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裁判例


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平成10年(行ケ)第251号 特許取消決定取消請求事件
平成11年9月7日口頭弁論終結
        判      決
    原      告    株式会社遠藤製作所
    代表者代表取締役    【A】
    訴訟代理人弁理士    【B】
    被      告    特許庁長官【C】
    指定代理人    【D】
    同           【E】
    同           【F】
    同           【G】
        主      文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
  特許庁が平成9年異議第72505号事件について平成10年7月2日にした
取消決定を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
  主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「ゴルフクラブ用ヘッド」とする特許第2560272号
の特許発明(平成4年12月18日に特許出願、平成8年9月19日に特許権設定
登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
 本件発明の特許について【H】が特許異議の申立てをし、この申立てにつき平成
9年異議第72505号事件として審理が開始されたところ、原告は、平成9年1
2月8日に願書に添付した明細書の訂正(平成10年5月20日付手続補正で補
正、以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、上記事件について、平成
10年7月2日に、本件訂正は認められないとした上で、「特許第2560272
号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」旨の取消決定をし、同月16日に
その謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面1参照)
(1) 本件訂正前の本件発明
イ 請求項1
 前面にフェースを設けると共に一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘ
ッドにおいて、ソールを形成し前面に前記フェースに対応して凹部を形成したヘッ
ド本体と、前記ヘッド本体よりも比重の小さい材料により形成された板状金属材料
により形成され前記凹部に嵌着されるフェース部材とからなり、前記凹部の周面を
後側が広くなるように逆テーパ状に形成すると共に該凹部に前記フェース部材をプ
レスによって圧入し、嵌着することを特徴とするゴルフクラブ用ヘッド。
ロ 請求項2
 前記凹部の底面に前記フェース部材の背面が当接することを特徴とする請求項1
記載のゴルフクラブ用ヘッド。
(2) 本件訂正後の本件発明(以下「訂正発明」という。)
イ 請求項1
 前面にフェースを設けると共に一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘ
ッドにおいて、前記シャフト取付部を一側に設けると共にソールを形成し前面に前
記フェースに対応してトップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連
続した凹部を形成したヘッド本体と、前記ヘッド本体よりも比重の小さい材料によ
り形成された板状金属材料により形成され前記凹部に嵌着されるフェース部材とか
らなり、前記凹部の周面を後側が広くなるように逆テーパ状に形成すると共に該凹
部に前記フェース部材をプレスによって圧入し、嵌着することを特徴とするゴルフ
クラブ用ヘッド。
ロ 請求項2
 窓孔を背面側に貫通した前記凹部の底面にチタンまたはチタン合金からなる前記
フェース部材の背面が当接することを特徴とする請求項1記載のゴルフクラブ用ヘ
ッド。
3 決定の理由
  決定は、別紙決定書の理由の写しのとおり(ただし、10頁13行の「相違点
2」は、「相違点ロ」の誤記と認める。以下、本判決においても、決定の定義に従
い、「訂正請求項1の発明」、「訂正請求項2の発明」、「刊行物1」、「刊行物
