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裁判例


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平成26年9月2日判決宣告裁判所書記官

判決
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成17年9月6日,兵庫県司法書士会所属の司法書士としてAから
遺言執行者の指定を受け,平成19年2月6日,同人の死亡により,同人を被相続
人とする相続手続の遺言執行者として,その相続財産管理等の業務に従事していた
ものであるが,その相続財産である株式会社F銀行J支店に開設された前記A名義
の普通預金口座(口座番号●●●●●●●)の預金残高737万349円及び同行
L支店に開設された同人名義の普通預金口座(口座番号■■■■■■)の預金残高
16万7052円をいずれも業務上預かり保管中,同年9月6日,神戸市a区b町
c丁目d番e号所在の前記J支店において,ほしいままに,自己の用途に費消する
目的で,前記A名義の2つの口座の預金の払戻請求書2通及び払戻金の振込先とし
て同行M営業部に開設された被告人名義の普通預金口座(口座番号▲▲▲▲▲▲)
を指定した振込依頼書2通を前記J支店の行員に提出し,同行行員らをして,同月
14日,前記737万349円を,同月18日,前記16万7052円を,それぞ
れ前記被告人名義の預金口座に振込入金させ,もって横領した。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1争点
主位的訴因である業務上横領(平成25年11月15日付け起訴状記載公訴事
実)について,被告人は,亡A名義の預金を払い戻して被告人名義の口座に入金
した事実は認めるが,自己の用途に費消する目的はなかったと述べ,弁護人も,
これに沿って,被告人名義の口座への入金は,自分のものとする意思で行ったも
のではないから,被告人に不法領得の意思はなく,また,被告人の口座の残高が
入金額を下回ることになったとしても,被告人は補填の意思も能力もあったから,
この点でも被告人に不法領得の意思はないので,いずれにしても,被告人は無罪
であると主張している。
以上のとおり,本件では,被告人が自己名義の口座に亡Aの預金を振込入金し
た行為が不法領得の意思に基づくものか否かが争点である。
第2判断
1事実経過等
関係証拠によって認められる事実経過は以下のとおりである。
被告人と亡Aとの関係等
被告人は平成14年に司法書士に登録し,神戸市a区内に事務所を開業していた
が,A(昭和●●年●●月●●日生)と平成17年9月6日任意後見契約,見守り
契約及び財産管理等委任契約を締結し,同人の財産管理の委任を受けていたが,同
日に作成した同人の遺言公正証書では,被告人が遺言執行者として指定されていた
(甲16)。Aは平成19年2月6日死亡し(甲17),被告人が前記公正証書遺言
に基づき,遺言執行者となった。
F銀行の亡A名義の預金口座の預金について
相続開始時に,AにはF銀行の2支店に次の各預金口座(以下,「本件亡A預金
口座」という。)があった(甲2,6)。
J支店口座番号●●●●●●●
L支店口座番号■■■■■■
被告人は,平成19年9月6日,F銀行J支店に対し,亡Aの遺言執行者として,
亡Aの相続関係書類とともに「相続に関する依頼書」「払戻請求書」「振込依頼書」
各2通を提出して,同支店とL支店の本件亡A預金口座の預金の払戻しと,払戻金
全額の同行M営業部の被告人名義の預金口座(口座番号▲▲▲▲▲▲。以下「本件
被告人口座」という。)に振込みを依頼する手続を行い,同行内での相続関係の確認
手続を経て,本件亡A預金口座の預金のうち,J支店の払戻金737万0349円
は,同月14日付けで,L支店の払戻金16万7052円は,同月18日付けで,
それぞれ本件被告人口座に振込送金された(甲1,2~4,6~8,証人B)。(以
下,本件被告人口座への前記払戻金の振込送金を総称して「本件入金」ということ
もある。)
ところで,本件亡A預金口座を解約し,払戻金を本件被告人口座に振込送金した
