弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人に対する刑を免除する。
         理    由
 検察官山根静寿が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の大分地方検察庁検察官検事
奥田繁作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人
松阪広政・同平松勇・同鶴田英夫三名連名名義の答弁書(訂正書を含む。)に記載
のとおりであるから、これらをここに引用する。
 第一部 控訴趣意に対する判断
 第一、 控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤)について。
 期待可能性がなければ責任がないということについての、法令上の根拠がないこ
とは、所論のとおりである。しかし、刑法の規定の中にも、期待可能性の理論でも
つて、その理論的な根拠を説明するのが妥当と思われるものが存在する。例えば、
刑法が、過剰防衛(第三六条第二項)・過剰避難(第三七条第一項但書)の場合
に、刑の任意的減免を規定し、或は、犯人又は逃走者の親族が、犯人又は逃走者の
ためを思つて、かくまつたり、証拠をいん滅したりした場合に、刑の任意的免除を
規定(第一〇五条)するのは、期待可能性の乏しい場合であるとして理解できる
し、また、盗犯等の防止及び処分に関する法律第一条第二項が、行為者が、恐怖・
驚がく・興奮又は狼狽によつて、犯人を殺傷する行為に及んだ場合においては、一
定の要件の下に「これを罰せず」と規定するのは、やはり期待可能性がない場合で
あるからと理解できよう。
 期待可能性理論について、理論構成の確立していない点があることも、所論のと
おりである。中でも、期待可能性の有無を判断する標準について、それは、どんな
体系的地位を占めるものであるかについて、その適用範囲―故意犯への適用につい
て、及び一般的な超法規的なものであるか、それとも刑法上の規定のある場合に限
られるものであるかの―等について、見解の対立が存在し、今後の学説判例の発展
にまつ点の多いことも事実である。従つて、その明確な定義も、必ずしも確立して
いないが、一般に、行為の際の具体的な事情の下において、行為者に対して、その
行為に出ないことを期待することができない場合、換言すれば、現実に行われた違
法行為の代わりに他の適法行為に出ることを期待できない場合には、行為者に対し
て、その違法行為に出たことの責任を問うことができないとする理論、として理解
できる。
 これら理論の未確立、或は、法令上の明確な規定のないことは、未だ超法規的責
任阻却事由としての期待不可能性を抹消し去ることはできないと解する。所論指摘
の最高裁判決も、期待可能性理論を全く否定視去つたものとは解せられない。期待
可能性の不存在を超法規的責任阻却事由とすることを目して、所論のように違法視
するのは当らないというべきである。論旨は理由がない。
 第二、 控訴趣意第二点(法令の解釈適用の誤)について。
 原判決が、本件の場合、被告人には期待可能性がないとして、責任が阻却され、
罪とならないとの結論を下していることは、原判決文によつて明らかなところであ
る。
 原判決のこの判断を検討するに、その冒頭に、「被告人の本件行為当時の諸般の
事情について検討するに」との書き出しをもつて、1ないし6の事情を列挙して、
総合判断の対象に供していることは、所論の指摘するとおりである。そこで、ま
ず、右の各事情についての考察からはじめることとする。
 (一) その中、1と2の事情は、帰するところ、本件行為当時における、全国
的及び当該地域的な、一般的社会情勢というべきものである。
 ところで、期待可能性の理論を、前記のとおり、行為の際の具体的な事情の下に
おいて、行為者に対してその行為に出ないことを期待することができない場合の問
題であると理解するならば、期待可能性の有無についての判断の対象となるのは、
当該行為の際の具体的な事情であつて、右行為の当時における一般的社会情勢では
ないというべきである。そうしてみると、この一般的社会情勢は、さらに、行為の
際の具体的な事情と結び付かなければ、それだけでは、期待不可能性を認める事由
とはなし得ないものといわざるを得ない。
 (二) その中、3と4の事情は、被告人の任務・使命についての説明であり、
 (三) その中、6の事清、すなわち、
 本件ダイナマイト等をaに交付した後における行為は、それ自体としては、犯行
後の事情に属し、本件犯行の成否とは直接関係のない事柄であり、従つて、期待不
可能性を認める事由とはなし得ないものというべきである。
 (四) その中、5の事情として、
 武器の材料がダイナマイト等の爆発物であつたけれども、これをaに交付しない
ことは、爾後における同人等との接触を断絶することになり、被告人に与えられた
任務を遂行するに支障となると考えるのも一応無理のないことであつたこと
 と説示し、引きつづく箇所において、当時の緊迫した情勢と被告人の任務・使命
とを考慮に加えた上で、本件ダイナマイト等をbより受領した後、これを運搬・保
管してaに手交しないことを被告人に期待することは、……甚しく苛酷に失するも
のと認めざるを得ない
 と判断し、なお、説明を附加して、被告人が上司c部長から受けた指示について
も、
 被告人がbから受け取つた物件がダイナマイト等であつたとしても、これをaに
渡すことが当然指示されているものと考えたことは、その使命からして無理からぬ
ところであり
 とし、
 これを直ちにaに交付しないでc部長に報告しなかつたこと、及び運搬して同人
に交付した後に直ちに報告して事後の指示を受けなかつたことを責めるのは、被告
人の置かれた当時の情況下においては著しく難きを強いる嫌があり云々
 との説明を加えている。
 (五) しかしながら、他の適法行為を全く期待できなくするような具体的な事
情は、原判決文からは全く認められないのみならず、被告人が、他の適法行為に出
なかつたことについて、刑法上非難の余地が残されていることは、原判決の右摘示
部分からしても、認容されているところでもある。なお、原裁判所の取り調べた証
拠によつても、また、当裁判所の事実取調の結果によつても、本件につき、期待可
能性がないことを認めるに足りる事情を発見することはできない。
 これを要するに、
 <要旨第一>原判決が認定した、「d党の軍事活動が全国的に活溌となり、し烈を
