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平成22年8月31日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成21年(ワ)第2097号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成22年5月25日
判決
原告フジボウ愛媛株式会社
訴訟代理人弁護士村西大作
訴訟代理人弁理士五十嵐俊明
訴訟復代理人弁護士和田祐造
被告株式会社FILWEL
訴訟代理人弁護士美勢克彦
平井佑希
補佐人弁理士西澤利夫
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙被告製品目録記載の研磨布を製造し,譲渡し,貸渡し,譲渡及
び貸渡しの申出をしてはならない。
2被告は,その占有にかかる前項の研磨布を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,4億9400万円及びこれに対する平成21年2月2
4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「研磨布および平面研磨加工方法」とする後記特許権
の専用実施権者である原告が,被告による別紙被告製品目録記載の研磨布を製
造,譲渡する等の行為が原告の専用実施権を侵害するとして,被告に対し,特
許法100条1項に基づき,同研磨布を製造,譲渡する等の行為の差止めを,
同条2項に基づき,同研磨布の廃棄をそれぞれ求めるとともに,専用実施権侵
害の不法行為に基づき,損害金4億9400万円及びこれに対する不法行為の
後の日である平成21年2月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1判断の基礎となる事実(末尾に証拠等の掲記のない事実は争いがない。)
()当事者1
ア原告は,不織布,合成皮革工業品の製造加工及び販売等を目的とする株
式会社である。
イ被告は,各種電子デバイス用精密研磨材の開発,製造,加工及び販売等
を目的とする株式会社である。
()原告の専用実施権等2
ア富士電機デバイステクノロジー株式会社は,次の特許権(以下,「本件
特許権」といい,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。また,本
件特許権に係る出願の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件明細
書」といい,特許請求の範囲の請求項1に記載の発明を「本件特許発明」
という。)の特許権者である。(甲1,2)
発明の名称研磨布および平面研磨加工方法
特許番号特許第3697963号
出願日平成11年8月30日
登録日平成17年7月15日
特許請求の範囲
【請求項1】
「ベース層と該ベース層の上に積層した軟質プラスチックフォームで作ら
れたシート状の表面層とからなる研磨布において,前記表面層を,セル
を開口させずに層内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン層で
覆われている独立気泡フォームで形成し,当該スキン層の表面が,研磨
液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面としてなることを特徴とす
る研磨布。」
イ本件特許発明は,次の構成要件に分説することができる(以下「構成要
件A∼D」という。)。
Aベース層と該ベース層の上に積層した軟質プラスチックフォームで作
られたシート状の表面層とからなる研磨布において,
B前記表面層を,セルを開口させずに層内に内包するように表面が平坦
な非発泡のスキン層で覆われている独立気泡フォームで形成し,
C当該スキン層の表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研
磨面としてなる
Dことを特徴とする研磨布。
ウ原告は,本件特許権に係る次の内容の専用実施権(以下「本件専用実施
権」という。)の2分の1の共有持分を有している。
設定登録日平成17年12月19日
範囲地域:日本国全域
期間:本件特許権の存続期間中
内容:本件特許権の請求項1から請求項5までに記載された発明の
実施
()被告の行為3
被告は,製品名を「ベラトリックス(品番NP025)」とする研磨布
(以下「被告製品」という。)を製造販売している。
2争点
()被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)1
()本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)2
ア新規性が欠如しているか①(争点2−1)
本件特許発明は特開平11−204467号公報(乙1,以下「乙1公
報」という。)に記載された発明(以下「乙1発明」という。)と同一か
イ新規性が欠如しているか②(争点2−2)
本件特許発明は本件特許出願前に公然知られた発明と同一か
ウ新規性が欠如しているか③(争点2−3)
本件特許発明は特開平7−108454号公報(乙17,以下「乙17
公報」という。)に記載された発明(以下「乙17発明」という。)と同
一か
エ進歩性が欠如しているか(争点2−4)
本件特許発明は当業者が乙17発明等に基づいて容易に発明できたもの

オ実施可能要件,明確性要件,サポート要件に違反するか(争点2−5)
()損害の額(争点3)3
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
()被告製品の構成1
被告製品の構成は,別紙被告製品目録のとおりであり,本件特許発明の構
成要件に対応させて分説すると次のとおりとなる。
aベース層5aと該ベース層5aの上に積層した軟質プラスチックフォー
ムで作られたシート状の表面層5bとからなる研磨布において,
b前記表面層5bを,セル5b−1を開口させずに層5c内に内包するよ
うに表面が平坦な非発泡のスキン層5dで覆われている独立気泡フォーム
で形成し,
c当該スキン層5dの表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う
研磨面としてなる
dことを特徴とする研磨布。
()構成要件充足性2
ア構成要件Bについて
(ア)「セルを開口させずに層内に内包するように」
a本件明細書の段落【0007】には「バフィング加工により表面層
5bの表面を形成しているスキン層(プラスチックフォームの表面を
形成する非発泡層)を研削してフォームの層内に内包しているセル
(気泡)5b−1を横から切断し,セル空洞を表面層5bの表面に開
口させてハニカム状のセル構造を作り出す」と記載されているから,
「セルを開口」させるとは,バフィング加工によりスキン層を研削除
去し,セル空洞を露出させることを意味する。特許請求の範囲におい
ても,「セルを開口させずに」というように「開口」の文言が使役動
詞として積極記載されており(「セルが開口しておらず」とは記載さ
れていない。),セルの先端が開口していないというような消極状態
を表す記載ではない。
そして,本件明細書の段落【0025】には,「層内に内包するよ
うに」について,セル5b−1がコア層5c内に閉じ込められている
と記載されている。
加えて,本件明細書には,本件特許発明の作用効果として,「研磨
布の表面層を形成しているプラスチックフォームのスキン層がワーク
の加工面全域に直接当接して研磨作用に関与し,層内に内包した発泡
セルはクッションの役目を果たす。」(段落【0018】),「研磨
加工中に外部から滴下供給した研磨液は,ワークと研磨布のスキン層
表面との間を流れた後にそのまま系外へ流出する」(段落【001
9】)と記載されているところ,これらの記載内容は,「セルを開口
