弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

            主    文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
               事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,4381万4507円及びこれに対する平成8年5月
21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告と保安管理業務委託契約を締結している被告の保安担当者が,
原告のa作業所における電気工作物に対する年次点検の結果,電気配線回路中
に絶縁不良箇所があることを発見したのに,原告に対して絶縁不良箇所の改修
指示をしなかったため,絶縁不良箇所の漏電により火災が発生して,a作業所
の施設が焼損したとして,原告が,被告に対し,保安管理業務委託契約上の債
務不履行に基づく損害の賠償を請求した事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実以外は証拠を併記)
(1) a作業所は,北海道虻田郡a町字bcd番地に所在し,原告は,同作
業所において,道路舗装に使用されるアスファルト合材を製造している。
(2) a作業所におけるプラント施設は,昭和56年に設置されたものであ
り,その配置状況は,別紙1(添付省略)のとおりとなっていた。すなわ
ち,敷地西側が正面入口で,町道a・b線に面しており,正面より左側(北
側)に骨材タンクが大小3体縦(東西方向)に並び,正面入口右側(南側)
には屋外配電盤(以下「配電盤」という。)が設置され,その後方(東側)
に,アスファルト合材の骨材を加熱し混合するための重油式バーナー,ドラ
イヤー,ミキサーが配置されており,重油式バーナーの燃料である重油は,
骨材タンクの左後方の屋外タンク貯蔵所(容量2万0000リットル)に貯
蔵され,埋設配管と露出配管とで接続されて供給されている(乙8の4)。
プラントの中央部分は,上部に操作室(2階)があり,その下はトラックの
通路となっており,操作室の後方と上部(3階)にモーターが設置され,こ
こで骨材を混ぜて,このモーターの下にトラックを止めて,その荷台にアス
ファルト合材を積み下ろす作業が行われる(乙8の4)。
(3) プラントの動力は,電気であり,配電盤の右側(南側)に設置されて
いる変電設備(キュービクル)により受電された電圧6600Vの電気は,
同設備によって200Vまで低下させた上で配電盤に送られ,同所からモー
ターやドライヤーなどの各機械へ配線を伝って送られ,各機械の作動は,操
作室内の操作盤の操作により行う仕組みになっている(乙8の4)。
配電盤上の電気配線は,配電盤の後方(東側)下部の土中に埋められた西
から東の方向に敷設されているコンクリート製U字溝(以下「コンクリート
トラフ」という。)内の土砂堆積の中を通って地上に出たうえ,配電盤と重
油式バーナーとの間に左右(南北)にコンクリートトラフと垂直に交わるよ
うに敷設されたケーブルラックの中を通り,操作室その他のプラントの各機
械へつながっている(乙8の4,17,19)。ケーブルラックは,鉄製の
枠に鉄蓋をしたものであり,コンクリートトラフとケーブルラックとの交差
部(以下「交差部」という。)から右(南側)に約2メートル延びたところ
で後方(東側)に垂直に折れ曲がり,後方に延長されている(乙8の4,
17,19)。
(4) 原告は,被告との間で,平成2年2月26日,原告所有の自家用電気
工作物について,次のような保安管理業務委託契約(契約番号・e-166
号)を締結した(乙1)。
対象事業所  a作業所
委託業務の範囲  原告の保安規程(乙2)及び被告の保安業務受託規
程(乙3)により被告の行うべき保安管理業

保安管理業務の内容  月次点検(毎月1回)
年次点検(毎年1回(全停電のうえ実施))
臨時点検(異常の発生又はその発生するおそ
れがある場合)
不良箇所の改修指示,助言(必要の都度)
その他
(なお,被告が行う保安管理業務は,「保安
管理業務の細目及び基準」によるものとし,
点検測定試験結果及び指示助言する事項は,
記録表等に記載して,原告又は原告の定める