め、緊迫した情勢にあつた当時、治安上警戒を要する事案がひん発
し、d党員による武器収集が行われているとの情報があり、治安上情勢把握が緊急
を要する事態にあつたe村方面の、情勢の探究が困難であつたとき、上司の特命に
より、警察官の身分を隠して右地域に潜入し、同方面のd党員の精鋭分子に接近し
て、その収集しようとしている武器の種類・数量・関係人物・保管場所等を明らか
にしようとつとめた被告人が、右党員から武器の材料を受け取つて来てくれと頼ま
れ、上司の指示を受けて受領に赴き、そこではじめて、それがダイナマイト等の爆
発物であることを知つたが、同党員にこれを交付しないと、その後における同人ら
との接触を断つことになり、自己に与えられた任務を遂行するのに支障となると考
えたので、これを同党員に交付し、その後においては、可能な範囲で、これを監視
し、かつ、上司に報告して適宜な措置を講ずるよう努力した」
 という諸事情は、これをもつて期待可能性がないことを基礎づける事情と認める
ことはできないというべきである。
 原判決が、それにもかかわらず、前記の諸事情の存在をもつて、本件の場合被告
人には期待可能性がないと判断したのは、理由の不備若しくは法令の解釈適用を誤
つた違法があるものであり、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである
から、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
 弁護人らの答弁は、理由がない。
 第二部 破棄自判
 以上の理由により、刑訴法第三九七条第一項を適用して、原判決を破棄した上、
同法第四〇〇条但書に従い、本件について、さらに判決する。
 第一、 事  実
 一、 被告人が、e村に特派された事情とその任務。
 被告人は、国家地方警察大分県本部警備部警備課に巡査部長として勤務し、左翼
関係の情報収集の任務についていた者であるが、昭和二七年三月初旬頃(以下、昭
和二七年を略して、単に月日だけをもつて表わす。)同警備部長cより「大分県直
入郡e村(現在竹田市に編入)附近のd党のいわゆる軍事活動の実態を探知把握し
てくれ。なお、報告・連絡は直接同部長にせよ」との特命を受けた。そこで、同月
中旬頃、警察官の身分を隠して、fという変名を使つて、同村大字e、製材業g方
(同人とは、以前国鉄日豊線の同列車に乗り合わせて、面識があつた。)に住み込
んで、潜入するに至つた。
 二、 aらのh隊の結成と武器の収集。
 被告人は、その後、機会をとらえてd党員に接近することに努め、間もなく、同
党員の精鋭分子であるaらに近ずくことに成功し、四月下旬頃には、aから入党を
勧められ、その手続をとつた。ついで、五月一日頃、aからh隊の結成が提唱さ
れ、h隊の任務について、権力機関との斗争を目的とする秘密組織である旨の説明
があつた。そして、その斗争の手始めとして、aの口授するままを被告人において
書き取つた脅迫文を、当時の国家地方警察大分県竹田地区警察署e村巡査駐在所
(現在、竹田警察署e巡査駐在所)にaが投げ込んだ。さらに、その後、aから、
h隊の活動方針等について、『現に手投弾をある処に隠してある。地区か県の上級
機関にも上納しなければならないので、引きつづき武器を入手する必要がある』旨
の話があつた。
 三、 被告人が、aの依頼を受けて、本件ダイナマイト等を受取に行くまでの事
情。
 被告人は、五月一四、五日頃、同村大字e字iのj方での会合で、aから「これ
を持つて、大分県大分郡k村(現在、大南町)に行き、lから武器の材料を取つて
来てくれ」との依頼を受け、一通のレポ文……表面に「m精米所気付l様」とあ
り、裏面に「大分n」と記載されている……を渡された。そこで、被告人は、同月
一七、八日頃c部長を大分市のその官舎に訪ね、事の次第を報告し、レポ文を示し
て、指示を求めた。右レポ文には、
 ……先般は失礼しました。……先般お願いした件について、今後月に定期的に三
回に分けて受け取りたいと思つておりますので、貴方にて何時受領に来ても現品が
揃うように、日常において計画的に仕事をして下さると、当方非常に都合がよくな
りますも、すべては、貴男の御理解ある協力を待ちます。
 1 要件 このレポを持つている者に渡して下さい。
 (洋文字)男(洋文字)6名
 (洋文字)女(洋文字)2名
 をぜひ御都合して下さい。………
 と記載されているが、同部長とともに検討を重ねても、aのいう武器の材料がど
んな物かは、解読できず、全く予想がつかなかつた。そこで、同部長から改めて
『武器の材料を確認し、lの正体をつきとめる必要があるから、これを持つてlの
処へ行つて来い。そして、aから頼まれたのだから、品物を受け取つた上は、aに
渡さねばならないだろう。
 渡した後は、できるだけすみやかに報告せよ』との指示を受けた。被告人は、同
日直ちにk村に出向いて、レポ文の名宛人であるlを探した。すると、lというの
は、実は、bの偽名であることが分つたが、その日同人と会うことはできずにe村
に引き返した。
 四、 罪となるべき事実
 被告人は、その後、五月二九日頃の正午過ぎ頃右k村において、bと会つて、レ
ポ文を渡し、同村大字oのp方附近の薪小屋辺りで、油紙に包んだ長さ一〇糎位の
棒状の物一四本、キセルのがん首より少し小さい真ちゅう製様の長さ三糎位の物一
〇本及び紐状の長さ一〇米位の被覆線様の物を同人から受け取つた。その際、bの
説明で、それが爆発物であるダイナマイトと雷管及びその使用に供すべき器具であ
る導火線であることを知つた被告人は、aらが、治安を妨げ又は人の身体財産を害
しようとする目的をもつて、爆発物等を所持するものであることの情を知りなが
ら、同人の依頼によつて、同人らのため、右ダイナマイト等を風呂敷に包んで、携
行・運搬して、同日夕方e村に持ち帰り、g方において保管して、もつて寄蔵した
上、同日午後九時過ぎ頃同村のj(qの父)方表出入口土間で、これをaに交付し
て、もつて譲与したものである。
 第二、 証拠の標目
 1. 原審各公判調書中の、被告人の供述記載
 2. 被告人の、検察官に対する、昭和三二年八月三日、同月一六日、同年九月
一二日、同年八月二四日附各供述調書(検第九号、第三二号ないし第三四号)
 3. 被告人の当審公判廷における供述
 4. bの検察官に対する、昭和二七年六月一一日、同月一六日、同月一八日附
及び同月一四日附各供述調書謄本(検第一号、第一九号、第二〇号及び第一八号)
 5. 検察事務官が昭和三二年七月一〇日撮影した写真及び写真撮影顛末書(検
第六号)