1発明」、「刊行物2」、「本件請求項1の発明」、「本件請求項2の発明」の用
語を用いる。また、刊行物2記載の考案を「刊行物2発明」という。刊行物1発明
については別紙図面2、刊行物2発明については別紙図面3各参照)、本件訂正請
求は認められないとしたうえで、本件請求項1、2の発明は、いずれも刊行物1、
2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした。
4 訂正発明の概要
  本件訂正明細書には、訂正発明について以下の内容の記載がある。
(1) 「【産業上の利用分野】本発明は、通常アイアンと称せられるゴルフクラブ用
ヘッドに関する。
 【従来の技術】従来、この種のものは鉄を鍛造してソール、該ソールに対して所
定の角度を有するフェース、シャフト取付部を形成し、この後にシャフト取付孔、
磨きなどの加工を施して製作するものであった。このような従来のヘッドにおいて
は、スイートエリヤの拡大を図るためにヘッド後部のソール側を後方に突設させて
いる。これはヘッドの重心を後方に位置させて、該重心とフェースの間の距離を大
きくして、これに起因するスイートエリヤの拡大を図るためである。
 【発明が解決しようとする課題】前記従来技術においては、ヘッドは同一材質に
よって形成されるものであるために、ヘッド後部のソール側を後方に突設させたと
しても、ヘッドの重心を後方に位置させる場合には限度があり、大幅なスイートエ
リヤの拡大を図ることはできなかった。」(1頁15行ないし末行)
 「本発明は前記問題を解決してスイートエリヤの拡大を図り、さらに強度の向上
を図れ、しかも製造が容易なゴルフクラブ用ヘッドを提供することを目的とす
る。」(2頁14行ないし16行)
(2) 訂正発明は、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1、2の構成を備える。(1
頁2行ないし13行)
(3) 「【発明の効果】本発明の請求項1は、・・・従来技術のような溶融金属の流
し込みのための大型設備を必要とすることなく容易に製造することができ、さらに
周面を後側が広くなるように逆テーパ状に形成した凹部にフェース部材をプレスに
よって圧入することによりヘッド本体とフェース部材を確実に固着でき、ショット
時にフェース部材が離脱する虞はない。
  さらに、本発明の請求項2は・・・、ショット時に加わる衝撃力をフェース部
材を介して底面により確実に受けることができると共に、凹部にフェース部材をプ
レスによって圧入、嵌着する際に正確に行うことができる。」(6頁11行ないし
7頁3行)
第3 原告主張の決定取消事由の要点
  決定の理由Ⅰ、同Ⅱの1、2は認める。同Ⅱの3は、5頁14行ないし6頁1
0行を争い、その余は認める。同Ⅱの4の(1)は、訂正請求項1の発明と刊行物1発
明とが、「前記シャフト取付部を一側に設ける」との点及び「凹部に前記フェース
部材を嵌着する」との点で一致すること、刊行物1発明では「板材4は凹部にプレ
スによる圧入によらずに嵌着される」こと(相違点ロの認定の一部)及び各相違点
についての判断と結論(9頁6行ないし9行)を争い、その余は認める。同Ⅱの4
の(2)、同Ⅱの5は争う。同Ⅲの1は認める。同Ⅲの2の認否は、前記Ⅱの3と同じ
である。同Ⅲの3の(1)は、本件請求項1の発明と刊行物1発明とが、「一側に前記
シャフト取付部を設けた」との点で一致すること、刊行物1発明では「凹部に前記
フェース部材を嵌着する」こと(相違点aの認定の一部)及び各相違点についての
判断と結論(15頁7行ないし16頁6行)を争い、その余は認める。同Ⅲの3
の(2)、同Ⅲの4は争う。
  決定は、訂正請求項1の発明について、一致点を誤認し、相違点イないしハに
ついての判断を誤り、さらに、訂正請求項2の発明についての判断を誤って本件訂
正が認められないとし、また、本件請求項1の発明について一致点を誤認し、相違
点a、bについての判断を誤り、さらに、本件請求項2の発明についての判断を誤
ったものであって、違法であるから、いずれの請求項についても取り消されるべき
である。
1 請求項1の発明について
(1) 取消事由1(シャフト取付部を一側に設ける構成の一致点の誤認)
 決定は、訂正請求項1の発明と刊行物1発明とが、ゴルフクラブ用ヘッドにおい
て「前記シャフト取付部を一側に設ける」点で一致すると認定した。しかし、刊行
物1にはシャフト取付部は示されていない。この点に関して、決定は、ヘッド本体