経緯について,被告人は,次のように供述して,払戻金の振込先が本件被告人口座
になったのは偶然であるとし,後述するように,本件入金について会計帳簿に記載
がないことは,不法領得の意思を推認させるものではないと主張している。すなわ
ち,被告人は本件亡A預金口座を記帳しようとしたところ,同口座が凍結されてい
たことから,平成19年9月6日,被告人が遺言執行者であることを明らかにする
亡Aの相続関係書類を準備して同支店の窓口を訪ねた。その際,被告人は,行員か
ら,Aの死亡届が提出されているため口座が凍結されていると説明を受け,銀行は
相続人から預金の払戻しを求められると従わざるを得ず,迷惑なので,預金口座を
解約して欲しいと求められたため,行員の求めに応じて,口座を解約することにし
た。急遽,解約手続きをすることになったので,キャッシュカードを所持していた
本件被告人口座を振込先として指定することになった,というのである。
しかしながら,同日,同支店の窓口で被告人と応対し,被告人から預金口座の解
約手続き書類等を受け付けた行員である証人Bは,銀行の側から,相続の対象とな
る預金口座の解約を促すなどということは,後に相続人とのトラブルにつながりか
ねず,絶対にない,本件亡A預金口座がそのまま残されることで銀行が困ることは
ないし,そのような相続対象の預金口座はたくさんあると供述している。この証人
Bの供述内容は関係書類の記載と合致した合理的なものである。また,関係証拠(甲
4・p11,20)によると,証人Bは,相続人の1人であるCから,本件亡A
預金口座の払戻しと払戻金の本件被告人口座への振込みについて決済前に了解を得
ている事実が認められ,このような行内での慎重な手続からも,この証言内容は裏
付けられているといえる。(なお,J支店に対し,同年8月8日付けでAの死亡届
が提出され,同月24日にはCから,本件亡A預金口座(J支店)について,預金
入出金取引証明の発行依頼が行われており,同行にCが亡Aの相続人の1人であり,
亡Aの相続紛争があることは既知の事実であった(甲4・p7,11,17)。)
そうすると,本件亡A預金口座の凍結理由を確認した際,行員から解約を求めら
れたため,急遽,解約手続きを行うことになり,偶然,本件被告人口座を振込送金
先としたという被告人の供述は,事実に基づかないものと言える。
相続財産の管理状況
被告人が遺言執行者に指定された亡Aの公正証書遺言は,亡Aの全ての財産を換
価し,費用負債等を支払い,遺言執行費用等を控除した残金を,叔父(O)と公益
信託成年後見助成基金に均等割合で遺贈するという内容のものであった(甲20)。
亡Aの相続財産は,主要なものでは,不動産の他,預金等として,F銀行の本件
亡A預金口座,G銀行の本店,K支店,N支店,I銀行の定期貯金,個人年金等が,
価値のある動産として,金地金,株式があった。
被告人は,G銀行の本支店の預金を平成19年9月13日付けで同行K支店の被
告人名義の預金口座(被告人口座①)に入金したほか,平成19年10月から平成
20年11月にかけて,株式の売却代金や金地金(約1.7g)の売却代金,国民
年金保険還付金,信託銀行等からの入金合計180万4787円をH信用金庫J支
店の被告人名義の預金口座(被告人口座②)に入金し,I銀行の個人年金や通常貯
金を現金化したほか,平成20年8月13日には金地金(2225g)を660万
8250円で売却し,その売却代金を本件被告人口座に振込み入金した(甲15)。
被告人は,会計ソフトを利用して司法書士業務の会計を記帳していたが,前記被
告人口座①と前記被告人口座②への入金分については,国民年金保険還付金を除き,
全て「預り金」として記帳されていた(甲13)。他方で,本件被告人口座へ振込入
金された本件亡A預金口座の払戻金と前記金地金の売却代金660万8250円は,
会計ソフトに全く記載されず,また,I銀行から現金化した個人年金等についても
記載はなかった。
ところで,被告人は,本件入金について会計ソフトに記載していない理由につい
て,会計ソフトに本件被告人口座を登録していなかったためと供述している。しか
しながら,本件被告人口座には,平成18年7月28日に同じく被告人が遺言執行