 6. 検察事務官作成のレポ原文等の謄本(検第七号)
 7. cの検察官に対する供述調書(検第八号)
 8. 当審証人cの公判廷での供述
 9. 司法警察員作成の差押調書謄本(検第一五号)
 10. 裁判官作成の爆発物保管嘱託書謄本(検第一六号)
 11. qの検察官に対する昭和二七年六月六日、同月七日、同月一二日附各供
述調書(検第一一号から第一三号まで)
 12. 裁判官のqに対する証人尋問調書(検第一四号)
 第三、 弁護人らの主張に対する判断。
 弁護人らは、当審において、つぎの三点を主張しているので、これに対して順次
判断を加えることとする。
 一、 主張その一。
 弁護人らは、「被告人の本件行為は、爆発物取締罰則第五条の犯罪構成要件を充
足せず、同条の罪を構成しない」と主張する。
 (一) 罰則第五条の解釈について。
 弁護人らは、まず第一に、「罰則第五条は、罰則第一条又は、せいぜい第二条の
犯罪者を幇助する行為を独立罪として規定したものであり、第三条の犯罪者のため
の幇助行為を含まないものである」と主張する。
 (1) 罰則第五条にいう「第一条に記載したる犯罪者」の意味について。
 (イ) 罰則第五条は、「第一条に記載したる犯罪者の為め」と規定する。この
「第一条に記載したる犯罪者」とは、罰則第一条の「治安を妨げ又は人の身体財産
を害するの目的を以て爆発物を使用したる者及び人をしてこれを使用せしめたる
者」を指すことは、文理上明らかである。問題は、第五条にいう「第一条に記載し
たる犯罪者」とは、弁護人らの主張するように、文字どおり第一条に記載の犯罪者
だけに限ると解すべきか、それとも、検察官主張のとおり、第三条の犯罪者をも含
むと解すべきかにかかつている。
 (ロ) 罰則第一条以下第五条までの規定をみると、
 第一条は、所定の不法の目的をもつて「爆発物を使用した者及び人をして使用せ
しめた者」を処罰の対象とし、とくに、人をして使用せしめた、共犯ないし間接の
実行行為者をも含んでおり、
 第二条は、第一条の犯罪の未遂犯を独立に処罰する規定であり、
 第三条は、第一条の予備行為に当る行為を独立罪として処罰の対象とし、
 第四条は、教唆・せん動・共謀等を正犯に従属させず、独立罪として処罰の対象
とし、
 第五条では、第一条の犯罪者のため、予備行為をもつて幇助した者を、同じく独
立罪として処罰の対象とする。
 以上要するに、第一条以下第五条までの処罰規定は、すべて、第一条所定の不法
の目的をもつて、爆発物等を使用する罪に関するものであるとともに、その各種段
階・各種態様の行為を、いずれも、独立罪として処罰の対象とする点において、刑
法の規定に比べて、処罰の範囲を著しく拡大しているという特色を見出すことがで
きる。この特色は、同罰則の立法精神から説明することができる。すなわち、爆発
物は、人命、財産を殺りく破壊する力が強大であり、もしも不法に使用されるとす
れば、その損害は甚大で、社会の秩序・治安は混乱に陥ることが自明であるので、
爆発物の不法使用に関する犯罪を重大視して、同罰則が制定されたものであること
からして、理解できるのである。
 (ハ) 一般に、教唆犯・幇助犯の成立は、正犯の実行行為があつたことを必要
とすると解される。従つて、この見地に立てば、(A)正犯の実行行為がある限
り、刑法第六一条・第六二条の規定によつて、教唆犯・幇助犯が処罰され、特にこ
の処罰のために特別の罰則規定を設けるの必要はないわけである。(B)正犯の実
行行為のない場合には、教唆犯・幇助犯も成立する余地がない筋合であり、教唆
犯・幇助犯が、単に教唆犯・幇助犯に止る限りは、処罰されないわけである。とこ
ろが、犯罪の重大性に着眼して教唆犯・幇助犯を独立罪として規定する法律があ
る。同罰則第四条・第五条も、その一例である。すなわち、第五条についていえ
ば、正犯の実行行為のない場合であつても、つまり、単に幇助だけに止つた場合で
あつても、正犯の実行行為のあつた場合と同様、これを幇助犯として処罰しようと
する規定であると解釈すべきである。このように見てくると、幇助犯の処罰規定で
ある第五条は、正犯が実行行為に至つていない、予備(第三条)の段階にあるとき
も、これを処罰する趣旨であるということができる。
 (ニ) なお、同罰則第一一条後段は、「第五条に記載したる犯罪者も亦同じ」
と規定している。これをその前段及び同第五条によつて補充して読むと、「第一条
に記載したる犯罪者の為め情を知つて爆発物若くは其使用に供す可き器具を製造輸
入販売譲与寄蔵し及び其約束を為したる者」(第五条)といえども、第一条所定の
目的をもつて爆発物を使用し又は人をして使用せしめない「前に於て官に自首し因
て危害を為すに至らざる時は其刑を免除す」(第一一条前段)べき旨を定めたもの
であることが明らかである。そこでもし、同第五条にいう「第一条に記載したる犯
罪者」を、弁護人所論のように、「第一条に記載したる犯罪者」だけに限るとすれ
ば、第一条は、上記のとおり、「所定の目的を以て爆発物を使用したる考及び人を
して之を使用せしめたる者」を処罰の対象としているのであるから、第五条所定の
譲与・寄蔵等の犯罪者は、たとい官に自首しても、つねに第一条の犯罪者が同条所
定の犯罪を遂行していることとなる結果、第一一条後段により刑の免除を受け得べ
き場合が存しないこととなり、同条後段の立法精神に背反することとなるであろ
う。
 <要旨第二>(ホ) 以上要するに、罰則第五条は、「第一条に記載したる犯罪者
の為め」と限定して規定し、「前各条に記載したる犯罪者の為め」と規
定していないから、疑問をさしはさむ余地がないわけではないが、同罰則の立法精
神・同罰則規定の比較検討その他、前記の理由から考えて、同条にいわゆる「第一
条に記載したる犯罪者」の中には、第一条の爆発物使用の既遂犯及び第二条の爆発
物使用の未遂犯の外、第三条の予備行為をなした犯罪者をも含むものと解するのが
相当である。
 (2) なお、弁護人らは、「第五条にいう幇助犯と、第三条・第四条にいう予
備・陰謀犯とを同一の法定刑をもつて律しているのは、均衡を失する」と指摘す
る。
 しかし、右三者間に差等を設ける実質的な理由がないから、罰則が同一の法定刑
をもつて臨んだものと認められ、こうした事例は、国家公務員法第一一一条、地方
公務員法第六二条、自衛隊法第一一八条第二項等、他の立法例にも見受けられると
ころであり、法定刑の均衡の点は、罰則第五条の前記解釈に何らの影響を及ぼすも
のでもない。
 以上の理由により、罰則第三条に規定する予備行為をなす者のため、その情を知