の一側にシャフト取付部を設けることは周知であるとし、被告は、その根拠として
二つの刊行物の記載を挙げているが、上記構成がたまたま、これらの刊行物に記載
されていたとしても、それをもって上記構成が周知であることの根拠とすることは
できない。また、ゴルフクラブヘッドにおいては、シャフト取付部を備えないもの
も知られている。このようなとき、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けるこ
とが周知であるとすることはできない。
(2) 取消事由2(「嵌着」の一致点の誤認)
刊行物1発明においても嵌着部5が設けられ、この嵌着部5に板材4が無理なく
嵌り込んでいる構成が採用されていることは、確かである。しかし、この嵌着部5
は段部になっており、板材4はこの段部を利用して取り付けられている。すなわ
ち、刊行物1の第1図で表われている板材4の四隅及び前記嵌着部5の四隅に○印
で表わされたものは、止め鋲のような止め金具を挿入するための鋲穴であり、同第
3図の断面図では、少し見にくいものの、この鋲穴に止め鋲が挿入され、板材4が
ヘッド本体1の嵌着部5に止め鋲により取り付けられている状態が示されている。
 刊行物1発明の上記意味での「嵌着」は、訂正請求項1の発明の「凹部に前記フ
ェース部材をプレスによって圧入し、嵌着する」という意味での「嵌着」とは、構
成においても発想においても全く相違するものというべきであり、これを「嵌着」
の概念の範囲内では同一であるとすることは、発明の対比における同一性認定の限
度を超えるものである。
(3) 取消事由3(相違点イの判断の誤り)
イ平成10年5月20日付全文訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という。)
には、「本発明は前記問題を解決してスイートエリヤの拡大を図り、さらに強度の
向上を図れ、しかも製造が容易なゴルフクラブ用ヘッドを提供することを目的とす
る。」として、訂正請求項1の目的としてスイートエリヤの拡大を図ることが記載
されている。すなわち、訂正請求項1の発明では、刊行物1の矩形の凹部に代えて
トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部を形成する
ことにより、フェース部材をヘッド本体のフェースに最大限の面積を確保でき、こ
の結果フェース部材により確実にゴルフボールをショットできるという作用効果が
追求されている。そして、凹部の形状をトップ側からヒール側へ縦幅を次第に小さ
くする構成は、このような作用効果を得る目的があって初めて採用され得るもので
ある。
ロ 決定のあげる実開平1-176467号公報(以下「甲第5号証刊行物」とい
う。)には、「トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した
凹部」の記載はない。
ハゴルフボールは、スイートエリヤ又はその近傍により打撃を行うものであるの
で、凹部の形状、ひいてはフェース部材は、スイートエリヤを中心とした円形とす
ることが当業者のごく普通に考えることである。また、「76年版世界のゴルフク
ラブ」(株式会社サンデーゴルフ社昭和51年4月20日発行)の156頁ないし
157頁には、近代ゴルフ株式会社の広告として「スリンガー」と称するゴルフク
ラブが掲載されているが、上記ゴルフクラブのフェースは、トップ側よりヒール側
へ縦幅を次第に小さくしたものではなく、ソール側へ次第に幅広くなる形状を有し
ている。
ニ 以上のとおりであるから、凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅を次第に
小さく形成した点を、当業者のごく普通に考えることであり、また、周知でもある
とした決定の判断は、誤りである。
(4) 取消事由4(相違点ロの判断の誤り)
 刊行物2の発明の第1実施例におけるチタン、アルミニウム、カーボン、カーボ
ン繊維強化樹脂あるいはチタン合金等比重が4.5以下の材質のヘッド本体に真
鍮、鉄、銅等比重が略8以上の材質からなるバランスウエイトを数万トンのプレス
圧力で圧入する取付手段を、そのまま刊行物1の取付手段に置き換えた場合、フェ
ース部材としての板材をヘッド本体よりも重い材料により構成することになり、重
心が極端にフェース側にかかり、フェースにおけるスイートエリヤを著しく小さく
することになるので、このような置換えは、当業者にとって極めて非常識な発想で