させずに層内に内包するように」をバフィング加工によりスキン層を
研削除去しないことでセルを空洞に露出させず,セルが(コア)層内
に閉じ込められている状態と解することと整合する。
したがって,構成要件Bの「セルを開口させずに層内に内包するよ
うに」とは,バフィング加工によりスキン層を研削除去しないことで
セルを空洞に露出させず,セルが(コア)層内に閉じ込められている
状態を意味すると解釈すべきである。
b被告製品の表面のスキン層は,バフィング加工により表面層5bの
表面を形成しているスキン層を研削してフォームの層内に内包してい
るセル5b−1を横から切断してセル空洞を表面層5bの表面に開口
させてハニカム状のセル構造を作り出しておらず,また,セル5b−
1はコア層5c内に閉じ込められている。
したがって,被告製品は,構成要件Bの「セルを開口させずに層内
に内包するように」の要件を充足する。
c(a)湿式研磨布を含むことについて
本件明細書の図2に記載されている縦型発泡構造のセルは,典型
的な湿式成膜法で生成された研磨布のセル構造であるから,当業者
であれば,本件明細書には湿式研磨布が例示されていると把握する
ことが可能である。したがって,本件特許発明が湿式研磨布を排除
しているとは考えられない。そして,湿式研磨布は,一般に,製造
過程の脱溶媒時に表面層の表面から排出される溶媒と水との置換に
より,スキン層にはセルと連通した微細な連通孔が形成されるから,
このような微細な連通孔は構成要件Bにいう「開口」に該当しない。
なお,構成要件Bの「セルを開口させずに」を被告が主張するよ
うな一般的な意味に理解したとしても,本件特許発明にいう「開
口」とは,コロイダルシリカを通さないものであれば足りるところ,
ダイヤモンドドレスをしない場合には,被告製品の表面には微細な
連通孔があるとしても,コロイダルシリカの浸入を許す径の開口は
ないから(甲22),被告製品は「セルを開口させずに」との要件
を充足するといえる。
(b)ダイヤモンドドレスの施工について
また,被告は,被告製品を研磨するためにはダイヤモンドドレス
が必須であり,ダイヤモンドドレスを施した後の被告製品のセルは
開口しているとして,被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属さ
ない旨の主張をする。しかし,本件特許発明は研磨布という物の発
明であるから,被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか否
かを検討するに当たって,被告製品の購入者が研磨時にダイヤモン
ドドレスを行うということを考慮する必要はない。被告において本
件特許発明の技術的範囲に属する被告製品を販売している以上,被
告の行為が原告の本件専用実施権を侵害することを否定することは
できない。
(イ)「独立気泡フォームで形成し」
本件明細書の段落【0025】には「表面層5bを形成する独立気泡
フォームは,ポリエチレン,ポリウレタンなどの樹脂を発泡処理してシ
ート状に展開したものであり,図2の模式図で表すように均一に発泡し
たセル(気泡)5bを内包したコア層5cの両側に非発泡のスキン-1
層5dが形成されたストラクチュアルフォームと同等なセル構造」と記
載されている。
したがって,「独立気泡フォーム」とは,ポリエチレン,ポリウレタ
ンなどの樹脂を発泡処理してシート状に展開したものであり,本件明細
書の図2の模式図で表すように均一に発泡したセル(気泡)5b−1を
内包したコア層5cの両側に非発泡のスキン層5dが形成されたストラ
クチュアルフォームと同等のセル構造を有した構造体を意味する。なお,
マグローヒル科学技術用語大辞典(甲23の1)では,ストラクチュア
ルフォームについて,「発泡した心材が稠密な外皮でおおわれたもの」
と記載されており,本件特許出願時には当業者にとって周知なものであ
る。
被告製品は,ポリウレタン樹脂を発泡処理してシート状に展開したも
のであり,発泡したセル(気泡)を内包したコア層の両側に非発泡のス
キン層が形成されたストラクチュアルフォームと同等のセル構造を有し
た構造体であるから,構成要件Bの「独立気泡フォーム」の要件を充足
する。
(ウ)「表面が平坦な非発泡のスキン層で覆われている」
「平坦」とは,セルを開口させずに層内に内包するように構成するこ
とにより(バフィング加工によりスキン層を研削除去せずセルがコア層
内に閉じ込められた構造を有することにより),凹凸を呈さないことを
いい,「非発泡のスキン層」とは,スキン層にセル(発泡)が形成され
ていないことをいう。
被告製品は,バフィング加工がなされておらず,研磨布の表面はその
全面域が平坦な独立気泡フォームのスキン層で覆われているから,構成
要件Bの「表面が平坦な非発泡のスキン層で覆われている」との要件を
充足する。
(エ)したがって,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bを充足する。
イ構成要件A,C,Dについて
被告製品の上記構成a,c及びdによれば,被告製品が本件特許発明の
構成要件A,C及びDを充足することは明らかである。
ウ以上のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件をすべて充足する
から,その技術的範囲に属する。
【被告の主張】
()被告製品の構成1
被告製品の構成は,別紙被告製品説明書のとおりであり,本件特許発明の
構成要件に対応させて分説すると次のとおりとなる。
a’PET(ポリエチレンテレフタレート樹脂)支持体(第1層)と該支持体の
上に積層したPET−PU(ポリウレタン)共重合アンカー樹脂層(第2層)と
PU(ポリウレタン)湿式発泡層(第3層)よりなるシート状の研磨布であり,
b’1前記第3層は,ごく小さな大きさの表層発泡セルを有する表層部(H
1),中程度の大きさの中層発泡セルを有する中層部(H2),より大
きな深層発泡セルを有する深層部(H3)よりなり,
b’2表層発泡セルは,表面(S)においてすべて外部に向って開口して
おり,中層発泡セル及び深層発泡セルは,下記①ないし③のとおり,
連通あるいは開口しており,これらの外部に通じる開口を表面(S)
に有する。
①直接に表面(S)で外部に通じる開口を有するもの
②前記表層発泡セルと一体となって表面(S)で外部に通じる開口を
有するもの
③横方向(水平方向等)に連通して,さらに上記①又は②の形態と
して表面(S)で外部に通じる開口を有するもの
c’上記シート状の研磨布の表面(S)が,研磨液を介してワークの加工面と
擦り合う研磨面としてなる
d’ことを特徴とする研磨布。
()構成要件充足性2
ア構成要件Bについて
(ア)「セルを開口させずに層内に内包するように」
a「開口」とは,「①口を開くこと。話し始めること。②外に向かっ
て穴が開くこと。また,その穴。『傷の一部』」(広辞苑第5版)を
意味する。
そして,本件明細書の従来技術,作用効果及び実施の形態に関する
記載によれば,本件特許発明においては,気泡(セル)が開口を介し
て外部に通液できるような構造を有しておらず,研磨液が滞留するこ
となく研磨布表面から系外へと排出されることが明らかである。
したがって,構成要件Bの「セルを開口させずに層内に内包するよ
うに」とは,その表面に,セル空洞部に通じる,通気,通液可能な開
口を有していないことであり,気泡(セル)は密閉された状態にあっ
て開口のない表面が研磨加工に関与している構造をいう。
b被告製品においては,上記のとおり,表面発泡セルが表面(S)に
おいてすべて外部に向かって開口しており,中層発泡セル及び深層発
泡セルも外部に向かって開口しているから,構成要件Bの「セルを開
口させずに層内に内包するように」との要件を充足しない。
c(a)湿式研磨布を含まないことについて
本件明細書の図2に示されるセルは明らかに開口しておらず,独