つて、これを幇助する行為をなした者は、同第五条に該当するものというべきであ
る。弁護人らの所論は採用に値しない。
 (二) 正犯であるaらの使用目的に関する被告人の知情の有無について。
 (1) 弁護人らは、第二に、「被告人は、aらが、第一条に定める目的をもつ
て、本件ダイナマイト等を使用するということを知らなかつたものである」と主張
する。
 被告人は、検察庁での取調以来、今日まで終始一貫して、「aが、本件ダイナマ
イト等を受け取つて、それをどうするか全く分らなかつた」「aが、ダイナマイト
等を、自ら直接使用するとは考えていなかつた」「dの上部機関に上納するのでは
ないかと予想した」旨供述して来ていることは、前記証拠により明らかなところで
ある。
 (2) そこで考えるに、前記第一、事実の項に記載したところから明らかなと
おり、
 (イ) aらは、dの非合法軍事活動の用に供する「武器の収集」を企ててお
り、本件ダイナマイト等もまた、同人が「武器の材料」として入手を図つたもので
あることが極めて明らかである。
 aのダイナマイト入手の目的が、このように「武器の材料」であつたことは、前
記に認定した本件の具体的状況を考慮に加えるとき、とりもなおさず、同人らの究
極の使用目的が、「治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的」であつた
ものといつて少しも妨げない。
 (ロ) それとともに、被告人の知情の点に関していえば、被告人は、aらが、
dの非合法軍事活動の用に供する「武器の収集」を企てており、本件ダイナマイト
等もまた、同人が「武器の材料」として入手を図つていることを、十分に知つてい
たことが極めて明らかである。従つて、前段と同様に、本件の具体的状況を考慮に
加えるとき、被告人が、aのダイナマイト入手の目的が「武器の材料」であつたこ
とを十分に知つていたことは、とりもなおさず、aらの使用目的が、「治安を妨げ
又は人の身体財産を害せんとする目的」であることを、十分に知つていたものとい
つて少しも妨げない。
 (3) 被告人が、かりに、「dの上部機関に上納するのではないかと予想し
た」としても、このことは、右認定を左右するものではあり得ない。
 被告人が、「aが、それをどうするか全く分らなかつた」と供述する点は、右の
意味において、採用することができない。
 被告人は、「aが、ダイナマイトをどうするか分らなかつた。分らなかつたから
こそ、どうするかを掴むため、同人らの使用目的や保管場所その他を明らかにする
ため、これをaに渡したのである」と供述して来ている。
 本件において、被告人が、あえてaらのため本件犯行の道を選ぶに至つた目的
は、aらが、本件ダイナマイト等を受け取つた後において、これをどのように措置
するかの具体化を見届けるため、いわゆるdの武器収集の実態を探知把握するため
であつたに外ならないと認めることができ、かつ、このように考えるのが至当であ
ろう。
 しかし、被告人は、aらの前記使用目的を知つて本件行為に出たものであるこ
と、前記のとおりであるから、この被告人の供述も採り上げることはできない。
 弁護人らの、「被告人は、aらの使用目的が第一条の目的であることを知らなか
つた」という主張は、採用に値しない。
 (4) 弁護人らの主張の中、「被告人は、aが自ら直接使用することは知らな
かつた」という部分について、考察する。この主張に対する判断の前提として、罰
則第三条の解釈を示す必要がある。
 (イ) 罰則第三条の解釈について。
 罰則第三条の要件は、法文によつて明らかなとおり、「第一条の目的をもつて、
爆発物等を製造・輸入・所持・注文(以下説明の便宜のため、所持等という。)を
なした」ことである。さらに分りやすくいいかえると、「第一条の(治安を妨げ又
は人の身体財産を害せんとするの)使用目的をもつて、爆発物を使用しようとし
て、所持等の予備行為をなした」ことを要するわけである。
 従つて、所持等の予備行為をなした者が、「自ら爆発物等を使用しようとした」
ことは、必ずしもその要件ではないというべきである。というのは、「爆発物を使
用しようとした」という表現は、「使用しようとした予備行為」というように「所
持等の予備行為」にかかるものであり、「所持等の予備行為をなした者が使用しよ
うとした」というように、「第三条の犯罪者」にかかるものと解すべきではないか
らである。第三条にいわゆる所持等の予備行為をなした者は、爆発物等を自ら直接
使用しようとして、その予備行為をなした者であれ、自らは、共謀共同正犯又は幇
助犯の意図の下に、その予備行為をなした者であれ、その意図如何にかかわらず、
等しく予備行為をなした者といい得るからである。
 (ロ) 罰則第五条幇助犯の知情について。
 罰則第五条幇助犯の規定が、同第三条予備犯の幇助行為をもその対象に含むと解
すべきことは、前記のとおりである。この場合第五条幇助犯の罪が成立するために
は、幇助者が、「情を知つて」いること、つまり、第三条所定の行為を認識するこ
とを要するわけである。第三条に定める要件以外の事実を認識することは必要でな
いこともちろんである。
 第三条予備犯の要件として、第三条に定める犯罪者が、「自ら爆発物等を使用し
ようとした」ものであることは、その要件でないこと、前記のとおりである。従つ
て、第五条幇助者が、「第三条に定める犯罪者が、自ら爆発物等を使用しようとし
たものである」ことを認識したかどうかは、第五条幇助犯の罪の成否には関係のな
い事柄であることが明らかとなる。
 本件にあてはめていえば、a(第三条の予備行為をなした者)が、本件ダイナマ
イト等を不法に「自ら直接使用しようとした」ことを、被告人(第五条幇助犯)に
おいて知つていたことは、第五条幇助犯の罪の成否に影響のない事柄であるという
べきである。
 いやしくも、被告人において、aらが第一条に定める使用目的をもつて、爆発物
を所持するものであることを知つている以上、同人らが自ら直接に使用しようとす
るの意図を有していたことを知らなかつたとしても、第五条の罪責を免れ得るもの
ではあり得ない。被告人の弁解も、弁護人の主張も、いずれも理由がないものであ
る。
 (三) 被告人の本件行為は、同第五条に該当する。
 以上の理由により、被告人において、aらが、第一条に定める目的をもつて、本
件ダイナマイト等を所持するものであることの情を知つて、その求めに応じ、同人
らのためbからこれを受け取つて、携帯・運搬・保管して、aに交付した被告人の
本件行為は、aらの、第一条の目的をもつてする爆発物使用罪の予備の段階におい