ある。
 また、例えば、比重が大きいが比較的軟質の真鍮製板材を、比重が小さいが比較
的硬いチタン製ヘッド本体の凹部に圧入した場合、板材側が圧入時破断されるの
で、この置換により板材を圧入嵌着することは、製作技術からみて不可能である。
 これらの点に照らすと、刊行物1発明の取付手段を刊行物2発明の取付手段に置
き換えることを容易とした決定の判断は、明らかに誤りである。
(5) 取消事由5(相違点ハの判断の誤り)
 刊行物1には板材の金属板の材料が明示されておらず、例えば、アルミニウム製
ヘッド本体とゴルフ業界でフェース部材として一般に用いられるカーボンFRP板
(単なるFRP板は強度に劣るので、一般に用いられていない。)とでは比重に大
きな差異がないので、ヘッド本体と板材(フェース部材)の材料の比重の大小等を
どのように設定するかは、刊行物1発明からは容易に想到することができない。
 さらに、フェース部材を固着する「圧入嵌着」には塑性加工が必要となるため
に、フェース部材を金属製とすることは、重要な技術的意味を有するものである。
 したがって、決定の相違点ハの判断は誤りである。
(6) 取消事由6(作用効果についての認定判断の誤り)
 フェース部材を凹部に圧入、嵌着する構成は、凹部とフェース部材との間に隙間
が形成されたり、凹部とフェース部材との圧着力が不均等になるなどの弊害がなく
なり、ショットの際に強力な耐力が必要なフェース部材を凹部に確実に固着できる
という作用効果を奏するものであり、特に、凹部とフェース部材が圧入により確実
に密着し、ボールを打撃するフェース正面側において凹部とフェース部材との縁に
も隙間が形成されることがなく、固着力が向上する。このようなフェース部材が凹
部に圧入、嵌着することによる作用効果は、刊行物1、2発明からは、当業者が容
易に想到できないものである。
 しかも、製造上、刊行物2発明のバランスウエイトは比較的大きいので比較的大
型のプレス装置が必要となるが、訂正請求項1の発明においては、フェース部材は
板状であるので、刊行物2のバランスウエイトに比較して小さく、したがって、比
較的小型のプレス装置により製造することができるという、刊行物1発明に刊行物
2発明の取付手段を置き換えただけでは到達し得ない顕著な作用効果も奏する。
 また、訂正請求項1の発明のフェース部材とヘッド本体の比重の大小の点に関す
る作用効果は、刊行物1、2から予測し得ない。すなわち、訂正請求項1の発明で
は、比重の大きな金属材料を用いたヘッド本体に比重の小さな金属板からなるフェ
ース部材を用いたことにより、ヘッドの重心を後方に配置し、かつ、ヘッド本体全
体の軽量化、大型化を図ってスイートエリアを拡大しているが、上記作用効果は、
刊行物1発明から予測しうる範囲を超えている。
(7) 取消事由7(本件請求項1の発明についての判断の誤り)
前記(2)、(4)、(5)、(6)(取消事由2、4、5、6)で述べたことと同様に、決
定は、「嵌着」の一致点を誤認し、相違点a、b及び作用効果の認定判断を誤って
いる。
2 請求項2の発明について
(1) 取消事由1(訂正請求項2の発明についての認定判断の誤り)
イ刊行物2発明では、ヘッド本体は、フェースの他にソール、ネック、背面をも
備えた一個の金属体からなるものであって、ヘッド本体の厚みはヘッド自体の厚み
となっている。そして、このようなヘッド本体をバネ性があるチタン製としたとし
ても、打撃する側である厚いヘッド本体の容積、質量が大きいため、ゴルフボール
のショット時の変形の自由度が小さくなり、フェースの反発作用が小さくなって飛
距離を伸ばすことができない。このように刊行物2発明では、ヘッド本体をチタン
製としたとしても、ゴルフボールの飛距離の向上を図ることに寄与していない。
 これに対して訂正請求項2の発明では、フェース部材は板状であり、しかもフェ
ース部材が圧入嵌着される凹部背面には窓孔が開口されているため、打撃する側で
あるフェース部材の容積、質量が小さいので、ショット時のフェース部材の弾性変
形の自由度は大きくなる。このため、訂正請求項2の発明ではフェース部材をバネ
性があるチタン又はチタン合金とすることにより、フェースの反発作用が大きくな
りゴルフボールの飛距離の向上を図ることに寄与することができる。
 したがって、決定の「フェース部材の素材をチタンまたはチタン合金とする点
は、ヘッド本体の素材をチタン製とした刊行物2の記載から当業者が容易に思いつ
く程度のことと認められ」との認定は失当である。