電気保安責任者に通知することとされてい
る)
契約の有効期間  平成2年4月1日から平成3年3月31日までと
し,当事者双方に異議がないときは,以後1
か年ごとに延長される。
(5) 平成8年5月10日,被告の職員によってa作業所設置の電気工作物
に対する年次点検(以下「本件年次点検」という。)が行われた。
(6) 被告の職員は,同月17日,本件年次点検の結果を記載した年次点検
記録表(乙5の1ないし3)をa作業所に持参したが,同記録表に添付の低
圧関係絶縁抵抗測定の表中に,次のとおり4か所が絶縁抵抗不良である旨の
記載がなされていた。
ア キュービクル内の骨材フィーダ照明回路
絶縁抵抗(MΩ)大地間  0・05
結         果  ×(不良)
イ 配電盤正面右側の「Mgs(マグネット・スイッチ)上左より1」の回
路(MC41A)(以下「MC41A」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間  0・01
結         果  ×(不良)
ウ 配電盤正面右側の「Mgs上左より2」の回路(MC41B)(以下
「MC41B」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間  0・02
結         果  ×(不良)
エ 配電盤裏面右側の「Mgs中左より3」の回路(MC11)(以下「M
C11」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間  0・2
結         果  ×(不良)
(7) 平成8年5月20日午後11時40分ころ,原告の下請業者であるA
環境整備株式会社(以下「A環境整備」という。)の従業員らによって,a
作業所のプラント施設から火炎が吹き上がっているのが発見され,急報によ
り駆けつけた消防隊による消火活動がなされた結果,同月21日午前0時8
分,鎮火した(以下「本件火災」という。乙8の2ないし4)。
(8) 焼損状況の概要は,次のとおりであった。すなわち,配電盤及び交差
部における配線が激しく焼け,ケーブルラックにおいても,交差部から右
(南側)ないし後方(東側)にかけての配線が焼けるとともに,交差部から
左(北側)にかけての配線が焼けており,交差部の北側は,配線を伝って鉄
柱から2階操作室の南側外壁及び東側外壁にかけて焼け,鉄柱に設置された
配線等も焼けている。また,ドライヤー及びバーナーの南側に東から西にか
けて重油管が設置され,バーナーの西側でフレキシブル管に接続してバーナ
ーに重油が供給されるようになっているところ,フレキシブル管の所々が焼
けて穴があいていた(乙8の4)。
3 争点
(1) 本件火災の出火原因
(原告)
ア 本件火災は,本件年次点検において絶縁抵抗不良とされたMC41A及
びMC41Bに接続していたアスファルトパイプラインヒーター2回路
(以下「パイプラインヒーター2回路」という。)の配線が漏電したた
め,以下の(ア)又は(イ)のようにして交差部の配線の絶縁被覆材が燃
焼して発生したものである。
(ア) パイプラインヒーター2回路の配線は,絶縁被覆材が経時的に劣
化していて絶縁不良が生じていた。そして,本件火災当時,タンク内の
アスファルトの凝固を防ぐため,パイプラインヒーター2回路に通電さ
れていたが,変電所に近いa作業所において,電気の需要が低下する深
夜の時間帯に,交差部におけるパイプラインヒーター2回路の配線が,
漏電による短絡によってスパークし,その熱により配線の絶縁被覆材が
加熱されてグラファイト化し,その進行により電流が増加して発熱・発
火し,その火炎が交差部における他の配線に燃え移って,リサイクルキ
ット回路の配線に延焼した。リサイクルキット回路の配線は,主遮断器
であるNFB0ブレーカー(以下「NFBブレーカー」という。)の端
子バーから分岐用ブレーカーを設置せずに直接接続配線され,同配線に
は前記端子バーから通電されていたため,上記ブレーカーが作動するま
での間に,ケーブルラック内からコンクリートトラフ内,更に配電盤内
へと瞬時にリサイクルキット回路の配線に短絡が発生し,その高熱によ
ってリサイクルキット回路の配線が配電盤の裏面(東側)で燃え上が
り,その火炎が配電盤裏側の全配線の絶縁被覆材に延焼して強い火力で