て、これを幇助したものということができる。被告人の本件行為は、第五条に規定
する、第一条に記載した犯罪者のためその情を知つて、爆発物若しくはその使用に
供すべき器具を寄蔵し、かつ譲与した場合に該当し、同条の構成要件を充足する行
為であるといい得る。
 二、 主張その二。
 弁護人らは、「被告人の本件行為は、刑法第三五条に規定する「正当の業務によ
りなしたる行為」であるから、違法性は阻却される」と主張する。
 (一) 職務行為をめぐる二つの問題。
 被告人が、aから『武器の材料を取りに行つてくれ』と頼まれ、上司の指示を仰
ぎ、武器の材料が何であるか分らないまま受取りに赴き、bから受け取つて見て、
はじめて武器の材料がダイナマイト等の爆発物であることを知り、これを携帯・運
搬・保管して、aに交付した本件被告人の行為について、被告人は検察庁での取調
以来、終始一貫して、「e村におけるdの軍事活動を把握し、武器収集の実態を究
明しようとして、その職務遂行の意図の下にこれを行つたものである」旨弁解し
て、「もしも、本件ダイナマイト等をaに交付しないとすれば、aらとの接触が断
たれることとなり、右ダイナマイト等が、どのように使用され、どこに隠匿保管さ
れるのか、関係人物がどのように動くのか等の具体的情勢を把握することを断念す
ることとなり、ひいて、武器収集の実態究明の目的を達成することができなくなる
ので、使命達成のためには、本件行為に出ることが絶対に必要であると考えた」旨
供述して来ている。なるほど、被告人は、自己に課せられた任務・使命を果すため
に必要なことであると考え、正当な職務行為であると信じて、あえて本件行為に及
んだものであると、本件を観察するのが相当であろう。
 本件における違法性の問題、責任の問題は、ひつきよう職務行為という点をめぐ
る客観的及び主観的両面における法律問題であるとして理解できる。
 (二) 正当な職務行為についての判断基準。
 刑法第三五条後段は、「正当の業務によりなしたる行為はこれを罰せず」と規定
する。警察官の情報収集活動の方法について、考えるに、もとより、それは無制限
に認容されるものではあり得ない。情報収集活動が、公共の安全と秩序の維持とい
うような、警察にとつての至上の目的のためのものであるにせよ、その理において
変るところはない。公共の安全と秩序の維持のための警察官の情報収集活動であつ
ても、その目的の正当性が、その手段としての情報収集行為のすべてを正当化し、
合法化するものとは、とうてい認めることができない。その行為が正当な職務行為
であるといい得るためには、国家法秩序に照らして、その行為の目的との関連にお
いて手段方法として相当と認められるものでなければならないのである。その行為
が、目的に対する手段方法として公の秩序・善良の風俗に反するものであるなら
ば、それはもはや正当な職務行為とはいい得ないものと解すべきである。
 そして、この判断に当つては、関係法規をはじめとして国家法秩序全体の精神に
基いて、健全な社会通念によつて合理的に判断されなければならないこともちろん
である。
 被告人の本件行為が正当な職務行為に当るかどうかの判断も、以上の観点におい
て、なされることが必要である。そうして見ると、本件の場合における警察官の職
務活動については、一方において、警察法第二条第一項が「警察は、個人の生命、
身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取
締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」と規定し
て、警察の責務を明らかにしていることを考慮し、他方においては、爆発物取締罰
則が、爆発物ほど人命財産を殺りく破壊する力の強いものは他に類例の少ないもの
であり、一たびこれが不法に使用されるならば、その損害は甚大であり、公共の安
全と社会の秩序・治安は混乱に陥るであろうことをおもんばかつて、同罰則違反の
犯罪行為に対しては甚だ重い刑罰をもつて臨み、同第七条・第八条において告知義
務の規定を設け、これに違反した者を処罰すると定め、もつて爆発物不法使用に関
する犯罪を重大犯罪視している法意が考慮されなければならない。
 被告人は、aらが、治安を妨げ又は人の身体財産を害しようとするの目的をもつ
て、本件ダイナマイト等の入手を企てたことを十分知つていたものであること、及
び現実に、aの依頼によりbから「武器の材料」を受け取つたとき、はじめてそれ
がダイナマイト等の爆発物であることを知るに至つたことは、いずれも前記認定の
とおりである。すなわち、その際、爆発物の入手経路・これに関連する人物・入手
目的等が判明するに至つているのである。被告人は、爆発物取締罰則違反の事態が
現に発生したのを現認したわけであるから、直ちに警察本来の使命に思いをいた
し、上司への報告及び犯罪の予防と鎮圧への配慮等の措置をとることこそ、現職警
察官としての被告人に課せられた任務であるというべきである。e村におけるdの
軍事活動の把握、武器収集の実態究明という目的が、当時の警備警察上或は公共の
安全と秩序の維持上、最大の喫緊事であるとしても、この目的追求の任についた現
職警察官としての被告人が、前記の措置を事前にとることなく、右目的達成のため
の手段として、爆発物取締罰則違反の本件行為に及んだのは、国家法秩序に照らし
て、警察官の情報収集活動の手段方法として相当なものとは、とうてい認めること
ができない。明らかに正当な職務行為の範囲を逸脱したものというべきである。被
告人が「本件ダイナマイト等をaに交付しないとすれば、aらとの接触が断たれる
こととなり、右ダイナマイト等が、どのように使用され、どこに隠匿保管されるの
か、関係人物がどのように動くのか等の具体的情勢を把握することを断念すること
となり、ひいて、武器収集の実態究明の目的を達成することができなくなるので、
使命達成のためには、本件行為に出ることが絶対に必要である」と考えたというよ
うな被告人の主観的意図は、本件行為を正当な職務行為化するものではあり得な
い。
 被告人の右弁解を採用することはできない。
 (三) 上司の指示命令と職務行為。
 なお、弁護人らは、「被告人の本件行為は、上司の指示命令によつたものであ
り、上司の命令は適法であり、これに従つて任務の遂行のためなした行為であるか
ら、違法性はない」とも主張する。
 なるほど、被告人は、最初c部長から『報告・連絡は直接同部長にせよ』と命ぜ
られたことは、前記のとおりである。しかし、これは、被告人がc部長の特命を受