ロ 訂正請求項2の発明では、凹部の背面側に達した窓孔によりフェース部材の底
面が凹部の底面に当接すると、そのプレスの圧力がヘッド本体全体に加わり前記窓
孔の壁面への圧力が内方に加えられるので、凹部とフェース部材との間の隙間がな
くなり強固な固着状態となる。このような作用効果は、刊行物1、2発明からは、
当業者が容易に想到できなかったものである。
(2) 取消事由2(本件請求項2の発明のついての判断の誤り)
 前記(1)で述べたことと同様に、決定は、本件請求項2の発明についての判断も誤
っている。
第4 被告の反論の要点
  決定の認定判断は正当であって、そこに原告主張の誤りはない。
1 請求項1の発明について
(1) 取消事由1について
 ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設ける構成が周知であったことは、特開昭
61-293481号公報(以下「乙第1号証刊行物」という。)、実願昭61-
87416号(実開昭62-197369号)のマイクロフィルム(以下「乙第2
号証刊行物」という。)の記載により明らかであり、これを周知とした決定の認定
に問題はない。
(2) 取消事由2について
 決定の認定した「嵌着」の構成の技術内容は、本件発明のような「圧入嵌着」す
る構成のみを意味するものではなく、より広く「嵌着」一般を意味するものであ
る。このことは、決定が、両発明における嵌着の態様の違いを相違点ロとして明確
に認定していることから明らかである。そして、刊行物1から「前記凹部に嵌着さ
れる板材4からなり、該凹部に前記板材を嵌着する」という技術事項が把握される
ことは、原告も認めるところである。
したがって、「嵌着」の構成を採用した点において両発明が一致するとした決定に
誤りはない。
(3) 取消事由3について
 凹部の形状をヘッド本体のフェースの輪郭に対応して形成することは、当業者が
設計に際してごく普通に考えることであって、刊行物1発明は、ヘッド本体のフェ
ースの輪郭が略長方形であるから、凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅を略
一定としていると認められる。そうすると、訂正請求項1の発明における相違点イ
の構成は、ヘッド本体のフェースの輪郭に対応させて当業者のごく普通に考えるこ
とであり、また、周知でもある。
(4) 取消事由4について
 決定は、刊行物1発明のヘッド本体1や板材4の材質、あるいは刊行物2発明の
ヘッド本体1やバランスウエイト9の材質に注目して判断したのではなく、刊行物
1発明のヘッド本体1と板材4の取付手段自体及び刊行物2発明のヘッド本体1と
バランスウエイト9の取付手段自体に着目して判断したものであり、しかも、取付
手段自体は、ヘッド本体及びこれに取り付けられる材の材質とは直接関係のないこ
とであるから、決定の判断に誤りはない。
(5) 取消事由5について
 刊行物1には、ヘッド本体1の材料として金属が、板材4の材料としてFRPが
それぞれ記載され、この両者の比重は、具体的な金属材料の記載がなくても、ゴル
フクラブヘッドを構成する材料であることを考慮すれば、金属の比重の方がFRP
の比重よりも大きいと考えるのが普通である。
 また、ゴルフクラブヘッドのスイートエリアの拡大のためにゴルフクラブヘッド
の重心をより後方に配置しようとすることは、ゴルフクラブヘッドにおける技術常
識であって、刊行物1発明でも、金属材料を用いたヘッド本体の凹部に金属材料よ
りも比重の小さなFRP材板からなるフェース部材を嵌着させたことにより、ヘッ
ドの重心は後方に配置されているから、それに伴ってスイートエリアの拡大が図ら
れているのは明白である。
 刊行物1発明に既にこのような技術的思想が見られる以上、フェース部材に金属
を採用するに際して、それをヘッド本体の材料との関係で比重のより小さいものと
することは、容易になし得ることである。
(6) 取消事由6について
 原告主張に係るフェース部材が凹部に圧入、嵌着することによる作用効果は、本
件訂正明細書には何も記載されていないから、原告の主張は、明細書の記載に基づ
かないものである。また、上記作用効果は、周知の凹部の形状に対応するフェース
を取り付けることによって当然に生じるものである。
(7) 取消事由7について
前記(2)、(4)、(5)、(6)(取消事由2、4、5、6についての被告の主張)で述
べたことと同様に、決定には、「嵌着」の一致点の認定並びに相違点a、b及び作
