弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告理由の要旨は、末尾添付の即時抗告申立書記載のとおりである。
 第一、 抗告申立人A(以下申立人と称する)に対する出入国管理令違反被告事
件の記録を精査すれば、次の事実が認められる。
 (一) 申立人は昭和三三年六月五日頃韓国船B号に船員として乗船し同国C港
を出港して同月七日頃対馬D港に入港したが、所持していた船員手帳に嫌疑をかけ
られ翌八日厳原海上保安部の取調を受くるに至つたのである。
 (二) かくて、申立人は同月一〇日海上保安官の取調に対して、自己の本籍は
慶尚南陜陳川郡a・bc、住居は慶尚南道浦項市deノf、氏名はE、生年月日は
擅紀四二五五年一〇月二六日生と詐称した上、これより先昭和三一年五月二五日頃
韓国C港より同国貿易船F号の船員として対馬G港に入港し、また同年一〇月二日
頃右C港より韓国貿易船H号の船員として右G港に入港したが、二回とも本籍及び
住居が韓国馬山市g、氏名がA、生年月日が擅紀四二五五年六月一日生となつてい
る他人名義の船員手帳に自己の写真を貼りつけて偽造し、これを所持して不法に日
本に入国した旨の虚偽の自白をしたので、即日右二回の不法入国被疑事実により同
保安官から緊急逮捕され、次で翌一一日同保安官の取調に対し右同様の虚偽の自白
を繰り返し、更に同月一三日の検察官の取調においても従来通りの虚偽の自白をし
たので勾留を請求され、翌一四日の裁判官の勾留質問に対しても、同様の虚偽の自
白をしたため同日前示被疑事実につき勾留されるに至つたものである。
 (三) ところが、申立人はその後同月二三日検察官の取調に対し自己の氏名は
本来Aと称していたが昨年(昭和三二年)二月頃姓名判断の結果正規の手続を経て
Eと改名したもので、A名義の船員手帳は当時正式にI海事局より自己に交付され
たものであり、現在所持しているE名義の船員手帳もまたI海事局より正式下附さ
れたものであるから、勾留の被疑事実となつている二回のG港入港は何れも自己の
正規の船員手帳による入港であつてこの点に関する従来の不法入国の自白は虚偽で
あつたと申し立て、次で同月二六日、三〇日の検察官の取調においても同様の陳述
をしたが、検察官は申立人が右虚偽の自白をひるがえしたのに拘らず、これを申立
人の遁辞であり該虚偽の自白が事実であるとの心証の下に昭和三三年七月二日右虚
偽の自白に基く昭和三一年五月と同年一〇月の二回に亘る申立人のG港入港を不法
入国と認め、同事実につき申立人を出入国管理令違反事件により長崎地方裁判所厳
原支部に起訴したのである。
 (四) しかして、申立人は同裁判所の同年七月二五日の第一回公判期日より同
年一〇月二八日の第六回公判期日に至るまで、前掲公訴事実に対し終始正規の手続
により自己に下附されたA名義の船員手帳により入国したものであると主張しその
間各種証拠調がなされた結果、同日同裁判所はEなる氏名はAを改名したものにし
て同一人でありA名義の船員手帳は申立人に正規に交付されたものであるから、前
叙の二回のG港入港が不法入国であるという公訴事実は犯罪の証明がないとして無
罪の判決を言渡したのである。
 (五) 右判決に対しては検察官より控訴の申立てがあり福岡高等裁判所は事実
取調をした上、昭和三四年四月二七日申立人はEの氏名を詐称しているものではあ
るが、Aなることに間違なく、従つて当時所持していたA名義の船員手帳は正規の
ものであり、これを所持して入国した本件は罪とならないとして控訴を棄却する旨
の判決を言渡し、同判決の確定により申立人の無罪が確定したのである。
 第二、 そこで、申立人が海上保安官、検察官及び裁判官の勾留前の取調に対し
虚偽の自白をなした上その後これをひるがえすに至つた経緯と原因を探究するに、
申立人に対する出入国管理令違反被告事件記録、就中厳原支部第五回公判調書、福
岡高等裁判所における第五回公判期日において取り調べられた申立人の検察官に対
する昭和三四年二月二三日附供述調書謄本によれば、次の事実が認められる。
 (一) 申立人は本籍が韓国馬山市gh番地、住居が同市gi番地、氏名がA、
生年月日が擅紀四二五九年一一月一一日生の者であるところ、昭和三三年六月初突
然対馬に渡航する必要に迫られたが、従来持つていたAなる自己名義の船員手帳は
失効して使用できなかつたのでJに船員手帳の不正入手方を依頼したところ、同人
から申立人の写真を貼りつけた本籍慶尚南道陜川郡a・bc、住居慶尚南道浦項市
deノf、氏名E、生年月日擅紀四二五五年一〇月二六日となつている船員手帳を
渡されたので、これを所持して貿易船B号に船員として乗船し同月七日対馬D港に
入港したのである。
 (二) ところが、申立人は翌八日厳原海上保安部保安官の取調を受くるにいた
り昭和三一年五月二五日頃と同年一〇月二日頃の二回Aなる氏名を以てG港に入港
していた事実が発覚するやその氏名の異ることの弁明に窮したため、旧い事件は軽
視され刑責が軽減されるに反し、新しい事件は重大視され刑責が重いものと憶測し
た結果刑責の減軽をはかると同時に新しい昭和三三年六月七日の不法入国の事実を