立気泡フォームで形成されたものであるから,図2に示される研磨
布は湿式タイプではありえない。上記のとおり,本件特許発明は,
一般的意味で開口していない乾式研磨布を対象とするものであり,
内部から表面にいたる連通孔を有する湿式研磨布を含み得ない。被
告製品は湿式研磨布であり,本件特許発明の技術的範囲に属する余
地はない。
したがってまた本件明細書の図2に示される研磨布は湿式研磨布
であることを前提に,湿式研磨布において製造過程の脱溶媒時に表
面層の表面から排出される溶媒と水との置換により形成されるスキ
ン層のセルと連通した微細な連通孔が構成要件Bにいう「開口」に
該当しない旨の原告の主張は失当である。
なお,被告製品は,後記のダイヤモンドドレスをしない場合であ
っても,その表面にはコロイダルシリカの浸入を許す径の開口を有
しており,現にコロイダルシリカが浸入するから(乙13∼15),
ダイヤモンドドレスを施さずに被告製品をそのまま使用することを
前提にしても,被告製品が「セルを開口させずに」との要件を充足
しないことは明らかである。
(b)ダイヤモンドドレスの施工について
被告製品を用いて研磨をする場合には,実際の研磨に先立ってダ
イヤモンドドレスにより表面のうねりを取って小さな開口を得るか
ら,原告が主張する被告製品の表面のスキン層は取り除かれて,セ
ルが開口することになる。したがって,被告製品が本件特許発明の
技術的範囲に属さないことは明白である。原告は,ダイヤモンドド
レスを施さずに被告製品をそのまま使用することを前提として,被
告製品が本件特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をしているが,
顧客は被告製品を使用する際にダイヤモンドドレスを施すのである
から,原告の主張は失当である。
(イ)「独立気泡フォームで形成し」
「プラスチック−用語JISK6900−1994」(乙2)で
は,「独立気泡」とは「壁によってすべて囲まれ,したがって他の気泡
とは連結されていない気泡」と説明されている。また,材料,製品,シ
ステムサービスなどに関する信頼のおける技術的な世界標準の規格であ
るASTM規格(乙6)では,独立気泡は,吸水率が最大10%(被試
験体の密度が10lb/ft以上の場合には5%)とされている。3
本件明細書の発明の実施の形態の個所(段落【0025】)には「独
立気泡フォームは,ポリエチレン,ポリウレタンなどの樹脂を発泡処理
してシート状に展開したものであり,図2の模式図で表すように」と記
載され,図2には,それぞれが連通しておらず外部に通じる開口を有し
ない「独立気泡フォーム」が図示されている。
また,上記(ア)で検討した内容からすれば,「独立気泡」とは開口し
ないセルを意味することは明らかである。
したがって,構成要件Bの「独立気泡フォームで形成し」とは,各セ
ルがそれぞれ独立しており,互いに連通しておらず,外部に開口してい
ないことを意味する。
しかるに,被告製品は,いずれのセルも,互いに連通し,外部に開口
しているから,構成要件Bの「独立気泡フォームで形成し」との要件を
充足しない。
(ウ)「表面が平坦な非発泡のスキン層で覆われている」
上記(イ)で検討した内容からすれば,「表面が平坦な非発泡のスキン
層で覆われている」とは,セルを有しない層が発泡による独立気泡フォ
ームのセルをその層表面で外部と通じさせていない構造を有しているこ
と,つまり外部と通気,通液できないように開口していないように覆っ
ていることであるから,「表面が平坦」とはその表面に開口を有しない
ことを意味する。
しかるに,原告が本件特許発明の「スキン層」に該当すると主張する
被告製品の表層部(H1)の一部は,表層発泡セルを有しているから
「非発泡のスキン層」ということはできないし,外部に開口しているか
ら「表面が平坦」ということもできない。
イ構成要件Cについて
上記のとおり,被告製品は,構成要件Bを充足しないのであるから,構
成要件Cの「当該スキン層」との要件も充足しない。
ウしたがって,被告製品は,構成要件B及びCを充足しないから,本件特
許発明の技術的範囲に属さない。
2争点2−1(新規性が欠如しているか①)について
【被告の主張】
()構成要件Aについて1
乙1公報(段落【0005】及び【0007】)には,乙1発明が下地に
貼り合わされた合成樹脂を素材とする研磨パッドであることが記載されてい
る。
乙1発明の「下地」及び「合成樹脂を素材とした研磨パッド」は,順に本
件特許発明の「ベース層」及び「軟質プラスチックフォームで作られたシー
ト状の表面層」に相当する。
したがって,乙1発明は,本件特許発明の構成要件Aの「ベース層と該ベ
ース層の上に積層した軟質プラスチックフォームで作られたシート状の表面
層」に相当する構成を備えている。
()構成要件Bについて2
ア「セルを開口させずに」
乙1公報(段落【0005】)の記載によれば,乙1発明の乾式発泡系
研磨パッドは,研磨スラリが研磨パッド内部に浸透しない非通液状態であ
ることが明らかである。
したがって,乙1発明は,本件特許発明の「セルを開口させずに」に相
当する構成を備えている。
イ「表面が平坦な非発泡のスキン層」
乙1公報(段落【0005】)の記載によれば,乙1発明の乾式発泡系
研磨パッドは,研磨スラリが研磨パッドと被処理基板との接触界面にのみ
局在するとされているから,研磨スラリが研磨パッド内部に浸透せず,研
磨パッドの表面が平坦な非発泡の表皮(スキン層)で覆われていることが
明らかである。
したがって,乙1発明は,本件特許発明の「表面が平坦な非発泡のスキ
ン層で覆われている」に相当する構成を備えている。
ウ「独立気泡フォーム」
乙1公報(段落【0005】)には,乙1発明の乾式発泡系研磨パッド
が,独立発泡体からなり,ほぼ真球状の発泡ポア(セル)が形成されてい
ると記載されている。
したがって,乙1発明は本件特許発明の「独立気泡フォーム」に相当す
る構成を備えている。
エ以上のとおりであるから,乙1発明は,本件特許発明の構成要件Bに相
当する構成を備えている。
()構成要件Cについて3
乙1公報(段落【0005】)には,「独立発泡系の研磨パッドの場合は,
研磨スラリが研磨パッド内部に浸透しないため,研磨スラリは研磨パッドと
被処理基板との接触界面のみに局在する。」と記載されている。同記載は,
乙1発明の独立発泡系の研磨パッドは,表皮であるスキン層の表面が研磨ス
ラリ(研磨液)を解して被処理基板(ワーク)との接触界面のみに局在し,
研磨パッド内部のセルに浸透しないことを意味している。
したがって,乙1発明は,本件特許発明の構成要件Cの「スキン層の表面
が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面となる」に相当する構
成を備えている。
()構成要件Dについて4
乙1公報(段落【0001】及び【0004】∼【0007】)には,被
処理基板(ウェハ)を化学的機械研磨するための研磨パッドが記載されてい
る。
乙1発明の「研磨パッド」は,その機能,役割及び研磨する対象物からし
て,本件特許発明の構成要件Dの「研磨布」に相当する。
()目立てについて5
乙1公報(段落【0009】)には,乙1発明の研磨パッドを用いて被処
理基板の研磨を行うためには,まず,研磨パッドをドレッサにより研削(ド
レッシング)し,研磨パッドの表面に無数の傷をつけるという,いわゆる目
立て層を形成することが記載されている。化学的機械研磨を有効性のあるも
のとするためには,研磨布の表面に研磨スラリを保持することが必須であっ
て,そのため研磨布表面に対して,事前に,あるいは必要に応じて事後又は
研磨工程の途中で目立てを行うことは,この研磨スラリの保持のための手段,
つまり,化学的機械研磨のための前提・必須の手段である。本件明細書には
目立てについて明示の記載はないが,本件特許発明の研磨布の使用に際して