用効果の認定判断の誤りはない。
2 請求項2の発明について
(1) 取消事由1について
イ 刊行物2には、フェース部分を含むヘッド本体の素材をチタン製とすることが
記載されている。そして、この記載があれば、フェース部材の素材をチタン又はチ
タン合金とすることは当業者にとって容易である。なお、決定が周知例としてあげ
る甲第5号証刊行物には、フェース部材がチタン合金である例が示されている。
ロ 刊行物1には、その第2、3図に、凹部の背面側に窓孔3を貫通させ、凹部の
底面(嵌着部5)に板材4の背面が当接するようにするものが記載されている。
(2) 取消事由2について
 上記(1)(取消事由1についての被告の主張)のロで述べたことと同様に、決定に
は、本件請求項2の発明についての判断の誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1請求項1の発明について
(1) 取消事由1について
 乙第1(特開昭61-293481号公報)、第2号証(実開昭62-1973
69号公報)によれば、乙第1号証刊行物には、「典型的なゴルフクラブアイアン
はネックすなわちホーゼルによってシャフトに装着された金属のヘッドを利用して
いる。」(2頁右上欄17行ないし19行)として、ヘッド本体の一側にシャフト
取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドが記載されていること、乙第2号証刊行物に
は、「ゴルフクラブのアイアンヘッドとシャフトの接合は、ヘッドにホーゼル部を
一体に形成し、該ホーゼル部にシャフト挿入穴を設けて、該穴にシャフトを嵌入固
着する手段と、ヘッドのホーゼル部にシャフト端の内径が嵌入する棒状突出部を形
成してシャフトを嵌入固着する手段とが慣用である。」(1頁16行ないし2頁2
行)として、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドが
記載されていることが認められ、以上の記載によれば、ゴルフクラブのヘッド本体
の一側にシャフト取付部を設けることは、本件発明の特許出願時である平成4年1
2月18日当時既に周知慣用の手段となっていたことが認められる。そして、甲第
3号証(刊行物1)によれば、当業者は、上記周知慣用の手段を前提として、刊行
物1(とりわけ、第1図)から、「ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けたゴ
ルフクラブ用ヘッドにおいて、前記シャフト取付部を一側に設ける」との技術事項
を把握するものと認められる。
  原告主張のとおり、シャフト取付部を備えないものが知られているとしても、
そのことによって、ゴルフクラブのヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けるこ
とが周知慣用の手段ではなくなるものではない。
 したがって、訂正請求項1の発明と刊行物1発明とが「前記シャフト取付部を一
側に設ける」との点で一致するとした決定の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
  甲第3号証によれば、刊行物1発明には「嵌着部5」が存在し、その嵌着部5
に板材4が無理なく嵌り込んでいることが認められるから、当業者は、刊行物1か
ら、ヘッド本体のほか、「凹部に嵌着される板材4からなり、該凹部に前記板材4
を嵌着する」ことを特徴とするゴルフクラブ用ヘッドという技術事項を把握するも
のと認められる。
  原告は、刊行物1発明の「嵌着」が嵌着部に板材を挿入して止め鋲で固着する
意味であることを前提に、これを訂正請求項1の発明の「凹部に前記フェース部材
をプレスによって圧入し、嵌着する」構成とを比較して、両者が異なる旨主張す
る。しかし、刊行物1発明も訂正請求項1の発明も、圧入するか否かは相違するも
のの、いずれも嵌着しているという点では異なるものではないから、原告の主張は
採用することができない。
 したがって、両者を「凹部に前記フェース部材を嵌着する」との点で一致すると
した決定の認定に誤りはない。
(3) 取消事由3について
 甲第5号証(実開平1-176467号公報)によれば、甲第5号証刊行物に
は、「ヘッド本体の打球面部を形成する超弾性合金の薄板を、別材料で成形された
ヘッド本体に接合する場合には、周囲を残して環状に刳貫き形成されたヘッド本体