者であったDの相続財産1175万3454円が入金されている。この金の性質は,
本件の払戻金と同様,預り金であるところ,被告人は,会計ソフトに平成19年1
月1日付けで同額から遺言執行者の報酬等を控除した金額である950万円を現金
勘定に預り金として計上している(甲13・p3)。このように,預り金の本件被告
人口座への入金についても会計ソフトに記載していた前例はあるのであって,被告
人の説明は自ら行った帳簿記載の前例にも反している。また,本件被告人口座へ一
旦入金したとしても,速やかに,会計ソフトに登録済みの口座に移して,会計に計
上することも簡単にできたはずであり,そのようにすべきでもあった。結局のとこ
ろ,被告人が本件入金を会計ソフトに記載していない合理的な理由は見いだせない。
ところで,被告人は,亡Aの相続財産の管理状況について,会計ソフトへの記載
とは別に,パソコンの中でメモのようなものとして記録していた旨供述している(第
4回公判被告人質問)。しかしながら,被告人からは,この供述を裏付ける何らの証
拠も提出されておらず,他に,被告人が触れた「メモのようなもの」の存在を窺わ
せる証拠もない。
本件被告人口座の性格,残高の推移等
本件被告人口座は,司法書士会の法律相談報酬等少額の入金があるほか定まった
多額の入金はなく,被告人の生命保険,医療保険等の保険料の支払い,スポーツク
ラブの会費の支払い,被告人のクレジットカードの支払い口座として使用されてい
た(甲10)。なお,被告人の司法書士事務所の家賃の支払いもこの口座からカード
振込により行われていたが(甲11),被告人の会計上は,現金による家賃の支払い
として記載していた。このように,本件被告人口座は,主として被告人の個人的な
用途に利用していた口座であると認められ,このことは被告人も自認している。
本件被告人口座の残高は,平成19年4月の当初には300万円以上あったのが,
漸減し,同年9月14日の本件入金前には166万円余りになっていた。本件入金
により920万円余りに増えたが,その後,前記の支払い等により,残高は漸減し,
平成20年1月4日には724万円余りに,同年8月14日に前記の金地金の売却
代金660万円余りを入金する前には489万円余りまで減っていた。
相続人との紛争経過
本件公正証書遺言の内容に不服があった亡Aの兄であるCは,平成19年7月3
日に遺言の受遺者と遺言執行者としての被告人に対し,亡Aの母Eの後見人として
遺留分減殺請求を行った。その後,Eが亡くなりその遺留分を相続したCは,同年
10月29日,遺言執行者の被告人と本件公正証書遺言の受遺者を相手方として神
戸家庭裁判所に遺留分減殺請求調停を申し立てた。平成20年1月25日の第1回
調停期日でCは亡Aの遺産目録(本件亡A預金口座も記載されているもの)を裁
判所に提出したが,被告人は期日に出頭しなかった。同年2月22日の第2回調停
期日には被告人も出頭し,C提出の遺産目録を受け取り,遺言執行者として次回期
日までに遺産目録を作成して提出することを約束した。第3回調停期日(同年6月
27日)に被告人は財産目録(本件亡A預金口座はすでに現金化した旨記載されて
いる。)を提出したが,裏付けとなる資料は提出されないまま,第4回調停期日(同
年8月15日)で調停は不調に終わった。その後,Cは,同年9月5日,前記受遺
者を被告として遺留分減殺請求訴訟を提起し,平成21年3月までに受遺者全員が
包括遺贈を放棄して訴訟は終了し,Cが亡Aの唯一の相続人となった。Cは,亡A
の相続財産を管理している被告人に対し,同年6月5日,「相続財産換価金の返還請
求」訴訟を提起し,同訴訟は,同年11月5日,亡Aの相続財産(不動産を除く)
の総額から被告人の遺言執行費用,報酬等を控除した額として3488万7536
円を被告人がCに支払う旨の和解が成立して終了した(甲20)。
なお,前記各訴訟における被告人の遺言執行者としての対応について,平成20
年中にCが兵庫県司法書士会に苦情の申立を行ったことから,被告人は司法書士会
から調査を受けることになった。その過程で,被告人は同年12月19日G銀行K
支店に「司法書士P事務所預り金口座」(以下「被告人事務所預り金口座」という。)