燃え出し,配電盤の上部と下部の隙間から火炎が配電盤の正面に回り,
配電盤の正面(西側)の全配線の絶縁被覆材に次々と引火した。
(イ) a作業所では,タンク内のアスファルトの凝固を防ぐため,平成
8年5月16日から本件火災が発生した同月20日までの昼夜間を通じ
て,パイプラインヒーター2回路の配線に通電を続けていた。同2回路
の配線は,絶縁被覆材が経時的な材質の劣化を来していたため,交差部
における絶縁不良箇所から長時間に及ぶ漏電が生じていた。この状態が
継続することによって,傍らにあるケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等の伝
導体に橋絡し,加熱が生じた。このため,鉄枠・鉄蓋等と接触している
ケーブルラック内の配線の絶縁被覆材が炭化し,炭化した電線被覆材が
更に継続的に加熱されることにより発火した。そして,その火炎がケー
ブルラック内に密集した他の電線に延焼したうえ,その火炎が更に配電
盤内に燃え移った。
なお,本件火災時に,MC41A及びMC41Bに接続されていた漏
電ブレーカーELB41(以下「ELBブレーカー」という。)が作動
しているが,絶縁不良箇所からの漏電によって,5日間にわたり地絡が
生じていた時点では,ELB41は作動することなく,漏電によるケー
ブルラックの鉄枠,鉄蓋等の加熱により,配線の絶縁被覆材の燃焼によ
って短絡が発生し,配線が溶断した時点ではじめてELB41が作動し
たものである。
イ 被告は,交差部の配線から出火したとすると,それよりも負荷側である
東側のケーブルラック内の配線に多くの溶融・溶断痕が発生するはずがな
い旨主張するが,これらの溶融・溶断痕は次のとおり発生したものであ
る。すなわち,出火の際,火はケーブルラック内の多数の配線にも延焼し
たが,配線はケーブルラックの鉄枠・鉄蓋によって遮蔽されていたため
に,ケーブルラック内部では延焼は継続しているものの,燻る程度で火炎
を上げるまでには至らなかった。しかし,交差部から配電盤内に燃え移っ
た火が配電盤の内部を完全に焼損したうえ,その強い火炎が配電盤裏側下
部から外に吹き出し,付近にあった前記フレキシブル管を焼いた。そし
て,同管に穴があいたことにより重油が漏れ出し,これに着火したため,
次第にケーブルラック内の配線の火勢が高まり,東側ケーブルラック内の
配線に絶縁破壊による短絡が発生して溶融・溶断痕が生じたのである。
ウ 被告は,パイプラインヒーター2回路の配線の絶縁被覆材は難燃性であ
るから,絶縁被覆材に着火し燃焼することはあり得ない旨主張するが,上
記配線は製造されてから16年間使用されてきたもので,経時的な変化に
より絶縁抵抗が低下していたものであり,実際に配電盤北側の操作室への
立ち上がりダクト内のグループケーブルも絶縁被覆材が焼け焦げ,ケーブ
ルの燃焼により操作室まで延焼しているのであるから,パイプラインヒー
ター2回路の配線の絶縁被覆材が着火することは十分に考えられる。
エ 被告は,重油から発火,引火した可能性を指摘するが,重油への着火に
よって火災が生じることは,本件火災当時の気象状況からして想定し難い
といわざるを得ない。すなわち,通常重油に着火するという現象は,液化
している重油そのものに火が着くというものではなく,一定の温度に達し
た重油が気化し,気化成分濃度が高い場合に,これが着火温度以上の高温
の熱源に触れることにより火が着くというものであるところ,本件火災の
あった平成8年5月20日午後11時30分ころの天候は小雨で,気温は
摂氏5度,湿度92パーセントという気象状況であり,空気中の重油が気
化する成分濃度は極めて低い状態であったと推定されるから,重油に着火
したとは考え難い。
また,キュービクルの裏側(東側)が相当広範囲に煤けているとして
も,本件火災で配線の絶縁被覆材や漏洩した重油が燃焼し,その際に発生
した熱と燻煙により煤けたとも考えられ,被告主張のように,重油の漏洩
がキュービクル近くにまで達していたとは推認できない。
重油が漏洩したのは,配電盤裏側下部から激しく吹き上げる火災とラッ
ク内のケーブル燃焼によって,重油のフレキシブルゴム管が焼けて穴が開
いたためであり,出火前に重油が漏洩した証拠は全く見あたらない。
(被告)
ア 本件火災により,東側ケーブルラック内の配線に多くの溶融・溶断痕が
生じていたことからすると,本件火災は,何らかの原因で発生した火災が