も,目立ては必須であり,目立てを行う乙1発明と本件特許発明とは何ら相
違するものではない。
()以上のとおり,乙1発明は本件特許発明の構成要件AないしDの全てに相6
当する構成を備えているから,乙1発明と本件特許発明とは同一である。
【原告の主張】
()構成要件Aについて1
乙1発明は,合成樹脂を素材とする研磨パッドであるが,その合成樹脂は
軟質ではなく硬質であるから(クッション性を奏し得ない。),本件特許発
明の「軟質プラスチックフォームで作られたシート状の表面層」(構成要件
A)と同一ではない。
()構成要件Bについて2
ア「セルを開口させずに」
被告は,乙1発明の研磨パッド内部に研磨スラリが浸透しない非通液状
態であることを理由として,乙1発明が本件特許発明の「セルを開口させ
ずに」に相当する構成を備えていると主張する。
しかし,特開平11−114834号公報(甲28の1,以下「甲28
の1公報」という。)の図1,特開平11−70468号公報(甲28の
2,以下「甲28の2公報」という。)の図10及び特開平11−151
651号公報(甲28の3,以下「甲28の3公報」という。)の図1か
ら明らかなように,研磨布表面層をセルを開口させて形成した場合であっ
ても,研磨布を非通液状態とできることは本件特許出願当時の当業者の技
術常識である。
したがって,乙1公報に,乙1発明の研磨パッドが非通液状態であるこ
とが開示されているとしても,研磨パッドの表面層がセルを開口させずに
形成されていることまでが開示されているとはいえない。
イ「表面が平坦な非発泡のスキン層」
被告は,乙1発明では研磨スラリが研磨パッドと被処理基板との接触界
面にのみ局在するとされているから,研磨パッドの表面が平坦な非発泡の
表皮(スキン層)で覆われていることが明らかであると主張する。
しかし,甲28の1公報の図1,甲28の2公報の図10及び甲28の
3公報の図1に示される研磨布は,表面が平坦な非発泡のスキン層を有し
ないが,研磨時に研磨スラリが研磨パッドと被処理基板との接触界面のみ
に局在することは明らかである。
したがって,乙1公報に,乙1発明において研磨スラリが研磨パッドと
被処理基板との接触界面にのみ局在することが開示されているとしても,
研磨布の表面が平坦な非発泡の表皮(スキン層)で覆われていることまで
が開示されているとはいえない。
ウしたがって,乙1発明が本件特許発明の構成要件Bに相当する構成を備
えているということはできない。
()構成要件Cについて3
被告は,乙1公報(段落【0005】)に記載されている「研磨スラリは
研磨パッドと被処理基板との接触界面のみに局在する」状態が,本件特許発
明の「スキン層の表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面
となる」状態に相当すると主張する。
しかし,上記のとおり,乙1公報には「表面が平坦な非発泡のスキン層」
が開示されていない上,表面層をセルを開口させて表面がスキン層で覆われ
ていない構造体で形成した研磨パッドであっても,研磨スラリが研磨パッド
内部に浸透せずに研磨スラリは研磨パッドと被処理基板との接触界面のみに
局在する効果を奏する場合があるから,乙1公報に記載されている「研磨ス
ラリは研磨パッドと被処理基板との接触界面のみに局在する」状態をもって,
本件特許発明の「スキン層の表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り
合う研磨面となる」状態に相当するということはできない。
()したがって,本件特許発明が乙1発明と同一であり新規性を欠くとの被告4
の主張には理由がない。
3争点2−2(新規性が欠如しているか②)について
【被告の主張】
乙1公報の記載から明らかなとおり,スキン層の表面に何ら処理を施さない
研磨布は,一般の射出成形等の注型法で作られた直後の研磨布そのものであり,
本件特許の出願前の時点で既に公知である。
本件特許発明は,物の発明であるから,本件特許発明と同じ構成を有する研
磨布が公知である以上,本件特許には特許法29条1項1号に違反する無効理
由がある。
【原告の主張】
特許法29条1項1号の「知られ」とは,発明が技術的に理解されたことを
意味する。
本件特許出願前は,湿式法で研磨布を製造する場合,最終製品のバフタイプ
湿式研磨布に不要なスキン層が製造過程でやむなく形成されるので,これをバ
フィング加工により研削除去して顧客要求仕様に対応していた。しかし,当業
者は,バフタイプ湿式研磨布に対する問題点(本件明細書段落【0009】∼
【0011】に記載されている問題点),スキン層を研磨に用いること及びス
キン層を研磨に用いることによって得られる利点(本件明細書段落【001
7】∼【0020】に記載されている利点)の認識を欠いていたから(技術的
意味を把握できていなかった。),製造過程で製造される中間体をノンバフ湿
式研磨布とするという技術思想に想到することはできなかった。このことは乾
式研磨布においても同様である。
したがって,本件特許出願前に日本国内又は外国において「当該スキン層の
表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面としてなることを特
徴とする研磨布」(構成要件C,D)は公然と知られていなかったというべき
であるから,本件特許には特許法29条1項1号違反の無効理由はない。
4争点2−3(新規性が欠如しているか③)について
【被告の主張】
()構成要件Aについて1
乙17公報(段落【0006】)には,「〔実施例2〕ユーデルポリサル
ホン樹脂をジメチルホルムアミドに溶解した樹脂溶液(樹脂濃度25重量パ
ーセント)をポリエステルフィルム上に流延し,水中に浸漬。凝固,水洗
(脱溶剤),乾燥して厚さ1.5mmのスポンジ状多孔構造のシートを作製
した。このシートを厚さ3mmのポリプロピレン低発泡シートと接着剤で貼
合せたものを研磨パッドとし,・・・」と記載されている。
乙17公報に記載の上記「ポリプロピレン低発泡シート」,「ユーデルポ
リサルホン樹脂からなるスポンジ状多孔構造のシート」及び「スポンジ状」
は,順に本件特許発明にいう「ベース層」,「軟質プラスチックフォームで
作られたシート状の表面層」及び「軟質」に相当する。
したがって,乙17発明は,本件特許発明の構成要件Aの「ベース層と該
ベース層の上に積層した軟質プラスチックフォームで作られたシート状の表
面層」に相当する構成を備えている。
()構成要件Bについて2
乙17公報の段落【0004】には,湿式法で作製した芳香族系ポリサル
ホン樹脂からなる多孔構造の研磨パッドをそのまま使用してもよいし,表皮
膜をバフ加工で除去してもよいことが記載されており,段落【0006】に
は,湿式法で製造したポリエーテルサルホン樹脂からなるスポンジ状多孔構
造のシートをその表被膜(スキン層)をバフ加工で除去せずにそのまま用い
た研磨パッドが記載されている。
そして,湿式法で形成される微多孔は本件特許発明にいう「開口」ではな
いという原告の主張を前提とすれば,乙17発明はセルを開口させていない
といえる。
また,表皮膜(スキン層)をバフ加工で除去せずにそのまま用いた乙17
発明の研磨パッドは,表面が平坦であり,非発泡のスキン層で覆われている
ということができる。
さらに,表皮膜(スキン層)をバフ加工で除去せずにそのまま用いた乙1
7発明の研磨パッドは,表面が表皮膜で覆われ,セル(気泡)を層内に内包
し,表面が表皮膜で覆われているから,独立気泡フォームで形成されている
といえる。
したがって,表皮膜(スキン層)をバフ加工で除去せずにそのまま用いた
乙17発明の研磨パッドは,本件特許発明の構成要件Bの「前記表面層を,
セルを開口させずに層内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン層で
覆われている独立気泡フォームで形成し,」に相当する構成を備えていると
