の塗り薬を塗ってやったりしたことが認められる。
     なお,被告人は,Bに三角巾の縛り直しもしてもらったと供述してい
る。
   イ 2日前の8月30日に被告人から強姦されたというにもかかわらず,な
ぜまた被告人方に行ったのかということについて,Bの検察官調書には,「被告人
がヤクザだと思ったので,このまま電話に出ないと後で何かされるのではないかと
思い,電話に出ました。」,『被告人は,私が断ると,急に態度を変えて,「ふざ
けんなよ。お前どうなっても知らねえぞ。」などと脅かして一方的に電話を切った
り,また電話をかけてきて急に態度を変えて「頼むよ。」などと言ってきたりしま
した。私は,何回もしつこく電話がかかってきて被告人にそのように言われたこと
や,断り続けると後で本当に何かされると思い,「薬塗ったらすぐに帰るから」な
どと言って,被告人の部屋に行くことにしました。』などといった供述の記載がさ
れているが,被告人
がヤクザだと思ったとの供述が信用し難いことは前記のとおりであり,2日前に強
姦されたというのであれば,なぜまた被告人方に行ったのかという疑問は払拭でき
ない。
  (5) 8月30日から本件事件までの間にBとAが会っていたのかについて
   ア Aの検察官調書には,Aが被告人から髪を切ってもらおうとした場面の
ことについて,「Bが被告人に髪を切ってもらったらしかったし」との記載があ
り,これからすると,8月30日から9月2日にAが被告人方に行くまでの間に,
AとBは会って話をしたか,電話で話をして,Bが被告人にエクステンションを取
ってもらい,髪を切ってもらったことを聞いたということになる。
   イ 被告人は,9月1日の夜にBと会った際,Bがその前日の夜にAと会っ
て遊んだという話をしたと供述し,9月2日の朝にAと会った際,Aは,Bが被告
人から髪を切ってもらったことをすごく喜んでいた,「見たけど,すごいうまいじ
ゃん」などと言っていたと供述する。
   ウ これに対し,Aは,公判では,8月30日以降本件事件のあった9月2
日までの間には,Bには会っておらず,Bが髪の毛を切ってもらったことも知らな
かったと証言した。
     しかしながら,Aは,Gに切ってもらった髪を相当気にしていたのであ
り,被告人に髪を切ってもらうことによって,どのような仕上がり具合になるかは
大事なことなのであるから,被告人に髪を切ってもらおうとした理由の一つとし
て,Bも被告人から髪を切ってもらい,その仕上がり具合も良かったので,被告人
が上手に切ってくれると思ったということもあったとみるのが自然である。
     したがって,Aは8月30日から本件事件までの間にBに会っていたと
みるのが自然であり,Bが被告人に強姦されたというのであれば,なぜAに会った
時にそのことを伝えずに,髪の毛を切ってもらったという話をしたのかという疑問
も生じるのである。
  (6) Bが検察官からの取調べに対して虚偽の供述をする動機があるかについて
検討すると,被告人の供述によれば,被告人は,8月30日にBと性交し,9月1
日の夜にもBに湿布薬を塗ってもらったりしながら,それから半日も経っていない
2日の朝に,Bの友達であるAにも手を出し,Aとも性的関係を持ったということ
になり,BとAの供述によれば,その日の夜に両名は会って話をしたというのであ
るから,そこでAがその日にあったことをそのままBに話したとすれば,Bが被告
人に対して不快感を覚えるのは当然ともいえる。そうすると,Bには,被告人が本
件で逮捕され,その関係者として自分が検察官から取調べを受けているという状況
において,Aに話を合わせ,被告人に不利な虚偽の供述をする動機はあったと考え
られる。
  (7) 以上に加え,Bが本件で証人として採用されたが,出頭しなかったことも
考え併せれば,Bの検察官調書における供述は採用し難い。
 5 Aが虚偽の供述をする動機について
   次に,Aにも虚偽の供述をする動機があるかについて検討すると,Aとして
も,Bから,被告人がBと8月30日に性交をしていたことを聞けば,被告人がB
とそのような関係にありながら,自分にも手を出してきたというわけであるから,
自分が単に被告人の性欲を満足させるために使われたと思い,腹立たしさを覚える
ことは十分考えられ,被告人をこらしめようと思ったとしても不思議ではない。A
は,修学旅行から帰ってきた後の9月8日にEに話をしているが,そのような話を
Eにすれば,Eの性格からして,Eがその後実際にしたような行動を取ることは予
想していたはずである。そして,AがEに被告人をこらしめてもらおうとすれば,
ありのままの話をするのではなく,被告人から無理矢理性行為をさせられたといっ
た話にする必要があ
るわけであり,Aがそうした動機からそのような話をしたという可能性はあり得る
と思われる。そして,それがGに伝わり,告訴といった方向に事態が発展していけ
ば,Aとしては,もはやありのままの事実を述べることは困難と思われるから,捜
査段階や公判において虚偽の供述をする動機はあったと考えられる。
 6 被告人の供述の信用性
  (1) 被告人の供述は,捜査,公判を通じてほぼ一貫している。
    被告人は,11月23日に逮捕されたが,本件では,捜査段階で選任され
た弁護人が,同月26日,同月28日に合計4時間くらい被告人に接見して事情を
聴取し,これに基づいて陳述書の原案を作成し,12月1日に被告人に接見してこ
の案をチェックし,同月2日に被告人が陳述書に署名指印し,同月3日にこれに公
証人の公証印を受けているのであるが,その内容はかなり詳しいものであり,被告
人は公判でもこれとほとんど一致する供述をしているものであって,被告人は当初
から一貫した供述をしているものと認められる。
  (2) 被告人が供述している被告人の行動やAの行動については,社会の良識と
いったところからみれば非常識とみられる部分はあろうが,およそ不自然で虚偽で
あるに違いないといえるものではないと思われる。
  (3) 被告人は,9月8日午前4時過ぎころにAのEから電話を受けて,その剣
幕から何をされるか分からないと身の危険を感じて,警視庁本庁に電話をかけ,事
情を話して相談し,その後,AのGからも電話を受けて,身の危険を感じて,M警
察署に電話をかけ,いきさつを話して相談し,M警察署の知り合いの刑事にも電話
をかけた旨供述しているところ,これらの事実は警察側で確認できることであり,
被告人があえて嘘をつくとは思えず,これを否定する証拠も提出されていないか
ら,被告人は,その供述のとおり,警視庁やM警察署に電話をかけて,いきさつを
話して相談したものと認めることができるが,被告人が実際には強制的にわいせつ
行為に及んでいたとするならば,このような行動を取ることは考えにくい。
  (4) 被告人は,AのEやGから慰謝料の要求を受けた旨供述しているところ,
EやGはこれを否定しているが,Aは,Eが電話で被告人に対して慰謝料を払うよ
うに言ったのを聞いた記憶はある旨証言しているのであり,被告人がこの点につい
て嘘をついているとは認められない。
  (5) 前記のとおり,被告人の供述を前提としたときに,9月2日のAとの間で
の出来事があってからの事態の進展を理解することは可能である。
 7 結論
   以上のようなAと被告人の各供述の信用性の検討結果からすれば,Aの供述
をその信用性に疑いがないものとして採用することはできず,他に本件公訴事実を
証明する証拠もないのであるから,本件公訴事実については犯罪の証明がないこと
になり,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役2年6月)
  平成15年6月26日
      東京地方裁判所刑事第4部
          裁 判 官     峯     俊  之

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