東側ケーブルラックを燃燬した後,交差部付近から配電盤内へと延焼した
ものといわざるを得ない。原告の主張のように交差部の配線から出火した
とすると,それよりも負荷側である東側ケーブルラック内の配線に多くの
溶融・溶断痕が発生するはずはない。
イ 原告は,パイプラインヒーター2回路の配線の絶縁被覆材が短絡による
スパークの熱によって燃え上がった旨主張するが,同配線を含めた配線の
の絶縁被覆材は,極めて着火し難い材質でできており,漏電による加熱等
のため,絶縁被覆材が着火し,延焼するということはおよそ考えられな
い。
また,原告は,ケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等の加熱により配線の絶縁
被覆材が発火した旨主張するが,上記のとおり,極めて難燃性の高い配線
の絶縁被覆材に着火させるほど,鉄枠等を加熱させる電流であるにもかか
わらず,NFBブレーカーが作動しないということは,電気技術的に考え
られない。
ウ 以上に照らすと,原告の主張するパイプラインヒーター2回路の絶縁不
良を原因とする出火は考えられない。出火の原因は,必ずしも明らかでは
ないものの,現場の状況からして,重油から発火した可能性が否定できな
い。すなわち,本件火災後,現場に重油式バーナーの燃料に使用する重油
が漏洩していたが,キュービクルの裏側(東側)が,相当広範囲に煤けて
いたことや被告による実験結果をあわせると,その流出量は,消防署が推
定している給油管内量である約60リットルを超えており,配線等が燃焼
する前に多量の重油が漏洩していたことが考えられる。そして,a作業所
は,屏や柵による囲いがなく,夜間において第三者が容易に出入りできる
ことを考えると,重油が故意又は過失によって引火した可能性は否定でき
ない。
(2) 被告の債務不履行(保安管理業務の不完全履行)
(原告)
被告は,原告との保安管理業務委託契約に基づき,a作業所の自家用電気
工作物に対する月次点検,年次点検等により,電気工作物の点検,測定及び
試験を定期的に行い,通商産業省令で定める技術基準に適合しない事項があ
るときは,必要な指導,助言を行うことを義務づけられている(保安業務受
託規程第12条)。
本件年次点検を担当した被告の保安担当係員B(以下「B係員」とい
う。)は,低圧関係の絶縁抵抗を測定した結果,屋外キュービクル内の骨材
フィーダー照明回路,MC41A,MC41B及びMC11に,上記技術基
準第14条1項で要求されている絶縁抵抗値を極端に下回っている絶縁不良
箇所があることを発見したのであるから,a作業所の電気工作物に事故が発
生するのを未然に防止するため,速やかにa作業所に対し,巡視点検処理表
により絶縁不良箇所の改修指示をするなどしなければならないのに,何らそ
の措置を講じなかった。
しかも,B係員が平成8年5月17日に持参した年次点検記録表(乙5の
1)に添付の低圧関係絶縁抵抗測定(乙5の2,5の3)の表中の結果欄に
×印が付いていたため,原告の基幹要員C(以下「C基幹要員」という。)
が,大丈夫かと念を押して聞いたところ,B係員は,大丈夫であると断言す
らしていたのである。
そして,同日以後本件火災発生までの間,被告からa作業所に対しては,
巡視点検処理表に基づく改修指示の通知等は全くされなかった。
以上のとおり,被告の被用者である保安担当者は,本件年次点検の結果,
電気配線回路中に絶縁不良箇所があることを発見したのであるから,原告に
対し,当該絶縁不良箇所の改修を指示する保安管理業務委託契約上の義務が
あったにもかかわらず,原告の職員に対し,絶縁不良箇所の改修指示をせ
ず,かえって電気工作物をそのまま使用して差し支えない旨述べたため,原
告は,被告の保安担当者の説明のとおり電気工作物を安全に使用できるもの
と信じて操業を開始したところ,本件年次点検で発見されていた絶縁不良回
路であるパイプラインヒーター2回路の漏電により本件火災が発生するに至
ったものであるから,本件火災は,被告の保安管理業務委託契約上の義務の
不完全履行に起因することは明らかである。
(被告)
本件年次点検は,B係員及び被告のe出張所のD所長によって行われた。
B係員は,平成8年5月10日午後1時30分ころから1時間をかけて点検
測定を行ったが,点検時にa作業所の原告職員が不在であったため,A環境