いえる。
()構成要件Cについて3
乙17公報(段落【0006】)には「スポンジ状多孔構造のシートを作
製した。このシートを厚さ3mmのポリプロピレン低発泡シートと接着剤で
貼合せたものを研磨パッドとし,リン化インジウムの単結晶ウエハを研磨し
た。研磨液はメタノールに臭素を0.025重量パーセントと5重量パーセ
ントのシリカパウダーを加えたものを採用した。」と記載されている。
上記記載によれば,乙17発明の研磨パッドを用い,研磨液をリン化イン
ジウムの単結晶ウエハ(ワーク)との間に介在させて研磨を行えば,当然,
研磨パッドの表皮膜(スキン層)の表面が研磨液を介してリン化インジウム
の単結晶ウエハ(ワーク)の加工面と摺り合うことがわかる。
したがって,乙17発明は,本件特許発明の構成要件Cの「当該スキン層
の表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面としてなる」に
相当する構成を備えている。
()構成要件Dについて4
乙17公報(段落【0001】)には,半導体ウエハ等の精密研磨に使用
される研磨パッドが記載されている。
乙17発明の研磨パッドは,本件特許発明の構成要件Dの「研磨布」に相
当する。
()したがって,本件特許発明は,乙17発明と同一であり新規性を欠く。5
【原告の主張】
()構成要件Aについて1
「JISK6900プラスチック」(甲49の1)によれば,軟質プラ
スチックとは「指定の条件のもとで,曲げ試験,又はそれが適用できない場
合には引張試験における弾性率が70MPaより大きくないプラスチック」
と定義されている。
ところが,乙17発明に用いられているユーデルポリサルホン樹脂は,曲
げ弾性率が2690MPa以上,引き弾性率が2480MPa以上であるか
ら(甲50),「JISK6900プラスチック」で定義された硬質プラ
スチックに相当する。
したがって,乙17発明は,本件特許発明の構成要件Aの「軟質プラスチ
ックフォームで作られたシート状の表面層」を備えていない。
()構成要件Bについて2
乙17公報には,「セルを開口させずに」,「表面が平坦」,「非発泡の
スキン層」,「スキン層で覆われている」及び「独立気泡フォーム」のいず
れの記載もないから,乙17発明が本件特許発明の構成要件Bに相当する構
成を有しているかは不明である。
()構成要件Cについて3
乙17公報には,そもそも研磨パッドが「表面が平坦な非発泡のスキン層
で覆われている」ことの開示がない。また,乙17発明は,耐久性等の観点
から硬質プラスチックフォームで研磨するものであり,本件特許発明のよう
な軟質プラスチックフォームを有する研磨布のスキン層で研磨するものでは
ない。したがって,乙17公報には本件特許発明の構成要件Cの「当該スキ
ン層の表面が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面としてな
る」構成が開示されていない。
()したがって,本件特許発明は乙17発明と同一ではない。4
5争点2−4(進歩性が欠如しているか)について
【被告の主張】
仮に,本件特許発明のセルが本件明細書の図2のような大きな縦長発泡構造
の形状に限定されるとしても,ポリウレタンのような軟質プラスチック材料を
用い,湿式法で大きな縦長発泡構造のセルが形成された研磨パッドは,実願昭
59−118712号のマイクロフィルム(甲20の2,以下「甲20の2フ
ィルム」という。)に記載されているように周知技術である。
そして,上記のように周知な研磨パッドに,表皮膜を除去しないでそのまま
使用する乙17発明を適用することについては,一切進歩性を見いだすことは
できない。
したがって,本件特許発明は,乙17発明と上記周知技術に基づいて当業者
が容易に発明することができたものである。
【原告の主張】
乙17公報(段落【0003】,【0004】)には,腐食性や耐久性を改
善するためにウレタン樹脂による軟質プラスチックから芳香族系ポリサルホン
樹脂による硬質プラスチックに研磨パッドの材質を変更(選択)したことが記
載されており,意識的にウレタン樹脂による軟質プラスチックを排除したもの
である。甲20の2フィルムに記載の発明(以下「甲20の2発明」とい
う。)は,乙17発明において意識的に排除されたウレタン樹脂による軟質プ
ラスチックによるものであるから,乙17発明と甲20の2発明とを組み合わ
せること自体がおよそ困難である。
また,甲20の2発明及び乙17発明は,いずれも軟質プラスチックフォー
ムを有する研磨布のクッション性を利用してそのスキン層で研磨するという本
件特許発明の技術思想を欠くため,甲20の2発明に乙17発明を適用するこ
とはできない。
6争点2−5(実施可能要件,サポート要件,明確性要件を欠いているか)に
ついて
【被告の主張】
乾式研磨布は,くぼみや気泡空隙を有しないから,研磨を行う際には目立て
が必須であり,目立てなしで研磨を行うことは本件特許出願時の当業者の技術
常識から大きくかけ離れている。仮に,本件特許発明が乾式研磨布において目
立てなしで研磨を行うというものであれば,本件明細書に,当業者の技術常識
では想到し得ない特殊な手法や特殊な条件(研磨布の材料,製造法,研磨条
件)等が当業者が実施可能なように記載されていなければならない。ところが,
本件明細書のどこにもそのような記載はなく,当業者は,本件明細書の記載と
本件特許出願時における技術常識に基づいて,目立てもせずに研磨することを
追試することはできない。
したがって,本件特許発明が目立てを排斥するというのであれば,本件特許
は,実施可能要件(特許法36条4項),サポート要件(特許法36条6項1
号)及び明確性要件(特許法36条6項2号)のいずれの要件も欠いているこ
とになる。
【原告の主張】
本件特許発明は,目立てを排斥する発明ではないから,被告の主張は成り立
たない。
7争点3(原告の損害の額)について
【原告の主張】
被告は,本件専用実施権の設定登録後の平成17年12月20日から平成2
1年1月19日までの間,別紙被告製品目録記載の研磨布を単価1万円で少な
くとも16万枚販売したから,その売上高は16億円を下らない。そして,同
研磨布の販売に係る被告の利益率は30パーセントを下らないから,被告が得
た利益は4億8000万円となる。
ところで,本件専用実施権は共有に係るが,原告以外の専用実施権者は上記
期間に本件特許発明の実施品を製造販売していないから,特許法102条2項
により,被告の得た上記利益がすべて原告の損害額と推定される。
また,原告は,本件訴訟提起をするに当たり,弁護士及び弁理士に合計14
00万円の着手金を支払うことを約した。
よって,原告は,被告に対し,民法709条及び特許法102条2項に基づ
き,4億9400万円の損害賠償を求めることができる。
【被告の主張】
争う。
第4当裁判所の判断
1争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
事案にかんがみ,被告製品が本件特許発明の構成要件Bを充足するかについ
てまず判断する。
()構成要件Bに係る特許請求の範囲の記載は,上記のとおり,「前記表面層1
を,セルを開口させずに層内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン
層で覆われている独立気泡フォームで形成し,」である。
そして,本件明細書の【発明の詳細な説明】の個所には次の記載がある。
ア【従来の技術】
(ア)「一方,前記の研磨布5として現在では軟質プラスチックフォーム
を素材としたものが一般に採用されており,その従来構造は図6(判決
注:右下図)の模式図で表すようにシート状のベース層5aの上にプラ
スチックフォームで作られたの表面層5bを積層した構成になる。ここ
で,表面層5bはポリエチレン,ポリウレタン樹脂などを発泡処理した