けてe村に潜入する際に与えられた指示命令であつて、もとより、aの依頼によつ
て同人らのため本件ダイナマイト等を受け取るという事態の発生を前提としたもの
でないことは、極めて明らかである。つぎに、被告人がaから武器の材料の受取方
を頼まれた際に、同部長から二回目に与えられた指示命令は、『武器の材料はaか
ら頼まれたのだから、品物を受け取つた上は、aに渡さねばならないだろう。渡し
た後は、できるだけすみやかに報告せよ』というものであつたことは、前記のとお
りである。この指示命令は、武器の材料の内容が全く不明であつたから、これを運
搬・交付することによつて、その内容・数量・関連人物等を確認せよという趣旨で
あつたに過ぎず、被告人が受け取る武器の材料が、本件の場合のように、ダイナマ
イト等であることを前提・包含するものでないことは、当審における証人cの供述
によつて明らかなところである。従つて、いずれにしても、c部長の指示命令は、
被告人を拘束するものではないし、それは適法な命令であるから、いわゆる拘束命
令の問題は本件の場合存在しない。
 かりに、被告人において、この指示命令がダイナマイト等の場合を含む命令であ
ると考えたとしても、上司の命令に従うものであると誤信したことは、違法性阻却
の問題でなく、責任の問題に属することである。
 以上のとおり、本件の場合、上司の命令の介在は、被告人の本件行為の違法性を
阻却するものではない。
 弁護人らの主張は採用できない。
 三、 主張その三。
 弁護人らは、「被告人は、本件行為を正当な職務行為と確信して行つたものであ
り、このように信ずるについて過失も認められず、相当の理由があるから、犯意を
欠き、罪とならない」と主張する。
 (一) 違法性に関する錯誤について。
 弁護人らの本主張は、帰するところ、自己の行為が法律上許された行為ないしは
義務づけられた行為と誤信した場合の問題として理解できる。いわゆる違法性に関
する錯誤又は禁止の錯誤の問題に属するものということができる。
 大審院以来の判例の原則的立場に従うならば、故意の要件は、犯罪構成要件に該
当する具体的事実の認識があれば足り、その行為の違法性を認識することは必要で
ない。従つて、違法性の認識を欠いても、故意を阻却しないということになる。本
件の場合についていえば、被告人において、爆発物取締罰則第五条に規定する構成
要件に該当する事実の認識があつたことは、上記のところから極めて明らかである
から、たとえ、被告人が、警察官としての職務遂行のためにするのであれば許され
た行為ないしは義務づけられた行為と誤信したとしても、このことは、故意を阻却
するものではないという結論にならざるを得ない。
 ところが、弁護人らは、この判例の原則的立場を採らず、自己の行為が法律上許
されたものと誤信し、しかも、その誤信について相当の理由がある場合には、故意
が阻却されるとの見解に基いて、その主張を展開していることが明らかである。こ
こにおいて、この見解に立脚しての検討を進めることとする。
 (二) 正当な職務行為と誤信したことについての相当の理由の有無。
 被告人が、本件行為を正当な職務行為と誤信したことについて相当の理由があつ
たかどうかを検討する。
 (1) 被告人は、検察官に対する第一回供述調書(昭和三二年八月三日附)
中、その第三〇項において、bから本件ダイナマイト等を受け取つて、これをaに
渡したときの気持についてと前置きして、
 私は、aから頼まれたとき、取りに行く物がダイナマイト類であることは全然知
らされず、又レポ文を見たときも、その物が何であるかも判らず、私がbから品物
を受け取つたときでも、まだそれがダイナマイト類であることを知らなかつたの
で、同人に尋ねてはじめてダイナマイト・雷管・導火線であることを知つた次第で
あります。私は、これを受取に行きaに届けたのは、c部長からaらの武器活動の
実態を究明せよと命ぜられたからであります。すなわち、lことbの人物の確認・
その武器の材料の種類・入手経路・保管場所等を調査するために受取りに行き、そ
の品物を受け取つてから、これがダイナマイト類であることが判つたが、以前にa
から手投弾を持つているということを聞いていたし、また、aが、このマイト類を
どのように処置するか、その方途も掴む必要が最も重要なことであると考えていた
ので、その実態を究明調査するため、これをaに渡したものであつて、このこと
は、部長から命ぜられた任務を忠実に遂行しただけで、別段私のした行為は違法な
行為だとは全然考えておりませんでしたし、またそれは、私が警察官として当然行
わねばならない正当の職務行為であると考えていました。現在でもその考には変り
ありません。
 aが入手したマイト類を何の用途に使う考であるのか全く判らなかつたので、そ
の使用目的を明らかにせねばならないと考えていました。
 私としては、部長にaヘマイト類を渡したことを報告すれば、部長において適当
な措置をとつてくれると思つていたのであります。
 と述べ、つづく第三一項において、
 その日aにマイトを渡したので、その旨早速部長に報告せねばならないと考えた
のですが、同日は私用でg方を休んでおり、その翌日又は翌々日にでも休んで大分
に出て部長に報告に行くことは、gにも察せられるおそれがあつたので、至急に適
当な機会を見つけて部長に報告するつもりでおりました。
 と述べていることが分る。そして、被告人のこの供述は、原審公判廷において
も、また当審公判廷においても終始変つていないことが、前記証拠によつて明らか
である。
 (2) (イ) まず第一に、c部長の指示命令は、前記のとおり、武器の材料
が全く不明であつたから、これを運搬・交付することによつて、その内容・数量・
関連人物・保管場所等を確認せよという趣旨の指示命令であつたに過ぎず、被告人
の受け取るべき武器の材料が、本件の場合のように、ダイナマイト等である場合を
予想し、これを前提としてなされた指示命令ではないにもかかわらず、被告人が、
ダイナマイト等を運搬・交付することも右指示命令の中に含まれているものと誤解
したことについて考えて見るに、警察官として、警察の本来の使命が公共の安全と
秩序の維持にあることを念頭におくならば、何はさておき、犯罪の予防こそまず第
一に心掛けなければならないことに属し、等しく公共の安全と秩序の維持のための
警察官の情報収集活動といえども、無制限に認容されるものでなく、その目的の正
当性が、手段として情報収集行為のすべてを合法化するものでなく、法の認容する