整備のEが,原告職員に代わって同点検に立ち会った。そして,B係員は,
点検測定作業を終了した後,Eに対して,キュービクル内骨材フィーダー照
明1回路,配電盤内パイプラインヒーター2回路の計3回路に絶縁不良があ
る旨指摘し,配電盤内パイプラインヒーター2回路については,配電盤の扉
を開き,ELBブレーカーの下にある電磁開閉器MC41AとMC41Bを
指で示し,この2回路が絶縁不良であると明確に説明し,また,キュービク
ル内骨材フィーダー照明回路の絶縁不良については,当日は雨であったた
め,キュービクルプラント上方投光器用コンセントに多少の雨水が浸入した
ことによる一時的な絶縁不良が発生した可能性も考えられたので,その旨説
明し,Eは,後で調査する旨述べた。
B係員は,同月17日,本件年次点検実施の結果について,年次点検記録
表をC基幹要員に提出し,原告との保安管理業務委託契約に基づく絶縁不良
箇所の通知を行った。その際,B係員は,C基幹要員が電気についての知識
を十分有していない様子であったため,同基幹要員に対して「5月10日の
年次点検後,Eさんによく説明をしておきました。骨材フィーダー照明回路
の絶縁不良については,コンセントに雨水が浸入した形跡があり,これによ
る一時的な絶縁不良が発生したと考えられます。」と説明したが,絶縁不良
箇所全部について,「大丈夫です。」などと述べてはいない。
以上のとおり,B係員は,本件年次点検の結果に基づき,原告の担当者に
対し,絶縁不良箇所がある旨を具体的に説明しているのであり,保安管理業
務委託契約上の義務を履行している。
なお,原告の保安規程15条によれば,原告は,「巡視,点検,および測
定試験の結果,通商産業省令で定める技術基準,その他の法令に適合しない
事項が判明したときは,当該電気工作物を修理し,改造し,移設し,または
その使用を一時停止し,もしくは制限する等の措置を講じ,常に技術基準そ
の他の法令に適合するよう維持するものとする。」となっているから,原告
は,前記絶縁不良箇所の説明を受けた以後は,同条に基づき,前記絶縁不良
箇所につき,原告において速やかに改修等の対策を講ずる義務を負担するに
至ったものである。
(3) 損害
(原告)
ア プラント設備の復旧費用       2800万円
AP配電盤,AP計量操作盤,AP動力操作盤,印字記録計,NBバー
ナー,骨材フィーダー制御盤及びAP本体部品等の取替設置費用
イ アスファルト合材の生産・販売不能による損失(ただし,火災発生の平
成8年5月20日以後,プラント設備の復旧が見込まれる同年11月末ま
での間の損失)            1151万4507円
(ア) 他社への販売不能による逸失利益(販売予想数量5900トン)
                    920万6200円
(イ) 他社からの購入による損失(自社生産の場合との差額)
                    230万8307円
ウ a作業所休業による経費損失    180万円
(ア) ショベルの借上げ契約解除による損害賠償
                    120万円
(イ) 下請会社雇用のプラントオペレーターの人件費補償
                     60万円
エ 弁護士報酬              250万円
オ 損害合計              4381万4507円
(被告)
原告の損害の発生に関する主張は,いずれも不知。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件火災の出火原因)について
(1) 証拠(甲8ないし12,乙7ないし13,16ないし31,34,証
人E,証人B,鑑定)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ
る。
ア a作業所においては,本件火災当日である平成8年5月20日,合計3
0分程度のプラント稼働があったにすぎず,同日午後4時30分ころには
操作室のスイッチが切られた。ただし,アスファルトの凝固を防止するた
め,パイプラインヒーター2回路のスイッチは切られておらず,また,動
力回路は,操作室のスイッチが切られても通電されている仕組みとなって
いた。なお,パイプラインヒーター2回路の配線は,昭和56年に本件プ