上でこれをシート状に展延し,さらにバフィング加工により表面層5b
の表面を形成しているスキン層(プラスチックフォームの表面を形成す
る非発泡層)を研削してフォームの層内に内包しているセル(気泡)5
bを横から切断し,セル空洞を表面層5bの表-1
面に開口させてハニカム状のセル構造を作り出す
ようにしている。」(段落【0007】)
図6
(イ)「かかる構造の研磨布5では,ワーク4と擦り合う表面層5bの表
面がハニカム状セル構造で凹凸面を呈しており,研磨加工の際にセル5
bのクレータ状空洞部分が外部から滴下供給した研磨液6を保持し,-1
図示のように上下の研磨布5の間をワーク4が相対移動する際にセル内
に保持していた研磨液が絞り出されてワーク4の表面を研磨する。また,
研磨加工の進行に伴って生じたスラッジ,その他の混入異物などはセル
5bの空洞内に取り込んでここに滞留保持し,ワーク4の表面にス-1
クラッチ(切り傷)などが生じるのを防ぐようにしている。」(段落
【0008】)
イ【発明が解決しようとする課題】
(ア)「ところで,前記した従来構造の研磨布と研磨液を組合せてワーク
を研磨加工する方法においては,次記のような解決すべき問題点がある。
すなわち,
()図6の模式図で表すように,従来構造の研磨布5ではプラスチック1
フォームで作られた表面層5bの表面が凹凸面を呈しており,研磨加工
時にはセル5bを取り巻く壁の切り口部分のみがワーク4に局部的-1
に当接して摺動するだけであってワーク4の全面に均一に接触しない。
このために,ワーク4に対する研磨ムラが生じ易く,これが原因でワー
ク4の研磨加工面に微小な「うねり」()り(判決注:原文マwaviness
マ)が生成して製品仕様で要求される表面精度を確保することが困難で
ある。なお,前記した「うねり」は,「表面粗さ」とともにディスク基
板,シリコンウエーハなどに対する表面精度を評価する測定項目の一つ
であり,光学式非接触表面粗さ計(ZYGO)で観測した単位面積当た
りの表面像のうねり量(Wa)をオングストローム(Å)で表す。特に
浮動式磁気ヘッドと組み合わせて使用する固定磁気ディスク装置に使用
するディスク基板では,この「うねり」が大きくなると磁気ヘッドの浮
上特性が悪化することから,研磨加工の際にこの「うねり」をできるだ
け小さく抑えることが重要である。」(段落【0009】)
(イ)「()平面研磨装置に採用している従来の研磨液6は,砥粒として2
先記のように固形物を破砕,分級して得た微粉体(粒子の表面が角張っ
ている)を液体中に混在させたものが主流であるが,この種の研磨液は
砥粒,スラッジなどが液中に沈降,凝集し易く,図6で述べた従来構造
の研磨布5と組合せて使用すると,研磨布に多量の研磨液を滞留保持で
きる反面,研磨液中の砥粒,スラッジ,その他の異物が研磨加工中に表
面層5bの表面に開口したセル5bの中で凝集,固化して研磨布5-1
に付着するようになる。このために,凝集,固化した異物をそのまま放
置しておくと研磨中にワーク4の表面を擦ってスクラッチなどがトラブ
ルを引き起こす原因となる。そこで,従来ではブラシ,ジェット水流な
どにより研磨布5の表面を短期間サイクルで頻繁に清掃して研磨布に付
着している異物(凝集,固化物)を排除するようにしているが,このメ
ンテナンス(清掃)作業には手間が掛かるほか,その間は研磨装置の運
転を中断しなければならず,研磨装置の稼働率にも影響を及ぼす。」
(段落【0010】)
(ウ)「()従来の研磨布は,製造後における表面層の状態にバラツキが3
多いことから,平面研磨装置に取付けて実際に製品研磨を行うには,そ
の前段の作業としてダミーワークについて研磨を行って研磨布の表面を
整形する慣らし運転を行っているが,この慣らし運転には長い時間が掛
かり,研磨装置の稼働率を低める原因の一つになっている。」(段落
【0011】)
(エ)「()また,最近では研磨精度の向上,砥粒の凝集,固化を防いで4
研磨布のメンテナンス性改善を狙いに,研磨液としてコロイド状研磨液
が多く採用される傾向にあるが,前記した従来構造の研磨布と併用した
場合には研磨ムラ,微小な「うねり」が生成してコロイド状研磨液のも
つ特性を十分に生かせられない。」(段落【0012】)
(オ)「本発明は上記の点に鑑みなされたものであり、その目的は前記課
題を解決してワークに対する研磨加工精度の向上化を図り、特にコロイ
ド状研磨液と組合せて均質な研磨加工性能が効果的に発揮できるように
改良した研磨布,および平面研磨加工方法を提供することにある。」
(段落【0013】)
ウ【課題を解決するための手段】
(ア)「上記目的を達成するために、本発明によれば、ベース層と該ベー
ス層の上に積層した軟質プラスチックフォームで作られたシート状の表
面層とからなる研磨布において、前記表面層を、セルを開口させずに層
内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン層で覆われている独立
気泡フォームで形成し、当該スキン層の表面が、研磨液を介してワーク
の加工面と擦り合う研磨面としてなる(請求項1)ものとし、・・・」
(段落【0014】)
(イ)「かかる構造になる研磨布は,プラスチックフォームのセル(気
泡)を表面に開口させた従来の研磨布と比べて,機能,メンテナンス性
の面で次に記すような利点を有する。」(段落【0017】)
(ウ)「()研磨布の表面層を形成しているプラスチックフォームのスキa
ン層がワークの加工面全域に直接当接して研磨作用に関与し,層内に内
包した発泡セルはクッションの役目を果たす。したがってワークの全域
で研磨面圧をほぼ一定に保って研磨加工を行うことができ,これにより
従来の研磨布を使用する研磨加工で問題となっていた研磨ムラ,ワーク
表面の「うねり」発生を抑えて表面精度の高い研磨加工が行える。また,
研磨布の表面に供給した研磨液はワークの全面域に展開して作用するの
で,高い研磨能力が発揮できる。」(段落【0018】)
(エ)「()研磨加工中に外部から滴下供給した研磨液は,ワークと研磨b
布のスキン層表面との間を流れた後にそのまま系外へ流出するので,研
磨に伴って生じたスラッジなどの異物も研磨布に付着,滞留することな
く研磨液に随伴して素早く系外に排出れさる。したがって,研磨布に付
着したスラッジの凝集,固化物に起因してワークにスクラッチなどの表
面欠陥が生じることが防げ,また,メンテナンス面でも研磨布を清掃す
る頻度が少なくて済み,メンテナンスフリーのまま長期間連続して使用
できる。」(段落【0019】)
(オ)「()さらに,研磨布の表面はその全面域が平坦な独立気泡フォーc
ムのスキン層で覆われているので,研磨加工装置にセットして実使用す
る場合でも,当初に行う慣らし運転の時間が少なくてすみ,これにより
研磨装置の立ち上がりが早くて稼働率の向上に寄与する。」(段落【0
020】)
エ【発明の実施の形態】
(ア)「以下,本発明の実施の形態を図1∼図3の実施例に基づいて説明
する。・・・」(段落【0023】)
(イ)「まず,図1(判決注:下記図1),図2(判決注:下記図2)に
おいて,平面研磨装置の上下定盤1,2に被着したシート状の研磨布5
は,ポリエチレンテレフタレート(PET)などの高硬度樹脂,あるい
は合成繊維の織布ないし不織布で作られたシート状のベース層5aに独
立気泡形プラスチックフォームの表面層5bを貼り合わせた構成にな
る。」(段落【0024】)
図1
図2
(ウ)「ここで,表面層5bを形成する独立気泡フォームは,ポリエチレ
ン,ポリウレタンなどの樹脂を発泡処理してシート状に展開したもので
-1あり,図2の模式図で表すように均一に発泡したセル(気泡)5b
を内包したコア層5cの両側に非発泡のスキン層5dが形成されたスト
ラクチュアルフォームと同等なセル構造を有し,セル5bは層内に-1
閉じ込め,スキン層5dをワーク4と向かい合う表面に露呈させた状態