手段方法の範囲内で行わなければならないものであり、爆発物取締罰則において明
らかに禁止している行為を、たとえ、右任務の達成・職務の遂行という他の理由が
あつたにもせよ、目的が正当であつたにもせよ、自己自らの手によつてこれをふみ
にじることの許されないことに、当然思いを致さなければならなかつたものといわ
ざるを得ない。ひつきよう、被告人は、目的と手段との関連性を誤解し、爆発物取
締罰則違反行為の重大犯罪であることを看過したとの非難を免れ得ないものという
ことができる。
 (ロ) つぎに、被告人がbから武器の材料を受け取つてはじめて、それがダイ
ナマイト等であることを知つたのであるから、被告人としては、それまで予想もし
ていなかつた新しい重大な事態の発生に直面したのである。それにもかかわらず、
上司に報告してその指示を仰ぐ措置に出ず、漫然ダイナマイト等を運搬・交付する
ことも指示命令されているものと自分だけで判断して、aに交付し、c部長に報告
してその指示を仰がなかつたことは、事態に対する正しい認識・評価を誤つたとの
非難を免れ得ないものといわねばならない。被告人において、事態を正しく認識・
評価したとするならば、『報告・連絡はすべて部長に直接せよ』というc部長の指
示命令をいたずらに墨守することなく、『aに渡した後は、できるだけすみやかに
報告せよ』という同部長の指示命令にことさらに執着することなく、被告人が緊急
の事態に直面した本件犯行後の六月一日において、竹田警察署の警察電話を使つて
c部長に報告し、その善処を要請した措置と趣旨において同様の、緊急の場合にお
ける臨機応変の措置をとつてc部長に報告し、その指示に従つて行動することがで
きたはずであるといわざるを得ないし、また、それが必ずしも不可能ではなかつた
ことは、当審における検証の結果によつても明らかなところであると認める。
 (ハ) 第三に、被告人が、aにダイナマイトを渡したことを報告すれば、部長
において適当な措置をとつてくれるものと思つたとしても、被告人は、警察官とし
ての本来の任務に照らして、本件事態に直面して、事前にc部長に報告して、その
指示に従つて行動すべき義務があつたものであるから、やはり、右義務違反の非難
を免れ得ないのである。さらに、被告人が本件ダイナマイト等をbから受け取つた
上、c部長に報告もせず、その指示も受けず、そのままe村に持ち帰つてaらに交
付するとしたならば、同所と大分市との間の交通通信の状況、被告人の置かれてい
た当時の立場環境等幾多の悪条件に制約されて、その結果として、必然的に上司へ
の報告も、本件におけるように遅延するに至ることは、被告人として、本件ダイナ
マイト等を受領した当時において、すでに十分予測できたことでもあり、被告人の
認めるところでもあるのである。
 (3) なるほど、被告人が、家族と離れ、一介の下働きに身をやつし、幾多の
困難に打ちかち、艱難辛苦を重ね、自己自身の身の危険を冒して課せられた任務の
遂行に一意邁進し、ついに武器の材料の何であるかの現認に成功するまでの間にお
ける労苦と功績に対しては、これを多とするにやぶさかではないし、また、被告人
が、d党員らの間に潜入した後においても、自己の身分の露見という危険に絶えず
さらされていたこと―もし、それが現実となつたならば、それまでの努力はすべて
水泡に帰するばかりでなく、どんな事態が発生するかも知れないという不安と恐怖
をひそかに感じていたであろうことは想像に余りあるところである―及びこうした
危険をもとより覚悟の上、e村におけるdの軍事活動の把握、武器収集の実態究明
という警備警察上の緊急重大課題を双肩にになつて、きん然任務にてい身した、被
告人の職務に対する熱意と意欲の旺盛さに対しては、理解と同情を惜しむものでも
ない。
 しかし、被告人の当時置かれた環境に制約されたためとはいえ、職務に忠実の余
り、或は自己に課せられた任務・使命に魅せられ、これを絶対視したためか、或は
いま一歩目標に近ずこうとあせつたためか、いずれにせよ爆発物使用に関する犯罪
の重大性と事態の重大性とに対する正しい認識・評価を欠いたことが、目的さえ正
しければ本件行為もまた合法視されるものと誤解させ、前記任務の遂行のためであ
れば本件行為も警察官としての職務であると思い誤らせて、本件行為に出るに至ら
しめたものであると当裁判所は判断する。
 以上、要するに、被告人の主観的心情についての情状酌量の余地の存在すること
は認められても、被告人が自己の行為が法律上許されたものと誤信したことについ
ての相当の理由があるものとは、未だ認め得ないとの結論に到達せざるを得ない。
 第四、法律の適用
 被告人の行為は、爆発物取締罰則第五条に該当するので、定められた刑期の範囲
内で処断することになるわけであるが、鶴田弁護人は、本件は罰則第一一条により
刑を免除せらるべき場合に該当すると主張するので、以下、この点について検討す
る。
 罰則第一一条適用の有無について。
 一、 被告人のなした報告は、同第一一条にいう自首に当るか。
 (1) 被告人のなした報告。
 被告人は、昭和二七年六月一日正午頃、竹田警察署から警察電話をもつて、国警
大分県本部警備部長cに対して、『本件ダイナマイト・雷管・導火線を五月二九日
bから受け取つて、これをe村のg方に持ち帰り、同日午後九時頃これをaに交付
した』旨報告してその指示を仰いでいること及びそれが、捜査官憲に全く発覚しな
い前になされたものであることは、いずれも、前記証拠により明らかに認められ
る。
 ところが、この報告の動機を考えてみると、
 その前日の五月三一日夜一〇時頃e村小学校校舎の土間でaらと会合した際、a
が『今晩駐在所に実力行使を加えようではないか』と切り出し、傍には新聞紙に包
んだびん様のものを置いていたので、同人が火えんびんを駐在所に投げ込む意図で
あることを知つた。そこで、被告人は、同夜の実力行使だけは阻止し、延期させる
ことに成功したが、aは、『それでは今夜はやめて明日やろう。
 一二時頃中学校の横に来るように』と指示した。被告人は、aが翌日(六月一日
に当る。)行おうという実力行使を自己の力で阻止することは、とうていできない
と思つたので、至急にc部長に報告して適当な措置を講じてもらわなければならな
いと考えて、前夜の小学校における会合の状況を報告して同部長の善処を要請する
一環として、ダイナマイト等をbの処から持ち帰つた以後の状況を報告したもので
あることも、右の証拠から明らかなところである。
 右により明らかなとおり、被告人の報告には、自己の行為が犯罪行為であること