ラントが設置されて以来,取り替えられた形跡はない。
配電盤からの配線の回路は,別紙2(添付省略)のとおりであり,配電
盤裏側(東側)には,主遮断機であるNFBブレーカーからリサイクルキ
ット回路,ドライヤー,ミキサー,排風機等へ各動力回路が接続され,配
電盤正面側(西側)には,NFBブレーカーからELBブレーカーを経て
パイプラインヒーター2回路等が接続されていた。そして,これらの配線
は,配電盤下のピットを経て,コンクリートトラフの土砂堆積部分を通
り,交差部においてケーブルラック中(地面上に簡易な鉄枠を設け,鉄蓋
をかぶせたもの)に出たうえ,ケーブルラック中を通り各機械に接続され
ていた。なお,配電盤とケーブルラックとの間隔は,約80センチメート
ルであった。
NFBブレーカーの性能は,定格電圧AC550(220)V,定格電
流800,700A,定格遮断電流150kA(220V),過電流動作
特性「1万A以上で瞬時遮断」,最大全遮断時間0.021秒以内,電流
引きはずし方式「熱動-電磁」,動作種別「過電流・短絡・熱保護兼用」
というものであり,ELBブレーカーの性能は,定格電圧AC200V,
定格電流100A,定格感度電流200mA(タップ使用),漏電時遮断
動作時間0.3ないし1.6秒以内,過電流動作特性「1500A以上で
瞬時遮断」,最大全遮断時間0.02秒以内(1500A以上),定格遮
断電流50kA,電流引きはずし方式「熱動-電磁」,動作種別「過電
流・短絡・高周波サージ」というものであった。
イ 本件火災後の配線等の燃燬状況をみると,配電盤の正面側及び裏側並び
にケーブルラック中の配線の絶縁被覆材は焼け落ちているが,配電盤裏側
下のピット及びこれに続くコンクリートトラフの土砂堆積部分の電線は燃
燬した形跡がない。パイプラインヒーター2回路は,交差部において何か
所か溶融・溶断痕が生じており,リサイクルキット回路は,配電盤裏側に
おいて2か所,交差部において2か所の溶融・溶断痕が生じていた。ま
た,ケーブルラックの東側部分においてドライヤー回路,排風機回路等の
配線に多数の溶融・溶断痕が生じており,特に排風機回路の配線について
は,負荷側から電源側にかけて数か所の溶融・溶断痕が生じていた。
NFBブレーカー及びELBブレーカーは,いずれもスイッチが切れて
おり,本件火災の際に作動したことが示されていた。
ウ 本件火災の消火活動に当たったF消防組合消防署は,本件火災につい
て,「配電盤付近から出火し,周囲の重油バーナー及び操作室に延焼した
ものと推定されるが,出火原因は不明」としている。
A環境整備の従業員Gは,第一発見者であるが,現場に駆け付けた時に
は,配電盤の下の方から炎が吹き上げるようにして燃えており,その後操
作室等の方に延焼していった。また,上記消防署の最先着隊が現場に到着
した時には,配電盤裏側の下から炎が吹き上げており,その地面には漏れ
た重油が燃えていたが,炎が上がるまでにはなっていなかった。
消防署は,重油バーナーへの給油管から重油が漏洩したとしてその量を
約60リットルと推定しているが,被告による漏洩実験によると,フレキ
シブル管が設置された付近から約60リットルの水を漏洩した結果,配電
盤やケーブルラックには届いたが,キュービクルのかなり手前までしか達
しなかった。本件火災後,キュービクルの東側壁はかなり煤けていたが,
これは,重油がキュービクルの近くまで流れてきて燃焼したことによるも
のとも考えられ,約60リットルをかなり超える重油が漏洩した可能性も
否定できない。
エ 配線等の通性について,次のようなことがいえ,このことは,被告によ
る実験結果によっても裏付けられた。
(ア) 本件プラントの配線に用いられているポリ塩化ビニールを絶縁被
覆材としている電線は,JIS規格として難燃性があることが要求され
ており,着火しても炎は延焼することなく,自然に消える性質をそなえ
ている。被告の実験によっても,重油又はガスにより電線を燃焼させた
が,延焼はなく,熱源を止めると,自然消火した(乙11,24,2
8,29)。パイプラインヒーター2回路の配線は,2芯をポリ塩化ビ
ニールで覆ったうえ,ポリエステルの押え巻きテープで巻き,更にその
上をポリ塩化ビニールのシースで覆ったものであり,上記のような難燃
性及び自消性をそなえていた。
(イ) ELBブレーカーと同種のブレーカーにパイプラインヒーター2