の打球面部に相当する開口部を閉塞するように超弾性合金の薄板を接合する構造を
採り、」(5頁19行ないし6頁4行)との記載と共に、ヘッド本体のフェースの
輪郭がトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成され、これに対応して、凹
部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成したゴルフクラブ用ヘ
ッドが図示されていることが認められ、また、あるもの甲に凹部を設けてこれに他
のもの乙を取り付けようとする場合、凹部の形状を甲の形状に従わせることは自然
な発想の一つである。これらの事実によれば、ヘッド本体のフェース部の周囲のみ
を残し、フェース部の輪郭に対応して凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅が
次第に小さく形成することは、当業者がごく普通に考えることであり、また、周知
でもあることが認められる。
 原告は、凹部の形状、ひいてはフェース部材は、スイートエリヤを中心とした円
形とすることが当業者のごく普通の考えることであり、また、トップ側よりヒール
側へ縦幅を次第に小さくしたものではなく、ソール側へ次第に幅広くなる形状のフ
ェースを有しているゴルフクラブもある旨主張するけれども、原告の主張するとこ
ろは、凹部の形状については前記周知の構成以外の着想も存在するということにす
ぎず、前記認定を左右するものではない。
(4) 取消事由4について
イ甲第4号証(刊行物2)によれば、刊行物2には、ゴルフクラブヘッドにおい
て、ヘッド本体とバランスウェイトを強固に結合、固着する目的のために、ヘッド
本体の凹部の周面を後側(バランスウェイトを圧入する方向)が広くなるように逆
テーパ状に形成すると共に、その凹部にバランスウェイトをプレスによって圧入
し、嵌着する技術が開示されていることが認められる。そうすると、相違点ロに係
る訂正請求項1の発明の構成は、刊行物1発明のヘッド本体と板材との取付手段を
刊行物2発明の取付手段に置き換えて、当業者が容易に想到し得たものと認められ
る。
ロ 刊行物2に接した当業者にとって、刊行物2発明におけるヘッド本体及びバラ
ンスウエイトの材質を離れて、そこに示された取付手段自体に着目することに格別
の困難はないということができる。そして、上記刊行物2発明の取付手段自体に着
目した当業者において、これを凹部とフェース部材の取付に転用する場合に、刊行
物2発明におけるヘッド本体とバランスウエイトの材質をそのまま使用することな
く、上記取付手段にふさわしい各材質を発見するであろうことは、見やすい道理と
いうべきである。したがって、材質の差を根拠とする原告の主張は、失当である。
(5) 取消事由5について
イ 甲第3号証によれば、刊行物1には、「この板材(4)は金属板でも良いが、
FRP板でも良い。」(1頁下から2行ないし末行)との記載があることが認めら
れ、上記事実によれば、フェース部材の素材として金属材料を使用することは普通
のことであることが認められる。したがって、相違点ハに係る訂正請求項1の発明
の構成は、刊行物1発明から当業者が容易に想到し得たものと認められる。
ロ 原告は、ヘッド本体と板材の材料の比重の大小等をどのように設定するかは容
易に想到することができない旨主張する。しかし、弁論の全趣旨(とりわけ、「板
材4をFRP板で形成した場合には、その板材が金属製ヘッド本体1よりも比重の
小さいのは明らかであり、」との決定の認定判断について当事者間に争いがなく、
また、原告が、フェース部材としての板材をヘッド本体よりも重い材料により構成
することについて、「重心が極端にフェース側にかかり、フェースにおけるスイー
トエリヤを著しく小さくすることになるので、・・・当業者にとって極めて非常識
な発想である。」(第3、1(4))と主張している事実)によれば、当業者は、板材
4を金属板で形成した場合でも、当然に金属製ヘッド本体1よりも比重の小さいも
のを使用するものと認められるから、原告の主張は採用することができない。
さらに、原告主張のとおり、フェース部材を固着する「圧入嵌着」には塑性加工
が必要となるために、フェース部材を金属製とすることは、重要な技術的意味を有
するものであるとしても、そのことは上記判断に影響を与えるものではない。
(6) 取消事由6について
 原告は、トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部