の認識は全くなかつたものであり、むしろ、自己の職務を遂行する上に必要な行為
であると信じてなされたものである。
 ところで、本件の場合、被告人は、本件犯罪を犯し、未だ捜査官憲に発覚しない
前に、これに対して自発的に自己の行為を申告して、その指示を仰いだわけではあ
るが、それが犯罪であるとの認識はなかつたものであるといわねばならない。
 <要旨第三>(2) およそ、自首とは、犯人が犯罪行為に該当する客観的事実を
自ら進んで自発的に捜査官憲に申告して、その処分に委ねることをい
い、犯人がその行為を犯罪行為であると認識・承認して官に申告したという主観的
要件は、自首の要件ではないと解するのが相当である。思うに、自首が、刑の減免
事由とされる(刑法総則上、刑の任意的減軽事由とされる外、各則又は特別法にお
いて、刑の減軽又は免除事由とされる。)合理的根拠の一つは、犯罪の検挙を容易
にし、或は事を未然に防ごうという政策的理由にあるものと解され、その合理的根
拠の他の一つである犯人の改俊という点は、絶対必須の要件ではないと解し得る以
上、犯人が、自己の行為を犯罪でないと確信している場合と、そうでない場合とを
区別して考えることは妥当でないというべきである。このことは、いわゆる確信犯
人の場合を考えれば、容易にその妥当性がうなづかれるであろう。要するに、犯人
が、犯罪行為に該当する客観的事実を、自ら進んで自発的に捜査官憲に申告して、
その処分に委ねている以上、犯人が、その行為を犯罪行為であると認識・承認して
官に申告したという主観的要件の有無にかかわらず、等しく、法律にいう自首に当
るものと解して一向に差支えないものと認める。
 本件の場合、被告人の前記報告は、自己の行為が犯罪行為であるとの認識の下に
なされたものではないが、犯罪行為に該当する客観的事実を自発的に捜査官憲に申
告して、その処分に委ねるという要件を具備している以上、右説示によつて明らか
なとおり、法律にいう自首に該当するものということができる。
 二、 本件ダイナマイト等によつて危害が生じたかどうかの検討。
 (1) まず、被告人がbから受け取つたダイナマイト等の数量について、bの
供述の検討からはじめることとする。
 bの検察官に対する各供述調書謄本によれば、bは、当初(昭和二七年四月三〇
日現在)の受入数量と現在高とがそれぞれ判明しているところから、不足(横流
し)数量を算数上割り出し、この全体の不足数量を基準として、rに何本、sとn
ことaに何本、被告人に何本というように、横流しした本数を右三回に振り割つて
供述していることがうかがわれるが、これらの横流し数量についてのbの供述は、
いずれもあいまいであり、一応のつじつまを合わせるためになされた供述に過ぎな
いことが明らかであり、bの供述には、その他の重要な点において、幾多のうそが
認められること等から考えて、bの供述する数量(被告人にダイナマイト約一八
本、雷管約一五本及び導火線約一〇米渡したという。)は信用することができない
ものと認める。
 (2) 押収されたダイナマイト等の数量。
 司法警察員作成の差押調書謄本(検第一五号)によると、昭和二七年六月二日の
早朝、q方で発見差押えられたダイナマイト等は、二ケ所に隠されていたことが分
る。
 その中の一つは、同家二階六畳の間の柳行李の中(古かやの下)にあつた釘づけ
した木箱の中のもの―ダイナマイト一〇本、雷管一八本(内一本は導火線約五糎
付)及び導火線一本(一巻長さ約五米)―である。しかし、これらのものは、qの
検察官に対する各供述調書謄本によれば、本件のダイナマイト等とは全く無関係で
あることが明瞭である。
 その中の他の一つは、同室のかいこ棚上に新聞紙包の中に新聞紙で封を施し、未
だ糊の充分乾いていない包の中のもの―ダイナマイト一四本(包装紙に包んだも
の)と導火線一本(一巻九米半位)―と同家二階七畳物置部屋天井裏に空かんの中
に新聞紙に包んであつた雷管一〇本であることが明らかである。これらのものは、
qの右各供述調書謄本によれば、同年六月一日qが、自宅でaから預つたものであ
り、右雷管は、バラで受け取つたものであることがうかがわれる。結局、被告人が
五月二九日頃aに交付し、aがさらにqに預けたものの中、押収されたものは、右
に記載の、ダイナマイト一四本、雷管一〇本及び導火線一本(一巻約九米半)であ
ることが、一件記録上明らかである。
 (3) 被告人の供述するダイナマイト等の数量と押収されたダイナマイト等の
数量との比較検討。
 被告人は、終始一貫して、授受した本件ダイナマイト等の数量は、ダイナマイト
約一四・五本、雷管約一二・三本及び導火線約一〇米位と供述して来ていること
は、前記証拠により明らかなところである。従つて、まず、ダイナマイトの本数に
ついて考えれば、被告人の供述によると、約一四・五本というのであり、右押収さ
れた数量からすれば一四本であり、被告人がaに交付した本数が、果して一四本で
あつたのか、それとも一五本であつたのかが問題となる。一件記録を精査すると
き、それは一四本であつたと認めるのが相当である。一五本であつたと認めるに足
る証拠は全く存在しない。つぎに、雷管の本数についても、被告人の供述するとこ
ろは、約一二・三本であり、右押収されたところの数量は一〇本であつて、その間
にくい違いが存在するが、右と全く同様の理由によつて、一〇本という数量が正し
いものと認める。なお、導火線については、両者間のくい違いはないものと認め得
る。
 (4) 結論。
 そうして見ると、被告人がaに交付したダイナマイト等は、その全部が発見押収
されていることとなり、a或は被告人やその他の者によつて使用されていないこと
が明白であるから、罰則第一一条にいう「未だその事を行はざる前において」「よ
つて危害をなすに至らざるとき」という要件を具備することもちろんである。
 三、同第一一条後段の要件を具備する。
 以上のとおり、被告人がaに交付した本件ダイナマイト等が、同人ら或は被告人
によつて第一条に記載の犯罪に使用せられず、従つてまた、危害を生ぜしめていな
い時期において、被告人は、犯罪行為に該当する客観的事実を自発的に捜査官憲に
申告して、その処分に委ねた者であるから、罰則第一一条後段の要件を具備するも
のということができる。
 従つて、同法条を適用して、被告人に対する刑を免除する。
 以上の理由により、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

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