回路と同種の配線を接続し,高電流を流して短絡させると,直ちに同ブ
レーカーが作動し,配線の温度もさほど上昇せず,また,同配線を短
絡,スパークさせても,これに接触している他の配線が短絡したり着火
したりすることはない(乙10,24,31)。
(ウ) リサイクルキット回路の配線については,電源側に最も近い箇所
が短絡・溶断すれば,それより負荷側の箇所が短絡・溶断することはあ
り得ず,負荷側から電源側にかけて4か所の短絡・溶断が生ずるために
は,負荷側の箇所から順次短絡・溶断が生じなければならない。東側ケ
ーブルラック中の特に排風機回路の配線についても,同様のことがいえ
る(乙25ないし27)。
オ 鑑定人H(I大学教授)による鑑定結果は,次のとおりである。
(ア) 理論的には,パイプラインヒーター2回路の配線における短絡,
スパークの繰返しは,絶縁被覆材における導電パスの生成(トリーイン
グ)を促進し,漏れ電流の増大が生じて加熱に伴うグラファイト化を進
行させ得ると考えられるが,最近の絶縁被覆材は,200V程度の常用
に対して短絡,スパークに起因するトリーイングの発生はほとんど皆無
の状況であるから,上記のような絶縁被覆材のグラファイト化は考え難
い。
また,絶縁被覆材のグラファイト化は,200Vの電圧では瞬間的に
生じることはなく,発火に至るまでにはかなりの時間を要する(a作業
所のプラントが稼働し始めた平成8年5月16日から同月20日までの
5日間は「かなりの時間」に当たる。)が,それまでに漏電ブレーカー
が作動しないことは考えられない。
パイプラインヒーター2回路に接続しているELBブレーカーの定格
感度電流である200mAに満たない10ないし20mA程度の漏電が
5日間続いても,同回路の配線の絶縁被覆材がグラファイト化する可能
性はほとんどないが,次第に漏電電流が増加した場合には,200mA
以下でも2,3日でグラファイト化し,発火に至る可能性も否定できな
い。
(イ) 理論的には,パイプラインヒーター2回路の漏電が,ケーブルラ
ックに橋絡されて,ケーブルラックが加熱されることがあり得るが,通
常は,過電流が感知されて漏電ブレーカーが作動し,電流が遮断される
ように設計されているはずである。もし,漏電ブレーカーが作動しなけ
れば,ケーブルラック内の温度が上昇し,絶縁被覆材の抵抗値が急激に
低下し,一層漏電して発熱,発火につながる可能性が大きい。
(ウ) パイプラインヒーター2回路の配線が発火・燃焼しても,近接・
集合する配線に燃え移る可能性は少ないが,加熱に伴う絶縁被覆材のグ
ラファイト化は免れない。
(エ) ポリ塩化ビニール絶縁被覆の電線を屋外で長期間使用すると,可
塑剤の放出が徐々に進行し,可撓性を喪失し,絶縁破壊を生じやすくな
る。しかし,パイプラインヒーター2回路の配線のように,押え巻きテ
ープで巻いたうえ,シースで被覆している場合には,劣化の程度が抑制
され,特に押え巻きテープで巻かれていることによって,可塑剤散逸に
よる風化現象は十分に抑制される。もっとも,約16年間も屋外に放置
されていたとすれば,可塑剤散逸によるボイド(空隙)等の発生は十分
にあり得る。
(2) 上記認定事実と前記の前提事実を踏まえて,原告主張の本件火災の出
火原因について検討する。
ア まず,原告は,交差部におけるパイプラインヒーター2回路の配線が漏
電して短絡,スパークし,その熱により絶縁被覆材が加熱されてグラファ
イト化し,その進行により電流が増加して発熱・発火し,その火炎がケー
ブルラック内のリサイクルキット回路の配線等の他の配線に延焼した後,
リサイクルキット回路の配線が,コンクリートトラフ内,配電盤内を伝っ
て瞬時に短絡し,その高熱によって配電盤裏側で燃え上がり,他に延焼し
た旨主張する。
しかしながら,パイプラインヒーター2回路の配線が,接続するELB
ブレーカーが作動しないうちに,短絡,スパークし,グラファイト化し,
発熱・発火したとは考えられず,短絡,スパークしていれば瞬時に上記ブ
レーカーが作動し電流が遮断していたものといえ,まして,他の配線に燃
え移ったとは認められない。
また,リサイクルキット回路の配線が,交差部と配電盤において瞬時に
短絡したというのも,電気原理上,全く不合理といわざるを得ない。すな
わち,同配線には4か所の溶融・溶断痕が生じているが,交差部の2か所