隠蔽してその罪責を免れようと企て、Eの氏名を詐称し、同人名義の船員手帳も自
己に正規に下附されたものである旨虚偽の申立をなすと共に以前の二回に亘るG港
入港は他人であるAの船員手帳を偽造しこれを所持して不法に入国したものである
と虚偽の自白をなすに至つたのである。
 (三) ところが、申立人は予期に反し虚偽の自白に基く二年前の不法入国の被
疑事実につき勾留されたので、事の意外に驚いてその後、検察官の取調に対し自己
の本来の氏名はAであつて同名義の船員手帳も当時正規の手続により自己に下附さ
れたものであるから、これを所持して過去二回G港に入港したのは適式の入国であ
ると真実を述べるに至つたが、同時に右偽造にかかるE名義の船員手帳による昭和
三三年六月七日の不法入国の発覚を防止しようとして、Aなる氏名はその後正規の
手続によりEと改めたもので何れも自己の事実の氏名であると虚偽の申立をなした
上、これが裏付のため厳原支部の公判において虚偽の戸籍抄本を提出し且つこれに
副う証人を作為する等種々偽装工作を構えて、前掲昭和三一年五月二五日頃と同年
一〇月二日頃の二回に亘る入国の公訴事実につき無罪の判決を受けたのである。
 第三、 もともと、刑事補償請求権は憲法第四〇条により保障された権利であつ
て、同法第一二条による制限を受ける外法律によつてもみだりにこれを剥奪し得な
いものと解すべきものであることと、現行刑事補償法第三条に対応する従前の規定
が広汎補償な除外例を設けていたのを憲法の右趣旨に則つて現行法の如く改正した
経緯に鑑みれば、刑事補償法第三条の補償をしない場合の規定を極めて厳格且つ制
限的に解すべきものなることは疑をいれないところであるから、同条一号所定の捜
査又は審判を誤らせる目的。とは単なる認識を以て足りないことは勿論であり、ま
た任意に虚偽の自白を繰り返した一事を以て、かかる目的に出たものと推断するこ
との許されないことも当然にして、該目的は証拠上明確に認められる場合でなけれ
ばならぬものと解すべきである。
 <要旨>ところが申立人は上記のごとく旧い不法入国は刑責が軽減せられるのに反
し新しい不法入国はそれが重いものと憶測して、自己の刑責を軽減し且つ新
しい昭和三三年六月七日にかかる不法入国の罪責を免れようと企て、上記旧い二年
前の適法入国を不法入国である旨虚偽の自白をしたものであるから、かくの如きは
まさしく捜査又は審判を誤らせる目的で虚偽の自白をした場合に該当するものとい
わなければならない。
 しかも、右虚偽の自白が申立人に対する本件逮捕勾留の原因となつていること
は、該自白の不法入国を被疑事実として逮捕勾留されていることに徴し極めて明ら
かである。
 第四、 尤も、前示記録によれば、申立人は虚偽の自白をした一〇日後には既に
検察官の取調に対しこれをひるがえして事実を述べてはいるものの、同時に更に自
己の新しい不法入国の罪の発覚を防止しようとしてAなる本来の氏名を正規の手続
によつてEと改名したと虚偽の申立をしたため、改名しても変わる筈のないAの本
籍及び生年月日とEのそれとがすべて異つており、これが相違の理由についての申
立人の弁明も必然的に暖昧を極めていたためと更に他の証拠との関係上改名の弁解
を是認するに由ない状況にあつたため、これと一連の関係において述べられた申立
人のAの船員手帳が自己に真正に下附されたという真実の主張も亦検察官の心証を
得られるに至らずして起訴され、裁判所の公判もまた申立人の真偽織りまぜた陳述
のため遅延したことが認められる。さすれば、申立人の折角の虚偽の自白の早期撤
回は、自己の新たな不法入国の罪責を免れんとして同時に虚構の事実を縷々附加陳
述したことが最大且つ決定的な原因となつてたやすく受け容れられるに至らなかつ
たものにして、畢竟、申立人自ら求めて右撤回の効果を抹殺し去つたことに帰する
から、右虚偽の自白の早期撤回は刑事補償の許否を決するにつき何等考慮に値しな
いものといわねばならない。
 第五、 かようなわけで、申立人は捜査を誤らせる目的で虚偽の自白をなし因つ
て逮捕勾留されて起訴されたものであるのみならず、自己の新たな不法入国の罪責
を免れようとして右虚偽の自白の早期撤回と一連の関係において換言すれば畢竟虚
偽の自白との関連において更に虚構の事実を縷々申し立て、因つて以て捜査及び審
判を困難と遅延に陥れた上勾留日数の伸長を招来したものであるから、かくの如き
場合において刑事補償の全額を拒否することは拘禁日数一四一日を考慮にいれて
も、なお相当にして刑事補償法の精神に背反するものということはできない。
 従つて、申立人に対しては刑事補償法第三条第一号前段第一六条により刑事補償
の全部をしないのが相当であり、これと同趣旨の原決定は正当にして本件抗告は理
由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項に則りこれを棄却すべきものとする。
 (裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

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