でベース層5aに積層して研磨布5を構成している。なお,成形後にお
ける表面層5bの表面平坦度が低い場合には,表面層5bをベース層5
aに積層した状態で,そのスキン層5dの表面に層内のセル5bが-1
口を開かない程度にバフィング加工を施して表面を平坦化するのがよ
い。」(段落【0025】)
(エ)「また,図3(判決注:右下図)は,コロイド性シリカとも呼ばれ
るコロイダルシリカ6aの微粒子を砥粒とし,この砥粒を分散媒に分散
させたコロイド状の研磨液を前記の研磨布5と組合せてワーク4の研磨
加工を行っている状態を表した模式図であり,図示のようにワーク4の
表面全域には粒径の揃った球状の砥粒(コロイダルシリカ6a)が均等
に展開して研磨作用に関与する。しかも,砥粒であるコロイダルシリカ
6aの粒子は表面が角張ってないので研磨布5の表面に引っ掛かって付
着することなしにワーク4の表面との間を
円滑に流動する。」(段落【0027】)
(オ)「これにより、図6で述べた従来の研
磨布と比べて、ワークの研磨ムラを生成す
ることなしに高い研磨加工能力が発揮できる。しかもスラッジなどの異
物も研磨布の表面に滞留することなしにコロイド状研磨液に随伴して素
早く系外に排除されるので、ワークに対してスクラッチなどの研磨欠陥
が発生し難く、表面精度の高い研磨加工が行える。」(段落【002
8】)
オ【発明の効果】
「以上述べたように,本発明による研磨布を採用してワークの平面研磨
加工を行うことにより,従来の研磨布を使用した場合と比べて研磨能力,
および加工表面精度を大幅に高めることができ,特に本発明の研磨布にコ
ロイド状研磨液を組合せることにより,コロイド状研磨液のもつ特性を十
分に生かした表面精度の高い研磨加工が行え,ワークの表面精度の測定項
目の一つである「うねり」を従来と比べて半分以下に改善することができ
る。また,研磨布を清掃するメンテナンス作業の頻度,並びに研磨布の実
使用に際して製品研磨の前に行う慣らし時間が短くて済むなど,研磨装置
の稼働率向上にも寄与する実用的効果が得られる。」(段落【003
0】)
()ア「セルを開口させずに」の意義について2
(ア)「開口」とは字義的には「①口を開くこと。話し始めること。②外
に向かって穴が開くこと。また,その穴。・・・,③儀式的な能楽で,脇
能の最初に脇能の最初に,ワキの役が祝賀の文句を謡うこと。・・・④延
年などの芸能で,地口風に物尽しを唱えたりする話芸的演目。」(広辞
苑第6版)を意味するところ,本件特許発明は研磨布に係るものである
から,本件においては②以外の意味が当てはまらないことは明らかであ
る。
ところで特許請求の範囲は,単に「開口」とするのではなく,セルを
開口「させずに」としており,この表現ぶりからは,何らかの方法で開
口「させ」るという製造工程を前提として,これをしないでおくという
ことを意味していると解すべきように思われる。しかし,そもそも本件
特許発明が物の製造方法の発明ではなく,物の発明であることに加え,
何らかの製造工程を前提とするならば,特許請求の範囲に開口「させ」
る主体やその方法についての特定が必要となるはずだが,これを示唆す
る記載は全くないのだから,「開口させずに」との表現だけを独立した
構成として理解し,「開口させる」という製造工程を省略した意味に解
するのは相当ではない。ここでは「セルを開口させずに」との構成は
「層内に内包するように」との記載と一体となって,「スキン層で覆わ
れている」という記載を修飾するもの,すなわち,「セルを開口させず
に」とは,セルに対するスキン層の構成を作用的に表現したものと理解
するのが相当である。
したがって,「セルを開口させずに」とは,研磨布の表面層にその層
内に内包されたセルに通じる穴が開いていないという意味に理解すべき
ということができる。
(イ)そして,本件明細書の記載をみても,上記のとおり,段落【000
9】∼【0013】には,発明が解決しようとする課題が,段落【00
14】∼【0017】には,課題を解決するための手段が,そして,段
落【0018】∼【0020】には,本件特許発明の構造を有する研磨
布の利点についての記載があるが,これらの記載は「セルの開口」につ
いて,従来技術では,セルを積極的に開口する製造工程を経て,この開
口部分に研磨液を保持させることによって研磨していたが,その開口部
分内に,研磨液中の砥粒,スラッジなどの異物が凝集,固化して弊害を
もたらしていたので,これを課題する解決手段として,セルの開口をな
くし,その結果,研磨布に付着したスラッジの凝集,個化物に起因した
ワークの表面欠陥の防止,研磨布の清掃頻度の減少によるメンテナンス
面での利点がもたらされた旨が記載されていると理解できる。そうする
と,これらの記載にいう「セルの開口」は,特許請求の範囲の「セルを
開口させずに」との記載についての上記で検討した意味内容に整合して
いるといえる。
また,本件明細書の段落【0018】には,研磨時に「層内に内包し
た発泡セルはクッションの役目を果たす」と記載されているところ,こ
れは層内のセルに外部に向かった開口がないため,セルは外部と通気,
通水が不可能であり,その結果,研磨時の圧力に抗してクッションの役
目を果たすものと解されるから,本件明細書の上記記載からは,「開口
させずに」というセルは,層内に内包されて外部に開口しておらず密閉
された状態にあると理解するのが素直である。
そして,本件明細書には,セル空洞を表面層5bの表面に開口させた
従来の研磨布として図6が(段落【0007】),本件特許発明の実施
例として図1ないし図3(段落【0024】,【0027】)がそれぞ
れ記載されているところ,これらの図に示される研磨布の表面層を見る
と,セル空洞を開口させた状態の図6では表面層5bの外に向かって層
内のセルに通じる穴が開いているが,本件特許発明の実施例を示す図1
ないし図3では研磨布の表面層5bには層内に内包されたセルに通じる
穴が開いていないことが見て取れ,これらの図面の図示内容も,上記の
特許請求の範囲の「セルを開口させずに」との記載についての理解と矛
盾を生じるものではない。
そのほか,本件明細書には,「セルを開口させずに」について,上記
で検討した意味内容と異なるような特別な説明や定義付けをする記載は
ない上,本件のような研磨布の技術分野一般において,当業者が「開
口」という言葉を一般的な意味とは異なる特別な意味として使用してい
ることをうかがわせるような証拠もない。
(ウ)以上によれば,構成要件Bにいう「セルを開口させずに」とは,
「研磨布の表面層にセルに通じる穴(通気・通水可能な穴も含む。)が
開いていないこと」を意味するものと解するのが相当である。
(エ)これに対し,原告は,本件明細書の段落【0007】の記載内容及
び特許請求の範囲に開口の文言が使役動詞として積極記載されているこ
とからすれば,「セルを開口させずに層内に内包するように」とは,バ
フィング加工によりスキン層の研削除去しないことでセルに空洞を露出
させず,セルが(コア)層内に閉じ込められている状態を意味するので
あり,したがって「開口させずに」とはバフィング加工によりセルの空
洞を露出させないことを意味するものと主張する。
「開口させずに」を開口するという製造工程を省略したことを意味す
るとする原告主張のような特許請求の範囲の記載の解釈が採用できない
ことは上述のとおりであるが,なお念のため検討すると,確かに本件明
細書の段落【0007】には,従来の研磨布においては,バフィング加
工により表面層5bの表面を形成しているスキン層を研削してフォーム
の層内に内包しているセル(気泡)5bを横から切断し,セル空洞-1
を表面層5bの表面に開口させてハニカム状のセル構造を作り出してい
たということが記載されている。しかし,その記載だけでは,セルが開
口しているとは,もっぱらバフィング加工によりスキン層を研削してセ
ルを横から切断するという開口させる製造工程の結果だけに限られると