で負荷側から順次短絡が生じた後,配電盤の2か所で短絡が生じたものと
認められる。
そして,交差部においてパイプラインヒーター2回路が発熱・発火し,
他の回路の配線に延焼したというが,そのとおりであるとすれば,負荷側
である東側ケーブルラックの排風機回路等の配線に溶融・溶断痕が生ずる
余地はないのに,実際には数か所溶融・溶断痕が発生している。この点に
ついて,原告は,ケーブルラック内の他の配線は,ケーブルラックの鉄
枠・鉄蓋によって遮蔽されていたために,延焼は継続しているものの,燻
る程度にとどまっていたところ,交差部から配電盤内に燃え移った火が配
電盤の内部を完全に焼損したうえ,その強い火炎が配電盤裏側下部から外
に吹き出し,付近にあった前記フレキシブル管を焼き,漏れ出した重油に
着火したため,次第にケーブルラック内の配線の火勢が高まり,東側ケー
ブルラック内の配線に短絡が発生して溶融・溶断痕が生じた旨主張するけ
れども,上記のとおり,交差部でパイプラインヒーター2回路の配線が発
火しながら,配電盤裏側でリサイクルキット回路の配線が短絡して発火す
るという事態が考え難いのみならず,パイプラインヒーター2回路の配線
から他の配線に延焼したというのに,鉄枠・鉄蓋があるとはいえ空気の補
給が阻害されるようなものではないケーブルラック中において,他の配線
が燻る程度でとどまるのか疑問が残る。東側ケーブルラック中の排風機回
路等の配線が何らかの原因により負荷側から電源側にかけて順次短絡,ス
パークして溶融・溶断痕が発生した結果,交差部においてパイプラインヒ
ーター2回路,リサイクルキット回路の各配線等が燃焼したとみるのが合
理的である。
以上のとおりであるから,原告主張のような出火原因により本件火災が
発生したとは認められない。
イ 次に,原告は,上記主張と選択的に,パイプラインヒーター2回路の配
線に通電が続けられたため,交差部における同配線の絶縁不良箇所から長
時間に及ぶ漏電が生じ,これが継続することによって,傍らにあるケーブ
ルラックの鉄枠・鉄蓋等の伝導体に橋絡し,加熱が生じたことから,鉄
枠・鉄蓋等と接触しているケーブルラック内の配線の絶縁被覆材が炭化
し,炭化した絶縁被覆材が更に継続的に加熱されることにより発火し,そ
の火炎がケーブルラック内に密集した他の電線に延焼したうえ,その火炎
が更に配電盤内に燃え移った旨主張する。
しかしながら,パイプラインヒーター2回路の配線が,接続するELB
ブレーカーが作動しないうちに,漏電し,ケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等
に橋絡し,他の配線を炭化,発火させるほど鉄枠・鉄蓋等を加熱させるこ
とは考え難い。
また,配電盤下のピット中の配線及びコンクリートトラフの土砂堆積中
の配線は燃焼した形跡がないのに,交差部の配線が発火した後,約80セ
ンチメートル離れている配電盤にどのように延焼したのか疑問が否定でき
ない。
したがって,原告の上記主張のような出火原因によって本件火災が発生
したとも認められない。
(3) 以上のとおり,本件年次点検で指摘された絶縁抵抗不良箇所に接続し
ていたパイプラインヒーター2回路における漏電を原因として配線の絶縁被
覆材が燃焼して本件火災が発生しものとは認められない。本件全証拠を検討
するも,本件火災の原因は明らかでない。
 2 争点(2)(被告の債務不履行(保安管理業務の不完全履行))について
原告の主張は,本件年次点検において指摘された絶縁抵抗不良に接続してい
たパイプラインヒーター2回路の配線が漏電して配線の絶縁被覆材が燃焼して
本件火災が発生したことを前提とするものと理解されるが,上記のとおり,そ
の前提を認めることはできないから,これを検討する必要がないものというべ
きである。
第4結論
よって,原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないの
で棄却することとし,主文のとおり判決する。
  
     札幌地方裁判所民事第1部
         裁判長裁判官  坂 井   満
            裁判官  山 田 真 紀
            裁判官  佐々木 清 一

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