を形成することにより、フェース部材をヘッド本体のフェースに最大限の面積を確
保でき、この結果フェース部材により確実にゴルフボールをショットできるという
効果を奏する旨主張するけれども、上記効果は、ヘッド本体のフェース部の周囲の
みを残し、フェース部の輪郭に対応して凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅
が次第に小さく形成するという周知の構成から容易に予測できるものである。
また、原告主張に係るフェース部材が凹部に圧入、嵌着することによる作用効果
は、甲第4号証により認められる刊行物2の効果の記載から当業者が容易に予想す
ることができたものと認められるし、比較的小型のプレス装置により製造すること
ができるという作用効果は、フェース部材がバランスウエイトに比較して小さいと
すれば、自明であって、これまた当業者が容易に予想することができたものという
ほかはない。
 さらに、原告主張に係るフェース部材とヘッド本体の比重の大小の点に関する作
用効果は、前記(5)ロの認定に係る弁論の全趣旨により、当業者が容易に予想するこ
とができたものと認められる。
 以上、要するに、原告主張の作用効果は、いずれも、いったん訂正請求項1の発
明の構成が採用されてしまえば、その構成から予測することに何の困難もないもの
ばかりである。
(7) 取消事由7について
 前記(2)、(4)、(5)、(6)の認定事実によれば、決定には、本件請求項1の発明
についての認定判断において、原告主張の誤りはないものと認められる。
2 請求項2の発明について
(1) 取消事由1について
イ 甲第4号証によれば、刊行物2には、「ヘッド本体1はチタン製で・・・この
ヘッド本体1の打面に相当するフェース部2には横溝3を形成する。」(4頁4行
ないし7行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、刊行物2発明の
フェース部を含むヘッド本体は、チタン製であることが認められる。そうすると、
板状のフェース部をヘッド本体とは別体とした場合にも、フェース部材の素材をチ
タン又はチタン合金とすることは、当業者が容易に想到することができたものと認
められる。
原告は、フェース部を含むヘッド本体をチタン製とした場合と、フェース部を板
状とした場合との飛距離の向上の相違を主張するけれども、原告主張のような相違
があるとしても、上記認定に係る刊行物2の記載からすれば、板状のフェース部を
ヘッド本体とは別体とした場合にフェース部材の素材をチタン又はチタン合金とす
ることが想到困難ということはできない。
ロ 甲第3号証によれば、刊行物1には、窓孔を背面側に貫通した凹部の底面にフ
ェース部材の背面が当接するという構成が記載されていることが認められる。
なお、原告は、「窓孔を背面側に貫通した凹部の底面にフェース部材の背面が当
接する」との構成によって、凹部とフェース部材との間の隙間がなくなり強固な固
着状態となる旨主張するけれども、上記作用効果は、基本的には、プレスにより圧
入し、嵌着するフェース部材が塑性変形してヘッド本体に固着されることにより達
成されるものであって、刊行物2発明から当業者が容易に予想することができたも
のと認められる。
ハ したがって、原告の主張は、採用することができない。
(2) 取消事由2について
  前記(1)の認定事実によれば、決定には、本件請求項2の発明についての認定判
断において、原告主張の誤りはないものと認められる。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は、いずれも理由がなく、その
他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 結論
 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費
用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとお
り判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官 山  下  和  明        
          裁判官  山  田  知  司
 
          裁判官 宍  戸 充

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