を開設し,亡Aの相続財産を入金した(甲15,22)。
そして,被告人事務所預り金口座の入金内容を本件被告人口座,被告人口座①②
等の出金履歴と対比してみると,平成21年1月21日に本件亡A預金口座の払戻
金として入金された金額のうち500万円分が出所不明となっている(甲15)。こ
の500万円の出所について,被告人は,別件の業務上横領被疑事件での取調べに
際し,別件の遺言執行者として払い戻した相続預金500万円を流用したと思うと
検察官に供述した(平成25年5月28日。乙3)。他方,公判では,封筒に入った
まま事務所内に放置してあった報酬やアルバイト給与等の現金からその500万円
を金策した旨供述している。
2判断
受任者が保管している他人の預金の払戻金を自己名義で預金し,あるいは自己の
預金口座に預け入れる行為は,特段の事情がない限り,横領罪を構成する。もっと
も,これがもっぱら委託者本人のためになされたと認められる場合には,不法領得
の意思を欠き,横領罪は成立しない,と解されている。
本件入金後の事実経過をみると,前記に認定した事実経過のとおり,委託者(受
遺者)のためにしたことを推認させる事実は,Cから調停を申し立てられる以前に
は見いだすことができず,かえって
①本件被告人口座は,主に被告人の個人的な用途に使用される口座であること
②被告人は,本件入金について会計ソフトに記載せず,ほかに,本件入金を自己の
財産等,他の金と区別する趣旨で記載した記録は見あたらないこと
③本件被告人口座の残高は,本件入金後に個人的な用途に費消されることにより漸
減し,本件入金額を下回ったが,平成21年1月21日に被告人事務所預り金口
座に移すために出金する時点まで,被告人の財産から填補されることはなかった
こと
など,被告人自身のためにしたことを推認させる事実を指摘することができる。
そうすると,本件入金がもっぱら委託者のためになされたものと疑いを入れる事
情は見あたらない。
なお,他人の金を自己名義の預金口座に預け入れても,填補の意思及び能力があ
れば,不法領得の意思が否定されるという見解もあり,本件での弁護人の主張もこ
の見解に沿ったものである。しかしながら,本件亡A預金口座の払戻金は,入金後
約1年4か月もの間,個人的な用途に支出され,平成21年1月21日出金される
まで填補されることは一度もなかった。また,同日,被告人事務所預り金口座には
填補された金額が入金されているものの,填補した金の出所について,自己資金で
ある旨の被告人の弁解は,内容的にも不自然不合理である上,他人の預り金を流用
した旨の供述を別の機会にはしたというのであるから,そのまま信用することはで
きない。そうすると,被告人に填補の能力があったと認めることはできない。
以上のとおり,本件入金については,被告人に不法領得の意思が認められるので,
本件について,業務上横領罪が成立すると認められる。
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
遺言執行者の司法書士による相続財産の横領事件であり,厳しく非難されるべき
犯行である。被告人が成年後見センター・リーガルサポートの成年後見人として遺
言執行者に就任することになった経緯からも,本件の犯行は司法書士の業務に対す
る社会の信用を失墜させるものであり,社会的な影響の点でも責任は重い。
横領額は多額であるが,相続人と紛争になっている以上,預金の存在を相続人に
隠して確定的に自己のものとすることは不可能であり,今回の犯行は,公私混同に
よる一時的な私的流用という程度のものと考えられる。相続人とは和解が成立し,
被害弁償は既に終了してもいる。被告人は,懲戒処分により司法書士登録を取り消
され,再犯の可能性はない。
そうすると,本件については,上記の行為責任に相応した刑を量定した上で,そ
の刑の執行を猶予することが相当である。
(求刑:懲役3年6月)
平成26年9月2日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判官冨田敦史

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