いうことまでを意味するものと解することはできないのであり,そのこ
とはその記載内容からして明らかである。
また,バフィング加工をしないとしても,研磨布のスキン層のセルに
研磨布の表面層と通気,通水が可能な穴が開いているならば,研磨液中
の砥粒,スラッジ,その他の異物が研磨加工中に表面層の表面に開口し
たセルの中に混入することになるから,それでは上掲した【発明が解決
しようとした課題】で示されたスラッジ,異物等の凝集,固化という,
従来技術による弊害が生じ,その結果,「研磨加工中に外部から滴下供
給した研磨液は,ワークと研磨布のスキン層表面との間を流れた後にそ
のまま系外へ流出するので,研磨に伴って生じたスラッジなどの異物も
研磨布に付着,滞留することなく研磨液に随伴して素早く系外に排出れ
さる。」(段落【0019】)という本件特許発明の作用効果を奏さな
いことになると考えられ,したがって,その点からも「開口」が単にバ
フィング加工の有無を意味すると解することはできないということにな
る。
(オ)原告は,湿式研磨布である被告製品には微細な連通孔があることを
踏まえ,本件明細書の図2には典型的な湿式成膜法で生成された研磨布
(湿式研磨布)のセル構造が記載されているように本件特許発明には湿
式研磨布が含まれるところ,湿式研磨布においては製造過程の脱溶媒時
に表面層の表面から排出される溶媒と水との置換によりスキン層にはセ
ルと連通した微細な連通孔が形成されるから,このような微細な連通孔
は構成要件Bの「開口」に該当しないととも主張する。
しかし上記のとおり,本件特許は,発明に係る研磨布を,あくまで表
面層にセルに通じる穴が開いていないという構成によって特定したもの
であるし,また,原告が主張するような微細な連通孔であっても,その
開口がセルに水や空気を通すのであれば,研磨時に「層内に内包した発
泡セルはクッションの役目を果たす」(段落【0018】)という本件
特許発明の作用効果を果たし得ないのであるから,本件明細書の図2を
根拠として,湿式研磨布の製造工程で形成される微細な連通孔は構成要
件Bの「開口」から除外されていると解することはできないといわなけ
ればならない。
なお原告は,本件特許請求の範囲にいう「開口」は,コロイダルシリ
カを通さないものであること,すなわちそれより小径の開口は,本件特
許発明にいう「開口」ではない旨も主張する(以上の主張を前提に原告
は被告製品がコロイダルシリカの浸入を許す開口を有していない試験結
果を立証する事実公正証書(甲22)を提出し,被告は,その反対の結
果を示す試験結果(乙13ないし乙15)を提出している。)。しかし,
そもそも砥粒であるコロイダルシリカを通さないとしても,それでは砥
粒が研磨布の表面から浸入しないということだけであって,実際の使用
条件下では研磨布の表面の孔から,それより小径であるスラッジなどの
異物が浸入する可能性が否定できないから,その場合には,上記の【発
明が解決しようとした課題】で示されたスラッジ,異物等の凝集,固化
という従来技術による弊害が生じる可能性があり,それだと本件特許発
明の作用効果は奏しないことになる。すなわち,本件特許発明の構成要
件である「開口」をコロイダルシリカを通すか否かで区別するという原
告が主張する基準は,それ自体,本件特許発明の目的に照らして失当で
あるし,そしてそもそも,本件特許発明は,発明に係る研磨布の「開
口」をその大きさで限定しているのではなく,その有無によって,その
構成として特定しているだけであるから,「開口」の有無は上記の一般
的な意味を前提として判断すべきである。そうすると,原告が「開口」
に当たらないとする湿式研磨布の微細な連通孔であっても,本件特許発
明の構成要件Bの「開口」に該当することを否定することはできないと
いうべきである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
イ「独立気泡フォーム」の意義について
「プラスチック−用語JISK6900−1994」(乙2)によ
れば,「独立気泡」とは「壁によってすべて囲まれ,したがって他の気泡
とは連結されていない気泡」を,「独立気泡発泡プラスチック」とは「ほ
とんどすべての気泡が連結されていない発泡プラスチック」を意味するも
のと認められる。また,本件特許発明の研磨布の材質は軟質プラスチック
であるところ,証拠(甲23の1)及び弁論の全趣旨によれば,プラスチ
ックに関する技術分野では,「フォーム」とはプラスチックを発泡固化し
たものを意味するものと認められるから,当業者において,「独立気泡フ
ォーム」とは,プラスチックを発泡固化したものであって,その気泡のほ
とんどが,壁によってすべて囲まれ,したがって他の気泡とは連結されて
いないものを指すものと認められる。
本件明細書には,前掲段落【0020】,【0025】に独立気泡フォ
ームの語が用いられているところ,その部分の記載内容も上記の解釈に矛
盾するものではない。
したがって,本件特許請求の範囲の記載にいう「独立気泡フォーム」と
は,プラスチックを発泡固化したものであって,その気泡のほとんどが,
壁によってすべて囲まれたものであり,気泡同士が他の気泡と連結されて
いるものは除かれていると解されることになる。
()被告製品が構成要件Bの要件を充足するか3
被告製品が湿式研磨布であることは当事者間に争いがないところ,証拠
(甲5,甲8)によれば,湿式研磨布においては,その製造過程において溶
媒と水の置換により連通孔が不可避的に生成するものであることが認められ,
現に証拠(乙8,9)によれば,被告製品をサンプルAとし,被告製品の表
面にポリウレタンフィルムで被膜処理をしたサンプルをBとして,両サンプ
ルを22時間純水に浸漬して吸水率を調べたところ,サンプルAの吸水率は
平均77%であり,サンプルBの吸水率は平均2%であったこと,両サンプ
ルの表面に水を滴下して1時間後にサンプル表面に残っている水を拭き取っ
て様子を観察したところ,サンプルAは表面及び裏面ともに水が浸み込んで
色が変わった様子が観察されたが,サンプルBには水が浸み込んだ様子はう
かがわれなかったことが認められるから,被告製品には,少なくとも表面層
に層内に内包されたセルに通水可能な穴が開いていることが認められる。す
なわち,被告製品の製造過程において生成するセルは,その構造を詳細に認
定できないとしても,少なくとも外部に「開口」していることは明らかに認
められるばかりでなく,そのセルは,壁によってすべて囲まれ他のセルと連
結されていないものがほとんどであるとは認められないから,このようなセ
ルを含むフォームを「独立気泡フォーム」ということはできないことになる。
そうすると,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bの「セルを開口させ
ずに」との要件及び「独立気泡フォーム」との要件を充足するとは認められ
ないというべきである。
()したがって,被告製品は,少なくとも構成要件Bを充足するとは認められ4
ないから,本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められない。
2原告は,被告が被告製品以外にも被告製品目録記載の構成を有する研磨布を
製造譲渡しており,同研磨布が本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張する
が,これを認めるに足りる証拠はない。
3結語
以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,い
ずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官森崎英二
裁判官北岡裕章
裁判官山下隼人

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